パラノーマンズ・ブギーA
『幸運少女 後編』
作者:domino


棗(なつめ):16歳。女性。初めての友達ができた。

安東 麗奈(あんどう れな):16歳。女性。天使の羽音はすぐそこに。

田中 新一郎(たなか しんいちろう):25歳。男性。独占欲が強い。

荒人(あらひと):21歳。男性。強くなりたくて、強くなる。

栄 友美(さかえ ゆみ):23歳。女性。美しい精神はその立った姿に現れる。

岩政 悟(いわまさ さとる):31歳。男性。髪の有る無しなんかで人は測れない。







【あらすじ】
麗奈は高校2年生。いつも笑顔でいる彼女には人には言えない秘密があった。
そんな彼女が通う塾には、気さくな講師の岩政と、自分以上に周囲から浮いている棗という少女がいた。
麗奈にとって、そんな2人がいる塾は、唯一心が休まる場所であった。 つかの間の友情を育んでいた麗奈だったが、彼女は否応なしに事件の中心に立つことになる。
麗奈の周囲にいたのは人智を超えた能力を操る『超能力者』であり、麗奈自身もまた、
無数に人を傷つけてきた『幸運少女(エンジェル)』と呼ばれる超能力者だったのだ。
麗奈の身柄を拘束せんとする、公安の超能力者チームを率いる岩政。
そして、彼女を見守ってきた超能力者『記憶泥棒』の能力によって、役者は出揃った。
『幸運少女(エンジェル)』を殺すか、救うか。
人間と超能力者の夜が始まろうとしていた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−







 ◆◇◆


N:麗奈は自宅の玄関を開ける。
  廊下から流れる、ひんやりとした空気が、家の中に誰も居ないことを主張していた。

麗奈:……入って、誰もいないから。

棗:ああ……。

N:麗奈は棗を2階の自室に案内する。
  勉強机とベッドだけがある、シンプルな部屋だった。
  麗奈は棗に椅子を差し出すと、自分はベッドの端に腰を下ろした。

麗奈:……良かったの? 家、帰らなくて。

棗:別に……。

麗奈:何か飲む? お腹とか空いてるーー

棗:麗奈。

 間

棗:さっきの、どういうことだよ。

麗奈:さっきの?

棗:あいつらの投げたボールは、麗奈に当たる軌道だったんだ。間違いない。
  なのにーー

麗奈:ボールは、当たらなかった?

 間

麗奈:……6歳くらいの頃だったかな。クラスの女の子と喧嘩したんだ。
   最初はただの口論だったと思う。給食袋の柄がどうとか、そんな感じ。
   それで、私、その子にひどいこといっちゃったんだ。と、思う。
   そうしたらね、その子が泣きながら私に向かってコンパスを投げてきたんだ。
   それで、コンパスが私を『避けて』ね……。

 間

麗奈:よく覚えてる。悲鳴が聞こえて、振り向いたら血が流れてて、それで……。
   それで、私の後ろの席にいた子の頬に当たってたの。

棗:……避けた。

麗奈:偶然だってことになったんだけど、当然だけど、クラスメイトからは気味悪がられるようになって、
   そうしたら、ほら、気になるからさ、だんだんと、みんながものを投げてくるようになって。
   問題になったりして、両親も呼び出されて。
   ……何度も呼び出されているうちに、お母さんも疲れちゃって、出て行っちゃった。

 間

麗奈:お父さんだけは、私を守ってくれた。
   でも、わかるんだ。
   地震で棚の物が落ちてきたときとか、大丈夫か、って近寄ってくるんだけど、
   その目を見ればわかるんだよ。
   怖いんだ、って。それはそうだよ! わたしだって、きっと怖いと思うもん。
   だから、ここ数年は家にあまり帰ってこないけど、きっとお父さん、そうすることで耐えてくれてるんだ。
   私のこと、見捨てないように、距離を置いてるんだって……あーー

 間

麗奈:ア、アハハ、ごめんね。気持ち悪い話しちゃって。
   こんな話、信じないよね。

 間

麗奈:棗、ちゃん?

棗:クソッタレ。

N:棗は強く、強く拳を握りしめていた。

棗:麗奈、俺も隠してたこと、あるんだ。

N:棗にとってそれは、晴天の霹靂だった。
  自らがこんなことを口にするとは、数ヶ月前までは思いもしなかったのだ。

棗:俺は……。
  俺は、モノに宿った記憶を読むことができる。

N:しかし、考えは変わる。それは、今の棗にとって、とても自然なことだった。

棗:俺は、『超能力者』なんだ。

麗奈:……超? 何? 何言ってるの?

棗:麗奈、俺はお前と同じ。クソッタレた世界に気まぐれで落とされた玩具なのさ。

N:棗は眼前にぶら下がった、室内灯の紐に手を伸ばした。
  紐に手が触れた瞬間、能力が発動する。
  棗はビクリと身体を震わせ、椅子に座り込んだ。
  彼女は何を観たのかは知れずとも、彼女が今、何を思うのかは明白だった。
  棗は、怒っていた。
  服の端をちぎれるほどに握りしめて、怒っていた。

棗:人間なんて……大嫌いだ。大嫌いだ!
  大っ嫌いだ!
  1人で、耐えてたんだ……こんなことってあるか。
  俺たちが人間と同じだっていうならッ! 失うものも当価値だと言えるのか!
  麗奈が! お前が自ら命を絶つほど理由が、どこにあるっていうんだよ!

 間

麗奈:アは……な、なんで? なんでなんで?
   なんで知ってるの? 棗ちゃんがなんで知ってるの?

棗:言ったろ、俺は、ミれるんだ。
  麗奈、お前が昨日の夕方、ここで首を吊ろうとしたことも。
  首をに紐が食い込む瞬間、紐が解けてここに倒れこんだことも。
  そのまま朝まで泣きじゃくっていたことも!
  俺には! ……目の前で起きたことのように観えるんだ。

麗奈:アハハ、変な棗ちゃん。怖いこと言わないでよ。

棗:俺が怖いか。麗奈。

 間

棗:俺が怖いかッ!

麗奈:怖いよ。怖いよ! 近付かないで!
   やめてよ! 気持ち悪い!
   だめ……だめだよ。棗ちゃんにだけは知られたくなかったのに!
 
棗:本当の恐怖はな、麗奈。そういうことなんだよ。

麗奈:どうして!? どうしてこうなるの!
   やだ! もう殺して! 殺してよ!

 間

麗奈:お願い、棗ちゃん。私を、殺して?

棗:バカ……誰が殺してやるもんかよ。
  逃がしてやるもんか。

麗奈:ひどいよ……どうしてこんなことするの?
   やだよ。なんで今さら私の前に現れたの?
   救われたくなんてない……苦しいだけなのに……。

棗:ッ!

 間

棗:静かにしろ!

麗奈:誰か来たの? ……お父さん?

棗:じゃ、なさそうだな。
  足音がしねえ……動くな……そこにいろ。


 ◆◇◆


N:岩政と栄は、駐車場の入り口に立っていた。

岩政:人払いは、ええ、済んでいます。
   印象操作も正常に機能しています。地域一帯の一般人はあらかた……ええ……。
   はい……了解致しました。(携帯電話を切る)

N:岩政の横で、栄は思いつめたように俯いていた。

岩政:……栄さん?

栄:……あ、はい。

岩政:どうやら。面倒なことになりそうです。
   ストレスで髪が抜ける程度に。

栄:……面倒、ですか?

岩政:第三勢力、というやつですよ。

栄:第三、勢力。他にもエンジェルへのアプローチを?

岩政:そのようです。

栄:……情報が漏れていた、と。

岩政:面目次第もございません。
   何分、急に決まったものですから。情報の統制もとれていなかったのでしょう。

栄:そういうことでは、困ります。

岩政:そうはおっしゃいますが……。

 間

岩政:ひょっとして……栄さん、思うところがおありですか?

N:栄は強く拳を握りしめた。

栄:……もちろん。あります。

岩政:いいでしょう。聞かせて下さい。

栄:資料によれば、エンジェルは能力を外的要因に対する自衛目的で使っています。
  彼女が自らの意思で誰かを傷つけた事実はない。
  このまま監視状態を続ければ問題はないではないですか。

岩政:浅慮がすぎますね。彼女が今後、民間人を、我々……公安を傷つけないとなぜ言い切れるのですか?
   彼女自身が望まなくても、我々以外の組織に身柄を拘束されたら?
   身の振り方も知らない少女が、あれほどの力を持つ意味を、しっかりとお考えですか。
   彼女は力を制御できない。あまりにも危険な存在です。

栄:今のお答えをきいてはっきりしました。

岩政:なんでしょう。

栄:部隊の編成を見ておかしいと思いました。
  鎮圧のための陣形にしてはあまりにも攻撃的すぎます。
  ……あなた達、エンジェルを……安東麗奈の命を奪うつもりですね。

岩政:……栄友美さん。貴方の指揮能力からすれば気づいても当然でしょう。
   ええ、まったくもってそのとおりです。
   私の髪が抜け落ちるように自然な答えです。
   私は……彼女を、生かすつもりはありません。

栄:あっさりと言うじゃないですか。

岩政:だったらなんだというんでしょうか?

栄:我々に、保護が目的だと言ったのは嘘ですか?

岩政:もう一度いいましょう。だったらなんだというんでしょうか?

N:岩政は、指で眼鏡を持ち上げた。

岩政:目的と行動理由が違う、それだけのことでしょう。
   あくまでも、公安主導のこの任務の目的は、“幸運少女(エンジェル)”の保護です。
   過程での現場判断による結果の違いなど、蓋を開けてみなければわからない。

 間

栄:……ただの屁理屈です……!
  殺すつもりで全員が行動するというのなら、これは立派な殺人計画です!

岩政:殺人計画! 大いに結構!
   いいですか、私は目の前で同僚がエンジェルに殺害されるのを目撃しました。
   ええ、何度も!

栄:その上での結論だから間違ってはいないと!?

岩政:そうです! 保護を目的とした戦闘では、明らかに我々の力は及ばなかった!
   その上で、何人もの同僚が死んでいった!
   あなた方、人間がいうところの『尊い犠牲』というやつですよ! ええ!
   『超能力者(パラノーマンズ)』と呼ばれて蔑まれる者達の、尊い犠牲です。

栄:その言葉を今使うのは……ずるい。

岩政:承知しています。
   栄さんがどんな思いで超能力者と向き合っているのかなんていうことは。
   ですが、悲しいかなあの愚かしい上層部の人間達と言っていることは変わらない。
   『あんな強い力を持った超能力者を殺すなどとんでもない』
   『あんな可哀想な少女を殺すなどとんでもない』
   ですが、結果は変わらない!
   尊い犠牲という名の、死体が積み上がるだけです。

栄:そこまでわかっているのなら……!

岩政:車の中での質問を、いまここで返しましょう。
   こんな世界を守り続けられるとしたらーー
   私は、誰かを殺すでしょう。

栄:……あなたは……。

岩政:栄さん。我々には貴女の指揮能力が必要です。
   衝動を抱えた我々は、長期的な戦闘行動中に冷静な状況分析が行えない。
   貴女の、貴女の力で、今日ばかりは! どうか今日ばかりはーー
   我々の命を、救っていただきたい。

N:栄は、力なく手元のファイルに目を落とした。
  一瞬の葛藤。向けられた感情に揺れ動くように、フラフラとその上半身が揺れていた。
  しかし、そんな彼女の肩を支えるように、ヒーローの声は響いた。

田中:おいおい、ちょっと会わないうちに浮気かな。

N:駐車場の入口で、田中は笑顔を浮かべていた。

栄:……え? どうして……。

田中:ユミちゃん、どうしてメール返してくれないわけ?
   俺、そういうの結構気にするんだけどさ。

栄:……ごめんなさい、仕事で……って!
  そうじゃなくて! なんで新一郎君がここに!?

岩政:……あなたが、そうか。
   会えて光栄ですよ、”巨人(ジャイアント)”さん。
   私は公安特務所属、岩政さーー

N:刹那、岩政の身体は吹き飛ぶ。

田中:あ゛? どいつもこいつも、馴れ馴れしいんだよ。
   気安く話しかけてくんじゃねえ。

N:田中は光を失った瞳に明確な怒りを滲ませていた。

栄:ちょ……何してるんですか!?

田中:何してる、じゃねえ。
   お前こそ何してんだ。

栄:馬鹿なんですか!?
  浮気とかそういうので怒ってるんだったらお門違いーー

N:田中は栄の身体を強く抱きしめた。

栄:え?

田中:俺のいないところで、なに勝手に傷ついてるんだよ。

栄:傷、つく?

田中:顔、泣きそうだ。

栄:そんな……こと……。

田中:ほら。俺を見ろ。ユミ。

栄:新一郎君……。

田中:俺は……強い。
   お前は? ……どうなんだ。

 間

栄:ううん……そう。私、傷ついてた。
  ごめんね。自分勝手に傷ついてたんだ。

N:栄は唇を噛みしめながら、首を振った。

栄:……ブレるくらいなら、最初からここに立ってはいなかった。
  誰かを尊重できるほど、私は強くなかったじゃない……。
  同情して、同調して、それで何が変わるっていうの……!

 間

栄:(大きく息を吸って)あああああ!

N:何かを絞り出すような叫び声は、人気のない住宅街の空に吸い込まれていった。
  顔を上げた栄の瞳には、すでに迷いはなかった。

栄:……ごめんなさい。私の事、嫌いに、なりました?

田中:バーカ、惚れなおしたに決まってるだろ。

栄:本当、軽口ばっかり……でも、本当にありがとう。
  私のヒーローさん。

田中:……うわっ、攻撃力高すぎるでしょそれは……。

栄:そうだ! 岩政さんは?

田中:ん? ああ……あのハゲか。
   俺がぶっ飛ばした時点で、ここから逃げたみたいだな。

栄:……ねえ、私のお願い。聴いてくれますか? 

田中:(笑って)なんなりと、お姫様。

N:栄は胸ポケットから小型の音声レコーダーを取り出した。

栄:事項1033、時刻0043。速見興信所、栄友美。
  公安特務、岩政悟を含めた攻撃班は、保護を目的とした作戦行動を破棄。
  安東麗奈の殺害を目的とし、行動を開始した模様。
  協力関係にある速水探偵事務所に支援を要請。
  私は……速見興信所は、当初の予定通り。
  『安東麗奈さんを保護します』
  ーーさ、行きましょう。

田中:お気に召すまま。

栄:戦力の把握を。荒人君は一緒ですか?

田中:ああ。それに、弟子も一緒だーー


 ◇◆◇


N:棗はゆっくりと階段を下りながら胸元のポケットを探り、5センチ程の仕込み針を取り出す。
  それは非力な棗が、自営の手段として訓練していた暗器だった。
  棗は階段の下に人影を見つけると針をゆっくりと振りかぶったーー

荒人:死にたくないなら、おとなしくしとけ。

棗:ッ!

荒人:それじゃ俺は倒せないーーあ?

N:人影ーー荒人は棗を見て目を丸くした。

棗:……先輩?

荒人:あ? 後輩か?

棗:……は? なんでここにいんだ!

荒人:あー、それなんだが。説明しようにも、色々ごちゃごちゃしててさ……。

棗:(ため息)いいから、言ってみろよ。

荒人:……そうな。えっと、あれだ。
   安東麗奈は、無事か。

棗:なんで名前……。
  いや、いい。それでなんとなく推理できた。

荒人:推理?

棗:俺は麗奈……超能力者と同じ塾に通ってた。
  恐らくはクソ速水朔の野郎は知ってて通わせてたんだろう。
  塾を『やめてもいい』と言ったのはブラフか……もしくは今日のことを見越していたか……。
  どちらにしろ、今ここに先輩と俺が揃っている理由は一つ。
  ーー麗奈を狙ってるやつがいる、だろ。

荒人:お、おう。

棗:ついでに先輩が、俺の今の話を聴いてその反応ってことは、先輩もここら辺の事情は知ってるわけだ。
  ふぅん……。

荒人:……なんかお前、変わったか。

棗:あン? 何がだよ。

荒人:手のひらの上っての? 前までだったらキレてるだろ。

棗:は? あいつと四六時中一緒にいんだぞ。
  こんなんでいちいちキレてられっかよ。
  第一な……。

N:棗はつまらなそうに手のひらで針を弄んだ。
  その瞳に映るのは自嘲か、自戒かーー

棗:弱いやつが利用されんのは、当たり前だろうが。

荒人:……お前ーー

棗:っつーか、今回ばかりはあのクソ野郎に感謝してるんだぜ?
  あいつは真実に執着している。
  そんなやつが言ったんだ、『1週間やる』ってな。

荒人:……わりぃ。なんか難しくてわかんねえんだけど……。

棗:ハハ、だから好きだぜ。先輩。

荒人:なんかお前、馬鹿にしてねえか?

棗:んなことより。どの程度知ってるか、だが。

荒人:……麗奈のことか。

棗:呼び捨てにすんな、イラつく。

荒人:仕方ないだろ……安藤麗奈の記憶を頭にぶち込まれたんだからな。

棗:記憶を、頭に……?

麗奈:……棗ちゃん?

N:麗奈は恐る恐る階段を覗き込んだ。

棗:麗奈……。

麗奈:……その人は?

棗:こいつは荒人。

荒人:おう。よろしく。

麗奈:あの……この人も……そうなの?

棗:ああ。超能力者だ。

麗奈:そう、なんだ。それで、その……。

 間

麗奈:その人は、その、悪い人?

棗:……今、確認するところだ。
  先輩、お前、味方か?

荒人:あ? 変なこと聞くな、お前……。
   俺は、お前の先輩だぞ。

棗:(ため息)そういうことじゃねえって。

荒人:それよりーー

麗奈:キャッ!

N:何かが弾けるような音に、麗奈の身体が震えた。

麗奈:な、何!? 今の音!

荒人:後輩……!

棗:ああ……!

荒人:おい! こっちにこい!

麗奈:え!?

棗:いいから麗奈! 早く!

N:荒人は2人の身体を両脇に抱えると、窓を蹴破って外に飛び出した。

麗奈:(息切れをしながら)なんなの!? これ!

棗:落ち着け麗奈! 後で説明してやる!

荒人:いいから掴まってろ! 舌噛むぞ!

N:荒人は2人を抱え直すと、人気のない路地裏を疾走する。

荒人:どっか人のいない場所、ないか!

棗:麗奈!

麗奈:は、はい! そこをまっすぐいくと、小学校がーー


 ◆


N:3人は荒い息を整えながら、小学校の校舎裏に座り込んだ。

麗奈:アハハ……変なの……。
   さっきまで吐き気がするくらい考えてたのに、もう、ぐちゃぐちゃになっちゃった。

棗:ハッ、いったろ。麗奈が怖いと思うことなんて、その程度のことなんだよ。

麗奈:それ、うん、そうだね。

棗・麗奈:(吹き出して笑う)

荒人:おうおう……楽しそうでいいなぁおい。

麗奈:あ、すみません……えっと、何からきけばいいんだろ……。
   私も、その、超能力者、でいいんですよね?

棗:本人が知覚していないにも関わらず自動的に発動する『受け流し』と『反射』
  ……これだけが能力の詳細じゃないだろうな。

荒人:さあな。ただ……無意識でも発動する能力なんて、俺は聞いたことがない。

 間

棗:……麗奈。お前は無意識に超能力を使ってる。
  いままで投げつけられたものが身体を避けていったってのもそのせいだ。
  お前は身体に触れた物質が持っている『力』を操作できるんじゃないかと、俺は考えてる。

麗奈:力を、操作。

棗:俺の予想どおりの力なんだとしたら、あいつらに追いかけられてるのも納得だ。
  聞いたこともない、とんでもない能力だと思う。

麗奈:……えっと、あいつらっていうのは、さっきの……?

棗:そう。あれがお前のことを狙ってる……おい、先輩。あいつらどこの組織だ。

荒人:公安特務。

麗奈:……公安、特務?

荒人:超能力者専用の警察みたいなもんだ。

麗奈:警察……? 警察が、どうして

棗:……ハハ、なるほどな。
  超能力者の二つ名は、超能力者を複数人殺さなきゃつかねえ。
  麗奈は今までに公安をーー

荒人:やめろ。

 間

荒人:麗奈は、覚えてないんだよ。

麗奈:何……? なんの話、ですか?

荒人:記憶、ないんだ。

棗:……どういうことだ?

荒人:麗奈の側には精神感応系の能力者がいたんだ。
   そいつが、麗奈のその辺の記憶を盗んでいた。

棗:その辺の、記憶?
  どういうことだ……麗奈を、守っていた……?
  違うか。どうして、何が目的で……。
  おい、先輩! そいつは、いったい誰だ?

荒人:ああ、そいつはーー

 間

荒人:あれは……誰だ? クソッ、俺は誰に記憶をみせられた!?

 間

荒人:ダメだ……思い出せない。

棗:……盗まれたのか、そいつに。そいつ自身の記憶も。

麗奈:その人が、私の記憶も……?

N:突然、麗奈の瞳が光を失って、能力が発動された。

棗:……え?

麗奈:あ。

棗:麗奈? どうした!?

麗奈:あれぇ……アハ、なんでかな?
   見守って……な、なはら? 
   七原、さん? いつも話しかけてくれた、近所の……。

荒人:おい……どういうことだよ? 無くした記憶を取り戻してるってのか!?

棗:……俺が間違ってた……力の操作なんてもんじゃねえ。
  麗奈の能力はーー

麗奈:う、うあああああああああああああ!

棗:……なっ! おい! 何してんだ麗奈!

N:麗奈は立ち上がると校舎の壁に頭を打ち付けた。
  しかし、麗奈の額には傷一つつかず、代わりに凄まじい勢いで壁が削り取られていく。

麗奈:アハ、アハハハハ! アハハハハ!
   そうだ! そうだったんだ!
   七原さんが、記憶を奪っていっちゃったから、私、忘れてたんだね!
   あんなに! あんなにあんなにあんなに私!

N:黒いビー玉のような麗奈の瞳から、一筋の涙が流れていった。

麗奈:……あんなにたくさんコロしたのに……!

棗:やめろ! 麗奈!

荒人:……駄目だ、近づけねえ!

岩政:”衝動”ですよ。

N:そのときには既に、戦闘服を着た男たちが、3人の周囲を取り囲んでいた。
  中心に立つのは、超能力者、岩政悟。
  棗は岩政を一瞥すると、総てを理解した。

棗:岩政、公安特務。そうか……そういうことかよ!

岩政:棗さん……あなたが速水探偵事務所の職員だとは知りませんでした。
   ですが! もはやそんなことは些事にすぎない。
   どんなに素晴らしい喜劇でも、幕は閉じるものです。

棗:相変わらずくだらねえ言葉遊びが好きだな、だせえやつ!

岩政:総員! 攻撃準備!
   目標は“衝動”を起こしている!
   総ての能力は反射されることを前提で動け!

麗奈:あ、れ? 誰? あれ? 岩政先生?

岩政:安東さん……死んでください。

棗:岩政ァ! やめろ!

岩政:総員! 撃てェ!

麗奈:あ、アハ。

N:超能力者達は一斉に能力を発動する。
  しかしーー

荒人:落ち着けよ、あんたら。

N:それらの攻撃が麗奈に届くことはなかった。
  代わりに、大地が震えるような轟音が響き渡った。

岩政:……なんだ。何をした?

荒人:お前ら。死にたいのか?

岩政:ええ……そう見えるかもしれません。
   ですが、私たちには準備と用意がある! 邪魔をしないでいただきたい!

荒人:だから、俺がいいたいのはそこだッ!

N:荒人が地面を蹴ると、その姿が消えた。
  否、その動きが速すぎるが故に、誰の目にも消えたように映っただろう。
  荒人が次に姿を現したときには、すでに公安能力者の身体は吹き飛んでいた。

棗:な……はやっ!

N:荒人は、岩政を睨みつけると、人差し指をまっすぐに突きつけた。

荒人:お前ら! その程度の力で、こいつを殺せんのかってきいてんだ!

岩政:いったい……何者だ! 何故、そんなにーー

荒人:はっきりいっとくぞ、お前らは、弱い!

岩政:貴様は! なんの権利があって、我々の邪魔をする!

荒人:弱いやつが、強いやつに立ち向かおうなんて、見た目としちゃあ悪くねえかもしんねえ!
   でもなーーお前が思っているよりも安東麗奈ってやつはつええんだよ!

岩政:何を知ったような口を……!

荒人:じゃあお前が何を知ってんだよ!
   お前も超能力者だろうが……! どうやって目覚めた!
   どうしてそこにいる! 知ってるはずだろ! 俺たちは!

棗:クソッ! 麗奈、待て!

N:麗奈は笑いながらふらふらと校庭へと歩いて行く。

棗:え?

N:麗奈の元へ走り出そうとした棗の目の前に、指輪が一つ浮かんでいた。

棗:……ハハ、懐かしいなあ、おい。

N:それは、栄友美の指輪。
  かつて、栄と棗が出会った日に、棗が借りた品だった。
  棗は躊躇なく指輪を掴むと、能力を使う。
  指輪に刻まれた記憶ーー栄友美の立てた作戦が、棗の頭のなかに入り込んでいく。
  
棗:(吹き出す)アンタ、すげえギャンブラーだな……。

N:棗は指輪を指にはめると、笑った。

棗:でも、最高だよ……ありがとう、栄さん……。
  先輩! 俺に従え!

荒人:あ? なんだ!

棗:麗奈を校庭から逃がすな!
  麗奈に能力を、限界ギリギリまで使わせろ!

荒人:(笑って)……了解ッ!

N:荒人は麗奈のもとへ駆け出した。
  岩政はその光景を呆然と見つめていた。

棗:岩政……。

岩政:どう、して……あなた達は。諦めない……!

棗:……お前、監視してきたんだろ? どんな事情があれ、安東麗奈を観てきたんだろうが。
  だったらわかんねえのかよ。
  あいつは! ずっと戦ってきたんだ、独りで!

 間

棗:お前には、わかんねえのか!
  正論や、モラルや、そんなくだらねえもんで、お前の中の"真実”は邪魔されちまうのか!

岩政:私は……。

棗:岩政ァ!

岩政:私は!

 間

岩政:知っている……知っているさ!
   彼女はどうしようもなく自嘲的で、作り笑顔の似合う……
   情けなく、卑劣だが、人間的で、だれよりも純粋な、そんな!
   ーー私の、教え子なんです!
   公安に身柄を拘束されれば、私のようなブリキの兵隊になってしまう!
   何かを手に入れるために支配されるような、そんな人間の紛い物になど、なって欲しくはないんです!

棗:それが本音か……くそったれた人情派のデクの棒が!
  だが、そっちのほうがマシだぜ!

岩政:ええ! ならば問いましょう!
   どうするつもりですか、あなた方は!

棗:お前らが束になって、麗奈を殺せるとしよう。
  だけどな! それじゃあ麗奈は救えない!
  あいつを助けられるのは、あいつより強いやつだけだ!
  あいつを救えるのは、あいつより強いやつだけだ!

岩政:田中新一郎ですか?
   それでも彼女の力を押さえこめるかどうかーー

棗:当たり前だろ。あんな優男に麗奈が倒せるかよ。
  あいつを救えるのはーー


 ◆


N:荒人は陸上のクラウチングスタートの態勢をとった。

荒人:いち、にー……サンッ!

N:轟音。校舎の端にヒビが入る。
  荒人の姿は掻き消え、校庭の地面が削れていく。

麗奈:アハ?

荒人:シッ!

N:荒人が麗奈に向けて超高速で腕を振るうと、無数の衝撃波が麗奈を襲う。
  不可視の刃が麗奈の身体に触れた瞬間、総ての力が反射した。
  荒人はそれらを受け流しながら、何度も衝撃波を打ち込んでいく。

荒人:麗奈! 聞こえるか!

麗奈:アハハ……何かな、この風……。

荒人:俺達はしつけえだろ!

麗奈:気持ち、良いーーアハハハハ!

荒人:覚悟しろォ! 絶対に諦めねえからな!


 ◆


N:岩政は棗を背に庇いながら、2人へとゆっくりと近づいていく。
  激しい震動と風を受けながら、岩政は笑顔を浮かべていた。

岩政:私は、弱かったのですね!

棗:アン!? 何を今更!

岩政:保守的で! 悲観的で! なんとも情けない!
   なんとあなたの……彼の強いことか!

棗:甘ったれんな! 死ぬ気で前進だ! このハゲ!

岩政:(笑って)棗さん!

棗:あ? なんだよ!

岩政:”鉄靴(ヴィーザル)”

棗:なんだ、そりゃ!

岩政:あそこで戦う彼の二つ名! それでお願いします!

棗:嫌だ! んなだっせえ名前、口に出したくもねえ!

岩政:そう言わないでください!
   髪と一緒に、センスも抜け落ちてしまった男の、一生のお願いですから!

棗:自分で言えッての!


 ◆


N:栄と田中は屋上から校庭の様子を見下ろしていた。

栄:荒人君、強くなりましたね。

田中:んー……まぁまぁじゃないの。

栄:そんなこといって……そのうち新一郎君でもかなわなくなるかもしれないですよ?

田中:(笑って)そうなったら、慰めてくれるのかな?

栄:(笑って)それじゃあ……新一郎君。

田中:……ああ、任せとけ。

栄:……神がいようがいまいが!
  彼女をいくら天使と呼ぼうが!
  このまま連れて行くことは、絶対に許しません……!

 間

栄:(大きく息を吸って)救えーーッ!


 ◆


N:田中は屋上から飛び降りた。
  その体は重力に逆らってゆっくりと浮き上がった。

田中:準備オーケーだ! 棗!

棗:よし! 聞こえるか先輩! 一度離れろ!

N:荒人はその声を聞いて、麗奈から距離を置いた。
  しかし、その身体は無数の裂傷に引き裂かれており、
  荒人はその場に崩れ落ちるように倒れた。

棗:せんぱーー

荒人:来んなァ! 救えぇッ!

棗:ッ! わかってる!

N:棗は麗奈へ向けて駆け出す。
  それと同時に、田中は両手を頭上へと掲げた。

田中:う、おおおおおおお! 

麗奈:あ、あれ? ナニ、コレーー

N:麗奈の身体がぐらりとゆれる。

岩政:まさか……力技……。
   力場で押しつぶしているんですか!

田中:救ええええええ! この、くっそったらああああああ!

麗奈:お、あ、なに、これ、アハハ……。

棗:麗奈ッ!

 間

棗:捕まえた……。

N:棗は麗奈の身体を抱きしめた。
  麗奈は色を失った瞳で呆然と宙を眺めていた。

棗:聴こえるか……! いや、いい! 聴こえていなくても!

麗奈:アハ、ハ。

棗:お前はいつも独りだった! 間違いねえさ!
  だからお前は求めてたんだろ!
  誰かが助けにきてくれんのを!
  ……だったら! だったら甘ったれてんじゃねえ!
  誰かと交わる人生ってのはな! お前がそれだけ誰かに責任を持つってことだ!
  自分自身に責任をもつってことだ!
  死んで終わりになるんなら、どいつもこいつもしんじまってるってんだ!
  お前はこれから色んな物と向き合うんだ!
  苦しくて、怖くて、地獄のようなーーこの素晴らしい世界で!

麗奈:……棗、ちゃん……。

棗:いいか! お前に勝てんのは、お前だけだ!

麗奈:棗、ちゃん……!

棗:お前を救えんのは、お前だけだ!

麗奈:棗ちゃん! 私、

 間

麗奈:生きたいよぉ!

棗:生きるぞ! 今だ! 俺ごと転送しろおおおおお!

 間

麗奈:ありがとう。


 ◆◇◆


N:荒人は、朦朧とする意識のまま天井を見つめていた。
  ふと視界の端に、笑顔の女性が見えた。

荒人:……あ? 栄さん?

栄:調子はどう?

 間

栄:安心して。ここは、スタジオの医療施設だから。

荒人:(ため息)俺最近こればっか……。
   ……で、俺、どんぐらい?

栄:手術が終わってから10時間くらい、かな。

荒人:そっか……棗と麗奈は?

 間

荒人:おい……棗と麗奈はどうしたって聞いてんだよ!

田中:瞳孔開いてんぞ、バカ弟子。

N:田中は荒人の胸に缶ジュースを投げつけた。

田中:頭、冷やせ。

栄:……賭け、だったの。

荒人:どういう、ことだよ。

田中:あいつらは、消えた。

 間

田中:消えちまったんだよ。どこかへ。







 パラノーマンズ・ブギーA
 『幸運少女』 了


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