残酷色-
作者:たかはら たいし


原 信宏(はら のぶひろ):♂
高瀬 彩(たかせ あや):♀
松田 享(まつだ すすむ):♂
千葉 未来(ちば みらい): ♀
久保田 千秋(くぼた ちあき):♀
スーさん: ♂

※被り推奨。性別不問。

上司1:
上司2:




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去る四月の二十六日。

部屋にはグシャグシャになった書類が何枚も、何枚も散らばっていた。
信宏が、机に向かっている。
机の上の履歴書の、自己PRの項目を見つめている。

浮かない表情のまま、自己PRの項目にペンを入れる。
やがて、ペンを動かす手は止まり、信宏はその手で書きかけの履歴書をグシャグシャに丸めて投げ捨てる。
信宏はため息を吐いて、目を閉じた。



■劇団ちゃんねる7(セブン) 5月公演
「UN-touchable(アンタッチャブル)」作:久保田 千秋

明転

舞台中央に絵里子(久保田)
上手側から耕平(信宏)、翔太(松田)、夏子(千葉)が登場する。


耕平(信宏)「絵里子!!」

絵里子(久保田)「耕平・・・、夏子に翔太も・・・、来ちゃったんだ」

翔太(松田)「なに水くさい事言ってんだよ、エリちゃん」

夏子(千葉)「そうよ。友達のお別れに見送り付き合うのなんて当たり前じゃん」

絵里子(久保田)「そっか・・・。猫ってさ、自分の死期を悟ると飼い主の前からいなくなる。だから━━━」

耕平(信宏)「私がもし死ぬ時は、そうでありたい。オマエの口癖だったよな」

絵里子(久保田)「うん。でも、おかしいよね。私、もう死んじゃってるのに・・・」

耕平(信宏)「おかしくない。絵里子は、死んでなんかいない」

絵里子(久保田)「え?」

翔太(松田)「そうだよ。エリちゃんは死んでなんかいない」

夏子(千葉)「ずっと、今も、生きてるんだ。私たちの中で」

絵里子(久保田)「なっちゃん、ショウくん・・・」

耕平(信宏)「絵里子・・・、俺、ずっとオマエに言いたかった事があって・・・、
オマエがいなくなってから、もう5年経つけど。
オマエが死んだって、俺、まだ実感沸かないんだ。
絵里子と会えない日が、あれから5年間続いてた、そんな風に片付けてた。
俺、おまえのこと、今でも好きだ、愛してる」

絵里子(久保田)「・・・」

翔太(松田)「はぁ〜、やっと言いやがった。このバカちんが」

絵里子(久保田)「耕平・・・、ごめんね」

耕平(信宏)「いや、こっちこそ・・・」

夏子(千葉)「ほんとにもう、アンタたち両方とも素直じゃないんだから」

翔太(松田)「オマエら昔、お釣りの譲り合いからケンカした事あったもんな」

夏子(千葉)「ああー、覚えてる覚えてる。うちらがアンタらのお釣りもらって解決とか、意味わかんないよね、今思えば」

絵里子(久保田)「うん・・・」

翔太(松田)「それからそれから、絵里ちゃんの誕生会のとき、
ケーキのろうそく一緒に吹き消すの、こいつが嫌がってケンカしたよな」

夏子(千葉)「あったねー、誕生日会ろうそく事件。絵里子がイジけて外出ていっちゃった時ね」

耕平(信宏)「だって、恥ずかしかったんだよ」

翔太(松田)「え、おま・・・、あれそんな理由だったの?」

夏子(千葉)「私たちそんな理由でアンタらのこと必死に仲裁したのかよ」

耕平(信宏)「いや、だって・・・」

絵里子(久保田)「あ、ねぇ、あの時戻ってきたら火消えてたけど、結局耕平が消したの?」

耕平(信宏)「いや・・・、そういえばいつの間にか消えてたな」

夏子(千葉)「・・・まさか、」

翔太(松田)「あ、俺!!俺が一息で吹き消してやった!!」

夏子(千葉)「はあ?」

絵里子(久保田)「え、ショウくんが消したの?」

翔太(松田)「いやだって、だってさ!!」

夏子(千葉)「こいつ、あの時のケーキ早く食べたかったんだよ」

翔太(松田)「いや、だって旨そうだったからさ・・・」

耕平(信宏)「そういや、俺と絵里子の分も食ってたよな、オマエ」

夏子(千葉)「え?嘘?私、絵里子の為にすっげー並んでわざわざ買ってきたんだけど」

絵里子(久保田)「私、一口も食べてない」

夏子(千葉)「なにやってんだオマエは!!」

絵里子(久保田)「ケーキ食べたかったなー」

耕平(信宏)「空気読めよ、翔太」

翔太(松田)「こっちの台詞だよ!!誕生日にケンカすんな!!」

昔のように笑い合う4人

翔太(松田)「んじゃ、今日のところは空気読んで俺らは退散するわ」

夏子(千葉)「そうだね」

耕平(信宏)「翔太・・・」

夏子(千葉)「耕平も絵里子も、今日は素直に、言いたい事全部言うんだよ?」

絵里子(久保田)「なっちゃん・・・」

翔太(松田)「じゃあな、エリちゃん。元気でな、っていうのも変か」

絵里子(久保田)「ううん、そんな事ないよ。ありがとう」

夏子(千葉)「絵里子・・・、元気でね」

絵里子(久保田)「うん。なっちゃんもね」

翔太(松田)「じゃあ、またな」

夏子(千葉)「またね、絵里子」

絵里子(久保田)「うん」

翔太、夏子、上手に退場。
二人の後ろ姿を、耕平と絵里子が見つめている。

耕平(信宏)「違ったろ?」

絵里子(久保田)「え?」

耕平(信宏)「俺たちさ、会ったら、五年前みたく、ああいう風に笑い合える」

絵里子(久保田)「うん」

耕平(信宏)「だから、何も変わらないでいいんだ。
オマエがいなくなってしまっても、俺たちは笑い合える
俺たちの中で、俺の中で、オマエが生き続けているから・・・」

絵里子(久保田)「そうだね・・・」

絵里子が突然、感極まって泣き出す。
耕平がそっと、絵里子を抱きしめようとするが、絵里子は距離を置く。

耕平(信宏)「絵里子・・・」

絵里子(久保田)「うん。本当に、耕平の言うとおりだった・・・、でも、でもね?
たった一つだけ、いま変えないといけない事があるよ、耕平・・・」

耕平(信宏)「なに?」

絵里子(久保田)「別れよう、私たち・・・」

耕平(信宏)「え・・・」

絵里子(久保田)「生きていく事って、すごく大変なんだって、私・・・、私・・・、死んでから改めて思ったんだ」

耕平(信宏)「そうだよ。そうなんだよ、絵里子。でも、俺はオマエがいなくなっても、オマエのこと」

絵里子(久保田)「(遮って)生きていく為にはさ・・・、好きだからこそ、嫌いにならなきゃならない事だって、あるんだよ・・・」

耕平(信宏)「絵里子・・・、でも俺・・・・・」

絵里子(久保田)「耕平はまだ生きているんだよ・・・、まだ、生きてるの・・・・、今の私にとってはそれだけで充分」

耕平(信宏)「でも、でも俺・・・、絵里子のこと・・・」

絵里子(久保田)「わたしはもう、あなたの愛に触れられない。だからもういいんだよ、耕平・・・」

耕平(信宏)「・・・うん」

絵里子(久保田)「バカ・・・、死んでる人間に、こんな事言わすとか・・・、ほんとにバカ・・・・」

耕平(信宏)「ごめん・・・」

絵里子(久保田)「ありがとう、5年前の、私が好きだった耕平のままでいてくれて・・・」

耕平(信宏)「絵里子・・・、俺も、ありがとう・・・、おまえと付き合った五年とおまえがいなくなった五年・・・、ありがとう・・・」

絵里子(久保田)「絶対に見つけてよ、私よりもかわいい子をさ」

耕平(信宏)「善処する・・・」

絵里子(久保田)「私の事、思い出になるように、生きていって」

耕平(信宏)「善処・・・する・・・、頑張るよ・・・・」

絵里子(久保田)「よかった、こうやって、もう一度会えて・・・・」

耕平(信宏)「・・・・」

佇み、泣き出す耕平に、歩み寄る絵里子。二人は抱き合って、くちづけを交わす。

絵里子(久保田)「しょっぱい・・・」

耕平(信宏)「いまそんな事言うなよ・・・」

絵里子(久保田)「ふふっ」

絵里子が、耕平の髪をそっと撫でる。

絵里子(久保田)「ばいばい、耕平」

耕平(信宏)「うん、じゃあな、絵里子」

暗転。

明転後、舞台中央で耕平がひとり佇んでいる。
上手側から翔太、夏子登場。

翔太(松田)「エリちゃん、いっちまったか」

耕平(信宏)「うん」

夏子(千葉)「絵里子、なんて言ってた?」

耕平(信宏)「・・・」

翔太(松田)「耕平?」

耕平(信宏)「フラれちったよ、俺・・・」

翔太(松田)「・・・・そっか」

夏子(千葉)「耕平、絵里子はさ・・・」

耕平(信宏)「うん・・・、わかってる・・・・」

夏子(千葉)「耕平・・・」

耕平(信宏)「あいつ、いなくなってからも俺のこと、ずっと心配してくれてたんだな・・・、ダメダメだ、俺」

翔太(松田)「・・・んじゃあさ、これ以上、エリちゃんを心配させるわけにはいかないな」

耕平(信宏)「ああ・・・、でも・・・」

夏子(千葉)「どうしたの?」

耕平(信宏)「俺、頑張れるかな・・・、絵里子より好きな人に、この先会えるのかな・・・、大丈夫かな、俺・・・」

翔太(松田)「そんな事わかんねえに決まってんだろ」

耕平(信宏)「翔太・・・」

翔太(松田)「俺たちはまだ生きてんだ。先のことなんて何一つわかりゃしねーさ」

夏子(千葉)「だからこそ、人生って楽しいんだよ」

翔太(松田)「エリちゃんはさ、オマエが忘れてたその楽しさを思い出させる為、わざわざ現れてくれたんだよ」

夏子(千葉)「素直じゃなかったのは、相変わらずだったけどね」

翔太(松田)「一区切り、出来たんだろ?」

耕平(信宏)「ああ。・・・あいつ、言ってたんだ。
生きていく為には好きだからこそ、嫌いにならなきゃならない事だってある、って」

夏子(千葉)「うん」

耕平(信宏)「そんな風に思えるの、何時になるかはわからない、けど、俺・・・、生きていこうと思う。
俺、生きていくから、もう大丈夫だから、・・・ありがとう」

暗転。

再び明転すると、舞台中央に、キャスト4人が横一列に並んでいる。

久保田「本日は劇団ちゃんねる7、5月公演、UN-touchable
最後までご覧いただきまして、ありがとうございました!!」

信宏&松田&千葉「ありがとうございました!!」

客席から拍手が止めどなく溢れる。

彩N「93分間。目の前の非日常に、ただ目を奪われていた。
テレビドラマや映画とは全然違う世界が、手を伸ばせば届きそうな距離で繰り広げられていた。
鳥達が一斉に飛び立ったような、この拍手の音で、私は日常へと帰っていく。
心の中に、冷めやらない興奮を残して、私は帰っていく」

拍手の音が止む。

彩N「ただいま、日常」

■舞台終了後、劇場のロビー

劇団の出演者が舞台を見に来た観客達を見送っている。

信宏N「この日の為に、積み上げてきた8ヶ月と3週間が終わっていく」

久保田「あ。先生!!今日はどうもありがとうございます。
(花束を受け取りながら)ああ、どうもありがとうございます。
え?ほんとですか?先生に褒めてもらったの凄い久々だから嬉しいなー。
え?いや、褒められたの久々ですよ。前回演った時とか割とボロクソに言われましたし。
いや、嘘じゃないですって。ほんと。いや、本当に。ああ、でも凄く嬉しい」

千葉「ああー、アダチさんだー!!来てくれてありがとー。
今回、私ちょー良くなかった?でしょ?良かったでしょ?
なんかね、今回は舞台立ってていつもと違いましたもん。なんかキレてた感じ。
え?違いますよー、そっちのキレてたじゃないです。なんか研ぎ澄まされてた感じ。
いや、こないだは思わず愚痴っちゃいましたけどー、結果オーライなんで」

松田「おう。来てくれたんだ。おう、ありがとな。
ええ?なに?うっせーな、台詞噛んだ事に関してはスルーしろよ、オマエ。
てか、クスクス笑ってたのオマエだろ。いや、絶対嘘だ。笑ってたのちゃんと聞こえたもん俺。
うん。まぁでもありがと。え?いや、多分このあと打ち上げあるから今日は厳しいかな。
でも、舞台終わったし、当分暇だろうから。うん、また連絡するわ。え、外、雨降ってる?マジ?」

※松田、千葉、久保田の上記3台詞は三人同時に言って下さい。

信宏N「俺は舞台が終わった後の、この挨拶の時間がどうしても好きになれない。
共に舞台を作ってきた劇団長や、友人や、後輩が知人達に頭を下げている光景が嫌だ。
来てくれた観客へと、何か言葉にならない想いを届ける為に、皆で苦労してきたはずなのに、これじゃまるで会社の接待だ。
本人達はそう思っていないかもしれないが、その光景を目(ま)の当たりにするのは舞台が終わったという興奮を酷く萎えさせる」

思わず、溜め息を吐く信宏。

彩「あの・・・」

信宏「あ、はい。今日はお越しいただいてどうもありがとうございました。あ、キャストのお知り合いの方ですか?」

彩「いえ。たまたま今日此処を通りかかって、時間があったので、見てみようと思って・・・」

信宏「そうだったんですか。いや、どうも、ありがとうございます。」

彩「あの、ほんとに今日良かったです。私、今日はじめて舞台見たんですけど、
見ていて凄く興奮して、耕平さんと絵里子さんのラストシーン、感動しました」

信宏「嬉しいです。ありがとうございます。」

彩「私、耕平さんが、絵里子さんとお別れするところの、耕平さんの表情が本当に切なげで、そこで本当にもう・・・
あ・・・、なんかすみません。アンケートにはちゃんと感想書いたんですけど、全然伝わってないですよね?」

信宏「いえ、そんな事ないです。そう言っていただけて嬉しいですよ。ありがとうございます。
・・・あ、これ、良かったら、チラシ持っていって下さい。多分ですけど、また半年後ぐらいに舞台やる予定なので」

彩が手にしていた傘を近くのドアに立てかけて、チラシを受け取る。

彩「ありがとうございます。次の公演も絶対に見に行きます。今日はどうもありがとうございました!!」

足早に劇場から走り去っていく彩。
その後ろ姿を信宏が呆けた様子で見つめている。

信宏「・・・」

松田「おい、ノブ。なに?今の子、知り合い?」

信宏「え?いや、違う」

松田「ふーん。・・・てか、それなに?花柄のやつ。オマエの傘?」

信宏「ん?いや、俺のじゃない。あ・・・、忘れていったのか。大丈夫かな、あの子」

■劇場近くの居酒屋

端奥の席にスーさん、その向かいに久保田。
スーさんの横に松田、向かいに千葉。隣に信宏が座り酒を交えて談笑している。

スーさん「あ、すみません。コークハイボール1つ。あと、なんかいる?」

久保田「えーと・・・」

千葉「マッコリ1つくださーい。あと、しらすと大根おろしのサラダと、からしレンコン」

久保田「モスコミュール1つ」

松田「あと、この鉄鍋あんかけチャーハンください」

千葉「は?米食うんすか?」

信宏「あと、レモンハイ。以上で」

松田「いや、だって腹減ったし」

スーさん「え?ちょっと待って。オマエ1人で食うの?」

松田「何言ってんすかスーさん、そうですよ、当たり前じゃないっすか」

スーさん「いや、じゃあ俺オマエのチャーハン絶対もらうからな」

久保田「ススム。私もちょっとちょうだい」

千葉「私はいいです」

松田「ていうか、あげるなんて言ってないんですけど」

スーさん「もう皆してこいつのチャーハン全部食っちまおうぜ。あ、ノブ、カバンからタバコ取って」

信宏、スーさんのカバンからタバコを取り出して渡す。

久保田「火、あります?」

スーさん「ああ、貸して」

久保田「はい」

スーさん「サーンキュー」

久保田「そういえば、スーさん。禁煙するって言ってませんでしたっけ?」

スーさん「3日で終わった」

久保田「早っ」

端奥の席で久保田とスーさんが煙草を吸いながら会話している。
その横の席で松田が今日の舞台の事を話し始める。

松田「いやぁ、でもノブ、今日の夜の部。すげぇ調子良かったんだけど、俺」

信宏「ああ、ほんとに?」

松田「うん。翔太が完全に俺の中に降りてきてたね。
いや、俺の中で台本配られた時から翔太のキャラクター像みたいのがあってさ。
今回は自分を翔太に如何に近付けるかの作業だったって感じ?
ラストの回はほんとに俺の理想通りの翔太になれてたからさ、演じててすげぇ気持ちよかった」

千葉「うーん・・・」

松田「なに、どしたの?チバちゃん」

千葉「いや、ラストの回で理想通りって遅くないですか?
ていうか松田さん、昨日のしょっぱなの時、テンぱり過ぎてて全然掛け合いにならなかったんですけど」

松田「いや、別にテンパってはなかったよ。俺の中の翔太って、大体ああいう感じだから」

千葉「だとしたら今回の松田さん掛け合いやりにくかったです。今日も何箇所か、私の台詞食ってましたよね?」

松田「まぁ、確かに。そういうとこはちょくちょくあったけど、俺は俺の中の翔太って人間を最後の最後で表現出来たからさ」

千葉「でも今日だって、耕平にキレる見せ場のシーンで噛んでたじゃないですか」

松田「それは言わないでくれよ、チバちゃん」

千葉「笑い声してましたよ」

松田「それ、俺の友達」

千葉「そうなんですか?」

スーさん「おーい、マッコリ来たぞー」

千葉「あ、ありがとうございます」

スーさん「レモンハイ、誰?」

信宏「俺です」

松田「まぁ、だからさ。俺の中で翔太っていうのは友達想いのお調子者なんだよ。
耕平のことを親友って思ってるからさ、不甲斐ないとこ見たらビシっと言う奴だと思うんだよね」

千葉「じゃあ翔太は夏子のことどう思ってるんですかね」

松田「付き合いの長い友達」

千葉「・・・・それだけですか?」

松田「え、なんかあんの?」

千葉「いや、だから。付き合いの長い友達でも、色々あるじゃないですか。
私、夏子に関しては若干、翔太に気があると思いながら演じてたんですよ」

松田「あー。実はそれ、俺も思ってた」

千葉「いや、でも松田さんの言う理想の翔太に関しては、そう思えなかったです」

松田「え、じゃあさ。チバちゃんの思う夏子っていうのはどんな感じなの?」

千葉「先ず、親友である絵里子が死んでしまって、耕平以上に後悔の念を抱いていると思うんです。
絵里子の事、大切に思ってるから気を遣わせないよう、あえて明るく接する感じで演じたんですよ」

松田「ああ、わかるわかる。俺も夏子に関してはそういう印象抱いてた」

千葉「ほんとですか?」

松田「うん」

千葉「まぁ、でも2日間とりあえず無事に終わって良かったですね。個人的には今回の公演、今までで一番良かったと思います」

松田「えっ、そうなの?」

千葉「はい。メインキャストの二人が魅せるとこは魅せて、私もそれに乗っかれてやれたんで」

松田「ああー、ノブの耕平、俺好きだったわー」

信宏「あ、ほんとに?ああいう役はじめてだったから、千秋さんの演出に助けられたな。
俺、最後まで、いまいち耕平が掴み切れなかったからさ」

千葉「私、原さんの芝居はあんまり好きじゃないですけど、全体的に良かったと思いますし、まぁいいんじゃないですか?」

松田「言うねぇ、チバちゃん」

千葉「いや、劇団の人達は私、表現者として、みんな仲間だと思ってるんで。
逆に良く思ってないのに、凄く良かったですー、って言われるの嫌じゃないですか?」

信宏「うん。まぁ、それはね。あ・・・、掛け合いやり辛かった?」

千葉「そんな事ないですよ。ただ、個人的に、なんていうんですかね。原さんの芝居って自分が無いんですよね、原さんがいない感じ」

松田「どういう事?」

千葉「配られた台本にある台詞読んで、演出通りにやって、前から言おうと思ってたんですけど、ただそれだけって感じがするんですよ」

信宏「それだけって?」

千葉「掛け合いとか別にいいんです。ちゃんとこっちの台詞拾って返してくれるから。
でも、一緒にやってても楽しくないんですよね。原さんの芝居って空虚に伝わるんですよ」

信宏「空虚?」

千葉「はい。私は女優の道を進む上で、観客は勿論ですけど。
一緒にやってて、共演者や演出家にも楽しいって思ってもらえる女優になりたいんですよ。
だからまぁ、原さんの芝居に関しては━━━━」

スーさん「(遮って)ええ!?何の話してんの?」

松田「今日と昨日の話っす!!」

スーさん「おお、いいねぇ」

千葉「そういやスーさん、今回のラストシーンの照明、全体的にタイミング神でしたね」

久保田「そうそう。神がかってたよね、タイミング」

スーさん「だろ?自分でいい仕事してるって思ったもん」

松田「自分で言うんですか?」

スーさん「当たり前だろ。でも、今回はいつも以上に皆ハマってたよ。
そのおかげで、俺も一緒に舞台立ってる感じで照明やれたし。・・・でも、ススム、オマエ噛み過ぎ」

松田「ええー、もうなんでスーさんまでそういう事言うんすかー」

スーさん「いや、オマエちゃんと台本読み込んだ?」

松田「超失礼っすね」

久保田「ちゃんと読んだ?」

松田「はい、読みました・・・」

スーさん「今も千秋とその話してて、なんでそこで噛むんだー!!って」

久保田「あそこさー、笑い声したよね?」

千葉「してました、してました」

松田「あれ、俺の友達」

スーさん「オマエ、ほんとテンぱり過ぎ」

松田「さーせん、精進しまぁす」

信宏「すみません。千秋さん、今日のアンケート見せてもらってもいいですか?」

久保田「うん」

スーさん「俺のカバンにまとめて入ってるから見ていいよ」

スーさんのカバンの中から、今回の公演に関する観客たちの感想用紙を取り出す信宏。

千葉「私も見たいです」

松田「俺も見せて」

感想用紙を、松田と千葉に渡す信宏。

久保田「さっきざっと読んだけど、今回は良かったって感想多かったよ」

スーさん「おっ、いいじゃんいいじゃん」

久保田「前回は台本で失敗したからねー。今回はテーマをシンプルにしたから、それが良かったんだと思う」

スーさん「いや、今回の話は良かった。尺も丁度よかったし、もっと今回みたいなの書けよ」

久保田「ほんとですか?先生にも同じこと言われましたよ」

スーさん「先生って専門時代の?来てたんだ」

久保田「さっきほら、ロビーにいたじゃないですか。ハゲてるおっさん」

スーさん「やめろよ千秋、おまえなんでそういう事言うんだよ」

久保田「だって学生時代、自分でハゲてるのネタにしてましたよ」

スーさん「マジで?俺、むっかーし書いた台本にそういうキャラクターいたなぁ」

久保田「台本書いてたんですか?」

スーさん「うん」

久保田「へぇ、いや、ほんとスーさん若い頃どれだけマルチだったんですか?
芝居もやってて、バンドもやってて、それで台本も書いてたんでしょ?」

スーさん「そうそう。俺に出来ない事とか無いって普通に思ってたから」

久保田「見習いたいわ、ほんと」

スーさん「いやー、でも、ダメ人間だったからなー」

久保田「それに関してはほら、私、あんまり他の人のこと言えないから」

スーさん「だよなぁ。オマエ、この後帰ったら濡れた洗濯物ちゃんと取り込めよ?」

久保田「ちょっとやめて、それは今この場で言わないで」

千葉「・・・あ、でも、こんなのもありますよ?」

久保田「ん?どれどれ?」

千葉が久保田に渡したアンケート用紙には否定的な意見が記載されている。
渋い表情を浮かべながら、久保田がアンケート用紙を読む。

久保田「前半部分はキャスト陣が集中出来ていないように見えて台詞が入ってきませんでした。
中盤の終わりぐらいから持ち直したような印象でしたが、個人的に勿体無いなー、と思いました」

スーさん「ススムの事だろ、それ」

松田「ちょっと待って下さいよ。さっき話してましたけど俺、今日すげえ調子良かったですよ。翔太降りてきてたし」

千葉「でも、見に来た人にそう思わせちゃダメじゃないですかね」

スーさん「反省しろ、反省」

松田「ええー!?いや、でも集中してたんだけどなー」

久保田「あとは・・・、今回の話を収めるには90分という尺では短いように思えました。
ラストシーンに関してはやや消化不良感があって、そこまで感動出来ませんでした、かー」

千葉「個人的には良かったと思うんですけどね。専門時代の先生も褒めてくれたんですよね?」

久保田「うん。でもまぁ、貴重なご意見ですよ。ありがたーく次回作の参考にさせていただきます」

松田「あ。絵里子の耕平に対する切ない想いが伝わって、ラストシーンで感動しました、だって」

スーさん「いや、ほんとに。ラストシーン良かったよ」

久保田「それ先生にも言われた」

スーさん「先生じゃねーよ、俺が言ってんだよ」

久保田「はいはい、どうもありがとうございます」

松田「今回は耕平と絵里子良かったって感想多いな。でも翔太が可愛かったって書いてあったからいいや」

千葉「・・・すみません、ちょっと私、トイレいってきます」

久保田「そこの突き当たり行って左側」

千葉「あ、どーも」

千葉が足早に席を外す。
その様子を見ながら松田が小声で話す。

松田「・・・・・あれ、夏子の感想があんまり無いから、絶対悔しがってるよね?」

スーさん「千葉ちゃんはわかりやすいからなー、若いよな」

久保田「私が若くないみたいなのやめてもらえます?」

松田「千秋さんは相当若いっすよ。見た目もやってる事も」

久保田「なに?やってる事って」

松田「ほら、こないだガス代と電気代滞納してたじゃないですか」

久保田「(遮って)うるさいな、うるさいな、もう、うるさいなー」

スーさん「やってる事、ハタチぐらいの奴と変わらねーよな」

久保田「ほんと、皆して酷いんだけど。ちょっとノブ君ー、何か言ってやってよ」

信宏「・・・・」

信宏が食い入るように1枚のアンケート用紙を見つめている。

スーさん「オマエ、シカトされてんじゃん」

松田「ノブ、どしたの?」

信宏「え?」

松田「なんか書いてあった?」

久保田「シカトすんなよー」

信宏「すみません。これ読んでて・・・」

信宏が松田に、見ていたアンケート用紙を渡す。

松田「うっわ。なんじゃこりゃ、びっしり書いてあんなぁ」

スーさん「細かい字だなぁ。そういや、米粒に字書く人いるよな」

松田「へー、ポエムみたいな感想だな」

信宏「多分だけど、あの、傘忘れていった子じゃないかな」

松田「ああー、はいはい。え、てか、あの子、ほんとに知り合いじゃないの?」

信宏「うん、知らない」

スーさん「え?可愛かった?」

松田「ああ、結構。小柄で可愛い子だったよな」

信宏「なんか、今日劇場通りかかって、たまたま見に来てくれたんですって」

松田「珍しいですよね」

スーさん「いや、そうでもないよ。俺、昔、何回かやったことあるし」

久保田「スーさん基準で話さないで下さいよ」

スーさん「なんでだよー」

久保田「そういや、忘れてった傘どうしたの?」

信宏「劇場の人が預かってくれるって言ってたんで」

松田「かわいそ。雨の中、傘無しで帰っちゃったんだ」

スーさん「もおー、ノブー、オマエなんで傘持って走っていかなかったんだよー」

信宏「いや、急いでる様子だったんで・・・」

久保田「ノブ君、そこは男として追わないとダメだよ」

松田「そうだよオマエ。そっから、ほら、そういう関係になったかもしれないじゃん」

久保田「それは突飛過ぎかな」

松田「あれ?」

信宏「でも、大丈夫かな、あの子」

彩N「93分間にも渡り私は幻を見せられている気分でした。
耕平、絵里子達の日常が心に深く食い込んできて、
私はその想いを言葉に出来ず、高鳴る心臓の音を抑える事に必死でした。
絵里子さんの言葉、生きていく為には好きだからこそ、嫌いにならなきゃならない事だってある。
彼女の想いを前にした耕平さんの想い、二人の交わる事の無い気持ちを前に、
決して日常では味わう事の出来ない、テレビドラマじゃ、映画じゃ、
決して感じる事の出来ない生々しさを今日、偶然にも感じる事が出来て、幸せな5580秒間でした。
きっと、今日のこの気持ちを色に例えるなら、優しく透き通った、そんな色なんじゃないかと、私は思いました」

■-1週間後-

1週間前、舞台本番を終えた劇場の前に信宏がやってくる。

信宏N「舞台を終えると俺は、毎回のように公演を行った劇場へと足を運ぶ。
そうする事で、ようやく舞台が終わったという実感が沸く気がするからだ」

ふと、息を吐く信宏。

信宏N「今回の舞台も色々と大変だった。
終わってみて実際、何が大変だったか明確に浮かんでくるわけではない。
頭の中で、ぼんやりと、稽古の事や、本番前日の夜の事、そして、当日の事が早送りのように過ぎ去っていく。
俺は、毎回こうして、一人で舞台が終わったという実感を、自分に沸かせる行為が、なんとなく好きだ」

彩「傘預かっていただいて、どうもありがとうございました」

劇場の扉から、花柄の傘を持った彩が出てくる。
劇場の前の歩道に佇む信宏に気付き、慌てて会釈をする彩。

彩「あ・・・」

信宏「あ、どうも。傘、大丈夫みたいで良かったです」

彩「はい」

信宏「こないだ雨、降ってたから。風邪ひきませんでした?」

彩「はい。大丈夫でした。今日は、どうかされたんですか?」

信宏「舞台終わった後、こうして劇場に来るの好きなんです。舞台終わったなー、って感じがようやくして」

彩「そうなんですね。あの、原さん・・・?でしたよね?」

信宏「はい」

彩「その・・・、もしよかったら、この後お暇ですか?私、こないだの舞台のこととか色々、お話聞いてみたくて・・・」

信宏「・・・」

■-喫茶店-

机の上には、ホットコーヒーが二つ。
テーブル席で、彩と信宏が向かいあって話している。

彩「すみません、お時間取ってもらって」

信宏「いえ、いいんです。舞台も終わって一段落しましたから」

彩「ありがとうございます」

信宏「あの・・・」

彩「はい?」

信宏「アンケートの、優しく透き通った色って感想。もしかして・・・」

口元を抑えて、彩が恥ずかしそうな表情を浮かべる。

彩「はい・・・、書いたの、私です・・・」

信宏「やっぱりそうでしたか」

彩「恥ずかしい・・・」

信宏「とても嬉しかったです。素敵な感想、どうもありがとうございました」

彩「いえいえ、そんな・・・。こちらこそ、あんなに素晴らしいものを見せてもらって、どうもありがとうございました」

信宏「あ、いえ・・・」

照れくさそうな表情を浮かべながら、コーヒーを口にする信宏。

彩「私、舞台見たのこないだがはじめてで、あの後、舞台のDVD借りて見たんですよ」

信宏「へぇ、ちなみに、何をご覧に?」

彩「劇団トウメイ高速の“茨と錠剤”を借りました」

信宏「ああ、トウメイ高速ですか。有名なとこですね」

彩「はい。人気作って書いてあったんで」

信宏「トウメイ高速は、なりた幹男さんっていう凄い俳優さんがいらっしゃるんですよ」

彩「その人、ドラマで見たことあります」

信宏「あとは南 洋子さんっていう方も有名ですね。昔、月曜夜のドラマに出てた方なんですけど。
トウメイ高速はうちの劇団長も好きで、影響受けてるみたいなんですよ。DVD、面白かったんじゃないですか?」

彩「ええ、面白かったです。でも、こないだの原さん達の舞台とは違いました」

信宏「まぁ、それは有名ですからね、トウメイ高速は」

彩「え?いや、そういう意味じゃないんです。個人的に、こないだの舞台の方が全然良かったです」

信宏「いや、そんな・・・」

彩「本当です!!私、本当に感動したんです。
舞台始まって終わるまで、ずっと引き込まれてて、あんな体験したのはじめてでした。
そうだ。私、アンケートに書ききれませんでしたけど、出演者さんの中で、原さんの耕平が一番良かったと思いました。
台詞とか、表情とか、とてもとても、凄く素敵でした」

信宏「ああ・・・、その、僕の演技、見ていて、なんていうのかな。空虚じゃありませんでしたか?」

彩「空虚だなんて、全然そんな事なかったです。私、原さんのお芝居、凄く素敵だと思います」

信宏「そうですか」

彩「すみません。私、なんか、気分悪くするような事・・・」

信宏「いえ、ありがとうございます。そう言っていただけて凄く嬉しいです」

彩「また舞台されるんですよね?」

信宏「ええ。年末ぐらいに」

彩「私、次の舞台も絶対見に行きます!!」

信宏「ありがとうございます。がんばります」

彩「あの・・・」

信宏「なんですか?」

彩「原さんが嫌でなければ、またお暇な時にお話聞かせてもらっていいですか?」

信宏「・・・」

彩「ダメ・・・、ですかね?」

信宏「いえ、僕の話なんかでよかったら全然」

彩「・・・!ありがとうございます」

■-1ヶ月後- レンタルスタジオの一室にて。

松田「もうヤッた?」

信宏「バカじゃないの」

松田「キスは?」

信宏「だから、そういう関係じゃないよ、普通にご飯食べに行ってるだけ」

松田「はあ?年下の女の子とご飯食べに行って終わりなわけないだろ!!正直に言えって!!」

スーさん「おいおいおい、どうしたどうした」

松田「いや、マジ聞いてくださいよ、スーさん」

スーさん「いや、聞くなって言われても聞くけど」

松田「ほら、この前の公演でノブと喋ってた女の子いたじゃないっすか」

スーさん「え、なにそれ」

松田「スーさんに話しませんでしたっけ?」

信宏「打ち上げの時、話しましたよね?」

スーさん「いや、聞いてない」

松田「こないだの公演終わった後、ノブが女の子と喋ってて、その女の子が傘忘れていって」

スーさん「(食い気味に)あー、はいはいはい。思い出した。え、なに、ノブ、その子とデキたの?」

松田「その子と最近ご飯食べに行ってるんですって」

スーさん「へぇー、ノブ、よかったじゃん」

信宏「いや、付き合ってるわけじゃないですけど・・・まぁ・・・・」

スーさん「いくつ?」

松田「23ですって」

スーさん「くぁー、いいねぇ。年の差カップル。俺、一回でいいから5個ぐらい下と付き合ってみたかったわ」

松田「え?スーさん無いんですか、年下と付き合ったこと」

スーさん「無い。高校の頃、9個上の女の家で寝た事はある」

松田「逆にその方が凄いっすよ」

スタジオの一室に、久保田と千葉が入ってくる。

久保田「お待たせー」

松田「あー、千秋さん聞いてくださいよ、ノブがね」

信宏「(遮って)オマエ誰彼問わず言うなよ」

久保田「ん?どしたどした?」

松田「ほら、こないだの舞台で傘忘れてった女の子いたじゃないですか」

久保田「え、そんなのいたっけ?」

松田「花柄の傘忘れてった子!」

久保田「え、なに、ノブくんがその傘の子と最近一緒にご飯食べに行くようになったとか?」

スーさん「なんでオマエ知ってんの?」

久保田「いや、みんな声おっきいから大体聞こえてた」

スーさん「超能力者か」

久保田「いや、だから会話丸聞こえだったから」

松田「いいなー、若い女の子とご飯。いいなー」

信宏「なんなら今日もこの後行くけどね」

松田「俺も行く」

信宏「ダメに決まってるだろ」

松田「なんだよ、ご飯だろ?別にいいじゃん」

信宏「ダメだよ」

スーさん「そういや、ノブって彼女いなかった?」

松田「いないっすよ。こいつ、すげー奥手ですもん。先ず女の子と話してるとこ見たことない」

信宏「うるさいな」

久保田「あ、舞台のこと何か言ってた?」

信宏「ええ、凄く良かったので次回もまた見に行きますって言ってました」

久保田「ほんと?嬉しい」

千葉「あのー、そろそろ始めません?」

久保田「ああ、うん。えー、じゃあ皆さん、お疲れ様です」

信宏、松田、千葉、スーさん、思い思いに久保田へ挨拶を返す。

久保田「こないだの舞台、皆さんお疲れ様でした。
こないだの打ち上げの時に、アンケート見せましたけど、
今回の舞台は良かったって感想がいつもより多くて私にとっても、
皆さんにとっても、いつも以上に手ごたえを感じた舞台になったんじゃないかと思います。
アンケートもう一回見たいって人いたら、今日持ってきてるんで私に言って下さい」

信宏、松田、千葉、スーさん、思い思いに久保田へ相槌を打つ。

久保田「そんなわけで、次の舞台の台本が完成しました」

スーさん「おっ、今回は早えーな」

久保田「UN-touchableと平行して書いてたんで。
ちなみに今回、私は演出に専念するのでキャストはノブくん、ススム、千葉ちゃんの3名でいきます。
今日は内容と登場人物の説明を一通りした後で、簡単に読み合わせしていけたらと思います」

信宏、松田、千葉が返事をする。

久保田「このあと先ず、皆さんに台本をお配りします。
さてさてー、皆さん気になる年末公演のタイトルですが━━━━━」

■都内のレストラン
原と彩がテーブル席で向かい合って食事をしている。

彩「折角なら連れてきてあげたらよかったのに」

信宏「え?松田を?」

彩「はい。ていうか劇団の人たちも」

信宏「いやー、みんな色々忙しそうだから」

彩「普段、ご飯一緒に行かないんですか?」

信宏「行くとしても、たまーに松田と行くかな」

彩「ふふっ」

信宏「え、どうかした?」

彩「いや、原さん、松田さんのこと、いつも嫌そうに言うから」

信宏「嫌じゃないよ、付き合いも長いし、まぁ、あいつもあいつで普段なにしてるのかよくわからないけど」


松田がコンビニの前で誰かと電話している。

松田「もしもし、うん。うん。え?また電気止まったの?俺、今月払ったじゃん。
・・・え?なに?あれ先々月分だったの?あ、うん、わかった。もうすぐ帰るから。
いや、電気使えないとか終わってるっしょ。帰ったら俺払ってくるよ。
てか、今日仕事行くとき台所の前めっさびしょびしょだったんだけど、あれなに?
あー、シャワー浴びてそのまま出たの?いや、俺なんか零したのかと思ってた。
いやいや、バスタオルで体よく拭いてから出なさいよ、いい年なんだからさ。
こないだもやってること学生みたいって言われてたじゃん。・・・いや、20歳も学生も大して変わらないから。
ほんとに芝居以外いっつもそうだよね。はいはい、わかったよ、今もう帰るから。うん。はい、また後で」


彩「長いんですか?松田さんと」

信宏「その言い方やめてよ、なんか夫婦みたいで嫌だ」

彩「だって、仲良さそうじゃないですか」

信宏「確かにね、知り合ってもう10年近く経つしね」

彩「長いですね」

信宏「うん」

彩「劇団で一番若いのって夏子やってた方ですか?」

信宏「ああうん。そう。」

彩「すごい可愛い方ですよね、アイドルみたいでびっくりしました」

信宏「あれでまだハタチだからね」

彩「若いのにお芝居上手くて凄いですよね」

信宏「うん。プロ目指してるだけあってしっかりしてるよ、ほんとに」


千葉がベットの端に腰掛けてスマホをいじりながら誰かと話している。

千葉「えっ?こないだの?ああ、ありがとありがと。よかった?嬉しい。
・・・え?は!?舞台じゃなくてセックスのことかよ、スケベ。ええ?うん、あー・・・、来てたよ。
よく懲りないよね、アダチさん。てかさぁ、あの人、ほんとに。
私とセックスしたいから舞台見に来てるんだよね。え、絶対そうだよ。
いや、ほら、タカハシさんはいいよ。確かにセックス目当てだけど真剣に舞台見てくれるから。
毎回思う。こんな奴にチケット売るの勿体無いって。でもノルマあるし、しょうがないんだけどさ」


信宏「毎回たくさん知り合いが見に来るし、凄いなーって思う」

彩「すごいですね」

信宏「うん。俺、誘える知り合いいなくて。劇団長に「友達作れ」ってよく怒られるんだけど」

彩「あれ?劇団長さんがこないだ絵里子やってた方ですか?」

信宏「そうだよ」

彩「劇団長さん、演技ほんと凄かったです。台本書かれたのもそうですよね?」

信宏「うん。役者もするし、台本も書くし、演出もする」

彩「すごーい」

信宏「普段は結構ぬけてるんだけどね。なんだったっけ、こないだ電気止まったって言ってた」

彩「へー、ギャップ萌えじゃないですか」

信宏「まぁ、わからなくもないけど」


久保田が自宅で電話している。


久保田「もしもし。ねぇ、電気点かないんだけど。いや、先月分払ってなかった。
いや、私、今日お腹痛くてさ、払いに行ってくれない?あ、うん、ありがとう。
うん、お金渡すから。・・・え、ほんとに?じゃあありがたくお言葉に甘えさせていただきます。
・・・え?ああ、あれかな。シャワー浴びてそのままテレビ見てたから。うん、そう。
違うよ。見たいテレビあって急いで出たから。・・・・・・いい年とか言うな。
ええ?違うよ、ハタチぐらいの奴と変わらねーって言われたの。そうかなー?
もううるさいな、早く帰ってこいよ。うん、うん、じゃあまた後でね」


信宏「世話してくれるしっかりした彼氏が欲しいって、いつも嘆いてるよ」

彩「へぇー」

信宏「でも、芝居に関しては本当に凄いと思う」

彩「貫禄が違いましたもん」

信宏「うん。いつも千秋さんには凄い助けられてる」

彩「そういえば、あの・・・、原さんが演技始めたのってどういうきっかけなんですか?」

信宏「きっかけ?」

彩「はい。その、千葉さんみたいにプロ目指したり?」

信宏「いや、全然。・・・うーん、他にやりたい事もなくて、なんとなく?」

彩「え?そうだったんですか?」

信宏「うん。昔働いてたコンビニに松田がいて一緒に舞台やろうぜって誘われたのがきっかけかな
あいつ元々目立ちたがりで演劇に興味あったらしいんだけど、
一人でやるの嫌だったみたいで、無理矢理連れてかれたんだよ、俺」

彩「当時からそんな人だったんですね」

信宏「うん。でもまぁ、当時はこんな長く続ける事になるとは思ってもみなかったな。
まぁ、でも今更、他にやりたい事ないし。本当に、他に何も無いんだ。演技しか無いんだよ、俺」

彩「・・・」

信宏「気付いたら、自分にとって大事なものになってた。それしか、なくなってたんだ・・・」

彩「・・・羨ましい」

信宏「え、そうかな?」

彩「はい。羨ましいです、とても。私、やりたいこと、何も無くて・・・。
高校卒業して、東京出てきて就職しましたけど、ただ働くだけの毎日で、一緒に遊びに行く友達もいないし・・・。
だから、大事だって思えるものが一つでもある原さんがすごく羨ましい」

信宏「・・・」

彩N「彼は、少し複雑そうな顔をした後、照れるように笑っていた。
いつまでも、お芝居を大事だと思える原さんでいてほしいと、私は思っていた」

彩「次回の公演も絶対見に行きます。頑張ってくださいね」

■彩が勤めている仕事先。

売場の中を、呆けた様子で、品物である衣服を運んでいる彩。
そのまま前にいた客と衝突し、品物を床に落としてしまう。

彩「あ・・・、すみません!!」

客の後ろから彩の上司が足早にやって来る。

上司1「お客様。大変失礼致しました。はい、大変申し訳ございませんでした。・・・高瀬さん、ちょっと」

上司に、売場の裏へと呼び出される彩。

上司1「高瀬さん、いい加減にしてくれない?」

彩「すみません・・・」

上司1「やる気ないの?」

彩「いえ、そんな事ありません」

上司1「そんな事無いんだったらしっかりやってよ。
さっき落とした品物、直ぐにビニールから出して別のに入れ替えといて。
今日忙しいんだからさ、これ以上余計な仕事増やさないで。あと、いい加減仕事覚えて」

彩「はい。すみませんでした・・・・」

彩が売場裏の床に散乱している衣服を片付け始める。

彩N「これが、何も無い私の日常だ」

■信宏が勤めている仕事先。

上司2「原くんさぁ、うちで何年やってんのよ」

信宏「はい・・・」

上司2「いい加減さ、仕事覚えてよ。毎日毎日ミスばっかじゃない」

信宏「すみません・・・」

上司2「一緒に入った吉野くんをちょっとは見習ったら?彼すごいよ。
バンドやってるみたいだけど、夢に向かって一生懸命頑張ってるよ、彼」

信宏「はい・・・」

上司2「原くんも舞台やってるんでしょ?だったら吉野くんみたいにちっとは頑張ったらどうなのよ?」

信宏「いや、その・・・・」

上司2「いや、そのじゃないよ。別になんだっていいからさ、仕事出来るようになってよ。
どこもかしこも不況でしょ。このご時世、替わりは幾らでもいるからさ。うち辞めてもらわないといけなくなるよ?」

信宏「すみませんでした。以後、気を付けます・・・」

上司2「ったく。30手前でろくに仕事出来ないとか、どうなってんだよ」

上司が去った個室で、信宏が佇んでいる。

信宏N「これが、何も無い俺の日常だ」

■三ヶ月後 都内のレストランにて

信宏「こないだから立ち稽古がはじまったんだよ、高瀬さん」

彩「じゃあ次は、動きを覚えなきゃいけないんですよね?」

信宏「うん。でもまぁ、やってて楽しいよ。今回は演じてて、いつもとちょっと違う感じがするし」

彩「どんな?」

信宏「ん?なんていうのかな。自分の中で、こんな風にやりたいなって思う通りに演じてる」

彩「そうなんですか。でも、もう三ヶ月後なんですね」

信宏「うん」

彩「お稽古頑張ってくださいね」

信宏「うん。高瀬さんに前回よりいい物が見せれるように頑張るからさ」

彩「ありがとうございます」

信宏「・・・」

彩「・・・」

会話に詰まる二人、気まずい沈黙。

彩「・・・あ、そうだ。原さん、好きな映画ってありますか?」

信宏「映画?」

彩「私、家でDVDばっか見てて、オススメの作品があれば、教えてほしいなって・・・」

信宏「ああ、ごめん。俺、映画殆ど見ないんだ」

彩「そうなんですね」

信宏「うん・・・」

彩「じゃあ、好きな音楽は?」

信宏「音楽?これといって好きっていうのは、特に・・・」

彩「そうですか・・・」

信宏「・・・高瀬さんは、好きな映画とか音楽あるの?」

彩「私は・・・、えーと。うーん、なんだろう・・・」

信宏「・・・」

彩「・・・」

信宏「・・・なんか、ごめん。会話詰まらせちゃって」

彩「気にしないで下さい。こちらこそすみません。話振ってもらったのに、答えられなくて・・・」

信宏「いや、俺のせいだから。本当にいつもごめん。舞台以外の話出来なくて」

彩「気にしないで下さい。あ、そうだ。舞台の座席って予約出来ますか?」

信宏「うん。よかったら予約しておくよ」

彩「本当ですか?やった。ありがとうございます。じゃあ、初日の一番最初の回、お願いします」

信宏「うん。楽しみに待っててね、高瀬さん」

彩「はい」

■レンタルスタジオの一室。

原たち、劇団ちゃんねる7の面々が稽古を行っている。
本番を一週間後に控えており、空気が張り詰めている。

板付きで、舞台中央に涼子(千葉)、上手から慶太(信宏)が登場する。

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「よくわかったね」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「警察には、もう通報した?」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「まぁ、通報したところで単なる痴話喧嘩と思われるのが関の山だけどね」

涼子が、懐から刃渡り数センチの果物ナイフを取り出す。

慶太(信宏)「ははっ、これは予想外だ。・・・そう来るとは思わなかった」

涼子(千葉)「許せない、貴方の事が・・・」

慶太(信宏)「そう。まぁ、普通そうだろうね」

涼子(千葉)「貴方は、私を、私のすべてを滅茶苦茶にした・・・。絶対に、許せない・・・」

慶太(信宏)「僕を刺す気?」

慶太を睨みつけて、涼子が黙って頷く。

慶太(信宏)「そう。じゃあ、僕を刺す前に一つだけ話を聞いてほしいんだ」

涼子(千葉)「なに?命乞いでもするつもり?」

慶太(信宏)「いいや。小学生の頃、見ていたドラマの話さ。
猟奇殺人犯を追う女性刑事の話だった。印象に残っている台詞があってね。
ベトナムの最前線で戦ってた屈強な兵士が、路上で9歳の少年に殺された。
その武器は、君がいま手にしているようなナイフだった。
戦場で、機関銃や戦車にも殺されなかったのに、刃渡り10pの果物ナイフで刺し殺された。
兵士が少年の目線の高さに合わせようと身を低くするのと、
少年が兵士の太ももを刺そうとしてナイフを突き出すタイミングがたまたま合ってしまったんだ。
・・・宮原さん、この話の教訓はなんだと思う?」

涼子(千葉)「・・・さぁ」

慶太(信宏)「戦いたい奴は戦場にいろ、でなければ「望んだ死」は得られないってことさ
・・・僕は君を捨てて、自分の人生を選んだ。
だから例え、そのナイフで刺されて死んだとしても、それは僕の望んだ死だ。
何の悔いも無い。安らかな顔で、僕はここで生涯を終える事が出来る。
それで君の気が晴れるのならば、僕を殺すといい」

久保田「ストップ。いっつも言ってるでしょ。慶太はそんな悲観的にならない」

信宏「・・・はい」

久保田「もっと嬉々とした感じでやってくれる?じゃないと、ラストシーンが不自然な感じになっちゃう。そこ、早く直して」

信宏「・・・わかりました」

久保田「千葉ちゃんは今の感じでいいから」

千葉「はぁい」

信宏達の稽古を松田とスーさんが遠巻きに見て小声で話している。

スーさん「いっつも思ってるんだけど、今んとこのノブの演技、俺はよかったと思うんだけどなー」

松田「そうっすか?」

スーさん「うん。なんかいつものノブっぽくない演技じゃない?俺は好きなんだけどなー」

松田「慶太はクズ野郎ですからね、今のは違うでしょう」

スーさん「あー、そっか」

久保田「じゃあ、今のシーンもう一回頭から」

信宏「あの・・・」

久保田「なに?」

信宏「いえ、なんでもないです・・・」

久保田「なに、なんか言いたい事あるの?聞くけど」

信宏「いえ、大丈夫です・・・」

久保田「はい。じゃあ今の場面、頭からいきます。3・2・1・スタート」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「よくわかったね」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「警察には、もう通報した?」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「まぁ、通報したところで単なる痴話喧嘩と思われるのが関の山だけどね」

涼子が、懐から刃渡り数センチの果物ナイフを取り出す。

慶太(信宏)「ははっ、これは予想外だ。・・・そう来るとは思わなかった」

涼子(千葉)「許せない、貴方の事が・・・」

慶太(信宏)「そう。まぁ、普通そうだろうね」

涼子(千葉)「貴方は、私を、私のすべてを滅茶苦茶にした・・・。絶対に、許せない・・・」

慶太(信宏)「僕を刺す気?」

慶太を睨みつけて、涼子が黙って頷く。

慶太(信宏)「そう。じゃあ、僕を刺す前に一つだけ話を聞いてほしいんだ」

涼子(千葉)「なに?命乞いでもするつもり?」

慶太(信宏)「いいや。小学生の頃、見ていたドラマの話さ。
猟奇殺人犯を追う女性刑事の話だった。印象に残っている台詞があってね。
ベトナムの最前線で戦ってた屈強な兵士が、路上で9歳の少年に殺された。
その武器は、君がいま手にしているようなナイフだった。」

久保田「(遮って)台詞流れてる!!」

信宏「すみません・・・」

久保田「同じシーンから。3・2・1・スタート」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「よくわかったね」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「警察には、もう通報した?」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「まぁ、通報したところで単なる痴話喧嘩と思われるのが関の山だけどね」

涼子が、懐から刃渡り数センチの果物ナイフを取り出す。

慶太(信宏)「ははっ、これは予想外だ。・・・そう来るとは思わなかった」

涼子(千葉)「許せない、貴方の事が・・・」

慶太(信宏)「そう。まぁ、普通そうだろうね」

涼子(千葉)「貴方は、私を、私のすべてを滅茶苦茶にした・・・。絶対に、許せない・・・」

慶太(信宏)「そう。じゃあ、僕を刺す前に一つだけ話を聞いてほしいんだ」

久保田「(遮って)その前の台詞飛んでる。集中して」

信宏「はい・・・」

不機嫌そうに溜息を吐く千葉。

久保田「もう一回。3・2・1・スタート」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「よくわかったね」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「警察には、もう通報した?」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「まぁ、通報したところで単なる痴話喧嘩と思われるのが関の山だけどね」 ※台詞部分を噛んでください

信宏「あ・・・、すみません!!」

久保田「芝居を止めないで!!」

信宏「ごめんなさい」

久保田「台本チェックして」

信宏「はい・・・」

スタジオの隅に置いてある台本を手に取り、台本をチェックする信宏。
その様子を遠巻きに眺めながら松田とスーさんが小声で話す。

スーさん「ススム。あいつ、どうしたの?」

松田「今回調子悪そうですよね」

スーさん「おう。ずっとあんな調子じゃねーか、あいつ」

松田「でもほら。今回難しい役じゃないっすか」

スーさん「いや、本番一週間切ってんだぞ、大丈夫かよ」

松田「確かに」

信宏が台本チェックを終える。

信宏「すみません。お待たせしました」

久保田「ほんとに、もう大丈夫?」

信宏「はい。大丈夫です」

久保田「じゃあ、慶太登場のシーンからいきます。・・・3・2・1・スタート」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「よくわかったね」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「警察には、もう通報した?」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「まぁ、通報したところで単なる痴話喧嘩と思われるのが関の山だけどね」

涼子が、懐から刃渡り数センチの果物ナイフを取り出す。

慶太(信宏)「ははっ、これは予想外だ。・・・そう来るとは思わなかった」

涼子(千葉)「許せない、貴方の事が・・・」

慶太(信宏)「そう。まぁ、普通そうだろうね」

涼子(千葉)「貴方は、私を、私のすべてを滅茶苦茶にした・・・。絶対に、許せない・・・」

慶太(信宏)「僕を刺す気?」

慶太を睨みつけて、涼子が黙って頷く。

慶太(信宏)「そう。じゃあ、僕を刺す前に一つだけ話を聞いてほしいんだ」

涼子(千葉)「なに?命乞いでもするつもり?」

慶太(信宏)「いいや。小学生の頃、見ていたドラマの話さ。
猟奇殺人犯を追う女性刑事の話だった。印象に残っている台詞があってね。
ベトナムの最前線で戦ってた屈強な兵士が、路上で・・・、路上で・・・・・・」

台詞が飛んでしまい、演技が止まる信宏。

少しの沈黙の後、呆れたような表情で久保田が手を叩き、芝居を止める。

久保田「・・・ちょっと休憩。55分から今の場面、頭からいきます」

信宏「すみません・・・」

千葉「あの、原さん。なにやってるんですか?来週本番ですよ」

信宏「ごめん」

千葉「本配られたのもう半年前で、来週本番ですよ。なにやってたんですか」

信宏「うん・・・」

千葉「プライベートで浮かれるのもいいですけど、こっちに迷惑かけないで下さいよ」

信宏「いや、それは関係無いから」

千葉「(遮って)だったらちゃんとやって下さい。同じとこ何回もやらされて迷惑なんで」

そそくさと千葉がスタジオから出ていく。
その光景を遠巻きに見ながら松田とスーさんが小声で喋っている。

松田「出たわ千葉節(ちばぶし)」

スーさん「あいつ、なんかあったのかな」

松田「え?」

スーさん「いや、オマエもノブと長い付き合いだからわかるだろ。本番1週間前にあんな風になってた事、今までなかったろ」

松田「・・・まぁ、思い返してみればあんな集中出来てないのはじめてっすね」

スーさん「だよなぁ・・・」

信宏「あの・・・、千秋さんすみません・・・」

久保田「台本見た?休憩明け大丈夫?」

信宏「はい。・・・あの、慶太の方向性なんですけど」

久保田「うん」

信宏「さっき千秋さん、慶太がもっと嬉々とした感じでって言ってましたけど。
あの場面、いつも俺がやってたみたいに、慶太の罪悪感を出すように演じたらダメですか?」

久保田「なんで?」

信宏「その、今更こんな事言うの本当に申し訳ないのですが・・・」

久保田「なに?」

信宏「今回の台本を配られてから慶太って人物を僕なりに考えたんですけど、
騙す為に近づいた相手とはいえ、好きになったわけですから、涼子に罪の意識を感じているんじゃないかと思って」

久保田「で、演出変えてほしいって話?無理、それは絶対無理。
慶太は涼子を捨てて、自分の人生が如何に素晴らしいかを再認識して、この話は終わるんだから。
慶太が罪の意識なんて感じてたら、この作品のテーマ自体が変わっちゃうじゃん」

信宏「でも、詐欺師とはいえ慶太だって人間ですよ。
一度は好きになった相手を、そんな簡単に捨てられるとは思えないんです。
それに演じていて、僕自身が涼子に対して罪の意識を感じずにいられないっていうか」

久保田「(遮って)あのさぁ、ノブくん。ノブくん自身が罪悪感を感じる必要なんて別にないんだよ」

信宏「いや、でも俺」

久保田「(遮って)あのさ、私の言う通りにやって。これじゃ成り立たないからさ、舞台」

信宏「・・・」

久保田「いつも通りさ、私の演出通りにやってよ。ほら、もう休憩終わるし、ちゃんとやらなきゃ千葉ちゃんに怒られるよ」

信宏「・・・はい」

千葉がペットボトルの水を片手にスタジオへと戻ってくる。

千葉「戻りましたー。・・・準備、出来てます?」

久保田「うん。じゃあ、さっきのシーンからもう一回始めます。用意いいですか?・・・3・2・1・スタート!!」

信宏N「この後、俺は久保田さんの演出通りに慶太を演じた」

■スタジオから駅へと続く帰路
稽古を終えた信宏がとぼとぼと歩いている。

スーさん「おーい!!ノブ!!」

信宏の後ろからスーさんがやってくる。

信宏「あ、お疲れ様です、スーさん」

スーさん「オマエこの後ひま?」

信宏「え、ああ、はい」

スーさん「ちょっと付き合え。今日夕飯なくてさ、メシ食ってこうぜ」

信宏「いいですよ・・・」

■同時間帯 久保田が運転する車内。
助手的には松田の姿があった。溜め息を吐く久保田。

松田「なにー?ノブのこと?」

久保田「そう」

松田「今回いつになく調子悪そうだよね。女が出来てたるんでんじゃないの、あいつ」

久保田「ラストシーンの慶太を自分なりに演じたいんだってさ」

松田「ふーん」

久保田「・・・」

交差点の信号の色が、赤から青へと変わる。

松田「あ、ほら」

久保田「知ってる」

松田「てかさ、そんな事なら俺が慶太やればよかったんじゃない?ああいうキャラ一回やってみたかったんだよねー」

久保田「そうするつもりで書いたんだけど」

松田「は?」

久保田「前に言ってたじゃん。去年だっけ。俺、クズ野郎の役やってみたいからそういう話書いてよって」

松田「ああー、去年の打ち上げん時だわ」

久保田「だから、ススムに慶太やらせるつもりで書いてたの」

松田「そうなの?え、じゃあ、何でノブにやらせたの?」

久保田「・・・・千葉ちゃんとさ」

松田「うん」

久保田「キスシーンやらせるの嫌だったんだよねー」

松田「は?そんな理由?」

久保田「そう。千葉ちゃん入ってからそういう役やらせた事今まで無いでしょ」

松田「まぁ、確かに」

久保田「私、あの子嫌いなんだよね。態度がガキ過ぎて」

松田「いや、それは前から知ってたけどさ。そういう私情持ち込んじゃあダメっすよ」

久保田「は?ススムだって前回、私とノブ君のキスシーンがあるって話した時、機嫌悪くしたくせに」

松田「まぁそりゃあ、その件に関しては色々と千秋さんにご迷惑をおかけしましたが」

久保田「(遮って)だからそういう事だって。はぁ、失敗したなー」

松田「まぁまぁまぁまぁ、まー、なんとかなるっしょ」

久保田「どうだかね。あー、今日ずっとイライラしてるわ私」

松田「更年期障害?」

久保田「バカ。まだそんな年じゃない。・・・溜まってんのかなー」

松田「ん?あれ、今の道、右じゃなかった?」

久保田「・・・」

車の前方には、空車を示すホテルの駐車場がある。

松田「・・・ああー、はいはい。お察し」

久保田「今日、土曜日だっけ?休日料金だけど別にいいか」

松田「千秋さん、ほんとにやる事ハタチぐらいのやつと変わらないっすよ、それ」

久保田「やる事って?」

松田「うまいっすね。男女の営みとうまーくかけましたね。流石、我らの劇団長」

久保田「うっさい。寄ってくよ」

松田「ラジャー。俺、腹減ったし部屋着いてから何かメシ頼むわ」

二人を乗せた車は、そのままホテルの駐車場へと入っていった。

■居酒屋

テーブル席で信宏とスーさんが座っている。

スーさん「ほいじゃ、おつかれー」

信宏「はい」

乾杯しながらグラスに入ったビールを飲む二人。

スーさん「ああー、うめェ」

信宏「いいっすね」

スーさん「稽古明けのビールはうめェな。俺見てるだけだけど」

信宏「スーさん、毎回見ているだけで退屈じゃないんですか?」

スーさん「いや、そんな事ないよ。自分ならどう演じるか考えながら見てるしな」

信宏「そうなんですか?」

スーさん「そうだよ。若い頃はガンガン演じてたからな。もう職業病だな」

信宏「そうだ。それ、前に言ってましたね」

スーさん「うん。ノブ、ところでさ」

信宏「はい」

スーさん「俺ずっと話そうと思ってたのよ、なんかあった?」

信宏「え?」

スーさん「いや、ススムとも話してたんだけど、調子悪そうだからさ」

信宏「ああ・・・」

スーさん「なに?オマエ、もしかしてフラれた?」

信宏「いや」

スーさん「ススムが言ってたけど彼女出来たんだろ」

信宏「いや、いませんけど・・・」

スーさん「あれ?彼女出来たって聞いたぞ」

信宏「え、ススムが言ってたんですか?」

スーさん「うん」

信宏「なんだよあいつ」

スーさん「じゃあ結局付き合ってないの?」

信宏「そんな関係じゃないですって」

スーさん「そっか。ほらオマエ、毎回結構そつなくこなすじゃんか。
ススムが本番まで台詞覚えてこないのは普通だけど、ノブが台詞飛ばすって今までなかったじゃん?」

信宏「ああ・・・、まぁ、そうですね」

スーさん「なんかあんだろ?」

信宏「まぁ・・・」

スーさん「話してみろよ。俺、相談乗るからさ」

信宏「はい・・・。その、今回の自分の役がちょっと、合わなくて・・・。
今日、千秋さんに自分の解釈で演じさせて下さいって言ったんですけど、却下されちゃって」

スーさん「(遮って)そりゃオマエそうだよ。頼むにしても、もっと早く言わなきゃ」

信宏「はい」

スーさん「千秋の言う慶太のどの辺が嫌なんだ?」

信宏「慶太が涼子の事好きになって、最終的に自分の人生を取るじゃないですか」

スーさんが煙草に火を点けながら相槌を打つ。

信宏「僕は一度好きになった涼子へ、罪の意識を感じていると思ってるんです。
でも、久保田さんは慶太は涼子を捨てた事で、晴れやかな気持ちになってるって」

スーさん「うん」

信宏「その・・・、詐欺師とはいえ、同じ人間じゃないですか」

スーさん「そうだね」

信宏「そこが、・・・なんか受け付けなくて」

スーさん「うん」

信宏「その、慶太は自分の気持ちを騙して、愉悦を感じているわけで、・・・なんていえばいいんだろう?
その、俺いままで千秋さんの演出通りに演じてきたんですよ。
自分の中で、このキャラクターをこう演じたいって思いが無かったんです。
・・・多分それで、前に千葉ちゃんから原さんの演技は空虚な感じがするって言われたと思うんですけど」

スーさん「言わせとけ、言わせとけ。で?」

信宏「今回はじめてなんですよ。自分で、自分なりの解釈で演じてみたいって思ったの。
7年ぐらい芝居やってて、今更こんな考えに至るのは役者としてダメかもしれませんけど」

スーさん「いいじゃねぇか。そんな事もわからずにやってる役者なんていっぱいいるぞ」

信宏「はい・・・、でも、やっぱり演出通りに演じろって言われて。
今日、その通りにやりましたけど、なんていうのかな・・・、慶太じゃないけど、
自分の事を騙している感じがして、自分の演技に嘘吐いてる感じがして、嫌でした」

スーさんが空いたグラスにビールを注ぐ。

信宏「ありがとうございます」

スーさん「・・・俺さ。俺も昔、詐欺師が出てくる台本書いた事あるのよ」

信宏「あ、そうなんですか?」

スーさん「うん。詐欺師とかオカマが出てくる話なんだけどさ」

信宏「凄い人選ですね」

スーさん「だろ?それ書いてる時にふと思ったんだよね。役者って、詐欺師と通じてる部分が少なからずあるんじゃないかって」

信宏「・・・」

スーさん「俺さ、今日休憩前に、ノブが一番最初にやった慶太、良かったと思うよ」

信宏「え?」

スーさん「だから、休憩前の一番最初にやったやつ。あれ、ノブがやりたかった慶太なんだろ?」

信宏「はい」

スーさん「まぁ、正直言うけど、俺もオマエの芝居に対しては千葉ちゃんと同じ事思ってたのよ」

信宏「・・・そうなんですか?」

スーさん「うん。コイツ芝居やっててほんとに楽しいのかなーって」

信宏「はい・・・」

スーさん「だからさ、いつもあの場面やってる時、コイツ楽しそうに演じてるなーって思ってたんだ」

信宏「ありがとうございます」

スーさん「やってて楽しかっただろ?」

信宏「はい」

スーさん「うん。・・・まぁでもさ、自分のやりたいように全部出来るわけじゃねーんだよ」

信宏「・・・・」

スーさん「あのな?見に来る客はオマエの演技を見に来るわけじゃない。
作品として完成された一本の作品を見に来てるんだ。役者ってのはその為にいるし、演出だってそうだ」

信宏「はい・・・」

スーさん「だから、まぁ、なんていうのかな・・・」

スーさんが煙草に火を点ける。

スーさん「残酷な職だよ、役者ってのは」

信宏「・・・」

スーさん「まぁ、でも。慶太を演るのはオマエだから。
演出通りにやるか、自分のやりたいようにやるか、オマエが好きにしたらいいんじゃねぇか?」

信宏「・・・」

スーさん「作品としての後悔を取るか、役者自身としての後悔を取るか、どっちかだな」

信宏「・・・はい」

スーさん「ほら、まぁ飲めよ」

■彩の自宅 リビング
テーブルの上にはスナック菓子とお酒。
レンタルした舞台のDVDが何本か積まれている。

彩は瞳を潤ませながら、画面上に流れているスタッフロールを見ている。

彩N「最近すっかり、仕事帰りや休日に舞台のDVDを見る事が日課となってしまっている。
今日は、劇団シリウス座のクラリネットの女という作品を見た。
戦後ドイツ、クラリネット吹きの女性が一人の兵隊と恋に落ちる話だった。
主人公の女性の生き様に、私は画面の中の非日常に引き込まれ、思わず涙した。

早いもので、原さん達の舞台本番まで一週間を切った。
前回の、あの興奮を少しでも早く感じたいと、舞台初日の席を原さんに予約してもらった。
きっと今回も、前回同様に、原さん達が、私を非日常に連れ出してくれるだろう」

部屋のカレンダーに書いた「舞台本番!!」の文字を眺めた矢先、彩のスマホの着信音が鳴り始める。

彩「はい、もしもし」

信宏「もしもし。原だけど」

彩「こんばんわ」

信宏「うん。ごめんね、いきなり電話しちゃって」

彩「いえ。私も原さんに電話しようかなって思ってたので丁度良かったです」

信宏「そうなんだ・・・」

彩「はい。こないだはご飯ありがとうございました」

信宏「あ、いや、こちらこそ」

彩「いよいよ来週ですね、舞台」

信宏「・・・」

彩「楽しみにしてますから」

信宏「・・・あのさ、」

彩「はい」

信宏「あの・・・、一応言っておこうかと思って」

彩「なんですか?」

信宏「・・・俺、今回は前回みたいに演じられないかもしれない」

彩「・・・どうしたんですか?」

信宏「今回の舞台さ、もう半年近く稽古してるんだけど、俺未だにちゃんと出来なくて・・・」

彩「原さん・・・」

信宏「だから、見に来る前に、謝っておこうかなと思って」

彩「あの、原さん」

信宏「(遮って)今回の舞台さ、俺、稽古でいつも足引っ張っちゃって、情けない話なんだけど・・・
もう来週なのに、未だにどう演じればいいか、どうすればいいか、自分の中でわからなくて」

彩「はい」

信宏「だから今回は、高瀬さんにいい芝居、見せられないかもしれない・・・だから、ごめん・・・」

彩「・・・」

信宏「・・・」

彩「大丈夫ですよ」

信宏「え?」

彩「私、原さんの演技大好きですもん」

信宏「・・・・」

彩「絶対見に行きます。前に、ご飯行った時に話してくれたじゃないですか。自分には、それしかないって・・・」

信宏「・・・・・」

彩「そんなに大事に思ってるんです。原さんなら出来ますよ。頑張って下さい。」

信宏「・・・・・・」

信宏N「俺は、高瀬さんへ。俺は君が思っているような役者じゃあないと、言う事が出来なかった」

■都内の劇場 本番当日
本番直前、劇場の受付を千葉が行っている。

彩「すみません」

千葉「はい。ご予約されてます?」

彩「はい。原さんの紹介で、高瀬で予約してます」

千葉「あっ、はい」

予約表を確認する千葉。

千葉「高瀬彩さんでお間違いないですか?」

彩「はい」

千葉「確認取れました。2000円になります」

彩「はい。じゃあ丁度で」

千葉「2000円お預かりします。・・・こちらがチケットになります。
中にアンケート用紙入ってるんで、よろしければ終わった後、書いていって下さい」

彩「はい。あの、前の公演で夏子やってた方ですよね?」

千葉「えっ、ああ、はい。そうです」

彩「千葉さん、ですよね?原さんからお話聞いてます」

千葉「え?ほんとですか?原さん、私のこと変な風に言ってませんでした?」

彩「いえ、全然。若いのにしっかりしてるって」

千葉「そうですか」

彩「稽古のお話聞いたんですけど、今回大変だったみたいですね」

千葉「いや、いつも通りですよ。原さんは、まぁ、大変そうですけど・・・」

彩「やっぱりそうなんですね・・・」

千葉「え、なんか言ってました?」

彩「本番直前だけど自信が無いっておっしゃってて、私、少し心配で・・・」

千葉「大丈夫ですよー。原さん、凄く熱心に稽古されてたので、心配なさらないで下さい。今日楽しみにしてて下さいね」

彩「はい、ありがとうございます。千葉さんも頑張ってくださいね」

千葉「ええ。ありがとうございます」

彩「それじゃ。楽しみにしてます」

彩が立ち去ると、苛立った表情で舌打ちをする千葉。程なくして、信宏が現れる。

信宏「おつかれ、千葉ちゃん。受付、交代するよ」

千葉「あ、はい。高瀬さん、今いらっしゃいましたよ」

信宏「あ・・・、そう。そうなんだ」

千葉「可愛い子ですね、高瀬さん」

信宏「あ、うん」

千葉「原さん、受付、私やりますから」

信宏「え?」

千葉「本番まで台本読んでて下さい」

信宏「え、でも・・・」

千葉「原さん」

信宏「ん?」

千葉「今日、頑張っていい舞台にしましょうね」

信宏「うん。ありがとう。じゃあ、受付お願い」

信宏がその場から立ち去っていくのを見届けると、千葉が舌打ちをする。

千葉「クソが・・・」

■開演時間

客席にはルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」が流れている。
程なくして、舞台上手から久保田が現れる。

久保田「本日は劇団ちゃんねる7(セブン)、
12月公演「嗚呼、素晴らしき人生」にご来場下さいまして、ありがとうございます」

客席から拍手が沸く。

久保田「本日の上演時間は約90分を予定しております。
開演に先立ちまして、お客様にお願い申し上げます。
上演中のビデオ撮影・録音・フラッシュを使用した写真撮影は固くお断りいたします。
携帯電話はマナーモードにするか電源をお切りください。
その他の音の鳴る機器のご使用はお控え下さいませ。
また、客席内での飲食はお断り致します。

それでは、まもなく開演いたします。
最後までごゆっくりお楽しみくださいませ」

客席からもう1度拍手が沸く。
久保田が上手へ去ると、場内で流れていた「この素晴らしき世界」がフェードアウトしていく。

暗転。

■劇団ちゃんねる7 12月公演
「嗚呼、素晴らしき人生」 作:久保田千秋

明転後、舞台上手からスーツ姿の慶太(信宏)、涼子(千葉)が現れる。

涼子(千葉)「今日はありがとう、慶太さん」

慶太(信宏)「僕の方こそ。楽しかったよ」

涼子(千葉)「次、いつ会えます?」

慶太(信宏)「うーん、具体的な約束はまだ出来ないけど、僕も、近い内にまた会いたいな」

涼子(千葉)「はい。予定わかったら連絡くれると嬉しいです」

慶太(信宏)「勿論。・・・あのさ、」

涼子(千葉)「なんですか?」

慶太(信宏)「指輪」

涼子(千葉)「あ・・・」

涼子の左手の薬指には指輪がはまっている。

慶太(信宏)「いや、いいんだ。宮原さんだって、事情はあるだろうし」

涼子(千葉)「ごめんなさい・・・」

慶太(信宏)「まだ、彼には話してないの?」

涼子(千葉)「・・・中々、話すタイミング、見つからなくて」

慶太が、涼子の肩に手を置く。

慶太(信宏)「そうか。僕は、ずっと待ってるから」

涼子(千葉)「ごめんなさい・・・」

慶太(信宏)「ねぇ、一つだけ、わがままを聞いてもらえるかな?」

涼子(千葉)「なんですか?」

慶太(信宏)「僕と会う時だけでいいから、指輪、外してくれないか?」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「別に、僕は宮原さんのこと、疑っているわけでもないし、
腹を立てているわけでもない。ただ、やっぱり・・・、どうしても、気になってしまって・・・」

涼子(千葉)「わかりました。指輪、取りますね・・・」

涼子が、左手のリングを外す。

涼子(千葉)「ごめんなさい、慶太さん。私、もっと早く気付けばよかった・・・」

慶太(信宏)「ううん。ありがとう。ねぇ、次会った時、海に行かないかい?」

涼子(千葉)「え、慶太さん、今12月・・・・」

慶太(信宏)「ははっ、別に泳ぎに行きたいわけじゃないよ。二人で夜の海を見ながらディナーでもどうかな?いいレストランがあるんだ」

涼子(千葉)「海かー、長らく行ってないな・・・。ええ、喜んで」

慶太(信宏)「じゃあその時に、二人で砂の城でも作ろうか?」

涼子(千葉)「私と慶太さんで?」

慶太(信宏)「うん」

涼子(千葉)「砂の城を?」

慶太(信宏)「そう」

涼子(千葉)「ふふっ・・・、なんだか、想像出来ない」

慶太(信宏)「なんでだよ。酷いなぁ、宮原さん」

涼子(千葉)「ふふっ、次会えるの、楽しみにしてます」

慶太(信宏)「ああ。僕もだ」

慶太と涼子が抱き合い、口づけを交わす。

涼子(千葉)「じゃあ、また・・・」

慶太(信宏)「うん、気を付けてね」

涼子(千葉)「はい、今日はどうもありがとうございました」

涼子が慶太に一礼すると、舞台下手に消えてゆく。
暗転し、舞台中央、慶太にスポットライトが当たる。

慶太(信宏)「人生は、砂の城だ。
子供の頃、誰かが砂浜に建てた砂の城を、跡形も残らないよう壊す事が好きだった。
それと同じぐらい、子供の頃から他人に嘘を吐く事が好きだった。
はじめて嘘を吐いたのは、9歳の頃だ。
クラスメートに他愛の無い嘘を吐き、そいつがその嘘を信じ込んでいる様が喜ばしかった。
嘘を吐いて一番最初に快感を得たのは中学一年生の頃だ。
当時、同じ学年で苛められていた女子へ、君に好意がある男子がいると嘘を吐いた。
女子は男子に告白し、結果は言わずもがな。女子は直ぐ僕のせいと声を上げたが、誰一人、彼女の事を信じる人間はいなかった。
僕は学校から帰るとその女子と、子供の頃、砂の城を壊した感覚を思い出し、自慰行為に耽った。
そして、先の見えない自分の将来をぼんやり思い浮かべて、砂の城を踏み壊すような人生を送り、死にたいと僕は願った。

あれから十数年、砂の城を壊す日々を、僕は過ごしている」

■舞台開始から約1時間半が経過し、
涼子の婚約相手である一郎(松田)に、慶太との浮気が発覚する場面。

一郎(松田)「そんなに・・・、俺はオマエにとって信用に値しない人間だったか?」

涼子(千葉)「違う!!ねぇ、一郎違うの!!これは」

一郎(松田)「(遮って)じゃあこれはなんなんだ!!オマエが今まで俺に隠してやっていた事はなんなんだよ!!」

涼子(千葉)「それは・・・・・、ねぇ、私の話を聞いて、一郎。
私もずっと騙されてたの!!私、あの人が都合いい事ばかり言ってくるから・・・・、
心の中では、一郎に申し訳ないって、ずっと思ってた!!悪いのは全部あの人なの!!」

一郎(松田)「そうか・・・。」

一郎が、ポケットから指輪を取り出す。

一郎(松田)「これ、なんだ?」

涼子(千葉)「え・・・、なんで・・・・・、なんで一郎が持ってるのよちょっと待って」

一郎(松田)「(遮って)マンションの下のゴミ捨て場にあった」

涼子(千葉)「嘘・・・・」

一郎(松田)「気付いてたよ。夏頃から、オマエが出かける時に指輪外してたこと」

涼子(千葉)「なんで・・・、なんでよ・・・・」

一郎(松田)「この指輪、オマエの薬指にはめるには少しキツめだっだろ?
指輪外して1週間ぐらいは、薬指に指輪の跡が残るんだ。オマエも、昔そう言ってたよな」

涼子(千葉)「・・・・・・」

一郎(松田)「なんとか言えよ、涼子」

涼子(千葉)「・・・・・・」

一郎(松田)「なんとか言えよ!!」

涼子(千葉)「違う!!違うの!!全部あの人が悪いの!!私は何も悪くない!!」

一郎が涼子の頬を叩く。

一郎(松田)「何をどう思えば、私は何も悪くないなんて言葉が出てくるんだよ、ええ?」

涼子(千葉)「・・・・」

一郎(松田)「10年近く、大事に築いてきた時間も、崩れ去るのは一瞬だな」

涼子(千葉)「え・・・、ちょっと待ってよ、一郎」

一郎(松田)「(遮って)これ以上オマエみたいな女と一緒にいたくない」

涼子(千葉)「・・・・」

一郎(松田)「明日、仕事休みだろ?引っ越し業者手配して直ぐに出て行ってくれ」

涼子(千葉)「一郎・・・」

一郎が涼子の指輪を躊躇いなくゴミ袋へ投げ捨てる。

一郎(松田)「もう要らないだろ?指輪も俺も」

涼子がゴミ袋を必死に漁り指輪を探そうとする。
一郎が、その光景を無表情で眺めている。

一郎(松田)「俺も、もう要らないよ、オマエみたいな女」

■涼子と一郎が破局する画面を、舞台裏から見ている信宏、久保田。

久保田「いいね・・・、千葉ちゃんもススムも稽古の時よりいい感じだわ」

信宏「・・・・」

久保田「ノブくん、この後、例のシーン、頼んだよ。ラストシーン、ノブくんに全部かかってるから」

信宏「・・・・・」

久保田「ノブくん?」

信宏「あ、はい」

久保田「あれだけ練習したんだから、大丈夫だよ」

信宏「はい」

久保田「私の言う通りにやってくれれば大丈夫だから。ノブくんなら出来る。頑張って」

信宏「はい、頑張ります・・・」

久保田「うん。じゃあ折角だし、ラストは私、客席で見てこよ。・・・・しっかりね、ノブくん」

信宏「・・・」

久保田が舞台裏から去っていく。
ラストシーンの出番直前、浮かない顔をした信宏の前に、スーさんがやってくる。

スーさん「お、いたいた」

信宏「スーさん・・・」

スーさん「お疲れっす。いよいよだな」

信宏「はい」

スーさん「あの子、見に来てんだろ?」

信宏「ええ、そうみたいです」

スーさん「そっか。一つだけ言っとくわ」

信宏「はい」

スーさん「見に来てる客の前で、中途半端な芝居だけはすんな」

信宏「・・・」

スーさん「こないだも言ったけどよ。オマエが決めろよ、ノブ」

信宏「・・・はい」

信宏の返事と同じタイミングで、舞台上にいた松田が下手へ消えて暗転。
千葉が舞台中央でスタンバイし、いよいよ信宏の出番が来る。

スーさん「っし、行ってこい、ノブ」

明転

強い視線をした信宏が、舞台裏から、舞台上へと歩いていく。

■「嗚呼、素晴らしき人生」、終盤。
板付きで、舞台中央に涼子(千葉)、上手から慶太(信宏)が登場する。

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「よくわかったね」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「警察には、もう通報した?」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「まぁ、通報したところで単なる痴話喧嘩と思われるのが関の山だけどね」

涼子が、懐から刃渡り数センチの果物ナイフを取り出す。

慶太(信宏)「ははっ、これは予想外だ。・・・そう来るとは思わなかった」

涼子(千葉)「許せない、貴方の事が・・・」

慶太(信宏)「そう。まぁ、普通そうだろうね」

涼子(千葉)「貴方は、私を、私のすべてを滅茶苦茶にした・・・。絶対に、許せない・・・」

慶太(信宏)「僕を刺す気?」

慶太を睨みつけて、涼子が黙って頷く。

慶太(信宏)「そう。じゃあ、僕を刺す前に一つだけ話を聞いてほしいんだ」

涼子(千葉)「なに?命乞いでもするつもり?」

慶太(信宏)「いいや。小学生の頃、見ていたドラマの話さ。
猟奇殺人犯を追う女性刑事の話だった。印象に残っている台詞があってね。
ベトナムの最前線で戦ってた屈強な兵士が、路上で9歳の少年に殺された。
その武器は、君がいま手にしているようなナイフだった。
戦場で、機関銃や戦車にも殺されなかったのに、刃渡り10pの果物ナイフで刺し殺された。
兵士が少年の目線の高さに合わせようと身を低くするのと、
少年が兵士の太ももを刺そうとしてナイフを突き出すタイミングがたまたま合ってしまったんだ。
・・・宮原さん、この話の教訓はなんだと思う?」

涼子(千葉)「・・・さぁ」

慶太(信宏)「戦いたい奴は戦場にいろ、でなければ「望んだ死」は得られないってことさ
・・・僕は君を捨てて、自分の人生を選んだ。
だから例え、そのナイフで刺されて死んだとしても、それは僕の望んだ死だ。
何の悔いも無い。安らかな顔で、僕はここで生涯を終える事が出来る。
それで君の気が晴れるのならば、僕を殺すといい」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「それに、君の手で死ねるのならば、僕は本望かもしれない・・・」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「これは、嘘じゃないよ、宮原さん」

刃物を手にした涼子が、その場へと崩れ落ち、泣き出す。

涼子(千葉)「・・・そんなの酷い・・・、私、貴方の事、憎くて、憎くて仕方ないのに・・・。
意味が無い・・・、それじゃあ意味が無い・・・、私、どうすれば・・・・」

慶太(信宏)「・・・」

涼子(千葉)「貴方に騙されて、一郎に捨てられて・・・・、貴方を殺せなくて・・・、私、どうしたら・・・・」

慶太が、涼子の下へと歩み寄り、彼女の頬に触れる。

涼子(千葉)「慶太さん・・・・・」

慶太(信宏)「僕の人生で、君は、君が思っている以上に、僕に素敵なものを見せてくれた
きっと、僕にそうしたように、他の誰かにも、君は素敵なものを見せてあげる事が出来る」

涼子(千葉)「慶太さん・・・・、私、今でも・・・あなたの事・・・・、愛してる・・・・」

慶太(信宏)「ありがとう・・・・ごめんね」

涼子(千葉)「慶太さん・・・、慶太さん・・・・」

慶太(信宏)「人生と恋を秤にかけて、人生を捨てて、
恋を選択する自殺志願者なんて、この世にはいない。たった、たったそれだけの事さ」

涼子(千葉)「下らない・・・、慶太さんの人生は、最低最悪の、下らない人生なのに・・・、それなのに・・・・」

慶太(信宏)「でも、僕の人生だ」

涼子(千葉)「・・・」

慶太が下手へ歩きだし、足を止める。

慶太(信宏)「君を愛していて、壊さずにはいられなかった」

涼子(千葉)「・・・」

慶太(信宏)「君が作った砂の城は、僕がこれまで見た中で、一番綺麗だった。それじゃあ・・・」

涼子(千葉)「待って、慶太さん」

涼子が、慶太に抱き付く。

慶太(信宏)「・・・ありがとう」

暗転

ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」が流れ始める。
舞台中央の慶太にスポットライトが当たる。
慶太の着ているYシャツの腹部には、うっすら血の痕が出来ている。

慶太(信宏)「人生は、砂の城だ。
子供の頃、誰かが砂浜に建てた砂の城を、跡形も残らないよう壊す事が好きだった。
それと同じぐらい、子供の頃から他人に嘘を吐く事が好きだった。
はじめて嘘を吐いたのは、9歳の頃だ。
クラスメートに他愛の無い嘘を吐き、そいつがその嘘を信じ込んでいる様が喜ばしかった。
嘘を吐いて一番最初に快感を得たのは中学一年生の頃だ。
当時、同じ学年で苛められていた女子へ、君に好意がある男子がいると嘘を吐いた。
女子は男子に告白し、結果は言わずもがな。女子は直ぐ僕のせいと声を上げたが、誰一人、彼女の事を信じる人間はいなかった。
僕は学校から帰るとその女子と、子供の頃、砂の城を壊した感覚を思い出し、自慰行為に耽った。
そして、先の見えない自分の将来をぼんやり思い浮かべて、砂の城を踏み壊すような人生を送り、死にたいと僕は願った。

あれから十数年、砂の城を壊す日々を、僕は過ごしている

僕の人生は、他人には到底受け入れられない人生だろう。
だが、僕は生きている。最低最悪の、下らない人生でも、人生は人生だ。
ならば、歩けるところまで歩いてみようじゃないか。
愛という唯一無二の道理すら捨て去ってしまう、狂気に満ちた、この、素晴らしき人生を」

彩N「92分間、目の前で繰り広げられていた非日常は、
私を日常とは違う、どこか別の世界へと連れ出してくれなかった。

慶太という人物に、私は何一つ共感する事は出来ない。
だけど、慶太を見ていて、私は私自身を否定せざるを得なかった。
目の前で繰り広げられていた非日常が、嫌というほど日常を連想させたからだ。

私はきっと、慶太のように素晴らしい人生を送る事は出来ない。

以前、原さんは自分の演技が空虚じゃなかったかと、私に聞いてきた。
私には、舞台上の原さんが恐ろしく残酷な色を放って、輝いているように見えた。

私は何故、ああいう風に生きられないのだろう。
だがしかし、私は歩いていかなければならない。
草花一つ生えていない、この先、何が見つかるとも限らない人生を。

私は、非日常の中の日常を、原さんが放っていた輝きを、最後まで見続ける事が出来なかった」

ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」が徐々に鳴りやみ、暗転。

信宏「本日は劇団ちゃんねる7、12月公演、嗚呼、素晴らしき人生。
ご覧いただきまして、どうもありがとうございました!!」

松田&千葉「ありがとうございました!!」

客席から拍手が止めどなく溢れる。

彩N「鳥達が、次々と羽ばたいていく。私は相も変わらず、空虚だった」

客席からは拍手の音が、未だ鳴り響いている。

彩「つまんなかったな」


-完-

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