灯鈴祭
作者:ススキドミノ


大野秀樹(おおのひでき):16歳。男性。信陽高校に通う高校二年生。

浅野朱里(あさのじゅり):16歳。女性。信陽高校に通う高校二年生。

大野光(おおのひかり):33歳。女性。信陽町、ケーブル―カー乗り場近くの定食屋『オーノ』を経営している。秀樹の義母。夫は一年前に他界している。

佐藤康介(さとうこうすけ):29歳。男性。信陽(しんよう)高校に一年前赴任してきた国語教師。

廣明(ひろあき):24歳。男性。神社の裏手のプレハブに住む音楽好きな青年。秀樹の兄。両親が離婚してからは離れ離れになっていた。



※作中に十五禁程度の性的描写があります。


※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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<信陽高校の教室の一室。時刻は夕刻>
<作業をする朱里の正面の椅子に座りながら、秀樹は窓の外を眺めている>
<秀樹の視界の先には山から見下ろす景色。遥か山の下には街明かりが広がっている>


秀樹ナレーション(以下N)
 :僕の住む『信陽町(しんようちょう)は、人口は四千人。市の端に聳える山の斜面に沿って広がっている。
  山の下の駅からはケーブルカーで十分は登る。
  急坂のせいか、背の低い住宅が巣箱のように張り付いている。
  よく景色が綺麗だ、なんて県の紹介に使われたりするが――

 <佐藤>

朱里:大野くん。

 間

朱里:大野くん。

秀樹:ごめん。何?

朱里:ううん。これ、書けたからチェックしてほしいんだけれど。

秀樹:えっと……。ごめん、これってパンフレットのどこだっけ。

朱里:裏側に書く紹介文。

秀樹:……それって僕たちで書くことになってるんだっけ。

朱里:そう聞いてるけど。

<朱里は携帯をタッチする>

朱里:うん。やっぱりそう。

<秀樹は紙に目を通す>

 間

秀樹:……文章の良し悪しはわからないけど、よく書けていると思う。

朱里:そう。ありがとう。

 間

朱里:ねえ、ちょっと聞いてもいい?

秀樹:いいけど。

朱里:……大野くんは楽しみじゃない?

秀樹:楽しみ、って?

朱里:『灯鈴祭(とうりんさい)』

 間

秀樹:どうかな。

朱里:どうかなって。どうなの?

秀樹:わからない……浅野さんは?

朱里:……ほら、私って中学の頃に越してきたじゃない?
   最初はね、ちょっと嫌だったんだ。
   だってほら、下の街は結構都会だって聞いてたけど、ここまで登ったら別世界っていうか。

秀樹:田舎っぽい。

朱里:ううん。そうまでは言わないけど。
   景色は好きよ。学校までは坂と階段ばかりだけど、その分いつも帰りは綺麗だもの。
   だけどやっぱり嫌だったのよ。昔住んでいたところは海沿いだったし。
   それに友達もいないし。

秀樹:そうか。

朱里:それでもはじめての灯鈴祭はすごかったもの。
   キラキラ灯鈴が光って。坂の途中にたくさん。
   大野くんは嫌い?

秀樹:嫌いじゃない。
   ……けど、俺はずっとこの街にいるから。
   浅野さんほど前向きじゃないな。

朱里:そうなんだ。

秀樹:準備が嫌だってわけじゃないんだ。

朱里:だと嬉しいけれど。
   ……男子は無理やり決まってしまったものね。

 間

秀樹:灯鈴祭の季節って……なんていうかさ、気分が乗らないんだ。

朱里:確かに……もっと夏にやればいいのに。
   中途半端だものね。九月の終わりだなんて。

秀樹:それもそう。
   観光客が呼びたいなら、もっと夏にやればいいんだ。

朱里:夏は色々なところでお祭りをやってるもの。
   秋の始まりだったら、競争率も低いんじゃないかしら。

秀樹:そもそも灯鈴って、死者を迎えるために家の前に飾るんだろ。
   だったら、お盆とかにやるのが筋じゃないか。

朱里:意外ね。

秀樹:……何が?

朱里:大野くんは、死者が帰ってくるって信じているの?

秀樹:……灯鈴祭の意義がわからないってだけだよ。
   大人は観光客を呼ぶことばかり考えてるし。

朱里:そっか。大野くんのうちはお店だから大変そう。
   ケーブルカー乗り場の近くだし。
   いつも屋台を出してるよね。去年は――えっと。

秀樹:焼き鳥とかき氷。
   でも、観光客って何も買ってかないんだ。写真取るだけ取ってくだけで。
   下の駅で屋台が出てるから、食べてから上がってくるんだよ。

朱里:それでも売上はあるんじゃない?

 間

秀樹:……正直に言うと、手伝いが面倒くさいんだ。

朱里:(吹き出して)……そうよね。
   私みたいに神社まで遊びにいくわけにはいかないものね。

秀樹:今年の神社の広場の出し物。浅野さんが司会をやるって聞いたけど。

朱里:うん。学生がやったほうが受けがいいんだって。

秀樹:遊びに行けないじゃないか。

朱里:そうだけれど……なかなかできない経験だから、楽しみよ。

 間

秀樹:……勝手だよ。大人って。

朱里:愚痴っぽくなっても仕方がないわ。

秀樹:でも、嫌になるだろ。

朱里:これでも優等生なのよ。口には出さない。

秀樹:立派だ。


<しばらくの沈黙の後。教室の扉が開き、康介が入ってくる>


康介:おお、まだ残ってるな。

朱里:佐藤先生。

康介:悪い、遅くなって。

朱里:いえ。

康介:浅野、大野。もう帰っていいぞ。

秀樹:はい。

朱里:先生。今日の進捗を。

康介:え? ああ、いや。今日はもういいよ。
   暗くなる前に、帰りなさい。

朱里:まとめたところだけでも。

秀樹:じゃあ、僕はお先に。

朱里:うん。またね、大野くん。

康介:ああ。大野、お疲れ様。ありがとうな。


<秀樹は教室を出る>


秀樹N:よく景色が綺麗だ、なんて県の紹介に使われたりする――だけど、なんてことはない。
    この街から見える景色のすべて。いくら遠くまで見渡せたって、一瞬だ。
    その一瞬が、日常になってしまえば、ただ空に張り付いたシミみたいだ。
    秋の風が吹き抜け、灯鈴に照らされた街は、たしかによく映るかもしれない。
    でも、それだって一年の内のたった二夜だけ。
    たったの十数時間、ピントが合うだけだ。
    僕にとって、この街は――



 「灯鈴祭」



<ケーブルカー乗り場近くの道沿いに定食屋『オーノ』はある>
<こじんまりとした居心地の良い空間には、カントリー・ミュージックが流れている>
<光は机の上を布巾で拭くと、店の入口に声をかけた>

光:ありがとうございましたー!
  またいらしてください。

<カランという音を立ててドアが閉まる>

光:……さてと……。

<光は店の隅に置かれたCDプレイヤーのボタンを押す>
<音楽の止まった店内は、静寂に包まれる>
<ふと、カランという音が入り口から聞こえる>

光:あら?

康介:すみません。

光:先生じゃないですか。

康介:あの、もう店仕舞い中でしたよね。

光:そんなのいいですから、どうぞ。

康介:……お言葉に甘えて。お邪魔します。


<康介はテーブル席に座る>
<光はキッチンに入る>


光:先生。お仕事お疲れさまです。

康介:いえ。そんな。

光:いいんですか? いつもウチで食べて帰っていただいてますけど。

康介:こちらこそ、いつも遅い時間で。

光:ウチはいつでも歓迎ですよ。

康介:ありがとうございます。
   どうしても家で作ったりする気にもなれなくて。

光:あら。自炊は苦手なのかしら。

康介:そうではなくて。オーノさんでいただく料理で舌が肥えてしまってですね。

光:(微笑んで)お上手ですね。

康介:本心です。それに、コンビニで済ますのも味気がなくて。

光:栄養も偏りますしね。
  先生、今日もカレーでいいですか?

康介:ええ。むしろ、カレーをいただけたら。

光:本当に好物なんですね。

康介:大野さんのカレーが好きなんです。

光:嬉しいです。……少々お待ち下さい。

康介:待たせていただきます。

 <光は鍋に火をかける>
 <康介、店内を見渡しながら落ち着かない様子>

康介:そういえば。

光:はい?

康介:秀樹くんはご帰宅されてますか?

 間

光:ええ。先生がいらっしゃる少し前に。
  うちの子が何かご面倒をおかけしました……?

康介:とんでもない! 逆ですよ。
   灯鈴祭の手伝いで遅くまで残ってくれています。

光:あら。そんなことあの子一言も……。

康介:なんといいますか……こういった手伝いというものはどうにも面倒でしょう?
   お恥ずかしい話、なかなか決まらなかったところで、英樹くんが手を上げてくれまして。

光:(微笑んで)そうですか。あの子が。

康介:自分はその……灯鈴祭自体が今年が初めてなので。
   秀樹くんのようにここで育った子には色々と頼りっぱなしになってしまって。

光:うちの子、少し大人しいでしょう?
  あまり頼りがいがないんじゃないかって。

康介:いえ。お母様が思っている以上に、頭が良くて落ち着いた、頼りになる生徒ですよ。

光:(嬉しそうに)まあ。

 間

光:……はい。お待たせしました。

 <光は机の上にカレーの入った皿を置く>

康介:ありがとうございます。いただきます。

光:どうぞ、召し上がれ。

 間

康介:あの。

光:はい?

康介:その……秀樹君のことですが――

光:はい。……もしかして何かご迷惑を?

康介:え? いえ! そういうことではなくて。

 <康介は少し迷った後、スプーンを握る>

康介:ええと、その……好きなものとかは、あるんでしょうか。

光:……はあ。

康介:なんていうか、こんなことを口に出すのも恥ずかしいのですが……その。
   中々打ち解けられている気がしないものですから。

 間

康介:大野さん?

光:先生はとても熱心な方なんですね。

康介:いや! そんなことは……!

光:あの子は……そうですね。
  少し、難しい年頃みたいで。

康介:……はい。

光:夫が亡くなってからは特に、私も何を考えているのかわからなくて。

康介:(椅子から立ち上がって)……すみません……! 事情を知りながら、なんて質問を。

光:そんな! お気になさらないでください!

康介:(頭を下げる)本当にすみません! ズケズケと失礼なことを……!

光:頭をあげてください! こちらが気を使わせてしまって――

康介:すみません!

光:ごめんなさい!

 間

光:(吹き出す)ふ、ふふふふ。

康介:大野さん。

光:大のオトナが顔を突き合わせて、何やってるんですかね。

康介:……すみません。

光:やめてください。笑ってしまうから。

康介:……はあ。

 間

光:私も……なんというか、無力だと思う瞬間があります。

康介:そんな。大野さんはお仕事と子育てを両立されて――

光:そう見えますか?
  (微笑んで)カレー、冷めてしまいますよ。

康介:は、はい!

 <康介は椅子に座る>
 <カランという音が入り口から聞こえ、朱里が入ってくる>

光:あら。いらっしゃいませ。

朱里:こんばんわ。

康介:浅野?

朱里:外から先生の姿が見えたものですから。
   お邪魔してよろしかったですか。

光:ええ! そんな気にしなくていいのよ。

康介:どうした? ……俺に何か――

朱里:いえ……先生に用事ではないんです。
   こちら、大野くんのお宅でお間違いありませんか。

光:ええ、そうですよ。私は秀樹の母の光です。

朱里:お母様でしたか。私は秀樹君のクラスメートの、浅野朱里といいます。

光:ご丁寧にどうも。
  それで、秀樹に用でも?

朱里:実は、大野くんに筆記用具を借りたままで、返しに。

 <朱里は鞄の中からシャープペンを一本取り出す>

光:まあ。わざわざありがとうございます。

朱里:いえ。借りたのは私なので。

光:浅野さん、お家は近いの?

朱里:はい。旅館の裏にあるマンションです。

光:そうなの……もう暗いから、少し心配ね。

朱里:ご心配ありがとうございます。
   では、私はこれで。

 <朱里は、康介の方を見る>

朱里:先生、また明日。

康介:……おう。気をつけて帰るんだぞ。

朱里:はい。

 <朱里は店を出ていく>

光:とてもしっかりした子ですね。

康介:え? ……ええ。そうですね。
   とてもいい生徒です。もちろん、他の生徒も皆いい子ですが。

光:お料理、冷めてしまいましたね。
  温め直します。

康介:あ、お気遣いいただいて――


 ◆


 <秀樹は山中の空き地にあるプレハブ小屋のドアをひねる>

秀樹:……いるの?

 <甲高い音を立ててドアが開く>
 <秀樹が顔を覗き込むと、真っ暗な空間が広がっている>
 <秀樹はため息をついて室内に歩みをすすめる>

秀樹:……いないの?

廣明:いるぞ。

 間

秀樹:……いるなら言ってよ。

廣明:驚かねえのなぁ、お前。

 <秀樹がスイッチを押すと明かりが点く>
 <ポスターが貼られた壁に、ガラクタやお菓子の包み紙が散乱している雑多な室内に、オレンジ色のソファに寝っ転がった廣明の姿が見える>

廣明:お前、どっかおかしいんじゃねえの?

秀樹:おかしいのはどっちだよ。こんな汚いところでよく平気だね。

廣明:いや、実際お前はおかしい。

秀樹:(ため息)……俺も座りたい。

廣明:なんだぁ、お疲れだな。

秀樹:別に……。なんか音楽かけていい?

廣明:好きにしろよ。

 <秀樹は年季の入ったCDコンポに手慣れた様子でCDを入れる>
 <スピーカーからは、オルガンの音が聞こえてくる>

廣明:お、いい選曲。

秀樹:……いいだろ、何でも。

 <秀樹は廣明の隣に座る>

秀樹:……で、今日は何してたの?

廣明:んー? 別になんにも。日がな一日音楽聞いて、散歩して、後は寝て、煙草も少し――

秀樹:煙草はやめたろ。

廣明:吸ったとはいってないだろ。
   ここいらは煙草吸いにくる学生が多いから、注意をな。

秀樹:ほんとかよ……。

廣明:いつにもまして機嫌悪いな。
   うっし、当ててやろうか。
   ……成績は、悪くないだろ? 教師に歯向かう度胸もねえ。
   ダチと喧嘩? はまぁない。女はもっとない。
   となると、母親か。

 間

廣明:正解は――全部だ。
   お前はすべてのことにイラついている。どうだ?

 間

秀樹:(ため息)

廣明:なんだよ。正解だろぉ。

秀樹:外れ。大外れ。

廣明:んだよ、機嫌悪いんじゃねえか。

秀樹:わかった。言うよ。
   ……灯鈴祭。

 間

廣明:おーおー、もうそんな季節かぁ。

秀樹:今年はうちの高校も正式に参加するんだって。
   それで、準備係押し付けられて、この時間。

廣明:そりゃあ災難だったな。

秀樹:本当だよ。

廣明:でもお前、好きだったろ。灯鈴祭。
   キラキラしてて綺麗! ボクも欲しいってよく言ってなかったか?

秀樹:いつの話だよそれ……!

廣明:いつの話って、俺とお前がまだ家族だったころの話。

 間

秀樹:……今も家族だろ。

廣明:んー?

秀樹:ひどいこというなよ。

廣明:……あー、はいはい。ごめんごめん。
   兄ちゃんが悪かった。

 間

廣明:灯鈴祭。嫌いになったのか。

秀樹:別に。灯鈴祭自体はどうでもいいんだ。

廣明:じゃあ準備がダルいのか。

秀樹:それも……どうでもいい。

廣明:なんだかなぁー。兄ちゃんは羨ましいけどね。
   可愛い女子高生と肩並べて居残りなんて、卒業しちまったら金積んだって味わえないんだぜ?

秀樹:……『可愛い』なんていつ言った?

廣明:ん? なんだ?
   ……ほほぉ、可愛いんだな?

秀樹:だから可愛いなんて言ってない。

廣明:吐け。早く。

秀樹:クラスメートの女子の担当がいるってだけだようるさいなあ。

廣明:で! 可愛いのか!

秀樹:顔はね。美人だってみんな言ってる。

廣明:ビンゴォ! はい俺名探偵!

秀樹:でも――

 間

廣明:でも? でもなんだよ。

秀樹:……なんでもない。

廣明:……あっそー。つまんねえですこと。

秀樹:つまんなくて悪かったね。

廣明:いーや、つまんない日常こそ、お前のポリシーだろ?

 間

秀樹:ねえ、兄さん。

廣明:んー?

秀樹:……兄さんって、海行ったことある?

廣明:あるぞ。っていうか、お前もあるんだけどな。

秀樹:ハワイ旅行だろ。覚えてないよ。三歳の頃だろ。

廣明:でもお前、空港着いた時現地の人に挨拶されてアロハって答えてたんだぞ。
   母さんが喜んでてな――

秀樹:もういいよその時の話は。
   ……で、どうなの。

廣明:あるぞ。友達とな。

秀樹:どうして?

廣明:どうしてって……自然な流れだよ。
   夏休み終わってしばらく、夏引きずって、そういや行ってねえなって。

秀樹:ふぅん……。

廣明:あれ? っていうか、中学だか高校だかで海行かなかったっけか。

秀樹:あったよ。

廣明:あんじゃん。行ったこと。

秀樹:ないよ。

廣明:休んだのか?

秀樹:そうじゃなくてさ。
   ……僕が行こうと思って行ったことがないんだ。

廣明:はぁ? 行きたくないなら行かなくていいだろ。

秀樹:行きたくなったらどうしようって、思うんだ。

廣明:そしたら行けよ。

秀樹:どうやって?

廣明:どうやっても何も、電車でいいだろ。

秀樹:無理だ。

廣明:なんで。

秀樹:乗れないんだ。電車。
   ケーブルカーもそう。僕には乗れない。
   ただ見下ろすだけで、そこから先には……何もない。

廣明:何も?

秀樹:うん……絵本みたいに。

廣明:……行きたくなるといいな。

秀樹:そうなったら困るんだ。

 間

廣明:秀樹……時計、見たか?

秀樹:うん……帰る。

廣明:おう。帰り、気をつけろよ。

 <秀樹は小屋の出口で立ち止まる>

秀樹:……兄さん。また来るから。

廣明:いつでも来い。こっちは暇してるしな。
   俺はもう寝るから、出る時電気消してってくれ。

秀樹:ああ……おやすみ。


 ◆


 <0時前。秀樹はゆっくりと定食屋『オーノ』のドアを開ける>
 <暗い店内に、チリンという音が小さく響く>

秀樹:……起きてたんだ。

 <暗い店内の席で、光が険しい表情を浮かべて座っている>

光:何時?

秀樹:は? 何が。

光:何時かわかってる?

 間

光:心配してた。

秀樹:そう。寝ててよかったのに。

光:寝れるもんですか。

秀樹:あ、そう。

光:先生がいらしたのよ。
  あなたが灯鈴祭手伝ってるって。世話になってるって。
  嬉しかったけど、それ以上に悲しかったの。なんでかわかる?

秀樹:さあ。

光:先生、貴方がだいぶ前に学校から帰ったっておっしゃってたのよ。

秀樹:へえ。

光:どこに行ってたの。

 間

秀樹:今かよ。

光:何?

秀樹:それ聞くの今かよっていってんの。

光:今まで何度も聞いてきたじゃない!

秀樹:あんたには関係ない!

 間

秀樹:もう寝る。
   あんたも寝なよ。今度から、待たなくていいから。

 <秀樹は、キッチン奥の階段から二階へあがる>

光:(顔を覆って)……あーあ。

 <光はうずくまる>

光:ねえ……私どうしたらいい? ヒロキさん……。


 ◆


 <翌日、町内の硝子細工製作所の前に康介、秀樹、朱里の三人は立っている>

康介:俺は、製作所の方にもう一度挨拶してくるから、二人はここで待っててくれるか。

朱里:はい。

秀樹:わかりました。

 <康介は建物の中へ入っていく>

朱里:……ちょっと感動したね。

秀樹:何が?

朱里:灯鈴を作るところ、初めて見た。
   水飴みたいだったわね。冷めたら固まるなんて。

秀樹:別に『灯鈴』を作ってるわけじゃないけどね。

朱里:え?

秀樹:ここで作るのは外側の硝子部分で、中に通す電球は別で作ってる。
   下に通す護符は神社で刷っていて、神を迎え入れる道になるんだ。
   ……何? その顔は。

朱里:大野くんって……。

 間

朱里:(微笑んで)ごめん。そうよね。ここで灯鈴自体ができてるわけじゃないものね。

秀樹:謝ることじゃない。
   ……小さいころ、それで怒られたんだ。

朱里:怒られた?

秀樹:何か一つ欠けても、灯鈴祭はできないんだって。
   目立つもの以外にも、しっかりと役割がある。物事は俯瞰して見るようにってさ。

朱里:……素敵ね。
   そんな優しい怒り方、されたことないわ。

秀樹:優しくなんてないよ。
   どう考えたって、硝子細工の部分が一番重要なんだから。
   ただ何につけて文句をいいたかっただけさ。
   ……そういえば……。

朱里:何かしら。

秀樹:このシャープペン。

 <秀樹は胸ポケットからシャープペンを取り出す>

朱里:ええ。貸してくれてありがとう。

秀樹:……僕は――

 <建物から康介が出てくる>

康介:すまない! 待たせたな!

朱里:いえ。

康介:せっかくの休みに悪かったな。
   午前中に終わると思ったんだが。

秀樹:今日はもう、用事はありませんか。

康介:ああ。あとは書類を学校に――って、これは俺だけでいいか。

朱里:先生。

康介:ん? ああ、二人共もう帰ってもいいぞ。

朱里:この後、時間があるんでしたら、神社の下見に付き合っていただけますか?

康介:神社?

朱里:私、お祭り当日に司会をすることになっていますよね。

康介:ああ。いや、でもそれはまだ先でもいいと思うけど。

朱里:そうではなくて。外部からお呼びする和太鼓団体の方から問い合わせがあって。
   広場の写真だけでもお送りしたいんです。

康介:……そうか。わかった。じゃあ、寄ってから学校に戻ろう。

朱里:はい。

秀樹:では、僕は帰ります。

康介:ああ……。
   いや……! ちょっとまってくれ、大野。

秀樹:はい?

康介:ええとな、これを。

 <康介は袋に入った四角い箱を大野に手渡す>

秀樹:なんですか、これ?

康介:連日、閉店後押しかけてしまっていてな。
   お母様に、お詫びとお礼にと。

秀樹:……渡しておけ、ってことでいいですか。

康介:手間をかけさせてすまない。
   今後は開店中に伺うとお伝えしておいてくれ。

秀樹:わかりました。

 <秀樹はその場から立ち去る>

朱里:……先生。

康介:……なんだ。浅野。

 間

朱里:いえ。行きましょう。


 ◆


 <定食屋『オーノ』の店内>
 <ピークを過ぎた店内で、光は机を拭いている>
 <チリンという音と共に、秀樹が帰ってくる>

光:いらっしゃ――……おかえりなさい。

 間

光:休日までお手伝いなんて、大変ね。

秀樹:別に。

光:お腹すいたでしょ――

 <秀樹は机の上に康介から受け取った箱を置く>

光:なあに? これ。

秀樹:先生から。

光:先生って……佐藤先生?

秀樹:閉店中に押しかけた謝罪とお礼。
   開店時間にまた来るって。

光:……そう。

 <秀樹は階段を登っていく>
 <光は袋をカウンターに置く>

光:そう……。わざわざ。
  (微笑んで)律儀な人ね。

 間

光:(階段に向かって)秀樹さん!
  ご飯できてるわよ!

 <秀樹はシャツとジーンズに着替えて階段を降りてくる>

光:今日は残り物だけど――

秀樹:いらない。

 <光は秀樹の前に立つ>

光:……またお出かけ?

秀樹:帰り、待たなくていい。

光:ご飯。食べていきなさい。

秀樹:いらない。そこ、どいてよ。

光:……わかった。じゃあ――

 <光は冷蔵庫の中から巾着袋を取り出す>

光:持っていって。

秀樹:……なんだよこれ。

光:お弁当。

秀樹:は?

光:ここに居たくないにしても、これならいいわよね。

 間

光:持っていって。

 <秀樹はしばらく黙った後、巾着袋を受け取る>

秀樹:……帰りは待たなくていいから。

光:いってらっしゃい。

 <秀樹は店を出ていく>
 <光は少し嬉しそうに秀樹を見送ると、ふとカウンターに目をやる>

光:……何かしら。高いものだったらどうしよう。

 <光が箱を開ける。包装紙をいくつか取り出すと青い風鈴が出てくる>

光:……綺麗な風鈴。

 間

光:……飾っておくべきかな。ヒロキさん。

 <光は風鈴をそっと箱の中に戻した>


 ◆


 <人気のない神社の隅、康介と朱里は向かい合って立っている>

康介:……浅野。

朱里:はい。

康介:やめよう。もう、こういうのは。

朱里:こういうのって、なんですか?

康介:だから――

 <朱里は康介の内腿に手を伸ばす>

康介:浅野……!

朱里:はい。

康介:やめろ……!

朱里:(康介の耳元で)だから……何をですか?

康介:俺が悪かった……!

 間

朱里:何が、悪いことなんですか?

康介:だから……それは。

朱里:先生は、私を抱きたかったんですものね。

 間

朱里:何度も言ってましたよね。
   五月の十四日、文化棟の踊り場で。
   五月の二十四日は屋上前。
   その次の日は――

康介:やめてくれ。

朱里:だから、何をやめろっていうんですか?

康介:……俺はーー

朱里:飽きたんですか?
   私にはもう、魅力がないとか?

康介:そうじゃない……! そういうことではなくて――

朱里:(康介の耳を噛んで)……可愛い。

康介:……じゅ、り。

朱里:ほら。そうやって下の名前で呼ぶの。
   先生の癖なんです。興奮してくると、すぐに私を呼ぶでしょう?
   可愛い。そうやって私を呼んで。

康介:俺は――

朱里:悪いことなんて、ない癖に。

 <朱里の肩を掴んで大木の背に押し付ける>

朱里:痛ッ……。

康介:浅野……! 俺は……!

 間

朱里:ほら。人が来てしまいますよ。……センセ。


 ◆


 <プレハブ小屋のソファに座り、秀樹はエレキギターを弾いている>
 <アンプに繋いでいないため、音は小さくプレハブ小屋の中に響いている>
 <小屋のドアの前で廣明は笑みを浮かべている>

廣明:女の香水の臭いがする。なんてな。

秀樹:ねえ……帰ったなら早く声かけてよ。

廣明:集中して弾いてるもんだから。

秀樹:別に『弾いてる』なんて大層なもんじゃない。

廣明:じゃあ音を鳴らしている。で、満足か?
   年々親父に似てくるな、お前。

秀樹:は? 似てない。

廣明:物事は正確に。目に見えることだけに捕らわれず、俯瞰して見ろ。
   はい。親父の出来上がり。

秀樹:……どこ行ってたの。

廣明:ニルヴァーナに到るために瞑想を――

秀樹:もういい。ぶっ壊してやる。

廣明:おいおい! ……そのギター、高かったんだからな。

秀樹:どうせ兄さんもパワーコードしか押さえられないだろ。

廣明:舐めんな。俺、高校の時はリードギター担当だったんだぞ。

秀樹:どうだか。

 <秀樹はギターをハードケースに入れると、CDコンポに近寄る>
 <音楽が流れ始める>
 <廣明はソファに腰掛ける>

秀樹:どんなバンドやってたの?

廣明:ん?

秀樹:高校生の頃。

廣明:あれ? 言ってなかった?

秀樹:知らないよ。
   ……知るわけないじゃん。兄さんがこっちに戻ってくるまでのことは。

 <廣明は微笑んで秀樹の頭を撫でる>

廣明:まあ、そうな。曲はコピーばっかりだった。

秀樹:なんの曲コピーしたの。

廣明:そこにバンド譜があんだろ。

 <秀樹はダンボールの中に入っている楽譜を拾い上げる>

秀樹:……これ……これも、これも知ってる。

廣明:俺のCDの中に入ってるからな。

秀樹:っていうより……バンドのためにCD買ったって感じだ。

廣明:俺は根っからの音楽好きってわけでもなかったから。
   バンド始めてから色々と聴くようになったんだよ。
   結局バンドやめてからも趣味になっちまったけどな。

秀樹:ふぅん……。

廣明:ここまでくると、お前も立派な音楽好きだよな。

秀樹:……は? 僕は違う。

廣明:ここにきちゃ毎日俺のCD聴いて、ギターも触ってる。
   そうだ! お前もバンド始めりゃいいんだよ!
   俺のギター貸してやるからさ。

秀樹:……僕はいい。

廣明:そうなのか? 楽しいぞー?
   女の子にもモテるし!

秀樹:兄さんはモテたの?

廣明:……うちのバンドは古い洋楽ばっかだったから……まあ、アレだ。
   でも! 邦楽とかはウケいいぞ。どうだ?

秀樹:ふーん……。

 間

秀樹:もしバンドやるなら……。
   僕は……兄さんみたいに好きな曲をやるバンドにする。

 間

廣明:ああ。それがいいや。

 間

秀樹:好きなものって……。
   どうやって好きになるものなのかな。
   皆はどうやって好きになるのかな。
   テレビも、映画も、アニメとか漫画とか。
   好きだって言ってるくせに、皆すぐに飽きるだろ。
   で、すぐに別のものを好きになる。

 間

秀樹:恋愛だってそうだ。
   好きだ好きだっていってるくせにすぐ別れる。
   で、また別の人を好きになる。
   結婚してたって好きじゃなくなったら、また別の人を好きになる。
   子供がいたってそうだ。

廣明:当事者は語る、か。

秀樹:好きって、なんだよ。

廣明:さあな……。でも、どんな人間でも一番の好きは変わんないもんなんだ。

秀樹:……何?

廣明:誰だって自分のことは好きなものだ。
   だから、自分にとって都合の良いものや、その時楽しいと思うものが好きになる。
   そうじゃなくなれば新しいものってな。

秀樹:……自分にとって都合がいい。

廣明:こんな風に捻くれて考えると悪く聞こえるかもしれないが、合理的ではあるだろ。

秀樹:僕は、自分が好きじゃない。

廣明:そりゃ違う。そりゃお前が優しいからだ。

秀樹:そんなこと無い。やめてよ。そういう話は聞きたくないんだ。

 間

廣明:……学校でなんかあったか?

秀樹:……将来のことを考えようって。
   どんな職業につきたいか、自分に興味のあることを考えて。
   そこに向かうためにどんな大学に行くか考えよう。

廣明:あー、お前もそんな時期なんだっけか。
   大学なんて適当に選んどけよ。
   ……それこそ、海が見える街なんかに行ったらどうだ。
   そうだよ。そうしろ。

 間

秀樹:……腹減った。

廣明:は? メシは食ってこなかったのか?

秀樹:うん。まあ……。

 <廣明は秀樹の視線を追う>
 <机の上に巾着袋が置かれている>

廣明:それ。母親が?

秀樹:母親じゃない。

廣明:オイ。……義理だって、母親だ。

秀樹:血は繋がってないだろ。

廣明:俺だってお前とは名字が違うだろ。
   俺はお前の兄さんじゃないのか。

秀樹:……屁理屈だ。

廣明:立派な理屈だ。
   ……食えよ。それ。
   すげえ美味そうだ。


 ◆


 <喫茶店『オーノ』閉店時刻>
 <光は時計を気にしながら外を見ている>

光:あ。

 <光は店のドアを開ける>

光:先生!

 <道の向こうを歩いていた康介が顔を上げる>

康介:え?

光:(笑いながら)先生! 閉めちゃいますよ!

康介:あ、え、は! はい!

 <康介は駆け足で店に入る>

康介:あの。

光:滑り込みセーフということで。

康介:大野さん……! そんな、ご迷惑でしょう……!

光:ご飯。まだなんじゃないですか?

康介:それは、そうですけど。

光:でしたら、ご馳走させてください。

康介:あの……どうして。

光:風鈴。とても綺麗でした。

康介:あ。

光:ありがとうございます。

康介:いえ。ご迷惑をおかけしたので、あれはその御礼であって――

光:ほら! 座ってください。

康介:……まいったな。

 <康介はテーブル席に座る>

光:お疲れですね。

康介:え?

光:先生にはお休みが少ないんですよね。

康介:ええ、まあ……ですがそれは大野さんも一緒じゃないですか。

光:うちは木曜定休ですから。

康介:ええ、知ってます。
   木曜日は出前を取っていますから。

光:(笑う)

康介:……一つお聞きしてもいいですか?

光:はい?

康介:大野さんのご出身はどちらなんですか?

光:(微笑んで)同郷ですよ。

康介:え?

光:先生のご出身地と同じです。

康介:どうして、僕の出身を?

光:小さい街ですから。都会から赴任されて来たといえば、すぐに噂が広まるんです。

康介:……なるほど。それでですか。

光:それで?

康介:いえね。大野さんと話していると落ち着く理由です。

 <光は料理を机にならべる>

光:はい。今日は残り物ですけど。

康介:こんなに……! いいんですか?

光:ええ。どうぞ。

康介:いただきます……!

 <康介は箸を持って手を合わせる>
 <光は向かいの椅子に座る>
 <康介はしばらく黙って食べている>

康介:……美味しいです。本当に。

光:お粗末様です。

康介:粗末だなんてそんな……!
   特に、この煮物なんてもう……最高です!

光:良かった。

 間

光:この街は、落ち着きませんか?

康介:……なんというか。
   ここだけの話で?

光:ええ。

康介:僕も、越してきた頃には気づきませんでした。
   皆人当たりがよくて、すぐに馴染めると思ってました。
   でも、伝統や風習だけではなく……人の考え方そのものがとても……。

光:……閉鎖的。

康介:ええ……よそ者を受け付けないという感じで。

光:だから、私の出身地を気にされたんですね。

康介:はい。大野さんからはその……失礼かもしれませんが、同じ感覚を受けたというか。

光:……私が越して――嫁いできたのは二年前になります。
  嫁ぐ前からこの店には良く来ていたんですけど、その時はなんていうか……まだ客人というやつで。
  実際にここに移ってからです。
  嫁ぐ前から私の情報は皆が知っていて、いざ生活が始まるとすぐに――毎日、監視されているような生活が始まって。
  馴染めるわけがないと何度も夫に泣きついて……。

康介:はい。

光:一年前。夫が病で亡くなって。

康介:……はい。

光:でもね先生。
  この街の人は確かに、他所から来た人間に対して懐疑的な態度を取ることもあるけれど……。
  皆さん、夫が亡くなった後、私にとても優しくしてくれたんです。
  (微笑んで)……塞ぎ込んでいる私のところに毎日毎日誰かが集まってきてくれて。
  夫はこの街の人だったから。小さい頃からの思い出話なんかを話してくれて。
  そうしていくうちに、私も夫の死を受け入れることができて――すみません、話がそれてしまって。

康介:いえ、お気になさらず。

光:確かに先生のおっしゃるとおり、この街は私達の住んでいた都市や、僅か数キロ降りた街とも違います。
  でも、全く総てが違うというわけでもないのかもしれません。

 間

光:……先生?

康介:……そうか……。

光:すみません。ベラベラと……。

康介:あ……いえ。
   なんというか……色々と、考えさせられます。

光:そんな。ごめんなさい、食事の邪魔でしたね。

康介:とんでもない。

 <いつの間にか空になった皿の前で、康介は手を合わせた>

康介:ご馳走さまでした。お代は――

光:お代は結構です。

康介:いえそれは!

光:ご馳走させてください。

 間

康介:……ありがとうございます。

光:いえ。その代わり、出前に飽きたらまたいらしてください。

 <店のドアが開き、秀樹が入ってくる>

光:おかえりなさい。秀樹さん。

秀樹:……先生。

康介:大野。おかえり。

秀樹:開店中に来るんじゃなかったんですか?

光:私がお呼び止めしたのよ。
  いただきもののお礼に。

秀樹:そう。

康介:僕はお暇させていただきますね。

光:ええ。
  ――あ、先生!

康介:はい。

光:いただいた風鈴。飾るなら、どこがいいと思います?

 間

康介:(微笑んで)……窓際でお願いします。

 <康介は店を出ていく>

光:さ。閉めないと――

秀樹:好きなの?

光:え?

 間

秀樹:佐藤先生。好きなの。

光:何言ってるのよ。そんなことあるわけないでしょう。

秀樹:別にいいと思うけど。若いし、顔も良い。

光:だからそういう――

秀樹:父さんが死んで。

 間

秀樹:もうすぐ一年経つんだ。
   あんたも女なんだから、次の男を好きになる頃だろ――

光:(秀樹の頬を叩く)

 間

光:……ごめんなさい……! 私……。
  秀樹さん……ごめんなさい叩いて――

秀樹:気にしてない。

光:……え?

秀樹:これ、ご馳走様。
   でも、もういらない。

 <秀樹は巾着袋をカウンターに置くと階段を上がって行く>
 <光はふと巾着袋に目をやると、中を取り出した>
 <光は空になった弁当箱を握りしめながら座り込む>


 ◆


康介:……大野。

 <数日後、放課後、教室の中で作業をする秀樹>
 <康介はゆっくりと正面の椅子に座る>

秀樹:はい。

康介:ええと……どうだ。進んでるか。

秀樹:はい。当日のタイムテーブルをまとめています。

康介:そうか。外部の団体は、先生の方でまとめているから、
   町内会だけで構わないからな。
   整理したら一度先生に教えてくれ。

秀樹:はい。

康介:(ため息)……助かる。
   正直、俺が話にいっても中々いい顔をされなくてな。

秀樹:……どうしてですか?

康介:え? ああいや、どうしてかな。
   多分俺がまだ若いからかもしれないけど。

秀樹:そうなんですか。

康介:後は、俺はまだ灯鈴祭を見たこともないから。
   そういうところもあるのかもしれないな。

 間

康介:なあ、大野。灯鈴祭ってどんな祭りなんだ?

秀樹:え?

康介:いや。どういう祭りかは知ってるよ。
   でも、お前から見た灯鈴祭ってのを聞いてみたくて。

 間

秀樹:……別に。

康介:別にって……色々あるだろ?
   ずっとこの街に住んでるんだし、昔から遊びにいったりとか。

秀樹:昔は、行ってました。

康介:え?

秀樹:多分、楽しかったけど、それは灯鈴祭が楽しかったんじゃなくて。
   夜に出歩けるのが楽しいとか……そんな程度です。
   あとは店の手伝いがあるので、それだけです。

康介:そうか……。いや、そうだよな。
   俺も地元の祭りはそんな感じだったかもしれない。
   ……ちょっと、安心したよ。
   なんていうか、この街の人にとって灯鈴祭っていうのはすごくこう……特別なものだって聞いてきたから。
   赴任一年目で任された時には、プレッシャーがな。
   でも、お前の感想聞いてたら、ただの祭りなのかもってちょっと思えた。

秀樹:……僕からもいいですか?

康介:なんだ?

秀樹:先生はどうしてこの街へ来たんですか。

康介:え? っと……それは、赴任してきたからだけど。

秀樹:地元で教師やってたんですよね。

康介:あ、ああ。まあ、そうだな。
   空きが出たって聞いたときに、ここを選んだんだよ。

秀樹:どうしてですか?

康介:……どうして?

秀樹:ずっと住んでいる場所から、どうして遠くの――こんな山奥の街を選んだんですか?

康介:いや……考えたことがなかったけれど……。

 間

康介:……地元で教師をやっていたころは、家族も、友人も側にいて、住み慣れた街で。
   問題ないというか、むしろ恵まれてるって感じてたんだよ。
   でも、ある時ふと思ったりするんだよ。
   『俺はこのまま終わるのかもしれない』って。

秀樹:終わる?

康介:そう。だから、自分のことを誰も知らない遠くの街に移ろうと思ったんだ。

秀樹:……ここなら、終わらないと思ったんですか?

康介:さあ。わからない。……でも、以前は知らなかった多くのことに気づくもんだ。
   それは決していいことばかりではないし、むしろ……自分の本当に弱い部分だったりするもんだが。
   知らないで生きるよりは、ずっとマシかもしれないようなことだ。
   ああ、いや……まあ、何にしても、この街に越してよかったとは思ってるよ。
   お前達に教えられる機会をいただけて、本当に幸せだと思ってる。
   ……大野。お前は何か好きなものとか無いのか?

秀樹:……好きなもの。

康介:あるだろ? 何だ? 言ってみろよ。
   ここだけの話だ。

 <教室のドアが開いて朱里が入ってくる>

朱里:失礼します。コピー、してきました。

康介:おう。悪いな、浅野。

朱里:なんのお話してたんですか?

康介:ん? いや、男同士の話だよ。なあ、大野。

秀樹:……僕、帰ります。

康介:え?

朱里:何か用事?

秀樹:ええ。今日は早く帰れと言われてますので。

康介:……ああ、そうか。

朱里:またね、大野くん。

 <秀樹は朱里の前で立ち止まる>

秀樹:……浅野さん。

朱里:何?

秀樹:これ。やっぱり返すよ。

朱里:え?

 <朱里は秀樹の手からシャープペンを受け取る>

朱里:これ……。大野くんに私が借りたんじゃない。

秀樹:僕。鉛筆しか使わないんだ。

 <秀樹は歩いて教室から出ていく>

朱里:(舌打ち)……ああそう。

康介:浅野……お前、そのシャープペン――

朱里:せっかくあげたのに。失礼ね。

康介:お前やっぱり、この間。俺がいるって知ってて、オーノに入ってきたのか。

朱里:先生がいけないんじゃないですか。

 間

朱里:あのとき、バツの悪そうな顔をしたでしょう。
   本当、すぐに顔に出るんだから。可愛い。

康介:そんな顔してない。

 <朱里は康介の眼前の机に座る>

朱里:……ねえ。知ってます?
   私が灯鈴祭の準備委員を引き受けた理由。

康介:……灯鈴祭、好きだって言ってたよな。

朱里:知ってるでしょう。誤魔化さないで。
   ……先生。先生が悩んでるから、私が一緒にやる。手伝っている。
   言ってましたよね。嬉しいって。ねえ。

康介:ああ……助かってる。

朱里:そう。

康介:でも、お前自身も楽しんでるんじゃないか?

朱里:え?

康介:でもなきゃ、毎日遅くまで手伝うのなんて面倒だろう。

朱里:(吹き出して)……本気でいってるんですか?

 間

康介:本当に全部俺のためだっていうのか。

朱里:そう思うのが怖いんですか?

 間

朱里:先生。ご褒美をください。
   ……灯鈴祭が終わったら、旅行に連れて行ってください。

康介:旅行……?

朱里:ええ。海の見える街がいい。
   ホテルの部屋からじゃあなくても、ロビーを出たら海が見えて。
   バスかなにかですぐ近くまで行けるの。
   海のそばの定食屋さんでお魚が食べたい。

 間

朱里:先生。

康介:……修学旅行もあるしな。
   きっとそれでお前も――

朱里:先生。こっちを見て。

康介:灯鈴祭が終わったらすぐ試験だし、お前も進路だとか色々考える時期で――

朱里:先生!

康介:終わりにしよう。

朱里:……何を?

 <康介は土下座をする>

康介:俺が悪かった! 浅野!

朱里:何を……?

康介:俺な! 寂しかったんだ……!
   こっちに赴任してきてから、色々上手くいかなくて!
   血迷っちまった! でも俺は本当に、教師として、一人の人間として――

朱里:何をよ!

康介:頼む! もう終わりにしてくれ……!

朱里:……勝手なこと言わないで。

康介:すまない!

朱里:手を出したのはそっちでしょう!?
   教え子に手を出したのはそっちじゃない!
   何が終わりにしてくれよ! なんで私に押し付けるのよ!

康介:言うから。

朱里:……は?

康介:俺から言う! 学校側に、言う。

朱里:わかってる? ……解雇だけじゃすまないのよ!?

康介:お前の言うとおりだ。でも、俺が始めたことだ。

朱里:馬鹿じゃないの……!
   どうせ言わないくせに!
   私も言わないってわかって言ってるくせに!
   あなたは、利口な人だもの……!

 間

朱里:言ったら……? あの人が良いって……!
   別の女が好きになったって!

 <二人を赤い夕焼けが照らしている>


 ◆


 <夕焼けに照らされた墓所>
 <光の横に桶を持った秀樹が歩み寄る>

秀樹:持ってきたよ。

光:ありがとう。秀樹さん。
  お父さんに、お水掛けて上げて。

秀樹:……わかった。

 間

光:ヒロキさん。ちゃんと禁酒してますか。
  持ってきましたから……今日くらいは飲んでくださいね。

 間

光:秀樹さんも来てますよ。

秀樹:……何?

光:(微笑んで)ヒロキさんにお話したいことはないの?

秀樹:……別に、無いよ。

光:そう。せっかくの機会なのに。

秀樹:ここに父さんがいるわけじゃないだろ。

光:……そうね。

 間

光:もうすぐ灯鈴祭ね。

秀樹:うん。

光:準備はどう?

秀樹:別に。雑用だよ。

光:頑張ってるんだもの。きっと素敵なお祭りになるわよ。

秀樹:……出店はどうするの。

光:ん? ああ……今年は、やらないことにしたの。

秀樹:え?

光:去年はね、準備もしていたし、じっとしているのも辛かったし、やってみたけれど……。
  今年は、やらないことにしようかなって。

秀樹:……どうして。

光:どうして……。そうね……寂しいから、かな。

 間

光:で! 今年は、ゆっくりと過ごそうと思うんだけれど……。
  ……秀樹さんはそれでもいい?

秀樹:僕はいいよ。手伝いもしなくていいし。

光:ありがとう……。じゃあ、今年は二人でゆっくりしましょう。

 間

光:そうか……もう三年も前になるのね。覚えてる?
  ……とても素敵なお祭りがあるからって。
  気に入ってくれたら嬉しいって、言ってもらって。

秀樹:あの時も、店は閉めるって、父さんが。

光:ええ、そうね。私を案内したいからって、わざわざお店を休みにしてくれて。
  家族水入らずで……。

秀樹:楽しそうだったね。

光:秀樹さんも、楽しそうだったわ。

秀樹:……まあ。

光:……その顔を見て、私も素敵な街だなって。そう思ったのよ。

 間

光:なんだかんだ、楽しみだったのね。私。
  灯鈴祭。

秀樹:あのさ。

 間

秀樹:どうするんだよ。

光:え?

秀樹:寂しいなら、どうするんだよ。
   また来年も灯鈴祭が来て、そうしたらまた命日だ。
   毎年毎年それを繰り返すだけじゃないか。

光:……そうね。
  私にもわからないけど……でも。
  痛みや、胸に開いた穴っていうのは、時間が癒やしてくれるって、住職様が言ってらっしゃったの。
  今はまだ辛くても、いずれはって……。

秀樹:……それまでは、ただ耐えるっていうのかよ。

光:ええ。そう。

秀樹:僕にはわからない。

光:……私も今はわからないわ。   ……でも! 二人で乗り越えて行きましょう。
  秀樹さん。

 間

秀樹:……嫌だ。

光:……え?

秀樹:もう、やめろよ。お店。

光:何を言ってるの。

秀樹:父さんはもう居ないんだよ。
   こんな街にこだわる必要ないだろ。

光:……私は、ヒロキさんのためにお店をやっているんじゃない。

秀樹:じゃあなんでだよ。

光:あそこは、あなたと私の家なの。

秀樹:違う。

光:そうなの……! そうなのよ……!
  (深呼吸)……いい加減に子供みたいにごねるをやめてよ。
  私がどんな思いであのお店を切り盛りしてるかわかってるの……?
  あなたが毎日毎日心を閉ざして帰ってきてるのを見て、どんな思いで……!
  捨てられるものなら捨ててやりたいわよ! でもね……!
  あなたが私のお腹から産まれてなかったとしても……! あなたは私の息子で!
  私はあなたの母親なの!

 間

光:なんとか言ってよ……!
  いつもみたいに逃げないで、何か言って!

秀樹:……何を言えっていうんだよ。

光:なんでもいいから……!
  ちゃんと答えて欲しいだけよ。

秀樹:……口で言うのは簡単なんだ。

光:何よ……もう。
  疲れたわよ……あなたの相手をするのは。

秀樹:それなら、わかる。

 <秀樹は黙って去っていく>
 <光は蹲る>


 ◆


 <秀樹はしばらく走ると、空き地に自転車を止める>
 <プレハブ小屋に近づくと、すぐに異変に気づいた>

秀樹:ドアが……開いてる……?

 <秀樹はゆっくりとドアを開ける>

秀樹:煙――煙草……!?

 間

秀樹:君……何してるんだ。ここで。

 <プレハブ小屋の中。朱里はオレンジ色のソファに寝っ転がって、煙草をくわえている>

朱里:……大野くん。

秀樹:浅野さん。何してるんだ。ここで。

朱里:ここ……大野くんの部屋?

秀樹:勝手に入るな!

 <秀樹は朱里に詰め寄る>

秀樹:ここは兄さんの部屋だ!

朱里:へえ、お兄さんいたんだ。

秀樹:……出ていけ。

 間

朱里:この煙草は? 貴方の?

秀樹:出ていけ!

朱里:……命令しないで。

秀樹:出ていけって!

朱里:命令しないで! 私はどこにも行かない!

秀樹:出ていけよ!

廣明:落ち着け、秀樹。

秀樹:え?

 <薄暗い小屋の奥に、廣明が寝っ転がって漫画を読んでいる>

秀樹:兄さん……。いるんならどうして!

廣明:どうしてって、可愛いから。

秀樹:そんなの!

廣明:お前も今言ったろ。ここは『俺の』部屋だ。
   誰を入れるかも俺が決める。

秀樹:……なんで……!

廣明:自分のことばかり考えてるな。
   客観的に見てどうだ。

秀樹:客観的ってなんだよ……!

廣明:その子、追い出すのか。
   ……泣いてんだろ。

秀樹:え?

 <朱里はソファの上で膝を抱えて泣いている>

朱里:うっぐ……! ううううう! ああああああ!

廣明:泣いてる女の子を追い出すのか。

朱里:ああああああ! うああああああああ!

廣明:……タオル、そっちだ。かけてやれよ。


 ◇


 <数分後・朱里はタオルに顔を埋めている>
 <秀樹は机の上にカップを置く>

秀樹:……これ、コーヒー。
   粉だけど。

 間

廣明:ま、上出来だな。

秀樹:何がだよ……。

廣明:煙草に、珈琲ときたら……あとはなんかありゃあ立派な喫茶店だ。

秀樹:なんかって?

 <廣明はCDコンポをあごでしゃくる>

秀樹:音楽っていいたいわけ。

廣明:優しいの頼むぜ。マスター。

秀樹:優しいのっていったって……ロックばかりじゃないか。

 <秀樹は少し迷って、ラックにCDを入れる>

廣明:後、煙草は没収な。
   ……ってかお前、俺に禁煙させた癖にまだ捨ててなかったのか。

秀樹:隠しておいた。

廣明:捨てちまえ。そんなもん。

秀樹:誰かが探して吸うなんて思わなかったんだよ……。
   浅野さん。煙草……ライターも。

 <秀樹は朱里の座るソファに近づくと、煙草に手を伸ばした>
 <その手を朱里の手が掴んで引き寄せる>
 <そのまま朱里は秀樹にキスをする>

秀樹:え? ッ――

廣明:(口笛を吹く)いきなりチューとは、俺も予想外。

 <ゆっくり朱里は唇を離す>

秀樹:……なんのつもりだよ……!

朱里:抱いて。

 <朱里は赤く腫れた瞳で秀樹を見上げる>

秀樹:は?

朱里:ねえ……今すぐここで私と――

秀樹:……嫌だ。

 間

朱里:……どうして……? どうして私じゃ駄目なの――

秀樹:君のこと、好きじゃないんだ。

 間

朱里:好きじゃ、ない?

秀樹:ああ。そうだ。

朱里:好きじゃないとやらないっていうの?

秀樹:ああ。そうだ。

 間

朱里:……あっそう……そうなのね。    ……どうせ本気で迫ったら手を出すに決まってるのに。馬鹿みたい。
   残念ね。私ももう冷めたから……。

 <朱里は珈琲を飲む>

朱里:……ぬるい。

 間

秀樹:それで……どうしてここに?

朱里:どうして……?

 間

朱里:わからない。
   昨日の夕方からずっと、歩き廻って……。

秀樹:昨日の夕方……?

朱里:気がついたらここで寝ていたの。

秀樹:……兄さんが連れ込んだわけ?

廣明:いや。俺が起きたらもう寝てたぞ。

秀樹:しっかりしてくれよ……。

朱里:勝手に入ったことは謝るわ。
   ……お兄さんも、ご迷惑をかけてごめんなさい。

廣明:気にすんな。
   汚いところだけどゆっくりしてってよ。

秀樹:汚いって自覚があるなら片付けなよ……。

朱里:……なんだか、不思議な部屋ね。
   男の人の部屋ってみんなこうなのかしら。

秀樹:兄さんは趣味人なんだ。それ以外はからっきしだけれどね。

朱里:趣味がこんなにたくさんあるなんて、素敵ね。

廣明:おい。めっちゃいい子だぞこの子。お前結婚しとけ。

秀樹:……本題だけどさ。

朱里:え?

秀樹:佐藤先生と何かあった?

 間

秀樹:気づいてたんだ――とかは無しで。

 <朱里はしばらく毛先を弄んだ後、口を開く>

朱里:……私ね、ずっと先生と関係があったんだ。

秀樹:付き合ってたんじゃなかったんだ。

 間

秀樹:ごめん。デリカシーなかった。

朱里:……最初のころは先生から付き合いたいって言われてたんだけれど、断ったのは私なの。
   寂しそうな先生に声を掛けたときからずっと、彼が私に執着して、私の思うとおりになってくれてたら良かった。
   だけど……。

 <朱里は鼻をすする>

朱里:だけどもう……終わりだって言われて……。

 間

秀樹:好きなの。浅野さんは。

朱里:わかんない……。
   この街に来てからずっと、孤独だった。
   中学でこの街に越してきて……都会から来たってだけでいじめられて。
   馬鹿みたいなやつら……!
   誰も私のことなんてわかってくれない……! わかろうともしない……!
   そんなやつらのことなんて誰も彼も理解できない……!
   それでもなんとか優等生を演じて、周りの大人に認められて、なんとか居場所を作ってきて……。
   先生はそんな私のこと、わかってくれたの……!
   君と俺は同じだよって抱きしめてくれたの……!
   ずっと一緒にいるよっていったのに……!
   結局……! この街の女のほうがいいんだ!
   あんたのお母さんの方がいいんだって……!

秀樹:……俺の母さん?

朱里:馬鹿みたい! こんなちっぽけでクソみたいな街……!
   大っきらいよ! こんなところも! こんなところに住んでる人もみんなみんな!
   あんたが一番嫌いよ……! 死んだような目して、諦めて生きてる!
   おまけに頭もイカれてる!

 間

朱里:もういい……! 私、死ぬ……!

秀樹:死ぬ?

朱里:当たり前じゃん! この街から出るには、死ぬしかないんだから!

 間

朱里:もう遅いの……。ずっと捕らわれるしかないなら、死ぬしかないんだって!

秀樹:浅野さん――

朱里:さよなら……大野くん。珈琲、ご馳走様……!

 <朱里はプレハブ小屋から飛び出していく>

廣明:秀樹!

秀樹:……何?

廣明:追え。秀樹。

 間

廣明:秀樹!

秀樹:本当のことじゃないか。

廣明:何がだ!

秀樹:この街を出る方法。

 間

廣明:死ぬってことか?

秀樹:冗談みたいに聞こえるかもしれないけど、本当かもしれない。

廣明:秀樹……! 俺は、そんなこと絶対に許さないぞ。

 間

秀樹:……わかってるよ。兄さん。

 <秀樹はソファから立ち上がると、プレハブ小屋の出口へ向かう>


 ◆


 <閉店後の定食屋『オーノ』>
 <光と康介は談笑している>

光:それでわざわざ?

康介:ええ。灯鈴祭の何たるかをわかってないって乗り込んできて……。
   そこからは一時間説教コースで……。

光:(笑う)村上さんはもう少しだけお若かったころ、灯鈴祭の開催委員長をやられていたんです。

康介:どうりで……。杖を使って黒板を叩かれたときはどうしようかと思いましたよ。

光:目に浮かびます。

康介:でも、それだけ灯鈴祭というのはこの地域に根付いているってことなんですね。

光:ええ。観光という意味でも大切ですけれど、それ以上に――あら?

 <オーノの入り口から、秀樹が入ってくる>

光:あ。おかえりなさい秀樹さ――

 <秀樹は黙って階段の上に上がっていく>

光:(ため息)

康介:挨拶も無し、ですか。

光:ええ……今日は特に……先程お話したとおりで……。
  私もひどいことを言ってしまって……。

康介:わかります……。誰だって疲れが溜まればそういう時もあります。
   それに、光さんのおっしゃったことは、きっと秀樹くんにも伝わっているはずです。

光:そうでしょうか……。私ももう、どう話していいのか……。

康介:僕が話します。

光:いえ、それは……!

康介:ですが……。

 <光は少しうつむいて深呼吸をする>
 <階段から秀樹が降りてくる。背中には大きなリュックを背負っている>

光:……秀樹さん。

康介:大野。少し話があるんだ。
   あのな――

秀樹:先生。
   ……浅野さんが死んだら、あんたのせいだ。

康介:……は?

光:死ぬ……?

秀樹:……母さん。もうこの街をでなよ。
   こんな店、どうでもいいだろ。
   それに、俺のことももういいから。

光:ひ、秀樹さん?

 <秀樹は二人の脇をすり抜けて出口へ向かう>

秀樹:今度は本当に、帰りは待たなくていい。
   辛い思いをたくさんさせてごめん。母さん。

 <唖然とする二人を置いて秀樹は店をでる>
 <チリンという音がなってすぐ、光は店の外へ駆け出す>

光:秀樹さん!

康介:大野さん! 飛び出しては危ない!

 <すでに秀樹の姿はそこにはない>
 <光は半狂乱で叫ぶ>

光:秀樹さん! 秀樹さんッ! ひできーッ!

康介:落ち着いてください大野さん!

光:離してッ! あの子が!

康介:落ち着いて!

光:(泣きながら)あの子が! あの子が行ってしまう……!

康介:行くってどこに!

光:母さんって……! 母さんって私のことを呼んだのは今までに一度だけなの!
  夫の葬式の時だけッ!

 <光は地面に座り込む>

光:秀樹……!


 ◆


 <深夜・秀樹は神社の境内に自転車を止めた>
 <薄暗い神社の隅で、朱里が横たわっていた>

秀樹:(息を切らしながら)……浅野さん。

 間

秀樹:生きてる? 浅野さん。

 間

朱里:……うん。

 間

秀樹:そっか。

朱里:……どうしてここがわかったの?

秀樹:ここで六箇所目だよ。
   先生とここにいくって言ってたから、もしかしてと思って。

朱里:……わざわざ探しに来たんだ。

 間

秀樹:一緒に死のうと思って。

 間

秀樹:死ぬ道具、持ってないだろ。

 間

朱里:ふふふ……本当に、イカれてるんだ。あなた。

 <朱里は身体を起こす>

朱里:どうやって死ぬつもり?

秀樹:まずはコンビニに行こう。

朱里:何を買うの?

秀樹:食料と日用品。


 ◆


 <翌日・プレハブ小屋>
 <寝っ転がりながらお菓子を食べる秀樹と朱里を、廣明が見つめている>

廣明:……お前たち。

秀樹:何?

廣明:ただの家出ならいいけどな……。

秀樹:家出じゃないよ。

朱里:でも、ただの家出に見えても可笑しくはないわ。

秀樹:まあね。

廣明:死ぬだなんだ言うから心配してたんだが、安心した。

秀樹:兄さんには悪いけど、僕たちは死ぬつもりだ。

廣明:(ため息)……いい加減にしろよ。

秀樹:いい加減にしたいんだ。

 間

秀樹:死ぬためには生きなきゃいけないから、こうしてるんだ。

廣明:……本気なのか。

朱里:……これからどうするつもり?
   食べて寝た分、元気ではあるけれど。

秀樹:浅野さん。どうせ死ぬんだから、何したっていいよね。

朱里:……あなたとするのは嫌よ。

秀樹:そうじゃなくて、これ。

 <秀樹は机の上に資料を広げた>

朱里:灯鈴祭の資料じゃない……これが何?

 <秀樹は資料に手を触れる>
秀樹:灯鈴祭を盗もう。

朱里:は?

秀樹:どうせこの街を出るんだ。
   君も、先生や他の大人や、この街に仕返ししてやれるだろ。

 間

朱里:……面白そう。
   (笑って)……いいわね。乗ったわ、それ。

秀樹:兄さんも、手伝ってよ。

 間

秀樹:兄さん。

廣明:ああ……いいぜ。

秀樹:……本当? 止めると思ってた。

廣明:止めてえよ。止めてえけどな。
   お前がやりたいって自分から言うことなんて……もうないかもしれないだろ。

秀樹:僕が……やりたいこと。

廣明:……とはいっても、俺が手を貸せるのはこのプレハブと、周囲の空き地くらいだぞ。

秀樹:……ああ。それでいいよ。ありがとう。

朱里:お兄さんとの話はついた?
   ……それで、具体的にどうやって灯鈴祭を盗むっていうわけ。

秀樹:ああ……。灯鈴祭は三日後の夜だ。
   普通に考えたら灯鈴祭そのものを盗むなんてできっこないけど……。
   僕たちはずっと今年の祭りを準備してきたんだ。
   だったら、やりようはあるよ。

朱里:何か一つ欠けても、灯鈴祭は成り立たない……だったっけ。
   全体は無理でも、バラバラにってことね。いいんじゃないかしら。

秀樹:まず最初は――


 ◆


 <翌朝、プレハブにダンボールを持ち込む秀樹と朱里>

朱里:重い……!

廣明:おいおい、とんでもねえ量だな。

秀樹:そこら辺に置いていいよ。

廣明:お、おい! 俺のコレクションの上には乗せんなよ!

朱里:(一息ついて)……本当に上手くいくとは思わなかったわ。

秀樹:西島電気店のおばあさんは明け方から起きてるんだ。
   僕らのことは知ってるから、『早めに受け取る』って言えば、出してくれると思ったんだよ。

朱里:慣れてるのね……もしかして大野くんって、盗みの常習犯だったりするのかしら。

秀樹:はじめてじゃないとだけ言っておく。

朱里:ふうん……人は見た目によらないのね。

秀樹:浅野さんが言うと説得力があるよ。

廣明:で、そいつの中身は?

秀樹:灯鈴祭で使う豆電球。プラスチック入りの。

朱里:これを中に吊るして光らせるのよね。

廣明:おー、懐かしいなぁ。これこれ!

朱里:これで終わりじゃただの悪戯よ。
   予備があったら、ただの紛失で片付いちゃう。

秀樹:わかってる。次だ。

朱里:……この電球の本当の受け取り日は明日の夕方だから、それまで大人は無くなったことには気づかないはず。

秀樹:でも、僕らが居なくなったのは少なくとも二人は知ってる。

朱里:二人って、誰?

 間

朱里:……あなたのお母さんと、佐藤先生?
   一緒に居たのね。……別に気にしなくてもいいのに。

秀樹:……僕が出てくるときに店に居たんだ。
   それで僕が……少し言ってしまったから。

朱里:なんて?

秀樹:……浅野さんが死んだら、あなたのせいだって。

 間

秀樹:ごめん。勝手に。

朱里:(ニヤついて)ふふ。それ、いいわね。気に入ったわ。
   ……私が死んだら、あいつのせいよ。

 間

秀樹:次はどうしようか。考えはある?

朱里:ええ……私がまとめてるほうの資料を持ってきて。


 ◆


 <休業中の看板が下げられた喫茶店『オーノ』の店内>
 <光は力なく椅子に座っている>
 <ドアが開く>

光:秀樹さん!?

 間

康介:すみません……僕です。

光:あ、ああ……先生。

康介:お休みに――は、なれませんか。

光:ええ……あの子がいつ帰ってくるかもわかりませんから。

康介:……学校には来ていません。二人共。

光:そう、ですか。

康介:それで……その。警察にも、話をしたんですが……。

光:はい。捜索届けでしたらすぐにでも――

康介:出さないで、いただきたいと。

 間

光:なんて……?

康介:ですから……灯鈴祭が控えているので、大事にしたくはないと。
   もちろん、聞き込みなどは強化するとは言って――

光:なんでよ!

康介:光さん! 落ち着いて……!

光:どうして……! 灯鈴祭なんてどうでもいいのよ!
  子供の命がかかってるっていうのに!

康介:わかってます! ……わかってますから……!

光:……探しに行きます。

康介:光さん!
   ……僕が行きますから! 光さんはお家に居てください。

光:じっとしていられません!
  あの子が今どうしているのか考えただけでもう……!

康介:必ず帰って来ます。帰ってきたときに、お家に誰も居なかったら、また出ていってしまうかもしれない。

 間

康介:これから、浅野さんのお宅にも話をしにいってきます。
   では……。

 <康介は一礼をして店を出ていく>
 <光は椅子に座り込む>


 ◆


 <プレハブ小屋>
 <朱里は和紙を一枚指先で弄ぶ>

朱里:バチが当たるかもね。

秀樹:バチ?

朱里:神社から盗みだなんて。

秀樹:やったのは浅野さんだよ。

廣明:まったく……お前らの行動力には感服するよ。
   次は願い事を書く護符か。

秀樹:まさか神社の事務所の構造も知ってるとはね。

朱里:前にご挨拶に伺ったときに間取りを覚えていたの。
   記憶力、いいのよ。

秀樹:いい人達なんだけどね。
   もうお参り、いけないや。

朱里:行くこともないでしょ。死ぬんだから。

秀樹:……それもそうか。

 間

廣明:なあ……まだ満足しないのか?

秀樹:……満足? どういうことだよ。

廣明:お前らがやってることは誰だって通る道だってこと。
   大人や社会に納得いかない若者達の反抗ってやつなんだよ。
   そういうもんは大抵一時のテンションや、怒りってやつに突き動かされてるだけだったりするんだ。

秀樹:……兄さんはそういう一時のテンションで僕らが反抗してるっていいたいわけ。

朱里:へえ……当たってるかもね。

廣明:俺はお前のことをよく知ってる。
   そして朱里ちゃんがどんな目にあったかも聞いた。
   確かにお前らの周りの大人は、お前らの思う通りにはならないし、お前らを押さえつけたり、支配したりしてるんだろう。
   でも俺は、お前らが大人と同じことをして、それで自由になれるなんて思えないんだよ。

秀樹:うるさいな。

廣明:うるさいと耳を塞ぐのは自由だ。
   でもこれだけはわかっておけ。お前が耳を塞いだということは、お前が『聞かないことを選んだ』ってことだ。
   それでどうなっても、お前の責任だぞ。

秀樹:浅野さん。

朱里:何?

秀樹:これから街に行こう。

朱里:……いいけど。運転はどうするの?

秀樹:僕がやる。

朱里:わかった。
   ……でも、街に行くなら少し寄りたいところがあるの。

 <朱里は髪の毛の匂いをかぐ>

朱里:お風呂入りたい。


 ◆


 <夜。学校の裏門にダンボールを載せたトラックが止まっている>

秀樹:……あった。

朱里:やっぱりこっちで正解ね。

秀樹:搬入、明日じゃなかったっけ?

朱里:日付、ズレたって一度聞いたから。
   製作所のカレンダーにもそう書いてあったし。
   ……人は居ないけど。

秀樹:トラックのドアは開いてる。
   キーも挿しっぱなしかもしれない。

朱里:どうしてそう思うの?

秀樹:この街だとみんなそうだよ。
   家の鍵も閉めないんだ。

朱里:相互監視社会ってやつね……嫌んなる。
   ……キーが挿さったままだとしたら、近くに人がいるんじゃないかしら?

秀樹:……行くしかない。
   僕が運転席にいくから、浅野さんは――

朱里:荷物確認する。

 <秀樹は駆け出して、トラックに乗り込む>

秀樹:よし……! 浅野さん!

朱里:ダンボールの中……! 灯鈴よ!

秀樹:乗って!

 <秀樹はエンジンを掛ける>

朱里:これ……マニュアル車じゃない……! 大丈夫なの!?

秀樹:多分……。
   前に一度、父さんに習ったんだ。

 <秀樹はサイドブレーキを引くと、ゆっくりとクラッチを踏み込む>

秀樹:……走る!

朱里:急いで!

 <校舎から康介が飛び出してくる>

康介:オイ! 誰が――大野!?

朱里:行って!

秀樹:うん。

康介:おい! 降りてこい! 大野!
   朱里ー!

 <校舎を出ると、朱里は思い切りクラクションを鳴らす>
 <プー―――! と甲高い音が鳴り響く>

秀樹:ちょっと……! 浅野さん――

朱里:(大笑い)くくく……あはははははは!
   ねえみた!? あの顔! ほんと傑作!
   ……っざっけんじゃないっての!
   もう二度と! 私の名前呼ぶなっての!
   あははははははは!

秀樹:……ふふ。

朱里:すごいよ! 大野! 私達……!
   本当にやっちゃってる……!
   ねえ……! 車を盗んでるって気づいてる?

秀樹:ああ。気づいてる。

朱里:どう? 気分、良くない?

秀樹:……わからない、けど。

朱里:けど?

秀樹:このまま坂を降りたら……この街を出られるんだ。

 間

朱里:……そうかもね。

秀樹:ずるいよ。大人は。
   いつだって出られるんだ。

朱里:前にもそんなこと言ってたわね。

秀樹:僕らも出るんだ。この街から。

朱里:……ええ。

 <二人を乗せたトラックは山道を走っていく>


 ◆


 <数時間後、学校にはパトカー等の車が止まっている>
 <校門の前で立っている康介の元に、光が駆け寄る>

光:先生!

康介:……光さん。

光:うちの子が居たって! 本当ですか!

康介:はい。

光:どこに! どこに居るんですか!

康介:電話でお話した通りです。
   硝子製作所の軽トラックを盗んで行くのを、僕が見ました。

光:……あの子が、そんなことを……!

康介:ご覧の通り、警察が動くそうです。
   すぐに光さんにも事情聴取をと――

光:探します!

康介:光さん。

光:あの子が何をしようとしてるにしろ……私が見つけないと!

康介:ですが――。

光:私は、あの子の母です!

康介:光さん……。

 間

康介:……そこに僕の車があります。
   とりあえずここを離れましょう。

光:え?

康介:僕も一度話したいんです……浅野さんと。

光:……お願いします。

 <二人は康介の車に乗り込む>

康介:どこか、心当たりはありますか。

光:……心当たり。

康介:離れ山の方から車で周ります。
   思いついたら仰ってください。

 間

光:……あの子、何度も言ってたんです。

康介:何度も?

光:お店、やめてもいいって。

 間

康介:……やめたいんですか? 光さんは。

光:そんなこと……考えたこともないです。
  ただガムシャラにやってきたので。

康介:それが……秀樹くんには無理をしているように見えたんでしょうか。

光:どうなんでしょう。
  ……なんにしても、私がこんなだから……あの子は……。

康介:やめましょう。こんな時ですから……。

光:……ええ。

 間

光:秀樹さんは、いつも帰りが遅くて……。

康介:え?

光:ここ最近は特に……。

康介:居場所に心当たりは?

光:いえ……友達の家というのも考えてはいたんですけど。

 間

 秀樹(声だけ):ここに父さんがいるわけじゃないだろ。

光:……ヒロキさん。

康介:え? 何か――

光:もしかして……!
  先生! 裏を通って、街の東側へ!


 ◆


 <プレハブ小屋>

朱里:見た? 私の駐車、完璧じゃなかった?

秀樹:うん。上手かった。

朱里:大野もすごかった。運転!

秀樹:簡単だよ意外と。
   ……兄さん! ただいま! やったよ! 成功した。

 <プレハブ小屋に廣明の姿はない>

秀樹:兄さん?

朱里:……出かけてるんじゃない?

秀樹:まあいいや。
   さぁ、これで揃った。

朱里:灯鈴祭は完全に盗んでやった。

秀樹:ああ。

 間

朱里:それで、どうする?

秀樹:え?

朱里:次はどうするの。

秀樹:次は……。

朱里:……じゃあ、死ぬ?

 間

秀樹:……ああ、でも――

朱里:怖気づいた?

 間

朱里:案外、あなたのお兄さんの言う通りだったのかもね。
   ……大人への反抗。それだけ。
   満足しちゃったら、わりと動機なんてどうでもよくなって――

秀樹:違う。

朱里:じゃあ、何?

秀樹:……僕は――

 <プレハブ小屋のドアが閉まる>

朱里:え? ドアが――

秀樹:兄さん。

 <ドアの前に廣明が立っている>

秀樹:なんだよ。怖い顔して。

廣明:……もういいだろ。

秀樹:何が。

廣明:もういいだろ。秀樹。
   もう、帰れ。

 間

廣明:朱里ちゃんの言う通りなんだろ?
   ムキになんなよ。

秀樹:ムキになんてなってない。

廣明:じゃあなんなんだよ。言ってみろ。
   お前は何がしたいんだよ。本当に死んで楽になりたいのか?

秀樹:違う!

廣明:じゃあなんだ。

秀樹:確かに反抗かもしれない……。
   でも、できたんだ! 僕らは確かにこの街から出れるんだ!
   呪いなんだよ……! 灯鈴祭は!
   僕らをここへ縛り付ける呪いだったんだ!
   でも、それも全部僕たちが盗んでやった!
   どうだよ! ざまあみろってんだ!

朱里:……大野。

秀樹:僕たちはこれでちゃんとここから出れる!
   僕たちは選択できる……! 生きることも、死ぬことも!
   誰にも決められやしない!

廣明:誰にもそんな権利はない!

秀樹:今は違う! 僕は、もう死ぬって決めたんだ。

朱里:大野……!

 <朱里は秀樹を抱きしめる>

秀樹:浅野さん、離せよ。

朱里:大野さ……。

秀樹:なんだよ。

朱里:……お兄さん、いないの、わかってる?

秀樹:は? 何いってんだよ。

朱里:大野には兄弟なんていないんだよ。

秀樹:意味分かんないこというなよ……!
   兄さんならそこにいるだろ!

朱里:いないんだって!
   ……ずっと、居ないんだって。

 間

朱里:……あなたにしか見えないの。

 <秀樹の視線の先で、廣明はじっと立っていた>

秀樹:兄さんは……そこに……。

朱里:狭い街だもの。皆知ってるわよ。大野の家、すごい大変だったんだってこと。

秀樹:違う……。

朱里:小学校のときにご両親が離婚して――

秀樹:違う……!

朱里:中学校の時にお父さんが再婚したけど――

秀樹:違う違う違う違う!

朱里:お父さんも一年前に、ご病気で亡くなられたって。

 間

秀樹:……ああそうだよ!
   でも兄さんは本当にいる! 小学校の時に両親が離婚して!
   兄さんは母の方についていったんだ!
   だけど、一年前にこの街に帰ってきて――!

 <秀樹は小屋の中のものを手に取る>

秀樹:ほら見てよ! 兄さんは多趣味だから! 色々俺に教えてくれるんだ!
   音楽とか! ファッションとか! 都会の遊びとか色々!

朱里:……これ全部、何十年も前のものだよ。

秀樹:そんなの! オールディーズが趣味で……!

朱里:お兄さんのお名前は?

秀樹:それは……!

朱里:……大野廣紀(おおのひろき)、これ、アルバムに名前が書いてあるけど……。

 間

朱里:これ全部……お父さんの遺品。でしょう?

 <秀樹は泣き崩れる>

秀樹:ちが……そんなの……ちがうよ……!

朱里:……ごめんね。最後まで話、合わせてあげられなくて。

廣明:……いい子だなぁ。秀樹。本当にこの子はいい子だ。

朱里:大野が今、何言われていたのかは私にはわからないけど……。
   その……あなたの話している人も――心配してるんじゃないの。

廣明:お前な。こんないい子巻き込んでるっての、わかってるか。

朱里:私は……まあ、いいのよ。佐藤先生のあんな顔見れてスッキリしたし。
   親だって一応は心配してるだろうから……死ぬっていったの、取り消してもいいよ。

秀樹:……駄目だ。僕にはまだ……。

朱里:……いいよ。なにするっていっても付き合ってあげるわ。

 間

秀樹:……僕は、許せないんだ。

朱里:……うん。

秀樹:……父さん。

 <秀樹は立ち上がる>
 <廣明は正面に立っている>

秀樹:父さんは、勝手だ。

廣明:ああ。

秀樹:離婚だって、僕は頷くしかなかった。

廣明:ああ。

秀樹:病気で死んじゃうのも父さんのせいじゃないってわかってる。

廣明:ああ。

秀樹:でも、だったら、わかってるよ! 父さんのせいじゃないってわかってるけどさぁ!
   ……あの人と……! 母さんはどうなるんだよって!
   俺がいるから……! 父さんが遺した店だから……! 俺が育った街だから!
   父さんが育った街だから! もうそんなん頭おかしくなんだよッ!
   好きだとか優しさとかでどうにかなるもんじゃねえって!
   初めて家族で行った灯鈴祭の思い出なんてさぁ!

 間

廣明:秀樹。俺は、何も言えないよ。

秀樹:知ってるよ! ずっと俺の頭の中にいるだけの、妄想だ……!
   父さんじゃない!

廣明:確かにそうだ、
   俺は、大野廣紀の遺したビデオに写ってる二十そこらの大野廣紀から、お前が想像してるイメージだからな。

秀樹:なんだよ……! わかってても消えてくれねえよ……!

廣明:……でも、それでも、お前の思う大野廣紀なんだよ。俺は。

 <腰に手を当てる廣明。その瞳は先程よりも強い意思を宿している>

廣明:秀樹。もう終わらせろ。

 間

廣明:秀樹。俺は確かにお前達を遺して行ってしまった。
   だが、俺はいつだってお前達の側にいるっていったよな。
   病室で、そう言った。

秀樹:父さん……本当に――

廣明:もうここには来るな。

秀樹:でも、俺は……。

廣明:送るんだ。お前が。

秀樹:送る?

廣明:ああ。

朱里:送る……。灯鈴祭……?

秀樹:……え?

朱里:ごめんなさい……だけど、ええと……。
   灯鈴祭には、二つの意味があるのよ。
   灯鈴を灯して秋口に死者を迎え入れて――送り出す。

秀樹:死者を送り出す――それって。

 間

廣明:(微笑んで)送り出してくれるよな。

 間

秀樹:……何が変わるんだ。それで。

廣明:もう変わっただろ。お前は。
   街は変わらない。人間も、環境も変わらない。
   変わることができるのは、自分だけだ。
   ……生きている、自分だけなんだ。

 <秀樹は立ち上がる>

秀樹:……荷物。積もう。

朱里:これ全部? どうするの?

秀樹:……死者を送るなら、こんな汚いプレハブ小屋じゃ駄目だ。

朱里:わかった。
   (飛び上がって)ひゃあ!

秀樹:どうかした?

朱里:いや……いま耳元で声がした気がして……。
  (笑って)……セクハラされたのかも、お父さんに。

秀樹:勘弁してくれ……。


 ◆


光:ここです!

康介:ここは……こんなところに空き地が……。

 <二人は空き地で止まる>

康介:あのプレハブ小屋は。

光:ここは、うちの夫の持っていた土地で。
  生前……ここに家を立てようと話していたんです。
  夫が亡くなってからは、前の持ち主が置いていったプレハブ小屋だけがあって……。

 <光は小屋に近づく>

光:夫の遺品を、こちらに移していたんです。
  ……もしかして、あの子はここに……。

 <光はゆっくりとドアを開ける>

光:やっぱり……! 電気がついてる!
  秀樹さん! 秀樹さん! いるの!

康介:あの……光さん。

光:はい、なんですか?

 <康介はじっと立ちすくんでいる>

康介:いえ……すみません。
   何故かここに入るなと言われている気がして。

光:……ええ。車で待っていてください。

 <ふらふらと車へ向かう康介を横目に、光は小屋の中へと入る>

光:……ここにいたのね……秀樹さん。
  こんなコンビニのものばかり食べて……。

 間

光:これ……そう。そうね……。廣紀さんの……。

廣明:……光さん。

光:ああそう……これは見たことがあるわ……。
  そうね……うん……。なんだか……やだ……。

 <光は涙を流している>

光:廣紀さん……私……。
  ずっと……整理できなくて……ごめんなさい……!
  こんなに散らかしてしまって……!
  ……そうなの……秀樹さんはずっとここで……!

 <光は部屋の奥にある骨壷に歩み寄る>

光:あの子ったら……あなたをこんなところに連れ出して。
  私、気づかなかった……!

廣明:……光さん。

光:ごめんなさい……! あなた……!

廣明:ごめんなさい。光さん。

光:あなたがもう居ないだなんて……!
  認められなかったの!
  だって! あなたが居ないだなんて! 耐えられるわけがないじゃない!

廣明:ごめんなさい。光さん。

光:あの子を守れなかった……!

廣明:君は光だよ。

光:あの子を……!

廣明:君は――俺たちの、光だよ。

 間

光:……廣紀さん? いるの?
  いるの! ここに!

 <廣明は、そっと光の手に自分の手を重ねる>

光:廣紀さん……。私……。

 <廣明が、机の上の紙をそっと地面に落とす>

光:え……? これ……秀樹さんの字……。
  『灯鈴祭は予定を変更して今夜……神社の上の広場にて執り行います――』


 ◆


 <秀樹と朱里は、神社の上の石階段の上に座っている>
 <石階段には一段ごとに豆電球のついた灯鈴が置かれている>

朱里:疲れた。

秀樹:うん。

朱里:でも、壮観ね。

秀樹:……うん。

 間

朱里:階段に灯鈴置いてる時、何を考えていた?

秀樹:……あと何段あるんだろうって。

朱里:なにそれ。つまらない。

秀樹:そういえば……父さん、なんて?

朱里:さっき? ……さあね。
   でも、思ったよりも嫌じゃなかったわ。
   心霊とか、苦手なんだけど。

秀樹:人の親だぞ。

朱里:……そうね。ごめん。

秀樹:……冗談だよ。

 間

秀樹:ありがとう。浅野さん。

朱里:私の方こそ。ありがとう、大野。

秀樹:本当は、嫌だったんだ。
   灯鈴祭の係。

朱里:知ってる。
   私も嫌だったもの。

秀樹:でも、浅野さんと一緒で良かったって、思ってるよ。

朱里:死ぬ前は皆素直になるものね。

秀樹:ああ。これで最後だから。
   ……今までの僕たちは、これで終わりにしよう。

 <秀樹は立ち上がる>

秀樹:みてよ。明かりが登ってくる。

朱里:流石に大人たちも気づいたみたいね。
   いい気味よ。見上げる立場に慣れてないんだから。

秀樹:先頭の二つは――きっと母さんと、佐藤先生だ。

 間

朱里:……ねえ、大野。

秀樹:うん。

朱里:手、繋ごう。

秀樹:うん。

 間

朱里:少し、怖いな。会うの。

秀樹:ああ、僕も。

 間

朱里:……これだけじゃ、駄目かも。

秀樹:え?

朱里:このまま捕まったんじゃ、ちゃんと送れない!
   ねえ! 急いでこの紙に書かないと!

秀樹:そうか……護符が死者の出入り口になるんだ……!
   でも、書くって何を!?

朱里:わからないけど……!
   普通の灯鈴祭なら、願いとか――

秀樹:わかった。

 <朱里はポケットからペンを取り出す>

朱里:これで書いて!

秀樹:うん。

 <秀樹は紙に自分の名前を書く>

朱里:おおの、ひでき。

秀樹:浅野さんも、書いて。

朱里:……わかった。

秀樹:……待って。これ。

 <秀樹は鞄から箱を取り出す>

朱里:それって……。

秀樹:家から盗んでやった。
   先生が、うちの母さんに渡した風鈴。

朱里:(吹き出して)はははは! ……大野秀樹! 最高!

秀樹:とりあえず護符に名前書いて。
   豆電球通して灯鈴にする。

朱里:わかった!

 <秀樹は青い風鈴に豆電球を通す>
 <朱里は護符にペンを走らせる>

秀樹:あさのじゅり……。結ぶよ。

朱里:うん。

 <階段の下から光と康介が上がってくる>
 <光は胸に骨壷を抱えている>

光:秀樹さん!

康介:大野! 浅野!

秀樹:……浅野さん。手。

朱里:うん。

 <二人は手を繋ぐ>

光:秀樹さん……! ごめんなさい! 私……!

秀樹:母さん!

 間

秀樹:父さんが離婚して! 新しく母さんが来て!
   でも父さんは――父さんは死んだ!

光:秀樹さん……!

秀樹:母さんは毎日朝から晩まで働いて!
   毎晩寂しそうに父さんに話しかけて……!
   元々景気のいい店じゃないだろ! 手放してしまえばいいのに!
   一年前の葬式のときから、ずっと父さんが死んだことで泣いてないのも知ってる!

光:秀樹さん……ごめんなさい……!

秀樹:謝るなよ! 悪いのは俺なんだからさ!
   辛かったんだよ! 母さんの顔見てたら!
   一緒なわけ無いだろ……! 父さん死んだんだぞ!
   父さんが死ぬ前と、同じ生活なんてできるわけないだろ!
   俺は、この街大嫌いだ……! もう居たくないんだよ!

光:うん……うん……! そうだね……!
  わかってる……! 母さんもわかってるよ……!
  わかってて、でも、あなたに押し付けてたんだよね……!

秀樹:……父さん居なくて寂しいよ……!
   でも、俺たち二人で、新しく生きるためには!
   父さんには……! ちゃんと――

 <廣明は光の横に立っている>
 <秀樹は泣きながら灯鈴を握りしめる>

秀樹:父さん……!

 <その横で、朱里も泣きながら秀樹の手を握りしめる>

朱里:大野……! ちゃんと送ろう……!

秀樹:父さん……!

廣明:……秀樹。光さん。
   俺はお前達を置いていってしまうかもしれない。
   無念だ。本当に、申し訳なく思う。
   でも、俺はいつだって二人のことを想っている。
   いつだって側で見守っている。
   二人は俺にとっての総てで、俺が生きてきた理由だ。
   光さん。君は俺と秀樹にとって光だ。
   秀樹。お前は俺と光さんにとっての未来だ。
   二人と一緒に光ある未来を生きていって欲しい。
   俺は――本当に愛しているよ。

秀樹:父さん!

廣明:行くんだ! 秀樹!
   どこまでだって行け! ここから見える景色のずっと向こうまで!

 <秀樹は灯鈴を思い切り投げる>

秀樹:いけえー!!



廣明:秀樹の投げた灯鈴は、空の彼方へと飛んでいく!
   俺はその光を目で追って、そして――



朱里:……お父さんは?

秀樹:……さあ。でも……もう、見えない。

光:秀樹さん……。

秀樹:本当にごめん。母さん。
   でも、もう少し待って欲しい。

光:……わかったわ。待ってるわね、お家で。

秀樹:うん。今度は、帰るよ。

 間

秀樹:浅野さん

朱里:……本当にやるの。

秀樹:うん。まだ怖い?

朱里:……ううん。全然。

 <朱里は康介の方を睨みつける>

朱里:私! 本気だった!

康介:……浅野。

朱里:多分、あなたも少し本気だった!
   そうでもなかったら、生徒に手を出すような人ではなかったもの!

光:……佐藤先生……あなたは……!

康介:……事実です。

朱里:別に後悔してるわけでもないし!
   惨めなのは今更だし!
   大野に引っ張られてここにいるけど、一人だったらここまでこれなかった!
   今までの私はここで死ぬの……!

康介:浅野。俺、ちゃんと認める。
   お前とのこと、ちゃんと償うつもりだ!
   傷つけるつもりはなかったんだ! 本当に俺は、お前に申し訳ないと思ってる……!
   本当に……! 本当にすまないーー

朱里:だからさぁ……! 私を舐めるんじゃないわよ!

 <朱里は灯鈴を握りしめる>

朱里:関係を解消するために土下座するような男!
   そんな男! もう二度と、好きになるもんか!

康介:朱里……。

朱里:自分の居場所を作るために取り繕うもんか!
   黙って奪われるもんか!
   黙って従うもんか!
   誰の顔色も伺わない! 誰のためにも生きない!
   私は私のために生きるの!
   こんな辛気臭い街なんかすぐに出てってやるわよ!
   それで、思いっきり海で泳いで! やりたいこと探すの!
   わかったでしょう!? もう――

 <朱里は笑顔で灯鈴を振りかぶる>

朱里:あんたみたいな男! こっちから願い下げなのよ!
   ばーーか!!!!

 <朱里の投げた灯鈴は、まっすぐに康介の方へ飛んでいく>

康介:うわ――

 <パンと音が鳴る>
 <灯鈴の破片から逃げるように、佐藤は足をばたつかせている>

朱里:ふふ……みてよ、あの情けない顔。

 間

朱里:……ねえ。ちゃんと……死ねた?

秀樹:ああ。死ねたよ。

朱里:うん。私も。

 <二人は手を繋いだまま街を下に、景色を見つめている>
 <視界の先は遥か遠くまで見通せている>

秀樹:……なんだ。

朱里:ん?

秀樹:改めて見ると……この街から見る景色って、結構綺麗じゃないか。

朱里:ええ……本当。こんなに広かったんだね。


 ◆


秀樹N
 :僕の住む『信陽町(しんようちょう)は、人口は四千人。市の端に聳える山の斜面に沿って広がっている。
  山の下の駅からはケーブルカーで十分は登る。
  急坂のせいか、背の低い住宅が巣箱のように張り付いている。
  よく景色が綺麗だ、なんて県の紹介に使われたりする――だけど、なんてことはない。
  この街から見える景色のすべて。見渡せたすべての場所に、人生があることを僕は知っている。
  この街は、僕達の罪を覚えてしまった。
  やったことよりも多くの償いを求めてくることはなかったけれど、それでも僕たちを許すことはないだろう。
  周囲は僕たちを煙たがり、しばらくもすると、僕たちはこの街を出ることになる。
  彼女は僕よりも少し早く、ケーブルカーに乗っていった。
  昔住んでいた街に戻るのだと、ホームで見送る時に、彼女は嬉しそうに僕の胸を叩いた。
  彼女のことを悪くいう人間もいたが、それよりもある男性の告白の衝撃の方がこの街にとっては大きかった。それはまた別の罪の話になる。
  彼女はまた会いたいと言っていたが、僕たちは最後まで約束をすることはなかった。
  縁があればどこかでふと会うこともあるだろう。そう言って僕たちは別れた。
  そういえばこの街では再来週。一月遅れではあるが、祭りを行うらしい。
  そうして来年もまた、きっと灯鈴はこの小さな街を照らすのだろう。
  僕は母方の祖父の運転する車で、今日、この街を降りる。
  山の斜面を下りながら、車窓に映る街を目に焼き付ける。
  僕にとって、この街は――小さな明かりとなって、瞼の裏で光り続けるだろう。
  もう、振り返りかえることはない。光は未来へと続いていくだろうから。





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