ポルタヴァ Искра
作者:紫檀




語り:語ってる人
イスクラ:詩を愛する青年、コチュペイに仕える
マリヤ:コチュペイの娘
オルリク:悪人
コチュペイ:マリヤの父、ポルタワの貴族


筆者備考:「*半角英数字」の形式で注釈を付けています。あくまでも読解の助けであり、必ずしも目を通す必要はありません。

注釈





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イスクラ:彼女は木陰でいつくしまれた春の花のように純真で

イスクラ:キエフの高地の白楊(はくよう)のように無垢だ

イスクラ:彼女のものごしは、或るときは荒涼とした水に浮かぶ白鳥を思いおこさせ

イスクラ:或るときは、草原を駆ける駿馬のしなやかさを感じさせる

イスクラ:泡沫のように白い肌

イスクラ:雨雲のように黒い髪

イスクラ:星のようにかがやく眼(まなこ)

イスクラ:そして彼女の唇は、薔薇のように、紅い

イスクラ:どこに行こうと彼女は謙遜で、賢く

イスクラ:さながら天上から地上へ、奇跡を示しに来た人のようだ

イスクラ:彼女が話しているのを聞くと、優しく謙虚な気持ちが胸底から湧き立ち

イスクラ:彼女を思い出そうとするたび、安らかな溜息が口から洩れるのだ―――

マリヤ:そこの貴方

イスクラ:っ…!?

マリヤ:あら、驚かせたかしら

イスクラ:いえ!どうも…マリヤさん

マリヤ:ごきげんよう、貴方は…

イスクラ:イスクラ!イスクラと申します!お父様には日頃お世話に…

マリヤ:最近気に入りの青年がいるって父から聞いたのだけど、それって貴方?

イスクラ:それは…わかりませんが、僕はお父様を大変お慕いしております!

マリヤ:(笑う)

イスクラ:あ、あれ?

マリヤ:いいえ、なんでもないわ。よくこの辺りで姿を見かけるから声を掛けてみたのだけど、驚かせてしまったのならごめんなさいね

イスクラ:いえそんな!むしろ、声を掛けて頂けるなんて…

マリヤ:いつもここで何をしてるの?

イスクラ:ここで?ここでは…なんと言いますか…

イスクラM:貴女の姿を見に…

マリヤ:なんて?

イスクラ:詩を!詩を考えているんです!

マリヤ:詩?

イスクラ:そう!ほら、ここは、…綺麗な景色も観れるし、人もたまに通りがかるだけですから…絶好の場所と言いますか!

マリヤ:へぇ、そうだったのね

イスクラ:えぇ、まったくもって…

マリヤ:好きな娘のことでも考えてるのかと思ったわ

イスクラ:!?…まぁ、えぇ!いつぞやは恋愛詩などを考えたこともありましたような気がしなくもありませんね、はい

マリヤ:(遮って)ねえ

イスクラ:はい!

マリヤ:聴かせてほしいわ

イスクラ:え…?

マリヤ:貴方の詩、聴かせて下さらない?お願い

イスクラ:は…はい!喜んで!

語り:一人の青年がいた。

語り:幼いときから乙女を熱烈な愛で恋していた青年がいた。

語り:朝夕(ちょうせき)のひととき、ふるさとの河の岸辺で、ウクライナの実桜(みざくら)の陰で、

語り:よく彼はマリヤを待ち、期待に胸をいため、そしてつかの間の逢うせに慰められた。

語り:彼は望みなく彼女を愛していた。

語り:うるさく彼女に言い寄りはしなかった。

語り:拒絶に彼はたえられないであろうから。

語り:ただ、この孤独な幸せが永遠に続けばいいと―――

イスクラ:そう願っていた







コチュペイ:イスクラ…来てくれたか

イスクラ:はい、コチュペイさん。あの…大丈夫ですか?顔色がすぐれないようですが…

コチュペイ:イスクラ、聞くんだ!聞いてくれ…!

イスクラ:…コチュペイさん?

コチュペイ:マリヤが…攫(さら)われた

イスクラ:っ!?

コチュペイ:昨晩…ひとりの漁夫が、馬蹄の音とカザックの話し声…女の囁きを耳にしたそうだ。そして朝、マリヤは…マリヤは姿を消していた!

イスクラ:そんな…!いったい誰が!

コチュペイ:あの男だ…小ロシヤの…マゼパだ!

イスクラ:馬鹿な!まさか、ゲトマン*1が…

コチュペイ:違いないのだ!奴は…奴は確かにマリヤと結ばれることを望んでいた…!

イスクラ:しかし、マリヤは彼の教子*2では――

コチュペイ:そうだ!その通りだ!奴は自分の教子である娘の、父であり友でなければならない男だったのだ!だが…奴は年老いてから、その娘の夫になろうと思いついたのだ!

イスクラ:………もしや…マリヤも、それを望んでいたのですか…!

コチュペイ:―――っ!!!(机に拳を叩き付ける)

コチュペイ:ついに…ついに明かされてしまったのだ…

コチュペイ:私はそれとなく気づいていた…恐れていた…だが、だが決して信じることが出来なかった!

コチュペイ:恐ろしい真実が…年若い罪な女心が―――

語り:そのときはじめて、赤裸な姿をもってあらわれてきた。

語り:どうして彼女は気ままにも家庭の枷からのがれ去ったのか。

語り:どうして彼女は人知れずなやみ、溜息をつき、そして求婚者たちの款待(かんたい)に高慢な沈黙をもって答えてきたのか。

語り:話が沸き立ち、杯(さかずき)が酒で泡立っていたときに、どうしてあんなに静かに食卓にいて、彼女はただゲトマンにのみ聴き入っていたのか。

語り:どうして彼女はいつも歌っていたのか、彼が貧しく若かったころに、噂が彼を知らなかったころに、彼がつくったその歌を。

語り:どうして彼女が女らしからぬ気持ちをもって、騎馬の隊列を、戦闘の鉦鼓(しょうこ)の音を、小ロシヤの支配者の馬尾(ばび)と鎚矛(つちぼこ)*3をむかえるどよめきを愛したのか……

イスクラ:そんな…あぁ、そんな…!

コチュペイ:イスクラよ…私の、私の頼みを聞いてくれないか

イスクラ:……コチュペイさん、それは…

コチュペイ:一つだけ、マリヤを取り戻す方法がある…

イスクラ:っ!?それは、どんな方法ですか!

コチュペイ:イスクラよ…!信じてもいいか、お前を!お前は勇敢な、堅固で、買収のきかぬ、私の同志となってくれるか!?

イスクラ:はい………、…はい!!

語り:そうして老人はなにごとも、目の前の青年に打ち明けた。

語り:久しいあいだ深いしじまのなかで、恐ろしい密告を用意していることを。

語り:かつてコチュペイとマゼパが友人であった頃に。彼らがまだ気持ちを、塩とパンと聖油*4のように分かちあっていた頃に、

語り:コチュペイを前にゲトマンが、飽くことを知らぬ擾乱(じょうらん)の心をうちひらき、そしてきたるべき裏切りを漠とした言葉に匂わせたことを。

コチュペイ:行くのだイスクラ、この強力な悪人に対する密告を、誤解しているピョートルの足元にもたらすのだ!

語り:打撃がはかられた。

語り:馬の背に青年はゆく、月の明かりにかくもおそく、はてしない草原を走りゆく。

語り:彼の帽子には密告が、悪人マゼパに対する密告がぬい込まれている。

語り:彼にとって帽子はなによりも尊く、

語り:硝子のように輝く剣も、懐中の袋で鳴る金貨も、たてがみをふりたてる駿馬も、帽子のためならうち捨てる。

語り:しかし帽子だけは、戦ってのみ手ばなすと決めた。

語り:それもただ彼の首とともに。

語り:乙女に捧げた彼の命とともに。

語り:…打撃がはかられた。







マリヤ:―――誰?

オルリク:私です。私です、マリヤ様

マリヤ:オルリク…何か用?

オルリク:いいえ特には

マリヤ:なら出てって

オルリク:しかし――

マリヤ:あの人に言われたんでしょう?自分のいない間私のご機嫌を取れって、そうでしょう

オルリク:………

マリヤ:ねえ、あの人は?あの人は一体どうしたの。一日じゅう隊長たちと酒盛りや乗馬をしていたかと思えば、長い夜をひとりか、乞食*6と一緒か、ジェスウィット*6のところにいる。私は?忘れられたの?

オルリク:マリヤ様、貴女はどうやら疑惑で心をそこねていらっしゃるようだ。マゼパ様は今でも貴女を愛しておられますよ

マリヤ:ならあの人は今どこにいるの?教えなさいオルリク、貴方は知っているはずよ。あぁ、あのドゥーリスカヤ*6とかいう夫人のところかしら

オルリク:愚かな空想はお捨てくださいマリヤ様、………ゲトマンは今、モスクワに

マリヤ:モスクワ?帝(みかど)に用事でもあるのかしら、それとも――

オルリク:マリヤ様、……マゼパ様を愛しておられますか?

マリヤ:…何を唐突に、私が愛してるかですって?

オルリク:答えるのですマリヤ様。父か夫か、どちらが貴女に大切か

マリヤ:父…?父ですって?どうして、なんのためにそんなことを聞くの!

オルリク:お聞きくださいマリヤ様、もしも…もしも彼らが、父か夫かのどちらかが死ななければならないとしたら――貴女は誰を犠牲にするのですか?貴女は誰をかばうのですか?

マリヤ:黙りなさい!なんて…なんて恐ろしいことを聞くの…

マリヤ:私は…

マリヤ:私は、あの日、あの人とともに朝露の上を駆け抜けたあの日、この世の全てを忘れると、私の全てをあの人に捧げると誓いました……

マリヤ:あの日…私は家族の恥になったのよ…父はきっと、きっと私を呪っているわ…!

オルリク:………よく覚えておくのです、マリヤ様…貴女が今言ったことを。私もじきモスクワへ向かいます。ゲトマンへは、いい知らせを届けられそうです

マリヤ:…教えて、オルリク……貴方は、あの人は、一体何を企んでいるの?

オルリク:好機が我々に来たのです、偉大な闘争の時が…。すぐにわかりますとも

マリヤ:………

オルリク:では、私はこれにて…

語り:誘惑者は去り、宵闇にはマリヤの陰鬱のみが残された。

語り:掛けられた言葉の意味をさぐり、屈託としながらも、気がつけば彼女はまどろみに抱かれていた。

語り:朝が来る。

語り:さらに恐ろしい知らせが、彼女にもたらされるとも知らず、マリヤは甘く息づいている。

語り:そして聞く、誰かが彼女のかたえに入り、彼女の足にふれたのを。

語り:彼女は眼をさました――しかしすぐに、朝の光のかがやきに彼女の目は閉ざされた。

語り:マリヤは両手をのばし、ものうい優しさをもってささやく。

マリヤ:マゼパ、あなた?……

語り:しかし、ちがった声が彼女に答えた。

イスクラ:あぁ…神よ…!

マルヤ:っ……!

語り:なんとしたことか?身ぶるいして彼女は見る。

語り:いつか彼女の前で詩を詠(うた)った青年が、彼女の前にいるのだ。

イスクラ:黙って、どうか静かに…!どうか、僕をほろぼさないでください…

マリヤ:どうして…イスクラ、なぜ貴方がここにいるの?しかも泥だらけで――

イスクラ:モスクワから馬で駆け、忍び込んで参りました…マリヤさんお願いです!どうか、どうか…!

マリヤ:モスクワから?しっかりしてイスクラ、大丈夫よ。私ちゃんと聞いているわ

イスクラ:もはや、彼らのむごたらしさをやわらげることは貴女にしか…僕のたった一つの願いを、どうか…

マリヤ:むごたらしさ?彼らって誰?ねぇイスクラ、一からちゃんと説明して、お願い。私何も知らないの、お願いだから…

イスクラ:……知らないのですか?貴女は、何も…?

マリヤ:そうよ。だから教えて

イスクラ:………あ、あぁ…

マリヤ:大丈夫よ…私は、大丈夫だから

イスクラ:……今日、コチュペイさんが…貴女のお父様が――

イスクラ:処刑されます

マリヤ:――なんてこと…なんてこと!!!

イスクラ:知らなかったのですか…!あぁ、知らなかったのですね!どんなにゲトマンの力がおそろしいか、どんなにあの人が自分の敵を罰するか、どんなに陛下があの人のいうことをきいてしまっているのか……!!

マリヤ:お父様……マゼパ……処刑(しおき)――お願いのために、ここに、このお城に、イスクラが――(乾いた笑い)それとも私気がちがったのかしら、それともこれは幻……

イスクラ:いえ、いいえ、幻ではありません…夢ではないのです…!あぁ…マリヤさん、本当に知らないのですね、貴女のお父様が娘の不名誉に耐え切れず、帝にゲトマンの密告をしたことを。血まみれの拷問のうちで、ずるいたくらみと無考えな中傷の恥を白状したことを!

マリヤ:神様、神様!……今日、今日ですって?―――お父様!

イスクラ:マリヤさん……お願いです!僕とともにモスクワへ…貴女からゲトマンに嘆願すれば、もしかしたら……!

マリヤ:そんな……でも、そんな…

イスクラ:お願いです…どうか、僕の手を取って……

マリヤ:だめ……だめなの…

イスクラ:マリヤさん!

マリヤ:近寄らないで!!!



イスクラ:マリヤ……さん…?

マリヤ:いけない……モスクワには、いけないわ…

イスクラ:――え…?

マリヤ:ごめんなさい!お父様…!あぁ、ごめんなさい…

イスクラ:そんな…マリヤさん、貴女は…

マリヤ:イスクラ…来てくれてありがとう、危険をおかしてまで

イスクラ:うそでしょう…貴女は…!

マリヤ:でもごめんね…私、いけないわ

イスクラ:選ぶのですか!マゼパを!マリヤさん…!!

マリヤ:かえって!!!

イスクラ:―――

マリヤ:かえって…私のことはもう、うっちゃっておいて……

マリヤ:お願い

イスクラ:………

語り:憐れな青年は――死人のように青ざめた。

語り:青年は城を、乙女の元を去る。希望は、愛は、拒絶をもって切り裂かれた。

語り:乙女は死人のように臥床(がしょう)へと倒れ伏す。

語り:憂愁、憂愁が彼女を蝕んでいる。瞼にのこる青年の悲壮が、ただ一つ残された言葉を吐きださせる。

マリヤ:遅かったのよ――何もかも…







語り:ウクライナの夜は静かだ。

語り:空は透きとおっている。星はきらめいている。

語り:月は静かに高みから、ベーラヤ・ツェルコフィ*7のゲトマンたちの園を照らしている。

語り:しかし城のうちの、一つの塔の窓の下に、深い、重苦しい思いにふけりながら

語り:暗鬱に空を見つめている、鎖につながれた老人の姿があった。

コチュペイ:………

コチュペイ:お前か、オルリク…そこにいるのは

オルリク:………ワシーリー・レオンチェヴィチ・コチュペイ殿、ご機嫌は如何ですかな

コチュペイ:去れ、残忍な男め。まだ私の最期の宿を騒がせようというのか

オルリク:そうはいきませんよコチュペイ殿、貴方にはまだ吐いてもらわねばならないことが残されているのですから……

コチュペイ:私はもうすべてに答えた…去ってくれ、もう私にかまわないでくれ…!

オルリク:ゲトマン様はさらなる自白を望んでいらっしゃるのですよ

コチュペイ:一体何を!私はもう貴様らが望んでいたすべてに答えたではないか!!私の証言はすべて虚偽、私は狡猾で、私はマゼパをおとしいれようとした、私は真実をねじ曲げ、ゲトマンは正しい。さあ言ったぞ!他に何を求める!!

オルリク:我々は知っているのですよ、貴方がはかりしれぬ金持ちであったことを。貴方のひとつならぬ宝がジカーニカ*8に隠されている、そうでしょう?

コチュペイ:――下司(げす)が…!

オルリク:貴方の処刑はなされなければならない…と同時に、貴方の財産は我々によって徴収されなければならない、そうでしょう?

コチュペイ:………

オルリク:さあ、うち明けるのです、コチュペイ殿。我々はまだ、貴方からすべてを奪えていない

コチュペイ:(笑う)

オルリク:……

コチュペイ:いや、お前たちは誤らなかった…私からすべてを奪い去った…!!

コチュペイ:いいか、私の宝はこの世でただ三つ…私の名誉と、我が娘の名誉と、貴様らへの聖なる復讐のみだ!

コチュペイ:第一は残忍な拷問によって奪われ、第二は憎きマゼパによって奪われた。しかし最後は…私にとっての第三の宝は…私が神の元へと持ちゆくのだ!!

オルリク:くだらぬ戯言はよしなさい、ご老人。それとも新たな拷問がお望みで?

コチュペイ:馬鹿げた尋問をやめないか!しばし待てばよい、私が死ぬまで待てばよい!私を棺(ひつぎ)に至らしめたあと、その血塗られた指で私の遺産をかぞえ、私の穴蔵(あなぐら)を掘り返し、園と家とを切りたおし焼き払い、私のすべてを奪えばいい!!さあ失せろ…今すぐここから失せるのだ!!!

オルリク:―――刑吏(けいり)だ、刑吏をよべ。そうだ、拷問にかけろ。……今日が命日だというのに、気の毒なことだ

コチュペイ:地獄に落ちろ…地獄に落ちろ…!!







語り:兜がまだらに見える。槍がきらめく。

語り:手太鼓がうたれる。私兵(セルジューク)たちがかけまわる。

語り:軍隊が隊伍をととのえて並び、群衆が沸きたつ。

語り:野原の中央には運命の処刑台。

語り:そのうえを刑吏は歩きまわり、うち興じ、貪欲に生贄を待つ。

語り:道は蛇の尾のように、人にあふれてうごめいている。

語り:女の叫び声、男の悪罵(あくば)、笑いも、つぶやきも―――すべてはかまびすしいざわめきに溶けていった。

語り:とつぜん叫喚(きょうかん)がひびきわたる。

語り:そしてすべてが静まりかえる。

語り:恐ろしい静寂のうちに、ただ馬蹄の音ばかりが残された。

語り:位高いゲトマンが、黒毛の馬の背にまたがり、私兵たちに護られて現れる。

語り:そしてかなたキエフ街道からは、一台の荷馬車が。

語り:響きのうちに、すべての眼がそれにそそがれた。

語り:そこには、天地に忍従し、力強い信念にかたまった、罪ないコチュペイがすわっていた。

語り:荷馬車がとまる。

語り:声高い合唱隊の祈りが響きわたる。

語り:不幸なものの魂の安息のために、声なく民衆は祈りをささげる。

語り:そして見よ、受難者は敵のために歩いてゆく。のぼった。断頭台に。十字を切る。横たわる。群衆はおし黙る。刑吏が斧をふりあげる。

語り:斧がひとふり宙に光る。

語り:そして首がはねとんだ。







語り:時がたった。

語り:モスクワは隠然と波たち、自分のもとに客を待ちわびていた。

語り:かつての敵の墓のあいだで、スウェーデン人への追悼の聖儀を準備しながら。

語り:そして、その日はきた。

語り:かつてよりマゼパが交渉をつづけてきたスウェーデンの勇士*9が、

語り:かつてこの国に血塗れの教訓を与えた峻厳な教師が、

語り:突如反轉(はんてん)し、ウクライナへと戦争をうつした。

語り:知らせは翼にのって帝(みかど)のもとへと飛ばされた。

語り:「彼は寝返った。彼は裏切った。彼はカルルの足もとに恭順の馬尾を横たえた。」

語り:「いまや彼は、ピョートルの強力な敵だ。」

語り:誰が記述するであろうか、帝(みかど)の憤激(ふんげき)を。

語り:誰が伝えるであろうか、帝(みかど)の忿怒(ふんぬ)を。

語り:呪詛(アナテマ)*10の声が寺院に響きわたる。

語り:マゼパの像を刑吏(カート)*11が引き裂く。

語り:騒がしい会議、自由な争論のうちに他のゲトマンがたてられる。

語り:マゼパの敵、火のような調馬師、老人パレイ*12を流刑の闇から呼び戻し

語り:ザポロージェ・カザックの頭目、チェチェリ*13を断頭台に滅ぼす。

語り:コチュペイの家族、そして憐れなイスクラがいそぎピョートルによびよせられる。

語り:彼らはともに涙を流し、帝(みかど)は惜しみなく彼らにあたえる。


語り:青年よ、新しい名誉を、財物をあたえよう

イスクラ:いりません、陛下

語り:青年よ、何を求める

イスクラ:死地を、そして憎きマゼパの首を

語り:よろしい、ならば我が親兵隊に加わるがよい


語り:彼らは嵐のようにおしよせた。

語り:強力なカルルもまた彼方にみとめる、

語り:ナルワ*14の敗走者たちのくずれ散る黒雲ではなく、

語り:輝かで、整然とし、従順で、機敏で、平静な軍隊の列、そしてゆるぎない銃剣の列を。

語り:ついに恐ろしい戦士は、望ましい戦士と顔をあわせた。

語り:明朝の戦闘へむけて、ついにすべてがポルタヴァに集った。







イスクラM:東はあたらしい空映えに燃えている。

イスクラM:平原に、丘々(おかおか)に大砲がとどろきわたる。

イスクラM:赤黒い煙が、輪となって朝の光にむかって、空にたち昇ってゆく。

イスクラM:戦いが始まった。ポルタヴァの戦いが!

イスクラM:赤熱した霧が肌を焼く。

イスクラM:打ち鳴らされる太鼓の音、叫び、歯ぎしり。

イスクラM:大砲のとどろき、足音、いななき、うめき声、

イスクラM:そしていたるところに死と地獄。

イスクラM:とつぜん視界が、霧が晴れる。

イスクラM:平野の先に、白髪の戦士。

イスクラM:はやりたつカザックたち、身内のものたち、隊長たちと親兵たちの群れに取りまかれた、彼(か)の姿をみる。

イスクラ:マゼパァァァァァアア!!!!!

語り:むかし世に、貧しきひとりの騎士ありけり。

イスクラM:なにもいらなかった

語り:ことばすくなく飾りなく、顔の色さへ優れねど、心すなおに勇ありき。

イスクラM:地位も、名誉も

語り:かつて道のかたえにて、おとめマリヤのすがた見し。

イスクラM:あの日君を見た時から

語り:それより恋にこがれつつ、言葉かわすも憂しとしぬ。

イスクラM:この平穏がいつまでもつづけばいいと

語り:心は清き愛に充(み)ち、甘きおもいに身は浸り。

イスクラM:ただ奪われたくないと

語り:おのが血をもて盾の上(え)に、A M D(エーエムディー)*15と記ししか。

イスクラM:愚かだった

語り:さてパレスチナの荒野にて、ひるむ敵ばら迎えうち。

イスクラM:僕は、愚かだった!

語り:おのれの護る姫の名を、声ものすごく叫びける。

イスクラ:御空のひかり、きよき薔薇、聖なる母に、マリヤに幸あれ










マリヤ:イスクラ

イスクラ:…マリヤさん

マリヤ:行きましょう、イスクラ。私たち行かなくちゃ

イスクラ:…そうですか

マリヤ:お父様も呼んでるわ、急がないと

イスクラ:(微笑)…そうですね

マリヤ:…行きましょう、一緒に

イスクラ:……はい





銃声。










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