パラノーマンズ・ブギーB
『つつがなきや』
作者:domino



宝屋敷 志麻(たからやしき しま):17歳。女性。商店街のアイドルにして、宝屋敷飯店の一人娘。

荒人(あらひと):22歳。男性。速水探偵事務所、職員。里帰りした超能力者。

岩政 悟(いわまさ さとる):32歳。男性。全国指名手配犯。若ハゲだけどおしゃれだよ。超能力者。

伝馬 シン(てんま しん):19歳。女性。時代錯誤の和装美女。絶対領域で勝負。

セオドア・ウィルソン:38歳。男性。フラフラしてるけど、只者じゃないの。

田中 新一郎(たなか しんいちろう):25歳。男性。速水探偵事務所、職員。怪我して恋人に甘えるうざいひと。

栄 友美(さかえ ゆみ):23歳。女性。速見興信所、職員。最近キレイになったよ。

壱(いち):外見年齢16歳。男性。


翔子:死んでしまった少女。志摩と被り役。

志麻の父or母:ナレーションと被り役。

射的屋:ナレーションと被り役

祭り客:ナレーションと被り役






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 ◆◇◆

N:宝屋敷飯店(たからやしきはんてん)は『そこそこ評判のお店』である。
  商店街の一角に構えるその店は、一見なんの変哲もない定食屋であったが、
  普通の定食屋には置いていないであろうテラス席が奇妙な存在感を放っている。
  しかし、そのテラス席こそが、宝屋敷飯店をそこそこ評判にしている理由の一つであり、
  またこの商店街が特殊な環境であるということを象徴していた。

セオドア:……美味しいな。

N:テラス席に座る西洋人らしき男は、器用に箸を操りながら、焼き魚定食を口に運んでいた。
  無造作に風に揺れるブロンドの髪とくたびれたような目元のせいで、一見すると頼りなく見えるが、
  アロハシャツから覗く引き締まった身体が、見事なバランスで彼を魅力的に見せていた。

セオドア:あー……ごめん! 水をもらってもいいかな。

志麻の父or母(N):あいよー。志麻ー!

N:半開きになっていた店のドアが開くと、赤いエプロンをつけた少女が、水差しを片手に小走りで店から出てきた。

宝屋敷:お待たせしましたー!

セオドア:ありがとう。

宝屋敷:いいえー。

N:宝屋敷飯店の看板娘、宝屋敷志麻は、人懐っこい快活な笑顔を男に向けた。
  男、セオドア・ウィルソンはそんな志麻の顔を眩しそうに眺めた。

セオドア:シマ。今日は学校はないの?

宝屋敷:ん? ああ、ほら。前もいったじゃん。
    今は夏休みだから、学校ないんだー。

セオドア:そうだったかな。

宝屋敷:ちょっとぉ、ボケるには早いんじゃないのぉ?

セオドア:ボケる……ってどういう意味?

宝屋敷:あー、そっか……えっと、ジョーク、みたいな?
    もう……! セオドアさんって、日本語上手いから時々わかんなくなるよ。

セオドア:(笑う)本当は知ってる。
     俺はこっちで育ったからさ。

宝屋敷:……むかつくって言葉も知ってる?

セオドア:お、いいツッコミ。

宝屋敷:まったく……。

N:ふと、通りの先で数人の男達の笑い声が聞こえる。

宝屋敷:あ、ジェームズ達かな。

セオドア:ん? ああ、海の……。
     こんな時間に?

宝屋敷:いっつも早いんだよ。
    他の兵隊さんはもっと後……っていっても一時間もすれば騒がしくなるだろうけど。

セオドア:そうか……彼らは、迷惑はかけてない?

宝屋敷:んー……たまに羽目外しすぎることはあるけど、
    おかげで賑わってるし、みんな面白いし、私的には全然オッケー!

セオドア:(吹き出して)シマって、変わってるよね。

宝屋敷:え? そうかな。

セオドア:うん。とっても大人だ。
     それとも……家族の前ではわがままなのかな?

宝屋敷:(笑って)それはどうでしょー?
    ……そういえばさ、セオドアさんって毎日くるよね。
    こっちきて、2週間くらい? 観光だっけ。

セオドア:観光と、仕事と、半分半分かな。

宝屋敷:そっか。帰りとか、決まってるの?

セオドア:帰りは特に。
     それに、こんなに美味しい料理を食べられるならーー
     あ。そうだ、この魚はなんていうのかな?

宝屋敷:え? えっと……。
    (店内に)ねえ! 今日の焼き魚って何ー?

志麻の父or母(N):あー? 今日はアジ!

宝屋敷:だって!

セオドア:アジ……? そうか。

宝屋敷:旬だからね。気に入ってくれたなら嬉しいけど。

セオドア:うん。いい『アジ』だな。

宝屋敷:(吹き出して)寒いよ、それ。

セオドア:サムイ? クール?

宝屋敷:違う違う! ーーえ?

N:商店街から光が失われた。

宝屋敷:うそっ……なにっ、停電……!?

セオドア:落ち着いて、シマ。

N:セオドアの言葉と同時に、商店街に電気が戻る。

宝屋敷:うわー、びっくりしたぁ。

セオドア:ここはベースと発電所を共有している。
     予備電力施設もベースが持っているから、問題はないよ。

宝屋敷:そうなんだ……。いやぁ、何かと思ったよ。

セオドア:ああ、本当にーー

N:宝屋敷飯店は『そこそこ評判のお店』である。
  そしてその評判は、商店街の近くにある某国の海軍基地によって守られている。
  営みは、つつがなくーー


 ◆◇◆


N:海を眼下に眺める丘の上であった。

岩政:いやはや、随分と派手にやらかしているようだ。
   あの方はなんとも、お師匠様に似てやることが派手だな。

N:野球帽を目深にかぶった男ーー岩政悟は、愛車のカーブミラーを愛おしそうに撫でてから、帽子の唾を持ち上げた。

岩政:おかげで予定が大分狂ってしまいましたね。ええ。
   え? 計画性があればハゲてない? これは失礼。

N:岩政の見つめる先には青く、袖の長い服に身を包んだ人影が数人立っていた。
  その手にはそれぞれ、武器のようなものを持っている。

岩政:しかしそれはあなた方も同じこと。計画を立てるのは大いに結構、ですがこうしてバレてしまっては……。
   ええ、つまりはーー同じハゲの狢です。

N:岩政の瞳が光を失った。
  それは人知の及ばない超常能力を扱う『超能力者』と呼ばれる存在が、その力を振るう際に起こる現象であった。
  そして『超能力者』岩政悟の力が発現する。次の瞬間、青服たちは武器を取り落とし、地面に倒れ伏した。

岩政:おや、ご気分がすぐれない? これは失敬。
   ーー何ッ? 

N:岩政は、凄まじい殺気に飛びのいた。

岩政:ぐっ! ドロシー!

N:嫌な音を立ててボンネットに亀裂が入る。

岩政:……なるほど! いやはや! やはり油断はいけない!
   計画とはそういうものです! そうでしょう? お嬢さん!

N:岩政が見つめる先には、濃紺の着物に身を包んだ女が立っていた。
  透き通るような白い肌をした整った容姿はまるで日本人形のようであったが、
  その手に握られている女の身の丈ほどの長さはあるであろう大太刀(おおだち)が、少女の異常さを物語っていた。

シン:雄弁な殿方ですのね。
   ……ドロシーというのはそちらのお車のお名前ですか?

岩政:『車』ではなく、女性ですよ。ええ。

シン:そうなのですか、それは悪いことをいたしました。

岩政:愛しのドロシーに傷をつけられるのは度し難いですが……女性同士の争いですから。
   ひとまずはキャットファイトということで大目に見ましょう。

シン:あら……お優しいのね。

岩政:私、フェミニストなもので。ええ。
   申し遅れました、私、岩政悟ともうします。
   お嬢さん、お名前は?

シン:ご丁寧に。私のことはシンとお呼びください。
   ーーところで……何、しようとなさっているの? 岩政悟様。

岩政:(腕を振り上げ)動かないでいただきたい。
   すでに、私の力場の中ですので、ええ。

シン:あら、そうですの?

岩政:……その通りです。
   お嬢さんの『お仲間』が、ですがね。
   あなたが動いた瞬間……彼らの命は保証できかねます。

シン:まぁ、それは困ったわ……。

岩政:……困ったように見えないのは私の気のせいであって欲しいですが。

シン:本当に困っておりますのよ。
   異教の方に彼らをお導きされたら、私の『青』が濁ってしまいますもの。

岩政:お導き……と、きましたか。いやはや、なんとも質の悪い方々に目をつけられたものです。

シン:もちろん、あなたをここでお導きして差し上げたい気持ちもあるのですけれど。
   彼らの魂には代えられませんわ。

N:シンは頬に手を当てながら、大太刀を地面に突き立てた。
  硬いアスファルトを穿ち、地面に突き刺さる大太刀を見て、岩政の口から乾いた笑いが漏れた。
  岩政は愛車の運転席を開ける。

岩政:それではマドモアゼルーーいえ、大和撫子さん。私はこれで失礼させていただきます。

シン:(クスリと笑って)ごきげんよう。岩政悟様。
   素敵な時間をありがとうございます。
   またお会いできる時を楽しみにしておりますわ。

N:岩政を乗せた車がその場を去ると、シンはゆっくりと倒れ伏したままの青服達へと歩み寄る。

シン:とても苦しそう……いったい何をされたのですか?
   耳が、聴こえないのですか? そうですか、それがあの方のお力なのですね。
   (微笑んで)でももう大丈夫。幸せそうなお顔をなさってください。
   そう……あなた方の『青』は守られますわ。肉体を捨て、新たなる『青』へあなた方を導いて差し上げます。
   醜い赤を吐き出してください。『教団』は、あなた方を見捨てはしませんわ。

N:シンは慈愛に満ちた表情で大太刀を手に取った。
  雲の隙間から月が覗き、大太刀の刀身が青白く光った。


 ◆◇◆


N:志摩はベッドに突っ伏した。
  部活動を終えた後の店の手伝いは、彼女にとってはすでに日常ではあったが、それでも疲労はたまるものだ。
  枕に顔を埋めると自然とため息が口をついた。

宝屋敷:(ため息)もうこんな時間じゃん……もー……。
    遊ぶ暇もないじゃんかー……夏休みだってのにさぁ……。

N:志摩は風呂上がりの湿った髪を軽く撫でて、ベットの端に座り直した。
  そして、枕元に積み上がった漫画を手に取る。

宝屋敷:女子高生は、消費物……。
    私は今、消費されている……。

N:漫画の中で描かれる物語を流し読みながら、再びため息がこみ上げてくる。
  思えば自分も漫画のような華やかな学生生活を送ることもできるはずなのだが、彼女を取り巻く環境がそれを許さない。
  故に志摩は、高校2年生の夏をただひたすらに過ごしていく。

宝屋敷:あー……やばい……着替えないと……(目を閉じる)

N:布団に仰向けに倒れ込み、瞼を閉じると、心地よい疲労感が志摩の身体を包んだ。
  そしてまどろみに意識を沈めていくと、決して派手ではないが、そんな日々もそう悪くはないそう思うのであった。
  しかしーー彼女が望むと望むまいと、彼女はすでに物語の中心にいるのだった。

宝屋敷:(起き上がる)……あれ? 窓……開けたっけ……。

N:その時、志摩は部屋の隅に大きな影を見た。
  大きな、大きな、影。それは人間の形をしていた。

宝屋敷:え? い、いや……! 誰!?

荒人:あ……!

宝屋敷:お父さんーー(口を塞がれる)

荒人:待て! 待て待て待てって!

宝屋敷:(口を塞がれている)んー!

荒人:頼む……! 落ち着け!

宝屋敷:(暴れている)んー! むぐー!

荒人:志摩! 俺だ! 俺!

N:志摩は乱れる呼吸をそのままに、自らの口を塞ぐ男の顔を見た。
  黒い装甲に身を包んだ男ーー荒人は、困ったように頬を掻く。
  志摩は、その顔をまじまじと見つめて、何かに気づいたように目を見開いた。

荒人:……いいか? 手、放すから。叫ぶなよ?

宝屋敷:(頷く)

荒人:(手を離す)

宝屋敷:(呼吸が乱れている・深呼吸)

荒人:……悪かった……その……勝手に入って……。

宝屋敷:……明人(あきひと)くん、だよね。

荒人:……ああ。

宝屋敷:どうして、ここに? なんで? だって……。行方不明だって……!
    私もずっと待ってたのに……! なのに! なんでいまここに……!

荒人:お、落ち着けって。

宝屋敷:だって! そうじゃん! 意味わかんないし!
    私もさーー(涙が溢れてくる)

荒人:は? おい! なんで泣いてんだ!?

宝屋敷:え? いや……! 何これ……!
    えっと! 違う! うそうそ! これは……え?
    なんで……止まんないの……!

荒人:(ため息)それは、その……。

宝屋敷:とにかく! ちょっと……待って……。
    話、聞くから……! あと! 窓、閉めて。

荒人:お、おう。(窓を閉める)

 間

宝屋敷:(鼻を噛む)
    ……それで……。
    あなたは、私が知ってる『西之宮 明人(にしのみや あきひと)』で間違いないんだよね?

荒人:ああ……まぁ、そうだな。
   (床に座って)つっても今は、西之宮明人って名前はつかってねえけど。

宝屋敷:……え?

荒人:今は「荒人」って名乗ってる。

宝屋敷:あら、ひと……。

 間

宝屋敷:なんか、雰囲気変わったもんね。
    その……格好とかも、いろいろ。

荒人:(ばつが悪そうに)あのさ。

宝屋敷:何?

荒人:なんか……食い物、くんねえ?

 間

宝屋敷:(ため息)……待ってて。何か持ってくるから。

荒人:悪いーー

宝屋敷:座ってて。あと! 部屋のものには触んないでよ!

荒人:お、おう!

N:志摩はドアを出ると、大きく息を吐いた。
  混乱する思考とは裏腹に、その口元には笑みが浮かんでいた。


 ◆◇◆


N:とあるマンションの一室。
  速水探偵事務所と表札の出された部屋には、ダンボールが散乱している。
  そんなダンボールの中心で、栄友美は机の上を整理していた。

栄:(ため息)

田中:ユミちゃーん。どったの?

N:来客用のソファの上で足を投げ出していた田中新一郎は、
  恋人のため息にすかさず反応した。

栄:どうして、私が……?

田中:え? だってユミちゃんが手伝いたいって。

栄:違います! どうして、私だけが片付けてるのかって話です!

田中:いや、俺は怪我してるし……。

栄:違いますー! どうして、速水さんはここにいないのかって話ですー!

田中:あー、それは……まあ。

栄:(ため息)まあ、速水さんが忙しいのはわかってますけど。
  この部屋の持ち主がいないのに、3日で部屋を引き揚げろって……無理がありますよね。

田中:(吹き出して)でも俺は。久しぶりにユミちゃんと2人きりでゆっくりできて嬉しいんだけどね。

栄:ダーメ。触らないで。……怪我して帰ってきた人にはおしおきです。

田中:はいはい……。

 間

栄:そういえば……どうでしたか? 「彼ら」の戦力は。

田中:あーそうだな……数が多い。

栄:報告書は読みました。
  ……超能力者6名を含む594名の敵構成員との戦闘なんて、無茶にもほどがあります。
  あなたはゲームのキャラクターじゃないんですよ?

田中:あんなに詰めてるとは思わなかったんだよ。

栄:情報戦こそが戦闘の大部分を占めるんです!
  独断で突っ込む兵士なんて、どれだけ強くても、私はいりません。

田中:……悪かったよ。本当に。
   反省してる。

栄:もう散々怒りましたし、そのことは……もういいです。
  ……それで、新一郎くんの目からみて、彼らはどうですか。

 間

田中:ネジがぶっ飛んでる。
   超能力者でもねえ、ただの人間が、本気で俺を殺そうとかかってきやがった。
   戦闘の訓練を受けてないやつだって躊躇しねえ。
   ……ゾッとしたぜ。

栄:一種の洗脳……? 能力の一種でしょうか。

田中:九州支部を潰したあと、その辺の情報を探ろうとしてたんだけどね。
   ……そっちのほうは逆に潰された。凄まじい速さだった。
   こと純粋な戦闘能力でいえば、脅威は数による力押しくらいだろうがーー
   あいつらを潰すっていうならまず頭を見つけないことには話にならない。
   ……とどのつまり、今のところ俺らだけじゃ無理だな。

栄:そう、ですか。

田中:それに、クッパ城にはピーチ姫がいる。それも2人もな。
   救出作戦となれば、ただ潰すのより何倍も力がいる。
   なんつーかーー思ってた以上に難易度が高いクエストだぜ。

栄:ゲームじゃないって、いいましたよね。

田中:最近ゲームしかやることないんだから、仕方ないでしょうに。

 間

田中:あいつらのことは、ユミちゃんのせいじゃない。

 間

栄:ええ。

田中:わかってるか、ちゃんと。

栄:わかってます。

田中:超能力者の初期衝動は、ある種の覚醒だ。
   麗奈は自らの能力に、飲み込まれる寸前だった。
   仮に彼女を狙う勢力が複数あったとしても、
   麗奈を救い出すには無理やり力を抑えこむしかない。
   ユミちゃんの作戦は、棗も含めた、俺達全員の総意だ。

栄:ーーだから! わかってますって!

 間

田中:じゃあ、そんなに焦んな。ダサいぞ、今。

 間

栄:必ず……2人は取り戻してみせます。

田中:(ため息)それだけわかってりゃ大丈夫だ。
   力、抜けよ。タイムリミットまではまだあるんだ。そんな顔すんな。

栄:うん……あと2ヶ月だ。

田中:朔の計算によればな。
   どういう計算してんだか俺にはさっぱりだが。
   『まだ』2ヶ月あるんだもんなぁ。

栄:(吹き出す)そうですね。
  よーし! みんな頑張ってるだもん、私もできることをやらなくちゃ。

田中:おーい、こっちにもユミちゃんに助けて欲しい人がいるよー。

栄:ダメ。それとこれとは話が違うから。

田中:いけずぅー。

N:田中の携帯電話が軽く振動する。

田中:あん……? なんだ、岩政か。

栄:岩政さん? なんですって?

田中:……愛車に穴が空いたって。

栄:あの岩政さんが、ドロシーに傷を負わせた……!
  相手は相当の……ひょっとして二つ名持ちのーー

田中:(笑いを堪えている)

栄:ちょっと……新一郎くん!

田中:(笑いながら)いやぁ、悪い悪い。
   でも見ろよこの文面。いつも変な絵文字ばっか使うくせして、こりゃ相当へこんでるな。

栄:それはそうだよ。だって、ドロシーは岩政さんのーー
  あれ? ドロシーって、岩政さんのなんの立ち位置なんだろう……。
  恋人……?

田中:(微笑んで)まあ、あいつらなら、問題ないだろ。

栄:……私も、そう思います、けど。

田中:つーか。問題があったら困るっつーの……。

 間

栄:新一郎くん?

田中:弟子がヘマすりゃ、師匠たる俺の責任だろ!
   ったく……半人前のくせして、俺が帰るまで待てなかったのかね。

栄:(微笑んで)スネないスネない。

田中:別に俺はーー

栄:荒人くんにとっては、半分里帰りのようなものなんだし。
  岩政さんも着いているんだから。
  ……私は力を抜いて、できることをする。
  そして、あなたの仕事は、怪我を治すこと。いいですか?

 間

田中:……ユミちゃん、チューして。

栄:あと、すぐに甘えないこと。

田中:全然楽しくない。

栄:楽しくなくてもーーちょっと待って。

 間

田中:……どうした?

栄:新一郎くん!
  岩政さんのメール、もう一回見せてもらってもいいですか?

田中:あ、ああ。

栄;(携帯の画面を見つめて)
  ……やっぱり、違う。

田中:は? 何が違うんだよ。

栄:新一郎くん。……ゆっくりするのはお預けかもしれません。


 ◆◇◆


N:翌日。志摩は落ち着きのない様子で食器を運んでいた。
  時折、気にした様子で2階の部屋に目をやっている。
  そんな志摩の姿を、セオドアが目を細めて見つめていた。

セオドア:どうかしたの?

宝屋敷:え?

セオドア:気になることがあるようだけど。

宝屋敷:あ。いやぁ! なんていうか……ね。

セオドア:……そうだ。シマ。
     おやすみはあるかな。

宝屋敷:へ?

セオドア:(笑う)明日、何も予定がなければ、僕と出かけないか。

宝屋敷:うそ。……セオドアさんってば、もしかして、口説いてる?

セオドア:どうかな?

宝屋敷:んー。ちなみに、どこ行くの?

セオドア:実は、お祭りに行ってみたくて。

宝屋敷:あぁ! そっかそっか、猪前(いのまえ)神社のお祭り、明日だもんね。

セオドア:予定があるなら構わないけど。

宝屋敷:えっと……うん、約束はまだちょっとできないんだけど……。

セオドア:そうか、じゃあ3時頃、迎えに来る。
     ……ごちそうさま。お代はここに。

宝屋敷:え……? あー! またこれ! チップっていうの?
    うちではやってないって言ってるのに……。

セオドア:いいじゃないか。ご両親には内緒にしておけば。
     それにーーお客さんが待っているからさ。

宝屋敷:もう……あ、いらっしゃいませー!

N:2人は眼前に立つ男ーー岩政に目をやった。

岩政:いやはや、お気遣い痛み入ります。
   私は店内でもよかったのですが。

セオドア:いや、せっかくだから外で食べるといいよ。
     せっかく来たんだからね。他の街じゃあまりないし。

岩政:……いい街ですね、ここは。
   潮風で髪がベタつくのがハゲに傷ですが。

宝屋敷:ハ……?

岩政:いえいえ、お気になさらず。
   それより、お嬢さん。メニューとそれと……灰皿をいただいても?

宝屋敷:あ、はい。今持ってきますね。

N:志摩は店の中へと駆け足で入っていく。
  岩政はその後ろ姿を見送った後、ゆっくりとセオドアに目を向けた。

岩政:……お初にお目にかかります。
   ミスター。

セオドア:あまり時間がないんだ。
     今日は見たいテレビがあるから。

岩政:……普段ならばジョークの一つも返したいところですが、あいにく私も急いておりまして、ええ。

N:岩政はジャケットをめくる。
  Tシャツにじわりと滲む赤ーー岩政の身体には裂傷が刻まれていた。

岩政:厄介な連中に追われているもので。

セオドア:(笑って)それは……日本政府のことかな。

岩政:いえいえ、そちらはあまり大したことでは。

セオドア:ジョークか? いける口だな。
     ……では簡単な質問を一つ。
     停電を利用し、我々の壁(ウォール)を突破した命知らずは、”鉄靴(ヴィーザル)”で間違いないか。

岩政:ご明察でございます。

セオドア:うん。いいだろう。君の番だ。

N:岩政は帽子を脱ぐと、恭しくこうべを垂れる。

岩政:テッド・ウィルソン特務提督……。

セオドア:そのニックネームは嫌いなんだ。祖父を思い出すからね。
     セオドアで頼むよ。国家指名手配中の超能力者、岩政悟くん。

岩政:……あなた方が所有する”超常的物品(アンノウン)”
   “Label(レーベル)”についてお話ししたく。

N:その言葉を聞くや否や、セオドアはゾッとするほどの冷たい眼差しで岩政を睨みつけた。

セオドア:自分が何をいっているのか、理解して喋っているんだろうな。

岩政:……はい。

 間

セオドア:(笑って)……場所を変えよう。

N:中華飯店のドアが開く。

宝屋敷:あのー……お待たせして、すみません……! 灰皿なんですけど……。

N:店内から顔を覗かせた志摩は、申し訳なさそうに岩政に向かって言う。

宝屋敷:料理を頼む前に、その……タバコは吸うなって、お父さんが。
    ごめんなさい!

岩政:いえいえ。お気になさらず。

宝屋敷:本当、待たせたのにーーって、あれ? セオドアさん、まだいたの?

セオドア:ああ。実は、こちらの方と意気投合してね。
     これから少しばかり案内を、と。

宝屋敷:えー! お客さんとらないでよー!

岩政:また、来させていただきますよ。
   お嬢さん。

宝屋敷:絶対ですよ! あ……タバコは吸えないかもしれないけど……。

岩政:いやいや、お気になさらず。
   実のところ私、これを機に禁煙しようかと……ええ。

宝屋敷:へ?


 ◆◇◆


シン:(鼻歌)んーんーんー……。

N:小高い山の上に建てられた展望台で、シンは楽しげにスキップをしていた。

シン:(鼻歌)んーんーんー……。

N:シンが振り返ると、1人の少年が佇んでいた。

シン:……あら?

壱:あ……。ごめんなさい……邪魔でしたか。

シン:そのようなことはございませんわ。
   少し、恥ずかしい気持ちはございますけれど。

壱:……いえ……そんな……。

 間

シン:この街には、いい風が吹きますわ。

壱:……そうですか。

 間

壱:湖風のせい……かも。知れないですね。

シン:でも、人の心までそうとは限りませんのね。

壱:え?

シン:猪上(いのうえ)展望台。三之宮コーポレーション第3研究所、跡地。
   この街に来る機会があれば是非来てみたいと思っていましたの。

壱:……どうしてですか。

シン:いい匂いが、しそうだと思ったので。

 間

シン:(笑って)思った通り。
   ここにはたくさんの悲劇と血の匂いがしますわ。
   吹き込む風では飛ばしきれない匂いが、ベッタリと。

壱:そう、ですね。

シン:貴方様も、観にいらしたんでしょう?

壱:……僕はなんというか。

 間

壱:僕は……会えるかなって。

シン:どなたか、この事故に巻き込まれたのですか?

壱:……そんな、単純なものではないけれどね。

シン:私、匂いには敏感ですの。

壱:……そうみたいですね。

シン:……貴方様からは……ここと、同じ匂いがしますわ。
   ーーここにこびりついた、”死”の匂いがします。

 間

壱:やめたほうがいいです。

シン:何をです?

壱:僕を……その。どういうつもりか、知らないですけど……その。
  ……僕とは、戦わないほうがいいです。

 間

シン:あら……バレてしまいました……。
   どうしても気になってしまいまして……。
   でも……どうして避けますの? そんなに血の匂いを漂わせておりますのに。

壱:……好きじゃないんだ。殺すのは。

シン:私だって好きというわけではーー

壱:だろうね。

N:少年は、冷たい瞳でシンを見つめた。

壱:あなたもまだ……死にたく、ないでしょ?

 間

壱:貴女も……血の匂いがひどい……。
  きっと、何か目的があるんだろう……けど。
  明日の……お祭りには……来ないほうがいい……です。
  それじゃ……さようなら……。

N:そういって少年は歩き去った。

シン:ふ、ふふふふふふ……。
   アハハハハハハハハ!

 間

シン:おもしろぉい……。


 ◆◇◆


N:商店街から少し離れた小高い山の上には、『リバームーン・ホテル』が建っている。
  ホテルの最上階、美しい夜の海を眺めるスウィートルームのソファで、セオドアはブランデーの入ったグラスを傾けていた。

セオドア:随分と似合うじゃないか。

岩政:光栄ですよ……ええ。

N:彼が目を向けた先には、両腕を後ろ手に拘束された岩政が、膝をついていた。
  口以外の顔面を覆うように黒い装置をつけられており、その表情を伺うことはできない。

岩政:数時間の調整でまさか、私の能力をここまで封じられるとは思いませんでした。

セオドア:別に完全に封じられているわけではないだろう。

岩政:3秒間、能力を使用したら装置が脳を破壊する、でしたか。

セオドア:試してみたらどうだ?

岩政:遠慮しておきます。ええ。

セオドア:残念だよ。君が自分で死んでくれれば、我々も無用なリスクを避けられるからね。
     ……わかってるとは思うが、傷の治療をしたのもオマケみたいなもので、
     別に君を生かして返すつもりがあるかどうかは別の話だよ。

岩政:当然ながら、そうでしょうね。ええ……。
   しかし、私は信じておりますので。

 間

岩政:あなたは、英雄だ。
   ……決してあなたを飾る勲章を指してのことではありません。
   その精神のことをいっているのです。

セオドア:……君が俺の何を知っているっていうのかな。

岩政:知りません。ですからこれは私の願望であり、希望でもあります。
   ですが……この瞳が光を失うことがあっても、私の視界はクリアですから。ええ。

 間

セオドア:いいか、これは尋問だ。

岩政:わかっています。

セオドア:少しでも嘘をついたら、殺す。
     少しでも妙な動きをしても、殺す。
     ……では、はじめよう。

 間

セオドア:なぜ、追われている。

岩政:公安特務に所属していた私は、とあるミッションの指揮をとっておりました。
   ミッションコードは……『エンジェル』
   ミッション内容は、災害級無所属超能力者『安藤麗奈』の保護。
   私は……一度は作戦を無視し、彼女を殺害しようとしました。
   ですが、最終的には彼女を保護する方向に作戦を切り替えた。

セオドア:(笑って)ふぅん。

岩政:外部企業と連携を取りながら、衝動を起こした安藤麗奈の力を封じることに成功し。
   転送能力によって、スタジオに彼女を転送しようと試みました。

セオドア:サルコファグス、か。考えたな。

岩政:結果はあなたもご存知の通り。
   安藤麗奈の身柄は……奪われました。
   その後、彼女を取り戻すべく、公安から離反したというわけです。
   結果、公安……政府から指名手配されることになりました。

セオドア:事態の変容と、結果の妙……。
     俺が君の雇い主だったとしても、その状況ならば君を拘束し、スケープゴートにするだろうね。
     しかしーーなぜ、わざわざ追われると分かった上で安藤麗奈を追う。

岩政:それはーー私が『クソったれた人情派のデクの棒』
   だからですかね。ええ。

セオドア:……なんだって?

岩政:大切な教え子が二人も奪われて、黙ってみていられるというのなら、
   私は講師失格です。

 間

セオドア:(微笑んで)いいだろう。

N:セオドアは、岩政につけていた拘束具を取り外した。

セオドア:連絡が途切れたから驚いたよ。岩政くん。
     ……本当に君だとわかって安心した。

岩政:私も安心しました。
   お恥ずかしながら、連絡手段を奪われてしまいましてね。
   敵に先手を取られるわけにはいかないので、このような手段を取らせていただきました。

セオドア:命を捨てる覚悟で、か。

岩政:ええ。そのとおりでございます

セオドア:君を交渉役に選んで、正解だった。

岩政:光栄です。

セオドア:……話しておくことがある。
     西の丘で死体が上がった。青服を着た男女8名。

岩政:死体が……?

セオドア:軍が内々に処理したよーーやったのは、その様子だと、君じゃないのか。

岩政:私は……能力で無力化しましたが、その後に彼らのーー
   恐らくは”使徒”と呼ばれる少女の強襲に合い、そのあまりの戦闘能力の高さに、
   私は……逃走しました。

セオドア:(苦笑い)はっきりいうじゃないか。

岩政:事実ですから……ええ。
   大太刀を持った、美少女でした。
   胸の傷も、通信手段も、彼女に。

セオドア:……刀を持った美少女、ね。興味あるな。

岩政:見た目は素晴らしかったですが。
   ナンパをする隙すらありませんでした。

セオドア:女は、怖い。

岩政:しかし、はっきりしたこともあります。
   やつらの襲撃は明日。猪前(いのまえ)神社の夏祭りにて行われるということです。

セオドア:大勢の人間を人質に、”Label(レーベル)”を奪うつもりか。

岩政:ええ。安藤麗奈を手に入れてから、やつらは明確な目的を持って動いています。
   恐らくは、安藤麗奈こそがやつらの鍵であり、彼女を使って、なにかをなそうとしているーー
   というところでしょう。

セオドア:何をしようとしているにしろ、レーベルを奪われることだけは避けなくてはならない。
     なぜならやつらは、目的のためならば、仲間すら容赦なく斬り捨てるようだからーー

岩政:ええ。クソムカつきすぎて、クソぶち転がしくなる。

セオドア:(吹き出して)……君はメールの印象とは違うな。
     絵文字だらけの文面だったから、乙女のような繊細な男と思っていたがーー
     軍学校でも君ほど口が悪いやつは1人くらいしか居なかったよ。

岩政:髪がフサフサでしたら、モヒカンにしてしようと思ってたものです。

セオドア:ははは! いや、いいね。やはりいい友人になれそうだ。

岩政:光栄です。

セオドア:今日はここで休むといい。
     ……『青の教団』とかいうクソムカつくゴミ共のことは、
     マスかいて、クソしてから、引き摺り回してやるとしよう。

岩政:……やれやれ……口が悪い1人とは、貴方のことでしたか。


 ◆◇◆


N:志摩はベッドで目を覚ました。

荒人:よう。

宝屋敷:ぬああああああ!

N:椅子に座って漫画を読んでいたのは荒人だった。

宝屋敷:何!? 何! なんなの!?
    何してんの! 何やってんの!?

荒人:いや、ちゃんと今度はちゃんと玄関から入ったぞ。

宝屋敷:(飛び起きてドアに向かって)
    ちょっと! お父さん!? お母さん!?

志麻の父or母(N):あー!? 何ー!

宝屋敷:なんで勝手に入れたの!?

志麻の父or母(N):自分が昼前まで寝てるからだ!
          彼氏さんを待たせたら悪いだろう!?

宝屋敷:かっ……! 違うっ! っていうか!
    だとしても一人娘の寝てる部屋に男を送り込む親があるかー!

志麻の父or母(N):それより! 今日、祭りいくんだろ!?
          休みにしとくから楽しんできな!

宝屋敷:ま、祭り?

荒人:て、ことらしいけど。

宝屋敷:らしいけど、じゃない!
    何勝手なこと……! っていうか、この間もご飯食べたらすぐ寝る!
    朝起きたらもう居ないし……どういうつもりよ!

荒人:あの日は疲れてたし……朝は声かけたんだけど、お前イビキかいて寝てたから。

宝屋敷:デリカシー!

荒人:そういえば、今日も……お前寝方が悪いんじゃーー

宝屋敷:デリカシーっつってんだろ! ぶん殴るぞ!

荒人:それよりさ。

宝屋敷:(ため息)何……!

荒人:祭り。行こう。

宝屋敷:ハァ!? そういや、なんかさっき行ってたけど……。

荒人:猪前神社の祭り。今日だろ?

宝屋敷:……それは、いいけど……。

荒人:じゃあ、また迎えにくる。

宝屋敷:ーーちょっと待って!

 間

荒人:なんだ?

宝屋敷:なんだ。じゃないよ。
    この間、聞き損ねた。

 間

宝屋敷:今、何してるの。

荒人:……何ってーー

宝屋敷:超能力。

 間

宝屋敷:超能力使って、何してるの。

荒人:……仕事だよ。

宝屋敷:どこで。

荒人:……東京。

宝屋敷:戦ってるの。

 間

荒人:たまに……。

宝屋敷:嘘でしょ。

荒人:仕方ないときだけだ。

宝屋敷:嘘だ。

荒人:嘘じゃないってーー

宝屋敷:本当に、本当なんだ……?
    嘘じゃないって、誓える?

 間

宝屋敷:やっぱり、嘘なんじゃん。
    戦ってるんじゃん……。

 間

宝屋敷:なんで。帰ってこなかったの?
    ……なんで、連絡よこさなかったの?
    ……どうして、今になって帰ってきたの?
    答えてよ……!

 間

宝屋敷:(ため息)……やめた!

荒人:え?

宝屋敷:行かない。お祭り。

荒人:ーーちょっと、待て!

宝屋敷:別に、私なんていなくたっていいでしょ。
    5年会わなくたってどうでもいいみたいだし?
    ほら。出てって。

荒人:いや、違うんだって!

宝屋敷:何が違うのよ。ほら。出てってよ。
    今度は10年後くらいでいいからさ。

荒人:おい、待てって。

宝屋敷:(荒人の背中を押して)早くッ!
    勝手に女子の部屋入るとか本当に気持ち悪いから!
    ストーカーかっての!

N:志摩は荒人を部屋の外に追い出すと、ドアを閉めた。

荒人:おい……! 開けろって、志摩!

宝屋敷:なんですか? 超能力者の荒人さんでしたっけ。
    そんな扉、なんだったら力でやぶればいいじゃないですか。

荒人:狙われてんだ!

 間

荒人:お前、狙われてるんだよ。

宝屋敷:狙われてる……? ……誰に。

荒人:『青の教団』……俺達が追ってる組織に。

 間

宝屋敷:(吹き出して)ふふふふふ……ははははは!
    なるほどね! なるほどなるほど……。
    それで、帰ってきたってわけね。

荒人:……俺は、お前がーー

宝屋敷:舐めんのもいい加減にしろッ!

 間

宝屋敷:もういい。消えて。

荒人:このままじゃ今日にもーー

宝屋敷:消えろって言ってるの!
    私は、アンタなんかに守られるほどに弱くない。
    根拠のない自信でいってるわけじゃないのはわかってるでしょ。
    アンタが一番良く、ね。

荒人:志摩、でも俺は……。

 間

荒人:それでも、俺は……お前を守るよ。

N:荒人の足音を聴きながら、志摩はゆっくりとその場に崩れ落ちた。

宝屋敷:(泣きながら)ふざけんなよ……もう……!
    もう! なんだよぉ……! ちょっとくらい、期待すんじゃん……!
    漫画みたいに……主人公に慣れるかもって……!
    素敵な夏休みが過ごせるかもって……!
    わかってるよ……だって私……人間じゃないもん!
    どうして……? どうしてよぉ! 
    (間)
    ……まもらなくていいから……そばにいてよ……あきひとくん……。


 ◆◇◆


N:栄がアクセルを踏むと、車はゆっくりと走り出した。

栄:新一郎くん……! 後ろは? 後ろは大丈夫ですか!?

田中:(地図を見ながら)んー? 大丈夫大丈夫。

栄:まだ地図は見なくてもいいんです!
  それよりもこっちのほうが重要です!

田中:そんなにビビらなくてもいいって。

栄:いいですか! 私は! ペーパードライバーなんです!

田中:そういうのは意識の問題。
   ほら、ぶつかったっていいと思えばーー

栄:いいんですね? 事故って私が死んだっていいんですね!?

田中:は?

栄:ほら! そりゃ新一郎くんは世界でも指折りのスーパー超能力者ですよ!?
  でも私は! ただの! 人間なんです!

田中:いや、そんなこといってないし。
   っていうか……(微笑んで)俺が命に変えても君を守るよ。

栄:そういうのいいから!

田中:……えー。

栄:女が守られてるだけでオッケーなんて、守ってる気になりたい男のエゴの押し付けなんですからね!
  相手を思えば思うほど、相手と対等になりたいって思うんです!
  怪我した彼氏のために、慣れない車を運転しようとしている私の気持ちがわかんないなら、
  すぐにでも引き返して、ベッドに縛り付けて1人で行きますからね!

 間

田中:……はい。

栄:後ろ! 大丈夫ですか?

田中:はい……大丈夫です。後続車は適切な距離を開けて走行中です……。

栄:よろしい!

田中:……”巨人(ジャイアント)”も廃業だな、こりゃ。

栄:”小人(ピクシー)”でも、好きですよ。

田中:それ、笑えない。

 間

田中:マジで、岩政に何かあったってのか。

栄:説明したとおりです。
  あのメールは、岩政さんが打ったものではありませんから。

田中:絵文字がなかった以外、疑うところはなかったろ。
   ドロシーとも書いてある。それに教団の襲撃が今日の祭りの日に行われるっていう報告もあった。

栄:その程度、簡単に聞き出せます。それに、今岩政さんの携帯を持っているのが教団の人間なら?
  襲撃の日時なんて手に取るようにわかります。
  そして確信に至った理由はーー通常のメールアドレスだったこと。

田中:それなんだよな……。

栄:岩政さんの携帯には通常のメール機能と、速水さん特性の強力なロックがかかった連絡機構があります。
  犯人はメールを開き、私たちとの普段のメールのやり取りを確認した。
  そして、そのアドレスから私たちに対してメールを送った。

田中:普段のメールを確認したなら、絵文字を使っていることもわかったはずだけどな。

栄:そこは私にもわかりません。
  ですが、どれだけ戦闘後で気持ちが昂ぶっていたとしても、
  ドロシーが傷ついて落ち込んでいたとしても、
  岩政さんは通常のメールから任務の経過報告は送らないです。
  あの方は、協力者との交渉役を務め上げられるほどのーー

田中:ユミちゃん! 前! 前!

栄:えっ? キャー!

N:前方の車両に激突しようとした瞬間、車はピタリと止まった。
  前方の車両は抗議のクラクションを鳴らした。

栄:す、すみません!

田中:いや、大丈夫。

栄:……新一郎くん、なんで下むいて……目も閉じてます?

 間

栄:もしかして……今……! 能力、使いました?

田中:ぐー……。

栄:(ため息)もう……ありがとう……。


 ◆◇◆


セオドア:志摩……志摩?

志摩:え?

N:志摩が顔をあげると、セオドアは困ったように笑った。
  午後4時の猪前(いのまえ)神社の境内は、たくさんの人で賑わっていた。
  蝉は高らかに歌い、祭り囃子と喧騒の隙間から、焼けたソースの匂いと、煙臭さが香ってくる。
  志摩は、赤い浴衣の袖を揺らすと、申し訳なさそうに目の前で手を合わせた。

志摩:ごめん! セオドアさん、ボーッとしちゃって……!

セオドア:いや、いいんだよ。

志摩:ううん、ごめん!

セオドア:……悩み事かな? ずっと浮かない顔をしてる。

志摩:別に? 全然? いや、あれだよ……なんていうか、ほら。
   手伝いばっかりだったから、久しぶりの自由でその、戸惑った感じでーー

射的屋:いらっしゃいいらっしゃい! 楽しい射的ゲームだよー!
    一回4発で2百円!

志摩:ーーあ! 射的だって! ねえねえ、やろうよ! セオドアさん!

セオドア:射的か。

志摩:すみませーん! 2人で一回ずつ!

セオドア:あ、俺が出すよ。

志摩:自分の分だけ出して!
   私、家の手伝いでお小遣いいっぱいあるし、今日は一緒に遊びに来たんだし。

セオドア:そうか……いや、そうだね。

射的屋:はい。銃口は人には向けないでね。
    玉を詰めるときも、銃口は覗かないで、下を向けながら詰めること。

志摩:はーい!
   よぉーし……それじゃ! (打つ)そりゃ!
   ……あれ? どこいった?

セオドア:よっと……(打つ)
     なんだろう、癖があるな。

 間

志摩:あー、ダメだー! 全然当たんない!

射的屋:はーい。参加賞。

志摩:くっそー……セオドアさんはーー

射的屋:おぉ! 大当たりぃ!

セオドア:うん。ちゃんと落ちるもんだね。

志摩:うわー! すごいすごい!

射的屋:その撃ち方。あなた、軍の人?

セオドア:え?

射的屋:あの、今年はベースで何かあったんですか?
    毎年、地元民より早く来て、最後まで騒いでる人たちが、今年は全然見ないもんだから。
    みんな首かしげてたんですよ。

セオドア:あー、いや。俺は軍のものじゃないんだ。

射的屋:ええ? そうは見えないけど。

セオドア:軍学校に行っていたから、それでかもしれないね。

射的屋:ああ。なるほど。

セオドア:……ベースの連中を見かけたら、声をかけておくよ。

射的屋:(笑って)助かるよ。売上に響くんだよね。
    はい、どうぞ。兎のぬいぐるみです。

セオドア:どうも。(受け取って)
     はい、志摩。

 間

セオドア:……志摩?

志摩:いらない……。

セオドア:どうして? 志摩のためにとったのに。

志摩:いらない……悔しいから……。

セオドア:(吹き出して)そうか。志摩は自分で取れるからな。

志摩:あー! そうやって馬鹿にする……!


 ◆◇◆


岩政:あー見てください、荒人さん! 型抜きがありますよー!
   懐かしいですねえー!

 間

岩政:じゃがバターもあります……!
   あー! 大判焼きですよ! 大判焼き!
   私、好きなんですよ……! あのカスタードが入ってる方が特に!
   ねえねえ、買いに行きませんか……?

 間

岩政:ねえちょっとー……こんなんじゃせっかくのデートが台無しですぅ。
   私ぃ、浮気しちゃうわよぉ?

N:荒人は顔を近づけてきた岩政のおでこを叩いた。

岩政:あいたー!

荒人:うるせえ……はしゃぐな。

N:2人は林の中から祭り会場を監視していた。

岩政:なんですか、らしくないですね。
   いつもなら荒人さんが率先してはしゃいで、私が少し後ろから付いていくっていう、
   刑事モノ映画の凸凹コンビみたいなやり方でやってるじゃないですか。

荒人:誰がお前と凸凹するかよ!

岩政:合わさったらピッタリですよ? テトリスみたいに。

荒人:お前だけ消えてくれ。

岩政:いやはや、手厳しい。

 間

岩政:彼女なら大丈夫ですよ。ウィルソン提督がついていらっしゃいますから。

荒人:そういう問題じゃない。

岩政:じゃあ、どういう問題ですか。

荒人:お前には関係ないだろ……。

岩政:ほぉ、なるほど。
   では速水さんや、田中さん、栄さんはどうですか?

 間

岩政:……では、棗さんや安藤さんは?
   関係ないんでしょうか。

 間

岩政:悩むのはご勝手ですが、今回の作戦指揮は私に任されております。
   ウィルソン提督との会談も終わり、やつらの襲撃を止める手はずは整いました。
   しかしながら、奴らはこの街のベースの上層部をも押さえています。
   今朝から、ベースから兵士を街に出さないように指示が出されているようですからね。
   ええ、それはもう確実に。
   ……つまり、やつらはそれだけ大きな力を持っていることになります。
   ですが、我々は今夜ーー必ずやつらの尻尾を千切り取る。

荒人:わかってるよ。だから尚更集中してんだろうが。

岩政:集中しているという言葉は、私を見てからいいなさい。

荒人:あ? ……何をーー

N:岩政は、真剣な眼差しでまっすぐと荒人を見つめていた。

岩政:これが失敗に終われば、私達は終わりです。
   レーベルを奪われ、やつらは雲隠れするでしょう。
   そして、安藤さんと棗さんは戻っては来ない。
   私は政府に拘束され、速水探偵事務所のメンバーも皆、ただではすみません。
   ことの重大さが、わかっているのは私と貴方、どちらですか?

 間

岩政:(微笑んで)仕方がありません。聞いて差し上げましょう。
   悩みを聴くのも、講師の努めです。ええ。

荒人:俺は……別に……。

岩政:話しなさい。西之宮明人くん。

荒人:……わかったよ。


 ◆◇◆


志摩:(リンゴ飴を舐めながら)んー! おいしー!
   これこれ! これ舐めないと祭りに来たって気がしないよねー!

セオドア:……よく食べるな。俺のお腹はもう、たこ焼き一つ座る席がない。

志摩:ま、若いからねー。

セオドア:それもそうだ。
     それはそうと……良かったの。
     本当に案内に付き合ってもらっちゃって。

志摩:うん! だってほら、私も来たかったしさ、お祭り。

セオドア:彼氏と、約束してたんじゃないの?

志摩:え? ええええ!?
   ……いや! 何それ、どこで聞いたの!?

セオドア:ご両親が。迎えに寄ったときにね。
     彼氏と昼間に喧嘩してたって言ってたから。

志摩:いやぁー……ははは! そういうんじゃないんだけどなぁ!
   あの人は、その……なんていうのか……友達っていうか。

セオドア:大切な友達、そうだろ。

志摩:……うん。まあ。

 間

志摩:小さい時からの、友達。

セオドア:幼馴染、か。

志摩:5年前に、その後居なくなっちゃったんだけどね。
   この間、ふらっと帰ってきたんだ。
   それで……その……。

セオドア:どうして、喧嘩しちゃったの?

志摩:……帰ってきたのは、私に会いに来たからじゃなかったんだ。
   なんていうか、仕事で? みたいな……。
   用事のついで、みたいなさ……。それで、カッとなって……。

セオドア:(笑いを堪えている)

志摩:なんで笑ってんの!?

セオドア:いや、だって……それ、嫉妬してるだけでしょ?

志摩:そうじゃないもん!
   そうじゃなくてさ……だって、その人、逃げたんだ。
   私のことだけじゃなくて、いろんなことから……。
   なのに、まだウジウジしてる。
   それが、許せなくって。

セオドア:それだけ、彼にとっては大きなことだったんじゃないか?

志摩:え?

セオドア:志摩、彼は、確かに逃げたかもしれない。
     逃げたってことは、弱い人間だったからだ。

志摩:何、いってんの……?

セオドア:あの事件の後で、ここを離れる決断をしたことは、確かに逃げだ。
     しかし、それはーー人としては正しい反応だ。
     西之宮明人は人間的である。それは喜ばしいことだろう?

 間

志摩:……セオドアさん……あなた、何者?

セオドア:志摩、僕はーー

志摩:クソッ……!

N:志摩はセオドアを突き飛ばすと、雑踏の中に駆けていった。


 ◆◇◆


岩政:なるほど……それで、護衛対象でもある彼女に追い出されてしまったと。

 間

岩政:バカですね。

荒人:……わかってるよ……。

岩政:いいえ、わかってません。

荒人:はぁ?

岩政:なぜなら、そこですごすご引き下がって、こんなところでハゲメンと2人で語らっている時点で、
   貴方はまた、逃げ出したということですから。

荒人:また、ってどういう意味だよ。

岩政:何故、あなたはここにいるのでしょうか。
   速水所長が指示したからですか? ええ。
   それなら確かに理由になります。速水所長の指示は的確ですから。
   護衛対象と関係性のある貴方なら、より近くで彼女を守ることもできる。
   もちろんその的確だった指示すらも、こうなっては人選ミスと言わざるを得ないわけですが……。

荒人:いいから、はっきり言えって……!

岩政:思うに。貴方がなぜここにいるのか。それこそが重要なのです。
   西之宮コーポレーション第3研究所倒壊事件。
   死者、94名。行方不明者、13名。
   他に類を見ない、あまりにも悲劇的な事件でした。

荒人:お前、知ってーー

岩政:ええ。知っていますよ。
   セオドア提督が話してくださいましたから。

荒人:セオドアが……? ハハ、そうか……。

 間

岩政:……あなたに一つ。アドバイスをしましょう。
   西之宮明人ーーあなたは、挨拶をしなさい。
   しっかりと、自分の過去から目をそらさず。
   今回の作戦は、あなたの帰省も兼ねているのですから。

N:岩政は耳元の無線機に手を当てると、困ったように微笑んだ。

岩政:そしてこれは……私の”相棒(バディ)”である、荒人くんにお聞きします。
   先ほど、宝屋敷志摩がウィルソン提督の元から逃げ出しました。
   ここは私一人でも大丈夫ですが……あなたはどうしますか?

N:荒人は返事もせずに林を駆け下りていった。

岩政:必ず……必ず、お守りなさい。
   ……いやはや。若いって、いいですねえ……。
   心がフサフサです。

N:岩政は帽子を被りなおすと、能力を発動した。

岩政:サポートはおまかせを。それが大人の努めですから、ええ。


 ◆◇◆


セオドア:(耳に手を当て)エドワーズ、追え。
     ”鉄靴(ヴィーザル)”も向かっているはずだ。
     彼を攻撃するなよ。他は、フォーメーションを維持。
     ……やれやれ、ここまでのお転婆だとはな。

祭り客:うわっ、すっごい美人。

N:周囲から黄色い声が上がる。
  セオドアが視線を向けると、着物に身を包んだ美しい少女が、綿あめを舐めながら歩いてくるところだった。

祭り客:モデル? いや、女優とかじゃない?

シン:あの、申し訳ありませんが、道を開けてくださるかしら。

祭り客:あ、すみません!

シン:感謝いたしますわ。

N:少女ーーシンは、セオドアとすれ違う瞬間に、足を止めた。

シン:あら。貴方様……異国の方でございますか?

セオドア:オー、ヤマトナデシコガール、ゲイシャゲイシャー。

シン:困ってしまいましたわ。こういうときはどうしたら良いのでしょう……。

セオドア:ソレハ簡単デース。
     アナータハ、ワターシ二……ご同行していただければそれでいい。

シン:まあ……情熱的な誘いかたですこと。
   ですが、よろしいんですの?
   私の他に、デートに誘っている方がいらっしゃるみたいですけれど。

N:祭り会場に悲鳴が上がった。
  次の瞬間、祭り会場の客が次々と上着を放り投げていく。
  そして、会場の客達の約三分の一が、青い装束を来た信徒へと姿を変えた。

セオドア:青の教団。コレだけの戦力を投入するとは、随分羽振りがいいじゃないか。

シン:そのようですわね。

セオドア:まあ、それはそれで構わん。

N:信徒が客の1人の肩を掴む。
  客はその腕を掴むと、思い切り放り投げた。

セオドア:まとめて潰せて、手間が減るからな。

シン:あらあら、これはどういうことかしら?
   貴方様のお仲間、ですの?

セオドア:その通り……。テメエのケツの穴にぶち込んでやりたいって、
     いきり立ってる俺の部下たちさ。

シン:んー……聞き覚えのない単語ばかりで、なんとおっしゃっているのかはわかりませんけれど……。
   少しだけ、興奮しますわ。

セオドア:お前らァ……民間人に傷一つつけんじゃねえぞ。
     鎮圧しろォ! Ret’s Rock(レッツ ロック)!

N:戦闘がーー否、祭りが始まった。

セオドア:でもって……テメエの相手はこの俺だ。

N:セオドアは瞳を見開いて、超能力を発動した。
  セオドアの人差し指がシンを捉えると、指を囲うように強靭な力場が形成され、指先から超能力の弾丸が放たれた。
  甲高い炸裂音が響いた後、シンの身体が大きく吹き飛んだ。

セオドア:おいおい、どんなマジックだ。その刀、どこに隠してやがった。

N:シンはどこからか取り出した大太刀で弾丸を受け止めていた。

シン:なんて破壊力……殺す気、ですの?

セオドア:どう思うかはテメエ次第だ。

N:シンは駆け出すと大太刀を振るう。

シン:嬉しいですわ……踊ってくださいますのね、私と。
   それでは。『青の使徒』伝馬シン……参りますわ。

セオドア:特務機関『PASS(パス)』のセオドア・ウィルソンだ。
     この街に手を出したこと、後悔するんだな。


 ◆◇◆


N:志摩は祭りの喧騒から遠く離れた通りを歩いていた。
  その後ろを、荒人が追いかける。

志摩:(早歩き)

荒人:待て!

 間

荒人:待てって! 志摩!

志摩:……何?

荒人:お前! なんで逃げたんだ!
   あの人はなーー

志摩:なぁんだ。やっぱりお仲間?
   ほんっと、くだらないことばっかりするね。
   人のこと騙して楽しいわけ!?

荒人:そうじゃないって! あの人は、別だ!

志摩:どうだか! あんたの名前も知ってたみたいですけど!?

荒人:いい加減にしろ!

 間

荒人:……頼む。話、聞いてくれ。

志摩:ずっと聞いてるじゃん。

荒人:聞いてない。
   ずっとお前は、聞いてない。

志摩:じゃあ言ってみればいいじゃん。

 間

荒人:教えてくれ。

志摩:はぁ?

荒人:俺が居なくなった後、お前は、どうしてたんだ……?

宝屋敷:……明人くんがいなくなってしばらく、街は事件で持ちきりだった。
    テレビでもずっとやってたよ。西之宮第3研究所の謎、とか。
    あることないこと、ずっと。

荒人:……大変だったんじゃないのか。

宝屋敷:ううん……私のことは、テディお爺様が手を尽くしてくださったから。

荒人:ベアードさんが?

宝屋敷:うん。すごかったよ。
    あっという間に私の戸籍とか、そういうのも出来上がって。
    気がついたら宝屋敷飯店につれていかれて、お父さんとお母さんを紹介されて。

荒人:そっか……。

 間

宝屋敷:そうだ。明人くん……私ね、家族ができたんだよ。

荒人:会ったよ。いい人たちだった。

宝屋敷:うん。すごくいい人達。私のことも、本当の娘にしてくれたし。
    私だって、本当の両親だって思ってるよ。心から。
    毎日うるさいし、手伝いばっかりで遊ぶ暇もないけど、すごく、すごく幸せ。

 間

宝屋敷:……でもさ。
    居なくなっちゃったんだよ、一人……大切な人が。

 間

宝屋敷:荒人くん、だっけ?

荒人:……志摩。

宝屋敷:だって! 帰ってこなかったもん!
    絶対に戻ってくるっていったくせに!
    ……帰って、こなかったじゃん……。

荒人:なあ、祥子。

 間

荒人:……俺、あの日ーー


 ◆◇◆


N:”祭り”の起こる数時間前。
  岩政の愛車、ドロシーの助手席で、セオドアは背もたれに頭を預けていた。

セオドア:うん。素晴らしい乗り心地だ。

岩政:ドロシーも喜んでいますよ。ええ。

セオドア:(吹き出して)ひょっとして君がメールで言っていたドロシーというのは、
     この車のことだったのか?

岩政:その通りですが……何か?

セオドア:なるほど、変態め。

岩政:お褒めに預かりまして光栄です。

 間

セオドア:そうだ……明人は、元気?

岩政:明人……ああ。そうですね。元気に暴れていますよ。

セオドア:そうか。大人しくて自己主張のかけらもなかったけどねえ。
     ま、楽しそうならなによりだけどさ。

岩政:……聞いてもよろしいでしょうか。

セオドア:何を?

岩政:西之宮コーポレーション第三研究所倒壊事件について。

  間

セオドア:……祖父がまだ『PASS』を率いていたころだ。
     俺は祖父に連れられて西之宮コーポレーション第三研究所を訪れた。
     祖父はすでにその頃、『あの研究』に感づいていて、内部を探る機会を探していたんだ。

岩政:あの研究、ですか。

セオドア:所長の西之宮 亜希菜(にしのみや あきな)との会談の最中だったな。
     祖父の後ろで待機していた俺のもとに、彼らがやってきた。
     研究対象と目されていた少年少女達。そして所長の息子、西之宮明人だ。
     俺は祖父に、彼らの面倒を見るように言われ、様子を見ていたよ。
     彼らは皆、身寄りのない病気の子供達だった。
     ……研究対象の子供達は、僕の予想に反してみんなとても幸せそうだった。
     第3研究所自体が『彼らを治療をする医療施設』というていをなしていたからね。
     実際に彼らをケアするあらゆるものがあそこにはあった。
     彼らも、幸せだっただろう。
     (間)
     ……死ぬまでは。

 間

セオドア:いいか、岩政悟。
     西之宮第3研究所が行っていたのは、死んだばかりの子供の心臓に『超常的物質(アンノウン)』を埋め込み、
     人工的に超能力者を作り出すという悪魔の研究だ。

岩政:……なんですって?

セオドア:そして、その手術に適合した子供のことを、人造人間『Label(レーベル)』と呼ぶんだよ。


 ◆


荒人:……あの日、俺が研究所に戻ったら、中は空っぽだった。
   受付にも誰もいなくて、エレベーターも止まってた。
   上層に登ったら……白衣の人が倒れてて……顔を見たら、母さんだった。
   母さんが、死んでたんだ。胸を一突きだった。
   あの怖くて怖くてたまらなかった母さんが、動かなくなってた。
   周りを見渡したら、廊下にはたくさんの人が、倒れててーー
   その先に、『あいつ』がいた。
   壱が、いたんだ。


 ◆


セオドア:……当時、俺が知っていたレーベルは一人。
     『壱(いち)』と呼ばれている少年だった。
     彼は適合者第一号。故に、壱。
     壱は他の子供達のリーダーであり、そして異様に知能が優れていた。
     ゆえにーー悲劇は起きてしまった。


 ◆


荒人:あいつが、みんなを殺したんだ……それに気づいた瞬間、頭に血が上った。
   でもそれ以上に、俺の中で何かが囁くんだ。
   『これで自由だ』ってさ。
   『僕』は……西之宮明人は……。
   ーーその瞬間に、全てから解放された。


 ◆


セオドア:……明人はね、知っていたんだよ。自分の母が何をしていたのか。
     そして、今目の前で駆け回っている彼らが、どういう運命を辿るのかも。
     それでも彼には力がなかった。俺たちにそれを伝える勇気さえなかった。
     彼が悪いとは言わないが、それでも彼はまだ弱い少年だった。   


 ◆


荒人:僕は嘘をついていた。


『翔子:私はね、翔子っていうの!

『壱:僕は壱(いち)だ……よろしく


荒人:君たちは友達だったのに。


『壱:……明人もやってみなよ。
   いや、僕は見ているだけでいい……それだけで、楽しいから。

『翔子:見てみてー! ほら、これ!
    壱、アキくん、似合うかな!

『壱:似合うよ、翔子。ほら、明人も……(吹き出して)似合わないね。

『祥子:ふふ……! あ……いや、嘘だよ! 可愛いって!


荒人:守りたいものは君たちだけだったのに。


『翔子:私ね……もうすぐ死んじゃうんだって。
    っていうのは、最初から知ってたんだけど……。
    あのね、所長が、もしかしたら、治るかもしれないって。
    ここに連れてきてくれて……うん。でも幸せだよ!
    普通にしてたらもう死んじゃってたのに、ここで……。
    アキくんと出会えて……だからーー悲しまないで。

『壱:翔子のこと、聞いたんだね。
   ……明人、知っているんだろう?
   うん。でも……君は気にすることはないんだ。
   だって、それが僕たちの……宿命だ……。


荒人:僕は怖くて……! 怖くて! 怖くて!


『壱:翔子の手術は成功したよ。明人。
   ククク……成功した、か。
   ねえ、明人ーー


荒人:嘘をついたんだ! 僕は!


『壱:明人……明人……! 明人ォ!
   僕らは……なんだったんだ?


荒人:声が……したんだ。
   『目の前にいるこいつがいいチャンスをくれたぞ。
   すべてを捨てろ。お前はお前のものだ。
   荒々しい感情の波で、すべてを飲み込め。


『壱:終わらせよう、明人。
   全てを。


荒人:その瞬間、僕は、超能力者になった。
   衝動に飲み込まれ、そして、壱と戦い。
   研究所を倒壊させそして……壱を、殺した。
   あいつが母さんを殺したからッ!
   あいつがみんなを殺したからッ!
   違う! 違うんだよ……僕は、壊したかったんだ。全部。
   (間)
   志摩ーー翔子、ごめん。西之宮明人も、『俺』が殺してしまった

 ◆


岩政:では……研究所はーー

セオドア:超能力者として覚醒した西之宮明人が破壊した。
     結果、事件の首謀者であった壱も死亡。
     他の研究対象の子供たちも、ほぼ全員が死亡、及び行方不明だ。
     俺達が駆けつけた時には……それはひどい有様だったさ。

岩政:ほぼ全員、ってことは……。

セオドア:ああ、一人いたんだ。
     事件の前に、レーベルになった4人目の少女。
     生前の名前は翔子……レーベルとしての識別名は、『四魔(シマ)』


 ◆◇◆


宝屋敷:明人くん。

N:志摩は荒人を背中から抱きしめた。

宝屋敷:……手術をしてから、私の中にいる翔子は薄れてしまったんだ。
    死ぬ前のこと、ぼんやりとしか覚えてないし、気がついたら私は『志摩』だった。
    でもね……明人くんのこと、覚えてたでしょ?
    それだけじゃない、三之宮所長のこと、職員のみんなのこと、私は今でも夢に見る。
    壱のことだって、そう。

 間

宝屋敷:……みんな大切で、みんな特別で……。
    だから、夢に見て、うなされて、苦しんで……それで、どうするか決めるもんだよ。
    だって、それもできなかったら、人間じゃなくなっちゃうじゃん!
    (間)
    逃げたんだよ明人くんは、そういうのから全部。
    どっかのおじさんに連れられて、勝手に超能力者だーなんつってドヤ顔で仕事しちゃってさ。
    挙げ句の果てに、何? 荒人って。超スーパーウルトラダサいよ。

荒人:……ダサいか……そうだな。

宝屋敷:だからさーー

壱:だから、か……。

N:2人の前に、立っている少年がいた。

荒人:え?

壱:……久しぶり……。

荒人:う、嘘だろ。

壱:僕、だよ……。明人……それと、そこにいるのは、祥子、だろ?

荒人:なんでお前が……!

壱:逃げられないんだね……僕らは。
  でも、きっとこうなるって思ってた。

荒人:壱ぃぃぃぃ!!!


 ◆◇◆


N:神社の境内に大穴が空いた。

セオドア:クッソ!

N:巻き上がる土煙が晴れると、シンの姿はどこかに消え失せていた。

セオドア:(舌打ち)岩政ァ! 報告しろ!

岩政:残ったお客さんの誘導は無事に!
   しかし、教団の手のモノが街の方にも現れたとの情報があります!

セオドア:2面作戦……? あの女がこんなにあっさりと引いたわけだ。

岩政:セオドア提督……山側から敵の増援舞台です!

セオドア:ジャクソン! ディーン! 六号ルートを取って街を東から制圧!
     グレッチ、シェクターで海岸線から敵の本隊を強襲!
     ここは俺と岩政で抑える! お前らァ、生(い)くぞッ!


 ◆◇◆


N:街は騒然としていた。
  押し寄せた青の信徒は、思うがまま、目に付いたものを破壊してまわる。
  秩序なき暴力の延長線上に男性は佇んでいた。
  足は震え、動くことを許さない。
  そんな彼の身体に、信徒は手に持った暴力を振り下ろす。

田中:走れ。

N:そしてそんな暴力を組み伏せるのは、抑止力。
  超能力者ーー田中新一郎は信徒の顔面に衝掌(しょうてい)を叩き込むと、周囲を油断なく見渡す。

田中:彼女と初めての小旅行だってのに……!
   ホテルにチェックインすらできねえってか。

N:男性が逃げていくのを確認すると、田中は超能力を発動する。
  信徒たちは、暴風を起こして飛び回る標識に吹き飛ばされていく。

田中:あん……力場?

N:田中はとっさに後方に飛んだ。
  空気の流れが揺らいだかと思うと、田中の眼前で小さな爆発が起こった。

田中:能力者まで持ち出してんのか……!

N:路地裏から飛び出してきたのは、青い戦闘服を着た信徒。
  明らかに戦闘に慣れたようすで田中に肉薄する。

田中:ザコはァ! 寝てろォ!

N:信徒は、田中が振り抜いた拳によって吹き飛ばされた。

栄:(駆け寄り)新一郎君!

田中:おう! どう。状況はわかった?

栄:戦場は二面以上あるようですね。
  一つはここ、もう一つは猪前神社。
  岩政さんと、特務機関『PASS(パス)』は、おそらくそちらで作戦を展開しているかと。

田中:ったく……!

栄:連絡手段はありませんが、私の計算では数分中にこちらにも増援を送ってくださるはずです。
  ですからーー

田中:それまでここを守れってことね……了解。

栄:……無理、しないでくださいね。

田中:側で見守っててよ?

栄:その代わり、やられないように守ってくださいね。

田中:はいはい。お姫様。

シン:ーーあらあら。

N:2人に近づく人影があった。
  和装に身を包んだ美しき少女ーーシンは、2人を交互に見つめながらゆっくりと歩みを進める。

シン:こんな夜更けに逢い引きだなんて、世俗の方々は随分と進んでいらっしゃるのね。

田中:……ああ、悪いな。
   今いいところなんだ。邪魔しないでもらえると助かる。

シン:そうでしたのね。私ったら、お邪魔してしまいましたわ。

栄:(小声で)新一郎くん……この人。

田中:(小声で)下がってろ……ユミ。
   ……なあ、あんた。今からでも構わねえから、二人っきりにしてもらえねえかな。

シン:そういわれましても……実のところ私、あなたに用事がありますの。
   ”巨人(ジャイアント)”田中新一郎さん。

田中:人違いだ。

シン:まぁ! いけない私ったら……はしたないことを考えてしまいました。
   ……あったばかりの殿方のことを、狂おしいほどに青く染めたいだなんて……。

田中:言ってることは甘酸っぱいが、あんた……右手に持ってるもんがドギツすぎるぜ。

N:田中はシンの手に握られた大太刀を呆れたように見つめていた。
  シンは大太刀を上段に構え、腰を落とした。

シン:改めて名乗らせていただきます。
   私は『青の教団』の使徒が一人。シン。
   この刃に愛を込めて……参りますわッ!

田中:勝手に参るなッ!

N:高速で接近し、振り降ろされたシンの大太刀が、田中の首筋に迫る。
  その瞬間、田中の瞳が光を失い、超能力が発動した。

シン:素晴らしいですわッ!

N:田中は力場を指に集中させると、人さし指と中指で大太刀を受け止める。
  遅れて轟音が鳴り響き、周囲に風が吹き荒れた。

シン:青に、なりましょう。明人様。

田中:悪い……俺、女の下着は赤のほうが好きなんだわ。


 ◆◇◆


荒人:どうして! お前は、俺が……!

壱:そう……そうだよ。君はあの日、僕を壊した。
  僕が君を……ん? どうだったかな……。

 間

壱:どうして僕らは……こうしてここに……。
  ふ、ふふふふ……ハハハハハ!
  そうだ、そうだね。僕は……そうなんだよ。
  明人。僕は僕であって僕じゃない。

荒人:何を、言ってる……!

壱:君は、僕を殺した。
  完膚なきまでに、身体の細胞の一つまで壊し尽くし、研究所ごと倒壊させた。
  でもあの後すぐに、僕の身体は彼らに掘り出された。
  そうーー『青の教団』にね。
  (手を広げて)彼らは壊れた身体から『僕』を取り出した。
  そして、人口的に作り上げたこの身体に僕を埋め込んだんだ。

荒人:埋め込んだ……? 何をーー

壱:明人。僕ら『Label(レーベル)』の意識や記憶はあくまで、コアに埋め込まれた物体の中にある。
  僕らは脳みそを潰しても死なない。わかりやすく言おうか……僕らはね、人間じゃないんだ。

宝屋敷:やめてッ……!

壱:だから、そう。そこの少女ーー『四魔(しま)』も人間じゃない。
  峯田祥子(みねたしようこ)という少女の身体に埋め込まれた、アンノウンにすぎないのさ!

宝屋敷:うるさいッ!

壱:四魔。君は多少なりとも祥子の記憶を持っているようだけれど……自分でもわかっているだろう?
  それはあくまで祥子の記憶で、僕らのものじゃない。
  君と明人は幼馴染なんかじゃない! 明人の大切な人間の、死んだ身体を動かしている寄生虫だ!

宝屋敷:黙れえええええッ!

N:志摩の瞳が光を失うと、志摩の腕が黒く変色していく。

壱:いいかい、四魔。祥子は、明人の事を、『アキくん』と呼んでいたんだ。

宝屋敷:ああああああ!

N:志摩は壱に肉薄して腕を振るった。
  壱はそれを片手で受け止めると、志摩の腹に蹴りを入れた。

宝屋敷:ガッ……ハッ。

壱:もう……いいんだ。人間のフリは、やめよう。
  僕と、おいで。それが、一番ーー

N:直後、暴風が吹き荒れた。
  目に見える程の力場の渦に包まれたかと思うと、壱の身体は吹き飛び、錐揉みして民家の塀に激突する。

壱:明人ォ……! 君はまた……!

荒人:うるせえええええええ!

N:荒人は、志摩の身体を抱きかかえながら吠えた。

荒人:うるせえよ……うるせえ! どいつもこいつも!

壱:(吹き出して)まるで子供だ。

荒人:まあ、そうだな! そういうもんなんだってよ、超能力者ってさ。
   おい……立てるか。

宝屋敷:……うん。

荒人:うっし、下ろすからな。

宝屋敷:(立って)……うん……。

荒人:……悪かった。

宝屋敷:……え?

荒人:俺、ずっとどっかで思ってたんだ。後ろめたいって。
   守れなかった。傷つけちまった。
   みんな壊して、殺して、俺のこと、許してくれないんじゃないかって。

宝屋敷:……うん。

荒人:今の君のこと、何一つ見もせずに……俺は過去ばかり観てたんだな。
   君の中にある思い出に名前をつけて……。

 間

荒人:本当に、ごめん。祥子って呼んじまって。

N:荒人は、志摩の顔を真っ直ぐ見つめて、笑った。

荒人:俺は、荒人。超能力者をやってる。
   お前の名前は?

宝屋敷:(吹き出して)私は……宝屋敷、志摩。
    宝屋敷飯店の看板娘で、女子高生やってます。

荒人:そっか。じゃあ、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ。

宝屋敷:なんですかぁ? 荒人くん。

荒人:殴りたいやつが、いるんだ。

壱:それって、僕のこと?

荒人:そいつは昔っからなんでもわかってるって顔してさ。
   そんでいつも俺達を遠くから見守って、宝物みたいに俺達を扱ってさ。
   ーーすげえムカつくんだ!
   自分が総てを背負えばすむって、なんでもかんでもやろうとすんのに、
   やることなすこと抜けてやがる!
   わかってねえんだよ! 自分がそんなにすごくねえってことをさ!

壱:(笑って)うわっ、なんだよ……傷つくな。

荒人:いまだってそうだ。
   どうせ! 人体実験されまくった上に、自分の産まれた街を壊して、志摩を連れてくるよう命令されて、
   しかもそれを拒否できないような状況作られて!
   なんだよお前! 漫画のヒロインか!?

宝屋敷:『私が……私が犠牲になればいいんですね……!
     言うとおりに、します……!

荒人:うっぜー!

壱:(微笑んで)言いたい放題だな。

荒人:お前が今、俺達のことどう思ってるかは知らねえよ。
   でも、俺達は、お前を助けるつもりだ。

壱:へえ、何から……?

荒人:さあな。何からでもいいぜ?
   ーー俺達は、強いからな。

宝屋敷:ぶっちゃけ私からしたら『あおのきょーだん』ってのもよくわかってないしね。

荒人:あ、それ俺も。

宝屋敷:荒人くんはダメでしょ……。

壱:……強くなったね。本当に。

N;黒い羽が煌めいた。


 ◆◇◆


N:シンの斬撃が空気を切り裂いて田中の脇を通り抜ける。

田中:……マジかよ! 本当に君、超能力者じゃないんだよねえ!

N:田中の腕の代わりに浮き上がった電柱がシンに襲いかかる。

シン:私のことが気になります!? 気になりますよね!
   私のこと! もっともっともっともっと!
   知ってくださいませえええええ!

N:シンは一足飛びに田中との距離を詰めると、斬撃を放つ。
  田中はそれを受け流しながら、能力を発動した。

田中:バイバーイ。

N:超高速で飛来したバイクが、シンの身体を吹き飛ばす。
  シンの身体はきりもみすると、通りの先に転がっていく。

田中:カッ、ハ……クソッ……!

栄:新一郎くん!

N:直後、田中は膝をついて空気を吐き出した。
  超能力を打ち込んだ瞬間、シンの反撃を受けたのだ。

田中:(息を乱して)この技……大藤と同じッ……!

シン:圧縮した気で、力場を穿つ『超気功(ちょうきこう)』
   私たちの秘術ですのに……他にも使えるかたがいらっしゃいますの?

N:シンは口物の血を拭いながら、通りを歩いてくる。

田中:……いや本当。そこまで服がやぶれてると目のやり場に困るね。
   どんなスタイルしてんのよ。

シン:あら……この身体に興味がお有りですの……?
   それならそうと言ってくだされば、私もそういう戦いをーー

栄:潰しますよ。

田中:あ、あははー。

シン:コブ付きだなんて……本当にいけずな方ですのね。
   新一郎様ったら……。

田中:っていうか君、『青の教団』じゃないんなら、何者なわけ?

 間

シン:おもしろぉい。

N:次の瞬間、シンの口が歪んだ。
  それは下弦の三日月が昇ったように、心底楽しそうな笑みだった。
  そしてそれは、明確にシンが『変わった』瞬間だった。

シン:やっぱりあなた、おもしろぉい。
   どこで気づいたのぉ?

田中:あん? いや、どこでってねえ……ユミちゃん。

栄:先ず、貴女は岩政さんから携帯電話を奪ってメールをしてきましたね。
  ……新一郎くんをここにおびき出すために。

シン:うん。あの文面なら確実に不審に思って出てくると思ったのぉ。

栄:私たちもまんまとおびき出されたわけですね。
  そこまでなら、教団の犯行と捉えることはできます。
  新一郎くんが九州支部を潰したことは、彼らにとっては痛手のはずですから。
  傷も癒えない内に叩こうというのは常套手段です。
  ですがーーついてみたらここでは街を襲う暴徒の姿がありました。

シン:それがぁ?

栄:あの……”巨人(ジャイアント)”を倒すつもりなら……私なら二つ名級能力者を10人は用意します。
  それだけの戦力を用意していない時点で、これは『青の教団』ではなく、貴女の単独の作戦です。

シン:……それだけぇ?

栄:ええ。でも、それだけ田中新一郎は、強いんですよ。

田中:いやぁ、照れるぜぇ。

栄:さて……貴女は、何者ですか。

シン:私は、伝馬(てんま)シンだよぉ。

栄:いや、名前じゃなくてですね……。

N:シンは大太刀を地面に突き出した

シン:田中新一郎さぁん。
   うちの妹が、世界最強の念動能力者(サイコキネシスト)と同じ事務所にいるって聞いてぇ……
   私、疼いちゃったのぉ……。

田中:妹……?

シン:そう。伝馬ヨミは、私の妹。
   そっかぁ……うんとねぇ。あなたたちが探している、棗ちゃんのことぉ。

栄:棗ちゃんの!? 貴女が……?

シン:そうなのぉ、寄り道してたらあなたを見つけてぇ。
   ついてきちゃったぁ。

田中:へえ……寄り道ってことは、目的は別にあるんだな。

シン:それはないしょ。だって、君達の後ろにはさぁ、いるでしょ?
   ーー本当の怪物。ハヤミ、がさぁ。

N:シンはしゃがみ込んで大太刀の刃を指で撫でた。

シン:……さぁって、楽しかったぁ。

田中:まだ話は終わってーー

N:次の瞬間、シンは田中の唇に口づけをしていた。

栄:なっ……!?

シン:また、遊びましょうねぇ。
   今度は、怪我も治しておいて……私、激しいのが好きなのぉ。

N:シンは服を脱ぎ捨てると、美しい肢体を夜に晒した。
  そして、膝を曲げると、空高く飛び上がり、蒼い月明かりに紛れて姿を消した。

栄:新一郎くん、後を……!

田中:……あの、動けねえ……。

栄:……なんですか。腰砕けですか。

田中:ち、違う! あの娘、口から気功を打ち込んできてーー

栄:(泣きながら)新一郎くんの……バカァアアアアア!!

田中:だから違うって! うおっ!

栄:(頭をたたきながら)何が最強だーー! 唇を許すなぁぁぁぁ!!

田中:痛い! 痛いって! 傷口開くぅぅぅ!!


 ◆◇◆


N:壮絶だった。

宝屋敷:落ちろおおおおおお!

N:志摩が黒い腕を振るい、壱の身体は山の斜面へと叩きつけられる。

宝屋敷:荒人くんッ!

荒人:おうッ!

N:荒人は土煙の中に迷わず突っ込んでいく。
  壱の黒い爪が荒人の首筋に突き立ち、血が舞う。

壱:死ねええ! 明人ォ!

荒人:てめえが死ねええ!

N:荒人は超振動した拳を壱に叩き込む。

壱:(血を吐き出す)

荒人:ふざけんなぁ!

壱:こっちの……台詞だッ!

N:壱の羽が荒人を弾き飛ばす。
  荒人の身体は木をなぎ倒しながら斜面を転がり落ちていく。

壱:四魔は……!

宝屋敷:こっちだっての!

N:高速で行われる戦闘。
  2人の身体に傷がついていく中、一撃でも捉えられたら終わりのインファイト。
  志摩の爪と、壱の爪が互いに交錯し、甲高い音を立てる。

壱:遅いよ……!

宝屋敷:(舌打ち)しまったッ!

壱:コアだけあれば生きていられるからね。
  首を落としてやる……!

N:壱の翼が大鎌のような形状で志摩の首に迫った。

宝屋敷:荒人くんッ!

壱:しぶといなぁ……!

荒人:あっ、たりめえだろぉが……!

N:血まみれの荒人は、壱の翼にしがみついていた。

荒人:お前がそうやって立ってやがるのに……!
   また俺が負けてやるわけに行くかアアアアア!

N:荒人は、壱の翼を引きちぎった。

荒人:志摩ァァ! 抑えろォ!

宝屋敷:うん!

N:志摩は壱の足にしがみついた。

荒人:壱ぃぃぃぃ!

壱:明人ォォォォ!

荒人:ウォォォォオオオ!!!

N:それから、荒人は、壱の身体を無茶苦茶に殴りつけた。
  何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
  骨が折れ、血が飛び散り、そして、壱の身体はゆっくりと、地面に崩れ落ちた。

荒人:ハァ……! ハァ……!

壱:……強くなったね……明人……。

荒人:俺はッ! 荒人だ!

壱:ハハ……そうか……。

宝屋敷:壱……貴方は、どうして……。
    どうしてッ! ここに来たのよ!

壱:そんなの……決まってる……。

 間

壱:僕には、ここしかないから。

 間

壱:志摩……家族が……できたんだろ?

宝屋敷:……うん。そうだよ。

壱:いい人間かい……?

宝屋敷:うん……びっくりするくらい……。

壱:良かった……大事にするんだよ……。

宝屋敷:……うん。

壱:荒人……君は……東京の事務所にいるんだろ……?

荒人:ああ……。

壱:楽しいかい?

荒人:……ああ。

壱:そうか……棗さんは、無事だよ。

荒人:……そうか。

壱:ただし……エンジェルは……早くした方がいい……。
  教団は、君達が思うより……ずっと……深い……。

荒人:ああ……ありがとうな。

壱:(血を吐き出す)さあ……そろそろ……潰してくれるか。
  頭でも、心臓でも、だめだ。
  胸の真ん中……ここだ……ここを、潰せ。

荒人:……壱。

壱:なんだい。

荒人:自由だ。

宝屋敷:(泣きながら)いちぃ……!

壱:……そうか。

荒人:自由だ……!

壱:そうか……!

荒人:自由だ!

宝屋敷:自由だ……!

壱:自由だ!

荒人:自由だァ!

宝屋敷:自由だッ!

壱:自由だ! ハハッ!
  あぁ、楽しみだな……!

荒人:ああ! 楽しんでろ……!

宝屋敷:いちぃ! ありがとう!

壱:ふたりとも……! またどこかで。

荒人:あああああああ!
  
N:荒人は腕を壱の胸に突き入れた。


 ◆◇◆


セオドア:俺は、英雄ではない。
     祖父の名を頂き、祖父の後を継いだ今も、本当の英雄の影に怯える毎日だ。
     その癖、こっちが助けを求めても、本人は笑えないジョークばかり。
     碌でもないクソジジイだよ。
     だが、彼に教わった一番大きなことはね、岩政くん。

 間

セオドア:『魂(ソウル)だけは手放すな』ということだ。

岩政:魂……。

セオドア:世界は、波だ。
     大きなうねりに巻き込まれ、自らを見失うこともあるだろう。
     今、君は、視界を塞がれている。
     だが視界がなくても見えるものもあるだろう。
     ここから見える、海は穏やかだ。
     街明かりと、月明かりの同居した、この景色。
     ーーこれこそが俺の魂(ソウル)だ。

N:セオドアは車から降りた。

セオドア:君は明人をここにつれてきた。
     事情を知っていようが、いまいが。
     君たちが指名手配をされていることさえも、俺にとっては関係ない。
     君は、明人をここに連れてきてくれたんだ。
     だから、俺は君にすべてを話した。
     それに君が言った……なんだっけ?
     クソみたいな人情派?

岩政:……お恥ずかしながら。

セオドア:君の魂(ソウル)は、そこにあるんだろう。

 間

岩政:私は、クソッタレた人情派のデクの棒です。ええ。

セオドア:ならば聞こう。岩政悟。
     なぜ、君はここにいる。

 間


岩政:私の教え子たちを攫った連中。『青の教団(あおのきょうだん)』
   私は、奴らの企みを阻止し、打ち倒すための力を欲し、ここに参りました。
   特務機関『PASS(パス)』の力をどうか!
   どうか、力をお貸しください!

セオドア:ああ、いいだろう。
     特務機関『PASS(パス)』は、君達に力を貸そう。
     ……ただし、街の修繕が終わってからな。

N:車の窓から田中が傷ついた頬を掻きながら笑っていた。

田中:いやぁ、すんませんね。提督。

セオドア:まったく。君の能力はなんだ?
     蛇口の壊れたシャワーみたいだな。

栄:ハハ……あの、すみません。本当に。
  ありがとうございます。

セオドア:礼を言うのはまだ早い。
     レディ・ユミ。私たちの蜜月はこれからーー

田中:おーし、あいつら迎えに行くか。

栄:あ! こら!

セオドア:ハハハ! いや、実にいい。
     どんなときでもユーモアを忘れない……いいパーティだ。

岩政:……それでは、また連絡を。

セオドア:ああ。また近いうちに。

N:2台の車が走り去るのを見送ると、セオドアは眩しそうに海を眺めた。

セオドア:さて、おもしろくなりそうだ。


 ◆◇◆


宝屋敷:で、どう?

N:猪上(いのうえ)展望台。三之宮コーポレーション第3研究所、跡地。
  荒人は志摩が押す車椅子に乗りながら、慰霊碑を見上げていた。

荒人:ああ、綺麗だな。

宝屋敷:そうじゃなくて……傷の方。
    湖風、響くんじゃない?

荒人:そりゃ、全身痛いけど……。
   っていうか、志摩は?

宝屋敷:はぁ? いや、私はスーパー女子高生だし。
    傷なんてすぐ治っちゃうの。

荒人:さいですか……。

 間

宝屋敷:ほら、ちょっと腰上げて。

荒人:あ、おい……!

N:志摩は荒人の手を取ると、そっとその手を慰霊碑に導いた。

宝屋敷:壱も、ここにいる?

荒人:……どうだろうな。

宝屋敷:ほら、恥ずかしがらないで……!

荒人:いや、そういんじゃないけど……。

 間

宝屋敷:みんな、待ってたんだよ。ここで。
    ここにあるのは慰霊碑だけだけど、でも、ここで待ってたんだよ。

荒人:俺は……。

宝屋敷:ほら……わかるかな。
    みんな言ってるよ、やっと……明人くんが帰ってきてくれたって。

荒人:……ただいま……。

 間

荒人:ただいま。みんな。

N:稀に世界は不思議な一面を見せる。
  それは超能力などよりも、より一層、幻想的な出来事だった。
  2人を見下ろすように淡い淡い光がいくつも舞い踊り、それらは一瞬のうちに空気に解けるように消えていった。

荒人:あのさーー

宝屋敷:決めた。

荒人:は? 何を。

宝屋敷:行くから。東京。

荒人:ま、マジかよ

宝屋敷:うん。お父さんとお母さんはいいって。
    あとは、軍とか政府に申請が降りたら大丈夫。
    もちろんセオドアさんも一緒だけど、ね。

 間

宝屋敷:でもこれは、荒人くんのためとかじゃないからね。
    私、許せないんだ。
    壱のことも、それに、この街を傷つけたことも。
    だからーー

N:志摩は荒人と手を繋いだ。

宝屋敷:よろしくね。超能力者の荒人くん。

荒人:……志摩、ありがとう。
   それと……ごめんな。

宝屋敷:うん。許さない。

荒人:はは……そうか……。

宝屋敷:うん……なんか、知らない間に青春っぽいことしてるとこも許さない。

荒人:……あ?

宝屋敷:私に会いに来たのが、女の子のためだってのも許さない!
    ぜーったい許さない!

荒人:いや、ちょっとまて! 力入れすぎだ……痛い痛いッ!

宝屋敷:(下の荒人のセリフとかぶりながら)どうせあんたのことだから!
    ちょーっと仲良くなった女の子にはホイホイ力貸しちゃって!
    ボロボロになったりしても平然と相手の心配とか、少年漫画の主人公みたいなことやってんでしょ!?
    死ね! 死にさらせー!

荒人:(宝屋敷のセリフとかぶりながら)わかってんのか!?
   自分が馬鹿力なんだって……! 痛い痛い! おい、力込めんなマジで!
   いい加減にしろって! 別に俺はそういうつもりで!
   折れる! 折れるー! 助けてくれー! やめろー!

N:たとえなにがあろうとも、それは過ぎ去りし過去。
  人はいつの世もつつがなく。






パラノーマンズ・ブギーB
「つつがなきや」 了


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