パラノーマンズ・ブギーA
『幸運少女 中編』
作者:ススキドミノ


田中 新一郎(たなか しんいちろう):25歳。男性。速見探偵事務所、所員ナルシスト系スーパー超能力者。

荒人(あらひと):21歳。男性。速見探偵事務所、所員。田中の一番弟子。

栄 友美(さかえ ゆみ):23歳。女性。速見興信所、所員。敏腕お姉さん

岩政 悟(いわまさ さとる):31歳。男性。若ハゲ超能力者。

七原 裕介(ななはら ゆうすけ):25歳。「記憶泥棒」は都市伝説。

管理人:スタジオの職員。ナレーションと被り役。



※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




【あらすじ】
麗奈は高校2年生。いつも笑顔でいる彼女には人には言えない秘密があった。
そんな彼女が通う塾には、気さくな講師の岩政と、自分以上に周囲から浮いている棗という少女がいた。
麗奈にとって、そんな2人がいる塾は、唯一心が休まる場所であった。 一方の棗は人智を超えた能力を操る超能力者であり、『速水探偵事務所』という会社の職員だった。
常識を学ぶという目的のもと、所長の速水に塾に入れられていた棗は、ある日の帰り道、麗奈がいじめを受けながらも笑っている理由を知るのだった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−







 ◆◇◆


N:そこだけが何かに切り取られたかのような、長方形の空間だった。
  長身の若者ーー荒人は、膝をついて息を切らしていた。
  荒人が顔をあげると、田中新一郎が、腕を組んで立っていた。

荒人:(息を切らしながら)100回目……だぁー! しんどっ!

田中:気抜くなボケナス。次だ。

荒人:は? はぁ!? おい! 待て!

N:田中が腕を振るうと、見えない力に操られているかのように、周囲の障害物が荒人へと襲いかかった。

荒人:いち、にー、いち……。

N:荒人は小刻みに地面を蹴った。
  踊りを踊るように身体を揺らすと、飛来する障害物を紙一重で避けていく。

荒人:いち! にー! いち! にー!

N:障害物を避けるうち、荒人の身体は地面を滑るように加速していく。

田中:かなり安定してきた、が。もっと見せてみろ。

荒人:クソッ……!
   来い……!

N:荒人は宙を見つめた。
  その瞳が光を失っていく。
 
荒人:来いよ! コノヤロォ!

N:荒人の身体が、ブレた。
  爆音が鳴り響き、空間が、空気が、大きく震える。

田中:うん……やるじゃねえの。

N:田中はニヤリと笑いながら、後ろを振り向いた。
  荒人は、田中の背後で力尽きたように倒れこんでいた。

田中:ま、及第点か。

N:倒れた荒人の足元には、太く赤い線が伸びていた。


 ◇◆◇


N:中華街の灯りを遠くに眺める、暗い埠頭の一角だった。
  閃光が瞬くと、コンテナの外壁に人影が勢い良く叩きつけられた。
  人影の正体は壮年の男性。
  着込んでいたコートは無残にも切り裂かれ、呼吸をする度に『ひゅうひゅう』と苦しげな声を漏らしている。
  満身創痍の男に近づく者がいた。
  年若い女性であった。流れるような黒髪を揺らし、人懐っこそうな顔立ちに戸惑いを浮かべていた。

栄:あの、大丈夫ですか? もう……やりすぎですよ、春日(はるひ)さんったら。

N:壮年の男は苦しげに女性ーー栄を睨みつけた。

栄:えっと……西嶋紀文(にしじまのりふみ)さんですね。
  手荒な真似をして申し訳ありません。
  きっと戸惑ったことでしょう……急に自分に起こったことに。
  しかし、だからこそ、その力を持つ意味を理解しなくてはなりません。
  改めて宣言させていただきます。
  我々には、貴方のような野良さんに教える義務があります。
  あなた達、超能力者のことを。

N:栄は腕を上げた。
  黒装束に身を包んだ男たちは西嶋の身体を抱えると、頭に黒い布をかぶせた。
  西嶋は恐怖のあまり激しく暴れたが、男たちは気にした様子も見せずに西嶋の身体を運んでいく。

栄:ご協力、ありがとうございます。
  ……あの、できるだけ、優しくしてあげてくださいね?

N:栄は困ったような笑顔で男たちを見送った。
  そして一呼吸をおくと、携帯電話を取り出して、番号をコールする。

栄:(携帯に向かって)所長ですか? ええ……西嶋紀文の確保は完了しました。
  ええ……春日(はるひ)さん? えっと……あ、さっきまでは一緒にいたのですが……。
  は? ああ、はい。手配は済んでいます。後片付けの方は、ええ。
  ……はい? 政府の……ってどういうことですか?
  あ。

N:栄が顔をあげると、目の前にキャップを被った男が立っていた。
  男は人の良さそうな笑顔を浮かべると、眼鏡の端を指先で持ち上げた。

栄:あなたが……?

岩政:ええ、ハゲているかどうかは内緒ですよ。

栄:(携帯に向かって)あ、はい……所長。いま目の前に……
  わかりました。それでは。

N:栄は携帯電話を仕舞うと、男に向き直った。

栄:あの、話はいま伺いました。
  速見興信所の栄 友美です。

岩政:貴女があの大藤 一(だいとうはじめ)の代わりを務めている……。
   いやぁ、随分お若い。それに、いい髪をお持ちだ。
   拝んでもよろしいですか?

栄:え……? あの、お断りします……。

岩政:きっぱりと断られるとスッキリしますね。
   いや、スッキリといっても決してハゲているからではないんですがね。
   申し遅れました。
   私、公安特務所属の超能力者で、岩政 悟と申します。
   以後、ハゲしり置きを。いやお見知り置きを。

栄:公安……特務、ですか。

 間

岩政:ああ……うっかりしていました。栄さんは”うちの狂犬”が暴れた現場にいたんでしたね。
   そのうえ、大藤さんがあのようなことになったのを目の前で観たのでは、無理もありませんか。

栄:……いえ。別に……。
  ーーえ?

N:岩政は帽子を取り、勢い良く頭を下げた。

岩政:その節は、公安特務が大変なご迷惑をおかけいたしました!
   どうかこの頭に免じて、怒りをお納めいただきたい!

栄:あ、いや! 頭をあげてください!

岩政:頭をハゲてください!? これ以上でしょうか!?

栄:違います! もういいですから! ほら!
  まったく……なんなんですか一体!

岩政:いやはや、面目次第もございません。
   ですが……これで仕事のお話ができそうですね。
   でしょう? 栄さん。

栄:(笑って)……ええ。そうですね。岩政さん。

岩政:やはり、女性は笑顔が一番です。
   ハゲて良かったと思う唯一のことですよ。

栄:あの、そんなにその……頭、気にされることありませんよ。

岩政:そういうことおっしゃいますと私、惚れてしまいますよ?

栄:ごめんなさい。

岩政:ええ、ハゲは惚れやすいですから。
   防御力が弱い? 頭部のことはお気になさらず。

栄:アハハ……。
  あのそれで……協力関係というのは?

岩政:そうでしたそうでした。
   速見所長がお伝えしたかどうかはわかりませんが……。
   この度、政府主導で『とある能力者』を保護することになりまして。
   そのための露払いを速見興信所さんにお願いしたわけでございます。

N:岩政が手元のキーを押すと、栄の背後に止まったスポーツカーがヘッドライトを点灯させた。

岩政:続きはドロシーの中でーードロシーとはこの車の名前ですが。
   どうぞ、マドモアゼル。

N:恭しく腰を折る岩政に促され、栄は助手席に乗り込んだ。


 ◆◇◆


N:殺風景なロビーのような部屋だった。
  どこか窮屈で、どこか安心感のある濃紺の壁には、『STUDIO(スタジオ)』と書かれたプレートが下げられている。

田中:あー、あんた。悪かったな。運ばしちまって。

N:田中がソファに腰掛けたまま缶コーヒーを飲んでいると、部屋の奥から、寝台に乗せられた荒人が運ばれてきた。

管理人:いえ、仕事ですから。

田中:後片付けも……ほら、だいぶ暴れちまったからな。

管理人:それも込みで使用料は頂いております。お気になさらず。
    ただ少し、驚きはしましたが……。

田中:あん?

管理人:あそこまでの傷を……流石は”巨人(ジャイアント)”といったところですね。

田中:あー、それな……まぁいいや。そういうことにしといて。

管理人:それでは、お好きなお時間に退出してください。

 間

田中:……おい。いい加減起きろボケ弟子。

荒人:……頭、いてぇ……吐きそう……。

田中:わかったわかった。
   ……で、どうだ。つかめたか?

荒人:つかめたかって言われれば……まあ……。
   つってもまだまだ使いこなせる気はしないけど。

田中:あったりまえだろ。 
   お前の持つ力の最大値が25mプールだとする。
   その中で、もともとお前が使いこなしてた力はーー

N:田中は空き缶を握りつぶすと頭上に放り投げた。
  田中の瞳が光を失い、超念動能力が発動される。
  空き缶は空中で一瞬静止すると、奇妙な放物線を描いてゴミ箱に飛び込んでいった。

田中:この缶コーヒーくらいなもんだ。

荒人:それ、笑えねえ……。
   言ってる意味は……まあわかるけどさ……。

田中:……実際どーなのよ。
   強くなるって感覚は。

荒人:いいたくねえ……。

田中:いえよ。

荒人:(ため息)……すげえ……楽しい。

田中:そーかそーか! いや、師匠がいいからなぁ!
   ダァーッハッハッハ!

荒人:……チョーシ乗んなよ。
   俺の能力の改善案だしたのは速水所長だろ。

田中:そういうこというかね!

荒人:でもま……なんだかんだ、強い能力者に教わってるからな。

田中:(笑って)最強、な。

荒人:だー、うるせえな……。
   つーか、ここ、なんなんだよ。

田中:あれ? ……説明してなかったっけか。

荒人:してねえよ! いつもの訓練かと思えば急に連れてきやがって……。
   それから……あれ? 何時間やらされてたんだ……?

田中:ざっと40時間だな。

荒人:マジかよ!? そんなに居んの!?

田中:まぁ、気絶してた時間を差し引いて、15時間くらいはやってたんじゃないか。

荒人:(ため息)……で、なんなんだよ。ここ。

田中:スタジオ。

荒人:スタジオ?

田中:ここはスタジオというレンタルスペースだ。
   スタジオ内の壁は、“Sarcophagus(サルコファグス)”っつー物質で作られていてーー

荒人:ちょっと待った。もうわかんねえ。

田中:ったく……なんつーか……ま、ちょっとやそっとの能力じゃ傷もつかない、
   超やべー物質で作られてる部屋、それがさっきまでいた場所な。

荒人:おう。

田中:つまり、あの部屋は超能力の訓練のための、レンタルスペースだ。

荒人:ほぉー。

田中:俺たちはいつでもどこでも自由に能力をつかえるわけじゃないからな。ここなら使い放題、暴れ放題。
   ま、単純な話、このスタジオ自体が“超常的物品(アンノウン)”そのものみたいなものだ。

荒人:っていうか、こんなすげえとこがあるなら、いつものボロ道場使う必要ないんじゃないすか?

田中:バーカ……。たけえんだよ!

荒人:たかい……って、レンタル料が、的な?

田中:そう……一時間で……あー、言いたくねえ。

荒人:そこまでいったなら教えてくれよ。

N:田中は2本指を荒人の前に差し出した。
  荒人は唾を飲み込むと、緊張した面持ちでその指を見つめる。

荒人:……2万?

田中:上。

荒人:に、20万……?

田中;上。

荒人:あ、だめだわ新一郎さん。俺これ以上は言えない……。

田中:つまりだ! 1時間200万以上もかかるようなバカ高いレンタル料を40時間分も払ってる。
   これは、速水探偵事務所からの先行投資だ。

荒人:先行、投資……。

田中:言うのは気が乗らないが……お前の戦力を強化することが、価値が産むと判断したってことだよ。

荒人:俺が……価値を。

田中:それにだ! どうやって手に入れたかはしらねえが、事務所に相当な金が入ったみたいでな
   なんと……! なんとだなぁ! 俺にも相当量の給料が入ってきている!

荒人:それは良かったな……って、うわっ! 泣くほどのことかよ!

田中:(泣きながら)バカお前! 俺が今までどれだけ苦労してきたか!
   本当に……本当にあのクソ野郎を見捨てないできてよかったと数ミリだけ思えたぜ……!
   これで! 友美ちゃんに美味いものを食わしてあげられる……!
   すまなかったなぁ……友美ちゃーん、貧乏な彼氏で……!

荒人:そういや栄さんの方が稼ぎ良かったもんな……。

田中:うるさいバーカ! もはやそれは過去のことよ!
   ヒモ理論は素粒子の彼方へと消え去った! わーっはっはっは!

荒人:栄さん……なんでこんなんと……。

田中:ってなわけで、楽しいお喋りはおしまいだ!
   いくぞー。

荒人:行くって……どこへだよ。

田中:お前をこんな短時間で扱き上げたのには訳があるんだよ。
   これから、とある超能力者を捕縛しにいくわけだがーー

荒人:は? いつものことじゃん。

田中:そいつは2つ名持ちだ。

 間

荒人:……2つ名持ち……それでか。

田中:簡単に死んでくれるなよ。

荒人:こんなボロボロのやつ目の前にして何言ってんだよ。
   もう2,3度死んだ気分だっての。

田中:時は満ちた。行くぞ。若き弟子(パダワン)よ。

荒人:……オフコース マイ マスター。

N:荒人と田中は傷だらけの手でハイタッチを交わすと、無邪気な笑顔を浮かべた。


 ◆◇◆


N:車は薄暗い埠頭を離れ、大通りへと入っていく。

岩政:いや、緊張しますね。ドライブというものは。
   お恥ずかしながら、女性を助手席に乗せる機会は多くないんですよ。
   ええ、先日母を病院に送って以来ですかね。

栄:……お母様、お身体お悪いんですか?

岩政:ええ……それが、急に胸が苦しいなんていうから慌てて病院にいったらですね。
   「食べ過ぎだ」って。
 
栄:(笑って)あら、大変。

岩政:いやはや、お恥ずかしい。

栄:お母様……今でもあっていらっしゃるんですね。

岩政:超能力者の癖に、って?

栄:いえ……。まぁ、はい。

岩政:公安に所属している超能力者は、政府のサポートを受けています。
   それによって超能力者となることで失うであろうものを取り戻すことができるのですよ。
   もちろん条件はありますし、それ相応の代償を支払う必要はありますがね。

栄:……そう、なんですか。

岩政:ええ。私の場合は、年老いた母と共に暮らす権利を。
   その代わりに差し出したものはーー

 間

岩政:(笑って)髪の毛だけではないとだけいっておきます。

栄:手に入れるために失う。
  人間的じゃありませんか。

岩政:話に聞いていた通り、お優しい方だ。
   私達のようなものには勿体無いお言葉ですよ。

栄:そんな寂しい言い方、やめてください。

岩政:……申し訳ない。
   こうハゲておりますと、自虐が板についてしまうもので、ええ。

 間

栄:なぜそんなにその……ネタにされたりするんでしょうか。
  その……お頭の、その、お髪の……。

岩政:いってください栄さん。ひと思いに、H・A・G・Eと。

栄:い……いや、無理です!

岩政:その反応はなかなかどうして!
   ぐっと来るものがありますね。新たなるハゲの使い道でしょうか。

栄:からかってるだけなんですか? もう……。

岩政:失敬失敬……。笑ってもらえたりすると、嬉しいじゃないですか。
   でもその反面、少し傷ついたりもするんです。
   やっぱりハゲだと思ってるんだな!とね。

栄:だと、思いますけど……。
  自分で言うのはやめたらいいんじゃ?

岩政:きっとね、寂しいんです。

栄:寂しい、ですか。

岩政:感情が揺れ動くなら。衝動に揺り動かされるまま。
   そう、ありたいのです。

栄:……難しいですね。

岩政:ええ、人間、ですから。

 間

栄:こんな……。
  こんな世界を守り続けられるとしたら。

 間

栄:あなたは、誰かを殺すでしょうか?

 間

岩政:その質問は少し、時間をいただきたい。
   ……その間に仕事の話をしましょう。

栄:……能力者の保護、でしたか。

岩政:そうですね。
   ……栄さん。能力者における“2つ名”のことはご存知ですよね。

栄:うちにも数人所属していますから。

岩政:速見興信所でいうと、”狂王(ベルセルク)“と”泣き虫(クライベイビー)”がそうですね。
   そして栄さんと最も親しいところにも1人。

栄:ええ、まあ。
   
岩政:彼らが何故、大層な2つ名で呼ばれるのか。
   これには単純な答えが一つ、『強い力の持ち主であること』
   そしてそれは、『並大抵の力の強さではないということ』
   これが答えだと言い切ることができるとすれば、何故だと思いますか?

栄:えっと……?

岩政:ああ、すみません。こうみえて普段は塾講師の仕事をさせていただいているものですから。
   質問をするのが癖になってしまっていまして。

栄:そうなんですか。いいですよ。せっかくですから、生徒役でも。
  はい! 先生。

岩政:ちょっとドキドキしてしまいますね。
   はい、栄さん。

栄:……超能力者同士の戦いとは、情報戦です。

岩政:その心は。

栄:超能力者が持つ超能力は基本的には1つ。
  その1つの能力がいったいどういったものなのかを事前に知っていれば、
  どんなに強い能力であったとしても対処することができる。
  つまり、格上であっても、格下であっても、多く情報を持っている方が勝つ。
  だから、そんなセオリーを無視した存在、
  能力の詳細が周知し、かつ相手の能力がわからなかったとしても、
  勝ち、生き残り続けている能力者はーー

岩政:規格外に強い、と。非常に鋭い考察です。

栄:(笑って)受け売りなんですけどね。

岩政:いえ、素晴らしい生徒だと思いますよ。

栄:つまり……今回の保護対象も、そんな2つ名持ち、ということですね。

岩政:それに、理解もお早い。

N:信号が赤に変わり、滑るように停車する。
  岩政は脇にあるファイルを取り出すと、栄に手渡した。

栄:”幸運少女(エンジェル)”
  安東 麗奈(あんどう れな)……高校生……。こんな子が、2つ名を?

岩政:14人。

栄:え?

岩政:そこには”複数”と書いてあるでしょうが、正確な数字は14人です。

栄:……エンジェルが殺害したと思われる超能力者の、数。

N:車は東京の西へと進んでいく。


 ◆◇◆


N:荒人はバイクを止めて、ヘルメットを外した。
  汗に濡れた髪をかき上げ、目の前の家の門の『安東』という表札を見つめた。
  時刻は23時。閑静な住宅街は、眠りにつこうとしていた。

七原:お兄さん。そのお宅に何か用ですか。

荒人:(舌打ち)

N:荒人が振り返ると、若い男が立っていた。
  人懐っこそうな笑顔を浮かべて近づいてくる男を、荒人は緊張した面持ちで睨みつける。

七原:あなたは、えっと、どちらの人なんですか。

荒人:なるほどな。
   ……その質問で、あんたがどっちなのかはわかったぜ。

七原:一本取られたな。
   でも、本当に俺のことは知らないみたいですね。

荒人:あん?

七原:簡単に”手の届くところ”まで入れさせてくれたんで。

N:荒人は跳躍し、男との距離を取った。

七原:速っ! 何すか今の!

荒人:いち……にー……。

七原:ちょっ、ちょい待ちちょい待ち!
   戦うのとか勘弁! 俺、一瞬で死にますって本当!

荒人:……なんだよ、ヤルんじゃねえのか?

七原:違いますよ! 俺、非戦闘員なんで!
   ……勘弁してくださいよ……。

荒人:わりぃが、説明次第だ。

七原:あはは……怖ぇ……。
   
 間

七原:えっと……俺は七原 裕介。一応、あなたと同じです。

荒人:所属は?

七原:所属? ああ……なんていうか、フリーランスって言えばいいんですかね。

荒人:ハッ、ここにいるやつのいうことかよ。

七原:本当に! 本当にただのフリーの根無し草なんですって。

荒人:俺は頭の良いほうじゃないけどよ。
   フリーの超能力者が、”ここにいるはずない”ことくらいわかるぜ。

 間

荒人:もう一度聞く。どこの所属だ。

七原:……本当、なんだけどなぁ。

荒人:そいつを信じろっていうのかよ。

七原:うん。あなたは正直な人だ。
   ……そうだな。

N:七原の瞳が光を失っていく。次の瞬間、荒人は膝から崩れ落ちるように地面に倒れこんだ。

荒人:う、あ……。

七原:あらら、精神感応方面はノーガードだったのか。

荒人:な、んだ、今の……! 何しやがった!

七原:頭のなかに直接記憶をぶち込んだだけですよ。
   でも、大丈夫。痛みはすぐひきますんで。

荒人:これが……お前の能力か。

田中:一端、だけどな。

N:荒人の後方から現れた田中は、不機嫌そうに腕を組んでいた。

七原:久しぶり。新一郎。

田中:気安く呼ぶんじゃない。

七原:つれないなぁ……中学来の親友だったじゃないか。

田中:仮にそうだったとしても……。
   その記憶は『お前が盗んだ』だろ。

七原:あはは。それ、朔が?
   やっぱり……彼はすごいやつだな……。

荒人:新一郎さん。

田中:うん? ああ、俺も顔写真でしか観たことないが……どうやら昔は知り合いだったらしい。

荒人:らしい?

田中:こいつは”記憶泥棒”。都市伝説とされている超能力者だ。

 間

田中:こいつは、記憶を操ることができる。
   それも、直接、自由自在に……。

荒人:自分の痕跡を消すこともってことか?
   それで都市伝説、ね。

七原:伝説と呼ばれるほど謎めいた存在ではないですけどね。
   大したことのないただの20代の男でーー
   そして、君らとも、人間ともそう変わらない。

 間

七原:そう、僕らは変わりなかったはずだ。
   新一郎。君がそうしてそこにいることのほうがよっぽど信じられないほどにね。

田中:ああ、そうかよ。

七原:今でも良く観る記憶だよ。
   最高に素晴らしい記憶だ。
   新一郎と朔と、僕とは同じ中学、高校に通っていたんだ。
   いつも一緒だったよ。例えば女の子のことで喧嘩したり。
   テストの点で競いあったり……もちろん朔には勝てなかったけど。
   俺と新一郎は結構良い勝負だったしね。

田中:気色悪いな……何度も何度も新一郎と……。気安く呼ぶなと言っただろ。

七原:だけどあるとき、俺達の関係は終わった。
   新一郎が能力に目覚めた、その瞬間にね。

 間

七原:能力の有り無し。人間で有り無し。
   そんな寂しいこと、今でも冗談じゃないかって思ってる。

田中:……記憶泥棒。お前の目的はなんだ。

七原:あの時にしようとしたことと同じさ、新一郎。

田中:知ったこっちゃないな。

七原:くだらない人情派だからさ、俺は。

 間

七原:……こんな俺にもできることがあるんだ。
   君らがどういう理由で彼女に近づこうとしているかは知らない。
   だが、“幸運少女(エンジェル)”は自由であるべきだ。

荒人:自由、ね。都合のいい言葉使うじゃねえか。

七原:君らがたとえどんなつもりだとしてもーー

N:七原はそこで言葉を切った。
  荒人と田中が肩を並べて笑顔を浮かべているのに気づいたのだ。

田中:確かに天使が囚われてちゃ様にならないだろうな。

荒人:だけどさ、天使の行き先を”自称人間”が決めるってのも、どうなのかね。

七原:……なるほど……目的は”彼女”じゃなくて、僕か。

田中:『同窓会のお誘い』だ。記憶泥棒。

七原:……嬉しいけど、お断りしようかな。

田中:この状況で何をーー

七原:後は君達に任せるよ。

N:七原の身体が、淡い光に包まれ、軽くぶれる。

七原:これでいいんだろ? 朔……。

N:七原の瞳が光を失ったかと思うと、荒人と田中の眼前に、1人の少女の記憶が映像(ビジョン)となって投影されていた。
  少女に向けられる悪意、敵意、そして恐怖。彼女の孤独と、研ぎ澄まされていく純粋さ。
  少女の半生ともいえるほどの膨大な情報が2人の前を駆け巡っていく。

田中:(舌打ち)

荒人:安東、麗奈……。

七原:この記憶をどうするかは、君達次第だ。
   彼女を……麗奈を、どうかよろしく頼むよ。
   ……会えて嬉しかった……それじゃあ、また。

N:次の瞬間、七原の姿は消え去り、つい先程まで七原が立っていたはずの空間には、膨大な量の紙の束が舞い上がっていた。
  田中は舞い散る紙を一枚手に取ると、ポケットから携帯電話を取り出した。
  荒人は、呆然とその場に立ち尽くしていた。

荒人:……くだらない……。
   俺らは、何のためにーー

N:天使の羽音が聴こえるまで、後数分。


<前編>
<後編>


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