パラノーマンズ・ブギーE
『大馬鹿者 中編』
作者:ススキドミノ
妖紅(ようこう):外見年齢12歳。女。数百年を生きる妖怪。産まれたばかりのころは”お紅(こう)”と呼ばれていた。
田中 新一郎(たなか しんいちろう):26歳。男。各地で暴れまわっている“巨人(ジャイアント)”の二つ名で恐れられる災害級超能力者。
栄 友美(さかえ ゆみ):24歳。女。戦時特務機関『速見興信所』所属。階級は特務。悩める乙女。
李 楓(り かえで):26歳。女。警察庁公安特務超課所属、階級は警部補。真面目っ子超能力者。
浜渦 景(はまうず けい):23歳。男。警察庁公安特務超課所属、階級は巡査。不真面目っ子超能力者。
速見 賢一(はやみ けんいち):43歳。戦時特務機関『速見興信所』所長。無精髭の陰陽師。
首引童子(しゅいんどうじ):性別・年齢不詳。数百年前、国を荒らしていた大鬼。見た目は美しく、鬼らしく下衆。
芙蓉(ふよう):16歳。男。数百年の前の人物。兵として戦に出るも逃亡。逃げた先でお紅と出会う。田中と被り役。
清平(きよひら):27歳。男。数百年前の人物。陰陽師。速見と被り役。
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
【あらすじ】
超能力者と呼ばれる者たちを中心に、非現実的な存在が明るみに出た世界。
『色戦争』の後期。栄友美は、かつての恋人であり、複数の殺人容疑のかかる超能力者『田中新一郎』を追って東北地方の山間部へと足を踏み入れる。
超能力者でもある護衛警官、李と浜渦と共に、一度は田中と接敵するも、田中の圧倒的な力により一蹴されてしまう。
紅の髪と眼を持つ少女と共に森へと消えた田中は、少女と共に奇妙な逃避行を続ける。
少女と田中は、約束を交わす。
田中はその少女を殺すことを。そして少女は――
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
◆◇◆
栄:え?
N:国防軍駐屯地。
栄が作戦室に入ると、そこにはよく知る男が立っていた。
栄:所長!
速見:おう。久しぶりだな、友美。
N:戦時特務機関”速見興信所”の長であり、戦時国防軍の重要人物ーー
速見賢一中将(はやみけんいち・ちゅうじょう)は、無精髭を撫で付けながら栄を出迎えた。
速見:話は彼らから聞いた。すまなかったなァ、しんどい役回りばっかまかせちまってよ。
栄:いえ……私は……。
速見:体の調子はどうだ。
栄:体調に、問題はないです。
速見:そうか。
N:速見は栄の肩を叩いた。
速見:おいおい。顔を見るに、身体は大丈夫でも心はそうでもねえみたいだなァ。
栄:それは……。
速見:いいンだぜ。文句の一つや二つ。ぶん殴ってもらったってかまわねえ。
って……お前はそういうタイプじゃねえもンなァ。
栄:ふふふ、ええ。まあ、そうですね。
私はそういうタイプじゃないです。
速見:おう。お前らも、崩せ。
N:背筋を伸ばして立っていた李と浜渦は、顔を見合わせる。
李:い、いえ! 自分たちはーー
速見:なんだァ、軍人じゃねえだろ。
別に気にすることはねえよ。
浜渦:お、話がわかるぅ。
李:浜渦! 失礼だぞ!
浜渦:本人がいいっていうんだから、むしろ崩さないほうが失礼っしょ。
ねえ? 中将さん。
速見:ああそう、お前はそんな感じね……。こういうタイプが下にいると大変なんだよなァ。
そうだろ、カエデちゃん。
李:か……! 下の名前で……。
浜渦:お。照れてる。姐さん可愛いとこあんじゃーん。
李:うるさいぞ!
N:速見は栄に向き直った。
速見:で……あの馬鹿はどうだった。
栄:……逃しました。
と、いうよりも。彼を捕らえるには準備が足りなくて……。
速見:そうかァ……友美の話ならもしかしてーーと、思ったんだがなァ。
栄:……それで、中将はどうしてこちらに?
速見:ン? そりゃあーー
栄:あの……!
間
栄:私は! 帰りません!
N:栄は速見に詰め寄った。
栄:確かに、一度は失敗しました!
ですが、そもそも昨日は怪異の掃討作戦の際に偶然遭遇しただけで……!
しっかりと準備を整えて作戦行動を行えたら、必ず彼を捕らえることができる!
自信が、あります……! だから、私を作戦から外すのはーー
速見:まあ待てよ。
栄:所長……!
速見:ンなことの前に、一つ確認したいことがある。
田中新一郎と一緒に……『紅い眼の少女』が居たってのは、本当か。
栄:え?
N:栄は思い出す。
妖紅:『もう、”我ら”にかまうな』
栄:ッ……!
速見:どうだ。
栄:いました……紅い瞳をした、少女が。
N:速見は数秒考え込んだ後、真剣な顔で3人に告げる。
速見:今この瞬間をもって、お前達の指揮は俺がとる。
同時にお前達には特別任務に就いてもらう。
栄:……え? ですが私はーー
速見:命令だ。拒否権はねえ。
栄:……承知しました。
浜渦:あのー……お前らってことは、俺達も? っすよねえ、これ。
李:当然だろう。
我々も中尉のご命令に従い、我々も特別任務に就かせて頂きます。
速見:十五分後にキャンプ場の前に集合。
悪いが時間がねェんでな。詳しいことは移動中に説明する。
……戦闘準備は整えておけ。死にたくなきゃあな。
◆◇◆
田中:……起きたか。
妖紅:ん……。
田中:もう少し寝てていいぞ。
妖紅:……何を勝手におぶっておる。
N:深夜。田中は夜の山道を、妖紅をおぶったまま歩いていた。
明かりと呼べるものは木々の隙間から覗く月明かりだけであったが、
力場によって周囲の状況を感知できる田中にとって、暗闇は気にならなかった。
田中:少し計算が狂った。
妖紅:……紅い月か。
N:妖紅は、もはや皆見慣れてしまったであろうケチャップ色の月をじっと見た。
妖紅:確かに……我も意識を失うことが増えてきた。
だいぶ近づいているのを感じる。
田中:もう少し、進んでおきたくてな。
妖紅:いったいどこに行くというのだ。
我を殺すというのなら、どこでも構わぬであろう。
田中:ダメなんだよ。
間
田中:そこじゃなきゃ、ダメなんだ。
……なんとなくだけどな。
妖紅:……そうか。
田中:ああ。できるだけ揺れなくするから、休んでていい。
N:妖紅は、田中の背に頭を預けた。
妖紅:いや……居心地は、悪くない。
田中:へえ。全部終わったら、山道で人力タクシーすんのも悪くないな。
N:しばらくそのまま、二人は山道を進んでいく。
妖紅はふと口を開いた。
妖紅:昔……。
田中:ん?
妖紅:こうして、山道をおぶられていたことがある……。
N:妖紅は目を閉じた。
そうしているうちに、意識は夢へと落ちていった。
◇
<数百年前>
N:今は昔。
この地には多くの妖怪(ようかい)が住んでいた。
彼女もまた、産まれたばかりの妖怪であった。
妖紅:……私は、一体……。
N:妖怪となる前、少女は山奥の地主に奉公をしていた。
主の命で山菜を取りにでかけた日の夕刻。雨でぬかるむ山道で足を滑らせ、少女は命を落とした。
それを哀れに思った通りがかりの地霊(ちれい)が、少女を妖怪としたのだった。
妖紅:……紅。私の髪と瞳は……紅だったでしょうか。
N:川を覗き込むと、自らの姿がよく見えた。
紅の瞳といくら見つめ合っても、自分が一体何者なのかはわからなかった。
ただ彼女は、産まれたばかりの妖怪であるだけだった。
妖紅:世界は、こんなにもーー
N:鋭敏になった感覚が周囲の様子を鮮明に映し出し、揺れる草木のさざめきが心地よく感じる。
少女は思い切り息を吸い込んだ。
妖紅:なんだか、とても……心地が良い……。
N:それからどれくらい経つだろうか、少女は森の中で自由気ままに暮らしていた。
どれだけ歩いても不思議と腹は減らず、時折思い出したかのように水を飲んだり、木の実を摘んでみる。
ひもじさも、煩わしさもなく、自由を謳歌していた。
妖紅:……あれは。
N:ある日のことだった。
背の高い木の上から、少女が森を見下ろしていると、山道にふと見慣れない色を見た。
少女が歩み寄ると、そこにはーー青年が倒れていた。
◆
<現在>
N:速見と栄、李と浜渦の四人は、揺れる護送車の中で顔を突き合わせていた。
速見:怪異とは即ち、異界の門を使ってこの世界に顕現しているーー或らざるものだ。
栄:つまり怪異は異世界から来ていて、異界の門というのはその名の通りーーというわけですか。
速見:異世界というと、どこか遠くの場所からきたような気がするが、実際はそうでもないンだ。
どちらかといえば、そこはこの世界と二枚ロールのトイレ紙みたいにピッタリくっついてる。
そいつはつまり“この星そのものが持つ力場”が作り出したーー
N:速見は手のひらを眼前で合わせた。
速見:黄泉國(よもつくに)ーー死者の世界だ。
李:では怪異とは、死者の世界の住人だと……そういうことでしょうか。
速見:あいつらは死の世界に生きる精霊だ。
こっちが攻撃すりゃあ血みたいなもんもでるが、ありゃあ俺らのモンとは質が違う。
浜渦:確かに、あいつらの血ーー水分を操ろうとしても力場に反応しなかったんだよなぁ……。
機関の研究によると、限りなく異質な疑似生命体だと聞いたし……精霊ねえ。
李:お言葉ですが……中将。どうしてそれらの情報は我々現場には降りてこないのでしょうか。
速見:好きで黙ってたンじゃねえよ。
理由が知りたいンだったら後で話してやる。
……それよりも、ここからが本題だ。
オマエら、妖怪って知ってるか?
N:李と浜渦は顔を見合わせた。
李:妖怪……この国に古くから伝わる伝説の存在、という認識です。
浜渦:河童とか天狗とかね。怪異と一緒の認識っつーか……まんま鬼じゃん、あいつら。
速見:見た目は似ちゃあいるが、そこには大きな違いがある。
怪異は、この世界に或らざるもの。
妖怪は、俺たちと同じくこの世界に或るものだ。
N:術を使ったのだろうーー速見が人差し指を立てると、締め切った空間の中を風が吹き抜けた。
速見:風土。天候。念。事象。魂。
妖怪は、ありとあらゆる場所から生まれる。
そしてそいつらは、俺たちと同じくこの世界に生きてきた。
N:速見が指を鳴らすと、今度は宙に火の玉が浮かんだ。
速見:これから話すのは、俺の先祖代々から伝わる、とある妖怪の話だ。
俺の先祖である陰陽師ーー名を『清平(きよひら)』という。
清平はその昔……首引童子(しゅいんどうじ)という大鬼の討伐を命じられ、旅をしていた。
◇
<数百年前>
芙蓉:お紅(こう)! みろ! 随分と歩けるようになった!
N:妖怪の少女ーーお紅は、顔を上げた。
妖紅:芙蓉様。大丈夫なのですか、そんなに勢いよく歩いてしまって。
芙蓉:ああ。お前が煎じてくれた薬湯の効き目はすごいな!
あれだけ傷んでいた傷が、ひと月もしないうちにこれだ!
ほれ!
妖紅:それはよかったですけれど……無理をなさらないでくださいね。
N:この島では細かく国が分かれており、それぞれの国がお互いの土地を奪い合っていた。
芙蓉は、遠く離れた戦場から落ち延びた兵であった。
少女に助けられた芙蓉は、少女の看病のかいもあって動き回れるほどに快復していた。
芙蓉:お前は不思議な女だな。
妖紅:そうでしょうか。
芙蓉:その髪や瞳も不思議だ。それに子のような見た目でありながら、森の中を狼よりも早く動く。
初めてみたときは、あやかしの類であるかと思ったものだ。
妖紅:あやかし……。
N:視線を伏せた妖紅に、芙蓉は慌てて歩み寄る。
芙蓉:す、すまん、お紅! そういう意味で言ったわけではないのだ。
誰が恐れるものか、お前は命の恩人だ。
それに……俺はその、お前の髪も……。
妖紅:芙蓉様……。
芙蓉:俺はその……成人してすぐに戦場に出された。
正直にいって、剣術にも自身がないし、身体だって大きくならず、こんなものだ。
戦場から逃げたとき、体力も底をつきて、生きている気力さえ失って……。
そんな俺に生きる希望をくれたのはお前だ。
紅の美しい髪と、瞳と、お前だよ。
N:妖紅は恥ずかしげに口に手を当てた。
妖紅:美しい……。そう思ってくださるのですか。
芙蓉:あ、ああ……。
N:照れくさそうに視線をそらす芙蓉。妖紅は芙蓉の手に、そっと自らの手を重ねた。
妖紅:(微笑んで)……芙蓉様。今日は、お魚をとりましょう。
芙蓉:そうか。
おう! 任せてくれ! 魚とりは得意なんだ!
◇
N:お紅と芙蓉が出会ってからしばらくが経ち、季節は秋を迎えていた。
運命とばかりに結ばれた二人は、仲睦まじく山奥で暮らしていた。
周囲は紅葉。これから迎える厳しい冬を前に、それでもお紅は満たされた表情で自分の瞳と同じ色をした木々を見つめていた。
妖紅:……よし……。
N:お紅は、川から古びた水瓶(みずびん)を引っ張り出すと、大事そうに胸に抱える。
清平:そこの娘。
妖紅:……え?
N:声をかけてきたのは、旅装の男だった。
傘の隙間から、人の良さそうな笑顔が覗いていた。
清平:この辺りの村の娘かな。
話を聞かせてはくれまいかーー
N:お紅は水瓶を置くと、森の中へと走った。
茂みをかき分けて、獣道を奥へ奥へと走っていき、やがて見えてきた山間にある小さな廃寺に駆け込んだ。
妖紅:はぁっ! はぁっ!
芙蓉:どうした、お紅。
妖紅:あの……! 人が、来ました。
芙蓉:人? 本当か!
妖紅:はい……! ですから早く、芙蓉様は山の上に隠れないと!
芙蓉:お、おい! ちょっと待て!
妖紅:早く! 来てしまいます!
芙蓉:どうしたってんだ、落ち着いて話してみろ。
N:芙蓉に肩を掴まれて、ようやくお紅は息をついた。
妖紅:……芙蓉様は戦場を逃げて来られたのでしょう。
戦場から逃げた兵は、打首に合うと聞いたことがあります。
芙蓉:そいつは俺を探していたのか?
妖紅:そうは言ってませんでしたが……。
芙蓉:ただの旅人なんじゃないのか。
妖紅:わかりません、でもどこか雰囲気がーー
N:その時だった。
廃寺の入り口から物音が聞こえる。
清平:……もし! 誰かいらっしゃるか!
妖紅:さっきの人です……! 芙蓉様!
芙蓉:大丈夫だ。俺にまかせて、奥に隠れていろ。
いいか。絶対に出てくるんじゃねえぞ……。
N:芙蓉は入り口の戸を開けた。
芙蓉:ああ、いるとも。
清平:呼びつけてしまい、かたじけない。
芙蓉:旅の人かな。こんな山奥にとは、珍しい。
清平:申し遅れた。拙僧(せっそう)は清平と申す者。
N:芙蓉は、清平の腰に下がった刀を見た。
芙蓉:そうか……俺はこの土地の者で、芙蓉という。
して、清平殿。立ち話もなんだ、上がってお茶でも如何か。
◇
N:清平は、峠を越えた先にある村へ行きたいと相談した。
芙蓉は、目の前の男が只者ではないとわかってはいたが、下手に勘ぐられるのを嫌い、村へと案内することにした。
2人はその日のうちに、山を歩くことをしばらく、峠へと差し掛かっていた。
芙蓉:……清平殿は随分と山歩きが得意とみえる。
清平:何。旅生活が長いですからな。
芙蓉:へえ。そうかい。
俺は、山くらいしか知らないからなあ。
それがどういう旅なのか想像もつかんよ。
清平:いやはや。落ち着けぬことは確かですな。
良いこともありますがね。
芙蓉:……ええと……この国ではそこかしこで戦ばかりと聞いているが。
いや! 俺は、話に聞いただけなんだが……。
清平殿も、その、戦にでるのか?
間
清平:そうですなぁ。戦については芙蓉殿の方が詳しいのではないでしょうか。
間
芙蓉:……それはどういう意味で?
清平:隠しなさるな。戦に行ったことがお有りだろう。
N:芙蓉は立ち止まった。
清平は微笑んで振り返る。
清平:刀を握っていたのはその手を見ればわかるというもの。
どうやら足にも傷を受けているようだ。戦傷(いくさきず)だと見るが。
芙蓉:……俺はーー
清平:安心しなさい。拙僧は国に仕えてはいるが、お主を引っ立てるつもりはない。
N:清平は、興味がなさそうにあるき出す。
芙蓉その背中について歩きながら、肩を落とした。
芙蓉:……別に、逃げるつもりはなかったんだ。
清平:拙僧は武士ではない故。武士の誇りというものが如何ようなものかはわからぬ。
芙蓉:俺にだって、誇りはあったさ。
それでも……生きたいと思っちまったんだよ。
N:芙蓉は拳を握りしめた。
芙蓉:だけどよぉ……! 目の前で何人も、何人もあっけなく死んでいって……。
俺の血なのかなんなのかわからなくなっちまって……。
間
芙蓉:俺はーー
清平:黙られよ。
N:清平は鋭い声色で制した。
清平:芙蓉殿。峠の村とは、ここのことであるな。
芙蓉:……え?
◇
N:峠の村には、村人の死体が山と転がされていた。
戦の痕ではなかった。
そこは既にーー大鬼、首引童子によって襲われていたのだ。
芙蓉:な、なんだァ……これは……!
清平:どうやら遅かったようで……。
芙蓉:お、おい! 早く逃げねえと!
清平:そういうわけには。
N:二人の視界の先に、無数の首ーー否、無数の怪異が姿を現した。
芙蓉:お、鬼……!?
清平:否……鬼には非ず。どうやら親方様の考えは正しかったようだ。
芙蓉:あんたは一体……。
清平:拙僧の後ろに隠れていなさい。
N:奇声を上げて遅いくる怪異の群れを見て、芙蓉はその場に蹲った。
清平は一歩前に歩みを進めると、腰の脇差を引き抜き、眼前で振るった。
清平:青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女。
(せいりゅう・びゃっこ・げんぶ・こうちん・ていたい・ぶんおう・さんたい・ぎょくにょ)
N:清平は、九字(くじ)を切る。
怪異の群れが清平に飛びかからんとした次の瞬間、怪異たちは無数の見えない刃に四肢を引き裂かれた。
芙蓉:い、いったい何が……! あんた、妖術使いか!?
清平:拙僧は陰陽道に通じる者。妖術などとはいってくれるな。
芙蓉:陰陽……。
清平:それよりも、お主……妖怪に憑かれていると思ったが。
首引(しゅいん)に憑かれているのではなかったか。
芙蓉:妖怪……? 何の話だよ。
清平:お主の身体に、べったりと妖気がまとわりついている故。
首引童子の手に落ちているかと思うて連れてまいったのだ。
N:芙蓉は自らの身体を見回した。
芙蓉:お、俺は妖怪になんて憑かれちゃいねえよ。
清平:そうか……あの娘。
芙蓉:娘……?
清平:あの娘が……そうか。地霊(ちれい)の類だと思っておったが、あやかしであったか。
芙蓉:それってまさか……お紅のことか……?
お紅が……妖怪だって? そんなこと……。
清平:娘はどこにいる。
芙蓉:え? だ、ダメだ! お紅は、妖怪でも、いい妖怪なんだ!
絶対にお前には殺させないからな! このぉ!
N:芙蓉は立ち上がって清平に殴りかかった。
清平は半身で交わすと、足を蹴りつける。
芙蓉は地面に転がった。
芙蓉:いってぇ……!
清平:憑かれた上に魅入られたとは、軟弱な。
芙蓉:俺は……俺は憑かれてなんかいねえ!
清平:ならなんだというのだ。愛したとでもいうのか。
芙蓉:……そうだ!
清平:世迷い言を……アレは見た目をいくら真似ていたとてあやかしよ。
お主がいくら望んだとて、同じ時を生きることは叶わぬ。
間
清平:立ち去るが良い。
芙蓉:嫌だ。
清平:では、ここで怪異に喰われるか。
芙蓉:嫌だ! 俺はーー
清平:逃げるがいい。お主はそうして生きるのだ。
自らの生き方は自らで決めるもの。
逃げる様が、お主には相応しい。
N:呆然と座り込む芙蓉に背を向け、清平は踵を返した。
清平:アレも相当に疲弊している筈……。
となると、あの妖怪の娘の妖気を喰らいにいくか。
◇
N:神社の中に、お紅は座っていた。
妖紅:……お引き取りください。
N:お紅の後ろには、鎧を着たものが立っていた。
そのものの容姿は、男とも女ともいえないほど整っており、まるでこの世のものとは思えなかった。
首引童子:おうおう、おかしなことをいう娘だ。
この首引童子を前に、この場を去れという。
妖紅:お引取りを……。
首引童子:そうしてやりたいのはやまやまなのだ。
己(おれ)としても、人を喰いたくてやまないのだ。
……だが、そうもいかなくてな。
N:首引童子は微笑みながら座った。
首引童子:妙な力を持った人間に追われているうちに、随分と力を吐いてしまった。
いますぐにでも新鮮な霊気を喰わねば、いくら己といえど立ち消えてしまうやもしれぬ。
妖紅:でしたら……村がございます。
この峠を越えた先にーー
首引童子:それならもう、喰った。
N:首引童子は、お紅の耳元に口を寄せた。
首引童子:躊躇なく村を差し出すとは、妖怪らしくて気に入ったがね。
……だがどうだろう。お前からは人の匂いがする。
それも酷く匂う。これはーーなかなかに若い雄のようだ。
間
首引童子:どこにいる。
N:お紅は首を振った。
首引童子:どうした。早く言え。
そいつを喰ったら、お前は見逃してもいい。
妖紅:言いません。
首引童子:どうしてだ。さっきはあっさりと差し出したではないか。
んん?
妖紅:どうぞ、私をお食べください。
間
首引童子:……気に入らないなァ。
己は恐れが好みだ。絶望が好みだ。
嫌悪が好みだ。悪性が好みだ。
お前からは、それが香らん。
気に入らないなァ。気に入らないがーー
N:首引童子の口が、開いた。
全身が破けるように開くと、深淵のような口内が広がった。
首引童子:デモ、マアイイ。クウカ。
N:お紅が覚悟を決めた瞬間ーー首引童子の口内に白い護符が飛び込んだ。
首引童子:ゴヒャア! イタイイイ!
清平:大人しく滅されよ。鬼め。
首引童子:貴様カァ! 貴様ダ! 貴様ハイラナイ! 忌々シイ!
◇
N:廃寺にて、清平は首引童子を追い詰めた。
しかし、清平の全力をもってしても首引童子は滅せなかった。
首引童子の口は異界と繋がっており、中から無数の怪異が這い出ては襲いかかり、清平は徐々に疲弊していった。
絶体絶命の折、清平はーーある術を使うことを決めた。
清平:このままでは……!
首引童子:ケハハハ! オマエモ喰ッテヤル!
N:清平は、自らの指の先を噛みちぎると、袖から引き出した巻物に祝詞(のりと)を書き記す。
清平:おとなしくしていろ!
N:清平が巻物を放ると、巻物は白いしめ縄に姿を変え、首引童子に巻き付いた。
首引童子:貴様ァ! ナニヲスル!
清平:……貴様の身体を封印する!
首引童子:ソンナコトガーー
N:清平が手刀を切ると、神社の隅で震えていたお紅の首に、同じく白い縄が巻き付いた。
妖紅:え?
清平:あやかしの少女よ。許されよ。
首引童子:マサカ、ソイツノ身体二ィ!?
N:清平は刀を足元に突き立てると、印を組んだ。
清平:そのまさかよ!
貴様の霊力をそのまま少女に流し込むッ!
そして貴様ごと滅するのだ!
首引童子:ヤ、ヤメロォォ!
妖紅:いやあああ! 芙蓉さまぁぁ!
◇
N:術は、成された。
そしてーー首引童子はお紅の中に封じられた。
清平:はぁ……! はぁ……!
N:清平は、息も絶え絶えに立ち上がると、床から刀を引き抜いた。
そして、気を失っているお紅の元へと歩み寄った。
清平:これも……太平のため……。
しかし恨むならば国ではなく拙僧にーー
N:お紅の身体ごと大鬼に止めを刺そうと、清平は刀を振り上げた。
振り下ろそうとした次の瞬間ーー清平の身体が揺れ、ゆっくりその場に崩れ落ちる。
清平の背後には、木の棒を握った芙蓉が立っていた。
芙蓉:お紅……お紅!
◆◇◆
速見:こうして首引童子の封印は成された。
だが、清平はこう書き残している。
『赤き争乱の月が瞬く時、紅に染まる』
N:速見は髭を撫で付けた。
速見:東北の異界の門があちらこちらを移動していると聞いて、俺は伝承を思い出した。
おそらくはその紅い眼の少女こそ、首切童子をその身に封じられた妖怪に違いない。
李:では……太古の妖怪が相手、ということですね。
浜渦:こりゃまた……荒唐無稽な話ですこと。
栄:……新一郎くんはーー彼は、どうしてそんな少女と一緒にいるっていうんですか。
速見:新一郎は、清平の手記を盗んだンだ。
栄:盗んだ?
速見:ああ、そうだ。
あの馬鹿……機密書庫に侵入して、例の手記だけをピンポイントで盗ンで行きやがったんだよ。
栄:どうしてそんなこと……。
浜渦:はいはーい。俺、ちょっと推理できたかも。
李:……お前はどうして……!
浜渦:ジャイアントって、強い能力者や怪異ばっかりを片っ端から倒してたわけでしょ。
それってつまり、自分より強いやつを探してるってことじゃん。
その妖怪ってのが、動く異界の門だとしたらさ、めちゃくちゃに強いわけで。
結局バトルジャンキーってオチだと思うわけ。
間
李:確かに……一理あるな。
栄:違います。
浜渦:うへ……だるいわー、その否定。
N:栄は、モニターに資料を投影する。
栄:彼が表立って活動をしていたのは、ひと月前が最後です。
それからは目立った活動はなく、そして先日ーーここに姿を現しました。
おそらく、彼は明確な行動理由を見つけたということです。
浜渦:それってマジ? 俺たちが戦った限り、あいつってかなりイカれてるぜ。
N:浜渦は、自分の腕に巻かれた包帯を指差した。
浜渦:ていうかさぁ……ジャイアントが何考えてるとか、今関係ある?
栄:どういう意味ですか。
浜渦:目下俺たちの目的ってさぁ、その妖怪とやらをぶっ殺すことなんでしょ?
それつだけでもヤバイってんだからさーー
栄:だからこそです。だからこそ、田中新一郎と戦うのは避けたいんです。
目的がわかれば、まだ話もできるかもーー
浜渦:おいおい。話、したよねぇ!
N:李は何かを言いたげに、速見は腕を組んだまま、黙って二人のやり取りを見つめていた。
浜渦:なぁんか痴話喧嘩みたいなことぺちゃくちゃ喋ってたけどさぁ。
アレがあんたのいう交渉なわけ?
栄:それはーー
浜渦:そんであいつに人質にとられてんじゃん。
おかげさまで俺も姐さんも痛い目にあってんだよね。
N:浜渦はへらへらと笑った。
浜渦:俺たちはさぁ! 別に駒でいいんだけどねぇ!
どうせ俺らは能力の代わりに頭がぶっ壊れちまってるし。
おたくら人間からしたら身体使うしか能がないと思ってんだろ。
栄:そんなこと!
N:栄は立ち上がった。
栄:そんなこと思ってません!
浜渦:でもそれが現実ってやつなの。
俺たちにはおたくらみたいに行動理由なんてないの!
誰かの言うこと聞くか、“衝動”に身を任せるかしかないんだからさぁ。
ジャイアントだってそうでしょ。
あいつらが潰し合ってくれんなら構わないじゃん。
わざわざ理由探ったり、あげく交渉なんてありえないって。
栄:違います! 私は……私達は、同じ未来に向かって歩いているんです。
能力者も人間も関係なく……誰も傷つかない世界のために!
そのために今までも、これからも一緒に戦ってーー
浜渦:だぁかぁらさぁ、それってそう思いたいだけじゃないの!?
N:浜渦は、イラつきを隠そうともせず、床を蹴りつけた。
浜渦:ってかさぁ、自分の価値観だけでモノ語るなって。
俺、あんたみたいなオンナ……すげえ嫌いなんだよなァ!
N:浜渦は、凶暴な笑みを浮かべて栄を睨みつけた。
浜渦:一緒に戦うだぁ……?
あんたさぁ、超能力者がなんなのか本当わかってないよねぇ!
まともな人間の思考で、マジで俺たちのことが理解できると思ってたりしちゃうわけ!?
栄:私は……。
浜渦:超能力者はさ、あんたみたいな人間とは違うわけ!
戦う理由も、生きる理由も、なんもかんも!
李:浜渦!
いい加減……言葉がすぎるぞ。
浜渦:あー、姐さんは正規採用だもんな。
真面目に警察官なんてやってられるわけだ。
……俺は、更生採用だからね。
知ってる? 俺はもともと二つ名持ちの犯罪者なのよ。
栄:うそ……資料にはそんなことどこにも……!
浜渦:犯罪を犯して捕まった超能力者は、国の更生施設に保護されるんだよ。
そして、更生したと判断されたらーーま、こうしてお国のために働いたりできるわけ。
知らないわけないよなぁ、犯罪能力者を捕まえて施設送りにすることにかけちゃあ……あんたら、”速見興信所”の右に出るものはいないだろ。
あんた自身が、何人もの能力者をそうやって……俺たちみたいな戦闘人形にしてきたんだ。
N:浜渦は腕を組んで栄を睨みつけた。
浜渦:見たいように世界を見てるだけなんだろ、要するに。
超能力者を捕まえて……「わかってるよ」なんて甘い言葉かけて……!
本当はなんもわかってねえ癖に、パラノーマンズを支配してさぁ!
それで俺らのこと、わかってるつもりになってんだろ!
栄:ーーわかんないわよ!
N:栄は震えながら叫んだ。
栄:その通りよ! わかんない!
意味分かんないわよ! 衝動って何!?
なんで考え方がころころ変わるの……!? 力場を通じた世界はどう見えてるの!?
わからないわよ……わからないから!
たくさん調べて……! それで!
それで……!
N:栄は、両手で顔を覆った。
栄:私……力が欲しいわよ!
超能力が欲しい……! 棗ちゃんみたいにいろんなことを知りたい……!
荒人くんみたいに戦いたい! 春日さんみたいに誰かを助けたい!
岩政さんみたいに! 木本さんみたいに! キングさんみたいに……!
浜渦さんや、李さんみたいに!
……みんなみたいに……!
(間)
一緒にいたって! 理解しようとしたって!
わからないわよ! じゃあ、あなた達は私の何をわかってるっていうのよ!
N:栄はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
栄:居場所がないのは知ってるわよ……!
でも、帰る場所なんてもうここ以外にないのよ……!
じゃあ私は……どこにいけばいいっていうの……?
N:栄の肩に、李はそっと手を触れた。
李:ここにいてください。
栄:……私なんて……!
李:いてください。栄友美さん。
間
李:……私は、大学在学中に能力に目覚めました。
それまでは今のような自分ではなかった。
普通の女として、人並みの生活をしていました。
衝動に目覚めてから、その時のことはまるで別人の人生のように感じています。
だからこそ、超能力はまるで病のように私達を蝕んでいるように思えます。
N:李は栄の頭を撫でた。
李:私達は……自ら、超能力者という存在を否定します。
それは衝動を持つ者の呪いです。
ですが、そんな私達を、変わらず人として見てくれる人が、私達には必要なのです。
それがーー貴女です。
そんな人間を、私は他には知りません。
兵器として、道具として扱われる私達を、どこまでも対等にみようとしてくれている。
それは貴女のもつ、立派な超能力です。
そうだろう、浜渦。
間
李:浜渦。
浜渦:……知らねえよ。
李:ほら、栄さん。
彼は偉そうに言っていましたが、結局拗ねているだけなんです。
浜渦:はぁ!? 拗ねてねえって!
李:足りないんです。私達は、子供のようにわがままだったり……例えば私のように、従うだけのものもいる。
間
李:彼ーージャイアントのような超能力者は、おそらく私などよりも激しい衝動を抱えている。
規格外に不安定である彼のそばに入れたのは、あなただからだと……そう、思います。
今回は少し、混乱してしまっているのかもしれません。
でも貴女なら、もっと彼を理解できているはず。
N:李は、栄の手にハンカチを握らせると、微笑んだ。
李:私の知る貴女の力は、こんなものではないはずですよ。
栄友美さん。
間
栄:……ええ。もう大丈夫です。
N:栄はハンカチで目元を拭うと、立ち上がった。
速見:ったく……俺も年食ったねえ。
……柄にもなく、響いちまってらぁ。
N:速見は困ったように微笑んだ。
速見:友美、お前はどうしたい。
栄:私は……諦めません。
弱音は十分に吐きました。ですからここからは、私の衝動に従います。
N:栄は、立ち上がって全員の顔を見回した。
栄:甘っちょろい理想論を掲げるのが、私の超能力です。
この力は、どんな力場に押しつぶされたって負けはしません。
ですから私は、絶対に引きません。
何もかもを、押し付けてみせます。
N:栄は、満面の笑みで速見に近づいた。
栄:所長。私、速見興信所の職員、ですよね。
N:栄は、モニターに契約書を映し出した。
栄:実はですね……。職場で嫌なことがあって……私、泣かされちゃったんです。
速見:……は?
栄:だから。訴えられたくなければーーこの作戦の指揮権を、私にください。
N:速見はあまりのことに口を開けたまま固まった。
浜渦:(吹き出して)っくくく……! なにそれ……! ウケる……!
李:……確かに、中将の階級からすれば我々は従わざるを得ませんがーー
私達は、軍人ではありませんからね。
N:速見は、観念したかのように笑みを浮かべると、頭を掻いた。
速見:仕方ねェなあ……。
これで、お前の……泣き顔見た分は、チャラにしてくれや。
栄:(深呼吸)……はい。もう、泣くのは飽きましたから。
N:その声色は、自信にみち溢れていた。
<前編>
<後編>
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