パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォーA』
『葡萄鼠の穴 後編』
作者:ススキドミノ



駅 サナエ(えき さなえ):17歳。女。伝馬一族、序列第4位「駅家」の和装少女。二刀流。

金田 利威致(かねだ りいち):18歳。男。カネダ・モータースの次男坊。自称不良少年。

緒方 御崎(おがた みさき):14歳。男。青の教団の使徒。「死の指」の二つ名で呼ばれる。(※極端に若いため、演じる際の性別は不問)

仲也(ちゅうや):28歳。男。廃玩具工場に住む謎多き男。

木元 佳祐(きもと けいすけ):外見年齢27歳。男。戦時特務機構『速見興信所』所属の超能力者。階級は少尉。自称「ゾンビーマン」

花宮 春日(はなみや はるひ):27歳。女。戦時特務機構『速見興信所』所属の超能力者。階級は准尉。「泣き虫」二つ名で呼ばれる。


伝馬の戦士:伝馬一族の戦士。ナレーションと被り。



※残酷・暴力的表現がございます。


※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




【あらすじ】
人間、超能力者、そして怪異と呼ばれる者達による戦争が勃発した。
世界中のメディアはこぞってこの国に起きた内戦について取り上げた。
しかし、某列強国を中心とした世界政府による迅速な情報統制、
政府による貿易を含む空(くう)並びに海禁政策(かいきんせいさく)の施行によって、
ものの1ヶ月たらずで、この国は数100年ぶりの鎖国状態へと移行した。
内情は小さな島国に閉じ込められることとなる。
歴史家達は後に、この島国の内戦をこう名付けた。
『色戦争(カラーズ・ウォー)』と。


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 ◆


仲也:(鼻歌)

N:工場のステージの上。
  ステージの中心に敷かれたシーツの上で、全裸の女が眠っていた。   同じく全裸の男ーー仲也は、女の横でしゃがみ込むと、
  女の顔に蛍光ペンで落書きをしていた。

仲也:オマエも、メイクっつーならこれくらい面白くしてこいっての……ケケケ。

N:仲也はペンを放り投げると、カラフルな蛍光色のトランクスを履いて、積み木の上に座った。

仲也:おーおー、いらっしゃったか。
   待ちくたびれたぜ。

N:工場の入口には、木元と花宮が立っていた。

木元:うわー……すっげえセンスしてるっすね。

花宮:(涙ぐんで)ひゃっ! あわわわ……木元さぁぁぁん!

木元:あーはいはい……。
   すんませんっすけど、なんか着てもらってもいいっすか?

仲也:それ、俺にいってんすか?
   それともーー

N:仲也はニヤつきながら、裸で眠る女を指さした。

仲也:こいつ?

花宮:にゃぁ!? き、きききーー(泣きながら)ぎぼどざああああん!(訳:木元さあああん)

木元:(ため息)ごめん、どっちもっす。

仲也:ケケッ、別に反応見たかっただけだし。
   おいオマエ……起きろ。裏に車回してっから、それで帰んな。

N:女は眠そうに目をこすりながら起き上がると、不満そうにシーツをまとってステージから降りようとする。
  仲也はその腕を掴むと、自分のもとへと引き寄せた。

仲也:(耳元で)オマエ……すげえ良かったぜ……。
   またヤッてやるから楽しみにしてろよ。

N:女は顔を喜色に染めると、小走りで工場の裏口へと走っていった。

木元:……お前がこの拳銃を作った、で、いいんすか。

N:木元は鞄から袋に入った拳銃を取り出した。

仲也:(拍手しながら)はいはいおっさんよくできまちたー。

木元:何回おっさんって言われんすか……俺ってば結構若いのにーー

仲也:細胞が再生するだけで、歳は相当いってんだろ。

N:木元は警戒を強め、拳を固める。
  仲也はカラフルな作業着に袖を通した。

仲也:つーかよぉ……バカなのは構わねえけど、あんまりバカすぎるとまいっちまうぜ。
   んなカッコいいもん作れんの、俺様しかいねえだろ。

木元:お前のことなんか知らないっすよクソガキ。
   玩具作ったくらいでいばるんじゃねーっす。

仲也:ハッ! マジでブーメラン級のバーカ!
   無知なことを誇ってんじゃねえよ!
   知ってる人間ってのはそれだけでえれえんだよ。
   例えばよぉーー

N:仲也は色とりどりにステージを照らす電灯を指さした。

花宮:あれはーー

仲也:見覚えあんだろ、泣き虫。
   前に一度俺様が貸してやったからな。

花宮:教団が持っていた……!

木元:知ってるんすか?

花宮:はい……一度戦場で……。私の能力が使えなくなって。
   戦闘後に持ち帰って分析していただいたら、”超常的物質(アンノウン)”だとーー

仲也:ハイ、それもだせぇ! なぁにが『あんのうん』だっつーの。
   わかんねえならわかんねえでも構わねえけど、開き直ってんじゃねえよ能無し共。
   こいつは俺様が作った『力場が降り注ぐセクシーなライト』ってーの。
   泣き虫……お前の為に作ったんだぜ?
   ご褒美にそのでかいおっぱいで寝かしてくれよ。

花宮:(身体を押さえて)ひゃっ……!

仲也:泣き虫は収拾した光エネルギーを力場に変換し、そいつを伝って空間を移動する。
   だが、他人の力場に直接干渉できるわけじゃない。
   ま、できちまったら相手の中に登場して、身体ごとボカンってなもんだ。
   だ・か・らーーこのライトにはとあるもんをかましてある。

N:仲也は自分の瞳を指さして、笑った。

仲也:テメエら超能力者がもつトンデモ機関のうちの一つ。
   角膜と水晶体の間に存在する、細網組織にもにたソイツを取り出しーー
   収束、拡散をソイツにやらすことで、『このらいとちゃん』は力場を帯びたあたたかーい光を与えてくれるってわけ。
   だから、このライトには、泣き虫の能力が通じねえってこと。

N:木元と花宮は、背筋に怖気のするものを感じた。
  目の前の男がもつ、得体の知れない何かの一旦が、確かにそのセリフから感じ取れた。

花宮:あなた! そのライトを作るのに、超能力者をーー

仲也:人体実験で2人、あとはこのライトの数分だな。
   俺様は頭がいいから、そんくらいで済んでんだぜーー

N:木元は能力を発動すると、一足飛びでステージへと飛び乗った。
  またたく間に仲也の前に踏み込んだ木元は、仲也を殴り飛ばした。
  仲也は積み木の山を崩しながら倒れる。

木元:……今のは、死してなお侮辱され続けている、超能力者たちの分っすよ。

仲也:ケヒ……いってえなぁ……ケヒ匕。

木元:戦時特務機関の権限によってお前を逮捕する。
   後のおしゃべりは、真っ白な部屋でたっぷりしてもらうっすよ。
   仲也くん。

仲也:……だからよぉ、もっと頭使えって……カスがよ。

N:仲也はゆっくりと立ち上がると、折れた血まみれの奥歯を吐き出した。

仲也:本当! お前らクソ! クソクソクソ!
   クソすぎてくそもでねえよ! 肛門を頭もかたすぎんだろーが!

N:そして、満面の笑みを顔に貼り付けた。

仲也:(早口で)お前らさぁ、どうすんの!
   揃いもそろってお人好しの木偶の坊が!
   薄っぺらいモラリズムにぶら下がってアヘアヘ戦場飛び回って!
   無駄に殺し合ってやがるーー

N:仲也の背後に現れた花宮は、深夜の首を掴むと地面に押し倒した。

仲也:グへッ!

花宮:無駄なんかじゃ、ない……!

仲也:ヒヒ……怒ってんの? 泣き虫。
   あと、おっぱい当たってるぜ。

花宮:みんな! みんな殺し合っているわけじゃない……!
   戦いたくなくて、戦ってるんです!

仲也:(首が絞まりながら)
   マジでそれ、いってんの? やばいでしょノーミソ。
   ひとがしんでんのに、むだじゃないっての?

花宮:そういう意味じゃありません!

仲也:そういういみだろうがくそども。

花宮:だからーー

木元:春日ちゃん! 放すんだ。
   それ以上はいけない。

花宮:ッ! ……はい。

N:花宮は仲也を開放した。
  仲也は咳き込みながらステージ上にうずくまる。

仲也:ガハッ、ゴホッーー

花宮:すみません、でした。

 間

木元:さぁ、拘束をーー

仲也:(低い声色で)……わかっただろ。テメエら。

N:仲也は先程と打って変わった、真剣な表情で呟いた。

仲也:テメエら、少しムカついたらすぐ力使うんだよ。

木元:……誰彼構わずに振るうわけじゃない。

仲也:わかるぜぇ? 普通の人間と同じだと。変わらないんだと。
   ともに生きることができると。それを目指し、戦っているお前らの美しい物語。
   理想だよなぁ。でも、違う。だとしたらお前らのやりかたは間違ってる。
   ーーお前らは違うんだよ。人間とは。

花宮:それは……!

N:仲也は血だらけの口元を拭うと、その血で地面に文字を書いていく。

仲也:わざわざ教えてやったろ。そもそも身体の構造からして、テメエらは人間とは違うもんをもってる。
   そいつが何なのか知りもせずに、のうのうとその力を使ってる。
   ムカつくこと言われりゃあ、自分の言い分と違やぁ、容赦なく相手に使っちまう。
   なんかに似てるよなぁ……ああそうだ。野生動物だな。

木元:お前は結局、何が言いたいんすか。

仲也:痛えからって結論だけもらおうとしてんじゃねえよボケカス。
   わかりやすいように全部実演してやったんだ。お前らの弱さを見せるためによぉ。

花宮:私達の、弱さ。

仲也:本当、雑魚。ザコおぶザコ。底辺。ゴミ。
   お前らーー人間舐めすぎ。

N:仲也は円を描くとその中に文字を書き込んでいく。

仲也:『俺は速水朔を生き返せる』

N:花宮は、その名前を聞いた瞬間に、目を見開いた。

花宮:それ、どういう、ことですか。

仲也:ハイ。もうお前らはーー俺を殺せない。

木元:ブラフに決まってるっすよ……!

仲也:俺様は、嘘は言わねえ。
   なぁ……どうだ? 泣き虫、俺を逮捕したら、アイツを生き返らせる手立てはなくなっちまうぜ?
   会いてぇよなぁ……また……。

花宮:また、朔ちゃんにーー

木元:春日ちゃん! 騙されちゃだめっすよ!

仲也:さて! ゾンビ野郎は次にこう考えてる。
   逮捕してから力ずくで情報を聞き出すかーーお前はそうだとしても、泣き虫巨乳はどうかな?
   ……なあ、泣き虫、『俺は暴力振るわれたら、自殺しちゃうよ?』

花宮:そ、れは。

仲也:これでーー泣き虫は俺を守る。
   ゾンビと戦ってでもなぁ……そうだろ?

木元:春日ちゃん……。

花宮:(涙ぐんで)ごめんなさい、でも……。

仲也:ゾンビ野郎じゃ、泣き虫は殺せない。
   泣き虫が攻撃しなかったとしても、ゾンビ野郎は情があって殺しきれない。
   そもそも俺の言っていることが嘘なのかもしれない。
   だとしたら、だとしたらーーフヒヒ。

N:2人は完全に沈黙した。
  目の前に座っている、なんの力もない人間の男の前で、自らが動くことすらできない。
  言葉を発するたびに、力が吸い取られていくような感覚。
  超能力者である事実も、何もかも関係なく、目の前の男にひれ伏したくなってしまう。

仲也:弱えやつは信念だとか、モラルだとかそういうもんに頼りたがる!
   だがそれは誰かが作った要塞にこもってるようなもんだ。
   そいつがそもそも穴だらけのハリボテだとしても、
   堅牢な鋼の城でも、結果は変わらねえ。
   攻められ続ければ、どんな城もいつかはーー落ちる。

N:仲也はフィギュアを一つ、指先で弾いた。

仲也:だとしたら、どうするーー攻める側にまわるしかねえんだよ!
   覚悟とか、決意とか、んなもん捨てちまえ!
   お前らにはそれが足りねえ!
   ……俺様がたとえどんな人間でも、殺せ。
   街の為に粉骨砕身する心優しい若者でも、殺せ!
   お前の殺してきたやつらに家族がいても、一切の躊躇なく、一切の疑問もなく、殺せ!
   でなけりゃーー教団のイルカは殺せねえぞ。

N:仲也は立ち上がると両手をあげた。
  次の瞬間、2人は金縛りが溶けたかのように腕を動かした。

仲也:と! ーーこのステージは、俺様の新しい作品だ。
   おかげさまで機能テストは上々……テメエらに効果があんなら悪かねえよなぁ。ヒヒヒ。

花宮:木本さん……私たち、何かされていたみたいです……。

N:花宮は、地面に書き込まれている無数の幾何学的な模様をつま先でこすった。

仲也:こいつの仕組みはテメエらにはわからねえよ。
   ま、わかるといやぁーーいや、イルカは別だがあいつは人じゃねえし。
   あとは、ライト・ノア社のチート少年と……そうさな、速水朔ならあるいはーー

花宮:朔ちゃんの名前……! 不快なので、二度と口にしないでください。

仲也:ヒヒ……そいつは断る。あいつは俺が唯一名前を呼んでもいいと思ってる。
   今までも、そしてーーこれからもな。

木元:もういい。逮捕だ……仲也。

仲也:はいはい。わかったって。

N:木元は仲也を後ろ手に拘束した。


 ◆


N:府内の高級ホテルから一台の車が出てくる。
  車は、人通りのない下道を飛ばしながら、閉鎖されている高速道路の入り口へと入っていく。

緒方:(あくびをしながら)あーあ、退屈。

N:緒方は、後部座席で足を伸ばしながら、ロボットの玩具を弄っていた。

緒方:そういえばさ、横浜で”いろは一番隊”の加西が捕まったってね。
   あいつ、スクールでもすごい生意気だったけどさ。
   僕ほどじゃないけど、結構強かったし。ヤッたやつ、どんなやつかな。

N:緒方はちらりと運転手の男に目をやった。

緒方:こんな道、もっと飛ばしてよ。ただでさえ長いのにさ。
   ていうか、高速道路の封鎖は解いてあるんだよね。

 間

緒方:お前、喋んないのかよ。ま、ダルいからいいけど。

N:緒方は車窓を眺めながら、玩具を動かす。
  青の教団の手回しによって、一時的に封鎖が解除された高速の料金所を抜けると、車は東へと向かってスピードを上げる。

緒方:ぶん、ぶん、うぃーん、がしゃーん。

N:緒方の持つロボットは、腕を振り上げた。

緒方:うぃーん、がしゃーー

N:轟音。激しい振動が車を襲う。
  次の瞬間、甲高い音を立てて、車は真っ二つに斬り裂かれ、慣性にしたがって周囲に吹き飛んだ。
  車内にあって、生存することは不可能ーーかに思われた。

緒方:そりゃあ退屈だとはいったけどさあ……。

N:緒方は、高速道路の真ん中をゆっくりと歩いていく。
  その身体には傷一つない。

緒方:君たちの襲撃ってば、下品すぎ。

N:緒方の視線の先には、車を両断した刀技の一族ーー凶刃の伝馬一族が総勢18名、刀を抜いて立っていた。
  否、その時既に、その数17名。
  緒方の瞳が漆黒に染まり、強大な力場が周囲を包む。
  瞬きの間もなく、一切の予備動作もなくーーそのとき既に緒方の右手には、血に濡れた人間の臓器が握られていた。

緒方:(ため息)相変わらずよっわっちいなぁ……。

N:伝馬の戦士の1人は、胸から血を出しながらその場に崩れ落ちた。

緒方:たかだか棒持った人間の癖して、僕に勝てると思ってんの?

伝馬の戦士:総員ッ! 構えッ! 目標! 『死の指』!

緒方:『死ぬ気で』なんてナンセンスな言葉があるけどさ。
   君たち、そんなこと考えちゃってない?

N:伝馬一族は刀を振りかぶると、緒方に向かって走り出した。

緒方:『死ぬ気』じゃなく、『死ね』

N:緒方は指についた血を舐めると、笑った。


 ◆


N:仲也をステージから降ろした花宮の耳に、通信機から無線が届く。

花宮:ーー木元さんッ!

木元:どうした。

花宮:監視から連絡が……!
   駅さんが、ホテルから逃げ出したそうです!

木元:次から次へとぉ……! どうして逃げる必要があるんすか!

花宮:それなんですがーー高速道路上で戦闘があり。
   戦っているのは、所属不明の能力者、相手は伝馬一族と見られていると……。

木元:伝馬一族、か。偶然の戦闘にしてはピンポイントすぎるっすね。
   計画的な襲撃か。

花宮:軍の通信が駅さんにもきこえていたみたいで、それをきいた瞬間に窓から。

木元:……仲間想いの子らしいし、増援に向かったか、あるいはーー
   それを止めにいったか。
   どちらにしても、戦場に向かったのは間違いなさそうっすね。

仲也:いい線だなぁ、ゾンビ野郎。

木元:お前の意見はきいてないっすよ。

花宮:ああもう……!

N:花宮はなにかに気づいたように駆け出した。

木元:どうした! 春日ちゃん!

花宮:やっぱり……! 車がありません! それに、金田さんの姿も……!

仲也:ケケケ……あいつは手先が器用だからよぉ……。
   そういやぁ、この間あいつに、ロックされた車を空ける方法、仕込んだっけなぁ。

木元:お前……!

仲也:お前ら気づかなかったかも知れないけど、あいつ、さっきの会話、聞いてたみたいだぜ。
   ほらついさっきの……。

花宮:まさかーー駅さんのところへ!?

木元:マズいな……!
   (舌打ち)春日ちゃん! 現場へ向かってくれ! 俺はこいつを連行してから行く!

花宮:ハイッ!


 ◆


N:血まみれのコンクリートの上を、緒方はゆっくりと歩いていく。

緒方:僕の能力はね。

伝馬の戦士:……この……!

緒方:力場の位置を、空間ごとズラす能力なんだ。

N:またひとり、伝馬一族の戦死は腕を切り落とされて倒れ込んだ。

緒方:使いようはいろいろあるけど、君たちみたいな普通の人間にはほらーー『力場が通る』からさ。

N:緒方は戦士の腕を放り投げる。

緒方:力場ごと、身体を千切っちゃえるってわけ。
   それってどういうことかわかってる? 僕は、寝っ転がってても、君たちを殺せるってことだよ。
   ーーまあ、赤は好きじゃないから、ここに寝っ転がりはしないけど。
   あ。あとひとりになっちゃったね。

N:それは、一方的な虐殺だった。
  襲撃に参加した戦士達は、一族の中でも優秀な部類であった。
  本家には遠く及ばないまでも、それでも数多い伝馬の傘下の中でも、中位の分家にならば迫れるほどの実力があった。
  それでも目の前の少年には、近づくことすらできなかった。

緒方:ねえ。僕、車の運転できないんだけど。
   車って、あると便利かなぁ?

N:少年は、戦場にはそぐわない雑談をつぶやきながら、戦士の亡骸の間を歩いていく。

緒方:あ、そうだあなた。運転してくれたら、あっちについてから殺してあげるよ。
   数時間は生き残れるし、どう?

N:戦士は、返事の代わりに刀を構え直した

緒方:馬鹿の一つ覚えみたいに……もっと命は大事にしなよ。

N:伝馬一族の戦士、残り1名。決死の突撃に入るかと思った次の瞬間。

駅:やあああああ!

N:戦士と緒方の間に割り込んだサナエは、力場を開放した。

駅:(息を切らす)……はあ……はあ……。

緒方:なんだよ……まだいたの?

N:駅は足元に落ちた、血塗れの刀を拾うと、正眼に構えた。

駅:私は、序列4位、駅の、サナエです!
  今すぐに逃げなさいッ!

 間

駅:早くッ! 行けッ! 一族へ報告をッ!

N:戦士は刀を捨てると、弾かれたように戦場から逃げ出した。
  サナエはホッとしたように息を吐いた後、周囲に広がるあまりの惨状に、唇を噛み締めた。

駅:……どうして、こんなことに……!
  襲撃だなんて……そんなの!

緒方:あんた……どっかで……。

N:緒方はズボンのポケットから手を出すと、顎に手を当てて考え込んだ。
  そして、思い出す。

緒方:ああ。昨日、僕が撃ったやつ。
   っていうか! なんだよ! 全然死んでないじゃん!
   仲也のやつ! 『誰でもぶっ殺せるハッピーなシロモン』だっつったのにさぁ!

N:緒方は不満そうに地団駄を踏む。そして、改めてサナエを観察した。

緒方:君……へえ、そっか。超能力者だったワケ。それで生きてたんだ。
   君たちってさぁ、超能力者大っきらいじゃなかった?
   自分たち以外は許せないってこと? よくわかんないけど、変なの。

駅:あなたは……ここで止めます。

緒方:はぁ!? 何いってんの!
   僕は、君らに襲われただけなんだけど!?
   止めるって何さ! まるで僕が進んで殺してるみたいに!
   君たちみたいな凶刃と一緒にしないでよ。

駅:……もし、逃してくれといったら、逃してくれるんですか?

緒方:え?

 間

緒方:逃がすわけないじゃん。
   人のこと殺そうとしたくせに、そんなの許せないでしょ。
   君もさ……死ねーー

N:緒方の身体が、ズレた。
  次の瞬間1メートル前方に、その次はその1メートル前方にーー
  コマ割りのように移動し、サナエの眼前に現れる。

駅:ッ! ハァッ!

N:緒方の振るった刀が、サナエの刀とぶつかる。
  甲高い音をたてて、緒方の刀は弾き飛ばされた。

緒方:いったいな……!

N:緒方は再び姿を消すと、サナエの後方から小型ナイフを突き出した。
  サナエは身を捩るが、脇腹にナイフが突きこまれる。
  サナエは、緒方を蹴りつけると、なんとか距離を取った。

緒方:やっぱり、打ち合いじゃ勝てないね。

駅:っぐッ……!

N:サナエは脇腹に刺さったナイフを引き抜いて、蹲った。

緒方:でも、僕、負けないからね。

N:僅か零コンマ零零秒の世界。
  緒方が能力を使い力場へ干渉した瞬間ーー緒方の身体は吹き飛んだ。

駅:え?

緒方:アベッーー!

N:戦場の中心立つ、涙ぐんだ女性。

花宮:ふえ……。

駅:花宮、さん。

花宮:急ぎすぎて……メガネ無くしちゃいましたぁ……!
   (泣いて)ふええん! 高かったのにぃ!

緒方:……あんた……誰だよ。

N:緒方は、腕をさすりながら立ち上がった。

花宮:ぐすっ……サナエさん……無事ですか?

駅:あ……はい……。

花宮:ダメじゃないですか……! 逃げたりしたら!

駅:すみません、でもーー

花宮:でもじゃありません! 後で……お仕置きですからね。

緒方:僕を、無視しないでよ。おばさん。

駅:あの、花宮さん……! そんなことをいっている場合では。

花宮:え? ああ、メガネですかぁ? 大丈夫ですよ!
   最近はいつも、コンタクトレンズを入れているので。

駅:そうではなくてーー

緒方:ぶっ殺す!

N:緒方の姿がかき消える。
  が、背後に現れた緒方を、花宮は高速の回し蹴りで蹴り飛ばした。

緒方:ガーー!

N:緒方の姿を見もせずに、花宮は静かにその場に佇んでいた。

 間

花宮:(呟く)……私、今日はすごくイラついてるんです。

駅:花宮、さん。

N:花宮は、苛だたしそうに自分の手を見つめた。

花宮:思い通りにならない現実は、自分の無力のせいだと、思い知らされました。
   今まで、どれだけ他の人にーー『朔ちゃん(彼)』に依存してきたのか、思い知らされました。
   私の涙で歪んだ狭い視界では、もう、見えないんです、何も!

N:『泣き虫(クライベイビー)』と呼ばれた女はそこにはいなかった。

花宮:だから私は! もう! 泣かないッ!

N:花宮春日は、感情を高ぶらせていく。
  泣き喚きたいほどの心を食い破って、視界の先が広がっていく。

花宮:私は、私の為に、戦います。

緒方:あんたッ! ゼッタイ殺す!

N:花宮春日はその時、衝動に身を委ねた。


 ◆


N:軍の護送車の中、全身を拘束された仲也は、ぼうっと車の天井を眺めていた。

仲也:俺様の”魔法”で、鍵は緩めてやったんだ……笑えよ、泣き虫ーーヒヒ。


 ◆


N:時間を超越した、空間系能力者同士の戦いは、超能力者たるサナエの目を持っても、追うことはできなかった。
  コマ送りのように道路のあちこちで戦闘が行われており、遅れて周囲に打撃音や炸裂音が響き渡る。
  時間にして僅か数秒のうちに、地面に這いつくばっていたのはーー緒方だった。

緒方:ケハッ……!

花宮:どうしました。

緒方:僕ガッ、こんなところで負けるわけッーー

花宮;ふふふ、面白いこといいますね。
   笑っちゃいますよ。笑わせないでーーふふふふ!

緒方:お前……! 衝動を!

花宮:しょーどー? しらないですよぉ、そんなの。
   でもねぇ、とっても気分が良いんです。
   楽しくてたのしくて……ねえ。笑ってくださいよ。あはははは!

緒方:チィッ! だったら。

N:緒方は能力を使うとーー道路脇に座り込む、サナエを見つめた。

駅:え……!

緒方:捕まえたぁ!

N:緒方はサナエの背後に現れると、サナエを羽交い締めにした。


 ◆


仲也:テメエはガキのわりには合理的だ。
   いざとなりゃぁ人質を取ってでも勝とうとすんだろ。


 ◆


花宮:ふふふ。なにしてるんですかァ?

緒方:オイ! こいつが死んでもいいのかよ!?

駅:(首を締められながら)はなし、て……!

花宮:好きにしたら良いじゃないですかぁ。

駅:ァ……イヤッ……!

緒方:なら、望み通りにしてやるッ!


 ◆


仲也:だが残念……お前もそうーー
   人間舐めすぎなんだよ、ケケッ。


 ◆


金田:サナエェエエエエ!

N:金田はバイクのアクセルを握り込んで、右手を伸ばした。

駅:カネ、ダ、さん……!

金田:掴まれええええ!

N:伸ばされたサナエの腕を掴んだ金田は、その身体を自分に引き寄せた。
  それはーー奇跡のような一瞬。決して簡単ではない未来。
  金田は、サナエを抱きかかえると、戦場を走り抜けた。

緒方:クッソォ!

N:走り去るバイクの背中を見つめながら、緒方はナイフを構えた。
  しかし、その腕を花宮が殴りつけた。
  緒方の腕は逆方向へと折れ曲がる。

緒方:いでえええええ!!!!

花宮:あは……さあ、終わりにしてあげますよぉ……。
   怖くないですからねぇー。

N:花宮は緒方の首を掴むと、宙に持ち上げた。

緒方:あっ! 僕のッ!

N:緒方のポケットから、ロボットの玩具が地面に落ちると、真っ二つに割れた。
  ロボットの断面からはーー『どこでも居場所探知ましーん』と書かれた機械が転がり出てきた。
  緒方は、それをみて、総てを悟った。

緒方:(首を締められながら)なんだよ、これーー

 ◆

仲也:ヒヒ……ヒャヒャヒャヒャ!

 ◆

緒方:お前がああ! 僕を襲わせたのかぁあああ!

 ◆

仲也:テメエさぁ、ちょーっとばかり強すぎんだよォ!
   むしろ感謝しろっての。テメエ殺すのに、俺様結構苦労したんだぜぇ?

 ◆

緒方:図ったなああ! ちゅうやあああああ!

 ◆

仲也:さよならだァ……ロボット少年。
   安らかに眠りなぁ。

 ◆

N:花宮は手刀を固めると、緒方の胸に振り下ろした。

緒方:ラブさまあああああ!!

N:手刀が胸を貫く。しかし手刀が貫いたのはーー

木元:(血を吐き出す)ゴフッ……。

花宮:あ、れ?

木元:……なぁにやってんすか、花宮春日。

花宮:あ、れ、わたし……あれ……?

木元:……ちょっと痛いとこつかれたからって、らしくねえっすよ。
   ……俺たちは、俺たちにできることを一つずつやってくんす。
   甘いのは……弱いのは……わかってるはずっす。
   少し回り道したって……そういう全部を……!
   全部を俺たちの都合よく! 終わらせるのが、ヒーローじゃないっすか……!

N:木元は、地面へと崩れ落ちた。
  花宮は、血に濡れた右腕を見つめて、能力を解除した。

花宮:木元、さん。木元さん! 木元さん!

木元:あー……やっぱ今回も死ぬっすか……。

花宮:(泣きながら)すみません! わたし……なんてことを!

木元:いいから……早く……あいつを……逮捕……する。

 間

花宮:木元さぁん……! 木元さあああん!

木元:(起き上がって)ぷはっ! 生き返った! マジでこの能力心臓に悪いっすよ……!

花宮:……すみません、木本さーー

木本:……つーか、何やってるっすか!
   泣いてる暇があったら、とっととそいつを捕縛するっすよ!

花宮:え……? あ、はいっ!

N:花宮は気を失っている緒方の全身を拘束する。
  木元は、高速道路の先を見つめながら、困ったように頭を掻いた。

木元:しかし、俺よりも早く着くとは……恋する男としちゃ、負けちまったっすね。


 ◆


N:金田は荒い息をつきながら、バイクの速度をゆっくりと落としていく。

金田:……ハァ、ハァ……マジかよ……。
   マジで……間に合った……。

駅:金田、さん。

金田:ん? ああ! 悪い……! なんか、あれか!
   すげえ汗とかかいてっし……って! そうじゃなくて……!
   いや、どうした!

駅:(微笑んで)……金田さん……ありがとうございます。

金田:は?

駅:おかげで、私は、生きることができます。

 間

金田:別に……俺がしたかったから、そうしただけだ。

駅:……そう、ですね。

 間

駅:私……やりたかったこと、できませんでした。

 間

駅:金田さんみたいに、間に合いませんでした。

金田:んなもん!
   ……次、間に合えばいいだろ。

駅:次、ですか?

金田:俺だって、仮免(かりめん)とんのに、筆記で2回も落ちてよ。
   いや、実技はこの通りだぜ? でも、なんつーかーー
   別に……何回も何回も、やりゃあいつかは、どうにかなんだよ。
   ーー生きてんだからよ。

 間

駅:そう、ですね。

金田:おう……。

 間

金田:あ、あのよー! サナエ。
   えっとな……昨日の今日、あったばっかだけだけどよぉ。
   なんつーか、俺さ。いや……あの……。

 間

金田:俺よぉ! バイクの後ろには、誰も乗したことなくてよ!
   実はその……俺のよ! 好きな女だけ乗せるって!
   そう、決めてんのよ!

 間

金田:一度、合った日のよるに乗せたよな。
   アレ、なんつーかつまりなんだが……!
   今後も俺の後ろにっつーかーーって、サナエ?

 間

駅:ぁ……ごめんなさい。少し、気を失ってました。

金田:あ? もしかしてーー

駅:脇腹の、傷が……急所は、外れているんですが……。

金田:バカか! マジかよ早く言え!
   すぐに病院連れてーー

駅:すみません!
  今はもう、気で傷口は塞いでいるので、そんなに焦らなくても大丈夫ですから。

金田:なんか、よくわかんねえけど! とにかく少し飛ばすぞ!

駅:……はい。

金田:あのさ! その傷、治ってよ。外でれるようになったらよ。
   打ち上げすんべ。

駅:打ち上げ……って、なんですか?

金田:あー……そうだな。俺たちぁ未成年だし。
   ファミレス連れてってやるから、好きなだけ食って飲むってことだよ。

 間

駅:(涙ぐんで)……はい。ポテト、食べたいな……。

N:二人きりの高速道路をバイクは進んでいく。
  少女は、高く登り始めた太陽をまぶしそうに眺めていた。


 ◆◇◆


N:重犯罪者専用の独房の中で、仲也は折り紙を折っていた。
  ガラス張りの独房の前に、軍服姿の木元がゆっくりと歩み寄る。
  仲也は顔をあげると、折り鶴を机の端に置いた。

仲也:よお。ゾンビ野郎。

木元:(ため息)俺としては、顔も見たくもなかったっすけどね。

仲也:ケケケ。俺様はけっこう見直してんだぜ?
   テメエ、あのガキを生かして捕まえたって?
   いやはや、予想外だったぜ。

木元:その緒方だが……留置施設内で、監視の隙をついてね。

仲也:死んだ、だろ。

木本:ああ。能力を使って、自殺したっすよ。

仲也:ま! そうだろうなぁ。
   イルカの狂信者なら、そうするさ。

木本:俺が聞きたいことはひとつ。

仲也:へえ……ひとつでいいのぉ?

木本:お前のーー目的は?

N:仲也はガラス越しの木本に近づくと、顔を近づけた。

仲也:ぜんぶ。

木本:まともに答えるつもりはないんすね。

仲也:いいやぁ……それだけが正しい答えだ。
   自分の望むことは自分にとってのぜんぶ!
   ただ! 俺様の崇高な考えなど理解できないスーパー能無しなお前にひとつ答えをやるよーー

N:仲也は拳をガラスに叩きつけた。

仲也:俺様が、お前らの武器になってやる。

 間

木本:(ため息)やっぱり……予言といえど、外れることもあるっすね。

仲也:ヒャヒャ。つーわけで! また会える時を楽しみにしてるぜぇ!?
   ゾンビ野郎!

木本:もう、二度と会うことはねえっすよ。鼠男。

仲也:ねずみぃ? いいねえいいねえ! お前さぁ結構センスあんじゃん!
   おもしれえよ! ゾンビーマン!

N:木本は独房を後にした。
  仲也は、椅子に座るとくるくると体ごと回転させた。

仲也:ヒヒヒ……あぁー……つまんねえなぁー……早くお前に会いてえよ……速水朔……!
   ケケケ……キャキャキャキャキャ!

N:穴ぐらの中で、葡萄鼠(ぶどうねずみ)は楽しげな鳴き声を響かせた。








パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォーA』
「葡萄鼠の穴」 了


<前編>
<中編>


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