マホウキ im ur hero
作者:紫檀
初稿2017/3/30
改稿2020/4/9
台本製作にあたり協力して頂いたすべての皆さまへ、この場をお借りして謝辞を述べさせて頂きます。
真島 かなめ(マジマ カナメ):15歳、魔法少女。
真島 智晴(マジマ トモハル):17歳、かなめの兄。元男子陸上部。
矢上 舞(ヤガミ マイ):17歳女性。智晴の幼馴染。女子陸上部所属。
島 涼太(シマ リョウタ):アラフォー、男性。かなめが魔法少女になった頃から真島兄弟の面倒を見ている。
ソマリ:猫の姿をした使い魔。
部長:18歳、智晴の転部した先の部長。
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
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藤ノ宮高校、第三校庭
智晴:魔術方陣、展開…
智晴:環境因子、測定開始
智晴:天候…晴れ、気温…21℃、北西へ風力1、気圧…1008hPa(ヘクトパスカル)、外気魔力指数…0.2
智晴:測定終了。体内因子、測定開始
智晴:体温…平熱、血圧…至適範囲、心拍数…正常、体内魔力指数…58
智晴:測定終了。国家指定魔導方、違反なし
智晴:検査項目、オールグリーン
智晴:(深呼吸)
智晴:…っ! 真島 智晴! 飛びます!―――
藤ノ宮高校校門前
日が傾き、多くの部活動を終えた生徒が帰路に就く頃
智晴、疲れ切った足取りで校門から出てくる
智晴:(浅い溜息)
舞:とーもーはーるっ!お疲れ!
智晴:よっ、お疲れ。待った?
舞:ちょっとだけね。一分二十七秒の遅刻
智晴:細かいな、誤差だろ誤差
舞:何を言いますか、トラックの上ではコンマ一秒の差が命運を分けるのです
智晴:流石、“現役”陸上選手
舞:アンタだって“元”選手でしょうが、プライドとか無いわけ
智晴:プライドってもなあ
智晴、空を見上げ、とつぜん芝居がかって
智晴:……今となっては俺も、かの雄大なる空に魅せられし男
舞も仕方ない、といった溜息をつきつつ
舞:“かの雄大なる空の足元に於いて、我ら人類の営みなど些末に過ぎない”
智晴:――ウィリアム・ウィン・ウェストコット
舞:順調に毒されているご様子で
智晴:だってさ、ミーティングの度に話聞かされるんだよ。魔法機開発の始祖だって
舞:私もかれこれ百回くらい聞いたわ、アンタから
智晴:順調に毒されてる?
舞:やかましい
智晴と舞、共に帰路を進む
舞:…それで、上手くいってるの?
智晴:いや、全然
舞:ダメじゃん
智晴:ダメだね、全然
舞:……その傷も?
智晴:ああ、盛大に吹っ飛んだ
舞:(溜息)かなめちゃん心配するよ
智晴:…なんとか言って誤魔化すさ
間
舞:まだ言ってないんだ、転部したこと
智晴:言えるかよ。絶対どやされる
舞:そりゃね、危ないし
智晴:ま、普通に考えて正気の沙汰じゃないしなあ
舞:むしろよく入部させて貰えたよね。高二からって、初めてなんじゃない?
智晴:まあ一応魔法科ではあるし…それにアイツの兄だからってのも、少なからず利用したかな
舞:…なるほど
智晴:だから逆に周りの目が厳しいってのはあるなあ。同学年なら顔見知りも多いけど、面識の無い後輩とかは…
舞:うっわ、つらそ〜〜
智晴:まあでも慣れてるからさ、そういうのは
舞:……
智晴:だから一応…なんとかなってる
舞:…そっか
二人の頭上を、一対の飛行機雲が流れている
間
智晴:やっぱり、気持ちいいのかな
舞:……
智晴:飛ぶってのはさ
舞:……さあ、私は知らないなあ
智晴:それもそうか
舞:普通科の一般学生ですから。実際に近くで見てるトモハルの方が分かるんじゃない? そういうの
智晴:……そうだな
間
舞:空を見上げて、走るの
智晴:へ…?
舞:たまにやるんだ。朝練で一人だけ早く来すぎちゃった時とか。…雲ひとつない青空を見上げてさ、一切前を見ずに、全力で走る
智晴:………
舞:気持ちいいんだあ。身体が吸い込まれるようにフワッとして、今にもあの飛行機雲に手が届きそうな…
間
舞:そういう感じなんじゃない? わかんないけど
間
智晴:(呟くように)俺は、それが……
舞:ん?
智晴:…いや、なんでもない。そうかも知れないな
間
舞:あ、そうだ、今日はお見舞い行くの?
智晴:ん? ああ、行くけど
舞:よし、私も行く
智晴:え?
舞:ついでにスイカも買ってこう! 駅前のスーパーで!
智晴:え、おまっ、なんでそんな急に
舞:だってもうすぐ夏だよ! 夏と言えばスイカじゃん!
智晴:いや、そういう話ではなく――
舞:そうと決まれば善はいそげ!
智晴:あ、おい!
舞、すでに走り出している
智晴:…ったく、強引なやつ
智晴、後を追う
かなめの病室
島、カルテを閉じる
島:…以上が、定期検診の結果だ
かなめ:異常なし…ですか
島:魔力格子(こうし)の乱れ以外はな
ソマリ:つまり、相変わらず精密な操作は出来ないと
島:ああ、戦闘なんてもってのほか。そこら辺のチャリンコだって動かせるかどうかだ
かなめ:……原因は、まだ分からないんですね
島:残念だが…
間
島:ま、かなめちゃんがそんなに気に病むことじゃねえよ。こういう細けえ事は俺たち大人の領分だ。これまでずっと働きづめだったんだろ? いい休暇とでも思えばいいじゃねえか
かなめ:そうですね…。ありがとうございます
ソマリ:ケッ、こんな窮屈な病室に閉じ込めてよく言いますよ
島:まぁそう言うなって…
ソマリ:かなめ、抜け出したくなったらいつでも言ってくださいね
島:おいおい勘弁してくれ、俺の首が飛んだらどうする
ソマリ:それはむしろ吉報では?
島:お前なあ!
かなめ、二人のやり取りを見てクスクス笑う
かなめ:ありがとうソマリ、心配してくれて。私は大丈夫だよ
ソマリ:フン…
かなめ:島先生もありがとうございます。引き続き面倒をお掛けしますが、どうかよろしくお願いします
島:……なに、長い付き合いだ、気にすんな
ソマリ、病室に近づく足音と会話の声に気付く
ソマリ:おっと、御客人が来たようですね。そろそろ我々は行きますか
かなめ:あ、トモくんかな
島:女子の声も聞こえるな、カノジョか〜?
かなめ:舞さんじゃないですか?
島:じゃあ似たようなもんだろ
かなめ:えーっ! トモくんなんかには勿体ないですよ
島:ははは、言ってやるなって
ソマリ:あのスキンシップの激しい少女ですか…私苦手なんですよねえ…
島:ほらソマリ、行くぞ。かなめちゃん、また
かなめ:はい、島先生もお大事に
島、ソマリを抱きかかえる
ソマリ:うわ汗臭いタバコ臭いオヤジ臭い死にたい
島:仕方ねえだろ! 三徹目なんだよ!
かなめ、島とソマリが病室から出て行くのを見送る
病室前、渡り廊下
智晴:お、重い…
舞:ほらトモハル早く歩きなよー、だらしないぞー
智晴:スイカ二個も持たすからだろ!
舞:だって半額だったんだもん、あ
智晴:うん?
島:お
ソマリ:……
舞:…ソマちゃん!
舞、ソマリを島から奪い取る
舞:ソマちゃんお久しぶりー!
舞、ソマリを抱きかかえてわしゃわしゃと撫でる
嫌々だがされるがままのソマリ
島:あれ、俺は?
舞:あ、島先生もお久しぶりです
島:なんか冷たくない!?
ソマリ:(ざまあ、という顔)
舞:うひぃー!ソマちゃーん!元気してたかにゃー?(撫でる)
ソマリ:にゃ、にゃーお…
舞:(笑って)ソマちゃん相変わらず変な声〜!
島:(必死に笑いをこらえている)
ソマリ:(てめえ殺すぞ、という顔)
智晴:ははは……島先生、お久しぶりです
舞がソマリとじゃれる横で島と智晴が向き合う
島:…よおボウズ、ひと月ぶりだ
智晴:どうも。…かなめは、どうでしたか
島:特にこれと言った変化はないなあ、先月と似たようなもんだ
智晴:いまだ原因不明、ですか
島:そうさなあ…
智晴:……
島:そんな顔すんなよ。ま、時間が解決してくれる事もあるだろうし…何より身体は問題ないんだから、心配するこたあねえよ
智晴:そうですね…ありがとうございます
島:お前こそあんまり気張りすぎるなよ。最近ちゃんと食ってんのか? ん?
智晴:はは、まあなんとかやってます
島:ならいいけどよ。……無茶はすんなよな
智晴:大丈夫っすよ、俺は
島:………
智晴:島先生、引き続き面倒をお掛けしますが、どうかよろしくお願いします
島:……おう、任せとけ
舞、ソマリの頭に頬を擦り付ける
舞:うひぃー、もふもふー
ソマリ:にゃ、にゃーん…
舞:もー、にゃーんじゃわからないよ! ちゃんと日本語で喋って!
島:(噴きだす)
ソマリ:キシャーオッ!(島お前は必ず殺す、の意)
島:じ、じゃあそろそろ俺らは行くわ
智晴:あ、はい、すいません引き止めてしまって
島:おう気にすんな。じゃあソマちゃーん、そろそろ行きますよーっていでででで! 爪立てんなって!
ソマリ:シャーッ!
舞:あー! ソマちゃんがー…モフモフがー…
智晴:また会えるだろ。あと、そろそろ腕が限界…
舞:えー、スイカくらい余裕でしょ
智晴:じゃ一個くらい持てよ!
舞:ちょっと! 部活で疲れ切った女の子に持たせるの!?
智晴:元気じゃねえか!
会話をしながら病室へ向かう智晴と舞
それを見届け、ソマリを抱きかかえて島が歩き出す
ソマリ:ひどい目に会いました…まったく、なぜあんな一般人が彼女との面会を許されているんだか
島:(苦笑いしながら)数少ないアイツの我儘だ、許してやれよ
ソマリ:私はともかく、あなた方がそれを容認している点が興味深いですね。かなめのこちらで通している肩書は軍の機密なわけですから
島:ああ、お前の存在も含めてな
ソマリ:一体何を企んでいるのやら
島:俺が知りてえ
間
ソマリ:加えて…先程の少年との会話
島:ん?
ソマリ:“時間が解決してくれる”。…ずいぶんと呑気に聞こえる台詞でしたが
島:……
ソマリ:実際のところはどの程度の猶予が与えられていると?
島、深く溜息をつく
島:……もうしびれ切らしちまってるよ。粘れてあと一ヵ月だ
ソマリ:チッ…懐が広いんだか狭いんだか。…かなめには?
島:そういう選択肢がある、とだけ
ソマリ:それで、かなめは
間
島:「…ありがとうございます、考えておきます。」だとよ
間
島:…ったく、ほんと似てるよなぁ、あの兄弟
ソマリ:……
島:ガキの分際で、下らない気を使いやがるところがよぉ…
島、苛立ちで歩みが速くなる
島:ガキは大人に、迷惑かけるもんだろうが!
かなめの病室
智晴:よーし、スイカ切れたぞー
舞:待ってました!
かなめ:ありがとう、トモくん
智晴:どういたしまして。というか舞、お前も少しは手伝え
舞:私にはかなめちゃんへの近況報告というミッションがあるので、いいのです
智晴:楽しくお喋りしてるだけじゃねーかっ
智晴、切ったスイカを二人の座る机に置く
舞、病室を見回す
舞:にしても凄いよねー、病室なのに家具もキッチンもあるなんて
智晴:魔導系疾患の治療の最先端らしいからなー、ここの病院。バックに国とか付いてるんじゃなかったっけ?
かなめ:専門の研究施設も隣にあるんですよ
舞:ほえー
かなめ:魔導系疾患は私生活は普通に送れるって人が多いですからね、治療も殆どが検査ですし
舞:なるほど、検査とな
智晴:やっぱり、大変か?
かなめ:ううん、もう慣れたよ〜
智晴:そうか
舞:そうだ、私もかなめちゃんの身体を検査してやろう! おりゃー!
舞がかなめに飛びつき、身体のあちこちをまさぐり始める
かなめ:ちょ、ちょっと舞さん! あっ、くすぐった、ひゃあっ!
舞:(ほぼ同時に)むむっ、これは! わずかながら成長の兆しがっ
智晴:(咳払い)…三番行ってきます
智晴、病室を出る
舞:ふっ、チェリーめ…
かなめ:もう…舞さんたら、そこまでしなくても…
舞:あはは、ごめんごめん
舞、姿勢を正してかなめの隣に座る
舞:それで、なんだっけ。トモハルのことで相談したいことがあるって?
かなめ:それは……
間
かなめ:最近のトモくん、変な怪我が増えたなって
舞:……
かなめ:それに…少しだけですけど、魔法に“さわった”気配とかも…
舞:ほえー、そういうのも分かるんだ。やっぱり凄いね、かなめちゃんは!
間
かなめ:舞さん……もし何か知っていたら教えて欲しいんです。トモくんは、陸上部は――
舞:かなめちゃん
かなめ:……
舞:うん、なんとなく分かってたけど……ごめん。それは、私の口からは言えない
かなめ:舞さん…
間
舞:正直ね、アイツがかなめちゃんに隠し事をしたり、言わない事があったり、何かを我慢してたり……――そうすることが、良いことなのか、悪いことなのか、私には分からない
かなめ:……
舞:でもね、だからこそね
間
舞:アイツが伝えるべき事を、私が代わりに言ってあげるのは、もっと良くないことだと思う
間
舞:だから、言えない
かなめ:…はい
舞:ごめんね、力になれなくて
かなめ:いえ!そんなことは!
舞:(笑いながら)私ってば走ることぐらいしか能がないからさー
かなめ:何言ってるんですか! 舞さんは強くてカッコよくて素敵な、私の憧れの女性です!
舞:(格好つけて)おいおい、褒めても何も出ないぜ、子猫ちゃん
かなめ:(笑う)
舞:(笑って)スイカ食べよっか
かなめ:…はい!
智晴:ったく舞のやつ、好きなだけ喋って食ったら帰りやがって
かなめ:(微笑む)仕方ないよ、お店の手伝いもあるんだし、来てくれただけで嬉しいよ
智晴:あいつが聞いたら喜ぶぞ。スイカもう一個あるけど、食うか?
かなめ:ううん、いい。これ以上食べたら夕ご飯食べられなくなっちゃう
智晴:そうか。…持って帰るかぁ
かなめ:ここに置いてってもいいよ。あとで切って、看護師さん達にもおすそ分けしようかなって
智晴:お、それがいい
間
智晴:なあ、かなめ
かなめ:ん?
智晴:島先生から、聞いた
かなめ:……うん
智晴:もうしばらく時間かかるかも…ってさ
かなめ、窓の外に目をやる。一筋の飛行機雲が目に映る
かなめ:…そうだね。……まだ、駄目みたい
智晴:そっか
間
かなめ:情けないよね
智晴:え?
かなめ:私、無敵って言われてたのに
智晴:……ああ
かなめ:今までずっと戦い続けて、ずっとあの空を飛び続けて、それで悪魔も怪物も何もかも倒し続けて、軍から表彰なんかもされて
智晴:………
かなめ:“無敵の魔法少女”なんて言われてたのに
間
かなめ:それなのに、たった一度負けたくらいでさ
間
かなめ:どうやって戦ってたのか、わかんなくなっちゃった
間
智晴:……情けなくなんか、ないだろ
かなめ:(微笑む)ありがとう、トモくん
智晴:………
間
智晴:なぁ、かなめ…
かなめ:……
智晴:別に俺は、お前が魔法少女を辞めたって…
かなめ:それは出来ないよ
智晴:………
間
かなめ:私は、魔法少女だから
間
智晴:…かなめは、強いな
かなめ:そうだよ。私って、強いんだから
智晴:…ああ、そうだな
間
智晴:……んじゃ、俺もそろそろ行くわ
かなめ:うん、わかった
智晴:また来るよ
かなめ:うん
智晴、病室を出ようとする
かなめ:トモくん
智晴:ん?
間
かなめ、指を組んでぎゅっと握りしめる
かなめ:学校は、楽しい?
智晴:おう、もちろん
かなめ:そっか、ならよかった
智晴:どうかした?
かなめ:ううん、それだけ。ごめんね呼び止めて
智晴:いいよ別に。……それじゃ
かなめ:うん、またね
智晴:静かに病室を出る
数日後、藤ノ宮高校、第三校庭、昼休み
智晴M:本当は、空なんて嫌いだ
智晴M:飛行機雲なんて嫌いだ
智晴M:きっとそれは、畏怖(いふ)と羨望(せんぼう)の対象でしかないから
智晴:(深呼吸)
智晴:魔術方陣、展開…
智晴:環境因子、測定開始
智晴:天候…快晴、気温…28℃、南南東へ風力2、気圧…1013hPa(ヘクトパスカル)、外気魔力指数…0.32
智晴:測定終了。体内因子、測定開始
智晴:体温…平熱、血圧…至適範囲、心拍数…正常、体内魔力指数…58
智晴:測定終了。国家指定魔導方、違反なし
智晴:検査項目、オールグリーン
智晴:真島 智晴! 飛びます!
智晴、校庭の端の木陰で座り込んでいる
智晴:………
部長:おーい、真島。こんなところにいたのか
智晴:あ、部長。お疲れ様っす
部長:聞いたぞ、また派手に吹き飛んだって。大丈夫なのか
智晴:ああ……まあ、いつも通りっす
部長:ホント無理すんなよな。ただでさえ初心者なんだし、それに…
智晴:それに、なんですか
部長、口を滑らせたことに気付く
部長:え、いや……それは……
智晴:(笑う)やっぱり部長、人がいいっすね
部長:……すまん
智晴:いいんですよ。言っちゃってください。大体わかりますから
部長:……その、適正試験の結果が出たんだが
智晴:はい
部長:判定は…Dだった
智晴:はい
間
部長:でもほら、全部駄目だったってわけじゃないんだよ。特に制御系の項目は軒並み優秀で、ゆっくり魔力量を伸ばしていけば夏までには……
智晴:……ゆっくりじゃ、駄目なんです
部長:真島、あんまり無茶は
智晴:無茶しないと、届かないんす。いつまでも
部長:……やっぱり、妹さんのことか?
間
智晴:………これは罰なんですよ
部長:へ?
智晴:すんません、もう一度だけ、やって来ます
部長:あ、おい!
智晴、空を見上げる
晴れ上がった青空には、燦燦と晴れた太陽と、飛行機雲がひとつずつ
智晴M:これは、罰だ
智晴M:今までずっと目を背けてきたことへの
智晴M:今までずっと押し付けてきたことへの
智晴M:……だから空は嫌いだ
智晴:……っ!
突然、智晴の視界が反転する
部長:…! おい真島!? 真島!!
藤ノ宮高校、保険室
智晴:………ッ!
舞:あ、気づいた?
智晴:舞……なんで……。ここは…?
舞:病室じゃないよ。学校の保健室
智晴:………
舞:熱中症、それと脱水症状。校庭の真ん中でぶっ倒れたの。ほんと人騒がせなんだから
智晴:…ずっと看ててくれたのか
舞:お礼なら部長さんに言いなよ。アンタが倒れたのを見て、すぐに人を呼んで、ここまで運んで来てくれたんだから。私は後で話を聞きつけて、様子を見に来ただけ
智晴:そうか……迷惑かけちゃったな……
舞:今は、気分はどう?
智晴:ああ…ちょっとまだフラつくけど、多分大丈夫
舞:そう…よかった
智晴:…舞も心配かけて悪かったな。もう遅いみたいだし、俺はまだ荷物を纏めたりがあるから、お前は先に――
舞:それでね、私がここに残ってたのは別件なの
智晴:……え?
舞:落ち着いて聞いて。トモハルの電話が繋がらないからって、私に連絡が来たの
間
舞:かなめちゃんが……緊急事態だって
かなめの病室
島:……本当に、いいのか
かなめ:…はい、次で駄目だったらそうしようって、決めてましたから
島:……智晴には言ったのか
間
かなめ:いえ……だからさっき、呼んでもらったんです
島:………
智晴:かなめッ!!
勢いよく開かれる扉
そこには、息を切らした智晴の姿
島:おう、来たかボウズ
智晴:……かなめ? 無事なのか…!?
かなめ:大丈夫だよ、ほら、五体満足
智晴:一体……何が……
島:魔力を無理にふかしたせいで試験機がバーストしたんだ。まあ幸いなことに本人は安全装置に守られて無傷。軽く脳の検査もしたが、ひとまず大事はなさそうだ
智晴:……よ、よかったぁ(床に崩れ落ちる)
かなめ:もー、島さんどんな伝え方したんですか。心配させすぎ…(島に小突かれる)あいた!
島:地下プールの3分の2が吹き飛んだって、ありのまま事実を伝えてやったよ。ったく、気張りすぎだバカ
かなめ:あはは…ごめんなさい
智晴:(溜息)でも本当に、無事でよかったです。ありがとうございます、島先生
島:なに、いいってことよ。にしてもひでえ恰好だな。顔もなんか赤いんじゃねえのか? 何してたんだ
智晴:はは、ちょっと砂場に突っ込んじゃって
かなめ:……
智晴:とりあえず、大事なさそうで良かったです。また近いうちに見舞いに来るんで、とりあえず今日はこれで……
かなめ:待って、トモくん
智晴:…ん?
かなめ:大事な話があるの。そっちがトモくんを呼んで貰った本当の理由
智晴:どうした…? 何を急に改まって――
かなめ:もう…お見舞いはいらない
間
智晴:は……何言って……
かなめ:私、軍に行くの。だからもうトモくんには会えない。ごめんね
智晴:……一体……どういう
島:いまいち復帰の兆しが見えないんでな。荒療治にはなるが、“色々と”試してみないかっていう……上からのお達しだ
智晴:上から…?
ソマリ:気にくわない言い回しですね
全員、驚いて声の方を振り向く
かなめ:ソマリ…いたんだ
島:……俺の口からはそうとしか言えねえんだよ
智晴:ソマリ…どういうことだよ…
ソマリ:要は「魔法少女として使えなくなったのなら、実験体として再利用しよう」ということでしょう
かなめ:………
島:………
智晴:……嘘、だろ…
間
智晴:島先生、嘘ですよね? そんなことあるわけないですよね?
島:………
智晴、島に掴みかかる
智晴:なんとか言って下さいよ!
島:……………すまねえ
智晴:……ッ! あんたッ!
かなめ:智晴!
智晴:ッ!?
かなめ:その手を離しなさい
智晴:かなめ……
かなめ:手を離してッ!
智晴:……っ…
智晴、呆然として壁にもたれかかる
かなめ:島先生
島:…なんだ、マセガキ
かなめ:軍に行くにあたって、一つ条件があります
島:……
かなめ:トモくんを、普通科に転属させてあげて下さい
智晴:……はっ?
かなめ:それを条件にできるなら、私は軍のプログラムを受けようと思います
智晴:かなめッ!
島:おい! 落ち着けボウズ!
かなめに食い下がろうとする智晴を島が押さえつける
島:かなめちゃん…! 一応…理由を聞かせて貰おうじゃねぇの
かなめ、ポツリポツリと話し出す
かなめ:…知っているんです。トモくんが魔法科に勧められた理由を
間
かなめ:私の兄だから、「いずれは魔法を使えるようになるかも知れない」。「いずれは役に立つようになるかもしれない」。そう軍の上層部が判断したからだって
島:………
かなめ:でも違うんです……トモくんは、ただの一般人だから
智晴:やめろ…
かなめ:私のせいで、苦しむ必要なんか……巻き込まれる必要なんかないんです
智晴:やめろッ!
間
智晴:やめてくれ……
間
かなめ:………
智晴:違うんだ…俺は、ただ…自分の意思で
かなめ:魔法機部に入ったのも、そうなの?
智晴:……っ!
かなめ:私が入院してから、お見舞いのたびにボロボロになっていって、表情も暗くなっていって
智晴:………
かなめ:そんなの私は望んでない!
智晴:……かなめ
かなめ:トモくんは私とは違う…一般人だから…
智晴:あ……ああ……
かなめ:私とは違う世界で、幸せになって欲しいんです
智晴:…ッ! かなめぇッ!
島:…ボウズッ! 落ち着けッ!
智晴:クソォッ……離せ! 島先生離してくれッ!
かなめ:ごめんね…トモくん
智晴:ぐっ、ッ……!
智晴、急に力が抜け、島に向かって倒れ込む
島:ッ…! おい! どうした!
かなめ:トモくん!?
ソマリ:少し眠ってもらいました
島:ソマリお前、何勝手に!
ソマリ:まず頭を冷やすべきです。お互いに
かなめ:……
ソマリ:それに彼、かなり疲労が溜まっているようですよ。放っておいてもそのうち倒れてたんじゃないんですか?
かなめ:(呟く)やっぱり…
島:そうだな……。悪いソマリ、助かった
ソマリ:一つ貸しですよ
島:かなめちゃん、俺はしばらくこいつを見とくわ。……細かい話は、また後でな
かなめ:すいません…お願いします
島、智晴を抱えて病室から出る
沈黙
かなめ:ねえ、ソマリ……
ソマリ:………
かなめ:これで、よかったんだよね……? トモくんのためには、このほうが……
ソマリ:にゃーお
かなめ:…? ソマリ?
ソマリ:にゃーん
ソマリ、窓から飛び出してどこかに行ってしまう
かなめ:ちょっとソマリ、どこへ――
舞:あの〜……
かなめ:え? ま、舞さん!?
舞:……えへ、忍び込んじゃった
舞:いやー、緊急事態って聞いたのにさー、トモハルしか入れてくんないからさー、でもトモハルもぜんっぜん戻って来ないしさ! もー心配で心配で忍び込んじゃったの。そしたら、島先生がトモハル抱えてどっか行くのが見えてさー、もう何事かー!って感じ?
かなめ:すいません…お恥ずかしい所を
舞:いーのいーの! どーせまたトモハルがなんか馬鹿やったんでしょー?
かなめ:いえ、そんなことは…
間
舞:かなめちゃん
舞、かなめの手に自分の手を重ねる
舞:辛いことや我慢してることがあると、指を組んでぎゅっと握りしめる
かなめ:っ……!
舞:…ちっちゃい頃から、癖だよね
かなめ:……やっぱり舞さんには、かないませんね
舞:そんなことないよ。私は何も知らない、ただの一般人
間
かなめ:トモくんを…追い出したんです
舞:うん
かなめ:私酷いこと言ってたと思います。それでトモくんが…怒っちゃって
舞:うん
かなめ:でも…それはっ、そうしなきゃって思ったからっ…!
舞:うん
間
かなめ:舞さん、変な事言ってもいいですか
舞:うん
かなめ:私、魔法少女だったんです
舞:……そうだね
かなめ:っ!
舞、そっとかなめを抱き寄せる
かなめ、驚きながらも身を任せる
かなめ:……やっぱり、何でも知ってるじゃないですか……
舞:そうかもね
かなめ:いつから知ってたんですか
舞:ううん、知らなかった。でも入院のことも、あの事件のことも、それなら説明がつくから、そうなのかなって
かなめ:……そうですね
舞:それと、ソマちゃんが何となく普通の猫じゃなさそうってことも
かなめ:(少し笑って)…そうですね
間
舞:トモハルのこと、なんで追い出したの?
間
かなめ:トモくんは……舞さんと同じで、普通の人なんです
舞:うん
かなめ:ちょっと抜けてて、頼りなくて、頑固で、でもその割に自信が無くて、心配性で、言ってしまったら過保護で
舞:うん
かなめ:私の、たった一人の、お兄ちゃんなんです
舞:……
かなめ:なのに、私みたいなのが妹だから、沢山危険な目に合わせて。いつの間にかその感覚に麻痺していた自分もいて……
間
かなめ:入院してからずっと考えてたんです。もしこのまま、もう二度と魔法が使えなくなったらって……もうトモくんのことを守ってあげられないじゃないかって……そしたら私、急に怖くなって…!
舞:……うん
かなめ:だって死んじゃったんだもん! お父さんも、お母さんも! 私がこんな力を持っていたから! それでトモくんまでいなくなっちゃったら私…! 私…ッ!
舞:かなめちゃん……
かなめ:怖いんです……! 私、怖いんです…舞さん!
間
舞:…よしよし、怖かったんだね
かなめ:………
舞:かなめちゃんは偉いよ。若いのに、色んな事をいっぱい考えてて
かなめ:……舞さんだって若いですよ
舞:おいおい、おだててもなにもでないぜ
かなめ、少し表情が和らぐ
かなめ:すいません、こんなこと聞いてもらっちゃって…
舞:ううん、いいの。むしろ、話してくれて嬉しい
かなめ:…ありがとうございます
間
舞:かなめちゃん、もう一つ聞いてもいいかな?
かなめ:…はい
舞:今、トモハルに伝えたいこと
かなめ:っ……
かなめ、手を握りしめる
舞:我慢していいよ
舞、真っ直ぐかなめを見据える
舞:強がったっていい
かなめ:………
舞:お姉さんが、助けてあげる
間
かなめ:“信じて欲しい”…って
舞:……うん、分かった
舞、立ち上がる
舞:そうだ、最後に一つ
かなめ:……
舞:トモハルは、けっこう強いよ
舞、病室から出る
病院内、自販機前
智晴、長椅子に寝かされている
智晴:………
島:目ぇ覚ましたか
智晴:島先生……? 俺は……。そうだ、かなめは――
島:ほら飲め。おごりだ
缶コーヒーを投げ渡す
智晴:………
島:学校でも一回ぶっ倒れたんだって?
智晴:………
島:舞ちゃんからメールがあってな
智晴:………
島:揃いも揃って、溜め込み過ぎだ
間
智晴:…さっきは、すいませんでした
島:………
智晴:俺…わけわかんなくなって。………未だに、信じられないです
島:………
智晴:アイツが、あんな風に思ってたなんて…!
島:………
間
智晴:島先生、やっぱり俺って、頼りない兄貴なんですかね
間
島:…ああ、頼りねぇクソガキだよ
智晴:っ……
智晴、力なくうなだれる
智晴:それに比べて、やっぱ強いですよね、アイツは。アイツは……魔法少女だから
間
島:違う
智晴、驚いて顔を上げる
島:そいつは違う
島:アイツは、強い魔法少女なんかじゃねぇ
島:アイツは、意地っ張りで、あまのじゃくで、寂しがりやで、でも何故かちょいとだけ魔法の使える………ただのクソガキだ
智晴:……
島:お前と同じ、クソガキなんだよ
智晴、言葉が出ない
島:さっきアイツが言ったこと、覚えてるよな。政府がお前を魔法科に入れたって
智晴:………
島:確かにそれは半分正解かもしれない。そういう思惑は確かにあった。……だけどよ
智晴:………
島:だけどもう半分はそうじゃねぇって……テメェが一番分かってることじゃねぇのかよ…!
智晴:………
島:ちょっと察しがいいくらいで、知ったつもりになってるんじゃねえって…!
島:テメェが一番、思ってるんじゃねぇのかよッ…!!
智晴:……ッ!
智晴:でも…でも…俺は…!
島:なんだァ! まだメソメソすんのかァ!
島、両手を振り上げる
智晴、殴られると思って目を瞑る
島、智晴を抱きしめる
智晴:…!? おいなんだよ! そんな、ガキじゃねぇんだから!
島:ガキだ!!! お前もあいつもクソガキだ!!!
智晴:!
島:だからよお、そんなクソガキのメソメソのためによお
島:おじさんちょっとだけ、胸を貸してやらぁ
智晴:―――ッ! くそっ…なんだよぉ! 汗臭いんだよこのクソオヤジ…!
島:三徹目だ
智晴、島の胸で泣きじゃくる
舞:うわぁ、来てみたら凄い事になってるねー
智晴:うわぁぁああ!!
島:うおぉっ!? いってぇ! 突き飛ばすこたぁねぇだろ!!
舞:酷い顔してるねー、トモハル
智晴:なんで! お前帰ったんじゃ
舞:トモハル!
智晴:っ!? ……なんだよ
舞:私は今、怒っている!
智晴:…は?
舞:かなめちゃんに対しても、アンタに対しても
舞:でも! 私にそれをどうこう言う筋合いはないから、何も言わない。私、部外者だから
智晴:……
舞:でも、だから、幼馴染として、友人として、代わりに聞かせて
智晴:舞…
舞:アンタは、何のためにこの三か月間頑張って来たの
舞:何のために、毎日のように土だらけになって、怪我だらけになって
舞:それでも諦めずに、頑張って来たの
舞:何のためにアンタは…空を飛ぼうと思ったの
智晴:俺は……俺は……
舞:それとね、これはかなめちゃんからの伝言
間
舞:“助けて欲しい”…ってさ
智晴:……ッ!!
智晴、立ち上がる
智晴:俺はぁッ! かなめの兄貴だッ!!
智晴:頼りないかも知れねえけど…! 情けないかも知れねえけど…!
智晴:俺はたった一人の兄貴なんだッ!!
智晴:それをかなめに、見せてやりたい!!
間
舞:なんだ、かっこいいじゃん
島:ああ、ちっと青臭いが…悪くねえ
智晴:島先生
島:なんだ、クソ兄貴
智晴:何日伸ばせますか…
島:どう頑張っても3日、それ以上は無理だ
智晴:分かりました…
智晴、立ち上がる
島:おいおい、一人でやるつもりか?
智晴:だってやるしかないじゃないですか…いった! なんで殴るんですか!
島:そういうお前らの意地っ張りな所がクソガキなんだよ
ニッ、と笑う島
島:俺さ……良い教師知ってんだよ
藤ノ宮病院第三研究室
ソマリ:それで…なんで私の所へ来るんですか
島:頼むよ! 俺とお前の仲だろうが!
ソマリ:どんな仲ですか。汗臭いので近寄らないで下さい
島:高級猫缶一ヶ月分でどうだ…っていででででで!!
ソマリ:物で釣ろうとしないで下さい
島:やめろー! 魔力で頭蓋骨を絞めるな! 分かった…これでどうだ
ソマリ:ん…?
島:「秘蔵! かなめちゃんオフショット写真集」のおおおおおおおお!!
島、股間を抑えて悶絶する
ソマリ:今すぐ出せ、そして燃やせ、さもなくば殺す
智晴:お願いします!
智晴、深々と頭を下げる
智晴:俺に魔法機の乗り方を教えてください! ソマリ……いえ、ウィリアム・ウィン・ウェストコットさん!
ソマリ、島を睨む
ソマリ:………島、最重要機密ですよ
島:いつつつ……。まあ許してくれよ、ちゃんと対価も用意して来てんだ
ソマリ:対価…?
智晴:もしこれが失敗に終わり、かなめを引き止める事が出来なかったら
智晴:俺の中のソマリ、それと………かなめの記憶を消してください
智晴:……お願いします
間
ソマリ:たいした覚悟ですね、いいでしょう
智晴:じゃあ……!
ソマリ:ただし、対価の内容は変えさせて貰います
智晴:………
ソマリ:失敗した場合は、かなめの中の貴方の記憶を消しましょう
智晴:……ッ!
島:おいソマリ! そりゃいくらなんでも――
ソマリ:勘違いしないで頂きたい
ソマリ:私にとって重要なのは、あくまで魔法少女 真島 かなめであり
ソマリ:そこの少年Aがいくら苦しみ喘ごうとも、知った事ではありません
島:………
智晴:……分かりました
島:ボウズ…
智晴:覚悟の上です。かなめにとっても、その方がいいでしょう
ソマリ:………
智晴:でも…
智晴:そんな「最悪ではない」というだけの選択肢、俺は許すつもりはありません
間
ソマリ:フン……今日はもう帰って休みなさい、酷い顔ですよ
ソマリ:そして明日から三日間…せいぜい死ぬ気で付いてこい
智晴:はい!
ソマリ、部屋から姿を消す
島:(呟く)んだよあのクソネコ…ちょっと嬉しそうじゃねぇか
三日後、病院内、かなめ専用の待機室
島:んであとは…この書類にサインすれば手続き完了だ
かなめ:ありがとうございます、島先生
島:なぁに、たいした事はしてねぇよ
かなめ:でも…手続きだけで三日もかかるなんて、きっと凄く大変だったんですよね
島:…うん! そうだね…! 凄く大変だったなあ!
ソマリ:(舌打ち)…へたくそが…
かなめ:ん? ソマリ、何か言った?
島:ああ! 俺ちょっとトイレ行きたくなって来たなぁ! 俺が戻るまで! ゆっくり窓の外でも眺めながら待っていてくれ!
かなめ:あ、はい、分かりました
ソマリ:(深い溜息)
島、退室
かなめ:なんか今日の島先生、変だったね
ソマリ:変なものでも食べたんでしょう、気にするだけ無駄ですよ
かなめ:そっかぁ
間
かなめ:トモくん…あの後大丈夫だったかな
ソマリ:……
かなめ:あんなに怒ったトモくん、初めてだったな
かなめ、契約書を持つ手に力が入る
かなめ:なんで私…あんなこと言っちゃったんだろう…
ソマリ:………
かなめ、ソマリが窓の外を凝視していることに気付く
かなめ:どうしたのソマリ? 窓の外なんか見て
ソマリ:………
かなめ:何か面白いものでもあった?
ソマリ:そうですね……
かなめ:?
ソマリ:この季節になると、病院の中庭で飛ぼうとする馬鹿が現れるのかと感心していますよ
かなめ:えぇ、そんな人いるの?
かなめ、気になって窓の外の中庭を見て、顔色が変わる
かなめ:嘘……なんで……トモくん……?
かなめ:なんで! なんで!?
かなめ:なんで…魔法機なんかに乗ってるの!
智晴:いよっしゃぁぁぁああ!
島:いけー! クソガキ! 男見せる時だぁ!
舞:頑張れートモハル! 今のあんたは魔法少女よ!
かなめ:島先生も! 舞さんも! なんで!!
ソマリ:やはり、人間というのは馬鹿しかいないんですかね
舞:島先生! 結局何メートル飛べたの!?
島:練習じゃ1メートルだ!
舞:全然駄目じゃん!? あそこ三階だよ!?
島:元々手続きは四階のムンテラ室でやる予定だったんだ! それを三階の、しかも中庭の真上の空き病室に変えた俺のマンパワーを褒めろ!
舞:せめて二階にしてよー!
智晴:大丈夫! 俺、本番に強いタイプだから!
舞:アンタは陸上部の頃からあがり症でしょうが!
かなめ:嘘でしょ……だってトモくんは魔法なんか……魔法なんか使えないのに!
ソマリ:でも、あの少年は飛ぶ気みたいですよ
智晴:…魔術方陣、展開…
智晴:環境魔力因子、測定開始…
かなめ:やめてよ…無茶だよ
智晴:測定終了。体内魔力因子、測定開始…
ソマリ:彼は確か…なんでしたかね
ソマリ:――魔法の使えないただの一般人?
智晴:測定、終了…!
ソマリ:いや違いましたね、そう言えば本人から聞いたんでした
ソマリ:藤ノ宮高校 魔法科二年 “航空魔法機部”所属
かなめ:………!
ソマリ:そして――
智晴:魔法少女 真島 かなめ その唯一の肉親にして唯一の兄!
智晴:真島 智晴! 飛びます!
爆音
かなめ:……ッ!
島:くっそ、バーストしやがった! あれだけ気をつけろって言われてたろうが!
かなめ:ほら! やっぱり無理じゃ――
舞:待って! まだ踏ん張ってる!
智晴:ぐっ…ぁっ…がぁぁあああ!!
かなめ:そんな、嘘…
ソマリ:ほう…
智晴:あっ…がぁっ…れぇぇっ!!
かなめ:なにが……
智晴:あがれぇぇっ…!! このぉっ…!!
かなめ:……なにが信じて欲しい、だよ
智晴、回想
ソマリ:いいですか、少年
ソマリ:魔法の原理ついては今でも諸説ありますが、たった一つ、千年前から明らかな事があります
ソマリ:魔法の力とは−−
ソマリ:信じる心、そのものであると
回想終了
かなめ:信じてなかったのは、私の方じゃない…!
智晴M:くっそ、もうこんだけ踏ん張ってるのに…! なんで上がらないんだっ!
智晴M:もう意識の方が…飛びそうじゃねえかッ…!
智晴M:やっぱり、駄目――――
かなめ:おにいちゃぁぁぁあん!!!
智晴:ッ……!?
舞:うそ…かなめちゃん!
島:おいおい何してんだあの馬鹿! 落っこちるぞ!
かなめ:(深呼吸)
ソマリ:…貴女も大概の馬鹿者ですね
かなめ:ごめんねソマリ。……でも私も
かなめ、笑顔で振り向く
かなめ:人間だから
ソマリ:フン……行ってこい、真島 かなめ
かなめ、微笑み、全身の力を抜く
智晴:……ッ! 何してんだかなめぇぇえッ!!
かなめ:(大きく息を吸う)
かなめ:信じろぉぉぉおおお!!!
智晴:ッッ!! ぁぁあっ!! 飛べぇぇぇええええ!!!!!
◇
舞M:耳をつんざく爆音、眼を覆う閃光
島M:一瞬の静寂
舞M:やっとの思いで目を開いた私たちの前に見えたのは
島M:遥か天空まで貫く
舞M:一筋の魔法機雲だった
舞:あれが………魔法少女………
<島、かなめの病室に飛び込む>
島:おいソマリ! お前何してんだッ!
ソマリ:おや、随分と早かったですね。もうしばらくアホ面で立っていてもらってよかったのに
島:なんで止めなかった! あんなん普通は大事故だぞ
ソマリ:普通はそうですねぇ
ソマリ、窓から空を見上げる
ソマリ:でも彼らは違った、そうでしょう?
島:……ああ本当だよチクショウ、今どのくらいにいる
ソマリ:どうでしょう。成層圏くらいですかね
島:……飛び過ぎだ、馬鹿野郎
智晴M:空なんて嫌いだ
智晴M:飛行機雲なんて嫌いだ
智晴M:それは、見ているだけで吸い込まれそうで、とけ込んでしまいそうで
智晴M:なにもかもを奪われてしまうような気がしたから……
智晴M:だから、空なんて――
藤ノ宮市、上空
かなめ:ちょっとトモくん! トモくん!
智晴:ん……?
智晴が目を覚ますと、遥か下方に見慣れた形の輪郭が見える
智晴:あれは……日本列島……?
間
智晴:って、えええええええっ!?
かなめ:ちょっとトモくん危ないよ! ちゃんと飛んで!
智晴の背中に抱き着くようにして、かなめが魔法機に乗っている
智晴:か、かな、かななかなめ
かなめ:落ち着いて、大丈夫だから
智晴:飛んでる……飛んでるのか、俺たち
かなめ:うん、そうだよ。私たち、今世界中の誰よりも高い場所にいるの
智晴:す、すげぇ……
智晴、これまで見たことのない景色に言葉を失いかけるが、ふと気づく
智晴:というか! かなめお前、また魔法使えるようになったのか!?
かなめ:うーん、どうだろう
智晴:…え?
かなめ:今これ飛ばしてるの、トモくんだよ
智晴:へ!?
かなめ:私は、少し魔力を分けてあげてるだけ
智晴:そんなことできるのか……
かなめ:…まあ普通は出来ないけど
かなめ、すこしだけ智晴に寄り添う
かなめ:なんでだろ……兄妹(きょうだい)だからかな
智晴:………そうか
間
智晴:なあ、かなめ
かなめ:なに?
智晴:飛ぶのって、気持ちいいんだな
かなめ:……うん
智晴:やっぱ俺、羨ましかったんだ。優秀な妹を持ってさ
かなめ:………
智晴:お前のためだとか言ってたけど、今分かった。俺のためだったわ
かなめ:……うん
智晴:俺のために、かなめ、お前を助けたかった
かなめ:………
智晴:それでだな……。これは……助けることが出来たとみてもいいんでしょうか……?
間
かなめ:……まあ、いいでしょう
智晴:はあ!? なんだその微妙な感じ!
かなめ:微妙なのはこっちですぅー! 助けるとか言って、今も魔力回し続けてるの私なんですけどー! 今の私、携帯型バッテリーみたいな状態なんですけどー!
智晴:うっ…!
かなめ:でもまあ……
智晴:……?
かなめ:舞さんと…島さんと…ソマリと…みんな全部合わせたら……助けてもらったなって感じ
智晴:……そうだな
間
智晴:それで言ったら俺も、助けられた側だ
かなめ:…みんなに感謝しなくちゃね
智晴:ああ……ほんとにな
智晴M:茜色に染まり始めた地平線。眼下を横切っていく飛行機雲
智晴M:この空だったら……
智晴M:俺も存外、好きになれるかもしれない
マホウキ im ur hero
かなめ:ねえ、そろそろ降りてもいいんじゃない? ちょっと暗くなってきたよ?
智晴:ああ…そうだな
かなめ:もう充分堪能したんじゃない?
智晴:うん。俺もそう思うんだが、その
かなめ:トモくん…? まさか…
智晴:いやぁ、今まで飛び方しか練習してこなかったから……………降り方がわからん
かなめ:トモくん!?
ソマリN:“本日も雄大なる空の膝元に、我ら人類は些末を営もう”
ソマリN:――ウィリアム・ウィン・ウェストコット
Fin
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