パラノーマンズ・ブギーC
『あるいは 終編』
作者:domino



速水 朔(はやみ さく):25歳。男性。速水探偵事務所、所長。ライト・ノア社、社長。

田中 新一郎(たなか しんいちろう):25歳。男性。速水探偵事務所、職員。

酒井 ロレイン(さかい ろれいん):38歳。女性。警察庁公安部特務超課、警部。

花宮 春日(はなみや はるひ):26歳。女性。速見興信所所属の超能力者。

七原 裕介(ななはら ゆうすけ):25歳。男性。『記憶泥棒』と呼ばれる超能力者。

滑川 保(なめりかわ たもつ):29歳。男性。青の教団、青の使徒の一人。

ラブ:青の教団、教主。海豚の姿をした怪物。






【あらすじ】
ついに姿を現した青の教団の教祖、ラブ。
それぞれの思惑が交錯し、舞台は関東へ。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−







 ◆◇◆


N:滑川が身体ごと突っ込んでくるのを、酒井は地面に転がって避けた。

酒井:(舌打ち)

滑川:きひ……ひひひひゃはは!
   僕に……生きてるをくださぁい。

酒井:うるせえ! お前は、黙れ……!

N:酒井は蹴りを入れるも、滑川はその足を掴んで酒井の身体を壁に叩きつけた。

酒井:ッグ、ハ……!

滑川:痛い? 痛い痛いって、痛いってどんな感じですかあ?

酒井:ざけやがってぇ!

N:酒井は、地面に落ちている砂を滑川の顔に放り投げる。

滑川:は、はぃ?

酒井:……生きてるが、欲しいだぁ……?

滑川:ふ、ひひ、はひぃ。
   生きてるを、生きてるをくれ、ください。
   だからね、見たいんですぅ。

酒井:ふざけんじゃねええええ!!

N:酒井は、胸元に指を突き入れると、突き刺さっていた瓦礫を引き抜いた。

滑川:あーー! 血だぁ!

酒井:なんのためのルールだ……なんのための信念だ……!
   何が、何をもってして正義と呼ぶ!

N:酒井は腰のベルトから引き抜いたトンファーで、滑川の顔面を殴りつける。

滑川:ぶべッ!

酒井:しったこっちゃねえ!! そんなもんは!!
   だがな! ぐちゃぐちゃ御託並べんのも、主張すんのも、全部! 全部!
   それを放棄したてめえらに、口にする資格はねえんだよ!

N:何度も頭を揺らされた滑川の身体がふらつく。

酒井:諦めたのはてめえだ! 僕には無理ですって!
   世界はお前らの思ってるもんと違ったか!?
   なぜなら自分たちは超能力者だから!? 違うなぁ! お前らはーー
   負けただけだろうが!!

N:酒井は鋭い蹴りで滑川を吹き飛ばした。
  巻き上がる土煙の中、滑川はゆっくりと身体を持ち上げた。
  しかし、滑川の瞳には、先ほどまでありありと浮かんでいた狂気の色はなかった。

滑川:あのー……。

酒井:……てめえ……。

滑川:……だったら、ですね。
   僕は、一体、なんだというんですかね。

酒井:衝動を……”超えた”ってのか……!

滑川:同じ色が見たいって、同じ風がいいって、思ったんです。
   わかるかもしれない、感じられるかもしれないって、そうーー
   誰もが口にしている、その、罪悪感とかいう、ものだとか。
   あの、そういうの全部、僕は、知りたくて……。

N:滑川はふらふらと身体を揺らしながら、酒井に背を向けた。
  そして、力強く一歩を踏み出す。

滑川:……あのー、考えろって、言われたんです。
   七原という男を殺すかどうか、そして、あなたを殺すかどうか。
   でもどうでしょう……僕は、あなたの言葉から少しだけ、何かを感じました。
   もっともっと、感じられる気がするんですーー

N:滑川は地面を蹴りつけると、凄まじい速さで大通りに向けて疾走する。
  酒井が、滑川の真意に気づいたのは、ほんの一瞬遅れてからのことだった。

酒井:一般人に手ェ出す気か!? クソッ!

N:酒井は全身の痛みを押さえ込んで地面を蹴った。


 ◆◇◆


N:うねるように入り組んだ施設内を、速水と花宮は疾走する。
  通路には鎮圧された信徒たちが折重なりながら倒れている。
  速水はふいに走りを止めると、壁に背をついて大きく深呼吸をした。

花宮:朔ちゃん、この先。

速水:ああ。

 間

速水:ここからはーー

N:速水は汗に濡れた額を拳で拭いながら、ゆっくりと廊下の先にある扉へ歩み寄った。

速水:いいか……ここから先は僕の後ろに立って、一度も口を開くな。

花宮:……うん。わかった。

N:速水は、ゆっくりと深呼吸して、目の前の扉に手をかける。
  あけると同時に、軽快なメロディが2人を出迎えた。
  扉の先では、メリーゴーランドが回っていた。
  明るいメロディを鳴らしながらゆっくりと、ゆっくりと速水の視界に瞬いている。
  速水は躊躇なくメリーゴーランドへと歩みよった。

速水:……趣味が悪いな。

N:動物や、馬車を模した乗り物が無人で回っていく中、イルカの乗り物にのっている人物がいた。
  全身を黒いスーツに身を包んでおり、顔には白い袋をかぶっている。
  男か女かわからない中性的な体躯が、楽しげに音楽に合わせて揺れていた。

ラブ:久しぶりだね。速水朔。

速水:御託はいいから降りてこい、『ラハブ』

N:人影は軽やかにメリーゴーランドから降りると、入り口の柵に腰をかけた。

ラブ:その呼び方やめてくれないかなぁ。私は、ラブ、なのだから。

速水:いいか、ラハブ。お前を必ず始末する。

ラブ:ずいぶんな挨拶じゃあないか。

N:速水は冷めたような目つきで銃を構えた。

ラブ:それで、そこにいるのは……ああ、『泣き虫(クライベイビー)』の花宮さんだね。

花宮:……。

ラブ:無視とはひどいなあ。

速水:御託はいい。確認といこう。

ラブ:ふひ……本当に、君は可愛いね。速水朔。
   僕の蒔いた餌はちゃあんと食べる癖に、いつだって僕を越えようとしている。

速水:ああ。もう超えているけどね。

ラブ:へえ、本当に?

N:ラブは、軽やかな身のこなしで柵に飛び乗った。

ラブ:私の計算通りだ。

速水:いいや、”僕の”計算通りだ。

ラブ:ふひ……試してみるかい?

N:ラブはゆっくりと胸元から拳銃を取り出すと、足元に構えた。

ラブ:どうかな。

N:打ち放たれた銃弾は地面を跳ねると、速水の右足に迫る。
  速水は身を引いてそれを躱すと、ラブに向かって銃弾を放つ。
  ラブは身体を屈めて銃弾を躱す。
  次の瞬間、速水の放った弾丸が一つの機械をショートさせ、メリーゴーランドが轟音を立てて止まった。

速水:気味が悪かったからね。止めさせてもらった。

ラブ:ふひ……君は、面白い。

速水:あの薄汚い海豚の姿はどうしたんだ。

ラブ:本体で来たら、私、殺されちゃうからね。
   だいたい6割くらいで、ね。

速水:ときにはギャンブルも悪くない。

ラブ:部が悪い賭けは嫌いでね……君と一緒だよ。

速水:一緒にするなよ。

ラブ:いいや。私たちは、よく似ている。
   あるいはーー兄弟であるかのようにね。
   笑ってもいいよ。喜んでもいい。
   悲しんでも、怒ったっていい。
   でも、そうしない。君は。

速水:光栄だね。本物の悪魔にそう言ってもらえるとは。
   だが、似ているからこそ、違うということだよ。
   僕は人の皮を被った……何かな?

ラブ:見てみたいね……もっと。

 間

速水:対価は、払った。

ラブ:ああ、このままいけば契約は成されるだろうね。
   『七原裕介の命を差し出す』というね。

花宮:けい、やく?

速水:ハル。喋るな。

ラブ:ああ……君にはまだ話してないんだねえ。
   そこの男はねえ、仇敵ともいえるこの私と、契約を交わしたんだ。
   『伝馬(てんま)ヨミ』の身柄と、『七原裕介』という男の命を交換するというね。

花宮:そ、れって。

速水:ハル!

 間

速水:僕の背中だけ見ていろ。

花宮:……うん。

N:ラハブは足元の銃を拾い上げる。

ラブ:君は……素敵だ。
   なんねんぶりだろう、人間と契約をするのは。
   ……そういえば。
   彼の身体は契約に入ってたかなあ?
   記憶泥棒の死体は、さ。

N:その言葉に、背後で立っている花宮がびくりと肩を震わせた。

ラブ:彼のことは気になってたんだぁ……あの弱虫の怪盗くん……ふひひ。
   食べるのが楽しみだなあ……。


 ◆◇◆


N:阿鼻叫喚。地獄絵図。
  倒れる一般市民と、鳴り止まない悲鳴。
  思考の中で幾度となく繰り返されるバッドエンドを振り払いながら、酒井は滑川を追って通りへと飛び出した。

酒井:ッ! なめりかわああああ!

N:しかし、そこにあったのは、静寂。
  人一人いない静寂の空間。白い空間に、滑川が佇んでいた。
  そしてその視線の先にはーー

酒井:きおく、どろぼう?

七原:俺の力場から出てください。刑事さん。

酒井:お、前。何を。

七原:そう時間はありません。早く。
   力場外の一般市民たちの避難を。

N:そこは、七原の作り出した記憶の空間。
  『空白』とも呼べる異常な世界であった。

酒井:どうするつもりだ!

七原:いいから! もう、余裕がないっていってるだろ!

酒井:でもーー

七原:警察、なんだろあんた!

酒井:け、いーー

 間

酒井:ああ……。

N:酒井は振り返ると、一歩外に踏み出して、能力を解除する。
  すると、周囲には喧騒と雑踏が戻ってきた。

酒井:クソが……! 理性が足りないのはどっちだってんだよ!
   そうだよ! 私は、復讐者じゃない……!

N:酒井は胸元のバッヂに手を伸ばした。

酒井:警察です! ここから周囲数100メートルに、避難勧告が出ています!
   慌てずに落ち着いて! このまま駅まで歩いていってください!
   繰り返しますーー


 ◆◇◆


N:白い記憶の『空白』の中で、血みどろに薄汚れた2人は、向かい合って立っていた。

七原:さて……。
N:七原は懐から薬を取り出すと、口に数錠放り込んで、思い切り噛み砕いた。
  両手を開いて、能力を発動する。
  すると、七原が盗んできた容量の大きな記憶達が、力場から切り離されて彼の中から抜け出していく。
  速水朔、田中新一郎、そして無数の者達の元へと、記憶は還っていく。
  それを光の失った瞳で見つめる七原だったが、その瞳にはただ、寂しさが涙となって浮かぶのだった。

七原:……ごめんーー

N:呟きに呼応するように、記憶は白い空間に浮かび上がっていった。
  それは、極南の島の水族園で、海豚の悪魔と対峙している少年たちの姿だった。


 ・◆◇◆・


 <速水・田中・七原が17歳の頃の回想>

ラブ:むかーしむかし、あるところは孤児(みなしご)がおりました。

七原:やめろ……。

ラブ:彼は気味の悪い少年だった。
   愛など知らないくせに、誰よりも愛を欲していた。
   彼はおべっかをつかう。人に擦り寄る。
   故に、彼は里親の見つからないまま大きくなっていく。

七原:やめてくれ……!

ラブ:ある日、仲の良い同い年の男の子が里子に出されることになった。
   名前は、『裕介』。

七原:いやだ! 頼む! やめてくれ!

ラブ:ひひ……彼はその時、あまりの孤独に耐えられなくなって、ある能力に目覚めたのさ。
   自分の中に、手を伸ばせば届く距離にーー記憶を操作するという超能力がね。

N:少年は、壁においてあった消火器を掴むと、水槽に何度も叩きつけた。

七原:クソォ! やめろっつってんだろうが!

ラブ:そしてその能力を使って、そこにいる少年は裕介くんとまるっきりーー
   記憶を入れ替えたのさ。

七原:な、や、め……! やめてくれよおおおお!

N:少年は消火器を取り落とすと、地面に座り込んだ。

ラブ:罪悪感に耐えきれなくなった彼は、ある日行動にでる。
   他人の中にある七原裕介という記憶を盗み始めた。
   紛い物たる自分が、誰かの中で永遠に生き続けることは、許せないことだったんだろう。
   懺悔、いや、罪と罰ってやつかな。でも、そこまで追い詰めなくたっていいのに。
   衝動的だったんだもんねえ。
   仕方ないよ。うん。君のせいじゃない。
   弱くて愛らしい……人間らしさじゃないか。

七原:違う!

 間

七原:……懺悔なんかじゃない! 俺は……許されたくなんかない!

ラブ:へえ? じゃあ、どうして盗むの?

七原:返すんだ!

 間

七原:返すんだ! 俺は! 返すんだよ!
   裕介に……! 裕介が生きるはずだった記憶を全部! 俺はッ!

ラブ:ふひひ。ほうら、やっぱり変態だ。

 <回想終了>


 ・◆◇◆・


N:七原は、自分の頬を流れる涙を拭った。

滑川:そうか……あなたは。

七原:……俺は、自分がどんな人間なのかもわからない。

滑川:……でも、悲しそうだ。
   それが……僕には羨ましい。

七原:羨ましいと思えたなら、君も少しは救われたんじゃないかな。

滑川:そう、なんですかね。
   よくわからないけど、さっきからすごく、胸の辺りが変な感じなんです。

七原:『衝動』を超えた先で、超能力者は死ぬと言われている。

N:七原は悲しげに自分の頭を指差した。

七原:僕らは大きな感情を伴って超能力に目覚める。
   そして、目覚めた後しばらくは感情に蓋がかかり、子供のように欲望に忠実になる。
   能力を使えばつかうほど、『衝動』へと近づいていく。
   (間)
   俺はね、『衝動』の先には、感情があるんじゃないかって思ってる。
   だからこそ、自分たちが能力を使い積み上げてきた『業』に、僕ら自身が焼かれるんじゃないかって……。

滑川:えっと……じゃあ……僕は……。

七原:そうだよ。滑川くん。君は、人間なんだから。

滑川:(微笑んで)……ありがとうございます。
   名もなき貴方。僕は初めて、自分の意思で、感じてみたいと思ってる。
   貴方を殺すという、業を。

七原:そうかーーじゃあ。

N:七原が、指を鳴らす。

七原:これが、僕たちのはじまりで、終わりだ。

N:七原の周囲に、無数の人影が立っていた。

七原:紹介するよ……彼らは僕の記憶の中の超能力者たちだ。
   これから、彼らと一緒にーー君を殺す。

滑川:ええ……是非、お願いします。


 ◆◇◆


速水:『記憶泥棒』は、死なない。

ラブ:ふひ? あのさあ、それってどういうこと?
   君ィ、私に彼を差し出すっていったよねェ。

速水:『僕は契約を履行した』
   が、それが成就するかは別の話だ。

ラブ:……そんな言葉遊びが『悪魔との契約』に通用すると思ってるぅ?
   七原裕介が死ななきゃ、契約は完了しない。
   契約が完了しなきゃ、七原裕介も、伝馬ヨミも、君自身も、呪いによって死ぬ。
   それが『悪魔と契約する』ってことだ。

速水:そう……。悪魔との契約というのは実にファンタジックな代物だよ。
   例えば、悪魔側が提示する『七原裕介』と、僕の思う『七原裕介』が一致していなければ契約すらできない。

N:速水が腕を捲ると、そこには赤い刺青のようなものが刻み込まれていた。

速水:契約が成立しさえすれば、戸籍を変えようが逃れられない。
   一見、逃れようの無い認知による契約。
   だけど……そこが非常に曖昧で、非合理的で、僕につけこまれた要因だよ。

ラブ:……一体何を言っているのかな?

速水:ラハブ。お前は、人間の弱さがお気に入りらしい。
   友人を差し出し、職員を助け出す……そんな取捨選択を僕に迫る辺り見え見えだ……でも。
   『認知』を甘くみすぎたな……。

ラブ:ふひ……まさかだけど。

N:速水は、心底楽しそうな笑顔を浮かべた。

速水:ククク……お前、数年前に七原裕介について調べただろう。
   そして、紐付けしたな。孤児院で育った『裕介』という人間を、『七原裕介』だとね。

ラブ:あれが、それで、そうか……!

速水:窮地に立たされた記憶泥棒は、能力をフルに使用するために記憶を解放する。
   僕らの認知の中で交わされた『裕介』は、どうなる?

ラブ:謀ったな……!? ハヤミィ!

速水:違うな!

N:速水は不敵に笑った。

速水:初めまして。僕が孤児院で産まれ育った『裕介』だ。

 間

ラブ:ふひひひ! ふひゃははははは!

 間

ラブ:オマエ……悪魔かよぉ。

速水:否定はしない。

ラブ:そうか! そうかよ! 速見堅一(はやみけんいち)が子供を産んだ記録なんてないもんねェ!
   最初っから君は自分の記憶目当てで『記憶泥棒』に近づいてたってことかァ!?

速見:ああ。そうでもなければ、『僕が』あの場に居合わせることなんてありえないだろう。

ラブ:ふひ! あのねえ、いまねえ。すっごくすごくすごく! ムカついてるよ!
   でも……そうだな、君わかってるんだよね。
   君の命を差し出すってことなんだけど。

速水:ああ。もっていけ。

ラブ:ふひ……何を?

速水:僕の命。

花宮:ちょーー

N:速水は、声を出そうとした花宮を手で制した。

速水:ハル。僕の言うことを良く聴いておくんだ。

ラブ:ふひ、ふひひひ! ずいぶん素直だが……何を企んでいるのかなあ、ハヤミィ……。

N:速水は、何言か花宮に告げた。


 ◆◇◆


滑川:ひゃは、ひゃははは!
   た、たのしいいいい!

N:滑川は硬質化した自らの体を刃物と化し、七原の記憶の中の超能力者を切り刻んでいく。

七原:次ィ!

N:七原は胸の刺し傷を手で押さえながら、半狂乱で能力を行使する。

滑川:グエッ!

N:二つ名能力者による電磁パルス攻撃が、滑川の右肩をえぐる。

滑川:びっ……くりしただけですよぉ!!

N:しかし滑川はすぐに跳ね起きると、能力者の首を切り裂いた。

七原:ク、ソッ! もう、ストックがーー

滑川:な・な・し、さーーん!

N:滑川は一足飛びに七原へと肉薄すると、腕を振り上げた。

滑川:あのぉ! 本当! 楽しかったっす!

七原:楽しい、か……!

N:その時、七原は初めて、自分の意思とは関係なく、記憶が走馬灯のように駆け巡るのを感じた。


 ・◆◇◆・


 <速水・田中・七原が17歳の頃の回想>

N:それは、少年たちの記憶。
  17歳を共に過ごした、3人の最後の記憶だった。

ラブ:ふひひ! やっぱり! 思った通りだぁ!
   私が成長するのに十分な力場ァ!

田中:う、が、ああああ! 頭がァああああ!

速水:おい! 新一郎! どうした!?

七原:ち、がう! これは……! そうか!
   朔ゥ! これは……強制的に、衝動を起こさせる……!

ラブ:大正解! そうそうそう! この施設の地下に眠っている『超常的物質(アンノウン)』
   ”チューナー”と呼ばれる過去の遺物! 能力者を強制的に目覚めさせるための巨大な魔法陣だ!

田中:オ、オレは、ふひ、ひはは! 強いのが……! すごいのがくるぞおおお!

ラブ:漏れ出してきたねぇ……! やっぱり私の目に狂いはなかったよォ田中新一郎クゥン!

速水:裕介! 動けるか!?

七原:お、れは、なんとか……! それよりも、新一郎を!

N:田中の周囲にはすでに力場発生による暴風が吹き荒れており、近づけるような状況ではなかった。
  田中は、髪の毛をかきむしりながら天を仰いだ。

田中:朔ゥ! 裕介ェ! に、げろおおおおおお!

速水:なに言ってる……! 逃げるか!

田中:そう、いうんじゃねえんだ……! 俺、ダメだよ! やっちまう!
   使っちまう!

速水:気合いで抑えろ……! 僕が止めてやる!

田中:はひ……! ふざ、けてる場合かあああ! 俺あ! 嫌だぞ!
   友達をぉ! 親友をォ! 殺したくねええええええ! あははははは!

ラブ:いいねえ! いいねええ! どんどん力場がたまっていくヨォ!?

田中:頼むぜェ! 朔ぅうううう! お前に言ってんだぞおおお! 俺はああ!

N:朔は拳を握り締めると水槽に詰め寄った。

速水:……オイ! クソ海豚!

七原:何を……朔!

速水:お前の! 名前は!

ラブ:ふひ!? はじめて聞かれたヨォ、そんなのぉ!
   面白いねえ!? 人間の子供!

速水:答えろ!

ラブ:私ハァ……ラ・ハ・ブゥ!! 海の悪魔ラハブでーす!

速水:覚えたぞ……! 覚えたからな!

ラブ:ふひひ! ふひひひひ!

田中:超えるぅぅぅ! 超えちまうぞ! 全部ゼンブゥ! あはははは!

七原:朔、どうする……! 俺も、その、衝動が!

速水:捕まれ裕介!

N:速水は七原の腕をとって大水槽を飛び出した。
  そして迷わず従業員通路に駆け込むと、食材用の巨大冷蔵庫の中に駆け込んだ。

速水:(息を切らしている)クソッ……! クソックソッ!

七原:(息を切らしている)うあ、や、ばい……このままじゃ……!

速水:いいか! 僕は、絶対にこんな終わりは認めないッ!
   絶対に、絶対にだ!
   (間)
   ……僕はなぁ! 君が誰だって構わない!
   君のことを恨んでなんていない!

七原:え、ハ、何……?

速水:でもそんなことは関係ないんだ!
   僕はお前を知ってる! 名前が誰だろうと、過去がなんだろうと!
   お前はお前であって、それ以外の誰にもなれやしない!
   記憶を返さなくってもいい……! 誰がなんと言おうとーー

 間

七原:き、みは……! 君は! 君なのか!?
   裕介……!

速水:ああ、そうだ……!

N:轟音が鳴り響き、崩壊が始まる。
  冷蔵庫がきしむたびに身を硬くしながら、速水は七原の手を握った。

速水:いいか! これは大事なことだ! 一番大事なことだ!
   忘れるんじゃないぞ! 何があっても、僕はーーお前に言ってるんだ!
   七原裕介は、お前だ。
   だから……僕の記憶を、盗め。

N:七原は色を失った瞳に涙を浮かべていた。
  暴走しつつある能力がゆっくりと首をもたげる。

七原:ど、うして……そんな……。

速水:お前が、お前であるために。
   そして、僕をーー新一郎を守るために。

七原:俺、は、だって、裕介。

速水:違うな……。僕は、速水朔。名探偵だ。
   だから自分の昔の名前程度のこと、自分の力で突き止めてみせる。

七原:俺は、違う、俺の名前はーー

速水:だから、待ってろ。お前はこれから守り続けろ。『裕介』という名前を……!
   『僕たち』が必ず迎えにいく。

七原:お、れは、ああああああ!

N:そして若き超能力者たちは、暴走した。

 <回想終了>


 ・◆◇◆・


七原:なあ、朔ーー裕介……俺は、守れたのかーー

N:無慈悲にも振り下ろされた滑川の腕を、七原は呆然と見つめていた。
  超高速で命をも刈りとるであろうその腕が七原に届くであろうその瞬間、その腕を何者かが受け止めた。

七原:え……?

田中:……よう。

七原:し、んいちろう?

田中:待たせたな。

 間

田中:おいおい……無視すんなよ。お前にいってんだぞ?

滑川:グヒャァ!

N:田中新一郎は、バツが悪そうな笑みを浮かべると、滑川を投げ飛ばした。
  次の瞬間、七原が形成していた記憶の空白が吹き飛び、周囲は街のアーケードに姿を変えた。
  アーケードの周囲には一般人の姿はなく、代わりに酒井が率いる警察庁公安特務の面々が周囲を取り囲んでいた。

酒井:総員! 攻撃準備!

田中:あー! 刑事さん! ちょっとタンマ!
   さっきもいったけど、もうちょい離れてて!

酒井:ああ!? 生意気いってんじゃねえぞ! この犯罪者が!

田中:だからいったじゃーん。こいつ捕まえるの協力したら、事情聴取でもなんでも受けるって。

酒井:(舌打ち)信じていいんだろうなぁ! ”巨人(ジャイアント)”

田中:それより。こいつのこと早く治療してやってくれ!

酒井:そりゃあいいが、お前ら、どういう関係だ?

田中:あん? そりゃーー

N:田中は座り込む七原の頭に手を置くと、笑った。

田中:親友だよ。

七原:(涙を浮かべながら)……は?
   ……お前さ……何言ってんだよ……俺なんて、記憶……。

田中:あー……そういうの、後にしろ。腹に穴空いてんだから。

七原:……ふふ。ははははは!
   なんだよ! そういうのって……!
   すげえ、大問題なんだけど?

田中:ああ? 別に大したことないだろ。
   それより、殴られる覚悟だけしとけ。

七原:へえ、誰に?

田中:……さあな。

七原:新一郎。

田中:……なんだよ。

七原:友達っていってくれて、ありがとう。

田中:ハァ?

七原:助けてくれて、ありがとう……。

田中:……ありがとうじゃねえよ。

七原:ふふ、俺だって……お前に、言ってんだ、ぞーー

N:七原は意識を手放した。
  公安隊員は七原の身体を抱え上げると、その場を後にした。
  田中はそれを見届けると、腕を大きく回した。

田中:……滑川くんっていったっけ。

滑川:ふ、は、あのー……あなたは。

田中:俺はさ、あいつの友達。

N:滑川は満身創痍の身体を持ち上げて、田中を見た。
  そして見てしまった。
  その内にある、強大な力場の渦を。

滑川:と、も? あ、あれ。ダメですね……これ。

田中:んー?

滑川:僕、殺せないじゃないですか。

田中:わりぃな。本当。こういうの、ズルだよな。
   途中から強(きょう)キャラが割り込んで、いままで頑張ったの水の泡で、とかさ。
   俺、強すぎるからわかんねえんだ。

滑川:ここで、僕、終わりですか。

田中:理不尽だって、クソゲーだって思ってくれて構わねえ。
   その分、俺が背負ってやるよ。
   あいつにやられたならしょうがないって思えるくらいにな。
   お前を倒したやつが『世界中で最強無敵の理不尽』だって証明し続けてやる。

滑川:……そう、ですか。
   でも、なんだか、楽しい1日だったなあ……。

田中:おう……そうか。

滑川:はい……。

 間

田中:さて! そんじゃあ、やるかー。
   あ、そうだ。滑川君! 友達殴って、ごめんなさいは?

滑川:お友達を、殴って……ごめんな、さい。

田中:良く言った。

N:田中は微笑むと、拳を握りしめた。

田中:よぉし! 歯ァ食い縛れッ!

N:数秒後、アーケードに空いた大穴の中で、滑川は幸せそうな笑みを浮かべていた。


 ◆◇◆


N:花宮は、建物の影に隠れながら、血に汚れたグローブを投げ捨てる。

花宮:(息切れ)あと、すこし、だ。

N:花宮は周囲を警戒しながら、ゆっくりとその建物へと歩みを進める。
  【G2】と看板の張られたその建物は、まるで古い日本家屋のようだった。
  玄関からゆっくりと歩みを進めると、見事な中庭の先に、襖で仕切られた部屋が見えてきた。

花宮:……ここ、だよね。

N:花宮が襖を開けるとそこにはーー着物を着た美しい女が、身の丈ほどもある大太刀を抱えて立っていた。
  他には、ベッドで眠る少女と、その横に横たわって絶命している青の信徒らしき人物が見える。
  着物の女は、花宮を一瞥すると、ふわりと笑った。

花宮:あ、あなたは……?

N:女は何も言わずに踵を返すと、音も立てずに部屋の奥へと消えていった。

花宮:えっと……! もう、何が何だか……!

N:花宮は、青の信徒の死体に合唱しながら、ベッドで眠る少女へと駆け寄った。
  その顔を確認すると、口元に耳を近づける。

花宮:うん……大丈夫。生きてる……!

N:花宮は、鼻の奥がツンとなるのを感じて、慌てて顔を上げた。
  しかし、検討虚しく、その瞳から涙があふれ出してくる。

花宮:ぐす……棗、さん……!
   生ぎでだぁ! よがっだおー!(訳:生きてた! よかったよう!)

N:花宮は棗の身体を大事そうに抱きかかえた。

花宮:朔ちゃん……! 私、ちゃんと! ちゃんと……!
   ひえええん! ふええええん! 朔ちゃああああん!


 ◆◇◆


N:数日後。警察庁公安特務の特別留置施設。
  机を隔てて、酒井は田中と向き合っていた。

酒井:なるほど、それで速水とは連絡を取ってない、と。

田中:ああ。

酒井:(ため息)ガキの喧嘩じゃねえかよ……。

田中:俺は、あいつを許さねえ。

酒井:だからさぁ……チミ、もうちょっと頭使ったら?

田中:ハァ?

酒井:あのね、あいつが何の策もなしにそういうことすんのかって言ってんの。

田中:知らねえよ、んなもん。
   あのな……一日やそこらであいつのこと知ったふうにすんのやめたほうがーー

酒井:知ったかぶりに見えるかい?

田中:あ?

酒井:私はね。あいつと手を組むって決めたときには、警察に戻れないって腹括ってたわけ……。
   でも、蓋を開けてみれば、私が個人的に速水の会社ーーライトノア社と懇意だってんで、
   裏に入り込んでる不穏分子も私に手出しできなくなってるし、上層部からは今回の滑川逮捕の功績で昇進の話まできてる。
   ま、昇進ってのは派閥への抱き込みって線もあるけど……。
   とにかく、驚くほどこっちは順調にいかされちゃってるわけ。

田中:それがなんだよ。

酒井:逆に問うけどさ。速水朔って男は、そうなんじゃないかってこと。

 間

酒井:君の元上司は、関わった人間にとって最善になるような方法を選ぶ男なんじゃないかってことだよ。

 間

酒井:頭に血登ったのはわかる。きっとそれは近しいが故だろう。
   ただ、意地はったままだと、大切なことを見過ごすぞ。若者。

田中:……俺はさ。

酒井:あん?

田中:恥ずかしい話、最強を目指してるわけで。

酒井:ほんっと恥ずかしい話だな……。

田中:でもあいつは、そんな俺を最弱にしちまうんだよ。
   いつだって、朔の中には朔しかいない。
   あいつの選択の中に、俺の力は必要ない。それが、ムカつくんだ。

酒井:あーあーお熱いお熱い……そういうのは若い女の子の前でどーぞ。
   マジで時間の無駄じゃねえかよ……。

田中:自分できいたくせに……。
   あ、コーヒーおかわり。

酒井:君は本当……! ……まあ、いいけど。タダだしね。

N:酒井は部屋の隅のコーヒーメーカーのスイッチを押した。

田中:……裕介は。

酒井:んー? まあ手術は成功みたいだし、あとは薬飲んでまで行使した力場の影響をどれだけ受けてるかってとこかな。

田中:意識はまだ戻らないのか?

酒井:ああ……そっちはなんとも。

N:一瞬、室内の電気が明滅する。
  そしてそのほんの一瞬のうちに、部屋の隅に現れた人物がいた。

田中:え? うおあ!

花宮:こんばんわ。田中さん。酒井さん。

田中:ハ……ハルちゃんかよ! びっくりさせないでくんない!?

N:花宮は、能力をつかったせいで乱れた髪をなで付けると、神妙な面持ちで2人に向き直った。

酒井:花宮さん……警察署に不法侵入とは歓迎しないね。

花宮:すみません。急に。

田中:……久しぶりだな。

 間

田中:その……きいたよ、興信所の。

花宮:……うん。

田中:心から、お悔やみ申し上げる。

花宮:……うん。大丈夫だよ。
   それに、まだ終わったわけじゃないから。

田中:それも、そうか……。

 間

花宮:今日は、先日の件で。

酒井:ああ……。

花宮:まず、棗ちゃんは無事に確保しました。

田中:(嬉しそうに)そうか……!
   それで、あいつは今どこに。

花宮:今はライトノア社の特別医療施設にいます。
   もう意識も戻ったみたいでーー栄さんが今日中に会いにいけるそうです。

田中:……ひとまずは……だな。

酒井:で。他にも、何かあるんでしょ?
   群馬ディスティニープレイスはもぬけの殻になってるし、実際、あなたも数日現れなかったわけだし。

花宮:……えっと。はい。

N:花宮は、目を伏せると、唇を噛み締めた。

花宮:あの。ですね。

田中:おう、なんだ。

花宮:私……泣かないように、言えるか、わからなくて。
   だから、これ!

N:花宮は、一枚の紙を取り出すと、机の上に置いた。

田中:……おい。なんだ、これ。

花宮:これ、書いたのーー

田中:何の冗談だオイ!?

花宮:(泣きながら)だっで……! 声にだせなくて……!

田中:ふざけんじゃねえぞコラ!

N:田中は部屋の壁を全力で殴りつけた。
  壁が抉れ、大きなヒビが入る。

酒井:……遺言、と、きたか。
   冗談キツイぞ、速水……!

田中:どういうことだ! ハルちゃん!
   あいつはどうしてる!?

花宮:(泣きながら)朔、ちゃん、はぁ……!

 間

花宮:死んじゃった……。

N:あるいはーーそれこそがはじまりだったのだ。







 パラノーマンズ・ブギーC
 『あるいは』 了


<前編>
<中編>
<後編>


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