特に理由は無い
作者:たかはら たいし



ヤマナシ♂♀:あなた

エガオ♂:終始、笑顔の男性

レイ♀:終始、無感情の女性


※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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明転

舞台上の中央。
パイプ椅子に座っているヤマナシ。
暗い面持ちを浮かべ、覇気の無い声でボソボソと話し始める。

ヤマナシ「(観客に向かって)・・・皆さん、はじめまして」



ヤマナシ「本日はお忙しいところお越し下さり、誠にありがとうございます・・・・」



ヤマナシ「今日は・・・、短い間ではございますが、お時間の許す限り・・・、お付き合いの程、宜しくお願い致します・・・・」

椅子に座りながら、ヤマナシが観客へ一礼する。

ヤマナシ「・・・それでは、はじめていきたいと思います。
たかはら たいし作、特に理由は無い。これより、上演を開始します・・・・・」

沈黙

ヤマナシ「私、は・・・・・・わた、・・・私は・・・・・」

程無くしてヤマナシが咽び泣き始める。

ヤマナシ「・・・・あの・・・・ごめんなさい・・・・、実は・・・、皆さん・・・・私は・・・・、
私はですね・・・・その・・・・、・・・ダメだ・・・、やっぱり、無理だよ・・・私には・・・無理なんだ・・・」

再度、咽び泣き始めるヤマナシ。

レイ「(舞台袖から)ヤマナシさん、そのまま続けて下さい」

ヤマナシ「・・・違う・・・・私は・・・・違うんだ・・・・・」

レイ「(舞台袖から)ヤマナシさん。冒頭の台詞を読んで下さい」

ヤマナシ「・・・・違うよ・・・・・私は・・・・ヤマナシなんかじゃ・・・・・違うのに・・・・」

両手で顔を覆い泣き始めるヤマナシ。

レイ「(舞台袖からヤマナシ役を演じている方の名前をさん付けで呼んで下さい)、早く、続けて下さい」

ヤマナシ「(レイの台詞を遮って)皆さん・・・!!たすけ・・・助けて下さい・・・・!!」

レイ「(舞台袖からヤマナシ役を演じている方の名前をさん付けで呼んで下さい)」

ヤマナシ「わたし・・・!!こんな台本やりたくないんです!!
お願いです・・・!!誰か・・・、誰か助けて下さい!!お願いします!!」

観客に向かって、助けて下さい、お願いしますを連呼するヤマナシ。
舞台袖から笑顔を浮かべたエガオが舞台上に登場する。

エガオ「おやおやおやおや、ヤマナシさん、どうなさいました?」

ヤマナシ「あ・・・、あっ・・・、すみません・・・・、
私には、やっぱり無理です・・・・、無理だったんです・・・・・」

再び泣き始めるヤマナシ。
ヤマナシの背中を優しく撫でるエガオ。

ヤマナシ「(泣きながら)・・・・やっぱり、やっぱり酷いですよ。
私がなんで・・・・、こんな事しないといけないんですか?
別に、他の方でも良かったじゃないですか・・・、なんで私じゃないとダメなんですか?
つらい・・・、今、私、本当につらくてたまりません。
この場にいる事も、この場でこんな事を喋っている事も、つらくて、辛くてたまらないんです。
お願いです・・・、後生ですから・・・・許してください・・・・、お願いします・・・お願いします・・・・」

※エガオ役の方は上記台詞中、「はい」や「ええ」の相槌を入れて下さい。

レイ「(舞台袖からヤマナシ役を演じている方の名前をさん付けで呼んで出てくる)」

エガオ「ああ、レイさん。ちょっとだけ、お時間をヤマナシさんに。
(観客の方へ向き直り)お集まりいただいた皆さん、大変申し訳ございません。
私どもに、少しばかりのお時間を与えていただきますよう、お願い申し上げます。
しばらくの間、このままお待ち下さいませ」

観客へ一礼し、ヤマナシの背中を優しく撫でるエガオ。

エガオ「ちょっと深呼吸して落ち着きしょう」

呼吸を整える為、深呼吸し始めるヤマナシ。

エガオ「はい、吸って、吐いてください。はい、ひぃ、ひぃ、ふぅ」

ヤマナシ「ひぃひぃふぅ、ひぃひぃふぅ、ひぃひぃふぅ」

エガオ「ゆっくり、ゆっくりで構いませんから。はい、ひぃ、ひぃ、ふぅ」

ヤマナシ「ひぃ、ひぃ、ふぅ」

エガオ「ひぃ、ひぃ、ふぅ」

ヤマナシ「そうです。その調子です。私、ここにいますから。大丈夫です、大丈夫ですよ、ヤマナシさん」

ヤマナシ「(呼吸を整えながら)ひぃ、ひぃ・・・わた、私・・・・
ヤマナシじゃ・・・・ヤマナシなんて名前じゃありません・・・・」

エガオ「ああ、大変失礼しました。
(ヤマナシ役の方の名前をさん付けで呼んで)一度、舞台の袖で落ち着きましょう」

ヤマナシ「ごめんなさい・・・、本当にごめんなさい・・・・・」

エガオがヤマナシを連れて、舞台袖に消える。
その様子を横目で見送ると、レイが舞台の中央へ立ち一礼する。

レイ「えー、遅ればせながら、本日はたかはら たいし作
「特に理由は無い」をご覧になられている観客の皆さま」
※声劇等のネット媒体で上演される場合、
 上記台詞の“ご覧になられている観客の皆さま”の部分を、
“お聴きになられているリスナーの皆さま”に訂正して下さい。

レイ「この台本のタイトルをご覧になられた皆さまは、
既にお察しの事だとは思いますが、現在上演しておりますこちらの台本は、
タイトルの通り、物語や登場人物である我々、その他全てに於きまして、何の意味や理由もございません。
この物語の解釈を行っていただく事は皆様の任意となりますが、
残念ながら、この物語に関して、解釈の余地は微塵にもございません。
何故ならば、何の意味も理由も無いからです。その為、演じ手であります我々キャスト一同も、
本日お集まりいただいた皆さま方に関しましても、今この場が何の意味も無く、何の生産性も無い。
ただ悪戯に、無駄に時間を浪費するだけの場である事を、改めてご認識いただきますようお願い申し上げます」

観客へレイが再度一礼し終わると同時に、舞台袖からエガオが戻ってくる。

レイ「(ヤマナシ役の方の名前をさん付けで)の様子はどうですか?」

エガオ「ええ。ようやく落ち着いてきたところです」

レイ「困ったものですね」

エガオ「仕方無いですよ。だって、この台本、レイさんが今おっしゃっていた通りなんですから」

レイ「この台本を書かれたあなたがそれを言っては身も蓋も無いでしょう」

エガオ「(レイの台詞を遮って)ストップ、一旦ストップですレイさん」

レイ「なんですか?何か問題でもありましたか?」

エガオ「(レイに小声で)いや、その。
今みたいな発言をされますと、他の役者さんが私の役を演じられる時に、
“えっ?このキャラクターって、この台本の作者本人なのォ?”って勘ぐってしまうでしょ?」

レイ「こんな台本上演しなきゃいいじゃないですか」

エガオ「(レイに小声で)そう言わないで下さいよ。
出来うる事ならば、なるべく多くの役者様に、このエガオという役を演じていただく上で、
どなたが演じても問題が無いように、そういう発言は無しの方向性で、どうかお願いします」

レイ「そんな物好きがいればの話ですけどね。でも、わかりました」

エガオ「わかっていただけましたか。ありがとうございます」

レイ「では、エガオさん。ヤマナシさんのご準備が整い次第、再開という事でよろしいですか?」

エガオ「ええ。再開しましょう。時間も大分推してますので」

レイ「そうですね。私も早くここから解放されたいと心底思ってます」

エガオ「これは手厳しい。書いた身としては非常に傷付く一言ですね」

レイ「おや?ご自身で今そういう発言は無しって言ってませんでした?」

エガオ「おっと。そうでした」

レイ「まったく。なんでこんな中身もへったくれも無いものをわざわざ書いたんだか・・・」

エガオ「おお。中身もへったくれも無いって、なんだか演劇っぽい感じがして良いですね」

レイ「そうですか?」

エガオ「そうですよ。中身の無い何々って普段言うかもしれませんけど、
中身もへったくれも無い何々とは言わないでしょう。でも、いいですね、お芝居チックで」

レイ「よくわかりませんけど、良かったなら何よりです。・・・しかし、まだですか?ヤマナシさんは?」

エガオ「(舞台袖にいるヤマナシの様子を覗き込む)
お、何故だかわかりませんが、ヒンズースクワットしてますね・・・」

レイ「(舞台袖にいるヤマナシの様子を覗き込む)あ、ほんとですね。
でも悲しい事に、お集まりの皆さんには、全然伝わりませんけど」

エガオ「準備運動してるんではないでしょうか。もうすぐでお戻りになられるんじゃないかと」

レイ「そうですか。それはよかったです。しかし、早く終わりませんかね」

エガオ「あ、(レイ役の方の名前をさん付けで呼んで下さい)このあと何かご用事でも?」

レイ「役者本人の名前でプライベートな質問をしないで下さいませんか?」

エガオ「これは失敬」

レイ「まぁ、特に用事はありませんけど。中々、辛いんですよ。終始、感情を込めずにこうして台詞を言うのは」

エガオ「そうなんですか?」

レイ「台本のキャラクター紹介に、終始、無感情の女性と書かれていますから仕方が無いんですけどね」

エガオ「大変そうですね」

溜め息をつくレイ。

レイ「ちょっと限界なので。エガオさん、そしてご来場の皆様、ちょっと失礼をば」

レイ役の方は何か好きな言葉を叫んでください。

レイ「(再び無感情で)はぁ、すっきりした」

エガオ「大丈夫ですか?」

レイ「はい。ありがとうございます。というか、このレイってキャラクター。
この台本に於いての存在意義ってあるんですか?無感情にした意味とか」

エガオ「えっ・・・、そんなのありませんよ。なんとなくですよ、なんとなく」

レイ「聞いた私がバカでした。それなら名前も女1とかで良かったんじゃないですか?」

エガオ「ああー、いや、名前に関してはですね。無感情の無、つまりゼロにかけてレイに名前にしたんですよ」

レイ「へえ」

エガオ「ああ、あとヱヴァンゲリヲン知ってますか?」

レイ「はい」

エガオ「あれの綾波レイにもかかってたりします。無感情でしょ?あのキャラクターも」

レイ「ここまで無感情じゃないと思いますけど、そうだったんですね」

エガオ「そうなんです。ちなみに私のキャラクターは終始、笑顔だからエガオって名前にしました」

レイ「安直ですね」

エガオ「いやー、なんとなくですけどね、なんとなく。
あ、どうでもいい裏設定なんですけど、エガオのオは夫(おっと)って漢字です」

レイ「本当にどうでもいいですね」

エガオ「でしょ?あ、ちなみにヤマナシさんの名前に関しては、なんでヤマナシなのかっていうと」

エガオの台詞中に、舞台袖から苛立った様子のヤマナシが舞台に戻ってくる。

エガオ「おお、噂をすればヤマナシさん。おかえりなさい」

レイ「大丈夫ですか?舞台袖で休んで元気になりましたか?」

ヤマナシ「舞台袖ってなんですか?」

エガオ「舞台の袖の事ですよ、ヤマナシさん」

ヤマナシ「そんな事言ってるんじゃありません!!」

レイ「もしかして、もしかしなくても、(小声でエガオに)怒ってませんか?」

エガオ「(小声でレイに)ええ、何だか怒ってますね。あ、ヤマナシさん。
ご準備が出来たなら再開しようと思うので、このパイプ椅子にまた座ってもらえますか?」

ヤマナシ「パイプ椅子ってなんですか?」

レイ「パイプで出来た椅子の事ですよ、ヤマナシさん。そんな事もわからないんですか?」

ヤマナシ「だから!!私はそんな事を言ってるんじゃない!!」

エガオ「えっ、ヤマナシさん、どうかされましたか?」

ヤマナシ「舞台袖で黙って聞いていれば何なんだ!!アンタ達は!!」

レイ「何なんだ、とは。どういう事でしょう?」

ヤマナシ「自覚が無いんですか!?私たち主演以外のお客様がいる中で数々のメタ発言!!
もう一回聞きますよ!!いま、この物語に於いての舞台袖って、パイプ椅子ってなんなんですか!?」

エガオ「ヤマナシさん、落ち着いて下さい。先ずはとりあえず一回座りましょう」

ヤマナシ「どこへ座るというんですか!!私には見えませんよ!!パイプ椅子なんて!!」

レイ「私達には見えますけど」

エガオ「ええ、パイプ椅子ならヤマナシさんの目の前に」

ヤマナシ「じゃあ、今これをご覧になられている方々に聞きます!!パイプ椅子が見える方は手を挙げて下さい!!」
※声劇等のネット媒体で上演される場合、
 上記台詞の“今これをご覧になられている方々”の部分を、
“今これをお聴きになられているリスナーの方々”に訂正して下さい。



レイ「・・・ヤマナシさん、そんな事を聞いても無駄です」

エガオ「ヤマナシさん、お気持ちはわかりますがレイさんの言う通りです」

ヤマナシ「何故ですか!?」

レイ「だって、」

エガオ「この台本はタイトルの通り、特に理由は無いのです。演じる理由も無ければ、ご覧になられる理由も無い」

※声劇等のネット媒体で上演される場合、
 上記台詞の“ご覧になられる理由も無い”の部分を、
“お聴きになられる理由も無い”に訂正して下さい。

レイ「パイプ椅子があろうが無かろうが、そこに理由はありませんし。
私達が劇中にメタ発言を幾らしようが、私達が怒られる理由も特に無いんです」

エガオ「そもそも台本に書いてある舞台袖とかパイプ椅子とか、
それ以外のト書きに関しても、あろうが無かろうが別にいいんですけどね」

レイ「そうです。何故ならば、タイトルの通り、特に理由は無いんですから」

ヤマナシ「だからですよ!!だから私は嫌だと言ったんです!!
こんな台本を演じて、無駄な時間を消費するのは嫌だって!!
私は嫌だって冒頭からずっと言っていたのに!!
それなのに・・・、私が怒る事を予想してああいう話をしていたんでしょう!?
汚いですよ、アナタ方は!!特に笑顔を浮かべている方のアナタ!!」

エガオ「は、はい」

ヤマナシ役の方はエガオの役の方にアドリブで暴言を吐き散らして下さい。

エガオ「(暴言を吐かれながらレイに小声で)うっわ、酷い言われようなんだけど」

レイ「(エガオに小声で)いや当然の事だと思います。私がヤマナシ役ならアナタの胸倉を掴んでキレます」

エガオ「(レイに小声で)えっ、マジで?」

レイ「(エガオに小声で)何か固い鈍器を用いて暴行を加えますね」

ヤマナシ「そこ!!上演中にヒソヒソ喋るのやめて下さい!!」

レイ「上演中にキレ散らかすのも如何なものかと思いますが」

ヤマナシ「確かに。あっ、でも別にいいんじゃない?そういう台本なんだしさ」



ヤマナシ「・・・ん?今、私が言った台詞って、私の台詞ですか?」

エガオ「え?」

ヤマナシ「いや、私が別にいいんじゃない?って言うのおかしくありませんか?」

レイ「言われてみればそうですね」

エガオ「確かに。ちょっと台本を見てみましょう」

この台本を見返す3人。

ヤマナシ「ほら、ここ。“確かに。あっ、でも別にいいんじゃない?そういう台本なんだしさ”って台詞。
私の台詞になってますよ。」

エガオ「あ。ほんとだ。ここ、俺の台詞だわー。いっけねぇ〜、台本書いてる時に見落としてたー」

レイ「もうエガオさんったら、うっかりさんなんですから」

エガオ「うっかりうっかりー」

ヤマナシ「ふざけないで下さい!!何やってるんですか!?
ちゃんとこういうところは直しておくべきじゃないんですか!!」

エガオ「ごめんごめん。あ、ほら、でもこんな台本だし別にいいっしょー」

ヤマナシ「何言ってるんですか!!真面目にやって下さい!!お越しになられた方々に失礼だと思わないんですか!?」

レイ「失礼も何も、皆さんそんな事とっくに知ってますよ」

ヤマナシ「知ってたとしても限度ってものがあるでしょう!!」

エガオ「いやー、でも、そういう台本だからねー、これ」

ヤマナシ「だからそういう発言やめてください!!」

レイ「でも、この台本は、そういう台本ですから」

溜め息をつくヤマナシ。

ヤマナシ「(呆れた様子で愚痴る)だから、だから言ったんだよ。こんな台本やりたくないって。
ああー、もう苦痛で仕方が無い。なんで私がこんな事やらなくちゃいけないんだ全く・・・・」

エガオ「えっ、じゃあさ。そこまで言うならさ。もうここで中断しちゃおうか、この芝居」

ヤマナシ「は?」

エガオ「いや、そんなにやりたくないなら、別にもうここで終わってもいいんじゃない?」

ヤマナシ「あなた、自分の言ってる事わかってます?
しかもなんで今この場で、そんな失礼な事を笑顔で言えるんですか・・・?」

エガオ「いや、ほら。台本上さ。一応そういうキャラクターだからさ」

ヤマナシ「笑顔じゃなかったとしても、今の発言は来ていただいた皆さんに失礼過ぎますよ!!」

エガオ「えー?でもさ、ヤマナシさんもうやりたくないんでしょ?ここで終わっとく?」

レイ「終わってほしいって言ってもらえると非常に助かりますね、個人的に」

ヤマナシ「だから、どうしてそんな失礼な事が言えるんだよ!!」

レイ「さっき台詞言ってるの、舞台袖で聞いてませんでした?つらいんですよ、終始無感情で台詞言うの」

ヤマナシ「違う!!私は(レイ役の方の名前をさん付けで)あなた個人に聞いてるんだ!!」

レイ「(ヤマナシ役の方をさん付けで呼んで下さい)
お気持ちはわかりますが、その質問に関しては、役を演じている私個人の言葉でお答えする事は出来かねます」

エガオ「ほら、あれだよ、あれ。人によって最低限の建前とか体裁ってのは違うでしょ」

ヤマナシ「こんな物を上演しておいて、上演中にあんな失礼な発言を堂々としておいて体裁もクソもありませんよ」

エガオ「まぁ、でもほら。一応、今まだ上演中でしょ。ヤマナシさんが終わりって言ってないし」

レイ「そうですよ、ヤマナシさん。まだ上演中です。
それに、私達を否定する前に、ご自身の発言を省みては如何ですか?」

エガオ「そうだよ。ヤマナシさんだってお客さんを前にキレてんじゃん」

ヤマナシ「わかりました!!じゃあハッキリさせましょう!!
(観客へ)皆さん、私とこの二人、今この場に於いてどちらが悪いと思います?」

レイ「まぁ、そんな事を皆さんに聞いても無駄なんですけどね」

エガオ「そうそう。今いる人達も、流石にもう空気読めてるって」

レイ「ぶっちゃげお越しの皆さんも、特にする事も無いからこんなとこに来てるんじゃないですか」

エガオ「暇なのかな?」

レイ「暇なんでしょうね」

エガオ「あ、ねぇねぇ。じゃあもういっそさ。この台本の残りの台詞。来てる皆さんに読んでもらおうか?」

レイ「それはいい考えですね」

ヤマナシ「もう無茶苦茶だ・・・、こんなのありえない・・・」

エガオ「いや、そもそも。こんなありえない台本見に来る人達もありえないよね」
※声劇等のネット媒体で上演される場合、
 上記台詞の“こんなありえない台本見に来る人達”の部分を
“こんなありえない台本聞きに来る人達”に訂正して下さい。

レイ「その通りだと思います。物好きにも程がありますよね」

ヤマナシ「皆さん、今の聞きました?今のお客さまへの暴言ですよ暴言!!
皆さんからもこの二人に、ガツンと言ってやって下さい!!ガツンと!!」

沈黙

ヤマナシ「皆さん・・・・・今の言葉に、反論されないんですか・・・?」

沈黙

ヤマナシが大きくため息を付く。

ヤマナシ「あの、皆さんすみません。失礼を承知で皆さんに一つ言わせて下さい。
皆さんは何故、今こんな事にお時間を割いていらっしゃるんですか?
他にもっとあったでしょう?素晴らしい作品は世間に腐るほどあるでしょう!!
なんでまたこんな中身もクソも無いものに時間を使ってるんですか?
言わせてもらいますけどね!!あなた達、そういう事もっと考えて時間使った方がいいんじゃないですか!?」

エガオ「面白いね〜」

レイ「そうですね」

ヤマナシ「どこかですか!?面白くもなんともないですよ!!」

エガオ「いや、面白いよね?」

レイ「ええ」

ヤマナシ「こんな理由もクソも無いすっからかんな台本の何処が面白いっていうんですか!?」

エガオ「いや、だからこそじゃない?」

レイ「そうですね。こんな事、普通は上演中起きませんよね」

エガオ「君、普段からそうやって上演中にキレ散らかしてるの?」

ヤマナシ「そんなわけないでしょ。ありえませんよ」

エガオ「えっ、じゃあ今みたく上演中、お客さんに説教したことある?」

ヤマナシ「あるわけないでしょ」

エガオ「ふーん。でも、正直さ。今ちょっとだけ、スカっとしたでしょ?」

ヤマナシ「してませんよ。悪い意味で新鮮ではありましたけどね」

エガオ「ああ、そう。新鮮だったんだ」

ヤマナシ「ええ。とっても悪い意味で!!」

エガオ「でもさ、ぶっちゃげさ、ちょっと楽しそうだったけど」

レイ「感情豊かな役で羨ましい限りです。私も今すぐキレ散らかしたい」

エガオ「ふーん。・・・え、もしかして俺に?」

レイ「勿論」

エガオ「えっ、マジ?」

レイ「今すぐ羽交い締めにしてやりたい」

ヤマナシ「私もです」

エガオ「マジか。じゃあ、レイさんは目がとても怖いから・・・ヤマナシさん」

ヤマナシ「なんですか?」

エガオ「いや、ちょっと羽交い締めにしてくれる?」

ヤマナシ「は?」

エガオ「いや、俺のこと羽交い締めにしてみてよ」

ヤマナシ「何言ってるんですか?上演中ですよ」

エガオ「いいからいいから。上演開始から俺に抱いてる恨みをぶつけてみ?」

力いっぱいエガオを羽交い締めにするヤマナシ。
笑顔を浮かべながらもがき苦しむエガオ。

ヤマナシ「親の仇ー!!私の仇ー!!なんでこんなもの書いて人にやらせたんだー!!」

エガオ「ギブ!!ギブ!!ギブ!!ギブアップ!!」

レイ「エガオさん、笑顔を浮かべたまま言ってるから説得力に欠けますよ」

ヤマナシ「うわーん!!ばかー!!あと、それからそれから、ばかー!!」

エガオ「死んじゃう!!死んじゃう!!本当に死んじゃうって!!」

ヤマナシ「死ねー!!」

レイ「ヤマナシさん、ヤマナシさん。警察沙汰になるのは流石に不味いので、その辺りで・・・」

惜しい様子で羽交い締めを解くヤマナシ。

エガオ「はぁ・・・はぁ・・・・、危なかった・・・・・」

レイ「良かったですね。生きてて。この芝居が終わったら後で私にもかけさせて下さい」

エガオ「いや、レイさんはちょっと勘弁してよ」

レイ「しかし、エガオさんを羽交い締めにしているヤマナシさん、どことなく嬉しそうでしたね」

ヤマナシ「当たり前ですよ」

レイ「上演中、ですけどね」

ヤマナシ「あ・・・、(観客へ)皆さん、お見苦しいところをお見せし、大変申し訳ございませんでした」

エガオ「別に、楽しかったならそれでいいじゃん」

ヤマナシ「いや、そういうわけにはいかないでしょう」

エガオ「でも、今楽しかったでしょ?」

ヤマナシ「それは、まぁ・・・」

エガオ「でしょ?だからつまりは、そういう事なんだな」

ヤマナシ「え、どういう事ですか?」

エガオ「だから、そういう事よ」

レイ「ああ、なるほど。そういう事でしたか」

エガオ「そうそう。そういう事」

レイ「そういう事だったんですね。納得です」

ヤマナシ「二人だけで納得しないでください」

エガオ「ああ、ごめんごめん。だからさ、結局ストーリーとか。
このキャラクターはこういう設定で、ここの台詞にはこういう意味があるんだー、とか。
そういうの無くても、結局みんな楽しければ良いんじゃない?って話よ」

ヤマナシ「それは・・・、その・・・」

エガオ「じゃあ聞くけど、超有名なシェイクスピア様の戯曲を演じるのと、
さっきみたく、客にキレ散らかして、更に上演中にキャストを羽交い締めにするの、君はどっちが楽しい?」

ヤマナシ「・・・・・・」

エガオ「どんなに高級な食材で出来たフルコースを縮こまって食べるより、
ソースとマヨネーズで味付けされたものの方が、おたくらにとってはおいしいわけでしょ?
だったらそれでいいじゃん。俺らが楽しむ上で、誰かを楽しませる上で、
高尚な表現やら、小難しい解釈とか、隠された台詞の意味とか、本当に必要かね?」

レイ「ジャンクフードみたいですね」

エガオ「そうそう、ジャンクフードって例えいいね。
あ、でも俺が今、偉そうに言った事は勿論、人によって違うと思うけどさ」

ヤマナシ「あなた・・・、普段そんな事思って台本書いてるんですか?」

エガオ「え?ああ、今この場に関しては俺、エガオってキャラクターで。
こんなクソみたいな台本を書いた作者本人じゃないからわかんないんだけど。
まぁ、なんていうの?作者的にー、前からそういう事思ってたんじゃないの?」

レイ「何か辛いことでもあったんですかね、この台本の作者さんは」

エガオ「いや、だから俺、作者本人じゃないからわからないけど。
でも、今言ったような事を考えてて、誰かから怒られるのを覚悟で、
とりあえず一回書いてみようって、そんな感じで書いたんじゃないかな、この台本」

レイ「一度カタチにしないと、わかりませんものね」

エガオ「そうなんだよ。台本書いてる人も結構大変だよねー」

ヤマナシ「でも、エガオさんのさっきの発言が、仮に作者本人の考えだとしても、
この台本上にあるいち台詞だとしても、私は、共感したくありません・・・しちゃいけない気がする」

エガオ「うん、それでいいんじゃない」

ヤマナシ「誰かから怒られるのを覚悟して書いた作品だったとしても、
馬鹿にするのもいい加減にしろ!!って、きっと不快に思う方は大勢いますよ!!」

レイ「例に漏れず、私もその中の一人です」

エガオ「レイさんだけに例に漏れずってか!!」

レイがエガオをとにかく殴る。

エガオ「痛い痛い痛い痛い!!痛いってちょっと!!」

レイ「殴られても笑顔なので嬉しそうに見えますよ」

ヤマナシ「お二人とも!!じゃれ合わないで下さい!!」

レイ「じゃれ合ってる?アンタさ、目とか耳、腐ってるんじゃないの?」

ヤマナシ「は?失礼にも程がありますね」

レイ「(小声で)三流役者が、偉そうに」

ヤマナシ「は?今なんて言いました?今なんて言った?おい!!もう一辺言ってみろ!!」

ヤマナシがレイの胸倉を掴む。

レイ「ちょっと、服伸びちゃうんで離してもらえます?」

ヤマナシ「表に出ろ!!表に!!やってやるよ!!」

レイ「(溜め息)いいですよ。ちょっと待ってね、手袋付けないと殴ったときに爪割れちゃうからさ」

ヤマナシ「ああ、望むところだ!!表でケリ付けようじゃねーか!!」

エガオ「はいはいはい。二人ともキャラ崩壊し掛けてるから。その辺りで」

ヤマナシ「この期に及んでキャラ崩壊がどうのこうの言うんですか?
意味も理由も無い台本なんですし、もうどうでもいいじゃないですか!!」

レイ「あれだけ偉そうな事言っておいて、最終的に開き直って甘んじるんですか?」

ヤマナシ「アンタ達のせいだろ!!私以外にも怒ってる人きっといますよ!!」

エガオ「まぁ、そういう人もいるだろうけどさ。
この広い世の中、こんな中身の無いクソみたいな話でも、
好きだって言っちゃう人間もいるんだよ、これが。
くさや大好きー、あの匂いがたまらないのー、って、言うような物好きだって世の中にはいるんだよ」

ヤマナシ「私は大嫌いです!!」

エガオ「いいよいいよ。あ、でもさ、今のヤマナシさんを好きだって言う人がいたら、どう?」

ヤマナシ「素直に喜べませんし、認められません・・・認めたくないです」

エガオ「ふーん」

ヤマナシ「というか、そんな人いるわけありませんよ」

エガオ「いや、だから。世の中には物好きがいるんだってば。
(ヤマナシ役の方をさん付けで呼んで下さい)がやったこの台本凄く印象に残りました、
とても大好きですって言ってくれる人も、5000万人中1人ぐらいはいると思うんだよね」

ヤマナシ「でも・・・、それでも私は・・・」

エガオ「劇中に身の上話をする。パイプ椅子があるか無いか。
そういう風な、いつも抱えてる小難しい事は、本当に重要?」

ヤマナシ「でも・・・」

エガオ「そういう事を全部取っ払って、体当たりで、全力で演じた、
“そんなあなたの芝居好きです”って言葉を、あなたは喜ばないで、本当にいいのかな?」

ヤマナシ「・・・・・・」



レイ「納得、出来ないと思いますよ。ヤマナシさんは」

エガオ「俺もそんな気がするよ。
まぁでも、それはそれ、これはこれで、この台本が終わったら言いたい放題言えばいいじゃん。
今日来てもらってる皆だってそうよ。貴重な時間を使って話のネタが一つ出来たわけじゃない?
本当に酷い台本だったーとか、何もかも滅茶苦茶だったとか、あの作者何様のつもりなんだー、とか。
でも、ただ泣けるだけのラブストーリーを見て(聞いて)、感動しましたーって一言で終わるより、
この中身の無い台本の方が、よっほど話のネタに出来ると思うんだけどな、俺は」

ヤマナシ「私は・・・、そんな事、共感したくありません・・・」

エガオ「なにも共感しろなんて言ってないよ。でもたまには、こういうのもいいんじゃない?」

レイ「エガオさん、さっきから気持ち悪い笑顔を浮かべて喋ってますけど、
言ってる事がエガオさんじゃなくて、たかはらたいしさんになってますよ」

エガオ「ああ、もう別にいいよ。これを演じてる俺が作者本人でも。他の誰かでも」

レイ「どんどん適当になってますね。さっきこういう話はしないで下さいって言ってたのに」

エガオ「いいよいいよ。そもそも、理由なんて小難しいもの、この台本には無いんだから」

ヤマナシ「私はもう・・・、あなたの言葉が作者本人の言葉なのか、
エガオ役を演じられている方の言葉なのか、よくわからなくなってきました」

エガオ「あっそう。じゃあ、俺は作者じゃないって言っておいた方がいいかな?
僕、あんな偉そうな事言いたくて言ってるわけじゃないし、思ってもいません。
台本にそういう台詞があったんで言っただけであって、僕は作者本人じゃありません」

ヤマナシ「そう言われると尚更混乱します。・・・でも、」

エガオ「ん?」

ヤマナシ「今日は・・・その・・・・・」

エガオ「ん?」

ヤマナシ「この辺で・・・、この辺で、終わりにしておきたいです」



エガオ「うん、わかった」

ヤマナシ「はじめてです。自分から上演中に終わりにしたい、なんて言ったの・・・」

エガオ「新鮮でしょ?」

ヤマナシ「はい」

エガオ「悪い意味で?」

ヤマナシ「なんかもう、それすらわからなくなってきました」

エガオ「そっか。良い意味だったら嬉しいなー」

レイ「あの、お二人とも。では、これで終わりって事で本当にいいんですね?」

エガオ「うん」

ヤマナシ「はい」

レイ「そうですか。それなら、私も、もういいですね。・・・つーか、もう限界」

レイが大きく息を吐き、感情を露にする。

レイ「はぁー、もう止め止め。マジでキツかったわー、この台本。
オマエさ、言っとくけど無感情って、かなりしんどいんだからな」

エガオ「知ってる知ってる。俺もずっと笑顔で喋ってて表情筋がピクピクしてる」

レイ「つーかさ、理由が無いなら私のこのキャラ、もっと序盤から無感情じゃねー感じにしろよ」

エガオ「ああー、それね。台本書いててかなり最後の方で無感情じゃなくてもいい事に気付いた」

レイ「だったら変えろよ」

エガオ「ええー、だってめんどくせーもん」

レイ「ふざけんなよ。もう、ほんとにさー、なにが綾波レイだよバカ野郎」

そのままアドリブでトークを続けるエガオとレイ。

ヤマナシ「あの、じゃあさ。そろそろ締めていい?」

エガオ「いいよ」

レイ「はぁ〜やっと終われるわ」

咳払いをするヤマナシ。
エガオをレイはそのままアドリブトークを続ける。

ヤマナシ「(二人のアドリブトークをバックに)
たかはら たいし作、「特に理由は無い」これにて終了となります。
本日は貴重なお時間をいただきまして、皆さま本当にありがとうございました。
オチ無し、ヤマ無し、おまけに中身も無ければ意味も無く、理由も無い、何も無い本作。
皆さまのお心に、何かが届きまし・・・、ねぇちょっと、今最後の台詞言ってるから一回静かにして!!」

それでもアドリブでトークを続けるエガオとレイ。

ヤマナシ「おい!!オマエら!!うるせぇって言ってんだよ!!」



ヤマナシ「おい・・・、ぺちゃくちゃうるせーんだよ」

エガオ「はい」

レイ「はい」

ヤマナシ「いま私が喋ってんだろ」

エガオ「はい」

レイ「はい」

ヤマナシ「ちょっと黙ってろ」

エガオ「はい、すみません」

レイ「さーせん」

ヤマナシが咳払いをして仕切りなおす。
エガオとレイは小声でアドリブトークを続ける。

ヤマナシ「皆さん、冒頭からお見苦しいところばかりで、
最後までこんなグダグダで、本当に申し訳ありませんでした。
このような作品ではございますが、良い事でも悪い事でも、
何かを感じていただけたのであれば、私たちにとっては、とても嬉しい限りです。
本日は最後まで、本当にどうもありがとうございました。
そしてまた別の機会に、何処かで皆様とお会い出来る事を、心から祈っております。
本日は、どうもありがとうございました」

暗転



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