パラノーマンズ・ブギーC
『あるいは 中編』
作者:ススキドミノ



速水 朔(はやみ さく):25歳。男性。速水探偵事務所、所長。ライト・ノア社、社長。

酒井 ロレイン(さかい ろれいん):38歳。女性。警察庁公安部特務超課、警部。

花宮 春日(はなみや はるひ):26歳。女性。速見興信所所属の超能力者。

大藤 一(だいとう はじめ):速見興信所、職員。兼、青の教団、使徒。

ラブ:青の教団、教主。海豚の姿をした怪物。


空港職員:ナレーションと被り。

野次馬:ナレーションと被り。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




【あらすじ】
七原裕介は記憶を自在に盗む超能力を持っていた。
彼は自らの過去の記憶を盗みながらーーあるいは、誰かを救うために記憶を盗みながら、逃亡生活を続けていた。
過去にそんな彼と友人関係にあった速水だが、記憶を持っているのは七原だけであった。
速水は『死の商人』に狙われる七原の身柄を金で買い、彼自身を拉致する。
しかし、速水の目的は七原の能力を使うことではなく、彼自身を自由にすることだった。
警察庁公安特務超課、酒井ロレイン警部はもぬけの殻になった速水探偵事務所で、
青の教団の使徒、滑川を拘束するも、警察にはすでに教団が入り込んでおり、「青の教団に手をだすな」との辞令が出ていた。
電子知能「うずら」からの情報により、酒井はライト・ノア社という企業が自分にアプローチしていることに気づく。
そんななか速水朔は、七原にライト・ノア社の社長が自分であることを明かした。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−







 ◆◇◆


N:空港内は喧騒に包まれていた。
  行き交う人の並を眺めながら、酒井は不機嫌そうに貧乏ゆすりをしていた。

酒井:……ったく、どこいっても禁煙禁煙って……!
   あー……イラつくわぁー。
   こっちだって税金収めてんだからーーあ、すみません。

N:酒井は、足元に置いたボストンバッグを自分の元へと寄せると、
  ため息混じりにコートの内ポケットからメモ帳を取り出した。

酒井:……ライト・ノア社……本社、東京都島嶼部(とうきょうととうしょぶ)ーー
   まさか離島に本社があるとは思わなかったけど……。
   如何にも何かありますっていってるようなもんだわね。

N:酒井は上唇を舐めると、メモ帳をしまう。

酒井:……しっかし! 遅いわぁ……!
   確認にどんだけかかるってのよ!

空港職員:ですから、ええと、お客様ーー

酒井:はぁ……!? 他の客の対応……!?
   私の方が先だったじゃん!
   クッソ……割り込まれてたまるかっての……!

 間

空港職員:あのですね……その島というのが。

酒井:あのぉーすみませぇん。

空港職員:あ、はい!

酒井:えっとぉ、私が乗りたい便の確認?
   まだなんですよねぇー。

空港職員:あ、あの。そうなんですが……。

酒井:ちょっと急いでるのでぇ、早くして欲しいっていうかぁ。

春日:ず、ずびばぜーん……!(訳:すみませーん)

 間

酒井:……は?

花宮:あのぉ……私がぁ……その、困らせちゃったみたいでぇ……!

N:酒井が見下ろすと、そこには瞳に涙を溜めて蹲っている女がいた。
  女のワンピースはところどころ破れていて、身体は泥だらけ。
  手荷物は特に見当たらず、手の中に白縁の眼鏡を握っているだけだった。
  女は腕で涙を拭うと、ゆっくりと立ち上がる。

花宮:あの……えと……! ゆ、ゆうしてくらしゃい……。(訳:許してください)

酒井:……ちょっと状況が飲み込めないんだけど……この女性は?

空港職員:あの……それが、お客様と同じ住所をお持ちになっていらっしゃったので、
     ご一緒にご案内をと思ったのですが……。

花宮:(鼻をすする)私が泣いちゃって……すみません……。

酒井:貴女が……? 私と同じってことは……。

N:酒井は目の前の女を改めて観察する。
  女はキョトンとした表情で酒井を見返した。

酒井:……いや、なんで貴女みたいな人が。

花宮:へ……? なんですか……。

 間

酒井:(首を振る)……いや、なんでもありません。
   それより、次の便はいつなの?
   離島だからそんなに本数はないと思うけどーー

空港職員:それがなんですけど、お客様ーー

 間

酒井:はぁ!? そんな島は存在しないぃ!?


 ◆◇◆


N:その部屋には青い光が広がっていた。
  光は、時折揺らぎ、混ざり合い、生き物のように部屋を動き回る。
  部屋に深い青を刻んでいるのは、巨大な水槽だった。

大藤:失礼いたします。

N:男は、部屋に入るなり水槽に向かって深々と頭を下げた。

大藤:お目通り頂きまして感謝します。
   ”青の使徒”が一人、大藤一です。

N:青の使徒、大藤一はスーツの胸元に手を当てながら、ゆっくりと立ち上がった。

ラブ:……ハジメくんじゃないか。
   久しぶりだね。

N:その声は水槽からーーいや、直接頭に響いているように感じた。
  しかし、たしかにその声は水槽の主が発したものだった。

大藤:お久しぶりです。ラブ様。
   変わらずお元気そうでなによりですね。

ラブ:ふふ。君に私の調子がわかるっていうの?

大藤:いつもより、血色が良いように見えますから。

ラブ:そうか。先週水が変わったんだけど、すごく身体に馴染むんだよね。

N:それはーー海豚(いるか)の姿をしていた。
  しかし、水の中をゆっくりと泳ぐ様は、決して水族館で観るような愛らしいものではなかった。
  異常、異質、シュール、コミカル、人によって様々な見方がされるであろう。
  しかし、少しでも異端を知る者であれば直ぐにでも気づくはずだーー
  目の前にいるのが”怪物(モンスター)”であることに。

ラブ:それでーーわざわざ会いに来たのはどういう要件かな?

大藤:経過報告を、と思いまして。

ラブ:なるほどね。まあ、せっかくだ。聞こう。

大藤:僕がかねてより潜入しておりました『速見興信所』ですが。
   ご指示通り、興信所の人間は”ほぼ”始末いたしました。

ラブ:”ほぼ”?

大藤:ええ、ほぼ。

ラブ:面白いね、ハジメくん。
   それを私に直接報告しにくるってのが面白い。

大藤:流石にあの事務所を潰すのは容易ではないので。
   それにーー僕が潰しきれないのも、既にご承知かと思いまして。

ラブ:なんていうか、君は話が早くて助かるな。
   それで、殺せたのは、誰かな。

大藤:ええ。順番にアルバイト勤務、西川ーー

ラブ:ああ、その辺りは省いてくれて構わない。
   私が聞きたいのは、上の方だけだから。

大藤:……超能力者、ジョナサン・ランド。
   超能力者、フランシス・グリーン・
   超能力者、木元 佳祐(きもとけいすけ)
   ーーそして、”狂王(ベルセルク)”、ムハンマド・”キング”・ラーマーヤナ。

ラブ:ふひ、ふひひひひ。

N:ラブは奇妙な笑い声をあげて身体を一回転させた。

ラブ:ハジメくぅん。
   国内最強の”超人(スーパー)”を殺したって言うのに、嬉しそうじゃないねえ。

大藤:いえ、嬉しくないわけじゃありませんが……。

ラブ:少なくない時を過ごした同僚だからって、悲しんでいるのかい?
   そうなのかな? どうなのかな?

大藤:(苦笑して)僕にそんな感傷なんてありませんよ。
   それにーーどこまでいっても彼らは、”超能力者(パラノーマンズ)”ですから。

ラブ:……ふひひ。
   それで……逃したのは、誰だい?

大藤:既に興信所から離反していた、戦略担当、栄 友美(さかえ ゆみ)。
   ”泣き虫(クライベイビー)”、花宮 春日(はなみや はるひ)。
   興信所所長、速見 堅一(はやみ けんいち)の三名です。

ラブ:ふうん……。まあ、十二分に予想の範囲内だ。

大藤:併せて、三の使徒が『速水探偵事務所』に押し入った件でーー

ラブ:誰も居なかったんでしょう。知ってる知ってる。

大藤:それは失礼をーー

ラブ:いいんだよ。

 間

ラブ:ふひ……”ハヤミ”は素敵だ。

大藤:……素敵、ですか。

ラブ:きっと彼らは策を巡らしてる。
   特に息子の方は今頃……いや、いい。いいよ、口にしてしまったらつまらない。

 間

ラブ:ハジメくん。
   君はいつ私を裏切る?

大藤:……え?
   それはいったいーー

ラブ:前から思ってたんだぁ。
   君、色がね……濁ってるなぁって。

N:ラブはクルクルと身体を回転させた。

ラブ:私の言葉に揺れ動かされない、その強靭な精神は多いに気に入っているよ。
   でも、勘違いしてはいけない。
   私が君をこうしてここに置いているのは、君が私をーー裏切るつもりだから。
   それだけさ。

大藤:何故そんなことを仰るのかーー

ラブ:ふひ、いいかい。必ず、致命的なところを狙うんだ。
   最も私が絶望を感じるタイミングで、私を裏切れ。
   そして、楽しませておくれ。君はそれでいい。
   君はどこまでいってもただの……駒でしかないのだから。

 間

大藤:(ため息)……期待に応えられるように頑張らないといけないな。

ラブ:期待しているよ。

 間

大藤:では……失礼いたします。

ラブ:ああそうだ。これから君は自由に動いてくれ。

大藤:自由に……?

ラブ:純粋な作戦行動には、綿密な計画が有効だ。
   だがーー相手を大きく凌駕するにはそれだけではいけない。
   彼らはね……ハジメくん。
   信じられないことに、私たちを大きく凌駕しようとしている。
   この教団がどれだけ大きな力を持っているか知っていて尚、
   一筋の絶望もなく、ハッピーエンドをつかもうとしているのさ。

大藤:……彼らなら、そうしようとするでしょう。

ラブ:人間とは、そうでなくてはいけない。
   そしてそれこそが、人間のもつ大きな力だ。
   ……今の君は、駒だ。
   だが、いつかはそれ以上に強くなってもらわなくてはならない。

大藤:……私の思う通りに、彼らと戦えと。

ラブ:ハヤミの息子なら、こういう言い方をするかな。
   『君には、君の意思で動いてもらう必要がある』とね。

大藤:(苦笑して)速水朔、か。確かに彼ならそう言いそうだ。

ラブ:彼らは近々間違いなく動く。
   恐らくはーーそう、港町の”夏祭り”かな。

大藤:祭り……”Label(レーベル)”の回収任務、のほうですか。
   そういえば、あの木偶人形も帯同させたとか。

ラブ:彼の故郷だからね、あの街は。
   もし、任務に失敗して彼らに壊されるのなら、故郷がいいはずだ。

大藤:任務の失敗を……考えられているのですか。

ラブ:ふひひ……だから君は弱いんだ。
   失敗を恐れるのは実に人間らしいけど。

 間

大藤:何故、そこまで……人間に固執するのですか。

ラブ:好きだから。
   ……好きで、好きで好きで好きでたまらないから。
   私はーーラブなんだよ。

 間

大藤:ではーー超能力者も、人間ですか?

ラブ:君は、どう思う?

大藤:僕に聞くのは野暮ってものじゃないですかね。

ラブ:そんなことはないさ。
   言葉を口にすることには、とても大きな意味がある。
   正直な言葉は、とても強く、そして美しい。
   だがーー嘘はいけない。色を濁らせるからね。
   超能力者に向ける君の憎愛……それだけは純粋であることを祈るよ。

 間

ラブ:行きたまえ。

大藤:はい。それでは今度こそーーそうでした。
   ”狂王(ベルセルク)”の遺体をお土産にお持ちしましたので、後ほどお受け取りを。

ラブ:ありがとう。

N:ラブは口を開けて、牙を光らせた。

ラブ:美味しくいただくよ。


 ◆◇◆


N:空港からほど近いホテルの一室。
  酒井は煙草に火をつけた。

酒井:(煙を吐く)……ったく、どうなってんのよ。
   それにーー

N:酒井は部屋のシャワールームに目を向ける。

花宮:(シャワールームから)『ひゃあああ! 冷たいぃ!

酒井:あー、そのシャワー! 少し出さないとお湯にならないみたいよ!

花宮:(シャワールームから)『わ、わかりましたぁー!

酒井:……あの女……何者……?
   あの島に用があるってのもそうだし……。

N:酒井は立ち上がると脱ぎ捨てられたワンピースを手にとった。

酒井:身分証明になるようなモンも無し……それに、この切り口……。
   刃物、か? ……だー! わからん!

N:酒井はワンピースを選択入れに入れると、机のバスローブとタオルをシャワールームの前に置いた。

酒井:本社の場所は間違いない……でも、そこには存在しないってのは……。
   『うずら』聴こえる? 

 間

酒井:って……使えるわけないでしょうが……。
   これだから便利グッズに頼ってるとヤキが回る……。

 間

酒井:速水探偵事務所……ライト・ノア社……青の教団……。

花宮:(シャワールームから)『きゃああああ!

酒井:ッ! どうした!?

花宮:(シャワールームから)『ふえええん! シャンプーが目にぃー!

 間

酒井:(ため息)私……何やってんだろう。

N:その瞬間、部屋をノックする音が聴こえた。

酒井:(舌打ち)はーい! 今開けますぅ!

N:酒井はボストンバッグから大型のナイフを取り出した。
  ゆっくりとドアに近寄りながら、腰だめにナイフを構える。

酒井:えっとぉ、どちら様ですかぁ?

速水:ルームサービスでーす。

酒井:(呟く)……んなわけねえだろ……ふざけやがって。
   はあい! 今開けますぅ!

N:酒井はドアを開けるとの同時に、ドアの前に立っていた男の襟首を掴んだ。
  そのまま足をかけて引き倒そうとするがーー

速水:随分だな……!

N:男は地面に手をついて受け身を取る。
  男が態勢を立て直そうとしたところで、酒井が肩を蹴りつけた。
  男は部屋の奥へ転がっていく。

速水:いっつ……!

酒井:動くんじゃねえコラァ!

速水:待てッ! 僕は!

花宮:あのー、シャワーありがとうございました!

酒井:なっ!? 今は出てくるんじゃねえ!

花宮:へ?

 間

N:風呂から全裸で出てきた女は、ナイフを構える酒井と、地面に座り込んでいる男とを交互に見つめた。

花宮:ぴ。

速水:……どうして、お前がここに……!

酒井:あん……?

花宮:ぴ。

速水:いや、それよりも、マズイ……!

酒井:何がだーー

速水:いいから耳を塞げーー

N:座り込んだ女は大きく息を吸った。
  そしてーー

花宮:ーーぴぎゃああああああああ!!!


 ◆◇◆


N:酒井は煙草を咥えながら頭をかいた。
  目の前には後ろ手に手を縛られている男。
  その隣には、バスローブ姿の女が涙目で座っていた。

速水:……痛いんだがーー

酒井:名前、所属、目的。

速水:(ため息)速水朔……速水探偵事務所・所長……用があったのは……まあ、あなたにだね。

酒井:速水……お前が……?

速水:そうだよ。酒井ロレイン警部。

酒井:(煙を吐く)……どこで私の事を。いや、それが目的だっつったか……。
   本当にお前が速水朔だっていうなら証拠をーー

花宮:あの……!

酒井:あん?

花宮:ひっ……! あの……。顔、怖い。

酒井:なッ……こわッ……!

速水:おい、暴力警官をむやみに刺激するな。

酒井:テメエ……! 骨でも折ってやろうかぁ!?

花宮:す、すみませんッ! それはダメです……!

酒井:だあああ! もう! わけがわからん!
   なんだってんだよ……!

花宮:あの……彼は、本当に、朔ちゃん……です……。

酒井:(ため息)朔『ちゃん』だあ……?
   ……そういやあんたたち、知り合いみたいだったね。

花宮:はい。とっても知り合いです。

酒井:偶然にしちゃできすぎてるけど……で、貴女の名前は?

速水:お前、ひょっとして自分の名前も名乗ってなかったのか?

花宮:うん。空港で……朔ちゃんのところに行こうとしたけど、行けなくて……。
   そしたら、とりあえずシャワーでも浴びるかって、言ってくれて……。

速水:……そうか。

酒井:(イラついて)なーまーえー。

花宮:あ、はい……!
   ……あ。そういえば、シャワー! ありがとうございました……!

酒井:あー、うん……わかったから……名前。

速水:もういい、僕がいう……。
   彼女の名前は、花宮 春日。

酒井:花宮……春日? どっかで……。

速水:こっちの名前は良く知ってるはずだよ。
   ーー”泣き虫(クライベイビー)”

 間

酒井:……マジかよ。

速水:マジだ。

花宮:その名前……ちょっと、恥ずかしいんですけど……。

 間

酒井:……だとしたら、花宮さんは私らからしたら大恩人だ。

花宮:え?

酒井:そこの速水が軽く言ったが、改めて名乗るよ。
   私は警察庁公安特務超課の酒井ロレイン。

花宮:公安の、酒井さんですね。

酒井:何度もウチと提携して仕事してくれてるでしょ。
   私はこっちに配属されたのが最近だから顔は知らなかったけど……。
   十年近く前からよく助けてもらってるって話は、よーく聞いてる。

花宮:いえ……! 私は、自分にできることをしただけなので……そんな。

速水:身分は知れたんだ、酒井さん……とりあえず、これ、外してくれないかな。
   痛いんだけど……。

 間

酒井:わかった。

N:酒井は速水の拘束を解いた。
  速水は腕を軽く撫で付けながら椅子に座った。

酒井:それで、速水朔……何故ここがわかった。

速水:探偵を名乗っている以上、人の居場所くらいつかめなければ失業ものだろう。

酒井:(鼻で笑う)その探偵事務所は無くなったみたいだがな。

 間

酒井:まずこれだけはハッキリさせておこうか。
   ……ウチの岩政ーー岩政悟(いわまささとる)巡査長はどこにいる。

 間

速水:さあね。

酒井:……んだとコラ。

速水:あなたも見ただろう。

酒井:何をーー

速水:速水探偵事務所は、一時解散している。

酒井:……そうくるか。

速水:俺達は行動を別にしているから居場所まではわからない。
   もちろん、目的は同じだけどね。

酒井:”幸運少女(エンジェル)”の奪還、か?

 間

酒井:……いや、そうじゃないな。
   お前の目的は、『青の教団』の完全なる壊滅。そうだろ。

速水:……それは推測か?

酒井:ようやく繋がったよ。
   ユージーン・ブレンストレームの友達ってのは、お前だな。速水朔。
   わざと私をここに呼び出すように仕向けたから、当然この場所も知っているというわけだ。

 間

酒井:沈黙も答え……か。いいだろう。
   花宮さん、君は『ライト・ノア社』という社名には聞き覚えがあるかな?

花宮:え? あの……いえ、ないです。

酒井:だが、何かあれば速水がそこにいるということは聞かされていた。
   ということはだ、お前は随分と前からあの会社と関係があった。
   そもそも、技術開発主任と懇意の仲で、『うずら』の中に自分の情報を紛れ込ませるだけの地位にある。
   お前はあの会社における重要な役職……違うな。
   ライト・ノア社はーー速水朔が作った会社、だろう?

 間

速水:……頭の回転が早いな。

酒井:推理はなにもお前の専売特許じゃない。
   ……それで、ライト・ノア社の社長様が、私に何かをさせようって?

速水:いや、そうじゃない。

酒井:なるほど。じゃあ情報だけ与えて、私が好きに動けるようにしようってことね。

 間

速水:そのとおりだ。

酒井:そうやって同じ目的を持つ同士達を集めて、
   彼らは各々に各地で暴れまわってくれてるってわけだ。

速水:……そのとおりだ。

酒井:ったく……。

N:酒井はゆっくりと速水に近づいた。
  そしてーー

酒井:(速水を蹴りつける)このクソガキがッ!

速水:くッ……!

花宮:ちょ、ちょっと……!

酒井:ふざけんじゃねえぞ……テメエ……自分が何してんのかわかってんのか……? ああ?
   『仲間が勝手にやったことだ』っつってなぁ、しらばっくれてんじゃねえぞ!

花宮:やめてください!

酒井:いいか! テメエらが何やってっか、わからねえわけじゃねえだろ……。
   テロリストだよ……。 速見朔。お前らはテロリストだ。
   手前勝手な正義を掲げて、手前勝手な大義名分を振りかざしてるだけのなッ!

速水:……また死んだぞ……警官が。
   お前の見逃した男が殺した!

酒井:知ってるっつーんだよボケッ!
   そいつらはなあ……! ……そいつらは……私が監視につけたやつらだ!

速水:酒井ロレインなら捕まえられた!

N:酒井は速水の胸ぐらを掴んで持ち上げた。

酒井:……そうだ……! だがあんときは、命令のせいで動けなかった!
   警察の上には、青の教団が入り込んでるからなッ!

速水:結局それだ……! あんたは誰かに責任を押し付けている!
   自分自身すらも不明瞭になりかけていたときに、僕のヒントで救われただけじゃないか……!

酒井:そうやって人を操ってるつもりになってるからクソガキだって言ってるんだよッ!

速水:ぐっ……!

N:酒井は速水を壁に放り投げる。
  静寂が室内包む。
  口火を切ったのは、速水だった。

速水:……なら僕を……捕まえてみるか?

酒井:なんだと……?

速水:今、僕を止めたら……すべて、終わりだ。

酒井:そういう問題じゃねえだろうが……。
   上に立つもんってのは、それだけの責任を持てってことだ。

N:酒井はナイフを手に取ると、自分の着ているシャツを引き裂いた。

速水:何を……。

酒井:見ろ、速水。

N:酒井の胸の上部には、痛ましい手術の跡があった。
  不自然に盛り上がった皮膚からは、機械らしき物が透けていた。

花宮:……それ……なんですか……?

酒井:”幸運少女保護作戦(エンジェル・フォール)”で岩政がウチから離反したあと、
   部下から指名手配犯を出した責任を取るために、この装置を埋め込まれた。
   ……遠隔操作でいつでも私を殺せるようにってな。

花宮:そんな……!

酒井:別にこれをつけられたことに関しては何も言うことはない。
   そもそも、岩政が安藤麗奈を殺そうとしていことすら見抜けなかったからな、私は。
   ーーだが、わかるだろう? 速水。
   私は今、こうして命令以外で動いていることがバレれば、直ぐにでも殺される。

N:酒井はコートを羽織った。

酒井:お前は、背負えるのか。
   私の正義を踏みにじっていく覚悟があるのか。
   罪なき人を傷つけながらも、それでも進んでいく覚悟があるのか。

N:酒井はナイフを自らの喉元に当てた。

酒井:卑劣なテロリストとしてーー私を殺せるか?

 間

速水:……ああ。

N:速水は立ち上がると、酒井の持ったナイフを手にとった。
  酒井は小さく笑うと、煙草を咥えて火をつけた。

花宮:え……? 朔ちゃん!?

酒井:(煙を吐く)いい目をしてるな……悪人らしい面構えだ。

速水:話してみて思ったよ。あんたは、思っていたよりも優秀だ。
   少し、優秀すぎるほどにね。

酒井:そうだ。私はとびきり優秀だよ。
   だから、ここで殺さなきゃ確実にお前の目的の邪魔になる。

速水:そうだな……そのとおりだ。
   ……何か言い残すことはあるか。

酒井:(煙を吐く)岩政に伝えろ。『クソッタレ、地獄で説教かましてやる。
   お前の母親は遠くに逃したから、安心してクタバレ』ってね。

速水:伝えよう。

N:速水は酒井の胸にナイフの刃を近づけた。

花宮:朔ちゃん……! ダメだよそんなの!

酒井:やれ! この犯罪者がァ!

花宮:いやあッ!

N:バキッ、と、音が鳴った。

酒井:何……やってやがる。

速水:何って、胸に埋まったこいつを外しただけだけど。

N:速水の手には血に濡れた機械が握られていた。

酒井:いや……でも、なんで……。

速水:なんてことはない。
   この機械を開発したのも、手術をしたのも、僕の会社だ。
   そもそも……内部に入り込んでるのは青の教団だけだと思ったら大間違いだよ。

N:速水は機械は弄びながら、笑った。

速水:さて、あなたの命は、僕がもらったってことでいいかな。

 間

酒井:は、ははは……ははははは!
   なんだお前……元から、悪党なんじゃないか……!

速水:喜んでもらえて光栄だ。

N:速水がベランダのドアを開けると、強風が吹き込んできた。
  ベランダの外には、『ライト・ノア社』とペイントがされた乗り物が飛んでいた。

酒井:……おいおい。どういう原理で飛んでんだ? ありゃあ……。

速水:酒井ロレイン。

酒井:んだよ……。

速水:あなたは、どうしたい。

 間

速水:僕は、やつらを倒す。

酒井:……お前は、どうしてそこまでする。

速水:……さあね。

酒井:ハァ?

速水:僕もどうしてやつらをこんなに潰したいのかわからないんだ。
   ……そして、知らないということは、僕にとって許しがたいことなんだよ。

酒井:(吹き出す)ククク……結局お前、ムカついてるだけなのかよ。

速水:そうかもしれないな……。
   酒井ロレイン。君はどうだ。

 間

酒井:……ああ、ムカつくね。腸が煮えくり返るほどに。

速水:なら、殴りにいかないか。

酒井:言われなくても、そうするさ。
   ……クソが……コレに乗っちまったら、私も仲間入りかよ……。

 間

酒井:いいか、すべてが終わったら、絶対にお前を捕まえる。
   覚悟しておくんだな。

速水:そうだな……僕も、捕まるとしたら貴女がいい。


 ◆◇◆


N:なんとなくーー理由はその程度だった。
  大藤は車から降りると、その公園に立ち寄った。
  公園の周囲には無数のパトカーが止まっており、立ち入り禁止を示す黄色いテープが張り巡らされていた。

大藤:……そうか……いや、当然そうなんだけどね。

 間

野次馬:あの、知ってます?

大藤:え? 僕、ですか?

野次馬:殺人事件なんですって。

大藤:殺人……そうですか。

野次馬:怖いですよね。犯人捕まってないのが余計に。
    刃物で一刀両断って聞いたけどーー

大藤:ええ。知ってます。

 間

大藤:僕の、知り合いだったので。

野次馬:え?

大藤:殺された、人……。

野次馬:えー!? 本当ですか?

大藤:ええ。

 間

野次馬:でも……仲良かったんですね。

大藤:え?

野次馬:いや……あなた、泣いていらっしゃるので……。

大藤:いや、そんなまさかーー

N:大藤は自分の頬を手で触る。
  確かに、そこには涙のあとがあった。
  いったいそれが何を意味するのかーー少しだけ考えたあと、大藤はゆっくりと目を閉じた。

大藤:……なるほどね。

野次馬:それじゃ、いきますね。
    あの……ご愁傷様です。

大藤:いえ……ありがとうございます。

 間

大藤:ふふふ、ははははは!
   ……そうか……僕は……!

 間

大藤:皆さん……許してくれとは言いませんーー

N:大藤は、足元にひっそりと生えていた花を一輪摘み取ると、それを額に当てた。

大藤:これっきりです……! これっきりにしますから!
   だから……!

N:大藤は花を握って目を瞑った。
  数分、そうしてじっと、微動だにせず、大藤はただ目を瞑っていた。

大藤:……これで僕はーー人間を辞めます。

N:そしてーー瞼を開いた先にある彼の瞳は、どこまでも暗く、淀んでいた。

大藤:……さようなら。

N:大藤は花を投げ捨てる。
  花はさみしげに、コンクリートの上で横たわっていた。


 ◆◇◆


N:酒井の乗ったヘリコプターが飛び去るの見届けると、速水は呆然と立ち尽くす花宮に歩み寄った。

速水:……驚いたよ。お前がいるとは思わなかった……。

花宮:へ? ああ、うん……。

速水:服、ないのか?

花宮:うん。その……ボロボロで。
   部屋に戻る暇もなかったから……。

速水:何か、用意する。

花宮:うん……ありがと。

 間

速水:……怪我は、ないのか。

花宮:……え?

速水:いや、だから……怪我は……まあ、身体を見た限りはなかったか。

花宮:はうっ! ……ぴ、ぴぴぴーー

速水:叫ぶな……! 僕が悪かったから!

N:散らかった部屋の中、2人は自然とソファに並んで座った。
  しばらくの沈黙の後、速水は口を開く。

速水:……相変わらずだな。

花宮:……何が?

速水:泣き虫のくせに、本当に辛いときには泣かないんだ、お前は。

 間

花宮:よく知っていたつもりだったけど。
   ……強かったよ……すごく。力、隠してたみたいに。

速水:そうか。

花宮:最初はね、おやすみだったんだけど、忘れてる書類があって、事務所に寄ったの。
   それで、事務所に入る前にすぐ、おかしいなって思った。
   血の匂いが、すごくて。
   ……急いで入ったら、もう、みんな……。
   心臓に力を打ち込んだけど、もう、間に合わなくて。
   救急車を呼んで……それで、メールが来たの。
   キングさんから……『逃げろ』って、それだけ。

 間

花宮:逆探知、したんだ。
   どうしても、気になったから。
   それで、公園に行ったら。キングさんが、戦ってたんだ。
   ーー大藤さんと。

速水:大藤、ハジメ……。

花宮:直ぐにわかった。ううん……本当はみんなの傷を見た瞬間に気づいてたよ。
   あんなわかりやすい切断面、ないもんね。
   いつだって、なんだって斬っちゃうんだから。
   ずっと見てきたもん、側で。仲間だったもんね。
   ずっと昔から。仲間だった、もんね……。
   仲間……ッ……! ながま……だったんだもん……!

N:花宮の瞳から、涙が溢れ出してくる。
  とめどなく流れては、零れ落ちて、膝を濡らしていく。

花宮:仲間なのにさぁ……! どうしてかなぁ……!
   おかしいよ! そんなの……!
   こんなのってないよ……!
   ……私……! 勝てなかった!
   大藤さんがあまりにも早すぎて!
   そしたら、キングさんがやっぱり言うんだ、『逃げろ』って!
   仲間だから……! 逃げろっていうんだよ!
   だから、逃げたんだ! 仲間が逃げろって言うから!
   でも! でもね……! でもね! 朔ちゃん……!
   そしたら……みんな……死んじゃった……!

速水:ハル……!

N:速水は花宮を抱きしめた。

花宮:朔ちゃん……死んじゃったんだよ……みんな……。
   大藤さんに……殺されちゃった……。
   私……何もできなかった……。

速水:すまない、ハル……。

花宮:仲間だったのに! 仲間だったんだよ!
   みんな! ずっと! ずっと!

速水:すまない……!

花宮:朔ちゃんにはどうしようもなかったんだよ!
   だって大藤さんは! ずっと仲間だったんだもん!
   なのに裏切られたんだもん! ちゃんとわかってるもん!
   朔ちゃんは関係ないもん! なのに……! 関係ないのに謝らないでよ!

速水:すまない! ハル! すまない!

花宮:バカアアアア! 朔ちゃんのバカアアア!
   ひええええん! ひえええええええん!

N:花宮の泣き声を聞きながら、速水はひたすらに願っていた。
  今だけは、泣いてくれと。


<前編>
<後編>
<終編>


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