スイートポテトガールズ
作者:ススキドミノ


【※最初に】
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大井シホ(おおい しほ):25歳。女性。都会から少し離れた『九廊町(きゅうろうちょう)』の九廊中学校に越してきた新任教師。
佐々木サヤカ(ささき さやか):14歳。女性。九廊中学校の2年2組。大人しく、内向的。
相馬ハジメ(そうま はじめ):14歳。男性。九廊中学校の2年2組。クラスでも孤立している素行不良の少年。
金森セリナ:(かなもり せりな):14歳。女性。九廊中学校の2年2組。クラスでも明るく友人も多い。運動部に所属している。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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シホN:私は、今年の春にこの九廊(きゅうろう)中学校に不妊してきた。


 <九廊中学校・二年廊下>

セリナ:シホ先生ー!

シホ:金森さん。このあとは部活?

セリナ:うん! そうだよ! 先生はまだ帰らないの?

シホ:私は帰れないわよ。まだ色々あるから。

セリナ:そうなんだー。大変だね!

シホ:金森さんも大変でしょう? 勉強も部活も。

セリナ:まあねー。でも部活は楽しいからねー。

シホ:先生も、お仕事楽しいからねー。

セリナ:えー!? うっそだー! 絶対ウソだよ!

シホ:ほんとだよー? すっごく楽しいもん。

セリナ:絶対やせ我慢してる!

シホ:そんなことありませーん! ほらほらー。遅刻しちゃうよ?

セリナ:うん! それじゃあ、さようならー!

シホ:はいはい! 廊下走っちゃだめよー!


シホN:教師を始める前は、色々と考えすぎていたこともあるが、実際に赴任してみると、思った以上に楽しい毎日だった。
    同僚の教師もみな熱意があり、生徒達に対する考え方もためになることばかりだ。
    早々に二学年のクラスの副担任を任されたことにも、プレッシャーを感じてはいるが、
    早くそんな同僚の教師に追いつきたい私にとってはありがたい話だった。
    この学校の生徒は、勉強にも熱心で根が素直な子ばかりだ。
    初めての土地で、初めての経験だらけの毎日は――充実している。


 スイートポテトガールズ。


 <二年二組・教室>


セリナ:先生ー! これ! みんなのプリントね!

シホ:ありがとう。全員分集まった?

セリナ:え? えーと……うん。えっとね、一人だけまだかなー。

シホ:もしかして、相馬君?

セリナ:うん。多分。

シホ:そう。ありがとう。相馬君からは先生がもらっておくから。

 <シホは席に座っているハジメに近寄る>

シホ:(ため息)……相馬くん。

 間

シホ:相馬くん?

ハジメ:……なんすか。

シホ:プリント、書いてくれたかしら?

ハジメ:は? 何の。

シホ:進路希望調査の紙。今朝の学活で配られたの。持ってるわよね。

ハジメ:……さあ。

シホ:さあじゃなくて……まだ書いてないならそれでもいいからね。
   ほら、一回出してくれる?

ハジメ:知らないって。どっかやった。

シホ:……じゃあ、コピーしに行くから、一緒に職員室までついてきてくれるかな。

ハジメ:あるって、どっかには。

 <ハジメは席を立つと鞄を掴む>

シホ:わかった……明日私のところに持ってきてね。

ハジメ:……はいはい。

シホ:気をつけて帰ってね。また明日!

ハジメ:おい……お前ら道塞ぐな。邪魔なんだよ。

 <ハジメの背を見送ると、シホは腰に手をやる>

シホ:……まったく。

セリナ:せんせー! さよならー!

シホ:はいさようなら! また明日ね!


シホN:相馬ハジメは、このクラスの中でも浮いている生徒だ。
    浮いている――というよりも、孤独を望んでいるように見える。
    周囲には攻撃的で、反抗的。しかし、思春期の男子にはこういった一面があるのは、普通のことであるともいえる。
    しかし、周囲の生徒が物分りがいいが故に、彼のような生徒はより孤独に陥ってしまうのだろう。
    赴任からひと月あまりが経つ。
    私は相馬ハジメと打ち解けようと、できるだけ会話をするようにしていが、なかなか彼を知るのに苦労していた。
    彼は帰りの学活をサボる時もある。その日は教室に鞄だけを置いて姿を見せなかった。
    私は、放課後に彼の姿を探した。もし話をするのなら、こういうときが良いはずだ。
    彼がいるとしたら、きっと人気のない場所だと思った私は、
    彼を探して、普段は生徒の立ち寄らない旧校舎裏へと向かった。
    そして――旧校舎の影に差し掛かった時、声が聞こえた。


ハジメ:おい……何とか言えよ。

 間

ハジメ:何とか言えっつってんだよ!


シホN:私はとっさに校舎の影に隠れた。
    声の主は間違いなく相馬ハジメに違いなかった。
    しかし、もうひとり誰かいるようだった。


ハジメ:知ってんだぞ、俺は。
     ……どいつもこいつもダンマリだが、俺は知ってる……!

サヤカ:知ってるって……何を?

ハジメ:お前が何してんのかをだよ!


シホN:私は影から様子を覗き見て驚いた。
    相馬ハジメに詰め寄られているのは、彼と同じく二年二組の佐々木サヤカという女生徒だった。
    佐々木サヤカは、私が担当するクラスの中でも特に目立たない、おとなしい生徒だ。
    黒髪に眼鏡をかけて、いつも俯き気味な姿をよく見る。
    そんな彼女と相馬ハジメに接点が合ったとは――ますます私は出て行きづらくなっていた。
    もし二人が交際しているような間柄だったら、私はどうすればいいのだろうか。
    考えているうち、相馬ハジメは佐々木サヤカの腕を掴んでいた。


サヤカ:痛いよ相馬くん……離してよ……。

ハジメ:何知らんふりしてやがんだよ……!
    お前の口で言えよ……! 自分がどんな人間かってな……!

サヤカ:……だから、なんのこと?

ハジメ:いいから言え! 言っとくけど言うまで逃さねえからな……!

サヤカ:もしかして……録音でもしてるっていうの……?

ハジメ:だったらなんだってんだ!


シホN:流石に暴力沙汰はまずい――私が飛び出そうとして瞬間だった。


サヤカ:へえ……。


シホN:佐々木サヤカが、笑ったのが見えた。
    その顔を見た瞬間――私は背筋が震えるのを感じた。


サヤカ:意外と、頭が回るのね。

ハジメ:……余裕ってか? そりゃそうだよな、お前は――。

サヤカ:ダメよ。

ハジメ:は?

サヤカ:それ以上は、口にしないほうがいいわ。

ハジメ:てめえ……自分の立場がわかってんのか?

サヤカ:ふふ。それ、面白い。

 <サヤカはハジメに背を向けた>

サヤカ:いやよね。中途半端って。

ハジメ:中途半端……? なんの話をしてんだ……!

サヤカ:良くもなく、悪くもない。
    あなたって、運動もそこそこだし、勉強もそこそこ。

ハジメ:喧嘩売ってんのか……!

サヤカ:褒めてるのよ。でも、こんな中途半端な街だと、中途半端に生きるのって悪くないのよ。
    だからみんな、楽しく生きていられる。そこそこに頑張れば、そこそこの見返りが返ってくるもの。

 <サヤカは振り返ると、ハジメの頬に手をのばす>

ハジメ:な……! 触んな!

サヤカ:ねえ。どういう気持ちなのかわかるわ。

ハジメ:何がだよ……!

サヤカ:あなたは、退屈。不安。孤独。
    周りとは見ているものが合わず、価値観も合わず、途方に暮れている。
    なぜならあなたは、中途半端よりも少しだけ頭が良くて、少しだけ広い視野を持っている。

ハジメ:何が言いたいんだよ!

サヤカ:褒めてあげてるの。ここにたどり着いたってことを。
    ひと月でたどり着いた人は、そう居ないから。


シホN:それは――その姿は、私の知る佐々木サヤカのそれではなかった。
    慈愛に満ちた眼差しと、狂気すら感じるような余裕。
    その瞬間の彼女は、今まで出会ったどの人よりも、異質な雰囲気をしていた。
    佐々木サヤカは、ゆっくりとハジメの耳元に口を近づけた。
    果物にでもかじりつくかのように自然に――。


サヤカ:だけど、おしまい――。


シホN:そこからは聴こえなかった。
    しばらく佐々木サヤカが何かをつぶやき、顔を離すと――相馬ハジメは怯えきった顔で宙を見つめていた。


サヤカ:腕、掴んだわよね。痛かった。

ハジメ:……あ、いや……。

サヤカ:許してあげるから、ほら。跪いて。


シホN:私は息を呑んだ。一体目の前で今、何が行われようとしているのか。
    驚くべきことに、あれだけ息を巻いていた相馬ハジメが、ゆっくりとその場に跪いたのだ。


ハジメ:……どう、すればいい。

サヤカ:靴、なめて。

 間

サヤカ:早く。

 間

ハジメ:……わかった。


シホN:私の知る限り、こんなことは普通ではない。
    私は思わずその場を逃げるように立ち去った。
    気付かれないように、そして身体の震えが気にならないようにできるだけ早足で。
    今見たものが、出来の悪い悪夢であることを祈りながら、歩いた。


 ◆


 <一週間後・教室>

シホN:あの校舎裏での出来事をみてから一週間が経った。
    あのときの光景がまだ頭から離れない。
    私はあれから、あのとき居た二人のことを注意深く観察するようにしていた。
    相馬ハジメは、以前とは随分と様子が変わっていた。
    相変わらずクラスの中では浮いているようではあったが、私が話しかけると、一度驚いたように肩を震わせたあと、不安げな顔でこちらを見てくる。
    学活が終わると逃げるように帰る姿は、どこか痛々しい。
    一体彼に何が起こっているのか――それを知る鍵は、佐々木サヤカだ。


サヤカ:先生……。

シホ:え? 何?

サヤカ:今日の日誌……書けたので……。

シホ:え、ええ。そう。ありがとう。

サヤカ:いえ……。


シホN:佐々木サヤカは、変わらない。
    いつものように物静かに、教室の中に溶け込んでいる。
    あの時、校舎裏で見せたような表情は一切見せないのが、余計に不気味だった。
    私があの日見ていたと知ったら彼女はどうするだろうか――そう考えた時もあったが、なぜだかそれは避けたほうがいい気がしていた。
    しかし、このまま彼女のことを放っておくわけにもいかなかった。
    盗み見をしていたせいもあり、同僚にも相談はできない。
    これは、私がしなくてはならないことなのだ。


シホ:金森さん! ちょっといいかしら。

セリナ:せんせー? 何?

シホ:少し、お話しない?

セリナ:お話? え……成績のこと……?

シホ:ううん、そうじゃなくてね。ちょっとした雑談なんだけど。

セリナ:それならいいよー! ちょっとまってー、体操着置いてくるー。


シホN:これは観察していてわかったことだが、金森セリナは、クラスの中で唯一佐々木サヤカと仲がいい。
    たまに休み時間に話している金森セリナなら、佐々木サヤカのことを何か知っているに違いない。
    私は、彼女と人気のない中庭で話をすることにした。


 <放課後・中庭>

セリナ:それで、話って?

シホ:え? うーん、そうね。部活はどう?

セリナ:ばっちりだよ! 去年よりタイムが一秒近くも早くなったんだ!

シホ:すごいねえ! 短距離だったっけ?

セリナ:うん! そうだよ! 先生って学校のころはどんな部活に入ってたの?

シホ:私はね、弓道部だったよ。

セリナ:弓道って、弓の?

シホ:そうそう。袴を着て、大きな弓を引くの。

セリナ:へえー! かっこいい―! やってみたいかも!

シホ:うちの学校にも弓道場があればよかったんだけどね。

セリナ:袴とか着てみたいよー……絶対いいもんなー。

シホ:陸上のユニフォームもかっこいいじゃない。

セリナ:陸上はねえ、焼けるしさぁ。やっぱ男子からも人気ないよ。

シホ:あら。金森さんは男子からモテたいの?

セリナ:モテるとかは興味ないけどねー、好きな人とかできたらさぁ、やっぱりいい格好はしたいかなぁ。

シホ:金森さんなら大丈夫よ。……あ、そうだ。金森さんって、クラスで仲良い人って誰?

セリナ:え? うーん、まあみんな仲良いけど……ユーちゃんとか、ホタカちゃんとかかなぁ。
    よく遊びに行ったりするのはー、あとショウコちゃんとか。

シホ:うんうん。他には?

セリナ:えー? 他にー?

シホ:例えば、佐々木さんとかどうかな?

 間

シホ:……金森さん?


シホN:私が隣を見ると、金森さんは先程までは楽しげな顔で笑っていたとは思えないような無表情で、
    じっと私の顔を見つめていた。
    私の背筋に悪寒が走った――しかし、彼女は表情を崩すと、頬をかいて笑った。


セリナ:うん! サヤカちゃんも仲良しだよー。

シホ:そ、そう。

セリナ:それで? サヤカちゃんがどうしたの?

シホ:え? ああいや、別に何かあるわけじゃないんだけどね。

セリナ:うんうん。

シホ:ほら! 佐々木さんって、クラスでもひとりがちだから、どんな子なのかなーって。

セリナ:サヤカはねえー、おとなしいけどすごくいい子だよ!
    勉強もできるし! それに、結構冗談もうまいんだ!
    絵も上手だから、先生の似顔絵とか書いたりね!

シホ:じゃあ結構喋ったりするの? 二人ではどんな話をしたり?

セリナ:うーん、普通にテレビの話とか?

シホ:ニュースとか?

セリナ:え? いや、バラエティとかの話かなー。私はニュースみないもん。

シホ:そっか。じゃあ佐々木さんとは――。

セリナ:先生ー、もう部活行かないとなんだけど……!

シホ:え? ……ああ、そっか。そうだよね。
   ごめんなさいね、長くなっちゃって。

セリナ:ううん! 楽しかったよ! またお話しようね!

シホ:うん! 部活頑張ってね。

セリナ:はーい!

 <セリナはその場を去る>

シホ:……やっぱり、あれはなにかの見間違い……?


シホN:金森セリナの話を聴いて、私は心のどこかで安心していた。
    もしかしたら、あのとき見たものは私が見た白昼夢で、佐々木サヤカは普通の女生徒だったのかもしれない――
    そう思いたかったし、そう思うほかなかったのだ。
    しかし――その日の夜、私は思い知ることになるのだ。


 ◆


シホN:その日の夜、自宅で夕食を準備していると、携帯電話に着信が入った。
    未登録の番号だったが、私はなんとなしにその電話に出た。


シホ:……もしもし?

ハジメ:……大井シホ……。

シホ:え? ……一体誰……?

ハジメ:……今から……九廊中学校の旧校舎に……来い……。

シホ:……誰なの? 一体どうして私の――。

ハジメ:いいから!

 間

シホ:その声……相馬君? 相馬君よね? 二年二組の。

ハジメ:……クソッ……!

シホ:誰か側にいるの? 今学校にいるの?

ハジメ:いいからきけ! 学校には来るな! あと――。

シホ:相馬君? 何があったの!?

ハジメ:あと! 今すぐ荷物をまとめて! この街をでろ!

シホ:街を――何を言ってるの!?

ハジメ:このままじゃあんたも! 佐々木サヤカに――(通話が切れる)。

シホ:もしもし! もしもし!? 相馬君!?
   何なのよ! 一体……!


シホN:私は上着を手に取ると、部屋を飛び出した。
    車に乗り込むと、学校へ向かう。
    頭の中はずっとパニックで、一体何が起こっているのか、何一つ想像ができなかった。
    しかし、相馬ハジメと思しき電話の主の切迫した口調と、彼が言った『佐々木サヤカ』という名前だけが頭を揺らしていた。


シホ:学校……旧校舎って言ってたわよね……!


シホN:校門の前に車を止めると、私は校門の柵に足をかけた。
    こんなことをするのは学生ぶりだ――少し躊躇するが、そのまま校門を乗り越える。
    守衛室を覗き込んでみるが、人影はなかった。
    木造の旧校舎が目の前に見えてくる。
    林と隣接しているそこは、本校舎よりも一層暗くそこにあった。
    私は携帯電話のライトを点灯させると、震える手で周囲を照らした。

シホ:相馬君! どこにいるの!?

 間

シホ:相馬君! いるんでしょ!? どこにいるの!? 返事をして!

 間

シホ:相馬君――。

ハジメ:やめろ……!

シホ:相馬君!?


シホN:微かに聞こえた声を探す。
    月明かりに照らされた旧校舎――屋上に人影が見えた。


シホ:相馬君! 何をしてるの!?


シホN:相馬ハジメは、足を震わせながら、屋上のフェンスの外側に立っていた。
    二階建ての旧校舎――屋上は、三階相当になる。
    もし落ちでもしたら、ただではすまないだろう。


シホ:そ、相馬君! 危ないから! あ、危ないからすぐに戻りなさい!

ハジメ:せ、先生?

シホ:そうよ! 先生来たから! 安心して!
   いいから降りて! 話をしましょう! ね!?

ハジメ:せんせえ……! なんで来ちゃったんだよ!

シホ:なんだって……! そりゃあ来るわよ!

ハジメ:来るなって言ったのに!

シホ:そんなの来るに決まってるじゃない! 何があったの!?

ハジメ:いいから逃げろって! 今すぐに!

シホ:どうして逃げろなんていうの! 話はいいからまずは――。

ハジメ:わかってんのかよ! あんたもこうだぞ!?
    もう逃げらんねえんだよ! あんた! 聴いてたんだろ!?

シホ:何をよ!

ハジメ:俺が話してんのをさ……!

シホ:誰と!?

ハジメ:ささき――。

 間

シホ:え?


シホN:次の瞬間――相馬ハジメの身体が、宙に待っていた。
    押し出されるように屋上から飛び出すと、あっという間に落下していく。
    一秒も立たずに、バンッという鈍い音が聞こえた。


シホ:う、そ……。落ち、た……?

 間

シホ:相馬君ー!


シホN:私は急いで彼に駆け寄った。
    彼は地面に寝転がったまま動かなかった。
    近づいてみると、足から落ちたようで、片足の膝から下が不自然な方向に曲がっていた。
    脂汗の浮かぶ顔をみると、痛みに耐えているようで、かろうじて意識はあるようだった。


シホ:待ってて……! 今救急車を呼ぶからね!

ハジメ:せん、せえ……。

シホ:うん……! 私はここにいるから……! ね!

ハジメ:せんせえ。

シホ:痛いよね……! 大丈夫……! 大丈夫だからね! 頑張ってね!

ハジメ:俺さ……! 怖かったんだ……!

シホ:わかったからね……! 喋らなくていいから!

 <ハジメは泣きながら言う>

ハジメ:ごめん……! ごめん、先生……! 俺のせいで……!

シホ:そんなことない! いいのよ! 絶対大丈夫だから!

ハジメ:ごめん先生……! 先生は助けられたのに……! ごめんよ……!

シホ:助けるから! 大丈夫! 助かるよ!

ハジメ:そうじゃないんだよ……! く……! あ……。

シホ:待ってて……!


シホN:私が震える手で携帯の番号を押していると――その手に誰かの手が触れた。


シホ:キャッ!

セリナ:先生。

シホ:か、金森さん!? どうして――。

セリナ:救急車と警察はもう、呼んであるから。

シホ:え? いや……どうしてあなたがここに……!

セリナ:えー? どうしてかなぁ……。

ハジメ:そいつだ……! そいつが俺を――。

セリナ:しー! うるさいなあ相馬君は、いつもいつも。
    こんなときまで偉そうにしたいのー?

シホ:金森、さん?

ハジメ:ふ、ざけやがって……。

セリナ:生きててよかったね。うん。あれ? でも良かったのかな?
    こういうのって、生きてるほうが辛いっていうよねぇ。

シホ:金森さん……何を言っているの……?

セリナ:ねえ先生! 先生っておしゃべり好きだったよね!
    これからちょっとお喋りしてほしい人がいるんだけど、いいよね?

シホ:何言ってるのよ! 何が起こってるか説明しなさい!

 <セリナは無表情でシホを見つめる>

セリナ:は? 自分が悪いんじゃん。

シホ:何が……!?

セリナ:自分が盗み聞きしたのが悪いんじゃん!

シホ:盗み聞き……?

セリナ:あんたが変に探りいれてくるせいで!
    セリナまで怒られちゃったじゃん!


シホN:彼女が腕をたくし上げると、肩にひどい火傷の痕があった。
    焼けただれた皮膚を見せてくる彼女の顔は痛々しく、瞳には狂気が浮かんでいた。


セリナ:私は言ってないっていったのに! 信じてもらえなかったし!
    ふざけんなよ! 黙ってりゃいいのに! この馬鹿女!

シホ:言った……信じてもらえなかったって、誰に?

ハジメ:ささき、さやか――。

セリナ:しゃべんじゃねーって死にぞこない!

シホ:佐々木、サヤカ……?


シホN:その瞬間、私の中で何かがつながった。
    相馬ハジメは佐々木サヤカの何らかの『秘密』を知り、彼女に詰め寄ったから。
    彼女は金森セリナに命じて、相馬ハジメを屋上から突き落とさせた。
    そして佐々木サヤカは知っている。私がそのときの会話を盗み聞きしていたことを。
    故に、相馬ハジメを使って私をここに呼び出した。
    まさかと思えるような出来事。異常。それらはすべて、佐々木サヤカが引き起こしている。

シホ:相馬君……あなたはどうして佐々木さんに従ったの。

ハジメ:あいつ、俺の家を燃やすって……!

シホ:家を!?

ハジメ:うちの工事会社……あいつの手の内だった……。
    それ知っててあいつ……仕組んでやがった……。

セリナ:しゃべんなよ勝手に!

シホ:家くらい……! 飛び降りるよりずっと――。

ハジメ:寝たきりなんだ……! 母さん……。

シホ:警察に言って、病院に移してもらうとか――。

ハジメ:もう行ったよ! もうずっと前に……! でも、ダメなんだ……!
    どこもみんな、手が回ってる……! あいつの手が……!

セリナ:勝手にしゃべんなって言ってんだろ!

 <セリナはシホに飛びかかる>

シホ:くっ……! 金森さん……! やめ――。

セリナ:しゃべんな! しゃべんな! しゃべんなって!

シホ:こ、の……!

 <シホはセリナを投げ飛ばす>

セリナ:キャッ!

シホ:相馬君……! にわかには信じられないけど……あなたを信じる!

ハジメ:わかったら逃げろ……!

シホ:一緒に行きましょう……!

ハジメ:ダメだ! 俺は置いてけよ……!

シホ:そんなのダメよ!

セリナ:ああああああ!

 <セリナはその場で暴れる>

シホ:金森さん……。

セリナ:ダメだって! そんなのダメだよ! 許さない!
    そいつ、死ぬよ!? いいの!? その怪我! そんな軽くないじゃん!

シホ:それは……。

 <警察のサイレンが聞こえる>

セリナ:それに! 言ってやる! あんたのせいになるよ!
    そいつを突き落としたの! あんたのせいになる!

シホ:そんなこと!

セリナ:そのままなら、そいつが自分で飛び降りたってことになるんだ!
    逃げたら全部、あんたのせいになる! そうする!

シホ:あなた……! あなたも、佐々木さんに脅されているの……?

セリナ:そんなことない! セリナは友達だもん! だからそんなこと無いもん!

シホ:佐々木さんは! あなたを利用しているだけなのよ!?

セリナ:そんなことない! うるさい!

 <セリナは地団駄を踏む>

セリナ:選択肢はないの! あんたは、私と来て!

シホ:一体どこに連れて行こうっていうのよ。

セリナ:サヤカちゃんち!

 間

シホ:……わかった。

ハジメ:先生! ダメだ!

セリナ:わかったなら、いい。

ハジメ:あいつに会うな! 逃げろって……!

シホ:その代わり、相馬君の治療は約束してもらえる?

セリナ:……言われてるのは飛び降りさせることだけだもん。
    それに、あんたを連れて行けたら、セリナは大丈夫だもん。

シホ:じゃあ……行きましょう。

ハジメ:先生! ダメだって!

シホ:相馬君。絶対に迎えに行くから。なんとかする。

ハジメ:先生……! 絶対――。


シホN:後ろ髪をひかれる思いで金森セリナと学校を出た。
    相馬ハジメのことはなにより気がかりだったが、逃げたところで根本的な解決にはならないと悟っていた。
    すべての大元は、佐々木サヤカ。
    あの大人しい女生徒が、すべてを握っているに違いないのだから。


 ◆


セリナ:次の交差点、左。


シホN:私は金森セリナと共に佐々木サヤカの自宅へと向かった。
    途中、私達が会話を交わすことはなかった。
    しばらく走ると、住宅街の中の何の変哲もない一軒家にたどり着いた。


セリナ:ここだよ。チャイムはいいって。


シホN:促されるままに車から降りる。表札には『佐々木』の文字。
    私は玄関をあけると、家に上がった。
    リビングを覗き込むと、大人の男女の姿が見えた。
    ご両親か――そう思って声をかけようとして――やめた。
    漆黒のテレビを見つめるその姿に生気はない。それは――人形だとわかった。
    異常だった。限りなく普通に見せかけているその家こそ、なによりも異常。


セリナ:二階だから、ほら。


シホN:二階へ上がると、すぐ目の前に表札のかかった部屋があった。
    『サヤカの部屋』実に子供らしい可愛らしい表札が、余計に不気味だった。
    私は深呼吸をすると――ドアを開いた。


サヤカ:いらっしゃい、大井先生。


シホN:佐々木サヤカは――勉強机の椅子に座ってこちらを見つめていた。
    年相応のピンク色のパジャマに、いつもの厚ぼったい眼鏡をかけて――。


サヤカ:どうぞ。入って。

シホ:佐々木さん……。

セリナ:いいから入れって!

サヤカ:セリナ。先生にそんな口の聞き方、良くないわ。

セリナ:……ごめん。

サヤカ:どうぞ、先生。

 間

サヤカ:色々と聞きたいことはあるでしょう。

シホ:そうね……。

サヤカ:でも、私って気が短いのよ。
    あなたのどうでもいいお話を聴いていたら、きっと……キレてしまうかも。

シホ:どの口が……!

サヤカ:だから。口には気をつけて。

 間

サヤカ:簡単に言うわね。この街は、私の街なの。

シホ:……私の、街?

サヤカ:そう。

 間

サヤカ:だから、あなたにも私に従ってもらうの。いいわね。

シホ:何、言ってんのよ。

サヤカ:……わからなかったかしら。あなたには難しいお話?

シホ:難しい? 違う! それ以前の問題よ!
   あなたの街!? そんなの――。

サヤカ:普通じゃない?

シホ:――ッ! そんなのありえない!

サヤカ:あり得ないなんてことは、あり得ない。

シホ:あなた! どうして相馬君をあんな目に合わせたの!?

サヤカ:簡単よ。私に逆らったから。

シホ:逆らった、ですって?

サヤカ:ええ。私は平穏な生活を望んでいるの。
    誰にもさとられず、この街で慎ましやかに生きていきたい。
    それを彼は、邪魔しようとした。

 間

サヤカ:(微笑んで)許せるわけ、ないわよね。

シホ:……一体あなたは、何者なの?

サヤカ:私は、佐々木サヤカ。九廊中学校、二年二組。

シホ:そうじゃない!

サヤカ:じゃあ、どんな答えがお望み?

シホ:あなたがどんな方法で人を操っているか聞いてるのよ。

サヤカ:操ってなんていないわ。人が、私に、従うの。
    なぜなら、私がこの街を『もっている』から。

シホ:もっている……?

サヤカ:簡単な権力の仕組みよ。大切なものを盾に、言葉で脅し、暴力で支配する。

シホ:……は?

サヤカ:ね? 誰にでもわかることだわ。

シホ:あなたは……それを街中の人間に対して行っているというの……?

サヤカ:ええ。そうよ。

シホ:あり得ない……! どうやって――。

サヤカ:方法なんて聞いても仕方がないことだわ。
    もし知ったところでどうするの? 大切なのは、私がそれを成し遂げているという事実だけじゃない。

シホ:いいえ……! 知った上で、私はそれを止めるわ!

サヤカ:それを含めて仕方が無いといっているのよ。言ったのはあなたよ、街中の人間に対してそれを行ってるって。


シホN:佐々木サヤカは、私の目の前に一枚の写真を突き出した。
    その写真に写っていたのは――。


シホ:私の……両親?

サヤカ:撮ったのは今朝。あなたの実家の隣の空き地から。……仲、良いのね。羨ましい。

シホ:あなたは……!

サヤカ:逆らったら、両親に危害を加える。

シホ:そんなことさせない!

サヤカ:どうやって?

シホ:警察に突き出してやる!

サヤカ:だから、どうやって?

シホ:証拠は山程あるわ!

サヤカ:一番の証拠なら、私が握ってる。

シホ:何……?

サヤカ:あなたよ。あなたを殺せば――そもそも証拠なんて出ない。

シホ:ころ、す?

サヤカ:ええ。初めてじゃないの。

 間

シホ:本気なの……? イカれてるッ!

サヤカ:でも、殺すのって少し手間なのよ。だから、大人しく従って――
    (微笑んで)この街で生きなさい。大井シホ先生。


シホN:私はただ、自らの額から滴り落ちる汗が、フローリングを濡らすのを見ているしかなかった。
    彼女は――目の前にいる少女の皮をかぶったものは――本物の怪物なのだ。
     

サヤカ:家畜。

シホ:え……?

サヤカ:家畜なのよ。あなた。当たり前の常識やモラルに従って生きている、家畜のようなものよ。
    毎日毎日同じように与えられた食事をして、少しずつ肥え太って行く。
    やがて変化を感じることを恐れるようになり、考える力はなくなっていく。
    そして気づいたときには、いつもと違う帰り道が待っている。
    それでもあなたは気づかない。いつものような日常が戻ってくると思っている。

シホ:……笑わせないでよ……。常識やモラルが無いのなら、それこそ動物と一緒じゃない……!

サヤカ:あら。私に授業をつけるの? 流石は先生。

シホ:あなたが誰をどういう風に従わせているのかは知らない……!
   でもね! 力と恐怖で付き従わせるなんて、人間のやることじゃない。
   私が家畜なら、あなたは……ケダモノよ。

サヤカ:点数主義の教育。金銭という生活の指標。国家という集団生活。
    私達は常に従い、従わせている。操り、操られている。
    幾度の進化で、文化的で、知的になったものかと思っても、本質は変わらない。
    私達は動物で、動物である以上、より権威あるものに従って生きるの。
    私はいいわ――ケダモノで、いい。

シホ:狂ってる……! 狂ってるわよ! 佐々木サヤカ!

サヤカ:さあ……跪いて。

 間

サヤカ:大丈夫……ちゃんと餌はあげるわ。
    スイートポテトのように――甘い餌をね。
    でも、罰はあげなきゃ。言ったわよね……私、キレやすいの。

シホ:わたし、は――。

サヤカ:……早くしろよ。ぶちころすぞ。

 間

サヤカ:嘘よ……ね? 先生。ちょっと、痛くするだけ。
    安心してよ……ね。


シホN:ああ、そうか――私はもう――。


 ◆


シホN:翌日、目を覚ますとすぐ、私は自分の腕を見た。
    そこには、熱したハサミでつけられた火傷の痕があった。
    気力もなく、準備をして、学校へ向かう。
    全校集会の準備をして、体育館へ足を運ぶ。
    教頭がいう。『昨晩、痛ましい事故があり、二年の相馬ハジメ君が――』
    黙ってその言葉を聞いていた。
    『それでは、新任の大井シホ先生。前へ』――その声に私は顔をあげた。
    黙って壇上へ上がる。生徒たちはじっと私の顔を見つめている。
    そして――


シホ:え……?


シホN:その場にいる全員が、腕をまくりあげた。
    その腕には、私の肩にあるのと同じ――火傷痕。
    全員が傷痕を私へ見せつけていた。
    まるで、仲間である証を見せあっているように。


サヤカ:先生。


シホN:佐々木サヤカは、笑っていた。


サヤカ:ようこそ、私の国へ。


シホN:その笑みは、スイートポテトのように甘く――その顔に私は、どこか安心していた。
    私はもう、彼女のモノなのだから。










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