鎮まる。
作者:たかはら たいし


羽山 直樹(はやま なおき)/唯の担任 ♂
神谷 唯(かみや ゆい) ♀
森川 和美(もりかわ かずみ)/唯の母 ♀
安達 邦彦(あだち くにひこ)/唯の父 ♂





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直樹N
「中三の時、受験を控えた俺は旅行に行きたいと家族に駄々とこねた。
アウトドア好きの母親は、自分が旅行を発案したかのように予定を考え、
重度のカナヅチだった父親は、海へ行きたいと言った母親と揉めに揉めた。

忘れもしない。5月の4日。ゴールデンウイークの初日だった。
後部座席にいた母親と俺で、旅行の話をしていた。
最後まで海に行く事を反対し続けた運転席の親父も、会話に加わっていた。
そんな会話を遮り、突如として、急ブレーキのけたたましい音が鳴り響いた。

瞬間、対向車線から走ってきた大型トラックが自分たちの車と正面衝突した。
割れたフロントガラスが、粉雪のように車内を舞っていた。

目を覚ますと、シミの付いた白い天井がうっすらと映っていた。
程なくして病室に入ってきた医者が、事務的な口調で両親の死を告げた。
そして、君は一生分の痛みを味わったのだから、
この先、痛みというものに怯える事は無いのだ、と。 淡々と言った。

俺は、ベッドの上で、わけもわからず、ただ震えていた」

唯N(タイトルコール)
「鎮まる。」

■直樹の部屋

灯りの点いていない部屋の中、
ベッドの上で座禅を組んでいる直樹が、窓から差す月明かりに照らされている。

程無くして、玄関の扉を開けて和美が入ってくる。

和美「お、起きてた」

直樹「和美か・・・」

和美が部屋の電気を点けて、持参してきた鍋や皿を机に置き始める。

和美「それ。今日はなに?」

直樹「知りたいか?」

和美「いや、特には」

直樹「一度しか言わないぞ。心して聞くんだ」

和美「はいはい」

直樹「クレセントウェーブだ」

和美「え?なに?」

直樹「一度しか言わないと言ったはずだが?」

和美「じゃあ別にいい」

直樹「月の光を浴びる事により、精神力を高め、邪悪な気に負けない強靭なマインドを」

和美「(遮って)何言ってるのか全然わかんない。それ、意味あるの?」

直樹「つまりだ、外界(がいかい)との関わりを完全に遮断し、内なる精神世界との戦いを日夜繰り広げている俺にとって」

和美「(遮って)引きこもってるだけでしょ」

直樹「おっと。説教ならば勘弁してくれないか?
今、クレセントウェーブの恩恵(おんけい)を受けている最中だ。
オマエと喋っている余裕は、今の俺には無い」

和美「ああ、そう。じゃあ夕飯いらないね」

直樹「・・・」

和美「今日、カレーだけど」

直樹「わかった」

和美「早ッ!」

和美の言葉に反応して、ベッドから部屋へとやってくる直樹。

直樹「何がだ?」

和美「なんとかウェーブは?」

直樹「カレーが先だ」

和美「あっそ」

机の上に、二人分のカレーを盛った皿が置かれている。

和美「いただきます」

直樹「太陽の主(しゅ)よ、月の主(しゅ)よ・・・」

和美「ちょっと。またそれ?」

直樹「晩餐前に創造主への祈りは、必ず行わなくてはならん」

和美「必ずって、こないだはじめてやってたよね?
しかも、全部言うまでに1時間ぐらいかかってたし。夕飯温め直すの面倒だから、割愛してよ」

直樹「だがしかし、」

和美「じゃあ、今日は自分で温め直してね」

直樹「・・・いただきます」

和美「よろしい。それ、もう言うのやめた方がいいよ」

カレーを食べ始める和美。カレーを凝視する直樹。

和美「え?なに?」

直樹「・・・」

直樹が手にしたスプーンで素早く、カレーのタマネギを集めて皿の端に寄せる。

和美「もう。小学生かよ」

直樹「俺の人生にとってタマネギは不必要な食物だ」

和美「そういや、小学生の頃、道具箱にタマネギ隠してたっけ」

直樹「過去の自分に興味は無いな。通過点に過ぎん」

和美「はいはい」

直樹が端に寄せた玉ねぎを、和美がスプーンで掬って自分の皿に移すと、カレーを食べ始める直樹。

直樹「うまい。うまいな」

和美「そう?よかった」

直樹「うまい!」

和美「ご飯粒飛んだし。食べながら喋らない」

直樹「和美の親に感謝しなければな。いつも夕飯を作ってもらって」

和美「私は?」

直樹「和美は・・・」

和美「うん」

直樹「口うるさく俺に小言を言う係だ」

和美「はあ!?」

直樹「そうだ。いい加減、和美の家へ行かなければ」

和美「え?は?なんで!?」

直樹「チャリで行こうかと思っている」

和美「違くて!」

直樹「なんだ、そういう事か。和美の親に直接お礼を言いたい」

和美「え、ちょっ・・・、そんな事しなくていいよ!私から伝えておくから!」

直樹「いや、だが何年も世話をしてもらっているしな。俺が直接出向かねばならんだろう」

和美「いいって!そんな事してる暇無いでしょ、なんとかウェーブ浴びるんでしょ」

直樹「それは夜の間だ。挨拶は日中にチャリで」

和美「(遮って)いいから!ほんとにいいから!」

直樹「だがしかし・・・」

直樹のスマホのメール受信音が突如として鳴り響く。

直樹「・・・」

和美「メール?」

直樹「・・・和美。俺は今日、宣言すべき事がある」

和美「なに?」

直樹「俺は今まで、ろくに外へ出ず。
精神世界に存在する、もう一人の自分。
通称“ifの羽山”との戦いを、長年繰り広げていた」

和美「あれ?心に巣食う“アストラルデーモン”じゃなかった?」

直樹「・・・・・・覚えていたのか」

和美「だって、直樹が覚えろってうるさいから」

直樹「“アストラルデーモン”、もとい“ifの羽山”との戦いを、長年繰り広げていた」

和美「どっちでもいいけど・・・」

直樹「その長年の戦いを経て、俺は強靭な精神力を得た。
・・・だが、俺は気付いてしまった。俺一人で孤独な戦いを強いていても、
心の中に巣食うアスト・・・、“ifの羽山”を消滅させる事は永遠に出来ないと」

和美「それで?」

直樹「つい先程、クレセントウェーブの恩恵を受ける直前、1通のメールが届いた。
“登録カンタン。入会無料。あなたの素敵な出会い、これで見つかる”とな」

和美「へえ・・・。ん?直樹ちょっと待って」

直樹「(遮って)これは“ifの羽山”を倒す仲間と見つけろという、神からの啓示だと俺は認識した」

和美「直樹、それってもしかして・・・」

直樹「和美!俺は“ifの羽山”を倒す新世界へと旅立つ事にしたぞ!」

スマホを和美へと見せ付ける直樹。
画面には「登録ありがとうございます」というメールの文章が映っている。

それを見て、大きくため息を吐く和美。

■駅改札前
改札付近の柱に背を預けている唯。
スマートフォンで出会い系サイトを眺めている。
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■メッセージが一件届いています

name:ハヤマ さん
age:19XX/XX/XX(20歳)
SEX:男性(未婚)
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ハヤマ(直樹)N「仲間を探している。よろしく頼む」

画面上のハヤマ = 直樹へとメールを打ち始める唯。

唯N「はじめまして。プレゼントっていいます。
同じ年ですね。なんだか面白そうなのでメールしました(笑)
よかったら一度会ってお話しませんか?」

唯がメッセージの送信ボタンを押すと同時に、改札から邦彦が出てくる。

邦彦「唯ちゃん、お待たせ」

唯「・・・」

邦彦「ちょっと」

邦彦を一瞥すると、足早に歩き始める唯。
顔色を変えた邦彦が唯に歩調を合わせて着いていく。

早足で歩きながら邦彦の顔も見ず、苛立った雰囲気の唯。

唯「2分遅刻」

邦彦「え・・・?」

唯「2分も遅れてくるとは思わなかった」

邦彦「いや、でも」

唯「2分だし大丈夫だろって顔、今してたよね」

邦彦「それは・・・」

唯「汚いおっさんに見られたり、ウザい奴に声かけられて最悪だった」

邦彦「唯ちゃんごめんよ、ごめん・・・。俺、今日は定時で帰ってきたんだけど」

唯「(遮って)イライラし過ぎて笑っちゃうんだけど。
2分だよ、2分。 もし私が死ぬ3分前にカップラーメン食べたくなったら・・・、
2分も無駄な時間を奪ったから食べれないね。 3分待ってる間に私、死んじゃうね」

邦彦「それは、流石に・・・」

唯「大袈裟だなって思ってる」

邦彦「思ってないよ!」

唯「あーあ、2分も待ったせいで足が疲れた」

邦彦「荷物持とうか?」

唯「これ以上歩きたくない」

邦彦「そんなこと言われても」

唯「じゃあ帰る」

邦彦「待って!ちょっと待ってよ!」

唯「待たない」

邦彦「タクシー!タクシーで行こう!!」

唯「それで?」

邦彦「え?」

唯「今言ったよね?これ以上、歩きたくないって・・・」

邦彦「わかった!タクシー呼んでくる!」

唯「早くして」

邦彦「ここで待ってて!」

邦彦が、タクシーを呼びに先の交差点の方へ走っていく。

唯N「異性から見て、私は可愛いと、どうやら認識されているようだ。
そのおかげで、男に困った事は一度としてない。
今、タクシーを呼びに行ったあれで何人目になるだろう。
そんな事は忘れてしまった。そもそも、カウントなんていちいちしてなかった。
今まで付き合った人の名前も覚えてなければ、顔も覚えていない。
・・・でも、一つだけ覚えている事がある。
それは皆、“愛してる”って単語をことごとく口にしていたこと」

■直樹の部屋

和美「直樹。あのさ・・・」

直樹「どうした、そんな浮かない顔をして」

和美「いや、あのね」

直樹「さては、俺が外界へ出向く事に不安を感じているのか?
案ずる事は無い。最近は1日に1度、外界へと旅立っている。
以前の俺ならば、恐れをなして外界で待ち受ける者達から逃げていただろう。
だが、今の俺は違う。どのくらい違うかというと電車で4駅先まで行って家にちゃんと帰って来れる!」

和美「違う。そうじゃなくてね」

直樹「なんだ、違うのか?」

和美「直樹が登録したのは仲間を集めるサイトじゃなくて。その、とにかく・・・、そういう場所じゃないの」

直樹「素敵な出会いが見つかるんじゃないのか?」

和美「多分待ってない」

直樹「なん・・・、だと・・・?」

和美「それどころか、お金目的で人を騙す奴とか・・・。
ほら、“アストラルデーモン”みたいな奴がいっぱいいるよ!」

直樹「そうか」

和美「うん。よかった。わかってくれて」

直樹「“アストラルデーモン”であれば今の俺の敵ではない。何の問題も無いな」

和美「ああ失敗した・・・!そういう事じゃなくて!」

直樹のスマホのメール受信音が鳴る。

直樹「おお!和美!早速、話をしたいという者からメッセージが届いたぞ!」

和美「え!?ちょっと直樹!ダメだって!スマホ貸して!」

強引に直樹からスマホを奪おうとする和美。

直樹「何をする和美!ちょっと待て!返事を打たねばならん!」

和美「だからダメだって!」

直樹「ダメではない!これは未来への可能性なのだ!しばし待て!」

素早くトイレへ逃げ込み直ぐ様、鍵をかける直樹。トイレの扉を叩く和美。

和美「ちょっと!出て来なさいって!ねぇってば!」

直樹「俺はいま拒絶空間に身を委ねている。何も聞こえない」

和美「こら直樹!直樹ってば!!」

■駅前・交差点付近

ハヤマ(直樹)N「返信、感謝する。ハヤマ自身も直に会って話がしたい。その条件を呑もう」

唯が相手からのメールを見ると、邦彦が息を切らせて走ってくる。

邦彦「タクシー呼んできた!行こう!」

唯「来てないじゃん」

邦彦「向かいの交差点にもう来てるから!」

唯「は?」

邦彦「え?」

唯「私の言ったこと聞いてた?“これ以上歩きたくない”って言ったはずだけど」

邦彦「えっと・・・」

唯「そこまで呼んできて」

邦彦「わかった!そこに付けてもらうからここで待ってて!!」

邦彦が再び交差点に向かって走っていく。その様子に目もやらず、メールを打つ唯。

唯N「返信ありがとうございます。
それなら明日の夕方はどうですか?返信待ってます。

実は私も、出会い系サイトははじめてで緊張しています。
もしご迷惑だったら、断っていただいて大丈夫ですからね?」

メールを送信して、程なくすると邦彦を乗せたタクシーが唯の近くに止まる。

邦彦「唯ちゃん!」

唯N「あれがしている事は私を愛しているから出来ることなのだろうか?
だとしたら、私を愛してくれる人はパシリと同じだ。
前の時も、前の前の時も、ずっと昔からそうだった。
私にとって“愛される”という行為は、何かを与えられるという事でしかない」

邦彦「お待たせ!呼んできたよ!!」

タクシーの窓から声をかける邦彦を見つめ、呆れた感じでため息を吐く唯。

唯N「あれも、出会い系サイトで知り合った中の一人。付き合い始めて半年ぐらいになる」

邦彦「唯ちゃーん!唯ちゃんってばー!!」

唯「うるさい!!」

邦彦「ごめん・・・」

唯「出会い系サイトやってる奴なんて馬鹿しかしないのかな」

そのままタクシーに乗る唯。 唯と邦彦を乗せたタクシーが発車する。

■直樹の部屋

和美の前に、返事を打ち終わり部屋へと戻ってきた直樹がメールを打っている。

和美「だからね、直樹。出会い系サイトなんて絶対やめた方がいいよ」

直樹「何故だ?」

和美「そんなのやってる人なんて、まともな奴いないって」

直樹「だがしかし、相手もはじめての出会いと言っているぞ」

和美「そんなの嘘かもしれないじゃん」

直樹「なるほど。オマエの洞察力は中々のようだ。だが俺にとってそんな事は然したる問題ではない」

和美「重大な問題だよ!」

直樹「既に会う約束の日取まで指定されている。“ifの羽山”を倒す為にも、その約束を果たさぬわけにはいかん」

和美「仲間と見せかけて、実は敵かもしれないでしょ」

直樹「和美。オマエ、凄い奴だな。褒めてやる」

和美「全ッ然嬉しくない!」

直樹「その考えには至らなかった。参考にしよう」

和美「何考えてるか全然わからない」

直樹「そうだな。この俺の精神力は一般人のレベルを既に凌駕している」

和美「・・・」

直樹「どうした?」

和美「いや、なんか、もう・・・」

直樹「?」

和美「大丈夫な気がしてきた。どうせ仲間なんて見つからないし、きっと駄目だろうけど大丈夫な気がする」

直樹「どういう事だ!?貴様、俺を馬鹿にしてるのか!?」

和美「そうだよ馬鹿!」

直樹「ぬぬぬぬ・・・」

和美「騙されて借金塗れになれ!!バカ!!」

直樹「うっ、うう、うるさい!」

和美「毎月毎月10万ずつ返済する羽目になれ!!バカ!!」

直樹「この俺にそんな金額が払えるわけないだろう!!」

和美「トリプルワークして過労死しろ!!バカ!!」

直樹「馬車馬のように働くのは死んでも御免だ!!」

和美「バカ!!」

直樹「うるさい!!」

■タクシー車内にて

険悪な空気の中、唯と邦彦が後部座席の両端に座っている。

唯「ねぇ、ずっと思ってたんだけどさ」

邦彦「うん」

唯「引っ越さないの?」

邦彦「え?今のところ引っ越す予定はないかな・・・」

唯「榊まで遠いんだよね。私、榊やだ。引っ越してよ」

邦彦「引っ越してって言われてもな・・・」

唯「私の家から電車で20分もかかるし、邦彦の家の周り何も無いし」

邦彦「この前、家の近くにコンビニ出来たよ」

唯「やだ」

邦彦「え、なんで?」

唯「ここの駅前、牛丼屋しか無いんだもん」

邦彦「牛丼、嫌いなの?」

唯「嫌い。クサいから匂いかぐのも嫌」

邦彦「そうだったんだ・・・」

唯「私といるとき、牛丼食べるのやめてね」

邦彦「わかった」

唯「あと、もっと近くに引っ越して」

邦彦「そんな事言われても、こないだ更新しちゃったし・・・」

唯「ふぅん、でもさ、近い方がよくない?」

邦彦「それはそうだけど・・・」

唯「引っ越したらさ」

唯が邦彦に寄り添い、運転手に聞こえないよう小声で囁く。

唯「毎日エッチ出来るよ」

運転席から見えないよう、邦彦の股を手で擦でると“硬い感触”に顔をしかめる。

唯「・・・は?」

邦彦「あ、いや・・・」

唯「なんで興奮してるの?」

邦彦「さっき怒られて、タクシー呼びに行った辺りから、その・・・」

唯「意味わかんない」

邦彦から距離を置くと、冷めた表情で窓の景色を眺める唯。

唯「・・・引越してよ。私、ここ嫌い」

邦彦「でも、更新が・・・。わかったよ、じゃあ今年中になんとかする」

唯「今年中?来月にしてよ」

邦彦「え、来月?」

唯「そう。引っ越して」

邦彦「いや、流石に来月はちょっと・・・」

唯「邦彦、」

邦彦「え?」

唯「愛してるんでしょ?わたしのこと」

■直樹の部屋

和美「決まってるの?」

直樹「何がだ?」

和美「会ってどこ行くの?本当に会うなら決めといた方がいいんじゃない?・・・どうせ誰も来ないだろうけど」

直樹「今日のオマエは辛辣だな。何ゆえ俺の精神を傷付けに来るんだ」

和美「警告してあげてるんだって。出会い系やってる子なんてまともなのいないって」

直樹「同じ年と書いてあったぞ」

和美「変なのいっぱいいるじゃん。直樹とか」

直樹「変な奴の最たる例みたいな言い方をするな」

和美「変じゃん」

直樹「変ではない。和美のような一般人には、俺の至っている境地がそう映るのだろう」

和美「なんでもいいや、もう。それで、会ってなにするの?」

直樹「先ず“俺の仲間に相応しいかどうかの素質を見抜く」

和美「どうやって?」

直樹「この俺でも、相手の心が手に取るようにわかるわけではない。
先ずはこちらから質問を繰り出し、相手がどういう人物かを見極める」

和美「質問って、どんな?」

直樹「質問については50個ほど用意してある」

和美「ふうん。例えば?」

直樹「・・・もし、朝起きた時、自身のありとあらゆる体毛が凄まじく伸びていたら貴様はどうするのか?」

和美「(遮って)直樹、やっぱ会わない方がいいよ」

直樹「何故だ」

和美「私だったら即帰る」

直樹「何故だ?相手が強靭なマインドの持ち主かを選別するに適した質問だと思うが」

和美「普通の人はそんなこと考えないよ」

直樹「ふん。世の中がオマエのようなおかしい人間ばかりだと思ったら大間違いだ」

和美「こっちの台詞だ!!」

■駅前・噴水広場

駅前の柱にイラついた表情の唯が寄りかかっている。

唯N「30分遅刻とか・・・。これ普通に帰っていいレベルだよね。てか、サクラと勘違いされたとか?」

改札から出てきた派手なピンク色のポロシャツを着た男を見て、思わず苦笑を浮かべる唯。

唯N「だっさ・・・。あんな服着る奴いるんだ。あんなキモい奴と絶対に並んで歩きたくないな」

直樹「君!プレゼントという名の女性を知らないか!」

唯「は・・・?」

直樹「おい!ちょっと待て!無視するな!なんだ君たちは!物心付くまで狼に育てられた類か!」

女子高生から冷たい反応を返されている直樹を、遠巻きに見つめる唯。

唯「もしかして・・・・」

直樹「そこの老人!プレゼントという女性を知らないか!」

老人に声をかける直樹から、思わず視線を逸らす唯。

唯「マジかよ・・・」

直樹「ポリデントではない、プレゼントだジジイ。俺の話をよく聞け」

唯「あれかよ・・・」

直樹「だぁーかぁーらぁ!プレゼントだ!タフデントでもない!・・・む?」

老人との会話を終えた直樹が、唯に気付いて近寄ってくる。

直樹「君、プレゼントという女性を知らないか?」

唯「え、ああ・・・」

直樹「ん?彼女について何か知っているのか?」

唯「ええ、はい。・・・私です」

直樹「そうか。中々やるな」

唯「え、何がですか?」

直樹「気配を断ち、俺の反応を伺っていたという事か」

唯「いえ、違いますけど。・・・ハヤマさんですか?」

直樹「そうだ、俺がハヤマだ」

唯「・・・随分、個性的なファッションですね」

直樹「・・・!」

唯「え?どうかしました?」

直樹「服装を褒められたのは、生まれてはじめてで激しく困惑している」

唯「そうなんですね」

直樹「ああ。友人から待ち合わせの時にわかりやすい服を着ていけと助言を受けてな。
俺は外敵に狙われる可能性が増えると断固拒否したのだが、これでよかったのか・・・」

唯「はい。すごく個性的でいいと思います。でも、30分も来ないから心配してました」

直樹「・・・」

唯「なんですか?」

直樹「今、30分のところを強調していたように聞こえたが・・・」

唯「いえ!そんな事、ないですよ」

直樹「そうか。だが30分も待たせてしまった事については申し訳無い」

唯「気にしないで下さい」

直樹「本当にすまない。まさか俺自身、30分も遅れる事になると予想していなかった。あんな事が、無ければな・・・」

唯「え?何かあったんですか?」

直樹「君は、テレパシーという物を体験した事はあるか?」

唯「・・・いえ、ありませんけど」

直樹「そうか。先程、此処へ向かう途中、俺の脳に声が語りかけてきた」

唯「はあ・・・」

直樹「声は、俺の欲望が作り出した幻影と名乗った。俺は幻影に問いかけた。
俺は早くトイレに入って用を足したい。オマエが俺自身の幻影だというのなら、
俺がトイレで用を足さなければ、幻影であるオマエ自身も滅びの道を辿る羽目になるのではないか?とな」

唯「・・・」

直樹「すると幻影は正体を現した。
奴は俺自身の幻影などではなく、公園のトイレを統治している王である事が判明した。
俺と王との対話は30分に及んだ。そこで、痺れを切らした俺は王へと意義を唱えた。
おい、ジジイ。俺のような未来ある若者にトイレを譲らずして何が王だ、とな」

唯「・・・それで?」

直樹「もう直ぐ出そうだ。未来ある若者は年寄りを労わるものじゃ、と返答があった」

唯「・・・」

直樹「確かにな・・・、と納得した俺は、最終的に駅のトイレに行き、事なきを得て此処へ辿り着いた」

唯「あの・・・、トイレ我慢して遅れたって事でいいですか?」

直樹「その通りだ。もののついでに、対話の内容を1から教えてやろう。先ず俺がトイレに」

唯「(遮って)結構です。とりあえず何処か入りませんか?」

直樹「そうか、残念だ・・・」

唯「私、待ってる間にお腹すいちゃって」

直樹「それは奇遇だな。俺もちょうど腹を空かせていたところだ」

唯「何か食べませんか?」

直樹「異論は無い」

唯「(舌打ち)」

直樹「ん?今、何か?」

唯「いえ。何も」

直樹「気のせいか・・・」

唯「どこか、美味しいお店知ってます?私、この駅で降りたのはじめてで・・・」

直樹「ふむ・・・」

駅前の交差点沿いにある牛丼屋を指差す直樹。

直樹「あれはどうだろう?」

唯「・・・・・・他にも、美味しいお店あると思いますけど」

直樹「なら、その横の店でどうだろうか」

唯「・・・」
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■駅前・ファーストフード店

直樹「俺が注文をしてこよう。君はここで待っているといい」

唯「はい、ありがとうございます」

直樹がレジへと向かっていく後姿に冷ややかな視線を送る唯。

唯「なんだよ、あれ・・・」

唯N「30分も遅刻してきた上に、なにあの偉そうな態度。
・・・ていうか、こんなしょぼい店チョイスするとか最悪。
美味しいお店って言われたらお洒落なイタ飯屋とか、そういうとこ行くだろ普通」

ハンバーガーセットを持って、直樹が戻ってくる。

唯「ありがとうございます」

直樹「ここは俺が持とう。君は遠慮せずに食べるといい」

唯「当たり前だろ」

直樹「ん?」

唯「なんでもないです」

直樹「そうか。ならばいただくとしよう」

お互い、ハンバーガーに手を付け始める二人。
二人とも無言で、ハンバーガーに入ったタマネギを取り出す。

直樹「・・・」

唯「?」

直樹「たまねぎ」

唯「はい、何か?」

直樹「たまねぎ」

唯「ああ。嫌いなんです」

直樹「そうか・・・」

唯「・・・」

直樹「ハヤマも、たまねぎは大嫌いだ」

唯「だからなんだよ」

直樹「ん?」

唯「なんですか?」

直樹「先程から、誰かの敵意を感じる・・・」

唯「気のせいじゃないですか」

直樹「そうか。失礼した」

二人とも、無言でハンバーガーを食べ始める。綺麗に食べる唯と対照的に、
中身をボロボロ溢しながらハンバーガーを食べて、音を立てながらメロンソーダを飲む直樹。

直樹「うむ。うまい。これ程までにハンバーガーが旨かったとは。ハヤマは今、驚いている」

唯「汚い」

直樹「ん?」

唯「口、付いてる」

呆れた顔で、直樹がトレイに零したケチャップを指差す唯。

直樹「ああ、すまない」

唯「カバン」

直樹「ん?」

唯「カバン取って」

直樹「え?」

唯「カバン!」

直樹「心得た。ハヤマは君のカバンを取る事にしよう」

ケチャップ塗れの手で唯のバッグを取ろうとする直樹。

唯「あ!やっぱいい!自分で取るから!」

直樹「え?」

唯「そのバッグ高いんだから、汚い手で触らないで」

直樹「ああ、すまない・・・」

結局、自分でバッグを取り、中からテイッシュの袋を取り出し、直樹へ投げつける唯。

直樹「これは、失礼を働いた」

唯「別に」

直樹「ところでそのバッグは、幾らするんだ?」

唯「え?」

直樹「今、高いと言っていただろう」

唯「ああ。15万ぐらい」

直樹「じゅっ、15万!?!?!?!!!?」※店内全体に響くような声で

唯「うるさい」

直樹「15万・・・」

唯「そう。15万ぐらい」

直樹「君は、一体どんな職に就いているんだ?」

唯「職?・・・うーん」

アイスカフェオレをストローでちびちび飲みつつ考え込む唯。

唯N「仕事、か・・・。働いてませんって言うのもな。あ、そうだ・・・」

唯「肉体労働」

直樹「は?」

唯「だから、肉体労働」

直樹「え?」

唯「主に夜、肉体労働してる」

直樹「すると、建設現場で地面掘ったりするあれか・・・」

唯「掘りはしない。主に掘られる側かな」

直樹「む?どういう事だ?」

唯「建設現場でなんか働いてないし、働きたくもない」

直樹「じゃあ、夜中に発光する棒を持ち、道路に立ったりするあれか・・・」

唯「違う。でも棒は持ったり、口に入れたりする」

直樹「君の話は、一向に理解出来んな」

唯「あっそ・・・」

直樹「・・・恥ずかしい話だが、ハヤマは世間一般で言うところのニートだ」

唯「へえ・・・、生活出来てんの?」

直樹「なんとかなっている」

唯「ふうん」

直樹「だがしかし、なんとかなっていた事が問題だった」

唯「問題って?」

直樹「ハヤマは長年の間、外界との関わりと一切経っていた」

唯「それ、引きこもってただけでしょ」

直樹「(遮って)しかし今日、君と会った事で、ハヤマの中で何かが大きく変わろうとしている」

唯「何かって?」

直樹「君のおかげでニートという存在が、今の俺自身が情けない存在だと気付けた」

唯「ふぅん・・・」

直樹「同じ年であるというのに情けない限りだ」

唯「別にいいんじゃない?そのままで」

直樹「よくない。これではまるで、豚だ」

唯「は?」

直樹「俺を始めとするニートと呼ばれる者たちは、養豚場にいる家畜と同じだ。
働きもせず、のうのうと日々を消費する豚だ。
だがしかし君が他人からの恩恵を受け、のうのうと生きている俺自身が豚であるという事実を教えてくれたのだ!」

唯「ふぅん。じゃあ、私も豚って事だ。マジ不愉快」

突如、荷物を持ち、席から立ち上がるとそのまま店から出ていく唯。

直樹「え?んん?なんだ?ちょっと!!」

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■近場の公園

直樹「おおい!ちょっと待て!話はまだ全然終わっちゃいない!」

ファーストフード店から出て、早歩きする唯の後ろを、ひたすら付いていく直樹。

唯「ストーカーかよ」

直樹「ん?」

唯「ストーカーか、って。日本語通じるよね?」

直樹「ハヤマはれっきとした黄色人種だが、ストーカーではない。それより今日の本題なんだが」

唯「は?」

直樹「ハヤマの心には通称“ifのハヤマ”という存在が巣くっている。
俺はその限りなく邪悪な存在を倒す為に、出会い系サイトに登録をした」

唯「あのさ」

直樹「ん?」

唯「ヤバイ薬でもやってんの?何言ってるかさっぱりわかんないんだけど」

直樹「安心したまえ。君のような一般人にも理解が及ぶよう1から説明を」

唯「(遮って)キモいし。私自身は話す事もないから、もう帰っていいかな?」

直樹「ん?」

唯「帰っていい?」

直樹「帰っていいかよくないか、どちらかというなら断然帰っちゃダメだ。まだ話はここから」

唯「(遮って)これ以上、一緒にいられるの迷惑。じゃあね」

直樹「むむ・・・」

直樹から離れるように早足で歩き出す唯。

唯「ついて来ないでよ。警察呼ぶからね」

直樹「待ってくれ。不快な気持ちにさせてしまったのなら謝ろう」

唯「謝るって、どれについて?」

直樹「どれ?とは、どういう事だ?」

唯「私がなんで機嫌悪くなったのか考えないで謝ろうとしてるんだ、へえ」

直樹「・・・確かにそうだ。どの点が君の勘に障ったのかハヤマは説明を求める」

唯「30分遅刻してくる。一件目に行こうとした店が私の嫌いな牛丼屋。
挙句、連れてった店が普通のファーストフード。食べ方が汚い。
汚い手でカバン触ろうとする。服がダサい。
言ってる事が意味わからない。偉そう。あと豚扱いされて凄いムカつく」

直樹「・・・・そんなにあったのか」

唯「わかってくれた?じゃあ、とっとと帰って」

直樹「だがしかし、俺の話を少し聞いていただけなぶっ」

凄まじい勢いで飛んできたサッカーボールが、直樹の顔面に直撃する。

唯「え?」

直樹「下がれ!外敵の襲来に違いない!」

直樹の鼻から、大量の鼻血が垂れる。
鼻を手で覆い、服の裾で鼻血を拭う直樹。
ボールを捜しに来た学生たちが遠方からやって来る。

直樹「おい!そこの少年ども!ボールが顔に当たったぞ!オマエらの親はどういう教育をしているんだ!!」

学生たちへとサッカーボールを投げる直樹。
鼻血まみれの直樹を見て、一斉に逃げ出す少年たち。

直樹「おい!クソガキども!逃げるんじゃあない!!世間に出たらお縄だぞ!!前科一犯という肩書きがオマエらの後ろをついて回るぞ!!」

唯が、そのやりとりを見て、少しだけ笑いを堪えている。

直樹「クソッタレが・・・!!最高裁だ!!次会うときは法廷でガタガタ言わせてやるからな!!覚えておけ!!」

唯「・・・あのさ。私もう帰っていい?」

直樹「そうか・・・。残念だが、どうしてもというのであれば仕方が無い。
だが帰る前に、一つだけ、ハヤマの話を聞いてはくれないだろうか?」

唯「なに?」

直樹「一般人には理解出来ないだろうが。・・・ハヤマは痛みを感じないのだ」

唯「は?」

直樹「ハヤマは15歳の頃、追突事故に遭った影響で痛覚が使い物にならなくなってしまった」

唯「どういう事?」

直樹「簡単に言うと、顔にボールが直撃しようと、真空飛び膝蹴りを受けようと、痛みを感じないのだ」

唯「・・・」

直樹「先程、指摘を受けるまで君が何故怒っていたのか、俺は全然わかっていなかった。
無知な俺の為に、再三に渡って気分を害してしまった事を、君を傷つけてしまった事を謝らせてほしい。
もし、それで気が済まないのなら、俺の事を何発でも殴ろうが蹴ろうが構わない」

唯「・・・」

直樹「本当に、すまなかった」

依然、鼻血を垂らしたまま深々と頭を下げる直樹。それを見た唯が笑い出す

唯「面白い。そんなことさ、鼻血拭いてから言いなよ」

直樹「・・・?」

唯「顔」

バックから取り出したハンカチで、血まみれの直樹の顔を拭き取る唯。

直樹「すまない・・・」

唯「名前」

直樹「え?」

唯「名前、なんていうの」

直樹「ハヤマは、羽山 直樹だ」

唯「あ。苗字だったんだ」

直樹「む?そうか。・・・意外だったか。そうだろうな、意外だろう」

唯「いや、別に」

直樹「む、そうか・・・」

唯「さっき謝ったの、すごく面白かった」

直樹「ん?」

唯「ああ、仲間がどうとか言ってたけど、彼女作りに来たんじゃないの?」

直樹「ああ。ハヤマは色恋沙汰にうつつを抜かしている暇など無い。“ifの羽山”を共に倒す仲間を作りに来た」

唯「ふうん。よくわからないけど。彼女はいらないんだ」

直樹「その通りだ」

唯「面白そうだから、なってあげてもいいよ」

直樹「む?本当か!?」

唯「仲間じゃなくて、彼女に」

直樹「ん?君は俺の話を聞いていたのか?俺は別に彼女を欲しているわけではな・・・・!」

鼻血を拭き終えた唯が、直樹の口を黙らせるようにキスをする。

直樹「なっ、なななな、なにをしている・・・!?」

唯「じゃあね、直樹。またメールするね」

■直樹の部屋

和美「どうしたの、その顔」

直樹「む・・・」

和美「鼻。バンドエイドだらけじゃん」

直樹「ああ。飛んできたのだ、幸福の鉄槌がな」

和美「は?もっとわかりやすく言ってもらえる?」

直樹「ボールが飛んできた」

和美「え?」

直樹「飛んできてくれたのだ、鼻に」

和美「・・・なんで嬉しそうなの?」

直樹「そうか?」

和美「ニヤニヤしてて気持ち悪い」

直樹「・・・」

和美「黙らないでよ。もっと気持ち悪い」

直樹「・・・二回も気持ち悪いと言われたが今日はいい日だ。特別に聞き流してやろう」

和美「あ、もしかして、仲間出来たの?」

直樹「いや、違う」

和美「え?」

直樹「仲間ではなく、・・・彼女ができた」

和美「は?」

直樹「仲間を作りに行ったところ、彼女が出来てしまった」

和美「どういう事?」

直樹「だぁーかぁーらぁー!彼女が出来たと言っている!一回でわかれ!一回で!」

和美「だからなんでそういう事になるの!?」

直樹「可愛いぞ。どれぐらいかというと帰宅後、直ぐに俺が部屋でのた打ち回ったぐらい可愛い」

和美「聞いてないし」

直樹「あんな可愛らしい生命が存在していた事に、俺は驚きを隠せん」

和美「ねえ、ボールが変なとこに当たったんじゃない?大丈夫?」

直樹「鼻が鮮血のバレンタインと化したが頭は大丈夫だ。問題ない。心配するな」

和美「ああ、そう」

直樹「最初は親の仇とばかりに敵意を向けられていたのだがな。
俺の顔にボールが当たったところを見て、友好関係を築けたらしい。
その証拠に、ハンカチで鼻血拭いてくれてだな・・・そ、その・・・」

和美「なに?」

直樹「いや、あの・・・・」

和美「?」

直樹「和美、俺は今日・・・、は、はじめて・・・接吻をしたぞ」

和美「・・・」

直樹「あれはなんなんだ。すごいな。唇がぷにっぷにしていた。
寧ろ唇があんなにぷにぷにしていた事を再認識した俺は、自分の唇を帰り道に触りまくった」

和美「・・・へえ、そうなんだ」

直樹「和美?」

和美「ご飯作る」

台所へ向かい、夕飯の支度をし始める和美。

直樹「今宵の晩餐は何だ?」

和美「・・・」

直樹「おい、和美!」

和美「え?」

直樹「今日のご飯は何だ?」

和美「オムライス」

直樹「そうか。今宵の晩餐に打ってつけのメニューではないか」

和美「・・・」

直樹「そうだ、和美。世間ではオムライスにハートを書く喫茶店が存在するらしい。
世俗にはあまり興味が無いが、今日は書いてくれてもいいぞ。
なんならハートの中にLOVEと書いてもくれてもいい。許してやる」

和美「・・・・直樹、」

直樹「ん?」

和美「卵、賞味期限過ぎてる」

直樹「なんだと?」

和美「ダメじゃん・・・。とっくに賞味期限過ぎてるよ、これ」

直樹「む。いや、だが火を通せば大丈夫だろう。
先人たちは“火が通れば大体のものは割と大丈夫”と言っていた気がする」

和美「駄目だと思う」

直樹「む、そうなのか。仕方が無いな」

和美「捨てとくね」

直樹「ああ、頼む」

賞味期限内の卵を、ゴミ箱へ捨てる和美。

和美「卵無いし、今日チキンライスでいい?」

■邦彦の部屋

邦彦「唯ちゃん・・・」

ベットの上、お互い半裸で抱き合う二人。

唯「はぁ・・・、あっ・・・・」

邦彦「かわいい・・・、唯ちゃん・・・とっても可愛いよ・・・・」

唯「んんぅ・・・、あっあっ・・・ああっ・・・」

邦彦「唯ちゃん・・・、今日なんかいいことあった?」

唯「え?・・・んっ、んん・・・、あっ・・・・んっ、んぅ・・・・」

邦彦「今日はさ、いつもより機嫌よさそうだからさ」

唯「はぁ・・・、んっ、ん・・・、・・・そう?」

邦彦「うん。嬉しそう」

唯「普通だけど」

邦彦「今日は何してたの?」

唯「・・・別に。暇してた」

邦彦「あれ?用事あるって、昨日言ってなかった?」

唯「1時間ぐらいで終わった」

邦彦「そうだったんだ」

唯「あのさ」

邦彦「なに?」

唯「顔にボールが当たったら痛いよね・・・?」

邦彦「は?」

唯「痛い?」

邦彦「え?うん、痛いと思うけど・・・・」

唯「そうだよね?普通痛いよね?」

邦彦「うん。小学生の頃、顔に当たった事あったな。鼻血が出て、保健の先生に診てもらって、大変だったけど・・・」

唯「やっぱりそうだよね」

邦彦「うん。え?なんかあったの?」

唯「別に」

邦彦「別にって。気になるじゃないか。俺にも教えてよ」

唯「やだ」

邦彦「意地悪」

唯の耳元で囁き、唯の唇を塞ぐ邦彦。

唯「んっ・・・・」

邦彦「ねえ、教えてってば・・・」

邦彦の手が、唯の下着の隙間へと潜り込み・・・

唯「あ、ちょっと・・・、やだっ・・・ははっ・・・・くすぐったい・・・・ん・・・あっ、ああ!」

■映画館・出口付近

映画を観終わり、映画館から出て来る唯。
その後ろをついていく直樹。

唯「あーあ。つまんなかった。要はさ、付き合ってる女の子は怪物だけど、
彼氏が一生愛していきます、みたいな事を言いたかったわけでしょ?」

直樹「うっ、ぐうううっ・・・!」

唯「は!?え、マジで!?」

直樹「いや、だって、だってぇ」

唯「泣かないでよ、みっともない・・・」

直樹「最後のシーンとか・・・もう・・・・」

唯「てか、普通泣く?」

直樹「と、隣の女も泣いていたぞ・・・うううう・・・」

唯「ああ、そうだ。あのクソ女、超うるさくなかった?」

直樹「ううっ・・・、そうだったのか?」

唯「“ゆうじぃ、ゆうじぃ。私がんばる、私がんばるからぁー”って本当うるさかった」

直樹「泣いてたから全然気付かなかった・・・」

唯「彼氏は彼氏で、他人の振りしてたし。あいつらのせいで見る気失せちゃった」

直樹「そ、それは勿体無い事をしたな・・・」

唯「別に。そもそも私、ラブストーリーって全然理解出来ないし」

直樹「いや、俺も今まで理解に及ばなかったが、案外いいものなのかもしれん・・・」

唯「ふぅん。ところでさ、」

直樹「どうした?」

唯「直樹って童貞?」

直樹「・・・」

唯「ていうか、童貞だよね?」

直樹「ぐ・・・」

唯「なに?顔真っ赤だけど、怒ってんの?」

直樹「ぐぬぬぬ・・・」

唯「やっぱ童貞か」

いたたまれなくなり唯から視線を反らす直樹。

唯「・・・まぁ、直樹に言ってもわからないだろうけど」

直樹「?」

唯「愛撫っていうけどさ、こっちはその“愛”ってやつが全然わかんないわけ」

直樹「あいぶ」

唯「そう。どうかした?」

直樹「なんだその、“あいぶ”ってのは」

唯「は?」

直樹「どういう意味だ」

唯「え?ふざけてる?」

直樹「ふざけてなどいない。一目で真剣だとわかる顔をしているだろ」

直樹の真面目な表情を見て笑い出す唯。

唯「それ、意味わからなくても誰かに聞くことじゃないから」

直樹「そうなのか・・・ぐぬぬ・・・・」

唯「ごめん、ごめん。愛撫って意味がわからない人に言っても意味無いよね、あははは」

直樹「何だか全然わからないが、屈辱だ・・・・」

唯「そういえばさ。この後どうするの?」

直樹「ああ、そうだな。ちょっと待ってくれ」

鞄から雑誌を取り出し、食い入るように見る直樹。

唯「なにそれ?何見てるの?」

直樹「ん、これか?」

鞄から取り出した本の表紙を唯に見せる直樹。
表紙には「オススメ 都内おすすめデートスポット120」の文字。

唯「見ちゃうんだ。デート中に。それ。見ちゃうんだ」

直樹「何か問題でも?」

唯「ううん」

直樹「水族館はどうだ?」

唯「うーん。興味無いかな」

直樹「そうか」

唯「直樹の家は?」

直樹「は・・・?何故いきなりそんな事を言い出すんだ」

唯「だって何も考えてなかったんでしょ、直樹の家行こうよ」

直樹「一つ言っておくぞ。うちに来ても楽しめるような物は何一つとして無い」

唯「知ってるよ。なんもなさそうだもん」

直樹「ずっと思っていたがオマエ容赦が無いな!強靭な精神力の持ち主である俺でなければ泡を吹いているぞ!」

唯「そうかな?」

直樹「ああ、そうだ!ぶくぶくだぞ!全自動洗濯機クラスのぶくぶくだろう!」

唯「別に泡吹いてもいいよ」

突然、直樹の腕を取って、耳元で囁く唯。

唯「早く行こうよ」

直樹「むう・・・、しかし、うちに来てなにをするんだ?」

唯「なにって・・・」

直樹「いや、やめといた方がいいんじゃないか?水族館の方が魚とかイルカとかウチより色々いるぞ。・・・ん?」

二人の向かいから来た人物へ、会釈をする直樹。

唯「知り合い?」

直樹「ああ。友達のお母さんだ」

唯「そうなんだ」

直樹「丁度よかった。挨拶してくる。ここで少し待っていてくれ」

和美の母親の下へ向かう直樹。その後ろ姿を見ながら、唯が呟く。

唯「・・・お母さん、か」

■直樹の部屋
殺風景な直樹の部屋を前に、興奮気味の唯。
対照的に、浮かない表情を浮かべて、何かを考え込んでいる様子の直樹。

唯「すっごおーい!予想以上に何もないね!」

直樹「・・・」

唯「これなら水族館の方がマシだったかも!」

直樹「・・・」

唯「ね、直樹!」

直樹「ん?ああ・・・、そうだな」

唯「なに?さっきからどうしたの?そんなに連れてくるの嫌だった?」

直樹「いや、ちょっと考え事をしていた・・・」

唯「ていうか、こんな刑務所みたいな部屋来るのはじめて」

直樹「オマエは刑務所に入った事があるのか?」

唯「無いよ」

直樹「憶測で物を言うんじゃない!おい、どこへ行く?」

台所へ移動して、おもむろに冷蔵庫の中を物色し始める唯。

唯「お、冷蔵庫には色々と入ってる」

直樹「ああ」

唯「意外。自炊するんだ」

直樹「バカを言え。俺にそんな真似が出来るわけないだろう」

唯「は?自炊しないのに野菜買うの?あ、生で食べるとか?」

直樹「違う。その野菜はだな、」

唯「(遮って)プリンもらうね」

直樹「おいちょっと待て!開封しながら聞くんじゃない!!」

プリンとスプーンを片手に、鼻歌交じりでベッドに腰掛けている直樹の横に座る唯。

唯「食べる?一口だけあげる」

直樹「凄いな。俺のプリンだった事実がなかった事になっている・・・」

唯「あーん」

黙って唯がくれたプリンを食べる直樹

唯「おいしい?」

直樹「あ、ああ・・・。ところでだな」

唯「なに?」

直樹「ち、近いんじゃあないか?密着し過ぎじゃないか?」

唯「嫌?」

直樹「そういうわけではないのだが・・・」

唯「ふふん」

照れる直樹を前に、意地悪な笑みを浮かべる唯。
横に座る直樹に密着しながら、プリンを食べる。

唯「近い?」

直樹「近いというか、もう零距離だろう・・・これは・・・・」

唯「え?緊張してる?」

直樹「あ、ああ・・・」

唯「童ォ貞」

童貞の“どう”辺りで両耳を塞ぐ直樹。

直樹「あー!あーあー!西の空より飛来せし神よ!我に冷静な判断力と現実から逃れる為の」

唯「(遮って)ねぇちょっと!うるさいってば!あ、そうだ」

唯がプリンを口にすると、直樹と唇を重ね、舌で転がしていたプリンを口移しする。

直樹「ぶはぁ!」

唯「ちょっと!歯に当たったんだけど。へたくそ」

直樹「今なんか入ってきたぞ。今確かに口内へと何らかの異物と共にプリンがやって来たぞ!」

唯「はあ?異物!?」

直樹「いや、その・・・、舌らしきものが、にゅるっと入って来た・・・」

唯「ね?もっかいしよ?」

直樹「え?もう一回!?今のを!?」

唯「嫌?」

直樹「あ・・・。もしかして今のがあれなのか?お、大人のメルティキスというやつか・・・」

唯「メルティの部分は省くとして、そうだけど?」

直樹「す、凄まじいな・・・」

唯「ていうかさ。彼女が彼氏の家に行きたいって言ったら、普通は察するよね」

直樹「な、何をだ・・・?」

唯「今ので察したんじゃないの?」

直樹「な、何にも察されてないが・・・」

唯「日本語おかしいし」

直樹「い、いや、動揺していてな・・・」

唯「ねぇ、ほんとにわかってないの?彼女が彼氏の家に行ってー、そこからー」

直樹「彼女が・・・、彼氏の家に・・・、行って・・・・・」

唯「それでする事といったら?」

直樹「あ、ああ・・・!そ、そうなのか・・・、そういう意味だったのか・・・・!」

唯「気付くの遅すぎー」

唯が直樹のベッドにそのまま身を預ける。

唯「はい。お好きにしていただいてどうぞ」

直樹「・・・・は?」

唯「なに?どしたの?」

直樹「どうぞというのは・・・、そういう意味でいいのか?」

唯「そういう意味ってなに?」

直樹「いや、ほら、その」

唯「なに?」

直樹「むかし保健体育の授業で習った、生殖の」

唯「(遮って)女子かよ、セックスってスパっと言えよ」

直樹「だからそれなのか!?どーぞっていうのはそういう事でいいのかと返答を求めている!!」

唯「もう!めんどくさいな!」

直樹「え?ちょっと待て!」

背を起こした唯が直樹をそのまま押し倒す。

直樹「あ・・・」

唯「・・・・・・ダメ」

直樹「え?」

唯「なんかこれじゃ私が凄くやりたい人みたい。仕切り直し」

直樹「え?」

唯「今みたいにこうぐわーっといってよ」

直樹「む・・・」

唯「なに?嫌なの?」

直樹「いや、こう、ぐわーっといかないといけないのか?」

唯「え?」

直樹「ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅんとか、ぴゅるっぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅとかじゃダメなのか?」

唯「なんでもいいよ、もう」

直樹「わ、わかった・・・」

背を起こした直樹が、唯の肩を掴み、ゆっくりとベットに寝かせる。

唯「ねえ。介護されてるおばあちゃんみたいなんだけど」

直樹「いや、色々と考えたのだが・・・・」

唯「ん?」

直樹「押し倒されたら痛いんじゃないかと、思ってな」

唯「・・・」

直樹「ん?」

唯「優しいね」

直樹「当たり前だろう」

唯「・・・服、脱がして?」

直樹「ああ、わかった」

唯の衣服のボタンに手をかける直樹。

直樹「ん・・・?ちょっといいか?」

唯「え?」

直樹「この服、どう脱がすんだ?」

唯「は・・・?」

直樹「この服は一体どういう構造なんだ?こう?む?違うな?これがこうで」

唯「(遮って)ああ!もういい。自分でやる・・・」

衣服のボタンを外す唯。服の隙間からうっすらと下着が見えている。

唯「はい、テイク3」

再度、唯をゆっくりとベッドに押し倒す直樹。
唯のボタンの外れた上着の間から見え隠れする下着に目をやる。

唯「ブラ、外せる?」

直樹「ああ。これは大丈夫だ」

唯「そう」

直樹「じゃあ、両手を上げてくれ」

唯「は?」

直樹「なにをもたもたしている?脱がすから両手を上げろ」

直樹の言葉に、ベッドの上で爆笑し始める唯。

唯「ああ!やばい!直樹って地球人なの!?その発想はなかった!あはははは」

直樹「ぐぬぬ・・・、なんだ、俺はまた過ちを犯したのか?」

唯「ううん。手、上げるね」

唯が両手を上げて、直樹が下着に手をかけると同時に、和美が部屋へと入ってくる。

唯「あ」

直樹「あ」

和美「あ・・・」

直樹「ちょ、ちょっと待て・・・、何故いまこのタイミングで和美がやって来るんだ・・・」

和美「ごめん・・・」

唯「誰?あ、彼女?」

直樹「違う、違うぞ。これは使用人の」

和美「(遮って)誰が使用人だ・・・」

直樹「すまん。動揺していて」

唯「え、彼女でしょ?」

直樹「違う。幼馴染だ」

和美「そう。彼女じゃないです」

直樹「違うよな?」

和美「うん」

唯「え?彼女じゃないのに、ご飯作りに来たり勝手に部屋入ってくるの?」

和美「いつもそうしてますが」

唯「変なの」

直樹「和美、これがこの前言ってた唇がぷにっぷにしている」

唯「(遮って)は?なにそれ?」

和美「こんにちわ・・・」

唯「どうも・・・」

和美「実在したんだ・・・」

直樹「なんだオマエ!俺の言う事が妄言だとでも思っていたのか!?」

和美「そうだよ!ていうか大体いつも変な事しか言ってないじゃん!!」

唯「(笑いながら)直樹。私、帰る」

直樹「・・・え?え!?」

唯「じゃあね。あとはごゆっくり」

直樹「いやちょっと待て!おい!!」

会話しながら衣服を整えていた唯が荷物を持ち、部屋からそそくさと出ていく。

沈黙。

直樹「おい、和美」

和美「え・・・?」

直樹「高層ビルから飛び降りをした人間は、多分こんな感じなんだろう・・・」

和美「え・・・?どういう事?」

直樹「・・・・なんだかよくわかってないまま死ぬんだろうな、今の俺のように」

和美「・・・ごめんね、直樹」

■ホテルの一室

唯「下着、取って」

邦彦「うん」

邦彦がベットの隅にある下着を拾い上げて唯へと渡す。

邦彦「あのさ・・・」

唯「なに?」

邦彦「今日どうしたの?」

唯「何が?」

邦彦「いや、いつもより・・・、凄かったから・・・」

唯「・・・ああ。溜まってたのかな」

邦彦「え?あ、そうなの?」

唯「消化不良」

邦彦「え?なにが?」

唯「色々と」

邦彦「そっか。急に呼び出されて、会った早々ホテル行こうって言われたからビックリした」

唯「・・・」

邦彦「ああ、そうだ。唯ちゃん、引越し決まったよ」

唯「へえ。いつ?」

邦彦「来月頭。いいところ見つけてさ」

唯「邦彦」

邦彦「ん?」

唯「楽しい?私といて」

邦彦「なに?急にどうしたの?」

唯「私といて楽しいのかなー、って思って」

邦彦「そりゃ楽しいよ」

唯「へぇ・・・」

邦彦「でね?唯ちゃん住んでるとこの隣駅の物件にしたんだ。駅から徒歩3分なんだよ?」

唯「・・・ちょっと寂しいかな」

邦彦「え?なにが?」

唯「榊は嫌いだったけど、邦彦の部屋は、まぁまぁ居心地よかった」

邦彦「次のとこはもっと広いし、今のとこより絶対に気に入るよ」

唯「だと良いけど」

邦彦「次引っ越すところさ、駅前にモールもあってね?」

唯「知ってる。隣駅だし」

邦彦「雑誌で見たんだけど、あのモールにおいしいイタリアンの店があってね、それで」

唯「(遮って)邦彦ってさ、浮気されたらショック?」

邦彦「え?・・・・なに突然?当たり前だよ」

唯「そう」

邦彦「え、どうしたの?」

唯「こないだ映画見に行ったの。今やってる怪物の女が出て来るやつ」

邦彦「CMでやってるやつだよね?見に行ったんだ」

唯「うん」

邦彦「面白かった?」

唯「つまんなかった」

邦彦「そうだったんだ。・・・・あのさ、今なんか、言おうとしてなかった?」

唯「え?ああ・・・。・・・・・何言おうとしたか忘れちゃった」

邦彦「・・・唯ちゃん」

邦彦が強引に唯をベッドに押し倒す。

唯「いった・・・。ちょっと、そろそろ出なきゃ」

邦彦「俺、唯ちゃんの事、愛してるから。唯ちゃんの言うことは全部望み通りにしてあげたい」

唯「なんで?」

邦彦「唯ちゃんといると、楽しいから。でも、でもね・・・?」

唯「なに?」

邦彦「もし今後、唯ちゃんが、誰か他の人を好きになったら正直に言ってほしい」

唯「なに?正直に言ったら別れてくれるの?」

邦彦「わかんない。でも俺は、唯ちゃんとずっといたいから」

唯「・・・いい加減、パンツ履いたら?」

邦彦「唯ちゃん・・・」

邦彦が唯の唇を強引に奪い、胸に触れ、再び下着に手をかける。

邦彦「好きだよ、唯ちゃん・・・」

唯「んっ、んんっ・・・」

唯N「つまんない・・・」

■駅前・広場周辺

和美「あのさ、本当に大丈夫?」

直樹「過去数年の中で、今一番打ちひしがれている」

和美「あ、うん・・・。ごめん」

直樹「オマエは、沖に上がってしまったイルカの気持ちを考えたことはあるか?」

和美「いや、無いけど」

直樹「・・・ああ、俺、海から出ちゃったよ。
砂とかゴミとか付いて汚いばかりか、呼吸もままならない。
なんでまた沖に上がってしまったんだ俺は。ああ、もうこれは死んだな。
かなり高確率で俺死ぬな。生命保険入っておけばよかったー、的な、そういう感じだ」

和美「うん。ていうか、なんで付いて来たの?」

直樹「・・・ん?」

和美「どうしたの?」

直樹「いや、和美に言おうとした事があった気がしてたんだが・・・」

和美「そうなの?」

直樹「・・・思い出せん。ところで和美」

和美「なに?」

直樹「オマエは、沖に上がってしまったイカの気持ちを考えたことはあるか?」

和美「無いけど・・・、生命保険入っておけばよかった、みたいな?」

直樹「そうだ、そういう感じだ・・・」

和美「・・・さっきの、かわいい子じゃん。よかったね!」

直樹「・・・」

和美「その、ほんとごめん。彼女できたなんて全然思ってなくて」

直樹「他者へ伝わらない真実が、これほどまで残酷とは・・・」

和美「あのさ!私が謝ってたって伝えといてよ」

直樹「その機会が、あればの話だがな・・・。
唯は情け容赦が無い。さっきのあれは、もうあれだ。
完全にキレてた感じだった。地球を消滅させるかの勢いでキレてた感じだ」

和美「もし、そうなら。彼女に私のことどう言ってもいいから」

直樹「・・・」

和美「ね?」

直樹「・・・言わないよ、そんな風に」

和美「あ・・・。ありがと・・・」

直樹「だがしかし、地球消滅の危機だぞこれは・・・、どうすればいいんだ・・・」

和美「あのさ。直樹・・・」

直樹「なんだ?」

和美「・・・付き合う?」

直樹「ん?」

和美「いや、その・・・」

直樹「なんだ?」

和美「私とさ、付き合えばいいんじゃない・・・?」

直樹「え?」

和美「ほら!付き合い長いし、結構うまくいくかもよ。
この前言ってた・・・、ifの直樹だっけ?一緒に倒すの手伝ってあげてもいいし・・・」

直樹「和美・・・」

和美「・・・」

直樹「今そういう冗談はやめろ。俺の精神力は大幅に疲弊している。
ポテトチップスで例えるなら、袋の中に細かいカスしか残っていないような状態だ」

和美「いや、直樹、私・・・。ううん、なんでもない」

そのまま駅の改札へ向かっていく二人。

■駅構内、改札口付近

邦彦「このあと、うちでご飯食べていかない?」

唯「邦彦、料理作れたんだ」

邦彦「うん。自炊するの好きなんだ」

唯「へえ」

邦彦「ブランドもののキッチン用品見るの好きでさ。こないだ通販でキッチンナイフ買ったんだけど、台所用品って」

唯「(遮って)興味無い」

邦彦「そう」

唯「・・・まぁでも、やること無いし。行こうかな」

邦彦「うん。帰りにスーパー寄っていいかな?」

唯「やだ。鍵貸してよ。先帰る」

邦彦「一緒に行こうよ」

唯「鍵」

邦彦「うん」

カバンの中から鍵を取り出し、唯へと渡す邦彦。

唯「そうそう」

邦彦「なに?」

唯「タマネギと牛肉入れないでね。入れたら帰るから」

邦彦「え?・・・実は今日、ビーフシチューにしようと思ってたんだけど」

唯「じゃあ、牛肉とタマネギ入れるのやめてね」

邦彦「それならさ、やっぱり一緒に買い出し行こうよ。唯ちゃんの好きなもの作るからさ。ね?」

唯「めんどくさい」

改札の柱の前で突如、唯に抱きつく邦彦。

唯「ちょっと、なに?」

邦彦「じゃあさ。唯ちゃん、キスして?」

唯「は?」

邦彦「いや、さっきは途中で時間来ちゃったから、俺・・・」

唯「ほんと、めんどくさい・・・」

駅構内の柱の隅で邦彦とキスする唯。

直樹「・・・」

その光景を直樹が側からまじまじと見ている。

唯「!?」

邦彦「うわっ、なんだよ君。ちょっと、見ないでくれないか?」

唯「直樹・・・」

邦彦「え?あ、唯ちゃんの知り合い?」

直樹「ハヤマと唯の関係性が何なのか答えるならば、ハヤマは唯の彼氏だ」

邦彦「は?」

直樹「唯。お取り込み中のところすまないが。この状況とこの男についての説明を事細かにお願いしたい」

唯「うん。いいよ」

邦彦「え、唯ちゃん?」

和美「酷いんじゃない?」

唯「あ、幼馴染」

和美「どうせこんな事だろうって思ってた」

直樹「おい、和美。こんな事っていうのはもしかしてあれか、世間一般的に言うところの」

和美「(遮って)ていうか、取って捨ててみたいな人ほんとにいたんだ」

邦彦「え?ちょっと・・・、あの・・・」

和美「(遮って)ああ、ひょっとして、この人と先に付き合ってたみたいな?」

唯「だったらなに?」

和美「ほら直樹、私の言った通りじゃん。出会い系サイトやってる奴なんてこんなのしかいないんだよ」

邦彦「(遮って)ごめん、話が全然わからないんだけど。俺にも説明してもらえないかな?」

唯「悪い?」

和美「は?」

唯「悪い?って聞いたの」

和美「悪いっていうか、人として最低」

唯「最低ってなにが?どういう風に?」

和美「は?なに言ってんの?」

唯「なにがどう最低かわからないから、私にもわかるように教えてって言ってるんだけど」

和美「話にならない。直樹、もう行こう」

直樹「おい!ちょっと待て和美!おい!やめろ!離せ!
俺はまだ全然状況がよくわかってないぞ!どれぐらい理解していないか例えるなら」

和美「(遮って)直樹!行くよ!」

和美に手を引かれて、唯の下から去っていく直樹。

邦彦「・・・・・唯ちゃん、あのさ、」

唯「なに?」

邦彦「このあと、なにがあったか、教えてくれるよね・・・・・?」

唯「うん、いいよ」

■直樹の部屋

和美「なんか食べる?卵買ってきたし、オムライスにする?」

直樹「・・・」

和美「あはは・・・、久々に怒鳴ったらお腹空いちゃった・・・」

直樹「和美・・・」

和美「なに?」

直樹「何故、あんな事を言った・・・」

和美「何故って、直樹でもわかるでしょ?2股かけられてたんだよ?」

直樹「違う。そういう事を言っているんじゃない」

和美「なに?」

直樹「何故、口出ししてきた・・・、和美には関係の無い事だろう・・・」

和美「関係あるよ!出会い系サイトやるって言った時に私がもっと注意してたら」

直樹「(遮って)関係無いって言ってるだろ!!」

和美「直樹・・・」

直樹「言おうとした事、ようやく思い出した。俺の世話、親に言われてるからじゃないんだろ?」

和美「え?」

直樹「さっき、和美のお母さんに会った。声かけて、お礼言ったんだ。そうしたら、そんな事知らないって・・・・」

和美「あ・・・」

直樹「どういう事なんだよ?」

和美「それは・・・」

直樹「俺もう嫌なんだ!オマエに世話されて生きていくの!」

和美「!」

直樹「俺さ。事故に遭ってから時折、嫌な夢見るんだ。
事故に遭う前の、子供の頃の俺が、今の俺を指差して、馬鹿にして笑うんだ。
俺、その夢見るの嫌で・・・、ずっと考えないようにしてた。
でも、このままじゃダメだって!昔の自分に笑われるの嫌だから!
これ以上、和美に迷惑かけるの嫌だから!自分で変わらなきゃって思ってたんだ!」

和美「・・・」

直樹「だから、出会い系サイト始めて、そういうの相談出来る人、出来たらいいなって・・・、俺思って・・・」

和美「それ。私じゃ、ダメだったの?」

直樹「もう嫌なんだよ・・・」

和美「なにが?」

直樹「高校生の頃、皆が面白がって俺にボールぶつけたり、殴ったりしてきてさ。
俺、痛くないから全然平気だって言ってるのに、それなのに・・・、和美、俺のこと庇って・・・」

和美「覚えてたんだ・・・」

直樹「俺が高校辞めた後、オマエが苛められてた事だって、俺知ってたんだからな・・・」

和美「・・・そうだったんだ。知らなかった」

直樹「だからオマエに心配かけるの、もう嫌だ。さっきの事だって俺一人で解決したかったのに・・・、
あれじゃあ、全然意味ないじゃないかよ・・・、このままじゃ、俺、昔の自分にずっと笑われちまう・・・」

和美「ごめん・・・。」

直樹「・・・なら。もう、余計なこと、しないでくれ・・・」

和美「・・・そっか。私、バカみたいだね」

直樹「・・・」

和美「もう来ないからさ。・・・今までごめんね。余計なことばかりして」

直樹「・・・」

和美「じゃあね」

直樹の部屋から静かに出て行く和美。

直樹「くそ・・・。痛ってぇ・・・、痛ってぇなぁ・・・、くそっ・・・・・」

■邦彦の部屋

邦彦「唯ちゃん。それ、ほんと?」

唯「うん。でも、話した通りまだ何もしてない。未遂だから」

邦彦「未遂?・・・ああ、だからさっきホテルで?」

唯「そういう事」

邦彦「唯ちゃん、あのさ」

唯「なに?」

邦彦「俺、唯ちゃんの為に色々頑張ってきたと思うんだけど・・・、なんかダメだったかな?」

唯「聞きたい?」

邦彦「うん」

唯「つまんないんだよね。一緒にいて退屈」

邦彦「え?・・・・・そうだったんだ。全然気付かなかった。・・・ごめん」

唯「別に。何のフォローにもならないと思うけど邦彦だけの話じゃないから。
・・・ていうか、いっつもそう。つまんないんだよね、誰と一緒にいても。ずっとそうだった。
皆が皆、私に愛してるって言ってきて、色んなものくれるけどさ。・・・私、わかんないんだよね」

邦彦「わからないって、なにが?」

唯「愛されるってことが」

邦彦「・・・そうなんだ。わからなかった。ごめん・・・」

唯「邦彦には正直、期待してた。半年前、邦彦と知り合って、
子供の頃、お互い両親に嫌な目に遭わされたって話をして・・・、
そんな共通点ある人、私はじめてだったから、この人はこれまでの人と違うかもしれないって期待してた」

邦彦「うん」

唯「・・・でも、期待外れだった。これまでとなんにも変わらなかった」

邦彦「それは、ごめん・・・」

唯「別に」

邦彦「それで、さっきの子と?」

唯「そう。さっき駅にいた子は、なんか違った。・・・最初の印象は最悪だったけど。でも、これまでと違う気がする」

邦彦「・・・」

唯「さっき、ホテルでセックスついでに言われたけど、今言うね」

邦彦「え?」

唯「私、あの人と付き合う」

邦彦「・・・」

唯「邦彦、別れてよ」

邦彦「唯ちゃん!俺もっと努力するよ。頑張って、もっと楽しくいれるようにするから!」

唯「邦彦じゃ無理だと思う」

邦彦「唯ちゃん・・・」

唯「私、もう帰るね。今日送ってくれなくていいよ。そういう気分じゃないし。・・・そうだ。引越すの、やめたら?」

邦彦「え、唯ちゃん・・・待ってよ・・・」

唯「じゃあね、邦彦」

邦彦「ちょっと待ってよ!」

帰ろうとした唯を後ろから抱きしめる邦彦。

邦彦「唯ちゃん、唯ちゃん・・・。俺、やだよ・・・」

唯「ちょっと、離して・・・!」

唯を抱きしめる邦彦の手が、酷く震えている

邦彦「別にいいから、さっきの子と付き合っていいよ」

唯「え?」

邦彦「唯ちゃんが彼と付き合いたいならそれでいい。・・・・でも俺から、離れていかないでくれ・・・」

唯「だから、それは無理だって」

邦彦「(遮って)俺のこと都合よく使ってくれていいから!・・・・・お願いだから、」

唯「邦彦・・・」

邦彦「どんな形でもいいから、俺から離れていかないでくれ」

唯が邦彦をそっと抱きしめ返す。

唯「邦彦・・・・」
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唯N「私が生まれてまだ間もない頃、両親が離婚した」

唯母「唯、今日からはママと二人で生活するの。二人で楽しく、暮らしていこうね」

唯N「小学生になったある日、学校から帰ると母が知らない男と寝ていた。
母は、ゴミを見るような目で、私にこう言った」

唯母「あんた何やってるの!今日は帰ってこないでって言ったでしょ!
あの人にそっくりで、気持ち悪いのよ・・・!・・・あっ、ごめんなさい、今出ていかせますから」

唯N「私は愛されていなかった。
私が小学3年生の頃、母親が再婚した。新しく出来た父親には、ロリコンの気があったと思う」

唯父「唯、今日はお父さんと一緒に寝よう。そうしたら、何でも欲しい物をあげる」

唯N「父と寝るのは日常茶飯事だった。
父と寝る度に、父は私の欲しかったものを与えてくれた。
父は、私と寝る度に耳元で「愛してるよ」と囁いてくれた。
私はその言葉が大好きだった。大好きで、何度も体を預けた。
中学生になったある日、学校から帰ると、父が知らない女と寝ていた。
父は、ゴミを見るような目で、私にこう言った」

唯父「あんなバカ女とこんな汚いガキ、これっぽっちも愛していないよ。
ほら、何をしているんだ?早く出ていけ!・・・すまない、今出ていかせるから」

唯N「私は、愛されていなかった。両親はそれから直ぐに離婚した。
私は、親戚の家に引き取られた。転入先の学校で、私は一人ぼっちだった。
事情を察した担任の先生が、友達のいない私に声をかけてくれた」

唯担任「神谷、辛くなったら先生のこと、お父さんだと思って頼ってくれていいからな」

唯N「私は自分の担任を異性として意識して、想いを伝えた。
先生は、私を異性として「愛している」と言い、私の体を受け入れてくれた。
私が中学を卒業する間近の頃、先生との交際が学校にバレた。
先生は、教員の免許を剥奪されて、学校をクビになった。
先生は、ゴミを見るような目で、私にこう言った」

担任「オマエのせいだぞ。オマエの事を愛してる?そんなの嘘に決まってるだろ。
オマエのせいで俺の人生、台無しになっちまった。・・・出てけよ!早く出ていけ!!」

唯N「私は、誰からも愛されていなかった」

■直樹の部屋
ドアホンのチャイムが鳴る。
直樹が玄関の扉を開くと、そこには唯がいた。

唯「よ」

直樹「・・・」

唯「あ。新聞取りませんかー?」

唯の姿を確認すると急にドアを閉める直樹。玄関のドアを叩く唯。

唯「は?ちょっと!冗談だって!冗談!」

直樹「最近の新聞勧誘は凄いな!脳神経を麻痺させて幻覚を生み出す薬でも使用しているのか!」

唯「違うったら!私だって!」

静かにドアを開ける直樹。

直樹「・・・本当に、神谷 唯さんですか?」

唯「ええ、そうです。正真正銘、神谷 唯です。新聞の勧誘じゃありません・・・」

直樹「合言葉を言え」

唯「は?」

直樹「合言葉を言え」

唯「童貞」

直樹が再び、玄関のドアを閉める。

直樹「やはり貴様は新聞業者だ・・・、いや、悪意の塊で出来た何かだ」

唯「ちょっと!!酷くない!?いい加減開けてよ!!」

玄関のドアを開ける直樹。

直樹「・・・本当に、新聞の勧誘じゃないんだな?」

唯「違うったら」

直樹「いいだろう。信用してやる」

唯「偉そうに・・・。うっわ、汚い・・・。掃除したら?」

直樹「なんだ。そんな事を言いに来たのか?」

唯「ん?ああ、こないだのこと説明しに来たんだけど」

直樹「ふむ。では早速だが、この間のことを説明してもらおう」

唯「浮気してた」

直樹「・・・」

唯「こないだの人とは、直樹と出会う前から付き合ってた」

直樹「・・・非常に、単純明快な回答だな」

唯「え?わかりやすくていいじゃん」

直樹「だが、解せん」

唯「なにが?」

直樹「付き合っている男がいながら、俺と何故、関係を持ったのだ?」

唯「・・・ねえ、あのさ、変な話していい?」

直樹「駄目に決まってるだろう。変な話ってなんだ?アオアシカツオドリの産卵方法の話か?」

唯「え?アオ・・・なに?ていうか、そんな話しないし」

直樹「じゃあ何だ?」

唯「私ね、わかんないの」

直樹「・・・・先ず、アオアシカツオドリの産卵は、」

唯「(遮って)だから違うよ。愛されるってことが」

直樹「んん?なんだ、真面目な話じゃないか。哲学の類か」

唯「まぁ、哲学っていうか、しょぼい話だけど。
私、親に嫌われて育ってさ。そのせいで普通の人と、ちょっと考え方が違うっていうか・・・」

直樹「うむ」

唯「そういや、直樹は?」

直樹「ん?」

唯「親と仲良い?」

直樹「両親はいない。俺が中三の時に遭った事故で二人とも死んだ」

唯「え?・・・ごめん」

直樹「気にしなくていいぞ、慣れているからな」

唯「・・・うん。あ、でも、その時の事故で、殴られたりしても痛くないって話は聞いた」

直樹「そうか、確かにそうだったな」

唯「羨ましい」

直樹「そう思うだろう。だが、それは大きな間違いだ」

唯「え?」

直樹「確かに。痛みの感じない体を特別だと思っていた時期がハヤマにもあった。
高校の頃、友達欲しさにその事をクラスメートに言いふらした事がある。
顔にボールをぶつけられたり、殴られたり、靴に画鋲を入れたまま下校させられたり、散々だった」

唯「あ・・・」

直樹「ハヤマは高校を辞めて、外界との関わりを断った。
しかし、その後、ハヤマのせいで傷ついた者がいる事を知った。
ハヤマは・・・、俺は・・・、知らず知らずのうちに、他人を傷つけていたのだ。
・・・そこでハヤマはようやく気付いた。他人の痛みがわからないという行いが、どれほど残酷な行為かを」

唯「他人の、痛み?」

直樹「ああ、そうだ。その痛みがわからない人間は恐ろしいぞ。悲しいかな、現代にはそういう悪魔が多く生息している」

唯「ねえ」

直樹「なんだ?」

唯「ひょっとしたらさ、私も、案外そういう悪魔なのかも・・・」

直樹「何故そう思う?」

唯「え?それはさ、その・・・」

直樹「安心しろ。オマエはそういう人間ではない」

唯「え?」

直樹「オマエは最初のデートの時、鼻血を出したハヤマに、ハンカチを差し出してくれた。
今日だって、新聞の勧誘になり済まし、こないだの事を説明しに来てくれたのだろう?
・・・・それは、他人の痛みがわかるからこそ、出来る行為ではないか?」

唯「・・・」

直樹「どうした?」

唯「ううん。そんな風に自分のこと、全然思ってなかったから」

直樹「安心しろ、俺が保証してやろう。
すまんな、話が妙な方向に反れてしまった。
それで、なんだったか。アオアシカツオドリの産卵の話だったか?」

唯「違うよ。こないだの話の続き」

直樹「おお。そうだったな。さあ、続きを話すがいい」

唯「こないだね、幼馴染のひとに最低って言われたけど、私、何がどう最低なのか、ほんとにわからなかったんだ」

直樹「あれに関しては、こちらの方こそすまなかった」

唯「ううん。寧ろあれが当然の反応なんじゃないかな」

直樹「当然の反応、なのか・・・」

唯「私ね。誰かから愛されるって事が本当にわからないんだ。
これまで付き合った人、皆が皆“愛してる”って言ってくれた。
それで、私に色んなものを与えてくれたけど違ったの。みーんな違った」

直樹「参考までに聞くが、色んなものとはなんだ?植木鉢か?」

唯「なんで私が植木鉢ねだるんだよ・・・。こないだの15万のバックとか」

直樹「あれは・・・!そうだったのか・・・・!」

唯「そう。この服もそうだし。こないだ鼻血拭いたハンカチも全部貰い物」

直樹「羨ましい」

唯「そう?」

直樹「ああ。ちなみに言っておくが、俺が与えられるものは誕生日に手書きの肩たたき券とか、そういうレベルだぞ」

唯「いや、それは要らないけど・・・。そういう事じゃなくって・・・。
・・・なんていうのかな。確かに、欲しい物は色々と手に入ったけど、
愛してるって事がどういうことなのか、みんな教えてくれなかった」

直樹「うむ、深いな。哲学じゃないか・・・」

唯「そう?しょぼい話だと思うけど」

直樹「しょぼくなど無い。スケール的に神話の領域だろう、これは」

唯「大袈裟だな。・・・・・なんか、わかった気がして。直樹のおかげで」

直樹「んん?」

唯「直樹は違ったんだ。初対面の印象、最悪だったけど。
30分も待たされて、牛丼屋連れて行かれそうになるし・・・
ああ、なんか思い出したらイライラしてきちゃった・・・」

直樹「ちょっと待て!そっちの方向はやめておけ!そっちは血と暴力の世界だ!戻って来い!」

唯「ふふっ・・・、・・・直樹なら、教えてくれる気がする。私に、愛してるって事を」

直樹「・・・」

唯「正直ね。こないだここに幼馴染の人が来た時も、駅でキスしてるとこ見られた時も、
よくわからないけど嫌な気分になった。なんかわからないけど凄く嫌だった。
今まで何回かああいう事あったけど、あんな嫌な気分になったの、はじめて」

直樹「それは、悪かった・・・」

唯「だから。こないだの人と別れてきた」

直樹「んん!?」

唯「私、直樹と一緒にいたい」

直樹「・・・っ」

唯「やっぱり・・・、嫌?」

直樹「・・・・うぐぐぐ、うううう!」

唯「え!?は!?ちょっと!泣いてんの?」

直樹「いや、だって、だってぇ・・・」

唯「え、なんで泣いてるの?」

直樹「こないだ、俺、怒って帰っちゃったと思ってぇ・・・、地球消滅の危機だとずっと思っててぇ・・・」

唯「だから、怒ってないし、地球も消滅しないよ」

直樹「そうか・・・、それは・・・、本当によかった・・・!」

唯「ていうか、寧ろ怒っていいのに、私のこと・・・」

直樹「えぇ?なんでぇ?」

唯「いや、だって浮気してたんだよ・・・?付き合ってた人と別れて、直樹と付き合いたいって言ってるんだよ」

直樹「それならば・・・、安心しろ・・・・」

唯「安心、って?」

直樹「俺は、浮気という罪がまだよくわからん・・・、それに・・・」

唯「それに?」

直樹「俺は、童貞だ・・・」

直樹の言葉を前に、ベッドの上で笑い転げる唯。

直樹「ちょっと待て・・・、俺の事をいま馬鹿にしているだろう!?」

唯「直樹ってやっぱ変だね・・・」

直樹「それを言ったらオマエも変だろう・・・、愛を知らぬ彷徨い人よ」

唯「なにそれ、恥ずかしいからやめてよ」

直樹「事実だろう」

唯「でも、良かった」

直樹「それはこっちの台詞だ」

唯「ふふっ。・・・じゃ、仕切り直ししよっか?」

直樹「ん?」

唯「仕切り直し」

直樹「新聞業者の下りか?」

唯「違うよ!こないだの」

直樹「こないだの?」

直樹のベットに寝転がる唯。

唯「はーい。ご自由に」

直樹「ちょっと待て。デジャヴだ、これと同じ光景を、俺は以前にも見た事があるぞ・・・」

唯「今日、直樹がいいって言ってくれたら、こないだの続きしようと思ってたから」

唯が、直樹を抱き締めて目を閉じる。

唯「ありがと、直樹・・・」

直樹「・・・」

唯「ね?今日はボタン、自分で外せる?」

直樹「甘く見るなよ・・・」

唯「ん?」

直樹「オマエが来ない間、数千のアダルトサイトを見て、俺は進化を遂げた」

唯「はいはい」

直樹「驚くなよ?ブラも外せるぞ。俺の進化をとくと見せつけてやる」

唯「はいはい」

直樹がそっと、唯の衣服を一枚一枚脱がしていく

-----------------------------------------------
唯「じゃ、帰るね。元童貞」

直樹「その呼び方はやめろ。俺はもうあの頃の俺じゃない」

唯「寂しいなー、もう童貞呼ばわりできなくて」

直樹「フッ」

唯「なに今の顔。最高にムカつくその顔」

直樹「青年は、いつしか大人になった。そして神話へ・・・」

唯「大人っていうか、ただのエロオヤジだね」

直樹「やめろ!オマエの精神攻撃はいちいち攻撃力が高いな!」

唯「蹴っても効かないからさ」

直樹「そうか。効果的な手段だな・・・、いや、そういう問題じゃない」

唯「新しい弱点を探さないとダメね。タマネギぶつけるとかどう?」

直樹「それは・・・本当にやめてくれ・・・」

唯「効果的でしょ?」

直樹「ああ・・・。そうだ。そういえば、」

唯「?」

直樹「こないだの男と終わったというのは本当なのだな?」

唯「え・・・、うん。そうだけど、なに?」

直樹「彼は、大丈夫なのか?」

唯「・・・え?なんで、アイツのことなんか気にするの?」

直樹「いや・・・」

唯「?」

直樹「俺はオマエと付き合える事になって、本当に嬉しい。
どれぐらい嬉しいかというと、今宵の晩餐をお赤飯にしたいぐらい嬉しい。
俺はお赤飯の小豆が好きじゃなくてだな、正直、お赤飯はあまり食べたくないのだが、」

唯「いや、お赤飯好きじゃないのはわかったけど、なんで?」

直樹「俺が彼の立場なら、絶対に傷つくと思ってな」

唯「・・・!」

直樹「ん?どうした?」

唯「・・・うん。そうだよね」

直樹「ああ。今日オマエがここに来るまで、彼の事が気になっていたのでな・・・」

唯「そ、そうだったんだ。うん、大丈夫だよ。心配しないで」

直樹「そうか、それなら良かった」

唯「それじゃあ、またね」

直樹「ああ、またな」

■邦彦の部屋
リビング。携帯で電話をかける邦彦。

邦彦「ああ、母さん。久しぶり・・・。元気してた・・・?
うん、あ・・・、忙しいのにごめん。あの、相談があってさ。
俺、そっちに帰ろうと思ってるんだ・・・。勿論、毎月の仕送りもこれまで通りするからさ。
もう、疲れちゃってさ。出来ることなら、そっちに帰って、一緒に暮らしたいんだ。
・・・え?いや、居場所が無いって、いいよ。物置にしてた部屋、あっただろ?
そこで構わないからさ、一緒に・・・。え・・・、居場所って・・・・。
ちょっと待ってよ!母さん!俺、これまで通り、いや、これまでより多く仕送りもするからさ!
ねぇ、お願いだよ!母さん!俺、母さんと住みたいんだ!母さん!!ねぇ!母さん、ねぇ!!」

邦彦の電話から、ツー、ツーと音が響いている。

邦彦「!」

手にした携帯をソファーに投げつけると、台所へかけこむ邦彦。

邦彦「うっ・・・!」

台所の流しの部分に、嘔吐する邦彦。

邦彦「はぁはぁ・・・うぅっ・・・!」

その場に、倒れ込むと、体を引きずるようにして玄関に通じる廊下の壁に背を預ける。

邦彦「はっ、はぁ・・・、なんでだよ・・・・、そしたら、誰もいないじゃないか・・・」

その場にうずくまり、ガタガタと震え出る。

邦彦「やだ・・・、いやだ・・・、俺、一人でいるのはもう嫌だ・・・
唯ちゃん・・・唯ちゃん、助けてよ、唯ちゃん、助けて、唯ちゃん唯ちゃん」

邦彦の家のドアホンが鳴る。

邦彦「あ・・・」

フラつきながら起き上がると、玄関に向かって歩き出す。
玄関のドアを開くと、唯が立っていた。

唯「・・・」

邦彦「唯ちゃん・・・・」

唯「どうしたの・・・?」

邦彦「え?」

唯「口、なんかついてる。汚い」

邦彦「あ、ごめん・・・」

台所へ行き、顔を洗う邦彦。リビングのソファーに座る唯。
程なくして、邦彦がリビングに戻ってくる。

唯「実家、いつ帰るの?」

邦彦「え?」

唯「こないだ、帰るって言ってたじゃん」

邦彦「え?ああ、うん・・・。来月、かな・・・」

唯「言っとくけどさ」

邦彦「うん・・・」

唯「こういうの、それまでにして」

邦彦「うん・・・。わかってる」

唯「来月以降、もう会わないから・・・」

邦彦「唯ちゃん・・・、その・・・、実はさ・・・」

唯「ああ、はい・・・」

ソファーに座ったまま、スカートの裾を上げる唯、唯の下着が露になっている。

邦彦「・・・」

唯「どうしたの?」

邦彦「いや・・・、実は・・・・」

唯「早くしてよ。私、このあと用事あるから・・・」

邦彦「ああ、うん・・・」

浮かない表情のまま、唯の前に屈む邦彦。

唯「ん・・・」

邦彦「好きだよ、唯ちゃん・・・。俺、やっぱり、唯ちゃんとずっと一緒にいたい・・・!」

唯「は?」

邦彦「唯ちゃん・・・」

唯「駄目に決まってるでしょ。・・・・・・早くしてよ、時間無いから」

邦彦「・・・うん」

唯「それと、夜、荷物取りに戻ってくるから。鍵、あとで渡してね」

邦彦「・・・うん、わかった」
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■海岸沿いの通り

直樹と唯が肩を組んで歩いている。

直樹「・・・」

唯「どうしたの?」

直樹「・・・」

唯「今日、全然喋らないじゃん」

直樹「・・・」

唯「海を見に行きたいって言ったの直樹なのに。なに?飽きた?」

直樹「ハヤマは、事故に遭ってから、海という物に嫌悪感を抱いていた」

唯「は?」

直樹「元々はハヤマが旅行へ行きたいと、家族に我儘を言ったのだ。
事故に遭わなければ、家族三人で、海へ行く事になっていた」

唯「・・・」

直樹「ずっと思っていた。事故になど遭わず、俺も、もっと違う生活を送る事が出来たんじゃないかとな」

唯「・・・なんで、海が見たいなんて言ったの?」

直樹「俺が、はじめて出会った時に言った事をオマエは覚えているか?」

唯「え?どれ?豚?」

直樹「わかった。オマエは根に持つタイプの人間だという事がよくわかった。
今後は自身の発言に気を配るとしよう。そうではない。“ifの羽山”を倒す仲間を探していると言ったはずだ」

唯「ああ、そういえば言ってたね。そんなこと」

直樹「ああ」

唯「ねえ。“ifの羽山”ってなに?」

直樹「“ifの羽山”は、俺の夢に出てくる子供の頃の、事故に遭う前の俺自身を指している」

唯「昔の直樹ってこと?」

直樹「そうだ。事故に遭ってから、奴は時折、夢の中に現れ、俺のことを嘲笑いに来る。
夢の中で俺は・・・、奴に対して、何も言い返す事が出来なかった・・・。
奴と出食わす度に、俺は自分の無力さを痛感し、ベットの上でただ震える事しか出来なかった」

唯「直樹・・・、もういいよ。他のところ行こう?」

直樹「いや、大丈夫だ。オマエのおかげでな」

唯「え?」

直樹「昨日、久々に夢の中で、奴と出くわした。
奴は相変わらず、指を差して、俺の事を嘲笑っていた。だから、俺は奴に言ってやった・・・」

唯「・・・」

直樹「・・・」

唯「え?なんて言ったの?」

堤防から海の方向へ向き直り、大きな声で叫ぶ直樹。

直樹「彼女が出来た!オマエのようなチビジャリには理解出来ない世界も体験した!もうオマエなんか怖くない!とな」

唯「ぷっ」

直樹「奴は悔しげな表情で、俺の前で、消滅していった」

唯「ははっ、そうだったんだ・・・」

直樹「だから今日は、海を見たくなったのだ・・・」

唯「それなら、先に言ってよ」

ふっと、立ち止まり、遠くの海をじっと見つめる直樹。

直樹「綺麗だ・・・」

唯「うん」

直樹「寒くなってきたな。そろそろ家に戻ろう」

唯「直樹」

直樹「ん?」

唯「(小声で)私も、ちゃんと。全部片付けるね・・・」

直樹「ん?今、何て言ったのだ?もっと大きな声で言ってくれないか?」

唯「・・・ううん。なんでもない」

唯が、直樹の手を取る。

唯「直樹んとこ、早く行こ?」

直樹「ああ。というか、今なんて言ったんだ?」

唯「教えなーい」

直樹の家へと歩いていく二人の後ろを、邦彦が付いていく。

邦彦「唯ちゃん・・・、唯ちゃん・・・・」
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■邦彦の部屋

テーブルには、邦彦の作った夕食が並んでいる。

邦彦「唯ちゃん、榊の隣駅に美味しいイタリアンの店があるの知ってた?」

唯「・・・」

邦彦「ねえ、唯ちゃん」

唯「え?なに?」

邦彦「あ。榊の隣駅に美味しいイタリアンのお店あるの知ってる?」

唯「ううん」

邦彦「俺、パスタ凄く好きなんだ。こうやって自分で作ったりもするんだけど、専門店のパスタには適わないんだよね」

唯「・・・」

邦彦「ねえ・・・?」

唯「・・・」

邦彦「あの、お願いが一個あるんだけど・・・」

唯「なに?」

邦彦「俺が実家戻る前に、一緒に食べに行ってくれない?あと、前に行ったって話してた映画も、一緒に行きたい・・・」

唯「・・・」

邦彦「一個でも唯ちゃんとの思い出、作っておきたくて・・・」

唯「あのさ・・・」

邦彦「ん?」

唯「ずっと思ってたんだけど・・・」

邦彦「なに?」

唯「・・・・ごめん。邦彦とは、やっぱりもう会えない」

邦彦「え?」

唯「私、ようやくわかってきた。愛されるってこと」

邦彦「・・・」

唯「今、付き合ってる彼のこと。傷つけたくないから、会うの今日限りにして」

邦彦「・・・・んなよ」

唯「私、帰るから・・・」

邦彦「!!」

部屋から出ていこうとした唯の髪を邦彦が掴む。
そのまま思い切り壁に顔を叩き付ける。

邦彦「ふざけんなよ!」

邦彦が唯の顔面を叩く。そのまま床に倒れこみ、うずくまる唯を何度も蹴り付ける。

邦彦「彼のこと、傷つけたくない?ハッ、俺は?じゃあ俺はなんなんだよ!
必死こいて、いつもオマエの機嫌を伺って!大金使ってよ!!」

邦彦が腰を下ろし、うずくまっている唯の横に寝そべり顔を覗き込みながら耳元で囁く。

邦彦「ねぇ唯。唯さぁ。俺と一緒にいてくれよ。
お願いだからさ。こないだはいいって言ってくれたじゃん。
前に言ったよね?俺んとこの家族も酷かったんだ。
実の親にゴミのような扱いを受けて、誰からも愛されずに俺も生きてきたんだ。
そんな中で、似た境遇の唯と出会えて、俺、ほんとに嬉しかった。
一緒にいて楽しかった、俺、唯と一緒にいると幸せな気分になれるんだ」

唯「・・・」

邦彦「だからさ、一緒にいてよ唯」

唯「やだ」

邦彦「・・・・!!」

再度、うずくまる唯を何発も蹴りつける邦彦。

邦彦「ねぇ、お願いだからさ。頼むよ、唯ちゃん」

唯「絶ッ対、嫌・・・」

邦彦「ああ、そうかよ・・・!」

うずくまったままの唯を蹴ると、部屋から出て行く邦彦。
キッチンに置いていたナイフを手に、外へ出ていく。

唯「痛たた・・・」

殴られた顔を抑えながら、フラフラと起き上がる唯。

唯「そっか。そうだったんだ・・・・」

床にうずくまって、静かに泣き始める唯。

唯「私、他の人を、ずっと・・・、ずっとこうやって、傷つけてきたんだ・・・」

■直樹の部屋
ドアホンのチャイムが鳴る。
直樹が玄関の扉を開くと、そこには和美がいた。

和美「こんばんわ」

直樹「あ・・・」

和美「こないだの、ちゃんと謝りに来た」

直樹「オマエは、新聞業者か?」

和美「え?いや、違うけど」

直樹「そうか、ならば入るがいい」

直樹の部屋に入る和美。

和美「うっわ、汚い・・・、掃除しなさいよ・・・」

直樹「あ、ああ。すまん」

和美「はー、全くもう・・・」

直樹の部屋に散乱したゴミを捨てる和美、その様子を見ながら直樹が言う。

直樹「その・・・、こないだは、俺の方こそ悪かった・・・」

和美「え?」

直樹「この通りだ・・・!俺は一人で掃除もままならんダメな奴だと改めて気付いた。本当に、すまなかった」

和美「・・・・ねえ、お腹空いてるでしょ?牛丼買ってきたんだけど。タマネギ抜きで」

直樹「和美・・・」

和美「ん?」

直樹「オマエはやっぱり凄い奴だな・・・」

和美「え?なにが?」

直樹「いや、俺という人間を熟知している。流石だ」

和美「何年一緒にいると思ってんの」

直樹「確かにな」

和美「・・・こっちこそごめんね。今まで嘘ついてて」

直樹「いや、オマエが来ない数日間、ずっと思っていた」

和美「なにを?」

直樹「感謝してる」

和美「あ・・・」

直樹「ありがとう、和美」

和美「え・・・?ちょっと、そういうのやめてよ、バカ・・・、気持ち悪い・・・」

直樹「ぐぬぬ・・、貴様・・・、実は反省してないだろ!」

和美「してるよバカ!」

直樹「うるさいバカ!」

和美「なんだよ!・・・ふふっ」

直樹「なんだ・・・?何が可笑しいんだ・・・?言ってみろ」

和美「え?いや・・・、良かったって思って・・・」

直樹「む。・・・そ、そうか。ならば、牛丼、ありがたくいただくとしよう」

和美「私が来ない間、ちゃんとご飯食べてた?」

直樹「ああ。特売のピスタチオをひたすら剥いては食べ、ひたすら剥いては食べていたぞ」

和美「は?ずっとピスタチオ食べてたの?」

直樹「安かったからな」

和美「まったく・・・、えっと、その、あのさ・・・」

直樹「ん?」

和美「もう一個だけ、言いたいあって」

直樹「え」

和美「その・・・」

直樹「ああ。牛丼代か、この守銭奴め・・・。金が欲しいなら素直にそう言えばいいものを・・・」

和美「(遮って)違うって。あの、私ね・・・」

直樹「なんだ、金じゃないのか?だったらなんだ?申してみろ」

和美「あのさ、真面目に聞いてくれる?」

直樹「ん?あ、ああ・・・」

和美「ちょっと待って・・・」

直樹「なんだ?」

和美「・・・」

直樹「おい、どうした?」

和美「・・・好き」

直樹「ん?」

和美「直樹のことが、好き・・・!」

直樹「・・・」

和美「あの、好きって、異性として好きって、意味だからね」

直樹「・・・」

和美「こないだ、余計なこと言うなって言われたけどさ、あの女・・・、じゃなくて、
あの子が許せなくて、カッとしちゃって・・・、余計なこと言っちゃって、ほんとにごめん」

直樹「・・・」

和美「すごく嬉しかった・・・。高校の頃のこと覚えてくれてたの。
私、本当に嬉しかったんだ・・・!だから、直樹と付き合えたら嬉しいな、って・・・、
直樹のこと、好きって、ちゃんと言おうとって思って・・・」

直樹「和美・・・」

和美「・・・」

直樹「俺、羽山 直樹は唯と付き合うことになった。
彼女は、こないだの男との別れを選択して、俺を選んでくれた。
彼女の想いを、俺は裏切るわけにはいかん・・・」

和美「あ、ああ。そっか、そうだったんだ。・・・言って損した」

直樹「すまん・・・」

和美「でも、でもさ!直樹のこと、私が一番よくわかってあげられるよ?一緒にいたら絶対楽しいと思うんだけどな!」

直樹「しかし・・・」

和美「!」

おもむろに上着を脱ぎ始めて、上半身のみ下着姿になる和美。

直樹「待て!オマエ一体なにを!?」

直樹の言葉を遮るように、直樹に抱きつく和美。

和美「じゃあ、私は・・・?」

直樹「・・・・」

和美「世話しに来るの嫌だ嫌だって言ってたけど、
ほんとはここに来て、直樹とご飯食べて、直樹と話すの大好きだった。
ずっとずっと、子供の頃から・・・、直樹のこと、好きだった・・・」

直樹「和美・・・」

和美「・・・」

直樹を力強く抱きしめたまま、和美が唇を重ねようとする。

直樹「・・・ごめん」

和美「あ・・・」

直樹「俺も、和美と喋ったり、一緒にメシ食ったりするの楽しい・・・けど、」

和美「・・・」

直樹「駄目なんだ・・・、すまない・・・」

和美「・・・そっか」

和美が、直樹から離れると、背を向けながらそそくさと上着を着始める。

和美「あーあ、フラれちゃった・・・」

直樹「和美・・・」

和美「ていうかごめんね。・・・今、笑いそうになっちゃった私」

直樹「は?」

和美「今の直樹の顔、そこにある紅しょうがみたいな色してた」

直樹「む・・・」

和美「紅しょうが星人」

直樹「ぐぬぬぬ・・・、なんだ!オマエは俺をどうしたいんだ!宇宙人呼ばわりするな!」

和美「さーてと、牛丼食べよ」

直樹「・・・和美、」

和美「ほら!」

直樹「ああ・・・」

和美「いただきます」

直樹「いただきます」
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■直樹の家、玄関前

和美「いい?明日、朝起きたら絶対にゴミ出しすること!」

直樹「何回言うんだ!オマエのその言葉が俺の耳から呪詛の如く離れない!」

和美「じゃあ、大丈夫そうだね」

直樹「・・・」

和美「ん?なに?」

直樹「あの、その・・・和美・・・。嬉しかった。その、色々と・・・」

和美「え・・・?」

直樹「オマエが嫌でなければ、これからも、俺の世話をしてほしい・・・と、思っている・・・」

和美「・・・」

直樹「ダメか?」

和美「前向きに検討します」

直樹「おい。なんだその汚職に手を染めまくった政治家みたいなコメントは」

和美「善処します」

直樹「絶対に善処しないやつだろう、それは」

和美「あはは、バレた?」

直樹「また、来いよ」

和美「うん」

直樹「絶対だぞ!今の“うん”は130%絶対だと解釈するからな!」

和美「わかったってば」

直樹「あ、和美!」

和美「なに?」

直樹「俺、“ifの羽山”をついに倒した・・・」

和美「あ・・・。そっか」

直樹「ああ!」

和美「うん。よかったね、直樹」

直樹「ああ。オマエに報告出来て俺も嬉しい。俺の事はもう心配しないでくれ」

和美「ん。そうか、よかった。じゃあ、またね」

直樹「ああ、またな」

和美「うん」

直樹「気を付けて帰るんだぞ」

和美「うん、ありがと。おやすみ」

直樹「ああ」

直樹の部屋の、玄関のドアが締まる。

和美「嬉しかった、か・・・」

ドアの前で、ゆっくりしゃがみ込む和美。
声を殺して、静かに泣き始める。

和美「でも、それだけじゃ私、やだ。
本当は、直樹にキスしてもらいたかった。
直樹と一緒に、二人で、いたかったのに・・・。どうしよう、私・・・。
直樹の部屋に行く理由・・・、何にも無くなっちゃった・・・。
これじゃ私、直樹に、もう何もしてあげられないじゃん・・・」

玄関前で声を押し殺して泣いている和美の声が、玄関越しの直樹に聞こえている。

直樹「ううっ・・・」

玄関のドアに背を預けて、しゃがみ込む直樹。
手で顔を覆って、和美に聞こえないように泣き始める。
玄関越しに、お互いの泣き声が響く。

直樹「和美・・・、和美・・・・」

■直樹の家、周辺

唯、直樹の家に向かって歩いている。

唯「あ、」

正面からやってきた和美も唯に気付く。

和美「あ、」

唯「幼馴染・・・」

和美「・・・顔」

唯「これはちょっと、色々あって・・・」

和美「直樹のとこ、行くの?」

唯「うん」

和美「直樹と付き合うって、さっき聞いた」

唯「・・・」

和美「おめでとう・・・」

唯「うん」

和美「それじゃ」

和美が、唯の横を通り過ぎていく。

唯「あのさ」

和美「なに?」

唯「こないだは、ごめん」

和美「え・・・?」

唯「こないだ、最低って言われたの・・・意味わかんなくて・・・あんな風に言っちゃって、ごめん」

和美「・・・」

唯「直樹と会って・・・、こないだ言われた最低ってこと、
ようやくだけど、ちょっとだけわかってきて・・・悪かったなって・・・」

和美「今更?」

唯「え?」

和美「本気で言ってんの・・・?ふざけないでよ・・・!」

唯「・・・」

和美「私、あなたのことなんて全然知らないし、知りたくもない。
けど、今までだって、平然とした顔で色んな人を傷つけて来たんでしょ?」

唯「だって、それは・・・!・・・わからなかったから、」

和美「(遮って)“わからなかった”なんて全部あなたの自業自得でしょ!?」

唯「あ・・・」

和美「私、子供の頃からずっと直樹の傍にいたの。ずっと好きだったの」

唯「え?」

和美「でも、私じゃ駄目だって直樹に言われた」

唯「・・・」

和美「直樹に好きな人が出来て、フラれるならそれでもいいって、
仕方がないって思う事にしようって決めてた。でも、あなただけは嫌!」

唯「でもッ・・・!」

和美「なに・・・?」

唯「私、直樹のこと好きなんだ・・・!」

和美「・・・」

唯「だから、その・・・あなたのこと・・・、傷付けて・・・、すみませんでした!」

頭を下げる唯へと、大きくため息を吐くと、唯を抱きしめる和美。

唯「え・・・?」

和美「・・・直樹のこと傷つけたら絶対に、絶対に許さないから、」

唯「・・・」

和美「だから・・・」

唯「え・・・?」

和美「あいつのこと、よろしくね・・・」

唯の下から離れていく和美、その後ろ姿を見つめて頭を下げる唯。

唯「そっか・・・。痛いって、こういう事なんだ・・・。今まで、何やってたんだろうな、私・・・」

■直樹の部屋

和美と別れて、玄関にしゃがんだままの直樹、ドアをノックする音が響く。

直樹「ん・・・?」

ドアを開けると、そこには邦彦がいた。

直樹「オマエは、こないだの男・・・」

邦彦「ッ!」

邦彦の手にしたナイフが、直樹の腹部に刺さって、床に落ちる。

邦彦「オマエが、オマエがいけないんだ・・・。
急に出てきて、俺から唯を奪っていきやがって・・・」

腹部を触り、真っ赤に染まった自分の手を見つめる直樹。

直樹「あ・・・」

邦彦「唯が、オマエと付き合うって、オマエのこと傷つけたくないって
だから別れてくれって、さっき言われた・・・、ふざけやがって・・・!!」

直樹「・・・さっき?」

邦彦「(遮って)俺、頑張ったんだ!唯を喜ばせようと必死に働いて!
唯を怒らせないように顔色伺って!頑張ったんだよ!頑張ったんだ!
でもオマエのせいで・・・、全部オマエが悪いんだ!
だからオマエがいなくなればいいんだ!オマエなんていなくなっちまえ!」

直樹「・・・」

邦彦「そうだ。また誰もいなくなっちまう。俺の前から誰も・・・、
もう嫌だ、嫌だよ・・・。一人はやだ・・・。母さん、俺のこと助けてよ・・・」

地面にしゃがみこみ、泣き始める邦彦。直樹が、床に落ちたナイフを拾い上げる。

直樹「だったら、俺の事を何度でも刺すがいい」

邦彦へ、血の付いたナイフを差し出す直樹。

邦彦「え?は?なんで?俺、オマエのこと刺してやったよな?血、沢山出てるもんな?」

直樹「・・・俺は、痛みを感じない」

邦彦「は?一体なに言ってんだオマエ・・・」

直樹「唯からは、貴方の事は大丈夫だと話を聞いていたが・・・、非礼を詫びよう。すまなかった・・・・」

邦彦「なんでだ、なんで謝るんだよ・・・」

直樹「知らなかったとはいえ、貴方の事を傷つけてしまったからだ・・・」

邦彦「・・・!」

直樹「先程も言ったが、俺は痛みを感じない。
こんなカラダになった影響で、俺は他人の痛みが解らない人種に苦しめられた事がある。
俺は、自分がそういった人種にならないように、遥か昔、自分自身に誓いを立てた。
だが、どうやら俺は・・・、今回の件で、そうした人種になってしまっていたらしい・・・」

邦彦「あ、ああ・・・」

直樹「さあ、1度刺したぐらいでは貴方の気は済まないだろう。俺のことを好きなだけ刺すといい」

ゆっくりと、直樹から後ずさっていく邦彦。

直樹「その代わり・・・、俺の我侭を一つ聞いてほしい。
明日でも、明後日でもいい。俺と、唯と、貴方で、話す機会をもらえないか?」

邦彦「やめろ、やめろよ・・・俺、俺・・・・」

直樹「俺は唯のことが好きだ。愛している。でも、そのせいで誰かを傷付けるのは御免だ・・・だから、」

邦彦「(遮って)うわああああああああああああああ!!!!!!!」

勢い良く邦彦が、直樹の部屋から出て行く。
邦彦を追うことなく、苦笑する直樹。真っ赤に染まった、自分の掌を見つめる。

直樹「流石、唯だ・・・。見事に、騙されてしまったな・・・」

おぼつかない足元で、直樹が部屋に戻っていく。

■直樹の部屋

ゆっくりと玄関の扉が開く。唯が部屋にやって来る。
腹部を血で染めた直樹が、ベッドに倒れている。

唯「・・・」

そっと、直樹の顔を覗き込む唯。
ハンカチを取り出して直樹の腹部に当てる。
穏やかな視線で、唯を見つめる直樹。

直樹「なんだ、オマエか・・・」

唯「痛い?」

直樹「いや・・・。顔、どうした・・・?」

唯「え?」

直樹「すごい顔だな・・・」

唯「そう・・・?」

直樹「ああ」

唯「今日ね、いっぱい泣いたの、私・・・」

直樹「そうか、すまない・・・」

唯「なんで、直樹が謝るの・・・?」

直樹「俺は、誰かのことを傷付けてばかりだ・・・、
それなのに、俺は痛みを感じる事が出来ない・・・、あまりにも、不平等だと思ってな・・・」

唯「そんな事ないよ。直樹は何も悪くない」

直樹「うん・・・」

唯「私ね。痛いってこと。ちょっとだけわかった」

直樹「そうか・・・」

唯「ずっと、辛かったんだね・・・直樹・・・」

唯が寄り添うように、直樹の横に眠る。

沈黙。

直樹「寒い・・・」

直樹を優しく抱き締める唯。

直樹「ああ、あたたかい・・・」

唯「・・・」

直樹が、唯の頭を優しく撫で上げる。

直樹「ありがとう・・・」

唯「うん・・・」

直樹「唯・・・」

唯「なに?」

直樹「・・・」

聞き取れない程の小さな声で、直樹が何かを呟く。
瞬間、唯の頭を撫でていた手が、ゆっくりと落ちる。

唯「・・・」

そっと、直樹にキスをする唯。

唯「おやすみ、直樹・・・」

静かに、眠りに就く二人。
カーテンの隙間から差し込む月明かりが、二人を優しく照らしている。

-END-





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