パラノーマンズ・ブギーD
『ケチャップ色の世界 前編』
作者:ススキドミノ
棗(なつめ)/伝馬 ヨミ(てんま よみ):(過去は13歳)16歳。女性。本名、伝馬ヨミ。レム能力世界に捕らわれている。
レム:16歳。女性の見た目をしているけど、本当は小学生男子。
木元 佳祐(きもと けいすけ):外見年齢27歳。見た目はヘタレ、しかしその正体はーーゾンビーマン!
キリコ:30歳。クールビューティなナースさん。黒タイツが好き。
速見 賢一(はやみ けんいち):(過去は39歳)42歳。速見興信所所長にして、陰陽師。足臭い。
伝馬 シン(てんま しん):(過去は16歳)19歳。女性。時代錯誤の和装美女。えっちなのはいけないと思います。
伝馬 セイ(てんま せい):(過去は24歳)27歳。男性。嗚呼、彼の愛はどこへ行く。
安藤 麗奈(あんどう れな):レムが能力世界で作り出したアバター。そっくりだけど偽もの。レムは麗奈の姿をしている。
※必読※パラノーマンズ・ブギーDにおける世界線についての説明
【木元佳佑のいる赤い月の世界】
パラノーマンズ・ブギーC「あるいは」の後の正当な時間軸
【棗とレムのいる能力世界】
パラノーマンズ・ブギーA「幸運少女」の後から、C「あるいは」までの時間軸
【速見と伝馬一族の世界】
パラノーマンズ・ブギー@よりも遡ること3年前の時間軸
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
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◆◇◆
N:ある男は、世界をオムライスに例えてみせた。
多くの人間は、オムライスの表面にケチャップで描かれている。
しかし、誰かがスプーンを差し込んだ時、ケチャップは引き裂かれ、そしてーー
そこから出て来たのがなんだったとしても、もう中には戻せない。
木元:オムライスの話……どこで聞いたんでしたっけ……。
N:男は頭上を見上げる。
街を見下ろす月は、治りかけたカサブタを剥がしたときのように、
どす黒い赤色の光を発していた。
木元:そんでもって……俺は一体どうしてこんなことしてるんでしたっけ。
N:男は、目深に黒いニット棒をかぶった。
そして、灰色のパーカーの襟から覗く、きつく巻かれた包帯を何度も叩いた。
木元:別に、俺がやらなきゃいけないようなことじゃないと思うんすけど。
いや、マジで。普通に考えたらこんなことするの異常者の類いじゃないっすか。
それでもーー
N:眼下、雑居ビルの裏手の広場で、悲鳴が上がった。
囲まれているのは2人の女性。それを取り囲む、赤いヘルメットをかぶった悪漢、数名。
男はもう一度深呼吸すると、屈伸をする。
木元:絶対に、放っておけないことだけは確かなんすよね。
N:男は建物から飛び立った。
木元:待て待て待てえええ! 俺が相手だっつぅんですよぉ!
N:総ての物事は夢現(ゆめうつつ)のように儚い。
ある一瞬、それらの夢から覚めた男はこういったそうだ。
「時に世界は、ケチャップ色に観える」と。
◆◇◆
【「幸運少女」の後】
N:少女ーー棗はゆっくりと目を開いた。
そこは、牢獄。石壁に囲まれ、息の詰まる牢獄の中にいて尚、少女の瞳は強い意志を宿していた。
麗奈:棗ちゃん……。
棗:……ああ、聞こえてるよ。麗奈。
N:棗は横に座る友人の少女ーー麗奈に軽く手をあげた。
麗奈:うん……。
棗:何分くらい経った?
麗奈:えっと……ずっと数えてたけど、多分……30分、ピッタリ。
棗:(伸びをする)そうか。
麗奈:あのさ、ここって、どこなのかな。
棗:さあな……場所って意味じゃどこにあるかはわからないけど。
でも俺らの計画とは違うことは確かだ。
麗奈:……そうだね。
間
麗奈:もう丸一日、だね。
棗:……ああ。
腹、減ってるか?
麗奈:え? ううん。私ほら、少食だから。
棗ちゃんは?
棗:いや、俺も大丈夫だ。
間
麗奈:あのさ……。
棗:ん?
麗奈:ありがとうね。棗ちゃん。
棗:……なんだよ、今更。
麗奈:だって、ほら……うん……。
間
麗奈:私、生きてる、から。
間
棗:どうだかな。
麗奈:え?
棗:例えばの話だけどさ。
オマエが本物の麗奈なのか……とかな。
麗奈:ちょ、棗ちゃん!?
N:棗は麗奈の腕を掴むと、目を見開いた。
瞳が色を失って行くと、棗の持つ超能力「サイコメトリー」が発動した。
棗:ホラ、な?
N:麗奈は一瞬身動ぎすると、苦悶の表情を浮かべた。
そして、その身体は宙に溶けるように消えていく。
棗:夢にしちゃあちょっと悪趣味だよなあ。
N:牢屋の外から麗奈の笑い声が響いた。
いやーーそれは麗奈の姿形をしていたが、棗はその中身が別人であることに気づいていた。
麗奈:えっと、いつから気づいていたんですか?
棗:それ、聞く意味あるか?
麗奈:ほら、一応私も自信あったんで。
後学のためにといいますか。
棗:つーか、気づかないと思ってんのかよ。
こんな場所まで用意しといて。
麗奈:この場所?
ああ……ここ、貴女の知ってる場所なんですもんね。
棗:へえ……なるほどな。
麗奈:アレ……? なんか私、マズった……?
棗:それに気づく程度には頭が回るようで安心したぜ。
……大体、ここがどこなのかは理解できた。
麗奈:あ、アハハ……そういえば注意しろって言われてましたね。
貴女の推理力ってやつには。
棗:ここが現実なのかどうかってのは最初から疑わしいところだったが……ハッキリしたよ。
俺は今、オマエの精神感応系の能力で意識を奪われている。
そして、その能力で精神ごと牢獄に閉じ込められてるってところか。
麗奈:うわ……えげつないですね……もうちょっと人を立てましょうよ。
棗:そしてここは俺の記憶の中を元にデザインされた空間、そうだろ。
麗奈:……正解。ここを作ったキーワードは『牢獄』
貴女の心の中にある世界……。
(吹き出して)でも、私も初めてですよ。
ここまでリアリティのある牢獄は、ね。
棗:まず単純に考えて……俺たちの作戦は失敗……いや、お前らにしてやられたわけだな。
お前らはずっと麗奈のことを狙っていた。
そして、公安特務の作戦に合わせて麗奈を手に入れようと考えたわけだがーー俺達が介入。
過程は変わったが、結果的にお前らは麗奈を手に入れることができたわけだ。
俺を殺さずに手間をかけてここに閉じ込めているのは、麗奈に対する抑止力としてか……。
まあ、そんなところだろ。
麗奈:……ノーコメントで。
N:棗は思案顔で牢屋の中を歩き回った。
そして、ふと地面をつま先でこすりつける。
棗:ふぅん……。
麗奈:また、何か?
棗:いや、別に。あんたの能力がどれくらい正確なのか測ってたとこ。
麗奈:……ほんと、嫌な人ですこと。
棗:まあ、いいや。それであんたーーいつまでも『あんた』ってのも味気ないな……。
そうだな。レム、なんてどうだ?
レム:(吹き出して)レム睡眠、ですか……?
いいですねえ! 可愛いー! 今度からそう名乗りますよ。
棗:それじゃあ、レム。……交渉、といこうか
間
レム:交渉、ですか。
N:棗は、麗奈に歩み寄りながら指を動かした。
棗:ある程度の行動ーーいや、この場合は思考が、許されてるのはわかった。
というより、この自由こそレムが長時間能力を使う上での限界なんだろ。
ガチガチに俺を縛り続けるには、能力が足りない。
レム:それは痛いところはどうも……。
けど、勘違いしちゃあいけませんよ。
だからといって、貴女が自力でここを抜け出すことはできない。
私はいつでも貴女を拘束の力はありますから。
棗:……ハッタリじゃなさそうだな。
レム:それで、交渉、とは?
棗:そりゃ、レムの本来の仕事に関係してる。
レム:本来の……?
棗:とぼけなくていいって。レムの本職は、情報収集、だろ。
間
レム:……相手の夢の中に入ることで、相手の過去や、隠された真実を暴く諜報員。
それが、私です。
棗:話が早くて助かるわ。その調子で頼むぜ。
レム:たった数分ですけど、貴女相手に隠し事をしたところで無駄だと悟りましたから。
……それで、私になんの交渉を持ちかけようと?
棗:私の過去を、見せてやるって言ったら。
レム:……へえ。
N:レムは、興味深そうに唇を舐めた。
レム:面白いですねえ。
◆◇◆
N:あり得ないことが起きた夜からしばらく、つつがなき日常に影が差していることに気づいたものは少ない。
だが確かに、日常は侵食されていた。
木元:……あー、ダリィっすわ。
N:木元佳祐は、血の混じった唾を吐き出すと壁に寄りかかった。
木元:でもまぁ……上等じゃないっすかね。
N:木元の周囲には8人の男性が倒れていた。
全員が一様に赤いヘルメットのようなものを被っているのがなんとも異様な光景であった。
キリコ:……貴方、病気ですね。
木元:え?
キリコ:木元佳祐さん。
N:木元に声をかけたのは、呆れたような顔をした女性だった。
女性は、両手に抱えたスーパーの袋を揺すると、木元に押し付けた。
木元:うわ。ちょっ、キリコさん!?
キリコ:重いので、持ってください。
木元:そりゃ、いいっすけど……。
色々と、感想、それだけっすか?
キリコ:つまり。言及してほしいんですか?
木元:いや! そういうわけじゃ、ないっすけど……。
間
キリコ:(ため息)……どうして、抜け出したりしたんですか。
部屋で、おとなしくしていなさいっていいましたよね。
木本:あ、ああ……いや、そうしようと思ったんすけど。
聴こえたんすよ……悲鳴が。
そしたら、身体が勝手に動いちまったもんで。
キリコ:……二度と私のいうことを無視して独断で動かないこと。
怪我人がおとなしく療養しないことが、どれだけ私をバカにする行為か、考えてください。
それに、ただ怪我人以上に貴方は、記憶も失っているんですから。
それこそバカの3乗くらいイラつくので。
木本:はい……肝に銘じるっす。
N:木元は首を捻りながら女性ーーキリコの後を追った。
キリコ:……『レッド・トルーパー』
木元:え?
キリコ:さっき貴方が倒した相手は、『レッド・トルーパー』と名乗っています。
所謂、カラーギャングと呼ばれる類のものです。
木元:カラーギャング、ね。
……昔から有名ってわけじゃないっすよね。
キリコ:ええ。ここ最近、そこかしこでああいう輩が現れているみたいですね。
N:木本は少し考え込んだ後、街の様子をじっくりと眺めていた。
木本:『赤い月』っすか。
キリコ:都市伝説という人もいます。
木本:キリコさんは、どう思ってるんすか。
キリコ:信じてますよ。赤い月の噂。
N:キリコは自分の首を軽く撫でると、夜空を見上げた。
キリコ:あの赤い月は破滅の象徴。
赤い光を浴びていると、人の心の中にある欲望が刺激されーー
多くの人間を犯罪行為へと駆り立てる。
……いかにもありそうな話じゃないですか。
間
木元:それだけっすか。
キリコ:それだけ、とは。
木元:もう一つ、噂、あるんすよ。
キリコ:そっちは知りませんね。
木元:本当に? テレビ番組を含めて、今日だけで三回耳にしたんすけどね。
……超能力者と呼ばれる超常現象を操る者達が、人知れず戦争をはじめたって。
間
キリコ:知りませんね。そんな噂。
木元:の、わりには落ち着いてるじゃないっすか。
キリコ:もともと、感情が表にでるほうではないので。
木元:……俺の怪我、ありえないほどの大怪我だったんすよね。
キリコ:ええ。そうでした。間違いなく。
木元:どうして助かったんすか。
キリコ:それは、田島先生が名医だからです。
木元:そういうことじぇねえっすよ!
N:アーケード歩く市民達からの視線を受けて、木元はバツが悪そうに目を伏せた。
キリコは苛ついたように息を吐くと、木元に向き直った。
木元:すみません、怒鳴るつもりじゃーー
キリコ:さっきも言いましたよね。
貴方は、死んでいてもおかしくなかった。
……いえ。死んだも同然の状態でした。
街のギャングと喧嘩をする程度なら、今回まで目を瞑ります。
ですが、今はそれ以上のことは許しません。
これは、貴方の命を助けた人間からの、列記とした命令です。
破るのならそれまで。
ーー私は生涯、貴方を軽蔑します。
木元:わかります。でもーー
キリコ:知っていることは、いずれ話します。
一つ言えることは、私達はあなたを助けたという事実。
そんな私達の思いを踏みにじる覚悟があるというなら、
どうぞ、あのギャング団のように私を殴りつけてください。
木元:……いえ、もう、いいっす。
すみませんでした。
N:それきり会話は途絶えたまま、2人は商店街を歩いていった。
やがて、とあるマンションに着くと、2人はエレベータを上がり、部屋の扉を開けた。
簡素な作りの、清潔な部屋であった。
キリコは慣れた手つきでコートをかけると、木本の手からスーパーの袋を受け取った。
キリコ:そうでした。
木本:はい。なんすか。
キリコ:窓から出るのは、やめてください。
迷惑です。
N:キリコは不機嫌そうにスーパーの袋から荷物を取り出すと、冷蔵庫に放り込んでいく。
木本は所在なさげに立ち尽くしていたが、やがて恐る恐るソファに座るのだった。
木本:あのー……お手伝いすることとかはーー
キリコ:ありません。
木本:さいですか……。
キリコ:しいていうなら。
木本:はい?
キリコ:休んでいてください。黙って。
木本:……はぁい……。
N:しばらくすると、キリコが料理をする音だけが部屋に響いていた。
◆◇◆
N:棗は目の前に現れた白い扉を、胡散臭そうに見つめていた。
棗:おいレム。
レム:なんですかぁ?
棗:記憶の扉っつーから身構えていたら、随分とファンシーじゃねえの……。
レム:いやぁ。普段人に見せることなんてないんで……趣味丸出しっていうか。
棗:別に趣味を否定するわけじゃないが……ギャップがひどいな。
レム:いやぁ……はっはっは。
見た目はともかくとして、中は保証しますよ。
棗:……契約は、成立ってこったな。
レム:ええ。『あの』伝馬一族の秘密を知れるなら、
あなたをある程度自由にすることなんて安いものです。
棗:(鼻で笑って)吐いた唾は、のめねえからな……。
N:棗は勢いよくその扉を開いた。
◆
【伝馬ヨミ・過去の記憶】
N:その土地の場所を知るものは多い。
静岡県、某郡において、その名前はまるで一国の主であるかのようにーー
否、ある種の神であるかのような意味を持っていた。
静岡県は山の中腹に、膨大な敷地でもって佇む屋敷こそ、
古くから変わることのない尊敬と畏怖の象徴。
豪族『伝馬』一族の土地であった。
そんな伝馬の土地からさらに山に入ってしばらく。
洞窟の中に作られた牢屋があった。
ヨミ:ひとーつ、ふたーつ、みっつーー
N:少女ーー伝馬ヨミは、薄暗い牢屋の中、足元おいた木の棒をまたぎながら上機嫌で数を数えていた。
ヨミ:よっつ、いつつー、むっつーー
N:時折バランスを崩しながら、だんだんと大きくなる木の棒をまたいで行く。
ヨミ:ななつー、やっ。
N:八つ目の棒を、誰かが蹴飛ばした。
ヨミ:や、っつ。
速見:(笑って)何してンだ。ちっこいの。
ヨミ:ケンイチッ!
速見:おう。久しぶりだな。
N:速見賢一は、無精髭を片手で撫でながら、逆の手で乱暴にヨミの頭をかきむしった。
ヨミ:い、ってーな! やめろよな!
速見:ンだぁ? お前、その喋り方なンだよ。
ヨミ:……別に。
速見:お前なあ……生意気な若手女優みたいなこといわねェで答えやがれよ。
ヨミ:別に! いいだろ! 俺がどんな喋りかたしたってよぉ!
間
ヨミ:文句、ねえだろ。
速見:……ひょっとしてそれ、俺の真似か?
ヨミ:……別に。
速見:(吹き出して)おーおー! そうかそうか! 可愛いとこあるじゃねえかよ。
抱っこしてやるから、こい!
ヨミ:うるせえ! この変態ロリコンじじい! 近づくんじゃねえ!
速見:……お前、いっつもここにいンだろ?
どこでそんな言葉覚えんだ?
ヨミ:別に……。外の様子とか、視たりしてるだけだよ。
速見:へえ……随分使いこなせるようになったってわけだ。
やるねえー。
だが、その話し方は辞めとけ。
ヨミ:……マネしちゃ、ダメなの?
速見:そうじゃねえよ。それは、もっと虚勢張らなきゃいけないときにとっとけ。
勇気を出さなきゃいけねえときとか、相手を威嚇するときとかにな。
こう……舐めんじゃねえ! ってな。
ヨミ:(笑って)うん。そうする。
N:ヨミはしゃがみ込むと、木の棒を遠くに放った。
ヨミ:使いこなせって賢一は言うけどさ。
……この力の所為で、私、みんなに嫌われているもの。
速見:……嫌われてるっつーか。まあ、な。
N:速見はヨミの隣にしゃがみ込んだ。
速見:伝馬って一族はそういうもんなンだ。
ヨミ:そういうもんって……?
速見:だが家族っつーのはーー(鼻で笑って)いや、俺が家族を語るのもおかしいか。
間
ヨミ:賢一には、家族はいるの?
速見:ん? ああ、いるぜ。数年前に急にできた息子が1人。
ヨミ:そうなんだ。
速見:すっげえ生意気でよぉ、これが手に負えねえンだわ。
情けない話、俺よりよっぽど頭がいいもンでよ。
1注意したら100返してくるようなやつだ。
ヨミ:ふぅん……。
仲、良いんだね。
速見:どうだかな。……悪くはないだろうが。
あー、そういうことがいいたいじゃなくってだな。
お前は、頭がいい。俺の息子に似てる。
ヨミ:褒められてる気がしないよ。それ。
速見:すげえ大変だぜ。お前らみたいなガキはよぉ。
誤解されるは、気味悪がられるはーー
とかく人間は受け入れられないもんは排除しようなんて考える。
ヨミ:それは、わかるよ。
速見:それが、一番辛いところさ。
お前は、受け入れちまってる。
受け入れられないことを、なァ。
ヨミ:じゃあ、どうしたらいいっていうのさ。
N:速見は口元を意地悪げに歪めると、右手の中指を立ててみせた。
速見:徹底的に、考えろ。
策を練れ。
喰われたくなけりゃあな。
ヨミ:喰われ、る?
速見:例えば俺は今日、何故ここにいると思う?
ヨミ:なんでって……想像もつかないよ。
速見:お前を殺そうとしているとしたら。
ヨミ:え?
速見:お前は黙って俺に殺されるンか?
間
ヨミ:う、そだよね?
速見:嘘とする根拠は? なんだ?
そもそも、俺が伝馬に来る理由がなんだか、わからねえわけじゃねえだろ。
N:怯えるように後ずさりするヨミの腕を掴むと、速見はその手を自らの胸に近づけた。
速見:ヨミ。使え。能力を。
ヨミ:アッ……!
N:ヨミは超能力を発動した。力場のみを見通す漆黒の瞳が、速見の中の記憶を絡め取っていく。
ヨミは観た。自らの親戚と、兄姉達が死に物狂いで異形の怪物に立ち向かう姿を。
そして、その中心で祝詞を奏で、華麗に舞う、速見の姿を。
速見の結界に飲み込まれていく、異形を。
ヨミ:(息切れ)ハァッ……ハァ……!
速見:そうだ。お前は観ることができる。
その力は必ずお前を救う。
ヨミ:……賢一……私は、鬼なんかじゃーー
N:速見はヨミの口を塞いで、笑った。
速見:(笑う)ったりめえだろ。
俺が、お前をここから連れ出してやる。
◆
レム:これは……速見、賢一。本当に……。
棗:思った通りだ。
レム:な、何が?
棗:……思い出せない記憶があったからな。
レムの力を使えばこうして呼びだせる。
レム:あなた……どこまで私を利用してーー
棗:いま観たばっかりだろ。賢一が言ったこと、金言だぜ?
お前も、考えろ。俺を利用するって決めたんだろ?
レムさんよぉ。
レム:……ええ。そうですね。
私も、この目で速見賢一を観ることができて興奮していますよ。
超能力者専門の興信所なんてものをやっているにも関わらず、
政府すら頭の上がらない国宝級の要人。
『陰陽師(おんみょうじ)』速見賢一……。
N:棗は不敵な笑みを浮かべて腕を組んでいた。
棗:なあに……驚くのはまだ早い。
じっくり楽しんだってバチはあたらねえさ。
レム:楽しむ、ですか。ゾッとしますね。
N:棗は躊躇なく次の扉を開いた。
◆
【伝馬ヨミ・過去の記憶】
N:伝馬邸の中庭は、それはそれは美しい日本庭園であった。
他者の介入を好まない伝馬一族だが、腕のいい庭師だけは、何代にも渡って庭を任せている。
そんな庭のなかに合って、一際存在感を放つのは、吹きさらしのけいこ場であった。
賢一は刀を逆手に構えると、目の前の少女の振るう斬撃をいなしていた。
速見:わかりやっすいンだよなあ。
シン:あはは! 何がぁ?
速見:お前らの剣筋は、わかりやすいっつってンだよ。
シン:おもしろーい!
N:少女ーー伝馬シンは自分の身の丈を大きく超えている大太刀を軽々と振るった。
速見:ほい、隙有り。
N:大きく飛び上がったシンの着物の帯を、速見の刀が切り落とした。
シン:もう……本当に強いんだから。速見のおじさまったら。
燃えてきちゃいますわぁ!
速見:は? おいおい! ちょっと待て!
シン! お前、素っ裸だって!
シン:そんなことでまっちませーん! あはは!
セイ:シン。
N:再び飛び込もうとしたシンに、和服がかけられた。
シン:(服をかぶって)わぷっ!
……ちょっとぉ! お兄様ったら、良いところだったのにぃ!
N:伝馬セイは、美しく整った顔に笑みを浮かべて立っていた。
中性的な美しい身体に誂えたような、白い鞘に収まった長刀が良く映えていた。
セイ:お前はもう少し慎みを覚えなさい。
シン:そんな些細なこと、戦場では関係ないとお兄様がいってらっしゃるじゃないのよぉ!
セイ:お客様にお前の醜い身体を晒すなと言っているんだ。
わからないのか。
シン:……はぁい。もうしわけありませんでしたぁ。
N:シンは渋々といった様子で着物を着直した。
速見はその姿をまじまじと見つめていた。
セイ:……速見様?
速見:ん? ああ、悪い悪い。
しっかし……シンは発育がいいというか、なんというかーー
シン:ね? 速見のおじさまもそう思うでしょお?
この間もねぇ、ここの庭師にねぇ見せてあげたのよお?
そうしたら私に懸想したみたいでね……おもしろかったぁ……。
速見:お前……とンでもない女に育ちつつあるな。
シン:興味、ありますぅ?
N:セイは不機嫌そうに手を叩いた。
セイ:速見様!
速見:ああ、悪いなセイ。
セイ:……いえ。ですが、異界の門もいずれとして開いたまま。
もう数日のうちは封印に協力していただくことになる手前、
今の内にのんびりしていただくことこそ私達の最も望むところではございますが……。
不肖の妹に手合わせに付き合わされていると聞いてどれほどの思いだったか。
速見:別にシンとの稽古くらい、俺にとっちゃ屁でもないんだがなぁ。
シン:屁? おじさま、屁ってなにかしらぁ?
速見:んぁ? ケツのアクビだよ。
セイ:……今朝の討伐から未だに、湯汲みさえ行っていない様子。
今ならば一族のものもおりませんし、足を伸ばしていただけるはずです。
よろしければ、その……僕がお手伝いさせていただきますので。
いかがでしょうか。
速見:おぉ、そうか。
ここは辺鄙なとこだが、風呂だけは広くていいんだよなぁ……。
行くかあ。
N:速見は欠伸混じりに屋敷へ向かって歩く。
シン:お兄様ばっかりずるい! 私もご一緒するわ!
セイ:シン。
N:セイは冷たい瞳でシンを制した。
セイ:お前……殺してやろうか。
シン:……それって、稽古のお誘いなの? おにいさま。
セイ:お前のその下品な身体のパーツを、臭い体臭もろとも切り刻んでしまいたい。
シン:ねえ……知ってた? お兄様。
そういった感情を、嫉妬っていうんですってよーー
N:次の瞬間、セイの超速の抜刀術がシンを襲った。
音すらも置き去りにする斬撃を、シンは何とか身を捻ってかわしたーーかに見えた。
シン:う、そ。
N:シンは自分の首が完全に地へと落ちるのを感じた。
シン:ヒ、ァ……!
ァ、アアア……!
セイ:殺気に当てられたのか……情けない。
シン:お、にい、さま? 私、いま……。
セイ:(微笑んで)よく見なさい。シン。お前の首は落ちていない。
僕の放った殺気によって、幻影をみていただけだ。
息を吸って……そう……ゆっくり……。
シン:(ゆっくりと深呼吸をする)
セイ:いい子だ……。
シン:お兄様……ごめん、なさい。
セイ:いいんだよ。シン。
お前は兄妹の中でもとりわけ美しい。
その容姿だけは伝馬として認められるだろう。
ただーー
N:セイは冷たい眼差しでシンを射抜いた。
セイ:二度と、速見様の前で僕の機嫌を損ねるな。
いいかい。
シン:わかり、ました。
セイ:わかれば、いいんだ。
(微笑んで)片付けは任せたよ。
僕は、風呂でご奉仕をしなくてはならないから。
シン:はぁい……いってらっしゃいませぇ。
N:セイは立ち上がると、軽やかな足取りで屋敷へと戻っていく。
シン:変態……変態変態変態ッ!
絶対いつか……ふふっ……。
N:シンは自分の首筋をなぞりながら身震いした。
<中編>
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