パラノーマンズ・ブギーD
『ケチャップ色の世界』
作者:domino



棗(なつめ)/伝馬 ヨミ(てんま よみ):(過去は13歳)16歳。女性。本名、伝馬ヨミ。レム能力世界に捕らわれている。

レム:16歳。女性の見た目をしているけど、本当は小学生男子。

木元 佳祐(きもと けいすけ):外見年齢27歳。見た目はヘタレ、しかしその正体はーーゾンビーマン!

キリコ:30歳。クールビューティなナースさん。黒タイツが好き。

花宮 春日(はなみや はるひ):26歳。女性。速見興信所所属の超能力者。泣き虫。

速見 賢一(はやみ けんいち):(過去は39歳)42歳。速見興信所所長にして、陰陽師。足臭い。

大藤 一(だいとう はじめ):30歳。速見興信所職員にして、青の使徒。その仮面はいくつあるのか。

伝馬 シン(てんま しん):(過去は16歳)19歳。女性。時代錯誤の和装美女。えっちなのはいけないと思います。

伝馬 セイ(てんま せい):(過去は24歳)27歳。男性。嗚呼、彼の愛はどこへ行く。



安藤 麗奈(あんどう れな):レムが能力世界で作り出したアバター。そっくりだけど偽もの。レムは麗奈の姿をしている。

コメンテイター:テレビ番組の出演者。ナレーションと被り役。

教団員:青の教団員。ナレーションと被り役。

伝馬側近:伝馬一族の武闘派。ナレーションと被り役。



※必読※パラノーマンズ・ブギーDにおける世界線についての説明

【木元佳佑のいる赤い月の世界】
パラノーマンズ・ブギーC「あるいは」の後の正当な時間軸

【棗とレムのいる能力世界】
パラノーマンズ・ブギーA「幸運少女」の後から、C「あるいは」までの時間軸

【速見と伝馬一族の世界】
パラノーマンズ・ブギー@よりも遡ること3年前の時間軸






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 ◆◇◆


N:ある男は、世界をオムライスに例えてみせた。
  多くの人間は、オムライスの表面にケチャップで描かれている。
  しかし、誰かがスプーンを差し込んだ時、ケチャップは引き裂かれ、そしてーー
  そこから出て来たのがなんだったとしても、もう中には戻せない。

木元:オムライスの話……どこで聞いたんでしたっけ……。

N:男は頭上を見上げる。
  街を見下ろす月は、治りかけたカサブタを剥がしたときのように、
  どす黒い赤色の光を発していた。

木元:そんでもって……俺は一体どうしてこんなことしてるんでしたっけ。

N:男は、目深に黒いニット棒をかぶった。
  そして、灰色のパーカーの襟から覗く、きつく巻かれた包帯を何度も叩いた。

木元:別に、俺がやらなきゃいけないようなことじゃないと思うんすけど。
   いや、マジで。普通に考えたらこんなことするの異常者の類いじゃないっすか。
   それでもーー

N:眼下、雑居ビルの裏手の広場で、悲鳴が上がった。
  囲まれているのは2人の女性。それを取り囲む、赤いヘルメットをかぶった悪漢、数名。
  男はもう一度深呼吸すると、屈伸をする。

木元:絶対に、放っておけないことだけは確かなんすよね。

N:男は建物から飛び立った。

木元:待て待て待てえええ! 俺が相手だっつぅんですよぉ!

N:総ての物事は夢現(ゆめうつつ)のように儚い。
  ある一瞬、それらの夢から覚めた男はこういったそうだ。
  「時に世界は、ケチャップ色に観える」と。



 ◆◇◆


【「幸運少女」の後】

N:少女ーー棗はゆっくりと目を開いた。
  そこは、牢獄。石壁に囲まれ、息の詰まる牢獄の中にいて尚、少女の瞳は強い意志を宿していた。

麗奈:棗ちゃん……。

棗:……ああ、聞こえてるよ。麗奈。

N:棗は横に座る友人の少女ーー麗奈に軽く手をあげた。

麗奈:うん……。

棗:何分くらい経った?

麗奈:えっと……ずっと数えてたけど、多分……30分、ピッタリ。

棗:(伸びをする)そうか。

麗奈:あのさ、ここって、どこなのかな。

棗:さあな……場所って意味じゃどこにあるかはわからないけど。
  でも俺らの計画とは違うことは確かだ。

麗奈:……そうだね。

 間

麗奈:もう丸一日、だね。

棗:……ああ。
  腹、減ってるか?

麗奈:え? ううん。私ほら、少食だから。
   棗ちゃんは?

棗:いや、俺も大丈夫だ。

 間

麗奈:あのさ……。

棗:ん?

麗奈:ありがとうね。棗ちゃん。

棗:……なんだよ、今更。

麗奈:だって、ほら……うん……。

 間

麗奈:私、生きてる、から。

 間

棗:どうだかな。

麗奈:え?

棗:例えばの話だけどさ。
  オマエが本物の麗奈なのか……とかな。

麗奈:ちょ、棗ちゃん!?

N:棗は麗奈の腕を掴むと、目を見開いた。
  瞳が色を失って行くと、棗の持つ超能力「サイコメトリー」が発動した。

棗:ホラ、な?

N:麗奈は一瞬身動ぎすると、苦悶の表情を浮かべた。
  そして、その身体は宙に溶けるように消えていく。

棗:夢にしちゃあちょっと悪趣味だよなあ。

N:牢屋の外から麗奈の笑い声が響いた。
  いやーーそれは麗奈の姿形をしていたが、棗はその中身が別人であることに気づいていた。

麗奈:えっと、いつから気づいていたんですか?

棗:それ、聞く意味あるか?

麗奈:ほら、一応私も自信あったんで。
   後学のためにといいますか。

棗:つーか、気づかないと思ってんのかよ。
  こんな場所まで用意しといて。

麗奈:この場所?
ああ……ここ、貴女の知ってる場所なんですもんね。

棗:へえ……なるほどな。

麗奈:アレ……? なんか私、マズった……?

棗:それに気づく程度には頭が回るようで安心したぜ。
  ……大体、ここがどこなのかは理解できた。

麗奈:あ、アハハ……そういえば注意しろって言われてましたね。
   貴女の推理力ってやつには。

棗:ここが現実なのかどうかってのは最初から疑わしいところだったが……ハッキリしたよ。
  俺は今、オマエの精神感応系の能力で意識を奪われている。
  そして、その能力で精神ごと牢獄に閉じ込められてるってところか。

麗奈:うわ……えげつないですね……もうちょっと人を立てましょうよ。

棗:そしてここは俺の記憶の中を元にデザインされた空間、そうだろ。

麗奈:……正解。ここを作ったキーワードは『牢獄』
   貴女の心の中にある世界……。
   (吹き出して)でも、私も初めてですよ。
   ここまでリアリティのある牢獄は、ね。

棗:まず単純に考えて……俺たちの作戦は失敗……いや、お前らにしてやられたわけだな。
  お前らはずっと麗奈のことを狙っていた。
  そして、公安特務の作戦に合わせて麗奈を手に入れようと考えたわけだがーー俺達が介入。
  過程は変わったが、結果的にお前らは麗奈を手に入れることができたわけだ。
  俺を殺さずに手間をかけてここに閉じ込めているのは、麗奈に対する抑止力としてか……。
  まあ、そんなところだろ。

麗奈:……ノーコメントで。

N:棗は思案顔で牢屋の中を歩き回った。
  そして、ふと地面をつま先でこすりつける。

棗:ふぅん……。

麗奈:また、何か?

棗:いや、別に。あんたの能力がどれくらい正確なのか測ってたとこ。

麗奈:……ほんと、嫌な人ですこと。

棗:まあ、いいや。それであんたーーいつまでも『あんた』ってのも味気ないな……。
  そうだな。レム、なんてどうだ?

レム:(吹き出して)レム睡眠、ですか……?
   いいですねえ! 可愛いー! 今度からそう名乗りますよ。

棗:それじゃあ、レム。……交渉、といこうか

 間

レム:交渉、ですか。

N:棗は、麗奈に歩み寄りながら指を動かした。

棗:ある程度の行動ーーいや、この場合は思考が、許されてるのはわかった。
  というより、この自由こそレムが長時間能力を使う上での限界なんだろ。
  ガチガチに俺を縛り続けるには、能力が足りない。

レム:それは痛いところはどうも……。
   けど、勘違いしちゃあいけませんよ。
   だからといって、貴女が自力でここを抜け出すことはできない。
   私はいつでも貴女を拘束の力はありますから。

棗:……ハッタリじゃなさそうだな。

レム:それで、交渉、とは?

棗:そりゃ、レムの本来の仕事に関係してる。

レム:本来の……?

棗:とぼけなくていいって。レムの本職は、情報収集、だろ。

 間

レム:……相手の夢の中に入ることで、相手の過去や、隠された真実を暴く諜報員。
   それが、私です。

棗:話が早くて助かるわ。その調子で頼むぜ。

レム:たった数分ですけど、貴女相手に隠し事をしたところで無駄だと悟りましたから。
   ……それで、私になんの交渉を持ちかけようと?

棗:私の過去を、見せてやるって言ったら。

レム:……へえ。

N:レムは、興味深そうに唇を舐めた。

レム:面白いですねえ。



 ◆◇◆



N:あり得ないことが起きた夜からしばらく、つつがなき日常に影が差していることに気づいたものは少ない。
  だが確かに、日常は侵食されていた。

木元:……あー、ダリィっすわ。

N:木元佳祐は、血の混じった唾を吐き出すと壁に寄りかかった。

木元:でもまぁ……上等じゃないっすかね。

N:木元の周囲には8人の男性が倒れていた。
  全員が一様に赤いヘルメットのようなものを被っているのがなんとも異様な光景であった。

キリコ:……貴方、病気ですね。

木元:え?

キリコ:木元佳祐さん。

N:木元に声をかけたのは、呆れたような顔をした女性だった。
  女性は、両手に抱えたスーパーの袋を揺すると、木元に押し付けた。

木元:うわ。ちょっ、キリコさん!?

キリコ:重いので、持ってください。

木元:そりゃ、いいっすけど……。
   色々と、感想、それだけっすか?

キリコ:つまり。言及してほしいんですか?

木元:いや! そういうわけじゃ、ないっすけど……。

 間

キリコ:(ため息)……どうして、抜け出したりしたんですか。
    部屋で、おとなしくしていなさいっていいましたよね。

木本:あ、ああ……いや、そうしようと思ったんすけど。
   聴こえたんすよ……悲鳴が。
   そしたら、身体が勝手に動いちまったもんで。

キリコ:……二度と私のいうことを無視して独断で動かないこと。
    怪我人がおとなしく療養しないことが、どれだけ私をバカにする行為か、考えてください。
    それに、ただ怪我人以上に貴方は、記憶も失っているんですから。
    それこそバカの3乗くらいイラつくので。

木本:はい……肝に銘じるっす。

N:木元は首を捻りながら女性ーーキリコの後を追った。

キリコ:……『レッド・トルーパー』

木元:え?

キリコ:さっき貴方が倒した相手は、『レッド・トルーパー』と名乗っています。
    所謂、カラーギャングと呼ばれる類のものです。

木元:カラーギャング、ね。
   ……昔から有名ってわけじゃないっすよね。

キリコ:ええ。ここ最近、そこかしこでああいう輩が現れているみたいですね。

N:木本は少し考え込んだ後、街の様子をじっくりと眺めていた。

木本:『赤い月』っすか。

キリコ:都市伝説という人もいます。

木本:キリコさんは、どう思ってるんすか。

キリコ:信じてますよ。赤い月の噂。

N:キリコは自分の首を軽く撫でると、夜空を見上げた。

キリコ:あの赤い月は破滅の象徴。
    赤い光を浴びていると、人の心の中にある欲望が刺激されーー
    多くの人間を犯罪行為へと駆り立てる。
    ……いかにもありそうな話じゃないですか。

 間

木元:それだけっすか。

キリコ:それだけ、とは。

木元:もう一つ、噂、あるんすよ。

キリコ:そっちは知りませんね。

木元:本当に? テレビ番組を含めて、今日だけで三回耳にしたんすけどね。
   ……超能力者と呼ばれる超常現象を操る者達が、人知れず戦争をはじめたって。

 間

キリコ:知りませんね。そんな噂。

木元:の、わりには落ち着いてるじゃないっすか。

キリコ:もともと、感情が表にでるほうではないので。

木元:……俺の怪我、ありえないほどの大怪我だったんすよね。

キリコ:ええ。そうでした。間違いなく。

木元:どうして助かったんすか。

キリコ:それは、田島先生が名医だからです。

木元:そういうことじぇねえっすよ!

N:アーケード歩く市民達からの視線を受けて、木元はバツが悪そうに目を伏せた。
  キリコは苛ついたように息を吐くと、木元に向き直った。

木元:すみません、怒鳴るつもりじゃーー

キリコ:さっきも言いましたよね。
    貴方は、死んでいてもおかしくなかった。
    ……いえ。死んだも同然の状態でした。
    街のギャングと喧嘩をする程度なら、今回まで目を瞑ります。
    ですが、今はそれ以上のことは許しません。
    これは、貴方の命を助けた人間からの、列記とした命令です。
    破るのならそれまで。
    ーー私は生涯、貴方を軽蔑します。

木元:わかります。でもーー

キリコ:知っていることは、いずれ話します。
    一つ言えることは、私達はあなたを助けたという事実。
    そんな私達の思いを踏みにじる覚悟があるというなら、
    どうぞ、あのギャング団のように私を殴りつけてください。

木元:……いえ、もう、いいっす。
   すみませんでした。

N:それきり会話は途絶えたまま、2人は商店街を歩いていった。
  やがて、とあるマンションに着くと、2人はエレベータを上がり、部屋の扉を開けた。
  簡素な作りの、清潔な部屋であった。
  キリコは慣れた手つきでコートをかけると、木本の手からスーパーの袋を受け取った。

キリコ:そうでした。

木本:はい。なんすか。

キリコ:窓から出るのは、やめてください。
    迷惑です。

N:キリコは不機嫌そうにスーパーの袋から荷物を取り出すと、冷蔵庫に放り込んでいく。
  木本は所在なさげに立ち尽くしていたが、やがて恐る恐るソファに座るのだった。

木本:あのー……お手伝いすることとかはーー

キリコ:ありません。

木本:さいですか……。

キリコ:しいていうなら。

木本:はい?

キリコ:休んでいてください。黙って。

木本:……はぁい……。

N:しばらくすると、キリコが料理をする音だけが部屋に響いていた。


 ◆◇◆


N:棗は目の前に現れた白い扉を、胡散臭そうに見つめていた。

棗:おいレム。

レム:なんですかぁ?

棗:記憶の扉っつーから身構えていたら、随分とファンシーじゃねえの……。

レム:いやぁ。普段人に見せることなんてないんで……趣味丸出しっていうか。

棗:別に趣味を否定するわけじゃないが……ギャップがひどいな。

レム:いやぁ……はっはっは。
   見た目はともかくとして、中は保証しますよ。

棗:……契約は、成立ってこったな。

レム:ええ。『あの』伝馬一族の秘密を知れるなら、
   あなたをある程度自由にすることなんて安いものです。

棗:(鼻で笑って)吐いた唾は、のめねえからな……。

N:棗は勢いよくその扉を開いた。


 ◆


 【伝馬ヨミ・過去の記憶】

N:その土地の場所を知るものは多い。
  静岡県、某郡において、その名前はまるで一国の主であるかのようにーー
  否、ある種の神であるかのような意味を持っていた。
  静岡県は山の中腹に、膨大な敷地でもって佇む屋敷こそ、
  古くから変わることのない尊敬と畏怖の象徴。
  豪族『伝馬』一族の土地であった。
  そんな伝馬の土地からさらに山に入ってしばらく。
  洞窟の中に作られた牢屋があった。

ヨミ:ひとーつ、ふたーつ、みっつーー

N:少女ーー伝馬ヨミは、薄暗い牢屋の中、足元おいた木の棒をまたぎながら上機嫌で数を数えていた。

ヨミ:よっつ、いつつー、むっつーー

N:時折バランスを崩しながら、だんだんと大きくなる木の棒をまたいで行く。

ヨミ:ななつー、やっ。

N:八つ目の棒を、誰かが蹴飛ばした。

ヨミ:や、っつ。

速見:(笑って)何してンだ。ちっこいの。

ヨミ:ケンイチッ!

速見:おう。久しぶりだな。

N:速見賢一は、無精髭を片手で撫でながら、逆の手で乱暴にヨミの頭をかきむしった。

ヨミ:い、ってーな! やめろよな!

速見:ンだぁ? お前、その喋り方なンだよ。

ヨミ:……別に。

速見:お前なあ……生意気な若手女優みたいなこといわねェで答えやがれよ。

ヨミ:別に! いいだろ! 俺がどんな喋りかたしたってよぉ!

 間

ヨミ:文句、ねえだろ。

速見:……ひょっとしてそれ、俺の真似か?


ヨミ:……別に。

速見:(吹き出して)おーおー! そうかそうか! 可愛いとこあるじゃねえかよ。
   抱っこしてやるから、こい!

ヨミ:うるせえ! この変態ロリコンじじい! 近づくんじゃねえ!

速見:……お前、いっつもここにいンだろ?
   どこでそんな言葉覚えんだ?

ヨミ:別に……。外の様子とか、視たりしてるだけだよ。

速見:へえ……随分使いこなせるようになったってわけだ。
   やるねえー。
   だが、その話し方は辞めとけ。

ヨミ:……マネしちゃ、ダメなの?

速見:そうじゃねえよ。それは、もっと虚勢張らなきゃいけないときにとっとけ。
   勇気を出さなきゃいけねえときとか、相手を威嚇するときとかにな。
   こう……舐めんじゃねえ! ってな。

ヨミ:(笑って)うん。そうする。

N:ヨミはしゃがみ込むと、木の棒を遠くに放った。

ヨミ:使いこなせって賢一は言うけどさ。
   ……この力の所為で、私、みんなに嫌われているもの。

速見:……嫌われてるっつーか。まあ、な。

N:速見はヨミの隣にしゃがみ込んだ。

速見:伝馬って一族はそういうもんなンだ。

ヨミ:そういうもんって……?

速見:だが家族っつーのはーー(鼻で笑って)いや、俺が家族を語るのもおかしいか。

 間

ヨミ:賢一には、家族はいるの?

速見:ん? ああ、いるぜ。数年前に急にできた息子が1人。

ヨミ:そうなんだ。

速見:すっげえ生意気でよぉ、これが手に負えねえンだわ。
   情けない話、俺よりよっぽど頭がいいもンでよ。
   1注意したら100返してくるようなやつだ。

ヨミ:ふぅん……。
   仲、良いんだね。

速見:どうだかな。……悪くはないだろうが。
   あー、そういうことがいいたいじゃなくってだな。
   お前は、頭がいい。俺の息子に似てる。

ヨミ:褒められてる気がしないよ。それ。

速見:すげえ大変だぜ。お前らみたいなガキはよぉ。
   誤解されるは、気味悪がられるはーー
   とかく人間は受け入れられないもんは排除しようなんて考える。

ヨミ:それは、わかるよ。

速見:それが、一番辛いところさ。
   お前は、受け入れちまってる。
   受け入れられないことを、なァ。

ヨミ:じゃあ、どうしたらいいっていうのさ。

N:速見は口元を意地悪げに歪めると、右手の中指を立ててみせた。

速見:徹底的に、考えろ。
   策を練れ。
   喰われたくなけりゃあな。

ヨミ:喰われ、る?

速見:例えば俺は今日、何故ここにいると思う?

ヨミ:なんでって……想像もつかないよ。

速見:お前を殺そうとしているとしたら。

ヨミ:え?

速見:お前は黙って俺に殺されるンか?

 間

ヨミ:う、そだよね?

速見:嘘とする根拠は? なんだ?
   そもそも、俺が伝馬に来る理由がなんだか、わからねえわけじゃねえだろ。

N:怯えるように後ずさりするヨミの腕を掴むと、速見はその手を自らの胸に近づけた。

速見:ヨミ。使え。能力を。

ヨミ:アッ……!

N:ヨミは超能力を発動した。力場のみを見通す漆黒の瞳が、速見の中の記憶を絡め取っていく。
  ヨミは観た。自らの親戚と、兄姉達が死に物狂いで異形の怪物に立ち向かう姿を。
  そして、その中心で祝詞を奏で、華麗に舞う、速見の姿を。
  速見の結界に飲み込まれていく、異形を。

ヨミ:(息切れ)ハァッ……ハァ……!

速見:そうだ。お前は観ることができる。
   その力は必ずお前を救う。

ヨミ:……賢一……私は、鬼なんかじゃーー

N:速見はヨミの口を塞いで、笑った。

速見:(笑う)ったりめえだろ。
   俺が、お前をここから連れ出してやる。


 ◆


レム:これは……速見、賢一。本当に……。

棗:思った通りだ。

レム:な、何が?

棗:……思い出せない記憶があったからな。
  レムの力を使えばこうして呼びだせる。

レム:あなた……どこまで私を利用してーー

棗:いま観たばっかりだろ。賢一が言ったこと、金言だぜ?
  お前も、考えろ。俺を利用するって決めたんだろ?
  レムさんよぉ。

レム:……ええ。そうですね。
   私も、この目で速見賢一を観ることができて興奮していますよ。
   超能力者専門の興信所なんてものをやっているにも関わらず、
   政府すら頭の上がらない国宝級の要人。
   『陰陽師(おんみょうじ)』速見賢一……。

N:棗は不敵な笑みを浮かべて腕を組んでいた。

棗:なあに……驚くのはまだ早い。
  じっくり楽しんだってバチはあたらねえさ。

レム:楽しむ、ですか。ゾッとしますね。

N:棗は躊躇なく次の扉を開いた。


 ◆


 【伝馬ヨミ・過去の記憶】

N:伝馬邸の中庭は、それはそれは美しい日本庭園であった。
  他者の介入を好まない伝馬一族だが、腕のいい庭師だけは、何代にも渡って庭を任せている。
  そんな庭のなかに合って、一際存在感を放つのは、吹きさらしのけいこ場であった。
  賢一は刀を逆手に構えると、目の前の少女の振るう斬撃をいなしていた。

速見:わかりやっすいンだよなあ。

シン:あはは! 何がぁ?

速見:お前らの剣筋は、わかりやすいっつってンだよ。

シン:おもしろーい!

N:少女ーー伝馬シンは自分の身の丈を大きく超えている大太刀を軽々と振るった。

速見:ほい、隙有り。

N:大きく飛び上がったシンの着物の帯を、速見の刀が切り落とした。

シン:もう……本当に強いんだから。速見のおじさまったら。
   燃えてきちゃいますわぁ!

速見:は? おいおい! ちょっと待て!
   シン! お前、素っ裸だって!

シン:そんなことでまっちませーん! あはは!

セイ:シン。

N:再び飛び込もうとしたシンに、和服がかけられた。

シン:(服をかぶって)わぷっ!
   ……ちょっとぉ! お兄様ったら、良いところだったのにぃ!

N:伝馬セイは、美しく整った顔に笑みを浮かべて立っていた。
  中性的な美しい身体に誂えたような、白い鞘に収まった長刀が良く映えていた。

セイ:お前はもう少し慎みを覚えなさい。

シン:そんな些細なこと、戦場では関係ないとお兄様がいってらっしゃるじゃないのよぉ!

セイ:お客様にお前の醜い身体を晒すなと言っているんだ。
   わからないのか。

シン:……はぁい。もうしわけありませんでしたぁ。

N:シンは渋々といった様子で着物を着直した。
  速見はその姿をまじまじと見つめていた。

セイ:……速見様?

速見:ん? ああ、悪い悪い。
   しっかし……シンは発育がいいというか、なんというかーー

シン:ね? 速見のおじさまもそう思うでしょお?
   この間もねぇ、ここの庭師にねぇ見せてあげたのよお?
   そうしたら私に懸想したみたいでね……おもしろかったぁ……。

速見:お前……とンでもない女に育ちつつあるな。

シン:興味、ありますぅ?

N:セイは不機嫌そうに手を叩いた。

セイ:速見様!

速見:ああ、悪いなセイ。

セイ:……いえ。ですが、異界の門もいずれとして開いたまま。
   もう数日のうちは封印に協力していただくことになる手前、
   今の内にのんびりしていただくことこそ私達の最も望むところではございますが……。
   不肖の妹に手合わせに付き合わされていると聞いてどれほどの思いだったか。

速見:別にシンとの稽古くらい、俺にとっちゃ屁でもないんだがなぁ。

シン:屁? おじさま、屁ってなにかしらぁ?

速見:んぁ? ケツのアクビだよ。

セイ:……今朝の討伐から未だに、湯汲みさえ行っていない様子。
   今ならば一族のものもおりませんし、足を伸ばしていただけるはずです。
   よろしければ、その……僕がお手伝いさせていただきますので。
   いかがでしょうか。

速見:おぉ、そうか。
   ここは辺鄙なとこだが、風呂だけは広くていいんだよなぁ……。
   行くかあ。

N:速見は欠伸混じりに屋敷へ向かって歩く。

シン:お兄様ばっかりずるい! 私もご一緒するわ!

セイ:シン。

N:セイは冷たい瞳でシンを制した。

セイ:お前……殺してやろうか。

シン:……それって、稽古のお誘いなの? おにいさま。

セイ:お前のその下品な身体のパーツを、臭い体臭もろとも切り刻んでしまいたい。

シン:ねえ……知ってた? お兄様。
   そういった感情を、嫉妬っていうんですってよーー

N:次の瞬間、セイの超速の抜刀術がシンを襲った。
  音すらも置き去りにする斬撃を、シンは何とか身を捻ってかわしたーーかに見えた。

シン:う、そ。

N:シンは自分の首が完全に地へと落ちるのを感じた。

シン:ヒ、ァ……!
   ァ、アアア……!
 
セイ:殺気に当てられたのか……情けない。

シン:お、にい、さま? 私、いま……。

セイ:(微笑んで)よく見なさい。シン。お前の首は落ちていない。
   僕の放った殺気によって、幻影をみていただけだ。
   息を吸って……そう……ゆっくり……。

シン:(ゆっくりと深呼吸をする)

セイ:いい子だ……。

シン:お兄様……ごめん、なさい。

セイ:いいんだよ。シン。
   お前は兄妹の中でもとりわけ美しい。
   その容姿だけは伝馬として認められるだろう。
   ただーー

N:セイは冷たい眼差しでシンを射抜いた。

セイ:二度と、速見様の前で僕の機嫌を損ねるな。
   いいかい。

シン:わかり、ました。

セイ:わかれば、いいんだ。
   (微笑んで)片付けは任せたよ。
   僕は、風呂でご奉仕をしなくてはならないから。

シン:はぁい……いってらっしゃいませぇ。

N:セイは立ち上がると、軽やかな足取りで屋敷へと戻っていく。

シン:変態……変態変態変態ッ!
   絶対いつか……ふふっ……。

N:シンは自分の首筋をなぞりながら身震いした。


 ◆


レム:……伝馬一族のお題目。
   怪異の封印……その正確な記憶。
   ふふ……楽しくなってきましたね。

N:棗は顎に手を当てたまま考え込んでいた。
  レムは上気する頬に手を当てながら棗の顔を覗き込んだ。

レム:貴女が自分以外の記憶を持っているのは、恐らく。

棗:あん? ……そりゃあ、能力を使ったんだろうさ。
  恐らくは、賢一に。

レム:ですが、その記憶は封印されていた、と。

棗:封印と呼べる代物どうかはわからないけどな。
  セキュリティは甘々だしよ。
  と、なるとーー(舌打ち)まあ、今はいいか。

レム:なんにしても、取引をして正解でしたね。

棗:正解だぁ?

N:レムは悪戯っぽく舌を出すと、ウインクをした。

レム:取引の元は取れそうです。
   十分に、私の主を喜ばせられる。

棗:……ふうん。

レム:……なんですかね、その反応。

棗:いや、麗奈の顔でそういうのやると、似合うもんだなと思ってさ。

レム:え……何、そっち系の人ですか?

棗:気持ちわりいこと言うな……。
  まあ、なんだ……麗奈のやつ、表情のバリエーションが多くなくてさ。
  お前は表情がコロコロ変わるからさ……見た目なんて宛になんねえのはわかってても、
  ちょっと新鮮にうつったりするもんなのかもな。

レム:へえ……そうですかぁ。

N:レムは口調とは裏腹に鋭い眼差しで棗を見つめていた。

レム:……大切、なんですね。

棗:麗奈が? うん、まあ、そうだな。

 間

レム:ならどうしてーー

棗:お前を前にして、平静でいられるか?

 間

棗:お前らがどんな目的で麗奈を狙ったのかは知らないが。
  レム、俺達は諦めが悪いんでな。

レム:大丈夫だと、言い切るつもりですか。

棗:違うなァ。大丈夫なんだ……俺達はな。
  絶望することは許されない。そんな世界観で生きてるんだよ。

 間

レム:(呟く)……なんだよ、ソレ……。

N:レムは視線を伏せたまま次の扉を作り出した。

レム:……見せてくださいよ。その自信が本物なのか。


 ◆


 【伝馬ヨミ・過去の記憶】

N:悪鬼羅刹(あっきらせつ)、魑魅魍魎(ちみもうりょう)。それらを統べるもの。
  須(すべか)らくそれらは門を通じて現れる。
  しかしその時まさに、血みどろの戦いの末に、門は再び眠りにつこうとしていた。

セイ:今です! 速見様!

速見:オウ! どいてろォ! テメエら!

N:速見は無数の札に寄って守られた神剣を、門に突き立てた。
  亡者の怨念が怨嗟の悲鳴を上げる中、速見の指が素早く印を刻んでいく。

速見:祝詞(のりと)をあげんのは得意じゃねえンでなァ……!
   俺のスーパーパンチで、向こう数千年はマットに寝てろォ! このボケナス共ォ!

N:小鳥のさえずりが鳴ったかと思うと、次の瞬間ーー
  そこは何もなかったかのような静寂に包まれていた。
  速見は手を合わせると、手のひらに巻かれた数珠から血液が滴り落ちた。

速見:……お前らにはまだくれてやれねえが……ゆっくり休みなァ。

セイ:まだ立てるものは直ぐに負傷者を外へ!
   里全体に成功だと伝えろ! ここはすぐに撤収する!

N:こうして、300余年ぶりにこの地を襲った大災厄『羅刹の門(らせつのもん)』は、
  この地を護る伝馬一族と、『陰陽師』速見賢一の手によって、3年の歳月をかけて封印された。
  その日のうちに死傷者の弔いが行われると、翌日の昼には伝馬一族の大宴会が行われた。
  速見は喧騒から少し離れた庭園の石の上に座っていた。

シン:ねえ! 賢一ったら!

速見:……お前。さっきまで広場で踊ってなかったか?

シン:稽古しましょう!

速見:バァカ……パスだ、パス。
   ほら、見てよ。可哀想にお手てが血だらけでいたいいたいなンだぜ?

シン:ふぅん……じゃあ私も手を傷つけるからぁ! ね! いいでしょお!?

速見:ダァー! ったく! どうしてお前はそんなバトルジャンキーに育っちまったかね!?

シン:だって……賢一が悪いのよ? 私をあんなにめちゃくちゃにするから……。

速見:あのなぁ……この里にならお前より強いやつはごまんといるだろ。
   それこそセイに面倒みてもらえよ。

シン:お兄様は……嫌よ。楽しくないんだもの。

速見:どうしてだよ。

シン:お兄様は、私を殺してしまうから。

速見:……物騒な兄妹だこと……。

N:速見は足元の石を拾うと、軽く蹴り上げた。
  まっすぐと落ちてきたそれを、地面につけずに何度も蹴り上げる。

速見:せっかく一生に一度のお勤めが終わったンだ。
   お前も、里を出てみるべきだと思うけどね。俺ぁ。

シン:里を、出る? そんなことできっこないわ。

速見:(笑って)それこそ、外にはお前のいう”強いヤツ”はごまんといるぜ。

シン:本当!?

速見:そうさなぁ……シンにオススメっていうと……。
   生意気なやつがいンだよ。そいつもシンと同じバトルジャンキーでさ。
   口癖は「俺が最強」っつーとんでもないバカよ。

シン:最強、ふふ、面白い響き。
   ……そう。世界って広いんだものね。

 間

速見:世界はな。オムライスなんだよ。

シン:オムライスって?

セイ:外界の食べ物だよ。

N:セイは優雅な身のこなしで2人の間に立った。

セイ:シン。母上が呼んでいる。すぐに行きなさい。

シン:ええ? どうしてぇ!

セイ:夜にクレナイ様が集会を開くとおっしゃったんだ。
   そんな服では出席は許されないぞ。

シン:もう……せっかくおもしろかったのにぃ……。

N:シンは名残惜しそうに大太刀を引きずっていく。
  セイは困ったように微笑むと、速見に歩み寄った。

セイ:速見様。あのような話をされると困ります。

速見:別にいいだろ。減るもんじゃなし。

セイ:シンは……恐らくは里から出ることはできないでしょう。

速見:お前の後を継いで、査察の任につくとしたらアイツだと思うけどねえ。

セイ:実力には目をみはるものがあります。
   ですが、人間性がどうにも……。あいつは俗物的すぎる。

速見:ふぅン……お前らは、わからんね。
   こんなに面白い世界ン中で、こンなに縮こまってやがる。

セイ:それが、伝馬というものですから。
   ……それより、さっきのお話の続きは?

速見:ン? ああ。オムライスの話か。

セイ:ええ。興味がありまして。

速見:別に大したことじゃねえけどな。
   この世の中は黄色い卵に覆われてるオムライスみたいなもンだって話よ。
   スプーンでつつきゃ何がでてくるかわからない。
   かといって、ほじくっちまったら最後、卵はひび割れちまって食うしかないのさ。

セイ:食うしかない、とは?

N:速見はセイの眼前に拳を突き出した。

速見:お前ならわかるはずだぜ。世界はもう、変わりはじめてる。
   ここや京都、四国の怪異なんぞは金をかけてなんとかしちゃあいるが……。
   俺が面倒見てる奴らそうはいかねえ。
   ”超能力者”ばかりは、塞げば済む話じゃねえンだよ。

セイ:超、能力……。いくら速見様でもその言葉をこの里で口にするのはご遠慮願いたい。

速見:ハァ? てめえら、力場を感じる訓練しといて何バカなこと言ってやがる。

セイ:……それとこれとは。

速見:気づいてねえと思ってンのはお前らだけだぜ……?
   伝馬ァ……お前らが対超能力者用の戦闘技術を鍛えてんのをよぉ。

セイ:恐れながら……それは我らの秘術故、他言は無用でーー

速見:嫌だね。

セイ:速見様ッ!

N:速見は悪戯っぽい笑みを浮かべてセイを見つめた。

速見:自分らが正しいと思うのは勝手さ。
   人間は自分の視界しか持たない生き物だからなァ。
   だが、そうやって生きるには覚悟をしておくことだ。
   嫌いなケチャップライスだって、喰わなきゃいけないことをな。

N:速見はセイの脇をすり抜けるように歩き去ろうとする。
  セイは、拳を握りしめながらその後姿に向き直った。

セイ:僕には! 嫌いなものなんて、ありません。

速見:そういうところが、お前のつまらンところだ。セイ。
   好みのメシよりも、嫌いなメシを言えるようになれ。

セイ:速見様は……どうしてそう、意地悪ばかりおっしゃるんですか。

速見:甘ったれンじゃねえ!

N:速見は地面を踏みしめてセイを睨みつけた。

セイ:な、にを……!

速見:大局を見ろ! セイ。
   お前はこれから俺と……いや、世界とどういう関係になっていくのかを、
   しっかり考えなきゃなンねえのさ。

N:セイの瞳には、驚愕と悲哀の色が浮かんでいた。

セイ:僕は……ただ、許せないんですよ。
   あなたを縛る、そんなものが、総て……!


 ◆◇◆


コメンテイター:『政府も、一刻も早く国民の不安を取り除かなくてはならないわけです』

木元:不安、ね。

N:木元はソファに寝転がりながらニュース番組を観ていた。
  番組の中では、コメンテイターが眼鏡の奥を光らせながら話をしていた。

コメンテイター:『今までもですね、誤った情報が出回ったことで、
         それが大きな騒ぎになった事例はありました。
         ですが、今回の件は常軌を逸しています』

木元:たしかに。

コメンテイター:『赤い月についても科学的見解といいながら曖昧な会見一つ。
         そして新たに噂されている、超能力者というキーワードがーー

木元:(ため息)超能力者……。

N:木元はテレビの電源を消すと、大きく伸びをした。
  そして身体の具合を入念にチェックしていく。
  本人は覚えていないことではあるが、それらは総て、木元佳祐本来の癖なのであった。

木元:やっぱり、そうだよなぁ……。
   俺、超能力者だったかもしんないしょ。実際。

N:木元は部屋の隅の鏡に歩み寄ると、深呼吸をして腕を伸ばした。

木元:……使うとしたら、どうだ?
   えっと……『力よ! 来い!』

 間

木元:具体的に言わないと使えないのか?
   ……炎よ! 我が手に来たりてーー違うか。
   水よ……! いや、風よ!

キリコ:イメージが大切なんじゃないんですか?

木元:ああ、そうか。じゃあ……そうだな。
   うおおおお……! はかいこうせん! でろ!

 間

木元:ぬあああああ!? キリコさん!
   い、いつからそこに……!

キリコ:(ため息)あなたがニュース番組に逐一突っ込んでいるところからです。

木元:あ、あれは、そのですねーー

キリコ:どうでもいいですけど。人の部屋で『はかいこうせん』なんて物騒なもの、
    放たないでくださいよ。

木元:いや……ほんと……勘弁してください……。

キリコ:……傷を、見せてください。

木元:え? あの、この状況でですか?

キリコ:いいから。

N:キリコの真剣な眼差しに、気圧されるように木元はパーカーを脱いだ。
  暑く巻かれた包帯を外すと、そこには綺麗な肌があった。

木元:……は?

キリコ:服、着てください。

木元:あれ〜? えっと……俺、斬られたんすよね。
   それも、信じられないくらい真っ二つに……。

キリコ:いいから。服を着てください。

木元:いや! おかしくないっすかね!? これ!
   手術の後の一つもないってーー

花宮:それが、あなたの能力ですから。

N:部屋の入口から声が聴こえた。

木元:え? あ、あなたは?

花宮:私は、花宮春日といいます。
   超能力者です。

木元:えあ、いや。なんつーかその、理解が追いつかないっていうかーー

N:超能力者、花宮春日は一切表情を崩さないまま、木元に歩み寄った。
  そしてキリコに視線を向ける。

花宮:いいですか? キリコさん。

キリコ:……ええ。許可を出します。

花宮:田島先生に、このお話は。

キリコ:いえ……私の独断です。
    ですがーーあの人は、よくも悪くも慣れっこなんですよ。
    超能力者達の闇医者なんて、お人好しじゃないとできっこないでしょう?

花宮:それも、そうですね。
   私も、お世話になる度に心配かけるようなことばかりですから。

キリコ:……ですが、今回のことは、私も悩んで決めたことですから。

花宮:ええ。わかってます。

木元:あの、蚊帳の外すぎて、そのーー

N:花宮は深淵のような真っ暗な瞳で木元を見つめた。

木元:へ。あ、あの、君は、いったい。

花宮:木元佳祐さん。黙って、ついてきていただけますね。

木元:……説明は、ないんすか。

花宮:現地で、させていただきます。

木元:現地ってどこっすか……!

 間

木元:それで、俺自身のこと、わかるんすよね。

花宮:ええ……少なくとも、今よりは。

 間

木元:わかりました。行きます。
   
花宮:では、私についてきてください。

N:木元は頭をかきむしりながら、花宮の背中を追って部屋を出た。


 ◆◇◆


棗:さて、次の扉に行くかぁ。

 間

棗:どうした、レム。

レム:……いえ。

棗:もしかして、記憶に当てられたか?

レム:いえ……そうかも知れない、ですね。

棗:しっかりしろよ……重要な局面なんだぜ?
  伝馬と、超能力者と、そしてお前ら『青の教団』との関係を知る上でな。

N:レムは目を見開いた、

レム:何故、その名前を……!

棗:ああ……あんた。向いてないよ。
  俺がただ黙って、自分の実家の事情を眺めていると思ってんのか?

レム:やはり貴女は、危険だ。

N:レムの瞳が漆黒を宿し、その超能力が発動する。
  夢の世界は黒へと色を変えて、黒い影が何本も棗へと飛来する。
  レムの能力の影は、棗の四肢を瞬く間に拘束すると、その身体を宙に縛り付けた。
  そして、ついには首に巻き付くと、棗の喉を締め上げていく。

棗:グッ……!

レム:私は確かにお人よしかもしれませんが……。
   重要参考人である貴女の尋問を任されているのには列記としたわけがあるんですよ。

棗:カッ、ハ……!

レム:文字通り締め上げるには、貴女は若すぎると思ってた。
   でも、そうでもないようですから……。一層このままーー

N:棗の瞳が光を失うと、周囲の影が一斉に霧散した。

レム:な、にを、しました?

N:レムは、暗闇の中に膝をつきながら、棗を睨みつけた。

棗:(息切れしながら)……ククク……やっぱり、そうか。
  俺の能力はーー単なるサイコメトリーじゃねえみたいだな。

レム:能力……これが、あなたの……?
   ”こんなもの”が能力だというんですか!?

棗:そう怯えるなよ……俺だってまだ、よくわかってないんだ。

 間

棗:記憶の中で俺は、賢一の身体に触れずに、賢一の記憶にアプローチしていた。
  そこで思い出したよ。何故忘れていたのかもわからないほどはっきりとな。
  俺の力場の有りかが、な。

レム:記憶と共に封じられていたとでも!?

棗:そういうことらしいな。
  だが、これは悪くない。失った身体を取り戻してる気分だ。

 間

レム:……私をどうする気ですか。

棗:どうも勘違いしてるようだけど……俺はお前の敵じゃない。

レム:いえ、私はーー

棗:敵ってのはなァ! そう簡単に使っていい言葉じゃねえ!
  それがわかんねえから、お前はヌルいっつってんだよ……!

レム:私はッ……。

棗:お前のことも今は手に取るようにわかるぜ。
  教団に盲信した両親。
  両親を連れ戻そうとした矢先、目覚めた超能力。
  そして、お前を嬉しそうに眺めるイルカの怪物。

レム:僕は!

棗:お前もあの頃の俺と一緒なんだろ。
  環境に縛り付けられて、その立場に甘んじるしかない。
  そんな世界の中で必死にあがいて、それでも抜け出せやしない。
  だから俺の記憶を手土産に、両親を救えるんじゃないかなんて甘い夢を観る。

レム:僕は……! ただ、父さんと、母さんを……!

N:棗は麗奈を姿をした、『中にいる少年』に優しく微笑んだ。

棗:……たかだか小学生の男子が背負うにしちゃあ重い責任だ。

レム:僕は、ここで死ぬわけには……。

 間

棗:次のドアを出せ。

レム:え……?

棗:どうしてもというなら、お前を脅してやる。
  どうやら俺は、力場だけでお前の能力を潰せるみたいだからな。

レム:どうして、ですか。

棗:俺は、もう檻を抜け出した人間だ。
  だが、力が足りねえ。このままじゃ、何も救えねえ。
  俺はもう、嫌なんだよ。
  誰かに利用されんのも、何かに巻き込まれんのも……!
  俺は、識(し)ってやる! 総てを識(し)って、それでーー
  世界征服してやるッ!
  力を貸せよ、レム。
  お前が力を貸せば、それでいい。お前の両親も、俺が支配してみせる。

 間

レム:あなた、は……。

N:レムは両手をあげた。
  すると、棗の前に白い扉が現れた。

レム:……脅されて仕方がなく、ですからね。

棗:(笑って)おう。頼むぜ。

レム:随分、嬉しそうですね。

棗:楽しめよ。レム。
  こんな力を持ってんだからさ。

レム:楽しむって……何を……。

棗:真実を知る喜び、だよ。

N:棗は喉の奥で笑いながら、光の扉に手をかけた。


 ◆


 【伝馬ヨミ・過去の記憶】

N:伝馬の現当主、クレナイは齢も百は優に越えようかという老人であった。
  分家を合わせて六十人余りの伝馬一族が並ぶ大広間の奥で、クレナイは目を瞑って座っていた。
  クレナイが目を開くと、一族の皆は身を固くした。
  伝馬一族の当主が代々引き継いできた、奇跡ともいえる魔眼がそこにはあった。
  その眼が漆黒に輝く時、総てを越えて総てを見透かす『天眼通(てんげんつう)』
  クレナイはそんな魔眼を開くことなく、老人らしい深い思慮でもって周囲を見渡した。
  そして、側近の一人であるセイを呼び寄せた。
  セイはクレナイの口元に耳を寄せると、その言葉を伝えていく。

セイ:皆の衆。この度は門の封印、ご苦労であった!
   この国にとって数百年に一度の災厄を抑えることができたのは、
   間違いなく皆の日頃の研鑽と、その身を捧げた魂の成果である!
   伝馬を誇るが良い!

N:一族は怒号にもにた熱い返礼と共に腕を突き上げた。
  セイは再びクレナイの言葉をしっかりと刻みこむ。

セイ:……私は随分と年をとった!
   故に、私は当主の座を譲ろうと考えている!

N:一族は疑問も一切なく腕を突き上げた。
  この統率力もまた、伝馬の教えの賜物であると言えた。
  セイは再びクレナイの口元に耳を寄せた。
  そしてーー目を見開いた。

セイ:……やはりか……。

N:静寂の中、セイが一人呟いた。

セイ:やはり貴女など、信用するべきではなかった……。

N:セイはふらふらと立ち上がると壁にその背をつけた。
  一族を動揺が包む中、セイはその顔を修羅に染め上げた。

セイ:さすれば!

N:セイは目にも留まらぬ速さで抜刀する。
  その刃はクレナイを一瞬にして斬り捨てた。

セイ:死ぬがいい……!

伝馬側近:セイッ! 血迷ったかぁ!?

セイ:誰が血迷うものかぁ!

N:襲いかかる側近達。
  それらをセイは一刀のもとに斬り捨てていく。
  一人、また一人と血溜まりに沈んでいく中、鍛え上げられた技がセイに迫る。

セイ:チィッ!

N:セイが傷を覚悟した瞬間、周囲に血の花が咲いた。
  シンは身の丈ほどはあるであろう大太刀を構えながら、恍惚とした表情で血を浴びていた。

シン:ふふふ。はははは!

セイ:シン……!

シン:落ち着きなさいよぉ。大婆様は引退を表明されたのですからぁ。
   もはや当主では無くただの一族の民でしょう?

N:再び静寂を取り戻した大広間の机の上で、シンは大太刀の血を拭った。

シン:それにぃ……お兄様が乱心するような人物ではないことはすでにご承知のはず……。
   側近筆頭でもあるお兄様のお話を聞くのは、あなた達の義務ではないかしらぁ?
   文句があるなら、かかっておいでなさいなぁ。

N:セイは端正な顔に平静を貼り付けると、一段高い座敷に登った。

セイ:我々は、欺かれていた。

 間

セイ:伝馬を導くものは、この女が持つ魔眼を引き継いでいくものだと。
   そして、その魔眼によって災厄を見通し、この地を守っていくのだと。
   だが! それは虚言だった! この女が持っていたのは、超能力と呼ばれる禁忌の力よ!
   私は外界で観てきた! 秩序無く、選ばれること無く、呪いのように蔓延する力!
   我が里において、鬼の力と称された力だ!
   同時に我々はこの里で学んできた、あの力を滅する『超気功』を。
   時代を切り開く一刀として、学んで来たのだ。
   この矛盾はなんだ! その矛盾とは……! この女が作り上げてきた虚像であった!

N:セイは刀を地面に突き立てた。

セイ:クレナイは言った! 次期当主は、この里の奥にある檻に居ると……。
   産まれながらにして、『天眼通』の異能を持った者であると。
   名前は、『伝馬ヨミ』という。私の不肖の父が遺した隠し子であるという。
   (間)
   もし、魔眼が神聖なものであり、我らを導く象徴ならば、
   クレナイはこうも無残にくたばるだろうか……?
   否! この女もまた虚像に過ぎなかった!
   私達は、この先も作られた象徴に導かれていくのか?
   否だッ! 伝馬とは! このような鬼の力を斬り伏せるもの!

N:ドン、ドン、と地面を踏み鳴らす音が大広間に響き始める。
  ある者はかかとで、ある者は刀の鞘で床を叩き、音はだんだんと大きくなっていく。

セイ:この時より! この伝馬セイが、伝馬一族の当主となる!
   異論はあるか!

N:異論は、なかった。

セイ:よろしい!
   クレナイの鬼子については私にまかせておけ。
   他のものはここの掃除を……夜には新しい方針を発表する。
   これより伝馬は新しい時代へと参るのだ。
   皆の衆、ついてくるが良い!

N:そして鬼殺しの一族は咆哮をあげた。


 ◆◇◆


N:夜風が、現実を伴って容赦なく木元の横顔を殴りつけた。

木元:なんすか、これ。

N:ビルを遠くに眺める巨大ショッピングモールの駐車場で、うごめく無数の影。
  怒号と悲鳴が、現実を寸分の狂いもなく削ぎ落としていく。

木元:なんなんすか! これぇ!

花宮:わかりませんか。

N:花宮は木元の背に手を当てると、少しだけ前に押しやった。
  それだけのこと。それだけのことで、木元は自分の身体が震えているのに気がついた。

花宮:これは、戦場です。

木元:戦場……なんの……!

花宮:何の……とは。

木元:だから! どうしてこのご時世にーー

花宮:戦いに、理由なんてもの、ありませんよ。
   戦うことに、理由なんてあってたまるものですか。

木元:君は……一体、なんなんだ。

N:花宮は微笑むと、目尻に浮かんだ涙を拭った。

花宮:私は、木元さんに仕事を教わりました。
   戦い方を、教わりました。

木元:俺が、君に……?

花宮:でも! 同時に教わったことは……!
   傷つけないことなんです!
   誰よりも傷ついてきた貴方だから、それを誰よりもわかっていたから……!
   だから私は、木元さんに学んだことを今ここでお返しします!
   もう! 貴方は泣かなくてもいい……! 傷つかなくてもいい!
   だって、あなたは生きていてくれた。助けてくれた。
   あなたはーー

N:2人の眼前に、男が転がってくる。
  男は、苦悶の表情を浮かべると、白目を向いて意識を失った。

木元:ヒッ。

花宮:……私はそろそろ仲間の元へ行かないと。
   木元さんーー引き返してください。
   貴方はもう、戦わなくていいんです。

N:花宮は呟きと共に、その内に秘めた超能力を発動した。
  その『空間位相能力』によって、力場内の光エネルギーが花宮に集結し、
  次の瞬間、彼女は戦場の中心に立っていた。

花宮:ごめん、あそばせ。

教団員:ク、クライベイビー……!

花宮:瞬く間に、終わりにしましょう。

教団員:二つ名持ちだァ!

花宮:ここから先はァ! 私がいただきます!


 ◆


 【伝馬ヨミ・過去の記憶】

ヨミ:どうして……?

N:ヨミは牢屋の中で震えていた。
  暗い世界の中、時折自分の透視能力で里を観てきた。
  まだ一度も会ったことがない、しかし顔や名前だけは知っている里の者達。
  そしてここに自分を幽閉したクレナイ。
  物心がついたころには両親がいなかったヨミにとって、彼らは唯一の家族だった。
  その家族が今、凶刃に惑っていた。

ヨミ:どうして……! どうしてこんなことに!
   私が、こんな力を持ってるから!?
   そんなの……!

N:牢にうなだれるように手を触れる。
  固い地面を、自然と涙が濡らしていく。
  そんな涙を、無骨な手が受け止めた。

速見:おい。なにやってやがる。

N:速見賢一は鼻を鳴らして笑った。

ヨミ:ケン、イチ。

速見:おうおう……そんな女の子みたいに泣いちまってまあ……。
   強がりはどうしたァ。

ヨミ:う、ん……でも……大婆様が……。

速見:クレナイの婆さんが斬られた……?
   そりゃ、本当か……。

ヨミ:視えた……。

速見:(舌打ち)あいつは……思った以上にぶっ壊れてたみたいだなァ……。

N:速見はヨミを安心させるように笑うと、その手を握った。

速見:うっし、じゃあ、行くか。

ヨミ:行くって……どこに?

速見:行ったろ? ここから出してやるって。

ヨミ:……え?

 間

ヨミ:私、出られるの……?

速見:(ため息)あンなぁ……。
   お前はいいこちゃんすぎるンだよ。
   お前くらいの年なら、学校サボってゲーセンでもいってくんねえと張り合いがねえわ。

ヨミ:ゲーセン? ……うわっ!

N:速見はヨミを担ぎ上げると、牢獄から駆けでた。
  少女一人を背負って山を駆け下りていくその速さは、ただの中年男性とは到底思えなかった。
  目まぐるしく変わる景色を見つめながら、ヨミはただ目を輝かせていた。
  十月の夕暮れは、伝馬の里の染まりかけた木の葉をさらに赤く染め上げていた。

ヨミ:これが……世界。

速見:あン!? なんだってぇ!?

ヨミ:世界って! 赤くて綺麗!

速見:(吹き出して)おう! ケチャップライスみたいだろ!

ヨミ:ケチャップライスって、なあに!?

速見:今度食わしてやるよ!

ヨミ:うん!

N:人道に差し掛かったところで、速見は足を止めた。

速見:かぁ〜ッ早いねえ……!

N:通りの先から高速で飛び出してきたのは、シンだった。

シン:ケンイチー!

速見:はいはい! お転婆なんだからテメエは!

N:速見は腰から日本刀を引き抜くと、シンに向けて抜き放った。
  シンは大太刀でそれをいなすと速見の首筋に刃を潜り込ませる。

シン:貰った!

速見:甘えよ。

シン:(空気を吐き出す)カ、ハ。

N:速見は肘をシンの腹に突きこんでいた。
  シンはよだれを撒き散らしながら大木に叩きつけられる。

速見:お前さァ……結局セイについたわけ?

シン:そう、だけどぉ?

速見:どうしてだよ。お前ら、反りが合わなそうだろ。

シン:えぇ? だってーー

N:シンは恍惚とした表情でフラフラと立ち上がった。

シン:……あの時お兄様につけば、人が斬れたんだものぉ。

速見:残念だねぇ……お前も一緒だ。

シン:何がぁ?

速見:俺が滅ぼすべき存在。悪鬼羅刹よ。

N:速見は合掌すると、目を閉じた。

シン:ケンイチも……私を殺すのぉ?

速見:時が来たら、俺が眠らせてやる。

シン:……優しいんだぁ……。

ヨミ:賢一! 右手!

N:次の瞬間、シンの右袖から小刀が放たれていた。
  速見は身を捩ってソレをなんとか躱す。

速見:あッぶねえ……! サンキュー。

シン:へえ……あなたが……。

 間

シン:貴女、お父様の隠し子なんですって?
   だったらもしかして、私のいもうと?

N:シンはヨミを見つめて、下弦の月のような笑みを浮かべた。

シン:おもしろぉい。

ヨミ:あ、え、っと……。

シン:私はねぇ、伝馬シンっていうの。
   はじめまして。

ヨミ:私はーー

シン:もってるんでしょお?
   クレナイ様の『天眼通』

N:シンは品定めをするように、ヨミの姿を下から眺めた。

シン:でも……戦えはしないみたい。

速見:こいつ、ずっと牢獄にいたからな。
   そンぐらい察しろっての。お姉ちゃんだろ?

シン:ふふふ……そう。じゃあ、育つまで待たないとね。

N:シンは妖しげに笑った。
  速見はヨミの頭を叩くと、小さく呟いた。

速見:いざとなったら、逃げろ。

セイ:その必要はありませんよ。

N:セイは穏やかな笑みを浮かべながら山道を歩いてくる。
  彼の着物には、血痕がいたるところに張り付いていた。

速見:よう。セイーーいや、伝馬の新当主様と言ったほうがいいかな。

セイ:なるほど。そこのモノの力ですか? 便利なものですね。

速見:テメエの妹だろうが……モノ扱いすんじゃねえ……!

セイ:降って湧いたような妹に自覚などわきませんよ。
   それに、鬼の力を持ったモノなら、特に。

N:セイは腰の刀を持ち上げると地面に突き刺した。

セイ:シン。お前は先に戻っていなさい。
   未だ、納得していない連中がいるようでね。
   彼らの『説得』をしておいてもらえるかな。

シン:……わかりましたわぁ。
   それでは、またねぇ。
   次会うときまでに、強くなっておいてね。イモウトちゃん……。

N:シンの背中を見送ると、セイはその場にそっと腰を降ろした。

セイ:さて。交渉といきましょう。

速見:……いいだろう。

N:速見もセイの正面にあぐらをかいて座った。
  ヨミは黙ったまま速見の背に隠れるように立っていた。

セイ:私達はこれから新たな伝統を作らなくてはなりません。
   故に……ソレが生きているのは非常に困ります。
   『旧伝馬』の再建の旗頭にでもされたらたまりませんからね。

速見:ごもっともな意見だな。
   クレナイ無き今、『天現通』なんてもンお前らには目の上のたんこぶでしかないもンな。

セイ:ですが速見様はソレを生かそうとしている。
   本来ならば斬り結ぶのが道理ーーですが、今ここで敵対するのは避けたいのが本音です。

速見:へえ……少しは考えるようになったみたいだな。

セイ:あなたに言われたことは、総て覚えていますよ。総て、ね。

 間

速見:で、どうしたい。

セイ:その娘の記憶と力の封印を。

速見:そりゃあーー案としちゃあ悪くないが。

N:速見は横目でヨミの顔を観た。
  ヨミは、自体を理解したようにゆっくりと頷いていた。

速見:ヨミ……?

ヨミ:あの……ひとつだけ、いいですか?

セイ:……僕に言っているのか?

ヨミ:ええ、そうです。

 間

セイ:……ひとつだけなら、聞いてあげよう。
   ひとつだけだ。

 間

ヨミ:あなたは……私のお兄様、なのですか。

 間

セイ:僕はずっと前から、君のことを知っていた。
   クレナイの元にある血統書でね。
   ……それが真実を書いていたと信じるのなら。
   僕たちは血縁関係にあるということになる。

 間

ヨミ:そうですか。

セイ:ただ。さっきも言ったけれど、僕は君を殺すことを厭わない。
   その程度にしか思っていないし、これからもそれは変わらない。

 間

ヨミ:それでも……家族が居るというなら、まだ救われます。

セイ:……さて、速見様。返答は、どうなさいますか。
   私としては、ここは穏便に済ませたいところなのですが。

N:速見はため息をついて立ち上がると、ヨミに向き直った。

速見:いいんだな、ヨミ。

ヨミ:ええ。かまいません。それで、争いが起こらないというのなら。

速見:……今からお前の中に俺の式神を入れる。

N:速見は胸から札を取り出した。

速見:しばらくは混濁するだろうが、お前の精神と融合すると、上手いこと作用するはずだ。

ヨミ:……はい。

速見:来い。我が下僕、『棗』よ。

N:白い札が宙に舞った。

速見:……痛くねえから、力抜いてな。
   入れッ! 棗!

ヨミ:あ、ああああ!

N:速見は式神、『棗』をヨミの身体に宿すと、ヨミは数度痙攣した後、意識を失った。
  速見はヨミの身体を受け止めると、そっと担ぎ上げた。

速見:……契約は成立だ。こいつは、棗として俺が預かる。

セイ:いいでしょう。

速見:次会うときは……いや、二度と会わないことを祈るぜ。
   血塗れの当主よ。

N:セイは立ち上がると、今にも泣きそうな顔で速見を見つめた。

セイ:……そんなこと、おっしゃらないでくださいよ。
   僕だって、あなたに嫌われたくなかった。

速見:だったらーー

セイ:でも! 仕方がないじゃないですか!
   あなたは、あの汚れた鬼共にご執心で、僕のことなんて観てもくれない!

速見:お前ーー

セイ:僕が、目を覚まさせてあげます。あんなもの!
   僕たちが戦っていたものと何ら変わらないってことを教えてあげますから!

速見:お前! そんなことのためにッ!

セイ:そんなことじゃあない!

 間

セイ:愛して、いるんです。

速見:セイ……。

セイ:愛しているんです! 速見様を!

速見:セイ。

セイ:速見ーーいえ! 賢一! 私は、貴方を愛しています!
   心から! ですから……ですから、もう一度……いえ!
   何度でも私に会いにいらしてください!
   そして願わくば、私にご慈悲をーー

速見:セイ!

 間

速見:……悪い。お前の気持ちには答えられない。

セイ:……そう、ですか。

N:速見は、セイに背を向けるとゆっくりと歩き出した。

セイ:でしたら、私は……斬ります。

速見:さようならだ。

セイ:私は! 斬ります! 貴方の総てを!
   それが、私の愛、ですから!

速見:さようならだ! 伝馬セイ!

N:2人を分かつ道は、眼に見えて遠ざかっていく。
  セイは、速見の背が見えなくなると、その場に崩れ落ちた。

セイ:(泣きじゃくりながら)あ、あああ、ああああ! ケンイチッ!
   ケンイチィ! あああああああ!


 ◆


N:記憶の扉が閉まると、棗とレムは白い空間に立っていた。

レム:……棗って、ひょっとして。

棗:ああ、そうだ。俺のことだよ。

レム:……え? あ、あなたは!

N:そして2人の側に立っている人物がいた。
  棗と全く同じ容姿をした少女、伝馬ヨミだった。

ヨミ:『私』を守ってくれていたのは、貴方だった。

棗:ハンッ。別に守ってたつもりはねえぜ。

ヨミ:もちろん。私は、貴方だもん。でしょう?

棗:……ったく。賢一のやつ、こんな面倒なお守りさせやがって……。

レム:えっと……自分の能力の世界だっていうのに混乱しちゃってるんだけど。
   君の中には、2人いたってことでいいのかな。

ヨミ:正確にはそうじゃないんだけどね。
   棗が私を押さえて、上手くコントロールしてくれてたの。

レム:……それで、これは一体どういうことになるわけ?

N:棗とヨミはよく似た笑みを浮かべると、お互いの手をとった。

ヨミ:今度は、私が戦わなくちゃ。でしょう?

棗:ああ……エスコート、頼むぜ。

N:そうして2人はひとつに重なり合った。
  棗ーー伝馬ヨミは、ゆっくりと瞳を開くと、不敵な笑みを浮かべた。

ヨミ:さぁて……ここからはヨミ様の出番ってことだな。


 ◆◇◆


木元:あれが……超、能力……!

N:木元は、花宮が戦場を駆けていくのを呆然と見つめていた。
  彼女を捕らえようと、ありとあらゆる超能力による運動エネルギーが、戦場を駆け巡る。
  花宮は閃光の中を軽やかに移動していく。その光景はまるで、心清き乙女に集まる妖精であるかのようだった。

木元:な、んで、俺……。

N:木元は地面へと座り込んだ。

木元:なんで、俺、なんで! なんでッ!
   知ってるはずだろう! 知ってたはずなのに!
   どうして……! 俺は、こんなところにいるんだ!
   俺は、誰なんすか……! 俺はッ!

ヨミ:『知りたいか?

N:木元の頭の中に、声が響いた。

木元:な、んだ、これ。

ヨミ:『知りたいか? 自分のことを。

木元:誰っすか!?

ヨミ:『今は1人の戦力でも欲しい状況でね。
    だから、ハルヒさんに無理を言って、ここまで連れてきてもらったんだけど。

木元:……意味が、わかんねえんす。

 間

木元:意味がわかんねえんすよ! 俺が目覚めたときにはもう!
   何もかもが終わってるっつーか……!
   記憶だけじゃない! 胸ン中も空っぽで!
   ただ……! うずくんすよ! このままでいいのかって!
   このままキリコさんの側で、ゆっくりしていたらーー
   俺は、壊れちまうんじゃないかって……!

ヨミ:『時間がないんだ。

木元:わかってるっての! さんざんぱら言われ尽くしてっから!
   好き放題いいやがって……! 外野はいいよなぁ!?
   本人はたまったもんじゃないっての!

ヨミ:『どうする。

木元:理不尽すぎんだろッ! 俺が何をしたってんだよ!

ヨミ:『決めろ。

木元:うっぜええええ! いいから早く!
   俺を寄越せえええ!

N:木元の怒号に、花宮は弾かれたように振り返った。

花宮:ッ木元さん! 駄目です!

ヨミ:『欲するなら……開け、扉を。

N:木元は自らの漆黒の瞳の先の、白い扉に手をかけた。


 ◆


N:時は数か月前に遡る。
  速見興信所職員ーー木元佳祐はその日、事務所の庶務室にて書類の束に突っ伏して寝ていた。

木元:……あれ?

大藤:(微笑んで)おはよう。

木元:ハジメっちじゃないっすか……なんで事務所にいんの。
   出張とか言ってなかったっけ。

大藤:一日早まったんだよ。
   それより書類……よだれまみれにしてないだろうなぁ。

木元:え? なぁ!? やっべえ……!

大藤:俺、知らないからな。

木元:あぁ〜……っと……うん! 大丈夫っすよ、これくらいなら。

大藤:珍しいな。佳祐が昼寝とは。

木元:あー、いや……。

大藤:知ってるよ。連日、諜報任務だったんだろ。
   能力関係なしに、疲れるよな。

木元:別に、そんなきつかったわけじゃねえんすけど……。
   どうにも、個人的に考えることがあったっていうか。

大藤:考えること?

木元:まあ……単純な話っすよ。
   (ため息)青の教団絡みは栄ちん……というか、ハヤミジュニアに任せるとして。
   所長からちょっとした言伝があったもんで、そっちをね。

大藤:へえ……お前が自主的に調べるとは、俺も興味あるな。

木元:所長が直で関わってる案件だけあって資料は豊富っすよ。
   ただ、引っかかるんすよね。
   多分っすけど、こいつらはこれから関わってくるだろうなっていう。

大藤:第三勢力、か?

木元:……伝馬ーー

N:大藤は目を見開いて、木元の顔を覗き込んだ。

大藤:もう一度、言ってみろ。

木元:……何興奮してんすか。
   妙な動きをしてる伝馬一族のことっすよ。

大藤:……なるほどね。君の口からその名前をきくとは。

木元:むしろ、その反応のほうが驚きっすけどね……ハジメっち。

大藤:ああ、ごめん。あまりにも唐突だったものだからさ。

 間

木元:間違いなく今回の件はデカイ争いになるっすよ。
   それこそ、戦争のようなね。

大藤:伝馬がこの戦いに噛んでくると?

木元:まず間違いなく、来るだろうね。
   俺の記憶が正しければ、昔一度聴いたことがあるんすよ。
   門と、赤い月のことを。

大藤:悪鬼の門が開く時、その頭上には赤い月が瞬く。

木元:よく知ってるっすね。
   それが伝馬に伝わるーーは?

N:次の瞬間、木元の胸から真一文字に血が吹き出した。

木元:カ、ハッ……!

N:大藤は血に濡れた太刀を振るうと、冷たい瞳で木元を見下ろした。

大藤:気が変わったよ。今日にする。

木元:ハジメ、なに、を。

大藤:お前らを今日、殺そう。

N:立ち込めた殺気に、職員達が庶務室に駆け込んでくる。

木元:お前らアアアア! 来るなアアアア!

大藤:やあ、君達。

N:殺戮が始まった。
  大藤は職員達に迫ると、悲鳴を上げる間もなく右手の死神の鎌を振るっていく。

木元:やめろ……。

N:アルバイト店員の女子の悲鳴が響く。

木元:やめろ……!

N:超能力を使う間もなく、仲間達は倒れ伏していく。

木元:やめてくれェ!

N:そして、静寂に満ちた室内に、大藤は太刀についた血液を拭き取りながら入ってきた。

大藤:……君はまだ、生きているよね。
  『超回復』の木元佳祐。

木元:や、め、ろ……。

大藤:驚いたな……力場ごと斬ったつもりが、もうふさがりはじめてるのか。

木元:お前、なんで、こんなことッ……!
   クソがッ! クソッ! この人でなし!
   鬼が! 鬼畜がよぉ!

大藤:うるさい。

木元:あ、ぁーー

N:大藤は、木元の胸の中心に太刀を差し込んだ。

大藤:気持ち悪い……。気持ち悪いんだよ、お前。
   なんで斬った傷が治ってるんだ? ありえないでしょ。
   ねえ。どういうことかな。どうなってるんですか。
   自覚アンのか? どうなんですかねえちょっと。
   『イカれた玩具(パラノーマンズ)』さんったら。

木元:お前、は。

N:大藤は木元の胸に突き刺した刀を、乱暴に動かした。

大藤:わかるかい……今日だってそうだ。
   君がいなければ、今日彼らは死ぬことがなかった。
   そうですよ。そんなんです。
   君達が僕ら人間に対して行ってきた理不尽はッ!
   こんなもんじゃねえぞォ!!
   わかってんのかァ! おい!

 間

木元:……寂しい、やつだな。お前。

大藤:ふふふ、はははははは!
   ……誰だって、虚しい。
   こんな世界は、虚ろだ。
   だからといって、生きることをやめてはいけない。
   生きるためには……戦うしかないんだよ。

N:大藤は刃を引き抜くと、もう一度振り上げた。


 ◆


木元N:それからどうした。

N:木元はゆっくりと目を明ける。
  そこには、泣きはらしながら能力を使っている女性が見えた。

花宮:『やだァ! ヤダヤダヤダァ! みんなぁ!
    死んじゃやだよぉ!

木元N:また、泣いてるんすか。

N:木元はココロの中で小さく微笑んだ。
  思えば、木元が7年近くこの事務所にい続けたのも、目の前の女性が居るからだった。
  自分よりよほど強い癖に異様に泣き虫で、アンバランスな強さをもったこの女性を、
  ただただ側で観ていたかったのだ。

花宮:『キング、さん? キングさん! 無事ですか!?
    今どこにーー嫌です! 私だけ逃げるなんてーー

木元N:いいから、逃げてくださいよ。
    っていうか、そうしてくれなきゃ俺が浮かばれねえっすから。

N:途切れる意識の彼方で、女性の姿はもう見えなくなっていた。
  木元は深遠の中で、走馬灯のように自分を思い返していた。

木元N:そういえば、俺……小さい頃はヒーローになりたかったんだ。
    少年漫画のヒーローみたいに。
    もちろん、そんなものが作り物だってわかったのはそのすぐあとで。
    俺自身、変に正義感が強いとかそういうこともなく、どこにでも有り触れた
    普通の考え方をしてるってことにも、すぐに気づいて。
    そういえば、超能力があるってわかったのは……
    あーっと、バイクの事故の時でしたっけ。
    山の中で目覚めた時、驚くのと同時に、ガッカリしたんすよね。
    手から炎がでるとか、ビームがでるとか、そういう能力じゃないんかって。
    失礼な話っすよね。あれがなかったら、死んでたってのに。

N:そして、流れる意識の中、自分の中に灯る炎を見つけた。

木元N:そんなに大したもんじゃないんすよ、俺なんて。
    大体それくらいで語り終えちゃうくらいのつまんない男なんすよ。
    ……でも、そうだな。だからこそ、ダサくていい理由には、なんないんすよね。
    (間)
    ダサくていい理由にはッ! なんねえんすよ!
    カッコつけなきゃ! カッコつけてカッコつけて、それで!
    あいつカッコつけてんなァって気づかれたりして!

N:木元の身体が力場の中を蠢いていた。
  池のような血溜まりが収束し、球体となって木元の身体に注がれていく。

木元N:俺はッ! どれだけ打ちのめされても、何度でも起ち上がってッ!
    何度でもカッコいい決めポーズをする!
    ただ! 一瞬でも誰かのヒーローになるッ!

N:そして木元は、ゆっくりと顔をあげた。

木元:そう……決めたんすよ……!

N:覚醒した木元は、傷ついた身体を引きずって、事務所の中をゆっくりと歩いて行く。
  震える手で所内の電話に手をのばすと、とある番号をコールする。

キリコ:『もしもし。

木元:田島、せんせ、助けてくれェ。

キリコ:『速見興信所ですね。今すぐにーー

N:木元は電話を放りなげると、息も荒く、血溜まりの事務所の戸棚に歩み寄った。
  ガラスを素手で割ると、注射針を一つ、なんの躊躇もなく掴みとる。

木元:テロリスト製、超能力者用興奮剤、かっこ副作用で絶対死ぬかっことじ……。
   (笑う)あー、らしくねえっすけど、やるっきゃないっすよねぇ……。
   誰か1人でも、助かってくださいよォ……そんで、泣き止んでよ、ハルヒちゃん……。

 間

木元:南無三ッ。

N:木元は注射器を首筋に突き刺した。


 ◆◇◆


木元:そうだ。俺は……。

N:木元はゆっくりと顔をあげた。
  すっきりとした表情とは裏腹に、その瞳は漆黒に染まっていた。

木元:俺は、速見興信所職員。木元、佳祐。

N:木元はふらふらと戦場へ歩みを進めた。
  何者かが投擲したナイフが木元へ飛来する。
  木元はそれを避けもせずに腕で受け止めた。
  腕に深々と突き刺さったナイフを引き抜くと、そこに在るはずの傷は存在しなかった。

木元:一度死んで、生き返ったモノ。

N:『化け物』そう呟く声をよそに、木元は目の前の男を殴り飛ばした。

木元:どうせなら、こう呼んでくれよ。
   『死体の英雄(ゾンビーマン)』って。

花宮:木元さんッ!

N:木元の視界の先で、花宮は瞳に涙を澑めて立っていた。

花宮:どうしてッ……! 思い出さなければ!
   もう戦わなくてすんだのにッ!

木元:泣くんじゃねえええ! 後輩ィ! 状況報告!

N:木元の怒号に花宮は背筋を正した。
  木元は周囲の人間を殴り飛ばしながら、ゆっくりと花宮へ向かって歩いて行く。

花宮:はい! 状況報告致します!

木元:事務所のやつらはどうしたァ!

花宮:皆さん……息を、吹き返しました!
   現在治療中です!

木元:俺が死んだかいはあったってこったな!

花宮:はい! 田嶋医師の説明によると、木元さんの能力が暴走し、周囲の人間のも影響を及ぼしたそうです!

木元:他の連中はどうしたァ!

花宮:はい! ムハンマド・ラーマーヤナが、死亡しました!
   殺害したのは、大藤一です!

木元:そうか! 他に味方側の変化は!

花宮:協力関係にあった速見探偵事務所所長、速水朔が死亡!
   探偵事務所は解体! メンバーは散り散りで行方不明です!
   現状では警察庁公安特務及び、特務機関を名乗る軍隊と作戦を展開中です!

木元:敵対関係はァ!

花宮:現在交戦中なのは、青の教団関東支部と、教団子飼いの戦闘組織「いろは」との混成部隊です!

木元:そうかァ!

N:木元は花宮の眼前に立つと、花宮の頭を乱暴に撫で付けた。

木元:大体わかったよ。ありがとう。

花宮:木元、さん。

木元:俺が死んでる間に、色々あったみたいだな。
   よく、頑張った。
   でももう、1人で戦わなくても良いっすよ。
   俺が、いるんすから。

花宮:(泣いている)……はい。

木元:(微笑んで)さあて。

N:木元は大きく息を吸い込んだ。
  そしてーー

木元:待て待て待てぇッ!

N:戦場の中心で、叫んだ。

木元:俺が相手だっつぅんすよ!

N:自称ゾンビーマンは、再び戦場に舞い戻った。


 ◆◇◆


N:美しい着物を着た女性に見えた。

セイ:ケチャップ色の世界、だったかしら。

N:人影は赤い月に照らされたビルの屋上で、煙管(キセル)の紫煙を夜に吹きかけた。

セイ:ふふ……嫌いよ。そんなもの。
   味もそうだけれど、とっても下品なんだもの。
   不均一で、不誠実でーー

N:男が隣に音も立てずに現れる。

セイ:あら……?

大藤:こんなところにいたら風邪をひくよ。セイ。

セイ:ハジメったら……心配性なんだから。

N:大藤は、愛おしそうに着物の人物ーー伝馬セイの頬を撫でた。

大藤:君はあまり里の外に出ないだろ。
   都会の空気が合うとは思えなくてね。

セイ:大丈夫よ。今のところ、とっても過ごしやすいわ。
   ……あの赤い月さえなければ。

大藤:赤い怪異、か。

N:2人は自然に手を絡めると、肩を並べて月を眺めていた。

セイ:役者は揃ったのかしら。

大藤:うん。あの悪魔も、速見も、そしてその息子たちも……。
   総ての駒が盤面に揃うところさ。

セイ:そう。

N:セイは大藤に口付けた。

セイ:……大変な役回りばかりさせて、ごめんなさいね。

大藤:……君と僕の未来は同じだっていっただろう?
   もちろん、君の理由には何時まで経っても嫉妬してしまうけど。

セイ:それはーーまあ、いいじゃないの。

N:セイは腰の刀を外すと、街に向けて振り下ろした。

セイ:総てが白日の元で、白刃に晒され、そしてーー
   美しい赤色に染まるのね……。

大藤:ああ、そうだ。
   世界は少し混ざり合いすぎた。

N:大藤は腰の刀を外し、セイの刀に重ねるように添えた。

大藤:さあ……悪魔と、人間と、超能力者(パラノーマンズ)……。
   生き残るのは誰かな?

 間

大藤:はじめよう。戦争をーー


 ◆◇◆


N:戦場から離れたマンションの一室で棗ーー伝馬ヨミはテレビを眺めていた。
  その横でキリコは不機嫌そうに紅茶をカップに注いでいた。

キリコ:……それで。

ヨミ:んー? 何だよ。

キリコ:大丈夫なんですか?

ヨミ:何が?

キリコ:何って……戦場です。
    戦っているんでしょ? 今も。

ヨミ:ああー。そんなにあのヘタレお兄さんが気になる?

 間

キリコ:……そういうんじゃなくて。
    いや、そういうのですけど。患者ですし。

ヨミ:(笑って)からかった、ごめん。
   戦場なら大丈夫。木元と春日さんで押さえ込んでるうちに公安が制圧したよ。
   もうすぐふたりとも戻ってくる。

キリコ:……そうですか。

 間

キリコ:その、貴女の能力って、相手の考えも読めたりするんですか?

ヨミ:ん?

 間

ヨミ:んー、どう思う?

キリコ:いえ……もしそうなら、色々と大変そうですから。

ヨミ:この力については、何をどこまで視れるのか誰にも言うつもりはないよ。
   バレたら必殺技としては使えなくなっちまうしね。

キリコ:……そうですか。
    まあ、彼らが無事なら良かったです。

ヨミ:あんたにしろ、田島センセにしろ、本当にお人好しだよね。

キリコ:別に、そういうわけじゃありませんよ。

N:キリコは紅茶をヨミの前のテーブルに置いた。

キリコ:一度関わったものの、責任というか、意地というか、そんなものです。

ヨミ:……そっか。そりゃあお人好しっていったのは謝らなきゃな。
   本当に、立派な心がけだよ。お世辞抜きにさ。

 間

ヨミ:俺達もさ、持たなきゃいけないんだよな

キリコ:力を使う責任、ですか。

ヨミ:そう。

キリコ:十分に払っているとは思いますけどね。

ヨミ:そりゃあ払うもんは払ってきたさ。
   能力者なら誰もが、ね。
   でも、能力者になる前にいくら払ったって、
   生きている限り責任ってのは増してくるのさ。

キリコ:……人も、超能力者も同じですね。

ヨミ:そうそう。おんなじこと。

 間

ヨミ:大事な友達救うのに、力を手に入れようとしたらーー
   また1人大事な友達を失うのさ。それの繰り返しだよ。

キリコ:それは……経験談ですか?

ヨミ:それも、内緒だ。


 ◆


レム:え?

N:棗の中のヨミが目覚めた直後のことだった。
  
レム:あれ。なん、で。

N:レムの身体からみるみる血液が溢れ出していった。
  そして、そこには見るからに小学生くらいの少年が泣きそうな顔で立っていた。

ヨミ:は? お、おい! どうした! レム!

レム:あ、れ? 僕、もしかして、身体がーー

ヨミ:現実か!? クソッ!

N:ヨミは能力を使った。
  天眼通がレムの能力の先を見通す。
  するとそこには、刀を持った女が立っていた。

ヨミ:伝馬、シン……姉様……!

シン:あらぁ? この声……もしかしてぇ、ヨミちゃんの声ぇ?
   この能力者の力で眠っているんじゃないのぉ?

ヨミ:やめろ! こいつは!

シン:その様子だと、力が戻ったみたい……。
   お兄様が喜ぶわぁ。

ヨミ:何が目的なんだよ!

シン:つまらない質問……見通して御覧なさいよぉ。

N:シンは頬を膨らませた。

シン:仕方がないから……一つだけ教えてあげる。
   伝馬一族は戦争に参加するわぁ。

ヨミ:戦争、だと。

シン:お仲間が来たみたいねぇ……。
   あの女の人も、美味しそうな力場を持ってるけど、
   お兄様に怒られてしまうからそろそろ帰らないと。

ヨミ:おい、待て!

N:シンは踵を返すと、刀を引き抜いて去っていった。

レム:……あ、なつ、めさん……。

ヨミ:レム!

N:周囲の景色が歪み、様々に形を変えていく。
  公園、住宅、ショッピングモールーー語るまでもなく、それらはレムの走馬灯。
  思い出の景色をみながら、レムはその場に倒れ込んだ。

レム:さ、むい……さむい、よ……。

ヨミ:そうか……大丈夫。俺はここにいるぞ。

レム:これ、そうだ、僕……お父さん……おか、あさん……。

ヨミ:まかせろ。俺が絶対にお前の両親を教団から連れ出してやる。

レム:やく、そく……。

ヨミ:ああ、約束だ。

レム:ねえ……僕は……たのし、くてーー

ヨミ:ああ。

レム:とも、だち、に、なってーー

ヨミ:ああ。友達だ。

N:ヨミはレムの身体を抱きしめながら能力を使った。
  天眼通がレムの精神を包み込むと、とある部屋のリビングを映し出す。
  そこではーー大人の男女が笑っていた。

レム:おとう、さん、おかあ、さん、かえって、きたの。

ヨミ:ああ。そうだ。約束しただろ? つれて帰ってきたぞ。

レム:そう、なんだ。ありが、とう。

ヨミ:礼はいい。友達だろ?

レム:うん、僕ね、僕、ね、僕……。

N:そして、レムの世界は『消えた』。


 ◆◇◆


N:部屋の一室にて、伝馬ヨミは相変わらずテレビを眺めていた。

木元:何がそんな面白いんすか?

キリコ:動かないでください。検査中です。

木元:いや……俺の能力戻ったんすから。傷なんかあるはずーー

キリコ:おすわり。

木元:は、はい……。

N:花宮は棗の隣に座ると、シャワーで濡れた髪を丁寧に拭いていた。

花宮:……えっと、ヨミちゃん、でいいんだよね。

ヨミ:え? ああ。まあ、棗でも、好きに呼んでよ。

花宮:うん。ごめんね……目覚めたばっかりで、戦場に引っ張り出すことになっちゃって。

ヨミ:そんなの、気にするなよ。俺なんて、それこそ直接助けてもらってるんだ。

花宮:それは、うん、まあ……でも、作戦を立てたのも全部、朔ちゃんだったし。

 間

ヨミ:……心配すんな。

花宮:え?

ヨミ:あいつは確かに平気で勝ち逃げするようなクソ野郎だけどな。
   相手が悔しがる顔を見逃すほど間抜けじゃねえよ。

花宮:それって……朔ちゃんが、生きてるってこと?

N:ヨミは軽く笑うと、見上げるように背後に声をかけた。

ヨミ:おいゾンビマン!

木元:え? それ俺のことっすか?

ヨミ:あんた、一回シンだよなぁ?

木元:は?

ヨミ:事務所の連中もまとめて。そうだろ?

木元:いや……結構トラウマなんだけど、イジるの早くない?
   君とはちょっとしか面識ないんだけどーー

ヨミ:な? 世界ってのは、言葉で出来てるようで、実はそうでもないんだよ。

花宮:言葉、じゃない。

ヨミ:そういうこと。真実は春日さん。あんたの目の前を必ず通り過ぎるのさ。
   例えばーーはじまるか。

N:ヨミがテレビの音量を上げると、画面にノイズが入った。
  そして数秒後、テレビ画面にある男が映った。
  男は、映るなりすぐに襟首のネクタイを緩めると、頭を掻きながら口を開いた。

速見:『えー。我が国にお住まいの皆様におかれましては、突然の放送に動揺されていることと思います。
    大変ご迷惑をおかけいたしますが、おつきあいいただければと思います。
    私は、政府を代表いたしまして今回の緊急会見をさせていただきます、
    防衛省預かりの……ええー、なんつったらいいかな……あー……
    相談役、でいいか。相談役の、速見賢一と申します。

花宮:所長……?

木元:いないと思ったらこんなとこに……。

速見:『えー、皆様も御存知の通り、数週間前より我が国のみならず、
    世界中で赤い月が観測されていると思います。
    そんな赤い月の噂と共に、様々な憶測が飛び交っていることと存じます。
    そういった憶測に対する答えーーというわけではないンですが、そのー……。
    あー、この台本周りくどいわ。
    えー。この世界には『超能力者』と呼ばれる超能力を持った者たちが存在します。
    ついでに言えば、鬼もいれば、妖怪も、ともすれば悪魔みたいなもんもいます。
    そんなこんなで、我が国はこれより、そんな総ての種を引っくるめてのーー
    戦争状態に突入します。

N:その男は、世界をオムライスに例えてみせたのだ。







 パラノーマンズ・ブギーD
 『ケチャップ色の世界』 了


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