パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォー@』
『港湾の群青』
作者:domino



加西 准(かさい じゅん):14歳。女性。青の教団の戦闘部隊、”いろは”所属の超能力者。

平野 卓夫(ひらの たくお):25歳。男性。横浜市の戦時特別臨時パトロール員。

キース ホール:25歳。人材派遣会社『ブリックスマン』の社員。

マリッサ エンヴィー:25歳。人材派遣会社『ブリックスマン』の社員。

酒井 ロレイン(さかい ろれいん):39歳。警察庁公安部特務超課、警視。超能力者。

荒人(あらひと):23歳。改名前の名前は西之宮 明人(にしのみや あきひと)。災害級無所属超能力者。


うずら:警察庁公安特務超課で採用されている人口超知能内蔵デバイス。だんだん成長している。ナレーションの人と被り役

店員:喫茶店のバイト店員。ここで働くのを決めた理由は、インスタ映えするから。ナレーションの人と被り役。

パトロール:戦時特別臨時パトロール員。お風呂で映画を見るのが趣味。ナレーションの人と被り役。






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 ◆◇◆


N:人間、超能力者、そして怪異と呼ばれる者達による戦争が勃発した。
  世界中のメディアはこぞってこの国に起きた内戦について取り上げた。
  しかし、某列強国を中心とした世界政府による迅速な情報統制、
  政府による貿易を含む空(くう)並びに海禁政策(かいきんせいさく)の施行によって、
  ものの1ヶ月たらずで、この国は数100年ぶりの鎖国状態へと移行した。
  内情は小さな島国に閉じ込められることとなる。
  歴史家達は後に、この島国の内戦をこう名付けた。
  『色戦争(カラーズ・ウォー)』と。


 ◆◇◆


N:横浜市の外れ。
  公園のジャングルジムの上で、少女は遠く視界の先の海を眺めていた。
  周囲には、数は少ないまでも子供達が親子連れで遊んでおり、時折笑い声や、泣き声が響いていた。
  それは、誰がどうみても、穏やかな午後の風景であった。

加西:のどかですねぇ……。

 間

平野:ねえ、君。

加西:んー? なんですかぁ?

平野:君、何してるのかな?

加西:(笑って)何してるようにみえる?

平野:え? えっとーー

加西:パトロール。
   ーーでしょ? アナタのワッペンに書いてある。

平野:あー……うん。まあ、そんなとこ。

 間

平野:……えっと……君、学校は? どうしたの。

加西:学校?

平野:そう。この辺の学校はまだ、授業中だよね。

 間

平野:えっとーー

加西:行ってないんだ。

平野:え?
   ……ああ、もしかして……疎開中、かな?

加西:疎開? なあに、それ。

平野:戦いが激しいところから逃げてくるってこと。
   関東は、今一番平和だって言われているから。
   君はーー

加西:(微笑んで)そうだよ。
   『ここが平和だから』ーーここにいるんだ。

平野:そうか……。
   大変だね、君も。故郷を離れて。

加西:あなたは? 疎開?

平野:ううん、違うよ。
   普通に会社で働いてたんだけど、ほら。
   うちは外資系だったから、鎖国のせいで仕事がーー
   ごめん……わかんないよね。

加西:お仕事、無くなっちゃったの? かわいそう。

平野:いや! 一時的に、ね!
   国からお金はもらってるし、まあ、こういうパトロールをしなきゃいけないけど、
   これはこれで嫌いじゃないかな、なんて……子供相手に何いってんだか……。

N:少女はジャングルジムから飛び降りると、青年の前に立った。

加西:ねえ! 戦争、終わってほしい?

平野:え? まぁ……そりゃあ、終わってほしいよ。

加西:誰が勝って、終わってほしいの?

平野:誰って……。
   (間)
   ……いや、正直……誰が戦ってるかもよくわからないし……。
   いや、テレビでは少し観たけどね。
   まだ信じられないな。超能力? とか、化け物、とか。

加西:怖い?

平野:ん?

加西:怖いって、思う? 悪鬼とか、超能力者とか。

平野:そりゃ……。いや! ……なんていうかな。
   一応大人だし、カッコつけさせてもらうとさーー

N:青年は頬を掻きながら微笑んだ。

平野:みんな、仲良くなるさ。きっとね。
   だから、君は心配しなくていいよ。

N:少女は目を丸くして青年を見つめた後、笑みを浮かべた。

加西:私、もう行くね。

平野:あ、うん。そうか。

N:少女は青年とすれ違いながらつぶやいた。

加西:ねえ。たくさん勉強して、いい点取ったらさ。
   みんなを負かして、褒められるんだよね。
   ……それってつまりさーー

N:そして、振り返り、笑った。

加西:『仲良く』なんて、弱い人間の戯言じゃん。 

平野:君はーー

加西:じゃあね。お兄さん。

N:呆気に取られた青年を尻目に、少女は歩き去った。
  やがて公園の喧騒が遠く離れると、耳元の通信機のスイッチを押した。

加西:……こちら”いろは”一番隊、加西 准。
   目視で確認した。今日の夜に積み込むから、B地点で待ち合わせで。
   あいつらにも声をかけておいてよ。

 間

加西:『関東は平和』、だって……。
   ふふ……変なの。


 ◆◇◆


N:酒井ロレインはスーツの内ポケットから、よれた煙草の箱を取り出すと、手慣れた仕草で煙草を取り出して咥えた。
  無骨なフォルムをした車の運転席の窓を開けると、煙草に火をつける。
  ひどく疲れたような顔で煙を吸い込むと、窓の外に吐き出した。
  神奈川県沿部の国道脇。一般車両の使用が規制されているせいもあり、辺りは静かだった。

酒井:……やっと……。

N:酒井は紫煙を追いながら目を細めた。

酒井:やっと……出れた……!

N:そしてハンドルに額を当てるように項垂れた。

酒井:つーか、つーかさぁ……!
   マジでむいてないっつってんのにあのジジイ共は延々延々えんえんと!
   会議室に閉じ込めておきゃいいとか思ってんだろ!
   いい加減にしろっての!

 間

酒井:……しっかし……随分と遅れをとったね、こりゃ……。
   ……中部・関西戦線に、愛媛の混戦……。
   東北は百鬼夜行ーー(吹き出して)なんだこりゃ……。
   いつの間にこの国は少年漫画みたいになっちまったわけ。
   (煙を吐いて)……伏線改修しきれんのか、これ。

N:酒井は助手席に無造作に置かれた小型端末を手に取ると、左耳に装着した。

酒井:さって……久しぶりのシャバだ。
   ストレス解消させてもらおうか。
   ……『うずら』おはよう。お目覚めの時間だ。

うずら;音声認識、酒井ロレイン警視。おはよー。

酒井:登録座標の確認。

うずら:バッチリオーケイ、と言いたいところだけど。
    設定座標までは東に3キロだよー。

酒井:んなもん誤差誤差。
   そんで、もう一回クエストの参照したいんだけど。

うずら:ステータス画面、オープン!
    今回のクエストの情報を参照するよ。

酒井:……横浜から太平洋沖60キロで戦闘の痕跡。
   未登録艦が6隻ーー内6隻が信号消失。

うずら:未登録だけどぉ、どこの誰かはロレインの予想の範囲内?

酒井:良く覚えてたね。そうそう。
   あくまで私の感だけど、沈んだのは教団の船だって話。
   沈めた方には心当たりがあるしね。
   単語検索、記録参照。

うずら:準備オーケイ。

酒井:特務機関『PASS(パス)』

うずら:ヒットォ! 秘匿情報のオンパレード!

酒井:やっぱりそうなら、5隻潰すのもわけないーーとはいえ。
   そのまま雲隠れってのも引っかかるんだよねぇ……。
   そろそろ政府に接触してもいいはず……ってことは、なんか隠してるかぁ……。

うずら:政府の戦艦が午前中から調査に出てるよー。

酒井:ん。情報が上がり次第教えて。

うずら:情報参照。数隻分の船体から教団のエンブレム。
    一隻は高性能小型潜水艦。

酒井:……沈んだ? まさかーー

 間

酒井:いや……アイツに限ってそれはない、か。
   うずら。引き続き情報の更新よろしく。
   特に、死体が上がったら情報をこっちにちょうだい。

うずら:あいあいさー。

酒井:と、なるとだ。今朝のーー

うずら:ねえねえ。

酒井:あん?

うずら:パスは、ロレインの友達ー?

酒井:はぁ!? 違う違う! 友達じゃないっての。
   ……なんつーか、そこのボスが知り合いなの。

うずら:情報を登録ー?

酒井:(吹き出して)別に登録するようなことでもないよん。
   ……うざったい同期で、スクール時代のね。
   キザで適当で、口が軽くて、女ったらしで、
   そのくせ繊細っつーかなんつーか、ちょーっとなんかあるとウジウジウジウジーー
   ただ、誰より優秀なもんだから、質が悪いっつーかーー
   (煙を吐いて)
   うわー……なーんか、嫌な感じー。
   思い出を懐かしみ出したらいよいよだわ……。

うずら:質問ー。

酒井:(煙を吐いて)んー?

うずら:ロレインは、その人のことが好きだった?

酒井:うずら。殺すぞ。

うずら:おやすみなさーい。

酒井:コラ、起きろ! ぶっ飛ばすぞ!

 間

酒井:ただまぁ、ここいらで、なんかが起こるってことでしょ。
   恐らくはーー

N:酒井は遠く水平線を眺めながら煙草を咥えた。


 ◆◇◆


キース:一隻だぁ?

マリッサ:そ。一隻に潰されたんだって。

N:良く目立つ二人だった。
  この国では珍しい金髪碧眼、そしてスラリと伸びた手足が、
  老舗の喫茶店の店内をいつもとは違った風にみせていた。
  自然と向けられる周囲の視線を気にも止めないように、
  男ーーキース・ホールは2杯めのコーヒーに口をつけた。

キース:おいおい。羽振りの良さに目が眩んでミスっちまったか。
    マリッサ……乗るにしたって、俺は泥舟はごめんだぜ。

マリッサ:んー、私に言わせれば充分頑張った方だと思うよ。
     なにせ、相手はあのーー

N:女ーーマリッサ・エンヴィーの細長い白い指がコーヒーカップについた赤いルージュを拭った。

マリッサ:『傭兵』なんだからね。

キース:……あのクソ忌々しいベアード一族か。
    確かに、沈めたってんなら勲章もんだな。

マリッサ:しかも、話によるとリーダー船でーーヤングテッドも乗っていたって話。

キース:(口笛)やるねえ。どうやった。

マリッサ:報告書にはごちゃごちゃと書いてあったけど……ま、簡単に言うと、自爆(スーサイド)ってやつ。

キース:納得。

マリッサ:それで、ベアードの死体はーー

キース:んなもん、あるかよ。

N:男ーーキース・ホールは皿に積まれたオニオンリングを掴むと、乱暴に口に放り込んだ。

キース:あの男がそう簡単にくたばるか。
    今晩に間に合わせて、出張ってくる可能性だってある。

マリッサ:(吹き出して)まるで恋人を語るような言い方。

キース:そう。俺はアイツの元カノ。
    手痛いフラレ方をしたもんで、未だに恨んでんのさ。

N:キースは指についた油を舐めとると、目を細めた。

キース:……しかし、戦争ってのは嫌だね。
    (間)
    おい、なんだよその顔は。

マリッサ:「何言ってるの?」、の顔。

キース:いいか、俺の脳みその集合住宅に5人の人間が住んでるとする。
    その中にはヤクをキメて、セカンドストリートをスキップするろくでなしがいる。
    そいつの部屋の隣には、犬を5匹飼ってる殺し屋が住んでて、
    その隣にはバイセクシャルのピアノ弾きが住んでたりする。
    でもって、俺はそいつらの大家をしてるわけだ。
    日々起きる問題に辟易しながらも、毎日のように家賃を取り立ててる。

マリッサ:私が思うに、その大家もきっと、普通じゃないね。

キース:ん?

マリッサ:きっとそう。多分週末には共同のゴミ捨て場には死体が捨ててあって、
     それを殺したのは神経質な大家の男なのよ。
     彼はピザボーイで、お釣りの小銭を汗ばんだズボンのポケットから出したの。
     湿った札を受け取った瞬間に、大家の男は玄関のバットを振りかぶった。

キース:それはーーそいつが悪い。

マリッサ:(微笑んで)本題だけど……1時間前にクライアントから連絡が来たよ。
     積み込み用の潜水艇が着港したって。

キース:来たか。

N:キースは不敵な笑みを浮かべた。

マリッサ:一応言っておくけど、私達はただの雇われ運び屋。
     受け渡しまで『アレ』を護り通せばお金をもらってさよなら。

キース:とはいえ、戦いになる可能性は否定できないだろ?
    準備はしておかなきゃあな。

マリッサ:……その顔。やっぱり悪い大家だ。
     ーーん?

N:その時、二人の席に喫茶店の店員が申し訳なさそうに歩み寄った。

マリッサ:ゴメンナサイ。うるさかった?

店員:いえ……! 大きさは大丈夫なのですが……。

マリッサ:何が問題?

店員:あの、このご時世ですから……母国語でお話されると、その、他のお客様が気になってしまう、と……。

マリッサ:ああ、そう。

キース:そりゃ(起ち上がって)悪かったな。出ていくよ。

店員:いえ! その! 本当に、申し訳ございません!

マリッサ:どちらにしろ、場所を変えるつもりだったの。
     だから気にしないで。

キース:(札を差し出して)ホラ、チップじゃなきゃ、迷惑料込みだと思ってくれよ。

店員:いえ! 困りますーー

キース:いいから! もらっとけ! な?

N:キースはジャケットのポケットに手を突っ込むと、サングラスを外して店内を見渡した。

キース:あー、怖がらせたみたいで悪かった!
    俺達は一応ビザも降りて、この国で働いてる、ま、仲間みたいなもんだ!
    超能力者でも、テロリストでもないから、安心してくれ。

マリッサ:行くわよ、キース。

キース:このくだらない戦争が一刻も早く終わってくれることを祈る。
    そして、その暁には是非、我々人材派遣会社『ブリックスマン』に依頼をくれ。
    ーー店の片付けも安値で承るぜ。

N:異国の会社員は名刺の束を空(くう)に投げ散らすと、店を後にした。


 ◆◇◆


N:市の持ち物らしい、飾り気のない小さな建物だった。
  入り口に貼り付けられた看板には、『戦時都市防衛支部(せんじとしぼうえいしぶ)』という仰々しい名前が手書きで書かれている。
  室内はというと以前と変わらず、街の祭りのお知らせや、風邪予防のキャンペーンポスターが貼られていた。

荒人:……あのさ。もう行ってもいいかな。

平野:いや、だからですねーー

荒人:別に悪いことしてたわけじゃないんだからさ。
   な? 俺もホラ、用事あるわけだし。

平野:なんていうかな、もう少し待ってもらえたら……。

パトロール:警察なら来ませんよ。

平野:え?

パトロール:腐っても戦時中ですから……ホームレスの相手なんて出来ないって。

平野:えー……! じゃあどうすればーー

パトロール:それじゃ、私は仕事があるので。

平野:あ! ちょっと! ズルい!
   ……自分が連れてきたくせに……!

N:臨時パトロール員ーー平野卓夫は、目の前に座る男を改めて横目で観察した。
  ボロボロの黒い革ジャケットに、薄汚れたシャツを着て、破れたジーンズをはいている。
  髪は伸びっぱなし、口の周りには薄く髭が生えている姿は芸術家かなにかにも見えなくはないが、
  頭から水をかぶったかのように全身が濡れているせいで、彼を余計にみすぼらしく見せていた。

平野:えっと……それで、お名前はなんでしたっけ?

荒人:……田中太郎、だけど……。

平野:いやだから、本当のお名前の方を……。

 間

荒人:……なんでバレたんだ。

平野:いや……だって……。

 間

荒人:(ため息)……西之宮 明人(にしのみや あきひと)。

N:西之宮 明人ーー『荒人』は、観念したかのように頭を掻いた。

平野:西之宮、明人さんですね。
   ご住所は?

荒人:……さっきの人も言ってたとおり、ホームレスだよ。

平野:そう、ですか。
   ……すみません。

荒人:気にすんなよ。俺も気にしてないし。

平野:ええと……ご家族は、どなたかーー

荒人:みんな死んだ。

平野:……重ね重ねーー

荒人:だから、気にすんなって。
   それよりも……素直に答えるから、早く出してよ。

平野:あ、はい。じゃあ、サクッとーー

荒人:あ。その前に、悪いんだけどさ、ハサミ貸してくんないかな。

平野:え? ああ。えっと……僕のでよかったら。

荒人:サンキュ。あとさ、片して帰るから、髪切っていい?

平野:え?

N:荒人は差し出されたハサミを受け取ると、髪を掴んで切り始めた。

平野:あ! もう……! ちゃんと、片付けてくださいよ……?

荒人:(髪を切りながら)おう。それで、後は何が聞きたいんだよ。

N:平野は机に肘をつきながら、手元の書類を手にとった。

平野:(ため息)年齢は?

荒人:ん? ……わかんねえ。大体20と何歳かだと思うけど。

平野:誕生日くらいはわかるでしょう? 思い出して。

荒人:んー……7月のー……だから、23、とかだ。

平野:なるほど。

荒人:平野さん、でいいのか?

平野:え? ……ああ、名札を見たんですね。
   えっと、なんですか?

荒人:平野さんは何歳なんだ?

平野:25、ですけど。

荒人:ふぅん。じゃあ、あんまり変わんないな。

平野:まあ……そうですね。でもーー

N:荒人は犬のように頭を振った。
  髪が周囲に散らばるのを、平野は呆れたように見つめていた。

荒人:だぁー! スッキリしたぁ!

平野:……それはーー良かった……です。

N:荒人は短くなった髪を弄びながら顔を上げた。
  平野はそのとき、初めて荒人の顔を正面から見た。
  同年代、それも歳下の男性にしては肝が座っているとは思っていたが、何よりその瞳ーー
  荒人の瞳の奥に力強い何かを感じて、平野は唾を飲んだ。

荒人:__ん? どうした?

平野:あ。いや! なんでもないです。

荒人:これ、ハサミな。
   あ! あそこの掃除機使っていいか?

平野:ちょっと! 西之宮さん! あんまり動き回らないでください!
   あああ、勝手に触らないで……! まったくーー

N:平野は机の引き出しを開けると、シャツを一枚取り出し、荒人に放り投げた。

荒人:お。何? 着ていいの?

平野:ええ……その濡れた格好じゃ風邪引くでしょ。
   脱いだものはそこにある袋にでも入れて持って帰ってください。

荒人:何から何まで、すまないーーじゃなくて……ありがとう。平野さん。

平野:いえ。こんな時ですから。助け合うのは、普通じゃないですか。

荒人:……そうか。

N:荒人はジャケットを袋に入れると、シャツを脱いだ。
  平野は、その鍛え抜かれた身体に思わず目を見開いた。

平野:ーーえ?

N:そして、予想してしまった。
  荒人の肉体に刻まれた無数の傷跡。日常的には刻まれることのない痛ましい記録。
  それらが平野に予想させてしまった。
  彼が一体何者であるのかという、予想を。。

平野:……西之宮さん。貴方、もしかしてーー

荒人:普通だって、言うけどさ。

平野:え?

荒人:誰もが理由を探してる。
   生きる理由、戦う理由……そんな世界で、助け合うのが普通だって言えるアンタはーー
   (笑って)すげえ、カッコいいよ。

平野:ッ!

N:平野は机の端に置かれたスコープを手に取ると、荒人に向かって構えた。

平野:動かないで……! ……もらって、いいですか。

荒人:やめとけ。

平野:これは……! 超能力者を判定する道具、だと、聞いています……!
   確認、させてください。

荒人:おすすめ、しないぜ。

N:平野は震える手で、『ライト・ノア社』のロゴつきの安全装置を解除した。
  スコープが荒人を捉えると、ゆっくり画面が点滅する。

平野:……青のままなら、問題なし。
   赤ならーー

N:画面は赤く点滅した。

平野:超、能力者……。

荒人:(ため息)別に知ったからってどうもできないだろうに……。

平野:じゃ、じゃあ! 本当に……!

荒人:ああ。俺はーー『超能力者』だ。

N:荒人は平野に歩み寄った。

平野:ひっ! こ、来ないでくれ!

荒人:怯えてんのか? 助け合うのが普通、なんだろ?

平野:やめてくれ! 僕は、何もッ!

荒人:何をやめろって?

N:平野は尻もちをついて後ずさった。
  荒人は身体をかがめると、平野の眼前に手を突き出した。

平野:うわああああ!

荒人:黙れ。

平野:(口を塞がれている)んんんー!

N:荒人は暴れる平野の耳元で囁いた。

荒人:……いいか。
   アンタの使ったスコープは、疑似的に力場を発生させる装置なんだ。
   詳しいことはわかんねえけど……なんかと共鳴を起こして超能力者を判定するらしいがーー
   だーもう……!

N:荒人は入り口を見つめて頭を掻いた。

荒人:もうハッキリ言うけど……!
   ーーあんたが装置を使った後、すげえ速さでここに向かってきてるやつがいる。

N:平野は目を見開いて荒人の顔を見た。

荒人:もう一度言うぞ……! この部屋の外に、別の超能力者がいる……!
   狙いは俺だ。だから、アンタは俺から離れたらすぐに窓の方へ走れ……!
   俺は相手によっちゃ戦わなくちゃなんねえーー

N:次の瞬間、扉が開け放たれた。

荒人:ッ! 走れ!

酒井:警察だぁ! 誰一人動くんじゃねえぞ!

N:飛び込んで来た警官ーー酒井は、拳銃を荒人に向かって構えた。
  その時既に、荒人の瞳は深淵を映していた。

酒井:(舌打ち)

荒人:悪いなーー

N:酒井は拳銃を宙に放り投げると、自身の中に強く語りかけた。
  彼女もまた超能力者ーーその瞳が黒いビー玉のように煌めくと、自身の身体から力場を押し出した。

荒人:寝ててくれよ!

N:荒人は既に酒井の眼前、高速で拳を振り下ろしていた。
  酒井は荒人の拳を半身で交わすと、回し蹴りを放った。

酒井:お前が寝てろクソガキ!

N:荒人は酒井の蹴りを右腕で受け止めて、笑った。
  瞬間、酒井は背筋に怖気のするものを感じた。

酒井:ッ!

N:酒井は身体をひねると、もう片方の足で荒人の顔面を蹴りつけた。
  宙に投げ出された酒井は、地面を数回転がると、素早く立ち上がり、部屋を見渡した。

酒井:……(舌打ち)逃げやがったか。

N:その時には既に、室内に荒人の姿はなかった。
  酒井は、腕を回しながら近くの机に歩み寄り、そしてーー
  思い切り机に頭突きをした。

酒井:クッソオオオオ! ふざけやがって!
   取り逃してんじゃねえぞこの! 会議ばっかでヤキが回ったのか!?
   ア”ア”!? 名ばかりの警視さんよぉ!

N:赤く腫れた額を押さえもせずに、顔をあげる。

酒井:躊躇なく足を折りにくる、か……。
   アレは力場だけじゃない……戦闘慣れしてやがるッ、クソッ……!

N:物音がした。

酒井:ーー誰だ!

N:平野は机の隙間から手が震えながら立ち上がった。

平野:ひ! 平野、と、申します! その! パトロール員で、す!

酒井:あー、わかったからそのまま床に伏せとけ。

N:酒井は煙草を口に咥えると、火をつけた。


 ◆◇◆


N:コンテナの積まれた埠頭の一角で閃光が瞬いた。

加西:目標ダウン。

N:倒れ込む軍人達の身体をまたぎながら、加西は耳元のインカムに呟いた。

加西:概ね予定通り。
   着岸後、搬送はオンタイムで。

キース:(手を叩いて)いやぁ、素晴らしい手際だ。

マリッサ:どうも。ブリックスマンです。お品物のお届けに参りました。

N:加西は碧眼の男たちの横をすり抜けると、倒れた軍人の胸元を漁る。

キース:おいおい、無視とは関心しないねえ、お嬢ちゃん。

加西:その言い方、やめてくれるかな。
   たかが雇われの運び屋の癖に。

キース:その言い方ぁ、やめてくれるかなぁ。
    たかがイカれた宗教組織の末端の癖にぃ。

マリッサ:(ため息)ムキにならないの。大人げない。

加西:……ま、別に仲良くする必要はないけど。

N:加西は軍人の首から認識票を引きちぎると、胸のポケットに放り込んだ。
  そして、ゆっくりと立ち上がると、キースを睨みつけた。

加西:青の教団を悪く言うのは、許さない。

キース:先に喧嘩売ったのはテメエだろうが、ガキ。

加西:謝れ。

キース:……あん?

加西:謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。

キース:んだこいつーー

マリッサ:キース。あなた、刺されてる。

キース:あん?

N:キースは自らの身体に視線を落とす。
  彼の脇腹にはーー小型のナイフが突き刺さっていた。

キース:あーあ……割と気に入ってたのに、このコート。

加西:謝れ。

マリッサ:ほら、キース。謝んなって……この子、ぶっ飛んでるし。

キース:悪かったよ。ほら、売り言葉に買い言葉ってあるだろ?

N:キースはナイフを引き抜くと、脂で薄く濡れた刃先を袖口で拭き取り、そのままそれを胸ポケットにしまった。
  加西は興味がなさそうにそっぽを向くと、街に向かって歩みだした。

キース:おい! そんで俺たちはどうすりゃいいんだよ!

加西:待機。着岸後、積み込み。以上。

マリッサ:身にかかる火の粉ははらっていいのかな?

加西:……以上だって、いったよね。

マリッサ:無事に詰め込むまでがお仕事ってことね。
     あなたはどうするの。

加西:……さあね。

キース:ああ、あと一つ質問。

加西:(ため息)……何かな?

キース:軍人のIDタグを集めてんのは、趣味なのかよ。

加西:……ううん。勝った分だけあの御方に見せたら、喜んでくれるから……。

N:加西は軽くステップを踏むと高く飛び上がり、闇へと姿を消した。
  キースは自分の脇腹に手を当てながら、薄く微笑んだ。

キース:いやぁ、世界にはイかれた女がたくさんいやがるねぇ。

マリッサ:それ、どういう意味かな?

キース:なぁに、ただの経験則だよ。


 ◆◇◆


平野:そんな……! 僕には無理です!

N:『戦時都市防衛支部(せんじとしぼうえいしぶ)』の再奥。
  放送室に備え付けられた、「緊急」とかかれたボタンの前で、酒井は平野の手を掴んでいた。

酒井:いいから! 押して! ね? 悪いようにはしないから、ね?

平野:臨時パトロールなんですよ!? そんな権限あるわけないじゃないですか!

酒井:いーや! 臨時でもパトロール隊員なんだったら当然! 支給品を使う権利はある!
   さぁ! 押して! ほらほらサクッと!

平野:そんな無茶苦茶な……! 酒井さんが押していただくわけには……!
   警視なんですよね!?

酒井:管轄違いだっつって、バカで無能なここいらの警察は人員さきやがらねえの!
   無理矢理きかしてもいいけど、今は1秒でも惜しいんだよ!

平野:そ、そんなーー

酒井:さっさと押せ!

N:酒井は平野の手を離すと、彼の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。

酒井:……それともてめえ、この街の人間に被害が及んでもいいってのか? ああ?

 間

平野:ああもう……! わかりましたよ!

酒井:さあ! 押せ!

N:平野は拳を握り締めると、防護ガラスを叩き破りながらスイッチを叩いた。
  深夜2時23分。周囲10キロ圏内に、戦闘警報が発令された。

平野:(頭を抱えて)ああ……やってしまった……。

酒井:平野臨時パトロール。

平野:な……なんですか?

酒井:例の男は、西之宮明人と名乗った……そうだったよな。

平野:はい。間違いなくーー

N:酒井はスーツのジャケットを脱ぎ始める。

平野:え? ちょっと!?

酒井:ほい!

N:酒井はジャケットを平野に向かって放り投げる。
  平野は慌ててそれを受け取ると、拳銃をホルスターから外し、装備の確認をしている酒井を呆然と見つめていた。

酒井:私のバッヂを預けるから、すぐにでも警察を動かせ。
   総員で、一軒一軒家を回って、避難するように声をかけろ。
   必ず、複数人で行動すること。

平野:いや! 僕にはこれ以上ーー

酒井:あのなぁ……! 君、男だろ!?

平野:違いますよ! そういう話じゃないんです!
   僕には務まらないっていう話で!

酒井:あんた以外に私は誰に頼ればいいわけ!

平野:聞いてくださいーー

酒井:時間がないんだってーー

平野:俺だって!

N:平野は机を叩いた。

平野:俺だって……! 自分にできることは、精一杯やろうって!
   こんなときだから、みんなの助けになれればって!
   そう考えて、この仕事……! やってたんです!
   でも……!

N:平野は、机に頭をつけて息を吐いた。

平野:でも! ほんと、俺、情けないんですよ!
   子供とかには偉そうにいってたんですよ……!
   絶対平和になるから、とか! いってたんですよ!
   本当はわかってないだけだった!
   超能力者とか! 戦争とか! どっか……!
   どっか遠い世界の出来事だって! そう、思ってたんですよ……!
   今日、初めて目の前で超能力者が現れて!
   酒井さんが、戦ってるのみて……! 俺……!

 間

平野:俺! 怖いんです! マジで!
   殺されるって! ほんと、思ったんです!
   認めます! 情けないって! だめなやつだって!
   みんなを助けたいのはやまやまなんですよ!
   でも! 今、外にでるのを想像するだけでもう!
   足が、震えるんですよ……!
   そしたら! 誰か助けるとか……! もうーー

酒井:平野。

平野:なんすか!

N:平野が顔を上げると、そこには、深々と頭を下げる酒井の姿があった。

平野:ーーえ? どうして……!
   そんな! 酒井さん! 頭を上げてください!

酒井:知っているんだよ。君が、怖いと思っていることも、私は。
   君は戦いとは無縁の、平和な世界で生きてきたのだから。
   君は恐怖を感じて当然なんだ。
   それは恥ずべきことでもなんでもない。
   むしろ、恥ずべきは私たちだ。
   総て、私たちの無能が招いた結果だ!
   この戦争も! この国の混沌も! 君の恐怖も!
   総て! 責任は、私たちにある!

N:酒井は唇を噛み締めてさらに頭を下げた。

酒井:大変、申し訳ございません!

平野:やめてください。

酒井:その上で! 君は我々の尻拭いのために、日々街を見回ってくれている!
   本来ならば、頭を下げただけでは払いきれない恩があるのもわかってる!
   それでも! 今、君の力を借りたいと思っている! 
   頼む! 今は頭を下げることしかできないが! 何度だって……!
   何度だって頭を下げるからーー

平野:もう、やめてください!

N:平野は酒井の肩を掴んで引き上げた。

平野:わかりました……!
   酒井さんの気持ち、わかりましたから。

 間

平野:(深呼吸)……確かに俺は、一般人で、正直いまも怖いです……。
   でも、そんな俺でもわかりますよ。
   酒井さんが頭下げること、ないです。
   だって現に、俺に恐怖に立ち向かう理由、くれたじゃないですか。

酒井:平野……。

平野:いただいた役目、俺、やらせてもらいます。

酒井:本当か……?

平野:はい。やらせて、ください。

酒井:(あっさりと)よっし。

平野:……え?

酒井:男に二言はないからな。頼んだぞ、平野!

N:酒井は平野の肩を叩くと、鼻歌交じりに装備を装着していく。
  平野は、口を開けたまま固まっていた。

平野:あ、え? 嘘、芝居、とか?

酒井:あん? 私を誰だと思ってんの?

N:酒井は平野に向かってウインクをした。。

酒井:こちとら警視だぜ? 芝居で頭が下げられるかっての。

平野:へ?

酒井:女(ヒロイン)に頭を下げられたんだ。せいぜい気張れよ、男(ヒーロー)なんだからな。


 ◆◇◆


N:公園のジャングルジムの上。
  加西は足をぶらつかせながら、警報の鳴り響くスピーカーに目を向けていた。

加西:(舌打ち)警報……? 以外と早い。
   (ブツブツと)計画が漏れた? 違う……イレギュラーだ。
   彼が直接……? だとしたら反応が遅い……目的よりも他人を優先……?
   若しくは第三者……否ーー

荒人:……よう。

N:公園の入り口に立つのは、長身の男ーー荒人。

加西:このタイミングで彼が来るなら、正解は第三者。
   ちゃんと、解けた。

荒人:あるもん探してるんだけど、お前、知ってる?

加西:あるもんって何かな。

荒人:お。近づいたらやっぱり。
   お前、血の匂いがすげえな。

加西:……犬?

荒人:それ、たまに言われる。

N:加西はジャングルジムの上で立ち上がった。

加西:本当にのこのこ出てくるなんて、本当にあれが欲しいんだね。

荒人:欲しいっつーか……まあ、そんなとこかな。

加西:ねえ、傭兵は一緒じゃないの。

荒人:あいにくとアイツらとはぐれちまってさ。
   絶賛迷子中。

加西:あーあ……死体があがったのに、知らないんだ。

荒人:お前、嘘下手な。
   アイツらがそう簡単に死ぬかっての。

N:荒人はパンダの玩具にまたがると、小刻みにバネを揺らした。

荒人:で。アレは? ここにあんの?

加西:ううん。埠頭でうちの船に引き渡すところ。
   あと43分後。

荒人:へえ、あっさり教えてくれるんだな。

加西:別に、私の仕事はあなたの始末だから。

荒人:なるほどね。

 間

荒人:で?

加西:で、って何?

荒人:他の連中は?

加西:私一人だよ。

N:加西はジャングルジムから飛び降りた。

加西:私の部隊は私一人。
   他の人はついてこれなくて死んじゃうから。

荒人:そっか。お前だけか。

加西:うん。

N:荒人は玩具から降りると首を回した。

荒人:じゃあ、やるか。

加西:ねえ。”鉄靴(ヴィーザル)”の荒人。

荒人:それ、流行ってんの? よく言われんだけど。

加西:私、あなたのこと、わりと好きだよ。

荒人:……無視かよ。

N:加西は無邪気な笑みを浮かべた。

加西:あなた、この戦争で何人の人間を殺した?

 間

荒人:お前今、なんつった……?

加西:強いんでしょ。強いひとは好き。
   だって、勝ったら褒めてもらえるもの。
   だからアナタと戦って、私は勝つの。

荒人:(ため息)押し付けんなよな。
   つーかお前さ……なんか勘違いしてない?

加西:……何?

荒人:言い分は、勝ったやつが通すもんだろ。

 間

加西:ふ、ふふふ……はははは!
   そう! そうだね! うん!
   私も、同感、かな。
   やっぱり、好きだよ。わりと。

 間

加西:(息を吸って)青の教団、戦闘部隊”いろは”一番隊隊長ーー

N:加西は袖元からコンバットナイフを取り出すと眼前に構えた。

加西:加西准。

荒人:……それ、名前?

加西:そう。私は、名乗るの。

荒人:そうか……。俺は荒人。
   ただの超能力者ーー荒人だ。


 ◆◇◆


N:酒井は、警報鳴り響く街の中、人を避けながら疾走する。

酒井:うずらぁ! どう!?

うずら:ヒットォ! 西之宮 明人。荒井 仁志(あらい ひとし)とアキナの間に産まれる。
    父、仁志は明人が5歳の頃に死別、以後母親の旧姓である西之宮性となりーー

酒井:追い立ちはすっ飛ばせっての! 特番じゃないんだから!

うずら:ぶー! じゃあどこを参照しろってのさ!

酒井:現在だよ、現在!

うずら:現在、該当情報なし。

酒井:ったく……! 機転きかせろっての! 最後の情報は?

うずら:西之宮コーポレーション第3研究所倒壊事件に巻き込まれ、行方不明……。
    ロレイン、ちょっとうざいー。

酒井:悪かった悪かった……!
   あー、第3研究所っていうとーーやっぱあいつが噛んでるかぁー……!

N:酒井は路地裏で立ち止まると、息を整えて頭を掻きむしった。

酒井:あーもう! なんで私からアイツに連絡しなきゃなんないんだっての!

うずら:やーいやーい。

酒井:うずら……電子メッセージを、機密モードで送信準備……。
   私の端末のロック解除するから……Dの85宛てで作って。

うずら:ほいほーい。本文プリーズ。

酒井:『生きてるか』

うずら:送信。

酒井:(煙草を咥える)くっそイライラする……!

うずら:返信。『お前から連絡してくるって言ったろ? 俺の勝ちだな、ローラ』

N:酒井は煙草の箱を握り潰した。

酒井:……ウゼェ……!

うずら:ねえ、次は? ローラ。

酒井:次それ言ったらマジで壊すからな。
   ……『あんたらの狙いは』

うずら:送信。

酒井:(煙を吐く)

うずら:返信。内容はーー


 ◆


キース:……この金が入ったらさ。

マリッサ:何?

N:埠頭のコンテナの上に、キースとマリッサと背中合わせで座っていた。

キース:国帰って、気味が悪い色したジャンクフードを山ほど食うんだ。

マリッサ:それ、なんか縁起悪い。

キース:俺もそんな気がしてた。

マリッサ:で、どうやって帰るの?

キース:ん? そりゃあ、国際支援船の船員に金握らして密航よ。

マリッサ:それ、なんか失敗しそう。

キース:俺もそんな気がする。

マリッサ:ほら……キースが変な話するから、来ちゃった。

N:二人の眼前には銃を構えた女警視ーー酒井ロレインが立っていた。

酒井:……手ェ挙げろ。ゲス共。

キース:お。いい女。

酒井:(舌打ち)今度はあっちの言葉で喋れっての? 厄日だわー。

マリッサ:あなた、喋れるひとなのね。

酒井:……あんたの未来の話。
   抱えてる、その”超常的物質(アンノウン)”は私が押収する。
   そのあと私にしこたま殴られて再起不能。
   独房で死ぬほど拷問受けてもらうんだけど、何か言い残すことは?

マリッサ:キース、鼻の下伸びてる。

キース:いやいや、この空気に当てられてるだけ。
    興奮すんだろ。

酒井:よーし、逮捕しちゃうぞ。

キース:俺のダンスはーーちと激しいぜ?


 ◆◇◆


N:土煙に覆われた公園が、ゆっくりとその姿を表す。
  遊具は破壊され、街頭はひしゃげ、地面には深い亀裂が刻まれている。
  まるで粘土細工のようにひしゃげたジャングルジムの足元で、加西は血だらけで蹲っていた。

加西:(血を吐き出す)カ、ハーー

N:その数メートル先で、荒人は折れ曲がった右手をさすりながら血の混じった唾を吐き出していた。

荒人:確かに力場は強えし、能力も今まで戦った電磁系の中じゃダントツだった。

加西:……嫌だ……。

荒人:身のこなしも、暗殺集団のトップ名乗るだけはあるな。
   おかげで右腕は折れるわ、足は斬られるわ。

加西:(泣きじゃくって)嫌だ……! やだ、やだ、やだ、やだ、やだ……!

荒人:だけど、お前。俺より弱いよ。ドンマイ。

加西:やだー! 絶対ぜったいゼッタイやだ!

荒人:加西 准。お前の負けだ。

加西:あ。

N:加西は荒人のいる方へと、地面を這いずっていく。

加西:違う。負けて、ない。

荒人:負けだ。

加西:負けて、ないもん!

荒人:……そうか、お前。そういうタイプか。

N:荒人は冷たい眼差しで、足元の加西を見下ろすと、少女の小さな頭を掴んで力任せに持ち上げた。

加西:ぐ。

荒人:お前、強いんだもんな。

加西:……そう、わたしは、つよいもん。

荒人:そういやぁ、そうだった。
   強いやつってのはーー

N:荒人は凶悪な笑みを浮かべた。

荒人:ーー殺さなきゃ負けを認めねえんだった。

加西:あ、う……。

N:荒人は加西の頭を持つ手に力を込めた。

荒人:じゃあーー死ね。

加西:あ、ああがががーー

N:加西の瞳が恐怖と涙で濡れる。
  荒人はその瞳を真っ直ぐに見つめたまま、力場を収束していく。

加西:あ、ひ、いや。いや! いや! いやあああ!

荒人:どうした。強いんだろ。負けてねえんだろ。

加西:いやああ! 死んだらぁ、負けちゃうぅ!

荒人:いったろ。言い分は通すもんだ。
   お前にはその力がなかったんだよ。

加西:やだやだやだ!

N:加西は傷だらけの腕で荒人の髪を触った。

加西:死にたく、ないよう……!

 間

N:荒人は、ため息をつくと加西の頭から手を離した。

荒人:ようやく言ったか……このガキ。

加西:……え、なん、で。

荒人:いったろ。勝った方が言い分を通すもんだって。
   いっつつ……ほんっと、お前容赦なさすぎ……。

N:荒人は地面に座り込むと、足の傷の具合を確かめる。
  加西は呆気にとられた表情でその様子を眺めていた。

加西:どうして、殺さないの。

荒人:ん? ……んー。

N:荒人は敗れた服の布地で足を縛ると、ゆっくり立ち上がった。

荒人:それが俺の通したかった言い分ってやつだから、だな。

加西:言い分、って。

荒人:俺が何人殺したかって、聴いたよな。
   俺は、ひとり。
   ーーひとり、殺した。

加西:一人、だけ? ”鉄靴(ヴィーザル)”なのに?

荒人:だからそれなに? どっかの掲示板にスレッドでも立ってんの?

N:荒人はふっと息を吐くと、懐かしむように空を見上げた。

荒人:……俺が殺してしまったそいつはさ、俺の家族みたいなもんだったんだよ。
   それだって、一人で背負うには重すぎて、友達と……殺しちまったそいつ自身の肩を借りてようやく立ってるもんだからさ。
   これ以上は、俺のちっぽけな背中じゃ背負いきれねえんだよ。
  
N:荒人は苦笑まじりに頬をかいた。

荒人:だからーー俺は、殺さない。それが、俺の言い分だ。

N:加西は、そんな荒人の顔を、眩しそうに眺めた。

加西:弱いね、荒人。

荒人:ああ。俺は弱い。だからこそ、俺は負けるわけにはいかねえんだ。

N:荒人は加西に歩み寄ると、頭を軽く小突いた。

加西:いた……!

荒人:ほんとはな。お前は、今すぐにでも地獄行きなんだぜ。
   ただ、俺みたいなやつが説教したって意味ないからさ。

N:荒人は、公園の入り口に立っている男を見た。

荒人:後は頼むぜ、平野さん。

N:男、平野が何かを言う前に、『ドン』と重い鉄靴(てつぐつ)が地面を踏みしめるような音が響いた。
  次の瞬間、公園に荒人の姿はなく、そこには地面で倒れ伏している加西と、それを呆然と眺める平野がいるだけだった。


 ◆◇◆


N:酒井は煙草を吸いながら足元でバラバラになっているものを見下ろしていた。

酒井:(煙を吐いて)ほんっと、後味悪いんだわ。

マリッサ:ふふ。おかしいわね、キース。あの女の人ったら、戦いの途中で煙草なんて吸っちゃって。

マリッサ:(キースの口調で)ったく、これだから煙草を吸う女はセクシーなんだよな。

マリッサ:キース、また鼻の下が伸びてる。

マリッサ:(キースの口調で)こればっかりはしょうがないだろ。俺は雄牛なんだからな。

マリッサ:それ、わからない。

酒井:……リアルな人形を力場で操る能力、か。
   大人しく真っ当な仕事についてりゃ良かったっつーのに。

N:酒井は元々は『キースだった』人形の腕を靴先で蹴飛ばすと、インカムを耳につけ直した。
  マリッサは酒井の方を見ることもなく、地面に座り込んだまま、虚空を見つめて呟き続けていた。

酒井:うずら。戦闘終了。生きてる無線にこっちに人員を寄越すようにいってくれ。
   能力者1名捕縛。能力者用の檻を持ってこいってな。

N:インカムを外した酒井は、マリッサに歩み寄ると後ろ手に手錠をかける。

酒井:お前には黙秘権もクソもない。
   せいぜいブタ箱でお人形さんとよろしく暮らせ。

N:酒井はマリッサを地面へ蹴り倒すと、コンテナの上に置かれたままのアタッシュケースに歩み寄った。

酒井:さぁて……。

N:アタッシュケースを力づくで開くと、そこにはーー

酒井:何もない、ね。

N:酒井はため息をつくと、アタッシュケースを放り投げた。

酒井:みたいだぞ。クソガキ。

N:そしてコンテナの脇に目を向けると、そこには傷だらけの荒人が立っていた。

荒人:そっか、なかったか。

酒井:さっき会った時より随分いい格好になってんじゃない。

N:酒井は煙草を咥えて火をつけた。

酒井:(煙を吐いて)あんたが鉄靴(てつぐつ)だとはね。

荒人:それ、やめてくんない。刑事さん。

酒井:ハッ! 『速水の残党(テロリスト)』の名前なんて呼ぶもんかよ。
   ……お前ら、好き勝手やりすぎなんだよ。マジで潰すぞ。

荒人:かぁー……手厳しいな。

酒井:ボス猿が死んで統制がとれなくなった猿どもに優しくするギリはないっての。
   ……特に巨大猿はどうなってる。あいつ、死ぬぞ?

荒人:……新一郎さんのことは、俺も知ってるよ。

酒井:だったらすぐにでもなんとかしな。
   (煙を吐いて)でないと……あのボス猿が浮かばれない。
   速水のことは気に食わなかったけどね、少なくとも今のお前達に速水の覚悟を背負う価値はない。
   ついでにいやぁ、私は今この瞬間だって速水に手を貸したことを後悔してるんだぜ?

荒人:ああ……わかった。

酒井:簡単にわかるなクソガキ。生意気なんだよ。
   ……それで、あんたらの追ってた『超常的物質(アンノウン)』についてだけど。

荒人:『レーベル』

酒井:どういう代物だ。

荒人:……人工的に超能力者を作りだせるんだ。
   俺の母親が研究してた。

酒井:手に入れて、どうするつもりだったわけ。

N:荒人は空のケースを見つめて、肩をすくめた。

荒人:……殺す、つもりだった。

酒井:ふぅん……殺す、ね。

N:酒井は煙草を揉み消す。

酒井:だが、ここにはなかった。
   ……そのレーベルとやらはいくつあるわけ。

荒人:いや。俺が壊したものとーーっつーか……他にいくつもあるのは知らなかったし。
   何個あんのかもわかんねえけど……。

酒井:お前ら……それで素直に信じてのこのこ現れたわけ?
   バカ?

荒人:本物かもしれないだろ!

酒井:存在もしないもん追いかけてたクセしてなにいってんだ。
   っていうか、なんだよ簡単な話じゃん……しかもくだらない。

荒人:……何が?

酒井:今回の一連の出来事は、お前を狙い撃ちした罠だった、ってこと。

荒人:俺を……そっか、それであいつ……。
   ーーあ。やっば! 警察の増援じゃん!
   あのさ! 東の坂の上の公園で、能力者のガキ、寝てるから!
   平野ってやつが一緒にいる!

酒井:平野? あ、おい! 待てコラ!

N:暗闇に紛れようとする荒人に、酒井は煙草の箱を投げつけた。

酒井:おい。

荒人:な、何?

酒井:次会うときは、その銘柄の煙草。3カートンは用意してこい。

荒人:……俺、金ない。

酒井:捕まりたいのかな?

荒人:わかった! じゃあ、またな!

N:荒人がコンテナの影へ消えていくのを確認すると、酒井はブツブツと呟いているマリッサに歩み寄った。

酒井:さてさて……端末の中にあったスケジュールの予定時刻から20分後……。
   いまだ船は現れず……。
   やっぱり、あんた、ハメられたね。最初から捨て駒だったわけだ。

マリッサ:やっぱりそうよ。いつだって苦労するんだから。

マリッサ:(キースの口調で)まあ、そんなこったろうと思ったけどな。

マリッサ:わかってからそういうの、ずるいわ。キース。

酒井:同情はしないよ。選んだのは自分だからね。
   ただ……憐れみはする。人形は自分自身だって、知らなかったんだろ……?
   (警官達に)とっとと檻の準備! あと、私がいう住所に増援を送れーー

 間

マリッサ:ねえ、キース。この戦いが終わったらどうする予定だった?

マリッサ:(キースの口調で)とりあえずカジノでストリップーーってのは置いといて、ちゃんとしたピザが食いてえな。

マリッサ:意外と欲がないのね。

マリッサ:(キースの口調で)そういうマリッサはどうなんだよ。

マリッサ:私はまず、家族に会いたいわ。もう随分ながいこと合ってないもの。

マリッサ:(キースの口調で)しかし、戦争ってのは嫌だね。
     ……おい、なんだよその顔は。

マリッサ:「何言ってるの?」、の顔。

マリッサ:ふふ……ふふふ……ふふふふ……。


 ◆◇◆


加西:ねえ。

平野:なにかな。

加西:私、超能力者だよ。

平野:そうなんだ。

加西:私、たくさん人を殺すんだ。
   褒めてもらえるから。

平野:そうか。

 間

平野:俺さ。やっぱり思うよ。

 間

平野:みんな仲良くなれればいいなって。

加西:……そんなの無理に決まってるじゃん。

平野:かもしれないけど、そうじゃないかもしれない。

加西:何それ。

平野:決まってることなんて、ないんだからさ。

 間

加西:私ね、負けちゃった。

平野:そっか。

 間

平野:頑張ったね。

 間

加西:(涙が溢れる)それ、やだ。
   褒められてるのに、痛いよ。
   すごく、やだ。

平野:そっか。

加西:へんなの……。
   今日はね、喋り過ぎちゃった……。

平野:ああ、俺もーー

N:無数のサイレンが公園へと近づく中、2人の間を流れる時間は驚くほどに穏やかだった。
  日の出が近づく早朝の港湾の空は、群青。








パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォー@』
「港湾の群青」 了


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