パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォーA』
『葡萄鼠の穴』
作者:ススキドミノ



駅 サナエ(えき さなえ):17歳。女。伝馬一族、序列第4位「駅家」の和装少女。二刀流。

金田 利威致(かねだ りいち):18歳。男。カネダ・モータースの次男坊。自称不良少年。

緒方 御崎(おがた みさき):14歳。男。青の教団の使徒。「死の指」の二つ名で呼ばれる。(※極端に若いため、演じる際の性別は不問)

仲也(ちゅうや):28歳。男。廃玩具工場に住む謎多き男。

木元 佳祐(きもと けいすけ):外見年齢27歳。男。戦時特務機構『速見興信所』所属の超能力者。階級は少尉。自称「ゾンビーマン」

花宮 春日(はなみや はるひ):27歳。女。戦時特務機構『速見興信所』所属の超能力者。階級は准尉。「泣き虫」二つ名で呼ばれる。


隊員:国防部隊員。ナレーションと被り。

店員:ファミレス店員。ナレーションと被り。

曹長:国防軍。曹長。ナレーションと被り。

伝馬の戦士:伝馬一族の戦士。ナレーションと被り。



※残酷・暴力的表現がございます。


※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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 ◆◇◆


N:人間、超能力者、そして怪異と呼ばれる者達による戦争が勃発した。
  世界中のメディアはこぞってこの国に起きた内戦について取り上げた。
  しかし、某列強国を中心とした世界政府による迅速な情報統制、
  政府による貿易を含む空(くう)並びに海禁政策(かいきんせいさく)の施行によって、
  ものの1ヶ月たらずで、この国は数100年ぶりの鎖国状態へと移行した。
  内情は小さな島国に閉じ込められることとなる。
  歴史家達は後に、この島国の内戦をこう名付けた。
  『色戦争(カラーズ・ウォー)』と。


 ◆◇◆


N:大阪府北東部戦線。
  防衛ラインに設定されたショッピングモールを背に、国防部隊は劣勢を強いられていた。
  轟音を上げて打ち込まれる近代兵器の咆哮によって、巻き上がった土埃の隙間から男が飛び出す。

隊員:敵影ッ! まだ生きてますッ!

N:青色のマントを翻し、男は飛び上がった。
  国防部隊員は銃を構えると、男に向けて発泡した。
  男は、空中で不自然に機動を変えながら、それらを交わしていく。
  呆気に取られている隊員の身体を、男の影が覆った。
  戦場のどこかで叫び声があがる。

隊員:こいつッ! 超能力者(イノウ)だァ!

N:隊員は押し倒され、地面へ叩きつけられる。
  土埃舞う中、部隊員は必死に暴れながら、眼前の男を睨みつけた。

隊員:ひっ……!

N:血と、土で汚れた顔面。開かれた瞳は、隊員が話に聴いていたよりも深い深い黒を宿していた。
  男は苦しそうに呼吸をしながら右腕を振り上げる。
  悲鳴を上げる間もなく、一つの命が失われるかと思われた次の瞬間のことだった。

駅:(息を吐く)ふっ……!

N:男は隊員を開放して飛び退いた。

駅:下がってッ!

N:男と隊員の間に割って立つように、袴姿の少女がそこに立っていた。
  戦場には不釣合いな少女の手には、すっと伸びた美しい刀が握られていた。

駅:どちらもッ! 下がってください!

N:少女は刀を男に、小刀を国防部隊員たちに向けた。

駅:あなた達の責任者はどなたですか?

隊員:は、ひっ、隊長はッ、本作戦中に、戦死、されました。

駅:本来の目的は悪鬼の殲滅の時点で完了しているはずです。
  私が居るうちに、引いてください。

隊員:そ、それはッ!

駅:それとも、超能力者相手に、あなた達でどうにかできますか?
  ……この戦いは、『伝馬一族(てんまいちぞく)』が預かるといっているんですよ。

隊員:凶刃の……伝馬……!

駅:だから……行ってください。

N:部隊員たちが半狂乱で戦場から離れていくまでの10秒程度、少女は超能力者の男と静かに睨み合っていた。
  やがて戦場から気配がなくなると、少女は自嘲気味に笑った。

駅:凶刃、か……。

N:そして気を取り直すかのように男に向き直った。

駅:悪鬼をここまで先導してきたのは、あなたですね。
  青の教団……でしたか。
  一般人まで見境なく手を出すなんて……自分たちの思想のためなら、何をやっていいって……!
  そう思ってるんですか!

N:少女は刀を正眼に構えると、男を睨みつけた。
  男は油断なく腰を落とすと、血だらけの胸元から薬を1錠取り出し、口に咥えた。

駅:ずいぶんと無茶をしてきたみたいですね……。
  その傷……立っていられるのが不思議なくらいです。

N:男は薬を飲み込むと、ゆっくりと拳を構えた。

駅:引く気はないと。だったらーーキャァ!

N:突如、少女の身体が吹き飛んだ。
  少女の身体は土埃を上げながら転がっていく。
  そして、そのまま少女は壊れた人形のように力なく地面に倒れ伏した。

緒方:へえ、すっごい威力。

N:戦場に浮かび上がるように、その少年は現れた。
  ピンクや黄色でカラフルに彩られた、大型拳銃のようなものを両手で弄びながら、
  少年は超能力者の男に歩み寄った。

緒方:みてよ。朴(パク)さん。
   『誰でもぶっ殺せるハッピーなシロモン』……いえ、僕が言ったんじゃないよ。
   とある知り合いからもらったんだけど。
   一回で壊れちゃうのは置いておいて、威力に関しては申し分なかったね。

N:少年は手に持った拳銃の銃口を男ーー朴の額に押しつけた。
  朴は顔色も変えず、背の低い少年の顔を見下ろしていた。
  銃口はまだ、発砲時に生じた熱で濃い赤色を宿している。
  朴の額から『ジリジリ』という音と、焦げ臭い匂いが立ち上った。

緒方:朴さん。その薬、飲み過ぎだよね。
   鎮痛に使うのは構わないけど、我を失うほど飲むなんて……死ぬ気だった?

N:朴の額は赤く染まり、銃口との接地面が裂傷を刻んでいく。

緒方:だめだよ。ダメダメ! 死のうなんてさ!
   許されないよ、最低だ! 反吐がでるね!
   なんでここまで深追いしたの!

N:少年は瞳を見開くと、片手の指を朴の脇腹の傷口に差し込んだ。
  朴は思わず苦悶の声を漏らす。

緒方:ナンセンスだよ、朴さん。あなたはそこまで優秀な能力者じゃないんだから。
   大事にしないとダメじゃん。身体を気づかって、臆病になって、どんなに情けなくても生きて帰ってきてもらわなきゃ。
   ……薬は抜けてきたみたいだね。

N:少年は拳銃をその場に放り、朴の傷口から指を引き抜いた。
  血に濡れた指先に、傷口から取り出した潰れた銃弾があった。

緒方:僕の力を使っても良かったけど……これは教訓ってことにしておいてよ。
   痛みを失った程度で強くなれるほど、この世界は甘くないんだからね。
   痛みを知ってなお、戦える人であってよ。ねえ、朴さん。

N:痛みのあまりうずくまる朴の肩に、少年はそっと手を置いた。

緒方:もっと青に染まらなくちゃ。
   君の命は、ラブ様のものなんだから。
   ラブ様のものなのに、勝手に死んだりしたらーー僕が殺し直すからね。

N:少年ーー青の教団、使徒が一人『緒方 御崎』は優しげな笑みを浮かべていた。


 ◆◇◆


N:金田 利威致は、不良である。

金田:(電話口に)あん? チゲェよ! お前、マジ舐めてんじゃねえぞ!

N:金田はバイクのタイヤをつま先で軽く蹴飛ばすと、携帯電話の通話口を睨みつけた。

金田:(電話口に)そうじゃねえって! つーかマジ最悪だわ。
   お前がアソコの台は戦争入ってから釘甘くなったつーから信じたのによ。
   どーしてくれんのよ俺の8万!
   西村さんへの借金に当てるつもりだったっつーのによぉ!
   お前が西村さん謝っとけよまじで。

N:悪態混じりに唾を吐き出して、煙草を咥える。
  そして、煙をふかしながら電灯に集まる虫を目で追った。

金田:(電話口に)あん? 今? あー……今は、あれだよ。
   ちょっと野暮用っつーか。
   ……おう。チゲェ。バイクで、ちょっと……。
   あれだわ。今日、北口から先の方、封鎖になっただろ。
   俺、地元っつーかまあ、庭? っつーか、だからよ。
   なんかよぉ、軍人とかもバタバタしてるっつー感じだったから、ちょっとお宝探しよ。

N:金田の視線の先には、ボロボロになった大型のショッピングモールが建っていた。
  拡張予定だった駐車場予定地には、ところどころ穴が空き、機械類の破片が散らばっている。
  それは、戦闘の痕。
  そこは、戦場の跡地であった。

金田:(電話口に)いや、別に頼まれたわけじゃねえけど、あの人、そういうの好きだろ。
   好かれてえとかそういうんじゃねえけどさ!
   世話になってんだから、こういうこともしてかねえとってよ。
   (ニヤついて)……別にカッコよくはねえだろ。フツー。
   ……大丈夫だっつーの。軍人もいねえし。
   しかも、いざというときは兄貴の部屋からバットかっぱらってきたからよぉ。

N:金田はバイクに立てかけてある金属製のバットを手に取ると片手で軽く素振りをした。

金田:(電話口に)俺も中学までは野球やってっからさぁ。ま、こいつでホームランよ。
   つーかマジで長すぎてだりぃわ。もう切る。
   あん? ざけんなまじで! 麻雀はゼッテーやんねーっつってんだろ!
   (通話を切る)……マジであいつぶっ飛ばす。

N:金田は携帯電話をしまうと、バットを引きずってショッピングモールへと向かった。
  ショッピングモールの扉の入り口の前まで来ると、異様な程の静寂と、あまりにも深い闇に唾を飲み込んだ。

金田:いやいや……ここはあれだわ。戦った場所じゃねえわ。うん。
   普通に考えて外だろ、外。

N:金田は踵を返すと、小走りで駐車場へと向かった。
  月明かりに照らされた広い空間を歩いていくうち、金田は戦場を歩いているということを身にしみて感じていく。
  無数の弾痕に、空薬莢。えぐれた地面。そこかしこに点在する、生々しい血液そしてーー

金田:これ……なんだよ……! 鬼……? まじで……!?

N:はるか視線の先、だんだんと見えてきたそれは、異形の生物ーー餓鬼と呼ばれる異界より現れた怪異の死体であった。
  数を数えることすら困難なほどの数のそれを観た瞬間、金田は猛烈な恐怖と、吐き気に襲われた。

金田:う、おえええええ!

N:金田はその場に胃液を吐くと、ガクガクと震える足に手を置いた。

金田:……やべえ……やべえじゃん……! ってかなに? まじでこんなんいるわけ?
   やべえ。やべえやべえ! マジ帰らないとやべえって……!

N:震える足を拳で叩きながら、ようやく顔をあげる。
  そして、駆け出そうとした瞬間ーー

金田:う、そ。まじかよ。

N:倒れていた何かが、ゆっくりとその身を起こした。
  そして、身体を引きずるように金田へと迫ってくる。

金田:マジで? いやいやふざけんな! くんじゃねえってホント!

N:金田は尻もちをついて後ずさった。
  取り落とした懐中電灯が転がっていく。

金田:うそ、まじかよ! 足動かねえ! っちくしょう! 洒落になってねえって!

N:金田は半狂乱になりながらも、かろうじて持っていたバットを杖になんとか立ち上がった。

金田:くっそ……! わかったって! 死にかけてんだろ!?
   ざけんなよマジで! やってやるよ……! やってやるっつってんだよ! バケモンが!

N:眼前まで迫るそれに向かって、金田はバットを振り下ろした。
  しかしーー

金田:は?

N:振り下ろしたバットの根本から先が、コロコロと地面を転がっていく。
  切り落とされたバットの断面をを見て、金田は死を覚悟した。

金田:ごめん、母ちゃん!

 間

N:来るはずの衝撃は、なかった。
  金田は恐る恐る目を開ける。
  そこにはーー

金田:お、んな?

N:月明かりに照らされたのは、袴を着た少女。
  あまりにも予想外の光景に、金田は呆然と少女の顔を見続けていた。

駅:あ、の……。

N:少女は肩で息をしながら苦しそうに胸を抑えていた。
  逆手に手にもった刀は半ばから折れており、全身は泥まみれであった。

駅:あの……! あなた……。

金田:あ? お、おう。

駅:あなたは……何者……ですか……?

金田:いや、俺は。つーかそれ、刀……?
   お前のほうがナニモンだよ……!

駅:私はーー

N:少女の着物の袖口から、何かが地面へと落ちる。

金田:うわぁ! な、なんだ!?

駅:……これは……。

N:地面に落ちたのはヒビの入ったカラフルな大型拳銃だった。

駅:これは……私を撃った相手のーー

金田:なんでこれが、こんなとこに。

駅:……え?

N:金田は足元のそれを拾うと、まじまじと月明かりに晒した。

駅:それ、知ってるんですか?

金田:おう。知ってるも何も、俺も色塗ったりしたからな。
   このモデルガン。

駅:モデル、ガン?

金田:そうそう。戦争入って、玩具屋が閉まっちまったからよ。
   子供向けに作ってやろうって、俺の知り合いがさ。
   しっかし、リアルに仕上がってんなぁ。

N:一通り構えてみたりしたあと、金田は我に返ったように頭をふった。

金田:って! そうじゃねえっつーの!
   お前はナニモンなんだよ! んなわけわかんねえもんぶら下げて、こんなところで!
   意味わかんねえよ!

N:少女は、少し考えたあと、金田に歩み寄った。

駅:私は、駅サナエって、いいます。

金田:……おう、俺は金田……。

駅:あの、金田さんーーッ! 待ってください!

金田:ど、どうしたよ。

駅:来る……。

金田:来るって、何が?

駅:来ます。おそらくは、対超能力者部隊……。

金田:たい? なんだよ、それ。

駅:だから! 政府の軍がここに来るってことです……!

金田:は? はぁ!? まじかよ!
   俺、捕まっちまうって!

駅:捕まる……って、金田さんはなぜここに?

金田:俺は! なんつーか……ちょっと良いもんでもねえかなって……。

駅:(ため息)もしかして、戦場泥棒(いくさばどろぼう)、ですか……?

金田:別にいいだろうが! 落ちてるもんなんだからよ!

N:サナエはそんな金田を観て、ほっとしたように息を吐くと、胸元から短刀を取り出した。

金田:おい……! それって、ドスってやつか……?

駅:少しなら時間を稼げますから、逃げてください。

金田:は?

駅:捕まりたくないんでしょう?

金田:いや、でもよーー

駅:この距離からでもわかるほどの気が近付いてきます。
  どうせ今の私では逃げ切れないですから。

金田:……お前。

N:金田は少し考えたあと、サナエに抱きついた。

駅:きゃあ! ちょっ! 何を!?

金田:わ、わりぃ! 失敗した!
   えっと、痛かったら、すまん!

N:金田は改めてサナエの腰に手を周すと、その身体を持ち上げた。

駅:いや! 放して! ちょっと!

金田:なんか、もうよくわかんねえけど!
   逃げるぞ!

駅:逃げるって!?

金田:俺、バイクあるし! ココらへん、庭だしよぉ!

駅:庭!? ああもう……! なるようになれ……!

金田:それ! 俺のセリフだ!


 ◆


N:金田とサナエが去ってから数分後。
  地面に転がったままの懐中電灯が明滅した。
  明かりが消えると、そこにはーー

花宮:……誰か、いたはずなのに……。

N:超能力者、花宮 春日は足元の懐中電灯を拾い上げると、ズレたメガネを持ち上げた。
  そして、周囲の見渡したあと、顔を歪めーー

花宮:ふえ……。

N:涙を流しながら蹲った。

花宮:(泣き出す)ふええええん! びえええええ!

N:花宮の泣き声を合図に、高速で人影が現れる。
  人影は地面を滑って静止したあと、花宮の方へと駆け寄った。

木元:どうしたッ! 春日ちゃん! 敵がーー

花宮:ぎも”どざあああん!(訳:木元さあああん)

木元:うわっ! 本泣きじゃないの……!

花宮:ぐずっ……暗いの、怖いぃいい!

木元:……だから1人でいくなっていったじゃないすか……。

N:超能力者、木元 佳祐はため息をつくと周囲を見渡した。

木元:そんで、誰もいなかったんすよね。

花宮:ぐすっ……はい……。でも、光源はありました……。

木元:懐中電灯ね。昼間から点いてたわけじゃないってことは誰かがいた、とーー

N:木元は地面を注意深く観察する。

木元:それも二人。1人は足を引きずってる……教団か、あるいは……突然現れたっつー伝馬一族の女ーー
   あ。春日ちゃん。ほら、軍のライトが点いたっすよ。

花宮:はいぃ……ずびばぜん。(訳:はい。すみません)

木元:(インカムに)こっちはクリアー。敵影なし。
   とりあえず周囲は封鎖してもらっていいっすか。
   2名戦場から逃げてるはず。見つけても交戦せず、俺達の到着を待ってください。
   あとーーここで死んだものたちは、丁重に扱ってください。

花宮:木元さん……ヨミちゃんのお話だと、『この後、武器を得る』って。

木元:曖昧ではあれど、未来が読めるってのは恐ろしい力っすね……。
   しかも今のところははずれ無しなんすから、チートっすよ、チート。

花宮:今回に限っては「よくみえない」、とはいってましたけどね。

木元:いつも無駄に偉そうで自信満々なあの子が、珍しく弱気だったっすもんね。

 間

花宮:……でも、私も。

木元:ん?

花宮:私も、今回はなにか変な胸騒ぎがするんです。

木元:……それ、フラグ立ててないすか。

N:木元は、明るい月を眺めながら頭を掻いた。

木元:今回は、殺されないとありがたいんすけどね。


 ◆◇◆


N;大阪府内の片隅に、廃墟とかした倉庫があった。
  閑散とした倉庫の中心には、色とりどりの明かりに照らされたステージが設けられていた。
  ステージの上には、様々な玩具が所狭しと並べてあり、その中心には大きな積み木が積み上げられていた。
  ステージ脇に置かれたスピーカーからは大音量でハードロックが流れている。
  組まれた積み木の上に座り、風船を膨らませている男がいた。
  髪は鮮やかな紫色、着ている作業着はカラフルな水玉模様。
  まるで児童向け番組の出演者のような見た目に、彫刻作品のような端正な顔立ち。
  何もかもが浮き世離れした、異様な世界感が彼を中心に広がっていた。

緒方:こんばんは。

N:緒方は、音も立てずにステージの上に現れた。
  男は緒方の姿を見ると、膨らませていた風船を飛ばした。
  ヒューと甲高い音を立てながら風船は宙を舞うと、しぼんで緒方の足元へと落ちた。
  それを見届けた男は、リモコンを手に取ると、スピーカーの音量を下げて立ち上がった。

緒方:こんばんは、仲也。

N:仲也は頭を掻きながらあぐらをかいた。

仲也:お前さ、どう思うよ。

緒方:何が?

仲也:さっきの風船。マヌケな音だしてたよな。

 間

緒方:別にマヌケじゃなかったんじゃない?

仲也:そうか? マヌケだったろ。ヒューって。

緒方:そうかな。可愛いと思ったよ。ヒューって。

仲也:そっか。じゃあ、失敗だな。

 間

仲也:で、なんだって?

緒方:ん? ああ、そうか。
   君のくれた玩具が役にたったよ。

仲也:へえ……あのイルカ、喜んだか。

緒方:あのさぁーー

N:緒方はため息まじりにナイフを取り出すと、仲也に向けて投げつけた。
  ナイフは仲也の頬をかすめると、遠く倉庫の端にぶつかって音を立てた。

緒方:ラブ様のお気に入りだからって、お前調子のんな。
   そんな低俗な呼び方であの方をーー

仲也:そういや、お前さぁ、部下殺したんじゃねえ?

 間

緒方:うん。殺したよ。
   朴さん、殺した。

仲也:命令じゃねえのに?

緒方:うん。だんだんムカついてきたから。

仲也:(手を叩いて)自己主張、めでたいね。

緒方:ラブ様だって僕は正しいっていってくれたし。そんなのどうでもいいんだよ。

仲也:あ、そう。

N:緒方は足元に置かれたロボットの玩具を手に取ると、ステージに座った。

緒方:とにかく。僕がいいたいのは、ラブ様が喜んでくれたからありがとうってこと。

仲也:あいよ。

緒方:そういえばね、次のお仕事、知ってる?

仲也:いや、知らねえ。

N:仲也は積み木から飛び降りると、床に散らばったボードゲームの駒を拾い集める。

仲也:京都に天使が降りる、だろ。

緒方:……仲也。感じ悪いよ、本当。

仲也:関西・中部戦線で門を使いながら圧力をかけてーー
   半分は戦力確認とかまあ、情報収集。

緒方:もういいよ……。驚かなかったし、つまらない。
   とにかく、僕はもうこっちを引き払って、本部に合流するから。
   ま、別れの挨拶も兼ねてってことでーー

仲也:そうか、寂しくなるな。

緒方:ふんっ、よく言うよ……。
   (間)
   ーーそういえばさ、仲也は天使様に会ったことある?

 間

N:仲也は駒を持つ手を止めた。

仲也:……いいや、ないねえ。

緒方:そっか。僕は一度だけ会ったんだけど、とっても素敵な人だよ。
   優しいし、僕とそう年齢も変わらないのに、すごく聡明な感じでさ。

仲也:そうか。……なんて言ったっけ、お名前は。

緒方:レナ様だよ! 忘れるなよ……!

N:仲也は緒方の顔をまじまじと見つめた後、納得したかのように笑みを浮かべた。

仲也:それで……俺は何かすることあるか?

緒方:別に、ラブ様は何も。
   「仲也はそのままいてくれればいい」ってさ。

仲也:そうか……。

 間

N:仲也は立ち上がると、緒方の肩を叩いた。

仲也:そろそろ女が来るんでな。お前は帰れ。

緒方:女? ……本当、何が楽しいの、それ。

仲也:お前も抱いてみりゃわかる。女はいいぜ?
   いろんなことを教えてくれる。

緒方:やだよ。気持ち悪い……。

N:緒方はステージから飛び降りた。

仲也:おい。

N:仲也は緒方に向けてロボットの玩具を投げ渡した。

緒方:は? 何だよ。

仲也:気に入ってたみたいだし、それ、やるよ。

緒方:別に……気に入ってないけど。

仲也:お前のために『ここに置いておいた』んだから、もらってくれ。

緒方:わかった……ありがとう、仲也。

 間

緒方:仲也と話すとイラつくけど、結構僕、気に入ってるから。

仲也:……そうか。

緒方:またね。

N:緒方が去るのを見届けると、仲也は鼻歌交じりにスピーカーのスイッチを入れた。
  今度は先程とは違い、ゆったりとクラシックミュージックがスピーカーから流れ始めた。
  仲也は端正な顔立ちに満面の笑みを浮かべるて、ボードゲームのマップを広げた。

仲也:自分がロボットだって言われてんのに気づいてねえのかよカス。
   気づかねえよなあ! まあそれもまた一つのオモシロ要素ってか!
   (笑う)ケケケケ!

N:仲也は頭を振りながら、手元を見ずにボードゲームを並べていく。

仲也:(早口で)天使の拡散力場(かくさんりきば)は名前には反応無し!
   ただーし! 俺様が口にしたらどうなる? 気になるねぇ!
   でも我慢ガマン! スーパーパワーにぶち殺されるんじゃ面白くねえ!
   イルカは相変わらず俺を泳がしてくれてるぅ! そもそも自分が泳いでるってえのに面白いやつぅ!
   でも絶対ゼッタイ俺を同じ水槽で泳がせてること、後悔しちまうかもよだってだって!

N:狂気的とも言える速度で板状に駒が置かれていく。

仲也:ラストにはーー俺様がぶち殺しちゃうから! ケケケ!

N:仲也はボードゲームをひっくり返すと、クレヨンを手に取ってステージ上に記号を書き込んでいく。

仲也:(早口で)ようやく始まる。始まる! 始まるぜえ!
   あーなってこうなってこうなってあーなって!
   あれがそれでこっちがそれでぇ! いいぜいいぜおもしろいぜ!
   こいつはこうしてこうしちまおう!
   ……物語も佳境? 違う違う! 俺様が現れてからが大本番!
   てめえら楽しむ準備はオーケイ?
   ……ケケケ……ヒャヒャヒャ!

N:まるで指揮をとるかのように仲也はステージの上を這いずり回った。
  描かれたそれは、彼にしか読み解くことができない『魔法陣』

仲也:(息を切らして)ハァ、ハァ……。

 間

仲也:あー…………つまんねえな。

N:ステージの上に仰向けに寝転んで仲也は目を瞑った。
  そしてーー

仲也:つまんねえからさぁ!

N:音楽は高らかに歌い。

仲也:……ハッピーなことしようぜ。オイ。

N:その夜ーー魔王が産まれた。


 ◆◇◆


N:金田は甲高い電子音を聞いて目を覚ました。
  朦朧としながら顔をあげると、積まれた大量の皿が視界に入ってきた。
  ゆっくり身体を起こすと、コンビニで買った無地のTシャツを着た少女ーーサナエが机に肘をついて金田を見ていた。

駅:起きました?

金田:うおっ!

駅:まったく……。

N:サナエは皿の上に積まれたフライドポテトを、丁寧に両手でつまむとちびちびと食べ始めた。
  ファミリーレストランの店内に居るのは、2人を含めた数組の客と、店員だけであった。
  喋り声もまばらな店内には、放送から流れる店のテーマソングと、食器通しがぶつかる音だけが、やけに大きく聴こえていた。

金田:あのさ……。

駅:……なんですか。

金田:これ、お前1人で食べたの?

駅:最初に言うことが、それですか……?

金田:いや……悪い。

駅:まあ、いいですけど。

金田:今、何時だ……?

駅:5時過ぎです。

金田:(あくびをする)三時間しか寝てねえんか……寝みぃわけだわ……。

駅:なんの前触れもなく寝てしまったのに……よくいいますね。

N:サナエは頬を膨らましながら、タバスコをポテトにかける。
  金田がふとサナエの横を見ると、そこには空になったタバスコの瓶が大量に置かれていた。

金田:お、お前、これも全部使ったのか!?

駅:ええ。店員さんが、無料でお好きなだけ使っていいと言ってくださったので。

金田:それにしたって……。

N:金田は店員の方を確認すると、店員は視線に気づいたのか、困ったように会釈をした。

金田:(ため息)お前、あれってやつ? 辛党ってやつか。

駅:カラトー? ってなんですか?
  ……あと、お前じゃなくて、駅サナエです。

金田:いや、辛いもん好きなんかっつーハナシ。

駅:いえ。里にいたころは、食べ物の嗜好は特にありませんでしたから。

金田:里?

駅:はい。こういった場所があることも、今日知りました。
  さっきお店で買っていただいたこのお洋服も。
  あと……この食べ物も。

金田:は? ファミレスも知らなかったっつーの?
   ポテトも? どんな田舎住んでたんだよ……。

駅:ポテト……そう、ポテト。覚えた……。

金田:ただの田舎もん……ってわけじゃねえんだもんな……。

駅:ーーちょっと待ってください。
  あの。店員さん……少しその……お時間よろしいでしょうか?

N:サナエは申し訳なさそうに手をあげた。

店員:はい。御用でしょうか。

駅:あの……何度もお願いして大変申し訳ございませんが、お水を一杯いただくことはできますでしょうかーー

金田:あー、すんません。水、ピッチャーでお願いします。

店員:はい。かしこまりました。

金田:わりぃな……深夜に占領しちまって。

店員:いえ。ごゆっくりどうぞ。

 間

駅:すみません、ありがとうございます。

金田:礼いわれるようなことじゃねえし。

駅:私は、それもわからないので。

金田:いや……別に気にするこったねえだろ。
   誰だって、ほら、なんつーの。育つ場所はチゲェんだしよ。

駅:お気遣いいただいて……。

N:サナエは、視線を落とした。

駅:私は、伝馬(てんま)の里、というところで育ちました。

金田:伝馬……。

駅:聞いたことは、ないと思います。
  そこは、所謂『隠れ里』と呼ばれる場所でしたから。

 間

駅:本来私は、里から出ることなく、生涯を里で終える筈でした。

金田:は? マジで? 死ぬまでってことか?

駅:ええ。死ぬまで、です。

金田:それマジかよ……。

駅:ですが、状況が変わってーー

N:サナエはそこまでいって何かを思い出したかのように言葉を止めた。
  そして、拳を握りしめて、何かを決意したかのような表情で金田を見つめた。

駅:やめです。

 間

金田:は? 何をーー

駅:すみません。今の話は、聞かなかったことにしてください。

金田:おいおい、なんでそーなんだよ。

駅:あなたを死なせてしまうかもしれないからです。

金田:死、ぬーー

N:それが、本当の言葉であることは、今の金田には恐ろしいほどに良くわかった。
  戦場に転がっていた死体の山。吹きすさぶ生暖かい風。
  自分の、金田 利威致の人生に置いては遠い未来に描いていた、その概念。
  死というリアルに、金田は息を呑んだ。

駅:……金田さんは、いい人です。

金田:んだよ……それ……。

駅:もちろん、戦場泥棒をしようとしていたのはいただけませんけど……。
  でも、こうして私を助けてくれた。

N:サナエは優しく微笑んだ。

駅:言葉は汚いけど……臆病で、優しい人です。
  だからーー死んではいけない人だって。

金田:ーーざけんなよコラ。

N:金田は拳を固めてサナエを睨みつけた。

金田:臆病で、優しいだぁ?
   的外れにもほどがあるぜ! こっちは不良でやってんだよ!
   第一、んなもん、お前みたいなやつに言われても嬉しくもなんともねえ!

駅:……金田、さん。

金田:駅サナエさんよぉ。
   どこぞの里では教えねえのかよ。

駅:何をーー

N:金田は机を叩いた。

金田:あのなぁ! 死んでいいやつなんていねえんだよ!
   さっきだってなぁ! 自分は死んでもいいから俺に逃げろみてえなこと言いやがって!
   気に入らねえんだよ! そういうの!

 間

駅:(吹き出す)ふ。

金田:ああ!?

駅:(笑う)ふふふ、あはははは!

金田:テメエコラ! 何笑ってんだ! ぶん殴るぞ!

駅:(笑いながら)いや! 金田さんが私を殴れるわけないじゃないですか。

金田:おいおい……! 女だっつってなぁ、容赦しねぇぞ!?

駅:そうじゃなくて……。本当に、あなたは優しすぎますよ。

 間

金田:(舌打ち)うるせえ……! クソ可愛くねえ女……。

駅:すみません、可愛くなくて。
  ……でも、里の話はやっぱり無しで。

金田:お前なーー

駅:それよりも! ……もっと先の話をしましょう。
  死なないための、お話を。
  ーーでもその前に、金田さんのお名前って、なんですか?

N:金田は、目を丸くした後、バツが悪そうにそっぽを向いた。

金田:(呟く)……言いたくねえ。

駅:……私みたいなやつには、言いたくないですか?

金田:そうじゃねえよ! 

 間

金田:……だあああ! わかったよ……!

 間

金田:(ボソッと)……利威致。

駅:え? すみません、もう一回。

金田:利威致! りいち! リーチだ!
   親父がお袋と雀荘で知り合ったからっつって、リーチなんて名前付けやがったんだよ!
   笑うなら笑えクソッタレ!

N:机に突っ伏す金田を、サナエはキョトンとした顔で見つめていた。

駅:いいお名前じゃないですか、リーチさんって。
  何がそんなに嫌なんですか?

N:金田は、ゆっくりと顔を上げてサナエの反応を確認すると、合点がいったかのように笑顔を浮かべた。

金田:そっか……。そっか! お前、どこぞの里で育ったんだもんな!
   麻雀なんてしるわけねえしーー

駅:麻雀? ああ! 麻雀のリーチという役にちなんだんですね!

 間

金田:……は?なんで、お前、麻雀……!

駅:速見様という方がお好きだそうで、里に広めてくださったんです。

金田:クッソ……速見とやら、余計なことしやがって……!

N:サナエはくすりと笑って、髪を耳にかけた。

駅:でも、私には麻雀は難しくて。
  ーーリーチの役がないと、上がれませんでした。
  だから私、好きですよ。リーチ。

 間

駅:金田さん? どうしました?

金田:あ……いや……別に。

駅:では……改めて。

N:サナエは机の脇から、カラフルな拳銃を取り出した。

金田:モデルガンとはいえ、こんなとこで出すな……!

駅:あ、はい。

金田:……で、そいつがどうした。

駅:これを作った人を、教えてほしいんです。

金田:ああ、それならーー

花宮:あの、お水、お持ちしました。

N:店員が机の上にピッチャーを置く。

金田:あん? ああ……ずいぶん遅かったなーー

駅:金田さん! まずいですッ!

木元:何がまずいんすかー?

N:サナエが動こうとした瞬間、サナエの首に木元の腕が絡みついていた。

木元:お客様、店内でまずいはご法度っすよ。

駅:クッ……!

金田:サナエッ! おいてめェ! 手放しやがれ!

花宮:あのっーー

N:花宮は飛びかかろうとした金田のシャツの襟首を掴むと、なめらかな動きで金田を机に抑え込んだ。

金田:いっつ……!

花宮:ごめんなさい。貴方も、動かないでください。

木元:この周囲は完全に包囲されてるんで、逃げても無駄……っつーか逃がすつもりもないっすけど。

N:木元はサナエの隣に座ると、片手でポテトを手にとった。

木元:君、伝馬のーーっすよね。

 間

駅:……はい。でも、そちらの方はーー

木元:金田利威致。18歳。カネダ・モータースというサイクル店の次男。
   高校中退。現在は府内の工場で週6日勤務。趣味はバイクの改造とギャンブル。
   犯罪歴は無し。

金田:……それ……!

木元:彼が一般人なのは調査済みっすよ。むしろ、白すぎて驚いたくらいっす。

花宮:彼についても、必ず悪いようにはしませんので、ご協力をお願いいたします。

 間

駅:……わかり、ました。

金田:くそっ! マジふざけんな! ぶっ飛ばしてやっから覚悟しとけ!

木元:はいはい……言いたいことはわかるっすから。
   ちょっとだけカッコ悪いの我慢してくれよ、若者。
   (ポテトを食べて)……なんこれ!? かっらッ! 春日ちゃん! 水ッ!

花宮:(ため息)木元さんったら……。


 ◆◇◆


N:閉鎖区画内の空き地に設営された軍用テントの中。
  サナエは腕を後ろ手に拘束されたまま椅子に座らされていた。
  花宮は、待機している軍人に向き直ると、頭を下げた。

花宮:曹長。お仕事、お疲れ様です。

曹長:いえ。任務ですので。
   寧ろ、上官不在の中、木元少尉(しょうい)、花宮准尉(じゅんい)にご協力いただいて感謝しております。

花宮:そんな……! そんなの、別にいいんです。
   私も、私の目的の為にしていることですから。

曹長:……はい。それで、彼女の身柄はーー

花宮:彼女を捕縛したことは内緒。で、お願いします。
   それと、彼女の処遇は私達が決めます。

曹長:しかしそれではーー

花宮:もし。上が何かを言ってくるようなら、中将(ちゅうじょう)の名前を出していただいて構いません。
   責任は、こちらで取ります。

 間

曹長:承知いたしました。
   ですが……そう長くは隠し通せません。手早くお願いいたします。

花宮:はい。ありがとうございます、曹長。

N:曹長が退席したのを見届けると、花宮は困ったように微笑みながらサナエに歩み寄った。

駅:私に聞かせて、良かったんですか? 今の会話を。

花宮:むしろ、聞かせたというのが正しいです。
   貴女の処遇は、私が決めます。もちろん、軍に引き渡すかどうかも。

駅:……私達が、『凶刃』だから、ですか。

花宮:(苦笑して)ええ……そうですかね。

N:花宮はサナエの拘束を解いた。

駅:拘束も、解いてしまうのですね。

花宮:ええ。貴女の力ではーー
   逆立ちしたって私に勝てっこありませんから。

N:柔らかい物腰とは正反対の力強い言葉に、サナエは息を呑んだ。
  同時にそれがただの牽制ではないことも、心のどこかで理解していた。

花宮:駅サナエさん……私は、戦時特務機構『速見興信所』所属、花宮春日准尉です。

駅:速見ーーもしかして……!

花宮:伝馬の方ならご存知ですよね。戦争前は事務所の所長であり、
   今は私の上官に当たる方は、速見賢一中将(ちゅうじょう)です。

駅:速見様の……。

花宮:これから、貴女には今回の北東戦線に介入した目的を含めて、質問に答えていただきます。
   ですがーー

N:花宮は、そっとカーテンに手をかける。

花宮:まずは、服を脱いでください。

駅:え? どうしてーー

花宮:怪我、してますよね。
   治療しないと。

駅:……そんな。

花宮:大丈夫です……。大丈夫。
   女の子なんですから、傷を残したらダメでしょう?

駅:女の、子。

花宮:(笑って)そう。女の子です。

N:サナエがシャツをめくると、腹部の数箇所が痛々しいほどに変色していた。

駅:……先程お渡しした、銃のようなもので撃たれました。
  刀で受け止めましたが、折れてしまい。

花宮:銃創……打撲ーー
   詳しく検査しないとわかりませんが、肋骨も負傷している可能性もありますね。
   ですが、これは実弾ではない……現場には実弾以外は……。

駅:気です。

花宮:気、ですか?

駅:……力場、といえばおわかりになるかと思います。

花宮:力場の、弾丸……?  まさか……力場を打ち出す道具、なんてーー

駅:はい。これがたくさん存在するとしたら……使いようによっては危険です。

花宮:お話が本当だとしたら、確かに危険な兵器だといえる。
   ですがーーその前に駅さん……どうして貴女は力場で撃たれたとわかったんでしょう。

駅:それはーー

N:サナエはその瞳に漆黒の闇を映した。
  それは力場を感知するための触媒。
  超能力者と呼ばれる者たちのシンボル。

駅:私がとっさに、『力場(これ)』をつかって防いだからです。
  実弾ならこれだけでなんとかなったはずーーですが、あの弾丸は、これを貫いてきました。

花宮:駅さん……貴女は。

N:サナエは能力を鎮めると、自嘲気味に微笑んだ。

駅:はい。私は、貴女とーーそして超能力者と呼ばれる方と同じ存在です。

花宮:……伝馬一族は、必ずチームを組んで行動するようですがーー
   駅さんが1人でいるのは、それが理由ですか……?

駅:……そう、ですね。

 間

駅:伝馬一族がなぜ凶刃と呼ばれるようになったのかは、ご存知かと思います。

花宮:……戦場に突如として現れ、怪異を斬り捨てる。
   そしてーー相伝の刀技を用いて、『超能力者とみればどんな者でも』見境なく斬り捨てる。
   私も、何度も戦いました。

駅:そんな一族の中にあって、私はこの力を隠して生きてきました。
  ……生きてきて、しまいました。

N:サナエは自分の顔を腕で覆うと、力なく椅子に座った。

駅:だから……わかってしまったんです。
  一族は……超能力者と呼ばれる者は、怪異と同じく須らく憎むべき存在だとしています。
  だとしたら、私は、って。私を見る一族の目は、優しくて、暖かくてーー
  でも……! 修羅の形相で超能力者に斬りかかるあの人達は……!
  私が同じだと知ったら、私にあの修羅をぶつけるだろうか……?
  その、答えが、わかってしまったんです。

花宮:答え……ですか。

駅:超能力者というのは、ただの呼び名にすぎません。
  力を持たない人と、変わらないんです。
  ですが、そんなただの呼び名に惑い、怒り、刀を振るう。
  私は、それこそが伝馬の『凶刃』だと、気付き、そしてーー

花宮:一族から離れた……そうですね。

 間

駅:逃げるように関西に訪れたとき、偶然、戦場の噂を耳にしてーーそれで……。

 間

駅:わたし。どうしていいのか、わからなくて。
  でも、伝馬の刀は、ひとを、守るためにあって……!
  だから……!

N:花宮はサナエを抱きしめた。

駅:あの……! わたし……。

花宮:自分の信じたものが揺らぐ気持ちは、私にもわかります。
   私も……仲間を失いましたから。

駅:……え。

花宮:家族のように思っていた方でした。
   ですが、その方はそれこそ、凶刃を振るい、他の仲間を傷つけたんです。

駅:どうして、ですか。

花宮:わかりません。最初からそうだったのか、それとも途中でそうなってしまったのか……。
   ただ、私はその人にもう一度会ったとき、どうするかは決めているんです。

駅:……どうするか。

花宮:(笑顔で)はい。
   私はーー止めます。あの人を。

駅:止め、る……そんなこと、できるんでしょうか。

花宮:わかっていることは、私ひとりでは、きっと難しいということ。

N:花宮は、片手でそっとサナエの頭をなでた。

駅:あ……。

花宮:私達はもう随分、ひとりに慣れすぎましたね。

駅:ひとり……。

花宮:もう、大丈夫ですよー。
   いい子いい子。

 間

駅:う、あ……。
  (泣きじゃくる)う、うええええええん!

花宮:よしよーし。よく、ひとりで頑張りましたねー。
   (くすりと笑って)……私以外の人が泣いてるの、ちょっぴり嬉しいです。


 ◆


N:閉鎖区画内の空き地に設営された軍用テントの出口で、金田は木元に詰め寄っていた。

金田:オイ! どうして俺だけなんだよ!

木元:むしろ喜んでくれるかと思ったんすけど……。

金田:サナエを! どうするつもりだよ。

木元:どうするって……。どういったら大人しく帰ってくれるんすか……。

金田:さあな……! ただ、このまま帰ることはぜってえねえとだけ言っとくぜ、オッサン……!

木元:おっ……さん……!
   (ため息)……マジでこんくらいの歳のやつって苦手っすわ……。

N:2人の背後に控えていた兵士が一歩前へでる。

木元:あー、いいっすよ。君は持ち場に戻って。
   ここは俺だけでいいっすから。

N:兵士は敬礼をした後、キビキビとした動きでその場を後にする。

木元:……さて。少しだけ、話を聞くよ。金田利威致君。

金田:……サナエをどうするつもりだ。

木元:それはこれから決める。尋問の後にね。

金田:ジンモン……って、何する気だ。

木元:その名の通り、お話を聞くんすよ。
   一体、なぜ、どうしてーー君だって彼女のことは知らないんじゃないすか?

金田:お前よりは、知ってる。

木元:へえ。何を?

金田:あいつはーー

N:金田はそこで言いよどんだ。思えば、サナエについて知っていることなど、そうは思いつかなかった。

木元:はい時間切れ。

金田:あいつは! ……辛党だ。

木元:……それは身をもって知ってるんすけど。

金田:後! あいつは、世間知らずでーー

木元:どうしてっすか?

金田:それは、『里』がーーいってえ!

N:木元は金田の首を掴むと地面に押し倒した。

金田:何をーー

木元:聞かれたことにだけ答えろ。

N:木元は先程とは打って変わって冷酷な表情で金田を見下ろした。

木元:オマエ、どこまで知ってるんすか。

金田:どこまで、って……。

木元:身をもってしれて良かったっすねえ。
   これが、知りたがってたジンモンっすーー

N:木元は金田の脇腹を殴りつけた。

金田:ぐ、あ……!

木元:答えろよ、このガキ。
   どこまで知ってるのか。

金田:しら、ない。

木元:何を!

金田:田舎に、あるって、ことしか、しらない……!

 間

N:木元はため息を吐くと、金田の上から退いた。

金田:(咳き込む)

木元:……わかったっすか。

N:木元は金田の腕を掴んで立ち上がらせる。

金田:……な、にが……!

木元:君は、助けられたんすよ。あの子に。

金田:……たすけ、られた……。

木元:最後におっさんっぽいこと言っとくっすよ。
   好奇心は持っていい。けど、戦場に忍び込んだのは間違ってる。
   男を通すのもいい。けどーー引き際間違えて、女にケツふかすのは間違ってるっすよ。

N:木元は踵を返すと、テントへ向けて歩いていった。
  金田は、血がにじむほど強く、拳を握りしめた。
  そして、声を上げる。

金田:知ってる!

N:木元は足を止めた。

木元:わかんないやつっすねーー

金田:サナエは、誰かにやられたっつってた!
   そんで……俺が前に色を塗ったのと同じモデルガンを持ってたんだ!

木元:モデルガン……? あの押収品のーー

金田:ああ! そうだ! でも……!
   これはわかんねえけど! もしかしたらそいつが本物で、サナエはそれで撃たれたのかもしんねえ……!
   ずっと聞きたがってたし……。それで、俺。
   俺は、それを作ってる人を、知ってる。

 間

木元:(ため息)……中、入るっすよ。

N:木元はテントの入り口を指差す。

木元:その代わり、しばらく帰れないっすからね。

金田:ああ! もともと家になんて寄り付いてねえし。困りゃしねえよ。


 ◆◇◆


N:木元の運転する車の助手席で、花宮は困ったように後部座席に視線を向けた。
  ガラス窓で仕切られた後部座席には、金田が憮然とした表情で座っていた。

花宮:彼、不満そうですね。

木元:いいのいいの。気にすることないっすよ。

花宮:でも……せっかくだから少しでも会わせてあげたら良かったんじゃ……。

木元:こういうタイプは、相手を目の前にすると無駄ーにカッコつけちまうんす。
   むしろ、引き伸ばしたほうが、効果的っすよ。

花宮:そうなんですか。

木元:……力場を打ち出す拳銃、ね。

花宮:ええ。

木元:そういえばさっきの話、本当っすか。

花宮:はい。朔ちゃーー(咳払い)
   速水朔が使用していたのを、なんども見たことがあります。

木元:……彼がどうして超能力者と渡り合えていたのか疑問だったんすけど……。
   いくらあのジュニア君でも、頭脳だけでなんとかなるわけでもないっすもんね。

花宮:彼は、誰かから譲り受けたと言っていました。
   ……そして、それが”超常的物質(アンノウン)”であるとも。

木元:”超常的物質(アンノウン)”レベルの兵器を、使い捨てとはいえ作り上げる、か……。

花宮:それよりも、そんな兵器を壊れたとはいえ、簡単に戦場に投げ捨てる精神性のほうも気になります。

木元:そう? 案外、自分の力に酔った超能力者なのかもよ。

花宮:木元さん。次ーー

N:コンと、ガラス窓を叩く音がした。
  花宮が振り返ると、金田が何かを言いたげにガラスを指さしていた。

花宮:えっと、木元さん。

木元:あーはいはい……。

N:木元がスイッチを押すと、ガラス窓が開いた。

木元:なんっすか。

金田:その先、右にいけよ。

木元:はぁ? ナビはまっすぐだってーー

金田:信じろって! 俺、この辺地元だからよ。
   週末のこの時間は駅前で配給があるから、人が集まるんだよ。
   車じゃ通れねえぞ。

花宮:ありがとうございます。金田さん。

金田:……別に。それだけ……。

木元:ああ、そうだ。金田くん。
   君がお世話になってるその『仲也さん』についてちょっと。

金田:は? だいたい言ったと思うけど。

木元:この辺の若者を集めて、仕事を斡旋してる。所謂チンピラのボスってことはね。

金田:オイ! なんどもいうけどな! 仲也さんはチンピラじゃねえ!
   俺らと違ってすげえ頭もいいし、キレたりもしねえし。
   何より、すげえ面倒見良くて、優しい人だよ。

木元:ふぅん……どう優しいわけ?

金田:あの人は……戦争入って、娯楽が少ねえからって、子供たち集めて、作った玩具配ったり。
   子供だけじゃねえよ。俺らみたいに学がねえやつ集めて勉強会やったりしてる。
   営業許可の降りてる商店のやつらとか集めて、商売のやりかたを話あったり。
   とにかくすげえ人なんだよ。俺だって、働き口紹介してもらっただけじゃねえ。
   親父のやってる店についても、いろいろと知恵わけてくれてよ……。

花宮:確かに、お話をきいている限りはとても立派な方だと思います。

金田:当たり前だ。

木元:それは、俺たちも気合入れないと……。

花宮:ですね……。

N:車は、街の外れにある工場の前に止まった。

木元:ここで、間違いないね。

金田:おう。

花宮:この時間にもいらっしゃるでしょうか。

金田:ああ、仲也さんは子供に合わせてるっつって朝早いからな。
   大丈夫だ。

木元:さいでっか。……じゃ、大人しくしててね。金田くん。

金田:は? おい俺もーー

木元:君はお留守番。

金田:いや! だったらなんで連れてきたんだっての!

木元:君をそのまま家に返しても抜け出してくると思ったから、どうせなら目に届くところにってね。
   大人しくしててよ。

金田:オイテメエ! マジでぶっ飛ばすぞおっさんーー

N:木元はガラス窓を閉じると、車のエンジンを切った。

花宮:いいんですか? あの……暴れてますけど……。

木元:犯罪者用の護送車両だし大丈夫大丈夫。

花宮:そうじゃなくて……彼にも話を。

木元:聞いたでしょ。春日ちゃん。
   ここにいる仲也ってやつは、間違いなく何か隠してる。
   それもーー大きな何かを。
   彼はまだ、知るべきじゃない。


 ◆


仲也:(鼻歌)

N:工場のステージの上。
  ステージの中心に敷かれたシーツの上で、全裸の女が眠っていた。   同じく全裸の男ーー仲也は、女の横でしゃがみ込むと、
  女の顔に蛍光ペンで落書きをしていた。

仲也:オマエも、メイクっつーならこれくらい面白くしてこいっての……ケケケ。

N:仲也はペンを放り投げると、カラフルな蛍光色のトランクスを履いて、積み木の上に座った。

仲也:おーおー、いらっしゃったか。
   待ちくたびれたぜ。

N:工場の入口には、木元と花宮が立っていた。

木元:うわー……すっげえセンスしてるっすね。

花宮:(涙ぐんで)ひゃっ! あわわわ……木元さぁぁぁん!

木元:あーはいはい……。
   すんませんっすけど、なんか着てもらってもいいっすか?

仲也:それ、俺にいってんすか?
   それともーー

N:仲也はニヤつきながら、裸で眠る女を指さした。

仲也:こいつ?

花宮:にゃぁ!? き、きききーー(泣きながら)ぎぼどざああああん!(訳:木元さあああん)

木元:(ため息)ごめん、どっちもっす。

仲也:ケケッ、別に反応見たかっただけだし。
   おいオマエ……起きろ。裏に車回してっから、それで帰んな。

N:女は眠そうに目をこすりながら起き上がると、不満そうにシーツをまとってステージから降りようとする。
  仲也はその腕を掴むと、自分のもとへと引き寄せた。

仲也:(耳元で)オマエ……すげえ良かったぜ……。
   またヤッてやるから楽しみにしてろよ。

N:女は顔を喜色に染めると、小走りで工場の裏口へと走っていった。

木元:……お前がこの拳銃を作った、で、いいんすか。

N:木元は鞄から袋に入った拳銃を取り出した。

仲也:(拍手しながら)はいはいおっさんよくできまちたー。

木元:何回おっさんって言われんすか……俺ってば結構若いのにーー

仲也:細胞が再生するだけで、歳は相当いってんだろ。

N:木元は警戒を強め、拳を固める。
  仲也はカラフルな作業着に袖を通した。

仲也:つーかよぉ……バカなのは構わねえけど、あんまりバカすぎるとまいっちまうぜ。
   んなカッコいいもん作れんの、俺様しかいねえだろ。

木元:お前のことなんか知らないっすよクソガキ。
   玩具作ったくらいでいばるんじゃねーっす。

仲也:ハッ! マジでブーメラン級のバーカ!
   無知なことを誇ってんじゃねえよ!
   知ってる人間ってのはそれだけでえれえんだよ。
   例えばよぉーー

N:仲也は色とりどりにステージを照らす電灯を指さした。

花宮:あれはーー

仲也:見覚えあんだろ、泣き虫。
   前に一度俺様が貸してやったからな。

花宮:教団が持っていた……!

木元:知ってるんすか?

花宮:はい……一度戦場で……。私の能力が使えなくなって。
   戦闘後に持ち帰って分析していただいたら、”超常的物質(アンノウン)”だとーー

仲也:ハイ、それもだせぇ! なぁにが『あんのうん』だっつーの。
   わかんねえならわかんねえでも構わねえけど、開き直ってんじゃねえよ能無し共。
   こいつは俺様が作った『力場が降り注ぐセクシーなライト』ってーの。
   泣き虫……お前の為に作ったんだぜ?
   ご褒美にそのでかいおっぱいで寝かしてくれよ。

花宮:(身体を押さえて)ひゃっ……!

仲也:泣き虫は収拾した光エネルギーを力場に変換し、そいつを伝って空間を移動する。
   だが、他人の力場に直接干渉できるわけじゃない。
   ま、できちまったら相手の中に登場して、身体ごとボカンってなもんだ。
   だ・か・らーーこのライトにはとあるもんをかましてある。

N:仲也は自分の瞳を指さして、笑った。

仲也:テメエら超能力者がもつトンデモ機関のうちの一つ。
   角膜と水晶体の間に存在する、細網組織にもにたソイツを取り出しーー
   収束、拡散をソイツにやらすことで、『このらいとちゃん』は力場を帯びたあたたかーい光を与えてくれるってわけ。
   だから、このライトには、泣き虫の能力が通じねえってこと。

N:木元と花宮は、背筋に怖気のするものを感じた。
  目の前の男がもつ、得体の知れない何かの一旦が、確かにそのセリフから感じ取れた。

花宮:あなた! そのライトを作るのに、超能力者をーー

仲也:人体実験で2人、あとはこのライトの数分だな。
   俺様は頭がいいから、そんくらいで済んでんだぜーー

N:木元は能力を発動すると、一足飛びでステージへと飛び乗った。
  またたく間に仲也の前に踏み込んだ木元は、仲也を殴り飛ばした。
  仲也は積み木の山を崩しながら倒れる。

木元:……今のは、死してなお侮辱され続けている、超能力者たちの分っすよ。

仲也:ケヒ……いってえなぁ……ケヒ匕。

木元:戦時特務機関の権限によってお前を逮捕する。
   後のおしゃべりは、真っ白な部屋でたっぷりしてもらうっすよ。
   仲也くん。

仲也:……だからよぉ、もっと頭使えって……カスがよ。

N:仲也はゆっくりと立ち上がると、折れた血まみれの奥歯を吐き出した。

仲也:本当! お前らクソ! クソクソクソ!
   クソすぎてくそもでねえよ! 肛門を頭もかたすぎんだろーが!

N:そして、満面の笑みを顔に貼り付けた。

仲也:(早口で)お前らさぁ、どうすんの!
   揃いもそろってお人好しの木偶の坊が!
   薄っぺらいモラリズムにぶら下がってアヘアヘ戦場飛び回って!
   無駄に殺し合ってやがるーー

N:仲也の背後に現れた花宮は、深夜の首を掴むと地面に押し倒した。

仲也:グへッ!

花宮:無駄なんかじゃ、ない……!

仲也:ヒヒ……怒ってんの? 泣き虫。
   あと、おっぱい当たってるぜ。

花宮:みんな! みんな殺し合っているわけじゃない……!
   戦いたくなくて、戦ってるんです!

仲也:(首が絞まりながら)
   マジでそれ、いってんの? やばいでしょノーミソ。
   ひとがしんでんのに、むだじゃないっての?

花宮:そういう意味じゃありません!

仲也:そういういみだろうがくそども。

花宮:だからーー

木元:春日ちゃん! 放すんだ。
   それ以上はいけない。

花宮:ッ! ……はい。

N:花宮は仲也を開放した。
  仲也は咳き込みながらステージ上にうずくまる。

仲也:ガハッ、ゴホッーー

花宮:すみません、でした。

 間

木元:さぁ、拘束をーー

仲也:(低い声色で)……わかっただろ。テメエら。

N:仲也は先程と打って変わった、真剣な表情で呟いた。

仲也:テメエら、少しムカついたらすぐ力使うんだよ。

木元:……誰彼構わずに振るうわけじゃない。

仲也:わかるぜぇ? 普通の人間と同じだと。変わらないんだと。
   ともに生きることができると。それを目指し、戦っているお前らの美しい物語。
   理想だよなぁ。でも、違う。だとしたらお前らのやりかたは間違ってる。
   ーーお前らは違うんだよ。人間とは。

花宮:それは……!

N:仲也は血だらけの口元を拭うと、その血で地面に文字を書いていく。

仲也:わざわざ教えてやったろ。そもそも身体の構造からして、テメエらは人間とは違うもんをもってる。
   そいつが何なのか知りもせずに、のうのうとその力を使ってる。
   ムカつくこと言われりゃあ、自分の言い分と違やぁ、容赦なく相手に使っちまう。
   なんかに似てるよなぁ……ああそうだ。野生動物だな。

木元:お前は結局、何が言いたいんすか。

仲也:痛えからって結論だけもらおうとしてんじゃねえよボケカス。
   わかりやすいように全部実演してやったんだ。お前らの弱さを見せるためによぉ。

花宮:私達の、弱さ。

仲也:本当、雑魚。ザコおぶザコ。底辺。ゴミ。
   お前らーー人間舐めすぎ。

N:仲也は円を描くとその中に文字を書き込んでいく。

仲也:『俺は速水朔を生き返せる』

N:花宮は、その名前を聞いた瞬間に、目を見開いた。

花宮:それ、どういう、ことですか。

仲也:ハイ。もうお前らはーー俺を殺せない。

木元:ブラフに決まってるっすよ……!

仲也:俺様は、嘘は言わねえ。
   なぁ……どうだ? 泣き虫、俺を逮捕したら、アイツを生き返らせる手立てはなくなっちまうぜ?
   会いてぇよなぁ……また……。

花宮:また、朔ちゃんにーー

木元:春日ちゃん! 騙されちゃだめっすよ!

仲也:さて! ゾンビ野郎は次にこう考えてる。
   逮捕してから力ずくで情報を聞き出すかーーお前はそうだとしても、泣き虫巨乳はどうかな?
   ……なあ、泣き虫、『俺は暴力振るわれたら、自殺しちゃうよ?』

花宮:そ、れは。

仲也:これでーー泣き虫は俺を守る。
   ゾンビと戦ってでもなぁ……そうだろ?

木元:春日ちゃん……。

花宮:(涙ぐんで)ごめんなさい、でも……。

仲也:ゾンビ野郎じゃ、泣き虫は殺せない。
   泣き虫が攻撃しなかったとしても、ゾンビ野郎は情があって殺しきれない。
   そもそも俺の言っていることが嘘なのかもしれない。
   だとしたら、だとしたらーーフヒヒ。

N:2人は完全に沈黙した。
  目の前に座っている、なんの力もない人間の男の前で、自らが動くことすらできない。
  言葉を発するたびに、力が吸い取られていくような感覚。
  超能力者である事実も、何もかも関係なく、目の前の男にひれ伏したくなってしまう。

仲也:弱えやつは信念だとか、モラルだとかそういうもんに頼りたがる!
   だがそれは誰かが作った要塞にこもってるようなもんだ。
   そいつがそもそも穴だらけのハリボテだとしても、
   堅牢な鋼の城でも、結果は変わらねえ。
   攻められ続ければ、どんな城もいつかはーー落ちる。

N:仲也はフィギュアを一つ、指先で弾いた。

仲也:だとしたら、どうするーー攻める側にまわるしかねえんだよ!
   覚悟とか、決意とか、んなもん捨てちまえ!
   お前らにはそれが足りねえ!
   ……俺様がたとえどんな人間でも、殺せ。
   街の為に粉骨砕身する心優しい若者でも、殺せ!
   お前の殺してきたやつらに家族がいても、一切の躊躇なく、一切の疑問もなく、殺せ!
   でなけりゃーー教団のイルカは殺せねえぞ。

N:仲也は立ち上がると両手をあげた。
  次の瞬間、2人は金縛りが溶けたかのように腕を動かした。

仲也:と! ーーこのステージは、俺様の新しい作品だ。
   おかげさまで機能テストは上々……テメエらに効果があんなら悪かねえよなぁ。ヒヒヒ。

花宮:木本さん……私たち、何かされていたみたいです……。

N:花宮は、地面に書き込まれている無数の幾何学的な模様をつま先でこすった。

仲也:こいつの仕組みはテメエらにはわからねえよ。
   ま、わかるといやぁーーいや、イルカは別だがあいつは人じゃねえし。
   あとは、ライト・ノア社のチート少年と……そうさな、速水朔ならあるいはーー

花宮:朔ちゃんの名前……! 不快なので、二度と口にしないでください。

仲也:ヒヒ……そいつは断る。あいつは俺が唯一名前を呼んでもいいと思ってる。
   今までも、そしてーーこれからもな。

木元:もういい。逮捕だ……仲也。

仲也:はいはい。わかったって。

N:木元は仲也を後ろ手に拘束した。


 ◆


N:府内の高級ホテルから一台の車が出てくる。
  車は、人通りのない下道を飛ばしながら、閉鎖されている高速道路の入り口へと入っていく。

緒方:(あくびをしながら)あーあ、退屈。

N:緒方は、後部座席で足を伸ばしながら、ロボットの玩具を弄っていた。

緒方:そういえばさ、横浜で”いろは一番隊”の加西が捕まったってね。
   あいつ、スクールでもすごい生意気だったけどさ。
   僕ほどじゃないけど、結構強かったし。ヤッたやつ、どんなやつかな。

N:緒方はちらりと運転手の男に目をやった。

緒方:こんな道、もっと飛ばしてよ。ただでさえ長いのにさ。
   ていうか、高速道路の封鎖は解いてあるんだよね。

 間

緒方:お前、喋んないのかよ。ま、ダルいからいいけど。

N:緒方は車窓を眺めながら、玩具を動かす。
  青の教団の手回しによって、一時的に封鎖が解除された高速の料金所を抜けると、車は東へと向かってスピードを上げる。

緒方:ぶん、ぶん、うぃーん、がしゃーん。

N:緒方の持つロボットは、腕を振り上げた。

緒方:うぃーん、がしゃーー

N:轟音。激しい振動が車を襲う。
  次の瞬間、甲高い音を立てて、車は真っ二つに斬り裂かれ、慣性にしたがって周囲に吹き飛んだ。
  車内にあって、生存することは不可能ーーかに思われた。

緒方:そりゃあ退屈だとはいったけどさあ……。

N:緒方は、高速道路の真ん中をゆっくりと歩いていく。
  その身体には傷一つない。

緒方:君たちの襲撃ってば、下品すぎ。

N:緒方の視線の先には、車を両断した刀技の一族ーー凶刃の伝馬一族が総勢18名、刀を抜いて立っていた。
  否、その時既に、その数17名。
  緒方の瞳が漆黒に染まり、強大な力場が周囲を包む。
  瞬きの間もなく、一切の予備動作もなくーーそのとき既に緒方の右手には、血に濡れた人間の臓器が握られていた。

緒方:(ため息)相変わらずよっわっちいなぁ……。

N:伝馬の戦士の1人は、胸から血を出しながらその場に崩れ落ちた。

緒方:たかだか棒持った人間の癖して、僕に勝てると思ってんの?

伝馬の戦士:総員ッ! 構えッ! 目標! 『死の指』!

緒方:『死ぬ気で』なんてナンセンスな言葉があるけどさ。
   君たち、そんなこと考えちゃってない?

N:伝馬一族は刀を振りかぶると、緒方に向かって走り出した。

緒方:『死ぬ気』じゃなく、『死ね』

N:緒方は指についた血を舐めると、笑った。


 ◆


N:仲也をステージから降ろした花宮の耳に、通信機から無線が届く。

花宮:ーー木元さんッ!

木元:どうした。

花宮:監視から連絡が……!
   駅さんが、ホテルから逃げ出したそうです!

木元:次から次へとぉ……! どうして逃げる必要があるんすか!

花宮:それなんですがーー高速道路上で戦闘があり。
   戦っているのは、所属不明の能力者、相手は伝馬一族と見られていると……。

木元:伝馬一族、か。偶然の戦闘にしてはピンポイントすぎるっすね。
   計画的な襲撃か。

花宮:軍の通信が駅さんにもきこえていたみたいで、それをきいた瞬間に窓から。

木元:……仲間想いの子らしいし、増援に向かったか、あるいはーー
   それを止めにいったか。
   どちらにしても、戦場に向かったのは間違いなさそうっすね。

仲也:いい線だなぁ、ゾンビ野郎。

木元:お前の意見はきいてないっすよ。

花宮:ああもう……!

N:花宮はなにかに気づいたように駆け出した。

木元:どうした! 春日ちゃん!

花宮:やっぱり……! 車がありません! それに、金田さんの姿も……!

仲也:ケケケ……あいつは手先が器用だからよぉ……。
   そういやぁ、この間あいつに、ロックされた車を空ける方法、仕込んだっけなぁ。

木元:お前……!

仲也:お前ら気づかなかったかも知れないけど、あいつ、さっきの会話、聞いてたみたいだぜ。
   ほらついさっきの……。

花宮:まさかーー駅さんのところへ!?

木元:マズいな……!
   (舌打ち)春日ちゃん! 現場へ向かってくれ! 俺はこいつを連行してから行く!

花宮:ハイッ!


 ◆


N:血まみれのコンクリートの上を、緒方はゆっくりと歩いていく。

緒方:僕の能力はね。

伝馬の戦士:……この……!

緒方:力場の位置を、空間ごとズラす能力なんだ。

N:またひとり、伝馬一族の戦死は腕を切り落とされて倒れ込んだ。

緒方:使いようはいろいろあるけど、君たちみたいな普通の人間にはほらーー『力場が通る』からさ。

N:緒方は戦士の腕を放り投げる。

緒方:力場ごと、身体を千切っちゃえるってわけ。
   それってどういうことかわかってる? 僕は、寝っ転がってても、君たちを殺せるってことだよ。
   ーーまあ、赤は好きじゃないから、ここに寝っ転がりはしないけど。
   あ。あとひとりになっちゃったね。

N:それは、一方的な虐殺だった。
  襲撃に参加した戦士達は、一族の中でも優秀な部類であった。
  本家には遠く及ばないまでも、それでも数多い伝馬の傘下の中でも、中位の分家にならば迫れるほどの実力があった。
  それでも目の前の少年には、近づくことすらできなかった。

緒方:ねえ。僕、車の運転できないんだけど。
   車って、あると便利かなぁ?

N:少年は、戦場にはそぐわない雑談をつぶやきながら、戦士の亡骸の間を歩いていく。

緒方:あ、そうだあなた。運転してくれたら、あっちについてから殺してあげるよ。
   数時間は生き残れるし、どう?

N:戦士は、返事の代わりに刀を構え直した

緒方:馬鹿の一つ覚えみたいに……もっと命は大事にしなよ。

N:伝馬一族の戦士、残り1名。決死の突撃に入るかと思った次の瞬間。

駅:やあああああ!

N:戦士と緒方の間に割り込んだサナエは、力場を開放した。

駅:(息を切らす)……はあ……はあ……。

緒方:なんだよ……まだいたの?

N:駅は足元に落ちた、血塗れの刀を拾うと、正眼に構えた。

駅:私は、序列4位、駅の、サナエです!
  今すぐに逃げなさいッ!

 間

駅:早くッ! 行けッ! 一族へ報告をッ!

N:戦士は刀を捨てると、弾かれたように戦場から逃げ出した。
  サナエはホッとしたように息を吐いた後、周囲に広がるあまりの惨状に、唇を噛み締めた。

駅:……どうして、こんなことに……!
  襲撃だなんて……そんなの!

緒方:あんた……どっかで……。

N:緒方はズボンのポケットから手を出すと、顎に手を当てて考え込んだ。
  そして、思い出す。

緒方:ああ。昨日、僕が撃ったやつ。
   っていうか! なんだよ! 全然死んでないじゃん!
   仲也のやつ! 『誰でもぶっ殺せるハッピーなシロモン』だっつったのにさぁ!

N:緒方は不満そうに地団駄を踏む。そして、改めてサナエを観察した。

緒方:君……へえ、そっか。超能力者だったワケ。それで生きてたんだ。
   君たちってさぁ、超能力者大っきらいじゃなかった?
   自分たち以外は許せないってこと? よくわかんないけど、変なの。

駅:あなたは……ここで止めます。

緒方:はぁ!? 何いってんの!
   僕は、君らに襲われただけなんだけど!?
   止めるって何さ! まるで僕が進んで殺してるみたいに!
   君たちみたいな凶刃と一緒にしないでよ。

駅:……もし、逃してくれといったら、逃してくれるんですか?

緒方:え?

 間

緒方:逃がすわけないじゃん。
   人のこと殺そうとしたくせに、そんなの許せないでしょ。
   君もさ……死ねーー

N:緒方の身体が、ズレた。
  次の瞬間1メートル前方に、その次はその1メートル前方にーー
  コマ割りのように移動し、サナエの眼前に現れる。

駅:ッ! ハァッ!

N:緒方の振るった刀が、サナエの刀とぶつかる。
  甲高い音をたてて、緒方の刀は弾き飛ばされた。

緒方:いったいな……!

N:緒方は再び姿を消すと、サナエの後方から小型ナイフを突き出した。
  サナエは身を捩るが、脇腹にナイフが突きこまれる。
  サナエは、緒方を蹴りつけると、なんとか距離を取った。

緒方:やっぱり、打ち合いじゃ勝てないね。

駅:っぐッ……!

N:サナエは脇腹に刺さったナイフを引き抜いて、蹲った。

緒方:でも、僕、負けないからね。

N:僅か零コンマ零零秒の世界。
  緒方が能力を使い力場へ干渉した瞬間ーー緒方の身体は吹き飛んだ。

駅:え?

緒方:アベッーー!

N:戦場の中心立つ、涙ぐんだ女性。

花宮:ふえ……。

駅:花宮、さん。

花宮:急ぎすぎて……メガネ無くしちゃいましたぁ……!
   (泣いて)ふええん! 高かったのにぃ!

緒方:……あんた……誰だよ。

N:緒方は、腕をさすりながら立ち上がった。

花宮:ぐすっ……サナエさん……無事ですか?

駅:あ……はい……。

花宮:ダメじゃないですか……! 逃げたりしたら!

駅:すみません、でもーー

花宮:でもじゃありません! 後で……お仕置きですからね。

緒方:僕を、無視しないでよ。おばさん。

駅:あの、花宮さん……! そんなことをいっている場合では。

花宮:え? ああ、メガネですかぁ? 大丈夫ですよ!
   最近はいつも、コンタクトレンズを入れているので。

駅:そうではなくてーー

緒方:ぶっ殺す!

N:緒方の姿がかき消える。
  が、背後に現れた緒方を、花宮は高速の回し蹴りで蹴り飛ばした。

緒方:ガーー!

N:緒方の姿を見もせずに、花宮は静かにその場に佇んでいた。

 間

花宮:(呟く)……私、今日はすごくイラついてるんです。

駅:花宮、さん。

N:花宮は、苛だたしそうに自分の手を見つめた。

花宮:思い通りにならない現実は、自分の無力のせいだと、思い知らされました。
   今まで、どれだけ他の人にーー『朔ちゃん(彼)』に依存してきたのか、思い知らされました。
   私の涙で歪んだ狭い視界では、もう、見えないんです、何も!

N:『泣き虫(クライベイビー)』と呼ばれた女はそこにはいなかった。

花宮:だから私は! もう! 泣かないッ!

N:花宮春日は、感情を高ぶらせていく。
  泣き喚きたいほどの心を食い破って、視界の先が広がっていく。

花宮:私は、私の為に、戦います。

緒方:あんたッ! ゼッタイ殺す!

N:花宮春日はその時、衝動に身を委ねた。


 ◆


N:軍の護送車の中、全身を拘束された仲也は、ぼうっと車の天井を眺めていた。

仲也:俺様の”魔法”で、鍵は緩めてやったんだ……笑えよ、泣き虫ーーヒヒ。


 ◆


N:時間を超越した、空間系能力者同士の戦いは、超能力者たるサナエの目を持っても、追うことはできなかった。
  コマ送りのように道路のあちこちで戦闘が行われており、遅れて周囲に打撃音や炸裂音が響き渡る。
  時間にして僅か数秒のうちに、地面に這いつくばっていたのはーー緒方だった。

緒方:ケハッ……!

花宮:どうしました。

緒方:僕ガッ、こんなところで負けるわけッーー

花宮;ふふふ、面白いこといいますね。
   笑っちゃいますよ。笑わせないでーーふふふふ!

緒方:お前……! 衝動を!

花宮:しょーどー? しらないですよぉ、そんなの。
   でもねぇ、とっても気分が良いんです。
   楽しくてたのしくて……ねえ。笑ってくださいよ。あはははは!

緒方:チィッ! だったら。

N:緒方は能力を使うとーー道路脇に座り込む、サナエを見つめた。

駅:え……!

緒方:捕まえたぁ!

N:緒方はサナエの背後に現れると、サナエを羽交い締めにした。


 ◆


仲也:テメエはガキのわりには合理的だ。
   いざとなりゃぁ人質を取ってでも勝とうとすんだろ。


 ◆


花宮:ふふふ。なにしてるんですかァ?

緒方:オイ! こいつが死んでもいいのかよ!?

駅:(首を締められながら)はなし、て……!

花宮:好きにしたら良いじゃないですかぁ。

駅:ァ……イヤッ……!

緒方:なら、望み通りにしてやるッ!


 ◆


仲也:だが残念……お前もそうーー
   人間舐めすぎなんだよ、ケケッ。


 ◆


金田:サナエェエエエエ!

N:金田はバイクのアクセルを握り込んで、右手を伸ばした。

駅:カネ、ダ、さん……!

金田:掴まれええええ!

N:伸ばされたサナエの腕を掴んだ金田は、その身体を自分に引き寄せた。
  それはーー奇跡のような一瞬。決して簡単ではない未来。
  金田は、サナエを抱きかかえると、戦場を走り抜けた。

緒方:クッソォ!

N:走り去るバイクの背中を見つめながら、緒方はナイフを構えた。
  しかし、その腕を花宮が殴りつけた。
  緒方の腕は逆方向へと折れ曲がる。

緒方:いでえええええ!!!!

花宮:あは……さあ、終わりにしてあげますよぉ……。
   怖くないですからねぇー。

N:花宮は緒方の首を掴むと、宙に持ち上げた。

緒方:あっ! 僕のッ!

N:緒方のポケットから、ロボットの玩具が地面に落ちると、真っ二つに割れた。
  ロボットの断面からはーー『どこでも居場所探知ましーん』と書かれた機械が転がり出てきた。
  緒方は、それをみて、総てを悟った。

緒方:(首を締められながら)なんだよ、これーー

 ◆

仲也:ヒヒ……ヒャヒャヒャヒャ!

 ◆

緒方:お前がああ! 僕を襲わせたのかぁあああ!

 ◆

仲也:テメエさぁ、ちょーっとばかり強すぎんだよォ!
   むしろ感謝しろっての。テメエ殺すのに、俺様結構苦労したんだぜぇ?

 ◆

緒方:図ったなああ! ちゅうやあああああ!

 ◆

仲也:さよならだァ……ロボット少年。
   安らかに眠りなぁ。

 ◆

N:花宮は手刀を固めると、緒方の胸に振り下ろした。

緒方:ラブさまあああああ!!

N:手刀が胸を貫く。しかし手刀が貫いたのはーー

木元:(血を吐き出す)ゴフッ……。

花宮:あ、れ?

木元:……なぁにやってんすか、花宮春日。

花宮:あ、れ、わたし……あれ……?

木元:……ちょっと痛いとこつかれたからって、らしくねえっすよ。
   ……俺たちは、俺たちにできることを一つずつやってくんす。
   甘いのは……弱いのは……わかってるはずっす。
   少し回り道したって……そういう全部を……!
   全部を俺たちの都合よく! 終わらせるのが、ヒーローじゃないっすか……!

N:木元は、地面へと崩れ落ちた。
  花宮は、血に濡れた右腕を見つめて、能力を解除した。

花宮:木元、さん。木元さん! 木元さん!

木元:あー……やっぱ今回も死ぬっすか……。

花宮:(泣きながら)すみません! わたし……なんてことを!

木元:いいから……早く……あいつを……逮捕……する。

 間

花宮:木元さぁん……! 木元さあああん!

木元:(起き上がって)ぷはっ! 生き返った! マジでこの能力心臓に悪いっすよ……!

花宮:……すみません、木本さーー

木本:……つーか、何やってるっすか!
   泣いてる暇があったら、とっととそいつを捕縛するっすよ!

花宮:え……? あ、はいっ!

N:花宮は気を失っている緒方の全身を拘束する。
  木元は、高速道路の先を見つめながら、困ったように頭を掻いた。

木元:しかし、俺よりも早く着くとは……恋する男としちゃ、負けちまったっすね。


 ◆


N:金田は荒い息をつきながら、バイクの速度をゆっくりと落としていく。

金田:……ハァ、ハァ……マジかよ……。
   マジで……間に合った……。

駅:金田、さん。

金田:ん? ああ! 悪い……! なんか、あれか!
   すげえ汗とかかいてっし……って! そうじゃなくて……!
   いや、どうした!

駅:(微笑んで)……金田さん……ありがとうございます。

金田:は?

駅:おかげで、私は、生きることができます。

 間

金田:別に……俺がしたかったから、そうしただけだ。

駅:……そう、ですね。

 間

駅:私……やりたかったこと、できませんでした。

 間

駅:金田さんみたいに、間に合いませんでした。

金田:んなもん!
   ……次、間に合えばいいだろ。

駅:次、ですか?

金田:俺だって、仮免(かりめん)とんのに、筆記で2回も落ちてよ。
   いや、実技はこの通りだぜ? でも、なんつーかーー
   別に……何回も何回も、やりゃあいつかは、どうにかなんだよ。
   ーー生きてんだからよ。

 間

駅:そう、ですね。

金田:おう……。

 間

金田:あ、あのよー! サナエ。
   えっとな……昨日の今日、あったばっかだけだけどよぉ。
   なんつーか、俺さ。いや……あの……。

 間

金田:俺よぉ! バイクの後ろには、誰も乗したことなくてよ!
   実はその……俺のよ! 好きな女だけ乗せるって!
   そう、決めてんのよ!

 間

金田:一度、合った日のよるに乗せたよな。
   アレ、なんつーかつまりなんだが……!
   今後も俺の後ろにっつーかーーって、サナエ?

 間

駅:ぁ……ごめんなさい。少し、気を失ってました。

金田:あ? もしかしてーー

駅:脇腹の、傷が……急所は、外れているんですが……。

金田:バカか! マジかよ早く言え!
   すぐに病院連れてーー

駅:すみません!
  今はもう、気で傷口は塞いでいるので、そんなに焦らなくても大丈夫ですから。

金田:なんか、よくわかんねえけど! とにかく少し飛ばすぞ!

駅:……はい。

金田:あのさ! その傷、治ってよ。外でれるようになったらよ。
   打ち上げすんべ。

駅:打ち上げ……って、なんですか?

金田:あー……そうだな。俺たちぁ未成年だし。
   ファミレス連れてってやるから、好きなだけ食って飲むってことだよ。

 間

駅:(涙ぐんで)……はい。ポテト、食べたいな……。

N:二人きりの高速道路をバイクは進んでいく。
  少女は、高く登り始めた太陽をまぶしそうに眺めていた。


 ◆◇◆


N:重犯罪者専用の独房の中で、仲也は折り紙を折っていた。
  ガラス張りの独房の前に、軍服姿の木元がゆっくりと歩み寄る。
  仲也は顔をあげると、折り鶴を机の端に置いた。

仲也:よお。ゾンビ野郎。

木元:(ため息)俺としては、顔も見たくもなかったっすけどね。

仲也:ケケケ。俺様はけっこう見直してんだぜ?
   テメエ、あのガキを生かして捕まえたって?
   いやはや、予想外だったぜ。

木元:その緒方だが……留置施設内で、監視の隙をついてね。

仲也:死んだ、だろ。

木本:ああ。能力を使って、自殺したっすよ。

仲也:ま! そうだろうなぁ。
   イルカの狂信者なら、そうするさ。

木本:俺が聞きたいことはひとつ。

仲也:へえ……ひとつでいいのぉ?

木本:お前のーー目的は?

N:仲也はガラス越しの木本に近づくと、顔を近づけた。

仲也:ぜんぶ。

木本:まともに答えるつもりはないんすね。

仲也:いいやぁ……それだけが正しい答えだ。
   自分の望むことは自分にとってのぜんぶ!
   ただ! 俺様の崇高な考えなど理解できないスーパー能無しなお前にひとつ答えをやるよーー

N:仲也は拳をガラスに叩きつけた。

仲也:俺様が、お前らの武器になってやる。

 間

木本:(ため息)やっぱり……予言といえど、外れることもあるっすね。

仲也:ヒャヒャ。つーわけで! また会える時を楽しみにしてるぜぇ!?
   ゾンビ野郎!

木本:もう、二度と会うことはねえっすよ。鼠男。

仲也:ねずみぃ? いいねえいいねえ! お前さぁ結構センスあんじゃん!
   おもしれえよ! ゾンビーマン!

N:木本は独房を後にした。
  仲也は、椅子に座るとくるくると体ごと回転させた。

仲也:ヒヒヒ……あぁー……つまんねえなぁー……早くお前に会いてえよ……速水朔……!
   ケケケ……キャキャキャキャキャ!

N:穴ぐらの中で、葡萄鼠(ぶどうねずみ)は楽しげな鳴き声を響かせた。








パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォーA』
「葡萄鼠の穴」 了


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