パラノーマンズ・ブギーB
『つつがなきや 前編』
作者:ススキドミノ
宝屋敷 志麻(たからやしき しま):17歳。女性。商店街のアイドルにして、宝屋敷飯店の一人娘。
荒人(あらひと):22歳。男性。速水探偵事務所、職員。里帰りした超能力者。
岩政 悟(いわまさ さとる):32歳。男性。全国指名手配犯。若ハゲ少なくない? 超能力者。
伝馬 シン(てんま しん):19歳。女性。時代錯誤の和装美女。なんか隠してない?
セオドア・ウィルソン:38歳。男性。ジャパン育ちのユーモア自慢。
田中 新一郎(たなか しんいちろう):25歳。男性。速水探偵事務所、職員。甘えん坊でも最強。
栄 友美(さかえ ゆみ):23歳。女性。速見興信所、職員。頭が冴える冴える。
壱(いち):外見年齢16歳。男性。君、何者?
志麻の父or母:ナレーションと被り役。
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
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◆◇◆
N:宝屋敷飯店(たからやしきはんてん)は『そこそこ評判のお店』である。
商店街の一角に構えるその店は、一見なんの変哲もない定食屋であったが、
普通の定食屋には置いていないであろうテラス席が奇妙な存在感を放っている。
しかし、そのテラス席こそが、宝屋敷飯店をそこそこ評判にしている理由の一つであり、
またこの商店街が特殊な環境であるということを象徴していた。
セオドア:……美味しいな。
N:テラス席に座る西洋人らしき男は、器用に箸を操りながら、焼き魚定食を口に運んでいた。
無造作に風に揺れるブロンドの髪とくたびれたような目元のせいで、一見すると頼りなく見えるが、
アロハシャツから覗く引き締まった身体が、見事なバランスで彼を魅力的に見せていた。
セオドア:あー……ごめん! 水をもらってもいいかな。
志麻の父or母(N):あいよー。志麻ー!
N:半開きになっていた店のドアが開くと、赤いエプロンをつけた少女が、水差しを片手に小走りで店から出てきた。
宝屋敷:お待たせしましたー!
セオドア:ありがとう。
宝屋敷:いいえー。
N:宝屋敷飯店の看板娘、宝屋敷志麻は、人懐っこい快活な笑顔を男に向けた。
男、セオドア・ウィルソンは志麻の顔を眩しそうに眺めた。
セオドア:シマ。今日は学校はないの?
宝屋敷:ん? ああ、ほら。前もいったじゃん。
今は夏休みだから、学校ないんだー。
セオドア:そうだったかな。
宝屋敷:ちょっとぉ、ボケるには早いんじゃないのぉ?
セオドア:ボケる……ってどういう意味?
宝屋敷:あー、そっか……えっと、ジョーク、みたいな?
もう……! セオドアさんって、日本語上手いから時々わかんなくなるよ。
セオドア:(笑う)本当は知ってる。
俺はこっちで育ったからさ。
宝屋敷:……むかつくって言葉も知ってる?
セオドア:お、いいツッコミ。
宝屋敷:まったく……。
N:ふと、通りの先で数人の男達の笑い声が聞こえる。
宝屋敷:あ、ジェームズ達かな。
セオドア:ん? ああ、海の……。
こんな時間に?
宝屋敷:いっつも早いんだよ。
他の兵隊さんはもっと後……っていっても一時間もすれば騒がしくなるだろうけど。
セオドア:そうか……彼らは、迷惑はかけてない?
宝屋敷:んー……たまに羽目外しすぎることはあるけど、
おかげで賑わってるし、みんな面白いし、私的には全然オッケー!
セオドア:(吹き出して)シマって、変わってるよね。
宝屋敷:え? そうかな。
セオドア:うん。とっても大人だ。
それとも……家族の前ではわがままなのかな?
宝屋敷:(笑って)それはどうでしょー?
……そういえばさ、セオドアさんって毎日くるよね。
こっちきて、2週間くらい? 観光だっけ。
セオドア:観光と、仕事と、半分半分かな。
宝屋敷:そっか。帰りとか、決まってるの?
セオドア:帰りは特に。
それに、こんなに美味しい料理を食べられるならーー
あ。そうだ、この魚はなんていうのかな?
宝屋敷:え? えっと……。
(店内に)ねえ! 今日の焼き魚って何ー?
志麻の父or母(N):あー? 今日はアジ!
宝屋敷:だって!
セオドア:アジ……? そうか。
宝屋敷:旬だからね。気に入ってくれたなら嬉しいけど。
セオドア:うん。いい味(アジ)だな。
宝屋敷:(吹き出して)寒いよ、それ。
セオドア:サムイ? クール?
宝屋敷:違う違う! ーーえ?
N:商店街から光が失われた。
宝屋敷:うそっ……なにっ、停電……!?
セオドア:落ち着いて、シマ。
N:セオドアの言葉と同時に、商店街に電気が戻る。
宝屋敷:うわー、びっくりしたぁ。
セオドア:ここはベースと発電所を共有している。
予備電力施設もベースが持っているから、問題はないよ。
宝屋敷:そうなんだ……。いやぁ、何かと思ったよ。
セオドア:ああ、本当にーー
N:宝屋敷飯店は『そこそこ評判のお店』である。
そしてその評判は、商店街の近くにある某国の海軍基地によって守られている。
営みは、つつがなくーー
◆◇◆
N:海を眼下に眺める丘の上であった。
岩政:いやはや、随分と派手にやらかしているようだ。
あの方はなんとも、お師匠様に似てやることが派手だな。
N:野球帽を目深にかぶった男ーー岩政悟は、愛車のカーブミラーを愛おしそうに撫でてから、帽子の唾を持ち上げた。
岩政:おかげで予定が大分狂ってしまいましたね。ええ。
え? 計画性があればハゲてない? これは失礼。
N:岩政の視線の先には、袖の長い青色の服に身を包んだ男女が立っていた。
彼らの手にはそれぞれ、長い武器のようなものが見えている。
岩政:しかしそれはあなた方も同じこと。計画を立てるのは大いに結構、ですがこうしてバレてしまっては……。
ええ、つまりはーー同じハゲの狢です。
N:岩政の瞳が光を失った。
それは人知の及ばない超常能力を扱う『超能力者』と呼ばれる者たちが、その力を振るう際に起こる現象であった。
そして、『超能力者』岩政悟の力が発現すると、青服たちは武器を取り落とし、地面に倒れ伏した。
岩政:おや、ご気分がすぐれない? これは失敬。
ーー何ッ?
N:岩政は、凄まじい殺気に飛びのいた。
岩政:ぐっ! ドロシー!
N:車のボンネットに亀裂が入った。
岩政:……なるほど! いやはや! やはり油断はいけない!
計画とはそういうものです! そうでしょう? お嬢さん!
N:岩政の声の先に、濃紺の着物に身を包んだ女がいた。
透き通るような白い肌をした整った容姿はまるで日本人形のようであったが、
その手に握られている女の身の丈ほどの長さはあるであろう大太刀(おおだち)が、少女の異常さを物語っていた。
シン:雄弁な殿方ですのね。
……ドロシーというのはそちらのお車のお名前ですか?
岩政:『車』ではなく、女性ですよ。ええ。
シン:そうなのですか、それは悪いことをいたしました。
岩政:愛しのドロシーに傷をつけられるのは度し難いですが……女性同士の争いですから。
ひとまずはキャットファイトということで大目に見ましょう。
シン:あら……お優しいのね。
岩政:私、フェミニストなもので。ええ。
申し遅れました、私、岩政悟ともうします。
お嬢さん、お名前は?
シン:ご丁寧に。私のことはシンとお呼びください。
ーーところで……何、しようとなさっているの? 岩政悟様。
岩政:(腕を振り上げ)動かないでいただきたい。
すでに、私の力場の中ですので、ええ。
シン:あら、そうですの?
岩政:……その通りです。
お嬢さんの『お仲間』が、ですがね。
あなたが動いた瞬間……彼らの命は保証できません。
シン:まぁ、それは困ったわ……。
岩政:……困ったように見えないのは私の気のせいであって欲しいですが。
シン:本当に困っておりますのよ。
異教の方に彼らをお導きされたら、私の『青』が濁ってしまいますもの。
岩政:お導き……と、きましたか。いやはや、なんとも質の悪い方々に目をつけられたものです。
シン:もちろん、あなたをここでお導きして差し上げたい気持ちもあるのですけれど。
彼らの魂には代えられませんわ。
N:シンは頬に手を当てながら、大太刀を地面に突き立てた。
硬いアスファルトを穿ち、地面に突き刺さる大太刀を見て、岩政の口から乾いた笑いが漏れた。
岩政は愛車の運転席を開ける。
岩政:それではマドモアゼルーーいえ、大和撫子さん。私はこれで失礼させていただきます。
シン:(クスリと笑って)ごきげんよう。岩政悟様。
素敵な時間をありがとうございます。
またお会いできる時を楽しみにしておりますわ。
N:岩政を乗せた車がその場を去ると、シンはゆっくりと倒れ伏したままの青服達へと歩み寄る。
シン:とても苦しそう……いったい何をされたのですか?
耳が、聴こえないのですか? そうですか、それがあの方のお力なのですね。
(微笑んで)でももう大丈夫。幸せそうなお顔をなさってください。
そう……あなた方の『青』は守られますわ。肉体を捨て、新たなる『青』へあなた方を導いて差し上げます。
醜い赤を吐き出してください。『教団』は、あなた方を見捨てはしませんわ。
N:シンは慈愛に満ちた表情で大太刀を手に取った。
雲の隙間から月が覗き、大太刀の刀身が青白く光った。
◆◇◆
N:志摩はベッドに突っ伏した。
部活動を終えた後の店の手伝いは、彼女にとってはすでに日常ではあったが、それでも疲労はたまるものだ。
枕に顔を埋めると自然とため息が口をついた。
宝屋敷:(ため息)もうこんな時間じゃん……もー……。
遊ぶ暇もないじゃんかー……夏休みだってのにさぁ……。
N:志摩は風呂上がりの湿った髪を軽く撫でて、ベットの端に座り直した。
そして、枕元に積み上がった漫画を手に取る。
宝屋敷:女子高生は、消費物……。
私は今、消費されている……。
N:漫画の中で描かれる物語を流し読みながら、再びため息がこみ上げてくる。
思えば自分も漫画のような華やかな学生生活を送ることもできるはずなのだが、彼女を取り巻く環境がそれを許さない。
故に志摩は、高校2年生の夏をただひたすらに過ごしていく。
宝屋敷:あー……やばい……着替えないと……(目を閉じる)
N:布団に仰向けに倒れ込み、瞼を閉じると、心地よい疲労感が志摩の身体を包んだ。
そしてまどろみに意識を沈めていくと、決して派手ではないが、そんな日々もそう悪くはないそう思うのであった。
しかしーー彼女が望もうと望むまいと、彼女はすでに物語の中心にいるのだった。
宝屋敷:(起き上がる)……あれ? 窓……開けたっけ……。
N:その時、志摩は部屋の隅に大きな影を見た。
大きな、大きな、影。それは人間の形をしていた。
宝屋敷:え? い、いや……! 誰!?
荒人:あ……!
宝屋敷:お父さんーー(口を塞がれる)
荒人:待て! 待て待て待てって!
宝屋敷:(口を塞がれている)んー!
荒人:頼む……! 落ち着け!
宝屋敷:(暴れている)んー! むぐー!
荒人:志摩! 俺だ! 俺!
N:志摩は乱れる呼吸をそのままに、自らの口を塞ぐ男の顔を見た。
黒い装甲に身を包んだ男ーー荒人は、困ったように頬を掻く。
志摩は、その顔をまじまじと見つめて、何かに気づいたように目を見開いた。
荒人:……いいか? 手、放すから。叫ぶなよ?
宝屋敷:(頷く)
荒人:(手を離す)
宝屋敷:(呼吸が乱れている・深呼吸)
荒人:……悪かった……その……勝手に入って……。
宝屋敷:……明人(あきひと)くん、だよね。
荒人:……ああ。
宝屋敷:どうして、ここに? なんで? だって……。行方不明だって……!
私もずっと待ってたのに……! なのに! なんでいまここに……!
荒人:お、落ち着けって。
宝屋敷:だって! そうじゃん! 意味わかんないし!
私もさーー(涙が溢れてくる)
荒人:は? おい! なんで泣いてんだ!?
宝屋敷:え? いや……! 何これ……!
えっと! 違う! うそうそ! これは……え?
なんで……止まんないの……!
とにかく! ちょっと……待って……。
話、聞くから……! あと! 窓、閉めて。
荒人:お、おう。(窓を閉める)
間
宝屋敷:(鼻を噛む)
……それで……。
あなたは、私が知ってる『西之宮 明人(にしのみや あきひと)』で間違いないんだよね?
荒人:ああ……まぁ、そうだな。
(床に座って)つっても今は、西之宮明人って名前はつかってねえけど。
宝屋敷:……え?
荒人:今は「荒人」って名乗ってる。
宝屋敷:あら、ひと……。
間
宝屋敷:なんか、雰囲気変わったもんね。
その……格好とかも、いろいろ。
荒人:(ばつが悪そうに)あのさ。
宝屋敷:何?
荒人:なんか……食い物、くんねえ?
間
宝屋敷:(ため息)……待ってて。何か持ってくるから。
荒人:悪いーー
宝屋敷:座ってて。あと! 部屋のものには触んないでよ!
荒人:お、おう!
N:志摩はドアを出ると、大きく息を吐いた。
混乱する思考とは裏腹に、その口元には笑みが浮かんでいた。
◆◇◆
N:とあるマンションの一室。
速水探偵事務所と表札の出された部屋には、ダンボールが散乱している。
そんなダンボールの中心で、栄友美は机の上を整理していた。
栄:(ため息)
田中:ユミちゃーん。どったの?
N:来客用のソファの上で足を投げ出していた田中新一郎は、
持っていた携帯ゲーム機を膝の上に置いた。
栄:どうして、私が……?
田中:え? だってユミちゃんが手伝いたいって。
栄:違います! どうして、私だけが片付けてるのかって話です!
田中:いや、俺は怪我してるし……。
栄:違いますー! どうして、速水さんはここにいないのかって話ですー!
田中:あー、それは……まあ。
栄:(ため息)まあ、速水さんが忙しいのはわかってますけど。
この部屋の持ち主がいないのに、3日で部屋を引き揚げろって……無理がありますよね。
田中:でも俺は。久しぶりにユミちゃんと2人きりでゆっくりできて嬉しいんだけどね。
栄:ダーメ。触らないで。……怪我して帰ってきた人にはおしおきです。
田中:はいはい……。
間
栄:そういえば……どうでしたか? 「彼ら」の戦力は。
田中:あーそうだな……数が多い。
栄:報告書は読みました。
……超能力者6名を含む594名の敵構成員との戦闘なんて、無茶にもほどがあります。
あなたはゲームのキャラクターじゃないんですよ?
田中:あんなに詰めてるとは思わなかったんだよ。
栄:情報戦こそが戦闘の大部分を占めるんです!
独断で突っ込む兵士なんて、どれだけ強くても、私はいりません。
田中:……悪かったよ。本当に。
反省してる。
栄:もう散々怒りましたし、そのことは……もういいです。
……それで、新一郎くんの目からみて、彼らはどうですか。
間
田中:ネジがぶっ飛んでる。
超能力者でもねえ、ただの人間が、本気で俺を殺そうとかかってきやがった。
戦闘の訓練を受けてないやつだって躊躇しねえ。
……ゾッとしたぜ。
栄:一種の洗脳……? 能力の一種でしょうか。
田中:九州支部を潰したあと、その辺の情報を探ろうとしてたんだけどね。
……そっちのほうは逆に潰された。凄まじい速さだった。
こと純粋な戦闘能力でいえば、脅威は数による力押しくらいだろうがーー
あいつらを潰すためには、頭を見つけるしかない。
……とどのつまり、今のところ俺らだけじゃ無理だな。
栄:そう、ですか。
田中:それに、クッパ城にはピーチ姫がいる。それも2人もな。
救出作戦となれば、ただ潰すのより何倍も力がいる。
なんつーかーー思ってた以上に難易度が高いクエストだぜ。
栄:ゲームじゃないって、いいましたよね。
田中:最近ゲームしかやることないんだから、仕方ないでしょうに。
間
田中:あいつらのことは、ユミちゃんのせいじゃない。
間
栄:ええ。
田中:わかってるか、ちゃんと。
栄:わかってます。
田中:超能力者の初期衝動は、ある種の覚醒だ。
麗奈は自らの能力に、飲み込まれる寸前だった。
仮に彼女を狙う勢力が複数あったとしても、
麗奈を救い出すには無理やり力を抑えこむしかない。
ユミちゃんの作戦は、棗も含めた、俺達全員の総意だ。
栄:ーーだから! わかってますって!
間
田中:じゃあ、そんなに焦んな。ダサいぞ、今。
間
栄:必ず……2人は取り戻してみせます。
田中:(ため息)それだけわかってりゃ大丈夫だ。
力、抜けよ。タイムリミットまではまだあるんだ。そんな顔すんな。
栄:うん……あと2ヶ月だ。
田中:朔の計算によればな。
どういう計算してんだか俺にはさっぱりだが。
『まだ』2ヶ月あるんだもんなぁ。
栄:……そうですね。
よーし! みんな頑張ってるだもん、私もできることをやらなくちゃ。
田中:おーい、こっちにもユミちゃんに助けて欲しい人がいるよー。
栄:ダメ。それとこれとは話が違うから。
田中:いけずぅー。
N:田中の携帯電話が軽く振動する。
田中:あん……? なんだ、岩政か。
栄:岩政さん? なんですって?
田中:……愛車に穴が空いたって。
栄:あの岩政さんが、ドロシーに傷を負わせた……!
相手は相当の……ひょっとして二つ名持ちのーー
田中:(笑いを堪えている)
栄:ちょっと……新一郎くん!
田中:(笑いながら)いやぁ、悪い悪い。
でも見ろよこの文面。いつも変な絵文字ばっか使うくせして、こりゃ相当へこんでるな。
栄:それはそうだよ。だって、ドロシーは岩政さんのーー
あれ? ドロシーって、岩政さんのなんの立ち位置なんだろう……。
恋人……?
田中:(微笑んで)まあ、あいつらなら、問題ないだろ。
栄:……私も、そう思います、けど。
田中:つーか。問題があったら困るっつーの……。
間
栄:新一郎くん?
田中:弟子がヘマすりゃ、師匠たる俺の責任だろ!
ったく……半人前のくせして、俺が帰るまで待てなかったのかね。
栄:(微笑んで)スネないスネない。
田中:別に俺はーー
栄:荒人くんにとっては、半分里帰りのようなものなんだし。
岩政さんも着いているんだから。
……私は力を抜いて、できることをする。
そして、あなたの仕事は、怪我を治すこと。いいですか?
間
田中:……ユミちゃん、チューして。
栄:あと、すぐに甘えないこと。
田中:全然楽しくない。
栄:楽しくなくてもーーちょっと待って。
間
田中:……どうした?
栄:新一郎くん!
岩政さんのメール、もう一回見せてもらってもいいですか?
田中:あ、ああ。
栄;(携帯の画面を見つめて)
……やっぱり、違う。
田中:は? 何が違うんだよ。
栄:新一郎くん。……ゆっくりするのはお預けかもしれません。
◆◇◆
N:翌日。志摩は落ち着きのない様子で食器を運んでいた。
時折、気にした様子で2階の部屋に目をやっている。
そんな志摩の姿を、セオドアが目を細めて見つめていた。
セオドア:どうかしたの?
宝屋敷:え?
セオドア:気になることがあるようだけど。
宝屋敷:あ。いやぁ! なんていうか……ね。
セオドア:……そうだ。シマ。
おやすみはあるかな。
宝屋敷:へ?
セオドア:(笑う)明日、何も予定がなければ、僕と出かけないか。
宝屋敷:うそ。……セオドアさんってば、もしかして、口説いてる?
セオドア:どうかな?
宝屋敷:んー。ちなみに、どこ行くの?
セオドア:実は、お祭りに行ってみたくて。
宝屋敷:あぁ! そっかそっか、猪前(いのまえ)神社のお祭り、明日だもんね。
セオドア:予定があるなら構わないけど。
宝屋敷:えっと……うん、約束はまだちょっとできないんだけど……。
セオドア:そうか、じゃあ3時頃、迎えに来る。
……ごちそうさま。お代はここに。
宝屋敷:え……? あー! またこれ! チップっていうの?
うちではやってないって言ってるのに……。
セオドア:いいじゃないか。ご両親には内緒にしておけば。
それにーーお客さんが待っているからさ。
宝屋敷:もう……あ、いらっしゃいませー!
N:2人は眼前に立つ男ーー岩政に目をやった。
岩政:いやはや、お気遣い痛み入ります。
私は店内でもよかったのですが。
セオドア:いや、せっかくだから外で食べるといいよ。
せっかく来たんだからね。他の街じゃあまりないし。
岩政:……いい街ですね、ここは。
潮風で髪がベタつくのがハゲに傷ですが。
宝屋敷:ハ……?
岩政:いえいえ、お気になさらず。
それより、お嬢さん。メニューとそれと……灰皿をいただいても?
宝屋敷:あ、はい。今持ってきますね。
N:志摩は小走りで店の中へと戻った。
岩政はその後ろ姿を見送った後、ゆっくりとセオドアに目を向けた。
岩政:……お初にお目にかかります。
ミスター。
セオドア:あまり時間がないんだ。
今日は見たいテレビがあるから。
岩政:……普段ならばジョークの一つも返したいところですが、あいにく私も急いておりまして、ええ。
N:岩政はジャケットをめくる。
Tシャツにじわりと滲む赤ーー岩政の身体には裂傷が刻まれていた。
岩政:厄介な連中に追われているもので。
セオドア:(笑って)それは……日本政府のことかな。
岩政:いえいえ、そちらはあまり大したことでは。
セオドア:ジョークか? いける口だな。
……では簡単な質問を一つ。
停電を利用し、我々の壁(ウォール)を突破した命知らずは、”鉄靴(ヴィーザル)”で間違いないか。
岩政:ご明察でございます。
セオドア:うん。いいだろう。君の番だ。
N:岩政は帽子を脱ぐと、恭しくこうべを垂れた。
岩政:テッド・ウィルソン特務提督……。
セオドア:そのニックネームは嫌いなんだ。祖父を思い出すからね。
セオドアで頼むよ。国家指名手配中の超能力者、岩政悟くん。
岩政:……あなた方が所有する”超常的物品(アンノウン)”
“Label(レーベル)”についてお話ししたく。
N:その言葉を聞くや否や、セオドアはゾッとするほどの冷たい眼差しで岩政を睨みつけた。
セオドア:自分が何をいっているのか、理解して喋っているんだろうな。
岩政:……はい。
間
セオドア:……場所を変えよう。
N:中華飯店のドアが開く。
宝屋敷:あのー……お待たせして、すみません……! 灰皿なんですけど……。
料理を頼む前に、その……タバコは吸うなって、お父さんが。
ごめんなさい!
岩政:いえいえ。お気になさらず。
宝屋敷:本当、待たせたのにーーって、あれ? セオドアさん、まだいたの?
セオドア:ああ。実は、こちらの方と意気投合してね。
これから少しばかり案内を、と。
宝屋敷:えー! お客さんとらないでよー!
岩政:また、来させていただきますよ。
お嬢さん。
宝屋敷:絶対ですよ! あ……タバコは吸えないかもしれないけど……。
岩政:いやいや、お気になさらず。
実のところ私、これを機に禁煙しようかと……ええ。
宝屋敷:へ?
◆◇◆
シン:(鼻歌)んーんーんー……。
N:小高い山の上に建てられた展望台で、シンは楽しげにスキップをしていた。
シン:(鼻歌)んーんーんー……。
N:シンが振り返ると、そこには1人の少年が佇んでいた。
シン:……あら?
壱:あ……。ごめんなさい……邪魔でしたか。
シン:そのようなことはございませんわ。
少し、恥ずかしい気持ちはございますけれど。
壱:……いえ……そんな……。
間
シン:この街には、いい風が吹きますわ。
壱:……そうですか。
間
壱:潮風のせい……かも。知れないですね。
シン:でも、人の心までそうとは限りませんのね。
壱:え?
シン:猪上(いのうえ)展望台。西之宮コーポレーション第3研究所、跡地。
この街に来る機会があれば是非来てみたいと思っていましたの。
壱:……どうしてですか。
シン:いい匂いが、しそうだと思ったので。
間
シン:(笑って)思った通り。
ここにはたくさんの悲劇と血の匂いがしますわ。
吹き込む風では飛ばしきれない匂いが、ベッタリと。
壱:そう、ですね。
シン:貴方様も、観にいらしたんでしょう?
壱:……僕はなんというか。
間
壱:僕は……会えるかなって。
シン:どなたか、この事故に巻き込まれたのですか?
壱:……そんな、単純なものではないけれどね。
シン:私、匂いには敏感ですの。
壱:……そうみたいですね。
シン:……貴方様からは……ここと、同じ匂いがしますわ。
ーーここにこびりついた、”死”の匂いがします。
間
壱:やめたほうがいいです。
シン:何をです?
壱:僕を……その。どういうつもりか、知らないですけど……その。
……僕とは、戦わないほうがいいです。
間
シン:あら……バレてしまいました……。
どうしても気になってしまいまして……。
でも……どうして避けますの? そんなに血の匂いを漂わせておりますのに。
壱:……好きじゃないんだ。殺すのは。
シン:私だって好きというわけではーー
壱:だろうね。
N:少年は、冷たい瞳でシンを見つめた。
壱:あなたもまだ……死にたく、ないでしょ?
間
壱:貴女も……血の匂いがひどい……。
きっと、何か目的があるんだろう……けど。
明日の……お祭りには……来ないほうがいい……です。
それじゃ……さようなら……。
N:そして、少年は歩き去った。
シン:ふ、ふふふふふふ……。
アハハハハハハハハ!
間
シン:おもしろぉい……。
<中編>
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