パラノーマンズ・ブギーB
『つつがなきや 後編』
作者:ススキドミノ
宝屋敷 志麻(たからやしき しま):17歳。女性。宝屋敷飯店の一人娘にして、人造人間レーベル第四号『死魔』
荒人(あらひと):22歳。男性。速水探偵事務所、職員。かくて西之宮明人は荒人になったのだ。
岩政 悟(いわまさ さとる):32歳。男性。ハゲだからこそユーモアを忘れません。ええ。超能力者。
伝馬 シン(てんま しん):19歳。女性。世俗にまみれたぶっとんだねーちゃん。
セオドア・ウィルソン:38歳。男性。特務機関『PASS』の提督。大切なのはソウル。
田中 新一郎(たなか しんいちろう):25歳。男性。速水探偵事務所、職員。誘惑が多いのは最強故。
栄 友美(さかえ ゆみ):23歳。女性。速見興信所、職員。せっかくの初旅行なのに。。
壱(いち):外見年齢16歳。男性。幼い時、その身を改造された人造人間レーベルの第壱号。
峯田 翔子(みねた しょうこ):当時12歳。病気によりこの世を去ったが、研究により宝屋敷志摩となる。宝屋敷と被り役。
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
【あらすじ】
宝屋敷飯店の一人娘、志摩は夏休み中も店の手伝いに奔走していた。
そんな志摩の元に、一人の青年が現れた、志摩の幼馴染であり、5年前に街から姿を消した『明人』
明人は自らを『荒人』という名で名乗った。
荒人は、超能力者である岩政と共に、数ヶ月前『青の教団』に拉致された少女たち、棗と麗奈、
そして、今現在『青の教団』に狙われている志摩を守るために、街に帰ってきたのだった。
しかし、荒人は自らの過去に押し潰されそうになり、志摩はそんな荒人を突き放す。
荒人と志摩、お互いの過去と現在の間にぽっかりと空いた溝に阻まれるように。
志摩を影で守っていた特務機関『PASS』の提督、セオドアは、岩政との会談の末、お互いに協力し『青の教団』を撃退せんと動き出す。
迎えた夏祭りの日、教団は街を襲い。超能力者たちの祭りははじまった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
◆◇◆
N:”祭り”の起こる数時間前。
岩政の愛車、ドロシーの助手席で、セオドアは背もたれに頭を預けていた。
セオドア:うん。素晴らしい乗り心地だ。
岩政:ドロシーも喜んでいますよ。ええ。
セオドア:(吹き出して)ひょっとして君がメールで言っていたドロシーというのは、
この車のことだったのか?
岩政:その通りですが……何か?
セオドア:なるほど、変態め。
岩政:お褒めに預かりまして光栄です。
間
セオドア:そうだ……明人は、元気?
岩政:明人……ああ。そうですね。元気に暴れていますよ。
セオドア:そうか。大人しくて自己主張のかけらもなかったけどねえ。
ま、楽しそうならなによりだけどさ。
岩政:……聞いてもよろしいでしょうか。
セオドア:何を?
岩政:西之宮コーポレーション第三研究所倒壊事件について。
間
セオドア:……祖父がまだ『PASS』を率いていたころだ。
俺は祖父に連れられて第三研究所を訪れた。
祖父はすでにその頃、『あの研究』に感づいていて、内部を探る機会を探していたんだ。
岩政:『あの研究』……ですか?
セオドア:所長の西之宮 亜希菜(にしのみや あきな)との会談の最中だったな。
祖父の後ろで待機していた俺のもとに、彼らがやってきた。
研究対象と目されていた少年少女達。そして所長の息子、西之宮明人だ。
俺は祖父に、彼らの面倒を見るように言われ、様子を見ていたよ。
彼らは皆、身寄りのない病気の子供達だった。
……研究対象の子供達は、僕の予想に反してみんなとても幸せそうだった。
第3研究所自体が『彼らを治療をする医療施設』というていをなしていたからね。
実際に彼らをケアするあらゆるものがあそこにはあった。
彼らも、幸せだっただろう。
(間)
……死ぬまでは。
間
セオドア:いいか、岩政悟。
西之宮第3研究所が行っていたのは、死んだばかりの子供の心臓に『超常的物質(アンノウン)』を埋め込み、
人工的に超能力者を作り出すという悪魔の研究だ。
岩政:……なんですって?
セオドア:そして、その手術に適合した子供のことを、人造人間『Label(レーベル)』と呼ぶんだよ。
◆
荒人:……あの日、俺が研究所に戻ったら、中は空っぽだった。
受付にも誰もいなくて、エレベーターも止まってた。
上層に登ったら……白衣の人が倒れてて……顔を見たら、母さんだった。
母さんが、死んでたんだ。胸を一突きだった。
あの怖くて怖くてたまらなかった母さんが、動かなくなってた。
周りを見渡したら、廊下にはたくさんの人が、倒れててーー
その先に、『あいつ』がいた。
壱が、いたんだ。
◆
セオドア:……当時、俺が知っていたレーベルは一人。
『壱(いち)』と呼ばれている少年だった。
彼は適合者第一号。故に、壱。
壱は他の子供達のリーダーであり、そして異常に人として優れていた。
だからだろうなーー悲劇は起きてしまった。
◆
荒人:あいつが、みんなを殺したんだ……それに気づいた瞬間、頭に血が上った。
でもそれ以上に、俺の中で何かが囁くんだ。
『これで自由だ』ってさ。
『僕』は……西之宮明人は……。
ーーその瞬間に、全てから解放された。
◆
セオドア:……明人はね、知っていたんだよ。自分の母が何をしていたのか。
そして、今目の前で駆け回っている彼らが、どういう運命を辿るのかも。
それでも彼には力がなかった。俺たちにそれを伝える勇気さえなかった。
彼が悪いとは言わないが、それでも彼はまだ弱い少年だった。
◆
荒人:僕は嘘をついていた。
『翔子:私はね、翔子っていうの!
『壱:僕は壱(いち)だ……よろしく
荒人:君たちは友達だったのに。
『壱:……明人もやってみなよ。
いや、僕は見ているだけでいい……それだけで、楽しいから。
『翔子:見てみてー! ほら、これ!
壱、アキくん、似合うかな!
荒人:守りたいものは君たちだけだったのに。
『翔子:私ね……もうすぐ死んじゃうんだって。
っていうのは、最初から知ってたんだけど……。
あのね、所長が、もしかしたら、治るかもしれないって。
ここに連れてきてくれて……うん。でも幸せだよ!
普通にしてたらもう死んじゃってたのに、ここで……。
アキくんと出会えて……だからーー悲しまないで。
『壱:翔子のこと、聞いたんだね。
……明人、知っているんだろう?
うん。でも……君は気にすることはないんだ。
だって、それが僕たちの……宿命だ……。
荒人:僕は怖くて……! 怖くて! 怖くて!
『壱:翔子の手術は成功したよ。明人。
ククク……成功した、か。
ねえ、明人ーー
荒人:嘘をついたんだ! 僕は!
『壱:明人……明人……! 明人ォ!
僕らは……なんだったんだ?
荒人:声が……したんだ。
『目の前にいるこいつがいいチャンスをくれたぞ。
すべてを捨てろ。お前はお前のものだ。
荒々しい感情の波で、すべてを飲み込め。
『壱:終わらせよう、明人。
全てを。
荒人:その瞬間、僕は、超能力者になった。
衝動に飲み込まれ、そして、壱と戦い。
研究所を倒壊させそして……壱を、殺した。
あいつが母さんを殺したからッ!
あいつがみんなを殺したからッ!
違う! 違うんだよ……僕は、壊したかったんだ。全部。
(間)
志摩ーー翔子、ごめん。西之宮明人も、『俺』が殺してしまった
◆
岩政:では……研究所はーー
セオドア:超能力者として覚醒した西之宮明人が破壊した。
結果、事件の首謀者であった壱も死亡。
他の研究対象の子供たちも、ほぼ全員が死亡、及び行方不明だ。
俺達が駆けつけた時には……それはひどい有様だったさ。
岩政:ほぼ全員、ってことは……。
セオドア:ああ、一人いたんだ。
事件の前に、レーベルになった4人目の少女。
生前の名前は翔子……レーベルとしての識別名は、『四魔(シマ)』
◆◇◆
宝屋敷:明人くん。
N:志摩は荒人を背中から抱きしめた。
宝屋敷:……手術をしてから、私の中にいる翔子は薄れてしまったんだ。
死ぬ前のこと、ぼんやりとしか覚えてないし、気がついたら私は『志摩』だった。
でもね……明人くんのこと、覚えてたでしょ?
それだけじゃない、所長のこと、職員のみんなのこと、私は今でも夢に見る。
壱のことだって、そう。
間
宝屋敷:……みんな大切で、みんな特別で……。
だから、夢に見て、うなされて、苦しんで……それで、どうするか決めるもんだよ。
だって、それもできなかったら、人間じゃなくなっちゃうじゃん!
(間)
逃げたんだよ明人くんは、そういうのから全部。
どっかのおじさんに連れられて、勝手に超能力者だーなんつってドヤ顔で仕事しちゃってさ。
挙げ句の果てに、何? 荒人って。超スーパーウルトラダサいよ。
荒人:……ダサいか……そうだな。
宝屋敷:だからさーー
壱:だから、か……。
N:2人の前に、立っている少年がいた。
荒人:え?
壱:……久しぶり……。
荒人:う、嘘だろ。
壱:僕、だよ……。明人……それと、そこにいるのは、祥子、だろ?
荒人:なんでお前が……!
壱:逃げられないんだね……僕らは。
でも、きっとこうなるって思ってた。
荒人:壱ぃぃぃぃ!!!
◆◇◆
N:神社の境内に大穴が空いた。
セオドア:クッソ!
N:巻き上がる土煙が晴れると、シンの姿はどこかに消え失せていた。
セオドア:(舌打ち)岩政ァ! 報告しろ!
岩政:残ったお客さんの誘導は無事に!
しかし、教団の手のモノが街の方にも現れたとの情報があります!
セオドア:2面作戦……? あの女がこんなにあっさりと引いたわけだ。
岩政:セオドア提督……山側から敵の増援舞台です!
セオドア:ジャクソン! ディーン! 六号ルートを取って街を東から制圧!
グレッチ、シェクターで海岸線から敵の本隊を強襲!
ここは俺と岩政で抑える! お前らァ、生(い)くぞッ!
◆◇◆
N:街は騒然としていた。
押し寄せた青の信徒は、思うがまま、目に付いたものを破壊してまわる。
秩序なき暴力の延長線上に男性は佇んでいた。
足は震え、動くことを許さない。
そんな彼の身体に、信徒は手に持った暴力を振り下ろす。
田中:走れ。
N:そしてそんな暴力を組み伏せるのは、抑止力。
超能力者ーー田中新一郎は信徒の顔面に衝掌(しょうてい)を叩き込むと、周囲を油断なく見渡す。
田中:彼女と初めての小旅行だってのに……!
ホテルにチェックインすらできねえってか。
N:男性が逃げていくのを確認すると、田中は超能力を発動する。
信徒たちは、暴風を起こして飛び回る標識に吹き飛ばされていく。
田中:あん……力場?
N:田中はとっさに後方に飛んだ。
空気の流れが揺らいだかと思うと、田中の眼前で小さな爆発が起こった。
田中:能力者まで持ち出してんのか……!
N:路地裏から飛び出してきたのは、青い戦闘服を着た信徒。
明らかに戦闘に慣れたようすで田中に肉薄する。
田中:ザコはァ! 寝てろォ!
N:信徒は、田中が振り抜いた拳によって吹き飛ばされた。
栄:(駆け寄り)新一郎君!
田中:おう! どう。状況はわかった?
栄:戦場は二面以上あるようですね。
一つはここ、もう一つは猪前神社。
岩政さんと、特務機関『PASS(パス)』は、おそらくそちらで作戦を展開しているかと。
田中:ったく……!
栄:連絡手段はありませんが、私の計算では数分中にこちらにも増援を送ってくださるはずです。
ですからーー
田中:それまでここを守れってことね……了解。
栄:……無理、しないでくださいね。
田中:側で見守っててよ?
栄:その代わり、やられないように守ってくださいね。
田中:はいはい。お姫様。
シン:ーーあらあら。
N:2人に近づく人影があった。
和装に身を包んだ美しき少女ーーシンは、2人を交互に見つめながらゆっくりと歩みを進める。
シン:こんな夜更けに逢い引きだなんて、世俗の方々は随分と進んでいらっしゃるのね。
田中:……ああ、悪いな。
今いいところなんだ。邪魔しないでもらえると助かる。
シン:そうでしたのね。私ったら、お邪魔してしまいましたわ。
栄:(小声で)新一郎くん……この人。
田中:(小声で)下がってろ……ユミ。
……なあ、あんた。今からでも構わねえから、二人っきりにしてもらえねえかな。
シン:そういわれましても……実のところ私、あなたに用事がありますの。
”巨人(ジャイアント)”田中新一郎さん。
田中:人違いだ。
シン:まぁ! いけない私ったら……はしたないことを考えてしまいました。
……あったばかりの殿方のことを、狂おしいほどに青く染めたいだなんて……。
田中:言ってることは甘酸っぱいが、あんた……右手に持ってるもんがドギツすぎるぜ。
N:田中はシンの手に握られた大太刀を呆れたように見つめていた。
シンは大太刀を上段に構え、腰を落とした。
シン:改めて名乗らせていただきます。
私は『青の教団』の使徒が一人。シン。
この刃に愛を込めて……参りますわッ!
田中:勝手に参るなッ!
N:高速で接近し、振り降ろされたシンの大太刀が、田中の首筋に迫る。
その瞬間、田中の瞳が光を失い、超能力が発動した。
シン:素晴らしいですわッ!
N:田中は力場を指に集中させると、人さし指と中指で大太刀を受け止める。
シン:青に、なりましょう。新一郎様。
田中:悪い……俺、女の下着は赤のほうが好きなんだわ。
◆◇◆
荒人:どうして! お前は、俺が……!
壱:そう……そうだよ。君はあの日、僕を壊した。
僕が君を……ん? どうだったかな……。
間
壱:どうして僕らは……こうしてここに……。
ふ、ふふふふ……ハハハハハ!
そうだ、そうだね。僕は……そうなんだよ。
明人。僕は僕であって僕じゃない。
荒人:何を、言ってる……!
壱:君は、僕を殺した。
完膚なきまでに、身体の細胞の一つまで壊し尽くし、研究所ごと倒壊させた。
でもあの後すぐに、僕の身体は彼らに掘り出された。
そうーー『青の教団』にね。
(手を広げて)彼らは壊れた身体から『僕』を取り出した。
そして、人口的に作り上げたこの身体に僕を埋め込んだんだ。
荒人:埋め込んだ……? 何をーー
壱:明人。僕ら『Label(レーベル)』の意識や記憶はあくまで、コアに埋め込まれた物体の中にある。
僕らは脳みそを潰しても死なない。わかりやすく言おうか……僕らはね、人間じゃないんだ。
宝屋敷:やめてッ……!
壱:だから、そう。そこの少女ーー『四魔(しま)』も人間じゃない。
峯田祥子(みねたしようこ)という少女の身体に埋め込まれた、アンノウンにすぎないのさ!
宝屋敷:うるさいッ!
壱:四魔。君は多少なりとも祥子の記憶を持っているようだけれど……自分でもわかっているだろう?
それはあくまで祥子の記憶で、僕らのものじゃない。
君と明人は幼馴染なんかじゃない! 明人の大切な人間の、死んだ身体を動かしている寄生虫だ!
宝屋敷:黙れえええええッ!
N:超能力が発動し、志摩の腕が黒く変色していく。
壱:いいかい、四魔。祥子は、明人の事を、『アキくん』と呼んでいたんだ。
宝屋敷:ああああああ!
N:志摩は壱に肉薄して腕を振るった。
壱はそれを片手で受け止めると、志摩の腹に蹴りを入れた。
宝屋敷:ガッ……ハッ。
壱:もう……いいんだ。人間のフリは、やめよう。
宝屋敷:私は……! 人間、だもん……!
壱:違う。君はただのーー
宝屋敷:人間だもん! 人間なんだもん! ちゃんと……気持ちがあるんだもん!
壱:僕と、おいで。それが、君にとって一番ーー
N:直後、暴風が吹き荒れた。
目に見える程の力場の渦に包まれたかと思うと、壱の身体は吹き飛び、錐揉みして民家の塀に激突する。
壱:明人ォ……! 君はまた……!
荒人:うるせえええええええ!
N:荒人は、志摩の身体を抱きかかえながら吠えた。
荒人:うるせえよ……うるせえ! うるせえうるせえうるせえ!
くだらねえこと言ってんじゃねえぞ!
壱:まるで子供だな。
荒人:おい、立てるか?
宝屋敷:……うん、ありがと……。
荒人:俺、ずっとどっかで思ってたんだ。後ろめたいって。
守れなかった。傷つけちまった。
みんな壊して、殺して、俺のこと、許してくれないんじゃないかって。
宝屋敷:……うん。
荒人:今の君のこと、何一つ見もせずに……俺は過去ばかり観てたんだな。
宝屋敷:うん……。
荒人:逃げてるままじゃ、人間じゃないって、いったろ。
俺には、難しいことはわかんないけどさ……じゃあ、立ち向かうしかないよな。
間
荒人:本当に、ごめん。祥子って呼んじまって。
N:荒人は、志摩の顔を真っ直ぐ見つめて、笑った。
荒人:俺は、荒人。超能力者をやってる。
お前の名前は?
宝屋敷:私は……。
間
宝屋敷:私は、宝屋敷、志摩です。
宝屋敷飯店の看板娘で、女子高生やってます。
荒人:そっか。じゃあ、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ。
宝屋敷:なんですかぁ? 荒人くん。
荒人:殴りたいやつが、いるんだ。
壱:それって、僕のこと?
荒人:そいつは昔っからなんでもわかってるって顔してさ。
そんでいつも俺達を遠くから見守って、宝物みたいに俺達を扱ってさ。
ーーすげえムカつくんだ!
宝屋敷:奇遇だね。私にもいるんだ、そんなやつがさ。
自分が総てを背負えばすむって、なんでもかんでもやろうとすんのに、やることなすこと抜けてるやつ!
荒人:きっとそいつはわかってねえんだよ、自分がそんなにすごくねえってことをさ。
どうせ! 人体実験されまくった上に、自分の産まれた街を壊して、志摩を連れてくるよう命令されて、
しかもそれを拒否できないような状況作られて!
なんだよお前! 漫画のヒロインか!?
宝屋敷:『私が……私が犠牲になればいいんですね……!
言うとおりに、します……!
荒人:うっぜー!
壱:(微笑んで)言いたい放題だな。
荒人:お前が今……俺達のことどう思ってるかは知らねえよ。
宝屋敷:でも、私達は、壱を助けるつもりだよ。
壱:へえ、何から……?
荒人:さあな。人間らしく考えてみろよ。
壱:人間……らしく?
宝屋敷:そうそう! 壱……喧嘩しようよ。人間らしくさ。
荒人:俺達は強いから、勝ち目はないかもな。
壱:フ……アハハハハハ!
……そうか。なんだか本当に……ムカついてきたよ。
N;黒い羽が煌めいた。
◆◇◆
N:シンの斬撃が空気を切り裂いて田中の脇を通り抜ける。
田中:……マジかよ! 本当に君、超能力者じゃないんだよねえ!
N:田中の腕の代わりに浮き上がった電柱がシンに襲いかかる。
シン:私のことが気になります!? 気になりますよね!
私のこと! もっともっともっともっと!
知ってくださいませえええええ!
N:シンは一足飛びに田中との距離を詰めると、斬撃を放つ。
田中はそれを受け流しながら、能力を発動した。
田中:バイバーイ。
N:超高速で飛来したバイクが、シンの身体を吹き飛ばす。
シンの身体はきりもみすると、通りの先に転がっていく。
田中:カッ、ハ……クソッ……!
栄:新一郎くん!
N:田中は膝をついて空気を吐き出した。
超能力を打ち込んだ瞬間、シンの反撃を受けたのだ。
田中:(息を乱して)この技……大藤と同じッ……!
シン:圧縮した気で、力場を穿つ『超気功(ちょうきこう)』
私たちの秘術ですのに……他にも使えるかたがいらっしゃいますの?
N:シンは口元の血を拭いながら、通りを歩いてくる。
田中:……いや本当。そこまで服がやぶれてると目のやり場に困るね。
どんなスタイルしてんのよ。
シン:あら……この身体に興味がお有りですの……?
それならそうと言ってくだされば、私もそういう戦いをーー
栄:潰しますよ。
田中:あ、あははー。
シン:コブ付きだなんて……本当にいけずな方ですのね。
新一郎様ったら……。
田中:っていうか君、『青の教団』じゃないんなら、何者なわけ?
間
シン:おもしろぉい。
N:次の瞬間、シンの口が歪んだ。
下弦の三日月が昇ったように、心底楽しそうな笑みだった。
そしてそれは、明確にシンが『変わった』瞬間だった。
シン:やっぱりあなた、おもしろぉい。
どこで気づいたのぉ?
田中:あん? いや、どこでってねえ……ユミちゃん。
栄:先ず、貴女は岩政さんから携帯電話を奪ってメールをしてきましたね。
……新一郎くんをここにおびき出すために。
シン:うん。あの文面なら確実に不審に思って出てくると思ったのぉ。
栄:私たちもまんまとおびき出されたわけですね。
そこまでなら、教団の犯行と捉えることはできます。
新一郎くんが九州支部を潰したことは、彼らにとっては痛手のはずですから。
傷も癒えない内に叩こうというのは常套手段です。
シン:なおさら教団の仕業みたいだけどぉ。
栄:あの……。”巨人(ジャイアント)”を倒すつもりなら……私なら二つ名級能力者を10人は用意しますよ。
それだけの戦力を用意していない時点で、これは『青の教団』ではなく、貴女の単独作戦だと判断しました。
シン:……それだけぇ?
栄:ええ。でも、それだけ田中新一郎は、強いんですよ。
田中:いやぁ、照れるぜぇ。
栄:さて……貴女は、何者ですか。
シン:私は、伝馬(てんま)シンだよぉ。
栄:いや、名前じゃなくてですね……。
N:シンは大太刀を地面に突き刺した。
シン:田中新一郎さぁん。
うちの妹が、世界最強の念動能力者(サイコキネシスト)と同じ事務所にいるって聞いてぇ……
私、疼いちゃったのぉ……。
田中:妹……?
シン:そう。伝馬ヨミは、私の妹。
そっかぁ……うんとねぇ。あなたたちが探している、棗ちゃんのことぉ。
栄:棗ちゃんの!? 貴女が……?
シン:そうなのぉ、寄り道してたらあなたを見つけてぇ。
ついてきちゃったぁ。
田中:へえ……寄り道ってことは、目的は別にあるんだな。
シン:それはないしょ。だって、君達の後ろにはさぁ、いるでしょ?
ーー本当の怪物。ハヤミ、がさぁ。
N:シンはしゃがみ込んで大太刀の刃を指で撫でた。
シン:……さぁって、楽しかったぁ。
田中:まだ話は終わってーー
N:次の瞬間、シンは田中の唇に口づけをしていた。
栄:なっ……!?
シン:また、遊びましょうねぇ。
今度は、怪我も治しておいて……私、激しいのが好きなのぉ。
N:シンは服を脱ぎ捨てると、美しい肢体を夜に晒した。
そして、膝を曲げると、空高く飛び上がり、蒼い月明かりに紛れて姿を消した。
栄:新一郎くん、後を……!
田中:……あの、動けねえ……。
栄:……なんですか。腰砕けですか。
田中:ち、違う! あの娘、口から気功を打ち込んできてーー
栄:(泣きながら)新一郎くんの……バカァアアアアア!!
田中:だから違うって! うおっ!
栄:(頭をたたきながら)何が最強だーー! 唇を許すなぁぁぁぁ!!
田中:痛い! 痛いって! 傷口開くぅぅぅ!!
◆◇◆
N:壮絶だった。
宝屋敷:落ちろおおおおおお!
N:志摩が黒い腕を振るい、壱の身体は山の斜面へと叩きつけられる。
宝屋敷:荒人くんッ!
荒人:おうッ!
N:荒人は土煙の中に迷わず突っ込んでいく。
壱の黒い爪が荒人の首筋に突き立ち、血が舞う。
壱:死ねええ! 明人ォ!
荒人:てめえが死ねええ!
N:荒人は超振動した拳を壱に叩き込む。
壱:(血を吐き出す)
荒人:いい加減倒れやがれ!
壱:こっちの……台詞だッ!
荒人:ぐあああああ!
N:壱の羽が荒人を弾き飛ばす。
荒人の身体は木をなぎ倒しながら斜面を転がり落ちていく。
壱:四魔は……!
宝屋敷:こっちだっての!
N:高速で行われる戦闘。
2人の身体に傷がついていく中、一撃でも捉えられたら終わりのインファイト。
志摩の爪と、壱の爪が互いに交錯し、甲高い音を立てる。
壱:遅いよ……!
宝屋敷:(舌打ち)しまったッ!
壱:コアだけあれば生きていられるからね。
首を落としてやる……!
N:壱の翼が大鎌のような形状で志摩の首に迫った。
荒人:させるかよおお!
宝屋敷:荒人くんッ!
壱:しぶといなぁ……!
荒人:あっ、たりめえだろぉが……!
N:血まみれの荒人は、壱の翼にしがみついていた。
荒人:お前がそうやって立ってやがるのに……!
また俺が負けてやるわけに行くかアアアアア!
N:荒人は、壱の翼を引きちぎった。
荒人:志摩ァァ! 抑えろォ!
宝屋敷:うん!
N:志摩は壱の足にしがみついた。
荒人:壱ぃぃぃぃ!
壱:明人ォォォォ!
荒人:ウォォォォオオオ!!!
N:それから、荒人は、壱の身体を無茶苦茶に殴りつけた。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
骨が折れ、血が飛び散り、そして、壱の身体はゆっくりと、地面に崩れ落ちた。
荒人:ハァ……! ハァ……!
壱:……強くなったね……明人……。
荒人:俺はッ! 荒人だ!
壱:ハハ……そうか……。
宝屋敷:壱……貴方は、どうして……。
どうしてッ! ここに来たの!?
壱:そんなの……決まってる……。
宝屋敷:……どうして……!
壱:僕には、ここしかないから。
間
壱:志摩……家族が……できたんだろ?
宝屋敷:……うん。そうだよ。
壱:いい人間かい……?
宝屋敷:うん……びっくりするくらい……。
壱:良かった……大事にするんだよ……。
宝屋敷:……うん。
壱:荒人……君は……東京の事務所にいるんだろ……?
荒人:ああ……。
壱:楽しいかい?
荒人:……ああ。
壱:そうか……棗さんは、無事だよ。
荒人:……そうか。
壱:ただし……エンジェルは……早くした方がいい……。
教団は、君達が思うより……ずっと……深い……。
荒人:ああ……ありがとうな。
壱:(血を吐き出す)さあ……そろそろ……潰してくれるか。
頭でも、心臓でも、だめだ。
胸の真ん中……ここだ……ここを、潰せ。
荒人:……壱。
壱:なんだい。
荒人:自由だ。
宝屋敷:(泣きながら)いちぃ……!
壱:……そうか。
荒人:自由だ……!
壱:そうか……!
荒人:自由だ!
宝屋敷:自由だ……!
壱:自由だ!
荒人:自由だァ!
宝屋敷:自由だッ!
壱:自由だ! ハハッ!
あぁ、楽しみだな……!
荒人:ああ! 楽しんでろ……!
宝屋敷:いちぃ! ありがとう!
壱:ふたりとも……! またどこかで。
荒人:あああああああ!
N:荒人は腕を壱の胸に突き入れた。
◆◇◆
セオドア:俺は、英雄ではない。
祖父の名を頂き、祖父の後を継いだ今も、本当の英雄の影に怯える毎日だ。
その癖、こっちが助けを求めても、本人は笑えないジョークばかり。
碌でもないクソジジイだよ。
だが、彼に教わった一番大きなことはね、岩政くん。
間
セオドア:『魂(ソウル)だけは手放すな』ということだ。
岩政:魂……。
セオドア:世界は、波だ。
大きなうねりに巻き込まれ、自らを見失うこともあるだろう。
今、君は、視界を塞がれている。
だが視界がなくても見えるものもあるだろう。
ここから見える、海は穏やかだ。
街明かりと、月明かりの同居した、この景色。
ーーこれこそが俺の魂(ソウル)だ。
N:セオドアは車から降りた。
セオドア:君は明人をここにつれてきた。
事情を知っていようが、いまいが。
君たちが指名手配をされていることさえも、俺にとっては関係ない。
君は、明人をここに連れてきてくれたんだ。
だから、俺は君にすべてを話した。
それに君が言った……なんだっけ?
クソみたいな人情派?
岩政:……お恥ずかしながら。
セオドア:君の魂(ソウル)は、そこにあるんだろう。
間
岩政:私は、クソッタレた人情派のデクの棒です。ええ。
セオドア:ならば聞こう。岩政悟。
なぜ、君はここにいる。
間
岩政:私の教え子たちを攫った連中。『青の教団(あおのきょうだん)』
私は、奴らの企みを阻止し、打ち倒すための力を欲し、ここに参りました。
特務機関『PASS(パス)』の力をどうか!
どうか、力をお貸しください!
セオドア:ああ、いいだろう。
特務機関『PASS(パス)』は、君達に力を貸そう。
……ただし、街の修繕が終わってからな。
N:車の窓から田中が傷ついた頬を掻きながら笑っていた。
田中:いやぁ、すんませんね。提督。
セオドア:まったく。君の能力はなんだ?
蛇口の壊れたシャワーみたいだな。
栄:ハハ……あの、すみません。本当に。
ありがとうございます。
セオドア:礼を言うのはまだ早い。
レディ・ユミ。私たちの蜜月はこれからーー
田中:おーし、話は終わりだ。
車出そうぜー。
栄:あ! こら! 失礼でしょ!?
セオドア:ハハハ! いや、実に楽しい。
どんなときでもユーモアを忘れない……いいチームだ。
岩政:……それでは、また連絡を。
セオドア:ああ。また近いうちに。
N:2台の車が走り去るのを見送ると、セオドアは眩しそうに海を眺めた。
セオドア:さて、おもしろくなりそうだ。
◆◇◆
宝屋敷:で、どう?
N:猪上(いのうえ)展望台。西之宮コーポレーション第3研究所、跡地。
荒人は志摩が押す車椅子に乗りながら、慰霊碑を見上げていた。
荒人:ああ、綺麗だな。
宝屋敷:そうじゃなくて……傷の方。
潮風、響くんじゃない?
荒人:そりゃ、全身痛いけど……。
っていうか、志摩は?
宝屋敷:はぁ? いや、私はスーパー女子高生だし。
傷なんてすぐ治っちゃうの。
荒人:さいですか……。
間
宝屋敷:ほら、ちょっと腰上げて。
荒人:あ、おい……!
N:志摩は荒人の手を取ると、そっとその手を慰霊碑に導いた。
宝屋敷:壱も、ここにいる?
荒人:……どうだろうな。
宝屋敷:ほら、恥ずかしがらないで……!
荒人:いや、そういんじゃないけど……。
間
宝屋敷:みんな、待ってたんだよ。ここで。
ここにあるのは慰霊碑だけだけど、でも、ここで待ってたんだよ。
荒人:俺は……。
宝屋敷:ほら……わかるかな。
みんな言ってるよ、やっと……明人くんが帰ってきてくれたって。
荒人:……ただいま……。
間
荒人:ただいま。みんな。
N:稀に世界は不思議な一面を見せる。
それは超能力などよりも、より一層、幻想的な出来事だった。
2人を見下ろすように淡い淡い光がいくつも舞い踊り、それらは一瞬のうちに空気に解けるように消えていった。
荒人:あのさーー
宝屋敷:決めた。
荒人:は? 何を。
宝屋敷:行くから。東京。
荒人:ま、マジかよ
宝屋敷:うん。お父さんとお母さんはいいって。
あとは、軍とか政府に申請が降りたら大丈夫。
もちろんセオドアさんも一緒だけど、ね。
間
宝屋敷:でもこれは、荒人くんのためとかじゃないからね。
私、許せないんだ。
壱のことも、それに、この街を傷つけたことも。
だからーー
N:志摩は荒人と手を繋いだ。
宝屋敷:よろしくね。超能力者の荒人くん。
荒人:……志摩、ありがとう。
それと……ごめんな。
宝屋敷:うん。許さない。
荒人:はは……そうか……。
宝屋敷:うん……なんか、知らない間に青春っぽいことしてるとこも許さない。
荒人:……あ?
宝屋敷:私に会いに来たのが、女の子のためだってのも許さない!
ぜーったい許さない!
荒人:いや、ちょっとまて! 力入れすぎだ……痛い痛いッ!
宝屋敷:(下の荒人のセリフとかぶりながら)どうせあんたのことだから!
ちょーっと仲良くなった女の子にはホイホイ力貸しちゃって!
ボロボロになったりしても平然と相手の心配とか、少年漫画の主人公みたいなことやってんでしょ!?
死ね! 死にさらせー!
荒人:(宝屋敷のセリフとかぶりながら)わかってんのか!?
自分が馬鹿力なんだって……! 痛い痛い! おい、力込めんなマジで!
いい加減にしろって! 別に俺はそういうつもりで!
折れる! 折れるー! 助けてくれー! やめろー!
N:たとえなにがあろうとも、それは過ぎ去りし過去。
人はいつの世もつつがなく。
パラノーマンズ・ブギーB
『つつがなきや』 了
<前編>
<中編>
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