パラノーマンズ・ブギーE
『大馬鹿者 後編』
作者:ススキドミノ



妖紅(ようこう):外見年齢12歳。女。数百年を生きる妖怪。産まれたばかりのころは”お紅(こう)”と呼ばれていた。

田中 新一郎(たなか しんいちろう):26歳。男。各地で暴れまわっている“巨人(ジャイアント)”の二つ名で恐れられる災害級超能力者。

栄 友美(さかえ ゆみ):24歳。女。戦時特務機関『速見興信所』所属。階級は特務。悩める乙女。

李 楓(り かえで):26歳。女。警察庁公安特務超課所属、階級は警部補。真面目っ子超能力者。

浜渦 景(はまうず けい):23歳。男。警察庁公安特務超課所属、階級は巡査。不真面目っ子超能力者。

速見 賢一(はやみ けんいち):43歳。戦時特務機関『速見興信所』所長。無精髭の陰陽師。

首引童子(しゅいんどうじ):性別・年齢不詳。数百年前、国を荒らしていた大鬼。見た目は美しく、鬼らしく下衆。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




【あらすじ】
数百年前。妖怪となった少女は、人間の男――芙蓉と恋に落ちた。
しかし大悪鬼首引童子によりその恋人を目の前で喰われ、その身に鬼を封じ込められた少女は、その呪いを受けたまま数百年の時を生きてきた。
大悪鬼を封じた陰陽師の血筋であり、自身もまた陰陽師である速見賢一は動き出す。
少女――妖紅の命を奪うことを約束した田中の真意とは。
そして栄は田中を捕まえることを固く心に誓う。
数百年の時を越えて――人と超能力者と妖怪。異なる者達が決する未来とは。


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 ◆◇◆


N:妖紅は眼を覚ました。

妖紅:新一郎……。

田中:……ああ。

妖紅:着いたか。

田中:……ああ。

N:妖紅は周囲を見渡した。
  そこははるか昔。妖紅が暮らしていた廃寺の跡地だった。

妖紅:神木はまだ残っていたか。

N:様々な時経て、社はすでに跡形もなかったが、社に沿うように生えていた御神木だけはそこに力強く立っていた。

妖紅:お主は本当に、我のことを識っておったのだな。

田中:……識ってるのは、今のお前だけだよ。
   それに昔のことは……こいつを読んだだけだ。

N:田中の手には、古びた本が握られていた。
  それは陰陽師ーー清平の書いた手記であった。
  代々受け継がれてきた妖怪の記録のひとつであり、それは首引童子とーー妖怪、お紅について書かれていた。

妖紅:そうか……。

N:妖紅は自分の身体を見下ろした。
  身体は雁字搦めに縛られており、膝を着いた格好のまま身じろぎひとつできない。

田中:拘束……苦しくないか。

妖紅:何を世迷い言を。これからすることを考えれば、この程度では足らんであろう。

田中:そういうことじゃねえだろ。

妖紅:わかっておる。意地悪を言った。

N:妖紅は微笑むと、瞳を閉じた。

妖紅:新一郎よ。ひとつ頼まれてくれるか。

田中:……なんだ。

妖紅:その忌々しいものを燃やしてくれるか。
   ……あの人を……我らの過ごした時を……もう放っておいて欲しいのだ。

 間

妖紅:頼む。

N:田中は、ポケットからライターを取り出すと、躊躇なく手記に火をつけた。
  手記は瞬く間に燃えて、田中の足元で灰になっていく。

妖紅:……ありがとう。

N:妖紅は灰になっていく手記を見つめながら、顔を歪めた。

妖紅:……芙蓉様……。

N:その瞳から涙が溢れる。

妖紅:芙蓉さまぁ……! 私はッ……!

N:田中は、妖紅に手を伸ばしそうになるのをぐっと堪えた。
  強く唇を噛み締め、それでもしっかりと目の前の少女の涙を眼に焼き付けた。

妖紅:……私は、会いとうございます……!
   芙蓉さまぁ……!


 ◆◇◆


N:護送車を降りると、栄はぼーっと宙を眺めていた。

李:特射……? 大丈夫ですか。

栄:……はい。

李:そうですか。

N:栄は考えていた。
  怪異と、妖怪の少女のことを。
  そして、田中新一郎のことを。

浜渦:姐さん。装備の確認しろってさ。

李:あ、ああ。

N:栄の隣に、速見が歩み寄った。

速見:友美。

栄:……所長。

速見:何かわかったンなら、ここで共有してくれ。
   ここから先、もうあとは戦うしかないからな。

N:栄は少し俯いた後、宙にモニターを表示した。

栄:まず私と田中新一郎のことについて整理したいんです。
  そもそもの発端ですがーー

N:栄は速見に視線を向けた。

栄:所長……私達は皆、口に出すのをためらっています。
  まだ、受け入れられなくて……その……。

速見:……ああーー朔のことか。

N:速見は困ったように笑った。

速見:昔っから俺の言うことなんぞ聞きやしなかったが。
   まさか、勝手に死んじまうとはなァ。

栄:……すみません。

速見:何言ってンだ。気にすンじゃねえ。

 間

速見:ほら。続けてくれ。

栄:……速水さんがいなくなった後、新一郎くんは激情状態にありました。
  最初はまだ悲しみを隠しているように見えました。
  それを誤魔化すように戦いに身を投じていくうち、どんどんと不安定になっていきました。
  やがて、私の言葉を聞くこともなくなり、ただひたすらに戦いのみを求めていきました。
  おそらく超能力の過使用によって、衝動に支配されていたのだと思います。
  ……それでも私は、彼のそばにい続けました。
  ですがーー

N:栄は、腕を抑えた。

栄:ふとした口論の末に、激高した彼の力場の影響を受けてーー私は負傷しました。
  そして、私は彼と離れることにしたのです。

 間

栄:それからしばらく、報告書以上のことは知りませんでした。
  ……ですが、今回会ったときの彼には、以前のような衝動は見られませんでした。
  妙になんというか……落ち着いていたんです。
  その様子が何か引っかかって、思い出したんですーー

N:栄はモニターに資料を表示した。

栄:以前、逮捕された“青の教団”の超能力者。並びに、二つ名能力者"記憶泥棒”。
  滑川 保(なめりかわ たもつ)と七原 裕介(ななはら ゆうすけ)の資料について改めて確認しました。
  七原裕介は未だ入院中ですが、滑川については調書が残っています。
  内容自体は、幼い頃から彼が行ってきた殺人の記録についての照合などが主でしたがーー違和感があったんです。

N:栄は宙に文字を書き込んでいく。

栄:それは、滑川保の人格についてです。
  酒井ロレイン警視の報告書によると、ある一瞬から“衝動を超えた”とあります。
  そこから能力の爆発的向上と、高揚していた精神が鎮静化した。
  これは衝動を超えるほど能力を使用した際に、“超越者”と呼ばれるある種のトランス状態に至った際の症状と考えられています。

浜渦:何々? なんかの授業?

李:黙って聞け。

栄:現在、超越者となった超能力者が生き残り、かつ収監されているケースは稀です。
  調書によると、精神は限りなく安定しており、先天的に殺人衝動を抱えているとのことでした。
  能力の過剰仕様による精神崩壊は認められなく、超越者とは一時的な症状であると結論づけられていました。
  ですがーー本当は違うと思うんです。

N:栄は、滑川の会話記録を参照した。

栄:普通すぎるんです。

速見:つまり、どういうことだ。

栄:まるで……普通の連続殺人鬼なんですよ。
  幼いころに、父親から虐待を受けたことなどを見ても、一般的シリアル・キラーのプロファイリングに一致します。

浜渦:普通の連続殺人鬼って……どんなおもしろワードよ……。

栄:すみません。でもーー

N:それは、後世まで語り継がれる超能力者における重大な真実のひとつであった。

栄:私はーー超能力を使い続け“超越”すると、“衝動”から開放され“人として感情”が戻るのではないかと考えています。

N:超能力者の2人は顔を見合わせた。

浜渦:……それ、マジで?

李:感情が……戻る?

栄:あくまでも仮説です。あまりにもデータが少なすぎますから。
  ただ、新一郎くんが絶え間なく戦っていた期間と、その後の潜伏期間から、
  彼が既に超越状態へと至っている可能性については何度も考えてきました。
  もし新一郎くんにも、滑川保と同じことが起こっていたとしたらーー

N:栄は、瞳を閉じた。

栄:新一郎くんは……今まで衝動のままに行ってきたことを、感情として受けとってしまっているかもしれない。

 間

栄:いえ。それは今は確かめようのないこと。
  ただ、もしそれが本当だとしたら……今の彼は以前のように戦えなくなっている可能性があります。
  もちろん能力の強さに関してはご存知のとおりですけどーーいえ、この話は一旦置いておきましょう。  

N:栄はモニターを閉じた。

栄:新一郎くんの狙いについてですが……。
  紅い妖怪ーー首引童子についての資料だけを盗みだしたというのが気になります。
  彼の性格上、どうしても彼自身が何かの狙いで動いているとは考えられないんです。
  おそらくは何者かの指示や助言によって行動しているように思えます。

速見:……指示や、助言ねえ。

栄:ええ。そして所長のお話を聞いて、目的については絞り込んでいます。


 ◆◇◆


妖紅:楽しかった。

田中:ん?

妖紅:お主との旅路は、短くも楽しかったぞ。

N:田中はバツが悪そうにそっぽを向いた。

田中:……やめろよ、そういうの。

 間

妖紅:新一郎。“強い”とは何かと……我に聞いたことがあったな。

田中:ああ。

妖紅:誰にも負けぬ力か。不屈の精神か。
   それとも、弱さを知るものか。
   はたまた、強さを守り続ける者か。
   “強い”とは、かように姿を変える夢うつつのようなものよ。
   だがなーー

N:妖紅は子供っぽく笑った。

妖紅:少なくとも新一郎。
   おなごの前では格好つけてこそ、男よ!
   目の前に我のような美しい娘が座っておるのだ!
   何を湿気た面をしておる!

 間

田中:ああ。楽しかったよ、俺も。

妖紅:そうであろう。

N:田中は両手を思い切り広げた。

田中:ああ! すっげー楽しかった!

妖紅:そうであろう!

田中:ったく! お前がもうちょいセクシーな女だったらなぁ!
   もっと楽しかったかも知れねえけどな!

妖紅:何を言っておる! 我は十分せくしぃだ!
   もっとも! お主のように女々しい男には、心はもちろん身体も許さんよ!

田中:はん! 俺も過去の男を引きずってる女はゴメンだね!

妖紅:ほほう! 自らのことをこうも綺麗に切り捨てるとは! 見事よ!

田中:(笑う)はっはっはっは!

妖紅:(笑う)はーっはっはっは!

N:茜色に染まる森の中。
  何かを吹き晴らすように二人は笑った。
  しばらくすると、二人は、まるで数百年連れ添った友人のように、並んで空を見上げていた。

田中:なあ妖紅。お前の好きなもんってなんだ。

妖紅:食べ物か? そうだな。山菜と、それと、川魚だ。

田中:素朴だねえ。ちなみに俺はラーメンな。

妖紅:ほう。かっぷらぁめんか。

田中:まぁ、アレもめちゃくちゃ美味いんだけどな。
   色々あんのよ。

妖紅:ふむ……我も意地を張らずに食べておけばよかった。
   ……では次は我の番じゃな。
   お主の初恋について話せ。

田中:お前……ピンポイントで嫌なところをついてくるよな……。

N:それからしばらく、2人は他愛もない話をし続けた。
  何かに導かれるように始まった逃避行。
  終わりの決まっていた旅。
  はじめて2人は、何を気にすることもなく会話をしていた。
  笑い声が途切れたころ、田中はゆっくりと妖紅の前に立つ。
  妖紅は、優しげ眼差しで田中の顔を見つめていた。

田中:お前が気を失ったら、例の鬼が出てくる。だよな。

妖紅:紅い月も近い。やつも機会を伺っているであろうからな。
   ……鬼だけではない。死の精霊達が大挙して押し寄せるぞ。

田中:ああ。

妖紅:死んでくれるなよ……新一郎。
   目が覚めてひとりなんてことはーー

N:妖紅はそこで言いよどんだ。

妖紅:いや。もう二度と目を覚ますことはない……そうであろう?

田中:……ああ。

N:田中は妖紅の頬に触れた。

田中:……そろそろ、やるか。

妖紅:そうだな……。お主には、酷なことをさせる。

N:田中は、妖紅の首に手を伸ばす。

妖紅:もう……お前は衝動に身を任せることもできぬ、ただの人間だというのに。

田中:俺は……ただの人殺しの能力者だよ。

妖紅:お主のように超越者に至った者を、殺してやったことがある。
   自分がしてきたことを懺悔し、泣きじゃくる姿はーーただの女だった。

N:田中は、優しく微笑んだ。

田中:優しいなぁ、お前は。

妖紅:ああ。覚えておいてくれると助かる。

田中:忘れるもんか。忘れてやるもんかよ……。

N:田中は腕に力を入れる。
  妖紅は苦しげな顔に笑みを浮かべた。

妖紅:新一郎。

田中:なんだ。

妖紅:これで、最後にするのだ。

田中:……ああ。

妖紅:お主はもう十分に戦った。
   お主の罪は、総て我が冥府へ持ち帰ろう。
   だからーーこれはお前の最初で最後にするがよい。

N:田中は、唇を噛み締めた。
  喉の奥からは嗚咽が漏れる。

田中:クッ……ソ……!
   妖紅……! 俺は……お前を……!

妖紅:だい、じょうぶ……だ。われ、は……。

N:二人の流す涙を、紅い月が照らす。
  秋風が吹くと、紅い葉が夜空を舞った。
  妖紅は、霞む視界で葉の行方を追った。

妖紅:ふ、よう……さま……。

N:妖紅の脳裏に、芙蓉の最後の声が聴こえた。

 ◇

N:お紅は眼を覚ました。
  荒い呼吸がすぐそばで聞こえる。

芙蓉:はぁっ! はあっ!

妖紅:芙蓉……様?

芙蓉:お紅! 眼が覚めたのか!

妖紅:ここは……?

芙蓉:もう少し待ってくれ!
   休める場所まで運んでやるからな……!

N:お紅は朦朧とする意識の中で、その背の暖かさに身を委ねていた。
  心地よい揺れの中、流れていく木々のざわめきが、二人だけの世界なのだと囁いている気がした。

芙蓉:ゆっくりおろすぞ。

N:木々の開けた場所で、芙蓉はお紅をゆっくりと地面におろした。
  二人は座って向かい合った。

芙蓉:お紅、一人にして悪かった。

妖紅:芙蓉様。

芙蓉:お前は、妖怪なんだな。

 間

妖紅:はい。私は、妖怪にございます。

芙蓉:そうか。

 間

芙蓉:それでもかまわないさ。

妖紅:芙蓉様……。

芙蓉:逃げてばかりだった俺にとって、お前は何よりも明るい紅い光なんだ。
   お前を失うと思ったら、居ても立ってもいられなかった。
   どんなに恐ろしくても、どんなに逃げ出したくなっても……お紅。
   お前の居ない人生のほうが、俺には何倍も耐えられないんだ。

N:芙蓉はお紅の手を握りしめた。

芙蓉:妖怪だなんて……おっかあが聞いたら何ていうかはわからないけど……。
   お前さえよければ……だが。俺はお前を嫁として、村に連れて帰るつもりだ。
   お紅、俺の気持ちは何もかわらない。
   俺は気づいたーーいや、ずっとそうだったんだよ。

N:芙蓉はお紅を抱きしめた。

芙蓉:愛している。お紅。

妖紅:私も……。私もでございます……!
   心からお慕い申し上げております……! 芙蓉様!

芙蓉:もう、片時も離れぬと誓う。
   他の人はどうでもよい。お前とだけ二人で生きよう。

妖紅:……幸せです。それがお紅の幸せにございます。

N:紅い月の光の下で、二人は抱き合っていた。
  しかしその時ーー紅い月は、邪悪な笑みを浮かべていたに違いない。

首引童子:イタダキマス。

芙蓉:え?

N:妖紅の身体が無数に裂けると、漆黒の口が姿を現す。
  次の瞬間、芙蓉の身体は食いちぎられ、口の中へと飲み込まれていた。

 ◇

妖紅:ア……イヤだ……!

N:妖紅の瞳が紅く光った。

妖紅:芙蓉様! 芙蓉様! フヨウさまアアアアア!

田中:ッ! 妖紅ッ!

N:田中はとっさに飛び退いた。
  すると、妖紅の身体が裂け、巨大な口へと変貌した。

田中:……クソッ! ようこぉぉう!

首引童子:ケハハハ……ようやく出たでた。
     絶望のあまり意識を渡しおった。
     これでもう、己(おれ)の身体だ。

N:首引童子は、現代に蘇った。


 ◆◇◆


N:速見を先頭に、李と浜渦と一塊に森の中を疾走する。

速見:友美の予想通りだが、もう既に首引童子は目覚めてやがる!
   カエデちゃん! ケイ! 作戦その2でいくぞォ!

李・浜渦:了解!

速見:死ぬなよォ!

N:3人は広場に躍り出る。
  既にそこは戦場と化していた。

首引童子:げはははは!
     押しつぶされろォ! 人間!

N:無数の怪異たちが山となって田中を押しつぶす。

浜渦:なんじゃありゃ……!?

李:ジャイアントが!

速見:お前ら、散開しろォ!

N:田中は腕を軽く振るった。
  超越者ーー田中新一郎にとって、怪異の山をどかすのにはそれで十分だった。

田中:ようこう。俺は……。

N:怪異の山はーー吹き飛んだ。

首引童子:……なんだ。何をした、オマエ。

田中:俺はただ、認めて欲しかったんだ。

首引童子:巫山戯(ふざけ)ろッ、人間ッ!

N:首引童子は口を開く。
  深淵の中から死を運ぶ黒い腕が伸びる。

田中:何も守れなかった俺自身を……。
   弱かった俺自身を……お前に重ねて……!

N:田中は黒い腕を難なく避けると、両手を合わせた。

首引童子:キヒッ。なんだァ!

N:田中の超能力ーー超念動力(サイコキネシス)によって、周囲の巨木が超高速で飛来する。
  首引童子は腕を切り離して飛び退いた。
  巨木同士がぶつかり合い、轟音を立てて砕け散る。

首引童子:オマエ……人間じゃないな。同類かァ?

田中:……妖紅。お前はずっと戦ってきたんだよな。
   俺なんかとは違う、お前は本当に強いやつなんだ。

首引童子:いいや。違うかァ。オマエァ……。

田中……だからこそ、俺はーー

N:田中は宙に浮き上がると、拳を振りかぶった。

田中:お前を、殺す……!

N:そして首引童子に高速で接近すると、強靭な力場を拳に集めた。

妖紅:死にたくない!

田中:え?

N:田中は拳を止めた。
  眼前には、赤い瞳に涙を溜めた少女が座り込んでいた。

田中:よう、こう?

首引童子:ばぁか。

田中:ッ!

N:次の瞬間、田中の脇腹を激痛が襲った。

首引童子:デカイでかい。或いは怪物。
     だがそうさなァ、目を見ればわかるぜェ。
     オマエ……弱っちい餌だァ。
     ケハハハハハ!

N:妖紅の姿をした首引童子は、邪悪に笑った。
  田中の脇腹には、黒い手が突き刺さっていた。

首引童子:もぉらい。

N:首引童子は田中の身体を放り投げる。
  田中は力なく地面に転がっていく

首引童子:デカイちから、もぉらった!
     こりゃぁすげえな! こりゃあたまげた!
     腹八分目どころか、腹パンパン!
     何人喰ってもこうはなるめえ!

N:田中の力場を喰らった首引童子は、邪悪な妖気を漂わせながら嗤った。

首引童子:さァて。何年寝てたかしらねぇが……いろいろ見て回らにゃぁな。
     ……その前に、お前はちゃぁんと全部喰っとくかァ。

N:首引童子の伸ばす黒の腕が田中に伸びた。
  しかしーー

浜渦:はい! チョッキン!

N:水の刃が腕を切り落とす。

浜渦:姐さん! 今のうち!

李:了解!

首引童子:おお。まだいた。

N:黒い腕が無数に飛来する。
  浜渦は、ペットボトルの口を切り落とすと、水をまいた。

浜渦:喰らえ。

N:浜渦の能力によって水しぶきは凶器と化す。
  迫りくる童子の腕は、弾かれ霧散した。

李:おい! しっかりしろ!

田中:……あぁ、お前らか。

李:ッ! なんて腑抜けた……!
  もういい! 担ぐからな!

N:李は田中の身体を軽々と持ち上げた。

首引童子:逃すかねェ。そいつは己の餌だぜ。

N:首引童子は巨大な口を広げた。
  しかし、その口に白い札が無数にまとわりつく。

首引童子:ムグッ!

速見:嫌だねェ、醜悪な口開くなよ。

N:陰陽師、速見賢一は手刀を構えていた。
  首引童子は瞳を見開くと、札を噛み砕いた。

首引童子:その匂い……覚えてるぞォ……!
     忌々しい人間のォ!

速見:人違いーーと、いいてえところだが……ご先祖様の尻拭いも俺のお役目ってか。
   いや、俺は拭わなきゃならんものが多すぎてな。

N:速見は腰の刀を引き抜いた。

速見:……過去の失敗は腹を斬っても足りやしねえが……。
   俺の目が黒いうちは、もう誰にも好き勝手はさせねぇぞ。

首引童子:おマエハアアアアアアアアアア!


 ◆◇◆


李:……では、私は戻ります。

N:李は地面に田中を下ろすと、踵を返した。

栄:ええ。では、手はず通りに。

李:はい。

N:李が走り去るのを見届けると、栄は横たわる田中を見下ろした。
  田中は、呆けたように宙を見つめていた。

栄:……情けないですね。

 間

栄:止血、します。

N:栄は田中の脇腹の傷に手をのばすと、絆創スプレーを吹き付けた。
  スプレーは傷口を塞ぐと、みるみるうちに固まり、止血した。

栄:……まだ、何も喋れませんか。

 間

栄:いい加減にしてください。
  私も、暇ではないんですよ。

N:栄は苛立たしげに田中を睨みつけた。

栄:感情が戻りましたか。

N:田中は、ゆっくりと身を起こした。

田中:……知ってたのか。

栄:知ってた? ……ええ、そうですね。
  知らなかったから、必死に考えたんですよ。

 間

栄:あなたは最初からそうでした。
  自分では何も知ろうとせず、肝心なことははぐらかして。
  聞けば教えてくれますもんね? 速水さんが。

田中:ッ! お前……!

N:栄は田中の頬を強く叩いた。

田中:ッいってぇな!

栄:なんですか、それ。

 間

栄:痛くなんてないでしょう……! あなたは強い力をもった超能力者なんですから!

田中:……友美ちゃんーー

栄:うるさい!

N:栄は怒っていた。

栄:衝動がなんだっていうのよ。
  超能力なんてなくってってねぇ! 怒るのも、悲しいのも一緒なのよ!
  キングさんが死んでしまって! 速水さんだって死んでしまって! 今はみんな戦争だって戦ってる!
  いついなくなってしまうかわからない! 不安に決まってるじゃない!

N:栄は常に感じていた。
  超能力者の中にある純粋さとは、研ぎ澄まされた感情の形なのだ。
  そしてそれは、自分自身の中にも確実に存在するものなのだ。
  だからこそ、許せなかった。
  超能力者という存在と、それを理解できない自分自身を恨んでいた。

栄:知ろうとしなきゃって! 理解しなきゃって!
  躍起になってたって、あなたがそう思っていないんなら、意味なんてないじゃない!

田中:……わからないんだ。

栄:何がわからないっていうのよ!

田中:俺には。俺が、わからない。

N:田中は、恐れていた。
  強さを求める衝動を超えた先あったのは、弱さに怯える自分。
  超能力者である自分を受け入れることができず、当て所なくさまよう日々を。

田中:ごめん……俺は。
   俺は、君をーー守れなくなってしまった。

栄:そんなの……!

田中:ダメなんだ。俺は……。
   何も守れないんだ。ただ、壊してきただけの、怪物なんだ。

N:栄は田中の頬を再び叩いた。

栄:ッ! 誰がそう呼んだんですか……!

 間

栄:あなたが怪物だなんて! 誰が呼んだんですか……!
  あなたは怪物なんかじゃないでしょう!?
  いつだってーー

N:それでも俯く田中を見て、栄は思考を切り替えた。

栄:もう……いいです。
  それよりも、あなたには聞きたいことがあります。

N:栄は腕を組んだ。

栄:あなたに、首引童子の情報を教えたのはーーいえ、これはあとでもいいですね。
  田中新一郎……あなたの目的はなんですか?

田中:俺の目的……?

栄:わかりやすく言いましょうか。
  首引童子の能力は冥界へと繋がっている。
  首引童子の身体を使えば、魂を取り戻せるーーつまりは死んだ人間を生き返らせることができる。

N:田中は驚愕に目を見開いた。

栄:やはり……あなたの目的は速水朔を生き返らせることですね。

田中:……ああ、そうだ。

栄:そう吹き込まれて……のこのこと言われた通りに行動してたってことですね。

N:栄はため息をついた。

栄:死んだ人を生き返らせることなんてできないーーだなんて、言い切れないですよね。
  ええ、たしかにそんなことを言われて、しかも自分にそれができる力があると思っているなら、私だってそうします。

N:栄は、冷たい眼差しで田中を睨みつけた。

栄:やっぱりそうですか……外れて欲しいと思っていた予想でした。
  自分が好いた男が……その程度の考えしかできないとは思いたくなかったので。

 間

栄:もし仮に、速水さんを取り戻せるとして……あなた1人でどうにかできるんですか。
  あなたにそれを吹き込んだ人物は、信用に値するのですか。
  どうです?

N:栄は田中に背を向けた。

栄:……では、あの妖怪はこちらで対処します。

田中:待ってくれ。

N:田中は顔をあげた。


 ◆◇◆


N:速見は地面に刀を突き刺した。

速見:お前らァ! 引け!

李:了解!

浜渦:ひぃぃ!

首引童子:シネエエエエエエ!

N:首引童子が放った黒い煙が3人を包み込む。
  速見の張った結界の中で、李と浜渦は身を屈めた。

李:中将!

浜渦:やっば……! マジでやばかった!

N:煙に触れた地面が黒く染まっていく。

速見:陰気(いんき)だ。吸ったらダルいぞ。
   結界を解いたらしばらく息止めとけよ。

浜渦:俺もうやだぁ!

李:まったくもって同感ですね……!
  決め手もない上に、作戦もそろそろ……!

速見:確かに。こいつを封じるのは俺でもきついんだよなァ。

浜渦:え!? マジで!?
   『時間稼ぎすればいいんだな?』なんてカッコつけてたじゃないかよ!

速見:だから言った通りだろうが!
   時間稼ぎしとろうに。

李:と、なると……本当に特射に任せるしかないわけですね……!

N:速見は腕を組んで笑う。

速見:どうだお前らァ。
   不安か?

N:浜渦と李は顔を見合わせた。


 ◆◇◆


田中:あいつと、約束したんだ。

N:田中は立ち上がった。

田中:あいつを……殺してやるって。

N:栄は一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。

栄:……それ、本気でいってるんですか。

田中:ああ。本気だ。

 間

栄:……彼女の名前は?

田中:妖紅……今は、妖紅と名乗ってる。

栄:怪異とは、違うんですよ。

田中:すげえ優しいやつだよ。

栄:あなたはもう、衝動に縛られていないんですよ。
  そんなこと、できるんですか?

 間

栄:ダメです。

N:栄は、拳を握りしめた。

栄:ダメです! あなたには、殺させません!
  もう、誰も! 殺させない……!

田中:友美ちゃん。

栄:その娘と約束したんなら! 私とも約束してください!
  もう誰も殺さないって!

 間

栄:それとも……私の声はもう、あなたには届きませんか……!?

N:2人は黙って立っていた。
  ふと、風が吹いた。
  秋風は木の葉を撫ぜ、一枚の赤い葉が田中の眼前を舞った。
  そしてーーその葉の向こうに、男が立っていた。

田中:……え?

N:やせっぽちで、小汚い着物に身を包んだ男は、困ったように微笑んでいた。

田中:……あんた……もしかして。
   あいつの言ってた芙蓉、なのか……?

N:男ーー芙蓉は黙って頷いた。

田中:なんだよ……あんた。ずっと見守ってたのか……。

 間

田中:なんでまた俺の前にいるんだよ。
   あいつのそばにいてやれよな。

 間

田中:ああそうか……あんた、死んでるんだもんな。
   そんで、俺になんかいいたいってわけだ。

 間

田中:……俺さ。死ぬってどんな気分なんだろうって、考えてたんだ。
   なんかすげえ色んなことが解決して、救われる、みたいなさ。

 間

田中:死んだら楽になるって思ってたんだけどなぁ……。
   なんだよ……死んでからも、誰かのことを想って、しかもわざわざ俺なんかの前に現れるなんてさ……。

 間

田中:あいつが惚れるわけだ。めちゃくちゃカッコいいよ、あんた。

 間

田中:俺は……まだ生きてるってのにぐちぐちぐちぐち……。
   わかってんだよ、俺も。
   本当はさ。俺、めちゃくちゃカッコいい予定だったわけ。
   悪いやつはぶっとばして、好きな女はしっかり守って、それでいて余裕綽々でさ。
   誰にも負けない、どんなシリアス展開でもぶっとばす、最強無敵のヒーローになる予定だったわけよ。

 間

田中:ーーああ、そういうことか……。
   そういうことなんだろ……つまりは。

 間

田中:サンキューな。……芙蓉様。

N:次の瞬間、田中は肩を叩かれて振り向いた。

栄:新一郎くん!

田中:え? あ、ああ。

N:もう一度周囲を見渡すが、芙蓉の姿はどこにもなかった。

栄:とにかく、ダメですから!
  絶対に殺させーー

田中:あー! わかんねえなあ!

栄:……は?

N:田中は、思い返す。
  自分とは一体何なのか。そしてこの世界が何なのか。
  理解不能。解読不可能。
  超常的な力を持っている自分と、ただ人間としての感情に振り回されている自分。

田中:田中新一郎ってのは、わかんねえ。

栄:はい?

N:愛する人を傷つけて、その事実を受け入れられなかった。
  それでも手を差し伸べてくれる目の前の女性に、それでも傷つけてしまっていることもわかっていた。
  しかし、そんなどうしようもない人間こそーー

田中:超能力者も、その他諸々もわかんねえし、何が正解で、何が間違ってるのかもわかんねえ。
   ……でもさぁ、友美ちゃん。
   なんか俺って、ずっとそういうやつだった気がすんのよ。

N:田中は、どこかから視線を感じていた。
  それは、自分が超能力者になる前からずっと、変わらない冷めた視線で自分を見続けていた。
  速見朔の視線が、どこからかーー「お前は、そういうやつだ。昔から」
  そう声をかけてきている気がしていた。

田中:……俺ってやつはさ。無責任で、不遜で、誰よりも好き勝手やる“ジャイアント様”なわけだ。

N:栄は、その言葉を黙って聞いていた。
  彼女もまた、そういう女なのだ。
  2人は、久しぶりに向かい合った。真っ直ぐに、正直にーー

田中:友美ちゃん。
   俺は殺すよ。

栄:新一郎くん……。

田中:でもそれは、俺だ。
   弱い俺を、殺さなきゃなんねえ。
   田中新一郎を殺さなきゃなんないんだ。

N:田中の眼に、力が宿った。

田中:俺はもう……誰とも約束なんてしねえよ。
   もう、誰の言うことも聞かねえ。
   俺のやりたいようにやって、あとから文句でもなんでも聞いてやる。

N:田中は、芙蓉の姿を思い出す。

田中:……すげえひ弱っぽくってさぁ……俺みたいな超能力もってないんだ。
   あっさり死んじまって……でもさ、百年経ってもずっと愛する女を見守ってんだよ。
   俺は今、そんなやつに未来を預けられてんだ……!
   そんなやつに、今もどうすんだって見られてんだよ!
   そしたらさぁ! 俺が! この俺様が、自分が望む未来を簡単に勝ち取って!
   平然と高笑いするところ見せなきゃいけねえだろ!

N:田中は芙蓉のいた場所に向けて拳を差し出した。

田中:……俺は、妖紅に喰わせてやりたいんだ。美味いもんをさ。
   だから、わりぃなあ! 芙蓉様!
   あんたの望みはわからねえが、あいつはさらっちまうことにした!
   そんかわり……あんたの魂も俺様が鬼から取り返してやる。

 間

栄:(吹き出す)ぷっ……ふふふふ……!

田中:なんだよ……俺は真剣にーー

N:栄は、心から笑っていた。

栄:本当……カッコ悪い。

田中:……ああ、そうだよ。
   結局、かっこ悪いからな、俺は。

N:目の前の男が、決して巨人などではなく、ただの人間だと知っていたから。

栄:でもーーそれでこそ、田中新一郎です。

N:栄は手を叩いた。

栄:実はもう、準備してます。

田中:……は?

栄:あなたなら、絶対にそういうと信じてましたから。
  速見所長が首引童子の封印を解いて、あなたが倒す。
  そしてーー妖紅さんも、死なせない。

N:栄は笑う。

栄:行きますよ。ヒーローさん。
  ……ヒロインが私じゃないのは妬けますけどね……。


 ◆◇◆


首引童子:そろそろ限界カァ。

浜渦:そいつは、どうかな!

N:浜渦は飛び上がると、水の刃で首引童子の口を斬りつけた。

浜渦:俺はまだまだーー

首引童子:キヒ。違う違う。

浜渦:ッ! 姐さん!

N:李は、警棒を投げ出してがむしゃらに腕を振るっていた。

李:お前は、認め、ない!
  認めない! 認めない認めないみとめないみとめろおおお!

速見:チィ! “衝動”かッ!

浜渦:姐さん!

N:浜渦は地面を蹴ると、李に飛びついた。
  首引童子の攻撃が肩口をかすめるも、なんとか李を抱えて飛び退く。

浜渦:いってえええ!

速見:下がってろ!

首引童子:ふたぁりぃ! イタダキマス!

N:気を失っている李をかばったまま、浜渦は迫りくる深淵を呆然と見つめていた。


田中:遅れてくるんだよなぁ。


N:首引童子の身体が吹き飛んだ。

田中:今回のお話の主人公は……俺なんだよ。

N:田中新一郎は宙に巨石を浮かべ、それを拳に見立てていた。
  巨人の腕ーーそれこそ、ジャイアントの象徴であった。

栄:浜渦さん! 李さんをこっちへ!

浜渦:遅いってマジで!

栄:すみません! お馬鹿さんがなかなか言うこと聞いてくれなくて!

田中:シャラーップ! と、言いたいところだけど……。
   悪かったな、あんたら。後で埋め合わせはする。

浜渦:……お前を捕らえて昇給。昇進もよろしく。

N:田中は手をあげて歩きだす。

速見:おう、遅かったな。

田中:おっさんも。悪かったな。

N:田中は速見を見ずに呟いた。

田中:朔のこと、死なせちまった。

速見:生意気いうな。ガキが。
   そんなもん、全部……親の責任よ。

田中:……でも。俺はまだ諦めてねえんだ。

速見:魂は生きてるってか……まあ、否定はしねえけどな。

田中:ラブは悪魔だ。やつとの契約においては、魂を引き渡すことになっているらしい。
   やつは手に入れた魂を黄泉国(よもつくに)に送っている。
   魂の器ーーつまり、身体さえ残っている状態で、魂を手に入れれば身体に戻せるかもしれねえ。

N:速見は驚愕に眼を見開いて、田中の横顔を見る。

速見:おめえ……そいつを誰にきいた。

田中:『仲也(ちゅうや)』って男だ。知ってんだろ。詳しくはあいつに聞け。

N:その名前を聞くと、速見は肩を落としてため息をつく。

速見:はぁ……そうか。ったく……どいつもこいつも面倒な。

田中:おっさん。

速見:……ん?

N:田中は、腕を回した。

田中:俺は、こっからしばらく反省しなきゃなんねえんでな。
   その前に、俺のやりたいようにやらせてもらうぜ。

速見:おうよ。
   ……付き合ってやるよ! 大馬鹿モンの花道ィ!

N:田中と速見は駆け出した。

首引童子:クソガアアアア!

N:首引童子はすべての腕を開放する。
  漆黒の塊に向かって田中は巨石を打ち込むーーが、漆黒の口が巨石ごと、田中の身体ごと飲み込もうとする。

田中:ガキ大将パーンチ!

N:田中は強靭な力場を固めると、思い切り殴りつけた。
  一拍をおいてーー闇が弾けた。

首引童子:なにィ!?

速見:ったく! めちゃくちゃしやがる!

田中:まだまだァ! 理不尽キーック!

首引童子:グアアアア!

N:首引童子は吹き飛んだ。

速見:新一郎! やつの首を抑えろ!

田中:オーケー!

首引童子:許さん! 許さん許さん許されぬううう!

N:田中は首引童子の触肢をはねのけながら、身体へと近づいた。

首引童子:喰ってやるぅ!

田中:甘いぜ! 喰らえ! 暴力!

N:田中は首引童子の口を、文字通り力ずくで閉じていく。

首引童子:ナ。ガガガガ……!

田中:残念だったな。この時代にはーー俺がいんのよ。

N:首引童子が口を閉じるとーー

妖紅:や、やめろ……!

N:首引童子は妖紅の身体へと戻った。

田中:ようこう……!?

妖紅:そうだ……! やめてくれ!

N:紅の瞳に涙を溜める妖紅に、田中はそっと手を伸ばし

田中:ほいっと。

N:ーー首を抑えた。

首引童子:ぐえ……!

田中:うっし! いいぞーおっさん!

N:速見は地面に刀を突き立てると、印を結び始める。

首引童子:オ、オマエら、己を引き離すというのか!
     ゲハハハハ! わざわざ封印を解くというのか!

田中:ああ、そうだ。

首引童子:これはおめでたい! この娘の命と引き換えに、己を放つと!
     そいつはありがたい! 再び世界を喰らうにはーームグ!

田中:いいから黙ってろよ。

速見:……解(かい)ッ!

N:速見が手刀を切ると、妖紅の首に白い綱が現れ、ゆっくりと解けた。
  妖紅の身体から黒い煙が抜け出すと、宙に浮かんだ。

首引童子:永かった! 己よ! 自由よ!
     ケハハハハ! これで!

N:煙は美丈夫の姿に変わる。
  首引童子は自らの腕を感慨深げに眺めていた。

田中:悪いが、ただでさえ長い尺が伸びちまうんだよな。
   お前のセリフはカットだ。

N:田中は、首引童子の前に立って拳を固めた。

田中:お前もお前で生きてたんだ。痛みを知れとはいわねえよ。
   ただ、お前が力で奪ってきたってことは、お前よりでかい力で奪われてもしかたないってことだ。

首引童子:でかい力だとォ?

田中:見えないか?

N:首引童子は見た。超常的な存在である自分からみても、異常なほどの力場。
  この山など簡単に潰せるであろう暴力。
  田中新一郎という、『超能力者』の姿。

首引童子:は?

田中:冥土への土産に教えてやる。
   俺の名前は田中新一郎ーー“最強”の男だ。

N:田中が拳を握り込む。
  それだけで、首引童子の身体は力場によって小さく圧縮された。

速見:青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女。
  (せいりゅう・びゃっこ・げんぶ・こうちん・ていたい・ぶんおう・さんたい・ぎょくにょ)
   ……さぁ、スパッと、逝っちまいなァ。

N:圧縮された身体を切り刻むと、速見は手刀でその妖気の根元を振り払う。
  田中の登場から、時間にしてわずか数分。
  東の大鬼、大妖怪首引童子は、こうして数百年越しに退治されたのだった。


 ◆◇◆


N:妖紅は、自分が誰かの膝の上に頭を乗せているのだと気づいた。

妖紅:……どうして。

 間

妖紅:さては……お主も、死んだか。

田中:かもな、どう思う。

妖紅:……最後に見た顔よりは、マシな顔しておる。

N:妖紅は眩しそうに眼を細めた。

妖紅:どうして、我を殺さなかった。

 間

妖紅:約束したであろう……! この大馬鹿者……。

田中:……悪いな。

 間

田中:殺すの、やめたわ。

妖紅:大馬鹿者……!

N:妖紅は、腕を眼に当てたまま涙を流した。
  それがいったいどうして流れてくるのか、自分でもわからなかった。

妖紅:我の中から……! あいつが消えておる……!
   もう……感じることができないのだ……!
   悲鳴の混じった魂の叫びも……! かすかに感じた……あの人も……!

田中:そうか。

妖紅:これほどまでに屈辱的で! これほどまでに苦痛なことがあるか!

田中:……そうか。

妖紅:だが、それよりも、嬉しいと思ってしまっておるのだ……!

N:妖紅は泣きながら、笑顔を浮かべた。


妖紅:芙蓉様は……救われたのだな……!


N:田中は目を細めて微笑んだ。

田中:本人に、聞いてみろよ。

妖紅:何をーー

N:妖紅が身体を起こすと、そこには芙蓉が立っていた。

妖紅:芙蓉、さま。

N:妖紅は芙蓉と向かい合った。

妖紅:芙蓉様……! お紅は……お紅は……! ずっと会いとうございました……!
   やっと芙蓉様にーー

N:それからしばらく、2人は見つめ合っていた。

妖紅:芙蓉様。

N:周囲は紅葉。いつかと同じく、美しい風景だった。

妖紅:もう随分と、私はこの山で暮らしてきました。
   ……芙蓉様は、私と共にいるという約束を、ずっと守ってくださったのですね。

N:紅に染まる木々を眺めながら、妖紅は涙を拭った。

妖紅:私はーーお紅は……この数百年。幸せでございました。
   芙蓉様を想う日々に、ひとかけらの不幸もございませんでした。
   そして、もう一度お会いしたいという願いも、こうして叶えていただきました。

 間

妖紅:本当なら、芙蓉様と共に、あの世へお供するつもりでございました。
   ですがひとつ……ひとつ未練ができてしまいましたので、もう少し現世におりたく思います。

N:妖紅は、笑った。


妖紅:かっぷらぁめんを、食べそこねてしまいましたのです。


N:芙蓉は優しく頷いた。

妖紅:次にお会いするときには、ぜひそのお味をお伝え致します。
   ですから、どうか……どうか、お心安らかに。
   ーーあの世でお待ちください。

N:風が吹き抜け、妖紅は髪を押さえた。
  次に目を向けると、芙蓉の姿は消えていた。

田中:……行っちまったか。

妖紅:行っちまったか……ではない大馬鹿者!

N:妖紅は田中の頭を叩いた。

田中:いっ……! 今日はどんだけ馬鹿って言われんだか。

妖紅:それだけ馬鹿だということだ。
   まったく……数百年引っ張っておいて、まだ生きているとは……。
   どうすればいいというのだ。

田中:んー、さぁな。

妖紅:なんだと!? この……無責任な……!

田中:(笑って)ま、カップラーメン喰ってから考えようぜ。

  
 ◆◇◆


浜渦:姐さーん、ほら……もうちゃんと歩いてよ。
   俺も怪我してんだし……!

李:浜渦……きもちわるい……。

浜渦:うあ! 吐くのは勘弁! 吐くのはーー

李:うえええ。

浜渦:うぎゃあああああ!

N:国道沿い。一同は支援部隊の到着を待っていた。

速見:だから……背中を見せてみろって。

妖紅:断る。

速見:……いい加減にわかってくれよ。
   俺はあくまで陰陽師の末裔で、清平じゃねえんだって。

妖紅:末裔ならば、責任というものがあるはず。
   我にあやつを封印したのだからな。

速見:わかったってぇの! ちゃんと責任はとってやるって!

妖紅:ならば、我の身柄は保証してもらおうか。
   そうだな、話に聞くとお主は権力者とのこと。
   お主の隠し子ということにでもするといい。

速見:(ため息)はいはい……なんでもいいから背中見せろよ。
   お前、妖気が抜けて消えかけてンだからよ。
   俺の術で固定するーー

N:速見は妖紅の背中をみて驚愕した。

速見:……お前、もしかしてまだーー

妖紅:いや。やつはもうおらんが……長かったせいだろうな。
   黄泉国へのつながりが残っておるようだ。

N:速見は頭を掻いた。

速見:こりゃあ……癪だがあいつの理論を試してみるかァ。


 ◆◇◆


N:速見たちから少し離れ、自然公園のベンチに2人は座っていた。

栄:……あの。

田中:……おう。

N:つかず離れずの距離。
  お互いに何かを話そうとしては、どこか息詰まっていた。

栄:……妖紅、さん。

田中:……おう。

栄:好きなんですか……?

 間

田中:は?

栄:だから! その……妖紅さんのこと!
  好きなんじゃないかって……!

田中:いや、嫌いじゃないけど……。

栄:やっぱり……!

N:栄をうなだれた。

栄:やっぱり……やっぱり……やっぱり……。
  そうなんだ……だってそうだもん……ばっちりヒロインだし……。
  私なんて口うるさいだけでそんな……。

田中:おーい、友美ちゃん。なんか勘違いしてない?

栄:何をですか……!

田中:俺、ロリコンじゃないから。第一そういう意味で言ったんじゃーー

栄:でも! 妖紅さんって数百歳なんですよね!

田中:い、いや。第一妖怪だしーー

栄:でも人間の男の人と恋に落ちたんですよね!

田中:それは俺じゃないって……!

N:栄はため息をついた。

栄:……ま、でも妖紅さんは好きですよ。新一郎くんのこと。

田中:なんだよそれ。

栄:もういいです。

 間

栄:私ね、ひどいもんだったんですよ。

田中:何が?

栄:あなたがいなくなってから。

 間

栄:もうね。全然ダメでした。
  一生懸命忘れようとするんですけど、まったく離れてくれなくて……。
  こんなところまで……来ちゃいました。

N:栄は立ち上がると、田中の前に立った。

栄:私は、こんな大馬鹿者のこと愛しちゃってる、超大馬鹿者なんだなって。
  ほんと、落ち込んじゃいますよね。

田中:……それ、笑うとこ?

栄:笑ったら、許しません。

N:栄は、手錠を取り出した。

栄:でもね、そういうのは一旦あと……。
  あなたを逮捕しなくてはなりません。

田中:ああ……。

N:栄は田中に手錠をかける寸前ーー手錠を投げ捨てた。

田中:おい、何をーー

N:そして、田中を抱きしめる。


栄:……捕まえた……。


N:田中はされるがまま、瞳を閉じて笑みを浮かべた。


田中:ああ、捕まった……。


N:超能力者でも人間でも、それが妖怪であったとしても。
  愛は紅く、人々を照らす。


 ◆◇◆  


N:独房の中に、男は座っていた。
  男は椅子に拘束され、その口も拘束具に封じられている。
  男は、ゆっくりと瞳を開くと、紫色の髪の隙間から目の前の男を見つめた。

速見:新一郎は馬鹿だが……お前に吹き込まれたってんだから納得したぜ。
   あれでいて人には操れないが……お前には術があるからなァ。

N:”青の教団”の構成員にして戦争犯罪者ーー仲也(ちゅうや)は、速見賢一の顔を憎々しげに睨んでいた。

速見:……お前の資料やなんやかんやは、全部提出しておいた。
   もうしばらくしたらここからでてもらうぞ。

N:仲也は目を細めた。

速見:良かったなァ。
   お前の禄でもない脳みそをーー俺が使ってやるってンだよ。

N:仲也は瞳に怒りを浮かべると、足を鳴らして唸った。
  速見は頭を掻くと、踵を返した。

速見:俺を恨むのは構わねえし、朔に固執するのも構わねえけどな。
   ……人の命を弄ぶやつは、俺ァ人とは扱わねえからな。
   好き勝手はここまでだ。覚悟しとけ、愚息よォ。

N:速見賢一は、自らの息子ーー速見仲也の独房を後にする。

速見:あと、新しく妹ができたから。今度紹介すらァ。

N:戦争は収束し、やがて総ての駒が盤上にあがる。
  その中心では、天使が羽を広げ、慈愛に満ちた表情で地上を見つめている。
  やがて世界には、“パラノーマンズ・ブギー”が鳴り響く。






パラノーマンズ・ブギーE
「大馬鹿者」 了


<前編>
<中編>


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台本一覧

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