パラノーマンズ・ブギー『フォーシャドウズ@』
『正壊 前編』
作者:ススキドミノ



セオドア・ウィルソン:31歳。男。警察庁公安特務警部。『公安の熊』の異名で呼ばれる超能力者。女好き。

酒井 ロレイン:31歳。女。警察庁公安特務巡査長。素行が悪くて昇進できない超能力者。

酒井 ニコル:21歳。女。家出中の天才ハッカー。甘いもの中毒。

探偵ムーン:18歳。男。謎の探偵。甘いもの中毒。

ライク・ライク:年齢不詳、男。超能力者原理主義組織『ハイドラ』の幹部。マスクを被っている。

鳳 宗次:25歳。男。超能力者原理主義組織『ハイドラ』の構成員。真っ直ぐな性格で学生時代は友人も多かった。


研究員:政府研究員。ナレーションと被り役。

クイル:ニコルが開発した完全自律型情報処理AI。子供っぽいけど優秀。ナレーションと被り。

店員:ファミレスの店員。キッチンを担当したいと思ってる。ナレーションと被り。


※パラノーマンズ・ブギーEの世界から、8年前のストーリー。



※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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 ◆◇◆


N:正義を正義だと割り切らなければ、そこに正義はない。
  正しさとは主張するものではなく、証明するもの。
  だからこそ正義はぶつかり合う。

鳳:……時間がないぞ。早くしないと――

ライク:急かさない急かさない……焦りは毒です。
    時間は砂糖のように甘く、舌先で味合わないと――

N:死屍累々。地獄絵図。
  電気の明滅する広々とした研究室には、研究員達の死体がそこかしこに転がっていた。
  血溜まりの上に立つのは二人の男。
  一人はまだ若く、少し幼い顔をした日本人。
  もう一人――長身の男は、細い身体を黒いコートに包み、フードの下にはガスマスクをつけていた。

鳳:……ライク聞いてもいいか――

ライク:鳳。君は急げという割によく喋りますね。

N:ガスマスクの男が高速でキーボードをタイプすると、モニターに様々な情報が現れては消えていく。 

ライク:ですが、そうですねえ。
    複数のタスクの処理は、時に脳の効率を上げるものです。
    話してみなさい。

N:若い男――鳳 宗次は、周囲の死体を見渡して、顔を歪める

鳳:……殺す必要は、あったのか。

N:ガスマスクの男――ライク・ライクは、モニターから顔を外さずに鳳に意識を向ける。

ライク:人は人である限り、人は殺せない――これは定説。
    史上最も人を殺しているのは人である――これは真実。
    モラルと法の縛りがなければ、人は人を殺すものです。

鳳:モラルと、法?

ライク:裏を返せば、人間はその縛りを砕くだけの理由があれば簡単に人を殺します。
    人間とは、殺す生き物であり、殺すことをデザインされた動物なのですから。
    君が殺人に罪を感じるのは、作られた枷に引きずられているだけにすぎないのです。

N:ライクは片手を鳳の眼前に突き出す。

ライク:君には――殺す理由があった。

鳳:人を殺す理由……?

ライク:考えてみなさい。ほら、考えて。
    例えば今回の作戦はどうですか? 彼らを生かしておくと、我々の目的の邪魔になりませんでしたか?
    そして彼らは我々にとってどんな相手でしょうか?
    わからないのなら、少しヒントをあげましょう。

N:鳳の隣のモニターが光ると、そこにはいくつかの動画ファイルが表示されていた。

鳳:これは……なんの動画だ。

N:鳳がファイルを開く。そこには、カメラで取られた研究の映像が映されていた。

鳳:超常空間力場――P値検知テスト……?

研究員『(動画内の音声)――回目のテストに入る。
    今回の被験者は、13歳、中国人、性別は女。
    能力に目醒めたのは半年前。能力タイプは”超人(スーパー)”にカテゴライズされている。

鳳:被験者……ここに映っている少女は、超能力者なのか……?

ライク:イエス。我々と同じ、超能力者です。

鳳:彼女に一体何を――

研究員:『これより超常空間力場の測定を行う。
     今回は前回よりもより強い刺激を継続的に与え、力場が感情によってどのように変化していくのかを――

鳳:おい……! 彼らは何をするつもりだ!

ライク:高圧の電流を少女の身体に流し続ける。
    実に原始的で、安易な実験ですよ。

鳳:そんな……! こんな小さな女の子に……!?

ライク:ですが、彼らからすれば当然の権利、ということなのでしょう。
    記録によると、彼女の身体は正式に検体として提供されたようですから。

鳳:正式に提供……?

ライク:それを行っているのは――この国の政府。

N:鳳は驚愕に目を見開く。
  ライクはなんでもないと言ったふうに続ける。

ライク:正確には政府の一部に入り込んでいる――”第三の目(サザンアイズ)”と呼ばれる世界機関です。
    この研究所は末端でしょうが、繋がりがあるのには違いは無い。

研究員:『出力を上げてストレスを与える。

鳳:おい、まさか本当に――

研究員:『測定開始。

鳳:あ――

N:画面の中。がんじがらめに縛られた少女が悲鳴をあげながら身体を痙攣させる。
  通常の人間ならば死は避けられないほどの電圧が、少女に襲いかかると、数秒の悲鳴の後、少女の瞳が漆黒に染まった。
  それは、超能力者が能力を使用したサインだった。

鳳:ふざけるな……!

N:その映像を見つめる鳳の瞳もまた、漆黒を宿していた。
  鳳が拳を握りしめると、映像を映していたモニターが奇妙な音をたてる。

鳳:ふざけるなあああ!

N:鳳の怒号に呼応するように、モニターは突如として炎に包まれた。
  鳳の超能力――『発火能力(パイロキネシス)』によって、モニターは超高温の炎に包まれ、一瞬にして黒い塊へと姿を変えた。

ライク:気分は、どうですか?

鳳:……最低だ。

ライク:では、罪悪感は、どうですか。

 間

鳳:……そう簡単に割り切れることじゃない。

ライク:ああそうだ。言い忘れていました。
    人は人を殺せない、というのはモラルと法に縛られているからと言いましたね。

N:ライクは鳳に向き直って、両腕を広げた。

ライク:人は、『人以外は』殺します。
    人は、この世界の森羅万象生きとし生けるものを須らくその知能を持ってして殺し続けてきました。
    これなんですよ。鳳。人の本質とは、これです。
    彼らはあの少女を傷つけることにも……ひいては殺すことにさえも縛られない。
    何故なら――

N:ライクは燃え尽きたモニターを指差して言う。

ライク:彼らは、超能力者を人間だとは思っていないからです。

N:鳳は、唇を噛み締めた。
  何度も自問自答したはずだった。
  しかし、自分はここに立つことを決めて尚、迷っていたのだと悟ったのだ。

鳳:……俺は、超能力者になってから、俺達がどう扱われているのかを知った。

ライク:ええ。

鳳:だから俺は! あんた達に協力することにしたんだ……!
  あんた達は、『超能力者が正当に生きられる世界を作る』そういったよな!

ライク:イエス。それこそが我々の目的です。

鳳:わかったよ……。わかった。その道が険しいということも。
  今までの俺の認識を変えなくてはいけないということも……!

ライク:だからこそ。新入りのあなたが今回の任務に選ばれたのでしょう。
    鳳の能力は戦闘に特化しています。
    我々にとっては大きな力になると確信していました。
    ですが、鳳には大きく足りていないところがあったのですよ。

鳳:足りない、ところ?

ライク:覚悟です。鳳。
    正義とは。正しさとは。ぶつかり合うものです。
    そしていつも結論は変わりません――勝ったものが正しいのです。
    誰かには誰かの正義がある。それらはきっと正しい。
    ですが、それを踏みにじり、壊し、喰らい、燃やし尽くしてはじめて――
    それが正義です。

 間

鳳:……わかった。俺は……証明する。

ライク:期待していますよ。鳳。

N:ライクは指を鳴らした。
  巨大なモニターに一人の少女の姿が映し出される。

鳳:この女の子は?

ライク:次の検体として、こちらに提供される予定だった少女ですよ。

鳳:本当に……物としか見ていないんだな。

ライク:ですが、間に合った。

N:ライクと鳳は、モニターに映る少女を見つめた。
  赤い髪と幼さの残る整った顔が映る写真の横に、『ニコル・サカイ』と書いてあった。

ライク:迎えに行きますよ。鳳。

鳳:……ああ。必ず、守ってみせるさ。

ライク:では、挨拶を。

N:ライクが手を叩くと、少女の情報がデリートされていく。
  そして画面には、書きなぐったかのような赤い文字だけが表示されていた。

ライク:我々『ハイドラ』が、変えてみせましょう。
    二度と我々を、『パラノーマンズ』などとは呼ばせません。

N:二人は研究室を後にする。
  直後、血溜まりに沈む地面から炎が立ち上った。
  赤い炎に飲まれていく室内で、画面に映る『ハイドラ』の文字だけが怪しげに揺れていた。


 ◆


N:曰くそこは――警察署内に存在だけは周知されているものの、どこに本部が有り、誰が所属しているのかはわからない。
  曰くそこは――超自然的事象を取り締まるために存在する。
  曰くそこは――どんな豪傑でも恐れるほどの、怪物達が集まっている。
  そんな噂だけが聞こえてくる幻の特務課――それが、公安特務超課である。
  一般の公安組織とは異なり、配属された時点で警察官ひとりひとりが特殊な権限を有し、他の課にその権利を侵されることはない。
  秘密裏に制定された非公開の法によって活動する彼らは、管理者以外はすべての人間が”超能力者”で構成されている。

酒井:(目を開ける)ん……。

N:そんな公安特務所属の超能力者であり、巡査部長の任につく女性――酒井ロレインはゆっくりと目を覚ました。
  ソファにうつ伏せで寝転がったまま、通話の呼び出し音の出どころを探す。
  置きっぱなしの空き缶と、吸い殻の積み上がった灰皿を避けながら、携帯端末に手を伸ばす。

酒井:ったく……うるせえなぁ……。
   こっちは二日酔いだってのに――

N:端末のボタンを押すと、数十件にも及ぶ通知がモニターに点滅していた。

酒井:うげ。何だよ、何があった……?

N:ロレインは緩慢な動きで起き上がるとモニターをスクロールしていく。
  下着姿で髪はボサボサといった体たらくではあったが、情報に目を通すうち、真剣な表情になっていく。

酒井:……三鷹市の研究施設への襲撃。建物は全焼。職員五二名が死亡。犯人は超能力者の恐れアリ……。

N:ロレインは床に散らばったパンツとシャツを掴んだ。

酒井:だー、クソダリィ……! あのカスに先越されてる……よなぁ……。

N:その時、ロレインの脳裏には一人の男の顔が浮かんでいた。


 ◇


セオドア:重役出勤だな、ローラ。

酒井:……うぜえ……。

N:ロレインを出迎えたのは、まさにロレインが想像した男だった。
  ブロンドの髪とくたびれたような目元、引き締まった身体と伸びた背筋。
  セオドア・ウィルソン警部――ロレインと同じく公安特務の所属であり彼女の上司であった。

酒井:ローラって呼ぶんじゃねえ……! 何回言えばわかるんだゴミカス。

セオドア:なんだその顔……まさか、呑んでたのか?

酒井:6時間前だっての、うるせえな。

セオドア:下品なのは口だけにしとけよ。その潰れかけのタイヤみたいにむくんだ顔はなんだ。

酒井:人のこといえた面(ツラ)してると思ってんのか?
   それにな……お行儀のいいテディベア君とは違って、大人には色々あんだよ。

セオドア:お前が俺のことをテディと呼ぶのを辞めない限り、俺からの宛名はトゥ・ローラだ。
     ……仕事だ。切り替えろ。

N:セオドアは真剣な表情で促す。
  そこは燃え崩れ落ちた廃墟。既に大きな瓦礫はどかされてはいるが、周囲には警察や消防、救急の隊員達が忙しなく働いている。
  二人はまだダメージの少ない建物裏の階段を見下ろしていた。

セオドア:火元は奥の研究オフィスとみられている。

酒井:放火か?

セオドア:研究員やスタッフ、その場に居た全員が殺されてる。
     その上で火がつけられたってことだ。

酒井:死体の多くは刺殺体だったんだろ?
   殺してから証拠隠滅のために火を放つ……よくあるチンピラ共の手口じゃねえか。
   うちが出張る必要がどこにあんだ。

セオドア:発火現場に、力場の残留があったと報告があった。

酒井:あん? あの『力場検知装置』とかいうやつか……?
   あんなもんが証拠になんのかよ。

セオドア:被害者の数からして、不自然な点も多い。
     それに、ただの犯罪組織で片付けるには計画的で、規模がデカすぎる。
     内部の損傷がかなりひどいせいで消防からは止められてるが――まぁ、俺達なら問題ないしな。
     崩れる前に調査だけ終わらせるぞ。
     防護マスクを忘れるなよ。

N:マスクをつけた二人は、今にも崩れ落ちそうな研究所内を歩いていく。
  時折、黒ずんだ瓦礫に混じって人間の遺体などが目に入り、ロレインは不快そうに眉をひそめた。

酒井:で、何なんだ。

セオドア:質問は具体的に。

酒井:……ここは、何の研究施設だったんだ。

セオドア:政府所有の研究施設だと。

酒井:で、本当のところは?

セオドア:俺もそれ以上知らされちゃいない。

酒井:どうせ禄でもねえことだろうな……。

セオドア:碌でもないこと以外で、俺たちが呼ばれたことあったか?

酒井:……ここにある遺体はどうなる。

セオドア:一度建物を崩してから掘り出すことになるだろうな。
     何日もかけて。

酒井:(舌打ち)そうかよ……。

セオドア:ああ……俺も認める。ここは、本当に碌でもない現場だ。

N:二人は奥へと歩みを進める。
  幾つかのドアをくぐり抜けると、溶け落ちた看板が地面に転がっていた。

酒井:……こいつは……。

セオドア:まるで悪魔の胃袋だな……こりゃあ……。

N:オフィスの中は漆黒に包まれていた。
  床も、天井も、そしてぞこにあった筈のありとあらゆるものが黒く燃やし尽くされている。

セオドア;火元で間違いなさそうだ。

酒井:火元つーより、超能力者が居たってことだろうよ。

セオドア:力場の影響を感じる。
     『発火能力(パイロキネシス)』だな。それも……とんでもない強度だ。

酒井:力場の匂いが濃いのは奥の大型モニター前……こんだけ離れた距離から、一室まるごと炭化させる――か。

セオドア:時間がない。悠長に現場検証なんてしている時間はなさそうだ。
     拾える情報だけ拾いたいが……。

酒井:……動機は?

セオドア:組織的な犯行であれば、何らかの記録だろう。

酒井:カモフラージュのために能力は使わず全員刺し殺した……。
   周到だぜ。

N:二人は素早くオフィスの奥に駆け寄る――幾つもの人間の骨を踏みしめながら。

酒井:(舌打ち)……反吐が出るな。

セオドア:……聞こえたか。

酒井:骨を踏みしめる音ならきこえてる。

セオドア:そうじゃない。建物自体が軋み始めてる。

N:セオドアが周囲に視線を走らせる。
  オフィス全体が微かに震えており、天井の端が崩れ始める。

セオドア:ローラ。

酒井:ああ、わかってる。

N:セオドアは腕を広げると、宙を見つめた。
  その瞳が光を失っていく。
  深淵のような漆黒の瞳こそ、超能力者が能力を使う合図――超常空間力場を感知し、制御する、超能力者の瞳だった。

セオドア:俺が抑えてる間に、引きずり出せ。

酒井:指図すんな……!

N:セオドアが能力を発動すると、強靭に固められた力場に押し上げられ、建物の崩壊が抑え込まれていく。
  ロレインもまた、能力を発動する。
  力場によって強化された身体は、通常ではあり得ないほどの膂力(りょりょく)を発揮する。
  ロレインは腕を振り上げると、黒く焦げたコンピューターの中に腕を付きこんだ。

セオドア:おいおいローラ……!

酒井:うっせえ……! こんな丸焦げ状態じゃ、普通に情報引き出せるわけねえだろ。

セオドア:だからってメモリー引きずり出せとは言ってねえんだけどなぁ俺は……! 脳筋すぎんだよお前は……!

酒井:黙ってろ! 手元が狂う!
   ……このタイプのコンピューターなら大体この辺に――

N:ロレインが腕を引き抜くと、その手にはメインコンピューターのメモリーボックスが握られていた。

酒井:うっし、正解。

セオドア:ったく……言っとくが、後でデータが読めなかったら俺は暴れるぞ……!

酒井:ごちゃごちゃうるせえな……! 女々しいんだよ、テディベア!

N:瞬間――黒焦げのモニターに砂嵐が奔る。

酒井:なんだ……モニターなんて完全に――

セオドア:……注意しろ。

N:モニターに焼け付くように広がり、表示された文字は――

酒井:ッ! ……ハイドラだと……?

セオドア:ハイドラ……聞いたことあるな。
     超能力者原理主義のテロ組織、だったか。
 
酒井:……新人の頃、若い能力者候補の監視任務で、こいつらとぶつかった。

セオドア:その時の狙いは。

酒井:その能力者候補だ。
   実際、やつらの狙い通り監視対象は能力者として覚醒し、ハイドラの構成員はそいつを手に入れようとした。

セオドア:それで?

酒井:その第二世代が衝動を起こして、ハイドラの構成員を殺した。

セオドア:それはそれは……なんつーか、胸糞の悪い話だな。

酒井:名前くらいは知ってんじゃねえのか?
   今は九州で研修してる岩政悟(いわまささとる)巡査が、その時に保護した能力者だよ。

セオドア:残念。俺、男の名前は覚えらんないんだ。

酒井:いい加減その碌でもない脳みそ、俺が撃ち抜いてやろうか?

セオドア:……ローラが他人の名前を覚えろとはな。
     そんなに優秀なのか、そいつは。

酒井:……は?

セオドア:もしくは……自分が間に合わなかったせいで、その第二世代がハイドラの構成員を殺すことになったことに、責任を感じているとか。

酒井:……随分詳しく知ってんじゃねえか。

セオドア:お前と違ってチームの報告書は読むようにしてるんだよ。
     それにお前、あの時はしばらく落ち込んでたしな。

酒井:落ち込んでねえよ……! ぶん殴るぞ!
   別に、そういうんじゃねえ。そのうちお前の部下になるかもしれねえだろって話だ。

セオドア:いい加減真面目にやって出世しろよ。
     そんでお前の部下にすりゃいい。

酒井:つーか……んな話どうでもいいんだよ……!
   ハイドラが関わってるってことは、のんびりしちゃいられねえぞ。

セオドア:ああ。わざわざ能力使ってまで名前を残してるってことは、相当こっちのことをナメてくれてるか――もしくは表立って動く必要があるからだ。

酒井:後者だろうな。狙いはこのメモリーを探れば見えてくるかもしれねえ。

N:セオドアは片腕を上げると、指を鉄砲の形に構える。

セオドア:事情が事情だ。すぐに出るぞ。

酒井:は? お、おい、まさか――

セオドア:ちびるなよ。ローラ。

N:セオドアは能力を発動すると、指先に力場を集中させる。
  強靭に固められ、放たれた力場は、周辺の瓦礫を吹き飛ばし、地上に向かって大きな通路を穿った。

酒井:相変わらず出鱈目だな……!
   つーかお前、これが人のこと脳筋っていえた口かよ!?

セオドア:はいはい。俺がイケてるって話はベッドでしてくれりゃいい――

酒井:しね……!

N:セオドアはロレインの回し蹴りを片手で受け止めると、崩れ始めた通路を指差す。

セオドア:レディファースト。

酒井:マジでいつか顔面ぶっ潰すからな……!

セオドア:そのメモリー、すぐに中身を取り出すぞ。
     ……俺の予想が正しければ、しばらく酒はお預けだ。


 ◆


N:都内でも有数の高層オフィス街に中心に、公園があった。
  周囲を巨大なビルに取り囲まれた憩いの場では、スーツを着た会社員が昼休みを過ごしている。
  パーカーを目深に被った女性が、公園にベンチに座った。
  フードの隙間からは鮮やかな金色の髪が覗いており、形の良い唇からはキャンディの棒がちらちらと揺れている。

ニコル:それでぇ……のんびりしてていんですかぁ?

N:女性はキャンディを舐めながら言う。
  彼女の隣のベンチには、スーツ姿の男がじっと黙ったまま座っていた。

ニコル:このデータ、確かにいつでも相手の会社に打撃は与えられるだろうけど……即効性が高いんですよねぇ。
    すぐにでも使いたいはず、でしょう?

 間

ニコル:まぁ、いいんですけどねぇ。私としては、貴方がどうなろうと。
    実際、ハッキングの過程で知ってしまっていますからぁ。
    株主総会で上手いこと主題を反らして生き長らえたけれど、三件の工場がボイコットにより生産作業が止まっていますよね。
    新主軸派を抑えて、従来のやり方を突き通した結果、振興ライバル企業にシェアを奪われかけている。
    このまま下半期に入れば、完全に業界からの撤退を余儀なくされ、旧体制派はまとめてクビを飛ばされる。

N:男は、両手でゆっくりと顔を覆った。

ニコル:私は言ったはずですよぉ。別に私に支払う報酬は、個人資産からでも構わないって。
    法外の値段ってこともないでしょうし、資金の流れはこちらで処理しますから。
    ……さぁ、どうしますか? 旧体制派の役員さん。

N:男は携帯デバイスを取り出すと、いくつかの操作をする。
  次の瞬間、女性のデバイスが音を立てる。
  女性はデバイスの画面を見つめると、キャンディを噛み砕いた。

ニコル:コーショーセーリツ。
    入金の確認が出来たので、貴方が持ってるブラックサーバーに暗号化された情報をアップロードしておきました。
    機密性は保証しますので、後はお好きに使ってください。
    ……ああそうだ。私との連絡は今後一切できなくなります。アフターケアはなしってやつで。

N:女性はフードを上げて、横目で男を睨みつける。

ニコル:もし、私を消そうとしたら――すべての情報が明るみに出ますよ。
    会社だけではなく、貴方や親族……友人に至るまですべてを破壊しつくしてやりますから、そのつもりで。
    魔女と契約するってことは、そういうことですからね。

N:男はベンチを立ち上がると、足早にベンチを後にする。
  女性はベンチに座り直すと、青く広い空を眺めた。
  ポケットの中から個包装のチョコレートを取り出し、口に放り込む。
  しばらくして、携帯デバイスから通知音が鳴った。
  女性は空を見つめたまま呟く。

ニコル:……クイル。

N:イヤーモニターが、女性の声に反応する。

ニコル:通信、誰からぁ?

クイル:んーとねぇ、ロレインだよ。

ニコル:……は? それ、マジ?

クイル:クイルは嘘つかないぜぇ。

ニコル:……わかった、繋いで。

クイル:オーケー!

 間

ニコル:……もしもし。

酒井:『あー……もしもし。ニコル?

ニコル:……何なの。姉さん。

N:女性――酒井ニコルは、姉である酒井ロレインに不機嫌そうに返した。

酒井:『いや、その……何ていうかな……。

 間

酒井:『げ、元気か……?

ニコル:……もう切るよ。

酒井:『あー! ダメだ、ダメ……!
    なんつーか……今、どこにいる?

ニコル:別に、言う必要ないと思うけど。

酒井:『いや……だから、なんだ……。
    今日! メシでも食べにいかないか、っていうか……行くぞ。

N:ニコルは不機嫌そうにため息をつく。

ニコル:(ため息)何なの……? 姉さん、自分のことしか興味ないでしょう。
    これまでさんざんこっちのこと無視してきたくせに、今更なんなの。

酒井:『そ、それは、そんなことねえよ……。

ニコル:もしかして、仕事関係だったりする?

酒井:『はぁ!? べべべべ別に! そ、そんなことないぞ! 絶対!

 間

ニコル:じゃあ、切るね。

酒井:『あ、いや! 実はだな――

ニコル:番号、変えるから。もう掛けて来ないで。

N:ニコルは通信を切ると、立ち上がる。

ニコル:クイル。番号、変更しておいて。

クイル:了解ー。でもいいの?

ニコル:何がぁ?

クイル:また警察に保管されてるIDから番号を突き止められちゃうかもー。

ニコル:そのときはそのとき。
    ……誰も、私を捕まえることなんてできないんだから。

クイル:ニコルは『電脳の魔女(メーティス)』だもんねぇ。

ニコル:……そう、誰も私を見つけられ――

ムーン:なるほど。

ニコル:……え?

N:ニコルが声の方に視線を落とす。
  ニコルが座っていたベンチの隣に、黒いコートを着た少年が座っていた。
  少年はまっすぐにニコルの顔を見つめている。
  すべてを見透かすような瞳を見つめ返し、ニコルは背筋に悪寒を覚える。

ムーン:完全自律型、情報処理AI。
    そんなものを使っているというなら、足がつかないのも納得がいく。

ニコル:……子供?

ムーン:別に、君とそう歳は変わらないよ。
    ――酒井ニコル。

ニコル:ッ!

N:ニコルは反射的に少年から距離を置く。
  しかし少年は気にした様子もなく悠々と立ち上がり、ニコルに歩み寄る。

ムーン:それとも、こういった方がいいかな。
    正体不明の凄腕のハッカー……『電脳の魔女(メーティス)』

ニコル:君……何者……!

ムーン:僕? 僕は――探偵だよ。

N:少年は微笑みを浮かべて言った


 ◆


N:警視庁公安特務、特別会議室。
  ロレインは上半身を投げ出す形で机に突っ伏していた。
  向かいの席では、セオドアが資料を手に足を組んでいる。

セオドア:ほんっと……お前って脳筋だよな。

酒井:……うるせえ……。

セオドア:久しぶりに連絡した妹に呆れて電話切られるって……。
     流石に俺もなんも言えないわ。

酒井:……なんも言うな……。

セオドア:とはいっても……お前の妹が候補に入ってるもんは、そうもいかねえんだよな……。

N:セオドアは壁のモニターに資料を表示する。

セオドア:現場から抜き出されていた情報には、野良超能力者の情報が含まれていた。
     こちらのデータベースと照らし合わせた中に、お前の妹も混ざってるのは事実だ。

酒井:妹は……ニコルは能力者じゃねえよ。

セオドア:だが、超能力者になる可能性があると、学生時代のプロファイリングには記されている。

酒井:……ニコルは私とは違って、小さい頃から普通じゃなかった。
   勉強から何から、あいつにとっては息をするくらいの感覚だったんだ。
   特に、工学に関しては誰一人理解できないことをあっさりとやってのけた。

セオドア:つまり、人として優れているだけで、超能力者ではないと。

酒井:ああ。そうだ。

セオドア:……残念だが、姉であるお前が超能力者である以上、彼女にはそういった目はつきまとうぞ。

酒井:……わかってる。

N:ロレインは自分の腕に顎を乗せながら呟いた。

酒井:だから……あいつは自由にさせてやりたかったんだ。

N:セオドアは優しげな笑みを浮かべて酒井を見つめる。

セオドア:……本当。不器用だな、お前。

酒井:うるせえ……。

セオドア:『公的機関に妹を監視させない』、か。だが……今はそれが裏目に出てる。
     今まで好き勝手やらせちまった分、お前の妹は自由に逃げ回れるだけの環境を整えちまってるわけで……。
     しっかし……ここまで所在がつかめないもんかねぇ。優秀すぎる監視対象ってのは骨が折れるぜ。

酒井:……逆探知は?

セオドア:はぁ? 出来ると思うか? あれだけ早く電話が切られてよ。

酒井:うぐ……!

N:セオドアは資料を置いて立ち上がる。

セオドア:こうなると、足で見つけるしか無さそうだな。

酒井:……ハイドラは、また超能力者になりたての人間を探してやがる。
   こちらが保護する前に、自分たちの方に引き込むのが狙いだ。
   目覚めたての能力者は強い感情を持っている。
   人間への悪感情を仕込むには、もってこいだろうからな……。

セオドア:仮にローラの妹が超能力者じゃなかったとしても、やつらは強引に超能力者を目覚めさせた過去がある。
     酒井ニコルを探すのが先決だ。

酒井:……ニコルは超能力者じゃねえって言ってんだろ。
   他の候補に当たったほうがいい。

セオドア:お前なぁ……自分が会うのが気まずいだけだろ、それ。

酒井:ちげえよ!

セオドア:じゃあ、妹がハイドラに奪われてもいいのか?

酒井:良いわけ――

セオドア:そもそも他の候補者には、既に提携会社が当たってんだ。
     俺らが動く必要はない。

酒井:……提携会社?

セオドア:お前も以前に資料をもらったろ。
     目覚めたばかりの超能力者を保護し、それぞれの会社で超能力者を一般社会に溶け込ませる事業計画だ。
     不適格な能力者は政府へ引き渡すまで面倒を見てるし、人手が必要な場合、こちらに人材を回してくれることもある――まあ、外の便利屋ってやつだ。
     こと能力者の保護に関しては、こっちより専門性が高い。

N:一般に超能力者の処遇は政府によって決められる。
  ロレインやセオドアといった公安に所属する超能力者は、条件と引き換えにその身柄を政府によって管理されている。
  しかし年々増加傾向にある超能力者の新しい管理法として導入されているのが、外部企業にて超能力者を雇うというシステムだった。
  超能力者を自発的かつ、人間的に管理する方法として、人格的に問題のない超能力者に関しては、それぞれの場所である程度自由に生活を保証している。

酒井:あんなもん信用できんのかよ。
   能力者を外で飼うなんぞ、危険極まりないだろうが。

セオドア:手放しで信用できるほど俺は人を信じちゃいないが……
     何しろ、そっちのトップがあの人だ。

酒井:……あの人って誰だよ。

セオドア:速見賢一(はやみけんいち)。

N:ロレインはその名前を聞いた瞬間、脳裏にある男の顔が思い浮かぶ。
  そして、その男が考えたことならば――と、一瞬にして納得してしまうのだった。

酒井:……そうか。ならいい。

セオドア:うし。とっとと行くぞ。ダメ姉貴。

酒井:次言ったら殺す。

セオドア:図星つかれたからってキレんな。
     ……妹を守れんのは、ローラだけなんだろ。
     だったら、やれることをやれ。

酒井:ああ……言われなくてもわかってる。

N:ロレインは机の端に置かれたコーヒーを一気に飲み干すと、腰を上げた。


 ◆


N:高層ビルの屋上に、彼らは立っていた。
  超能力者原理主義組織『ハイドラ』の構成員二人は、吹き付ける風を意にも介することなく眼科の街を見下ろしている。

鳳:反応は?

ライク:ええ。この半径400メートルに固まっています。

鳳:始めてだな……。

ライク:何が、ですか? 鳳。

鳳:いや……ライクがここまで居場所を特定できない相手というのは、始めて見る。

ライク:お恥ずかしい話ですが、この酒井ニコルという女性はかなりのやり手でしてね。
    私の蜘蛛をすり抜けていくのですよ。
    こう――スルスルと。

鳳:信じられないな……それも彼女の能力なのか?

ライク:いいえ。我々の扱う『超常空間力場(ちょうじょうくうかんりきば)』は、世界における法則を歪めはしますが、それはあくまでも力場の範囲内のこと。
    通信プロトコルそのものにアクセスすることは出来ません。
    つまり、これは私と彼女の純然たる情報処理能力のぶつかり合い。
    追うものと追われるものでは、追う方が圧倒的有利であるのは自明の理――であるからして、彼女は私よりも遥かに優れた情報処理能力を有していることは疑いようもありません。

鳳:ライクよりも優れている……。

N:鳳は眼科の街並みを見下ろして拳を握りしめる。

鳳:そんな優秀な人でも、利用される……。超能力者である以上、人間としては認められない。

ライク:はい。全くもってふざけた話です。

鳳:もし、彼女が協力してくれたら……もっとたくさんの超能力者を救うことができるってことだよな。

ライク:それは、あなた次第ですよ。鳳。

鳳:俺次第……?

ライク:ええ。今回、彼女を説得する役は貴方に任せます。

鳳:俺が? どうしてだ?

ライク:どうして、とは?

鳳:俺は戦闘要員で、ライクは参謀だろう。ライクは俺にだって組織のことを教えてくれた。
  もし彼女を説得するのなら、ライクのほうが適切なんじゃないのか。

ライク:確かに、貴方を迎えるに当たっては私が適任でした。
    その事実だけを見れば、私が彼女の説得に当たるのが合理的です。
    ですが――ケースというものは常に変化し続けます。

N:ライクは屋上のギリギリまで立つと、両手を広げて振り向いた。

ライク:彼女は現状、いくつもの組織に身柄を狙われています。
    その事実は彼女の心に負荷をかけることになるでしょう。
    人は余裕が無くなると周囲に対して不信感を抱くものです。

鳳:不信感……それを俺なら取り払えるということか。

ライク:イエス。その通りです鳳。
    あなたは先日能力に目覚めたばかり。彼女にとっては今の自分のと近しい境遇だと言えます。
    何より、貴女が私よりも彼女の説得に向いている最大の理由は――純粋であることです。

鳳:俺が、純粋?

ライク:人間とは一見、合理性を求めているようで、極めて感情的な生き物です。
    最終局面においては頭で理屈を理解することなどは、あり得ない。
    結局のところ人間を動かすのは、感情でしかないのです。

鳳:それは……俺達が一番知っていることだよ。ライク。

ライク:と、いうと?

鳳:超能力者のもつ『衝動』こそ、本当の人間性なんだ。

N:鳳はライクの隣に立ち、街を見下ろす。

鳳:俺達は……この景色のどこを歩いている人間よりも、人間なんだよ。

ライク:詩人ですね。鳳。
    嫌いじゃありませんよ。そういう考え方は。

鳳:……俺が彼女を説得する。
  彼女が本当の自分として生きられるように。

ライク:ええ。出来ると信じていますよ。心から。

N:ハイドラの両目が、赤い瞳で街を見下ろしていた。


 ◆


N:喫茶店の店内。
  憮然とした表情のニコルの正面に、表情の変わらない少年が座っていた。

ニコル:……で、話ってなんですかぁ? 少年探偵君。

ムーン:歳はそう変わらないと言ったろ。

ニコル:どうして私の名前を知ってるんです。

ムーン:調べた。

ニコル:不可能。私の情報を手に入れることなんて出来るはずありません。

ムーン:では、どうして僕は知っている?

ニコル:それを聞いてるんですよぉ。どういう裏技を使ったんですかぁ?
    それとも……どこかの組織の差し金? 例えば――警察とか。

ムーン:その程度の話術で僕がボロを出すと思っているのか?
    電脳世界では凄腕でも、現実でのコミュニケーション能力は足りていないようだ。

ニコル:……めちゃめちゃムカつくんですけど……!
    なんなの君はぁ……!

店員:お客様。ご注文はお決まりでしょうか?

ニコル:あ、はい! すみません……えっと――

ムーン:季節の果実パフェ。飲み物は温かい紅茶、ミルクと砂糖付きで。

店員:はい。季節の果実パフェ。お飲み物が紅茶のホットで。

ニコル:え。あ。えっと……。
    じゃあ……同じでぇ。

店員:はい。かしこまりました。お飲み物、先にお持ちしますか?

ムーン:パフェと一緒に持ってきてもらって構わない。

ニコル:……同じくで。

店員:かしこまりました。ただいまお持ちいたしますので、ごゆっくりお過ごしください。

 間

ムーン:……なんだ。人の顔をじろじろと。

ニコル:……いや。なんか趣味が一緒で驚いただけですけど……。

N:ニコルは背筋を正すと、じっと少年の顔を見つめる。

ニコル:確かに私は喋るのは苦手だから、はっきり聞くことにします。
    貴方の名前は? 貴方の目的は? 私をどうする気ですか?

ムーン:確かに、その方が話が早い。
    ただ――君の話術もそう捨てたものでもない。
    こうして素直に聞いている傍ら、机の下のデバイスで僕のことを調べているね。
    いい時間の使い方だ。

ニコル:……ええ。隠しても無駄みたいですね。
    でも、どうして貴方の情報が引っかからないんですか?

ムーン:僕が探偵だから。

ニコル:それはもういいですって……。

ムーン:僕のことは……そうだな。
    ムーンとでも呼ぶといい。

ニコル:は? なんですかそれ……ハンドルネームにしてはセンス無さすぎ……。

N:ニコルはつまらなそうに水の入ったグラスを弄ぶ。

ニコル:というか……君みたいな若い人間でも、働いているってわけですか。

ムーン:あんたとそう変わらないと思うが。

ニコル:そうじゃなくてぇ……君って、超能力者なんですよね。

 間

ムーン:いいや。僕は超能力者じゃない。

ニコル:でも、超能力者の存在は知っている。

ムーン:ようやく脳みそが回ってきたか。
    続けて、推理してみせるといい。

ニコル:わーお……本当生意気だぁ……!

 <ニコルは顎に手を当てながら考える>

ニコル:私達に共通するキーワードは超能力者……。

ムーン:……先程、僕が君に話しかける前。
    君が電話で連絡を取ってきた人物は誰だ?

ニコル:それは――

ムーン:僕も誰だかわかっているわけではない。
    もちろん、予想はついているが……確定ではないし、僕は個人的に動いているだけだ。
    どこかの組織と繋がりがあるというわけではないしね。

ニコル:それを信じろって……?

ムーン:信じろとは言っていない。
    ただ……僕は探偵だ。
    情報の取捨選択はするが、言葉を駆け引きに使うのは好みじゃない。

店員:お待たせいたしました。季節のパフェになります。

ムーン:どうも。

 間

ムーン:(パフェを食べながら)……どうした。食べないのか。

ニコル:……食べますよぉ。

N:二人は黙々とパフェを口に運ぶ。
  ニコルは、無表情でパフェを食べる少年を見て、少しだけ肩の力を抜いた。

ニコル:……甘いもの、好きなんですね。

ムーン:……見ればわかることだろ。

ニコル:あれー? さっきまではあんなに堂々としてたのに、パーソナルなことは触れられたくないとかぁ?

ムーン:うるさい……。
    ……それで、考えてるのか。

ニコル:……私の姉は、超能力者なんです。
    そして、その力を生かして警察で働いている。
    今まで姉からは連絡なんて来なかったのに、さっきは急にご飯に行こうなんて連絡が来て……そしてあなたが現れた。
    多分だけど、私は狙われてるんでしょう。超能力者に。

ムーン:……何故、警察の世話にならない。

ニコル:……それは……。

ムーン:パーソナルなことには触れられたくない、か?

ニコル:……あなたは、誰かが自分を狙ってるって状況になったことは?

ムーン:……僕は探偵だからね、いつだって探す側だ。

ニコル:そう……。まあ、そっか。こんな訳の分からない状況に生身で飛び込むんですもんねぇ。
    あなた、強いんだ。

ムーン:強いかどうかは関係ない。

ニコル:関係ありますよぉ。強ければ、逃げなくたっていい。でしょ?

N:ニコルは紅茶を飲んで、悲しげに笑う。

ニコル:私には……力なんてないですもん。選択肢なんて『逃げる』しかない。
    その力だって大したことはないんですけどねぇ。
    ほら……君みたいなよくわからない子にも見つかっちゃったし。

ムーン:……人間ひとりが持つ力なんて、そう大したものじゃない。

ニコル:ふぅん……。超能力者を知ってるのに、そんな事言えるんですね。

ムーン:超能力なんてただの呼称の問題だ。

ニコル:口でならなんとでもいえますよぉ! 実際に彼らの力を見たら、そんなこと――

ムーン:同じさ。

N:少年は鋭い眼でニコルを見つめていた。

ムーン:君の姉も、そうじゃないのか?

ニコル:……え?

ムーン:超能力に目覚めて、別人になったと思うか?

ニコル:そ、そうじゃないけど……でも……昔と同じじゃないです。
    変わった……私達の関係も……それに、生活だって……。

ムーン:それは超能力のせいじゃないだろう。

ニコル:偉そうに……! 君が何を知ってるっていうんですか……!

ムーン:環境が変わるのは生きていれば、当たり前のことだ。
    大きな力は大きな変化を産むが、それはあくまで原因でしかない。

ニコル:だからそれは――

ムーン:もう一度言うぞ。ひとりの人間の持つ力なんて、大したことはない。
    だから、ひとりで戦っても、負ける。

 間

ニコル:……私には、一緒に戦ってくれる人なんていないですから。

ムーン:姉は頼りたくない、か。

ニコル:そういうわけじゃ、ない、けど……。

N:少年は何かを考える素振りをした後、財布から5千円を取り出し、机に置く。

ムーン:あー、こんな時間だ……!

ニコル:……は?

ムーン:ごめんね、ニコルさん。
    僕、この後用事があって……。

ニコル:え、え?

ムーン:これ。この間のデートの時は払ってもらっちゃったから……。
    今回は、僕に出させて。

ニコル:は!? で、デートって――

ムーン:(笑顔で)ニコルさんの飼っている鳥、僕とても好きだったよ。

ニコル:な、ななな何を――

ムーン:また、鳥を見せてほしいな。
    そうしたら……僕は飛んでいくから。ニコルさんの側まで。

ニコル:……君……それ……。

ムーン:それじゃ。

N:動揺するニコルを横目に、少年は席から立った。
  そして、出口へ向かう途中、コート姿の男と軽くぶつかる。

ムーン:あ、すみません……!

鳳:いや、大丈夫だよ。

N:少年と入れ替わりで、男はニコルの正面に座った。

鳳:……今の彼は恋人、かな。

ニコル:……え?

鳳:邪魔をして申し訳ない。
  俺は、鳳……。君と、話がしたいんだ。

ニコル:……話? 何のですか……?

鳳:……君は、狙われてるんだ。酒井ニコルさん。

 間

ニコル:ああそう……いやんなりますよぉ……。

N:ニコルはため息をついてパフェにスプーンを突っ込む。

ニコル:……今日はその台詞を何回聞けばいいんですかねぇ……?


<後編>


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