パラノーマンズ・ブギーE
『大馬鹿者 前編』
作者:ススキドミノ



妖紅(ようこう):外見年齢12歳。女。数百年を生きる妖怪。産まれたばかりのころは”お紅(こう)”と呼ばれていた。

田中 新一郎(たなか しんいちろう):26歳。男。各地で暴れまわっている“巨人(ジャイアント)”の二つ名で恐れられる災害級超能力者。

栄 友美(さかえ ゆみ):24歳。女。戦時特務機関『速見興信所』所属。階級は特務。悩める乙女。

李 楓(り かえで):26歳。女。警察庁公安特務超課所属、階級は警部補。真面目っ子超能力者。

浜渦 景(はまうず けい):23歳。男。警察庁公安特務超課所属、階級は巡査。不真面目っ子超能力者。

酒井 ニコル(さかい にこる):29歳。女。警察庁公安特務・情報課主任。チョコレート中毒。


軍曹:防衛軍の軍曹。ナレーションの人と被り役。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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 ◆◇◆


N:秋の風は吹きすさぶ。
  乾いた土の匂いに混じって、虫のさざめきが降り注ぐ。
  しかし、そんな情緒や感傷を振り払うように、少女は立っていた。

田中:随分探したぜ。

N:男は少女に声をかけた。
  少女は月明かりに照らされた紅の髪を揺らしながら、同じく紅の輝きを映す瞳で男を見つめていた。

田中:人間ってのはどうしようもない生き物でさ。
   特に俺はその中でもとびっきりたちが悪いで評判だ。
   イかれた怪物だって噂すらたってる。
   全くもって否定できない話なのが、我ながら情けないんだけどな。

N:男は漆黒に染まった瞳で少女を捉えながら、ゆっくりと歩みを進める。

田中:……お前も、怪物なんだって?

 間

田中:なあ……シぬってのは、どんな気分なんだろうな。

N:少女は、自分の周囲に転がった無数の怪異の死体を眺めた。

田中:死人に口無し。死をもって何を語らうこともなく、ただ風に吹かれ、土に還るのみ……ってか。

N:男は、絞り出すように呟いた。

田中:……お前なら、俺を殺せるのか。

妖紅:若造……あまり期待させるな。

N:少女は、柔らかく微笑んだ。

妖紅:まるで、“お主なら我を殺せる”と言っているようにきこえてしまう。

N:木々の隙間から夕焼けが顔を覗かせ、茜色が二人を包む頃ーー揺れる木々の葉は紅に染まる。


 ◆◇◆


軍曹:報告は以上になります。

栄:そうですか。ご苦労さまです。

軍曹:次はどうなさいますか、栄特尉。

栄:え? そうですね……。

N:東北地方の某市近く、国防軍の駐屯地にて。
  戦時特務機構(せんじとくむきこう)『速見興信所(はやみこうしんじょ)』所属、栄 友美特尉(とくい)は手元の資料に目を落とした。

栄:現状維持、といきたいところですが、国道の北側、黒森(くろもり)の方から反応があったとの報告もあります。
  湖の北側が落ち着いたようなら、そのまま部隊を国道を使って東側に展開しておきたいところですね。
  戦力の分散は悪手かもしれませんが……警戒を怠って市内まで侵入を許すわけにもいきません。

軍曹:かしこまりました。こちらの方から司令官に連絡をーー

栄:それと、私の方からも人員を派遣します。

軍曹:人員ですか?

栄:こちらのお二人です。

N:栄の隣に控えていた女が、一歩前に歩み出る。

李:警察庁公安特務超課所属、李楓警部補。こちらは浜渦景巡査です。
  栄特尉直属にて勤務中であります。

栄:と、いうことなので。

軍曹:かしこまりました……では、自分はーー

栄:そうでした。軍曹、西部で”彼”の目撃情報がありました。
  遭遇したら交戦はせず、私に連絡をするよう徹底しておいてください。

N:軍曹は敬礼をして、部屋を後にした。

浜渦:……なんっか堅苦しいなぁ。

李:浜渦。軍の管轄内で軽口は控えろといったはずだ。

浜渦:んなもん知らねーって。俺は別に軍人じゃないしね。

N:李の隣に立つ青年ーー浜渦景は大きな欠伸をする。

李:お前というやつは……。

浜渦:なぁんでわざわざ俺たちが山奥まで出向かなきゃなんねえのよ。

李:怪異の反応があった。我々が向かう理由など、それだけで十分だろう。

栄:(苦笑いをする)……怪異の大量発生ーー『百鬼夜行(ひゃっきやこう)』を一度は押し留めたとはいえ、その原因を突き止められたわけじゃありませんから。
  一刻も早く『異界の門(いかいのもん)』の場所を突き止めなければ、次はもっと甚大な被害でないとも限りません。

浜渦:見つけたってどうしようもないでしょうに。
   怪異が無限に飛び出してくるトンデモゲートをどうすりゃいいってんだよ。

栄:確かに、現状私達に異界の門を閉じる方法はわかりませんが。
  所長ーーいえ、速見中将がいますから。

李:中将は、今はどちらに?

栄:機密です。申し訳ありませんが。

N:栄は資料をまとめて椅子から立ち上がった。

栄:さて。色々と準備しなくてはなりませんね。

李:準備、といいますと?

栄:まず間違いなく、”彼”が現れるでしょうから。対策を練らないと。

浜渦:その”彼”ってのは、もしかしなくても『巨人(ジャイアント)』のこと?

李:栄特尉……何故、間違いないといい切れるのですか。
  目撃情報があったとおっしゃっていましたが。

栄:とある信用ある方からの情報です。
  目撃、というよりも、彼女が『視た』という方が正しいでしょうか。

李:視た……。能力、ですか。

栄:それも、機密です。

浜渦:うへー……よりにもよってあの国家災害級の相手しなきゃなんないのか……。

N:浜渦は口元に笑みを浮かべながら、栄の肩に手を回した。

浜渦:友美ちゃん、”元カレ”なんだし、どうにかなんないの?

李:浜渦……!

栄:いえ。いいんです。

N:栄の顔から笑みが消えた。

栄:……彼の力は良く知っています。
  その上で、はっきりと言わせていただきますが、『お二人程度』の力ではどう転んでも彼に殺されるだけでしょう。

浜渦:あ……いや、その……。

栄:死にたくなければ、私の指示に従ってください。
  ……それと浜渦巡査、『友美ちゃん』と呼ぶのは、金輪際やめてください。

N:栄は、足早に部屋を後にした。

浜渦:あっちゃ〜……地雷踏んだか。

李:大馬鹿者……。


 ◆◇◆


栄:(ため息)

N:栄はベッドに倒れ込むと、端末を操作する。
  しばらくすると、スピーカーが点滅した。

栄:もしもし……ニコル?

ニコル:『はいはーい。どうしたんですか? 疲れた顔しちゃって。

N:警察庁公安特務・情報課主任ーー酒井ニコルは軽い口調で通信に答えた。

栄:……顔? 顔はわからないでしょ?

ニコル:『それだけ声にでてるってことですよぉ。

栄:(ため息)……そっか。そうかも……。

ニコル:『ちょっと前まではごく普通のオフィスレディだった私が……!
     ひょんなことから超能力者を扱う参謀に!
     戦争まで始まって、え!? 私が特尉だなんて!
     どうなっちゃうの〜!?

栄:何それ……。

ニコル:『今のユミのジョ〜キョ〜を簡単に説明するとってオハナシ。
     こうやってアレンジするとちょっとワクワクしてこないです?

栄:ふふふ……ありがと。ちょっと少女漫画っぽくなった。

ニコル:『それで? 仕事の話じゃないんですよね?

栄:いや、あー、うあー……どうだろ。仕事っちゃ仕事なんだけど。

ニコル:『あぁ、あの暴れん坊のことですか。

栄:うん……まあ。

ニコル:『別れたのって、ユミからだったんじゃないんですかぁ?
     どうしてまだそんな引きずってるんです?

栄:いや! ……別れたっていうのが、そもそも、ちょっと違うし……。

N:栄は枕に顔を埋めた。

栄:……だって……あのままじゃ一緒にいれなかったし……私だって色々いっぱいいっぱいで……。
  別に嫌いになったわけじゃないし……本当は助けてあげたいし……。

ニコル:『うじうじ虫発見、ですねぇ。

栄:でもさぁ……! 元カレって言われると……なんかこうクるっていうか……あーん……。

ニコル:『少しだけ正直にいってもいいですかぁ?

N:栄は仰向けに寝返りを打った。

栄:……どうぞ。

ニコル:『じゃあ遠慮なく。
     ……速水朔が死んだあと、田中新一郎が暴走し始めたのはこちらとしても問題になっているんです。
     今じゃ数えきれないほどの殺人の容疑がかかった一級の犯罪者ですからね。
     特に、一度確保したにも関わらず逃したことで、『姉さん』の立場はかなり危うくなっています。

栄:……酒井ロレイン警視のことは、私も……。

ニコル:『警視庁だって、あなたが田中と恋人関係にあったことは把握済みです。
     本当はね、その立場を利用して罠にかけようって話もあったんですよ。
     でも、ユミ。あなたが彼と関係を解消するという選択を優先させたのは、姉さんの優しさです。

栄:……うん。そうだよね……。

ニコル:ええ。そうですよ。
    だから、結果的にユミはこうして、戦時特務機構の特尉としてここにいられるわけです。

 間

ニコル:捕まえて、くださいね。
    姉さんに少しでも恩を感じているのなら、感傷は抑えてください。
    そして、捕まえてください……『田中新一郎』を。

N:栄は、見慣れない白い天井を見上げながら、大きく息を吐いた。

栄:はい……約束します。
  彼は必ず、私が捕まえます。

ニコル:……少し、きつかったですか?

栄:ううん。はっきり言ってくれてありがとう。
  私ってダメね。こんなことばっかり……いつもブレてしまうーー

N:ふと、脳裏に誰かの優しい声が聴こえた気がして、栄はそっとシーツを握った。

ニコル:いいんですよ。それで。
    ユミのいいところは、それだと思いますよぉ。

栄:それ、って?

ニコル:かわいいとこ、ですよぉ。
    ……ごめんなさい、ちょっと仕事が入りました。

栄:あ、うん。ありがとう。
  また何かあったら、情報待ってるね。

ニコル:はいはーい。


 ◆◇◆


N:大量のモニターに囲まれた薄暗い部屋の中で、ニコルは手にはめた電子操作用手袋を動かした。
  伸びっぱなしの赤毛の隙間の瞳が、画面を追う。

ニコル:なになにぃ? ”機密文書保管施設”から盗難を確認……犯行は……ひと月前ぇ!?
    ったく、すぐにいってくんなきゃ意味がないでしょうに!
    隠蔽体質ってやつでしょうけど……ほんっと無能ばっかなんですから。
    ……ま、今に始まったことじゃないですけどねぇ。

N:電脳世界に張り巡らされたネットワークの中を、ニコルは光の速さで走り回った。
  視界に表示される膨大な情報を整理しながら、机の上の三角型のチョコレートを口に放り込む。

ニコル:よりによって私の管轄に手を出すとは、運の尽きですねえ二流。
    一瞬のシャットダウンに紛れて侵入とは、なかなか考えたけど、ほうら、足跡がここにーー

N:ニコルは表示された情報に驚愕する。

ニコル:……違う。違う! 足跡がない……!
    これは、直接侵入したっての? あのトンデモセキュリティシステムを一分で突破って……!
    一体誰がーー

N:ニコルは机の上のチョコレートをわしずかみにした後、まとめて口に放り込んだ。

ニコル:(咀嚼しながら)……ああそう……そういうこと。
    急いで賢一に連絡しないと……!

N:ニコルは、チョコレートを咀嚼しながら画面を睨みつけていた。


 ◆


N:白く曇った空を眺めながら、田中新一郎は気だるげにベンチに座っていた。
  怪異の出現情報により地域一帯には退去命令が出ている。
  彼のいる公園にも人影はなく、時折風に揺れる木々の音だけがざわめいていた。

田中:……ひと雨くるか……。

N:田中は、ベンチに身を預けたままぼんやりと宙を眺めていた。

妖紅:おい。

N:少女は紅色の髪の隙間から、真紅の瞳を覗かせていた。

妖紅:おい、お主。

N:少女は不満げに鼻をならすと、田中の視界を塞ぐように覗き込んだ。

田中:……どうしたぁ、妖紅。おしっこかぁ?

妖紅:お主は……どうしてそう下品なのだ。
   だから女に逃げられる。

田中:カッチーン。
   別に逃げられたわけじゃねえし……。

妖紅:そんなことよりもだ。
   ……お主は我をどこに連れて行こうというのだ。

田中:あん?

N:少女ーー妖紅は田中の隣に座った。

妖紅:お主は我と仕合うつもりなのだと思ったが。

田中:ん? あー、まぁ……そうだな。

妖紅:だとしたらーーおい、何をしている。

田中:お前、草むら通ったろ。

N:田中は妖紅の髪に手をのばすと、髪に絡みついた枯れ葉を指で落としていく。
  妖紅は、何かを納得したかのように手を合わせた。

妖紅:なるほど……情がわいたか。

田中:はぁ?

妖紅:なに、特段珍しいことはない。我は見目麗しく、可憐であるからな。
   分不相応にも手元に置いておきたいと言ってきた人間も過去にーーいいかげんにやめろ。くすぐったい!

田中:で、何が言いたいわけ。

妖紅:ふん……つまりだ、お主が一体何を考えているにしろーー

N:妖紅はベンチから立ち上がる。
  そして右手を持ち上げると、指先を田中の顔に突きつけた。

妖紅:我とともにいるかぎり、望もうと望むまいと、お主には約束されている。

N:妖紅の瞳が赤黒く輝く。

妖紅:お主が進む道の先は、行き止まりだ。

 間

田中:はいはい。すごいすごい。

妖紅:この……! 冗談ではないぞ!

田中:わかってる。別に疑っているわけじゃないって。

妖紅:ふんっ! 強がりおって! どうせお主も死の瞬間は泣き叫び、命を惜しむことだろうよ。

 間

田中:うし……行こうぜ、妖紅。

妖紅:お主は……! まったく……。

N:二人は、連れ立って森の中へと歩いていった。


 ◆◇◆


N:十九時間後。夕刻、東北・某県中部、山間地帯。
  国防軍は数十体に及ぶ怪異と遭遇。劣勢を強いられていた。
  彼らにとっての吉報は、超能力者である警官二人の参戦であった。

李:浜渦! 二時方向から回り込む!

浜渦:あいよぉ!

N:李は怪異の集団に向かって疾走しながら、自身の内に眠る超能力を発動した。
  その瞳が色を失っていき、深淵のような黒を宿す。
  李は超能力者が使う超常空間力場(ちょうじょうくうかんりきば)を全身に行き渡らせると、その身体を加速させた。

浜渦:ハイハイ、痛くしないからねぇ。

N:浜渦もまた、超能力を使うと、自身の腕にペットボトルの水をかける。
  そして超能力を使い、力場(りきば)ごと水分を硬質化すると、水の刃で怪異を切り捨てていく。

李:ハァッ!

N:李は、鋭い体術で怪異を蹴りつけ、殴り、殲滅していく。
  瞬く間に怪異を殲滅した2人の耳に、栄から通信が入った。

栄:『次は2時の方向から来ます。
   一度、国防軍の背後についたあと、まとめて正面で相手しましょう。

李:了解!

浜渦:はいはい!


 ◆◇◆


栄:国防軍は撤退完了しました。
  この後は森の北側に入り、門の場所を割り出します。

李:了解です。

浜渦:能力者使い荒いねえ。

栄:すみません。お願いします。

李:気にすることはありません。
  我々は、特尉のご指示通りに動くだけです。

栄:……では、いきましょう。日が暮れると、怪異の動きが活発になりますから。

N:栄たちは、森の中を歩いていた。
  栄は手元のデバイスから立体地図を投影しながら、歩みを進める。

李:それにしても……門、ですか。

栄:ええ。怪異が現れると言われている異界に通じる門だそうです。

浜渦:ふぅん……。

N:浜渦は栄に視線を向けた。

浜渦:っていうかさぁ。友美ちゃーーあー、ダメなんだっけ。
   栄ちゃんさあ。

栄:なんですか?

浜渦:あんたらーー速見興信所って、何者なわけ。

李:浜渦……!

浜渦:あのさぁ、姐(あね)さんってばマジで脳筋すぎだって。

李:(浜渦の頭を叩いて)殴るぞ。貴様。

浜渦:いっつ! ……殴ってからいうかね。
   (間)
   ……そりゃあ俺らは公安に雇われてる身だけどさぁ。
   実際問題、警察って立場上いろいろ考えるべきだと思うぜ。
   青の教団とやらが暴れ出したのに併せて、異界の門だって? 明らかにおかしいでしょ。
   そっからのタイミングを図ったかのような速見賢一の宣言……なんなのよ。この戦争って。

李:確かに……我々には知らないことが多すぎる
  私たちは転戦して戦ってばかりだが、一体敵がなんなのかもわかっていないからな。

 間

李:す、すみません! 現状に不満があるわけではーー

栄:いえ。確かに、そうですよね。

李:特尉……。

栄:正直なところ、私にもわからないことは多いです。
  ーーですが、おふたりよりは少し事実に近いところにいるのは確かです。

N:栄は困ったように頬を掻いた。

栄:怪異のことについては正直詳しくはないんです。
  所長が陰陽師であることは知っていましたが、私が興信所時代に行っていたのは超能力者関連の仕事ばかりで。
  ……ただ、青の教団については以前から追っていました。
  というのもーー

浜渦:ストップ。

N:浜渦は栄の前に手を突き出した。

浜渦:姐さん。この先、誰かいる。

李:間違いないか。

浜渦:一応力場を拡散しておいて正解だったぜ。
   ……あっちも気づいてるだろうが、こっちにくるつもりはないみたいだ。

李:超能力者か。と、なるとーー

浜渦:ああ。

N:浜渦は腰に下げたボトルを握りしめた。

浜渦:あの力場の強度……ゾッとするねえ……。

李:くるか……”巨人(ジャイアント)”。


 ◆◇◆


N:田中は、歩みを止めた。

田中:……久しぶりだな。

N:田中の背後には、栄友美が立っていた。

栄:新一郎くん……。

田中:嬉しいねえ。まだそうやって、名前で呼んでくれるんだな。
   ……それとも、そうやって俺の隙を伺ってるのか? 栄友美。

栄:違います! 私はーー

N:栄は喉の奥まで出かかった言葉を飲み込んだ。

栄:……どうして、ここにいるんですか?

田中:おいおい、そんなことをわざわざ聞きにきたのかよ。
   少し前は俺の言うことなんて、聞きゃしなかったくせに。

N:栄は視線を伏せると、身を震わせた。

栄:聞かなかった、ですって?
  ……ききましたよ!
  何度もなんども! きこうとしました! なのにあなたは……!
  聞かなかったのはあなたでしょう!?

田中:ああそうだっけ。

N:栄は、心を落ち着けるように深呼吸をした。

栄:田中新一郎……あなたには、複数の犯罪に関する容疑がかかっています。
  よって私は、その権限によりーー

田中:甘えなぁ。

N:田中の声はーー背後から聞こえた。
  栄が振り向くよりも早く、田中の手刀が栄の喉元に突きつけられていた。

栄:ひっ……!

田中:相手の口車に乗ってスキ作るって、素人どころの話じゃねえだろ。

栄:わ、たしーー

田中:お前みたいな弱い人間が、戦場に出てくんじゃねえよ。
   それとも……死にたいのか?
   ……あと、そうだな。

N:田中は素早く栄の身体を引き寄せると、その場から飛び退いた。
  二人のいた地面に、水が降りかかった。

浜渦:避けるかァ、やるねえ!

田中:警備員は雇ってるみたいだがーー

N:浜渦は能力を発動しながら田中に走り寄る。
  地面から跳ねた水が力場によってうごめくとーー田中の足に突き刺さる。

栄:浜渦さーー

田中:こいつじゃダメだなァ!
   守れる器じゃねえよ!

N:田中は栄を抱えたまま足を振り上げた。
  浜渦の手に握られた水の刃が、田中の強靭な力場によって弾き返される。
  しかし、田中の足に水の刃がわずかに食い込み、血液が飛び散る。

浜渦:チィッ! なんつーでたらめな……!

田中:感動の再会中なんだ。邪魔すんな。

浜渦:はぁ? 元カレと会うのを『今カレ』が見過ごせるかって。

N:田中は苛立たしげに拳を握りしめる。

田中:……あ”あ”? てめえで釣り合うかよ。

N:田中の超念動力(サイコキネシス)によって、周囲の土がめくれ上がる。
  そして、土が浜渦を包み込んだ。

浜渦:やばッ……!

栄:浜渦さんッ!

田中:ッ! 新手かッ……!

N:田中は栄を突き飛ばすと、身を投げだした。
  田中と栄の間に、李が飛び込んでくる。

李:ハァァッ!

N:李は特殊警棒を田中の胸に突き出した。

田中:だから甘いんだよ!

N:田中は警棒片手で掴むと、力任せに捻じ曲げた。

李:今だッ! 浜渦!

浜渦:ナイスだぜ姐さんッ!

N:李の影から浜渦が飛び込んでくる。
  浜渦は、田中の足に手を近づけた。
  傷ついた足に触れられたらーー浜渦の超能力が田中の血液を操り、足を切断することができる。
  浜渦は、勝利を確信した。

浜渦:俺達の勝ちだッ! 巨人野郎!

N:刹那ーー人智を超えた反応速度を持つ超能力者同士のせめぎ合いの最中。
  李は見た。
  二人を見つめる田中の瞳がーー昏く光っていた。

李:違う。

N:李は言いようのない恐怖を感じ、とっさに浜渦の肩を掴んだ。

李:違うッ! 罠だ!

浜渦:いったぁッ!?

李:退けッ! 浜渦ーー

N:次の瞬間、二人の眼前に”巨大なナニカ”が突き刺さった。

浜渦:なんだおい!?

李:逃げろ! まだ来るぞ!

N:二人は必死で走る。
  逃げ道を潰すように、巨大なナニカが地面に突き刺さっていく。
  なんとか逃れた二人が、息をきらしながら顔を上げるとーー周囲には土煙に包まれていた。

浜渦:……はぁ……? デタラメすぎるだろ……!

李:……冗談じゃない……!

N:土煙が晴れていく。
  周囲には、“無数の巨木”が杭となって突き刺さっていた。
 
李:なんだ、これは。
 
N:その異様な光景を作り出した男は、つまらなそうに二人を見つめていた。

李:なんなんだこれは! ”巨人(ジャイアント)”!

N:李は気づいた。田中が自分たちと戦う以前から、これだけの数の巨木を空に浮かせていたことに。
  それも、自分たちが力場で感知できないほどに高い位置でーーそれだけでもでたらめだが、その状態で自分たち二人を相手にして退けてみせた。
  眼の前の男は、”そういう男”なのだと気づいてしまった。
  李の足は、恐怖で震えていた。
  からからに乾いた喉が、ようやく絞り出した言葉はーー

李:あり得ない……!

N:呆然と立ち尽くす二人の肩に、栄の手が触れた。

栄:退きます。

浜渦:あ、ああ……。

N:栄は田中を睨みつけた。

栄:本当に……あなたは変わってしまったみたいですね。

N:するとーー田中の背後から、赤い色が差し込んだ。

妖紅:その言い分は、随分と勝手ではないか。

N:赤い妖紅は田中の隣に立ち、栄を見つめる。

妖紅:なるほど。お主に原因があるものとばかり思っていたが、そうでもないらしい。
   当然といえば当然の話だが……女の方にも問題があったようだ。

栄:少女……? 一体あなたは何者ーー

妖紅:執着する気持ちもわからんでもないが、小娘。

N:妖紅は紅い瞳で栄を睨みつけた。

妖紅:もう、”我ら”にかまうな。

栄:ッ!

妖紅:行くぞ……”新一郎”。

栄:待ちなさい! あなたはーー

N:栄は地面の土を握ると、思い切り放り投げた。

栄:また逃げるんですか! そうやって!
  また! 私を一人にするんですか! 何も言わずに!

N:田中は立ち止まった。

田中:友美ちゃん。

N:そして、悲しげに笑った。

田中:もう帰りなよ。
   この戦争にーーもう、君の居場所はない。

N:田中と妖紅は、連れ立って森の奥へと消えていく。
  二人の姿が完全に見えなくなると、栄は顔を伏せて歩き出した。

李:特尉……あのーー

浜渦:姐さん。今はやめようぜ。

N:李と浜渦は、傷だらけの身体を引きずりながら、栄の後ろに付いていく。

栄:……必ず、捕まえてみせます。必ず。

N:栄の呟きは、森の中に溶けていった。


 ◆◇◆    


N:妖紅はまどろみの中で声を聞いた。

妖紅:誰だ……。

芙蓉:……俺だよ。

妖紅:……違う。そんなわけ……。

芙蓉:俺だ、お紅……。

妖紅:嘘……私に近づいてはダメです……!

芙蓉:……俺はいつまでだってずっと、お前のことを――

妖紅:いやあああああ!

N:地を這い出るような低い叫び声が聴こえーー妖紅は、飛び起きた。

妖紅:あ……我は……一体ーー

田中:よう。起きたか。

妖紅:新一郎……。

N:人気のない旅館の一室。妖紅は目を覚ました。
  田中は、足に巻いた包帯をはがしている。

妖紅:その着物は……。

N:妖紅は、田中が黒地の浴衣を着ているのに気づいた。
  その姿を見ていると、胸の奥の方がざわつくようで居心地が悪く感じていた。

妖紅:我もか……。

田中:子供用がなくてさ。
   ちょっとでかいけど、まあ、我慢しろよな。

妖紅:と、いうことは。お主は、我の……その……。

田中:あん? どうしたよ。

妖紅:いや……なんでもない。
   それより、ここは……宿か?

田中:避難済みの地域だよ。雨もきつくなってきたから使わせてもらってる。
   出るときに金を置いていこうとは思ってるーーつっても、この世の中……金がどれだけ役に経つかはわからないけどな。

妖紅:そうか……。

N:妖紅は、ふと雨に濡れる窓ごしに、外を見る。
  すると、近くの道路脇に大穴があいているのがみえた。

妖紅:あれはーー

N:否。それは大穴に見えたが、そうではなかった。
  それは積み上がった無数のーー怪異の死体の山であった。
  雨がしとしとと降り注ぐ中、ただ静かにそこにあり続ける死ーー妖紅は、その光景を呆然と見つめていた。
  田中はカップ麺を机の上に置きながら、静かに呟いた。

田中:……雨が止んだら。

妖紅:え?

田中:ちゃんと土に埋めてやるつもりだよ。

妖紅:……そうか。我はまた……。

田中:ああ。そうだな。
   あいつらは、『お前から』出てきた。

妖紅:ああ……。だがお前はーー

田中:あの程度じゃ、俺は死なねえよ。

 間

妖紅:……まあ、いまさら驚きはせぬがな。

田中:カップラーメン、先に食っていいぞ。

N:妖紅は、カップ麺からのぼる白い湯気を見つめた。

妖紅:……いらぬ。

田中:なんだよ。確かにちょっと伸びてるかもしんねえけど、味は美味いぜ。

妖紅:阿呆。あれを見たあとでは、食う気にはなれん。
   それにどのみち……いくら空腹になったとて、我は死ねぬ身よ。

N:田中は、じっと妖紅を見つめた後、カップ麺に手を伸ばした。

田中:じゃあ、食っちまうからな。

妖紅:かまわぬ。

田中:(麺をすする)

 間

妖紅:……よかったのか。

田中:ん……?

妖紅:お主にとって、あの娘は特別なのだろう。
   あのような別れ方は、本意ではなかろう。

田中:ああ、いいんだ。それは。
   この戦争はもう、普通の人間にはどうしようもないところまできちまった。
   友美ちゃんには、帰って欲しいんだよ。少しでも安全な場所に。

妖紅:ふむ……勝手だが、相手を思うからこそか。
   本人が納得していないのなら、それはただの押しつけに見える。
   それとも、試しているのか? あの娘の強さを。

田中:いいや……友美ちゃんは強いよ。俺なんかよりもずっと。

妖紅:女々しいことをいう。

田中:(微笑んで)男ってそういうもんでしょ。

 間

田中:妖紅……。結局さ、『強さ』ってなんだと思う。

 間

田中:……なんだっていいんだ。俺は、この力に目覚めてからずっと……胸の中にあるそいつと戦ってきた。
   ”何よりも強く在れ”
   いつだってそいつが俺にそう語りかける。
   そして、俺はそいつに抗いながらーーそれでもそいつを通じて世界を見てんのさ。

妖紅:……衝動、か。

田中:知ってるのか?

妖紅:お主ら、異能を操る者と会ったのは始めてではない。
   ……衝動とは即ち、檻のようなものだと思っておったが。
   しばらくしてから考えが変わった。

田中:どう考える。

妖紅:呪い。

N:その言葉は、田中自身が思いもよらなかったほど胸に重くのしかかった。
  妖紅は、そんな田中の心境を知ってか知らずか、憐れむような視線を田中にむけた。

妖紅:……新一郎よ。お主は我をどうしようというのだ。
   ……我を殺せば、強さの証明になると思ったか。

田中:いいや。

妖紅:ではなんだ。我から出(いで)る怪異を殺していれば、衝動を抑えられると思うたか。

田中:違う。

妖紅:はっきり申せ。はぐらかされるのもいい加減に飽きた。

N:田中は立ち上がった。

田中:衝動は、もう飼いならした。

妖紅:なんだと?

田中:怪異は『北海道の大目玉(ほっかいどうのおおめだま)』から『大分の牛魔(おおいたのぎゅうま)』まで。
   超能力者を十九人、二つ名持ちを八人。
   妙な技を使う刀使いを四人。

N:田中は自らの拳を見つめた。

田中:全員、殺した。

N:その手は、田中自身には赤黒く染まっているように見えていた。

妖紅:なぜだ。

田中:強そうだったからな。

妖紅:ほう……それだけか。

田中:もちろん相手は選んださ。
   今は戦時中だ。敵だなんだと……言い訳ならいくらでも思いつく。
   だが、命を奪うのに理由もクソもあるもんじゃないしな。

 間
   
田中:衝動の赴くままってやつだ。
   俺は衝動に身体を貸しながら、ただ強いやつを求めては、戦いを貪った。
   そして、そいつらと戦ううちに俺はーー衝動を超えた。

妖紅:『超越者(ちょうえつしゃ)』か……。なるほど、お主の強さの理由がわかった。

田中:(苦笑して)マジかよ……それまで知ってんのか。

妖紅:永く生きていれば、かような者と出会うこともあろうよ。

N:妖紅は、田中が超越者であることの意味を知るが故に理解した。
  規格外に強い能力を持ちながら、この男がどこかーー自分と同じような目をしている理由を。

妖紅:……お主が我の知る意味での超越者へと到達したのだとしたら、お主はもうーー

田中:いや。それはいい。

N:田中は視線を伏せたまま呟いた。

田中:っていうか……こんな話するつもりじゃなかったんだけどな。

 間

田中:なにが言いたいかっていうとな。
   過去を洗うことはできないし、俺はどこまでいってもクズ野郎なんだよ。

妖紅:ああ、そうだろうな。
   お主のような男には、地獄すら生ぬるいであろうよ。

田中:いってくれんじゃねえか……。
   ーーで、そうだ。俺がお前をどうするか。だったよな。

N:田中は立ち上がると、妖紅の頭を乱暴に撫で付ける。

田中:俺がーーお前を殺してやる。

 間

田中:お前を孤独から救ってやる。

妖紅:……お主になら、できるかもしれぬな。
   して、我に何を望む。

田中:代わりにーー


<中編>


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