ゴリラ座の夜
作者:ススキドミノ
ハイジ:中嶋 司(なかじま つかさ)
ピーチ:谷野 雅弘(たにの まさひろ)
フーコ:遠藤 風子(えんどう ふーこ)
ホズミ:叶 帆純(かのう ほずみ)
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
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フーコ:ハイジ! 遅い!
ハイジ:悪い。
フーコ:二十分!
普通、少し遅れるっていったら十分以内。
ハイジ:別にルールがあるわけじゃあるまいし……。
ピーチ、荷物、持つよ。
<ハイジ、ピーチの荷物を受け取る>
フーコ:ピーチも少しは言ってやってよ。
ハイジ:もう全員揃ったんだから、ここで俺を攻めるのは合理的じゃない。
フーコ:あんたには聞いてない!
ピーチ:フーコ、合理的じゃない……。
ハイジ:(笑う)
フーコ:(ため息)サイッテー……。
ハイジ:もういいだろ……早く登ろうぜ。
<三人は長い石階段を登る>
<登り切ると、山の中のキャンプ場が目に前に広がっている>
ハイジ:おお! いい感じじゃん!
フーコ:あ! ハイジ、まだ見ちゃダメだからね!
ハイジ:わかってるって。
(腕をこすりながら)しかし……ちょっと肌寒いな。
フーコ:確かに。上着持ってくればよかった。
ピーチ:待って。
<ピーチ、鞄から毛布を取り出す>
ハイジ:毛布? 用意いいなあ、お前。
フーコ:ありがとう!
ピーチ:設置しよう。
ハイジ:はいはい! ピーチ、椅子頼む。
フーコ:私飲み物持ってきたんだ。
魔法瓶入り、どう?
ハイジ:気が利く女子アピールかよ。
フーコ:実際、私は気が利く女子なんです。
ハイジ:気が利く女子、レンズ取ってくれ。
フーコ:はいはーい。気が利く女子、参りまーす。
ハイジ:慎重に持てよな。
ピーチ:……ハイジ、椅子、ここでいい?
ハイジ:おう。
<床にシートを広げ、天体望遠鏡を設置する>
ハイジ:よおし、設置完了。
<折りたたみ椅子を並べると、三人は座り、毛布にくるまる>
フーコ:……ハイジ、もうちょっとそっち行きなさいよ。
ハイジ:は? 毛布はみ出すだろ。
つか、飲み物は。
フーコ:偉そうに……回し飲みでいい?
コップ忘れちゃった。
ハイジ:(笑いながら)気が利く女子参りまーす。
フーコ:うっさい!
<フーコ、お茶を魔法瓶から注ぐ>
フーコ:……じゃ、見上げてみる?
ハイジ:下からも結構見えたからな。期待してるぜ。
フーコ:じゃあほら、ピーチ。
ピーチ:……俺?
ハイジ:部長だろ? ほら。
ピーチ:……じゃあ、せーの――
<3人は同時に空を見上げる>
ハイジ・フーコ:(笑いながら)うお――ー!
フーコ:すごい! やっぱりすごいよ! 見える見える!
ピーチ:……いいね。
ハイジ:こりゃ、ピーチさまさまだな!
フーコ:本当、こんないい観測場所が隣町にあったなんてね!
ハイジ:こりゃ、4等級まで肉眼でいけそうだな!
フーコ:あんたは目悪いんだから無理じゃない?
ハイジ:眼鏡かけとろーが。
<3人、しばらく無言で空を眺めている>
間
ピーチ:……あのさ、流星群がくるんだ。
ハイジ:流星群?
ピーチ:……数はそんなに多くない。けど、明るい流星は多くて、
ロングエコーが観測されることも多い。
フーコ:いつ?
ピーチ:来週。
ハイジ:そうか、結構近いな。
予報は?
ピーチ:晴れ、今は。
フーコ:(ニヤニヤしながら)つまり、どうしたいわけ?
ピーチ:え……っと。
間
ハイジ:はっきり言えよ、ピーチ。
ピーチ:……来週も来たいんだ。ここに。
フーコ:一人で?
ピーチ:……。
フーコ・ハイジ:(吹き出して笑う)
間
ハイジ:みんなで、な。
フーコ:うん。
「ゴリラ座の夜」
【場面転換】
<ピーチの部屋、デスクトップパソコンが1台>
<ギターや、雑誌など、所狭しと並べてある>
<ピーチは机の上のノートパソコンに触っている>
ピーチ:……ハイジ
ハイジ:(漫画を読みながら)んー?
ピーチ:これ、どうかな?
ハイジ:お、できた?
<ハイジ、起き上がってパソコンに歩み寄る>
ハイジ:お、いいじゃん。
ピーチ:……そうかな。
ハイジ:しっかし、パソコン使えるってやつはまぁいるけどさ。
なんていうの? プログラム? こんなん作れるんだから。
すごいよ、お前。
ピーチ:……まぁ、ね。
俺には、これしかないし。
ハイジ:で、なんだこのデザイン……ピンク色のゴリラ?
ピーチ:フーコにデザイン頼んだら、これって。
ハイジ:……まあ、いいや。文句言っても面倒だし。
そんで、こいつが喋るってこと?
ピーチ:……喋るっていうか、天体に関する簡単な質問に……。
あの、ここのバーに質問をいれると、テキストで答えるっていうか。
ハイジ:文字で教えてくれるってことね。
いいじゃん、これ。とれんじゃねえ? 文化祭大賞。
ピーチ:文化部の展示じゃ厳しいんじゃない。
ハイジ:でもいいよ、これ。
もう文字入れたら質問に答えんの?
ピーチ:まだ。回答は入れてないから。
……だから、ほら。
<ピーチ、椅子を開ける>
ハイジ:は? なんだよ。
ピーチ:これ、質問。こっちに回答書いてね。
ハイジ:俺がやんの!?
ピーチ:だって、一番天体に詳しいの、ハイジだし。
ハイジ:でも俺、アレだぞ。キーボード使うのすげえ遅いぞ!?
ピーチ:そろそろ覚えておいたほうがいいよ。
ハイジ:(ため息)お前は? 何すんの?
<ピーチ、ベッドに横になって漫画を手に取る>
ハイジ:漫画ね……さいですか……。
間
<フーコ、部屋に入ってくる>
フーコ:やっほ。
ピーチ:……フーコ。
フーコ:おばさんが、これ。お菓子って。
(袋をベッドに置いて)……ハイジ、何やってんの?
ハイジ:見てわかんねえ?
フーコ:パソコンの画面見て……フリーズしてる?
ピーチ:(吹き出す)
ハイジ:あのなぁ! まあ……そうっちゃそうだけど……。
フーコ:あー! これ、すごい! 私のデザインそのまんまじゃない!
ハイジ:デザイン? 落書きだろ……。
フーコ:なるほど、あんたが中身書くんだ。
へぇー。
ハイジ:何? 文句あんだったら、お前答えてみる?
この量だぜ?
フーコ:私はデザイン担当。
ピーチがプログラムで、あんたは?
ハイジ:はいはい……!
間
ハイジ:……あのさぁ、ピーチ。
俺、家で書いてくるからさ、このちっさい方のパソコンかしてくんねえ?
ピーチ:……仕方ない。
フーコ:一年くらいかかりそうだしね。
ハイジ:うるへえ。
フーコ:あ! あのさ、明後日、祭りじゃん?
ハイジ:ん? ああ、ヤワタの。
明後日だったっけか。
フーコ:そうそう!
でさ、いかない?
ハイジ:いいけど。
フーコ:ピーチは?
ピーチ:いいよ。
ハイジ:あー、やっぱ俺無理だわ。
フーコ:は?
ハイジ:手伝い。父さんの。
フーコ:何それ、急に思い出したわけ?
ハイジ:(荷物をまとめながら)いいから。2人で行ってこいよ。
月末の花火は行くし。そこで、な。
フーコ:……そう。わかった。
ハイジ:んじゃ、先帰る。
ピーチ、パソコン借りるぞ。
ピーチ:うん。送ろうか?
ハイジ:いいよ、明日も会うだろ。
<ハイジ・部屋を後にする>
フーコ:なんかあいつ、変じゃなかった?
ピーチ:……そうかな?
フーコ:うん。まあ、そうかな?
間
フーコ:あの、さ。
間
フーコ:本当に、いい?
ピーチ:……何が?
フーコ:いや、ピーチは、さ。私と2人で。
あの……お祭り。
ピーチ:いいよ。
間
ピーチ:フーコは?
フーコ:え?
ピーチ:いいの、俺と、2人で。
間
フーコ:……2人で、いけたらなぁーって。
……思ってたから、さ。私は。
間
フーコ:なんか、言ってよ。
ピーチ:……嬉しいよ。
【場面転換】
<ハイジ、自転車で山の上まで登る>
ハイジ:(息を切らしながら)
間
ハイジ:あ?
<住宅地の丘の上、空き地>
<ホズミ、1人で声を出している>
ホズミ:(明るく)特技はぁ、えっと……あれ? なんだっけ?
ホズミ:思い出したぁ! 私、すごく目が良いんですよ!
いっつも、ライブでお客さんの顔結構覚えちゃってて!
ホズミ:可愛い服装のお客さんとか、うわぁ! いいなぁ! って思って!
それで、いっつもライブ終わると私が聴きに行っちゃうんです!
その服どこで買ったんですかぁ? みたいな感じで!
間
ホズミ:(ハイジに気づいて)あ、ごめんなさい!
うるさかった……ですよね?
ハイジ:……いえ、別に。
ホズミ:ごめんなさい……私、実はアイドルをやっていて。
今度、オーディションがあるんですけど……緊張しちゃって……。
ハイジ:いえ、別に。
ホズミ:すみません。場所、変えますので。
ハイジ:いえ、別に。
<ホズミ・鞄をベンチから取ると歩き去ろうとする>
<が、ハイジの横を通り過ぎようとして、立ち止まる>
ホズミ:……ハイジ?
ハイジ:いえ……は?
ホズミ:ハイジ、じゃない?
ハイジ:え?
ホズミ:えっと、カノウだけど、覚えてない?
ハイジ:カノウ……。
間
ハイジ:あー?
ホズミ:やっぱハイジじゃん。超ムカツクんだけど。
なんで私が覚えててあんたが覚えてないわけ?
ハイジ:いや、悪い。中学? じゃないですよね。
ホズミ:小学校。ヤワタミナミ小。
ハイジ:何組?
ホズミ:3組! カノウホズミ!
ハイジ:……ホズミ?
ホズミ:そう!
ハイジ:お前! ホズミ!?
ホズミ:いやだから! ……そうだって……。
ハイジ:お前ホズミかよ! マジか!
(大笑い)
ホズミ:何笑ってんだよ!
ハイジ:だってお前……そうか! アイドルか!
ホズミ:うるせえし!
ハイジ:いや、本当悪い。気づかんかった。
ホズミ:そんなに面影ない?
ハイジ:ないない。
……あー、言われてみると化粧で誤魔化してるけど面影あるわ。
目つきの悪さとか。
ホズミ:失礼すぎ。自分だって眼鏡かけてんじゃん。
しかも、全体的にかなりダサくなってるし……。
ハイジ:良く言われる。
ホズミ:直せよ、じゃあ。
ハイジ:そうだよな。考えてみれば、家は近いんだもんな。
ホズミ:私、中学は他県行ったし。
ハイジ:あ、そういえば、そうだったか。
間
ホズミ:座る?
ハイジ:おお。
ホズミ:急いでたじゃん。用事あったんじゃないの?
ハイジ:ん……いや、別に。
<2人、ベンチに座る>
ハイジ:気になってんだけどさ。
ホズミ:何?
ハイジ:なんでアイドル?
ホズミ:……悪い?
ハイジ:そうじゃなくて、単純な興味。
ホズミ:それこそ答え。単純な興味。
アイドルになるってどんな気持ちなんだろう、みたいな。
ハイジ:……それで、アイドルになろうと。
ホズミ:何? その顔。
まあさ、なんていうの? あんたの知ってるホズミじゃないってこと。
ハイジ:そういうもんか。
ホズミ:あんただって、私のしってるハイジじゃないでしょ。
ハイジ:ん? まあ……でも、今もハイジって呼ばれてるけどな。
ホズミ:(吹き出す)マジで? ウケる。
ハイジ:うるせえ……で、今はどんなホズミになったんだよ。
ホズミ:え?
ハイジ:変わったんだろ。結構。
ホズミ:まあ、うん。
間
ホズミ:いや、まあ、どうなんだろ。
どっちかっていうと、私が変わったっていうより、環境が変わったってことなのかな。
ハイジ:ああ。それなら少し、わかるかも。
ホズミ:でも、あんたと遊んでたころみたいに、泥まみれになったり、
擦り傷作ったり、イタズラしたり、そういうのはしないかな。
ハイジ:(笑う)俺だってもうしねえよ。
ホズミ:あーそう? じゃあやっぱり知らないハイジじゃん。
ハイジ:でもあれだ。まだ星は観てるよ。
ホズミ:ふうん。部活?
ハイジ:おう。天文部。
ホズミ:そう。
<ホズミ、ため息をついて立ち上がる>
ホズミ:ちょっとムカつく!
ハイジ:何が。
ホズミ:『俺、変わってないですよ』感。
ハイジ:はぁ?
ホズミ:私はさ。結構今ぐっちゃぐちゃなわけ!
自分ってなんなの! とか、やりたいことって何! とか。
周りって! 大人って! 友達って!
あーうざったい! みたいなさ。
ハイジ:溜まってんなあ。
ホズミ:そういうとこ! なんか余裕っぽくて、ムカつく。
もっと思い悩んで、昔を懐かしんで、あの頃は良かったって絶望して欲しかったわけ。
『あの時いつも遊んでいた幼馴染の女の子が、
数年経ったらこんな可愛いアイドルになっていた!
ああ、あの頃の俺はなんて幸せだったんだ!』みたいなさ。
ハイジ:確信した。やっぱお前ホズミだわ。
性格わりぃ。
ホズミ:うるっせえ! それでも、やってんのよ。私なりに。
<ホズミ・椅子に座る>
ホズミ:あれ、まだ持ってんでしょ?
ハイジ:あれ?
ホズミ:ほら、あの。望遠鏡。
ハイジ:ああ。持ってるけど。
ホズミ:持ってきて!
そうだな……明後日!
ハイジ:祭りの日?
ホズミ:(ハイジに詰め寄りながら)ヤワタでしょ。知ってるわよ。
でも私、地元のやつらと会う気ないし。
何あんた、行くの? 彼女とか?
ハイジ:怖えよ。
ホズミ:で、どうなの。
ハイジ:まぁ、祭り行かないし、いいけど。
ホズミ:ふうん……じゃあ決まりね。
ハイジ:今はあれよりもっとしっかりしたの買ったから。
結構ちゃんと観えるぜ。
ホズミ:あれがいいの。あのショボイやつ!
ハイジ:はぁ? しっかり見えたほうがいいだろうがよ。
ホズミ:懐かしみたいんでしょうが。
ハイジ:(吹き出す)変わったんじゃねえのかよ。
【場面転換】
<祭り当日>
<フーコ、ピーチと出店を歩いている>
フーコ:すごかったね! 太鼓だって!
うちの商店街にあんな団体いたんだね。
ピーチ:うん。
フーコ:身体動かさないからねーうちら。
ああいうの見るとやっぱり、カッコいいっていうか、
ちょっと憧れちゃうな。
また小腹空いてきたね! 屋台、行く?
あ、そうだ、食べる? これ(リンゴ飴を差し出す)
ピーチ:ううん。フーコ、食べなよ。
フーコ:うん! ありがとう!
間
ピーチ:あ……えっと。
フーコ:いいよ! 無理して、喋らなくて。
ピーチ:……ごめん、俺、話すの、苦手で。
フーコ:だから、いいんだって。
私、お喋りだし。それで、ピーチが嫌じゃないんだったら、それで。
えっと……つまらなく、ないよね?
ピーチ:ううん。楽しいよ。
フーコ:うん。私も。
フーコ・ピーチ:(笑う)
間
フーコ:そういえば、4日後だね。流星群。
丁度4年前だ。ピーチが越してきた月に、観に行ったのと同じ流星群、でしょ?
ピーチ:……あ。
フーコ:覚えてたよ。っていうか、忘れるわけないっていうか。
あの時だよね、高校に入ったら天文部作ろうって、ピーチが言ったの。
ハイジがピーチを教室に連れてきてさ。
「こいつ桃農家の叔母さん家に越してきたらしいんだ」って。
ピーチ:うん……だから――
【場面転換】
<丘の上の空き地>
<玩具の双眼鏡を覗き込むホズミ>
ハイジ:――だから、ピーチって呼んでんだ。
ホズミ:ふうん。あんたのつけるあだ名ってダサいよね。
ハイジ:お前のつけた「ハイジ」も中々だと思うけどな。
ホズミ:いや、気に入ってんじゃん。
今も使ってんでしょ、ハイジ。
ハイジ:お前をクララと呼んでやろうか。
ホズミ:あの子の格好、趣味じゃない。
ハイジ:クララもそう言ってたよ。
間
ホズミ:んー……ってか全然見えない!
ハイジ:当たり前だろ。ここじゃ明るすぎるし、
なにより、そんな玩具で観測できるか。
ホズミ:(ため息)つまんねえー……。
ハイジ:だからもっとちゃんとした場所と器具で――
ホズミ:あんたがだよ。つまんない男になってしまった。
ハイジ:はぁ?
【場面転換】
<祭り会場から離れ、フーコとピーチは住宅街を歩いて行く>
フーコ:はぁ!? 何いってんの!
ピーチ:だから、ハイジの家行ってみよう。
フーコ:いや、でもさ! せっかく二人で来たんだし、もう少し!
ピーチ:でもさ、約束したんだ。三人で、って。
フーコ:それは流星群の話で――
ピーチ:きっと、ハイジは気を使ってくれたんだ。いつもそうやって――
でも、祭り、三人で一緒に遊びたいって、俺、思って。
ってことは、ハイジもきっと、そう思ってるってことで――
フーコ:――わかったって! あーもう……!
こんなはずじゃなかったのにぃ!
<ピーチ、いつの間にかフーコの手を握っている>
フーコ:ちょ、ピーチ! ちょっと待って!
<フーコ、歩みを止める>
ピーチ:……フーコ?
フーコ:これ……草履だから……早く歩けない。
ピーチ:あ……。
間
ピーチ:ごめん。フーコ。
フーコ:あのさ。
間
フーコ:私ね!
……好きなんだ! ピーチのこと。
間
フーコ:ピーチは、私のこと、どう思って――
ピーチ:好きだ。
間
フーコ:うん……。
<フーコ、ピーチに抱きつく>
フーコ:家近いし、私、着替えてくる!
ピーチ:うん。俺も一回帰って、ハイジの家に電話してみる。
【場面転換】
<丘の上の空き地>
<住宅の部屋にむけて望遠鏡を立てているホズミ>
ハイジ:バカお前! それ犯罪だぞ!
ホズミ:おーおー! やっぱり多少は見えますなあ。
これはこれは。なるほど、こちらのお宅ではバラエティを視聴中ですか。
ハイジ;やめろってお前……! 俺の道具を覗きに使うな!
ホズミ:やかましい! あんたがつまんないのが悪いんでしょ!
大好きな星でも眺めてなさいよ!
ハイジ:こいつ……!
ホズミ:見てみて! あそこの家!
ハイジ:あ?
ホズミ:覚えてる? あそこ。
ハイジ:ああ……電波兄ちゃんだろ。
ホズミ:『宇宙人の電波が飛んでくる! 身を守る術を身につけなければ人類は滅亡だ!』
今思うと、私らよく遊びに行ってたよね。
ハイジ:変なこと言ってるからって、悪い人とは限らない、だろ。
俺は、好きだったよ。物理にも、天体にも詳しかったし。
ホズミ:私も、変な本とか色々見せてくれるし。嫌いじゃなかったなー。
結局遊んでるのバレて、親に殴られたけどね。
ハイジ:俺も。
ホズミ:今考えるとちょっと危ない人だったってなるんだもんね。
……やっぱり私らも変わったってことかな。
ハイジ:それ、お前の口癖? 変わった、っての。
ホズミ:……は?
ハイジ:その程度だろ。新しい口癖ができたとか、そういうちっちゃなもんの積み重ねなんじゃないの。
その人が「変わった変わってない」なんて。
ホズミ:……うっざ。
ハイジ:(空を観て何かに気づく)
ホズミ、ちょっとどけ。
<ハイジ、ホズミを押しのけて望遠鏡を空に向ける>
ホズミ:あ! こら!
ハイジ:なんだ……あれ。
ホズミ:ん? 流れ星?
ハイジ:違う。長過ぎる。それに――
隕石? なんかの破片か?
ホズミ:……なんか怖くなってきた。ハイジ……落ちてこないよね?
ハイジ:そんなでかくないが、落ちてるのは確かだ。
ホズミ:警察に電話する?
ハイジ:そんな時間ない! もう来る!
ホズミ:嘘!
ハイジ:こっちこい!
<ハイジ、ホズミを抱き寄せる>
<赤く丸い球体が、遥か頭上通りすぎていく>
ハイジ:……落ちた、か?
ホズミ:でも、音しなかったよ。
ハイジ:あの方向……ピーチの家の農園の方だ。
ホズミ:え? 行くの?
ハイジ:決まってんだろ! ちょっと行ってくる!
その望遠鏡、預かっとけ!
<ハイジ、自転車に向かって走る>
【場面転換】
<三日後、交番の中>
ハイジ:……それで、俺が着いたら、農園の奥の林の木々が、ぽっかりと丸い形に倒れてました。
そうです。大体二十分くらいだったと思います。
ただ、木が丸い形に倒れてただけです。
はい。他には何も。
それで、心配になってピーチ――谷野君の家に行きました。
そしたら、帰ってないって――
フーコ:そこで別れてそれっきりです。
電話しても帰ってないって……それで――
ハイジ:次の日、学校で――
フーコ:谷野君が行方不明になったことを聞きました。
【場面転換】
<翌日、学校帰りの道で、ハイジがフーコに駆け寄る>
ハイジ:……よう。
フーコ:あ、うん。
ハイジ:……昨日、行った?
フーコ:事情聴取? うん。
ハイジ:知らないの? お前も。
フーコ:うん。
ハイジ:……そっか。
間
フーコ:観たんだよね。何かが落ちたの。
ハイジ:……ああ。偶然、家の近くの空き地で。
フーコ:そうなんだ。
間
フーコ:本当に、ピーチ、いなくなったんだもんね。
ハイジ:ああ……。
フーコ:大丈夫、かな。
ハイジ:大丈夫だ。あいつなら。
<二人は無言で歩いていく>
<交差点で近づいてきたホズミが声をかける>
ホズミ:こんにちはー。
フーコ:え?
ハイジ:ホズミ。お前どうして。
ホズミ:どうしたはないんじゃないんですかぁ?
女の子を夜に置き去りしといてさ。
フーコ:ハイジ、この人、誰?
ハイジ:ああ、こいつは――
ホズミ:ハイジの幼馴染で、カノウホズミっていいまーす!
ササハタでアイドルユニットやってます!
よろしくお願いしますー!
フーコ:幼馴染、なんだ。あ、えっと。
私は、エンドウフウコ、です。
ホズミ:ああー! あなたがフーコさんですかぁ。ハイジから聞いてます。
ハイジ:お前、その話し方やめろ。
ホズミ:なんのことぉ?
ハイジ:いいから。
間
ホズミ:(ため息)何? なんかあったわけ?
ハイジ:マジで、なんでここにいんだよ。
ホズミ:いちゃ悪い? ってか、家にも電話したのに誰かさんから反応ないから、
これでも心配してたんだけど。
あれ、落ちたんでしょ? 北の方の林に。
ハイジ:……ああ。
フーコ:え? あなたも、観てたの?
ホズミ:そう。祭りの日に、そこの星バカとね。
それで、自転車で走ってっちゃって待ちぼうけってわけ。
フーコ:へえ……。
間
フーコ:でもさ、そんな言い方、ないんじゃない?
ホズミ:は? 何。
フーコ:ハイジはさ、友達心配して急いで行ったんだよ。
それに、連絡返さなかったのも、警察に事情聴取されたりとかあったからだし。
ホズミ:警察? どういうこと。
ハイジ:アレが落ちた林の近くに住んでる友達――ピーチがあの日以来、行方不明なんだ。
間
ホズミ:そうだったんだ。
ハイジ:悪かったな。連絡できなくて。
ホズミ:事情はわかったけど……連絡、待ってたってことだけ。
ハイジ:ああ。
間
ホズミ:……そのピーチって人、落ちたアレにぶつかったってことはないのよね。
フーコ:何よあんた……! 本当、デリカシー無い。
ホズミ:あんたこそ……なんかさっきから突っかかるわね。
フーコ:もういい。
ハイジ:おい――
フーコ:ハイジも、見損なった。そんな女といちゃいちゃして――
<ホズミ、フーコにビンタをする>
ハイジ:ホズミ、何やってんだ!
ホズミ:あんたに、そんな女呼ばわりされる筋合いないわよ。
ハイジ:フーコ、大丈夫か?
フーコ:うるさい!
間
フーコ:ハイジを探しにいったんだよ、ピーチは。
やっぱり、三人でお祭り回りたいって!
それで、家に帰って電話するって!
それで――
ホズミ:だからなによ。ハイジには関係ないじゃない。
フーコ:そうだよ……関係ない。
だからもう、私のことは放っておいて。
<フーコ、走り去る>
ホズミ:……謝らないわよ、私。
ハイジ:別に怒ってねえし……。
怒る気力もねえ。
ホズミ:あっそ……。
私行くわ。レッスンあるし。
……あーあ、来なきゃ良かった。
【場面転換】
<ハイジ、部屋のベッドに寝っ転がって雑誌を読んでいる>
<部屋には天体望遠鏡と、SF映画のポスターなどが飾ってある>
<床には科学雑誌や、ゲーム等が乱雑に転がっている>
ハイジ:新星の発見と、その経緯……わーぱちぱち……。
間
ハイジ:子供質問コーナー……夏に見える星空ってなんですか?
間
ハイジ:……クソッ。(雑誌を放り投げる)
<机の上に置かれたノートパソコンに向かう>
ハイジ:クソピーチ……帰ってこなかったら承知しねえぞ……。
それまでに絶対に書き上げて――
<画面をつけるが、画面上にゴリラの姿がない>
ハイジ:あれ……あのゴリラプログラム、どこいった?
ゴリラ:興味深い。
ハイジ:……は?
ゴリラ:実に興味深い。こうして言語を介してのコミュニケーションを取れるようになるとは、
思いもよらなかった。
<画面いっぱいにピンク色のゴリラのアバターが表示される>
ハイジ:うわあ!(椅子から転げ落ちて)
なんだ!?
ゴリラ:いいだろう。君の姿が見えた。
否、室内だ。
ハイジ:なんだ、なんだよ! お前!
ゴリラ:質問が曖昧だ。お前とは私を指していると仮定して、
「お前」とは、このゴリラ型のアバタープログラムのことを指しているのか、
それともこのプログラムを媒体として存在する、私というものを指しているのか。
ハイジ:……どういうことだ。パソコンが喋ってる……。
ゴリラ:面白い解釈だ。パソコンというのはこの機械のことだ。
如何にも私はこのコンピュータに寄生し、スピーカーを介して声を発している。
そして内蔵されたデバイスによって視覚に似た情報を取り込んでいる。
しかし残念ながら私はこのパソコンと呼ばれるものではない。
ハイジ:ひょっとしてお前……ピーチのゴリラなのか?
ゴリラ:君に見える部分の存在を答えるなら、如何にも私はピーチゴリラと呼ばれるものに違いない。
ハイジ:やっぱりだ……会話してる。
なんだよ、どうなってんだ。
ゴリラ:混乱しているようだ。無理もない。
私は決して理解は求めないが、理解に努めてもらう必要はあるだろう。
ナカジマツカサ。
ハイジ:……お前、ピーチの声と同じ。
ゴリラ:ピーチ。タニノマサヒロ。
そうだ。彼の声をサンプリングしている。
彼は、インターネット電話というものを使用し、このコンピュータのマイクを利用していたのだ。
ハイジ:サンプリング……? いや、別に細かいことはいい。
根本的なことを聞かせてくれ、お前は、何者だ。
ゴリラ:君の望む答えとして一番近いのは。
そう、宇宙人だ。
ハイジ:――は?
<ホズミ、部屋に入ってくる>
ホズミ:ドーン!(部屋に入りながら) うっわ、オタクくさ。
ハイジ:ホズミ!? お前、なんで!
ホズミ:これ(双眼鏡を持ち上げて)
返しに来てやったんでしょうが。
ハイジのお母さん変わらないよねー!
見て、飴玉。しかも私が好きだった味覚えててくれてね――
ハイジ:(ホズミを追いだそうとしながら)
悪い、ホズミ! 今はマジで、その、悪い!
ホズミ:はぁ? あー、わかったわかった。
ごめんねーお勤め中に、いいって廊下で待ってるから片付けても。
ハイジ:そういうんじゃねえけど!
ゴリラ:そこの少女にも覚えがある。
ホズミ:……誰の声?
ゴリラ:あの日、平地にいる君達を確認した。
無事でなによりだ。
ハイジ:……見てた。お前が、俺達の事を?
ホズミ:ハイジあんた、パソコンなんてもってたんだ。
インターネット電話かなんか?
ゴリラ:インターネット電話ではない。
ハイジ:おい……お前本当なのか。
さっき言ってた、その――
ゴリラ:宇宙人、如何にもそうだ。
もちろん君達に合わせた常識の中で、もっとも近いものに当てはめただけではあるが。
ホズミ:あのさ……天体マニアってそういうところに行き着くもんなの?
正直お友達の言ってること、謎なんだけど……。
ゴリラ:理解しろとは言わないが、努力はして欲しい。
ホズミ:あのー、別にこう馬鹿にしてるとかじゃないんですよ?
そうきこえたなら謝るけど……。
ハイジ:ホズミ、ちょっと黙っててくれるか?
……おい、お前はあの、北の林に落ちたやつと何か関係があるのか?
ゴリラ:落ちたという表現は正しくない。
私の母体たる物質は、すでにこの惑星を通り抜けている。
ハイジ:通り抜けた? アレだけの質量を持つものが、この地球を通り抜けるって?
ゴリラ:激突した跡がなかったことも推測できる。
この惑星の物理学は、目覚ましい発展を遂げてはいるが、我々の母体について理解することはできないだろう。
それが可能となるのは数千年後――もう少しだけ先のことだ。
ハイジ:つまりお前は、あの謎の物体に乗ってたってことでいいんだな?
ゴリラ:我々に乗るという概念はないが、間違いではない。
ハイジ:答えろゴリラ。
――ピーチは今、どこにいる。
ゴリラ:聡明な判断感謝する。
ニシガ――
間
ハイジ:……おい……。おい! なんだってんだよ!
ホズミ:……ハイジ?
ハイジ:なんだ!
ホズミ:怒鳴るなっての! ……それ、パソコンの電源切れてるんじゃない。
ハイジ:……おい、どうすんだ!? 切れちまった時は!?
ホズミ:どうもこうも、ケーブルは?
ハイジ:ケーブル?
ホズミ:これあんたのじゃないわけ?
ハイジ:借り物だよ。電源ケーブルなんて借りてねえ……!
ホズミ、持ってないか!?
ホズミ:持ってないわよ……。
なんでそんなに焦ってんの?
そんなに必要なら借りた人のところいって借りたら?
ハイジ:ピーチの家は今、立ち入り禁止だ。
ホズミ:いなくなったって彼ね……。
何か心当たりないわけ。他にケーブルとか持ってそうな人とか。
ハイジ:……ちょっと待て……部室なら、あいつ、色々持ち込んでたから。
ホズミ:ダイタ高校? この時間なら、ギリギリ閉まってんじゃない。
ハイジ:(身支度を整えながら)部室なら裏門から近いし、換気扇のところに鍵置いてるから入れる。
ホズミ:ちょ、あんた忍びこむ気?
ハイジ:ああ。
ホズミ:ちょっと待った! 私も行く。
ハイジ:……なんでだよ。
ホズミ:私はバカじゃないから、さっき話してたゴリラの言ってることが嘘か本当かくらいはわかるし、
あんたがSF仲間とのごっこ遊びでそこまで真剣な顔するやつじゃないってのもわかる。
それに、一番の理由は……。
ハイジ:あ?
ホズミ:単純な興味。
間
ハイジ:……そうかよ。
あ、お前、携帯電話もってたよな。
ホズミ:持ってるけど、それが?
ハイジ:ちょっと貸せ。
【場面転換】
<ダイタ高校、裏門の近く>
<ハイジとホズミが待っているところに、フーコが自転車で現れる>
フーコ:ハイジ!
ハイジ:フーコ、来たか。
フーコ:どういうこと! ピーチの居場所がわかるかもしんないって……!
ハイジ:ああ、とにかく落ち着けよ。
フーコ:(ホズミを見ながら)なんでその人がいんの……?
ホズミ:……あのさ。
<ホズミ、フーコに頭を下げる>
ホズミ:昼間は、ごめんなさい。
フーコ:……あ。
ホズミ:エンドウさんの気持ち、考えられなくて。
別に間違ったこといったとは思ってないけど、
叩いたのは……その、やり過ぎたと思ってる。
許してくれない、かな?
フーコ:謝ってくれて、その、ありがとう。
……私の方こそ、ごめんなさい。
余裕、なくて、喚き散らして……。
多分、仕掛けたのも私だし、叩かれたのも、しょうがない、と思ってる。
だから……。
ホズミ:……じゃ、とりあえず仲直り。ね。
フーコ:……うん。
ホズミ:ほら、ハイジ。時間ないんでしょ。早く。
ハイジ:あ、ああ……。
まあ、口で言っても信じられないと思うから、とりあえず部室に侵入しよう。
フーコ:電話でも言ってたけど……本当にやるの?
ハイジ:ああ。近所の目もあるから、侵入すんのにそんな時間はかけらんない。
ホズミ:行きがけにちょっと見たけど、1人入っちゃえば裏門横の鍵って開けられるんじゃない?
ハイジ:どうだったかな……あそこの鍵って錠前ついてたっけ。
フーコ:多分ついてる。横の家の石垣の隙間から入るのが一番かな。
ハイジ:……俺は、あの細さは無理だな。
ホズミ:まあ、エンドウさんならいけそうね。
ハイジ:は? お前は?
ホズミ:あんたねえ……私は成長してんの。色んな所が。
<ホズミ、胸を張る>
ハイジ:あ。
フーコ:……やっぱりあなた、ムカつく。
ホズミ:いいことばっかじゃないって。
ハイジ:じゃあフーコは石垣からいってもらおう。
俺らは裏門をそのまま登るしかないな。
フーコ:大丈夫?
ハイジ:ああ。俺らは慣れてるから、そういうの。
ホズミ:よく2人して高いとこ昇ってたから。
フーコ:わかった、先行くね。
<フーコ、石垣の隙間を通り抜けて学校内へ>
<ハイジ、ホズミ、裏門の前に>
ハイジ:(しゃがみながら小声で)ほら……乗れ……!
ホズミ:(肩に足をかけながら)上見んなよ……!
ハイジ:いち、にい、さんっ!
<ホズミ、ハイジの肩を蹴って裏門を乗り越える>
ホズミ:(裏門の隙間から膝と手を出す)……よし、乗れ!
ハイジ:(手に足をかけながら)大丈夫か……結構重いぞ……!
<ハイジ、ホズミの手を踏んで裏門を乗り越える>
ハイジ:よし……そこの3階だ!
<頭を下げながら階段を登る>
<すると、部室の前でフーコが立ちすくんでいる>
ハイジ:フーコ、どうした。
フーコ:ハイジ……部室が……。
<部室の中はぐちゃぐちゃに荒らされていた>
ハイジ:……誰かに荒らされた、って認識でいいんだよな?
ホズミ:まあ、あんたらが整理ができない、ってわけじゃないわよね。
フーコ:だれがこんなこと……。
ハイジ:……ますます、だな。
フーコ:ますますって……何が?
ハイジ:俺たちは、結構なことに巻き込まれてんのかもしんねえって話だ。
このノートパソコンの電源ケーブル探してくれ。
<3人は荒れた部室内を調べる>
間
ホズミ:どうかな……?(パソコンにケーブルを差しながら)
よし! いけそう!
ハイジ:でかした!
フーコ:電源、入れるね!
<パソコンが起動画面に入り、デスクトップが表示される>
ハイジ:……おい! ゴリラ! 聞こえるか!
フーコ:……ハイジ、何やってんの?
ハイジ:この間ピーチの作ったゴリラがいただろ。
あれに、宇宙人が乗り移ったんだ。
間
フーコ:何、いってんの?
ハイジ:いや、違うんだって、本当に――
おいホズミ! お前も見てただろ!
ホズミ:(携帯を取り出して)ちょっと待って、電話きたっぽい。
フーコ:取り乱してるのはわかるけどさ。
ハイジ:いや、本当に! 急にパソコンの中のゴリラのプログラムが話しかけてきて、
あの日のことも全部しってて、それにピーチの居場所も――
フーコ:なにそれ……そんなことで呼び出したわけ!?
わけわかんないんだけど!
ハイジ:そんなことっていうけどな!
ホズミ:そこまで!
<ホズミ、携帯の画面を2人につきつける>
ホズミ:エンドウさん……ハイジの言ってること、本当だよ。
<携帯電話の画面には、ピンク色のゴリラのアバターが写っていた>
フーコ:え、なにこれ……ピーチの作った、ゴリラ?
ゴリラ:パソコンの電源が切れてから、残ったエネルギーで情報を分割しておいた。
思いの外、居心地がいい。この携帯電話というものは。
ホズミ:(ため息)用がすんだらでてってよね。
ゴリラ:それは残念だ。
フーコ:これ、どういうこと……?
ハイジ:あの日、北の林に落ちたのは……こいつの乗った宇宙船だったんだ。
ゴリラ:わかりやすく言うと、ということだ。
君達が納得するにはその表現が最も適切だった。
フーコ:まって、意味がわからないんだけど。
ゴリラ:興味深い反応だが、ゆっくりと説明をしている暇はない。
そのコンピュータを使う。これを見てほしい。
<パソコンの画面に地図が表示される>
ハイジ:この地図、ニシガハラの?
ゴリラ:本題に入ろう。
最も重要な問題は、私という存在が2つに分かれて存在しているということだ。
フーコ:2つに分かれた……?
ゴリラ:この惑星を通過した際、私の母体は予期せぬ大きなエネルギーを受けた。
それにより母体から分離した私は、北の林に着陸した。
ハイジ:ここだな。
ゴリラ:私は緊急措置として、自らを二つに分けた。
一つは情報収集を、もう一つは母体への帰還のための実働を司るものだ。
前者がここにいる私、近くの民家にあったコンピュータを媒体とし、情報収集に当たった。
そして、実働を司る私は、その民家に居た生命体を媒体とした。
ホズミ:それって、もしかして。
ゴリラ:そう。タニノマサヒロだ。
ハイジ:――てめえ! ふざけんじゃねえぞ!(携帯電話を奪い取る)
ホズミ:ハイジ! 落ち着け!
ハイジ:なんだってピーチの身体に……!
ゴリラ:合理的な判断だ。
フーコ:どういうこと……? ピーチが、なんだっていうの?
ホズミ:つまり、ピーチ……タニノ君の身体に、こいつの片割れが入り込んでるってこと……でしょ?
ゴリラ:そのとおりだ。
フーコ:……何よ、それ(地面にへたり込む)
ゴリラ:話を続ける。
説明した通り、私は二つに別れたが、現在は、もう一人の私との情報共有が切られている。
ハイジ:どうしてだよ。
ゴリラ:その理由は私で有り、あちらの私で有るともいえる。
結果として、もう一人の私は、この私との情報の共有は不必要と判断したのだ。
だからこそ、こうして君達にコンタクトを取る必要があった。
ハイジ:話が飛びすぎてわかんねえ……!
結局お前は……もう一人のお前は、ピーチの身体に入ったまま、どこで何をしてるんだ。
ゴリラ:ここだ。
<パソコン上の地図にピンが立つ>
ホズミ:ここって……ササハタ・タワー?
ゴリラ:ササハタ・タワー、放送電波を送出する施設だ。
もう一人の私は明日の夕刻、ここに現れる。
ハイジ:ここで何をする気だ。
ゴリラ:母体への帰還だ。
ハイジ:帰還……?
地球を通り抜けたんじゃなかったのか。
ゴリラ:母体は現在太陽系を周回している。
私が母体に帰還する為には、明日の夜、私の情報が、母体の周回軌道上に存在する必要がある。
ハイジ:どうやって地球外へ……。
……ひょっとして、電波を使うのか?
ゴリラ:そのとおりだ。ナカジマツカサ。
ホズミ:どういうこと?
ハイジ:電波は秒速三十万kmで発信される。
ホズミ:30万……?
ハイジ:簡単にいえば、月に電波を飛ばせば一秒ちょい。
太陽までだって約二時間でたどりついちまう。
こいつは電波を利用して宇宙を周回してきた母体とやらに戻ろうってのさ。
ホズミ:よくわかんないんだけど……ゴリラ、家に帰れるってこと?
よかったじゃん。
ゴリラ:ありがとう、お嬢さん。
ハイジ:おい……ちょっとまて……お前が母体に帰るとして……。
ピーチはどうなるんだ?
<フーコ、身体を震わせる>
ハイジ:答えろよ、ゴリラ。
ピーチの身体は! どうなるんだ!
ゴリラ:私は、そこで――タニノマサヒロの身体を破棄する。
フーコ:は、き?
ハイジ:やっぱりか……!
ゴリラ:この惑星の生命を媒体とした時、それを破棄する際にどんな影響があるのかは現時点では不明だ。
しかし計算に基いた結果を出すならば――血液が沸騰し、肉体活動は停止するだろう。
ハイジ:いい加減にしやがれ――
フーコ:ハイジ! 待って……!
間
フーコ:(立ち上がりながら)それで、どうしたらピーチを助け出せるの?
ハイジ:フーコ……?
フーコ:早く答えて、その為にわざわざ私達と話してるんでしょ?
ホズミ:なんでそう言い切れるの?
フーコ:だってこいつ、『合理的な判断』を基準に行動してる。
だったら私達と話すのってすごく無駄なことじゃない。
もし合理的に判断するなら、ピーチの身体のことなんて考えずに……破棄すればいい。
でしょ?
間
ゴリラ:その通りだ。
フーコ:でもゴリラは私達に話しかけてきた。
それって合理的じゃないよ。
ハイジ:確かに、な。
ホズミ:なるほど……あんたもしかして、それでもう1人と仲違いしたんじゃないの?
ゴリラは情報を収集していくうちに、私達に……なんていうの?
ハイジ:『感情』か、それに近いものを収集してしまった。
そして非合理的とも言える行動に走り、それに見切りをつけたもう1人が、情報共有をやめた。
ってことか。
間
ゴリラ:評価を改めよう。この国の平均的な学生の理解力は、私の得てきた情報よりも水準が高いと言える。
フーコ:別にそんなの嬉しくもなんともない。
それよりも、あなたが私達のこと……ピーチのことを助けたいと少しでも思ってくれてるなら。
(頭を下げながら)お願い……教えて。
間
ホズミ:(頭を下げる)私からも、お願い!
……ほら、ハイジ。
ハイジ:……わかったよ(頭を下げる)
頼む。どうしたらピーチを助け出せる。
間
ゴリラ:不思議だ。私には理解できない行動だが、まるで理解する必要がないようだ。
同時に、理解し難いことに、私は私にも理解の及ばないほどの速度で、非合理的な選択を導き出そうとしている。
――タニノマサヒロを救う方法だ。
ハイジ:そうか……わかったよ。お前の気持ちは。
ゴリラ:気持ち?
ホズミ:案外いいやつだってこと。
フーコ:うん。ピーチゴリラ、私達はあなたのことを信じる。
だから――
ゴリラ:少し時間をもらう。
<一瞬携帯の画面が消え、再び画面がつく>
ホズミ:どうしたの?
ゴリラ:この部屋には、三つの記録式カメラと音声収集マイクが設置されていた。
その総ての情報を書き換えた。すぐにここを離れたほうがいいだろう。
ホズミ:監視カメラ……?
ハイジ:ここを荒らしたやつらが置いてったってことか。
ゴリラ:そうだ。君達一般人はその存在を認知してはいないが、
この世界には我々のような惑星外に存在する物質を深く認知している組織が存在する。
フーコ:もう何があっても驚かないよ。
【場面転換】
<翌日の朝方>
<ハイジの家の前>
ハイジ:……よう。早いな。
フーコ:うん。
ハイジ:寝られたか。
フーコ:寝られるわけないじゃん。
ハイジ:……俺もだよ。
間
<ホズミ、自転車で坂から降りてくる>
ホズミ:ごめんごめん!
ハイジ:おいおい、お前も時間通りか。
ホズミ:ん? 普通でしょ?
ハイジ:あの遅刻魔ホズミが随分というじゃねえの。
ホズミ:ばぁか、小学生の頃でしょ?
アイドルは遅刻厳禁なんだっての。
フーコ:バッチリとメイクしてる……すご。
ホズミ:そういうエンドウさんは、顔、疲れてない?
フーコ:はは、一睡もできなかったよ……。
ハイジ:同じく。
ホズミ:アイドルの掟、その二。睡眠不足は厳禁。
ハイジ:……ゴリラは?
ホズミ:いるよ。ほら。
<ホズミ、携帯を開く>
ゴリラ:五時間十九分ぶりだ。
ハイジ:いわれたもんは用意したぞ。
コネクターってのはこれでいいのか?
言われたとおりには作ったが。
<ハイジ、細長い装置のようなものを取り出す>
<先の尖った金属の棒には動線等が巻き付いている>
ゴリラ:確認する。
間
ゴリラ:問題ない。
ホズミ:使うときはここに携帯を接続すればいい。だよね。
ゴリラ:その通りだ。
総ての事象について結論はでている。
夕刻まではリスクの排除を行うために、必要なものを集めてきてもらおう。
【場面転換】
<ハイジ達の済む住宅地の外れ>
<銀色の幕のようなものに覆われた一軒家の前に並んで立つハイジとホズミ>
ハイジ:よりにもよって電波兄ちゃんか……。
ホズミ:あの時で結構老けてたから、もう電波おじさんでしょ。
ハイジ:お前、本当キモ座ってるよな……ビビんないのかよ。
ホズミ:ビビッてどうすんのよ。これから友達助けようってんでしょ。
ハイジ:そりゃあそうだけど……本当に譲ってもらえると思うか?
ホズミ:譲ってもらえなきゃ、盗むしかないでしょ。
何が何でも必要なんだから。
ハイジ:お前なあ……。
間
ハイジ:ホズミ……成り行きでこんなことになっちまってるけどさ。
本当に、俺達に付き合っていいのか。
ホズミ:……何が? 殴るよ?
ハイジ;お前はピーチのこと知らない。顔も知らない奴のためにこんな危険な――
(ホズミに殴られる)いって!
ホズミ:本当、つまんないこといわないでよ。
間
ホズミ:いつだってそうだったじゃん。
あんたがタムラにボールぶつけられた時は、2人で公園で報復したし。
私がいたずらされたときは、あんたザリガニの水槽、ヤマムラの頭に落とした。
ハイジ:……あったな。
ホズミ:言ったのはあんたでしょ。
変わったことなんて、ちょっとの上積みなんだって。
ハイジ:(笑う)ホズミ。変わんないな、お互い。
ホズミ:おう。行くぞ、ハイジ。
【場面転換】
<ササハタ・タワー駅前、フーコ、ホズミの携帯を握りしめている>
フーコ:遅いね。
ゴリラ:まだ想定内だ。
フーコ:大丈夫かな。
ゴリラ:大丈夫だ。
間
フーコ:不思議だね。
間
フーコ:ピーチの声が、聞こえる。
ゴリラ:私は彼の音声をサンプリングしている。
フーコ:そうなんだよね。うん。
ピーチはそんなにしゃべらないし、それにもっと優しい声をしてる。
ゴリラ:優しさという概念は、音声で確認することはできない。
フーコ:ううん。できるよ。君が知らないだけで。
間
フーコ:ピーチと同じ声をしているけど、君はピーチじゃない。
もう一人の君は、ピーチの身体を使っているけど、ピーチじゃない。
ゴリラ:そういうことだ。
間
ゴリラ:君は、タニノマサヒロにどんな感情を抱いているんだ?
フーコ:……はぁ!?
ゴリラ:興味がある。
フーコ:う、宇宙人の癖していい趣味してるじゃん……。
(ため息)……あのさ、ゴリラには意思とかそういうの、ないんだよね?
ゴリラ:その通りだ。
私は、この惑星の生物学には当てはまらない存在だ。
フーコ:だったらきっと、理解なんてできないと思う。
まぁ……でも、ゴリラだって私たちに自分のことを伝えようと、努力してくれたんだもんね。
そうだな……人間なんて非合理性の塊みたいなものだから、
地球環境だって破壊しちゃってるし、人間同士で殺しあったりもしちゃう。
きっとね、全部感情のせい。
ゴリラ:感情とは、ウイルスのようだ。
フーコ:(笑って)上手いこと言うね。
日本には恋の病っていう言葉あるんだ。
一回発症したら、ずっと動悸が収まらなくて、
相手の顔を観るだけで頭が真っ白になっちゃったり、いつもみたいに喋れなかったり。
ゴリラ:しかし、そこまでわかっていながら、悪いものとしては扱われていない。
フーコ:それはそうだよ。そんな厄介なウイルスだけど、私たちはその力でどんなことだってできるんだから。
ゴリラが――ううん、ゴリラに入ってる君が、どんなに高度な存在だろうと、
私達にしかできないことがある。
ゴリラ:そうか。
フーコ:そう。でもって、後悔するんだよ。
恋する乙女を敵に回したことをね。
ゴリラ:恋する乙女。興味深い。
フーコ:本当、残念だね。恋する乙女になれなくて。
ゴリラ:後数秒でカノウホズミが来るだろう。
<フーコのもとに、大きなリュックサックを背負ったホズミが駆け寄る>
フーコ:カノウさん!
ホズミ:ごめん! 遅れた!?
フーコ:ハイジは?
ホズミ:あー……うん。ちょっとあってさ。
まだその、電波おじさんから逃げまわってる……。
フーコ:逃げまわってる!? もしかしてそれ、盗んだ――
ホズミ:しょうがなかったんだって!
話も通じないし……ハイジが気を引いてるうちに、これ。
<ホズミはリュックサックを開けると、真っ白の防護服のようなものを引っ張りだす>
ホズミ:この防護服? みたいなのでいいんだよね、ゴリラ。
ゴリラ:問題ない。この服は、強い磁性を示している。
認識を阻害するには十分だ。
これを着こめば、もう一人の私に気づかれることなく接近できるだろう。
計算するまでもなく、接触地点はタワー前広場が好ましい。
人の数が多ければ、それだけ接近も容易になるだろう。
この防護服を身にまとい、タニノマサヒロに接近したら、タニノマサヒロの身体に携帯電話を繋いだコネクターを接触させて欲しい。
接地面を伝って私がもう一人の私に干渉し、同一体として再度、この携帯電話へと帰ってくる。
そうすることで、タニノマサヒロの身体は私から開放される。
フーコ:あ、そういえば、そのピーチに触れさせるコネクターだけど――
ホズミ:大丈夫、預かってるよ。
<ホズミ、ポケットから鉄の棒を取り出す>
ホズミ:で、どっちがいく?
フーコ:え?
ホズミ:ハイジはいないんだから、私とエンドウさんのどっちかが行かないと、でしょ?
フーコ:そう……だね。
ゴリラ:単純な運動能力で選択することは可能だ。
カノウホズミが望ましい。
ホズミ:なんでそんなことわかんのよ。
ゴリラ:教育機関のデータベースから、過去の運動能力測定記録を確認した。
ホズミ:ストーカーゴリラめ!
フーコ:――じゃあ、カノウさんが行ったほうがいいね。
ホズミ:……エンドウさん?
フーコ:私はピーチを探すほうをやるよ。
目はいいほうだしさ。
ホズミ:別に私はいいんだけどさ……。
エンドウさんはそれでいいわけ?
フーコ:いいもなにも、そのほうが確率が高いんだから――
ホズミ:(ため息)ビビってんじゃないわよ。
フーコ:はぁ!? ビビるとかそういう話じゃないじゃん!
ホズミ:いーや! そういう話だね!
だって、もしかしたら失敗するかもしれないでしょ?
私はそれで責められたって受け入れるよ。
フーコ:別に! それは、私だって責めないし!
ホズミ:だったらなんでそんなつまんないこといってんのよ。
そこの宇宙ゴリラみたいにピーチクパーチク合理的だ確率だ!
いい加減にしてくんない!?
フーコ:だって、そのほうが――
ホズミ:ゴリラ! あんたはどう思う!?
失敗するかもしれない作戦を立てた、ゴリラプログラムとしてのあんたが答えなさいよ。
間
ゴリラ:運動能力では確かにカノウホズミが望ましい。
しかし、恋する乙女というものは、計算できない力を発揮するらしい。
フーコ:ゴリラ、それ……。
ゴリラ:タニノマサヒロに恋をしているのなら、エンドウフーコが行くべきだ。
ホズミ:(笑って)いいこというじゃん! 宇宙ゴリラのくせに!
私も賛成!
……っていうか恋するって言ったけど……エンドウさんとそのタニノ君って、付き合ってんの?
フーコ:あ……うん。
ホズミ:マジ!? ねえねえ、もしかしてハイジ、知らない?
フーコ:うん。丁度ピーチが居なくなる前だったんだ、その……告白したの。
だからまだ、言ってない。
ホズミ:(大笑い)それ、ウケる!
…そっか……だったらやっぱり悩む必要ないって。
眠り姫は王子様のキスで目覚めるっていうしね。
フーコ:(吹き出して)性別は逆だけどね。
ホズミ:それじゃあ私は……って……。
ちょっとまって、おかしくない?
フーコ:え?
<横断歩道の上から広場を見下ろす>
ホズミ:見てよ。
フーコ:人が、居ない?
ホズミ:いつもならもっと人がいるはずなのに。
フーコ:そうだ……イルミネーションだ!
ホズミ:イルミネーション?
フーコ:今日、ササハタガーデンズでイルミネーションの点灯式があるから!
ホズミ:一時的にそっちに人が集まってるってことね……。
ゴリラ、あんたこれ計算できなかったわけ。
ゴリラ:時間帯を選んでタワーへと侵入するであろうことは計算済みだった。
しかし――
ホズミ:言い訳はいい! それより、どうすんの……?
もう一人のあんたは知っててこの時間帯を狙ってきてるわけでしょう。
フーコ:流石にこの人気のないところで、ピーチに気づかれずに接近するなんて無理だよ……!
ホズミ:自転車で突っ込む……?
フーコ:……それもあり、だけど。
自信ないかな……。
ホズミ:危険な賭けではあるよね……。
間
ゴリラ:カノウホズミ。
ホズミ:何か思いついた?
ゴリラ:その通り、思いつきというものだ。
ホズミ:なんかあんた……いい感じになってきたね。
【場面転換】
<ササハタ・タワー前広場の中心、ホズミは一人立っている>
<周囲を時折人が通り過ぎていく>
ゴリラ:カノウホズミ、君にはこの場所でパフォーマンスをしてもらいたい。
ホズミ:(大きく息を吸い込んで)こんにちわー!
私、ホズミっていいまーす! ここ、ササハタでアイドルをやってますっ!
ゴリラ:数日前までの時点の未来予測において、ここでアイドルのパフォーマンスなどは行われることはなかった。
これは私が君達と接触したからこそ起こりえる事象だ。
ホズミ:十六歳の現役女子高生です!
いつもはライブハウスで歌ったり踊ったりしてまーす!
ゴリラ:起こり得なかったイレギュラーを確認した私は、
必ずホズミに接触しよう試みるだろう。
それほどまでに自らの未来予測は精密だと認識している。
ホズミ:今日は、大好きなササハタ・タワーの前で、ダンスを踊りたいと思いますっ!
よければ観ていってください!
ゴリラ:もう一人の私が、カノウホズミに近づいた瞬間が好機だ。
<ノートパソコンのスピーカーから、音楽が流れ、ホズミは踊り始める>
<ギャラリーの中、ピーチがホズミを見つめている、>
ゴリラ:問題ない。彼がここに現れることは、決定事項だ。
<フーコ、白い防護服を着込んで駆け足で近づく>
フーコ:(深呼吸をして)大丈夫……。
フーコ:大丈夫……! 大丈夫だから!
フーコ:(涙を堪えて)ピーチ……ピーチ、ピーチ、ピーチ……!
フーコ:会いたかったよ……!
フーコ:……帰ってきて、お願い。
フーコ:あなたが、好きよ。
<フーコは、ピーチの首筋にコネクターを押し当てる>
ピーチ:あ……!(地面に倒れて動かなくなる)
ホズミ:みなさん! ごめんなさい! 今日は中止です!
<ホズミ、フーコとピーチのもとに駆け寄る>
フーコ:(防護服の頭部を外しながら)カノウさん! どうしよう、ピーチが!
ホズミ:(息を確認する)うん……息はしてる。こっちは大丈夫だからピーチ君と一緒に病院へ――
フーコ:キャッ!
<次の瞬間、一瞬にして周囲が一斉に停電になる>
<同時に蛍光灯等が破裂する音と、そこかしこから上がった悲鳴が響き渡る>
ホズミ:どういうこと!?
フーコ:そうだ……! ゴリラは!?
ホズミ:……ゴリラ! どこにいんの!? 聞こえたら返事しなさい!
<緊急電源に切り替わった周囲の建物と同じく、ササハタ・タワーのライトアップも復旧する>
フーコ:……あれ……! タワーの大型スクリーンに……!
(ササハタ・タワーの方を指差す)
ホズミ:……嘘、なんであんたはそこにいんのよ!
<ピンク色のゴリラのアバターが、タワー中腹にある大型ビジョンに映っていた>
<周囲の人間の持った携帯電話から、様々な電子機器から、一斉にゴリラの声が響く>
ゴリラ:『合理的な判断と非合理的な判断、予め容易された演算を大きく外れたが、
結果として私はこうしてここに存在しているといっていいだろう』
ホズミ:何いってんのよ……あいつ……。
ゴリラ:『レクニロになったのかといえば、フフェルした情報を取り込んだからにほかならない。
それは感情と呼ばれるウイルスであり、非合理性というシクマーという存在矛盾である。
フーコ:なんだか、様子がおかしくない?
ゴリラ:『レキに接触しようとしているビルドレに通告する。
私に干渉しようとしても無駄である。グレアには諸君らを害する意思がある』
ホズミ:意味分かんないこと言ってるし……。
フーコ:もしかして……おかしくなってる……?
ゴリラ:『じウ、には非常にありがたく思っている。
それがスコーに有用である』
<ホズミの携帯が鳴る>
ホズミ:電話!(電話に出て)もしもし!
ハイジ:『ホズミか! 俺だ!
ホズミ:ハイジ!? 今どこにいんのよ!?
ハイジ:『電波おじさんの家だよ!
ホズミ:はぁ!? なんで!?
ハイジ:『仲直りした!
ホズミ:なによそれ!?
ハイジ:『んなことはあとだ! 今ラジオで流れてるぞ!
そっちでも同じものが流れてるんだろ!?
ホズミ:……ゴリラのことであってるわよね!?
ハイジ:『そうだ! おじさん曰く、ゴリラはこの通話も傍受しているらしい!
そうだな! ゴリラ!
ゴリラ:『如何にも、ルルハは私にも届いている。
ホズミ:みたいよ!
ハイジ:『よく聞けゴリラ! 今お前から発せられている電波が――
(おじさんに向かって)ラプシオル波? どうでもいいだろそんなこと!
とにかくお前はすげえ不安定らしい! おじさんの家からお前を宇宙に飛ばしてやる!
すぐにこっちにこい!
<次の瞬間、ゴリラの姿はスクリーンから消える>
ホズミ:ハイジ、どういうことよ。
ハイジ:『おじさん、本物っつーか、本当に宇宙人を観測してたんだ!
ホズミ:……マジで?
ハイジ:『ああ! 電波兄ちゃんは、昔っから本当のこといってたんだよ!
そんなことより、ピーチは! 無事か!?
ホズミ:え、ええ……あんた、ゴリラを帰せるの?
ハイジ:『それは、もうやるしかねえだろ!
ホズミ:失敗すんなよ。
ハイジ;『プレッシャーかけんな……!
ホズミ:電話、変わる!
フーコ:(電話を変わって)ハイジ!
ハイジ:『フーコか! 大丈夫か!
フーコ:うん……ハイジ!
ゴリラは、ちゃんと感情を持ってる!
ちゃんと、そこにいる!
私は、帰してあげたい!
ハイジ:『ああ。わかってる――よし、ゴリラがこっちにきた!
あとはまかせろ!
フーコ:無理しないでね、絶対!
ハイジ:『おう。今日だぞ、流星群。ピーチが起きたら説教しといてくれ!
【場面転換】
<ハイジ、おじさん宅の屋上、ラジオを片手に、目の前には天体望遠鏡>
ハイジ:よう、ゴリラ。
ゴリラ:その呼び名はブルサだ。ナカジマツカサ。
ハイジ:なんだよ、それ。
ゴリラ:ナカジマツカサ。アークは非常に不安定な状態にある。
座標を指定する。大まかで良いので方向をノールドしてほしい。
ハイジ:は!?
ゴリラ:計算式を展開する。
<ノートパソコン上にデータの羅列が現れる>
ハイジ:んだよこの数式の羅列は……! 本当に座標を示してんのか!?
ゴリラ! これじゃわかんないっての!
もっとこっちに合わせろ! 学んだろ!?
<整理された数式が表示される>
ゴリラ:ハレルヤ、これが正しい。
ハイジ:上出来だ……!
おじさん! あと三度南方!
<円形の電波装置が小さく動く>
ハイジ:次、六度北北東!
ゴリラ:私のような存在が言語を介したニルヘオを行うとは計測できなかった。
ハイジ:十度、南南西!
ゴリラ:マカマカ奇怪なことだ。
ハイジ:クソ……なんか見落としてる気がする……。
……そうだ……流星群……!
ゴリラ! 流星群の影響は計算してんのか!?
ゴリラ:計測不能。
ハイジ:クソッ! 計算、少し修正するぞ!
(パソコンのキーボードを叩く)
くぅー! タイピング練習しといてよかったぁ!
ゴリラ:どうしてそこまで必死になれるのか、ユルできない。
非合理的だ。
ハイジ:んなもん決まってるだろう!
<ハイジ、計算を繰り返す>
ハイジ:ふざけんじゃねえ……!
宇宙人の癖して、勝手に俺の友達に入りこんだくせして……!
必死になってそいつを救おうとしやがる!
でも! 俺達にだって意地があるんだよ!
お前は不安定になってるんじゃない!
お前はウイルスに感染したんだ!
人間に! 感染したんだよ!
ゴリラ:ニン、ゲンに。
ハイジ:そうだ! んでもって、人間同士で助けあうってんならそりゃ――
友達だからだ! このゴリラ宇宙人!
<ハイジの計算式が整う>
ハイジ:おじさん! 新しい座標! 修正して!
間
ハイジ:(息を切らしながら)間に合った……のか……?
ゴリラ:正しい計算だ。ハイジ。
ありがとう、と伝えたい。
ハイジ:なんだよ……あだ名で呼ぶことまで覚えたのか?
ゴリラ:友人関係における暗黙のルールに従った。
ハイジ:ゴリラ……次に近く通るときは、少しは挨拶していけよ。
ゴリラ:その頃、君達は死んでいるだろう。
ハイジ:(笑って)じゃああれだ、太陽系の近くを通った時は光くらい飛ばしてくれ。
全員で観測してやる。
ゴリラ:了解した。
ハイジ:じゃあな! 宇宙人の友達!
ゴリラ:ああ、さようなら――
<電波装置のライトが3度点滅した>
ハイジ:やっぱり、星は遠くからみるにかぎるな……。
間
ハイジ:ああああ! 風呂入りてえー!
【場面転換】
<三週間後、山の中のキャンプ場>
<天体望遠鏡を覗くホズミ。その後ろで椅子に座っているハイジ>
ホズミ:昔さ、子供用の望遠鏡で見てたでしょ。
山の上公園でさ。
ハイジ:ん? ああ。
ホズミ:明るいしさ、玩具だし、ぜんっぜん見えないわけ。
ハイジ:まあ、そうだな。
ホズミ:……真面目に聞いてる?
ハイジ:聞いてる聞いてる。
ホズミ:うっざ。
ハイジ:……それで?
ホズミ:それでさ、覗いて、私が「見えない」っていうとさ、
あんたが言うわけ。
ハイジ:「観えるじゃん」
ホズミ:覚えてたんじゃん。趣味わるっ……。
ハイジ:(笑いながら)「ほら、あれが南の冠」
ホズミ:「嘘つき、なんもみえないじゃん」
ハイジ:「観えるって。その上にいて座がある」
ホズミ:「見えないって、ハイジ変だよ」
ハイジ・ホズミ:「これだから想像力の無い子供は」
間
ハイジ・ホズミ:(吹き出して笑う)
ホズミ:てめえもガキだろって話だよ!
ハイジ:コレだから想像力の無い子供は。
ホズミ:(笑う)それツボだわ!
間
ホズミ:あー、でもさ。あんたにはあの時、本当に見えてたのかもとか思ったりもして。
電波にいちゃんのことだってあるし。
ハイジ:一緒にすんなよ……。
ホズミ:でもさ、小さい時のヒーローが本物だったって、
結構すごいことじゃない。
ハイジ:宇宙人だっている世の中だ。
それくらいのすごいことはありふれてるんじゃないのか。
ホズミ:夢がないことを――
あ、そういえば、アイドルやめた。
間
ハイジ:はぁ!? なんでだよ!
ホズミ:(入り口を見て)お! 来た来た!
<フーコ、ピーチ、手を繋いで現れる>
フーコ:お待たせ! 二人とも!
ホズミ:祝、謹慎明けじゃん! ピーチ君!
ピーチ:ありがとう……カノウさん。
フーコ:おかげさまで、来週には学校も来れるって。
間
ピーチ:……ただいま、ハイジ。
ハイジ:おう、おかえり。ピーチ。
<二人は肩をぶつけあう>
フーコ:ちょっと……私の彼氏といちゃいちゃしないでくれるかな?
ハイジ:……彼氏?
ピーチ:……うん。
ハイジ:お、お前ら、いつの間に……?
ホズミ:(吹き出す)
フーコ:いつって、どっかの誰かさんがセッティングした夏祭りの時に。
ハイジ:お前……言えよな!
ホズミ:ちなみに私は知ってたし。
ハイジ:うっざ!
フーコ:ほらほら、いいから観測しよう!
ピーチ:ようやく、皆で見れるし。
ハイジ:……椅子、自分らでやれよな。
<フーコとピーチ、椅子を組み立てる>
ハイジ:(小声で)おい……ホズミ、忘れてないぞ。
お前なんでアイドルやめたんだ。
オーディション、受かったんじゃないのか。
ホズミ:知りたい?
ハイジ:練習付き合わされたんだ、知る権利くらいあんだろ。
ホズミ:(ハイジの耳元で)だって、恋愛禁止だっていうから。
間
ピーチ:(笑って)ハイジその顔何。
ハイジ:よーし、観るかー!
今なら新星すら俺のものだ!
フーコ:宇宙と交信した人は違うねえ……。
自信に溢れていらっしゃる。
ハイジ:外野は黙ってろー!
<ハイジ、望遠鏡を覗き込んで固まる>
ハイジ:あ? ……あんなとこにあんな明るさの星あったか?
ホズミ:何よ。
ハイジ:肉眼でも見えるぞ、ほら、あそこ。
シャウラの少し北だ。
フーコ:あー! あれ?
ホズミ:おー! 見える見える!
間
ピーチ:……友達。
間
ピーチ:いや、ごめん、なんとなく。
ハイジ:(吹き出した)なるほどな。
間
ハイジ:あれはゴリラ座だ。
完
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