パラノーマンズ・ブギーC
『あるいは 前編』
作者:domino


速水 朔(はやみ さく):25歳。男性。速水探偵事務所、所長。甘いもの大好き人間。

酒井 ロレイン(さかい ろれいん):38歳。女性。警察庁公安部特務超課、警部。タバコとお風呂と可愛いものが好き。

七原 裕介(ななはら ゆうすけ):25歳。男性。『記憶泥棒』と呼ばれる超能力者。泥棒だけあっていろんな人から追われてる。

滑川 保(なめりかわ たもつ):29歳。男性。青の教団、青の使徒の一人。心優しい性格で、小学生の頃は生物委員でタガメを飼育していた。

うずら:警察庁公安特務超課で試験運用されている人口超知能内蔵デバイス。子供っぽいけど優秀。ナレーションの人と被り役

警官:いつも物語ではやられ役になってしまいがちな人。ナレーションの人と被り役。





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 ◆◇◆


N:あるいは一瞬の出来心だった。
  事情の大小などは関係ない。
  それが大きな岩だろうが、小さな小石だろうが、丁寧に並べられたドミノを崩した事実には関係はない。
  そして、それによって失われたものが、どれだけ取り返しの付かないものだったとしても、
  少年たちは流されるしかなかった。

速水:立て! 新一郎!

N:少年は倒れこんだ友人の肩を強く揺すった。
  友人は色を失った瞳で宙を見つめていた。
  少年は強く拳を握りしめ、腕を振り上げた。

速水:いい加減にしろ!

七原:落ち着け朔!

N:そんな少年の腕を掴んだのもまた少年だった。

七原:今、新一郎を殴ってもしかたがないだろう!

速水:離せ……!

七原:落ち着いて、状況をよく見ろ!
   君らしくもーー

速水:離せといっている!

N:崩れた瓦礫と舞い上がる土埃の中で、少年同士の視線が交錯した。
  どうしようもない時間の中で、一瞬とも永遠ともいえる時間の中で、お互いに気づいていたのかもしれない。

速水:……誰だ、お前は。

N:そんな始め方もあるのだということを。


 ◆◇◆


N:七原裕介はゆっくりと瞼を開いた。
  彼が目覚めたのはベッドの上だった。
  並んだ無数のベッドと、キャスターなどをみていると、まるで病院のようであったが、窓などは一切ない。
  壁には異国の言葉で書かれた無数の書類が貼り付けられ、戸棚には用途のわからない奇妙な物品ばかりが並んでいる。
  あまりにも見慣れない光景に、あっけに取られていたせいだろう。
  七原が、自らの身体がベッドに拘束されていることに気づいたのは、数秒経ってからのことだった。

七原:(ため息をついて)……やあ。

N:七原は目の前に座る男に声をかけた。
  男ーー速水探偵事務所所長、速水朔は、読んでいた本から目線をあげた。

速水:……随分と気持ちよさそうに寝るもんだね。

七原:懐かしくはあったけど……そう、いい夢でもない。

速水:(鼻で笑う)そう。

七原:超能力者でも、夢くらいはみるよ。

 間

七原:……朔、そこの彼は?

N:七原は速水の背後に立っている少年に目を向けた。
  少年は、七原の視線に驚いたのか、速水の背に隠れる。

速水:説明する必要はない。

七原:でも、隠すほど重要でもない。だろ?
   教えてくれよ。

速水:考えない人間は、進歩しないぞ。

七原:(苦笑して)相変わらずだな。

速水:……ユージーン、もういいだろう。
   出て行け。

N:少年ーーユージーンは少し考えた後、首を縦に振った。
  速水が頭を軽く撫でると、ユージーンは小走りで部屋を出て行った。

七原:もしかして……俺の心配を?
   良い子だな。君の駒になるのは気の毒なほどに。

速水:……理由が必要な人間もいる。

七原:悲しいことにね。

 間

七原:……1ヶ月半前かな。俺が捕まったのは知ってるよね。
   一つところに留まりすぎたせいもあるけどーー
   まあ、君の仲間に足止め食らったのもあってさ。

速水:知ってるよ。捕まってすぐに脱走したのもね。

七原:だろうと思った。
   ……それで? どうして一ヶ月以上も泳がせた上で、俺を拉致したんだ?
   あいつにーー『死の商人』に俺を売るつもり?

速水:君と対面するのに一月半かかったのは、諸々の準備を済ませる必要があったからだ。
   ”記憶泥棒”を捕まえるのは容易じゃないことは、レディ・ガブリイルから5年間逃げ仰せていることが証明しているしね。

七原:ふうん、この程度で俺を捕まえたって思ってるわけだ。

速水:ああそうだ……忘れないうちに言っておくけどーー君は自由の身になった。

七原:……え?

速水:レディにはちょっとした貸しができてね。
   取引の上で、買ったよ。

七原:買ったって……俺の身柄を?

速水:君がやつの元から盗んだものに比べれば、どうってことはない金額で、だけどね。
   やつもわざわざ遠い異国から君を捕まえる労力を割くのはバカバカしくなったんだろう。

 間

七原:……何が目的だ?

速水:目的は、対話、だよ。

七原:……は?

速水:……手始めに……そうだな。
   やつから逃げた後も、君が躍起になって探していた情報……。
   安藤麗奈の行方について話そうか。

七原:……本当に意地が悪いな。

N:速水はベッドに近づくと、七原の拘束器具を外した。

七原:なんのつもり……?

速水:これは君が暴れることを想定してつけたものだからね。
   冷静なら、必要はない。

七原:へえ……冷静ね。

N:七原の瞳が色を失っていく。
  視界に速水を収めると、七原は不機嫌そうに口元を歪めた。

七原:これでも俺、結構怒ってんだけどね。

速水:そう? そうは見えないけど。

七原:……麗奈は、どうした。

速水:奪われた。

七原:(舌打ち)やっぱり……!

速水:今は、どこにいるのか絞りきれていないな。

七原:お前はッ!

N:七原は速水に掴みかかった。

七原:俺は! お前になら任せられると思ったんだ!
   だから新一郎に記憶を渡してまでーー

速水:くだらない。

七原:なんだと!

速水:守りきれないものを何故守ろうとしたんだ。

七原:何も知らないくせに……! 彼女は俺にとってーー

速水:勘違いするなよ、記憶泥棒。
   僕は慈善事業家じゃない。それに、君なんかにたやすく信頼されるほど、安くはない。

七原:お前は他人の感情なんて二の次だからな!
   合理性に囚われた哀れな男だ!

速水:そうやって感情に流されれ、正常な判断能力を失う。
   一時の快楽に身をまかせる。
   僕が哀れな男ならーーお前はなんだ。動物か?

七原:お前のそういうところが昔から気に食わなかった!

速水:『昔から』とは妙な言葉を使う。
   僕は、君なんて『知らない』

七原:なら思い出させてやるーー

N:突如、七原の身体に異変が起こった。
  視界が歪み、奇妙な高音と共に、頭が割れるような痛みが七原を襲う。

七原:うがああああああああ!!!!

N:速水は冷たい瞳で七原を見下ろした。

速水:動物みたいに喚かないでくれる?

七原:朔ぅうう! 何をしたぁ!!

速水:力を抑えろ。

七原:う、ぐ……。

N:七原は胸を押さえながらゆっくりと瞼を閉じた。
  やがて、痛みが治まってくると、ベッドに倒れこんだ。

七原:(荒い呼吸)

速水:今度こそ、冷静に話をしようか。

七原:朔……! お前……頭に、『ナニ』を入れた……!

速水:七原裕介。
   お前の能力では僕の頭はいじれない。

七原:質問に答えろッ!!
   俺の頭に! ナニを入れたんだ!

速水:……変わったのは君の頭の中じゃない。
   ーー僕の頭の中だよ。

N:速水は、怪しげな笑みを浮かべていた。


 ◆◇◆


N:とあるマンションの一室。
  『速水探偵事務所』という表札が貼られたドアの前で、頭を抱えている男がいた。

滑川:あのー、ですね。ですからですね。あのーそれがですね。
   あのー、いや、なんていいますかですね……。

N:男はためらいながら、何度も何度もドアノブに手をかけようとする。

滑川:でもですね。あのーだめなんですー。
   いやー、違うんですけどねー。やっぱりそうかなって。
   でもあれー、あれなんですよー。

N:男は、扉から数歩下がると、ゆっくり拳を振りかぶった。
  その瞳から光が失われ、男の持つ”超能力”が発動した。

滑川:おじゃましまーす、っていってね。あのーおじゃましますー。

N:男が拳を叩きつけると、扉は轟音を立ててひしゃげ、そのまま部屋の中へ消えていった。

滑川:あのー、あれなんですけど。あれー、あのー、あれです。
   あのー、殺せって、そのー言われまして。

N:男は呟きながら部屋に入る。
  速水探偵事務所の室内はーーもぬけの殻だった。

滑川:あのー、あれー、これあれですねー、あのー。
   逃げられたってやつですよねーあのー。

 間

滑川:じゃあ、あれですね……怒られますかね。

酒井:んー? 一体誰にかなぁ?

滑川:……あれ?

N:男が振り向くと、そこには見知らぬ女が立っていた。
  女は口にくわえたタバコを投げ捨てる。

滑川:貴女、あのー、誰、ですか?

酒井:私は警察庁公安部特務超課(けいさつちょう・こうあんぶ・とくむ・ちょうか)
   酒井ロレイン警部。

N:酒井は首元のネクタイを軽く緩めると、笑みを浮かべた。

酒井:つーわけで、ちゃきちゃき地面に伏せて、サクッと私の質問に答えてもらっていいかな?

滑川:あー、えっと。警察が、あのー、何故ここにーー

N:酒井は男の眼前に踏み込むと、容赦なく首を蹴りつけた。
  男は息をする暇も無く、地面に這いつくばる。

酒井:(滑川を踏みつけ)質問していいってダレが言った? ああ?
   テメエ……国家権力舐めんじゃねえよ。

滑川:ず、びばぜん……。

酒井:謝れるってのは美徳だねえ……お姉さん、嫌いじゃないよ。
   大サービス! 無駄口叩かずに名前と所属を言ったら、少しだけ私の機嫌が直るかもよ……?

滑川:『速水探偵事務所職員』……滑川……保……。

酒井:そーかそーか。それで滑川くん。君は、どうしてここに現れた?

滑川:あのー……所長に一度……クビだと言われて……そのー。
   あのー、それで……そのー、でもやっぱり納得いかなくてーー

N:酒井は滑川の首筋を思い切り踏みつけた。
  固いものが地面と擦れる音が、室内に響き渡る。

酒井:何、能力使ってんだ。殺すぞ?

N:滑川の首筋は、彼の超能力によって、硬く変質していた。

滑川:あのー、使わないと、死んでいたっぽくて。

酒井:(ため息)あのさあ……お母さんに教わらなかった?
   私に嘘ついちゃダメだって。

滑川:お母さんは、あのー、あれですね。小さいときに蒸発しちゃったので。

酒井:うんうん、その調子。その調子で正直に頼みますよぉ。
   『ハヤミ』の関係者だなんてクソくだらない嘘つく余裕があるなら、
   ギリギリ喋れるところまで潰しちゃうよ? いいの?

滑川:あ、あのー、勘弁してください。それは。

酒井:さぁて、次は能力使ってもイっちゃうくらいのパワーでいくかんね?
   ……それではお答えいただきましょう!
   滑川くんの『本当の所属先』は……ズバリどこ!?

 間

滑川:あのー、知ってますかね?『青の教団』っていうんですけど。

酒井:(舌打ち)今の聴こえたか?

N:酒井が首元のマイクに呟くと、イヤーモニターに声が帰ってくる。

酒井:『うずら』どうだ。

うずら:『聴こえたー。

酒井:本部に連絡。

うずら:『うぃー。

酒井:……ってーわけで。

N:酒井はため息をつくと、滑川の頭から足をどけた。
  滑川は困ったように頭を掻きながら、ゆっくりと立ち上がる。

酒井:……行っていいよ、滑川くん。

滑川:あのー、えっと……すみません。

酒井:勘違いしないように! 『今は』ってだけだからねー。
   テメエら全員残らず裁かれる準備しといてちょ。

滑川:……あのー、あれです。

酒井:あ?

滑川:色、歪んでいるのでー、そのー。
   青に、なったほうが、そのー。

酒井:うるせえ! 気が変わらないうちに、失せやがれ。

滑川:あは、そう、ですね。

N:滑川はゆっくりと部屋を後にする。
  酒井はそれを見送ると、壁にもたれかかってタバコを咥えた。

酒井:(煙を吐いて)……うずら。監視はつけた?

うずら:『つけましたぁー。

酒井:ったく……ただでさえ余裕がないってのに。

うずら:『ねえ、ロレイン。なんで捕まえなかったのー?

酒井:んー? それはねえーうずらちゃん。大人の事情ってやつ。

うずら:『青の教団って、あれだよねー。
     データベースの隅っこのとこにちょこちょこあるやつー。
     ここ1月で18件くらいー?

酒井:(煙を吐いて)そーそー、そのわるーいやつらね。

うずら:『わるーいやつら。把握したー。

酒井:で、私らの上司にも多分そんなわるーいやつらが紛れ込んでるってこと。

うずら:『ねえロレイン、この会話も漏れちゃうけどいいのー?

酒井:中指立ててたって追加しといてくれてオッケーよん。

うずら:『把握したー。

酒井:(煙を吐いて)ったく……なんで人口知能に愚痴ってんだか。私は……。

うずら:『うずらはぁー、ただの人口知能じゃないぜー。

酒井:あーはいはい。難しい説明は勘弁。

うずら:『ただの人口知能じゃないから、勝手に喋ってもいいー?

酒井:んー? どーぞお好きに。

うずら:『多分、そろそろだよー。

 間

酒井:そろそろって、何が?

うずら:『そろそろ、動くよ。おっきいのが、ドーンって。

酒井:はぁ? ……そのドーンって、何かな?

うずら:『わかんないー。でも、ロレインも動くなら今だよってー。
     でないと、身動き取れなくなっちゃうかもって言ってたー。

酒井:ちょっと待て。うずら、それ、誰が言ってた……?

うずら:『えっとねー、ダディのお友達。

酒井:ダディの……友達?

うずら:『その人の名前はねー、言えないのー。

酒井:じゃあ! お前のパパは!? パパの名前はなんだ?

うずら:『ダディはねー、ユージーンっていうー。

酒井:綴りは?

うずら:『いー、ゆー、じー、いー、えぬ、いー。

酒井:……うずら。サポートモード終了。シャットダウンしろ。

うずら:『はーい。キーを音声入力でお願いしまーす。

酒井:「おやすみなさい。いい夢をみるんだよ」

うずら:『入力完了。おやすみなさーい。

酒井:(舌打ち)ったく……!

N:酒井は携帯電話を取り出すと素早くコールする。

酒井:ニコル。黙って調べて欲しいことがある。すぐに。
   いい? ……一年前に政府が提携した企業を洗い出して欲しい。
   ……その中で、ウチで使ってる『うずら』と、『アンチ』関連の新技術を開発したのはどこだ。
   ……スケープゴートだと判断できるところは弾いて。……ああ。
   ……間違いない? わかった。なら、そこの技術者にユージーンって名前のやつはいる?
   ……そんなには待てないの! すぐに! 綴りはオレゴンのユージーンと一緒!

 間

酒井:……本社の住所も合わせて、すぐにメールで送って。
   ……お礼は今度……わかったって。

N:通話を切り、酒井がタバコを口に咥えるとすぐに、メールの受信が入った。
  酒井はタバコを投げ捨てると、メールの受信画面を開く。

酒井:……ライト・ノア社。技術開発部主任、ユージーン・ブレンストレーム、ね。
   あーあ、これじゃ、岩政の馬鹿に説教できないじゃないか。

 間

酒井:なんにしたってーーどいつもこいつも、私を舐めんじゃねえっての。


 ◆◇◆


N:廊下を歩いて行く速水の背中を見ながら、七原は周囲を観察していた。
  白を基調とした清潔な廊下には埃一つなく、通りすぎていくドアの中からも物音一つない。
  今ここにあるのは、速水と七原の足音だけだった。

七原:……ここは……。

速水:ここは、企業ビルだよ。

七原:すんなり答えてもらえて助かるけど、なんだか気味が悪いな。

速水:僕がすんなり説明することが? それとも、今いる場所のこと?

七原:……どっちも、かもね。

速水:(ため息)……後者から答えよう。ここは特別フロアになっている。
   今使っているのは、僕とユージーンだけ。

七原:ユージーン……さっきの男の子か。

速水:君の能力を防いだ技術も、彼が開発したものだよ。

七原:あの少年が……? いや、待ってくれ……!
   そもそも彼は、能力を無効化する技術を開発したっていうのか!

速水:呼称は『アンチ』
   能力の無効化だけじゃなく、能力そのものを解剖するプロジェクトの総称。
   既に『アンチ技術』を取り入れた商品は、日本政府や傭兵の連中が正しく運用している。

七原:考えが追いつかない……。
   ……いくらあの少年はとてつもない天才だったとしてもーー

速水:そんなチープな言葉で装飾するな。
   向こう数百年内にユージーンに匹敵する頭脳が現れたとしたら、そいつは悪魔の類で間違いない。

七原:……今もうすでに、朔のように精神感応を防ぐ人間がいるってことか?

速水:僕の頭に埋め込んだナノマシンはまだ試作品だからね。
   チューニングも君に合わせているから、他の能力者には使えない。

 間

七原:……速水朔。お前は……一体何者なんだ。

速水:君がそれを言うのか? 記憶泥棒。

 間

速水:僕は、『速水探偵事務所・所長』に変わりはない。
   ただし、今この場に限り、肩書きはーー
   『ライト・ノア社・社長』速水朔だ。

N:速水が立ち止まり、部屋に入ると、七原も後に続く。
  2人が室内に入ると同時に、部屋の片面を覆っていた日よけが、自動的に開いていく。
  数秒もすると、室内の隅から隅まで、日光が差し込んでいた。
  七原は興味深そうに部屋の奥へと歩みをすすめる。

七原:……なんてところに連れてきてくれたんだ。

N:七原は日よけの取り払われた窓に歩み寄った。
  地上から何十メートルもの高い位置から見えるのは、どこまでも果てしなく続く海。
  そして、周囲には森林と、簡単な道路のみが見える。

七原:ここは……島、なのか。

速水:観ればわかることをいちいち……。

N:速水は数人がけのソファに腰掛けながら、どこから取り出したのか、数個のケーキを大型テーブルの上に並べていた。

七原:朔……一体、何をしようとしてるんだ?

速水:何って、ケーキを食べるんだけど。
   ……やらないからな。

七原:そうじゃなくて!
   ……いや、今はいい。
   どうせ一気に聞いたって理解できる気がしないからね。

速水:懸命だな。どちらにせよ、順を追って説明させてもらうし。

七原:(ため息)……相変わらず甘いものが好きなんだな。
   そのケーキ、ひょっとして『彼女』の店の?

N:七原の言葉に、速水はフォークを持つ手を止めた。

速水:……違う。

七原:えっと……。冗談のつもりだったんだけど……まさか、わざわざ……?

速水:うるさいぞ。とっとと座れ……!

七原:(苦笑)はいはい。

 間

七原:いいかな……。

速水:質問ばかりだな……。

七原:そうはいうけど……なぜそうも簡単に僕の疑問に答える。
   はっきり言って、何かを企んでいるようにしか見えないな。

速水:随分な言い草だな。

七原:らしくないね。速水朔ともあろう男が、強引すぎやしないか。

 間

速水 :僕にはーー

N:速水はつまらなそうにケーキを口に運んだ。

速水:時間がない。

七原:時間……?

速水:(ケーキを食べながら)はっきりいって、君に何か頼みごとをするつもりはない。

七原:へえ……本当に? 俺の身柄を買った癖に。

速水:ああ。別に恩を感じてくれる分にはありがたいけどね。

七原:じゃあ、どうして僕にここまで拘る。

速水:(紅茶を飲む)……言うのは簡単だ。だが、それでは意味がない。

 間

速水:今ここで言えることは、今後の展開しだいでは君の意思で動いてもらう必要がある……ということくらいかな。
   
七原:僕の意思で……?

速水:ああ。……そんな不確かなものにも頼らないといけないんだ。
   (ケーキを食べながら)僕自身少し焦っているよ。
   ……相手が相手だからね。


 ◆◇◆


滑川:マズイなあ……あれー? これじゃ、すごく大変なんだよな。

N:滑川は路地裏にいた。
  周囲の建物には、所々に鉄柱でも叩きつけたような穴が空いており、
  瓦礫の影にはーー数人の警官達が倒れていた。

滑川:ちょっとこれ。あれー。ですね。
   上手くいかないっていうか。あのー。はい。
   そういった次第で。なんていっちゃってね。

警官:き……聴こえますか……。

滑川:(下の警官の台詞と同時に)
   あのー。いや、それはちょっと。あのー。
   いやー。やめてほしかったなー。それだけはちょっと。
   あれなんですよねー。いやなんですけど。

警官:(上の滑川の台詞と同時に)
   監視対象、超能力者、が、暴れ……応援を……早く。
   もう4人……が……。助けて……ください……。

滑川:あのー。

警官:ひっ、あ、早くッ! 応援を!

滑川:あのー。だめです。それ。

警官:嫌だッ! 殺さないでッ!

滑川:えっと、あのー。駄目なんで。それは。
   あのー。とりあえずなんですけど。あのー。
   終わりで。お願いしますー。

N:滑川は拳を振り下ろした。
  何かが潰れるような音がした後、静寂だけが遅れてやってきた。

滑川:あのー。あー。あれー。どうしましょうね。
   あー! あのー! すみません! わざわざ!
   えっと! この後、そのー! あると思うので!
   後始末はあのー! ごめんなさい!

N:滑川は路地の入り口に立っているスーツ姿の男に、何度も頭を下げた。
  男ーー大藤一(だいとうはじめ)は笑顔を浮かべながら、路地裏の惨状を見つめていた。


<中編>
<後編>
<終編>


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台本一覧

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