パラノーマンズ・ブギーA
『幸運少女 前編』
作者:ススキドミノ


速水 朔(はやみ さく):24歳。男性。一見完璧超人、一皮剥けば性格破綻者。速水探偵事務所所長。

棗(なつめ):16歳。女性。朔の義妹。人間を模索中。速水探偵事務所職員。

安東 麗奈(あんどう れな):16歳。女性。めっちゃ作り笑いですよ。でも秘密あり。

岩政 悟(いわまさ さとる):31歳。男性。若ハゲ塾講師。

塾長:学術ゼミナール塾長。ナレーションと被り役。



※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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 ◆◇◆


N:彼女は人を傷つける理由を考えてみる。
  例えば、自分が他の子供達数人からいじめられていたとして。
  沢山のものを投げつけられていたとして。
  彼女には苛めている彼らの顔を見ることはできないけれど、どんな顔をしているのかはいくらでも想像できた。
  この人は気持ちがいいのだろうとか、この人は本当に自分が嫌いなのだろうとか、
  この人は迷っている、この人は泣きそうだとか。
  そんな想像で彼らと近づいた気になるのだ。
  彼女には、人に傷つけられる理由は沢山思いつく。
  だが、彼女を傷つける理由は一つだけだ。

麗奈:はい、安東です。

N:『もしもし麗奈か』
  電話口から漏れる父の声に、彼女は悲しげな表情を浮かべた。
  制服の首もとに手を伸ばし、軽くリボンを引く。
  まるで自分の声が出るのかどうか確かめているようであった。

麗奈:……お父さん。急にどうしたの?
   何かあったの。
   ふふ、何それ。
   予定……ないよ。大丈夫。
   そういうの、誘ったほうが考えるんだよ。母さんとのデートのときはどうしてたの。
   わかったよ、行きたいとこ、どこか考えとく。
   うん……。……ううん、なんでもない。おやすみ。連休、楽しみにしてるね。

N:受話器を置くと、急に室内に静寂が訪れる。
  彼女は大きく深呼吸をすると、近くの椅子を自分の方にたぐり寄せた。

麗奈:今度は、大丈夫だよ。今度は……ね……。

N:彼女は椅子に脚をかけると、そのまま机の上に立った。
  明かりのない、真っ暗な室内。
  開け放たれた窓の外から聴こえる車の走る音と、どこかの家から漏れるバラエティ番組の笑い声。
  風にたなびいたレースのカーテンが窓際の観葉植物の葉を軽く撫ぜた。

麗奈:(「シャボン玉」野口雨情作詞・中山晋平作曲)
シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた

N:彼女は電灯の根本に、しっかりと括り付けられた紐を手にとった。
  丈夫そうな紐を何本も束ねて作られている輪っか。
  その円を見つめる彼女は、地上を見つめる天使のような表情を浮かべていた。

麗奈:シャボン玉消えた 飛ばずに消えた 産まれてすぐに こわれて消えた
   風、風、吹くな シャボン玉飛ばそ

N:彼女は紐の輪の中へ、頭を通していく。
  口ずさむ歌の音色がだんだんとはっきりとした音となって空間に染み込んでいく。
  その足が一歩、椅子の外へと出ようとしていた。
  まるで空を歩こうとしているように。
  まるで飛び立とうとしているように。
  それもそのはずだ。
  彼女の背には白く大きな、美しい羽根が生えているのだから。


 ◆◇◆


N:とあるマンションの一室。
  成人男性が1人は入るであろう大きな壷を前にして、少女、棗は頭を抱えていた。
  少し離れたソファの上で速水探偵事務所・所長、速水朔はつまらなそうに英字新聞を読んでいた。

棗:嫌だ!

速水:……何が。

棗:あのな……能力ってのはそんな簡単につかうもんじゃねえんだよ!
  なんで俺がこんな壷の記憶をミなきゃなんねえんだ!

速水:こんな壷? 失礼な、東海に沈んでいた古代の大妖怪を封じ込めた壷だぞ。

棗:なんで妖怪入りの壷がこんなとこにあんだよ!

速水:「仕事を教わる代わりに、僕の言う事をきく」

棗:ぐ……!

速水:お前は自分の言った事も忘れたのか。

棗:うぐぐぐぐ……!

速水:(ため息)いいか……その小さな頭で良く考えろ。僕は暇じゃない。
   ただの酔狂で能力を使わせると本気で思っているなら、教えるのは終わりだ。

棗:……うるせえな、わかったよ。
  本当に、考えがあるんだな。

N:棗は壷にそっと手を触れる。
  宙を見つめる瞳が色を失ったかと思うと、棗の身体は糸が切れたパペットのようにその場に崩れ落ちる。
  棗はその能力を使い、人や物の思念のみならずその場で何があったのかすらも“見る”ことができる『超能力者』であった。

棗:う、あああ!!
  な、なんだ、なんだこりゃ! なんでこんなヤバいもんがある!

速水:その反応……なるほど、本物だったか。

棗:あんたまさか鑑定させる気で……! いや、んなことはどうでもいい!
  その中に入ってるもんが『一つ』でもでてみろ……終わりだぜ!
  何もかも、抗うことも許されず終わるんだ!

速水:……さて、そろそろ本題に入ろう。

棗:おい! きいてんのかよ! その壷、どうする気だ! こんなところに置いとけねえだろ!

速水:いいか、僕が物事の順序を間違えることはない。絶対に。

棗:……なんだよ、それ。

N:棗は自らの身体を抱いて地面へとへたり込む。
  直後だった。応接室の中心で考えられないほどのプレッシャーを放っていた壷が軽くぶれたようにみえた。
  かと思えば、次の瞬間には壷は影も形もなく消え去り、つい先程まで壷があったはずの空間には天井に届くほどの紙の束が積み上がっていた。

棗:は。

速水:君の間抜けな顔はもう見飽きた。その紙を僕の言う通りにまとめろ。

棗:あの壷、どこへ?

速水:君のその「答えを人に委ねる」のは癖か?

棗:ああ……はいはい……。

N:棗はため息をついて足元の紙を手にとった。

棗:推理します。

速水:聞こう。

棗:まずは壷が消えた理由だが、間違いなく超能力者が関わっている。
  そうだな……空間系の能力、座標を指定して離れた場所からものを移動できるほどの超能力者だが、
  その分能力にも制約はある、恐らくは……送る物質の量に対応した量の紙を媒体とする必要がある。

速水:それが回答?

棗:いや、違うな……だとすれば等価とは考え難い……この紙は媒体じゃなく……ひょっとして契約書か。
  あんた、あの壷を売ったな。相手は収集家……違う、あんたがあれを収集家に手放すとは思えない。
  考えられるのは……安全にあれを取り扱える相手に渡す。
  相手は、国か?

速水:……いいだろう。

N:速水は机からファイルを取り出して棗に放り投げた。

速水:とはいっても、赤点ギリギリだけどね。

棗:取引相手……貿易商?

速水:そういうことだ。

棗:は? 納得いかねえ! 最終的にはどこぞの国の研究機関に転売されるんだろ?
  だったら俺の推理に間違いはないだろうが!

速水:いいか。確定していない情報など、僕は答えとは認めない。
   ……大体、僕が国を相手に商売をするわけがないだろう。
   ライセンスを持たない『超常的物品(アンノウン)』の所有は違法にあたる。

棗:それは、そうだけどさ。

速水:そして、お前が今、最も考えるべきだったことは、この貿易商が何者かということだ。
   僕があの壷を売りわたしたことはもちろん、壷を一瞬で、知覚させることなく転送する能力者を飼っているほどの人物。

棗:それくらいわかってるっての。

速水:いいや、わかってない。なぜなら『そんなやつには関わってはいけない』からさ。

 間

速水:お前……今、そのファイルを観たな?
   そんなヤバイやつの情報が書いてあるファイルを。

棗:っ!

N:棗は急いでファイルを手放す。速水はファイルを空中で掴むと、棗の頭を軽く叩いた。

速水:まずもってお前のようなやつには興味がないだろうがーー
   浅慮が自らを殺すんだ。忘れるなよ。

棗:……わかったよ。

速水:最後にクイズだ。

棗:なんだよ……。

速水:この貿易商は、男か、女か。

棗:あ? ……あー……そうだな、女じゃねえの?

速水:理由は?

棗:相手の署名、レディって書いてあった。サインの横の口紅と、趣味の悪い香水の匂いも。

速水:(ため息)なんでそう短絡的なんだ……。

棗:ん……あー!

N:棗はデスクに置かれた時計を手にとって大声をあげると、奥の部屋に飛び込んでいった。

棗:もうこんな時間じゃねえか! なんで言ってくれないんだよ!

速水:自己管理。

棗:ただでさえ塾長にいびられてるんだからな!

N:リュックサックを掴んで部屋を飛び出してきた棗を、速水はつまらなそうに手で制した。

速水:棗。

棗:なんだよ!

速水:今日、辞めて良い。

棗:……は?

速水:そもそも塾に通わす程度で君の世間知らずを矯正できるとも思ってなかったしね。
   悪目立ちも続けば面倒になる。

棗:……なんだよ、急に。

速水:……どうした? 行けといった時は嫌がってたろう。

棗:(バツが悪そうに)いや……だけどさ。3ヶ月も通ってるんだぜ?
  それに、まだまだホラ……全然点数も取れねえしさ……。

速水:友達でもできた?

N:棗は拳を固めて目を伏せた。

速水:……あのなーー

棗:わかってるよ! 超能力者に友達なんてできない、だろ!
  そういうのじゃねえっての! うぜえな! 辞めてくりゃいいんだろ!

速水:(ため息)

棗:うっぜえ……。

 間

速水:1週間。

棗:あ?

速水:1週間、やる。その間に見極めろ。

棗:何をだよ。

速水:その友達とやらが『お前のために失える』のかどうか。

棗:……なんだよ、それ。

N:棗はリュックサックを背負うと、何かを考えるように俯きながらドアへと向かった。

速水:おい。帰りにプリン。コンビニの。窯焼きの。

棗:うるせえ!

速水:言葉遣い。

棗:わかってる……(舌打ち)わかっていますことよ!
  いってきますわ! お兄様!


 ◆◇◆


N:学習塾、学術ゼミナールでは、子どもたちが机に向かっていた。
  区切られたスペースの一角で、麗奈はテストの採点結果を待っていた。
  塾講師は自らの禿げた額を軽く叩くと、答案用紙に大きく丸を書いた。

岩政:いい、ですね。96点! お疲れ様です。

麗奈:どうも。

 間

麗奈:あの……岩政先生?

岩政:あ、はい。ハゲてますよ?

麗奈:いや、別にそれは聞いてないんですけど……。

岩政:眩しくてごめんなさいね。

麗奈:いや、だからーー

岩政:なんですか?

麗奈:……えっと。

岩政:ふむ……悩み相談ですか? 私も結構相談するタイプですよ。
   特に髪が抜け落ち初めてからというもの、片っ端から相談してはいるんですが……。
   あ、育毛剤ってあれ効きませんからね。

麗奈:もう、いいです。すみません。

岩政:いえいえ。私でよければ話に……あら?
   違うんですよ。ええ。すみません、掴みの話に失敗しました。
   いや、掴む髪はないんですがね。

麗奈:(たまらず吹き出す)

岩政:そうそう。笑ったほうが物事うまくいきますよ、ええ。
   安東さん、今日は、抜け毛みたいですよ。
   あ、抜け殻みたいです。

麗奈:……あの、岩政先生。

岩政:はい?

 間

麗奈:岩政先生って、どうしてこの塾で働いてるんですか?

岩政:え? まあ、そうですねえ。
   だって、雇っていただいたわけですからね。

麗奈:雇われたから、ですか。

岩政:安東さんは、高校2年生、でしたか。

麗奈:はい。

岩政:どうして今の高校に入ったんですか?

麗奈:小学校から今の私立学校で、そのまま上がっただけです。

岩政:気がついたら親に入れられていたと。

麗奈:……はい。

岩政:それに納得行かないから、大学は外部に行こうと?

麗奈:え?

岩政:問題集。

N:岩政は麗奈の鞄の中から覗く、名門大学の問題集を指差した。

麗奈:これは……。

岩政:一応、当塾には学力の維持を目的としていらっしゃってますが。
   本当は外部の学校に行きたい、ということですかね。

麗奈:本当に! 本当に、それだけが理由じゃないんです。
   お金のこととかも、あるので。

岩政:なるほど。



岩政:良いんじゃないですか?

麗奈:え?

岩政:理由を気にされているようですけど、実際理由なんて大した意味はないんですよ。
   さっき話したこと覚えてますか、私がハゲた理由。

麗奈:いえ、聞いてないですけど。

岩政:失礼失礼……私がこの塾で働く理由、でしたね。
   それは、この塾に雇っていただいているからです。
   私は10代の時から帽子を集めていました。
   なぜ集めていたのかといえば、まぁ単純に好きだったからですが……
   こうして私がハゲてしまった今、今の話を聴いてどう思います?
   (小さく笑って)いいですか、私は、ハゲるために帽子をかぶっていたわけじゃありません。
   結果的に後退をすすめる要因であったとしても、それは変わらない。
   そして今、私が外出するときに帽子をかぶっているのは、ハゲた頭を隠すためだったりするわけです。
   結果が先でも、理由が先でも、僕は結局帽子をかぶってきたわけです。

麗奈:……はぁ……。

岩政:だから、私は野望なんてなくても、希望なんてなくても、ここで働いています。
   理由がなければ行動できないことはあるかもしれません。
   しかし行動しさえすれば理由などあとからついてくるものです。
   あなたはどちらのタイプですか?

麗奈:私は……。

岩政:どちらでもいいんですよ。
   今は悪いと思っている生活でも、過ごしてみるとそう悪くない。
   私もハゲたくはないと思っていましたけど、それでもーー

 間

岩政:やっぱりハゲは嫌ですね。
   さて、次の授業に行きましょう。髪が抜ける前に。

N:岩政が席を立つと、奥に構えられた職員用スペースから大きな声が響いた。

塾長:棗さん、あなたはただでさえ遅れているんですよ?
   いえ、遅れているというレベルではないんです! はっきりいって問題外!
   そんなあなたが遅刻なんてもってのほかです……!

棗:はぁ。

塾長:はぁ!?

棗:い、いえ! わかりましたわ! 失礼いたしましたことよ!

塾長:(ため息)

麗奈:あ、棗ちゃんだ……。

岩政:そうだ、一つだけ。
   安藤さん、どんなに道に迷っても、ああなってはいけませんよ。

麗奈:(笑う)


 ◇◆◇


N:速水はコーヒーに砂糖を大量に入れ、パソコンの前に座った。

速水:……無遠慮だな。

N:速水が視線を上げると、デスクの数メートル先に、男が立っていた。

速水:しつけのなってない犬だ。

N:男は鬼の面を被ったまま微動だにもせずに立っていた。
  速水は苛つきを隠そうともせず男を睨みつけたる。

速水:振り込みは確認した。あれの扱いは貴様にまかせる。
   やつにはそう伝えろ。
   ……まだ何かあるのか?

N:男は一冊のファイルを速水に差し出した。

速水:……追加の報酬、ということでいいのか。
   ふん……あの銭ゲバにしては随分と気前がいい。
   ……いいだろう。受け取っておく。

N:男は速水のその言葉を合図にゆっくりと振り返った。
  入り口へと向かおうとする途中で、何かに気づいたかのように歩みを止めた。
  男が自らの身体を見下ろすと、腹部に深々と万年筆が突き刺さっていた。

速水:次からは、突然僕の前に現れていいなどとは思わないことだ。
   でなければその次すらないぞ。
   ……それは土産だ。教訓として持って行くといいよ。

N:男は事務所を後にした。
  速水は興味がなさそうにコーヒーに口をつけると、パソコンでメールソフトを起動した。

速水:まったく。なかなかどうして……。

N:キーボードを叩く速水の顔には、柄にもなく楽しげな笑みが浮かんでいた。


 ◆◇◆


N:学術ゼミナール前。
  甲州街道(こうしゅうかいどう)に面した道だけあって、夜9時を回っても無数の車がひっきりなしに走っていく。
  棗は心底疲れた様子で、這い出るようにビルから出た。
  ため息が漏れたばかりのその頬に、温かい感触が触れた。

棗:うわっ!? れ、麗奈!?

麗奈:ふふ、ごめんね。棗ちゃん。
   はいこれ、お疲れ様。

棗:あ、ああ。ありがとう、ございますわ……。

麗奈:好きだよね。おしるこ。
   良かったら、だけど。

棗:いただきましたわ。ありがとうございますの。
  今度はわたくしが買って返しますことよ。

麗奈:うん。
   ……ね、今日も駅まで一緒に帰ろうよ。

棗:あ……。

 間

棗:もちろん、ですわ。

麗奈:そっか……ありがとね。

 間

麗奈:……今日も怒られてたね。

棗:塾長、ですの? ああ、あれはその……。
  少しその、遅刻をしてしまいましたから。
  仕方がないことですわ?

麗奈:そっか(笑う)

棗:麗奈……なんで笑いますのよ。

麗奈:んー? ダメかな。

棗:ダメではないのですけれど……。

 間

棗:麗奈は不思議ですわ。

麗奈:どこが?

棗:みんな、わたくしなんかにはかまいませんことよ。
  それなのに、はじめて一緒に帰ってからずっと、こうやって待ってくれてますわ。

麗奈:確かに……ていうか、棗ちゃんのほうが不思議だよ。
   変な時期に塾に入ってきて……同い年なのに受験どころか中学校の問題もわからないし。

棗:それはその……。

麗奈:それなのに、別に気にしてる様子もないし。
   普通はさ、人と違うって結構怖いと思うものだよ。

棗:そうなんですの?

麗奈:そう。怖いよ。違うのは。
   自分だけじゃなくて、相手だって、きっと怖いと思っちゃうんだと思う。

棗:……怖い、か。
  そう……そうですわね。
  でも、なら尚更、麗奈は不思議ですわ。

 間

棗:わたくしと関わっても、ろくなことがないんですのに。

麗奈:ううん。そんなことないよ。

 間

麗奈:白状するとね。私、最初は棗ちゃんだったら大丈夫かなって。

棗:……何がですの?

麗奈:知らないもん、私の事。
   だから、もしかしたらって近づいたんだ。

棗:どういう意味ですことよ。

麗奈:棗ちゃん、『わたしなんかには誰もかまわない』っていったけど、違うんだ。
   嫌われてるのは、私。
   一緒にいてもろくなことがないのも、私なんだ。

 間

麗奈:きっと棗ちゃんと仲良くなりたい人、いっぱいいると思う。
   棗ちゃんの『不思議』は、刺激的で面白くて、一緒にいると自信が出てきて、まるで自分じゃなくなるみたい。
   だから一生懸命棗ちゃんに嫌われないようにしてた。
   だってまた、独りになるのが怖いから。

 間

棗:麗奈は、色々と怖いことがあるんですのね。

麗奈:え?

棗:だから、そうやっていつも笑っているのですのね。

麗奈:……あはは……。

棗:わたくし、自分が変だというのもわかっていますの。
  だからこそ、こうして塾に通わなくてはならないのですのよ。
  ……まぁ最初は命令……というか、行きなさいと言われて嫌々だったのですけど。

麗奈:へぇ、お母さんとかに言われて?

棗:母はいないんですの。

麗奈:そっか、うちもそうなんだ。お父さんだけ。

棗:うちはうるさい……兄が一人。

麗奈:へえ。どんな人なの?

棗:クズですわ。

麗奈:へ?

棗:いえ、クズというのも生ぬるい。
  人間の皮をかぶっているだけで、中身はどんなもんかわかったもんじゃないですの。
  馬鹿みたいに糖分ばかり摂取している砂糖中毒で、とてつもないナルシストで、
  とにかくもうーー

麗奈:(笑っている)仲良いんだね。

棗:そんなわけありませんわ。隙あらば殺そうとしているのですけれど、
  なかなか隙がありませんのよ……。

麗奈:(笑って)怖いよ、それ。

N:次の瞬間、棗は無邪気に、そして猟奇的に笑った。

棗:本当に、殺そうとしてるっていったら、どう思う?

麗奈:……え?

棗:一昨日は頭を狂わせようとしたけど失敗した。
  今日も砂糖の瓶に毒を混ぜたけど気づかれた。
  ああ、あいつを殺したい殺したい殺したい殺したい!
  今すぐに、あの済ました面に絶望を塗りつけてやりたい!

N:一般人が観るにはあまりにも非日常的な感情。
  薄暗く、ドロドロとした純粋さ。

棗:……なあ、麗奈。
  俺が、本当にあいつを殺そうとしてるっていったら、どう思うんだよ。

麗奈:……わかんない、想像できないよ……。

N:麗奈は呆然と棗を見つめ返し、そして、笑った。

麗奈:でも……でもそれで、棗ちゃんを怖いとは思わないかな。

棗:……やっぱりな。その程度なんだよ、麗奈にとっての『怖い』なんてのはさ。
  だから、やめりゃあいいじゃん。笑いときに笑えよ。

麗奈:(笑う)それが本当のしゃべり方なんだ。

棗:そこかよ……。

麗奈:(笑いながら)だって、変すぎるよ! 『なんとかですことよ』とか!
   そんな女子、いないもん!

棗:あのなぁ……俺は俺なりにーー

N:直後、正面からやってきた自転車に乗った少年が、麗奈に向けて野球ボールを投げつけた。

棗:なっ……!?

N:棗は慌てて麗奈の様子を確認するが、麗奈は困ったように立っているだけだった。

棗:麗奈! 大丈夫か!

麗奈:あはは、大丈夫だよ。本当に。いつものイタズラだし。

棗:イタズラの度を超してんだろ! ……あいつら!

N:棗は走り去る自転車を睨みつけると、地面に転がっている野球ボールを掴んだ。

棗:ふざけんじゃねえ……!

N:棗が投げたボールは、自転車に乗る少年の背中を捉え、少年は自転車を投げ出して転がるように倒れた。

棗:ぶっ飛ばしてやる!

N:駆け出そうとした棗を、麗奈が制した。

麗奈:大丈夫だよ。棗ちゃん。

棗:あ!? でもよーー

N:麗奈の顔を見た棗は、言葉を失った。

棗:麗奈……お前……。

麗奈:私はね、ラッキーだから。大丈夫なんだよ。

N:麗奈は色を失ったビー玉のような瞳で、棗を見つめていた。


<中編>


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