トリッピーピークス
作者:ススキドミノ


エリィ:18歳。霊感ゼロ女子。
レヴ:19歳。ヴァンパイアの青年。
ジェイク:推定20代。霊感フルパワーのコミックストアのオーナー。
ピース:年齢不詳。ゴーストの女性。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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 <エリィは道を歩きながら電話をしている>

エリィ:(電話口に)……うん。わかってる。
    大丈夫だから……うん。オーケイ。
    うん。切符を取ったらまた連絡する。
    それじゃあ……。

 <エリィは携帯電話をしまうと、ぼうっと空を眺める>

エリィ:……そう。もう、一年経つの。

 間

エリィ:……え? あれって――

 <道外れの木陰>
 <レヴが木に背を預けて荒い息をついている>

レヴ:クソッ……! 今日は雨が降るんじゃなかったのか……!

 <通りがかったエリィが近寄る>

エリィ:……あの。

 間

エリィ:……貴方、大丈夫?

 間

エリィ:ねえ――

レヴ:(荒く息をする)……ああ……放っておいてくれ……。

 間

エリィ:……そう。じゃあ失礼するわね。

 <エリィは立ち去る>

レヴ:まずい……本当に、力が入らなくなってきた……。
   こんな死に方……最悪だ……。

 <レヴはゆっくりと瞳を閉じる>

エリィ:……ほら。

 <エリィがペットボトルを持って顔を覗き込んでいる>

レヴ:……え……?

エリィ:これ。お水。

 <レヴの胸にペットボトルを押し付ける>

エリィ:あと、この傘、あげる。

レヴ:か、さ……?

エリィ:日傘。安いやつだから、気にせず使って。

レヴ:……君は……。

エリィ:多分、熱中症だと思うけど。
    水を飲んで、休んで、それでも動けないようなら、病院に連絡するのよ。
    ……それじゃ。

 <エリィは歩き去る>


 ◆


 <トリッピーピークス・街外れのビデオショップ>

エリィ:ジェイク。

ジェイク:エリィ。

エリィ:ごめんなさい、少し遅れた。

ジェイク:まぁご覧の通り誰も居ないから、気にすることないよ。
     このトリッピーピークスには、平日の夕方にコミックストアに入り浸るようなオタクはそう多くないしね。

エリィ:そういえば、この間言っていたのは届いた?

ジェイク:ああ、届いたよ。
     そっちのダンボールに入ってる。

エリィ:……そう。じゃあ、飾り付けから始める?

ジェイク:頼むよ。一応飾り付けの案はそっちに印刷してある。
     あー、でも……センスが無いと思ったところは、君が直してくれていいからね。

エリィ:わかった。

ジェイク:僕は新作コミックの整理をしないと。

エリィ:……いつもみたいに自分で読んでばっかりってのは無しね。

ジェイク:わ、わかってるよ。

エリィ:そう。

 <エリィはダンボールから飾り付けを取り出す>

エリィ:ハロウィンの飾り付けなのに、定番のジャック・ランタンは無いのね。
    何か理由があるの?

ジェイク:あー……んー、なんていうかな……。
     実はさぁ……。喧嘩したんだよ、その……ジャック・オー・ランタンと。

エリィ:(吹き出す)なにそれ。

ジェイク:笑ってくれていいよ。
     まあ、なんていうか彼はとても意地悪なやつでね。
     彼のモチーフを飾るのは辞めたってわけ。

エリィ:(笑って)そうなのね、わかった。
    でも……代わりにコウモリのシンボルが多いのはどうして?

ジェイク:それについての説明は簡単さ。
     この街にはヴァンパイアが住んでるって知ってるかい?

エリィ:ヴァンパイア? ああ、聞いたことがあるかも。
    イギリスから移り住んで、この土地に住んでたパーティ好きのヴァンパイアがいたって。

ジェイク:そのヴァンパイアは人間が好きで、いくら自らが血を欲したとしても、決して人を襲わなかったんだ。
     ハロウィンの時期には街外れの洋館で、パーティまで催してたらしいよ。
     街中の人が、そのヴァンパイアに感謝していたんだ。

エリィ:その洋館って、今は展望台になっているところ?

ジェイク:そう。実際にあの場所に屋敷があったことはわかってる。
     もちろん住んでいたのは、当時の富豪だったみたいだけど。

エリィ:じゃあその富豪がヴァンパイアだったってこと?

ジェイク:さぁね。随分と前の話だし、彼らがどこへ移り住んだのかもわかってない。
     そういうわけで、僕はこの街の歴史と伝統に敬意を評して、ヴァンパイアのシンボルとも言えるコウモリを飾ることにしてるってわけ。

エリィ:色々なことに詳しいのね、ジェイク。

ジェイク:それは、僕がオタクだっていいたいのかな?

エリィ:まあ、コミックストアのオーナーに、改めていうことではないかもしれないけどね。

ジェイク:君だってここで一年近く働いてる。
     もう、立派なオタクの仲間入りさ。

エリィ:(吹き出す)……もしかして、ヴァンパイアと掛けたジョークのつもり?

ジェイク:(笑って)そうそう! 知らないのかい? オタクは感染するんだよ。
     それでいうと、僕はもう君の首筋に狙いを定めてる。
     噛みつかれたが最後、君はもうこちらの住人だ。

エリィ:じゃあ、店員割引でコミックを買うことになるわね。

ジェイク:あー、そう、うん。
     でももしそうなっても、お手柔らかに頼むよ。

エリィ:(笑う)


 ◆


エリィ:それじゃあね、ジェイク。

ジェイク:ああ。今日もありがとう、エリィ。

 <コミックストアを出る>

エリィ:……寒い。

 <歩くエリィの側に、レヴが近寄る>

エリィ:……。

レヴ:……あの。

エリィ:……。

レヴ:話を――

エリィ:ついてこないで。

 間

レヴ:俺は、その……。

エリィ:いい!? もう警察の番号を打ち込んでる。
    それ以上一歩でも私に近づいたら、コールするわ。

レヴ:わ、わかった。すまない。

エリィ:……ついてこないで! ……いいわね。

レヴ:お、俺は、君にお礼が言いたいだけなんだ。

エリィ:お礼……? 何の話?

レヴ:昼間……俺は、君に助けられた。

エリィ:昼間……?

レヴ:農場の裏の木陰だ。
   俺が座り込んでいたら、君が水と……あと、傘をくれた。

エリィ:あ、ああ……あのときの……。

レヴ:おかげで助かった。
   あのままいたら、俺は死んでいた。
   本当に、ありがとう。

エリィ:死ぬなんて……大げさね。
    それより、どうして私のいる場所がわかったの……?

レヴ:それは、匂いで――

エリィ:なんですって……?

レヴ:あ。い、いや! そうじゃない!
   本当に偶然……そう! 車で通りかかっただけなんだ!
   そこで君の姿が見えたから――

エリィ:じゃあ、車はどこ?

レヴ:……それは、その。

エリィ:(ため息)後をつけてきたわけ……?

レヴ:それは! 違う。本当だ。
   俺は、嘘は言わない!

エリィ:どうやって信じろっていうのよ……!

レヴ:すまない! その、待ち伏せてたのも謝る!
   だから俺とその、少しでいいから話を――

エリィ:二度と、付きまとわないで……!

 <エリィは歩きさる>

レヴ:(呟く)……せめて……君の名前が、知りたかったんだ……。


 ◆


 <店を閉めているジェイク>

ジェイク:さて……在庫の管理もこれで……。

 <レジの机から少女の顔が飛び出してくる>

ピース:……ジェイク!

ジェイク:うわぁ!

ピース:(笑う)あはは! うわぁ、だって! いい反応だ!

ジェイク:ピース! 君は……! どうしてこう突然!

ピース:ねえジェイク。お店は終わったかい?

ジェイク:閉店したよ……。何のようだい?

ピース:じゃあボクとお話をしようじゃないか!

ジェイク:いいかい。僕はただでさえ寂しい独り身のオタクなんだ。

ピース:それがジェイクのいいところだろう。

ジェイク:そんな僕が、閉店後の自分の店で、死んだ女性と話をしてるなんて、悲しいにもほどがある。

ピース:正確にはまだ死んではいないさ。
    死んだことを理解していないからこそ、こうしてゴーストとしてさまよってるんだからね。

ジェイク:胸を張っていうことじゃないと思うけど。

ピース:それにボクのような『漂う者』にとって、君の存在は貴重なんだ!
    君はゴーストの姿が見えて、そのうえ自然に会話ができる!
    君と話していると、余計に自分が死んだとは感じられなくなるくらいだ!

ジェイク:それも、誇れることじゃない。

ピース:そう言わないでくれよ。
    実はね、面白い話があるんだ。

ジェイク:なんだい……。どうせロクでもないことなんだろうけど。

ピース:それがそうでもないさ。
    実はね、この街に――おっと、噂をすればだ。

ジェイク:なんて……?

 <店の入口が開くと、レヴが入ってくる>

ジェイク:あの、今日はもう閉店で……。

レヴ:すまない。少しその……聞きたいことがあるんだが。

ジェイク:……ええと、なんでしょう。

 <ジェイクはレヴを見て目を細める>

ジェイク:……その前に、君は何者だい?

レヴ:何者、とは?

ジェイク:君は、なんだか妙な感じがする。
     それに……店に入ってきた瞬間に、『僕の他にもうひとり居る』のに感づいていたみたいだ。

レヴ:そこの……ゴーストのことか?

ピース:おっと。はっきりとボクのことをゴーストだと言ったねぇ。

レヴ:店主……あなたはジェイクという名前で間違いないか――

ジェイク:もし、僕を襲いに来たと言うなら……やめたほうが良い。
     僕はこれでも、あなたのような存在には慣れているんだ。
     そのまま出ていってもらえるなら、僕も何もせずに――

レヴ:すまない!

 <レヴは思い切り頭を下げる>

レヴ:頼む……! 助けてくれ!

ジェイク:……は?


 ◆


 <レヴとジェイクは店の中で向かい合って座っている>

ジェイク:……コーヒー? 紅茶?

レヴ:……紅茶はあるかい?

ジェイク:オーケイ……ミルクは?

レヴ:いらない。

ピース:ジェイク。ボクには飲み物の好みを聞いてくれたことがないね。

ジェイク:君は淹れても飲めないだろう。

ピース:気分の問題さ。飲めなくても、出して欲しいときもある。

ジェイク:ピース……別に君がここにいる必要は無いんだよ。

ピース:それはあまりにも寂しいじゃないか。

レヴ:……君たちは、一体どういう関係なんだ。

ジェイク:さあね。

ピース:親友さ。それも、生と死を越えたね。

レヴ:親友……。そうか。ゴーストと人間でも、友人になれるものなのか。

ジェイク:随分と素直に受け取るもんだ……。

 <ジェイクは紅茶をレヴの前に置く>

ジェイク:それで……助けて欲しいというのは?

レヴ:あ、ああ……。急に押しかけてすまない。

ジェイク:まずは、自己紹介といこう。僕はジェイク。
     このコミックストアのオーナーをしてる。

ピース:ボクはゴーストのピース。生前の名前は覚えていないんだが、平和を愛するその心根からピースと呼ばれて――

ジェイク:本当は、記憶が足りないからピースと名乗ってる。

レヴ:俺の名前はレヴだ。
   あなたの名前を……その、父から聞いたことがあって。
   『彼なら、事情も知っているから、もしトリッピーピークスに行くことがあれば頼るといい』と言われたんだ……。
   ……それで、聞いた通りの住所まで訪ねてきた。

ジェイク:……僕のことを……? 君は一体――

レヴ:俺は、ヴァンパイアなんだ。

ジェイク:……なるほど。

 <ジェイクは腕を組むと。納得したように息を吐く>

ジェイク:確かに僕は、かつてこの街に住んでいたヴァンパイアと面識がある。

レヴ:そのヴァンパイアの名前は?

ジェイク:ヴィクトル。そう名乗っていたよ。

レヴ:やはり、そうか……。

ジェイク:もしかすると君は、彼の?

レヴ:……ああ。ヴィクトルは、俺の父だよ。

ジェイク:……だろうね。

ピース:知り合いの息子というわけか。不思議な縁じゃないか。ジェイク。

ジェイク:そういう君は、彼が来ることを知っていたようだけど。

ピース:ボクは情報通なものでね。
    というより……他のゴーストが噂していたんだ。
    『街にヴァンパイアが戻ってきた』ってね。

ジェイク:……わかった。
     どんな悩みなのか、聞かせてくれ。レヴ。

レヴ:あ、ああ……。
   頼みというのは――


 ◆


 <翌日・コミックストア>
 <エリィが入ってくる>

エリィ:ジェイク、こんにちは――

 <店内には、ジェイクと、エプロンを付けたレヴがいる>
 <エリィはレヴを見て目を見開く>

ジェイク:や、やあ、エリィ……実は――

エリィ:どうしてこいつがここに……!

ジェイク:だから、話を――

エリィ:こいつは私の後をつけてきたの!
    卑怯者の変態野郎よ!?
    どうしてこんなところにいるわけ!?

レヴ:いや、俺は決して変態じゃ――

エリィ:ジェイク!

ジェイク:彼は親戚なんだ!

 <エリィは訝しげに目を細める>

エリィ:……親戚?

ジェイク:そ、そう! 彼の名前はレヴ。
     大学生で、この街に遊びに来ているんだ。

レヴ:そ、そうだ! 俺は、店主――ジェイクの親戚だ!

エリィ:そうなの……?

ジェイク:どうやら誤解があったようだと聞いてね。
     ……ほら、レヴ……。

レヴ:そ、そうだな! 昨日はその……偶然といったが……!
   昨日もその……ジェイクに会いに来るつもりで、ここに来たんだ!
   そこで君を見かけて声をかけたということで、その……!
   決して君の後をつけていたということではないんだ!

 間

ジェイク:……エリィ?

 間

エリィ:……わかった。でも、次からは声の掛け方には気をつけてね。
    怖かったんだから。

レヴ:こ、心得た。

ジェイク:じゃあ、これでそのー……終わりかな?
     誤解はー、解けたね……?

エリィ:いいわよ。それで……?
    彼は何をしているわけ?

レヴ:住まわせてもらう代わりに、手伝いをしようと思ってな。

ジェイク:人手はあるにこしたことはない、だろ?
     飾り付けもまだまだなわけだし。

エリィ:ええ……それはわかるけど――

ジェイク:というわけで! 引き続きハロウィンに向けて店内の整理と、店番を頼むよ!
     二人で! 仲良く! ね! お願いするからね!

エリィ:ちょ、ジェイク! どこにいくつもり!?

ジェイク:ちょっとした買い物だよ!
     あー、あと! 用事もいくつか済ませないといけなくてね!
     大丈夫! エリィ、君がいれば何も問題ないさ!
     それじゃあ! 頼んだよ! くれぐれも! 仲良くね!

エリィ:ジェイク!

 <ジェイクは店を出ていく>

エリィ:(ため息)……じゃあ、はじめましょうか。
    えっと……。

レヴ:レヴだ。

エリィ:レヴ。仕事を教えるから、手伝ってくれるかしら。

レヴ:ああ! なんでも言ってくれ。


 ◆


 <通りを歩くジェイクの隣にピースがならんで歩く>

ピース:お粗末な引き際だったね。

ジェイク:慣れてないんだ……仕方がないだろう。

ピース:それにしても……。良かったのかい? ヴァンパイアを彼女と一緒に残してきて。

ジェイク:彼は乱暴者じゃないさ。
     それに、エリィに助けられて、仲良くなりたいと心から願ってる。
     本心で言ってるかどうかくらいはわかるよ。

ピース:でも、ヴァンパイアだ。
    こう、ムラっときたら……どうかわからないよ?

ジェイク:……ムラっと、って?

ピース:例えばだ。好意を持つ人間の女性と二人きりのヴァンパイアがいるとする。
    共同作業をこなしているうち、次第に打ち解けていく二人。
    ヴァンパイアは笑う彼女の首筋を見て――ツバを飲み込むんだ。
    周囲を見渡しても誰もいない。
    ヴァンパイアは彼女の背後からそっと近づき、その口を開いて――

ジェイク:ストップ! そんなことにはならないさ……。

ピース:おや、そんなことがどうして言い切れるのかな?

ジェイク:彼の父があのヴィクトル卿だからだよ。

ピース:それだって本当かはわからないじゃないか。

ジェイク:彼の顔はヴィクトル卿によく似ているし――まあ、細かいことはいいじゃないか。

ピース:ふふふ。君は顔に似合わず秘密主義だからね。
    レヴを簡単に信じてる理由も、助ける理由も、ボクには教えてくれないのかい?

ジェイク:……レヴがヴィクトル卿の息子だというのは本当さ。
     それに……まあ、理由なんて知ってしまえばつまらないものだよ。
     ……それよりも、心配なのはレヴの性格だ。

ピース:性格?

ジェイク:少し話しただけだが、レヴはどうやら、口下手で世間知らずみたいだ。
     そんな彼が、エリィとスムーズに話ができると思うかい?

ピース:確かに……沈黙ばかりが続きそうだ。

ジェイク:(微笑んで)と、いうわけで。頼まれてくれないかな。

ピース:レヴの会話が弾むように、助言をしろということかな?
    ……構わないけど、報酬は?

ジェイク:(吹き出して)がめついゴーストだなぁ。
     君のためのプレゼントでも調達してくるとするさ。

ピース:……そういうことなら、期待しておこう。


 ◆


 <数分後・コミックストア内>
 <エリィは伝票の整理をしている>

レヴ:……あの、エリィ。

エリィ:……何?

レヴ:この飾りは、もしかしてハロウィンの?

エリィ:それ以外に何に見える?

レヴ:珍しいチョイスだな。
   普通はカボチャをくり抜いたものを使うはずだ。

エリィ:ああ、それね。
    ジェイクなりのこだわりなのよ。
    この街には昔、変わり者のヴァンパイアが住んでいたんだって。

レヴ:……ああ。聞いたことがある。

エリィ:そのヴァンパイアへの感謝から、コウモリの飾りが多いんだって言ってた。

レヴ:……そうか。店主が……。

 間

レヴ:……その……。

 間

レヴ:あの……。

エリィ:……何?

レヴ:……いや、なんでもない……。

 <レヴの背後からピースが忍び寄る>

ピース:『なぁエリィ……恋人は居るのか?』

レヴ:ひっ……!

エリィ:……何かあった?

レヴ:い、いや……! なんでも……!

ピース:全く……ヴァンパイアが聞いて呆れるじゃないか。

レヴ:(小声で)なんだ、急に……!

ピース:口下手で口説き下手のヴァンパイアなんて、乙女の夢を壊す行為だよ。

 <ピースは棚にあった少女向けの小説を手に取る>

ピース:いいかい。この国のティーンの女子に人気のジャンルは、ヴァンパイアとの恋物語なんだよ。

レヴ:そ、そうなのか……?

ピース:見てご覧。この作品では、五巻ともなると七人のヴァンパイアが主人公の女子に迫るんだ。
    謎めいていて、クールで、そしてセクシー。
    現代のヴァンパイアとは、乙女の憧れなのだよ。レヴ。

レヴ:……知らなかった。

エリィ:……どうしたの? 気になる本でもあった?

レヴ:え?

ピース:チャンスだレヴ、彼女に聞いてご覧。
    こういうジャンルが好きなのかどうか。

レヴ:あ、あの! エリィ……。

エリィ:何?

レヴ:き、君はその……! こういう小説をその……読むか?

エリィ:ああ……。そうね、ドラマでは見たことあるわ。

レヴ:そ、そうか! では、エリィはこういう物語が好き、なのかな?

エリィ:うーん……そうねえ。
    まあ、嫌いじゃないけど……。

レヴ:では、あの……ヴァンパイアが嫌いなわけではないのか?

エリィ:は……?

レヴ:……え?

エリィ:いや……別に、ヴァンパイアが嫌いだとかは思ったことはないけど。

レヴ:そ、そうか……。

 間

ピース:……気まずい沈黙。

 間

ピース:仕方がないなぁ……。助言をしてあげよう。
    レヴ。こういう会話の基本は、自分のことか相手のことを話すものなんだ。
    ただし、話し始めは相手のことを聞くことが望ましい。
    相手に興味を持っているということが伝わるように、丁寧に相手の話を聞くんだ。

レヴ:……わかった。

 間

レヴ:あの……! き、君のことが知りたい……。

エリィ:……は?

レヴ:あ。いや、だから……。君のことを、聞かせて欲しいと思っている。

ピース:大きくでたねえ、レヴ。

エリィ:(吹き出す)ふ、ふふふふ……!

レヴ:わ、笑われたぞ……!

ピース:……いいや。君は賭けに勝ったようだよ。

エリィ:……別に、私のことなんて聞いても面白くないわよ。

レヴ:そ、そんなことはない!

エリィ:例えば、何が聞きたいの?

レヴ:例えば? えっと、それは――

ピース:『恋人は居るのか?』 さあ、行け!

レヴ:こ……。

エリィ:ん?

レヴ:か、家族のこと、とか。

ピース:ヘタレヴァンパイアめ。

 <エリィは視線を伏せる>

エリィ:家族……。別に、何の変哲もない家庭よ。

 間

レヴ:そ、そうなのか。

エリィ:……ええ。

 間

ピース:……どうやら深くは聞いて欲しくない話題のようだね。
    次だ! 次! 次の質問を!

レヴ:え、ええと。
   その……ずっとこの街に暮らしているのか?

エリィ:まあ、そうね……。
    ……こういう田舎町って、外に出るのが結構大変なのよ。
    大学に入るっていうと、皆外に出ていくけど、大半の人間は卒業したら街に戻ってくる。

レヴ:それは……住みやすいからか?

エリィ:と、いうよりも……いつの間にか、街の外では生き辛くなってしまうのよ。
    積み重なった人間関係だったり、家族関係なんかが離してくれなくなる。
    抜け出せる人間は少ないの。

レヴ:……少し、わかる気がする。

エリィ:(微笑んで)……そう?
    私のことはいいから、あなたのことを聞きたいわ。
    どうしてこの街に?

レヴ:それは――

ピース:ヴァンパイアであることは隠すべきだが……。
    こういう質問には、正直に答えるべきだよ。レヴ。

レヴ:……父が以前、トリッピーピークスに住んでいたんだ。

エリィ:お父さんが?

レヴ:ああ。住んでいたのは随分と前だが……よく、この街の話を聞かせてくれた。

エリィ:どんな話を?

レヴ:今まで自分が住んできた中で、一番ハッピーな街だったと。

エリィ:……この街が……ハッピー?
    正直、イメージが沸かないわ……。
    私は、何の変哲もない田舎街だって思ってきたから。

レヴ:父は厳格な人だったから、楽しそうに話す姿が余計に印象的だったんだ。
   まるで、子供のように笑顔を浮かべて、この街での生活について話していた。
   そんな父が、去年、亡くなった。

エリィ:……あ……。

レヴ:あ、いや!
   随分と歳をとっていたし、とても穏やかな最期だったよ。
   だから、父も、俺も、決して悲しんではいないんだ。
   不思議に聞こえるかもしれないが、父も自らで選んだようなことだったんだ。

エリィ:……そう。

レヴ:とにかく、父は厳しい人で、俺は父がいる間……家からあまり出してもらえなかった。
   だが、父がいなくなり、自由にどこにでも行けるようになった瞬間――俺はどこに行っていいかわからなくなったんだ。
   家から出れない間は、色々な場所へ行くことを夢見ていたはずなのに……。
   情けない話、俺には思った以上に自分というものがなかったんだ。

 <レヴは壁にコウモリの飾りを貼り付ける>

レヴ:……ふと、思い出したんだ。
   父が亡くなる直前、「トリッピーピークスで、お前の母と出会った」と言っていたんだ。
   物心付いた頃から、顔も見たこともなかった母のことを、初めて話してくれた。
   それで、俺は――

エリィ:親戚のジェイクの所に来ようと思ったのね……。

レヴ:……親戚?

ピース:コラ! そういう設定だったろう……!

レヴ:あ、ああ! そうだ!
   ジェイクがここに住んでいると聞いて来たんだ。

エリィ:……あなたも、大変な思いをしてきたのね。

レヴ:あ……いや。

 <エリィはじっと考え込んだ後、顔を上げる>

エリィ:私の、家族の話。

レヴ:え?

エリィ:私もね。兄が……去年亡くなったの。

 <エリィは悲しげに微笑む>

エリィ:だからわかるとは言わないけど……。
    でも、少しだけ……。ううん。
    なんとなくだけど、あなたの気持ち、わかるわ。

レヴ:……そうか。

エリィ:ええ……。
    探してるのよ、私も。
    何かはわからないけどね……。

 <ドアが開き、ジェイクが入ってくる>

ジェイク:おまたせ!

エリィ:おかえり、ジェイク。

ジェイク:言いつけ通り、仲良くしていたかい?

 間

ジェイク:……その様子だと、結構盛り上がったみたいだね。

ピース:盛り上がったどうかは疑問だね、ジェイク。
    だが、心の距離は縮まったってところかな。

レヴ:そういえば、ジェイク。
   少し、聞きたいことがあるんだが……。

ジェイク:なんだい?

レヴ:君が帰ってくるまで、一人も客が来なかったんだが……。
   閉店の看板でも出していたのか?

エリィ:(吹き出す)……ふふふふふ!

ピース:あはははは! これはこれは!
    きついジョークだねぇ! 悪くない!

ジェイク:……レヴ、それはジョークなのか、天然なのかどっちだい?

レヴ:……ジョーク? いや、そんなつもりは――

ジェイク:なお悪い!
     (微笑んで)……まったく。罰として、店の前を掃除してきてもらうよ。


 ◆


ピースN:それからの日々は、可もなく不可もなく。


エリィ:レヴ、そっちをお願い。

レヴ:ああ、わかった。


ピースN:信頼とは、一瞬で埋まることはない。
     しかし着実に、二人の距離は近くなっていったように思えた。


レヴ:エリィ……。俺はコーヒーを頼んだはずだが……?

エリィ:(笑って)あら? いちごミルクはお嫌いかしら?


ピースN:数日が経ち――ハロウィンが週末に迫っていた。

ジェイク:……ピース。何をぶつぶつと話しているんだい?

ピース:ん? この物語にナレーションを入れているんだよ。

ジェイク:……ああ、そうかい……。

ピース:さて……ジェイク。君はどう収集をつける気だい?

ジェイク:収集をつける? 一体何の話かな。

ピース:降って湧いたような出会い。
    ヴァンパイアの青年と、田舎町の少女。
    そして……人間でありながら、それらの存在と繋がる君と、ゴーストのボク。
    すべては偶然ではない。何かしらの思惑の上で成り立った、必然の物語さ。

ジェイク:……確かに、物事には順序がある。ある程度の過去は関係してくるだろうさ。
     ……でも、未来は誰にもわからないし、終わり方なんて、それこそ神のみぞ知るってやつだ。


 ◆


 <閉店後・コミックストア>

エリィ:それじゃあ、私は帰るわね。

ジェイク:ああ。お疲れ様。
     明日から、休みにしてあるからね。

エリィ:ああ、そういえば……そうね。

ジェイク:ゆっくりしなよ。
     片付けは済みそうかい?

エリィ:そうね、なんとかなると思う。

ジェイク:次は、ハロウィンのご出勤かな?
     衣装は楽しみにしていていいんだよね。

エリィ:ふふ、これでもコミックストアの店員だもの、期待には応えるつもり。
    それじゃあ、また週末ね。ジェイク。それと、レヴも。

レヴ:ああ、また。

 <エリィは店を出ていく>

ジェイク:レヴ。随分と打ち解けたみたいじゃないか。

レヴ:そうなのか? 自分ではあまりわからないが……。

ピース:うんうん。それくらいの奥ゆかしさは必要だよ。

ジェイク:本当に君は以前にましてうちに入り浸っているね……ピース。

ピース:何を言ってるんだい、この店は僕の実家みたいなものさ。

 <レヴは何かを考え込んでいる>

レヴ:……店主。

ジェイク:なんだい?

レヴ:……俺は、はじめてここに来た日……貴方に頼み事をした。
   『ここに身を寄せている間、エリィと仲良くなる手伝いをしてくれ』と。

ジェイク:ああ、それが?

レヴ:貴方は平然とその頼みを聞いている……今になって疑問が湧いてきた。
   貴方は、何故俺を……初対面のヴァンパイアを受け入れたんだ。

ピース:それは是非、ボクも知りたいところだね。

ジェイク:……僕は、君の父上に恩があるんだ。

レヴ:その恩とは一体何だ。
   父がこの街に居たのは――百数十年も前の話だ。
   その後、父は戦乱を避け、各地を転々としていたと聞くが……俺が産まれてから死ぬまではずっと、大陸の北側で暮らしていた。
   貴方と会うようなタイミングもなかったように思える。

 <レヴはジェイクをじっと見つめる>

レヴ:俺は世間知らずで、頭も良くはない。
   だから、こうして聞かないとわからないんだ。
   ジェイク。貴方は何者で……父とはどこで出会ったんだ。

ジェイク:……君は、今何歳だった? レヴ。

レヴ:歳は……19になる。

ジェイク:簡単なことさ。君の父、ヴィクトル卿は……20年前にこの街に住んでいた。

レヴ:俺の産まれる前……?

ジェイク:そこで君の父は、母となる人間と出会った。
     君は、ヴァンパイアと人間の子供なのさ。

 <レヴは驚愕に目を見開く>

レヴ:俺の母が……人間?

ジェイク:だから、君は陽の光を浴びても……もちろん具合が悪くなることはあるが、消滅はしない。
     鏡に姿も映るし、生き血の代わりに肉を食べれば生きていられる。

レヴ:……確かに……父とは少し、違うとは思っていた。

ジェイク:そういうわけで、君の父と母は、この街に居たんだ。
     その頃に、僕とヴィクトル卿はこの街で出会った。

レヴ:父から受けた恩というのは……?

ジェイク:……僕は、移民なんだ。
     祖国から遠く離れ、行き場もなく彷徨っていたところで、この街でヴィクトル卿と出会い、住む場所をもらった。
     彼がヴァンパイアだろうとなんだろうと、恩義には報いるつもりさ。

レヴ:……だが、そうなるとわからない……。
   ジェイクの見た目は――どう見ても俺とそう変わらず、若くみえる。
   20年前に父と会っていたというなら、もう少し――

ジェイク:それよりもだ。僕の方こそ君に聞かなくちゃいけないことがある。

レヴ:な、なんだ。

ジェイク:君は……エリィと仲良くなりたいと言ったね。
     それは、どうしてだい?

レヴ:……それは……。
   彼女に命を救われた。そのときに……感じたんだ。
   俺と彼女はその……何か、あるって。心の奥に、同じものを感じた。
   言葉にはできない何かを……。
   だから、彼女と仲良くなりたいと思った。

ジェイク:……彼女といて、どうだい?
     最初よりは随分と仲良くなったとは思うけど。

レヴ:……楽しい、とは思う。
   だけど……何か違うなとも、思う。

 <ジェイクは腕を組むとじっとレヴを見つめる>

ジェイク:……エリィはね。とても心優しい娘なんだ。

レヴ:……ジェイク?

ジェイク:それこそ、僕が出会った頃の彼女はボロボロで、見ていられなかった。
     だから、僕は彼女に声をかけたんだ。


 ◇(過去の回想)


ジェイクN:去年の十一月、ハロウィンの日。
      店の前の通りで、ボーッと立っている彼女を見かけた。


ジェイク:……どうしたんだい。

エリィ:……いえ……。

ジェイク:こんなところに立っていると、ゴーストと間違われてしまうよ。
     こんな時期だしね。

エリィ:……放っておいて……。

 <店に戻ると、ジェイクは手にお菓子と飲み物を持って戻ってくる>

ジェイク:……ほら、お嬢さん。お菓子をどうぞ。

エリィ:いらないわよ……。

ジェイク:悪戯をされたくはないんだ。
     だから――

エリィ:やめてよ!

 <エリィはジェイクの手を叩く>

エリィ:何よ! 私のことは放っておいて!

ジェイク:うん。

エリィ:わざわざ声をかけるなんて暇なわけ!?
    コミックストアなんてオタク臭い店、この街で流行るわけないじゃない!

ジェイク:うん。

エリィ:あとねぇ! ハロウィンのジョークなんて、頼んだって聞きたくない!
    面白くないし! 最低よ!

ジェイク:うん。

 <エリィはしゃがみこんで顔を覆う>

エリィ:もう……最低よ……。本当に……。

ジェイク:(微笑んで)……そうだね。
     僕も、僕の店も、僕のジョークも最低だった。認めるよ。

エリィ:ごめんなさい……親切にしてくれたのに……!

 <エリィの瞳から涙が溢れる>

エリィ:兄さんが、死んだの……!

ジェイク:……そうか。

エリィ:頭が良くて、東海岸の有名な大学に行ったの……!
    兄さんは優しくて、正義感が強い人だった……。
    そんな人だから、パブで酔っ払いの喧嘩を止めに入ったんだって……。
    それで……銃で撃たれて……。

ジェイク:……そうか。

エリィ:ハロウィンには帰ってくるって言ってたのに……!
    帰ってきたのは……身体だけ……!
    もう……話してもくれないし、頭を撫でてもくれない……!
    大学の相談も、恋の相談も……! 何も……!

 <ジェイクはそっとエリィの頭を撫でる>

ジェイク:……お店においで。先ずは暖かい飲み物を飲もう。
     それから、少し、話をしようか。
     大丈夫。僕の店は、流行ってないから。ゆっくりしてくれて構わないよ。


 ◆


ジェイク:それからエリィは、僕の店で働くことになったんだ。

ピース:ボク達は、陰ながら彼女を見守ってきたというわけさ。

ジェイク:それで、君は……エリィにどうなって欲しい?

レヴ:どうなって……? それは、どういう――

ジェイク:君はエリィに助けられた。そして、彼女と自分との間に、心の繋がりを感じている。
     それは僕にとってはどうでもいいことだ。好きにすればいいさ。
     僕はヴィクトル卿への恩返しとして、君をここにおいているし、できることは手伝ってやるつもりだ。

 <ジェイクはレヴを睨みつける>

ジェイク:だけどね……このままエリィの時間を消費させるのは我慢がならないんだ……!
     君をここに置いていることで、彼女にもいい影響があればと期待していたけど……。
     レヴ、君には何もない。

レヴ:なんだって……?

ジェイク:ヴィクトル卿の息子にしてはあまりにも不出来だ。
     僕は君に――がっかりしているよ。

レヴ:そんなこと……!

 <レヴは拳を握りしめる>

レヴ:……そんなことをあなたに言われる筋合いはない……!
   何の権利があって俺にそんな――

ジェイク:権利ならあるさ。
     僕は、このコミックストアのオーナーで、今何もない君の面倒を見ている人間だ。
     もし僕に文句があるのならご自由に。出ていくといいよ。

レヴ:……言われなくてもそうするさ……!

 <レヴは足早に店を飛び出していく>

ジェイク:……ピース。

ピース:ああ、わかってる。
    ……どういうつもりで言ったのかは知らないけど……親友として一言いうとしたら、
    君の彼に対する言葉は、あまりにも酷だったとだけ言っておくよ。

ジェイク:そうだね……。
     僕は、あまり良い人間ではないから。

ピース:君にしては、センスのないジョークだ。
    ……レヴの様子を見てこよう。


 ◆


 <夜の通りを歩いているレヴ>
 <そんなレヴにエリィが声をかける>

エリィ:……レヴ?

レヴ:……エリィ。

エリィ:どうしたの? 買い物?

レヴ:……いや。君は、どうしてここにいるんだ。
   もう帰ったものだと思ったが。

エリィ:ちょっとね……。

 <エリィはベンチに座る>

エリィ:暇なら、少し話さない?

レヴ:……ああ。

 <レヴはエリィの隣に座る>

エリィ:……私ね、来週にはこの街を出るの。

レヴ:……え?

エリィ:実はね……。家族はもう、半年前には引っ越しを終えているのよ。
    私だけ、実家が売れるまでは、残って住んでいたんだけど――買い手が決まったから。
    来週には、家族のところへ越すの。

レヴ:……どうして、この街に残ったんだ?

エリィ:わからないわ。
    私……ジェイクに恩があるから。ほら、彼って抜けてるじゃない?
    コミックストアも流行ってないし……なんとかしなきゃとは思って――ううん。それも言い訳かもね。

 <エリィは寒そうに手を擦り合わせる>

エリィ:……きっとジェイクはそれにも気づいるんでしょうね。彼、時々鋭いから……。
    きっと私……まだ受け入れられてないのよ。
    兄さんが――死んだことを。

レヴ:……『死を受け入れるのは、いつだって生きている者の大切な役目だ』

エリィ:……それ、誰の言葉?

レヴ:父だ。父は長く生きてきたから、誰よりもたくさんの死を看取ってきたんだ。
   俺の母も、俺が物心付く前には亡くなったと聞いている。
   だが、父が弱音を吐いたところはみたことがなかった。

エリィ:そう……強くて立派な人だったのね。

レヴ:ああ……。偉大だった。
   だから、俺も受け入れられずにいる。
   ……父のように毅然としていられたらと願う反面……俺はというと、全く上手くはいかないんだ。
   その父が死した後もこうして、父の影を追ってこの街にいる。

 <レヴは立ち上がると、街頭を見つめる>

レヴ:情けない……。

エリィ:……レヴ?

レヴ:ジェイクに言われたんだ……。
   俺にはなにもないと……。

エリィ:彼が、そんなことを?

レヴ:ああ……。だが、何よりも……それを認めてしまっている自分に腹が立つ……!

 <エリィは優しげに微笑む>

エリィ:レヴ……。あなたは、あなたよ。

レヴ:……どういう意味だ?

エリィ:父親がどんな人だとしても……レヴは、レヴの思う通りに生きていいの。
    あなたは悪い人間じゃないし、それに……好きなものだってあるじゃない。

レヴ:好きな、もの?

エリィ:ほら、ヴァンパイアが出てくるガールズ小説。
    楽しそうに読んでたじゃない。

レヴ:あ、あれは……! ちょっとその、参考までに……。

エリィ:(吹き出す)ふふふ……! 効果は全然出てないけど。
    でも……そうやって一生懸命に何かを変えようとして、この街に来た。
    それだって、あなたじゃなければきっとできなかったことだわ。

レヴ:……エリィ、ありがとう。

エリィ:どういたしまして。

 <レヴはじっと目を閉じる>

レヴ:エリィ……ハロウィンまでは、この街に居るのか?

エリィ:え? ええ……そうなるわね。
    週末……ハロウィンが終わったら、荷物を送るわ。

レヴ:(微笑んで)なら、ハロウィンは楽しみにしていてくれ。

 <レヴは笑顔でエリィの顔を見つめる>

レヴ:約束する……。良い夜にしよう。

 <レヴとエリィをピースがじっと見つめている>

ピース:あの様子だと……どうやら、心配はなかったようだね。

 <ピースは嬉しそうに通りを歩いていく>

ピース:さぁて……どんな夜になるのやら。


 ◆


 <コミックストア・閉店準備をしているジェイク>

ピース:やぁ、オーナーさん。

ジェイク:ピース……。彼はどうだった?

ピース:偶然エリィと出会ったようでね。
    色々と話し込んでいたよ。

ジェイク:そうかい。

ピース:同情するよ、ジェイク。

ジェイク:は? 何を?

ピース:これから君は、忙しくなるからさ。

ジェイク:それはどういう――

 <レヴが息を切らせて店に入ってくる>

レヴ:(息切れをしている)

ジェイク:……もう閉店したけど?

レヴ:質問に……答えていなかった。

ジェイク:何の話かな。

レヴ:俺がエリィに、どうなって欲しいか。

 <レヴは真剣な眼差しでジェイクを見つめる>

レヴ:俺はエリィに――笑っていて欲しい。
   楽しい気持ちで、過ごしていて欲しい……!
   そして……! 新しい街で! 幸せに過ごして欲しい!

ジェイク:……それで?

レヴ:エリィは優しい娘だ!
   それは……俺が彼女に命を救われことだけを指して言っているわけじゃない。
   彼女は、自分が兄を受け入れられずにここにいると言うが、そうじゃないんだ……!
   彼女はきっと、誰よりも受け入れているんだ……!
   だから、彼女は――待っている。
   機会を待っているんだ! 笑ってこの街を思い出にできるような瞬間を!
   でも……! 彼女はもうすぐこの街を出ていってしまう……そうだろう……?

 <レヴは店内を見渡す>

レヴ:ジェイク! ピース!
   彼女を送り出すのに、ちょっとしたハロウィンの演出だけではダメなんだ!
   俺たちで――パーティを開こう!

ジェイク:……は?

ピース:(笑いを堪える)く、くくくく……!

レヴ:ハロウィンには、死した霊が街に帰ってくる。
   悪霊やモンスターに仲間だと思わせるために人々は仮装をする。
   俺たちにぴったりじゃないか!

ジェイク:いや……今から準備なんて――

レヴ:何を言っている! 俺は……パーティ好きのヴァンパイア――ヴィクトルの息子、レヴだ!
   パーティを盛り上げるための魔法ならいくつも知っている!

ジェイク:そ、そういう問題じゃ――

ピース:あははは! 諦めなよ、ジェイク!
    ここには、街を彷徨うゴーストと、この街にルーツを持つヴァンパイアが揃っているんだ。
    どうしたって、選択肢はハロウィンパーティしかないよ。

レヴ:やろう、ジェイク! 彼女を笑顔にするために……!

ジェイク:(ため息)……ああ、わかった。わかったよ……!

 <レヴは手を叩く>

レヴ:ようし! それでは……街を巻き込んでの、パーティの準備だ!


 ◆


 <翌日からの準備期間>

ピースN:ハロウィンまで数日。ボク達はそりゃあもう働いた。


ジェイク:店は休みにする。指示は君が出すんだ。
     必要なものは僕が用意する。

レヴ:必要なものはここにまとめた。頼んだ、ジェイク。

ジェイク:こ、これ全部――いや……わかったよ……!


ピースN:吹っ切れた様子のレヴは、はっきりとした物言いでボク達に指示を飛ばす。
     実に『デキるヴァンパイア』といった具合だ――

レヴ:ピース! 何をぶつぶつとつぶやいている……!
   君にも仕事が山積みだぞ。

ピース:いや……ボクはナレーションを――

レヴ:君は街の高いところから、ポルターガイストでこのチラシをばら撒いてくれ。
   場所は、北の記念塔、南の高校の時計台、劇場の屋上――ゴーストの君なら簡単に侵入できるはずだ。
   くれぐれも風向きは読んで、できるだけ遠くまで飛んでいくように頼む。

ピース:(笑顔で)わかったよ……。ゴースト遣いが荒いなぁ。
    でも、君のそういう自信に溢れた姿は、嫌いじゃない。

レヴ:ああ……俺もこれ以上、乙女の夢を壊すわけにはいかない。
   うじうじするのはもう終わりだ。
   ガールズ小説に出てくる、イケているヴァンパイアになろうじゃないか。


 ◆


エリィ:(電話をしている)……荷物はまとめた。
    ええ。最低限寝泊まりはできるわ。残ったものは、業者さんに頼んである。
    ……チケットはまだよ。
    来なくていい。本当に。大丈夫……一人で行けるから。
    ……ええ。心配しないで。
    もう少し、ゆっくりしたいの……。
    それじゃ、切るわね。ええ……私も愛してる。

 <電話を切って通りを歩くエリィの足元に、一枚のチラシが滑り落ちてくる>

エリィ:……何かしら、このチラシ……。
    『ハロウィンパーティのご案内。
     異界と通ずる素晴らしく不思議な街、トリッピーピークスの住人の皆様。
     ハロウィンの夜、裏手の山の展望台まで、悪霊やモンスターに成り切って来られたし。
     怪しく不可思議で、素晴らしいパーティにご招待致します。
     帰ってきたヴァンパイアより』


 ◆


 <ハロウィン当日・夜・展望台>

エリィN:ハロウィン当日の夜――コミックストアは閉まっていた。
     店の入口には『展望台へ』という張り紙と、例のヴァンパイアからの招待状。
     私が展望台へ向かっている最中、仮装をした街中の人々と一緒になる。
     ランタンや懐中電灯の灯りが、山を登っていく。
     少し怪しく、どこかワクワクするような不思議な感覚。
     誰もが子供の頃に思い描いたような、真夜中の冒険。
     真っ暗な展望台の広場には、たくさんの参加者が集まっていた。

エリィ:ええ、久しぶりね……。
    いえ、私も何も知らないの。
    悪戯……とかじゃないとは思うけど……。

エリィN:旧友と話をしているうちに、周囲の人間もざわつき始める。
     何も起こらないことに、疑問の声があがった――次の瞬間。


レヴ:『やあ、皆様。ようこそお越しくださいました。


エリィN:心の隙間に入り込むような存在感のある声が、私達に降り注いだ。


レヴ:『今宵は年に一度のハロウィン。冥界とこの世が交わる夜。
    皆様が生きる日々から隔絶された、特別な宴。
    ぜひ、人間も、ゴーストも、モンスターも、共に楽しんでいただきたい。
    申し遅れました――


エリィN:私達の見上げる視界の先――宙に浮かび、光る、黒衣の男。


エリィ:レヴ……!


レヴ:『私の名前はレヴ。
    不肖なヴァンパイアが、愛しいこの街、トリッピーピークスへ……帰って参りました。
    さぁ! パーティをはじめよう!

 <レヴが手を叩くと、周囲に綺羅びやかな灯りが灯る>


エリィN:レヴが手を叩くと、周囲を美しい装飾が取り囲んでいた。
     怪しげに流れる音楽と、大量の料理が乗った机が音もなく現れると、会場には歓声が上がる。


エリィ:……まるで、魔法みたい。

レヴ:……そうだろう?

 <レヴはエリィの前に歩み寄る>

レヴ:君は……おや、ゾンビのお嬢さんか。
   血塗れのエプロンが似合っているね。

エリィ:(微笑んで)ありがとう。この衣装、ジェイクに取り寄せてもらったのよ。
    それよりレヴ……あなた、ヴァンアイアだったの?

レヴ:ああ、黙っていてすまない。

エリィ:ふふふ……似合ってるわ。その衣装。

レヴ:ああ、仮装じゃないからな、似合っていて当然だ。

エリィ:これ……全部、ジェイクと二人で用意したの?

レヴ:いいや、二人だけじゃない。
   働き者のゴーストも一緒だ。

エリィ:ゴースト?


 <ピースが空を飛び回りながらお菓子を投げ配っている>

ピース:ほらほらァ! お菓子を配るぞ人間ども!
    もちろん、ボクは悪戯をさせてもらうがね!
    あはははは!


エリィ:あれって……本当にどうやってるの……?
    お菓子が宙を舞っているように見えるんだけど。

レヴ:不思議な夜に、不思議はあって当然さ。
   それよりも――

 <レヴは腰の後ろに手を当てて、ゆっくり膝を曲げる>

レヴ:ゾンビのお嬢さん。俺と、踊ってくれ。
   申し訳ないが、拒否権はない。

エリィ:……強引ね、ヴァンパイアさん。

レヴ:(エリィの手を取る)さぁ、次の音楽が始まった!

エリィ:キャッ……! ……ふふふ!

レヴ:俺は、ヴァンパイアだ!
   君をガールズ小説の主人公にしてみせる!

 <レヴとエリィは広場の中心で二人で踊る>


 ◇


 <二人の姿をピースが微笑んで見ている>

ピース:……楽しそうじゃないか。
    まさに不思議な夜だ。

ジェイク:ああ。この場所には、人間だけじゃなく、様々な存在が紛れ込んでる。
     それらが皆楽しげに笑っている。
     なんともハロウィンらしい光景だよ。

ピース:……ジェイク、随分と遅かった――

 <ピースが振り向くと、ジェイクがローブ姿で立っている>

ピース:魔法使いのローブかい?

ジェイク:似合っているかな。

ピース:もちろん。だが、仮装にしては地味だね。
    手に持っているランタンは――カブのランタンかい?

ジェイク:ああ。

ピース:君がジャック・オー・ランタンのコスプレとは……意外だったよ。

ジェイク:そうかい? まあ、僕はジャックが好きじゃないからね。
     でも……今日はハロウィンだ。

 <ジェイクはピースに向かって手をのばす>

ジェイク:さぁ。僕たちも踊ろう。

ピース:おや……いいのかい?
    一人で踊って居るように見られてしまうけど――

ジェイク:(ピースの手を取る)……さて、何のことかな?

 <ピースは驚きに目を丸くする>

ピース:……え? ど、どうして……!

ジェイク:ステップはわかるかい? ピース。

ピース:あ、いや……! え! ボクの手をどうして握って――
    それに、ボクは今……! 地面を歩いているのかい!?

ジェイク:今宵はハロウィン、死霊の帰る夜。
     この街にパーティ好きのヴァンパイアが帰ってきて、僕らは一人の少女のために奔走することになった。
     積み重なった奇跡のような偶然に敬意を評して、僕も一度は捨てた自分に戻ってみようと思ったんだ。
     (耳元で)僕は彷徨える罪人――ハロウィンの王様だからね。

ピース:……ジェイク……。君は、もしかして!

ジェイク:シーッ……! ほらほら!
     僕のランタンが灯っている時間は、ダンスタイムだ!
     踊ろう! ピース!

ピース:あはははは! そうか! 君の名前は――

ジェイク:ほら! 曲がノッてきた!


 ◇


 <エリィとレヴは静かな曲で踊っている>

エリィ:……本当に、驚いた。

レヴ:そうか?

エリィ:……ええ……。
    本当は、ハロウィンって苦手だった――ううん。苦手になってしまったから。

レヴ:……ああ。

エリィ:でも、今夜は別。
    驚きで……そういう感情も吹き飛んでしまったみたい。

レヴ:(微笑んで)……俺達は、きっとまだ、若い。

エリィ:ええ……そうね。

レヴ:だから、わからないことや、どうしようもない気持ちになっても仕方がない。
   この街に来て……俺はそう思った。

エリィ:……そうね。

レヴ:君や、ジェイクや、ピースと出会って――初めて知ることばかりだ。
   知識だけじゃなく、自分の感情も。

エリィ:そうね。

レヴ:俺達は……似ているところがある。

エリィ:私もそう思う。
    ……でも、私達の似ているところって――すごく、ダサい。

レヴ:(吹き出す)……ああ、そうだな。すごくダサいところが似ている。
   でも……そんなダサい俺達だから、出会うことができたんだ。
   ……前に君が言ってくれた言葉を返させてくれ。
   君は、君のままでいい。誰よりも優しく、愛のある君だから、それでいいんだ。
   俺は君に、笑っていて欲しい。この街でも、世界のどこでも、君は笑っているべきだ。

エリィ:……ありがとう、レヴ。
    きっと、このダンスも、その言葉も、忘れないわ。

レヴ:ああ。俺もきっと、忘れない。

 <二人は笑顔でダンスを続ける>

エリィ:……そういえば、ピースって? そんな名前の人いたかしら。

レヴ:ああ、ピースならジェイクと踊っている。

エリィ:え? ああ、あの人。

レヴ:……。もしかして、エリィ……彼女が見えるのか?

エリィ:ん? ……ええ。あのドレスの人よね?

 <レヴはピースの方をじっと見つめて吹き出す>

レヴ:(吹き出す)……ククク……。そうか……。
   まあ、ハロウィンパーティはそう来なくてはな。
   ……死者も帰ってきて踊る。

エリィ:死者も――

 <二人の側にジェイクとピースがやってくる>

ジェイク:ゾンビのウエイトレスさん。次は僕と踊ってくれるかな?

エリィ:あら。有名なジャック・オー・ランタンに誘っていただけるなんて。

ジェイク:と、いうわけだ。イケメンヴァンパイアくん、彼女は僕と踊るよ。

レヴ:ああ。イケメンヴァンパイアに三角関係はつきものだ。
   構わないさ。

ピース:(咳払い)……ちょっと、誰かお忘れじゃないかな?

レヴ:もちろん、最初から君に声をかけようと思っていたんだ。
   ゴーストレディ、一曲踊っていただけませんか?

ピース:もちろん。優しくエスコートしてね。ヴァンパイアさん。

 <四人は手を取り合いながら広場のダンスホールに歩いていく>


 ◇


 <ジェイクとエリィは二人で踊る>

ジェイク:……どうだいエリィ、今年のハロウィンは。

エリィ:ええ。去年よりはいいと思う。

ジェイク:(笑って)そうだね。
     そうやってジョークにできるなら、悪くないってことだ。

エリィ:……ジェイク……。本当にありがとう。

ジェイク:……何がだい?

エリィ:あの時……ジェイクが声をかけてくれなかったら、きっと私、こうしてここで踊ってはいられなかったわ。

ジェイク:実際、あのときの僕はかなりキモいオタクだったと思うんだけど?

エリィ:茶化さないで。本心で言ってるんだから。

ジェイク:(微笑んで)わかってるよ。
     君は優しい娘だから……実際言葉にしなくても、いつだって気持ちが伝わってくるんだ。

エリィ:それでも、言葉にしなくちゃ伝わらない。でしょ?

ジェイク:そうだね。特に……何かを失った悲しみは、言葉にしなくちゃいけない。

エリィ:やっぱり、貴方って時々すごく鋭い。

ジェイク:君が素直なんだ。

 間

エリィ:去年のハロウィンは、兄さんを迎えられなかったでしょ。
    それで……どうしても、今年はこの街でハロウィンを過ごしたかった。
    死した魂が帰ってくるなら、もしかしたら兄さんは、この街に帰ってくるかもって……。
    それに、新しいところの住所を、天国に伝えるなんてどうしたらいいかわからないもの。

ジェイク:天国まではメールも届かないだろうし。

エリィ:今日は、こんなに楽しいパーティがあるんだもの……。
    兄さんも、帰ってきているかしら。

ジェイク:もし、お兄さんが帰ってくるとしたら、どんなことを伝えたいんだい?

エリィ:……そうね。色々よ。でも……一番は、心から愛してるってこと。
    とても会いたくて、いつも思っているってこと……。

ジェイク:……じゃあ、直接伝えておいで。

エリィ:……え? 何を――

 <ジェイクが指差した先の林の木陰に、人が立っている>

エリィ:……え。嘘……兄さん……?

ジェイク:僕のランタンを貸してあげる。
     これを握っている間、彼にも話が届く筈だ。

エリィ:ジェイク……あなた――

ジェイク:ほら。時間は限られているんだ。
     しばらくしたらランタンの火が消えるだろうから、そうしたら、戻っておいで。

 <ジェイクはエリィにランタンを手渡す>


 ◆


 <ビールを飲みながら街を見下ろすジェイクの隣に、レヴとピースがやってくる>

レヴ:ジェイク、エリィが話しているのは?

ジェイク:ん? ……彼女の兄さ。

レヴ:去年亡くなったという……? 本当に?

ピース:今更ゴーストの存在が信じられないっていうなら、ボクはここから飛び降りてやるからね。
    ……それでいうと、君の父上は顔を見せないのかな?

レヴ:それは……確かに。ここが好きなはずだが――

ジェイク:ヴィクトル卿は念願かなってマーサと一緒になれたんだ。
     しばらくはこっちに顔も出さず、イチャイチャしているだろうね。

レヴ:ジェイク……俺の母とも知り合いなのか?

ジェイク:(微笑んで)まあね。僕は人間やゴースト――君のように若いヴァンパイアよりも、少しだけ長生きしているのさ。

 <ジェイクの目が怪しく光る>

レヴ:……やはり、ただの人間じゃなかったのか。

ジェイク:いいや、僕はただ、死ねなかっただけだよ。
     聞いたことがないかい? ジャックは悪魔を騙して、寿命を偽ったって。
     そのせいで死ぬことすらできずに、この世を彷徨い続けているんだ。

ピース:彷徨い歩いていたある日、君はヴィクトル卿に出会ったわけだね。

ジェイク:ああ。僕は一つ所に留まることができないよう、悪魔の呪いで縛られていた。
     ヴィクトル卿が僕をこのトリッピーピークスに『招いて』くれたんだ。
     ずっと居てもいいとね。

 <ジェイクはビール瓶をゴミ箱に放ると、レヴに向き直る>

ジェイク:……レヴ。謝らせてもらうよ。
     僕は君にがっかりしたと言ったけど……本当はそんなことはないんだ。
     もちろん、君がヴィクトル卿に似ているという話じゃない。
     君は、君のままで――そのままで、素晴らしい人だ。

 <ジェイクは、会場を見渡した>

ジェイク:その証拠に君の催したパーティは、以前みたどのパーティよりも、怪しくて、楽しい。

レヴ:……ああ。光栄だ。
   それに、ジェイクが俺に言ってくれたことは、俺をやる気にさせるためだってわかってたさ。

ジェイク:あはは。やっぱり、僕にその手の工作は向いていないね。

 <ジェイクの隣でピースがもじもじと指を合わせている>

ピース:……そういえば……ジェイク。

ジェイク:どうした? ピース。

ピース:君のランタンは、いつまで灯っているんだい?

ジェイク:あともう数分。ハロウィンの日の十時を過ぎたら消えてしまうよ。

ピース:……そうか、じゃあ少しだけこちらに来てくれないか。

ジェイク:ああ、何を――ん!

 <ピースはジェイクの頭を掴むとキスをする>

レヴ:だ、大丈夫。見てないぞ、俺は。

ピース:……コラ。君は、間近でキスを見て勉強した方が良いだろうに。

ジェイク:ピース……! ……一体どういうつもりかな。

ピース:今のキスは、契約みたいなものさ。

ジェイク:契約?

ピース:もし君が、死することが許されたときは、ボクも一緒に逝く。
    もし君が、死ぬことができずに彷徨うとしても、ボクが側にいる。
    そういう契約だ。

ジェイク:また勝手なことを……!

レヴ:(笑う)ははは! ゴーストのプロポーズか。
   いいだろう、俺が証人になってやる。
   よろしい……二人はここに結ばれた。

ジェイク:僕は認めてない!

ピース:いいじゃないか! ボクをコープスブライドにしておくれよ!

ジェイク:お断りだ!

ピース:随分と冷たいじゃないか……。
    出会ったばかりの頃……ボクの記憶のピースを埋めてくれると言っただろう。

レヴ:それは、小説の主人公ばりの口説き文句だ。

ジェイク:……君の記憶を取り戻す手伝いくらいはすると言ったんだ……。
     第一、記憶が戻れば君も、死後の世界に逝きたくなるだろうし――

ピース:その時は、君も一緒さ。
    代わりに、また君に触れられる時には――

 <ピースの手がジェイクに触れた瞬間、通り抜ける>

ピース:どうやら、パーティタイムは終わってしまったようだね……。

ジェイク:……また、ランタンを灯すさ。
     だから、そんな悲しげな顔をしないでくれ。

ピース:ふふふ、君は弱った女性に弱いね。
    だから悪いゴーストに付け込まれるんだ。

レヴ:諦めろ、ジェイク。彼女は本気だ。

ジェイク:(ため息をつく)……まあ、話し相手くらいならなってあげよう。

ピース:ああ、愛しているよ。ジェイク。

 <三人の元にエリィが歩み寄る>

ジェイク:エリィ。

エリィ:……不思議なこともあるものね。
    私さっきまで、本当に兄さんと会っていたの。

ジェイク:……そうか。

 <ジェイクはエリィかランタンを受け取る>

エリィ:不思議ね……。まだ夢みたい。
    でも……色々と話をしたわ。とはいっても、実際は一方的に私が話していただけ。
    兄さんは喋ってはいなかったけど……でも、笑顔で頷いてくれていた。
    そうしているうちに、あっという間に時間が経って……。
    兄さんが私の頭を撫でて、ランタンが消えたと思ったら、兄さんは居なくなったわ。

ジェイク:……『君がこの街で……ずっと待っていてくれて嬉しかった』

エリィ:……え?

ジェイク:彼は、そう言っていたよ。エリィ。
     君の愛は、しっかりと――おっと!

 <エリィはジェイクとレヴに抱きつく>

レヴ:エ、エリィ……?

 <エリィは泣きながら二人の肩に顔を埋める>

エリィ:(泣きながら)……ありがとう……! ありがとう、本当に……!

レヴ:こちらこそ、ありがとう……。

ジェイク:頑張ったね、エリィ。

エリィ:……うん……!

ピース:おいおい、ボクも混ぜてくれよ。
    勝手に真ん中に埋まってもいいかい?

ジェイク:ピース……空気を読もうか。

 <レヴはエリィを見下ろして小さく微笑む>

レヴ:エリィ……パーティは、どうだった?

エリィ:……ええ。

 <エリィは涙を拭って顔を上げる>

エリィ:(笑顔で)さいっこうのハロウィンパーティだった!


 ◆


 <ひと月後・コミックストア>

ジェイク:……レヴ。

レヴ:ん。どうした?

ジェイク:なんでこんなにガールズ小説ばかり入荷しているのかな?

レヴ:……何かまずかったか?

ジェイク:まずいに決まってるだろう……!
     ただでさえ最近、ガールズ小説のコーナーを増やしたばかりなのに……!
     これじゃ、コミックコーナーの縮小が――

ピース:実際、ガールズ小説コーナーはかなり好評なようだよ。
    日を増すごとに売上も上がってるし、街中のティーンの女子が足繁く通ってきてくれている。

ジェイク:それは……!

ピース:その要因はレヴにある。
    ハロウィンでのイケメンヴァンパイアの姿の写真が出回ってからは、ちょっとした街の有名人だ。
    レヴもボクの提案したヴァンパイア風接客がかなり板についている。

レヴ:「よう……また来たのか。相当な怖いものしらずか……それとも、俺に血を吸われに来たのか?」

ジェイク:勝手にそういう新しい営業をしないでくれって言っておいたよね!

レヴ:でも、売上が上がるのはいいことだろう。
   ジェイクに恩返しもできる。

ジェイク:気持ちはありがたいけど――

ピース:レヴの写真を載せたSNSのフォロワーも激増中。

ジェイク:だから勝手に始めるなって!

レヴ:ッ! エリィからメールが来た!

ピース:よし! チェックだ!

ジェイク:まったく……! 

ピース:なんだって!? 読み上げてくれ!

 <レヴはメールボックスを開く>

エリィN:元気にしてる?
     喧嘩したりしてないかしら。

レヴ:してないな。

ピース:してないね。

ジェイク:僕は苛ついてるよ。

エリィN:私はようやく荷解きも終わって、新しい街の生活を本格的に始めるところ。
     この一年、できなかったことにも挑戦しようと思って、春からカレッジスクールに通いながら、仕事を探すつもり。
     毎晩のようにトリッピーピークスのこと、コミックストアのことを思い出してる。
     本当に恋しいわ。

ピース:その後は!

レヴ:ちょっと待ってくれ……えっと。

エリィN:クリスマスには、そっちに遊びに行こうと思ってる。

レヴ・ピース:きたーーーーーーーー!

ジェイク:君達……一応今営業中なんだけど。

ピース:そんなこといって、君も顔がニヤついているじゃないか、ジェイク!

ジェイク:そりゃあね。嬉しくないわけ――

レヴ:大変だ! ジェイク!

ジェイク:なんだい、レヴ。

レヴ:クリスマスパーティの準備をしよう!

ピース:それだ! ボクは会場を探してこよう!

ジェイク:だから君達……! まだ営業中だからね!

 <言い合いをする三人>


エリィN:また、『四人』で一緒に過ごすのが楽しみ。
     エリィより。



 完



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