パラノーマンズ・ブギーB
『つつがなきや 中編』
作者:ススキドミノ



宝屋敷 志麻(たからやしき しま):17歳。女性。商店街のアイドルにして、宝屋敷飯店の一人娘。でも、それだけじゃーー

荒人(あらひと):22歳。男性。速水探偵事務所、職員。里帰りした超能力者。本名、西之宮明人。

岩政 悟(いわまさ さとる):32歳。男性。大人ってかっこいい。超能力者。

伝馬 シン(てんま しん):19歳。女性。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。

セオドア・ウィルソン:38歳。男性。特務機関『PASS』の提督。少年時代は口の悪さで有名だった。

田中 新一郎(たなか しんいちろう):25歳。男性。速水探偵事務所、職員。彼女はさりげなく支えるタイプ。

栄 友美(さかえ ゆみ):23歳。女性。速見興信所、職員。ペーパードライバー。


志麻の父or母:ナレーションと被り役。

射的屋:ナレーションと被り役。

祭り客:ナレーションと被り役。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




【あらすじ】
宝屋敷飯店がある商店街の近くには、某国の海軍基地があり、多くの人で日々賑わっていた。
宝屋敷飯店の一人娘、志摩は夏休み中も店の手伝いに奔走していた。
そんな志摩の元に、一人の青年が現れる。
彼は、志摩の幼馴染であり、5年前に街から姿を消した『明人』という青年であった。
明人は自らを『荒人』という名で名乗った。
荒人は速水探偵事務所に所属する、超能力者であった。
同じく超能力者の岩政と共に、彼が産まれ育った街に帰ってきたのには理由があった。
それは、数ヶ月前『青の教団』と呼ばれる組織に拉致された少女たち、棗と麗奈に関係しているらしい。
一方で、街には青い影が迫っていた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−







 ◆◇◆


N:商店街から少し離れた小高い山の上には、『リバームーン・ホテル』が建っている。
  ホテルの最上階、美しい夜の海を眺めるスウィートルームのソファで、セオドアはブランデーの入ったグラスを傾けていた。

セオドア:随分と似合うじゃないか。

岩政:光栄ですよ……ええ。

N:岩政は両腕を後ろ手に拘束されたまま、膝をついていた。   そして、口以外の顔面を覆うように、黒い装置をつけられている。

岩政:数時間の調整でまさか、私の能力をここまで封じられるとは思いませんでした。

セオドア:別に完全に封じられているわけではないだろう。

岩政:3秒間、能力を使用したら装置が脳を破壊する、でしたか。

セオドア:試してみたらどうだ?

岩政:遠慮しておきます。ええ。

セオドア:残念だよ。君が自分で死んでくれれば、我々も無用なリスクを避けられるからね。
     ……わかってるとは思うが、傷の治療をしたのもオマケみたいなもので、
     別に君を生かして返すつもりがあるかどうかは別の話だよ。

岩政:当然ながら、そうでしょうね。ええ……。
   しかし、私は信じておりますので。

セオドア:何をかな?

岩政:あなたは、英雄だ。
   ……決してあなたを飾る勲章を指してのことではありません。
   その精神のことをいっているのです。

セオドア:……君が俺の何を知っているっていうのかな。

岩政:知りません。ですからこれは私の願望であり、希望でもあります。
   ですが……この瞳が光を失うことがあっても、私の視界はクリアですから。ええ。

 間

セオドア:いいか、これは尋問だ。

岩政:わかっています。

セオドア:少しでも嘘をついたら、殺す。
     少しでも妙な動きをしても、殺す。
     ……では、はじめよう。

 間

セオドア:なぜ、追われている。

岩政:公安特務に所属していた私は、とあるミッションの指揮をとっておりました。
   ミッションコードは……『エンジェル』
   ミッション内容は、災害級無所属超能力者『安藤麗奈』の保護。
   私は……一度は作戦を無視し、彼女を殺害しようとしました。
   ですが、最終的には彼女を保護する方向に作戦を切り替えました。

セオドア:(笑って)ふぅん。

岩政:外部企業と連携を取りながら、衝動を起こした安藤麗奈の力を封じることに成功し。
   転送能力によって、スタジオに彼女を転送しようと試みました。

セオドア:サルコファグス、か。考えたな。

岩政:結果はあなたもご存知の通り。
   安藤麗奈の身柄は……奪われました。
   その後、彼女を取り戻すべく、公安から離反したというわけです。
   結果、公安……政府から指名手配されることになりました。

セオドア:事態の変容と、結果の妙……。
     俺が君の雇い主だったとしても、その状況ならば君を拘束し、スケープゴートにするだろうね。
     しかしーーなぜ、わざわざ追われると分かった上で安藤麗奈を追う。

岩政:それはーー私が『クソったれた人情派のデクの棒』
   だからですかね。ええ。

セオドア:……なんだって?

岩政:大切な教え子が二人も奪われて、黙ってみていられるというのなら、
   私は講師失格です。

 間

セオドア:(微笑んで)いいだろう。

N:セオドアは、岩政につけていた拘束具を取り外した。

セオドア:連絡が途切れたから驚いたよ。岩政くん。
     ……本当に君だとわかって安心した。

岩政:私も安心しました。
   お恥ずかしながら、連絡手段を奪われてしまいましてね。
   敵に先手を取られるわけにはいかないので、このような手段を取らせていただきました。

セオドア:命を捨てる覚悟で、か。

岩政:ええ。そのとおりでございます

セオドア:君を交渉役に選んで、正解だった。

岩政:光栄です。

セオドア:……話しておくことがある。
     西の丘で死体が上がった。青服を着た男女8名。

岩政:死体が……?

セオドア:軍が内々に処理したよーーやったのは、その様子だと、君じゃないのか。

岩政:私は……能力で無力化しましたが、その後に彼らのーー
   恐らくは”使徒”と呼ばれる少女の強襲に合い、そのあまりの戦闘能力の高さに、
   私は……逃走しました。

セオドア:(苦笑い)はっきりいうじゃないか。

岩政:事実ですから……ええ。
   大太刀を持った、美少女でした。
   胸の傷も、通信手段も、彼女に。

セオドア:……刀を持った美少女、ね。興味あるな。

岩政:見た目は素晴らしかったですが。
   ナンパをする隙すらありませんでした。

セオドア:女は、怖い。

岩政:しかし、はっきりしたこともあります。
   やつらの襲撃は明日。猪前(いのまえ)神社の夏祭りにて行われるということです。

セオドア:大勢の人間を人質に、”Label(レーベル)”を奪うつもりか。

岩政:ええ。安藤麗奈を手に入れてから、やつらは明確な目的を持って動いています。
   恐らくは、安藤麗奈こそがやつらの鍵であり、彼女を使って、なにかをなそうとしているーー
   というところでしょう。

セオドア:何をしようとしているにしろ、レーベルを奪われることだけは避けなくてはならない。
     なぜならやつらは、目的のためならば、仲間すら容赦なく斬り捨てるようだからーー

岩政:ええ。クソムカつきすぎて、クソぶち転がしくなる。

セオドア:(吹き出して)……君はメールの印象とは違うな。
     絵文字だらけの文面だったから、乙女のような繊細な男と思っていたがーー
     軍学校でも君ほど口が悪いやつは1人くらいしか居なかったよ。

岩政:髪がフサフサでしたら、モヒカンにしてしようと思ってたものです。

セオドア:ははは! いや、いいね。やはりいい友人になれそうだ。

岩政:光栄です。

セオドア:今日はここで休むといい。
     ……『青の教団』とかいうクソムカつくゴミ共のことは、
     マスかいて、クソしてから、引き摺り回してやるとしよう。

岩政:……やれやれ……口が悪い1人とは、貴方のことでしたか。


 ◆◇◆


N:志摩はベッドで目を覚ました。

荒人:よう。

宝屋敷:ぬああああああ!

N:椅子に座って漫画を読んでいたのは荒人だった。

宝屋敷:何!? 何! なんなの!?
    何してんの! 何やってんの!?

荒人:いや、ちゃんと今度はちゃんと玄関から入ったぞ。

宝屋敷:(飛び起きてドアに向かって)
    ちょっと! お父さん!? お母さん!?

志麻の父or母(N):あー!? 何ー!

宝屋敷:なんで勝手に入れたの!?

志麻の父or母(N):自分が昼前まで寝てるからだ!
          彼氏さんを待たせたら悪いだろう!?

宝屋敷:かっ……! 違うっ! っていうか!
    だとしても一人娘の寝てる部屋に男を送り込む親があるかー!

志麻の父or母(N):それより! 今日、祭りいくんだろ!?
          休みにしとくから楽しんできな!

宝屋敷:ま、祭り?

荒人:て、ことらしいけど。

宝屋敷:らしいけど、じゃない!
    何勝手なこと……! っていうか、この間もご飯食べたらすぐ寝る!
    朝起きたらもう居ないし……どういうつもりよ!

荒人:あの日は疲れてたし……朝は声かけたんだけど、お前イビキかいて寝てたから。

宝屋敷:デリカシー!

荒人:そういえば、今日も……お前寝方が悪いんじゃーー

宝屋敷:デリカシーっつってんだろ! ぶん殴るぞ!

荒人:それよりさ。

宝屋敷:(ため息)何……!

荒人:祭り。行こう。

宝屋敷:ハァ!? そういや、なんかさっき行ってたけど……。

荒人:猪前神社の祭り。今日だろ?

宝屋敷:……それは、いいけど……。

荒人:じゃあ、また迎えにくる。

宝屋敷:ーーちょっと待って!

荒人:なんだ?

宝屋敷:なんだ。じゃないよ。
    この間、聞き損ねた。

 間

宝屋敷:今、何してるの。

荒人:……何ってーー

宝屋敷:超能力。

 間

宝屋敷:超能力使って、何してるの。

荒人:……仕事だよ。

宝屋敷:どこで。

荒人:……東京。

宝屋敷:戦ってるの。

 間

荒人:たまに……。

宝屋敷:嘘でしょ。

荒人:仕方ないときだけだ。

宝屋敷:嘘だ。

荒人:嘘じゃないってーー

宝屋敷:本当に、本当なんだ……?
    嘘じゃないって、誓える?

 間

宝屋敷:やっぱり、嘘なんじゃん。
    戦ってるんじゃん……。

 間

宝屋敷:なんで。帰ってこなかったの?
    ……なんで、連絡よこさなかったの?
    ……どうして、今になって帰ってきたの?
    答えてよ……!

 間

宝屋敷:(ため息)……やめた!

荒人:は?

宝屋敷:行かない。お祭り。

荒人:ーーちょっと、待て!

宝屋敷:別に、私なんていなくたっていいでしょ。
    5年会わなくたってどうでもいいみたいだし?
    ほら。出てって。

荒人:いや、違うんだって!

宝屋敷:何が違うのよ。ほら。出てってよ。
    今度は10年後くらいでいいからさ。

荒人:おい、待てって、おい! 話をきけ!

宝屋敷:(荒人の背中を押して)早くッ!
    勝手に女子の部屋入るとか本当に気持ち悪いから!
    ストーカーかっての!

N:志摩は荒人を部屋の外に追い出すと、ドアを閉めた。

荒人:おい……! 開けろって、志摩!

宝屋敷:なんですか? 超能力者の荒人さんでしたっけ。
    そんな扉、なんだったら力でやぶればいいじゃないですか。

荒人:狙われてんだ!

 間

荒人:お前、狙われてるんだよ。

宝屋敷:狙われてる……? ……誰に。

荒人:『青の教団』……俺達が追ってる組織に。

 間

宝屋敷:(吹き出して)ふふふふふ……ははははは!
    なるほどね! なるほどなるほど……。
    それで、帰ってきたってわけね。

荒人:……俺は、お前がーー

宝屋敷:舐めんのもいい加減にしろッ!

 間

宝屋敷:もういい。消えて。

荒人:このままじゃ今日にもーー

宝屋敷:消えろって言ってるの!
    私は、アンタなんかに守られるほどに弱くない。
    根拠のない自信でいってるわけじゃないのはわかってるでしょ。
    アンタが一番良く、ね。

荒人:志摩、でも俺は……。

 間

荒人:それでも、俺は……お前を守るよ。

N:荒人の足音を聴きながら、志摩はゆっくりとその場に崩れ落ちた。

宝屋敷:(泣きながら)ふざけんなよ……もう……!
    もう! なんだよぉ……! ちょっとくらい、期待すんじゃん……!
    漫画みたいに……主人公に慣れるかもって……!
    素敵な夏休みが過ごせるかもって……!
    わかってるよ……だって私……人間じゃないもん!
    どうして……? どうしてよぉ! 
    (間)
    ……まもらなくていいから……そばにいてよ……あきひとくん……。


 ◆◇◆


N:栄がアクセルを踏むと、車はゆっくりと走り出した。

栄:新一郎くん……! 後ろは? 後ろは大丈夫ですか!?

田中:(地図を見ながら)んー? 大丈夫大丈夫。

栄:まだ地図は見なくてもいいんです!
  それよりもこっちのほうが重要です!

田中:そんなにビビらなくてもいいって。

栄:いいですか! 私は! ペーパードライバーなんです!

田中:そういうのは意識の問題。
   ほら、ぶつかったっていいと思えばーー

栄:いいんですね? 事故って私が死んだっていいんですね!?

田中:は?

栄:ほら! そりゃ新一郎くんは世界でも指折りのスーパー超能力者ですよ!?
  でも私は! ただの! 人間なんです!

田中:いや、そんなこといってないし。
   っていうか……(微笑んで)俺が命に変えても君を守るよ。

栄:そういうのいいから!

田中:……えー。

栄:女が守られてるだけでオッケーなんて、守ってる気になりたい男のエゴの押し付けなんですからね!
  相手を思えば思うほど、相手と対等になりたいって思うんです!
  怪我した彼氏のために、慣れない車を運転しようとしている私の気持ちがわかんないなら、
  すぐにでも引き返して、ベッドに縛り付けて1人で行きますからね!

 間

田中:……はい。

栄:後ろ! 大丈夫ですか?

田中:はい……大丈夫です。後続車は適切な距離を開けて走行中です……。

栄:よろしい!

田中:……”巨人(ジャイアント)”も廃業だな、こりゃ。

栄:”小人(ピクシー)”でも、好きですよ。

田中:それ、笑えない。

 間

田中:マジで、岩政に何かあったってのか。

栄:説明したとおりです。
  あのメールは、岩政さんが打ったものではありませんから。

田中:絵文字がなかった以外、疑うところはなかったろ。
   ドロシーとも書いてある。それに教団の襲撃が今日の祭りの日に行われるっていう報告もあった。

栄:その程度、簡単に聞き出せます。それに、今岩政さんの携帯を持っているのが教団の人間なら?
  襲撃の日時なんて手に取るようにわかります。
  そして確信に至った理由はーー通常のメールアドレスだったこと。

田中:それなんだよな……。

栄:岩政さんの携帯には通常のメール機能と、速水さん特性の強力なロックがかかった連絡機構があります。
  犯人はメールを開き、私たちとの普段のメールのやり取りを確認した。
  そして、そのアドレスから私たちに対してメールを送った。

田中:普段のメールを確認したなら、絵文字を使っていることもわかったはずだけどな。

栄:そこは私にもわかりません。
  ですが、どれだけ戦闘後で気持ちが昂ぶっていたとしても、
  ドロシーが傷ついて落ち込んでいたとしても、
  岩政さんは通常のメールから任務の経過報告は送らないです。
  あの方は、協力者との交渉役を務め上げられるほどのーー

田中:ユミちゃん! 前! 前!

栄:えっ? キャー!

N:前方の車両に激突しようとした瞬間、車はピタリと止まった。
  前方の車両は抗議のクラクションを鳴らした。

栄:す、すみません!

田中:いや、大丈夫。

栄:……新一郎くん、なんで下むいて……目も閉じてます?

 間

栄:もしかして……今……! 能力、使いました?

田中:(寝たふり)ぐー……。

栄:(ため息)もう……ありがとう……。


 ◆◇◆


セオドア:志摩……志摩?

志摩:え?

N:志摩が顔をあげると、セオドアは困ったように笑った。
  午後4時の猪前(いのまえ)神社の境内は、たくさんの人で賑わっていた。
  蝉は高らかに歌い、祭り囃子と喧騒の隙間から、焼けたソースの匂いと、煙臭さが香ってくる。
  志摩は、赤い浴衣の袖を揺らすと、申し訳なさそうに目の前で手を合わせた。

志摩:ごめん! セオドアさん、ボーッとしちゃって……!

セオドア:いや、いいんだよ。

志摩:ううん、ごめん!

セオドア:……悩み事かな? ずっと浮かない顔をしてる。

志摩:別に? 全然? いや、あれだよ……なんていうか、ほら。
   手伝いばっかりだったから、久しぶりの自由でその、戸惑った感じでーー

射的屋:いらっしゃいいらっしゃい! 楽しい射的ゲームだよー!
    一回4発で2百円!

志摩:ーーあ! 射的だって! ねえねえ、やろうよ! セオドアさん!

セオドア:射的か。

志摩:すみませーん! 2人で一回ずつ!

セオドア:あ、俺が出すよ。

志摩:自分の分だけ出して!
   私、家の手伝いでお小遣いいっぱいあるし、今日は一緒に遊びに来たんだし。

セオドア:そうか……いや、そうだね。

射的屋:はい。銃口は人には向けないでね。
    玉を詰めるときも、銃口は覗かないで、下を向けながら詰めること。

志摩:はーい!
   よぉーし……それじゃ! (打つ)そりゃ!
   ……あれ? どこいった?

セオドア:よっと……(打つ)
     なんだろう、癖があるな。

 間

志摩:あー、ダメだー! 全然当たんない!

射的屋:はーい。参加賞。

志摩:くっそー……セオドアさんはーー

射的屋:おぉ! 大当たりぃ!

セオドア:うん。ちゃんと落ちるもんだね。

志摩:うわー! すごいすごい!

射的屋:その撃ち方。あなた、軍の人?

セオドア:え?

射的屋:あの、今年はベースで何かあったんですか?
    毎年、地元民より早く来て、最後まで騒いでる人たちが、今年は全然見ないもんだから。
    みんな首かしげてたんですよ。

セオドア:あー、いや。俺は軍のものじゃないんだ。

射的屋:ええ? そうは見えないけど。

セオドア:軍学校に行っていたから、それでかもしれないね。

射的屋:ああ。なるほど。

セオドア:……ベースの連中を見かけたら、声をかけておくよ。

射的屋:(笑って)助かるよ。売上に響くんだよね。
    はい、どうぞ。兎のぬいぐるみです。

セオドア:どうも。(受け取って)
     はい、志摩。

 間

セオドア:……志摩?

志摩:いらない……。

セオドア:どうして? 志摩のためにとったのに。

志摩:いらない……悔しいから……。

セオドア:(吹き出して)そうか。志摩は自分で取れるからな。

志摩:あー! そうやって馬鹿にする……!


 ◆◇◆


岩政:あー見てください、荒人さん! 型抜きがありますよー!
   懐かしいですねえー!

 間

岩政:じゃがバターもあります……!
   あー! 大判焼きですよ! 大判焼き!
   私、好きなんですよ……! あのカスタードが入ってる方が特に!
   ねえねえ、買いに行きませんか……?

 間

岩政:ねえちょっとー……こんなんじゃせっかくのデートが台無しですぅ。
   私ぃ、浮気しちゃうわよぉ?

N:荒人は顔を近づけてきた岩政のおでこを叩いた。

岩政:あいたー!

荒人:うるせえ……はしゃぐな。

N:2人は林の中から祭り会場を監視していた。

岩政:なんですか、らしくないですね。
   いつもなら荒人さんが率先してはしゃいで、私が少し後ろから付いていくっていう、
   刑事モノ映画の凸凹コンビみたいなやり方でやってるじゃないですか。

荒人:誰がお前と凸凹するかよ!

岩政:合わさったらピッタリですよ? テトリスみたいに。

荒人:お前だけ消えてくれ。

岩政:いやはや、手厳しい。

 間

岩政:彼女なら大丈夫ですよ。ウィルソン提督がついていらっしゃいますから。

荒人:そういう問題じゃない。

岩政:じゃあ、どういう問題ですか。

荒人:お前には関係ないだろ……。

岩政:ほぉ、なるほど。
   では速水さんや、田中さん、栄さんはどうですか?

 間

岩政:……では、棗さんや安藤さんは?
   関係ないんでしょうか。

 間

岩政:悩むのはご勝手ですが、今回の作戦指揮は私に任されております。
   ウィルソン提督との会談も終わり、やつらの襲撃を止める手はずは整いました。
   しかしながら、奴らはこの街のベースの上層部をも押さえています。
   今朝から、ベースから兵士を街に出さないように指示が出されているようですからね。
   ええ、それはもう確実に。
   ……つまり、やつらはそれだけ大きな力を持っていることになります。
   ですが、我々は今夜ーー必ずやつらの尻尾を千切り取る。

荒人:わかってるよ。だから尚更集中してんだろうが。

岩政:集中しているという言葉は、私を見てからいいなさい。

荒人:あ? ……何をーー

N:岩政は、真剣な眼差しでまっすぐと荒人を見つめていた。

岩政:これが失敗に終われば、私達は終わりです。
   レーベルを奪われ、やつらは雲隠れするでしょう。
   そして、安藤さんと棗さんは戻っては来ない。
   私は政府に拘束され、速水探偵事務所のメンバーも皆、ただではすみません。
   ことの重大さが、わかっているのは私と貴方、どちらですか?

 間

岩政:(微笑んで)仕方がありません。聞いて差し上げましょう。
   悩みを聴くのも、講師の努めです。ええ。

荒人:俺は……別に……。

岩政:話しなさい。西之宮明人くん。

荒人:……わかったよ。


 ◆◇◆


志摩:(リンゴ飴を舐めながら)んー! おいしー!
   これこれ! これ舐めないと祭りに来たって気がしないよねー!

セオドア:……よく食べるな。俺のお腹はもう、たこ焼き一つ座る席がない。

志摩:ま、若いからねー。

セオドア:それもそうだ。
     それはそうと……良かったの。
     本当に案内に付き合ってもらっちゃって。

志摩:うん! だってほら、私も来たかったしさ、お祭り。

セオドア:彼氏と、約束してたんじゃないの?

志摩:え? ええええ!?
   ……いや! 何それ、どこで聞いたの!?

セオドア:ご両親が。迎えに寄ったときにね。
     彼氏と昼間に喧嘩してたって言ってたから。

志摩:いやぁー……ははは! そういうんじゃないんだけどなぁ!
   あの人は、その……なんていうのか……友達っていうか。

セオドア:大切な友達、そうだろ。

志摩:……うん。まあ。

 間

志摩:小さい時からの、友達。

セオドア:幼馴染、か。

志摩:5年前に、その後居なくなっちゃったんだけどね。
   この間、ふらっと帰ってきたんだ。
   それで……その……。

セオドア:どうして、喧嘩しちゃったの?

志摩:……帰ってきたのは、私に会いに来たからじゃなかったんだ。
   なんていうか、仕事で? みたいな……。
   用事のついで、みたいなさ……。それで、カッとなって……。

セオドア:(笑いを堪えている)

志摩:なんで笑ってんの!?

セオドア:いや、だって……それ、嫉妬してるだけでしょ?

志摩:そうじゃないもん!
   そうじゃなくてさ……だって、その人、逃げたんだ。
   私のことだけじゃなくて、いろんなことから……。
   なのに、まだウジウジしてる。
   それが、許せなくって。

セオドア:それだけ、彼にとっては大きなことだったんじゃないか?

志摩:え?

セオドア:志摩、彼は、確かに逃げたかもしれない。
     逃げたってことは、弱い人間だったからだ。

志摩:何、いってんの……?

セオドア:あの事件の後で、ここを離れる決断をしたことは、確かに逃げだ。
     しかし、それはーー人としては正しい反応だ。
     西之宮明人は人間的である。それは喜ばしいことだろう?

 間

志摩:……セオドアさん……あなた、何者?

セオドア:志摩、僕はーー

志摩:クソッ……!

N:志摩はセオドアを突き飛ばすと、雑踏の中に駆けていった。


 ◆◇◆


岩政:なるほど……それで、護衛対象でもある彼女に追い出されてしまったと。

 間

岩政:バカですね。

荒人:……わかってるよ……。

岩政:いいえ、わかってません。

荒人:はぁ?

岩政:なぜなら、そこですごすご引き下がって、こんなところでハゲメンと2人で語らっている時点で、
   貴方はまた、逃げ出したということですから。

荒人:また、ってどういう意味だよ。

岩政:何故、あなたはここにいるのでしょうか。
   速水所長が指示したからですか? ええ。
   それなら確かに理由になります。速水所長の指示は的確ですから。
   護衛対象と関係性のある貴方なら、より近くで彼女を守ることもできる。
   もちろんその的確だった指示すらも、こうなっては人選ミスと言わざるを得ないわけですが……。

荒人:いいから、はっきり言えって……!

岩政:思うに。貴方がなぜここにいるのか。それこそが重要なのです。
   西之宮コーポレーション第3研究所倒壊事件。
   死者、94名。行方不明者、13名。
   他に類を見ない、あまりにも悲劇的な事件でした。

荒人:お前、知ってーー

岩政:ええ。知っていますよ。
   セオドア提督が話してくださいましたから。

荒人:セオドアが……? ハハ、そうか……。

 間

岩政:……あなたに一つ。アドバイスをしましょう。
   西之宮明人ーーあなたは、挨拶をしなさい。
   しっかりと、自分の過去から目をそらさず。
   今回の作戦は、あなたの帰省も兼ねているのですから。

N:岩政は耳元の無線機に手を当てると、困ったように微笑んだ。

岩政:そしてこれは……私の”相棒(バディ)”である、荒人くんにお聞きします。
   先ほど、宝屋敷志摩がウィルソン提督の元から逃げ出しました。
   ここは私一人でも大丈夫ですが……あなたはどうしますか?

N:荒人は返事もせずに林を駆け下りていった。

岩政:必ず……必ず、お守りなさい。
   ……いやはや。若いって、いいですねえ……。
   心がフサフサです。

N:岩政は帽子を被りなおすと、能力を発動した。

岩政:サポートはおまかせを。それが大人の努めですから、ええ。


 ◆◇◆


セオドア:(耳に手を当て)エドワーズ、追え。
     ”鉄靴(ヴィーザル)”も向かっているはずだ。
     彼を攻撃するなよ。他は、フォーメーションを維持。
     ……やれやれ、ここまでのお転婆だとはな。

祭り客:うわっ、すっごい美人。

N:周囲から黄色い声が上がる。
  セオドアが視線を向けると、着物に身を包んだ美しい少女が、綿あめを舐めながら歩いてくるところだった。

祭り客:モデル? いや、女優とかじゃない?

シン:あの、申し訳ありませんが、道を開けてくださるかしら。

祭り客:あ、すみません!

シン:感謝いたしますわ。

N:少女ーーシンは、セオドアとすれ違う瞬間に、足を止めた。

シン:あら。貴方様……異国の方でございますか?

セオドア:オー、ヤマトナデシコガール、ゲイシャゲイシャー。

シン:困ってしまいましたわ。こういうときはどうしたら良いのでしょう……。

セオドア:ソレハ簡単デース。
     アナータハ、ワターシ二……ご同行していただければそれでいい。

シン:まあ……情熱的な誘いかたですこと。
   ですが、よろしいんですの?
   私の他に、デートに誘っている方がいらっしゃるみたいですけれど。

N:祭り会場に悲鳴が上がった。
  無数の客達が、次々と上着を放り投げていく。
  数秒もすると、会場のいたるところに青い装束を来た信徒たちが現れていた。

セオドア:青の教団。コレだけの戦力を投入するとは、随分羽振りがいいじゃないか。

シン:そのようですわね。

セオドア:まあ、それはそれで構わん。

N:信徒が客の1人の肩を掴み、手に持った武器を振り上げた。   しかし、それよりも早く、迷彩服を着た男が信徒を無力化していく。

セオドア:……まとめて潰せて、手間が減るからな。

シン:あらあら、これはどういうことかしら?
   貴方様のお仲間、ですの?

セオドア:その通り……。テメエのケツの穴にぶち込んでやりたいって、
     いきり立ってる俺の部下たちさ。

シン:んー……聞き覚えのない単語ばかりで、なんとおっしゃっているのかはわかりませんけれど……。
   少しだけ、興奮しますわ。

セオドア:お前らァ……民間人に傷一つつけんじゃねえぞ。
     鎮圧しろォ! Let’s Rock(レッツ ロック)!

N:戦闘がーー否、祭りが始まった。

セオドア:でもって……テメエの相手はこの俺だ。

N:セオドアは瞳を見開いて、超能力を発動した。
  セオドアの人差し指がシンを捉えると、指を囲うように強靭な力場が形成され、指先から超能力の弾丸が放たれた。
  甲高い炸裂音が響いた後、シンの身体が大きく吹き飛んだ。

セオドア:おいおい、どんなマジックだ。その刀、どこに隠してやがった。

N:シンはどこからか取り出した大太刀で弾丸を受け止めていた。

シン:なんて破壊力……殺す気、ですの?

セオドア:どう思うかはテメエ次第だ。

N:シンは駆け出すと大太刀を振るう。

シン:嬉しいですわ……踊ってくださいますのね、私と。
   それでは。『青の使徒』伝馬シン……参りますわ。

セオドア:特務機関『PASS(パス)』のセオドア・ウィルソンだ。
     この街に手を出したこと、後悔するんだな。


 ◆◇◆


N:志摩は祭りの喧騒から遠く離れた通りを歩いていた。
  その後ろを、荒人が追いかける。

志摩:(早歩き)

荒人:待て!

 間

荒人:待てって! 志摩!

志摩:……何?

荒人:お前! なんで逃げたんだ!
   あの人はーー

志摩:なぁんだ。やっぱりお仲間?
   ほんっと、くだらないことばっかりするね。
   人のこと騙して楽しいわけ!?

荒人:そうじゃないって! あの人は、別だ!

志摩:どうだか! あんたの名前も知ってたみたいですけど!?

荒人:いい加減にしろ!

 間

荒人:……頼む。話、聞いてくれ。

志摩:ずっと聞いてるじゃん。

荒人:聞いてない。
   ずっとお前は、聞いてない。

志摩:じゃあ言ってみればいいじゃん。

 間

荒人:教えてくれ。

志摩:はぁ?

荒人:俺が居なくなった後、お前は、どうしてたんだ……?

宝屋敷:……明人くんがいなくなってしばらく、街は事件で持ちきりだった。
    テレビでもずっとやってたよ。西之宮第3研究所の謎、とか。
    あることないこと、ずっと。

荒人:……大変だったんじゃないのか。

宝屋敷:ううん……私のことは、テディお爺様が手を尽くしてくださったから。

荒人:ベアードさんが?

宝屋敷:うん。すごかったよ。
    あっという間に私の戸籍とか、そういうのも出来上がって。
    気がついたら宝屋敷飯店につれていかれて、お父さんとお母さんを紹介されて。

 間

宝屋敷:そうだ。明人くん……私ね、家族ができたんだよ。

荒人:会ったよ。いい人たちだった。

宝屋敷:うん。すごくいい人達。私のことも、本当の娘にしてくれたし。
    私だって、本当の両親だって思ってるよ。心から。
    毎日うるさいし、手伝いばっかりで遊ぶ暇もないけど、すごく、すごく幸せ。

 間

宝屋敷:……でもさ。
    居なくなっちゃったんだよ、一人……大切な人が。

 間

宝屋敷:荒人くん、だっけ?

荒人:……志摩。

宝屋敷:だって! 帰ってこなかったもん!
    絶対に戻ってくるっていったくせに!
    ……帰って、こなかったじゃん……。

荒人:なあ、祥子。

 間

荒人:……俺、あの日ーー


<前編>
<後編>


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