パラノーマンズ・ブギー@
『有り得ない』
作者:domino


速水 朔(はやみ さく):24歳。男性。めっちゃ頭良いですよ、でも性格は壊滅的。

田中 新一郎(たなか しんいちろう):25歳。男性。つよカッコいいですよ、でもパシられ体質。

棗(なつめ):16歳。女性。速水興信所、所員。男言葉で喋る歪んだプリティガール。

荒人(あらひと):21歳。男性。速水興信所、所員。背の高く腕っ節の強いおバカさん。

大藤 一(だいとう はじめ):29歳。男性。速水興信所、所員。冷静微笑み系腹黒お兄さん。

栄 友美(さかえ ゆみ):23歳。女性。商社勤務。巻き込まれちゃった系オフィスレディ。

村田ヒロタカ(むらたひろたか):25歳。男性。のら超能力者。あまりパッとしない系お兄さん。


後輩:速水興信所職員。ナレーションの人と被り役。

異能狩り(ハンター):年齢・性別不明。公安特務所属。ナレと被り。






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 ◆◇◆


N:男は頭の中で今まで数え切れないほどの妄想を繰り返してきた。
  それは例えば、学生時代に、クラスでも一番の美人と評判の女生徒が、
  野球部の練習を終えた自分に、『好きです』と声をかけてくることであったり、
  突然自分が世間の誰もが認めるほどの美しい歌声を手に入れ、
  トップアーティストの仲間入りをするようなことであったり、
  それこそ多種多様な未来像が彼の頭の中を駆け巡っていた。
  そんな妄想の中のみ存在することのできた選択肢を前に、彼は得体のしれない高揚感を覚えていた。
  『有り得ないと思っていたことが起きた』それは彼の常識に染まった頭を打ち抜く拳銃のトリガーとなったのだ。


栄:あの、何があったんですか……?

N:背後からかけられた声に男は振り向いた。
  声の主は、彼より少し若い、スーツに身を包んだ女だった。

栄:その人達、気絶しているんですか? それともーー

村田:死んでいるのか。

N:背の高いマンションと住宅に囲まれた小道の隅、時刻は午前一時十五分。
  2人が見つめる先では、若い男が数人、街灯の下に倒れていた。

栄:これ……警察と救急車呼んだ方がいいですよね。

村田:(笑う)

栄:えっ? あの、大丈夫ですか。

村田:いえ、大丈夫です。ただね、自分でもどうしたものかと思ったもので。

栄:そこで倒れてる人たち、ですか?

村田:そうではなくて。いや、それも少しは関係あるのですがね。
   もっと先のことといいますか、僕達のこれからといいますか。

N:『僕達』という言葉に言い様の無い不信感を覚え、女は眉を潜めた。
  男はそんな彼女の様子を意にも介さず、相変わらず口の中で味わうような笑いを浮かべていた。

村田:ハハ、ハハハ、僕自身こうなるとは思ってなくてですね。想像できますか?
   できませんよ、こうして普通に生きてきた一会社員にはとても。アハハハ。

栄:あの、私は、これで。

村田:ハハハ、そうですよね。僕にとってそうなように、貴女にとってもこの状況は“有り得ない”ことなんだ。
   そうですよ、だって貴女だって平平凡凡な一般人だった。
   でも今は違う、貴女もこうして有り得ないことを体験したのですから。

栄:失礼します。

N:女は駆け足で男の脇を通り抜けた。後ろは振り向けなかった。
  振り向いたら彼女は、二日前に映画館でみたパニック映画のヒロインのように、地面にへたり込むことになるだろう。
  そして叫び、怯え、“被害者”となるのだ。
  だから彼女は歩き続けるしかなかった。
  大丈夫、そう言い聞かせながら彼女はーー

村田:待ってください。

栄:キャアア!

N:しかし、男は女の前に立っていた。

栄:あ、あ……!

N:地面に座り込みながら、彼女は思った。
  『自分は殺されるのだ』
  しかしそんな彼女の考えをあざ笑うかのように、男は彼女から視線を外し、そしてーー

村田:有り得ないことが! 有り得ないことが起きたんだ!

N:男は吠えた。
  男が両腕を大きく広げると、四方から照らす街灯の明かりが、男を照らす。
  影は巨大な手のように広がった。まるで女の身体を掴まんとしているかのようであった。

村田:あはははは!

N:男はお気に入りの玩具で遊んでいる子供のように甲高い笑い声を撒き散らした後、膝を軽く曲げて飛び上がった。
  その身体は重力を無視するかのように高く舞い上がり、近くの商業ビルの屋上へと消えていく。
  女は彼の叫んだ言葉を反芻し、『有り得ない』と呟いた。
  “あり得ない事”が“日常”へと変わる瞬間の出来事であった。
 

 ◆◇◆


N:歓楽街を奥に抜けたところに、ひっそりと佇む古ぼけた雑居ビルがあった。
  窓ガラスに白いテープで『速見』という文字が貼られた二階の一室に、速見興信所はあった。

大藤:棗さん。

棗:……。

大藤:棗さん、いい加減ご協力願えませんか。

棗:……。

後輩:大藤さーん……。

大藤:なんだ。

後輩:所長が連れてきたときからずーっとダンマリなんですよ?
   ……面倒だからほっといたらーー

大藤:滅多なことをいうな……。
   彼女は今日初めてここにきたんだ、緊張もする。
   それに……所長も言っていただろう、変わってはいるが良い子だってーー

後輩:良い子だとはいってないですよ。言ってたのは『こいつはすげえ変わってるぞ』

大藤:……お前はもう帰れ。

後輩:ラッキー! いやぁ、ぼやいてみるもんですね。

大藤:あ! 明日、遅れるなよ!

 間

N:後輩が出て行くのを見送ると、速見興信所の職員、大藤一(だいとうはじめ)は深いため息をついた。

大藤:気を悪くしたなら謝る。すまないね、どうもここの人間は仕事柄、態度が悪くてーー

棗:……あのさ。

大藤:ん? なんだい?

棗:とっとと本題に入ったら?

N:少女ーー棗は、眠たげな眼差しで、しかしどこか油断ならない視線を大藤に向けている。
  大藤はそんな棗をみて、困ったように微笑んだ。

大藤:ーーなるほど、所長が変わっているといっている理由がなんとなくわかったよ。

棗:冷たいんだよ、言葉が。

大藤:え?

棗:必死にご機嫌取りしてるところ悪いんだけどさ、あんたの言葉は冷たい。

大藤:あんた、じゃない。僕には大藤ハジメという名前がある。
   それと……目上の人間には丁寧な言葉を遣いなさい。

棗:俺に“ミテ”欲しいんだろ? 面倒はすっ飛ばして、早くモノをよこせって。

大藤:いいかい、いくら君の協力が欲しいからといってそれだけでいいというわけじゃない。
   そういうギスギスした関係では上手くいくものも上手くいかない。
   だからそういう挑戦的な物言いはーー

棗:ーーじゃあ、少し距離を縮めるか。

大藤:は?

棗:お互いのこと、一つずつ質問していくんだよ。
  な、いいだろ?

大藤:……かまわないよ。

棗:じゃあ、大藤サンからどうぞ。

大藤:そうだな、君は何歳だい?

棗:16だよ。次は俺の質問ーー大藤サンは何歳?

大藤:29ーー好きな遊びはなんだい?

棗:無い。

大藤:無い?

棗:本当だぜ。じゃあ次の質問な。恋人はいんの。

大藤:いないよーーどこの学校にいっていたのかな。

棗:学校へはいってない。これも本当。

大藤:そうか。

棗:好きな女は。

大藤:いないーーそうだな、君は何故男の子口調で喋るんだ。

棗:周りに手本になるような女がいなかったから。

大藤:そうなのか、なんでーー

棗:次は俺の番だぜ。

大藤:あ、ああ。すまない。

棗:ーーなんで大藤サンはどうでもいい嘘をつくんだ?

N:棗は瞳を大きく見開いて大藤を見つめる。
  まるでその視線で相手の心を見透かすように。

棗:いるだろ、女。

大藤:何をーー

棗:答えは?

大藤:僕は嘘なんてついてない。

棗:ふーん、そうかーー次はそっちの番。

大藤:……どうして僕が嘘をついているなんて?

棗:ま、そりゃ探偵なんてやってりゃ自分の事を隠すのは癖みたいなもんなんだろうけど……
  あんまりハッキリ言うもんだから面白くてな。
  キツめのコロン。爪も深爪気味。ついでにいやぁ首に痕、つけられてるぜ?

N:大藤は、自分の首元に手を伸ばしそうになるのをなんとか堪えた。
  棗はそんな大藤の様子を見て、子供らしい無邪気な笑みを浮かべる。

棗:流石に、引っかからんね。

大藤:……試しているのか。

棗:悪かったよ。謝る。

N:大藤は、机の上のファイルを手に取った。

大藤:僕はこれから君のことを客人とは思わない。
   今後、そのねじ曲がった性格が少しでも良くなっていくことを祈るよ。

棗:おいおい、怒ったのか?

大藤:これが探してほしい女性の写真と、現場に落ちていた口紅だ。
   “観て”くれ。

棗:俺の番だぜ。質問、答えろよ。

大藤:(ため息)……怒ってはいないよ、呆れているだけだ。

棗:次はあんたからの質問。

大藤:本題に入ったんだ、早く始めてくれないか。

棗:次が最後でいいよ。ほら、なんでもきけ。

大藤:君達、“超能力者(ちょうのうりょくしゃ)”は、何故そうも幼稚なんだ?

棗:しらないのか? 俺達が子供なのは、寂しいからだよ。


 ◆◇◆


N:男は、ビルの屋上に立っていた。

村田:昔は、こうして高いところに立つと足が震えたものだけど。
   今は……気分が高揚するだけだ。

N:屋上の隅には、若い男たちが、折り重なるように倒れていた。
  女は男の足元で、自らの身体を抱きながら、座り込んでいた。

村田:君にはまだ、この高さは怖いかい。

栄:……帰して……。

村田:え?

栄:……もう、帰して……。

村田:怖いかい。

栄:怖い、です。

村田:そうーーそうだよ。君は僕のことを怖いと思っている……繰り返さないとわからなくなるよ。
   怖がられることなんて今までなかったから。

栄:私を、どうする気ですか?

村田:わからないな。目の前であんなことが起こったっていのに、常識にしがみつくのはやめなよ。

栄:私、何も見てません。だから帰してーー

村田:それをやめろといっているんだよ! 君は僕の力を見た、それでも帰れると思っているのか!?

栄:(恐怖のあまり泣く)

村田:名前は?

 間

村田:名前!

栄:栄、ユミ。

村田:いい名前だね。僕は村田。村田ヒロタカって言うんだ。

栄:貴方は、どうするつもりなんですか?

村田:どうする? どうするとは?

栄:こんなことをして、この先どうやって暮らしていくんですか?

村田:……どうしてそんなことをきくんだ。

栄:いつまでもこのままじゃいられない、でしょう?
  家族だっているし、知り合いもいるでしょう。会社にも行かなくちゃ。

村田:ーーやめてよ。折角いい気分なんだからさ。

栄:考えなくちゃ、これからのこと。前に進みましょう?
  私も協力しますから。

村田:協力?

栄:私、誰にも貴方のこと言いません。
  それだけじゃなくて、そこにいる人たちのことも貴方の正当防衛だったって証言します。
  だからーー

村田:ユミ!

栄:ひっ!

村田:なんでそう自分のことばかり考える! 浅ましい女だ! 反吐がでるよ!

栄:……私は……私は生きたいだけよ!

村田:悲しい、悲しいね。はじめてだ、こんな目で人間を見るのは!
   ユミ、君はどうしようもないな。

栄:触らないで!

村田:あきらめよう、ユミ。色々なことを。君に選択肢はない。

荒人:ビンゴ。

N:屋上に、声が響いた。

栄:……え?

N:声の主は、長身の男だった。
  気だるげな眼差しとは対照的にそのシルエットは力強く、
  この非日常的な状況の中で、それでも浮いてしまうほどの存在感を放っていた。

村田:な、何だ。

荒人:おーい、そこの人。

栄:え、あ、はい!

荒人:そこのやつら、こいつがやったの?

栄:そ、そうです!

荒人:なんか手からビームとかでた? 火とか。

栄:いえ、ビームとかは……。

荒人:あれ、おかしいな。

村田:もしかして知ってるのか!? 僕の力のこと!

荒人:あ、やっぱそうか。良かったー。

村田:知ってるなら教えてくれないかな、僕はいったいどうしたんだ!

荒人:あん? しらねーの?
   “超能力者”って呼ぶんだよ、俺達みたいなやつ。

村田:超能力者……アハハ! やっぱりそうか! ということは僕みたいな人間がほかにもたくさんいるってことだね!

荒人:で、本題なんだけどな。お前、抵抗の意思とかある?

 間

村田:は?

荒人:これから身柄を拘束するからさ、一応。

村田:……おもしろいこというね。

荒人:どうだ、今なら初犯ってことで多めに見てもらえるかもしんねぇぞ。

村田:……出来るものならやってごらんよ。

荒人:おう、そんじゃ。

N:言うや否や、男はまたたく間に村田に接近し、村田の頭を掴んで地面に引きずり倒した。

村田:がっ!

荒人:ありゃ、意外とーー

村田:意外と……なんだ!

N:村田は身体を器用にくねらせると、身を横へと投げだして、拘束から逃れた。

荒人:お……抵抗すんのか。

村田:するにきまってるだろう!

荒人:おもしれえ、かかってこいよ。

村田:僕を……舐めるなあ!

N:村田は地面を蹴った。
  直後、村田の瞳がガラス玉のように色を失ったかと思うと、村田の腕が”伸びた”。
  腕は、蛇のようにしなると、関節を度外視した動きで宙を舞い踊る。

村田:喰らえ!

N:村田は腕を男に向かって叩きつけた。
  鞭のようにしなった腕が、男の身体を捉えたかと思われたーーが。

村田:な……!

栄:避けた……!

荒人:ちゃんと使えてんじゃん。“お前のソレ”
   目覚めたばっかにしちゃあ上出来だぜ。

村田:クソ……クソクソクソ!
   僕はこんな所でやられるわけにはいかない……!
   だって僕は、僕はーー

荒人:僕は、なんだ?

村田:あがっ!

N:刹那、男の拳が村田の下顎を捉えていた。

荒人:少なくとも、お前は弱い。ドンマイ。

N:身体がぐらりと揺れたかと思うと、村田は意識を失い、そのまま地面へと崩れ落ちた

荒人:……おーい、終わったぞー。

N:男は屋上の入り口に手を振ると、いつの間にか立っていたスーツ姿の男が、こちらに歩いてくるところだった。

大藤:栄ユミさんですよね。

栄:え、ええ。あの、あなた方は?

大藤:僕は速見興信所の大藤ハジメというものです。
   そっちは荒人、同じくうちの職員です。

栄:……どうして、私のことを?

大藤:(微笑んで)そういう力をもつ超能力者もいるということですよ。

栄:超能力者……。

大藤:信じられませんか?

N:栄はまっすぐと向けられた言葉から逃れるように視線を背けた。
  しかし、視線の端には横たわった若者達、そして、今しがた倒れたばかりの村田の姿があった。
  故に、栄は信じるしかない。これが、あり得ないほどに現実なのだと。

栄:……いえ、これだけ見れば……。そう簡単に、理解はできないですけど……。

大藤:聡明なお方のようで……心身ともに疲れきっているとは思いますが、どうでしょう。
   事務所まで来ていただけませんでしょうか。

栄:あのーー私は、どうなるんでしょうか?

大藤:今まで通りに、とは言えませんが……。
   少なくとも選択することはできますよ、これからのことを。
   
N:大藤は、栄の手を掴んで、立ち上がらせた。

大藤:それに、安いお茶でよければ出しますよ。
   今なら、お茶菓子付きです。

栄:(吹き出して)でしたら……あの、お願いします。

大藤:喜んで。
   ……荒人クン! 彼女を事務所まで。僕はここを片付けます。
   (キーを投げる)コレ、車のキーです。

荒人:お! 運転してもいいのか!

大藤:その代わり、ぶつけたら殺しますよ。

荒人:オッケーオッケー! よおし。えっと……栄さんだっけ?

栄:え? あ、はい。


 ◆◇◆


N:外国製の高級車のボンネットの上に、憮然とした表情で座っている少女がいた。
  少女ーー棗は時折イラついたように時計を見ながら、貧乏揺すりをしていた。

棗:……遅い。

N:棗がそうつぶやくのとほぼ同時に、車の前方に人が降ってきた。

荒人:うっし、到着。

N:膝を曲げて着地した荒人は、腕に抱えていた栄を地面に降ろした。
  栄は、涙を溜めながら震えていた。

栄:あ、あああ、あの……! 飛び降りるならそういってくださいませんか!

荒人:あー、悪い。急だったか。

栄:急も急ですよ! 説明も何もないしーー

棗:(咳払い)

荒人:……あん?

 間

荒人:何だ、このちっこいの。

棗:あん?

荒人:大藤の知り合いか。

棗:……話には聞いてたけど、超馬鹿っぽいな。先輩。

荒人:は?

棗:わかんだろ、新入りだよ。

荒人:……へぇ、どっち?

棗:あんたと一緒。

荒人:あぁ、お前が所長がこの間連れてきたっていう超能力者か。

棗:そうーーちなみに栄ユミさん。

栄:え?

棗:あんたを見つけたの、俺だから。

栄:あ……はい。そう、なんですか。

荒人:む……。

 間

荒人:(咳払い)……でも、助けたのは俺だから。

棗:いや、助ける状況を作りだしたのは俺だから。
  つまり俺がいなきゃ、あんたの活躍とか成り立ってないから。

荒人:いーや、違うね。俺が助けたから、俺が助けたんだっての。

棗:あんた馬鹿だろ。

荒人:馬鹿かもしんねぇけど助けたのは俺だから。

棗:意味わかんねぇよ。

荒人:意味わかんなくても助けたのはーー

栄:あの

 間

栄:助かりました。その、お二方とも、ありがとうございました。

 間

荒人:……礼ならそこのチビにいえよ。

棗:おい。あんたが助けたんじゃねえのか。

荒人:うっせえ! 早く、後部座席、乗れ。

棗:勝手に決めんな。

栄:えっと、私は……。

荒人:あんたも後部座席。大藤、助手席座られんの嫌みたいでさ。

棗:ていうか、その大藤サンは?

荒人:後片付けだとよ。

棗:あっそ。

栄:なんだか……子供みたい……。


 ◆◇◆


N:村田ヒロタカは意識を取り戻した。
  朦朧とする頭で何が起こったのかを整理していく内、自らの身体が拘束されているのに気づいた。
  と、同時に襲ってくる激痛に思わず苦悶の声が喉から漏れる。

大藤:おや、起きましたか。

村田:……ぐっ!

大藤:無理ですよ。その傷では直ぐには喋れません。いくら貴方が超能力者だとしてもね。

村田:……。

大藤:知りたいですか?

N:表情を変えずに呟く大藤の言葉に、村田は目を細めた。

大藤:嫌だと言ってもきいてもらわなくてはいけないんですがね、
   目覚めたばかりの野良さんには説明する義務があるもので。
   貴方達、超能力者のことをーー


 ◆◇◆


栄:20年前?

N:鼻歌混じりに車を運転する荒人の顔を、栄はバックミラー越しに見つめていた。

荒人:そ。20年前に俺達みてえなのが初めて現れたらしい。

栄:そんな……全然知らなかったです……。

荒人:ジョーホーキセーっつーの? そう簡単に存在を知られないようになってるみたいだぜ。
   それでもさっきのやつみたいに突然目覚めちまったりするわけだから、
   あんたみたいに関わっちまうやつはそれなりいるってわけ。
   そこで登場するのがーー

N:荒人はそこで言葉を切ると、退屈そうに窓を眺める棗に眼をやった。

荒人:所謂、超能力ってわけだ。
   精神干渉系の能力者ってやつらが、その辺の所を上手い事やってる。

 間

栄:……すごいんですね……。

荒人:すごい?

棗:ーー見たろ。

栄:え?

棗:あいつの力さ。

栄:村田、ですか?
  ……腕や脚がムチのようにしなって、それに身体能力も人間離れしていて……。

棗:そう。人間離れしているんだ。俺ら『超能力者』はさ。
  だからこそ俺達は管理されているんだ。

栄:……管理?

棗:俺達にはタグがつけられてる。そしてルールで縛られてる。
  今回のように一般人を傷つけた村田ヒロタカも、当然タグをつけられ、ルールに縛られる事になる。
  ……ただ。

栄:ただ、なんです。

棗:ただね。あいつが裁かれることはないよ。

 間

栄:え……? なんで……あれだけの人を傷つけたのに!

棗:人間離れしてるからさ。

栄:でも、超能力者には超能力者のルールがあるんでしょう!?
  一般人を傷つけてもいいなんてルールがあったら、隠蔽なんて成り立たないじゃない!

棗:……あんた、バカじゃないね。

N:棗はくすりと笑って身体を起こした。
  相変わらず眠たげな眼差しではあったが、その瞳の奥が鈍く光ったように見えた。

棗:栄ユミさん。ルールってのは作ったやつの都合のいいように出来てんのさ。
  後に超能力者なんてものを管理しようと考えたやつら、こいつらは最初、超能力者を見て何を思ったと思う?
  (拍手をして)『素晴らしい!』
  ……いいかい、やつらは超能力者に魅入られちまったのさ。
  正確には自分たちの想像を超えた超常的な力そのものにね。

栄:……つまり、彼らは超能力者を管理する事で、自分達がその能力を好きに使おうと思ったっていうんですか。

棗:誰だってそう思うさ。思い通りに管理できるとなればね。

栄:じゃあ村田も……。

棗:あんたが美食家だとして、せっかく手に入れた霜降り肉をゴミ箱に捨てないだろう。
  しっかりと下ごしらえをし、調理をし、美味しく喰う。
  村田ヒロタカはルール通り、軽い注意と教育を受けるだけさ。そのあとに拘束されたり、裁判にかけられたりすることはない。
  あとはあいつの力を使って美味しい思いをするだけさ。先輩はどう思う?

荒人:あん? ……そうだな……海外支部にでも派遣されて終わりじゃねえか。

棗:覚えておきなよ。これが、超能力者が発見されてからの流れだ。

N:栄は下を向いて拳を握りしめた。何かを鎮めるように荒くなった呼吸音が車内を踊る。

栄:……そう、なの。

棗:理不尽だと思うだろ。

栄:……。

棗:それが正常だ。超能力者に深く関わった大半の人間は俺達に良い感情なんて抱きやしない。
  ま、そんなもんはこっちには関係ないんだが……管理側のやつらはそんな俺らをどうしても下に見たいらしくてね。
  俺達のことをこう呼ぶ……『超能力者(パラノーマンズ)』ってさ。


 ◆◇◆


N:とあるマンションの一室。
  成人男性が1人は入るであろう大きな壷を前にして、男は頭を抱えていた。

田中:……おい、朔。なんだこれ。

速水:何?

田中:何、じゃねぇ。とりあえずこっちみろ。

速水:まったく、うるさいな……。

田中:(壺を叩く)なんだこの巨大な壷は。

速水:何って……香港の報酬だが。

 間

田中:……は?

速水:いくらお前が阿呆でも覚えてるだろう。一週間前のことなんだからな。

田中:ちょっ、ちょっと待て! 香港ってまさかーー

速水:だから、そうだ。二回も言わせるな。

田中:コレがあの仕事の報酬だってのか……?

速水:そう。あの程度の仕事で、コレは安いものだろ。

田中:……どの口が言いやがるこのド阿呆が!
   現地行ったのも、巨大化した狂犬どもにワクチン打ったのも、黒幕突き止めて警察に突き出したのも、
   全部俺だろうが!

速水:お前こそ、どの口で僕に口答えしている。
   そもそも、役割分担は元から決まっているんだから今更グダグダ文句言うんじゃない。
   このマンションにいながらにして、遠く離れた異国に蔓延る巨悪を華麗な推理で突き止めたのは僕だ。
   こんな優秀な僕の元で働けて感謝こそされ、文句を言われる筋合いなんてない。

田中:じゃあその優秀なお前にお尋ねしますがね! 俺の給料はどうなってんだよ!
   こちとらお小遣い程度の経費で、危険な仕事こなしてんだ!
   この阿呆みたいにデカイ壷を割って、その破片を皿だって言い張って骨董品屋に売ったるぞ!

速水:(鼻で笑う)それでもいいが、その中に封じ込められてるやつに殺されても知らないぞ。

田中:封じ込められてる?

速水:悪魔。

田中:なんで悪魔入りの壷が報酬なんだよ!

速水:東海に沈んでいた古代の大妖怪を封じ込めた壷だぞ! 欲しいだろう!

田中:さてはお前……最初っからこれ狙いだったのか……!

速水:偶然だ偶然。途中でクライアントが報酬に提示してきたんだ。

田中:(ため息)

速水:せいぜい働け、居候。
   生意気にも見た目はいいんだ、此所が嫌ならそこいらの女でも引っ掛けて、
   ヒモにでもなって出て行けば良い。

田中:お前なあーー

N:リビングのパソコンから、ピンという甲高い音が鳴る。

速水:……新一郎。

田中:はいはい……(パソコンを見る)えっと、新規メール3件だってよ。

速水:送信先は。

田中:Anazon(アナゾン)。

速水:次。

田中:パティスリー・ノワール、お菓子通信……なんだこれ。

速水:次!

田中:お! 速見 堅一(はやみ けんいち)。おっさんからじゃん。

速水:……パソコン?

田中:……携帯のアドレスからだな。

速水:ふーん……読んでよ。

田中:あん? いいのか? プライベートなメールとかだったらどうすんだよ。

速水:僕とあの親父がそんなメールするところ想像できるか?

田中:……読むぞ。
  「香港のブラック・ドッグの沈静化、どうやらお前らの仕業だとか。
   相変わらず元気なようで安心したぞ。
   ところでうちの事務所に新人が入ったんだが、こいつが色々と訳ありでな。
   三郷(ミサト)の荷物をサイコメトリングしてしまったらしい。
   今その処理をしようとしているんだがいかんせん時間が足りん。 父より」

速水:(ため息)……まったく……あの親父は……。

田中:また能力者助けか……なんつーか、おっさんらしいなーー

速水:そうじゃないバカ。早く準備しろ。

田中:は?

速水:バイクで出ろ。インカムで指示を出す。

田中:おい、どういう事ーー

速水:うるさい! 急げ!


 ◆◇◆


栄:……事務所って、代々木の方でしたよね?

荒人:ああ、そうだけど。眠くなったなら寝てても良いぜ。
   ……もう1人寝てるみたいだしな。

N:栄が顔を横に向けると、自分の肩に寄りかかって寝ている棗の寝顔がよく見えた。

栄:能力を使うと眠くなるとか……?

荒人:別に能力を使わなくたって眠くなるぞ、俺は。

栄:あ……そうですよね。

 間

栄:寝顔は普通の女の子なのになあ……。

 間

栄:すごい力を持ってるんですね。

荒人:ああ、そうだな。

栄:でも……それだけです。

荒人:……それだけ?

栄:ええ、それだけ。私はそう思うんです。なんとなく。

荒人:……ふーん。

 間

栄:やっぱり……おかしくないですか?

荒人:何が?

栄:いえ……代々木だったらもう着いていておかしくない時間ですよ。

荒人:それは何……俺の運転が悪いっていってんの?

栄:そうじゃなくて! 道は合ってると思うんですけど、なんていうか、違和感があって……。

荒人:んなこといったってナビはーー

N:荒人がナビを見ると、画面が完全に止まっていた。

荒人:壊れた? 一回車、脇に止めるか。

栄:ちょっと待って……そういえば、人が1人も……。こんな大通りで?

棗:……あいつらだ。

荒人:なんだ、お前起きてたのかよ。

栄:あいつらって?

N:突如、車がギリギリという音を発し始める。

栄:キャア!

荒人:何だ!?

棗:全員、車の外に出ろ!

N:3人は車の外に飛び出すのと同時に、車がメキメキという音を立てて形を変えていく。
  10秒もすると美しかった外国車は、みるも無惨な鉄の塊へと変わっていた。

栄:こ、これって……!

荒人:ああああ! やっべええええ!

栄:え! 何ですか!?

荒人:車が……! 大藤に……殺される……!

棗:言ってる場合か……!


 ◆◇◆


N:田中を乗せた大型バイクが夜の街を疾走する。
  重いバイクのエンジン音の隙間で、田中のつけたインカムが速水の言葉を告げた。

速水:『その先の小学校、右。

田中:了解! ……そんで! 俺は何しにどこに向かってるわけ!

速水:『仕事をしに向かってる。

田中:仕事ぉ!? なんの!

速水:『あのクソ忌々しい親父の策略だ。
    メールの文面にあったろ、三郷の荷物をサイコメトリングしたと。

田中:ああ!

速水:『サイコメトリー。物体に残ったものの残留思念を読み取る力の事だ。
    制約はあるが、力が強ければ思念のみならずその場で何があったのかすらも“見る”ことができる。
    企業にしてみれば、喉から手が出る程、欲しい能力だろう。

田中:なるほど! 速水興信所の新人能力者はそのサイコメトリーを使うと!
   つまり俺達は報酬を押し付けられたわけか!

速水:『そうだ。超能力者の情報には価値がある。
    大手企業は、所属超能力者の能力秘匿のために専門の部署を用意するというのがいい例だ。
    そんな超能力者の情報をメール一本でーー
    タダで教えてもらってそのままというのは業界上まかり通らないからな。
    そこまで見越して、あの親父、その超能力者の僕たちに護衛させようってわけだ。

田中:にしても! 速見興信所に人手がたりねえって!?
   キング、ハルちゃん、大藤ハジメ! 俺が言うのもなんだが化け物揃いだぞ、あそこ!

速水:『何らかの理由で護衛につけない、と考えるしかないな。
    やつらの1人でもいるならーー交差点、右。

田中:はいよ! じゃあ代々木の事務所に向かえばいいんだな!?

速水:『いや、そのままミッドタウン方面へ行け。

田中:どうして!

速水:『そこで、超能力者同士の殺し合いがある。


 ◆◇◆


棗:くっ!

N:棗の首のネックレスが意思を持ったかのように浮き上がった。
  そしてそのまま棗の首に巻きついていく。

栄:棗ちゃん!

荒人:ったく! なんだってんだ!?

N:荒人は棗の首のネックレスを引きちぎった。
  バラバラになったネックレスは空を走り、地面に散らばっていく。

荒人:念動力者(サイコキネシスト)か……! 随分景気のいい挨拶かましてくれやがって……!

栄:棗ちゃん! 大丈夫!?

棗:寄るなバカッ! とっとと逃げろ!

荒人:次! くるぜ! 下がってろ!

N:電灯の支柱がぐにゃりと曲がり、折れた鉄柱が荒人達に飛来する。
  荒人は鉄柱めがけて飛び上がると、それをブーツの裏で蹴飛ばした。

栄:すごい……!

荒人:おい! お前ら、俺から離れるな!

棗:はぁ!? 何いってんだよあんた! 

荒人:死にたくねえだろ! 固まってれば防ぐくらいはなんとかなる!

栄:……はい! わかりました!

棗:おい! 違うんだって! 狙われてるのはーー

荒人:この能力者、息切れしないな!(飛んできた支柱を蹴り飛ばす)

棗:聞け! いいか! あいつらが狙ってんのは俺ーー

栄:荒人くん! 横です!

荒人:ありがと、さん!(車のボンネットを殴り飛ばす)

棗:だから! 狙われてるのは俺なんだよ! だからお前らはさっさと逃げろって!

荒人:うっせえ後輩! 先輩が仕事教えてやってんだ! 黙ってみてろ!

棗:なっ……!
  ……バッカじゃねえの!?

栄:気をつけて! 上!

荒人:げっーー

N:3人を大きな影が覆った。
  ビルの上から巨大な看板が、3人を押しつぶさんと落ちてくる。

栄:キャアア!

荒人:だあ! くそ!

N:荒人の瞳が色を失っていき、漆黒の瞳が看板を捉える。
  荒人は、超高速で腕を振るった。
  空気を震わすような風切り音が鳴ると、看板は4分割され、四方に散った。
  破片の激突したビルの壁が、各々に悲鳴を上げる。

栄:い、今のって……!?

荒人:あの野郎……! 俺に能力使わせやがって!
   くそっ! どこにいやがる!

N:荒人は、黒いビー玉のような瞳で周囲を睨みつけた。

棗:それが先輩の能力か……!

荒人:そうだよ!

棗:能力……そうだ! 栄サン!
  長く身につけてて大事にしてるもん持ってないか!?

栄:え!?

棗:なんでもいい!

栄:えっと……どうかな……! この指輪、とか?

棗:貸せ!(指輪を外す)
  オイ! 先輩! この指輪、真上に思いっきり投げてくれ!

荒人:あ!?

栄:は!? ちょっと! 棗ちゃん!? 何するの!

棗:高さはだいたいビルを超えるくらいまで! ちゃんと近くに落ちるようにしてくれよ!

荒人:あんまコントロールに期待すんなよ!

栄:いや! ちょっと! やめて!

荒人:うぉらああああ!

栄:いやああああ!

N:荒人は指輪を思い切り上空へ投げた。指輪は真っすぐ、高くあがっていく。

栄:何してるんですか! 大事なものだっていってるでしょ!?

棗:この状況で騒ぐくらい大事にしてるもんなわけだ。だったら上等だぜ。
  落ちて来た!

N:指輪は3人の10メートル程先に落ちると、数回跳ねて、ブティックの前に転がった。

荒人:おい! そんでどうすんだ?

棗:拾ってくる!

荒人:ああ!? おい、お前ーー

N:言うや否や棗は指輪の方へ駆け出した。
  8メートル、4メートル、2メートルあと少しで指輪に届くというところで指輪に異変があった。
  指輪はまるで意思があるようにふわりと浮き上がると、棗の前を漂った。

棗:……くそったれ……! なめやがって!

荒人;おいバカ! とっとと戻ってこい! 

栄:棗ちゃん!

N:指輪は再び動き始めた。しかしーー

棗:……え? なんで?

N:指輪は棗の中指にはまった。

田中:おいおい、女の子から指輪を奪うのがどれだけ重い罪なのか知らないのか?

N:棗の視線の先、信号機の下で、田中はヘルメットを指先で弄んでいた。


 ◆◇◆


速水:『……状況は。

田中:間に合ったみたいだな。少女が1人に、成人女性が一人……それにあれは、背の高いーー

速水:『超人(スーパー)の荒人か。

田中:そうだ。

速水:『他に、女が2人いるだろう。

田中:あ? ああ、いるけど……なんで知ってんだ?

速水:『子供の方が例の新人能力者。もう一人の女は、一般人だ。

田中:……ん? は!? 一般人!? なんで一般人が!

速水:『せいぜい僕が着くまで護衛をしておけ。じゃあな(通話が切れる)

田中:おい! ったく…切りやがった!

棗:……お、おい……あんた……。

N:通りを歩いてくる田中の姿に、棗は警戒を強めた。
  反面、荒人は田中の姿を見て目を丸くした。

荒人:え!? 新一郎さん!?

田中:荒人クン、久しぶりだな。

荒人:新一郎さんがなんでここに?

田中:ああ、それはなーーちょっと待て。

N:田中が腕を一振りすると、今にも飛来せんと周囲を浮遊していた数本の鉄骨が、すべて地面に墜落した。
  轟音と、激しい砂埃が辺りに響き渡る。

栄:え? な、何が……。

田中:いやぁ、なんつーか俺の能力もスマートじゃないな。

栄:……の、能力……これも……。

棗:おい、先輩。こいつ誰だ。

荒人:あ? ああ、新一郎さんは……なんつったらいいか、うちの所長の知り合いだ。

棗:堅一の?

栄:と、とりあえず悪い人ではないんですね?

田中:悪い人、ね。これでもお兄さんはお前たちを守る為に来たんだけど。

荒人:つまり、援軍ってことですか?

田中:まあ似たようなもんだーーったく!

N:田中が腕を振ると、再び飛来した鉄骨が地面に落ちた。

田中:おちおち話もできやしないな。

栄:それじゃあビルの中にーー

棗:ダメだ。……やつらは手を触れずにモノを動かす力を持ってる。
  ただし、狙ってなのかなんなのか、動かしているモノの性質が限定されているんよな……。

荒人:なんだよ、その性質って。

栄:今まで飛んで来ているもの……あ! もしかして、金属?

荒人:金属……確かにそう言われると。

棗:条件が限定されている超能力っていうのは、その分だけ強力であることも少なくない。
  つまり、材料に鉄筋を使っているビルも倒壊させられるかもしれない。
  まぁ……仮説だけどな。

栄:棗さん、すごい!

田中:へえ、小さいのに頭良いんだな。うちの所長を見てるみたいだ。

棗:小さいだあ? この優男が。

田中:……口が悪い所まで似てるってか。

荒人:あのサイコキネシストの持ち球は分かったかもしれねえが……どうすんだよ。
   今は新一郎さんが何とかしてくれてるが……。

棗:とにかく、攻めないことには始まらないな。
  ……どうする?

栄:(含み笑い)

棗:ん? なんだよ。

栄:もう、「放っといて逃げろ!」とか言わないんだなぁと思って。

棗:はあ!? うっせえバーカ!

田中:仲がいいのはいいが、お前たちはどうしたい?

棗:……あんた、強い能力者なんだろう? だったら何とかーー

田中:俺は護衛。お前たちを守るのが仕事。

N:田中は悪戯っぽい笑みで3人を見た。

田中:だから、お前たちの問題を自主的に解決してやる気はない。

棗:な……!

田中:もしどうしても俺に倒して欲しいって言うんであれば、今直ぐに始末してきてやるけど、
   本当にそれでいいのか?

棗:(深呼吸)
  どいつもこいつも俺を舐めやがって!
  ……オイ優男! 任せていいんだな!

田中:ああ。なんでも言ってくれ。

棗:栄サンを守れ。傷一つでもつけたら許さねえからな!
  ……先輩。手貸してくれ、敵、ぶっ飛ばすぞ!

荒人:は!? でもよーー

棗:いいから! やるんだよ!

荒人:……ったく。わかったっての……新人の癖に先輩を顎で使うかね。

棗:いいから、いくぞ。

荒人:つっても、何処にいんのかわかんのか?

棗:こいつを“ミル”。

荒人:さっきの指輪? 見るって何をだよ。

棗:こいつの記憶をさ。

N:棗は指輪を握りしめて、目を見開いた。
  宙を見つめる瞳が色を失ったかと思うと、棗の身体は糸が切れたパペットのようにその場に崩れ落ちる。

荒人:おい! 大丈夫か!?

N:駆け寄る荒人の腕を手で制して、棗はフラフラと立ち上がる。
  その瞳は軽く泳いでいるものの、意識はしっかりとしているようだった。

棗:……ビルの裏手だ。とはいってもさっきの時点ではだけどな。
  2人、コートのやつと黒い装甲を着てるやつがいる。

荒人:お前……なんで?

棗:俺の能力はモノの情報が“観る”ことだ。
  さっき先輩が放り投げたお陰で、『この指輪は周囲を見渡した』
  俺は指輪の見た情報ーーつまり、さっきの時点での周囲の場景をーー

荒人:なぁ。よくわかんねえ。

棗:馬鹿。

荒人:うるせえ!

棗:そうだな……とりあえず、攻めてみるか。
  ちょっと耳かせ。


 ◆◇◆


N:棗と荒人の作戦会議を、栄は暖かな眼差しで見つめていた。
  胸中に浮かぶのは、日常か、それとも。
  田中はそんな栄の横顔を、視界の端で眺めていた。

栄:私、昨日まで普通の生活をしていたんです。

田中:ん?

栄:私一般人だったんですよ。昨日まで。

田中:ああ、きいたよ。
   今ここで言うのもどうかと思うけど……もう戻れないと思うよ。ここまで関わったら。
   政府の能力者が干渉しきるには記憶が溜まりすぎてるーーっていってもわかんないか。

栄:いいんです。

田中:いい?

栄:なんだかよくわからないうちに巻き込まれて、よくわからないうちに死にかけて、
  まだ良くわかってないし、すごく怖いけど……。
  ーーでも生きているんですよね、私。
  だから、いいんです。
  (苦笑)……単純すぎですよね。

 間

田中:どう思う?

栄:え?

田中:俺達……いや、超能力者という存在をさ。

N:田中はそういって両腕を広げる。
  田中の瞳が色を失っていく。
  その瞳はまるで黒いビー玉のようだった。

栄:な、何を?

N:次の瞬間、周囲の車がまるで紙風船のように浮き上がった。
  その数、20数台。
  離れた位置から棗と荒人が驚きと抗議の声を上げるが、田中は気にせず続ける。

田中:……理解を超えた能力を持つ超能力者。
   俺はその中でも強い力を持っていてさ、恥ずかしながら“巨人(ジャイアント)”なんて呼ばれてる。

栄:……すごい……。

田中:そんなすごい力を持っている俺達だが……実は重大な欠陥がある。
   超能力者は皆“衝動”を抱えている。
   力を使う度に、その衝動は強く心に働きかけてくる。
   そして、その衝動に飲み込まれ身をまかせることも少なくない。
   所謂暴走状態ってやつ? そりゃあもうひどいもんさ

N:田中が腕をおろすと、浮かんでいた車がゆっくりと着地する。
  壁を乱暴に叩き付けるような音が周囲に木霊した。

田中:君は、もう少し恐れた方がいい。

 間

栄:……なんで、そんなことをいうんですか?

田中:君が何かを乗り越えたのも、あの2人を理解しようとしているのもわかる。
   ーーでも、超能力者はそう単純な存在じゃない。
   傷ついてからじゃ遅いってことだ。

栄:そんなの!

 間

栄:……そんなの、あなたに言われる筋合いはない。
  あなたはわかるなんて言いますけど、あなたは私の何を知っているんですか。
  『一般人』
  違いますか? あなたは私を一般人だとしか思っていないんじゃないですか。

 間

栄:私は、私です。一般人じゃない。
  あなたも、荒人君も棗さんも、“超能力者”でひとくくりなんておかしいです。
  第一あなたはーー

田中:田中新一郎。

栄:……え?

田中:俺の名前。   

栄:え、あ。栄、ユミ、です。

田中:ユミちゃん、ね。
   ……あのさ、俺と食事しない。これが終わったら。

栄:あ、いや……。

田中:返事は後で良いよ。考えておいて、前向きにさ。
   ……そこで続き聴かせてよ。

栄:……いや、え?……あの、どうして突然?

田中:(苦笑して)野暮なこときくね。
   面と向かっていうもんじゃないでしょーー君を知りたくなったから、なんてさ。


 ◆◇◆


N:小綺麗なオフィス街に一台の薄汚れたバンが止まっている。
  あまりにも場違いなそのバンを見て、会社員達は訝しみながら通り過ぎていく。
  速水朔は、運転席でつまらなそうにあくびをした。

速水:……思ったよりも遅かったね。

N:ふと呟いた速水の言葉に応えるように、一人の男がドアを開いて助手席に座った。
  男ーー大藤一は困ったような笑みを浮かべる。

大藤:お待たせ……なんていうと思ったのかい。
   何故君がここにいる。

速水:答え合わせと、ちょっとした質問にね。

大藤:……答え合わせ……なんのことだい。

速水:(鼻で笑う)大藤ハジメさん。あんたが強いのは知っているよ。
   超能力者で無いにも関わらず、超能力者を単身で制圧できる数少ない人間だ。
   ただーー

N:速水は、鋭い視線で大藤を射抜いた。

速水:ーー僕の前で嘘や誤摩化しが通用すると思っているなら、3流以下だぞ。

大藤:わかった、わかったよ。悪かった。
   まったく、1日に2度も年下に口で負かされるなんてね。
   それで……何が知りたいんだ。

速水:3日前、棗に三郷運送の荷物をサイコメトリングさせたのはあんただな。
   表向きの理由は“棗の力を確認するため”
   三郷にも親父にもそう伝えてある。
   つまり速水興信所と、三郷運送の間には、合意の上での協力関係があった。

大藤:その通りだ。

速水:そして、三郷の能力者が棗を襲う。
   始まる能力者同士の戦闘。
   これも予め用意したシナリオ通りだろう。
   この戦いには、今後チームを組ませる『棗と荒人】、2人の能力の相性を確かめるという意図もある。
   当然、棗も荒人も知らされていない。
   今も死ぬはずのない戦いで、生き残る為に必死に戦っている筈だ。

大藤:いきなり実戦というわけにもいかないからね。
   どこの企業でもやっていることさ。
   現場にいる三郷の超能力者2人。
   どちらも非常に優秀な能力者で、間違ってもあの2人に殺されることはないだろう。
   いざというときの為に、うちの能力者も数人待機させてある。

速水:嘘はやめろよ3流。
   速水興信所の能力者は1人も現場にはいない。

大藤:……。

速水:戦闘開始後、うちのバカが駆けつけた先には3人しかいなかった。
   興信所の能力者が“本当に待機しているの”なら、
   本来予定には無い筈の“関係ない一般人”も巻き込まれている時点で、作戦を中止しなくてはならない。
   何故作戦は継続されているのか。
   興信所の連中は『大藤一が監督していると思っている』んだよ。
   おかしいよな、大藤一はここにいる。

大藤:……電話でもしたんですか。

速水:ここからが本題だ。

N:速水の瞳には、明確に怒りの感情が浮かんでいた。

速水:巻き込まれた女、“栄友美”
   貴様、彼女を“異能狩り(ハンター)”を呼び出す餌にしたな。
   気づかれないうちに栄友美に“情報を仕込んだ”
   そうだろう。

 間

大藤:まったく、恐ろしい男だ。君は。
   今更になるが、何故君達が今回の件に関わっているのか……きいてもいいかな。

速水:“異能狩り(ハンター)”が出てくるなら対処できるのはうちのバカくらいだ。
   俺達が“自主的に動くように”指示を出したのはーー

大藤:速見堅一、でしょう。
   見抜かれているとは……いや、舐めていたつもりはありませんが。
   私の手には負えませんね、『ハヤミ』は。

速水:……大藤ハジメ、あんた、“何の組織”に所属している?
   何故、意図的に“異能狩り(ハンター)”をおびき出す必要があった。

大藤:(含み笑い)回りくどいね。
   君の事だ、答えは絞れているんだろう。

速水:確定していないものなど、僕にとっては答えとはいわない。

大藤:……なら、答えはあげられないな。
   ただ、絞り込む材料ならあげよう。

N:大藤は感情を失ったかのような無表情で、速水を見つめていた。

大藤:僕はね、嫌いなんだ。『超能力者(パラノーマンズ)』が。
   あの幼稚で、歪な、神経毒のような存在がね。
   君も人間ならわかるだろう。彼らは“違う”。
   彼らの存在そのものを否定するわけではないけどね。

速水:『超能力者(パラノーマンズ)』……ね。
   あんた、差別主義者(レイシスト)か。

大藤:はは、僕は差別主義者というわけではないよ。主観だけどね。
   随分と長い事過ごしてきた事務所の能力者達には、親愛の情を感じたりもするさ。
   ただし、どうしても斜めからしか見れない理由が僕という存在の根底に眠っている。
   ……話すのはここまでだ。少しは答えに近づけたかな。

速水:さぁね。

大藤:それで……どうしたら僕のした事を黙っていてくれる?

速水:なんの話。

大藤:困るんだ。今、速見興信所から離れるわけにはいかなくてね。

速水:……あんたが企んでいることは見過ごせないけど、
   あの親父があんたを泳がせてる以上、僕が今どうこうしようとしても面倒になるだけだ。
   ーーそうだな。黙っていてもいいが……責任をとってもらおう。


 ◆◇◆


N:ビルの影に一陣の風が吹き込む。

荒人:ようやく会えたなあ!

N:荒人は地面を這うように、高速でコートの男に迫る。
  男はコートの内側から警棒を取り出すと、迫る荒人に向かって振り下ろした。

荒人:(舌打ち)

N:男の瞳が光を失うと、男の持つ超能力が発動する。
  次の瞬間、男の持つ警棒が激しい音を立てた。

荒人:……あんた身体から電気かなんかでるのか?

N:荒人の瞳が光を失う。深淵のような瞳がコートの男を映し出す。

荒人:かっこいいじゃねえの!

N:荒人が凄まじい早さで腕を振るうと、風切り音と共に空間が歪む。
  コートの男はとっさに頭を下げる。
  男の頭上の空間を通過した不可視の刃は、背後のビルの壁に激突し、大きな切断痕をつけていた。

荒人:だけどよぉ、俺もかっこいいだろ!

N:間髪入れず、荒人は男の懐に踏み込んだ。
  強靭な下半身から伝えられた力が、荒人の拳を押し出した。
  胸に突きこまれた打撃に、男の口から苦悶の呻きが漏れた。

荒人:ぐっ!?

N:同時に荒人の身体も激しい激痛に見舞われていた。
  男の蹴りが荒人の脇腹をとらえていたのだ。
  痛みのあまり膝をつく荒人を、再び男の脚が襲う。

荒人:今だ! 後輩!

N:荒人は頭上を見上げて叫んだ。
  男はとっさに荒人の頭上を見る。
  が、そこにはビルの壁があるだけだった。

荒人:なーんつって!

棗:こっちだよ、電気マン。

N:男の背後で棗が呟く。
  男の背に手を触れさせた棗は、容赦なく超能力を発動させた。

棗:ミセてみろ……お前のナカ。

N:直後、男は意識を失い、地面に倒れ込んだ。
  棗は自身のふらつく身体をビルに預ける。

荒人:おい、今何をしたんだ?

棗:こいつの情報を“ミタ”んだ。脳が処理できなくてパンク……ま、言ってもわかんねえだろ。

荒人:はは、倒せりゃなんでもいいわな。

棗:なんだよ……そういうことかよ……!

N:棗は頭をかきむしった。

荒人:……なんだ、なんかあったのか?

棗:こいつの記憶を読んだんだが……。
  (ため息)どうやら俺達は躍らされていたらしいな。

荒人:あん?

棗:俺達は試されてたんだ。
  2人でどこまで戦えるか、ってな。

荒人:どういうことだよ。

棗:これは実戦じゃなくて、実戦形式の戦闘訓練だってことだよ。

 間

荒人:……はぁ!? ちょっとまて!
   ってことは、これはお前を狙ってるんじゃないのか!?

棗:3日前、俺が三郷の荷物をサイコメトリーした時から、ずっと掌の上だった……クソッ!
  これは俺達の能力の相性を調べるために、三郷運送と速水興信所が合同で行っている実戦訓練だ!
  このぶっ倒れてる電気野郎も三郷の新人で、実戦訓練だと聞かされてるんだよ……!

荒人:それで手加減されてたのか……。
   (ため息)なんつーか……気張ってたってのに!
   こっちの緊張感返してほしいぜ!

棗:ああああクソがッ! 絶対許さねえ!
  関わっているやつら全員ぶんなぐってーー

 間


棗:いや、ちょっと待て。

荒人:まだなんかあんのか?

棗:……もう1人はどこだ?

荒人:もう1人。ああ、さっき言ってた黒いやつか。
   そういや仲間が襲われてるってのに出てこねえな。

棗:この電気男……名前は周健人(しゅうけんじん)。電磁系の“超人(スーパー)”。
  そしてもう1人が最初にちょっかいだしてきた忌々しい“念動力者(サイコキネシスト)”
  名前はブルック。南アフリカ人だ。

荒人:今更だがお前の能力、恐ろしいな……。

棗:先輩の能力こそ、意味わかんねえだろ。
  さっきも下手したら真っ二つになってたぜ。

N:熟れた果実を握りつぶすような音だった。

荒人:……あ?

棗:え……? な、これ……!

N:横に落ちてきた赤黒い物体がなんなのか、2人は一瞬理解できなかった。

荒人:……おい、後輩……。

棗:な、何?

荒人:もしかして……こいつか、ブルックってのは……!

N:地面に倒れ伏しているのは、黒い装甲に身を包んだ超能力者ーーブルックだった。
  その身体は無惨にも切り裂かれ、身体からは大量の血液が溢れ出している。
  既に息が無いことは、一目瞭然だった。

棗:こいつ、死んでる……! いったい誰が!

ハンター:ひ、ひひ。

荒人:っ! まさか!?

N:2人が頭上を見上げる。
  すると、ビルの屋上から路地裏の2人を覗き込んでいる小さな人影が見えた。
  荒人の身体が、小刻みに震え、その瞳が恐怖の色に染まる。

荒人:後輩……!

棗:あ、え?

荒人:逃げるぞ! こいつは俺が担ぐ!

棗:お、おい! 先輩、あいつはなんなんだ!


 ◆◇◆


栄:あ、棗さん! 荒人くん!

田中:……様子がおかしい……。
   どうした!

荒人:新一郎さん! 異能狩り(ハンター)だああああ!

N:その叫びを聴いた瞬間、田中は駆け出していた。
  必死に走る2人とすれ違った瞬間、足を止め腕を振るう。
  轟音。周囲に落ちていた瓦礫や鉄柱、車やガラスが一瞬にして集まり、宙を漂う。
  それはさながら、巨人の腕のようであった。

栄:あれが……“巨人(ジャイアント)”!

棗:おいおい、なんだありゃ。無茶苦茶だ……。

N:田中は、物を集めて出来上がったその巨大な腕を、高速で振るった。
  向かう先には、全身を白い包帯のようなもので乱雑に巻いている、小さな人影だった。

田中:久しぶりだなぁ! 異能狩り(ハンター)!

N:巨人の腕がハンターの小さな身体に襲いかかる。

田中:来いよ。遊んでやる。

ハンター:くひひっ。ひひひひ。

栄:あ、あれは?

荒人:公安特務の異能殺し……俺達はハンターって呼んでる。

棗:公安特務……警察だってのかよ、あれが。

荒人:正確には、『警察が飼ってる超能力者』だけどな。
   一般市民を守るという名目で戦場に現れて、文字通り狩っていくのさ。

栄:狩るって、何を?

荒人:超能力者を、だよ。周囲に存在する超能力者を皆殺しにする。
   そこいらのやつとは強さの次元が違う……俺なんかじゃもって数秒だ。

栄:……嘘……! あの瓦礫を避けてる!?

N:ハンターはその小さな身体で、高速で迫りくる無数の障害物を避けきっていた。
  どうしても避けられないモノは腕で、脚で、頭でたたき落としながら、笑い声を上げる。
  田中はそれにいらついた様子も無く、両の拳を眼前で叩き合わせた。

田中:喰らえコラアア! 

N:破砕音。巨人の両拳がハンターを圧する。
  巻き上る埃の中、白い光が瞬いた。

田中:(舌打ち)

N:田中が咄嗟に横に転がると、田中の脇を光線が通過する。
  光線はビルにぶつかると、壁に大穴を空けた。
  ハンターから放たれた必殺の光線である。

棗:な、なんだ、あれ。
  は、はは……笑うしかねえな。あんなもんギャグだぜ。ギャグ。

田中:ユミちゃん、ちゃっちゃと逃げてくれ! 荒人! ちっさいの! テメエらは離れるな!

棗:ちっさい言うな!

栄:あの! どうして私だけなんですか!?

田中:アレは超能力者しか狙わねえんだよ!

栄:……でも!

田中:ああああもう! 聞き分けねえなあ! ガキかテメエは!
   んな泥だらけで俺様とデートする気か!?
   とっとと帰って! シャワー浴びて! 着替えて化粧でもして待ってろ!


 ◆◇◆


N:速水と大藤を乗せたバンは、制限速度を超えて大通りをひた走る。

速水:人が全くいないな。これもあんたの仕業か?

大藤:なかなかいい気分だろう。いつもなら渋滞しているからね、この辺は。
   ……どうやら、もう始まっているみたいだね。

速水:どうだかね。本当に始まっていたらこの辺りはもう瓦礫の山だ。

大藤:“巨人(ジャイアント)”、田中新一郎。
   現代最強の念動力(サイコキネシスト)の呼び声も高い、高位能力者。
   加えて、あの“異能狩り(ハンター)”に3度遭遇し、撃退している。
   凄まじいな。“キング”が一目置くわけだ。

速水:バカだよ……バカなガキだ。
   あんたの嫌いな。

大藤:……ん?

N:通りの先に、息を切らして走る女ーー栄友美の姿が見えた。

栄:とまって……! とまってください!

大藤:栄さん! 大丈夫ですか!?

速水:しらじらしい……。

栄:だ、大藤さん!? あ、あの! 大変なんです!

大藤:事情は知っています! さぁ、乗って!

栄:あの、あそこに気を失った超能力者さんが……!
  えっと、敵なんですけど、その、ハンターが現れて。

大藤:手伝いましょう、後ろを空けてください!
   彼は僕が運びます!

栄:はい!

速水:なんの茶番だよ……。

N:栄と能力者を後部座席に詰め込み、再びバンは走り出した。

栄:あの、そっちで今……!

速水:知ってるよ。

 間

栄:えっと……あ、あなたは?

速水:『田中新一郎』ときいてわかるかな。

栄:え? ええ。

速水:僕は、アレの飼い主だ。

栄:か、飼い主……。

大藤:彼は速水朔。うちの所長の息子さんで、田中君の雇い主だよ。
   今回の緊急事態に、彼らが協力を申し出てくれてね。

栄:そうなんですか……。

速水:そうだ。協力を申し出た。僕は良いやつだろう。
   ……あそこか。

N:バンを道端に停めると、速水と大藤はバンから降りた。
  数百メートル先では常軌を逸した戦いが繰り広げられていた。

速水:行くか。

大藤:……栄さん、あなたはここで待っていてください。

栄:は、はい。
  ……あの! お気をつけて! みんなを、助けてあげてください!

速水:何を言っている。僕は超能力なんてもってないただの人間だぞ。

 間

速水:ーー見ていろ。やつらを止めるなんて朝飯前だ。

N:速水は白いコートを翻し、戦闘の中心地へと歩いていく。
  大藤もスーツの中から刃渡り50cm程の短刀を取り出し、速水の後に続いた。


 ◆◇◆


棗:なぁ先輩!

荒人:どうした! 後輩!

棗:俺達、守られてるんだよな!

荒人:そうだな!

棗:じゃあ、なんでさっきから巨大な瓦礫がこっち目がけて飛んできてんだ!

N:前方で無数の瓦礫を操る田中は口元に楽しげな笑みを浮かべていた。
  数度目になるだろうか、田中の制御を逃れた瓦礫達が棗と荒人に飛来する。
  荒人はそれらを自らの超能力で産み出された、衝撃波で切断する。

荒人:(舌打ち)制御が甘い……押されてるのか……!?

棗:いや! 違う、これは制御が甘いんじゃない!
  俺達の事を気にしてないだけだ!
  かなりの時間、高出力の力場(りきば)を操り続けてる……!
  もしかしたら……。

田中:ククク、カカ!

荒人:おい……! まさか!

棗:間違いない……『衝動』だ……!

N:2人は田中の後ろ姿を見つめた。
  肩がゆらりゆらりと揺れる。
  田中は、嗤(わら)っていた。

田中:ハンタアア! テメエの名前を出すとどいつもこいつもビビりやがる!
   なんだよ、なんなんだテメエ! おもしれえなあ! カカカ!
   俺様を狩れるって思ってやがんのか!? それとも感情なんて落っことしちまったか!
   どっちにしろ気持ちいいじゃねえか! テメエはどうしようもなく“超越してる”!
   だからよお! つまりよお!

N:田中の身体が浮き上がり、周囲に暴風が吹き荒れる。
  それをハンターの漆黒の眼球が見つめていた。

田中:テメエを“超え”りゃあ俺様が“越え”たってことだろ!

ハンター:きひ、ひひひ。

N:ハンターが驚異的な速度で、空中の田中に飛びついた。
  視認さえ困難な超高速で突き出される無数の手刀。
  何の小細工も無い単純な暴力は、執拗に田中の心臓を襲う。
  田中は一見遅くも見える達人的な体捌きで、その手刀をかわしていく。

速水:バカが……調子に乗るからそう醜くなる。

N:躍るように戦う2人。
  かわしてもなお、ハンターの鋭い手刀は田中の皮膚を傷つけていく。
  同時に空間に無数に生えた田中のーー巨人の腕がハンターの白い外装を食い破り、ハンターの肉体を捉えていた。
  いつしか2人の周囲には、真っ赤な血飛沫が小雨のように降り始めていた。

栄:綺麗……。

N:一般的人間社会に身を置くものにとってはそれは幻想的に見えただろう。

棗:なんだ、これ。

荒人:さぁな。死んでねえのが不思議なくらいだ。

N:同じ超能力者ならば、自らを遥かに超えた力を前に、呆然と立ち尽くすかもしれない。
  しかしその規格外の本当の意味を知るものはきっとこう呟く。

大藤:あり得ないーー

N:そう、『あり得ない』と。

大藤:ーーあれが本物の『超能力者(ちょうのうりょくしゃ)』か。
   ハンターの外装をああも簡単に引きはがすとは。

速水:“ハンターを撃退する”とはそういうことさ。
   ああなった新一郎の力場(りきば)は、文字通り次元が違う。
   ……のんびりしている暇はないよ。
   あんたにはあの化け物を止めてもらわなきゃいけないからね。

大藤:はは……この震えが武者震いである事を祈るよ。

荒人:大藤! ……どうする気だよ!

大藤:少し事情があって、さ。

速水:君たち、良く見ておきなよ。これからは、これが君たちの基準だ。

棗:基準って、どういうことだ……ってか、お前誰だよ。

速水:……お前、だと?

大藤:抑えて抑えて……こういう子なんだ。

速水:まぁいい……これ以上奴らの不快な血液を浴び続けていたら何の病気を移されるかわかったものじゃない。
   行くよ、大藤ハジメさん。

N:速水は遥か上空にいる田中とハンターに向けて、無骨な大型拳銃を構えた。

速水:見てろ超能力者共。お前らの無能さを。

N:発砲。速水が放った銃弾は暴風吹き荒れる戦場に真っすぐに突っ込んでいく。
  そしてーー

荒人:当たった……!

N:銃弾を受けたハンターの右腕が跳ね上がる。

棗:今までの銃弾並の速度の攻撃を簡単に避けていたのに……。
  どんな魔法をーー

速水:ーー確率で考えろ。
   いくら異常な反応速度をもってしても、100%攻撃を避けられるものじゃない。
   常に動き、思考する生物である限り、一瞬一瞬で確率は変動する。
   『避けられやすい』時もあれば、『当たりやすい』時もある。
   僕は『当たりやすい』時に『当たりやすい』場所に銃弾を撃った。それだけだ。

棗:……あり得ない……。

速水:君にはこれくらい出来るようになってもらわなくちゃ困るんだけどね。
   ……今だ。

N:再び速水が放った銃弾が戦場を奔る。
  ハンターの膝に銃弾が突き刺さった。
  その見た目以上に堅牢な装甲に阻まれはしたものの、ハンターのバランスを崩すには十分だった。
  そんな隙を逃がすはずもなく、巨人の腕がハンターに襲いかかった。
  ハンターは吹き飛ばされ、勢いもそのままにビルの壁を突き破っていった。

田中:おい……。おいおいおい! なんだってんだよ!
   これからがいいところだってのに……!
   テメエ……! 邪魔すんじゃねええ!

N:田中は宙の瓦礫を蹴って速水に跳びかかった。
  巨人の腕を振りかぶると、凄まじい圧力が速水に迫った。
  しかしーー。

 間

速水:……落ち着いたか、バカ。

N:腕は速水に当たる前に止まっていた。
  田中は荒い息を整えながら着地する。

田中:(息を切らしながら)……落ち着いた。すまん、俺ーー

速水:くだらない自己嫌悪は後にしろ。今はお前なんかに構っていられない。
   大藤ハジメさん、後は頼むよ。

大藤:ああ、もちろん。君との約束を信じよう。

N:大藤は短刀を鞘から抜いて鞘を荒人に預けた。

棗:約束? なんのことだよ。大藤に何をさせる気だ?

速水:……さっきからうるさいな。それくらい自分で考えなよ。

棗:んだと……? インテリ気取りの根暗野郎!

荒人:はいはい。落ち着け落ち着け。

棗:つーか先輩だれだよこいつ! さっきからマジむかつく!

速水:そんなことは後だ。気を抜いているとーー死ぬぞ。

N:爆音。ビルの中から光線が飛び出す。
  光線はまっすぐと棗を捉えたかに思われた。

大藤:……大藤一、参る。

N:光線は大藤が振るった短刀に阻まれていた。

荒人:あのレーザーを……斬った。

N:驚きもつかの間、ビルからハンターが白き矢の如く飛び出してくる。

大藤:はぁっ!

N:大藤はハンターと背後の能力者達の間に割り込むと、短刀を一閃した。

大藤:……人間は攻撃しない、ですか。

ハンター:は、ひひ。

大藤:両断できるとは思っていませんでしたが、傷一つないってのは堪えますね……!

N:大藤はハンターの腕と撃ちあいながら唇を噛んだ。
  その背後で速水は田中に手招きをした。

速水:……おい、新一郎。

田中:なんだ。

速水:おとりになってこい。能力は使わず。

田中:はあ!? 何いってやがんだ!

速水:地の底まで墮ちた株を引き上げるチャンスだぞ。

N:田中は栄の姿を探した。
  栄は田中の視線に気がつくと、口を動かした。

栄:『大丈夫ですか』

田中:(ため息)……策はあるんだろうな。

速水:僕を、誰だと思ってる。

田中:いっちょやってみますかね。
   いざゆかん! とぉりゃああ!

N:無防備に特攻してきた田中を見て、ハンターは標的を切り替えた。
  一瞬にして田中との距離を詰めると、高速の手刀を繰り出す。
  大藤はその間に上手く身体を滑り込ませーー

棗:なっ……!

荒人:大藤おおおお!

N:大藤の左腕が宙を舞った。

大藤:(苦痛の声を噛み殺す)

荒人:何やってんだよ!? お前わざと!

速水:いいんだ。

荒人:何がいいもんかよ!

速水:よく見ろ。

N:ハンターは血に染まった自らの腕を見つめて固まっていた。
  その漆黒の眼球が泳いでいるのが遠目にみてもわかる。

棗:もしかして……人間を攻撃してはいけない。
  それがあいつのルールで……それをやぶったから、混乱しているのか。

速水:近いが、足りないな。やつのそれはシステムに近い。
   安全装置がなければあんな狂犬を制御なぞできないからな。
   言うなれば、あれが『奴ら』が理想とする『完璧な駒(パラノーマンズ)』ってやつなんだろう。

荒人:それで、なんで大藤が……こんな!

大藤:……これは僕が言い出した事なんだ……。

荒人:どうして!

大藤:今回の件は僕の不注意によるものだ……。
   僕がしっかりと監督していれば、こんなことにはならなかった。

荒人:そんなのおかしいだろ!
   あんなやつがくるなんて思ってなかったんだから、仕方ないだろうが!

大藤:それじゃあダメなんだよ……! いいか、荒人クン。
   『僕たちの世界』には『取り返しのつかない失敗』というのが存在する。
   今回のこれは、僕の『取り返しのつかない失敗』だったんだ……!
   それを償う責任があった……腕一本で済むなら安いもんさ。

荒人:だからって!

田中:聞き分けがねえなあ……ガキじゃねえだろ。
   ご覧の通り、切断面は寒気がする程綺麗だ。
   これなら直ぐに手術すれば元通りになるだろうぜ。

荒人:本当、ですか……。
   
田中:……ほら、直ぐに大藤さんを病院まで運ばないとな。手伝ってくれ。

荒人:……ああ。大藤、持ち上げるぞ。

大藤:……頼む……。

N:荒人と田中は大藤を持ち上げてバンへと向かう。
  棗は、視線を泳がせ呆然と立ち尽くすハンターをじっと睨みつけていた。

棗:……こいつ、どうすんだよ。

速水:しばらくすれば公安のやつらが回収にくるだろうさ。

棗:そうか……。

 間

棗:……なんだったんだ……クソッ。

N:それは無力感だったのか。それとも傷跡が疼いたのか。
  今にも膝をつきそうになっている棗にとって、これが本当の意味での敗北だったのかもしれない。

棗:……こんな力を持ってるってのに、何一つわからなかった……!
  最初から最後まで躍らされて、利用された!
  それがいやで逃げてきたってのによ……!
  ざまぁないぜ……結局俺は何も変わっちゃいない。
  いつまでたっても、俺は……私は……!

 間

速水:……何もかも知っている僕に、疑問だらけの君の気持ちはわからないけど、
   それを悔しく思うなら、君には少しだけ素質がある。

棗:……素質って、なんのこと。

N:しかし、一度の敗北が運命を変える、ということは往々にしてあるものだ。

速水:棗……本名、伝馬(てんま)ヨミ。君は今日から僕がーー『速水探偵事務所』が貰い受ける。
   その代わり……2度と自分に絶望することは許さないからな。覚悟しておけ。


 ◆◇◆


N:数日後、とあるファミリーレストランの禁煙席に、綺麗に着飾った女性が憮然とした表情で座っていた。

栄:さいってー。

田中:……ま、まぁ、そういうなよ……。

栄:さいっっってー。

田中:いや、そのうち! ちゃんとした所連れて行くからさ!

栄:あの、次があると思ってるんですか……?
  あれだけ偉そうに誘っておいて、ファミレスって!
  もう絶対田中さんとなんてデートなんてしません!

速水:(物を食べながら)ふん、ざまぁないな。バカにはふさわしい末路だ。

田中:あ! 朔てめぇ! 俺のピザだっつってんだろ!?

栄:しかもコブ付きって……! 私の事知りたいとか抜かしてた癖に……!
  舐めてんのか!

田中:え!? あ、いや! この後に仕事の打ち合わせがあってさ……。

栄:……もういい。好きなもの食べていいんですよね?
  これで割り勘なんていったらぶん殴りますよ?

田中:そ、そりゃあ俺のおごりだよ。うん。

栄:すみませーん。あの、このクラブハウスサンド一つと、コーンスープ。
  あと、豆乳プリンと、ティラミス、特製ぜんざいとバナナクレープ、それからグレートパフェ一つ。

速水:この女が頼んだデザート類をもう1セット頼む。

田中:……おい、お前のは奢らないからな!

速水:『衝動』なんぞに飲み込まれて街をさんざん破壊した身分でよくも言えたものだな。

田中:ぐっ……あれは悪かったっていってんだろ……。

栄:(微笑)

速水:……栄、だったか。大藤一はどうだ。

栄:え? ええと……大藤さんは術後の経過も驚くほど良好で、再来週にはリハビリに入るかも知れないそうです。

速水:ふん……無駄に丈夫だな。これだから気に入らない。

田中:それで、興信所の仕事の方はどうなんだ。

栄:まだ一週間と少しですからなんとも……ただ、皆さん親切にしてくださっているので、なんとか事務くらいは。

速水:優秀だな。その調子ならすぐに慣れる。
   “速水興信所(あそこ)”には馬鹿なやつも多いが、そう悪い所でもない。

栄:はい。頑張ります。
  あ……そういえば、荒人クンと棗ちゃん、どうしてます?

田中:あいつらは……ま、元気すぎる程元気にしてるぜ。
   いきなりウチに来る事になってへこんでるかと思いきや、毎日うるせえのなんの。

栄:それなんですけど……どうして棗ちゃんと荒人クンだけ、興信所から移る必要があったんですか?
  実はその、あまりわかっていなくて。

速水:……今回の件では、組織の噛み合い方が予想以上に入り組んだ形になってしまったからな。
   組織同士の体裁を保つためにあいつらは『元から速水探偵事務所に所属する予定のあった能力者』ということにするのが一番だったんだ。

田中:新人教育押し付けられた感もするけどな。まさか、おっさんもそこまで考えちゃいなかっただろうけど。

速水:……ありえるな、あいつなら……気に食わん。

栄:それで2人を鍛えてるんですか?

田中:そういうこと。俺が荒人に、朔が棗に仕事を教えてるんだが……予想はつくだろ。

栄:ふふ、お2人の弟子じゃあ息付く暇もなさそうですね。

速水:あんな不出来なやつを、僕は弟子とは認めない。

田中:だとよ。まぁ、確かに2週じゃなんともいえんわな。
   ……そういや、棗なんかは特にユミちゃんに会えなくて寂しがってるぜ。
   今度遊びにきてやってくれよ。

栄:ええ! 是非、私も会いたい。

速水:来るなら来るでしっかりと連絡は入れろよ。茶ぐらいは出してやる。
   ……時間だ。僕はクライアントに連絡をしてくが、万が一居ないうちにデザートが来るようなら呼びにこい。

N:速水は席を立つと店の入口へと歩いて行った。

 間

田中:それで、変わらなかったか。

栄:何がですか。

田中:俺の『衝動』をみてもさ。

 間

栄:ーーさぁ。

田中:は?

栄:なんでもかんでも聴いたら帰ってくると思ったら大間違いですよ。
  ……どれだけすごい力を持ってるかは関係ない。
  相手を知るにはもっと別の力が必要だったりするんです。

田中:別の力、ねえ。

N:栄は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

栄:それがわからないうちは、超能力者を怖いなんて思いませんし、距離なんかとってあげません。
  せいぜい、知りたがりの私を怖がってくださいね。甲斐性なしの超能力者さん。

 間

田中:はは……あり得ねえ……。







 パラノーマンズ・ブギー@
 『有り得ない』 了


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