優しい虎と、君の夢。
作者:ススキドミノ


【※最初に】
 本台本は有料上演配信使用権付き台本の販売がございませんので、基本的には読み合わせや友人同士の声劇などでお使いください。



結城 茜(ゆうき あかね)♀ 高校一年生
佐々木 慧(ささき けい)♂ 高校一年生
松原 悠大(まつばら ゆうだい)♂ 高校一年生
桃瀬 七海(ももせ ななみ)♀ 高校一年生


※全員小学生時代からの幼馴染



※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
















茜N:小学生の頃の夢を見ていた。
   私は――幼馴染三人と一緒に、図書館で顔を寄せ合っていた。
   読んでいる本は、『どうぶつだったらうらない』
   確か、七海が持ってきたやつだ。
   七海は「私、こじかだったんだぁ」なんて喜んでいた。
   悠大は「……僕はペガサス……いや、これってどうぶつなの?」なんていいながらも、まんざらじゃなさそうで……。
   私は『ひつじ』だった。可愛い動物で、ちょっとだけ嬉しかった。
   慧はそのとき……腕を組んで私達を見下ろしてた。

慧:俺は虎だな!

茜N:まだ小学生のくせに、やけに堂々としていて、誰よりもそのポーズが似合っていた。
   慧は私達を見下ろして、笑う。

慧:なんだよその顔! ……全員俺が喰ってやるぜ!

茜N:そして彼は私達に飛びついた。
   すごく、くすぐったくて、でも――暖かかった。

 ◆


 <茜は机に突っ伏したまま眠っている>

慧:……茜。

茜:んん……。

慧:茜。起きろよ。

茜:……やぁ……。

慧:茜。

茜:わかってるって……。

慧:このままだと、閉館時間になっちまうぞ。

 <茜は顔を上げる>

茜:え……慧……?

慧:目、覚めたか?

茜:……あれ、私、どうして……。

慧:もう6時半だぞ。
  ここの図書館、7時閉館じゃなかったか?

茜:……そう。

 <茜は伸びをすると、正面に座ってニヤついている慧を見つめる>

慧:茜、涎ついてる。

茜:え、嘘っ――

慧:(笑って)嘘。

茜:……ウザい。そういうの。

慧:なんだよ、いいだろそれくらい。
  起こしてやったってのに。

茜:別に頼んでない……。

 <茜は机に広げていた筆記用具を片付ける>

茜:それに……いちいち付きまとわないで。

慧:またまたぁ、本当は嬉しいくせに。

茜:そんなことない、邪魔、おせっかい。

慧:素直じゃねえなぁ。

茜:(ため息)


 ◆


 <茜は図書館の前で額に手を当てる>

茜:蒸し暑い……。

慧:ま、夏だからな。

茜:蝉もうるさい……。

慧:ま、山だからな。

茜:慧もうるさい……。

慧:ま、俺だからな。

茜:(ため息)……帰る。

 <二人は坂を降りていく>

慧:おう、帰ろうぜ。

茜:何を当たり前みたいに言ってんの……。

慧:ん? 隣に住んでんだから、当然だろ。

茜:あのねぇ――まあ……言っても無駄だし、もういい……。

慧:言いたいことは言やいいのに。

茜:無駄なエネルギーつかいたくないもん。

慧:はぁ? エネルギーってのは使ってなんぼなんじゃねえの?

茜:暑苦しいうっとおしいウザい……。

慧:(吹き出す)くくく……! ……流石は、『省エネひつじ』の茜だな。

茜:……は? なにそれ……?

慧:ん? 覚えてるだろ? 小学校のときに――そういや、ちょうど山上(やまがみ)図書館で――

茜:覚えてない。

慧:七海が持ってきた……確か、『どうぶつだったらうらない』って本!
  みんなで読んでさ。

茜:だから、覚えてないって。

慧:とにかく! あったんだよ、そういうことがさ。

 間

慧:……お。

茜:……何?

 <二人の少し前を、七海と悠大が歩いている>

慧:七海と悠大じゃん。おーい――

茜:やめて……!

慧:は? なんでだよ。

茜:別に……なんでもないけど――

七海:あ! 茜ー!

 <七海が茜に気づいて手を振る>

茜:(苦笑いで)うん。

七海:偶然だねぇ!

茜:そうだね……。二人は? 制服着てるけど……。

七海:委員会の帰りだよー。
   ほら、文化祭実行委員の!

 <悠大は不機嫌そうに茜を見つめている>

七海:悠大は違うんだけどね、うちのクラスの男子担当がしばらく来れなくって!
   手伝ってもらってるんだー。

悠大:……手伝わされてるの間違いだろ。

七海:えー!? 自主的でしょ、自主的!

悠大:脅したくせに……。

七海:なんのことだかわかんないにゃあー。

悠大:(ため息)

茜:そうなんだ。

七海:そっちは勉強? 夏休みなのに偉いねえ。

茜:え? えっと……私達は……図書館に。

 <七海と悠大は一瞬顔を見合わせた>

七海:へえ……。

 <七海はニヤついて茜の肩に腕を回す>

七海:慧と二人でぇ? 人気のない山上図書館でぇ?
   なぁにやってたのかなぁ?

茜:あ……いや、そんなんじゃ……。

七海:いいっていいってぇ!
   慧が自分で勉強しにいくなんて考えらんないし!

慧:さすがは七海、わかってるな。

茜:いや、なんでそこで認めるのよ……!

七海:慧は、茜と一緒にいたいんだもんねぇ?

慧:ああ、俺は茜といつも一緒だ。

茜:だからやめてって……!

七海:いやぁ! お熱いお熱い!

茜:そういうのじゃないから……!

悠大:(ため息)……まったく……。

 <七海は笑顔を浮かべる>

七海:……なんか、懐かしいね!

茜:……え?

七海:ほら、幼馴染四人組で、こうやって。
   高校で一緒になってから、こうやって集まったりはなんかは……ほら、しなかったじゃん?

茜:……うん。そう、だね。

慧:俺と茜は一緒だったけど……二人は中学は別のとこ行ったからな。色々と思うところもあったんだろ?

七海:……まあ、なんかね! ちょっと気まずいって思ってたけど。
   でも、避けてたわけではないから! それは心配しないで!

茜:全然、そんなこと思ってない……!

悠大:なあ……こんなところで話し込む気なのか?

慧:まあまあ、いいじゃないかよぉ悠大。
  それに……ここで集まるってのは、なんかちょっと運命感じるだろ?

悠大:帰りながらでも話はできるだろ……。

七海:うん、そうだね。歩きながらにしよっか!

 <四人は坂を降りていく>

慧:七海の言う通りだ。

茜:え……?

慧:この感じ、本当に懐かしい。

茜:うん、懐かしいね……。

慧:図書館下の公園で遊んで、いつもみんなで帰ってたな。

七海:あ、そういえばさ! 小学生の時、遊びすぎちゃってさ、これくらいの時間になったとき……もう外暗くってさ。

悠大:あったね、七海が泣いて。

七海:え!? 私だっけ!?

悠大:そうだよ。お母さんに怒られるって泣き出して。
   それを見た茜が泣きだして――

茜:悠大も。

悠大:……え?

茜:あ、いや……悠大も、泣いてた。

悠大:……そうだったっけ。

七海:(吹き出す)ぷっ……あははは! そうだそうだ! 泣いてたよ悠大も!

茜:な、なんか、ごめん……。

悠大:いいよ……事実だし。

七海:五時が門限だったのに、七時だもん! そりゃ怖いよね。

悠大:思ったより暗かったし。

茜:怖かった……。

 間

茜:でも、下の街明かりが綺麗だった。

七海:……そうだったね。確かに、いつもとは違う風に感じたなぁ。
   だから覚えてるのかも!

悠大:山側は明かりも少ないから、余計にそう思ったのかもね。

七海:にしても……あんなボロボロに泣いてたのに、よく帰れたよね、あの時!

 <悠大は気まずそうに頬を掻く>

悠大:それは……慧だよ。

茜:……え?

悠大:……慧が、僕たちを引っ張ってくれた。
   泣いてる僕たちの背中を押して、「いいから帰ろうぜ」って。

 <茜は隣を歩く慧の横顔を見つめる>

慧:ん……? どうした、茜。

茜:……いや、なんでもない。

七海:……そっか。うん。
   えへへ……そうだね! 慧! あのときはありがとうね!

慧:どういたしまして――っていっても、俺も考えてやったわけじゃないんだけどな。

茜:考えてなくても……慧がしたことなんだから。

慧:そうか。
  じゃあ、ありがたく受け取っておくわ。

 <四人は小さな時計のある公園までやってくる>

悠大:それじゃ、僕はこっちだから。

慧:おう。またな、悠大。

七海:ゆうだーい! また手伝ってねー!

悠大:わかったから、次からは事前に言ってくれ。

 <茜は小さな声で呟く>

茜:じゃ、じゃあ……ね。

 <悠大はじっと茜を見つめる>

悠大:茜も……またね。

茜:……うん!

 <悠大は公園の反対側へと歩いていく>
 <七海は二人の姿を微笑ましそうに眺めると、踵を返した>

七海:じゃあ! 私も帰ろうかなぁ!
   お熱いお二人さんの邪魔になっちゃいけないしぃ?

茜:な、だから! そういうんじゃないって!

慧:おう。七海も、またな!

七海:はいはーい! 今日はごちそうさまでした!
   まったねー!

 <七海は駆け足で去っていく>

茜:……またね、か。

慧:ああ。そうだな。

茜:……帰る。

慧:帰ろう。

茜:だから……なんで一緒に帰るのが前提なの……!

慧:だから、俺達の家、隣通しだろ。

茜:そういう問題じゃなくて……!

慧:だったらなにがそんなに嫌なんだよ――

 <二人は話しながら家に歩いていく>


 ◆


茜N:夏休みになると、いつもどこか上の空になる。
   ぽっかりと胸のどこかに大きな空洞ができたみたいに、身体の奥のほうがすーすーして……いつも何かを探しているようで不安になる。
   夏は、騒がしい。虫の声もそうだし、太陽の光も私を押しつぶすかのようだ。
   目に入る景色や匂いも、鮮やかで、濃くて、私は少し酔っ払ってしまう。
   私にとって夏は騒がしい、けど――どうしてだろう、やっぱり、寂しい。


 <茜はゆっくりと目を開ける>

茜:……ん……。

慧:おい、起きろ。

茜:へ? ……ひゃああああ!

 <茜が飛び起きると、ベッドの隅に慧が座っている>

茜:けけけけ慧! なんで、なんで私の部屋……!

慧:いや、普通に玄関から。

茜:そういう話じゃなくて!

慧:じゃあ、どういう話?

茜:そ、それは……だから……!

 <慧は微笑むとベッドから立ち上がる>

慧:携帯、見てみろよ。

茜:け、携帯……?

 <茜は携帯電話を手に取る>

茜:え。すごい数の着信……へ!? 七海!?

慧:ほら、外。

 <慧が窓の外を指差す>
 <茜が起き上がって窓に近寄ると、家の前に立って部屋を見上げている七海と悠大の姿が見えた>

茜:……あ。

七海:あ! あかねー! 起きたー!?

悠大:七海……声が大きい。

七海:えー? いいじゃん! ここらへんの人はみんな知り合いだし?

悠大:そういう問題じゃないと思うけど――まあ、言っても無駄か。

 <茜は慧の顔を見る>

茜:……え。どういう、こと?

慧:さあな。とりあえず、早く着替えろよ。

 <茜は顔を伏せて拳を握りしめる>

茜:出てって……。

慧:は? なんで急に機嫌が悪く――

茜:いいから! 出ていけー!

慧:うわあああ! おい! 落ち着け――


 ◆


 <茜は恐る恐る玄関から出る>

茜:あ、あの……。

七海:茜、おはようー。

悠大:……おはよう。茜。

茜:うん……おはよう。
  ご、ごめん。電話、気づかなくて。

七海:ああ、いいのいいの! 茜がねぼすけなのは知ってるから。

悠大:それより、アポ無しで押しかける七海のほうが謝るべきだと思うけどね。

七海:まあ、それは置いといて。

悠大:意地でも反省しない気か……。

七海:(ニヤついて)さっきはすごい怒鳴り声だったねえ!

 <慧はげっそりした表情で頭を掻く>

慧:……ああ、あれは……。

七海:慧はどんな起こし方をしたのかなぁ?

茜:い、いや、別に……。

慧:普通に起こしたつもりだったんだけど、急に怒り出してさ……。

七海:まー、乙女の寝る部屋に勝手に入る慧が悪いってことよ。

茜:そ、そうなの! そうだよね……私、間違ってない。

慧:なんだよそれ、助かったろ?

茜:……別に頼んでない……!

悠大:それより、話。進めない?

茜:ああ、うん……。そうだね。

 <茜は鞄からチラシを取り出す>

七海:じゃじゃーん!

茜:えっと……『ありがとう、デレース屋上遊園地』……?

慧:は? え! マジかよ! あそこ閉園しちゃうのか?

茜:あそこって……?

慧:前に行ったことあるだろ! ほら、『南遊町(なんゆうちょう)』のデパートだよ!

茜:『南遊町(なんゆうちょう)』のデパート……。

七海:そうそう! デレースの屋上の遊園地!
   前に遊んだあそこ、閉まっちゃうんだって!

茜:そ、そうなんだ。

七海:だから! 遊びに行こう!

茜:……え?

悠大:説明が足りない――といいたいところだけど……。
   本当にその通りらしい。
   茜にも来て欲しいんだってさ。

七海:ほら! 四人で一緒に! 行ってみようってこと!
   どう? いくよね? いくでしょ!?

茜:あ、あの……。

慧:行こうぜ。茜。

茜:……でも。

慧:この間一緒に帰った時、嬉しかったよな?
  久しぶりだったろ。

茜:それは、そうだけど……。

慧:だったら! 行こうぜ。
  俺は、行きたい。

茜:……怖い乗り物は、嫌だよ。

七海:(吹き出す)ッ! ふふふふ……!

悠大:(吹き出す)あー……いや。
   小さい子ども用の遊園地だから、僕らが乗れるようなのはそんなにないよ。

茜:そ、そうかな……。

七海:ほらほらぁ! 決まったら行くぞー!
   レッツゴー!

慧:いいなぁ! うっし行こうぜ!
  レッツゴー!

茜:ちょ、ちょっと!

悠大:(微笑んで)ほら、行こう。


 ◆


 <夕方・遊園地のベンチに座ってアイスを食べる茜と七海>
 <その側で悠大と慧が並んで立っている>

七海:あー! 楽しかったねー!
   結構乗れるアトラクションあったし!

慧:ああ! あのパンダのやつとかな!

茜:ふふふ……悠大が乗ってるの面白かった。

七海:真顔だったしね?

悠大:まぁ、思ったより楽しかったよ。

七海:ふーん。今日は素直だね。

悠大:僕は元から素直だ。

七海:そうかなぁ?

悠大:うるさいな……で、茜は? どうだった?

茜:え? 楽しかったよ……でも、お化け屋敷は、怖かったけど。

七海:えー? 可愛かったよ。

悠大:ああいう子供向けっぽく作られてるほうが不気味っていうのは俺もそう思う。

茜:だよね……シンプルだと余計に驚くっていうか……。

 <七海は立ち上がって伸びをする>

七海:んー! 本当、残念だねぇ!

悠大:何かが終われば、次ができる。
   自然なことだろ。

七海:悠大にはさぁ、ないの?
   これはノスタルジー、みたいなさ!

悠大:……そんなの、まだまだだよ。

茜:まだまだ……?

 <悠大はコーヒーを一口飲む>

悠大:まだ……僕たちには懐かしめるような過去はないってこと。

 間

七海:悠大……それ――

悠大:まあ、でも。最後に来れたのは、良かったかな。

 間

慧:なあ……今、何時だ?

茜:え? ああ、今は……えっと、何時だっけ……。

七海:ん? えっとね……四時五十九分だけど?

 <慧は立ち上がると、屋上遊園地の広場にある時計を指差す>

慧:なら! ほら、そろそろアレの時間だ。時計台、見てみろよ!

茜:時計台……?

悠大:……あ。

 <五時の鐘とともに時計台が動き出す>

茜:……あ……時計台、動き出した……!

七海:あー! 本当だ! すごいすごい!

悠大:僕もギリギリまで忘れてた……。
   こんなギミック、あったね。

慧:これこれ! これを見ないとここに来たって気がしないんだよなぁ。

茜:……見たこと、ある……。

慧:ん? 何いってんだよ。
  茜が見たいって俺達をここに連れてきたんだぜ?

茜:そうなの……? 覚えてない……。

慧:でも、見たことあるんだろ?

茜:うん……そうなんだけど……。
  なんか、不思議な感じ……。

 <四人はしばらく時計台を見続けている>
 <時計台が動き終わってすぐ、慧は伸びをする>

慧:うし、帰るか。

茜:……え? もう、帰る?

悠大:そうだね。帰ろう。

七海:そうしよっかー! ダラダラいてもしょうがないしね。

 <出口に向かって歩いていく三人の背中に茜は呼びかけた>

茜:あの……!

悠大:ん?

七海:どうしたのー?

 間

茜:いや……えっと……。

 間

茜:ありがとう。誘ってくれて。

 間

七海:(微笑む)何いってんの! それをいうなら、『来てくれてありがとう』だよ。

悠大:それをいうなら『楽しかった』でいいだろ。

茜:……うん。

慧:(微笑んで)うーし! 行こうぜー!

 <三人はデパートを後にする>


 ◆


 <七海と悠大は二人で帰り道を歩いている>

七海:……楽しかったね。

悠大:……うん。

七海:ねえ、どうして気が変わったの?

悠大:……何が?

七海:ううん……。ほら、茜を誘ってデパート……なんてさ。
   悠大、前までだったら絶対来なかったじゃん。

 間

悠大:……さあ。なんでかな。
   というかさ、どっちかっていうと……僕よりも、七海がそうだと思ってた。

七海:私が……?

悠大:うん。なんとなく。
   僕よりも、茜を避けてたのは……七海じゃないかなって。

 間

七海:茜のことはね。大好きだよ。

悠大:うん。

七海:……だからこそ、かな。

悠大:……そうだね。

七海:それに! 茜の側には慧がいるし! 二人の仲を邪魔するのも悪いかなって思ってたからね! へへへ!

悠大:……そうか。

 <悠大は微笑んで七海の頭を撫でる>

悠大:優しいね、七海は。

七海:……何よ、それ。

悠大:それに……すごいと思う。
   僕はまだ、割り切れてないから。

七海:……そんなの……私だって……。

悠大:この間久しぶりに茜と……慧と四人で帰ってから。
   僕も色々と考えてみたんだ。

七海:……うん。

悠大:ずっと茜が嘘をついているんだと思ってた。でも、違う。
   今日のデパートだってそうだったけど……確かに、茜には『あの夏』の記憶がない。

七海:うん。そうだね。

悠大:僕はそれがずっと認められなかった。
   だけど……それを認めたとして、正直……どうしたらいいのかもわからないんだ。
   僕らにできることなんて……。

 <七海は悠大の頬に触れた>

七海:悠大、こっち向いて。

悠大:ん?

 <七海は悠大にキスをする>
 <二人の横顔を夕暮れが照らしている>

七海:ふふふ……悠大の唇、もーらい。

悠大:(ため息)……脈絡がなさすぎる。

七海:……嫌だった?

悠大:……そんなわけないだろ。

 間

七海:あのさ……私達って、ちゃんと前に進んでるのかな。

 <七海は少しだけ早足で悠大の前に出る>

七海:……ねえ! 私達が付き合ったのっていつだっけ?

悠大:去年の冬。

七海:どっちが告白したんだっけ?

悠大:それは僕から――って……何を言わせたいんだよ。

七海:(笑って)ううん。ただね。

 <七海は振り向く>

七海:悠大は、忘れないでね。

 間

悠大:……ねえ。

七海:何?

悠大:僕達も本当は、忘れるべきなんだと思う。

七海:……何を?

悠大:『あの夏』のことを。

 <蝉の声がじんじんと耳に響いている>


 ◆


茜N:私は泣いていた。
   いつもみんなで遊んでいた公園で、一人で膝を抱えて。
   とっくに夜になっていて、辺りには虫の声だけが響いていた。
   それが不安で、怖くて、とにかく何も見えないように膝を抱えていたんだ。
   でも、そういうときにいつも、彼の声が聴こえる。


慧:……おい、どうした。茜。

茜:……どうして? 慧がいるの?

慧:さあな。俺はいつも茜が泣いてるときは側にいるんだ。
  何故かは知らないけどな。

茜:何、それ……。

慧:……とにかく! 泣きたいだけ泣けよ。
  俺は、ここにいるからさ。


茜N:私はただ、怖かった。何もかもが、怖かったけど……。
   慧の声が直ぐ側で聴こえた瞬間に、気持ちはすっと落ち着いていった。
   いつもみたいに――


慧:あ。なあなあ、この間の授業のあれ、覚えてるか?

茜:……何が?

慧:俺達が見てる星の光って、何年も前だったり、遠いものだと何百年も前の光だって話。

茜:……うん。

慧:わかんなくなるよな。俺達なんてさ、数分寝坊したーとかさ、一日風邪で寝込んだとかでこんなに悩んでんのに。
  そんなの、宇宙規模じゃ一瞬にも満たないなんてさ。

茜:(吹き出して)……なんで慧が宇宙規模で考えてるのさ。

慧:そりゃあ、俺達は宇宙の中に住んでるんだから、当然だろ。

茜:……そっか。だから、慧は……。

慧:だから、何だよ。

茜:ううん……そんな風に考えられるところも、すごいんだなって……。

慧:すごい? 俺が?

茜:うん……。だって、いつもみんなの中心で……。
  誰にでも優しいし、私みたいに……めそめそ泣いたりしないし……。

 <慧は困ったように笑う>

慧:……そりゃあ、俺は虎だからな。

茜:虎……って、どうぶつ占いの?
  ふふふ……気に入ってたもんね。虎だったこと。

慧:ああ! 俺にピッタリだろ? 強くてカッコいい虎!

茜:確かに、ぴったりだ……。私はひつじだもん、それもピッタリ……。

慧:ああ、たしかに。

 <慧は茜の顔を覗き込む>

慧:ひつじは臆病で平和主義、そして気配り上手で周りがよく見えてる。
  他の人のこともよく見えてるから、いつだって周りの人が過ごしやすく過ごせる。

茜:(吹き出して)……よくそんなに細かいこと詳しく覚えてるね……。

慧:もちろん。七海のこじかも、悠大のペガサスも、結構覚えてるぜ。

茜:本当、変なところで記憶力いいなあ。

慧:おいおい、馬鹿にすんなよな。
  結構頭いいんだぜ?

茜:嘘つきじゃん。運動バカ。

慧:バカって言ったほうがバカ。

茜:バカ。

慧:ばーか。

 <二人は笑い合う>

慧:……思ってるよりも複雑なんだよ、人間って。
  俺もさ、色々弱いなって思うよ。
  茜や、七海や、悠大と遊んでる時はさ、俺だって強くなれる。
  わかんないけどさ……力が湧いてくるんだ。
  こんな俺にだって、できることがあるってさ。

茜:そんなの……いつもじゃん……。

慧:いつもさ、家に帰るのが怖かったんだよ。

茜:……え?

慧:ほら、俺んちって父さん居ないからさ。
  母さんも仕事で遅いし……一人の家に帰るの、怖かったんだ。

 <慧は言葉とは裏腹に楽しげな笑みを浮かべた>

慧:茜はさ、いつも俺が心細いと思ってるときはそばにいてくれる。
  みんながもう帰ろうっていうのを引き止めたりしてもさ……。
  茜だってもう帰りたいのに、そういうときはいつも俺に付き合ってくれる。
  俺が寂しいの……いつも見ててくれた。
  ……だろ?

茜:……そんなこと……。  

慧:だから! 茜もすごいんだってこと!
  ひつじの茜がいなきゃ、俺なんてこの広大宇宙を生きてけないんだ!
  ……だから、もっと自信もてよ。

 間

茜:(吹き出して)……やっぱり、慧はすごいね。
  そんなこと……なかなか言えないよ。

慧:まあな。
  ……でも、こういうのって言わなきゃもったいないだろ。

茜:もったいない……?

慧:一瞬かもしれないから。

 <慧は寝転がって星に手を伸ばした>

慧:俺達の時間なんて、一瞬かもしれないからさ。
  俺達の声が、あの星に届く頃には――とか考えたら、今を大事にしなきゃって思うんだ。

茜:……今を、大事に……。

慧:ああ。だから――

 <慧は茜の目に手を当てる>

茜:な、何?

慧:そろそろ……起きろよ。茜。


 ◇


茜:け、い……?

 <茜はゆっくりと目を覚ます>
 <真っ暗な部屋の中で目を覚ますと、外から激しい音が聴こえるのに気づく>

茜:す、すごい音……!

 間

茜:そうだ……大型の台風が来るって……!

 <窓を風が叩く>

茜:ひっ! ……お、お母さん……!

 間

茜:……そうだ……お父さんとお母さん……田舎に墓参りに行ったんだ……。

 <茜は縮こまりながら真っ暗なリビングへと向かう>

茜:どうして留守番するなんて言ったんだろう……!
  一緒に行けば良かった……!

 <リビングで毛布に包まっているが、雨の音が不安を煽る>

茜:……怖い……どうして……! こんなに……!

 間

茜:慧……。慧ぃ……!
  どうしてこういうときに居ないのよ……!

 <茜は膝を抱える>

茜:私が泣いてるときは居るって……言ってたじゃん……!
  嘘つき……!

 <しばらくそうしていた茜だが、ゆっくりと立ち上がり、服を着替える>

茜:……いつも勝手に押しかけてるんだもん……。
  こういうときは私から行ったっていいはず……。


 ◆


 <七海は悠大の部屋に入る>

七海:やっほ。

悠大:は? 七海? どうして――

七海:ん? 幼馴染の彼女が部屋に来るのが嬉しくないのかな?

悠大:そうじゃなくて……こんな台風の日にわざわざ外に出るなんて……!
   何考えてるんだよ……!

 <七海は悠大に抱きついた>

七海:こんな台風の日だから、だよ。

 間

悠大:……そっか。

七海:……うん。あんまりあの日に似てるから……怖くなっちゃった……。

 間

悠大:……僕は、居なくならないよ。

七海:……うん。知ってる。

 間

悠大:じゃあ、台風が行くまで、ここにいなよ。

七海:(ニヤついて)えー? なんか変なこと考えてる?

悠大:……考えてない。

七海:素直じゃないなぁ。

悠大:ねえ。

 <悠大は真剣な顔で七海の顔を見つめる>

七海:な、何? 急に素直に――

悠大:そうじゃなくてさ……茜のところ、行ってみる?

七海:……どうして茜に?

悠大:いや……確かに、今日はあの日に似てるんだ。
   何か……思い出したかもしれない。

七海:……確かに、それは……。

悠大:それに……あのことを話すなら、今日のような気がするんだ。

 間

悠大:確かに台風は強くなってるけど、僕達はみんな近所だし――

七海:わかった。

 <七海は困ったように笑う>

七海:……一緒に、行こう。


 ◆


 <茜は家の隣――空き地の前で立ち尽くしている>

茜:……どうして。

 <雨音が茜の差す傘を強く叩いている>

茜:どうして……! 慧の家が……!
  空き地に、なってるの……!

 <茜は傘を落としてしゃがみ込む>

茜:どうして! ねえ……!
  慧! どこに……! どこにいるのよ!
  慧! けいいいいい!


 ◇


 <回想>

茜N:私は――慧のことが好きだった。


慧:ん? どうした、茜。

茜:あの……あのさ。

慧:なんだよ、なんか変だぞ?

茜:あの! 今日の夜、話があるんだけど……!
  その……部屋に、行ってもいい?

慧:は? 家に?


茜N:だから、私はあの日――小学六年生の夏休み、慧に告白しようとしたんだ。


慧:別に隣なんだし、いつも来てんだろ?

茜:そ、それはそうだけど。一応。

慧:あー、別にいいけど、今日寄るとこあるんだよな。

茜:寄るとこ?

慧:ほら、昨日、裏山の『まんまる池』に遊びに行った時にさ。
  ちょっと忘れもんしたんだよ。

茜:忘れ物?

慧:そう。父さんの形見。

茜:……そっか。

慧:だから帰ってからならいいぞ!

 <景は体操着を振り回しながら笑った>

茜:でも今日、台風が来るから早く帰りなさいって先生が――

慧:わかってる! だからぱーっと行ってくんだよ!
  また夜にな!


茜N:景はいつもの調子で走っていった。
   私は――その背中を、微笑んで見送っていた。
   そして――


 ◇


 <現在>

茜:慧……。そうだ……!
  慧が居なくなっちゃう! このままじゃ!

 <茜は雨に濡れた髪をかきあげた>

茜:慧が忘れ物をしたのって……確か……!


 ◆


 <かっぱを着た悠大と七海は、茜の家のドアを叩き続ける>

七海:あかねー! いるのー!?

悠大:……鍵は?

七海:開いてない……!
   部屋の電気も全部消えてる……!
   ……確認だけど、本当に茜は留守番してるんだよね?

悠大:ああ。うちの両親も茜の両親からそう聞いてる。

七海:だとしたら茜はどこに――

悠大:ん……? あれは!

七海:どうしたの!?

 <悠大は隣の空き地に赤い傘が転がっているのを見つける>

悠大:あの傘って……。

七海:風で飛ばされてきたか――そうじゃなきゃ……!

悠大:もしかして……茜の……?

七海:どうしよう……! 悠大! 茜が!


 ◆


 <茜は裏山を歩いている>

茜:裏庭の……まんまる池……!
  確か、ここで遊んでて……景は忘れ物、した……!

 間

茜:慧! 慧ッ! どこにいるの!?

 間

茜:慧……! どうして……!
  どうして私の側にいてくれないの!

 間

茜:慧……。慧……! ねえ、慧!
  どこにいるのよ……!

 <茜はぼうっと空を見上げながら歩みを進める>

茜:私……あ。

 <茜は足をとられ、目の前の池に落下する>

茜:ッ! キャアアア!


茜N:気がついたら……私は、水の中にいた。
   冷たくて……苦しくて……もがくたびに、身体が沈んでいく。
   でも――それはいつものことだったんだ。
   あの日から私はずっと、水の中にいたみたいだったから。
   でも違うのは……彼が居ないことだ。

茜:け、い……!

茜N:ずっと好きだった、あの男の子が、私の側に居ないことだ。

茜:慧……! 私……! 
  私……! 寂しいよぉ! どこにいるの……!


慧:あかねええええええ!


茜:……え?


慧:捕まれ! 茜! 手を伸ばせ!


茜:慧……?


慧:いいから! 俺を信じろ!


茜:優しい……虎の声――


 <茜は手を伸ばす。その手を、誰かが掴んだ>


悠大:うおおおおおおお!

 <悠大は茜の身体を池から引き上げる>

茜:カハッ……! ゴホッ!

悠大:はぁ、はぁ……! いいから!
   もっとこっちへ!

茜:あ、ケホッ……ゴホッ……!

悠大:はぁ……はぁ……。

 <悠大は茜の身体を池から遠ざけると、地面に寝転がった>

悠大:(息切れしながら)なに……してるんだよ……!

茜:(息切れしながら)……ごめん……。

悠大:何を謝ってるのか……! わかってるのかよ!

茜:ごめんなさい……! ごめん……!

 <二人のもとに七海が駆け寄ってくる>

七海:悠大! 茜ッ!

悠大:七海、警察には?

七海:連絡した! こっちまではこれないから、出来たら道まで出てくれって……!

悠大:そうか……ありがとう。

茜:……七海……悠大……ごめ――

七海:ッ!

 <七海は茜の顔を叩く>

七海:……馬鹿! バカバカ! なんで……! なんでなのよ!
   もうやめてよ! もう奪わないでよ!

茜:ななみ……!

 <七海は泣きながら茜を抱きしめる>

七海:もう……! 大っ嫌いよ!
   大嫌いで、大嫌いで……! 大好きなの……! 茜ぇ!
   だからもう……! どこにも行かないでよぉ! あかねえ!

悠大:……行こう。早く病院で検査してもらわないと――



茜N:その日、私は――思い出した。
   私の隣に住んでいた幼馴染の男の子、佐々木慧は――四年前の夏、台風が直撃した日に、誤って池に転落し――亡くなっていたということ。
   そして、私はその後、彼が亡くなった『その夏の出来事をすべて』忘れてしまっていたこと。
   ――それからずっと、私にだけ、死んだはずの慧の姿が見えていたこと。


悠大N:慧のお母さんは、ここにいるのが辛いといって、すぐに家を売り払って街を出ていった。
    でも、茜だけはそれを頑なに認めようとしなかった。
    そしてすぐに、茜は『見えない慧』と話し始めた。
    まるでそこに慧が生きているかのように、話し、振る舞っているのを見て、僕はどうしていいかわからなかった。
    大人達は理解するように僕達に言ったが、当時の僕と七海には……そう簡単には出来なかった。
    慧のことも受け止められないうちに、茜まで失ってしまったと思ったんだ。


七海N:あの時の私達は――茜の側にいることは、できなかった。
    だから……私と悠大は、茜とは違う中学校へと進んだけれど、心の中ではいつも茜のことを気にかけていた。
    同じ高校に通うことになったと知った時……私は、あの頃より少しだけ余裕をもって茜のことを考えることができるようになっていた。
    だから私は――茜の側にいる慧が、『私には見えないけど本当に居るんだ』ということにして接してみることにした。
    そうしているうちに、茜に近づけると信じて……。


茜N:ずっと……ずっと、側に居たんだ。
   まだ今でも、信じられているわけじゃない……もう何年も一緒にいた人。
   一緒に成長して、一緒に学校に行っていた人。
   少しおせっかいで、でも……誰よりも優しい人。

 間

茜N:彼はその台風の日以来――私の目にも見えなくなった。


 ◆


茜:……よし。

 <茜は部屋で制服に着替えると、玄関を出る>

七海:おっはよー! 茜!

茜:うん。

悠大:……いこう。

 <三人は制服のまま連れ立って坂を登っていく>
 <しばらく歩いて山を登っていくと、三人は山の上の見晴らしのいい墓地にやってくる>


茜N:台風が過ぎ去ってから数日後――私は二人と一緒に、三人で山を登っている。


七海:なんか、不思議な感じ。

悠大:何が?

七海:この間まで、こうやって一緒に歩いてるなんて想像もできなかったからさ。

茜:あの……ごめん、私色々……! ずっと、二人には――

七海:ううん。もう、いいよ。

悠大:ああ、そうだ。
   ……だって、僕達は友達だ。だろ?

七海:悠大ったら、良いこと言うね。
   ちょっとらしくないけど。

悠大:うるさいな……まあ、なんていうか。
   慧なら、そういうだろうなって思ったんだ……。

茜:慧なら……。

七海:そうだね!

 <七海が茜の手を繋ぐ>

七海:色々あったよ。あの夏から今まで、色々あったけど……。
   それまでだってたくさんいろんなことがあってさ!
   一緒だよ。
   楽しいことも、嬉しいことも……悲しいことも、反省することも、全部……分けっ子しよう。

茜:……うん。ありがとう。

 間

茜:私ね、二人と友達で良かった。

七海:……うん。

悠大:今更……? ……いつだって僕らは最高さ。


茜N:涼しい風が吹いていた。
   その墓地は――街を一望できる、とても景色がいい場所にあった。


悠大:えっと……どの辺だったかな……。

七海:んーとね……あ! ほら。ここだよ。

茜:……あ。

悠大:……はじめてだね。三人で来るのは。

七海:うん。はじめてのお墓参りだ。


茜N:佐々木家と書かれた墓石に、『慧』の名前があった。
   ここは、慧と、慧のお父さんが眠るお墓……。


 <悠大はしゃがみこんで、置かれた花を見つめる>

悠大:慧のお母さん、少し前に来てたみたいだね。

七海:うん。そうだね。……挨拶したかったな。

悠大:また、機会があるさ。
   よし……少し、掃除するか。慧はだらしないから、すぐに散らかすだろうし。

七海:確かに! じゃあ水、汲んでこよう。

悠大:そうだね。

 <七海はじっと立っている茜の顔を覗き込む>

七海:茜、一人で平気……?

茜:え? あ……うん。

悠大:じゃあ、ここで待ってて。
   行ってくる。

 <悠大と七海は水を汲みに向かう>
 <茜はしばらくその場に立ち尽くしている>

 間

茜:……そっか。ここが、今の慧のお家なんだね。

 間

茜:(ため息)……ねえ、慧。

 間

茜:……ごめん。今まで会いに来れなくて。

 間

茜:……いつも、来てくれてありがとう。
  本当は、すごく嬉しかったよ。

 間

茜:……起こしてくれて、ありがとう。
  本当は、すごく助かってたよ。

 間

茜:いつもいつも……悩み事とか……辛いこととか……。
  色々……嫌な顔もせずに……聴いてくれて……!

 <茜は涙を抑えられないまましゃがみ込む>

茜:(泣きながら)ごめん……! ごめんね……! 私……!
  慧の側にいれなくて、ごめん……!
  ずっと……! ずっと慧が居ないなんて、認められなくて……!
  ここでずっと、一人にさせて、本当にごめん……!
  あのね……! 私、ずっと……! ずっと……!

 <涙はとめどなくこぼれ落ちていく>

茜:……好きだよ……! 慧!
  私ずっと……! 伝えたかったの……!
  小さい頃からずっと……! 慧のことが、好きだよ……!
  大好きだよ……! 大好き……! 慧……!

 <ふと、涼しい風が吹く>

慧:ありがとうな。

茜:……え? 慧――

 <慧が困ったように笑ったあと、その姿は消えてしまう>

茜:……慧……!

 <茜の身体を後ろから七海が抱きしめる>

七海:(泣きながら)……聞こえた。

茜:……七海……?

七海:聞こえたよ……今……! 慧の声……!

 <七海の後ろで、悠大も涙を流している>

悠大:ああ……! 初めて、聞こえた……!
   慧の……声だった……!

七海:……うううう! あああああ!

茜:……そっか……! やっぱり、いたんだね、慧……。

悠大:クソッ……! やっぱりあいつ、ムカつくよ!
   勝手に……死ぬなよ! ふざけんな……!

 <三人はその場で抱き合いながらうずくまる>
 <泣いてはいるが、その顔にはどこか笑顔が浮かんでいるのだった>

茜:ねえ……慧……。
  あなたがこの宇宙にいてくれて……ありがとう。


 <茜は青く澄み渡る空を見つめる>
 <いつかの慧の言葉が胸に蘇る>


慧:一瞬かもしれないから。
  俺達の時間なんて、一瞬かもしれないからさ。
  だから俺達は――いつだって、一緒にいるんだ。





 完





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