パラノーマンズ・ブギー『フォーシャドウズ@』
『正壊 後編』
作者:ススキドミノ



セオドア・ウィルソン:31歳。男。警察庁公安特務警部。『公安の熊』の異名で呼ばれる超能力者。女好き。

酒井 ロレイン:31歳。女。警察庁公安特務巡査長。素行が悪くて昇進できない超能力者。

酒井 ニコル:21歳。女。家出中の天才ハッカー。甘いもの中毒。

探偵ムーン:18歳。男。謎の探偵。甘いもの中毒。

ライク・ライク:年齢不詳、男。超能力者原理主義組織『ハイドラ』の幹部。マスクを被っている。

鳳 宗次:25歳。男。超能力者原理主義組織『ハイドラ』の構成員。真っ直ぐな性格で学生時代は友人も多かった。


※パラノーマンズ・ブギーEの世界から、8年前のストーリー。



※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−







 ◆


N:高層ビルの屋上――街は宵闇に抱かれている。
  ライクは耳元の通信端末に手を伸ばす。

ライク:聞こえますか、鳳。
    ……そうですか。無事にお会いできたようで何よりです。
    ですが、少々面倒なことになりましてね。

N:ライクはゆっくりと身を翻す。

ライク:ええ。そういうことです。
    あなたは彼女を安全な場所へ。
    もちろん、こういうこともあろうかと予め場所は用意してあります。
    詳しくは端末に地図を送りました。

N:ライクの視線の先には、黒いスーツを着込んだ人影が歩いて来ようとしているところだった。

ライク:……私は、追っ手の足止めを。
    心配はいりません。これはあくまで計画上必要な――露払いですから。

N:腕を広げるライクに、公安特務の2名が歩み寄る。

セオドア:少しお話よろしいかな、ミスター。

酒井:いいや、女かもしんねえぞ。

セオドア:にしては大柄だ。

酒井:大柄な女もいる。

セオドア:賭けるか?

酒井:くだらねえ。

ライク:おやおや……随分と賑やかですが……。
    一体どちらさまでしょう?

セオドア:俺達は――

酒井:おいおい、馬鹿丁寧にやり取りする必要ねえだろ。
   黒コートにガスマスクだぜ?

セオドア:確かに……力場を垂れ流して、俺達を誘き出してるわけだし?

ライク:残念です。私としてはもう少しお話を楽しみたいのですが……。

酒井:時間稼ぎだ。

セオドア:わかってる。

ライク:いえいえそんな意図はありませんよ。
    なぜなら――

N:ライクがコートを広げる。
  コートの内側には大量の刃物がぶら下がっていた。

ライク:私の役割は最初から! あなた達を排除することですから!

酒井:来るぞ!

ライク:ようこそ公安特務――いえ、超能力者でありながら人間に従う飼い犬のお二人!
    私はライク・ライクと申します!

N:ライクが刃物を構えると同時に、二人も超能力を発動する。

セオドア:あー、詳しいことは後でたっぷり聞くよ。
     ……お前を逮捕してからな。

酒井:覚悟しろよ……『ハイドラ』……!
   私の妹に手を出したこと、後悔させてやるッ!

N:夕闇を見下ろすビルの屋上にて、超能力者達はぶつかる。


 ◆


N:ニコルは鳳に連れられ、町外れの運動場を歩いていた。

鳳:……すまない。こんなところまで連れ出してしまって。

ニコル:……何いってるんですか……。

鳳:何、って?

ニコル:あなた、超能力者でしょう。

N:ニコルは立ち止まると鳳を睨みつける。

ニコル:逃げたら殺されるってわかってるんだから、着いていくに決まってるじゃないですか。

鳳:殺す……? 俺が君を? そんなわけ――

ニコル:嘘つかなくていいです……! 何ですか!?
    私をどうする気なんですか……!

鳳:違う! 俺は――

ニコル:ヒッ……!

N:鳳はニコルに一瞬手を伸ばした後、その手を下ろした。

鳳:すまない……。その……君を、怯えさせるつもりはなかったんだ。

ニコル:いいから! ……早く要件を言ってください……!

 間

鳳:……君は――いや、君も……超能力者なんだろう。
  酒井ニコルさん。

N:二人の間を風が吹き抜ける。

ニコル:……だったら、何ですか……。

鳳:目覚めたのはいつだい。

ニコル:知りません……! そんなの……!

鳳:君も感じたんじゃないか。確かな『衝動』を。

ニコル:私は……!

N:ニコルは自分の目元に軽く手を振れる。

ニコル:……私の能力は、大したものじゃない……!
    戦ったり、誰かを害したりなんてできない!
    だから! 黙ってれば問題ない! そうでしょう!?

鳳:……そうか。

ニコル:ねえ、お願いします……! 放っておいてください!
    私は誰の邪魔もしない!

鳳:駄目だ。

N:鳳は漆黒の瞳でニコルを見つめる。

鳳:俺だってそうしたい……!
  君が恋人と居る姿を見ていたんだ……。
  ファミレスで、二人で楽しそうに……。
  そうやって変わらず生きていてくれたらって、そう思った……!
  でも、駄目なんだ……! この世界は――腐ってる。

N:鳳は手のひらに炎を作り出す。

鳳:俺は見てきたんだ……。
  政府が裏で何をしてきたか。
  やつらは超能力者を実験の道具として利用していた!
  その身体に電流を流し! 反応を測定し!
  まるで……! 道具みたいに……!

ニコル:……何、それ……。まさか――

鳳:そうだ。君は政府の実験の次の獲物としてリストされてたんだ。
  君はただ能力に目覚めただけだ。俺だってそうだからわかってる。
  俺達は何も変わっていないのに、超能力が俺達の人生を変えてしまった……!

ニコル:……超能力が……。

鳳:だからごめん。君を今のままで居させることはできない。
  でも、俺はそんな日常を取り戻したいんだ……!
  超能力者だからとゴミのように扱われることなく!
  自分のまま生きていられる世界を作りたい……!

ニコル:……あなたは……何者……?

N:鳳は、悲しげな表情でニコルを見つめる。

鳳:俺は――俺達は、『ハイドラ』

ニコル:ハイドラ……。

鳳:俺達は、超能力者が正しく生きれる世界を作るために戦ってる。

N:鳳は、ニコルの前に右手を差し出す。

鳳:酒井ニコル。俺は、君のことを守りたい。
  変わってしまった世界で迷う君を、一人になんてしたくない。
  俺達を人とも思ってないやつらに、君を渡したりしたくない……!

N:それは――真っ直ぐな想いだった。


鳳:俺達と――一緒に来てくれないか。


N:ニコルは、差し出された手をじっと見つめていた。


 ◆


N:暴風が吹き荒れる。
  それは強靭な力場のぶつかり合い。

セオドア:ローラ! 俺が先に出る!

酒井:偉そうに抜かすな!

ライク:素晴らしい! これほどの能力者とは!

N:セオドアは一瞬にしてライクに接近すると、ライクに拳銃を打ち込む。

ライク:それに、戦い慣れている!

セオドア:お前もなァ!

N:ライクはナイフで銃弾を弾くと、セオドアに斬りかかる。

酒井:スイッチィ!

セオドア:はいよッ!

N:ライクのナイフを、ロレインの特殊警棒が受け止める。

ライク:なるほど! こちらの女性もですか!

酒井:ああ!? 俺がか弱いガールに見えたかよッ!
   ――噛みしめろッ!

N:数度に渡って打ち合った後、ロレインは身を屈める。

酒井:バーン。

セオドア:Take this.(テイク ディス 訳:喰らいな)

N:身を屈めたロレインの背後――ライクの正面から暴風が飛び込んでくる。
  指鉄砲を構えたセオドアの指先から、力場が収束し、撃ち出される。

ライク:素敵な連携だ!

N:ライクが眼前に手を翳すと、マスクの中の瞳が薄昏く光る。

ライク:――ですが、それではいけません、

セオドア:……おいおい。

酒井:マジかよ……!

N:セオドアの超能力の弾丸は、ライクの掌の中でかき消えていた。

酒井:こいつ、一体どんな能力を――

セオドア:ローラッ! 逃げろ!

N:次の瞬間――ロレインの肩から鮮血が舞った。

酒井:いッ――

セオドア:走れッ! 止まるなァ!

N:ロレインを射抜いたのは、宙の至る所から撃ち出される不可視の衝撃。
  それはロレインの身体を目掛けて縦横無尽に襲いかかってくる。
  ロレインは地面を這うように何とか攻撃をかいくぐる。
  ようやく攻撃が収まった瞬間――ロレインの眼前には黒い影が現れていた。

酒井:速え……!

ライク:死になさい。

N:ロレインに向かって振り下ろされるナイフを、セオドアは銃身で受け止める。

酒井:くそッ!

セオドア:立てるか!

N:セオドアは銃でライクを殴りつける。
  ライクのナイフと銃身がぶつかり合い、甲高い音を立てる。

セオドア:……てめぇ。言うだけはあるじゃねえか。

N:セオドアはもう一丁の銃を腰から引き抜くと、ライクの腰に銃口を当て、容赦なく引き金を引いた。
  ライクは素早く身を引いてそれを交わすと、二人から距離を取る。

セオドア:どこでそんな力を――いやなんだ……調子が狂うな。
     何でかお決まりの台詞を言いたくなっちまう。

ライク:私のようなマスクを付けた人物を前にしているからでは?
    あなた方にとっては、明らかにヒーローコミックのような展開でしょうから。
    もちろん私は――スーパーヴィランということで。

セオドア:ハッ。敵にジョークで返される始末かよ。
     マジでイカれた世界観だな……。

酒井:おい……どうする……!

N:傷口を手早く簡易的に止血すると、ロレインは荒い呼吸混じりに呟いた。
  その言葉に応える代わりに、セオドアは酒井にひらひらと片手を振った。

セオドア:行け。

酒井:……あ? 何いってんだ……!

セオドア:こいつとは俺が戦(や)る。
     先に保護対象の元へ行け。手遅れになる前に。

酒井:お前……! セオドアッ!

セオドア:状況を冷静に分析しろ。酒井ロレイン巡査部長。

N:ロレインは考える。
  酒井ニコルの発信履歴を辿り導き出した範囲内を捜査中、垂れ流された強大な力場反応。
  そしてそれは、目の前の超能力者が意図的に自分達を誘き出すために行っていた。
  敵は政府のリストに載った候補者の中で、酒井ニコルに標的にしているのだろう。
  今この瞬間も酒井ニコルに――自らの妹に他の超能力者が接触している。

酒井:クソッタレ……!

N:加えて相手は超能力者は想像以上の手練。
  負傷した自分では足手まといになるだけだ。
  二人で短時間で制圧し、居所を聞き出すというプランはもうとっくに崩れている。
  だとしたら、今自分のするべきことは――ロレインは深く呼吸をして、セオドアの背中を見つめる。

酒井:……了解。

N:踵を返すロレインに、ライクはナイフを無数に投げつける。
  しかし――それらすべてが銃弾に撃ち落とされていた。

セオドア:こういう展開もお約束だな……。

ライク:ええ、ええ……。
    創作物では、私が去りゆく敵を黙って見逃し、残った貴方と熱い一対一のバトル――となったりするのでしょうが……。
    私はそういうストーリーは好みません。
    ですから――

N:ライクは地面に手をつく。

ライク:殺しますよ。しっかりと。

N:ライクが能力を発動しようとした瞬間――

セオドア:……ああ。そうはならねえよ。

N:今までとは比べ物にならないほど大きな力場の渦に、ライクは思わず飛び退いた。

ライク:……一体なんですか? それは……!

セオドア:何、コミック風のちょっとした演出ってやつだ。

N:セオドアは自分の指先に尋常ならざるほどの力場を集めていた。

セオドア:思うにお前の超能力は空間に作用する。
     空間制御で俺の能力を分散させ、方向を変えて反撃するとは――クソ優秀な、クソイカれた戦闘員であることは認めてやる。

N:セオドアの持つ拳銃が赤く光を放つ。

ライク:膨大な力場を放つだけの超能力かと思っていましたが……!
    その銃、『超常的物品(アンノウン)』ですかッ!

N:セオドアが銃弾を放つと、赤い光が拡散。
  それぞれの光が超高速と必殺の威力をもってライクに襲いかかった。

ライク:くぅぅッ!

N:ライクは身のこなしと自らの空間操作を駆使し、光から逃れる。
  しかし逃れきれない幾つかの光線がライクの身体に命中し、ライクは苦悶の声を上げる。

ライク:ッ! お返ししますッ!

セオドア:クソカス能力がッ!

N:ライクはセオドアの銃撃を反射させる。
  セオドアは自らの攻撃の奔流を掻い潜りながら、ライクに肉薄する。

セオドア:イかせてやるッ!

ライク:懐にィ! 入ったつもりですかッ!

N:突如ナイフが空中から現れ、セオドアに襲いかかる。
  セオドアはナイフを腕で受け止めると、地面を転がった。

セオドア:だああああ! いってえなクソ! クソが!

ライク:あなたッ! 何者ですかッ!
    これほどの力を持つものが、何故ッ!

セオドア:ああ!? クソうるせえよ!

N:セオドアは腕のナイフを引き抜くと、獰猛な笑みを浮かべる。

セオドア:やるんだろ……なあ!

ライク:……あなたはとても危険だ。
    ここで、排除させていただきます!

セオドア:オーケイ、オーケイ……。
     Bring it on.(ブリング イット オン 訳:かかってこいよ)

N:二人は戦闘態勢で向かい合う。

セオドア:Let’s rock, baby...(レッツロック ベイビー)


 ◆


N:ニコルは鳳の顔をじっと見つめて言う。

ニコル:私は知っています。この世界がどんなに腐っているか。
    真面目に生きているふりをして……優しいふりをして……いつだって誰もが誰かを裏切っている。
    私はそんな人間から情報を抜き出して、商売をしていたから……人間ってそういうものなんだって、嫌ってほど知ってる。

鳳:……そうか。

ニコル:だからわかります。
    ……あなたが、嘘は言ってないってことも。

鳳:……ああ。俺だって、信じたくなかったさ。

ニコル:超能力者ってだけで……本当にそんな扱いになると……?

鳳:見たよ。昨日、眼の前でね。

N:鳳は思い出すように、目を閉じる。

鳳:……三鷹市に政府の研究施設があったんだ。
  表向きは難解な事件について調査研究するための場所だった。
  だが……内部のコンピューターには――そこからは、さっきも言ったか……。
  拷問のような酷い実験の記録が山ほど出てきた。

ニコル:……そんな恐ろしいこと……。本当に、政府が……?

鳳:ああ……。その超能力者達は、政府から検体として提供されたんだ……!
  ”第三の目(サザンアイズ)”と呼ばれる世界機関が、その研究を主導してるんだ……。

ニコル:サザン、アイズ……。

N:ニコルはゆっくりと目を閉じると、大きく息を吐く。

ニコル:……最後にひとつ教えてください。

鳳:……何だ。

ニコル:あなた達はそこで――人を、殺しましたか?

N:鳳は目を見開く。
  そして、悔しそうに拳を握り込んだ。

鳳:……ああ。殺した。

ニコル:嘘、つかないんですね。

鳳:ああ……。俺は嘘は言ってない。

ニコル:そっか……。うん……。

N:ニコルは両手を叩く。
  しんとした運動場に、その音は大きく響いた。

ニコル:よーし!

鳳:……え?

ニコル:鳳さん……私のことを心配してくれたのは素直に嬉しいです。
    でも、私は――あなた達の仲間にはなりません。

 間

鳳:どうしてか……聞いても?

ニコル:理由は……あなたがその力で、人を殺したからです。

鳳:それは……! でも! 君だってわかるだろう!?
  あいつらが何をしていたのか!

ニコル:はい。私はわかってます。

鳳:じゃあ――

ニコル:でも、あなたはわかっていないみたいですねぇ……。

鳳:何、を……!

N:ニコルは腕を振るう。
  すると、ニコルの周囲にホログラムの画面が次々と浮かび上がった。

鳳:これは……!?

ニコル:あなたは正直だった……それは称賛に値します。
    でも……だからといって、私は誰も信用なんてしません。
    私は、あらゆる情報を握る電脳世界の咎人だから……。
    あなたの話を聞いている間も、ずっと触手を伸ばしていました。

N:ニコルは両腕を広げて鳳を見つめる。

ニコル:私は逃げ回る者――『電脳の魔女(メーティス)』

鳳:……なるほど……! ライクが手こずるわけだ……!

ニコル:あなたは正直な人間に見える。
    でも、正直な人間が須らく良い人間かと言われれば……そうじゃない。
    正義、正論、正当性……正しさは人を酔わせる。
    あなたが人を殺したと、簡単に口に出したようにね。

鳳:俺は……正当化してなんていない……!
  ただ、あのままにしておくわけにはいかなかったんだ!

ニコル:ほらやっぱり、裏がある。
    裏がない人間なんていないもんですねぇ……。
    ……正直者なら言うはずですよ。
    『許せないから。ムカついたから殺した』って。

鳳:違う! そんな簡単な感情じゃない!

ニコル:あなたは自分が抱える正しさの正体を知らない……。
    いいですか? よぉく覚えておいてくださいね。
    『頭の悪い人間の正義は、もはや悪なんだ』ってことを。

N:ニコルが手を叩くと、二人を取り囲む画面に様々な資料が映されていく。

ニコル:確かに、”第三の目(サザンアイズ)”と呼ばれる機関は存在しました。
    彼らは超能力者を集め、非人道的な実験を繰り返していたと、記録が残っていた。

鳳:いつの間に……こんな……!

ニコル:だけどね、鳳さん。
    ”第三の目(サザンアイズ)”は既に解体されているんです――今から4年前にね。

N:資料が、鳳の前で踊った。

鳳:そ、そんな……! じゃあ! 昨日の研究所はなんだっていうんだ!

ニコル:三鷹市に建設されていたのは、超能力者事件を専門にした解析チームの研究室ですよ。
    あなたが見た資料は、”第三の目(サザンアイズ)”事件を研究するためのもの。

鳳:違う……!

ニコル:そこで超能力者事件の研究をしていたわけではなく、当時の資料を保管していただけ。

鳳:やめろ……!

ニコル:あなたが殺したのは――何の罪もない、事件の解析員だったんです。

鳳:嘘だあああああああ!

N:鳳の全身から炎が立ち昇った。

ニコル:(呟く)……やばいなぁ、これ……。

鳳:……君はッ! 君はなんとも思わないのか!
  俺はッ! 確かに知らなかった! でも!
  人間は変わらない! いつまたあんな実験を始めるかもしれないッ!

ニコル:あ、あのですねぇ……それって正当化してるだけでしょう……!?

鳳:実験をしてきたのも事実だ! そこに嘘はない!
  俺達が戦わなければ! 俺達の正義を貫かなければ!
  変わらないんだ! そうだろッ!?

ニコル:だから……! これだから最悪だって言ってんです!
    正義なんて言葉! 大っ嫌いなんですよ!

N:ニコルは熱風に押されるように後ずさりながら、それでも鳳を睨んでいた。

ニコル:正しいなんてその程度のことじゃないですか!
    自分勝手に解釈して! 相手のことを知ろうともしないで!
    それを相手に押し付けるなってんですよ!

N:鳳は漆黒の瞳でニコルを見つめる。

鳳:俺の間違いを正してくれてありがとう……。
  やはり君は……俺達の仲間になるべきだ。

ニコル:イカれてる……! マジでイカれてますよ、あなた!

鳳:俺達は同じだ! 俺も! 君も! 知ってるはずだろ!?
  この胸の中に渦巻く『衝動』を!

ニコル:私はッ! あなたなんかについていかない!

鳳:君が超能力者である限り! 人間の世界では生きられない!
  それを教えてやる……!

N:鳳はニコルに手のひらを向ける。

ニコル:ひっ……! 何を――

鳳:見せろ! 君の超能力を!

N:鳳の超能力によって産み出されて炎が、真っ直ぐにニコルへと向かっていく。
  ニコルは眼前に迫る炎の塊を、ただただ怯えて見つめていた。

ニコル:いや……! こんな終わり……!

N:ニコルが顔を伏せると同時に、身体に衝撃を受けた。
  彼女の身体を抱え、炎からその身を守ったものは――

ムーン:……いい推理だった。

ニコル:……え、あ……。

ムーン:啖呵も……まあ、思ったよりは嫌いじゃなかったよ。

ニコル:君……! 遅いよ……! 飛んでくるって言ったくせに……!

ムーン:君のその自立型AIの挙動が思ったよりも遅くてね。
    もう少しアップデートしたほうがいい。

ニコル:ほんっと生意気……!

N:二人のやり取りを見ながら、鳳は再び全身に炎を立ち昇らせた。

鳳:……お前は……何だ……?

ムーン:……『衝動』に呑まれたか。

鳳:誰だと言ってるんだ!

ムーン:勘違いしているようだけど……彼女は超能力者ではないよ。
    超能力者のふりをして、君から情報を引き出していただけだ。

鳳:何だと……!

ニコル:そ、そんなの……! わざわざ言わなくても……!

ムーン:そして質問に答えると……僕が何者か、だったか。

N:少年はゆっくりと立ち上がると、鳳に対峙する。


ムーン:あんたの嫌いな、人間だよ――超能力者。


 ◆


セオドア:……おい。聞こえるか、ローラ。

N:セオドアは、傷だらけの身体を壁に預けると、片手で煙草を口に咥えた。

セオドア:本部から連絡だ。
     北側にある改装中の総合運動場で、火の手が上がった。
     ……ああ、急げ。

N:セオドアは携帯電話を放り投げると、煙を吐き出す。

セオドア:……超能力者原理主義組織が、こんな未知の技術を持ってるとはなァ……。

N:セオドアは足元に目を落とす。
  そこには――倒れ伏したライクの姿があった。
  損傷により四肢は千切れ、しかしそこには血溜まりの一つもなく、代わりに黒色の液体が地面を伝っている。
  身体の各所からは火花が上がっており、ライクの人体構造が機械的に作られていることがわかった。

ライク:わ、たし……。え……。人……では……。

セオドア:こんなクソ強い機械人形……量産されたら、俺じゃ勝てねえな。

N:セオドアは壁で煙草を揉み消すと、地面に座り込む。

セオドア:クソが……じいさん様の言う通りかよ……。
     10年以内に戦争が起こるなんて……与太話だと思うだろうが……。

N:セオドアは、近くに転がっていたライクの頭部を掴むと、気だるげに放り投げる。

セオドア:……実際、手のひらの上ってのは癪だが……まあ……。
     やるだけやってやるよ……じいさん。


 ◆


N:深夜の運動場――ニコルは少年に手を引かれ、逃げ回っていた。

ニコル:ぎゃあああああ! あっつー!

ムーン:騒ぐな! 気が散る!

ニコル:何なの! 何だってんですかぁ!
    かっこよく現れたと思ったら! 結局相手怒らして逃げるって!

ムーン:逃げてばかりだったくせによく言う!

ニコル:うるさ――キャー!

ムーン:こっちだ!

N:二人は追いかけてスタンドの係員通路に逃げ込む。
  すると背後から鳳の放った炎が、二人のいたスタンドを焼き尽くした。

ムーン:奥だ! 走れ!

ニコル:逃げるしかないじゃないですか、もうッ!

N:通路の奥までやってくると、少年は通路の入口を見る。
  ゆっくりと煙を立ち昇らせながら、超能力者――鳳宗次は通路をゆっくりと歩いてくる。

ニコル:(息切れ)……それで……。どうするつもりですか……。

ムーン:通路の先に、裏へ出れるルートがある。
    そこまでまっすぐ走れ。

ニコル:走れ――って……君は!?

ムーン:僕はやつを――

N:ニコルはとっさに少年の腕を掴んだ。

ニコル:意味わかんないですよ! こんな状況でカッコつけないでください!
    よく知らない人にそんなことされても嬉しくないですッ!

ムーン:何を勘違いしてるかしらないけど……。
    僕は君を助けるために死ぬつもりはない。

ニコル:え? じゃあ――

ムーン:僕は、あいつを止める。

ニコル:はぁ!? 何いってんですか!?
    君だって人間じゃないの!?
    あんなの……! あんな化け物に勝てるわけないじゃないですか!

ムーン:……化け物なんて言うな。

ニコル:だってそれは!

ムーン:化け物じゃない。

N:少年は、そっとニコルの手に触れた。

ムーン:居るんだろ、身内にも。そんな言葉を向けるな。

ニコル:そ、れは……。

ムーン:……見ろ。あいつを。

N:鳳は、ゆらゆらと定まらない足取りで、壁に手をつきながらゆっくりと通路を進んでいる。

ムーン:あんなガキみたいなやつの、何が怖い。

ニコル:ガキみたいだからですよ……!
    あいつがほんの少し力を使えば、私達は玩具みたいに消し炭になるんです……!

ムーン:そうだ――だから、やつらの身体で実験しようなんて考える。

ニコル:……え?

ムーン:恐怖がやつらを作り出す。
    彼らがただ力を持っただけの人間だと、そう思うことはできなくなる。
    気まぐれで殺されてしまうくらいならと……区別し、正当化し、孤独にしていく。
    そうして歪んだ正義が産まれる。

ニコル:歪んだ……正義……。

ムーン:僕はただの人間だ。
    それでも、やつらにも――君達にも教えてやらなくちゃいけない。

N:少年は、つまらなそうに呟く。


ムーン:超能力者の無能さをね。


N:ニコルは、そんな少年の横顔を、ただ見ているしかなかった。

ムーン:君はよく逃げてきた。
    超能力者を前に立ち向かうこともやってのけた。
    なら、次にするべきことは一つだ。
    ……人を、信じてみろ。

ニコル:……信、じる……。

ムーン:……行け。

ニコル:……君は、本当に――

N:ニコルは少年に背を向ける。

ニコル:……名前、まだ聞いてないから。

ムーン:そうか。なら、推理してみるといい。

ニコル:……バーカ。

N:ニコルは何かを振り切るように通路の奥へと走っていった。

ムーン:さて……。

鳳:あ、あああ……!

ムーン:今まで衝動に呑み込まれたやつは何人も見てきたけど……。
    ここまで一瞬で暴走するのを見るのは初めてだな。

N:少年は、コートの中から無骨な大型拳銃を取り出す。
  それは、彼が超能力者に対抗するために用意した武器だった。

ムーン:まるで、キーワードに反応したようだった……。
    酒井ニコルの明かした真実が引き金となったような。

鳳:……もや、す……! 俺、は! 正しいッ!

ムーン:あんた……何を仕込まれた?

鳳:俺、はあああああ!

N:鳳は全身から炎を放つ。
  少年がコートを振り払うと、炎はコートに弾かれるように周囲に消えていく。

ムーン:推定される力場の総量に対して、産み出す炎の強度は弱いな。
    一般に超能力者は衝動が深くなるにつれて、超能力の出力は強化されていくはず。
    強化催眠の類ではない――記憶を弄られているのか。

鳳:許さない……! 俺の正義をッ! 否定するなァアア!

ムーン:超能力の出力を抑えた上で、トリガーを仕掛けて暴走させる。
    酒井ニコルを取り込むためにしては随分と非効率的だ。

鳳:死ねええ! 人間んんん!

ムーン:こんな手の込んだことをするということは――ああ、そうか。

N:少年は、暴れる鳳に向けて――銃口を向けた。


ムーン:最初から……目的は僕だったか。


N:一瞬にして真実を導くことを信条に、彼は誰の前でも決して怯まない。
  それが彼の思う、探偵なのだ。


 ◆


ニコル:はっ、はっ……!

N:ニコルは、走っていた。

ニコル:はっ……! はっ……!

N:ずっと逃げ続けてきた。
  誰にも捕まらないように――電脳世界を飛び回りながら。
  それだけが、彼女の現実を繋ぎ止めていた。

ニコル:う……くっ……!

N:立ち止まり、痛いほどに鼓動する胸を掴む。
  走り続けることができないことは、弱い。
  そんな風に考えていたのは、いつからだったか。

ニコル:……違う……。そうじゃないよ……。

N:酒井ニコルは、絞り出す。

ニコル:誰も信用しなかったんじゃない!
    誰も……信じようと、しなかった!

N:少年は言った。
  『ひとりの人間の持つ力など、大したことはない。
   ひとりで戦っても、負ける』と。
  誰かの正義が、誰かの正義を正当化するように、
  誰かの孤独は、誰かの孤独を正当化する。

ニコル:……姉さん……!

N:ニコルは呼んだ。
  幼いころ、孤独だった自分を、いつだって助けてくれた手を。

ニコル:助けて……!

N:数年前に超能力者となり、妹の平穏と引き換えに、自由を国に差し出した姉を。

ニコル:助けてぇ! 姉さん!

N:自分がどれだけ傷ついても、誰かのために戦える。
  そんな――

酒井:ニコルッ! 無事かッ!

N:大切な、家族を。

ニコル:姉さん……!

酒井:ニコル!

ニコル:ごめん……! 姉さん……!

N:ロレインはニコルを力強く抱きしめた。

酒井:いいんだ! お前が無事ならそれでいい!

N:ニコルは息も絶え絶えにロレインにしがみ付く。

ニコル:おね……わたし……! あのひと……!

酒井:落ち着け……! 大丈夫だ……ゆっくりでいい……!

ニコル:あの、ひと……! たすけて……!

酒井:あのひと……? 誰かがあそこにいんのか……!

ニコル:うん……! 私を、助けてくれたの……!
    ハイドラ、から……!

酒井:それで、そいつはナニモンだ。

ニコル:男の子……! ただの、人間の……!

酒井:んだと……? 冗談だろ……!

N:爆音――運動場から火の手が上がる。

ニコル:そんな……!

酒井:クソッ! マジかよ!

ニコル:急いで! お願い……! 姉さん!
    彼が……! 彼が死んじゃう!

N:ロレインは、自分の肩口を見やる。
  そこには、止血したとはいえ、深い傷の痛みが広がっている。

酒井:クソッ……クソクソクソ……!
   どうする……!

ニコル:姉さん……?
    ッ! その傷……!

酒井:なんで、私はッ……!

N:弱い――その言葉を、ロレインは飲み込んだ。
  それは、これから自らがすることが許せなくなることへの、逃げ道を塞ぐ決意だった。

酒井:ごめん……! ニコル!

ニコル:キャッ!

N:ロレインは、ニコルの身体を抱えると、運動場に背を向けた。

ニコル:姉さん! どうして! 彼がまだ中にいるのに!

酒井:私は今、万全じゃない!
   戦って勝てる保証はねえ!

ニコル:それは……! でも!

酒井:第一、ハイドラはお前を狙ってるんだ!
   やつらが何人で襲ってきてるかもわからねえ!
   そんな中で、お前を置いていけるか!

N:ニコルは泣きながらロレインの背を叩いた。

ニコル:だったら! だったら私も中に行くからぁ!

酒井:文句なら後で聞くから……!
   だから――

ニコル:彼がッ! 彼が言ったのよ! 信じろって! なのにッ!

酒井:クソッ……! ごめん……!

N:ロレインは、耐えていた。
  肩の傷にでも、ニコルの拳にでもない。
  心の内で暴れる、自らの”衝動”を必死で抑え込んでいた。

ニコル:姉さんのバカァ! 信じたのに! 信じたのにぃ!

酒井:ごめん……! ごめんな……! ごめん……!

N:姉妹は、痛みに耐えながら――逃げていく。


 ◆


N:事件から数日が経つ。
  長い間火の手が燻っていた運動場では、ようやく現場検証が行われたところだった。
  ニコルは、警察庁管轄の特別療養施設にて、数日に渡る取り調べを終えた。

ニコル:……あ……。

N:施設を出たニコルを出迎えたのは、ロレインだった。

酒井:……よお。

ニコル:……うん。

酒井:……どうだった。

ニコル:それよりも。

N:ニコルはロレインに歩み寄ると、じっとその瞳を見つめる。

ニコル:どうだった? 現場検証、あったんでしょ?

酒井:あ、ああ。
   ……遺体とか、そういう類のもんは見つからなかった。

N:ニコルは安堵の息を漏らす。

ニコル:……そう。そうだったんだ……。

酒井:お前を助けたって少年だが……。
   本当に超能力者を知ってたんだよな。

ニコル:うん。それも、良く知ってるみたいだった。

酒井:『超能力者の無能さを教える』……ねえ。
   ……なんつーこと抜かすガキだ、そりゃ。

ニコル:ちょっと! 彼のこと悪く言ったら!
    姉さんのこと! 一生! 許さないからね!

酒井:わ、悪かったって……!

N:ニコルは笑顔を浮かべて自分の手を見つめる。

ニコル:でも……うん。そっか。じゃあ、生きてるんだ。

酒井:……自信、あるのか。

ニコル:うん。信じてるもん。

酒井:……そうかよ。
   ま……私なんかよりはよっぽど信用できるわな……。

N:呟くロレインの肩に、ニコルは手を触れる。

ニコル:……姉さん。

酒井:……なんだ。

N:そして、ロレインの肩に額を寄せた。


ニコル:ありがとう。


酒井:……え。

ニコル:今までずっと、守ってくれて……。
    私、ずっと姉さんに甘えてた。
    だから……ありがとう、ございます。

酒井:……いいんだ。そんなの……。

N:ロレインは俯きながら、ニコルの身体を抱き寄せる。

酒井:……いいんだよ。ニコル。

ニコル:……うん。

N:しばらくそうしていた後、ニコルは口元に笑みを浮かべる。

ニコル:あ、そーだぁ。
    私、公安特務に勤務することになったから。

酒井:……え”……?

ニコル:ごめんほらそのー! 私ね? 家出してから色々やりすぎちゃったからね?
    そういうのを見逃して貰う代わりにぃ、取引とか諸々でね?

酒井:は? おまッ! 私が特務に入ったのは――

ニコル:わかってるってぇ! 政府の監視から逃れさせるためだってのは!
    でもね! 私のスーパーな能力を遊ばせるのもどうかなって思うしぃ?
    情報課勤務だから危険はないし? むしろちょうどいいかなーって!

酒井:おい……! 何で相談しなかったお前ェ!

ニコル:そういうわけだからー! これからは公私共によろしくぅ! お姉さま〜!

酒井:待てこら! 話は終わってねえぞ! ニコルゥ!

N:ニコルは笑顔で手を振りながら施設の中に戻って行った。
  ロレインは力なくその場に立ち尽くす。

酒井:何で……そうなんだよ……。

セオドア:それはまあ、ローラが弱いからだろ。

N:セオドアは柱の影から姿を表した。

酒井:……てめえ。いつからいやがった……!

セオドア:顔怖いって……! さっきの今だよ……!

酒井:(ため息)……ったく。まあ、今回の件に関しちゃ、ぐうの音も出ねえよ。

 間

酒井:おいこらカスコラ。どこ見てやがる。

セオドア:ん? いや……ローラの妹ちゃん、可愛いよな――

酒井:殺すぞ。

セオドア:……銃、しまってくんない?

N:セオドアは、手を上げた格好のまま酒井に向き直る。

セオドア:……で、どうだ。昇進した気分は。

酒井:……ふざけんじゃねえよ。
   どいつもこいつも……勝手に決めやがる。

セオドア:そういうタイミングだったんだろうさ。

酒井:まさか、お前が辞めるとはな。
   ……何考えてやがんだ。

セオドア:元々そういう約束だったんだよ。

酒井:次の行き先は。

セオドア:言えないんだなァ、これが。

N:セオドアはロレインの髪に軽く触れる。

セオドア:寂しくなる、か?

酒井:……うるせえ。

セオドア:なんだ、やけに素直じゃないか。

N:ロレインは真剣な様子でセオドアの顔を覗き込む。

酒井:……セオドア。お前、何を見た。

セオドア:……何って?

酒井:お前が去る理由……。あのライクとかいうハイドラの構成員だろ。
   ……書類上はお前が拘束は不能と判断し、殺したとなってる。

セオドア:……まあ、事実だな。

酒井:クソカス野郎。セオドア・ウィルソンがあの程度の能力者に手こずるかよ。

N:セオドアは目を細める。

セオドア:……なあローラ。

酒井:……何だ。

セオドア:お前、強くなれるか。

N:ロレインは顔を上げる。

セオドア:答えてくれ。必要なことなんだ。

N:ロレインは自らの手をじっと見つめたあと――


酒井:当たり前だ。私は強くなる。


N:そう、力強く答えた。
  セオドアは満足そうに微笑むと、ロレインの肩を叩く。

酒井:い”ってぇ!

セオドア:あんま傷は作んなよ。
     まぁ、俺は結構燃えるけどね。ベッドで傷痕に触れんの――

酒井:ぶっ殺す!

N:ロレインの鋭い回し蹴りを片手で受け止めると、セオドアはもう片手をひらひらと振った。

セオドア:強くなるってことは、もっと出世するってことだろ?
     だったら、ローラは必ず俺に連絡することになる。

酒井:するか! 消えろ! 遥か彼方へ!

セオドア:なら、賭けるか?

酒井:うっせえカス……! それより! 質問の答えは……!

セオドア:残念だが、俺の口からは言えない。
     お前が強くなったら、自然と知れるだろうさ。

酒井:お前……本当クソだな……!

セオドア:お前は本当に口が悪いよ。
     出世したいなら、多少は気をつけるんだな。
     ……ああ、これだけは言っとくぞ――

N:セオドアはロレインに背を向け、呟く。

セオドア:……いいか。中は安全じゃない。
     当然、触れようとするのがバレたらタダじゃ済まないこともありそうだ。
     気をつけろよ。ローラ。

酒井:……ああ。こっちは任せろ。
   私が蹴り殺すまで、死ぬなよ。テディベア……。

セオドア:……最後の最後でそのあだ名……マジでやめてくんない?

N:そうして、”相棒(バディ)”は分かたれた。
  再び邂逅する時を信じて。


 ◆


N:ガラス窓に覆われた高層ビルの一室――長身の男は電話に向かって語りかける。

ライク:ええ、とても良く動いてくれましたよ。
    とても良いデータがとれました。期待以上です。

N:男は椅子に座ると、ゆっくりと背もたれに身を預ける。

ライク:もちろんあなたにもお渡ししますよ。
    あの扱い辛い『レーベル』を解析していただいたどころか、試作機の設計までしていただけたのですから。
    "Reich like(ライク ライク 訳:ライクに似た者)"とは、洒落の効いた名前も頂きましたしね。
    彼の犠牲は、これからの我々の活動に大きく貢献することでしょう。
    ……ええ。もちろんです。あなたへの追加報酬でしたね。

N:ライクは机の上の呼び出しボタンを押す。

ライク:彼を誘き出すのは骨が折れました。
    ですがその分、たっぷりと土産話を持って帰ってきましたよ。

N:ドアが開くと――鳳が入ってくる。

ライク:そうでしょう? 鳳。

鳳:はい。

N:鳳はスーツのネクタイを緩めながら、ライクへと近づく。

ライク:異常なほど鋭い相手でしたから……ただ騙すのは困難だと判断し、鳳には一時的に別人の記憶を植え付けて送り出しました。
    今はもう、記憶の復帰を果たしています。
    おやおや……申し訳ございませんが、そちらの技術についてはお話できません。
    研究の賜ですから、ご容赦を。

鳳:ライク様……こちらに戦闘記録、会話音声を含め、総てまとめてあります。

ライク:……ええ。では、直ぐに送らせます。

鳳:おまかせを。

ライク:はい。ではまた、どこかでお仕事できるのを楽しみにしていますよ。
    速見仲也(はやみ ちゅうや)さん。

N:ライクは受話器を置くと、立ち上がった。

鳳:……速見仲也。

ライク:……危険な男ですよ。
    父親のことは言うまでもありませんが、息子は別の意味で手に負えませんね。

鳳:あの御方はとても気に入っているようですが。

ライク:それはそうでしょう。あの御方は、自らを脅かす存在程気に入ります。
    いつかは速見仲也もあの御方を楽しませることになるのやもしれません。

鳳:そして、あの少年も……ですか。

ライク:最も危険なのはあの少年ですよ、鳳。
    記憶を入れ替えたとはいえ、あなたが無力化されたのです。

鳳:恐ろしい兄弟――いえ……一族と言うべきでしょうか。

ライク:ラブ様ならこういうでしょう。
    『ハヤミは面白い』と。

N:ライクが指を鳴らすと、部屋が一瞬にして青い照明に切り替わる。

ライク:青に。

鳳:はい。青に……忠誠を。

N:教団はその瞬間も、世界へ向けて牙を研いでいた。


 ◆


N:公安特務情報課のサーバールームにて、ニコルは楽しそうにモニターを見つめていた。

ニコル:……情報課のサーバーならと思ったけど……。
    思ったよりも早く見つかっちゃったねぇ、探偵さん。

N:モニターには、無精髭を蓄えた男性の隣で、憮然とした表情で映っている少年の写真が映っていた。

ニコル:政府のお偉い様の息子だったわけねぇ……。
    ふふふぅ……もしかして、最初から私を助けようとしてたんですかぁ?

N:ニコルは少し考えたあと、モニターのタッチパネルを操作する。

ニコル:こんなに心配させたんですから……ラブレターくらい送っておかないと気がすまないですよぉ。

N:そして一通のメールを書き上げると、指先で送信ボタンを押した。

ニコル:……ありがとうございます。
    また……会いましょうね、探偵ムーン――いいえ、速見朔くん。


 ◆


N:とあるマンションの一室。
  室内には無数のダンボールが積み上がり、家具が無作為に置かれている。

ムーン:まったく……こんな調子じゃ、いつ片付くかわかったもんじゃないな……。
    新一郎のやつを引っ張ってくるんだった……。

N:少年は気だるげに英字新聞を読みながら、甘いコーヒーを口に運んでいた。

ムーン:……ん?

N:少年のノートパソコンが、メールの着信を伝える。
  少年はメールを開くと、軽く目を通し――少しだけ微笑んだ。

ムーン:まったく……流石だよ。ハッカーさん。
    探されるというのも面白いと思ったけど……すぐ見つかるのはつまらないね。

N:ふと、部屋の奥から声が聞こえる。
  少年は慌ててパソコンを閉じた。

ムーン:いや……サボってたわけじゃ――だから……。
    隠してない……! いや! 私信で、お前には関係ない……!
    おい! やめろハル! 落ち着け!
    能力を使おうとするなッ!

N:人生に正解などなく、そこにはただ――少しの喧騒と、踊るようなプロローグが続いていく。







 パラノーマンズ・ブギー『フォーシャドウズ@』
 「正壊」 了

<前編>


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

台本一覧

inserted by FC2 system