パラノーマンズ・ブギー『カラーズ・ウォー@』
『港湾の群青 前編』
作者:domino



加西 准(かさい じゅん):14歳。女性。青の教団の戦闘部隊、”いろは”所属の超能力者。

平野 卓夫(ひらの たくお):25歳。男性。横浜市の戦時特別臨時パトロール員。

キース ホール:25歳。人材派遣会社『ブリックスマン』の社員。

マリッサ エンヴィー:25歳。人材派遣会社『ブリックスマン』の社員。

酒井 ロレイン(さかい ろれいん):39歳。警察庁公安部特務超課、警視。超能力者。

荒人(あらひと):23歳。改名前の名前は西之宮 明人(にしのみや あきひと)。災害級無所属超能力者。


うずら:警察庁公安特務超課で採用されている人口超知能内蔵デバイス。だんだん成長している。ナレーションの人と被り役

店員:喫茶店のバイト店員。ここで働くのを決めた理由は、インスタ映えするから。ナレーションの人と被り役。

パトロール:戦時特別臨時パトロール員。お風呂で映画を見るのが趣味。ナレーションの人と被り役。






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 ◆◇◆


N:人間、超能力者、そして怪異と呼ばれる者達による戦争が勃発した。
  世界中のメディアはこぞってこの国に起きた内戦について取り上げた。
  しかし、某列強国を中心とした世界政府による迅速な情報統制、
  政府による貿易を含む空(くう)並びに海禁政策(かいきんせいさく)の施行によって、
  ものの1ヶ月たらずで、この国は数100年ぶりの鎖国状態へと移行した。
  内情は小さな島国に閉じ込められることとなる。
  歴史家達は後に、この島国の内戦をこう名付けた。
  『色戦争(カラーズ・ウォー)』と。


 ◆◇◆


N:横浜市の外れ。
  公園のジャングルジムの上で、少女は遠く視界の先の海を眺めていた。
  周囲には、数は少ないまでも子供達が親子連れで遊んでおり、時折笑い声や、泣き声が響いていた。
  それは、誰がどうみても、穏やかな午後の風景であった。

加西:のどかですねぇ……。

 間

平野:ねえ、君。

加西:んー? なんですかぁ?

平野:君、何してるのかな?

加西:(笑って)何してるようにみえる?

平野:え? えっとーー

加西:パトロール。
   ーーでしょ? アナタのワッペンに書いてある。

平野:あー……うん。まあ、そんなとこ。

 間

平野:……えっと……君、学校は? どうしたの。

加西:学校?

平野:そう。この辺の学校はまだ、授業中だよね。

 間

平野:えっとーー

加西:行ってないんだ。

平野:え?
   ……ああ、もしかして……疎開中、かな?

加西:疎開? なあに、それ。

平野:戦いが激しいところから逃げてくるってこと。
   関東は、今一番平和だって言われているから。
   君はーー

加西:(微笑んで)そうだよ。
   『ここが平和だから』ーーここにいるんだ。

平野:そうか……。
   大変だね、君も。故郷を離れて。

加西:あなたは? 疎開?

平野:ううん、違うよ。
   普通に会社で働いてたんだけど、ほら。
   うちは外資系だったから、鎖国のせいで仕事がーー
   ごめん……わかんないよね。

加西:お仕事、無くなっちゃったの? かわいそう。

平野:いや! 一時的に、ね!
   国からお金はもらってるし、まあ、こういうパトロールをしなきゃいけないけど、
   これはこれで嫌いじゃないかな、なんて……子供相手に何いってんだか……。

N:少女はジャングルジムから飛び降りると、青年の前に立った。

加西:ねえ! 戦争、終わってほしい?

平野:え? まぁ……そりゃあ、終わってほしいよ。

加西:誰が勝って、終わってほしいの?

平野:誰って……。
   (間)
   ……いや、正直……誰が戦ってるかもよくわからないし……。
   いや、テレビでは少し観たけどね。
   まだ信じられないな。超能力? とか、化け物、とか。

加西:怖い?

平野:ん?

加西:怖いって、思う? 悪鬼とか、超能力者とか。

平野:そりゃ……。いや! ……なんていうかな。
   一応大人だし、カッコつけさせてもらうとさーー

N:青年は頬を掻きながら微笑んだ。

平野:みんな、仲良くなるさ。きっとね。
   だから、君は心配しなくていいよ。

N:少女は目を丸くして青年を見つめた後、笑みを浮かべた。

加西:私、もう行くね。

平野:あ、うん。そうか。

N:少女は青年とすれ違いながらつぶやいた。

加西:ねえ。たくさん勉強して、いい点取ったらさ。
   みんなを負かして、褒められるんだよね。
   ……それってつまりさーー

N:そして、振り返り、笑った。

加西:『仲良く』なんて、弱い人間の戯言じゃん。 

平野:君はーー

加西:じゃあね。お兄さん。

N:呆気に取られた青年を尻目に、少女は歩き去った。
  やがて公園の喧騒が遠く離れると、耳元の通信機のスイッチを押した。

加西:……こちら”いろは”一番隊、加西 准。
   目視で確認した。今日の夜に積み込むから、B地点で待ち合わせで。
   あいつらにも声をかけておいてよ。

 間

加西:『関東は平和』、だって……。
   ふふ……変なの。


 ◆◇◆


N:酒井ロレインはスーツの内ポケットから、よれた煙草の箱を取り出すと、手慣れた仕草で煙草を取り出して咥えた。
  無骨なフォルムをした車の運転席の窓を開けると、煙草に火をつける。
  ひどく疲れたような顔で煙を吸い込むと、窓の外に吐き出した。
  神奈川県沿部の国道脇。一般車両の使用が規制されているせいもあり、辺りは静かだった。

酒井:……やっと……。

N:酒井は紫煙を追いながら目を細めた。

酒井:やっと……出れた……!

N:そしてハンドルに額を当てるように項垂れた。

酒井:つーか、つーかさぁ……!
   マジでむいてないっつってんのにあのジジイ共は延々延々えんえんと!
   会議室に閉じ込めておきゃいいとか思ってんだろ!
   いい加減にしろっての!

 間

酒井:……しっかし……随分と遅れをとったね、こりゃ……。
   ……中部・関西戦線に、愛媛の混戦……。
   東北は百鬼夜行ーー(吹き出して)なんだこりゃ……。
   いつの間にこの国は少年漫画みたいになっちまったわけ。
   (煙を吐いて)……伏線改修しきれんのか、これ。

N:酒井は助手席に無造作に置かれた小型端末を手に取ると、左耳に装着した。

酒井:さって……久しぶりのシャバだ。
   ストレス解消させてもらおうか。
   ……『うずら』おはよう。お目覚めの時間だ。

うずら;音声認識、酒井ロレイン警視。おはよー。

酒井:登録座標の確認。

うずら:バッチリオーケイ、と言いたいところだけど。
    設定座標までは東に3キロだよー。

酒井:んなもん誤差誤差。
   そんで、もう一回クエストの参照したいんだけど。

うずら:ステータス画面、オープン!
    今回のクエストの情報を参照するよ。

酒井:……横浜から太平洋沖60キロで戦闘の痕跡。
   未登録艦が6隻ーー内6隻が信号消失。

うずら:未登録だけどぉ、どこの誰かはロレインの予想の範囲内?

酒井:良く覚えてたね。そうそう。
   あくまで私の感だけど、沈んだのは教団の船だって話。
   沈めた方には心当たりがあるしね。
   単語検索、記録参照。

うずら:準備オーケイ。

酒井:特務機関『PASS(パス)』

うずら:ヒットォ! 秘匿情報のオンパレード!

酒井:やっぱりそうなら、5隻潰すのもわけないーーとはいえ。
   そのまま雲隠れってのも引っかかるんだよねぇ……。
   そろそろ政府に接触してもいいはず……ってことは、なんか隠してるかぁ……。

うずら:政府の戦艦が午前中から調査に出てるよー。

酒井:ん。情報が上がり次第教えて。

うずら:情報参照。数隻分の船体から教団のエンブレム。
    一隻は高性能小型潜水艦。

酒井:……沈んだ? まさかーー

 間

酒井:いや……アイツに限ってそれはない、か。
   うずら。引き続き情報の更新よろしく。
   特に、死体が上がったら情報をこっちにちょうだい。

うずら:あいあいさー。

酒井:と、なるとだ。今朝のーー

うずら:ねえねえ。

酒井:あん?

うずら:パスは、ロレインの友達ー?

酒井:はぁ!? 違う違う! 友達じゃないっての。
   ……なんつーか、そこのボスが知り合いなの。

うずら:情報を登録ー?

酒井:(吹き出して)別に登録するようなことでもないよん。
   ……うざったい同期で、スクール時代のね。
   キザで適当で、口が軽くて、女ったらしで、
   そのくせ繊細っつーかなんつーか、ちょーっとなんかあるとウジウジウジウジーー
   ただ、誰より優秀なもんだから、質が悪いっつーかーー
   (煙を吐いて)
   うわー……なーんか、嫌な感じー。
   思い出を懐かしみ出したらいよいよだわ……。

うずら:質問ー。

酒井:(煙を吐いて)んー?

うずら:ロレインは、その人のことが好きだった?

酒井:うずら。殺すぞ。

うずら:おやすみなさーい。

酒井:コラ、起きろ! ぶっ飛ばすぞ!

 間

酒井:ただまぁ、ここいらで、なんかが起こるってことでしょ。
   恐らくはーー

N:酒井は遠く水平線を眺めながら煙草を咥えた。


 ◆◇◆


キース:一隻だぁ?

マリッサ:そ。一隻に潰されたんだって。

N:良く目立つ二人だった。
  この国では珍しい金髪碧眼、そしてスラリと伸びた手足が、
  老舗の喫茶店の店内をいつもとは違った風にみせていた。
  自然と向けられる周囲の視線を気にも止めないように、
  男ーーキース・ホールは2杯めのコーヒーに口をつけた。

キース:おいおい。羽振りの良さに目が眩んでミスっちまったか。
    マリッサ……乗るにしたって、俺は泥舟はごめんだぜ。

マリッサ:んー、私に言わせれば充分頑張った方だと思うよ。
     なにせ、相手はあのーー

N:女ーーマリッサ・エンヴィーの細長い白い指がコーヒーカップについた赤いルージュを拭った。

マリッサ:『傭兵』なんだからね。

キース:……あのクソ忌々しいベアード一族か。
    確かに、沈めたってんなら勲章もんだな。

マリッサ:しかも、話によるとリーダー船でーーヤングテッドも乗っていたって話。

キース:(口笛)やるねえ。どうやった。

マリッサ:報告書にはごちゃごちゃと書いてあったけど……ま、簡単に言うと、自爆(スーサイド)ってやつ。

キース:納得。

マリッサ:それで、ベアードの死体はーー

キース:んなもん、あるかよ。

N:男ーーキース・ホールは皿に積まれたオニオンリングを掴むと、乱暴に口に放り込んだ。

キース:あの男がそう簡単にくたばるか。
    今晩に間に合わせて、出張ってくる可能性だってある。

マリッサ:(吹き出して)まるで恋人を語るような言い方。

キース:そう。俺はアイツの元カノ。
    手痛いフラレ方をしたもんで、未だに恨んでんのさ。

N:キースは指についた油を舐めとると、目を細めた。

キース:……しかし、戦争ってのは嫌だね。
    (間)
    おい、なんだよその顔は。

マリッサ:「何言ってるの?」、の顔。

キース:いいか、俺の脳みその集合住宅に5人の人間が住んでるとする。
    その中にはヤクをキメて、セカンドストリートをスキップするろくでなしがいる。
    そいつの部屋の隣には、犬を5匹飼ってる殺し屋が住んでて、
    その隣にはバイセクシャルのピアノ弾きが住んでたりする。
    でもって、俺はそいつらの大家をしてるわけだ。
    日々起きる問題に辟易しながらも、毎日のように家賃を取り立ててる。

マリッサ:私が思うに、その大家もきっと、普通じゃないね。

キース:ん?

マリッサ:きっとそう。多分週末には共同のゴミ捨て場には死体が捨ててあって、
     それを殺したのは神経質な大家の男なのよ。
     彼はピザボーイで、お釣りの小銭を汗ばんだズボンのポケットから出したの。
     湿った札を受け取った瞬間に、大家の男は玄関のバットを振りかぶった。

キース:それはーーそいつが悪い。

マリッサ:(微笑んで)本題だけど……1時間前にクライアントから連絡が来たよ。
     積み込み用の潜水艇が着港したって。

キース:来たか。

N:キースは不敵な笑みを浮かべた。

マリッサ:一応言っておくけど、私達はただの雇われ運び屋。
     受け渡しまで『アレ』を護り通せばお金をもらってさよなら。

キース:とはいえ、戦いになる可能性は否定できないだろ?
    準備はしておかなきゃあな。

マリッサ:……その顔。やっぱり悪い大家だ。
     ーーん?

N:その時、二人の席に喫茶店の店員が申し訳なさそうに歩み寄った。

マリッサ:ゴメンナサイ。うるさかった?

店員:いえ……! 大きさは大丈夫なのですが……。

マリッサ:何が問題?

店員:あの、このご時世ですから……母国語でお話されると、その、他のお客様が気になってしまう、と……。

マリッサ:ああ、そう。

キース:そりゃ(起ち上がって)悪かったな。出ていくよ。

店員:いえ! その! 本当に、申し訳ございません!

マリッサ:どちらにしろ、場所を変えるつもりだったの。
     だから気にしないで。

キース:(札を差し出して)ホラ、チップじゃなきゃ、迷惑料込みだと思ってくれよ。

店員:いえ! 困りますーー

キース:いいから! もらっとけ! な?

N:キースはジャケットのポケットに手を突っ込むと、サングラスを外して店内を見渡した。

キース:あー、怖がらせたみたいで悪かった!
    俺達は一応ビザも降りて、この国で働いてる、ま、仲間みたいなもんだ!
    超能力者でも、テロリストでもないから、安心してくれ。

マリッサ:行くわよ、キース。

キース:このくだらない戦争が一刻も早く終わってくれることを祈る。
    そして、その暁には是非、我々人材派遣会社『ブリックスマン』に依頼をくれ。
    ーー店の片付けも安値で承るぜ。

N:異国の会社員は名刺の束を空(くう)に投げ散らすと、店を後にした。


 ◆◇◆


N:市の持ち物らしい、飾り気のない小さな建物だった。
  入り口に貼り付けられた看板には、『戦時都市防衛支部(せんじとしぼうえいしぶ)』という仰々しい名前が手書きで書かれている。
  室内はというと以前と変わらず、街の祭りのお知らせや、風邪予防のキャンペーンポスターが貼られていた。

荒人:……あのさ。もう行ってもいいかな。

平野:いや、だからですねーー

荒人:別に悪いことしてたわけじゃないんだからさ。
   な? 俺もホラ、用事あるわけだし。

平野:なんていうかな、もう少し待ってもらえたら……。

パトロール:警察なら来ませんよ。

平野:え?

パトロール:腐っても戦時中ですから……ホームレスの相手なんて出来ないって。

平野:えー……! じゃあどうすればーー

パトロール:それじゃ、私は仕事があるので。

平野:あ! ちょっと! ズルい!
   ……自分が連れてきたくせに……!

N:臨時パトロール員ーー平野卓夫は、目の前に座る男を改めて横目で観察した。
  ボロボロの黒い革ジャケットに、薄汚れたシャツを着て、破れたジーンズをはいている。
  髪は伸びっぱなし、口の周りには薄く髭が生えている姿は芸術家かなにかにも見えなくはないが、
  頭から水をかぶったかのように全身が濡れているせいで、彼を余計にみすぼらしく見せていた。

平野:えっと……それで、お名前はなんでしたっけ?

荒人:……田中太郎、だけど……。

平野:いやだから、本当のお名前の方を……。

 間

荒人:……なんでバレたんだ。

平野:いや……だって……。

 間

荒人:(ため息)……西之宮 明人(にしのみや あきひと)。

N:西之宮 明人ーー『荒人』は、観念したかのように頭を掻いた。

平野:西之宮、明人さんですね。
   ご住所は?

荒人:……さっきの人も言ってたとおり、ホームレスだよ。

平野:そう、ですか。
   ……すみません。

荒人:気にすんなよ。俺も気にしてないし。

平野:ええと……ご家族は、どなたかーー

荒人:みんな死んだ。

平野:……重ね重ねーー

荒人:だから、気にすんなって。
   それよりも……素直に答えるから、早く出してよ。

平野:あ、はい。じゃあ、サクッとーー

荒人:あ。その前に、悪いんだけどさ、ハサミ貸してくんないかな。

平野:え? ああ。えっと……僕のでよかったら。

荒人:サンキュ。あとさ、片して帰るから、髪切っていい?

平野:え?

N:荒人は差し出されたハサミを受け取ると、髪を掴んで切り始めた。

平野:あ! もう……! ちゃんと、片付けてくださいよ……?

荒人:(髪を切りながら)おう。それで、後は何が聞きたいんだよ。

N:平野は机に肘をつきながら、手元の書類を手にとった。

平野:(ため息)年齢は?

荒人:ん? ……わかんねえ。大体20と何歳かだと思うけど。

平野:誕生日くらいはわかるでしょう? 思い出して。

荒人:んー……7月のー……だから、23、とかだ。

平野:なるほど。

荒人:平野さん、でいいのか?

平野:え? ……ああ、名札を見たんですね。
   えっと、なんですか?

荒人:平野さんは何歳なんだ?

平野:25、ですけど。

荒人:ふぅん。じゃあ、あんまり変わんないな。

平野:まあ……そうですね。でもーー

N:荒人は犬のように頭を振った。
  髪が周囲に散らばるのを、平野は呆れたように見つめていた。

荒人:だぁー! スッキリしたぁ!

平野:……それはーー良かった……です。

N:荒人は短くなった髪を弄びながら顔を上げた。
  平野はそのとき、初めて荒人の顔を正面から見た。
  同年代、それも歳下の男性にしては肝が座っているとは思っていたが、何よりその瞳ーー
  荒人の瞳の奥に力強い何かを感じて、平野は唾を飲んだ。

荒人:__ん? どうした?

平野:あ。いや! なんでもないです。

荒人:これ、ハサミな。
   あ! あそこの掃除機使っていいか?

平野:ちょっと! 西之宮さん! あんまり動き回らないでください!
   あああ、勝手に触らないで……! まったくーー

N:平野は机の引き出しを開けると、シャツを一枚取り出し、荒人に放り投げた。

荒人:お。何? 着ていいの?

平野:ええ……その濡れた格好じゃ風邪引くでしょ。
   脱いだものはそこにある袋にでも入れて持って帰ってください。

荒人:何から何まで、すまないーーじゃなくて……ありがとう。平野さん。

平野:いえ。こんな時ですから。助け合うのは、普通じゃないですか。

荒人:……そうか。

N:荒人はジャケットを袋に入れると、シャツを脱いだ。
  平野は、その鍛え抜かれた身体に思わず目を見開いた。

平野:ーーえ?

N:そして、予想してしまった。
  荒人の肉体に刻まれた無数の傷跡。日常的には刻まれることのない痛ましい記録。
  それらが平野に予想させてしまった。
  彼が一体何者であるのかという、予想を。。

平野:……西之宮さん。貴方、もしかしてーー

荒人:普通だって、言うけどさ。

平野:え?

荒人:誰もが理由を探してる。
   生きる理由、戦う理由……そんな世界で、助け合うのが普通だって言えるアンタはーー
   (笑って)すげえ、カッコいいよ。

平野:ッ!

N:平野は机の端に置かれたスコープを手に取ると、荒人に向かって構えた。

平野:動かないで……! ……もらって、いいですか。

荒人:やめとけ。

平野:これは……! 超能力者を判定する道具、だと、聞いています……!
   確認、させてください。

荒人:おすすめ、しないぜ。

N:平野は震える手で、『ライト・ノア社』のロゴつきの安全装置を解除した。
  スコープが荒人を捉えると、ゆっくり画面が点滅する。

平野:……青のままなら、問題なし。
   赤ならーー

N:画面は赤く点滅した。

平野:超、能力者……。

荒人:(ため息)別に知ったからってどうもできないだろうに……。

平野:じゃ、じゃあ! 本当に……!

荒人:ああ。俺はーー『超能力者』だ。

N:荒人は平野に歩み寄った。

平野:ひっ! こ、来ないでくれ!

荒人:怯えてんのか? 助け合うのが普通、なんだろ?

平野:やめてくれ! 僕は、何もッ!

荒人:何をやめろって?

N:平野は尻もちをついて後ずさった。
  荒人は身体をかがめると、平野の眼前に手を突き出した。

平野:うわああああ!

荒人:黙れ。

平野:(口を塞がれている)んんんー!

N:荒人は暴れる平野の耳元で囁いた。

荒人:……いいか。
   アンタの使ったスコープは、疑似的に力場を発生させる装置なんだ。
   詳しいことはわかんねえけど……なんかと共鳴を起こして超能力者を判定するらしいがーー
   だーもう……!

N:荒人は入り口を見つめて頭を掻いた。

荒人:もうハッキリ言うけど……!
   ーーあんたが装置を使った後、すげえ速さでここに向かってきてるやつがいる。

N:平野は目を見開いて荒人の顔を見た。

荒人:もう一度言うぞ……! この部屋の外に、別の超能力者がいる……!
   狙いは俺だ。だから、アンタは俺から離れたらすぐに窓の方へ走れ……!
   俺は相手によっちゃ戦わなくちゃなんねえーー

N:次の瞬間、扉が開け放たれた。

荒人:ッ! 走れ!

酒井:警察だぁ! 誰一人動くんじゃねえぞ!

N:飛び込んで来た警官ーー酒井は、拳銃を荒人に向かって構えた。
  その時既に、荒人の瞳は深淵を映していた。

酒井:(舌打ち)

荒人:悪いなーー

N:酒井は拳銃を宙に放り投げると、自身の中に強く語りかけた。
  彼女もまた超能力者ーーその瞳が黒いビー玉のように煌めくと、自身の身体から力場を押し出した。

荒人:寝ててくれよ!

N:荒人は既に酒井の眼前、高速で拳を振り下ろしていた。
  酒井は荒人の拳を半身で交わすと、回し蹴りを放った。

酒井:お前が寝てろクソガキ!

N:荒人は酒井の蹴りを右腕で受け止めて、笑った。
  瞬間、酒井は背筋に怖気のするものを感じた。

酒井:ッ!

N:酒井は身体をひねると、もう片方の足で荒人の顔面を蹴りつけた。
  宙に投げ出された酒井は、地面を数回転がると、素早く立ち上がり、部屋を見渡した。

酒井:……(舌打ち)逃げやがったか。

N:その時には既に、室内に荒人の姿はなかった。
  酒井は、腕を回しながら近くの机に歩み寄り、そしてーー
  思い切り机に頭突きをした。

酒井:クッソオオオオ! ふざけやがって!
   取り逃してんじゃねえぞこの! 会議ばっかでヤキが回ったのか!?
   ア”ア”!? 名ばかりの警視さんよぉ!

N:赤く腫れた額を押さえもせずに、顔をあげる。

酒井:躊躇なく足を折りにくる、か……。
   アレは力場だけじゃない……戦闘慣れしてやがるッ、クソッ……!

N:物音がした。

酒井:ーー誰だ!

N:平野は机の隙間から手が震えながら立ち上がった。

平野:ひ! 平野、と、申します! その! パトロール員で、す!

酒井:あー、わかったからそのまま床に伏せとけ。

N:酒井は煙草を口に咥えると、火をつけた。


<後編>


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