パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォーA』
『葡萄鼠の穴 前編』
作者:ススキドミノ
駅 サナエ(えき さなえ):17歳。女。伝馬一族、序列第4位「駅家」の和装少女。二刀流。
金田 利威致(かねだ りいち):18歳。男。カネダ・モータースの次男坊。自称不良少年。
緒方 御崎(おがた みさき):14歳。男。青の教団の使徒。「死の指」の二つ名で呼ばれる。(※極端に若いため、演じる際の性別は不問)
仲也(ちゅうや):28歳。男。廃玩具工場に住む謎多き男。
木元 佳祐(きもと けいすけ):外見年齢27歳。男。戦時特務機構『速見興信所』所属の超能力者。階級は少尉。自称「ゾンビーマン」
花宮 春日(はなみや はるひ):27歳。女。戦時特務機構『速見興信所』所属の超能力者。階級は准尉。「泣き虫」二つ名で呼ばれる。
隊員:国防部隊員。ナレーションと被り。
※15禁程度の残酷・暴力的表現がございます。
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
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◆◇◆
N:人間、超能力者、そして怪異と呼ばれる者達による戦争が勃発した。
世界中のメディアはこぞってこの国に起きた内戦について取り上げた。
しかし、某列強国を中心とした世界政府による迅速な情報統制、
政府による貿易を含む空(くう)並びに海禁政策(かいきんせいさく)の施行によって、
ものの1ヶ月たらずで、この国は数100年ぶりの鎖国状態へと移行した。
内情は小さな島国に閉じ込められることとなる。
歴史家達は後に、この島国の内戦をこう名付けた。
『色戦争(カラーズ・ウォー)』と。
◆◇◆
N:大阪府北東部戦線。
防衛ラインに設定されたショッピングモールを背に、国防部隊は劣勢を強いられていた。
轟音を上げて打ち込まれる近代兵器の咆哮によって、巻き上がった土埃の隙間から男が飛び出す。
隊員:敵影ッ! まだ生きてますッ!
N:青色のマントを翻し、男は飛び上がった。
国防部隊員は銃を構えると、男に向けて発泡した。
男は、空中で不自然に機動を変えながら、それらを交わしていく。
呆気に取られている隊員の身体を、男の影が覆った。
戦場のどこかで叫び声があがる。
隊員:こいつッ! 超能力者(イノウ)だァ!
N:隊員は押し倒され、地面へ叩きつけられる。
土埃舞う中、部隊員は必死に暴れながら、眼前の男を睨みつけた。
隊員:ひっ……!
N:血と、土で汚れた顔面。開かれた瞳は、隊員が話に聴いていたよりも深い深い黒を宿していた。
男は苦しそうに呼吸をしながら右腕を振り上げる。
悲鳴を上げる間もなく、一つの命が失われるかと思われた次の瞬間のことだった。
駅:(息を吐く)ふっ……!
N:男は隊員を開放して飛び退いた。
駅:下がってッ!
N:男と隊員の間に割って立つように、袴姿の少女がそこに立っていた。
戦場には不釣合いな少女の手には、すっと伸びた美しい刀が握られていた。
駅:どちらもッ! 下がってください!
N:少女は刀を男に、小刀を国防部隊員たちに向けた。
駅:あなた達の責任者はどなたですか?
隊員:は、ひっ、隊長はッ、本作戦中に、戦死、されました。
駅:本来の目的は悪鬼の殲滅の時点で完了しているはずです。
私が居るうちに、引いてください。
隊員:そ、それはッ!
駅:それとも、超能力者相手に、あなた達でどうにかできますか?
……この戦いは、『伝馬一族(てんまいちぞく)』が預かるといっているんですよ。
隊員:凶刃の……伝馬……!
駅:だから……行ってください。
N:部隊員たちが半狂乱で戦場から離れていくまでの10秒程度、少女は超能力者の男と静かに睨み合っていた。
やがて戦場から気配がなくなると、少女は自嘲気味に笑った。
駅:凶刃、か……。
N:そして気を取り直すかのように男に向き直った。
駅:悪鬼をここまで先導してきたのは、あなたですね。
青の教団……でしたか。
一般人まで見境なく手を出すなんて……自分たちの思想のためなら、何をやっていいって……!
そう思ってるんですか!
N:少女は刀を正眼に構えると、男を睨みつけた。
男は油断なく腰を落とすと、血だらけの胸元から薬を1錠取り出し、口に咥えた。
駅:ずいぶんと無茶をしてきたみたいですね……。
その傷……立っていられるのが不思議なくらいです。
N:男は薬を飲み込むと、ゆっくりと拳を構えた。
駅:引く気はないと。だったらーーキャァ!
N:突如、少女の身体が吹き飛んだ。
少女の身体は土埃を上げながら転がっていく。
そして、そのまま少女は壊れた人形のように力なく地面に倒れ伏した。
緒方:へえ、すっごい威力。
N:戦場に浮かび上がるように、その少年は現れた。
ピンクや黄色でカラフルに彩られた、大型拳銃のようなものを両手で弄びながら、
少年は超能力者の男に歩み寄った。
緒方:みてよ。朴(パク)さん。
『誰でもぶっ殺せるハッピーなシロモン』……いえ、僕が言ったんじゃないよ。
とある知り合いからもらったんだけど。
一回で壊れちゃうのは置いておいて、威力に関しては申し分なかったね。
N:少年は手に持った拳銃の銃口を男ーー朴の額に押しつけた。
朴は顔色も変えず、背の低い少年の顔を見下ろしていた。
銃口はまだ、発砲時に生じた熱で濃い赤色を宿している。
朴の額から『ジリジリ』という音と、焦げ臭い匂いが立ち上った。
緒方:朴さん。その薬、飲み過ぎだよね。
鎮痛に使うのは構わないけど、我を失うほど飲むなんて……死ぬ気だった?
N:朴の額は赤く染まり、銃口との接地面が裂傷を刻んでいく。
緒方:だめだよ。ダメダメ! 死のうなんてさ!
許されないよ、最低だ! 反吐がでるね!
なんでここまで深追いしたの!
N:少年は瞳を見開くと、片手の指を朴の脇腹の傷口に差し込んだ。
朴は思わず苦悶の声を漏らす。
緒方:ナンセンスだよ、朴さん。あなたはそこまで優秀な能力者じゃないんだから。
大事にしないとダメじゃん。身体を気づかって、臆病になって、どんなに情けなくても生きて帰ってきてもらわなきゃ。
……薬は抜けてきたみたいだね。
N:少年は拳銃をその場に放り、朴の傷口から指を引き抜いた。
血に濡れた指先に、傷口から取り出した潰れた銃弾があった。
緒方:僕の力を使っても良かったけど……これは教訓ってことにしておいてよ。
痛みを失った程度で強くなれるほど、この世界は甘くないんだからね。
痛みを知ってなお、戦える人であってよ。ねえ、朴さん。
N:痛みのあまりうずくまる朴の肩に、少年はそっと手を置いた。
緒方:もっと青に染まらなくちゃ。
君の命は、ラブ様のものなんだから。
ラブ様のものなのに、勝手に死んだりしたらーー僕が殺し直すからね。
N:少年ーー青の教団、使徒が一人『緒方 御崎』は優しげな笑みを浮かべていた。
◆◇◆
N:金田 利威致は、不良である。
金田:(電話口に)あん? チゲェよ! お前、マジ舐めてんじゃねえぞ!
N:金田はバイクのタイヤをつま先で軽く蹴飛ばすと、携帯電話の通話口を睨みつけた。
金田:(電話口に)そうじゃねえって! つーかマジ最悪だわ。
お前がアソコの台は戦争入ってから釘甘くなったつーから信じたのによ。
どーしてくれんのよ俺の8万!
西村さんへの借金に当てるつもりだったっつーのによぉ!
お前が西村さん謝っとけよまじで。
N:悪態混じりに唾を吐き出して、煙草を咥える。
そして、煙をふかしながら電灯に集まる虫を目で追った。
金田:(電話口に)あん? 今? あー……今は、あれだよ。
ちょっと野暮用っつーか。
……おう。チゲェ。バイクで、ちょっと……。
あれだわ。今日、北口から先の方、封鎖になっただろ。
俺、地元っつーかまあ、庭? っつーか、だからよ。
なんかよぉ、軍人とかもバタバタしてるっつー感じだったから、ちょっとお宝探しよ。
N:金田の視線の先には、ボロボロになった大型のショッピングモールが建っていた。
拡張予定だった駐車場予定地には、ところどころ穴が空き、機械類の破片が散らばっている。
それは、戦闘の痕。
そこは、戦場の跡地であった。
金田:(電話口に)いや、別に頼まれたわけじゃねえけど、あの人、そういうの好きだろ。
好かれてえとかそういうんじゃねえけどさ!
世話になってんだから、こういうこともしてかねえとってよ。
(ニヤついて)……別にカッコよくはねえだろ。フツー。
……大丈夫だっつーの。軍人もいねえし。
しかも、いざというときは兄貴の部屋からバットかっぱらってきたからよぉ。
N:金田はバイクに立てかけてある金属製のバットを手に取ると片手で軽く素振りをした。
金田:(電話口に)俺も中学までは野球やってっからさぁ。ま、こいつでホームランよ。
つーかマジで長すぎてだりぃわ。もう切る。
あん? ざけんなまじで! 麻雀はゼッテーやんねーっつってんだろ!
(通話を切る)……マジであいつぶっ飛ばす。
N:金田は携帯電話をしまうと、バットを引きずってショッピングモールへと向かった。
ショッピングモールの扉の入り口の前まで来ると、異様な程の静寂と、あまりにも深い闇に唾を飲み込んだ。
金田:いやいや……ここはあれだわ。戦った場所じゃねえわ。うん。
普通に考えて外だろ、外。
N:金田は踵を返すと、小走りで駐車場へと向かった。
月明かりに照らされた広い空間を歩いていくうち、金田は戦場を歩いているということを身にしみて感じていく。
無数の弾痕に、空薬莢。えぐれた地面。そこかしこに点在する、生々しい血液そしてーー
金田:これ……なんだよ……! 鬼……? まじで……!?
N:はるか視線の先、だんだんと見えてきたそれは、異形の生物ーー餓鬼と呼ばれる異界より現れた怪異の死体であった。
数を数えることすら困難なほどの数のそれを観た瞬間、金田は猛烈な恐怖と、吐き気に襲われた。
金田:う、おえええええ!
N:金田はその場に胃液を吐くと、ガクガクと震える足に手を置いた。
金田:……やべえ……やべえじゃん……! ってかなに? まじでこんなんいるわけ?
やべえ。やべえやべえ! マジ帰らないとやべえって……!
N:震える足を拳で叩きながら、ようやく顔をあげる。
そして、駆け出そうとした瞬間ーー
金田:う、そ。まじかよ。
N:倒れていた何かが、ゆっくりとその身を起こした。
そして、身体を引きずるように金田へと迫ってくる。
金田:マジで? いやいやふざけんな! くんじゃねえってホント!
N:金田は尻もちをついて後ずさった。
取り落とした懐中電灯が転がっていく。
金田:うそ、まじかよ! 足動かねえ! っちくしょう! 洒落になってねえって!
N:金田は半狂乱になりながらも、かろうじて持っていたバットを杖になんとか立ち上がった。
金田:くっそ……! わかったって! 死にかけてんだろ!?
ざけんなよマジで! やってやるよ……! やってやるっつってんだよ! バケモンが!
N:眼前まで迫るそれに向かって、金田はバットを振り下ろした。
しかしーー
金田:は?
N:振り下ろしたバットの根本から先が、コロコロと地面を転がっていく。
切り落とされたバットの断面をを見て、金田は死を覚悟した。
金田:ごめん、母ちゃん!
間
N:来るはずの衝撃は、なかった。
金田は恐る恐る目を開ける。
そこにはーー
金田:お、んな?
N:月明かりに照らされたのは、袴を着た少女。
あまりにも予想外の光景に、金田は呆然と少女の顔を見続けていた。
駅:あ、の……。
N:少女は肩で息をしながら苦しそうに胸を抑えていた。
逆手に手にもった刀は半ばから折れており、全身は泥まみれであった。
駅:あの……! あなた……。
金田:あ? お、おう。
駅:あなたは……何者……ですか……?
金田:いや、俺は。つーかそれ、刀……?
お前のほうがナニモンだよ……!
駅:私はーー
N:少女の着物の袖口から、何かが地面へと落ちる。
金田:うわぁ! な、なんだ!?
駅:……これは……。
N:地面に落ちたのはヒビの入ったカラフルな大型拳銃だった。
駅:これは……私を撃った相手のーー
金田:なんでこれが、こんなとこに。
駅:……え?
N:金田は足元のそれを拾うと、まじまじと月明かりに晒した。
駅:それ、知ってるんですか?
金田:おう。知ってるも何も、俺も色塗ったりしたからな。
このモデルガン。
駅:モデル、ガン?
金田:そうそう。戦争入って、玩具屋が閉まっちまったからよ。
子供向けに作ってやろうって、俺の知り合いがさ。
しっかし、リアルに仕上がってんなぁ。
N:一通り構えてみたりしたあと、金田は我に返ったように頭をふった。
金田:って! そうじゃねえっつーの!
お前はナニモンなんだよ! んなわけわかんねえもんぶら下げて、こんなところで!
意味わかんねえよ!
N:少女は、少し考えたあと、金田に歩み寄った。
駅:私は、駅サナエって、いいます。
金田:……おう、俺は金田……。
駅:あの、金田さんーーッ! 待ってください!
金田:ど、どうしたよ。
駅:来る……。
金田:来るって、何が?
駅:来ます。おそらくは、対超能力者部隊……。
金田:たい? なんだよ、それ。
駅:だから! 政府の軍がここに来るってことです……!
金田:は? はぁ!? まじかよ!
俺、捕まっちまうって!
駅:捕まる……って、金田さんはなぜここに?
金田:俺は! なんつーか……ちょっと良いもんでもねえかなって……。
駅:(ため息)もしかして、戦場泥棒(いくさばどろぼう)、ですか……?
金田:別にいいだろうが! 落ちてるもんなんだからよ!
N:サナエはそんな金田を観て、ほっとしたように息を吐くと、胸元から短刀を取り出した。
金田:おい……! それって、ドスってやつか……?
駅:少しなら時間を稼げますから、逃げてください。
金田:は?
駅:捕まりたくないんでしょう?
金田:いや、でもよーー
駅:この距離からでもわかるほどの気が近付いてきます。
どうせ今の私では逃げ切れないですから。
金田:……お前。
N:金田は少し考えたあと、サナエに抱きついた。
駅:きゃあ! ちょっ! 何を!?
金田:わ、わりぃ! 失敗した!
えっと、痛かったら、すまん!
N:金田は改めてサナエの腰に手を周すと、その身体を持ち上げた。
駅:いや! 放して! ちょっと!
金田:なんか、もうよくわかんねえけど!
逃げるぞ!
駅:逃げるって!?
金田:俺、バイクあるし! ココらへん、庭だしよぉ!
駅:庭!? ああもう……! なるようになれ……!
金田:それ! 俺のセリフだ!
◆
N:金田とサナエが去ってから数分後。
地面に転がったままの懐中電灯が明滅した。
明かりが消えると、そこにはーー
花宮:……誰か、いたはずなのに……。
N:超能力者、花宮 春日は足元の懐中電灯を拾い上げると、ズレたメガネを持ち上げた。
そして、周囲の見渡したあと、顔を歪めーー
花宮:ふえ……。
N:涙を流しながら蹲った。
花宮:(泣き出す)ふええええん! びえええええ!
N:花宮の泣き声を合図に、高速で人影が現れる。
人影は地面を滑って静止したあと、花宮の方へと駆け寄った。
木元:どうしたッ! 春日ちゃん! 敵がーー
花宮:ぎも”どざあああん!(訳:木元さあああん)
木元:うわっ! 本泣きじゃないの……!
花宮:ぐずっ……暗いの、怖いぃいい!
木元:……だから1人でいくなっていったじゃないすか……。
N:超能力者、木元 佳祐はため息をつくと周囲を見渡した。
木元:そんで、誰もいなかったんすよね。
花宮:ぐすっ……はい……。でも、光源はありました……。
木元:懐中電灯ね。昼間から点いてたわけじゃないってことは誰かがいた、とーー
N:木元は地面を注意深く観察する。
木元:それも二人。1人は足を引きずってる……教団か、あるいは……突然現れたっつー伝馬一族の女ーー
あ。春日ちゃん。ほら、軍のライトが点いたっすよ。
花宮:はいぃ……ずびばぜん。(訳:はい。すみません)
木元:(インカムに)こっちはクリアー。敵影なし。
とりあえず周囲は封鎖してもらっていいっすか。
2名戦場から逃げてるはず。見つけても交戦せず、俺達の到着を待ってください。
あとーーここで死んだものたちは、丁重に扱ってください。
花宮:木元さん……ヨミちゃんのお話だと、『この後、武器を得る』って。
木元:曖昧ではあれど、未来が読めるってのは恐ろしい力っすね……。
しかも今のところははずれ無しなんすから、チートっすよ、チート。
花宮:今回に限っては「よくみえない」、とはいってましたけどね。
木元:いつも無駄に偉そうで自信満々なあの子が、珍しく弱気だったっすもんね。
間
花宮:……でも、私も。
木元:ん?
花宮:私も、今回はなにか変な胸騒ぎがするんです。
木元:……それ、フラグ立ててないすか。
N:木元は、明るい月を眺めながら頭を掻いた。
木元:今回は、殺されないとありがたいんすけどね。
◆◇◆
N;大阪府内の片隅に、廃墟とかした倉庫があった。
閑散とした倉庫の中心には、色とりどりの明かりに照らされたステージが設けられていた。
ステージの上には、様々な玩具が所狭しと並べてあり、その中心には大きな積み木が積み上げられていた。
ステージ脇に置かれたスピーカーからは大音量でハードロックが流れている。
組まれた積み木の上に座り、風船を膨らませている男がいた。
髪は鮮やかな紫色、着ている作業着はカラフルな水玉模様。
まるで児童向け番組の出演者のような見た目に、彫刻作品のような端正な顔立ち。
何もかもが浮き世離れした、異様な世界感が彼を中心に広がっていた。
緒方:こんばんは。
N:緒方は、音も立てずにステージの上に現れた。
男は緒方の姿を見ると、膨らませていた風船を飛ばした。
ヒューと甲高い音を立てながら風船は宙を舞うと、しぼんで緒方の足元へと落ちた。
それを見届けた男は、リモコンを手に取ると、スピーカーの音量を下げて立ち上がった。
緒方:こんばんは、仲也。
N:仲也は頭を掻きながらあぐらをかいた。
仲也:お前さ、どう思うよ。
緒方:何が?
仲也:さっきの風船。マヌケな音だしてたよな。
間
緒方:別にマヌケじゃなかったんじゃない?
仲也:そうか? マヌケだったろ。ヒューって。
緒方:そうかな。可愛いと思ったよ。ヒューって。
仲也:そっか。じゃあ、失敗だな。
間
仲也:で、なんだって?
緒方:ん? ああ、そうか。
君のくれた玩具が役にたったよ。
仲也:へえ……あのイルカ、喜んだか。
緒方:あのさぁーー
N:緒方はため息まじりにナイフを取り出すと、仲也に向けて投げつけた。
ナイフは仲也の頬をかすめると、遠く倉庫の端にぶつかって音を立てた。
緒方:ラブ様のお気に入りだからって、お前調子のんな。
そんな低俗な呼び方であの方をーー
仲也:そういや、お前さぁ、部下殺したんじゃねえ?
間
緒方:うん。殺したよ。
朴さん、殺した。
仲也:命令じゃねえのに?
緒方:うん。だんだんムカついてきたから。
仲也:(手を叩いて)自己主張、めでたいね。
緒方:ラブ様だって僕は正しいっていってくれたし。そんなのどうでもいいんだよ。
仲也:あ、そう。
N:緒方は足元に置かれたロボットの玩具を手に取ると、ステージに座った。
緒方:とにかく。僕がいいたいのは、ラブ様が喜んでくれたからありがとうってこと。
仲也:あいよ。
緒方:そういえばね、次のお仕事、知ってる?
仲也:いや、知らねえ。
N:仲也は積み木から飛び降りると、床に散らばったボードゲームの駒を拾い集める。
仲也:京都に天使が降りる、だろ。
緒方:……仲也。感じ悪いよ、本当。
仲也:関西・中部戦線で門を使いながら圧力をかけてーー
半分は戦力確認とかまあ、情報収集。
緒方:もういいよ……。驚かなかったし、つまらない。
とにかく、僕はもうこっちを引き払って、本部に合流するから。
ま、別れの挨拶も兼ねてってことでーー
仲也:そうか、寂しくなるな。
緒方:ふんっ、よく言うよ……。
(間)
ーーそういえばさ、仲也は天使様に会ったことある?
間
N:仲也は駒を持つ手を止めた。
仲也:……いいや、ないねえ。
緒方:そっか。僕は一度だけ会ったんだけど、とっても素敵な人だよ。
優しいし、僕とそう年齢も変わらないのに、すごく聡明な感じでさ。
仲也:そうか。……なんて言ったっけ、お名前は。
緒方:レナ様だよ! 忘れるなよ……!
N:仲也は緒方の顔をまじまじと見つめた後、納得したかのように笑みを浮かべた。
仲也:それで……俺は何かすることあるか?
緒方:別に、ラブ様は何も。
「仲也はそのままいてくれればいい」ってさ。
仲也:そうか……。
間
N:仲也は立ち上がると、緒方の肩を叩いた。
仲也:そろそろ女が来るんでな。お前は帰れ。
緒方:女? ……本当、何が楽しいの、それ。
仲也:お前も抱いてみりゃわかる。女はいいぜ?
いろんなことを教えてくれる。
緒方:やだよ。気持ち悪い……。
N:緒方はステージから飛び降りた。
仲也:おい。
N:仲也は緒方に向けてロボットの玩具を投げ渡した。
緒方:は? 何だよ。
仲也:気に入ってたみたいだし、それ、やるよ。
緒方:別に……気に入ってないけど。
仲也:お前のために『ここに置いておいた』んだから、もらってくれ。
緒方:わかった……ありがとう、仲也。
間
緒方:仲也と話すとイラつくけど、結構僕、気に入ってるから。
仲也:……そうか。
緒方:またね。
N:緒方が去るのを見届けると、仲也は鼻歌交じりにスピーカーのスイッチを入れた。
今度は先程とは違い、ゆったりとクラシックミュージックがスピーカーから流れ始めた。
仲也は端正な顔立ちに満面の笑みを浮かべるて、ボードゲームのマップを広げた。
仲也:自分がロボットだって言われてんのに気づいてねえのかよカス。
気づかねえよなあ! まあそれもまた一つのオモシロ要素ってか!
(笑う)ケケケケ!
N:仲也は頭を振りながら、手元を見ずにボードゲームを並べていく。
仲也:(早口で)天使の拡散力場(かくさんりきば)は名前には反応無し!
ただーし! 俺様が口にしたらどうなる? 気になるねぇ!
でも我慢ガマン! スーパーパワーにぶち殺されるんじゃ面白くねえ!
イルカは相変わらず俺を泳がしてくれてるぅ! そもそも自分が泳いでるってえのに面白いやつぅ!
でも絶対ゼッタイ俺を同じ水槽で泳がせてること、後悔しちまうかもよだってだって!
N:狂気的とも言える速度で板状に駒が置かれていく。
仲也:ラストにはーー俺様がぶち殺しちゃうから! ケケケ!
N:仲也はボードゲームをひっくり返すと、クレヨンを手に取ってステージ上に記号を書き込んでいく。
仲也:(早口で)ようやく始まる。始まる! 始まるぜえ!
あーなってこうなってこうなってあーなって!
あれがそれでこっちがそれでぇ! いいぜいいぜおもしろいぜ!
こいつはこうしてこうしちまおう!
……物語も佳境? 違う違う! 俺様が現れてからが大本番!
てめえら楽しむ準備はオーケイ?
……ケケケ……ヒャヒャヒャ!
N:まるで指揮をとるかのように仲也はステージの上を這いずり回った。
描かれたそれは、彼にしか読み解くことができない『魔法陣』
仲也:(息を切らして)ハァ、ハァ……。
間
仲也:あー…………つまんねえな。
N:ステージの上に仰向けに寝転んで仲也は目を瞑った。
そしてーー
仲也:つまんねえからさぁ!
N:音楽は高らかに歌い。
仲也:……ハッピーなことしようぜ。オイ。
N:その夜ーー魔王が産まれた。
<中編>
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