パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォー@』
『港湾の群青 後編』
作者:ススキドミノ



加西 准(かさい じゅん):14歳。女性。青の教団の戦闘部隊、”いろは”所属の超能力者。

平野 卓夫(ひらの たくお):25歳。男性。横浜市の戦時特別臨時パトロール員。

キース ホール:25歳。人材派遣会社『ブリックスマン』の社員。

マリッサ エンヴィー:25歳。人材派遣会社『ブリックスマン』の社員。

酒井 ロレイン(さかい ろれいん):39歳。警察庁公安部特務超課、警視。超能力者。

荒人(あらひと):23歳。改名前の名前は西之宮 明人(にしのみや あきひと)。災害級無所属超能力者。


うずら:警察庁公安特務超課で採用されている人口超知能内蔵デバイス。だんだん成長している。ナレーションの人と被り役




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




【あらすじ】
人間、超能力者、そして怪異と呼ばれる者達による戦争が勃発した。
世界中のメディアはこぞってこの国に起きた内戦について取り上げた。
しかし、某列強国を中心とした世界政府による迅速な情報統制、
政府による貿易を含む空(くう)並びに海禁政策(かいきんせいさく)の施行によって、
ものの1ヶ月たらずで、この国は数100年ぶりの鎖国状態へと移行した。
内情は小さな島国に閉じ込められることとなる。
歴史家達は後に、この島国の内戦をこう名付けた。
『色戦争(カラーズ・ウォー)』と。


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 ◆◇◆


N:コンテナの積まれた埠頭の一角で閃光が瞬いた。

加西:目標ダウン。

N:倒れ込む軍人達の身体をまたぎながら、加西は耳元のインカムに呟いた。

加西:概ね予定通り。
   着岸後、搬送はオンタイムで。

キース:(手を叩いて)いやぁ、素晴らしい手際だ。

マリッサ:どうも。ブリックスマンです。お品物のお届けに参りました。

N:加西は碧眼の男たちの横をすり抜けると、倒れた軍人の胸元を漁る。

キース:おいおい、無視とは関心しないねえ、お嬢ちゃん。

加西:その言い方、やめてくれるかな。
   たかが雇われの運び屋の癖に。

キース:その言い方ぁ、やめてくれるかなぁ。
    たかがイカれた宗教組織の末端の癖にぃ。

マリッサ:(ため息)ムキにならないの。大人げない。

加西:……ま、別に仲良くする必要はないけど。

N:加西は軍人の首から認識票を引きちぎると、胸のポケットに放り込んだ。
  そして、ゆっくりと立ち上がると、キースを睨みつけた。

加西:青の教団を悪く言うのは、許さない。

キース:先に喧嘩売ったのはテメエだろうが、ガキ。

加西:謝れ。

キース:……あん?

加西:謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。

キース:んだこいつーー

マリッサ:キース。あなた、刺されてる。

キース:あん?

N:キースは自らの身体に視線を落とす。
  彼の脇腹にはーー小型のナイフが突き刺さっていた。

キース:あーあ……割と気に入ってたのに、このコート。

加西:謝れ。

マリッサ:ほら、キース。謝んなって……この子、ぶっ飛んでるし。

キース:悪かったよ。ほら、売り言葉に買い言葉ってあるだろ?

N:キースはナイフを引き抜くと、脂で薄く濡れた刃先を袖口で拭き取り、そのままそれを胸ポケットにしまった。
  加西は興味がなさそうにそっぽを向くと、街に向かって歩みだした。

キース:おい! そんで俺たちはどうすりゃいいんだよ!

加西:待機。着岸後、積み込み。以上。

マリッサ:身にかかる火の粉ははらっていいのかな?

加西:……以上だって、いったよね。

マリッサ:無事に詰め込むまでがお仕事ってことね。
     あなたはどうするの。

加西:……さあね。

キース:ああ、あと一つ質問。

加西:(ため息)……何かな?

キース:軍人のIDタグを集めてんのは、趣味なのかよ。

加西:……ううん。勝った分だけあの御方に見せたら、喜んでくれるから……。

N:加西は軽くステップを踏むと高く飛び上がり、闇へと姿を消した。
  キースは自分の脇腹に手を当てながら、薄く微笑んだ。

キース:いやぁ、世界にはイかれた女がたくさんいやがるねぇ。

マリッサ:それ、どういう意味かな?

キース:なぁに、ただの経験則だよ。


 ◆◇◆


平野:そんな……! 僕には無理です!

N:『戦時都市防衛支部(せんじとしぼうえいしぶ)』の再奥。
  放送室に備え付けられた、「緊急」とかかれたボタンの前で、酒井は平野の手を掴んでいた。

酒井:いいから! 押して! ね? 悪いようにはしないから、ね?

平野:臨時パトロールなんですよ!? そんな権限あるわけないじゃないですか!

酒井:いーや! 臨時でもパトロール隊員なんだったら当然! 支給品を使う権利はある!
   さぁ! 押して! ほらほらサクッと!

平野:そんな無茶苦茶な……! 酒井さんが押していただくわけには……!
   警視なんですよね!?

酒井:管轄違いだっつって、バカで無能なここいらの警察は人員さきやがらねえの!
   無理矢理きかしてもいいけど、今は1秒でも惜しいんだよ!

平野:そ、そんなーー

酒井:さっさと押せ!

N:酒井は平野の手を離すと、彼の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。

酒井:……それともてめえ、この街の人間に被害が及んでもいいってのか? ああ?

 間

平野:ああもう……! わかりましたよ!

酒井:さあ! 押せ!

N:平野は拳を握り締めると、防護ガラスを叩き破りながらスイッチを叩いた。
  深夜2時23分。周囲10キロ圏内に、戦闘警報が発令された。

平野:(頭を抱えて)ああ……やってしまった……。

酒井:平野臨時パトロール。

平野:な……なんですか?

酒井:例の男は、西之宮明人と名乗った……そうだったよな。

平野:はい。間違いなくーー

N:酒井はスーツのジャケットを脱ぎ始める。

平野:え? ちょっと!?

酒井:ほい!

N:酒井はジャケットを平野に向かって放り投げる。
  平野は慌ててそれを受け取ると、拳銃をホルスターから外し、装備の確認をしている酒井を呆然と見つめていた。

酒井:私のバッヂを預けるから、すぐにでも警察を動かせ。
   総員で、一軒一軒家を回って、避難するように声をかけろ。
   必ず、複数人で行動すること。

平野:いや! 僕にはこれ以上ーー

酒井:あのなぁ……! 君、男だろ!?

平野:違いますよ! そういう話じゃないんです!
   僕には務まらないっていう話で!

酒井:あんた以外に私は誰に頼ればいいわけ!

平野:聞いてくださいーー

酒井:時間がないんだってーー

平野:俺だって!

N:平野は机を叩いた。

平野:俺だって……! 自分にできることは、精一杯やろうって!
   こんなときだから、みんなの助けになれればって!
   そう考えて、この仕事……! やってたんです!
   でも……!

N:平野は、机に頭をつけて息を吐いた。

平野:でも! ほんと、俺、情けないんですよ!
   子供とかには偉そうにいってたんですよ……!
   絶対平和になるから、とか! いってたんですよ!
   本当はわかってないだけだった!
   超能力者とか! 戦争とか! どっか……!
   どっか遠い世界の出来事だって! そう、思ってたんですよ……!
   今日、初めて目の前で超能力者が現れて!
   酒井さんが、戦ってるのみて……! 俺……!

 間

平野:俺! 怖いんです! マジで!
   殺されるって! ほんと、思ったんです!
   認めます! 情けないって! だめなやつだって!
   みんなを助けたいのはやまやまなんですよ!
   でも! 今、外にでるのを想像するだけでもう!
   足が、震えるんですよ……!
   そしたら! 誰か助けるとか……! もうーー

酒井:平野。

平野:なんすか!

N:平野が顔を上げると、そこには、深々と頭を下げる酒井の姿があった。

平野:ーーえ? どうして……!
   そんな! 酒井さん! 頭を上げてください!

酒井:知っているんだよ。君が、怖いと思っていることも、私は。
   君は戦いとは無縁の、平和な世界で生きてきたのだから。
   君は恐怖を感じて当然なんだ。
   それは恥ずべきことでもなんでもない。
   むしろ、恥ずべきは私たちだ。
   総て、私たちの無能が招いた結果だ!
   この戦争も! この国の混沌も! 君の恐怖も!
   総て! 責任は、私たちにある!

N:酒井は唇を噛み締めてさらに頭を下げた。

酒井:大変、申し訳ございません!

平野:やめてください。

酒井:その上で! 君は我々の尻拭いのために、日々街を見回ってくれている!
   本来ならば、頭を下げただけでは払いきれない恩があるのもわかってる!
   それでも! 今、君の力を借りたいと思っている! 
   頼む! 今は頭を下げることしかできないが! 何度だって……!
   何度だって頭を下げるからーー

平野:もう、やめてください!

N:平野は酒井の肩を掴んで引き上げた。

平野:わかりました……!
   酒井さんの気持ち、わかりましたから。

 間

平野:(深呼吸)……確かに俺は、一般人で、正直いまも怖いです……。
   でも、そんな俺でもわかりますよ。
   酒井さんが頭下げること、ないです。
   だって現に、俺に恐怖に立ち向かう理由、くれたじゃないですか。

酒井:平野……。

平野:いただいた役目、俺、やらせてもらいます。

酒井:本当か……?

平野:はい。やらせて、ください。

酒井:(あっさりと)よっし。

平野:……え?

酒井:男に二言はないからな。頼んだぞ、平野!

N:酒井は平野の肩を叩くと、鼻歌交じりに装備を装着していく。
  平野は、口を開けたまま固まっていた。

平野:あ、え? 嘘、芝居、とか?

酒井:あん? 私を誰だと思ってんの?

N:酒井は平野に向かってウインクをした。。

酒井:こちとら警視だぜ? 芝居で頭が下げられるかっての。

平野:へ?

酒井:女(ヒロイン)に頭を下げられたんだ。せいぜい気張れよ、男(ヒーロー)なんだからな。


 ◆◇◆


N:公園のジャングルジムの上。
  加西は足をぶらつかせながら、警報の鳴り響くスピーカーに目を向けていた。

加西:(舌打ち)警報……? 以外と早い。
   (ブツブツと)計画が漏れた? 違う……イレギュラーだ。
   彼が直接……? だとしたら反応が遅い……目的よりも他人を優先……?
   若しくは第三者……否ーー

荒人:……よう。

N:公園の入り口に立つのは、長身の男ーー荒人。

加西:このタイミングで彼が来るなら、正解は第三者。
   ちゃんと、解けた。

荒人:あるもん探してるんだけど、お前、知ってる?

加西:あるもんって何かな。

荒人:お。近づいたらやっぱり。
   お前、血の匂いがすげえな。

加西:……犬?

荒人:それ、たまに言われる。

N:加西はジャングルジムの上で立ち上がった。

加西:本当にのこのこ出てくるなんて、本当にあれが欲しいんだね。

荒人:欲しいっつーか……まあ、そんなとこかな。

加西:ねえ、傭兵は一緒じゃないの。

荒人:あいにくとアイツらとはぐれちまってさ。
   絶賛迷子中。

加西:あーあ……死体があがったのに、知らないんだ。

荒人:お前、嘘下手な。
   アイツらがそう簡単に死ぬかっての。

N:荒人はパンダの玩具にまたがると、小刻みにバネを揺らした。

荒人:で。アレは? ここにあんの?

加西:ううん。埠頭でうちの船に引き渡すところ。
   あと43分後。

荒人:へえ、あっさり教えてくれるんだな。

加西:別に、私の仕事はあなたの始末だから。

荒人:なるほどね。

 間

荒人:で?

加西:で、って何?

荒人:他の連中は?

加西:私一人だよ。

N:加西はジャングルジムから飛び降りた。

加西:私の部隊は私一人。
   他の人はついてこれなくて死んじゃうから。

荒人:そっか。お前だけか。

加西:うん。

N:荒人は玩具から降りると首を回した。

荒人:じゃあ、やるか。

加西:ねえ。”鉄靴(ヴィーザル)”の荒人。

荒人:それ、流行ってんの? よく言われんだけど。

加西:私、あなたのこと、わりと好きだよ。

荒人:……無視かよ。

N:加西は無邪気な笑みを浮かべた。

加西:あなた、この戦争で何人の人間を殺した?

 間

荒人:お前今、なんつった……?

加西:強いんでしょ。強いひとは好き。
   だって、勝ったら褒めてもらえるもの。
   だからアナタと戦って、私は勝つの。

荒人:(ため息)押し付けんなよな。
   つーかお前さ……なんか勘違いしてない?

加西:……何?

荒人:言い分は、勝ったやつが通すもんだろ。

 間

加西:ふ、ふふふ……はははは!
   そう! そうだね! うん!
   私も、同感、かな。
   やっぱり、好きだよ。わりと。

 間

加西:(息を吸って)青の教団、戦闘部隊”いろは”一番隊隊長ーー

N:加西は袖元からコンバットナイフを取り出すと眼前に構えた。

加西:加西准。

荒人:……それ、名前?

加西:そう。私は、名乗るの。

荒人:そうか……。俺は荒人。
   ただの超能力者ーー荒人だ。


 ◆◇◆


N:酒井は、警報鳴り響く街の中、人を避けながら疾走する。

酒井:うずらぁ! どう!?

うずら:ヒットォ! 西之宮 明人。荒井 仁志(あらい ひとし)とアキナの間に産まれる。
    父、仁志は明人が5歳の頃に死別、以後母親の旧姓である西之宮性となりーー

酒井:追い立ちはすっ飛ばせっての! 特番じゃないんだから!

うずら:ぶー! じゃあどこを参照しろってのさ!

酒井:現在だよ、現在!

うずら:現在、該当情報なし。

酒井:ったく……! 機転きかせろっての! 最後の情報は?

うずら:西之宮コーポレーション第3研究所倒壊事件に巻き込まれ、行方不明……。
    ロレイン、ちょっとうざいー。

酒井:悪かった悪かった……!
   あー、第3研究所っていうとーーやっぱあいつが噛んでるかぁー……!

N:酒井は路地裏で立ち止まると、息を整えて頭を掻きむしった。

酒井:あーもう! なんで私からアイツに連絡しなきゃなんないんだっての!

うずら:やーいやーい。

酒井:うずら……電子メッセージを、機密モードで送信準備……。
   私の端末のロック解除するから……Dの85宛てで作って。

うずら:ほいほーい。本文プリーズ。

酒井:『生きてるか』

うずら:送信。

酒井:(煙草を咥える)くっそイライラする……!

うずら:返信。『お前から連絡してくるって言ったろ? 俺の勝ちだな、ローラ』

N:酒井は煙草の箱を握り潰した。

酒井:……ウゼェ……!

うずら:ねえ、次は? ローラ。

酒井:次それ言ったらマジで壊すからな。
   ……『あんたらの狙いは』

うずら:送信。

酒井:(煙を吐く)

うずら:返信。内容はーー


 ◆


キース:……この金が入ったらさ。

マリッサ:何?

N:埠頭のコンテナの上に、キースとマリッサと背中合わせで座っていた。

キース:国帰って、気味が悪い色したジャンクフードを山ほど食うんだ。

マリッサ:それ、なんか縁起悪い。

キース:俺もそんな気がしてた。

マリッサ:で、どうやって帰るの?

キース:ん? そりゃあ、国際支援船の船員に金握らして密航よ。

マリッサ:それ、なんか失敗しそう。

キース:俺もそんな気がする。

マリッサ:ほら……キースが変な話するから、来ちゃった。

N:二人の眼前には銃を構えた女警視ーー酒井ロレインが立っていた。

酒井:……手ェ挙げろ。ゲス共。

キース:お。いい女。

酒井:(舌打ち)今度はあっちの言葉で喋れっての? 厄日だわー。

マリッサ:あなた、喋れるひとなのね。

酒井:……あんたの未来の話。
   抱えてる、その”超常的物質(アンノウン)”は私が押収する。
   そのあと私にしこたま殴られて再起不能。
   独房で死ぬほど拷問受けてもらうんだけど、何か言い残すことは?

マリッサ:キース、鼻の下伸びてる。

キース:いやいや、この空気に当てられてるだけ。
    興奮すんだろ。

酒井:よーし、逮捕しちゃうぞ。

キース:俺のダンスはーーちと激しいぜ?


 ◆◇◆


N:土煙に覆われた公園が、ゆっくりとその姿を表す。
  遊具は破壊され、街頭はひしゃげ、地面には深い亀裂が刻まれている。
  まるで粘土細工のようにひしゃげたジャングルジムの足元で、加西は血だらけで蹲っていた。

加西:(血を吐き出す)カ、ハーー

N:その数メートル先で、荒人は折れ曲がった右手をさすりながら血の混じった唾を吐き出していた。

荒人:確かに力場は強えし、能力も今まで戦った電磁系の中じゃダントツだった。

加西:……嫌だ……。

荒人:身のこなしも、暗殺集団のトップ名乗るだけはあるな。
   おかげで右腕は折れるわ、足は斬られるわ。

加西:(泣きじゃくって)嫌だ……! やだ、やだ、やだ、やだ、やだ……!

荒人:だけど、お前。俺より弱いよ。ドンマイ。

加西:やだー! 絶対ぜったいゼッタイやだ!

荒人:加西 准。お前の負けだ。

加西:あ。

N:加西は荒人のいる方へと、地面を這いずっていく。

加西:違う。負けて、ない。

荒人:負けだ。

加西:負けて、ないもん!

荒人:……そうか、お前。そういうタイプか。

N:荒人は冷たい眼差しで、足元の加西を見下ろすと、少女の小さな頭を掴んで力任せに持ち上げた。

加西:ぐ。

荒人:お前、強いんだもんな。

加西:……そう、わたしは、つよいもん。

荒人:そういやぁ、そうだった。
   強いやつってのはーー

N:荒人は凶悪な笑みを浮かべた。

荒人:ーー殺さなきゃ負けを認めねえんだった。

加西:あ、う……。

N:荒人は加西の頭を持つ手に力を込めた。

荒人:じゃあーー死ね。

加西:あ、ああがががーー

N:加西の瞳が恐怖と涙で濡れる。
  荒人はその瞳を真っ直ぐに見つめたまま、力場を収束していく。

加西:あ、ひ、いや。いや! いや! いやあああ!

荒人:どうした。強いんだろ。負けてねえんだろ。

加西:いやああ! 死んだらぁ、負けちゃうぅ!

荒人:いったろ。言い分は通すもんだ。
   お前にはその力がなかったんだよ。

加西:やだやだやだ!

N:加西は傷だらけの腕で荒人の髪を触った。

加西:死にたく、ないよう……!

 間

N:荒人は、ため息をつくと加西の頭から手を離した。

荒人:ようやく言ったか……このガキ。

加西:……え、なん、で。

荒人:いったろ。勝った方が言い分を通すもんだって。
   いっつつ……ほんっと、お前容赦なさすぎ……。

N:荒人は地面に座り込むと、足の傷の具合を確かめる。
  加西は呆気にとられた表情でその様子を眺めていた。

加西:どうして、殺さないの。

荒人:ん? ……んー。

N:荒人は敗れた服の布地で足を縛ると、ゆっくり立ち上がった。

荒人:それが俺の通したかった言い分ってやつだから、だな。

加西:言い分、って。

荒人:俺が何人殺したかって、聴いたよな。
   俺は、ひとり。
   ーーひとり、殺した。

加西:一人、だけ? ”鉄靴(ヴィーザル)”なのに?

荒人:だからそれなに? どっかの掲示板にスレッドでも立ってんの?

N:荒人はふっと息を吐くと、懐かしむように空を見上げた。

荒人:……俺が殺してしまったそいつはさ、俺の家族みたいなもんだったんだよ。
   それだって、一人で背負うには重すぎて、友達と……殺しちまったそいつ自身の肩を借りてようやく立ってるもんだからさ。
   これ以上は、俺のちっぽけな背中じゃ背負いきれねえんだよ。
  
N:荒人は苦笑まじりに頬をかいた。

荒人:だからーー俺は、殺さない。それが、俺の言い分だ。

N:加西は、そんな荒人の顔を、眩しそうに眺めた。

加西:弱いね、荒人。

荒人:ああ。俺は弱い。だからこそ、俺は負けるわけにはいかねえんだ。

N:荒人は加西に歩み寄ると、頭を軽く小突いた。

加西:いた……!

荒人:ほんとはな。お前は、今すぐにでも地獄行きなんだぜ。
   ただ、俺みたいなやつが説教したって意味ないからさ。

N:荒人は、公園の入り口に立っている男を見た。

荒人:後は頼むぜ、平野さん。

N:男、平野が何かを言う前に、『ドン』と重い鉄靴(てつぐつ)が地面を踏みしめるような音が響いた。
  次の瞬間、公園に荒人の姿はなく、そこには地面で倒れ伏している加西と、それを呆然と眺める平野がいるだけだった。


 ◆◇◆


N:酒井は煙草を吸いながら足元でバラバラになっているものを見下ろしていた。

酒井:(煙を吐いて)ほんっと、後味悪いんだわ。

マリッサ:ふふ。おかしいわね、キース。あの女の人ったら、戦いの途中で煙草なんて吸っちゃって。

マリッサ:(キースの口調で)ったく、これだから煙草を吸う女はセクシーなんだよな。

マリッサ:キース、また鼻の下が伸びてる。

マリッサ:(キースの口調で)こればっかりはしょうがないだろ。俺は雄牛なんだからな。

マリッサ:それ、わからない。

酒井:……リアルな人形を力場で操る能力、か。
   大人しく真っ当な仕事についてりゃ良かったっつーのに。

N:酒井は元々は『キースだった』人形の腕を靴先で蹴飛ばすと、インカムを耳につけ直した。
  マリッサは酒井の方を見ることもなく、地面に座り込んだまま、虚空を見つめて呟き続けていた。

酒井:うずら。戦闘終了。生きてる無線にこっちに人員を寄越すようにいってくれ。
   能力者1名捕縛。能力者用の檻を持ってこいってな。

N:インカムを外した酒井は、マリッサに歩み寄ると後ろ手に手錠をかける。

酒井:お前には黙秘権もクソもない。
   せいぜいブタ箱でお人形さんとよろしく暮らせ。

N:酒井はマリッサを地面へ蹴り倒すと、コンテナの上に置かれたままのアタッシュケースに歩み寄った。

酒井:さぁて……。

N:アタッシュケースを力づくで開くと、そこにはーー

酒井:何もない、ね。

N:酒井はため息をつくと、アタッシュケースを放り投げた。

酒井:みたいだぞ。クソガキ。

N:そしてコンテナの脇に目を向けると、そこには傷だらけの荒人が立っていた。

荒人:そっか、なかったか。

酒井:さっき会った時より随分いい格好になってんじゃない。

N:酒井は煙草を咥えて火をつけた。

酒井:(煙を吐いて)あんたが鉄靴(てつぐつ)だとはね。

荒人:それ、やめてくんない。刑事さん。

酒井:ハッ! 『速水の残党(テロリスト)』の名前なんて呼ぶもんかよ。
   ……お前ら、好き勝手やりすぎなんだよ。マジで潰すぞ。

荒人:かぁー……手厳しいな。

酒井:ボス猿が死んで統制がとれなくなった猿どもに優しくするギリはないっての。
   ……特に巨大猿はどうなってる。あいつ、死ぬぞ?

荒人:……新一郎さんのことは、俺も知ってるよ。

酒井:だったらすぐにでもなんとかしな。
   (煙を吐いて)でないと……あのボス猿が浮かばれない。
   速水のことは気に食わなかったけどね、少なくとも今のお前達に速水の覚悟を背負う価値はない。
   ついでにいやぁ、私は今この瞬間だって速水に手を貸したことを後悔してるんだぜ?

荒人:ああ……わかった。

酒井:簡単にわかるなクソガキ。生意気なんだよ。
   ……それで、あんたらの追ってた『超常的物質(アンノウン)』についてだけど。

荒人:『レーベル』

酒井:どういう代物だ。

荒人:……人工的に超能力者を作りだせるんだ。
   俺の母親が研究してた。

酒井:手に入れて、どうするつもりだったわけ。

N:荒人は空のケースを見つめて、肩をすくめた。

荒人:……殺す、つもりだった。

酒井:ふぅん……殺す、ね。

N:酒井は煙草を揉み消す。

酒井:だが、ここにはなかった。
   ……そのレーベルとやらはいくつあるわけ。

荒人:いや。俺が壊したものとーーっつーか……他にいくつもあるのは知らなかったし。
   何個あんのかもわかんねえけど……。

酒井:お前ら……それで素直に信じてのこのこ現れたわけ?
   バカ?

荒人:本物かもしれないだろ!

酒井:存在もしないもん追いかけてたクセしてなにいってんだ。
   っていうか、なんだよ簡単な話じゃん……しかもくだらない。

荒人:……何が?

酒井:今回の一連の出来事は、お前を狙い撃ちした罠だった、ってこと。

荒人:俺を……そっか、それであいつ……。
   ーーあ。やっば! 警察の増援じゃん!
   あのさ! 東の坂の上の公園で、能力者のガキ、寝てるから!
   平野ってやつが一緒にいる!

酒井:平野? あ、おい! 待てコラ!

N:暗闇に紛れようとする荒人に、酒井は煙草の箱を投げつけた。

酒井:おい。

荒人:な、何?

酒井:次会うときは、その銘柄の煙草。3カートンは用意してこい。

荒人:……俺、金ない。

酒井:捕まりたいのかな?

荒人:わかった! じゃあ、またな!

N:荒人がコンテナの影へ消えていくのを確認すると、酒井はブツブツと呟いているマリッサに歩み寄った。

酒井:さてさて……端末の中にあったスケジュールの予定時刻から20分後……。
   いまだ船は現れず……。
   やっぱり、あんた、ハメられたね。最初から捨て駒だったわけだ。

マリッサ:やっぱりそうよ。いつだって苦労するんだから。

マリッサ:(キースの口調で)まあ、そんなこったろうと思ったけどな。

マリッサ:わかってからそういうの、ずるいわ。キース。

酒井:同情はしないよ。選んだのは自分だからね。
   ただ……憐れみはする。人形は自分自身だって、知らなかったんだろ……?
   (警官達に)とっとと檻の準備! あと、私がいう住所に増援を送れーー

 間

マリッサ:ねえ、キース。この戦いが終わったらどうする予定だった?

マリッサ:(キースの口調で)とりあえずカジノでストリップーーってのは置いといて、ちゃんとしたピザが食いてえな。

マリッサ:意外と欲がないのね。

マリッサ:(キースの口調で)そういうマリッサはどうなんだよ。

マリッサ:私はまず、家族に会いたいわ。もう随分ながいこと合ってないもの。

マリッサ:(キースの口調で)しかし、戦争ってのは嫌だね。
     ……おい、なんだよその顔は。

マリッサ:「何言ってるの?」、の顔。

マリッサ:ふふ……ふふふ……ふふふふ……。


 ◆◇◆


加西:ねえ。

平野:なにかな。

加西:私、超能力者だよ。

平野:そうなんだ。

加西:私、たくさん人を殺すんだ。
   褒めてもらえるから。

平野:そうか。

 間

平野:俺さ。やっぱり思うよ。

 間

平野:みんな仲良くなれればいいなって。

加西:……そんなの無理に決まってるじゃん。

平野:かもしれないけど、そうじゃないかもしれない。

加西:何それ。

平野:決まってることなんて、ないんだからさ。

 間

加西:私ね、負けちゃった。

平野:そっか。

 間

平野:頑張ったね。

 間

加西:(涙が溢れる)それ、やだ。
   褒められてるのに、痛いよ。
   すごく、やだ。

平野:そっか。

加西:へんなの……。
   今日はね、喋り過ぎちゃった……。

平野:ああ、俺もーー

N:無数のサイレンが公園へと近づく中、2人の間を流れる時間は驚くほどに穏やかだった。
  日の出が近づく早朝の港湾の空は、群青。








パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォー@』
「港湾の群青」 了


<前編>


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