マヂカルストロベリーライド
作者:ススキドミノ


新村ののこ(にいむら ののこ):(28)元イベント部の精鋭職員。マジカルエリアのエリアマネージャーとして配属された。
小野瀬扇(おのせ おうぎ):(26)マジカルエリアのアトラクション『ストロベリーライド』のアトラクションチーフ。
藤原文華(ふじわら ふみか):(28)株式会社メアリーズ・インクの副社長。社長令嬢。

キュービック・キューム:年齢不詳。魔界からやってきた魔族派に所属する闇の魔獣。今は小さい獣の格好で太っている。
パステル・パーミット:年齢不詳。魔界からやってきた魔法同盟に所属する光の魔獣。小さい獣の格好で、痩せていた。小野瀬と兼ね役

少女新村:(12)十六年前、中学生の頃の新村ののこ。ポワポワキュートな彼女の正体は、光の魔法少女マジカルののこ。
少女藤原:(12)十六年前、中学生の頃の藤原文華。ゴスロリダークな彼女の正体は、闇の魔法少女ダークネス文華。






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 <遊園地グッドワールド「マジカルエリア・事務室」>

 <閉園後・机の上に荷物を置く新村>

新村:ふう……これで、全部……。
   もっとあるかと思ったけど……。

 <机の上の資料に目を通す>

新村:これ……マジカルエリアの資料……大体知ってるんだけど、ありがたい、か。
   あら……? この人形……。

 <机の上には、小さな白いモコモコとしたキャラクターの人形が置いてある>

新村:確かストロベリーライドのキャラクターの……。
   まいったな……名前、覚えてないのよね。
   資料で見ればいいか……。

 <人形が手に何かを持っているのを見つける>

新村:あら……あなた、何か持たされてるわねぇ……。
   何を持ってるのかしら……。

 <新村はメモを手に取る>

新村:ウェルカム、ニイムラ・エリアマネージャー……。
   ふふ……なんだかこういう、うちの遊園地の伝統なのかしら。
   ちょっと、嬉しいじゃない……。

 <新村は椅子に座って、人形に話し始める>

新村:はじめましてー。私は新村っていうの……。
   私ね、本当はイベント担当だったんだけど、異動してきたの。よろしくねー?
   んー? どうして異動したのかってー?
   (ため息)そうよねえ……夏のイベントも多いし、担当してたイベントも多かったから私も嫌だったのよ……?
   郡司部長もね、私に抜けられたら過労死するからって粘ったらしいけど……。
   ほら、あなたも知ってるでしょ? 前任のエリアマネージャーが寿退社したっていうから……。
   
 <新村の人形を握る手が強くなる>

新村:信じられる……? 寿退社よ……? 寿退社……!
   大体グッドワールドって、遊園地だっていうのに何故かスタッフに既婚者増えないから、上層部も喜んじゃってさ……!
   このクソ忙しい時に超盛大に送り出してくれちゃって……!
   大体! 私だってもう二十八なのよ二十八!
   なのに彼氏どころか遊ぶ間もなく働いてるっつーのに! なぁにが職場結婚よ!
   社報に「グッドワールド婚でしたーはあと!」なんて頭の悪いコメント掲載しやがって!
   ぐぬぬぬぬー!

 間

新村:(ため息)はあああああ……。
   虚しい……。

 間

新村:(悲しげに)あと、あんたくらいの大きさのぬいぐるみ握ってると思い出すのよね……色々……。

 間

新村:マジカルエリアのエリアマネジメント担当……。

 <新村は椅子でぐるぐると回る>

新村:嫌だああああ! このエリアのバイトって全員頭ポワポワなんでしょ!?
   郡司部長が言ってたあああ! もーやだ! 毒されるのやだああ!
   ポワポワきらあああい!

 <新村は机に突っ伏す>

新村:あーあ……どうせならフューチャーエリアが良かった……。
   万生(ばんしょう)君もいるし……。そういえば、最近万生君とも飲みにいってないなぁ……。
   ……最近、万生君連絡しても返事遅いよなぁ……。彼女とかできたかなぁ……。
   まぁ……そうだよなぁ……良い男だし……。あー……凹むー……。

小野瀬:(高い声で)マアマア、ゲンキヲダシナヨ。

新村:ありがとう……。

小野瀬:ダイジョウブ、キミナラヤレルヨ。

 間

新村:え……? 誰?

 <新村の正面の机に、ぬいぐるみと同じキャラクターのキグルミが座っている>

新村:ひっ!? き、きぐるみ……? いや……でも、座ってるってことは……。
   誰か……入ってるの?

 間

新村:今すぐ顔を外しなさい。でないと、警備員を呼ぶわよ。

小野瀬:ダレモイナイヨ?

新村:(電話をとって)……あ、もしもし、警備室ですか?
   不審者が一名、事務室にーーええ。

 <小野瀬はキグルミの顔を外す>

小野瀬:あのー、すみません。それはちょっと困るんですけどー。

 間

新村:本当にはかけてないわよ……。で、あなたは誰?

小野瀬:誰だと思います?

新村:そんなくだらない問答したい気分じゃないの。
   とっとと答えないなら、次は本当に人呼ぶわよ。

小野瀬:うわ。遊び心ないなぁ、新村先輩ったら。
    さっきは楽しそうにそのママーリンちゃん人形に話しかけてたのに。

新村:……ストロベリーライドのアトラクションチーフ、小野瀬扇。

小野瀬:なんだ、知ってたんじゃないですか。

新村:部下になる人間の顔くらいは事前に把握してるわよ。
   まともに挨拶も出来ないほど不出来だとは思わなかったけど。

小野瀬:いやぁ、ちょっと和ませようとしただけなんですけど。

新村:面白いと思ってるの? 不快以外の何物でもないわ。
   今すぐに帰りなさい。

小野瀬:またまたー、冗談も言うんですね。

 間

小野瀬:え? マジで言ってます?

新村:本気に決まってるでしょ。とっとと荷物をまとめて帰りなさい。
   引き継ぎは明日からよ。……明日までに、私が今のことを忘れてるように祈るのね。

小野瀬:……なんか、すみません。じゃあ、帰ります。

 <小野瀬は荷物とキグルミの首を小脇にかかえて出口へ歩いていく>

小野瀬:あ、そうだ、新村先輩。

新村:まだ何か……?

小野瀬:その人形の名前、ママーリンって言うんですよ。
    名前、覚えてあげてくださいね。

新村:……ああ、そう。

小野瀬:(微笑んで)マジカルエリアへようこそ。
    会うの、楽しみにしてました。これからよろしくおねがいしますね。

 <小野瀬は部屋を去っていく>
 <新村はしばらくその場で腕組みをしたあと、両手で顔を覆う>

新村:ーーくぅッ! 見られたッ! 死にたい……!


 ◆


「マヂカルストロベリーライド」


 ◆


 <一週間後・遊園地グッドワールド「マジカルエリア内広場」>

新村:……大体こんな所か……。大方のところは理解した。
   あなたも、メモとかしなさい。

小野瀬:え? いやでも、大体頭で覚えましたよ。

新村:それだと、いざという時わからなくなるの……!
   支給されてるタブレット端末あるでしょ? それでいいから、数値だけでもメモなさい。

小野瀬:はーい、わかりました。

新村:その言葉遣いも……! ガキ臭いからやめなさいって言ったわよね……!

小野瀬:えー? でも、今までそんなこと注意されたことないですよ?

新村:そりゃあね……このエリアだからよ……!
   みんな揃いも揃ってポワポワだらだら喋る……! 休み時間にお菓子の交換会って……!
   なんなの……!? もっと話すことあるでしょ……!? 意味分かんないわよ!

小野瀬:まあまあ、先輩ちょっと甘いもの足りてないんじゃないですか?
    さっきバイトの子からクッキーもらったんですけど、先輩も食べます?

新村:いらないわよ……! さっき事務所でさんざん甘いもの食わされてるのよこっちは……!

小野瀬:先輩女子バイトから人気ですもんねえ、カッコいいって。
    しかもアレ全部食べたなんて、感激してもっと増えちゃうかも。

新村:あんなキラキラした顔で渡されたら断れないわよ……。
   それと……あなたがもらったってそのクッキー、手作りでしょ。
   手作りってのは色々あるんだから、他の女に食わすんじゃない。

小野瀬:……へえ。やっぱりカッコいいこと言いますね。先輩。
    男前です。

新村:嬉しくない。

小野瀬:あ、でも先輩カッコいいだけじゃなくて可愛いとこもありますもんね。

新村:……は?

小野瀬:ほら、人形に向かって話すとかーー

 <新村は小野瀬の頭を掴む>

新村:飛ばすぞ……。どこかの遠くのエリアに……。

小野瀬:やだなぁ……忘れましたよ、今。

新村:ったく……! 小野瀬は無駄話が多い。もっと仕事に集中しなさい。

小野瀬:はーい――

新村:だから……!

小野瀬:はい。わかりました。
    ……でもなんで、僕にエリア管理の仕事なんて教えるんです?

新村:あなたが担当してるストロベリーライド、今は休止中で暇でしょ。
   だからこの期間中で、私はあんたをここのエリアマネージャーになれるよう教育しようと思ってるの。

小野瀬:それはありがたいですけど……給料も増えるし。
    でも、そんなに急いでやることでもないんじゃないかなと思って。

新村:新しいエリアマネージャーができれば、私が元のイベント担当に戻れるからよ。

小野瀬:え。先輩来たばっかじゃないですか。みんな悲しみますよ。

新村:知らん。そんなもん。

小野瀬:なんでそんなに嫌うんですか? マジカルエリア、可愛いじゃないですか。

新村:ええ……そうね……可愛い。可愛いわよ。
   ピンクのクリームの屋根にピンクのクッキーの扉……!
   丸っこくてビビッドカラー満載の町並み……!
   ピンク白ピンク青ピンクピンクピンク……!

小野瀬:先輩? どうしましたー? 蹲って。

新村:……吐きそうになった……。

小野瀬:袋、いります?

新村:いらん……! とにかくね……わたしはこういうポワポワでピンクピンクしいものが超苦手なの……!
   だから、今すぐにでも元の担当に戻りたいのよ。

小野瀬:なんか、根深そうですねえ。

新村:とにかく小野瀬……一秒でも早く仕事覚えて頂戴……。

小野瀬:はい。……今日って客人口と移動経路の確認、でしたっけ。

新村:ええ。人気アトラクションのストロベリーライドがしばらく工事で使えないでしょ?
   だから移動店舗の位置関係なんかを調整をして、客足の偏りを抑えたいのよ。

小野瀬:なるほど……。

新村:私はここにきたばかりだから、小野瀬には色々と聞きたいこともあるのよ。
   マジカルエリアのことで、話せるようなことはある?
   あー……設定とかじゃなくて、経営的な目線でね。

小野瀬:うーん……そうですねえ。
    マジカルエリアの主要客層は基本的に、小さいお子様連れのお客様が50%を締めています。
    残りの内訳は、意外とバラバラでーーというのも、隣接しているアドベンチャーエリアに人気の絶叫アトラクションが固まっているので、通りすぎるお客様が立ち寄っていったり、休憩していったりするパターンが多いですね。
    ……先輩? どうしました?

新村:……いや。続けて。

小野瀬:ストロベリーライドは確かに主力ですけど、僕はマジカルエリアの強みはエリア自体の作りにあると思ってます。

新村:っていうと?

小野瀬:これ、エリアの地図なんですけど。他のエリアってアトラクションが新設される度に新しく道路を引き直しているから、道が入り組んでるんですよね。
    反面、マジカルエリアは開設当初の計画書から道の増設も最低限になっているんです。
    理由は、コンセプトであった夢の広場――ここの存在。
    夢の広場から放射状に広がる魔法の街。このコンセプトを守っているおかげで、マジカルエリアは他のエリアに比べて移動にストレスがない。

新村:確かに……この夢の広場に一度人が集まる仕組みになっているのね。

小野瀬:なので、広場近くにあるストロベリーライドが休止しても、動線自体は生きています。
    今分散している客足を集めるとしたら――やはり夢の広場ですね。
    ここに移動販売車を増やして……後は、そうですね……。
    さっき見て回った時によく見たんですけど――ええと。

新村:写真ね?

小野瀬:はい。ズバリそれです。

新村:確かに……若い女性が写真を取っている姿が目立ったわ。
   マジカルエリアはアトラクションが弱い分を建物のクオリティで補ってる。
   写真を取ってインターネットで公開する文化が流行っている昨今、このエリアならではの強みになる。

小野瀬:なので……写真スポットととして大々的に宣伝しちゃうとかどうですか?

新村:……いける。イケるわ! それ!
   早速申請してみる――っていうか……。

小野瀬:はい?

新村:小野瀬……あなたどうしてここまで仕事できるわけ?

小野瀬:え? あ、もしかして、褒めてくれてます?

新村:というより……なんだか狐につままれた気分よ。
   普段は妙に力抜けてるくせに……変なやつね。

小野瀬:そうですか。でも、嬉しいです。

新村:前のエリアマネージャーって相当その辺は上手くやってたわよね。
   あなたも助言してたりしたの?

小野瀬:というより、前のエリアマネジメントは、僕が半分以上受け持ってました。

新村:……は? 仕事半分受け持ってた……?

小野瀬:困ってたんで。ほら、僕、部下ですから。

新村:どこの馬鹿よそのエリアマネージャー……! 一回説教かまして――

小野瀬:あのー、この間結婚して退職されましたけど。

新村:そうだ……! そうだった……! あの脳みそスポンジ女……!

小野瀬:あ、そうだ。少しお役に立てたなら、この後ご相談したいことがあるんですけど。

新村:相談? 何……?

小野瀬:ストロベリーライドのことなんですけど。

新村:ああ、そうね。なんといっても、このエリアの主力アトラクションだし……
   早く工事を終わらせて、再開してもらわないと困るわ。

小野瀬:あー……その工事なんですけどね。実のところ、全く進んでないんですよね。
    というより、工事できないって感じで。

 間

新村:は……なんですって?


 ◆


 <ライド型アトラクション・工事中のストロベリーライド>

新村:本当に工事してないじゃない! どうなってんのよ……!

小野瀬:だから言ったじゃないですか。

新村:信じられるかっての……! 工事のために人形を動かそうとしたら……なんだっけ?

小野瀬:人形が逃げるんですよ。

新村:んなわけあるか! 普通のロボットでしょあんなもの!

小野瀬:そのはずなんですけどねえ。捕まらないんで工事がはじめられないって、工事会社の人に待ってもらってるんです。

新村:あー……頭痛い……! なんなのよあんたらは……! どこまで脳内にクリーム詰まってりゃ気が済むわけ……?
   危ない幻覚クッキーでも食べてるんじゃないの……!?

小野瀬:でもどうですか? ライドに乗らずに中を歩くって、ワクワクしません?

新村:……不気味以外の何物でもないわよ。この世界観で音楽と照明がなかったらサイコホラーだわ。夢に見そう。

小野瀬:あ。次、レモンの島ですよ。ここから人形が出てきますね。

新村:ったく……とっとと確認して工事を――

 <レモンをモチーフとしたゾーンには、あるはずに人形が一体も無い>

新村:な、んで……。
   ――なんで人形が一体も無いの!?

小野瀬:ほらね? 逃げちゃうんですよ、奥の方のゾーンに。

新村:そんなわけないでしょ! 第一、固定されてるロボットの人形がどう逃げるってのよ!

小野瀬:それがわからないから、僕達も困ってるんじゃないですか?

新村:なんで疑問形なのよ……! これ、もう片付けたんじゃないの_…?
   とにかく次行くわよ次――

 <目の木の陰で、人形が一体こちらを覗いている>

新村:ちょっと待った……。……なんか、いない? あそこ。
   木の陰から……こっちを覗いているように見えるんだけど……!

小野瀬:あ。一体まだ残ってましたね。あれは……木こりのオーリンかな。

新村:本当に……ほんっ――とうに! 私の食べたお菓子に、薬かなんか入ってないわよね……。

小野瀬:まさか、うちのバイトの子、みんなただの女子ですよ。

新村:(ため息)……もういいわ。あなたもう……事務所に戻ってなさい。

小野瀬:え? でも――

新村:いいから。こんなわけのわからない状況で平然としてしまえる人間が側にいると、頭おかしくなるから……。

小野瀬:そうですか? じゃあ、戻ってますけど……。
    何かあったら呼んでくださいね、先輩。

 <小野瀬は入り口へ戻っていく>

新村:(ため息)……まったく……なんでこんなことになってるわけ?
   ……随分久しぶりに見たから気づかなかったけど……。

 <新村は人形に顔を近づける>

新村:……魔素(まそ)の残留……。間違いないわね……。

 <新村は腰に手を当てて、次のゾーンをにらみつける>

新村:誰なの。出てきなさい。

 間

新村:……はっきり言わなきゃわかんないかしら。
   この魔法を行使している人間にいっているんだけど。

キュービック:……オイ、どうやら魔法を知る人間のようだぜ?

藤原:コラ……! 声を出したらいけないでしょう!?

キュービック:しまった……!

新村:そこね! 観念して出てこい!

 <新村は次のグレープの森まで足を進める>

藤原:よくぞ! この魔法を見破りましたね! 褒めてあげます!

キュービック:ケッケッケ……。随分と待ちくたびれたぜ。

 <黒いマントをつけた女と、太った黒い獣が宙に浮かんでいる>

新村:黒いマントに……黒い獣……。あんた達、魔族派の一派ね。

藤原:それも知っているとはあなた……ただものではありませんね!

キュービック:そうさ! 俺は魔族派の貴族! 魔界の魔獣――

新村:太ってるわね。

 間

キュービック:……え?

新村:私の知っている魔界の魔獣はもっと痩せてたと思うけど……。
   あんた、太ってない?

 間

キュービック:……え。やだ……。俺、帰る。

藤原:ちょ……! ダメよキューちゃん! あんな言葉に負けてはダメ!

キュービック:だって俺……太ってるんだろ? 最近ちょっと身体重いなーとは思ってたんだよ畜生……!

藤原:そんなことない! キューちゃん! 可愛いよ! 可愛い! ちょっとぽっちゃりしてて――

キュービック:ぽっちゃりってさぁ! それ大体、デブって表現避けるために作られたクッションワードじゃん!
       デブって思ってんじゃん絶対! もうやだ! お前がさぁ! 毎日飯作りすぎっからさぁ!

藤原:ほんのちょっと! ほんのちょっとだけだから! ね! 大丈夫よ! すこーしクッションみたいなだけ!

キュービック:ざけんなよ! クッションとかいうんじゃねえよ! ホント無理! 俺さぁ! 学生時代からずっと攻める側だったからさぁ!
       イジられるとか本当無理なタイプなんだよなぁ!?

新村:一言で効きすぎでしょあんた……。
   っていうか……さっきからキューちゃんって……どっかで聞き覚えが……。

藤原:え? キューちゃん知ってるんですか?

キュービック:んだよ! お前嫌い! 超イヤ! イジんじゃねえよまじでテンション下がるわ―!

新村:ポワポワしてる雰囲気のくせに、どこか心が淀んでそうな……あんたもどっかで……。

藤原:え? 私も?

新村:……あ。

 間

藤原:あ、思い出しました? えっと、どこで会いました?

新村:……いや。知らない。

藤原:嘘だ! 今、しまったって顔したよね! ねえ!

キュービック:んだてめえ……。隠してんじゃねえぞコラァ!

新村:ほんと……なんか勘違いしてました。すみません。
   それでは、私はこれで失礼します――

キュービック:明らかになんか隠してんなぁこれ!?

藤原:名札……えっと、にいむら――

新村:しまった……名札つけっぱだった!

藤原:にいむら……にいむら……。

 間

藤原:あああああ! もしかしてあなた!

新村:気づくんじゃない……お願い……!

藤原:も、もしかして! あなたは――魔法少女、マジカルののこ!?

新村:その名前を……! 言うなああああ!


 ◇


キュービックN :俺達の住む魔界は、この地球世界の裏側にある。
        そして、魔界と地球の間には、時間と空間の狭間に存在する虚数的異次元空間”ライブラ”が存在する。
        時を遡ること十六年前――突如として、ライブラの中に、魔界と地球を繋ぐ穴――”ホール”が出現した。

 <一六年前の回想・神奈川県・某市>

キュービックN :二つの勢力によって分割、統治される魔界
。         両勢力は長きに渡り冷戦状態にあった。
        地球へと繋がるホールが出現は、魔界を揺るがす大事件だった。
        異世界の情報を持ち帰ることができれば、大きなアドバンテージになると考えた両勢力は、こぞって地球への干渉を試みることにする。
        俺は、魔界二大勢力の一つ、魔族派(まぞくは)の工作員として地球へ潜入した。
        しかしホール状態が不安定で、俺が通り過ぎると縮小――俺は事実上の孤立無援状態となった。
        更なる誤算は、この世界には魔素が極端に少なかったこと。
        魔獣としての姿を維持できず、俺の身体は小さくてモフモフの獣のようなものに変わってしまった。
        神奈川県、某市の住宅街の外れ――途方にくれていた俺の前に、人間の少女が現れた。


少女藤原:動物……! こんなところに……?

キュービック:……人間の、子供か。それ以上近づくな……。

少女藤原:え!? 今って、あなたが喋ったんですかぁ……?

キュービック:近寄るなと言っている! 人間……!

少女藤原:喋る動物だなんて……私、本でも読んだことありません!
     とても賢いんですねぇ!

キュービック:俺様を誰だと心得る! 俺は魔族派十三貴族の筆頭! キュービック家の嫡男にして、最強の魔獣!
       キュービック・キューム――

少女藤原:キューちゃん!? キューちゃんって名前なんですかぁ!

キュービック:は? いや違う!? 俺はキュービック――

少女藤原:可愛い! とっても柔らかいですぅ!
     それに暖かーい!

キュービック:やめ……! 着やすく触るな! も、もふもふするな! くすぐったい――!

少女藤原:小さな角がついてるんですねえ! それに、小さな翼も!
     とっても可愛いですよぉ! キューちゃん!

キュービック:黙っていればいい気になりやがって……! 魔獣にとって角とは誇り!
       翼とは畏怖の象徴……! 脆弱な人間の子供などに馬鹿にされてたまるかあああ!

 <キュービックの身体から黒いエネルギーが立ち上る>

少女藤原:キャッ……! これは、この黒い煙は一体!?

キュービック:これは俺の魔力よ……! 以下にこの世界に魔素が少ないとはいえ、蓄積しているエネルギーはこの世界を飲み込み――

少女藤原:すごぉい! 私の中に吸い込まれていく……!

 間

キュービック:……え?

少女藤原:私にこの力をくれるの……? キューちゃん……! 優しいのねッ!

キュービック:お、俺の魔素を全部吸い上げて……! つ、使いこなしてやがる!?

少女藤原:ふふふ! 今ならなぁんでもできる気がしますぅ! ふふふふふ!

 間

キュービック:マジで……何コレ!?


キュービックN:人間の中にはまれに、魔素を蓄積できる者がいた。
        偶然、俺が出会った藤原文華という少女こそ、その魔素を操れる人間だった。
        彼女は驚くべきことに、一度適合した魔素を体内で生成することができた。
        俺は思った――自分の中に溜め込んだ魔素もからっぽで、帰る方法もわからない。
        ならば、この少女を利用するしかない。
        そして俺は、藤原文華を操ってこの世界から抜け出そうと決めた。
        しかし、そう考えたのは俺だけではなかった。
        魔界で魔族派と対をなす勢力――魔法連盟(まほうれんめい)もまた、工作員を地球へ送り込んでいたのだ。

<塾帰りの十二歳の新村は、夜に差し掛かる道を走っている>

少女新村:あーあ……! こんなに遅くなっちゃった……!
     もう……! 今日も最後まで残されちゃった……。私ってなんでこう……。

 間

少女新村:(立ち止まって)……あ。今日はもう、鐘も鳴り終わったんだ……。

 <遠く沈む夕陽と、明かりが着き始めた街を見下ろす>

少女新村:……このまま、勉強して……おとなになるのかな……。
     (ため息)……私、どんな大人になるんだろ……。

 <新村の背後から、制御を失ったトラックがクラクションを上げて新村へと迫る>

少女新村:え? 何この明かり――えッ! あのトラック、なんでこっちに向かって――
     ヤダ……! 私、死んじゃう――!

 間

少女新村:……しん、だの? 私……。

パステル:間一髪、だね。間に合って良かったよ。

少女新村:……え? 白く光って――え?

 <新村の眼前には、白くて丸い角の生えた生き物が浮かんでいる>

少女新村:あなたは……誰?

パステル:僕は、魔界からやってきた魔法同盟の使者――パステル・パーミット。

少女新村:パステル……? 魔法って、何?

パステル:今君が身にまとっている、その力のことさ。新村ののこさん。

少女新村:私が? ――え? ええええ!?

 <新村は自分が空高くに浮いていることに気づく>

少女新村:空を! 飛んでる!?

パステル:ああそうさ。それも……これは君自身が魔素を操っているんだよ。

少女新村:私が!? 魔素って、何……? もしかして……この暖かい力のこと?

パステル:すごい……光の魔素が君と共鳴してる……!

少女新村:この子たちは……私の、言うことを聞いてくれてる……!

パステル:(微笑んで)やっと見つけたよ……。君こそが、僕が探し求めた、魔素を操れる選ばれし人間……。
     魔法使いになる資質を持った、救世主。

少女新村:魔法使い……? 私が?

パステル:新村ののこさん……お願いがあるんだ。
     僕を――この世界を守るために、力を貸してくれないか。
     僕は、この世界の……みんなの笑顔を見るのが大好きなんだ!


キュービックN:こうして俺達は活動を開始した。
        ホールは突然街のどこかに現れると、所構わず魔素をばらまいた。
        俺達は魔素を回収するために、ホールの開いた場所へ何度も赴いた。


パステル:ののこ! 見えるかい!

少女新村:うん……! あのライオン、魔素で暴走してる!

パステル:魔装甲をまとうんだ!

少女新村:わかった! マジカルストロベリーアーマー! ブート! へんしーん!


キュービックN:魔装甲(まそうこう)は、使った人間の精神に合わせて起動する。
        魔法同盟の使う、光に由来する魔法は、新村ののこの純粋でキュートな精神とリンクし、フリフリのピンク色のドレスと変化する!


少女新村:いくよ! パステルッ!

パステル:待って! ののこちゃん!

 <新村の側を黒い光線が通過する>

少女新村:あっぶなぁい……! これは……! 魔導砲――!?

少女藤原:ふふふ。よく避けましたねぇ……。光の少女。

少女新村:あなたは! また邪魔しにきたの!?

少女藤原:邪魔をしているのはあなたがたではないですかぁ?
     いっつもいっつも私達の前に現れて……正直面倒になってきますよぉ。

キュービック:よおお……パステル。悪いが、このライオンに染み込んだ魔素は――俺たちがいただくぜ。

パステル:キュービック……。君は魔素を集めてどうするつもりだ。

キュービック:ケケケ……! んなこと知れたことだろうがよぉ! 魔素を集めて、魔界への巨大なホールを開く!
       そして俺は魔界に戻り、魔族派の大軍勢をこの地球に呼び込むんだよぉ!

パステル:そんなことをしたら……! この地球はどうなるか! わかってるんだろう!?

少女藤原:どうなる? それはこの世界が……混沌に包まれるだけじゃないですかぁ?

パステル:君は……! それがわかっていてどうして――

少女藤原:えー? だってぇ……その方が、面白そうじゃありませんか?
     私が呼んだ本に書いてありました。人間なんてものがいることで、この地球は死にかけているって……。
     ですけど……地球には自浄作用があり、いつの日か身勝手な人間を滅ぼす――
     それが本当だとしたら……そうですねえ……私はこの世界を救う、救世主になれるじゃないですかぁ!
     それってぇ……超超超素敵じゃありませんかぁ!?

パステル:……キュービック。この子、ちょっとヤバ――

キュービック:言うんじゃねえ! ……確かに……俺も魔獣より恐ろしいこと言うとは思ってんだよ……。


キュービックN:純心な新村ののことは正反対に、藤原文華は――心の中に邪悪な何かを飼っていた。


少女藤原:グレープドレス……ブート。へんしぃん……。


キュービックN:文華の心の闇は、闇の魔法を使う魔族派の魔法と相性が抜群だった。
        故に藤原文華は、漆黒のような黒いドレスに身を包んで戦うのだ!


少女藤原:行きますよぉ! 殺してあげますぅ! 光のぉ!

少女新村:くっ! パステル! 周りの人をなんとか遠ざけて!

パステル:わかった! 光魔法! マジカルフルート!

キュービック:させるかぁ! 闇魔法! マジックゴーストヘル!


キュービックN:街に不明の危機が訪れるたびに、どこからともなく現場に現れ、事件を解決していく少女たち。
        二人を見た人間たちは、次第に彼女達のことをこう呼ぶようになった。
        『魔法少女』と――


 ◇


 <現在・ストロベリーライド・グレープエリア>

藤原:どうして! どうしてののこちゃんが!?

新村:下の名前で呼ぶんじゃないわよ……!

キュービック:まさか……お前が現れるとはなぁ、魔法少女マジカルののこ……!

新村:それもやめろっての!
   ……ったく。あんた達、どうしてここにいるわけ?

キュービック:お前こそ! どうしてこんなところにいる!

新村:私はねえ。この遊園地グッドワールドの社員なの……。

藤原:えー! グドワ―のですかぁ!

キュービック:そうか……まあ確かに、お前の趣味って感じだもんな。

新村:……趣味?

藤原:そうですねえ。ののこちゃんらしいなぁ。昔っから、こういうポワポワキュートなの大好きだったしねぇ。

キュービック:ああそうだな。衣装も毎回こんな世界観だったしな。

藤原:使ってる魔法の名前も、フルーツとかスイーツとかばっかりで。

キュービック:そうそう! マジカルプリンマイトとか、マジカルクッキーミサイルとかな!

新村:やめなさい……! 人のトラウマをえぐるんじゃないわよ……!

藤原:トラウマ? え? だって、ああいうの好きだからここで働いてるんじゃないの?

新村:違うわよ! こっちにも色々事情があんのよ……!
   大体、魔法少女なんてものやってたの、十二歳のときなのよ?
   あれから十六年も経ってるってのに……! ああああもう!
   ヤダ……! 死にたい……!

藤原:ののこちゃん……趣味変わっちゃったんだ。

新村:その下の名前で呼ぶのも本当やめてくれない? 両親も……何考えてそんな甘ったるい名前つけてくれたんだか……。

藤原:なんか寂しいなあ。フワフワののこちゃん、可愛かったのに。
   壊したくなる感じで……。

新村:藤原文華……相変わらず中身は真っ黒でブレてないわね。
   ……で、あなた達。
   ここの人形を魔法で操って、何が目的?

藤原:え? 操ってないよぉ。

新村:嘘つくんじゃないわよ。どう見たってあなた達の魔法でしょう。
   とっとと解いて頂戴。

キュービック:嘘じゃねえって、俺達は関係ない。

新村:じゃあ誰がやってるってのよ……!
   この地球には、もう他に魔法を使える人間なんて――

藤原:私達もそう思って来たんだよ。ののこちゃん。

キュービック:感じないか? ……ここには、あいつの気配がする。

新村:あいつ……?

藤原:って、キューちゃんが言うんだけどぉ……私もわかんないのよねぇ。
   でもでも確かに魔素は感じるし。

新村:もし仮に、あなた達の仕業じゃないとしたら……この魔素は一体どこから湧いてきたわけ?

藤原:んーでも、魔素が出てくるとしたら、アレ以外にはないんじゃないかな。
   ――ホール。

新村:そんなわけないでしょう。ホールはあの時――『魔(ま)クジラ』を倒した時にすべて消えたはず。

藤原:それはそうだけど。

新村:とにかく……ここをなんとかして、出てってくれるかしら。

藤原:え? 私達が?

新村:そこの魔獣がいるんだから、魔法はまだ使えるんでしょ?
   なんだっけ……あなたの解除魔法の名前。

藤原:マジックキラーデスのことかな。

新村:そうそう……そんな物騒な名前のやつ。とっととやってよ。

藤村:でも――

キュービック:だめだ。

新村:はぁ?

キュービック:文華に魔法は使わせねえ。

新村:理由を聞かせてもらおうかした。

キュービック:ホールが閉じてからの十六年間、文華はずっと魔素をため続けてる。
       それでも、ホールが閉じた今、あの頃とは比べ物にならないくらい微々たる魔素しかたまらないんだよ。
       魔法一つでも打てば、空になる程度のなぁ。

新村:……それで?

藤原:私は、その魔力をつかって……ホールを開けようとしてるの。

新村:ホールを? そんなの、不可能に決まってるじゃない。
   私達の魔法で開くようなら、とっくに世界中穴だらけよ。
   それが、その程度の魔力で――

藤原:わかってるよ!

 間

藤原:わかってるけど……しょうがないよ。
   できるかわからないけど、やらなくちゃ。でなきゃ、キューちゃんはずっと……この世界に一人ぼっちになっちゃうんだから。

キュービック:文華……。

新村:……そう。そうね。確かにキュービックはもう、魔界へ戻る手立てがなかったんだものね。

藤原:そういうことだから。私達の魔法は使えない。

新村:……わかったわ。

藤原:でも! ののこちゃんもいるなら話は別だよ! 一緒に――

新村:じゃあ、出ていってもらえるかしら。

藤原:え? でも――

新村:ここは私がなんとかするから。部外者は出ていって。

 間

藤原:……ののこちゃん。

キュービック:……ま、ホールじゃなかったなら、こっちも用はない。
       行こうぜ。

藤原:でも、ののこちゃんだって魔素は残ってるんだよね?
   それでなくても、ののこちゃんの光の魔法なら私よりもっと――

 <小野瀬の声が聞こえる>

小野瀬:先輩? 大丈夫ですかー?

新村:ええ。大丈夫よ。

 <藤原とキュービックは音もなくそこから居なくなる>

小野瀬:あ、いた。

新村:何? 何かあった?

小野瀬:いえ、お昼休憩の時間なので。

 間

新村:まさか……それを言いにわざわざ戻ってきたわけ……?

小野瀬:はい。みんなで一緒に食べませんかって、お誘いに。

新村:……いい。私、まだやることあるから……。
   (ため息)……本当、このエリア、嫌……。


 ◆


 <数日後・新村、事務室で資料を見比べている>

新村:進行は……これでいい。
   あとは、そっか……出店してくれるお店を絞って……。連絡周りは……誰かにやらすか……。

小野瀬:先輩。

新村:どうしたの?

小野瀬:広場に追加で出す移動販売のお店ってもう決まりました?

新村:ん。いやそれ、いまから絞ろうかと思ってたとこ。

小野瀬:僕が以前考えていたリストがあるんですけど、見ていただけますか。

新村:……見せて。

小野瀬:以前営業で、海外からやってきたばかりの新しいスイーツの売り込みがあって、当時の担当者がその――昔ながらの付き合いを優先して、断ってしまっていたんです。

新村:クロップ・ホップって……私も聞いたことあるわよ。流行ってるわよね。
   かぁー……! まあ、昔ながらの付き合いも大事だし、わからなくはないけど……逃した魚はデカイわねえ。

小野瀬:はい。ただ、前の担当が断ってしまった後で、僕が個人でクロップ・ホップさんと連絡を取り合っていて。
    新村さんならきっと、話を進めてくださると思いまして。

新村:……は?

小野瀬:興味、ありますよね。

新村:あるに決まってるじゃない……! 新しくて、しかも美味しくて、見た目も話題の海外スイーツなんて!
   即決まりにきまってるじゃない! このエリアの新しい目玉になるわよ!

小野瀬:そうですね。よかったです。

新村:小野瀬!

小野瀬:は、はい?

新村:よくやったわ! 偉い! よく繋いだ!
   というか、どうして連絡を取り続けてたの!?

小野瀬:へ? どういう意味ですか?

新村:だから……前のマネージャーが断ったのよね。独断で引き止めてたのはなんで?

小野瀬:それは――僕はすごく可能性を感じていたので。

新村:それだけ?

小野瀬:ええと……そうですね。
    このスイーツがこのエリアで食べられるようになったら、お客さんが喜んでくれると思ったんです。
    僕は、お客さんの笑顔を見るのが大好きなので。

新村:……え?


 <新村の脳裏に、パステルが言っていた言葉が蘇る>


『パステル:僕は、みんなの笑顔を見るのが大好きなんだ!』



小野瀬:……先輩?

新村:あ、うん。そうね。わかった。とにかくよくやった! 今度、褒美に飯連れてってやろう!

小野瀬:本当ですか? そうだな……じゃあ、僕、回転寿司がいいですね。

新村:回ってていいの? なぁんか野心無いわね。

小野瀬:あはは、遠慮してるんです。僕、結構食べるので。

新村:そういうなら、まあ……どこでも連れて行ってやるわよ。
   じゃあ、クロップ・ポップの方は進めて頂戴。何か進捗があったら教えて。

小野瀬:はい。わかりました。

 <小野瀬は自分の机に戻る途中で立ち止まる>

小野瀬:あ。そうだ。

新村:何?

小野瀬:この間話していたキャンペーンなんですけど、スポンサーが一社、名乗りをあげてくださいました。


 ◆


 <応接室で並んで座る新村と小野瀬>
 <正面のソファには、藤原が座っている>

小野瀬:本日はご足労いただきありがとうございます。
    このマジカルエリアのエリアマネジメント補佐をしております、小野瀬と申します。

 間

小野瀬:……先輩?

新村:……同じく、エリア担当の新村です……。

藤原:どうもぉ。株式会社メアリーズ・インクの藤原ですー。

新村:……よろしく、お願いします。

小野瀬:今回は、フォトスポットを使った新しいイベントを行いたいと思っていまして――

藤原:読みましたよ―。若い女の子とかがキャッキャするイベントですよね?

小野瀬:はい、まあ簡単に言うと。

藤原:いいですよ。出資します。

小野瀬:……え、本当ですか?

藤原:ええ。うちのお父様に頼んだら、いいぞーって。
   うちの会社は児童向け玩具の開発にも力を入れてますしぃ、ちょっとしたマージンはいただきたいんですけどね。
   それこそ、ショップを出させていただくとか。

小野瀬:それは願ってもない話ですね!

藤原:じゃあ決まりってことで――

新村:ちょ! ちょっと待って下さい!

小野瀬:先輩? どうしたんですか?

新村:あの、藤原さん。

藤原:はい。なんでしょう?

新村:……少し、別室でお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?

藤原:いいですよぉ。

新村:……小野瀬。ちょっと待っててもらえる?

小野瀬:は、はい。わかりました。

 <新村と藤原は別室へ移動する>

新村:なんのつもり……!

藤原:なんのって?

新村:あなたが大企業の社長令嬢だってのは知ってたけど……!
   こんな強引な方法で割り込んでくる……!? 何が狙いよ。何を企んでるの?

藤原:企んでいるかどうかはおいておいて……今回の件はちょっとしたネゴシエート。

新村:交渉……?

藤原:ねえ、ののこちゃん。私はね、本当にキューちゃんを魔界に返してあげたいと思ってるの。

新村:ああ……その話ね。

藤原:でも前に言ったとおり、私の魔力だけではホールは開かない。
   だからののこちゃんの力が必要なの。

新村:私はもう、魔法は――

藤原:最後まで聞いてよ。
   ののこちゃんはあのアトラクションの中で何らかの魔法が使われていることには気づいている。
   でも、今のままではどうすることもできない――そうだよね。

新村:……ええ。

藤原:だからこれは交渉になり得る。私は仕事のスポンサーになって、イベントを一刻も早くスタートさせる。
   実際、ののこちゃん達の提案しているイベントは、とても有益なものだと思っているの。
   もし思ったとおりにこのイベントが成功すれば――小さな子どもたちや、若い子たちのキラキラパワーがこのエリアに溢れ出す。

新村:言いたいこと……わかった。

藤原:ののこちゃんの使う魔素は光の魔素。人々のキラキラパワーが高まれば、きっと魔素に変換できるはず!
   そうしたら! ののこちゃんと私の魔法をぶつけて、ホールが開けるかもしれないし――それに、アトラクションの魔法も解ける!
   ね! 一石四鳥でしょ!?

 間

新村:(ため息)……確かに、理には叶ってるわね。

藤原:でしょ!? ほらね!

新村:だけど……本当にそれだけ?

藤原:な、何が?

新村:あのね……私、藤原文華についてはよく知ってるの。
   快楽主義者、重度の破壊衝動を溜め込む地雷人間……存在そのものが邪悪。

藤原:そ、そんなことないよぉ。

新村:魔法ドラゴンの手足を一本ずつ切り落として笑ってたの……忘れてないわよ。

藤原:あのね! だからその……ほら! ののこちゃんも、あの頃から随分と変わったでしょう?
   私もそうなの! あの頃はちょっとその……若かったし、色々とね……。てへっ!

新村:……ま、確かにね。実際、メアリーズ・インクなんて大手のスポンサードを受けられるは助かるし……。
   あなたも自分の事情だけで突っ込んできたわけじゃないんでしょ。

藤原:当然だよ。私も、やり手の副社長だからねー。

新村:……わかった。いいわ。

藤原:本当!?

新村:ええ。なんか釈然としないところもあるけど……イベントは、進めてみましょう。

藤原:わーい!

新村:ただし。魔法のことは……わかってるでしょう。

 間

新村:私にはもう……魔法は使えない。だから、あなたの望みが叶う保証はないわ。

藤原:うん。それはいい。だって、少しでも希望があるかもしれないから。

新村:……そう。それでいいなら……。

 <新村と藤原は応接室へ戻る>

新村:おまたせ。小野瀬。

藤原:おまたせでーす!

小野瀬:あ、はい。何をお話に?

新村:あー、えっと……実はね、藤原さんと私は、旧知の仲なのよ。

藤原:そうなんですよー! ビックリしましたー。

小野瀬:へえ。それはすごい偶然ですねえ。いつ頃の?

藤原:今から何年前――っていうと年齢バレちゃうからー。
   中学生くらいかなー。

小野瀬:そうなんですか。へえ、先輩ってその頃、どんな感じだったんですか?

新村:は?

藤原:すっごくフリフリ――

新村:スト―ップ! いいですかぁ!? 藤原さん!
   そんな話をしている場合ではないでしょう?
   ……えー、藤原さんとのお話し合いにより、正式に当エリアのイベントをメアリーズ・インクさんにスポンサードしていただけることになりました。

小野瀬:おー! ありがとうございます。

藤原:詳しい契約内容の整理につきましては後日。

新村:そうですね。当園からも、改めてご挨拶をさせていただきます。

藤原:あ、そうだぁ。

新村:え? ……な、なにか?

藤原:いえー、そうだなぁ……うーん。社に説明するためにもぉ、ちょっと頼みたいことはあるかなぁ。
   今日じゃなくていいんですけど……うん。そうですねぇ。
   (唇を舐めて)……新村さんと、小野瀬さんなら、ちょうどいいかもぉ。

小野瀬:僕たち? が、何をすれば?

新村:い、嫌な予感がする――


 ◆


 <数日後・開演中のグッドワールド・マジカルエリア>
 <私服姿の小野瀬がゲート付近に立っている>
 <気だるげな足取りの新村が、小野瀬に近づく>

小野瀬:あ、先輩。

新村:……おう……。

藤原:違いますー! もっとちゃんとやってください!
   こっちは動画回してるんですから!

キュービック:そうだそうだー。テンションあげろー。

小野瀬:……あの、先輩?

新村:何……。

小野瀬:藤原副社長の肩に乗っている生き物って……アレ……なんですか?
    喋ってますけど……。

藤原:これはー! 我社が開発している最新鋭の玩具なんです!
   人工知能搭載型の知育玩具! 小さい子のお友達! キューちゃんです!

キュービック:ぶっ殺すぞ人間どもー!

小野瀬:すごいですねぇ。まるで生きてるみたいだ。

キュービック:気安く触るんじゃねえ! 掲示板に晒すぞ!

小野瀬:語彙もなんだか、陰湿ですごいですね。

新村:そいつ……うるさかったら、太ってるって言うと止まるわよ。

小野瀬:え? ああ、まあ確かに太ってますね。

 間

新村:ね。黙ったでしょ。

小野瀬:というより、落ち込んでるように見えますけど。

藤原:そんなことはいいから!

キュービック:そんなこと……。最近、ダイエット頑張ろうと思ってんのに……。そんなこと……。

藤原:もう一度説明しますね。今回のイベントに出資するにあたって、社内外に対するプレゼンは不可欠です。
   実際のフォトスポットの設定はもちろん、ターゲット層であるカップルがどういった風に動いていくのか、シミュレーションしなければなりません!

新村:なんでそれをするのが私達なのよ……!

藤原:それはぁ……(耳打ち)ほら、ののこちゃんってデートとかご無沙汰じゃない?

新村:は!? 何を――

藤原:(耳打ち)図星だぁ。だからぁ、光の魔素を貯めるためにも、デートをしておいたほうがいいと思うのね?
   それに、小野瀬くんって、丁度いいじゃない?

新村:何にだ!

藤原:(耳打ち)これも図星ぃ。ののこちゃんが魔法少女時代にご執心だったほら……ケーキ屋さんのお兄さん。
   あの人に雰囲気似てるもんねぇ。

新村:ざ……ざざざざざざ……!

小野瀬:……ザ?

新村:ざけんじゃないわよ! 似てない! 似てないし……! それにデートなんてしょっちゅうしてるわよ!

小野瀬:せ、先輩?

キュービック:ケケケ……! 言質とったな。

藤原:じゃあ、普通にデートしてる感じでやってくださいね。さぁ、どーぞ!

新村:ぐ……! こいつやっぱり……腹の中腐ってる……!

藤原:はーい。じゃあ、出会いから初めてみましょう! よーい、スタート!


 ◆


 <小野瀬の元に新村が駆け寄る>

新村:ご、ごめーん……! 待った……?

小野瀬:いえ。いま来た所ですよ。

新村:そ、そう……。

小野瀬:先輩――はダメだったんでしたっけ。


藤原:そうそう! 下の名前で!


小野瀬:えっと……先輩の下の名前って――

新村:上で! 上にしなさい……。殺されたくなければ……。

小野瀬:は、はい。……ええ、新村さん。

新村:……何?

小野瀬:私服、初めて見ましたけど。可愛いですね。

新村:……は。

 間

新村:は、はああ!? な、何いってんの!? そんなことなくない!?
   こんなの、昔買ったやつだし!? 仕方なかったから――!

小野瀬:そういうフリフリなの、好みなんですか。

新村:ふ、フリフリじゃないわよ! 馬鹿!


キュービック:おい……今一瞬……。

藤原:うん。気づいた?
   (怪しく笑う)……ちょっとだけ、魔素の匂いがしたよねぇ……?
   やっぱり……なにか隠してる……。絶対に……。フフフ。


 ◆


 <クッキー商店街を歩く2人>

小野瀬:新村さん。

新村:……何?

小野瀬:笑顔笑顔。

新村:(ため息)……なんでそうノリノリなわけ?

小野瀬:スポンサー様のためですから。

新村:それは――そう……そうよね。私もやることはやらないと……。

小野瀬:はい。それに俺、嬉しいんです。

新村:何が?

小野瀬:僕たちで考えたイベントが、こんなにすぐに実現するかもしれないって思うと。
    ……とはいっても、新村さんはイベント部門にいたんですもんね。
    こういうのは慣れてるのかもしれないですけど。僕は初めてなので。

新村:……確かに、私はイベントの仕切りには慣れてるけど……。
   でも、一緒だよ。

小野瀬:一緒?

新村:持ち込まれたイベントを進行したり運営するのが主で、企画はやったことがないの。
   だから、私も同じくらい嬉しいと思ってる。
   ……それにね。このエリアって……まあ、苦手ではあるけど……他のエリアよりもずっと、歩いていて楽しい。

小野瀬:そうですね。

新村:大人になるにつれて、あのアトラクションがどうとか、あのお店がどうとかって……形のあるものにばっかり目が行くでしょ?
   でも、小さい頃はこういう街並みを見ているだけで、夢の国にいるみたいに舞い上がってた。

小野瀬:……そうですね。


藤原:振り向いて!


新村:え?


キュービック:シャッターチャンス!

藤原:パシャッ!

キュービック:いいんじゃねえか? 文華! この背景の感じ!

藤原:ここ! クッキー商店街の角にフォトスポットを置きましょう!


新村:なんだか……仕事を取られてしまったみたいね。

小野瀬:でも、確かにここはいいスポットですよ。

新村;そうね。明かりもよく当たるし……いいスポットかも――

小野瀬:それもそうですけど、先輩……本当にここの住人みたいに見えますから。

 間

新村:あっそう……。


藤原:何してるのー! じゃんじゃん撮ろうよ!


 ◆


 <一週間後・噴水広場のベンチに座る新村と藤原>

小野瀬:イベント、盛況ですね。

新村:本当に一週間でイベントまでこぎつけるとは……恐るべき資本の力。

小野瀬:頑張ったかい、ありましたね。

新村:そうね。まさかあの時取った写真が、そのまま広報で使われるとは思わなかったけど。
   でも……まあ。

 <見渡すと一面に人が集まり、写真を取っている>

新村:(微笑んで)これだけ集まるなんてね。写真なんて……何が楽しいのか知らないけど……。

小野瀬:わかってる癖に、新村さん。

新村:コラ……先輩って呼びなさい。

小野瀬:はい。すみません、先輩。

 間

新村:あの……小野瀬さ……私が異動になったら――

小野瀬:そうだ先輩。一瞬、目閉じてください。

新村:は? 何?

小野瀬:……はい、いいですよ。

 <新村のスーツの胸に花柄のバッヂがついている>

新村:何? どうしたのよ。

小野瀬:胸、見てください。

新村:胸……? はっ!? い、いつの間に!?

小野瀬:このエリアのスタッフバッヂです。今朝、新しいのが届いたので。

新村:それはいいけど……! あなた、どうやったの?

小野瀬:ここはマジカルエリアですよ? これくらいの魔法は使えないとダメなので。

新村:魔法って……マジックってこと?

小野瀬:魔法、です。一応ですけど。
    ここでまだバイトをしていたころに、先輩のキャストさんから教わったんです。

新村:へえ……そういう伝統もあるのね。

 間

新村:そういえば、聞いたことなかったけど。どうして小野瀬はここで働いているの。

小野瀬:え?

新村:あなた、優秀じゃない。色々とまあ……一般企業でも引く手はあったでしょう。

小野瀬:優秀かどうかはわからないですけど……そうですね。
    ……ちょっとだけ、自分語りになりますけど、いいですか?

新村:構わないわよ。このエリアのお昼休みって、無駄に長いから。

小野瀬:そうですか? じゃあ……えっと。
    僕、両親が居ないんです。

 間

新村:……そう。

小野瀬:それどころか、他に家族も居なくて。なんていうか……気がついたら、一人ぼっちで。
    住む場所も、行く所もなくて。

新村:ちょ、チョット待って……! それってどういう状況なの?

小野瀬:さぁ、僕にもさっぱりです。

新村:いやいや……! おかしいわよ、あなた……! 普通じゃないもの、そんなの……!

小野瀬:まあ、それは小学生くらいの時で、今は養子にしていただいた家族が居ますし。
    職にもついてるので、それはまあいいかなって。

新村:……変わってるわね。本当。

小野瀬:でもやっぱり、少し気になるじゃないですか。僕って一体誰なんだろうって。

新村:小学生くらいまでのことは、何も覚えてないのよね。

小野瀬:何も覚えては居ないんですけど、一つだけ――

 <小野瀬は新村に向き直る>

小野瀬:先輩。魔法少女って、知ってます?

新村:……は? な、何よ、それ。

小野瀬:十数年前に、ある街を中心に摩訶不思議な事件ばかりが起こる年があったらしいんです。
    そんな普通じゃない事件の現場には、いつも中学生くらいの女の子が、空を飛んで現れて、事件を解決するという噂があって。
    実際に見たって人達から、『魔法少女』って呼ばれていたって。

新村:し、知らない! 聞いたこともないし。

小野瀬:実際、僕もそんな事件があったことも、その魔法少女のことも何も覚えてないんです。
    ただ、僕が気づいた時には、魔法少女がいた街と、同じ街に居たんです。

新村:同じ街……。

小野瀬:僕、見たんですよね。
    ……僕の最初の記憶。暗い影が街を覆っていたんですけど、その影が晴れていって――


 ◇


キュービックN :地球と魔界を繋げるホールの正体――それは次元間を移動する超魔導生物、魔クジラの通った痕。
        広大な異次元を群れをなして泳ぎ回る魔クジラ――その時、群れからはぐれた魔クジラが一匹、再び地球へ近づいていた。


 <一六年前の回想・新村の部屋>

少女新村:魔クジラ……?

パステル:うん。魔界でも伝承で伝えられている幻の魔獣だよ。

少女新村:もしかして、この間、街全体を覆った魔素の影って――

パステル:多分……魔クジラだと思う。

少女新村:じゃあ! 魔クジラがこのまま街に近づいてきたら――!

パステル:魔クジラは魔素の塊なんだ。もしかしたら……巨大なホールができるか……悪くすると、この地球ごとライブラに飲み込まれるかもしれない。

少女新村:……止めよう。パステル。

パステル:でも、ののこちゃん……! これは相手が悪すぎる!

少女新村:でも! ダメなんだ。私がやらなきゃ! 私達がやらなきゃ!
     この街を――この世界を守るって、決めたんだ! 私は!


 <藤原の部屋>

少女藤原:ふぅん……それで、その魔クジラってなんなの?

キュービック:とてつもない魔素を持った生き物でな。伝承によるとそいつは――次元の中に住んでるって話だ。

少女藤原:つまり、魔界と繋がるホールが開いたっていうのも……その魔クジラが原因ということ?

キュービック:ああ……うまくすれば、この世界にどデカイホールが開くかもしれねえ……ケケケ。

少女藤原:へえ……面白いねえ……。じゃあ、その魔クジラとやらは、私が食べちゃおうかな?

キュービック:食べる……?

少女藤原:それだけの魔素を持った生き物なら、その魔力があればなんだってできるでしょ!?
     なんだって……壊せるってことじゃない。ふふふふ!



キュービックN:魔クジラは魔素の塊だ。もし仮にそれを手に入れることができれば――守ることも、壊すことも、容易い。
        俺達はあの日――魔クジラと戦った。


 ◇


 <小野瀬が新村の顔を覗き込んでいる>

小野瀬:先輩?

新村:は? え!? あああ、何!? 近い!

小野瀬:いや、心ここにあらずって感じだったので。

新村:だ、大丈夫だっての! それより!
   昼休みが長いっていっても、時間なくなるわよ! 早く、ご飯行ってきなさい。

小野瀬:えー? でも、先輩は? 連れてきてって頼まれてるんですけど。

新村:私はいいから。

小野瀬:また栄養バーですか? 身体壊しますよ。

新村:打ち合わせがあんのよ……! だから行ってきなさい。
   後で食べるから。

小野瀬:はーい、そういうことなら。

 <小野瀬は歩き去る>

新村:(ため息)……ここにいると、思い出すのよ……。
   何が魔法少女だっての……。

 <新村の隣に、藤原が座る>

藤原:魔法少女がどうしましたぁ?

新村:……あんた、なんでいんの?

藤原:えー? そうだなぁ、『打ち合わせのため』じゃないかなぁ。

新村:……盗み聞き? 趣味の悪いこと。

藤原:別に、聞くつもりはなかったけど、誰かさんがあんまり大きな声で話してるものだから。

新村:はぁ?

藤原:声のトーン、上がってたよぉ。彼と話す時。

新村:……潰すぞ。その顔面。

藤原:怖いこというねぇ、あのマジカルののことは思えないなぁ。

新村:ったく……キュービックは? どうしたわけ。

藤原:ん? お家でダイエット中。

新村:へえ。丸いランニング用のやつかなんかで走らせてるわけ?

藤原:え? なんで知ってるの?

新村:マジで……あいつ魔族の誇りとか言ってるけど、やってることハムスターね……。
   で、あんたはどうしたの?

藤原:今日は視察ってやつだよ。

新村:視察って、イベントの? グッズショップ?

藤原:ううん。あなたの、視察。

新村:は?

 <藤原の目が怪しげに光る>

藤原:気づいてる? ののこちゃん。

新村:……何に?

藤原:あなたから、魔素の香りがするの。

 間

藤原:この間の写真撮影のときからずっとね。

新村:……私は、感じないわ。そんなもの。

藤原:嘘つくな。

 <藤原は新村の手を掴む>

藤原:感じてる癖に……。

新村:……離して。

藤原:私達の身体は、触媒となる魔族とリンクして初めて魔素を取り込む……!
   パステル・パーミットを失った貴女が、魔素を取り込めるとは思ってなかったけど……。
   ふふふ! 本当に魔法がまだ使えるんだね……。

新村:離せって言ってるでしょ!

 <新村は藤原の手を振り払う>

新村:……確かに、この間から少し、魔素を感じるわ。

藤原:じゃあ、契約の通りにしてくれるよね。

新村:契約……?

藤原:(微笑んで)とぼけないでよぉ……本当、あんまり舐めたこと言ってると……殺しちゃうよ?

新村:あんた……!

藤原:別に、ののこちゃんじゃなくたっていいんだよ。
   私の魔素をほんの少しだけ指先で弾けば、ここにいる人間の一人くらいは、簡単に――

 <新村は藤原の胸ぐらを掴む>

新村:言うんじゃない。それ以上は、許さない。

藤原:……ぽいね。うん、ぽいぽい!
   私の知ってる、ののこちゃんの目をしてるよ。
   甘ったるくて安っぽい、光の魔法少女の目。

 <新村は藤原から手を離す>

新村:あんたこそ。面の皮は厚くなったみたいだけど、変わってないわよ。
   淀みきって腐りかけた、闇の魔法少女のころのままみたいね。

藤原:ふふふ……。負けず嫌いはいいけどね、ののこちゃん。
   契約は、契約だから。守ってもらう。
   このままイベントは打つ。スポンサーとして、多額の投資を行う。
   代わりに、あなたは魔素を貯めるの。
   そして、ストロベリーライドに集まっている魔素に、二人で魔法をぶつける。
   そうすれば、ホールが開くかもしれない。

新村:もし仮に、ホールが開いたとして……どうやって閉じるわけ。

藤原:……さあ? 知らない、そんなこと。

新村:あんたね! またライブラと繋がったら、こっちの世界にどんな影響があるか――

藤原:だから、勘違いするなっていってるんだよう。
   ……あなたは、私と契約したの。契約を全うすればそれでいいの。
   今日の営業終了後、やるからね。

 <藤原は新村に背を向ける>

新村:でも、私はやっぱり、魔法は――

藤原:そうだぁ言い忘れてた。好きだったよぉ……ののこちゃんのあの時の目は。
   ……パステル・パーミットが死んで、絶望したときの目。

新村:ッ! 文華あんたッ……!

藤原:だからね。再会したときも同じ目をしてて、私はちょっと好きになったなぁ。
   諦めて、遠ざけて、落ち込んでるののこちゃんは、私好みだったもん、
   ――方や私は、キューちゃんのために一生懸命……地道に魔素を集めて集めて……。

新村:……何が……言いたいのよ……。

藤原:皮肉だね、ののこちゃん。
   ねえ、今はどっちが、光の魔法使いなんだろうね……。

 間

藤原:……今晩、待ってるから。

 <藤原が去ったあと、新村は呆然とその場に立ち尽くす>

新村:……なんなのよ……。

 間

新村:……私、どうしたらいいのかな……。
   ねえ……パステル……。

小野瀬:どうしたんですかー、難しそうな顔して。
    僕に手伝えます?

新村:え?

 <新村の眼の前に、小野瀬が弁当を持って立っている>

新村:お、のせ?

小野瀬:はい。小野瀬ですけど。

新村:どうして、戻ってきたの?

小野瀬:ほら、先輩。栄養偏ってそうだったので。
    お弁当、持ってきました。これなら、すぐ食べれるし、いいですよね。

新村:(ため息)……あんたって、本当変なやつ……。

小野瀬:……悩んでますか? 何か。

新村:は? 何よ、急に。

小野瀬:(微笑む)……困ったことがあったら、何でも言ってくださいね。
    僕にできることなら、手伝いますから。

新村:……え?


『パステル:困ったときには何でも言ってよ。ののこちゃん。
      僕にできることなら、手伝ってあげるからさ。
      一緒に頑張ろう!』


小野瀬:え……先輩! どうしたんですか!?

新村:へ? 何?

小野瀬:ど、どこか、痛いんですか!? 何か、変なものでも食べました!?

新村:は? 何言って――

 <新村は、自分の頬を涙が伝うのに気づいた>

新村:え? 嘘……! なんで!?
   違う! これは、なんか、アレだ……!
   っていうか! 女の涙を気安く見るんじゃない!

小野瀬:す、すみません……!

新村:……いや……急に困らせたのは私だから。
   ごめん。小野瀬。

小野瀬:いえ、僕は……。

 間

新村:小野瀬、食べよう。お弁当。

小野瀬:は、はい。そうですね。

新村:(小声で)……ありがとう。


 ◆


 <閉園後・マジカルストロベリーライド内・レモンの島>

新村:(ため息)……本当にやるわけ?

藤原:当然!

キュービック:だろうがっ!

新村:とはいっても……。

 <三人の眼前では人形たちが飛び跳ねて踊っている>

新村:魔素をぶつける……で、いいのよね。

藤原:ええ。

キュービック:魔素の消費が激しい魔装甲の展開はなしだ。
       魔法にするまで練り上げるのすら勿体ない。
       単純に体内から魔素を放出するだけでいい。簡単だろ?

新村:……それは……そうだけど……。

藤原:先ずは、出せるかどうか。試してみて。ののこちゃん。

新村:……わかったわよ。

 <新村は腕を上げると、指先を人形たちに向ける>

新村:(深呼吸)

藤原:あの人形達を狙って。

キュービック:いいか。魔素を放ってからのナビゲートは俺がやってやる。
       真っ直ぐに放出することだけを考えろ。

新村:……いくわよ。
   ブート。

 間

新村:やっぱり……出せないわね。

キュービック:まあ、そう簡単には――

藤原:もう一度。

キュービック:……文華。

藤原:もう一度、やって。

新村:……わかったわ。

 <数時間後・新村は肩で息をしている>

藤原:……もう一度。

キュービック:文華。もう、四時間になるぞ。
       新村も限界がきてる。

藤原:そんなの関係ない。やって。

キュービック:……魔素の扱いに関しては、てめえよりこいつの方が上手いんだ。
       こいつができないなら、そういうことだろうよ。

藤原:だからって、諦められるの!? キューちゃんは!

キュービック:そうじゃねえよ。無理して動かしたってできるもんでもねえってことだ。
       それに……本人がどう感じているか、まだ聞いてもいねえだろ。

藤原:本人……?

 <新村は自らの手を見つめながらつぶやいている>

新村:(つぶやく)回線を通っている感覚がない……語りかけても反応は薄い……。
   指先へ行くまでに魔素とのリンクが閉じてしまっている感じ……。

キュービック:おい。どんな感じだ。

新村:うん……。でも少しだけ、反応がある。
   放てるまでにはもう九割……魔素との会話が足りないって感じね。

藤原:……そう。

キュービック:今日は終わりだ。また明日、ここでやるぞ。

新村:え? まあ……その方がいいかもね。
   集中力も続かないし。

藤原:……勝手に決めないでよ、キューちゃん……!

キュービック:お前こそ。勝手に突っ走るんじゃねえよ。文華。
       ……お前が欲しいもんは、俺が与えてやった。
       お前が一人で得たものなんて、そうねえってことを忘れたか。
       生意気なんだよ。お前一人に何ができる。言ってみろ、クソガキ。

新村:……は? あんた達――

藤原:わかってる。

 間

藤原:(微笑んで)私が生きていられるのは、キューちゃんのおかげなの。

新村:そんなこと……ないでしょ。

藤原:ううん。ごめん、キューちゃん。生意気言って。
   ……先に帰って、ご飯、用意しておくね。

キュービック:わかりゃあいいんだよ。
       今日はビーフシチューが食いてえ。

藤原:地獄みたいに赤いやつ、だよね。
   わかった。
   ……ののこちゃん。また明日。……明日は、もう少しマシになっててね。

 <藤原は出口へと歩いていく>

新村:……あんた達ってさ。

キュービック:なんだ。

新村:ううん……。なんかペットと主人って関係性なんだと思ってたから。

キュービック:……まあ、複雑なんだよ。

新村:複雑、ねえ……。シンプルそうに見えるけど・

キュービック:お前らの方が、ずっとシンプルだったろ。

 間

キュービック:お前とパステルの方が、ずっとシンプルだった。
       そうだろ。

新村:パステルと、私……?

キュービック:あー、腹減った。俺も帰る。
       一つ言っとく……お前ができなかったら、文華は止まらなくなるぞ。
       俺達が扱う、闇の魔素を集める方法は――お前もわかってんだろ?
       光の魔素が、人々の喜びやキラキラから産まれるのと逆に――闇の魔素は人々の恐怖とパニックから産まれる。
       ここに光の魔素が産まれるなら、反面、闇の魔素も産まれやすいってことだ。
       それが嫌なら……お前、やるしかねえぞ。

 間

キュービック:……新村ののこ。お前はあの日からずっと、当事者なんだ。
       忘れんじゃねえぞ。

 <キュービックが飛び去るのを見送ると、新村はその場に座り込む>

新村:……当事者……そうだね。

 間

新村:私は――魔法少女だったんだから。


 ◇


新村N:十六年前……街を覆った巨大な影。
    人間には見ることのできない魔素の塊は、神奈川県の上空に滞留していた。
    それは巨大なホール。ホールの外側から、魔クジラと呼ばれる魔導生物が顔を覗かせていたのだ。

 <十六年前の回想・魔クジラの咆哮>
 <神奈川県の上空で戦う、ののこと文華>

キュービック:魔クジラの咆哮だ! 避けろ文華!

少女藤原:クッ!? いやああああ!

 <魔クジラの咆哮で文華は吹き飛ばされる>

少女新村:文華ちゃん!

パステル:ののこちゃん! 前だ! まだ来る!

少女新村:クッキードリームシールド!

 <魔クジラの咆哮がビームとなって新村の魔法シールドにぶつかる>

少女新村:クッ……! なんてエネルギー……!
     ただの咆哮でこれなんて……! シールドが、もたない……!

パステル:踏ん張ってくれ、ののこちゃん!
     ……キュービック! 引くんだ!

キュービック:何言ってやがる! お前に――魔法連盟に負けるわけにはいかねえんだよ!

パステル:そんなことを言っている場合か! そのままだと、彼女が死ぬぞ!

キュービック:んなこと関係あるかァ!

パステル:キュービック……! 君は!

キュービック:ケケケ……! 俺は魔界の魔獣! キュービック・キューム様だ!
       こんな人間の小娘、どうなったところでどうでもいいに決まっているだろう!

少女藤原:キュ、キューちゃん……!

キュービック:んだ? その目はよぉ……! ケケケ……!
       おめでたいなぁ……お前は……。俺は貴様を利用していただけだ! 人間!
       貴様のうちに眠る劣悪な感情! 実に美味であった! ケハハハハハ!

パステル:何も、思わないのか……! 僕たちの戦ってくれているこの少女達を見て!
     何も思わないのか! 君は!

キュービック:思わねえなあ! お前こそ……! 何を腑抜けたことを言ってやがるパステル!
       俺達は魔獣だ! 魔獣が人間如きに心を開くなど……!
       誇りを思い出せ! 俺達は、魔界を背負ってここに送られた戦士なんだぞ!
       パステル・パーミットォ!

パステル:僕は――危ない! 咆哮が来るッ!
     避けて、藤原さん!

少女藤原:……キリング、グレープ――
     嘘……! 魔素が、言うことを聞かない……!?

少女新村:文華ちゃんッ!

少女藤原:嘘……私――死ぬの?

 <文華の身体前に何かが割り込むと、咆哮を打ち消した>

少女藤原:え……? 何が、私を守って――

キュービック:ケケケ……! ようやくだなぁ……。

少女藤原:キュー、ちゃん……?

キュービック:お前が弱ったことで、お前に吸われた魔素が帰ってきた!
       あの魔クジラの開けたホールからも魔素が溢れ出してきやがる!
       地上の人間から届く不安も吸い上げて――俺は――!
       モドレル……。

パステル:キュービック!

少女新村:あ、あれは……!

 <キュービックの身体が大きくなっていき、そこには――頭に角を生やし、翼の生えた男が立っていた>

少女新村:翼の生えた――人?

パステル:人じゃないよ……魔族さ。
     あれが、魔獣としての彼の本来の姿なんだ。

キュービック:ケケケ……ひゃははははは!
       久しいなぁ! 俺様の身体ァ! これぞ魔獣!
       畏怖と尊敬の象徴……! 俺は魔族派十三貴族の筆頭! キュービック家の嫡男にして、最強の魔獣!
       キュービック・キューム様だぁ! ひゃはははは!

少女藤原:キュー、ちゃん……。

キュービック:ああ……人間のクソガキ。感謝するぜ、俺の本当の身体を取り戻すことができた。

パステル:キュービック! お前は、彼女をどうするつもりだ!

キュービック:あ? いらねえよ、こんなもん。
       お前……どっか行け。

少女藤原:キューちゃん……私――

キュービック:目障りなんだよぉ! てめえは!
       グチグチグチグチィ! しょうもねえ身の上話聞かせやがって!

少女藤原:で、でも! キューちゃんもわかるって――

 <キュービックは文華の頭を掴む>

少女藤原:い、た……!

キュービック:(耳元で)感謝しろ。クソガキ。
       お前が愛のねえ父親の気を引けたのは誰のおかげだ?
       お前の満たされねえ破壊衝動を満たしてやったのは一体誰だ?
       俺様がいなけりゃ、お前はただの道端のゴミだったんだよぉ。

少女藤原:キューちゃん……! 痛いよぉ!

キュービック:ゴミに戻れ。そして、世界の終わりを、這いつくばって見てろ。
       じゃあな……藤原文華。

 <キュービックは文華を地上へと投げる>

少女新村:文華ちゃん!

パステル:大丈夫。彼女の魔素が少しずつ、滞留してる……。
     無事に着陸してるはずだよ。

少女新村:そうなの……?

パステル:ああ、わざわざ滞空魔法をかけて落とすなんて……彼女を守るために遠ざけたんだね。
     キュービック。

キュービック:あ? 勘違いすんな。
       邪魔だっただけだ。ついでに……お前らも邪魔だぜ。
       とっとと降りやがれッ!
       でないと……消し炭にするぜェ……!

パステル:なっ!? 君だけでやるつもりか!? あの魔クジラを!?

少女新村:確かに――今のキュービックの魔素の量はすごいけど……!
     それでも! あの魔クジラ相手にはどうにも――

キュービック:舐めるんじゃねえええ!

 <キュービックは翼を広げて腕を振り上げる>

キュービック:ハアアアア……!
       ……ブートォ!! 我放つ地獄のイカヅチィ!!!

 <爆発的な魔法が手から放たれる>
 <魔法が魔クジラにぶつかると周囲に暴風が吹き荒れる>

少女新村:きゃあっ!

パステル:闇の破壊魔法……! 十三貴族筆頭の名は伊達じゃない、か……!

少女新村:嘘……! 魔獣って、こんなに強いの!?

パステル:……でも、ダメだ。一人では抑えきれない!

少女新村:どうしようパステル! こんな戦い……! 私は割って入れないよ!

 間

パステル:いいかい、聞くんだ! ののこちゃん――


 ◇


 <新村は事務所の机に突っ伏して寝ている>

小野瀬:新村さん? 新村せんぱーい。

新村:ん……?
   どうしたの、パステル……。

小野瀬:パステル……? って、なんですか?
    もしかして、寝ぼけてます?

 <新村は飛び起きる>

新村:な、なんでもない! ってか!
   え!? 何!? どうしたの!?

小野瀬:寝てたんですよ、先輩。

新村:ね、寝てた!? 私が!?

小野瀬:はい。夕方にパレードの打ち合わせをした後、ここで少し寝るって言って。

新村:マジかぁ……全然覚えてない……! 不覚すぎる……!
   ごめんなさい、どれくらい寝てた?

小野瀬:十分経ったら起こしてって言われたので、ちょうど十分で声かけたって感じです。

新村:も、もしかしてだけど……ずっとそこにいたってこと……?

小野瀬:んー……どう思います?

新村:あ、あんたね……!

小野瀬:大丈夫です。寝顔をまじまじと見るほど、デリカシーなくはないですよ。

新村:……あっそう。

小野瀬:最近ずっと眠そうですよね。何か仕事、残ってますか?
    僕に手伝えること、あります?

新村:あー、ううん。個人的なことなのよ。
   だから……そうね、迷惑かけちゃって、ごめんなさい。

小野瀬:僕は全然気にしてないですよ。
    でも、先輩って色々とひとりで抱え込んでしまうタイプに見えますから。
    いつでも、僕に頼ってください。

新村:また小野瀬はそういうことを……。

小野瀬:確かに先輩は僕の上司に当たりますけど。
    でも、僕たちはまず……同僚、ですよ。先輩。
    同僚ってことは、仲間だと思うんです。

 間

新村:……そうね。うん、私……ワンマンっていうか。
   ダメだね。……このエリアの人たちのこと、全然頼れてなかったかも。
   気づかせてくれて、ありがとう。

小野瀬:僕だけではなく……先輩のためになりたいって人が、このエリアにはたくさんいますから。
    いつでも、頼ってください。

新村:……うん。わかった。

 間

小野瀬:先輩。

新村:何……?

小野瀬:いえ、なんか顔が赤いですけど。

新村:へ? ああいや! なんでもない!
   そ、それで!? なにかその……変わったこととかあった?

小野瀬:あ、ああ。ひとつだけ。

新村:何があった?

小野瀬:夢の広場で、予定にないグリーディングを行ってるから、確認して欲しいって。
    郡司統括部長から数分前に連絡がありました。

新村:予定にない、グリーディング?

小野瀬:はい。

新村:わかった……。現場には私が行ってくる。
   小野瀬は、グリーディング部門に連絡してから合流してくれる。


 ◆


 <マジカルエリア・夢の広場>
 <新村は駆け足で駆け込んでくる>

新村:……は。なにこれ…………ストロベリーライドの人形たち……! どうして!
   アトラクションを出て――

 <夢の広場の至るところでは、ストロベリーライドのアトラクションの人形たちが客達と戯れている>

新村:これってもしかして……遊んでるの……!?
   でも……ダメ……! お客様が危険すぎる……!
   なんとかしないと……!

藤原:……なんとか、する? ふふ。

 <藤原は黒いドレス揺らしながら、新村の元へと歩み寄る>

新村:文華!?

藤原:溢れ出してきたんだぁ。
   数十分前にストロベリーライドから。
   そして、今は見ての通り。お客さんと戯れてる。
   みてよ、皆のあの楽しそうな顔。ふふふ。鼻が高いんじゃない?

新村:そんなわけないでしょ!?
   魔素で動いているモノには、明確な意思がないのよ!?
   いつお客様が怪我をするともしれない!

藤原:じゃあ、どうやって止める?
   ののこちゃんには魔素を放つことさえできないっていうのに。

新村:それは――

藤原:それに……気づいてるかな。
   今まではアトラクションの中にいることしかできなかった人形達が、どうして表まで出てきたのか。
   急激なまでの魔素の高まり……ふふふ。

新村:……まさか。

藤原:そうだよ……。ストロベリーライドの奥にはやっぱり……ホールがあった!
   あははは、ホールだったんだよ! ののこちゃん!

新村:ホール!? ホールはもう、十六年前に総て閉じたはずでしょう……!

 <藤原は嬉しそうに両手を広げる>

藤原:そうじゃなかったってことだよ!
   そこには確かにホールの残留があった。
   そして……何らかの理由でストロベリーライド内にあった歪みに、穴が空きはじめたんだ。
   今、ストロベリーライドは、虚数空間ライブラと繋がろうとしてる……!
   あ、何らかの理由ってのは……。

 <藤原は人手が多い夢の広場に手を向ける>

藤原:私達のイベントのおかげだよ。

新村:イベント……!?

藤原:ははは! あのホールは、光の魔素に反応していた!
   だから、イベントで人々のキラキラパワーが集まれば、自然とホールにも魔素が集まると思ったんだ!

新村:あんた! まさかそのつもりで!?

藤原:まさか本当に信じてたの!?
   私達の微弱な魔法をぶつけるだけでホールが開くなんてありえないじゃん!
   だからぁ、こっちは何もしなくても、ホールが開くようにすればいいと思ってたわけ!
   だってほら……今はここに、魔素も集まってる……!
   ブート!

 <藤原の手が開かれるとその手には黒いステッキが握られてる>

藤原:ほら……魔法の杖だってもう、出せる。

新村:どうする気……!

藤原:どうすると思う?

新村:もし! お客さん達に手を出すつもりなら……!

藤原:ふふふ。だとしたら……ののこちゃんに何ができるのかなぁ?

 <新村は拳を握る>

新村:(深呼吸)……ブート……!
   クソッ……! やっぱり、言うことを聞かない……!

藤原:ほうら……やっぱり無能なんだ。ののこちゃん。

 <藤原はゆっくりとポーズを決める>

藤原:グレープドレス……ブート。変身……。

 <一瞬の黒い煌めきの後、藤原は漆黒のような黒いドレスを着ていた>

新村:魔導、装甲……!

藤原:うん。これを着ることもできる……。
   あれから随分経ったけど、まだ覚えてるもんだね。

新村:文華……! 思い留まって……!

藤原:……何を?

新村:お願い! ここにいる人たちはなんの罪もないのよ!
   私達がやってきた戦いも、あなたが背負ってきた願いも!
   全部十六年前のことでしょう!? 十六年前に……終わったことなのよ……!

藤原:だから……何を?

 <新村は頭を下げる>

新村:やめて! お願い……! お願いよ!
   もう、傷つけないで……! お願い、します……!

 間

藤原:変わらないんだよ。
   ……魔法は、変わらない。
   このドレスも、杖も、あの時と全く同じ。
   少し身体に合わせて変化をしているけど……でも、変わらないの。
   ……ねえ、ののこちゃん。
   私も、魔法みたいに、変わりたくなかった。

 <新村は顔を上げる>

新村:文華……?

藤原:(微笑んで)……もうね。いいの。
   私の中にある闇の意思は、段々と失われていってしまった。
   純粋さを守るには……この世界は少しだけ、優しすぎるみたい。

新村:……純粋さ。

藤原:そう。純粋だった。あのときの私は、純粋な悪意を飼いならしていた。
   でも、時が経てばね……人間は変わっていってしまう。
   気づかないうちに、段々と。
   だからね……ののこちゃん。
   私は、今の私……大嫌いよ。
   こんなことを考える私なんて!
   大嫌いで! 大嫌いで! 気持ち悪い!
   でも! ……そんな私だから、あなたの願いを聞いてあげる。

 <藤原は杖を振り上げると、その体が浮き上がる>

藤原:この人形たちのことは面倒を見てあげる。
   あなたにとっても都合の良いようにしてあげるわ。
   だから、ののこちゃんはとっとと魔法を使えるようになってくれるかな!

新村:え!? いや、でもどうやって――

藤原:魔法は……変わらず正直だから。
   後は、あなたの心の問題。

新村:私の……心?

藤原:魔素を拒絶しているのは、ののこちゃんだよ。
   蓋をして、遠ざけているのは、ののこちゃんなんだよ。
   あなたは、変わったって思ってる?
   違うよ。ののこちゃん。変わった、もう違うなんていう人、私からしたら何も変わってないよ。
   変わりたくなくても、変わっていってしまうことが成長することだとしたら……。
   あなたは変わっていくことを恐れているだけのただのガキなんだよ!

 <藤原は新村にウィンクをする>

藤原:忘れないで……。あなたはまだ――魔法少女だよ。


新村N:文華が人形達に向かって杖を振るうと、人形たちが宙に浮かび上がる。
    お客さん達の驚きの声が上がる。

藤原:こーら! おいたはしちゃいけませんよぉ!
   そぉら踊ってくださいねー! いっちにーいっちにー!

新村N:文華は笑顔で人形たちを踊らせる。
    皆はキラキラとした笑顔で人形たちを見上げている。

藤原:さぁみなさんは幸運ですねえ!
   今日は私が! 魔法少女のショーをお見せ致しますよぉ!
   楽しんでいってくださいねぇ!

新村N:魔法少女のショーだということにしてくれている。
    あの、藤原文華が、この遊園地のお客さん達のことを考えて……。

藤原:私は闇の魔法少女! ふみちゃんですからねえ!
   さぁ! 皆さんも一緒に手を叩いてください!

新村N:変わったんだ。文華は。
    それはきっと苦しくて、辛いことだったんだ。
    それでも、こんなにも強くなったんだ。
    彼女のキラキラした笑顔は――私の思う魔法少女の理想だった。
    私は――それじゃあ、私はどうなんだ……!

 <新村は拳を握りしめる>

新村:私は……!

 <小野瀬は新村に駆け寄ってくる>

小野瀬:先輩!

新村:……小野瀬。

小野瀬:やっぱりイベント部は何も知らないと……。
    あの、これは、一体……!?

新村:小野瀬。お客さんとショーの間に仕切りを作って。
   周りのスタッフ何人かで近寄らないように固めて頂戴。

小野瀬:ショー……ってことで、いいんですね。

新村:ええ。これは、ゲリラ的ではあるけど……私達が仕掛けたショー。
   イベント部には後で私が頭を下げるから、そういうことにしておいて。

小野瀬:……わかりました。でも――

新村:ここは任せたわ。

 <新村は小野瀬に背を向ける>

小野瀬:……先輩!

新村:……何?

小野瀬:先輩。俺がさっきいったこと、覚えてますか?

新村:……ええ。わかってるわ。

 <小野瀬は新村が歩きさる背中を見つめたあと、腰に手を当てた>

小野瀬:本当ですか……先輩……。

 間

小野瀬:(笑顔で)さぁ! みなさん!
    ショーを良く見れるように少しだけスペースを空けていきましょうか!
    いまからここに線を張りますので、その内側でご覧になってくださいねー!


 ◆


 <ストロベリーライドの中を新村は歩いていく>

新村:ストロベリーライド……内部はもぬけの殻、か……。
   となるとやっぱりホールの空いている場所は奥……ストロベリーの谷……。

 間

新村:私が……変わることを恐れている……。
   どういうこと……?
   だって……魔法はあのとき――

 間

新村:あのとき……。


 ◇


 <十六年前・神奈川県上空・魔クジラとの戦い>
 <魔クジラに魔法を放ち続ける真キュービック>

新村N:あのとき。魔クジラとの戦い。
    真の姿を取り戻したキュービックの破壊魔法が、魔クジラを押し込んでいた。
    でもそれは一瞬。興奮した魔クジラの圧力に、キュービックは押されていく。
    パステルは、怯えることしかできなかった私の前に飛んできた。


少女新村:ぱ、パステル……! 私には――

パステル:ののこちゃん! 前に僕と話したことを覚えているかい!

少女新村:何……? なんのこと……!?

パステル:昨日の夜に二人で話したことだ!
     もしホールの魔素を集めて、大魔法を使えるようになったら!
     僕たちは……願いを叶えるために使おうって!

少女新村:う、うん……! 魔法は、どんな願いも叶えられるって……!

パステル:そうだ! 魔法にはそんな力があるんだ!
     だから君は、あのとき願ったことを! 願った魔法を使って欲しい!

少女新村:願ったこと……?

パステル:君は言ったよね。誰もが今までと変わらずに生きいられるような世界にしたいって!
     ホールが塞がったら! この世界に魔法をかけるんだ!
     世界中が魔法のことを忘れるように! 変わらない日常に戻れる魔法を!

少女新村:それがなに……?

パステル:約束してくれ! のの子ちゃん!
     今……約束してくれないかな。

少女新村:……うん……パステルがそういうなら……約束する。

パステル:安心した。君は……約束を守る娘だからね。
     あとは、僕にまかせて。

少女新村:え? パステル?

パステル:……ブート。


新村N:パステルの身体が光り輝くと、その身体はみるみるうちに大きくなっていった。
    キュービックと同じく、角の生えた人間の姿がそこにはあった。


キュービック:な……! パステル! てめえ!

パステル:待たせたね。キュービック。

キュービック:お前……! その魔素は――

パステル:いいから。やろう。
     破壊魔法の天才たる君と、魔法同盟の神将に任じられた僕の力を合わせれば、押し返すことができるはずだ。

キュービック:……俺がお前と協力するって……?

パステル:するさ。君は……随分と人間臭くなったようだからね。

キュービック:ふんっ……人間は、弱い生き物だからな。
       魔獣は支配するものだ。いずれ俺達の配下に下るのなら、生かしてやらねば意味がない。

パステル:素直じゃないね……。いいさ。行こう、キュービック。

キュービック:……よかろう。今だけだ。ブートォ!

パステル:人間を。世界を、守る――ブート!


新村N:パステルとキュービックの魔法が重なり合って魔クジラにぶつかる。


キュービック:いっけえええええ!

パステル:はあああああ!

キュービック:きばれえええ! パステルゥゥゥ!!

パステル:僕はあああああ! みんなを!! 笑顔を!! 守ってみせる!!!


新村N:凄まじい魔法が吹き荒れると、魔クジラはその巨体を空に開いた巨大なホールに吸い込まれていく。
    そして――魔クジラの身体がホールに吸い込まれると、ゆっくりとホールの亀裂が閉じていくのが見えた。


キュービック:うっしゃあああ!

少女新村:やった! あ……空が……!


新村N:まるで流星群のように、空から魔素が降り注ぐ。


パステル:ののこちゃん……!

少女新村:うん! やったねパステル――え? パステル……?


新村N:私がパステルの方を見ると、パステルの身体が消えかけているのに気づいた。


少女新村:パステル!?

パステル:ののこちゃん……。

少女新村:パステル! どうしたの!? その身体……!

キュービック:……そいつは、存在の魔法を解いたんだ。

少女新村:存在の、魔法……!?

キュービック:俺達魔獣は、その身体を存在の魔法によって維持している。
       こいつはその魔法の分の魔素を開放して、今の魔法を使った。
       あとは……死ぬだけだ。

少女新村:し、ぬ? 嘘……嘘だよね! パステル!

 <キュービックの姿は小さな獣の姿に変わっていく>

キュービック:(舌打ち)……俺の魔素も切れたか。またこの小さな身体かよ……。
       ホールも閉じちまったし……クソッ、また……帰る方法を探すしかねえか……。

パステル:キュービック……ありがとう。

 間

キュービック:……ハッ。お前の忌々しい顔を見なくていいと思うとせいせいするぜ。
       あばよ……。

 <キュービックは街に飛んでいく>

パステル:……ののこちゃん。

少女新村:(泣きながら)パステル……! パステルゥ!

パステル:ののこちゃん……! 時間がないんだ……。

少女新村:死んじゃやだよ!

パステル:約束、守ってくれるよね……?

少女新村:約束……?

パステル:これだけの魔素があれば、大魔法を放つことができる……。

少女新村:願いを叶える、大魔法。

パステル:(微笑んで)……そうだよ。ののこちゃん。
     君の願いは――


 ◇


新村:……ここね。最深部……。

 <現在・新村はストロベリーの谷に足を踏み入れる>

新村:な、何よ……! これ!

 <新村の眼前・ストロベリーの谷の中心に空いたホールで、魔力が吹き荒れている>

新村:やっぱり、ホール……! そんなに大きいわけじゃないけど……溢れ出してる!

 <新村の隣にキュービックが飛んでくる>

キュービック:……ケケケ。

新村:キュービック……!

キュービック:俺達のイベントが光の魔素を集め、ホールを呼び起こしたか……ケケケ。

新村:……止める手段はあるのよね!?

キュービック:必要あるか? そんなもん。

新村:あなた……!

キュービック:俺達にはホールが必要だった。
       俺が魔界に帰るためには、開ききったホールが必要だからなァ。
       だから……こいつが本当にホールだったのは僥倖ってやつだぜ――

 <キュービックは新村の頬をペチペチと叩いた>

新村:な、何よ……!

キュービック:俺達だってこいつが本当にホールで、本当に開くとは思ってなかった。
       だから俺達は、お前にも選択肢を与えたはずだ。

新村:選択肢……?

キュービック:このホールは小さい。封印するのは不可能じゃねえさ。
       ただ……それには魔法少女の力がいる。
       お前が魔素を扱えれば、こんな状況でも対処できるはずだった。

新村:私が――魔法を使う……。

キュービック:契約の条件としちゃ破格だろ?
       俺らはホールを使うことができる。
       お前はここで起きている異常を鎮めることができる。
       だが――それもこれもお前が魔法を使えないことにはどうにもできねえ話だ。
       ここ数日、特訓してにも関わらず、お前には魔法は使えなかった。

新村:……それは……!

キュービック:ケケケ……。お前、これ……どうすんの?
       俺様はこの遊園地がどうなろうが別にどうでもいいんだが、お前そうじゃないんだろ?

 <新村は拳を握りしめる>

新村:ブート……。

キュービック:わかってねえなあ……。

新村:ブート……。ブート……。

キュービック:無駄だ。魔素にお前の声、届いてねえよ。

新村:うるさいわね……!

キュービック:ケケケ……人間ってのは、弱いな。

新村:弱くても! 弱くたって、なんとかしてきたの。私達は……!
   ブート……!

キュービック:どうにも……息苦しいなぁ。魔素が拗ねてやがる……。
       これも……お前が十六年前に放った大魔法のせいか。

新村:大、魔法……。それ、って――

キュービック:おいおい……図星か?
       ケケケ……お前まじかよ。適当にカマかけたのに本当だったのか……!

 <新村は俯く>

新村:私は――私はパステルとの約束を守ったの!

キュービック:言ってたなあ、確かに!
       グダグダと……なんだ? 今までと変わらずに生きいられるような世界にしたいって……。
       なるほど……ガテンがいった。

 <キュービックは宙に浮かび上がる>

キュービック:あの戦いの後、魔クジラの遺した膨大な魔素を使って、なにかしたのは知っていたが……。
       お前はあの日、世界中に封印の大魔法をかけたんだ――違うか。


 ◇



新村N:魔クジラと戦う前日……中学校の屋上。
    私はパステルと二人で話をしていた。
    魔クジラを倒したら、膨大な魔素がこの世界を覆う。
    その魔素を使うと、世界を変えるほどの大魔法が使えると、パステルは言っていた。


 <十六年前・魔クジラとの戦いの前夜>
 <新村の通う中学校の屋上>

少女新村:星が、見えないね。

パステル:魔クジラの前兆だよ。
     もうすぐ厚い雲で真っ黒に覆われる筈だ。

少女新村:そっか……怖いな。

パステル:……そうだね。僕も、少し怖いよ。

少女新村:少し、なの? パステルは強いね。

パステル:ううん。僕たちは、強いんだよ。ののこちゃん。

 間

少女新村:大魔法って、すごいんだね。
     何でも願いが叶うんでしょ?

パステル:そうだね。もちろん、できないこともあるけど……。
     でも、魔クジラの魔素があれば、きっとなんだって叶う。

少女新村:私はね……。大魔法を使うなら、みんなが平和に暮らせる世界になったらいいなって願う。
     魔法とかは知らないで、今まで通りの日常をすごせる世界で。

パステル:いいね、それ。うん! 気に入ったよ。そうしよう。



新村N:魔クジラとの戦いが終わり、パステルが死んでしまう直前……。
    パステルは私に封印の大魔法を使うように言った。
    世界を変える――世界から魔法を忘れさせ、世界から魔素を無くならせる大魔法を。


 ◇


新村:……そうよ。
   私はあのとき、世界に封印の大魔法をかけた。
   その大魔法で世界は魔法について忘れ、世界中に空いたホールの亀裂も封印されるはずだった。
   ……だから、こんなところに亀裂が残っているなんて……。

キュービック:不完全だったんだ。

新村:不完全……?

キュービック:魔クジラの件――世間じゃ「ただ空が黒い影に覆われた」としか認識されていない。
       魔法少女についても、都市伝説のような扱いになっている。
       ここにしたってそうだ。人形が動き出すなんて奇天烈な状況がなんとなくで放置されている……!
       これは明らかに認識阻害が働いている証拠だ……だが!
       完全な大魔法がかかっていたのなら、魔法少女の噂すら起こらなかったはずだぜ。

新村:そんな……!

キュービック:お前は! 失敗したんだよ……! 新村ののこ。
       お前の中途半端な魔法が、人々に魔法の記憶を微かに残し、そして!
       ホールになりうる亀裂をここに残してしまった。

 間

キュービック:ケケケ……。自業自得だな。光の魔法少女。
       お前のせいじゃねえか、これ。

新村:そんなことない!
   私はしっかり大魔法を使ったわ!

キュービック:違うだろ。お前は――やらかしたんだ。

 <キュービックはストロベリーライドの入り口へむかって飛んでいく>

キュービック:気になることができたんでな、俺は行くぜ。
       ま、頑張れよ。無駄だとは思うがな。

 <キュービックが去った後・新村は拳を握りしめる>

新村:……そんなの……! わかってるわよ!


 ◆


 <ストロベリーライドの入り口に小野瀬は立っている>

小野瀬:……先輩。

 間

小野瀬:僕は……なにもできないんですか。

 間

小野瀬:って……そりゃあそうだよな。
    (苦笑いで)僕、なんも知らないし。

 間

小野瀬:何も……知らない。

 間

小野瀬:本当に、そうなのか……?

キュービック:よぉ、若造。

小野瀬:え?

 <二人の背後にキュービックが飛んでいる>

小野瀬:あ。えっと……メアリーズインクの、太った玩具?

キュービック:太ったは余計だ! あと! ちょっと痩せたぞ!

小野瀬:……痩せた?

キュービック:はぁー!? あーはいはい! いうよなぁそういうこと!
       見た目はそんな変わってねえって!? 知らねーよ! てめえに何がわかんだよ!
       本当うぜえわ! 数字の上では痩せてるんだから痩せたんだよバーカバーカ!
       会社の方に匿名でクレームいれんぞ!

小野瀬:やっぱ陰湿な玩具だな……。

キュービック:あー……飛ぶの疲れた。お前、肩貸せ。

小野瀬:え? あ、いや。いいですけど。

 <キュービックは小野瀬の肩に止まる>

キュービック:丁度いい。俺はお前に用があったんだよ。

小野瀬:僕に、用ですか?

キュービック:お前、息吹きかけろ。俺様に。

小野瀬:……はい?

キュービック:いいから、息吹きかけろ。俺の顔に。

小野瀬:……なんの機能?

キュービック:うるせえ馬鹿。酒気帯び検査だ。
       子ども用の玩具だぞ、俺は。酒乱で壊されんのはごめんなんだよ。

小野瀬:へえ、意外とハイテクだなぁ。

キュービック:遅えなあ! 早くしろ!

小野瀬:わ、わかりました。……ふー。

 <キュービックはしばらく鼻をひくつかせる>

キュービック:んー……。魔素の味はしない。間違いなくただの人間……。

小野瀬:で、どうですか? お酒は飲んでないですけど。

キュービック:お前……俺のこと、見えてるよな。

小野瀬:そりゃあ、見えてますし、話してますけど。

キュービック:不完全とはいえ、大魔法がかかっている世界だ……。
       人間には魔獣の姿は見えない……。
       ……だが、こいつは最初から俺を見ていた……。
       こいつだけが、あいつの魔法の範囲外……。
       いいや……おかしい……おかしいだろ……。
       世界を包むほどの大魔法だぜ……。

 <キュービックは小野瀬の頬をつまむ>

小野瀬:あ! いたたたたた!?

キュービック:お前! なにもんだ。

小野瀬:な、何もんて!? い、痛いですって!

キュービック:お前から……あいつの匂いがする……。

小野瀬:あいつって!?

藤原:パステル・パーミット。

 <藤原は汗を拭いながら二人に近づく>

小野瀬:あ、あなたはさっきのショーの出演者の。お疲れ様でした――
    って……え。藤原副社長……?

藤原:あら。それもわかるんですね。

小野瀬:あ、いや! ドレス姿なのでわからなかったですけど……。
    近くでみたらわかりました。えっと、一体何がどうなってるんですか?

藤原:魔装甲の認識阻害も効いてない。

キュービック:みたいだな。ケケケ……。

小野瀬:あ、あの……! その後ろの人形は……?

藤原:え? ああー大体お客さんも満足したみたいなので、この子達も中に連れてきたんですー。

 <藤原の後ろで人形たちが整列している>

小野瀬:そ、そうですか。ありがとうございます。

藤原:それより……ねえ、キューちゃん、さっき言ってたのって。

キュービック:そうだ。前にそうなんじゃないかって推理したことがあったよな。
       さっき、新村に確認をとった。
       新村ののこは、十六年前――大魔法を使ったんだ。

藤原:やっぱり……! ……じゃあ、この世界は魔法を認知できないってこと……?

キュービック:そいつがそうでもない。
       どうやら新村がつかった大魔法は、不完全だったらしい。
       ……だから、ホールの亀裂がまだ残ってたってことだ。

小野瀬:えっと……なんの話をしてるんですか……?
    ところどころ聞き取れないんですけど……。

藤原:魔法に関するワードは認識しない……不完全とはいえ、大魔法がかかっていることは間違いないね。

キュービック:だが、こいつにはなにかある。となると――

藤原:さぁて……それじゃあ。

キュービック:吐いてもらうとしようか……!

藤原:ふふふ……楽しい尋問の時間です……。

 <人形たちがゆっくりと小野瀬を取り囲む>

小野瀬:あ、あの! ちょっと!?

藤原:人形さんたちー! 彼を拘束してくださーい!


 ◆


 <数分後・小野瀬は地面に倒れている>
 <その瞳には涙が浮かんでいる>

小野瀬:も、もう……! 勘弁、してください……!

キュービック:こんだけくすぐっても吐かないか。

藤原:むぅ……まだ足りないかも! もうちょっとくすぐって――

小野瀬:本当に! 知らないです……!
    その、パステルって人も! 何がなんだか……!

キュービック:チッ……しかし、こいつにはなにかあると思うんだがな。

藤原:じゃあ、魔法でやってみる?
   ……ブレインジャックマイトで、頭を解剖して――

キュービック:バァカ、死んじまうだろ普通に。
       そうだなぁ……。

 <キュービックは小野瀬のお腹の上に座る>

キュービック:おい若造。お前、知りたいか。

小野瀬:え? ……えっと、何をですか?

キュービック:ここで今、何が起きているのか。

 間

小野瀬:……知りたいです。僕は、知らないことが多すぎる。

キュービック:だとしたら……そうだな。
       若造。質問を変えるぞ……お前、死ぬのは怖いか?

小野瀬:……死ぬ? 突拍子もないこといいますね……。

キュービック:あの人形たちが何故動くのか。
       ここで今、何が起こっているのか。
       それを知ることは、引き金を引くことと同じだ。
       お前がこの世界に”それ”があることを”認知”した瞬間に――
       そいつはお前の中に”在る”ことになる。

小野瀬:認知した瞬間に……?

キュービック:新村がお前に話さなかった理由がそれだ。
       と、いうより――気付けるだけのヒントはお前の中に既に十分すぎるほどに有る。
       ストロベリーライドの動く人形達。何故動くことができる?
       そして目の前でお前と話している俺は、はたして本当にただの玩具なのか――とかな。

小野瀬:それは、まあ……確かに……。

キュービック:だが、お前は確信をつくことができない。理解ができない。
       ……こいつはそういうしろものなのさ。誰かから言語として聞かなければ。
       認知しなければ。そいつについて考えることすらできない。
       だが、認知したが最後。お前はそいつを理解する。
       それこそ、そいつに殺されることもあり得るって話なんだよ。

 間

小野瀬:教えて下さい。

藤原:小野瀬君……。

小野瀬:僕は。自分のこともよく知らないんですよ。
    だから、僕は知っています。知らなければいいことなんて、ないってことを。

 <小野瀬は立ち上がると、ストロベリーライドの奥を見つめる>

小野瀬:(微笑んで)……新村先輩は、一人でできることは一人でやってしまう人です。
    自分だけで大丈夫なことは、自分だけでやってしまえる人です。
    そんな先輩が困っているようにみえた。
    ということは――今回は、一人ではどうにもならないんですよね。
    だったら、僕は……助けたい。

 <次の瞬間――ストロベリーライドが轟音を立てて揺れる>

小野瀬:うわっ!?

藤原:揺れてる……!
   この共鳴……魔素の高まり……!
   ホールが完全に開こうとしてるのかな……!

キュービック:文華。

 <キュービックは険しい顔で文華を見つめる>

キュービック:……賭けるか。

藤原:……何を?

キュービック:こいつに、賭けるか。文華。

 間

藤原:どうして、私に聞くの……?

キュービック:ずっと、お前は人のいうことを聞いてきた。
       父親の言うことを、大人のいうことを、友人の言うことを――
       俺の言うことをな。

藤原:……そうだよ。私は……別にそれでいいんだもの……。

キュービック:『理想なんてないし、希望なんてものもない』
       お前は、そう言っていたな。

藤原:うん。変わらないよ、それは――

キュービック:だが、お前は俺の指示を無視して、勝手に動いたな。

 間

キュービック:人前で魔法を使った。
       それも、ショーなんてするふりをしてだ。
       らしくねえ、気持ちわりい、お前……心の闇はどうしたよ。

藤原:それは……。

キュービック:お前の強さは、それだった。
       何一つ不自由なく育てられたお前にとって、何かを壊すことだけが楽しみだった。
       誰にも自分の価値を認められなかったお前にとって、自分を傷つけることだけが救いだった。
       その闇が――俺を呼び寄せた。

藤原:だから……! 私は変わってない……!

キュービック:魔獣に嘘は通用しねえよ……。
       お前の中に芽生えてる気持ちの正体を、俺は知ってる。
       そいつはなぁ……光だ。

藤原:ひか、り?

キュービック:光の魔素を使ってんだよ……お前は。
       人々の喜びから、エネルギーをもらってるんだ。

藤原:そんなことない! 私は今も、闇の魔法を――

キュービック:光の魔法少女には何も言うことはねえよ。
       お前の好きにしろ。

 <藤原はキュービックに飛びつく>

藤原:え……? ちょ、ちょっと待って!
   嫌だよ! そんなの! ごめんね! キューちゃん!

キュービック:ダメだ。勝手に動くようなお前は、もう俺の役にはたたねえ。

藤原:(泣き始める)ごめん! ごめんなさい!
   勝手なことして! だから……! だから私を見捨てないで……!
   キューちゃん……!

キュービック:藤原文華!

藤原:ひっ! ……な、何……? なにか、命令してくれるの……?

キュービック:お前が決めろ。そこにいる若造を信じるか。
       それとも――

 <周囲は轟音を立てている>

キュービック:このままホールを空けて、地球を終わらすか。

藤原:地球を……終わらす?
   私は……そんなの気にしないよ……。
   キューちゃんがお家に帰れるなら、別にどうだっていい!

キュービック:だったら! 新村の言うことを聞いてやったのはどうしてだ。
       この人形たちを操って、客を守ってやったのはどうしてだ!

藤原:それは! ののこちゃんが、頼むから――

キュービック:違うなぁ! 俺の眼は誤魔化されねえぞ……藤原文華。

藤原:キューちゃん……!

キュービック:お前……好きなんだろ。地球が。
       この世界を、守りたいと思ってるんじゃねえのかよ。
       だから! 新村ののこを引き込んだんだろ……!

藤原:それは……!

 間

キュービック:お前が決めるんだ。
       俺は……お前の決めたことに、決める。

藤原:私が……決める?

キュービック:ああ。
       お前はもう……大人なんだ。文華。
       あのときとは違う。
       お前はもう――俺無しでも立てる。
       (微笑んで)……そうだと言ってくれよ。俺がいるうちに。

 間

藤原:……そうか……キューちゃんは……いなくなっちゃうんだ。

キュービック:……ああ。
       俺はここにあるホールを使って魔界へ帰る。
       だから――最後に、お前の選択を聞かせろ。
       脆弱な人間の望みなぞ……俺様が叶えてやる。

藤原:キューちゃん……。

 間

 <藤原は俯いたあと、顔をあげる>

藤原:……いって。小野瀬君。

小野瀬:へ? あ、あの……行くって……どこにですか。

藤原:ストロベリーライドの奥……ののこちゃんのところへ。

小野瀬:……新村、先輩? 新村先輩、やっぱり奥にいるんですか!?

藤原:彼女にあったら言わせるの!
   ――って!

小野瀬:き、聴こえないです! なんて言ったんですか!?

藤原:口の動きをみて! 覚えて!
   ――っていわせるの! ――よ! わかった!?

小野瀬:いや、わからないです! 何故か音がかき消えてる感じで――

藤原:早く行って! ここが崩れる前に!

小野瀬:ッ! 崩れる……!? ここが!?

藤原:ここだけじゃない。このままだと、この遊園地が危ないの……!

小野瀬:それを早く言ってください!

藤原:――っていうの! わかったわね!
   あなたにかかってるの! ののこちゃんの目を、覚まさせてあげて……!

小野瀬:はい!

 <小野瀬はアトラクションの奥に走っていく>

藤原:……キューちゃん。

キュービック:早くするぞ! ここが崩壊しないように、アトラクションの上空から魔素を抑え込む!

藤原:うん!

キュービック:……ったく……よく決めたな。文華。
       ちょっとだけ、カッコいいよ、お前。
       ……カッコいい魔法少女だ。

藤原:うん……知ってる。
   心が気持ち悪いけど……悪くない! 飛ぶよ!
   キューちゃん!

キュービック:おう! 飛ぶぜッ! 文華!


藤原・キュービック:ブート!


 ◆


 <ストロベリーの谷・白い閃光がホールから溢れている>
 <新村は両手をかざしてその光に耐えている>

新村:くっ……! もう、限界が近い……!
   ブートォ! ……ダメだ! 魔素を吸うことしかできないけど……!
   こんなんじゃ……!

 <新村は額の汗を拭う>

新村:ダメ……! ダメダメダメ! 諦めたら! ダメだッ!
   諦めたら! みんな――みんなを守れない!
   パステルの約束を……! 守れないんだッ!

 <新村は唇を噛み締める>
 <唇からは血が滲む>

新村:でも……! 魔素が言うことをきかないんだよぉ!
   だってそうだよ……! 私が! 私が……この世界から消してしまったんだ!
   私が、否定してしまったんだ……!
   そうだ……私は……。あのとき、魔法を、否定したんだ……!
   パステルが……死んでしまった瞬間! 私の中の魔法は――

 <新村は腕をゆっくりと下ろす>

新村:私はもう……魔法少女じゃ……ない……!

 間

小野瀬:せんぱあああい!

 間

小野瀬:先輩!

 <小野瀬がストロベリーの谷に飛び込んでくる>

新村:……え?

小野瀬:先輩! 大丈夫ですか!?

新村:お、のせ。どうして、ここに……?

小野瀬:先輩……! 言ったじゃないですか!

 <小野瀬は新村に駆け寄ると、その体を抱きしめる>

新村:小野瀬……?

小野瀬:言ったじゃないですか! 困ったことがあったら言ってくださいって!
    馬鹿なんですか!? どうして僕を頼ってくれないんですか!

新村:だって……だってね、小野瀬……。
   ダメなのよ……こればっかりは、どうにもできないの……。

小野瀬:先輩……! 言ってください!
    僕に……!

新村:何を――

小野瀬:あおおあ、おおいあう!

 間

新村:……は?

小野瀬:あおおあ! おおいあう!

新村:……え? 何? どうしたの?

小野瀬:だから! 先輩がこの言葉がなんなのか言ってくれたら、何かが起こるんです!
    多分、ですけど……!

新村:何、それ……!


 ◆


 <ストロベリーライドの上空・藤原とキュービックは眼科にグッドワールドを見下ろしている>

藤原:あんまり説明しなかったけど大丈夫かな?

キュービック:ケケケ、さぁなぁ!

藤原:ま……ダメだったらそのときはそのときで……。
   世界の終わりを一緒に見れるんならいいよ。キューちゃんと。

キュービック:ああ? 俺はお前が死ぬのは見たくねえよ。
       魔界に帰ったあとにもうなされそうだ。

藤原:……ねえ。私も魔界につれてってよ。

キュービック:人間じゃ住めねえよ。

藤原:私、魔法装甲もあるから、大丈夫だよ。

キュービック:バーカ。……あっちの飯は不味いから、こっちにしとけ。

藤原:(微笑んで)……意地悪。

キュービック:抑え込むぞォ! 文華!

藤原:うん!

キュービック:せいぜい守ってやるから! なんとかしやがれ!
       魔法少女共!

藤原:マジックキラーデス!
   範囲は遊園地グッドワールド! ブート!


 ◆


新村:ちょ、ちょっとまってね!? えっと……『野郎は、そうします』!

小野瀬:……多分違います!

新村:『覇王は、殺します』!?

小野瀬:うーん、違います!

新村:加工場(かこうば)……桃煮立つ……ああああもう! 何なのよこれは!?
   なんでこんなクイズしなきゃなんないのよ!?
   こんなことしてる場合じゃないのに……!

小野瀬:でも! あの二人が言ってたんです。
    僕に賭けるって!

新村:……文華とキュービックが言うなら、きっと何か意味があるんだろうけど……!

小野瀬:確か……なにかのきっかけだって言ってました。

新村:きっかけ?

小野瀬:はい。僕が知らないこと。僕が気づけないこと。
    人形が動く理由や、いまここで起こっていることについて。

新村:それって……。

 <新村は顎に手を当てる>

新村:魔法……のこと?

小野瀬:え? 今、なんのことって? さっきからそうやって音が途切れてる感じで……!

新村:……認知をしていないと、理解ができない。

小野瀬:そんなこと、言ってました。

新村:魔法……魔法を教える。
   でも魔法はもう、私の魔法で――


 ◇


 <十六年前・魔クジラを倒した後>
 <街には魔素が降り注ぎ、パステルは消えかけている>

パステル:僕はね、ののこちゃん……。
     君に会って……本当に幸せだった。

 <パステルはゆっくりと目を閉じる>

パステル:この世界が、好きだ。
     人間の笑顔が好きだ。
     この景色も、風も、匂いも……。

少女新村:やだよ……! 魔法なんて……いらない……!
     パステルを助けられない魔法なんて! 大っきらいだよ!

パステル:(微笑んで)それでいいんだ。ののこちゃん。
     君は魔法なんていらないよ。
     君なら、魔法なんてなくても、みんなを笑顔にできるんだから。

少女新村:パステルぅ……!

パステル:でも覚えておいて……ののこちゃん。
     魔法は、消えないよ。
     君が魔法を必要とするとき、魔法はいつだって――


 ◇


新村:……魔法は――『魔法は、ここに在る』


 <小野瀬の全身に静電気のようなものが奔る>

小野瀬:魔法は……ここに、在る。

新村:小野瀬……?

 <小野瀬はゆっくりと立ち上がると自分の手を見つめる>


 ◇


小野瀬N:この記憶は――なんだ……?
     どこかの屋上……?
     話しているのは、女の子と……小さな、獣?


 <十六年前・魔クジラとの戦いの前夜>
 <新村の通う中学校の屋上>


少女新村:えー? パステルはなにかないの? 願い事とか。

パステル:僕も、ののこちゃんの願いと同じだよ。

少女新村:(吹き出して)それはわかったから! 他に!
     ほら、大魔法っていうくらいだから、何個かは叶えられるかもしれないでしょ?

パステル:君は本当に欲張りだね。この間のケーキも多い方を取ったし。

少女新村:それをいわないでよ……ちょっと気にしてるんだから。

パステル:ごめんごめん。……そうだな、じゃあ――僕は、人間になってみたいな。

少女新村:人間に? 魔界に帰りたいとかじゃなくて?

パステル:僕は、この世界が好きだ。この地球が。
     人間の笑顔が好きだ。
     この景色も、風も、匂いも……。
     だから、ここに人間として住んでみたいなって、思ったりするよ。

少女新村:(立ち上がって)じゃあ! それも叶えよう!

パステル:え? いいよ、それは。

少女新村:どうして! いつもパステルいってるじゃん!
     強い願いが、魔法を動かすんだってさ!

パステル:(笑う)……もう寝ようか。
     明日は、魔クジラとの決戦かもしれない。

少女新村:うん! しっかり休まなきゃ!


小野瀬N:それから、少女達は戦った。
     世界を覆う影と、戦っていた。
     激しい戦いの末に、影が消えた――だけど、一緒に戦っていた獣も、消えてしまった。
     少女は泣きながら杖を構えた。そして――


 <翌日・魔クジラとの戦いの後>
 <空の上で呪文を詠唱する新村>


少女新村:パステル……! 約束……守るよ!
     約束の……大魔法……!
     ブートォー!


小野瀬N:少女が何かを唱えると、光が空を覆った。
     そして、青い光が流れ星のように地球上に広がっていった。
     だけど――そのとき、降り注いだ一つの一つの光が、少年の形になって――


小野瀬:……あれ? ここは――どこだ?


小野瀬N:あれは……僕だ。僕の覚えている、最後の記憶――


小野瀬:僕は……誰だ?
    あれは――流れ星……。


小野瀬N:僕の目の前を流れていった流れ星は――少女だった。
     泣きながら遠くの空に飛んでいくその少女から、僕は目が離せなかった。
     何も覚えていなかった僕は――その少女が消えていった街に向かって歩いていった。
     その街で僕は――小野瀬扇という名前をもらい……そして――
     あのとき見た少女が『魔法少女』と呼ばれていたことを知った。


 ◇


 <ストロベリーの谷・暴走するホールの前で、二人は向かい合っている>

小野瀬:僕は……。

新村:小野瀬! 小野瀬……! 大丈夫……?

小野瀬:僕、思い出しました……。

新村:え? 一体何を……?

小野瀬:僕! 思い出しました……!
    僕がどうして産まれてきたのか!

新村:は? どうして急に……!

小野瀬:魔法少女です……!

新村:魔法少女……?

小野瀬:僕は、魔法少女に作られたんです!

新村:……は?

小野瀬:僕が産まれる前、魔法少女は巨大な影と戦っていました!
    そして勝った後に、なにか――そう! 魔法を使ったんです!
    その魔法の光が、僕だった……!

新村:ちょっとまって……! どういうこと!?

小野瀬:でも! 見たんです! 間違いないんです……!

新村:魔法で……作られた……?

小野瀬:パステル……。

新村:ッ! どうしてあなたがパステルを知ってるの!?

小野瀬:さっき見たんです。パステルという獣が……人間になりたいと願ってるのを。
    そして会話聞く限り……魔法ならそれが可能だって。
    もしかしたら僕はそのパステルという獣が――先輩……?

 <新村は口に手を当てながら瞳を見開いていた>
 <その瞳から涙が溢れてくる>

新村:パス、テル……?

小野瀬:先輩……? どうしたんですか……?

新村:パステルの……願い……! そうだ……!

小野瀬:せん――うわっ!?

 <新村は小野瀬に抱きつく>
 <二人はその場に倒れ込む>

新村:(泣く)うううう……! ああああ!

小野瀬:先輩……何が、どうしたんですか……?

新村:パステルの……! ねがいだぁ……!
   叶ったんだ……! パステルッ……!

小野瀬:パステルって……もしかして……。
    ……新村先輩が、あの、魔法少女なんですか……?

 間

小野瀬:そうなんですね……! 先輩……!

新村:……うん……そう。
   私は、魔法少女だった……。

小野瀬:……そうだったんですね。
    そして僕は……パステルという人の、産まれ変わり。

新村:……そうだと、思う……。

小野瀬:……わかりました。
    いえ……全部がわかったわけじゃないですけど、今はそれでもいいです。
    立てますか……?

新村:うん……。ごめん、取り乱して。

 <二人は立ち上がる>
 <眼前でホールは尚も広がり続けている>

小野瀬:すごいですね……! これ……本当にここが崩れそうです……!

 間

小野瀬:先輩……! これ、なんとかできるんですよね!
    ……先輩?

 間

新村:私は、無理だよ。
   魔素を操れないし……。

小野瀬:え? でも、魔法少女なんですよね……?

新村:魔素が言うことをきかないの……。

小野瀬:それ……どういうことですか?

 <新村は自嘲気味に笑う>

新村:あのね、小野瀬……。キュービックの言ったとおりだったの。
   これは、私のせい。

小野瀬:先輩……。

新村:私は魔法少女として、ここにある、『ホール』と呼ばれる異次元への扉を封じるために戦っていた。
   そして、十六年前のあの日……世界覆うだけの大魔法を使うチャンスがあったのよ。

小野瀬:それって……僕がみたあの……。

新村:パステルは私に、世界が魔法を忘れるように……総てのホールが塞げるように願って、その大魔法を使うように約束させたの。
   私も、その約束を守ろうって思ってた。
   ――でも、その魔法は不完全だったのよ。
   小野瀬がいることが何よりの証拠……。

小野瀬:僕が、いること……?

新村:私は心のどこかでパステルのことを考えてた……!
   世界の命運なんかよりも、目の前で消えてしまった――パステルのことを考えてたの……!
   だから! 私は無意識で、パステルの魂を――人間として産まれ変わらせるために、魔素を使ってしまったのよ!

 間

新村:だから……! ホールの亀裂は残った……。
   ここだけじゃない! 世界中のどこかに、残っているかもしれない……!
   私は、世界を守れなかった……! 魔法少女なんて、大層なもんじゃないのよ!

小野瀬:僕は!
    ……僕は、感謝してますよ。先輩。
    先輩が……そのパステルって人がいなかったら、僕はここにいないってことですよね……!

新村:そうね……でも、その願いが叶った変わりに……この遊園地は崩れてしまう。

小野瀬:まだ決まってないでしょう!

新村:決まってるの……!

小野瀬:どうしてですか! なんとかしましょうよ!

新村:できるわけないじゃない! 私にはもう魔法は使えないの!

小野瀬:そんなのわからないじゃないですか!
    諦めるなんて、新村さんらしくないです!
    どんなときでも可能性を信じるのが新村さんじゃないですか!

新村:信じられないわよ! 信じたくなんて、ない。
   だって! 結局何が残ったっていうの……!

小野瀬:何が、残った……?

新村:あれから十六年ッ! ずっと考えてた……!
   パステルが死んで! 世界は魔法を知らないままで!
   私がしてきたことは、なんの意味があるのかって……!
   魔法を知ったあの日から、魔法を失ったあの日から、何がどうかわったっていうの!?
   知らないでしょ……! 十六年もの間、私は――魔法をずっと嫌ってるの……!

 <新村は周囲を見渡した>

新村:好きだった服も嫌いになった!
   甘いものも嫌い! 柔らかいものも嫌!
   嫌いに、なっていくのよ……! わからないでしょ!?
   ボロボロで部屋に帰ってからずっと! 世界の色がどんどん濁っていったの!
   なにもない日常が幸せだって思ってた!
   でも私には、そうじゃない……!
   知らなければよかったんだって! ずっと後悔して!
   いろんなものが! 大好きだったものが嫌いになっていくの……!
   気づいたら私は――あのころの自分が……! あのころの思い出が!
   大っきらいなのよ!
   大大だいっきらい!
   だから……! もう、魔法なんて、使えない……!

 間

小野瀬:先輩は……どうして、ここで働いてるんですか。

 間

小野瀬:……ねえ、新村先輩。
    遊園地グッドワールドで働いているのは、どうしてですか?
    僕は見たくないですよ!
    こんな魔法少女の姿は、見たくない……!

新村:押し付けないでよ! 私はもう、魔法少女じゃない!
   もう魔法なんて使いたくない!

小野瀬:違う!

新村:違わない! 何も知らないくせに!

小野瀬:知ってますよ!
    新村ののこは……遅くまで仕事をします……!
    誰よりも真剣に、誰よりも自分に厳しく、誰よりも遅くまで事務所にいるんです!

新村:やめてよ……!

小野瀬:従業員にも気を配るんです!
    みんなが仕事をしやすいように気を回して!
    個人の性格に合わせて仕事を割り振って、割を食っても顔にも出さない!
    知ってますか! みんな仕事がだんだんと早くなっているんです!

新村:やめてって!

小野瀬:どうしてそんなことをするのか!
    たかが仕事ですよ! そこまでする必要ありますか!?
    意味分かんないでしょ!? でもね! でも、それが……あるんですよ……!

 間

小野瀬:新村ののこは――みんなを笑顔にするのが好きなんです!

新村:やめて……!

小野瀬:みんなを幸せにするのが好きなんです!

新村:やめて!

小野瀬:世界を救うのが!
    ……大好きなんです。でしょ?

 間

新村:やめてよ……もう……!
   世界なら……一回救ったじゃない……。

小野瀬:足りないですよ。一回じゃ。

 <新村は自分の手を見つめる>

小野瀬:だって、このマジカルエリアには!
    魔法少女の力が必要なんです!

 間

新村:魔法……少女? 本当に……?

小野瀬:はい。魔法少女が必要です。

 間

新村:嫌いよ……そんな言葉。

小野瀬:はい。

新村:嫌いよ……! フワフワも! フリフリも!

小野瀬:はい! わかってます!

新村:本当にわかってるわけ!?
   小野瀬……! あんたね、本当終わったら覚えておきなさいよ!

小野瀬:ははは! そうですね! 残業いくらでも付き合います!

新村:(ため息)……嘘でしょ……もうアラサーもアラサーだってのに……!

小野瀬:女性はいくつになっても少女――ですよ。新村ののこ先輩。

新村:抜かしなさい……元魔獣の間抜け後輩。

 <新村は笑いながら腕を回す>

新村:……しゃああああああああああ!
   ない……。しゃあない! やったるわよ!

 <新村は腕を前方に構える>

新村:くそ……! ダメだ……魔素が言うことをきかない……!

小野瀬:何度でもやりましょう。それが、グッドワールド魂です!

新村:んなこと言ったって……!

藤原:ちんたらしてんじゃねえ! ですよ!

キュービック:おい文華! それ……! 俺のセリフだぞ!

 <二人の背後から藤原とキュービックが飛んでくる>

新村:あんたたち……!

キュービック:おいおい。まだ魔法少女に戻ってねえのか?
       アラサーにはきちぃか……。

藤原:(笑顔で)コーラ! キューちゃん! 女の子の年齢いじりは――ぶち殺すよ。

キュービック:ひっ! わ、わりぃ……。

藤原:それでぇ……あー! やっぱり! 小野瀬くん!

小野瀬:あ。どうも。

キュービック:ケケケ……やっぱり、ここで嗅いだパステルの匂いは、お前だったか。

小野瀬:みたいです。とはいっても……記憶があるわけではないんですが。

新村:あんたたち、何しに来たわけ……?
   馬鹿にでもしにきた?

藤原:失礼ですねえ……ここの崩壊を抑えるために、マジック・キャンセラーをかけてきたんですよ。

キュービック:それも……遊園地中にな。

新村:それって……。

藤原:ありがとう、は?

キュービック:ございます、は?

新村:……何を企んでるわけ?

藤原:別に、何も。

 <藤原は、新村の隣に立つ>

藤原:私は、私がそうしようと思ったから、そうしてるの。

キュービック:俺は、そんな文華に従ってるの。
       あー……若造、肩貸せ。

 <キュービックは小野瀬の肩にとまる>

藤原:それで……何を手間取ってるの?

新村:だから……魔素が使えないのよ……!

藤原:ふーん、パステルがそばにいてもダメですか。

キュービック:ま。そいつはパステルの魔素の匂いはするが、正真正銘ただの人間だからなぁ。
       記憶もねえようだし。

小野瀬:すみません、お役に立てなくて……。

新村:そんなことないわ。あんたの説教のおかげで……私はまだここに立ってるんだから。

藤原:へえ、やる気はあるんですね。

新村:当たり前じゃない! ……私は、守りたいのよ。ここを。

キュービック:なら! まだやることは残ってるなぁ。

藤原:そうだねえ。

新村:何よ……! なんか嫌な予感がするんだけど……!

キュービック:おい若造、耳貸せ。

小野瀬:は、はい。なんですか?

キュービック:(耳元でごにょごにょ何かを伝える)――これ、言え。

小野瀬:え? ここでですか!?

キュービック:お前! ここ、なんとかしたくねえのか?

小野瀬:わ、わかりました……!

 <小野瀬は新村に向き直る>

小野瀬:先輩……。

新村:え……? 何?

小野瀬:俺、先輩のことが、好きです。

 間

新村:え!?

キュービック:今だ文華! 背中を押せ!

藤原:はいドーン!

新村:キャッ――

 <藤原が新村の背中を押すと、新村はたたらを踏んで小野瀬を方へと倒れる>

小野瀬:先輩! 危ない――

新村:おのせッ――ん……!

 <小野瀬が新村の身体を受け止めた拍子に、二人の唇が重なる>

藤原:キャ〜! 生キスだよ生キス!

キュービック:……おえ……。知り合いのキスってなんかキモいんだよなぁ……。

小野瀬:……せ、先輩……。

新村:ふ……。

小野瀬:だ、大丈夫ですか……?

新村:ふふふふふ……!

小野瀬:わ、笑ってます?

新村:ふふふふふ!

 <新村は勢い良く立ち上がる>

新村:ふぁーすときすだったんだぞおおおおー!
   このやろおおおお!

 <新村の身体から光が溢れ出す>

藤原:きゃっ! 何!?

小野瀬:眩しい……!

キュービック:これは……光の魔素……!
       ケケケ……目覚めやがったか。

新村:どどどどうして! こんなタイミングでこの……!
   ファーストキスだったのにいいいい!

藤原:顔、真っ赤だね。

小野瀬:先輩、なんか……すみません……!

キュービック:光の魔素が暴れてやがる!
       小野瀬の魂にはパステルの魔素が張り付いてるからなぁ!
       それと相まって、告白とキスが引き金となり、新村の心のドキドキがスパークし!
       魔素が集まりだしたってわけ――むぐっ!

新村:(キュービックの頭を掴んで)うるせえ……! ハムスターまんじゅう……!

キュービック:きゅ?

新村:乙女の純情をォ! もてあそぶんじゃねええ!

 <新村はキュービックは放り投げる>

キュービック:のわああああああ!

藤原:キューちゃーん!

小野瀬:先輩!? 落ち着いて!

新村:ああ!? 落ち着いてるっての!

 <新村は自分の手を見つめると、ぐっと握りしめる>

新村:またせたわね。小野瀬。
   見せてあげるわ。これが、魔法少女だっていうのをね!

 <新村はポーズを決める>

新村:マジカルストロベリーアーマー! ブート! へんしーん!

 <新村の身体が魔導アーマーに包まれていく>

小野瀬:せ、先輩!?

新村:魔法少女マジカルののこォ! 十六年ぶりに参上ォ!

 間

小野瀬:……せ、先輩……今一回、裸に――

新村:はぁ!? うううううるさい! そう見えるだけよ!
   光ってたでしょ!?

小野瀬:は、はい! で、あの……その……似合ってますよ、そのフリフリのドレス。

新村:言うな……! もう色々と限界なのよこっちは……!

キュービック:年齢的な意味でか?

新村:今度は消し炭になりたいわけ……?

藤原:まあまあ! でも、おかげで変身もできたわけですし!

小野瀬:その格好……藤原副社長も、もしかして?

藤原:ええ、そうなんです。私は闇の魔法少女でした。
   十六年前、彼女と一緒に戦っていたね。

小野瀬:魔法少女が、二人……!

藤原:ええ! そういうこと!
   こんなショー、お金を出したって見れませんよ?

 <文華とキュービックは新村の隣に並ぶ>

新村:ったく……調子がいいやつらね! ……で、どうするわけ?

藤原:そりゃあ、簡単ですよ。

キュービック:決まってんだろ。
       ――ぶっぱなせ。

新村:まあ、わかりやすくていいわね。

 <新村は杖を構える>

新村:いくわよォ……!
   マヂカルストロベリーキャノン――ブートォ!

藤原:グレープデッドローズ――ブート!

新村:まだまだぁ! マヂカルマカロンバズーカ――ブートォ!

藤原:負けないよッ! キルデスブラッドアーツ――ブート!

新村:舐めんじゃないっての! マヂカルガトリングプリン――発射ァ!



新村N:私は、どんな大人になるんだろう。
    魔法少女になる前、私はそんなことを考えていた。
    あのときの私が今の私をみたら、どう思うんだろう。
    服は地味なのばっかりだし、部屋も殺風景。
    休日は休むためだけに寝て、夜はお酒の力を借りて無理やり布団に入る。
    趣味もなければ、彩りもない生活。
    それが、大人になるってことだと思ってた。
    でも今ならわかる。
    そうやって、大人になることから逃げていたんだ。
    好きなものがあった。
    やりたいことがあった。
    でも、それを無くす辛さを知った。
    諦める苦しさを知った。
    誰だって、そんな思いはもうしたくないんだ。
    何かを拠り所になんてしたら、また同じことの繰り返し。
    自分や他人に期待なんかしたって、裏切られるだけ。
    だから私は……逃げて、逃げて――



 <キュービックが慌てた様子で二人の前に飛び出す>

キュービック:お前ら! やりすぎだ!

新村:え!? 何!?

藤原:きこえなーい! ふふふ!

キュービック:冗談じゃねえぞ! 魔法が逆流を起こしてる!
       このままじゃ爆発するぞ!

 <ホールの切れ目で、魔法が球状になって滞留している>

新村:なっ! それを早くいいなさい!
   どうすればいいの!?

藤原:え? それってキャンセラーじゃ間に合わないの!?

キュービック:無理だ! 既に膨張し始めてる!
       時限爆弾みたいなもんだ!

新村:爆発っていったってどうすんのよ……!

小野瀬:先輩!

新村:何!?

小野瀬:時限爆弾だっていうなら! 上です!

新村:上!?

小野瀬:空ですよ! 空に放っちゃえばいいんじゃないんですか!?

キュービック:でかした若造! それだ!

新村:そんなことできるわけ!?

小野瀬:藤原副社長! アトラクションの上に穴! 空けられますか!?

藤原:え!? そういうのは得意だけど――

新村:穴ァ!?

小野瀬:始末書なら僕が書きます!
    それに、工事するんだから丁度いいです!

藤原:じゃあ! 穴、あけるね!

キュービック:よし! 破片がでないようにレーザーでいけ!

藤原:アイアイサー!

小野瀬:先輩は、あの爆弾をなんとか打ち上げてください!

新村:打ち上げるって、できるの!?


パステル:できるよ。


新村:……え?

小野瀬:できますよ、先輩なら。

 間

新村:うん! やる!

 <藤原は天井に杖を向ける>

藤原:いきますよー! キリングサイコレイ! ブート!

 <巨大な黒い光の柱が放たれると、アトラクションの天井に大穴が開く>

キュービック:空いたぞ! 新村ァ! 打ち上げろォ!


新村:小野瀬ェ! 見てなさい!

小野瀬:先輩!

新村:私は……! 私はねェ!


新村N:私はここに逃げてきた。
    でも、マジカルエリアはそんな私に教えてくれた。
    夢はあるんだってことを――そして、いくつになっても魔法はあるんだってことを。


新村:魔法少女は! ここにいるッ!
   いっけええええええ!
   マヂカルストロベリーライド! ブートッ!


新村N:その日――遊園地グッドワールドの空に、予定にない花火があがった。
    花火は光を放ちながら空を舞い、流星のような青い光が、遊園地中に降り注ぐ。
    その空はまるで――魔法がかかったようだった。


 ◆


 <四人は沈静化したホールを見つめている>

キュービック:ホールは――落ち着いたな。

新村:……そうね。完全に沈静化している。状態も安定してるみたい。

小野瀬:えっと、この穴は、閉じられるんですか?

新村:ここを閉じるだけなら簡単よ。
   でも……そうね。小野瀬……少し、こっちへ行きましょう。

小野瀬:先輩……?

新村:……あなた達、手短にすませてね。

 <新村は小野瀬の手を引いて二人から離れる>
 <藤原はずっと俯いている>
 <そんな藤原の前で、キュービックは飛んでいる>

キュービック:ったく……いらねえ気使いやがって……。

藤原:……うん。ほんとだね。

キュービック:あんまり時間はねえかもな……。
       このホールの安定期がどれくらいかはわからないが……使うなら、すぐがいい。

藤原:……うん。ほんとだね。

 間

キュービック:なあ、文華――

藤原:ありがとう。キューちゃん。

 <藤原は笑顔で顔を上げる>

藤原:キューちゃんのおかげで、本当に私、楽しかったよ。

キュービック:……そうか。

藤原:キューちゃんは私みたいなの、きっと一緒にいてもうざかったかもしれないけど。
   でも私は、キューちゃんと一緒にいれて、幸せだった。
   毎日楽しくて、それで……。

 間

藤原:魔界に帰っても、ちゃんとご飯、食べてね!

キュービック:文華……。

藤原:ちゃんと運動もしないとダメだよ! それから、寝るときもちゃんとお布団着てね!
   いっつも、お腹冷やすんだから……!

キュービック:文華。

 間

キュービック:ありがとう。お前のことは、忘れねえよ。

藤原:……うん。そっか。嬉しいな……。

 <キュービックは新村に視線を向ける>

キュービック:新村ののこ。

新村:……何?

キュービック:亡きパステル・パーミットに変わって、一人の魔獣として、お前の献身に敬意を表する。

新村:ええ……光栄なお言葉よ。
   元気でやりなさい。

キュービック:それじゃあな! 人間ども――

 <ホールに向かおうとしたキュービックの身体を、藤原が抱きしめる>

キュービック:お、おい! 文華!?

藤原:(泣きながら)嫌だアアアア!

キュービック:……文華……。

藤原:キューちゃんと離れるなんてえええ! 嫌だよおおお!
   大好きなんだよおおお! だいだいだい好きなのぉ!!!
   本当はずっと一緒にいたいよおおお! 絶対絶対やなんだよおおお!
   だからいかないでよおお! 私を一人にしないでよおおお!

新村:文華……。

藤原:お願いだよキューちゃん……! 私も連れてって……!
   お願いだから!

 <キュービックは笑って藤原の頬をペチペチと叩く>

キュービック:ケケケ……お前、自分が何いってんのかわかってんのかよ。

藤原:何、言ってる……?

キュービック:お前……俺にわがまま言ってんだぜ?
       初めて、わがまま言ってんだよ。

藤原:……わが、まま……。

キュービック:初めてだぜ。お前の口からんなこと聞いたの。
       ……わがままが言えたら、立派な魔獣になれるぜ。

藤原:キューちゃん……!

キュービック:俺もさ、楽しかったよ。
       この世界は魔素もねえし、生きづれえけど……まあ、テレビは面白いし。
       ネットも在るし、最近じゃ掃除機も動くしなあ。
       退屈しなかったぜ。
       でも、それもこれも……お前のおかげだ。藤原文華。

藤原:キューちゃあん……!

キュービック:俺はお前がちゃんと人間にまぎれて生きていけりゃあそれでいいんだよ。
       お前は魔獣にするにはちと軟すぎるしなぁ。
       ケケケ……文華。俺は期待してんだぜ? お前が、立派な人間として、魔獣的にこの世界を支配すんのをな。

 <藤原はキュービックの身体をそっと離す>

キュービック:だから……お別れだ。文華。

藤原:……うん。わかったよ。キューちゃん。

 <キュービックはホールへ向かって飛んでいく>

キュービック:……俺も、お前の作る飯が食えなくなんのだけが残念だぜ……。
       達者でな。

藤原:いつでも……食べに来てね。キューちゃん。

キュービック:ああ、また――

 <キュービックはホールに吸い込まれて――>

キュービック:むぎゅ。

 <キュービックはホールに挟まる>

新村:……ん?

小野瀬:……あれ? 今――

キュービック:(咳払い)……達者でな。文華。

 <キュービックは再びホールに近づくも挟まる>

キュービック:むぐっ……。きゅ?

新村:……挟まってる……?

小野瀬:えっと……これって、穴が小さすぎて――

新村:というより……太り過ぎて――

キュービック:んなわけあるかあああ! お、オイ! 文華! 押せ! 俺を押し込め!

藤原:う、うん! わかった! 行くよ!
   せーの! んーーーー!

キュービック:いたいだだだだだだ! 無理! 無理だ! ちぎれる!
       ちぎれるううううう! ヒッパレ! ひっぱってくれえええ!

 <藤原はキュービックを引っこ抜く>

キュービック:きゅぽん!

藤原:だ、大丈夫!? キューちゃん。

キュービック:……あ、アレだ……その……文華……。

藤原:うん、なあに?

キュービック:……俺様、お前の飯が食いたいから。
       もうちょい、こっち、いる。

藤原:……え?

キュービック:だ、だからぁ! これは断じて太っててホールを通れないとかではなく!
       俺様自身の選択として!? あくまで俺様の意思として!
       ほら! 魔界ってメシマズだし!? もうちょっとこっちいてもいいかなーって!
       だから――むぎゃあ!

 <文華は泣きながらキュービックを抱きしめる>

藤原:キューちゃああああん! 私! 嬉しいよおおお!

キュービック:わ、わかった! わかったから! クソッ!
       ぜってえ痩せる! 痩せてやる……!

小野瀬:あはははは! 結局、なんか丸く収まった感じですね。2つの意味で。

新村:……やっぱり、体型って大事……。

小野瀬:そうなんですかね。
    でも僕は……きっと、本気になれば通れたんじゃないかって思ってますよ。

新村:ふふ……そうかもね。魔獣って、素直じゃないから。

 <新村は杖を掴むと、ホールに歩み寄る>

新村:それじゃあ、このホールは閉じるわよ。


小野瀬:ちょっと待って。


新村:何? 小野瀬――

 <新村が振り向くと、小野瀬は柔らかい笑みを浮かべて立っている>
 <小野瀬の姿が、パステルと重なる>

パステル:もう一つ、やることがあるよ。ののこちゃん。

新村:ののこ、ちゃん? 小野瀬、どうしてそんな呼び方で――

パステル:ごめん。黙ってて。

 <小野瀬(パステル)は頬を掻いて苦笑する>

パステル:僕、本当は魂の記憶があるんだ。

新村:魂の、記憶……?

パステル:そうだよ。今僕は……小野瀬扇ではなくて、パステル・パーミットとして話しているんだ。

新村:パステル……?

 <新村は杖を取り落とす>

新村:本当に、パステルなの!?

パステル:うん。そうだよ。ののこちゃん。

新村:パステル……!

 <新村はパステルに抱きつく>

パステル:あはは……これは流石に照れるなあ……。
     今の僕は、小野瀬扇でもあるから。

新村:いつから! いつから、記憶が戻ってたのよ!

パステル:君が魔法を思い出させてくれた瞬間からだよ。

新村:どうして言ってくれなかったの!?

パステル:今の僕は、小野瀬扇だからね。
     それに……君を魔法少女にするのは――僕ではないと思ったんだ。
     少し、寂しいけどね。
     今の新村ののこにとって、一番信頼できる人間は――パステル・パーミットじゃないから。

新村:……なによ、それ。

パステル:だから今僕は、パステルとして君に話してる。
     ……なによりも――時間がない。

新村:時間……?

パステル:空をみて。

 <空には青い光が降り注いでいる>

新村:これって――十六年前に、似てる……。

パステル:あのときほどではないけど、魔素が降り注いでる。
     これなら、この遊園地中に魔法をかけることができるかもしれない。

新村:魔法?

パステル:そうだ。魔法を封印する大魔法をね。

新村:また、あの魔法を使えっていうの!?
   せっかく、魔法を思い出したのに……!

パステル:わかってるだろう。ののこちゃん。
     この世界に魔法は必要ないってことを。

新村:そんなことない! だって現にこの遊園地には――
   このエリアには魔法がある!

パステル:今君が自分で言っているじゃないか。
     ……このエリアにかかっている魔法は、この遊園地がかけている魔法は――
     魔素なんかで起きているものではないんだよ。

 間

パステル:ここにいる人たちに魔法をかけているのは――従業員みんなの力と、企業努力!
     っていうと、俗物的に聴こえるかも知れないけどね!
     君がかけてきた魔法は、僕たちが持ち込んだものなんかじゃないんだ。
     君はなんども思ってたかもしれない。君は魔法少女じゃないって。
     でも君は――僕が出会う前から、そして僕がいなくなったあともずっと、魔法少女なんだ。
     そんな君が……僕が、みんなが作った素敵な魔法があるっていうのに……。
     魔素で打ち上げた花火なんて、風情がないとは思わないかい?

 <新村はパステルの手を掴む>

新村:(ため息)確かに……忘れたほうがいい。

パステル:君なら、そういうと思ってた。

新村:でも……! 封印の魔法を使ったら、小野瀬の中のパステルの記憶も消えてしまう! そうでしょ……!

パステル:君なら、気づくと思ってた。

新村:ッ……絶対また失敗するわよ!
   パステルの記憶を消したくないって……心のどこかで思ってしまうもの!
   だって一度消えてしまったら、もう今回みたいに戻らないかもしれない!

パステル:そうだね。僕の魂の魔素はほとんど残っていない。
     今回消えたら、きっともう僕の記憶は戻ることはないと思う。

新村:だったら尚更――

パステル:でもね。これもわかる。
     ののこちゃんは、今度は失敗しないよ。

新村:どうしてそんなこと言い切れるわけ!?

 <パステルは新村のおでこを指先で小突く>

パステル:魔法は――ここに在る。

 間

新村:いい加減にしてよ……また私にこんなことばっかり……。

パステル:あはは。ごめんね、でも……僕ってそういうやつなんだ。

新村:ふふふ……そっか。人当たりはいいけど……あなた、魔獣だもんね。

パステル:そうなんだよ。僕は自分勝手な魔獣で、それに――結構腹黒いんだよ。

 <新村は杖を拾い直すと、パステルの方に向き直る>

新村:色々と話したいこともあるけど……。
   魔素が完全に散ってしまう前にやらないといけないものね。

パステル:うん。そうだね。

新村:でも、これだけは聞かせて……。
   パステル……。あなたは――

 <新村は顔伏せて杖を握りしめる>

新村:あなたはッ……! 人間になれて……幸せ?

 間

パステル:ののこちゃん。

 <パステルは満面の笑みを浮かべている>

パステル:僕は、幸せですよ。先輩。

 <新村は笑顔で杖を振るう>

新村:そこの二人! ちょっと離れなさい!


藤原:キューちゃーん! もう離さないよぉー!

キュービック:だあああこら文華! なんかでかい魔法が来るぞ!

藤原:え!? うわっ!? これ、大魔法!?


新村:……パステル。いままでありがとう。

パステル:ののこちゃん。いままでありがとう。

新村:この借りは、返しなさいよ。小野瀬扇。

パステル:はい。これからもよろしくおねがいしますね、新村先輩。

新村:うっし――やるかぁ!
   今度は、失敗しないからね……!


 <新村は杖を空へ掲げる>


新村:魔法は――ここに在る!
   ブート!


パステルN:ののこちゃんの放った大魔法は青い光となって遊園地中に降り注いだ。
      この遊園地はまた、魔法を忘れた。
      でもそこに――すぐそこに、魔法は在る。
      僕たちは、それを知っている。


 ◆


 <一週間後・市内の回転寿司チェーン店>

小野瀬:あ。これまだ食べてないやつだ。

新村:……ねえ。

小野瀬:(寿司を口に放り込む)……むぐ。なんでふか?

新村:……食べてからでいい。行儀悪いな。

小野瀬:(寿司を飲み込んで)……なんですか?

新村:いや……あんた、まだ食べるの?

小野瀬:え? もしかして、持ち合わせありませんか?
    僕もそんなに持ってないんですけど――

新村:お金は気にしてないけど……それにしても、本当に食べるのね。
   もう七十皿近く食べてるわよ?

小野瀬:はい。なんかすごい食べ盛りみたいで。

新村:食べ盛りって……! 現役高校生でもこんなには食わないわよ……!?

小野瀬:そうですか? でも僕、正確な年齢わからないんで……もしかしたら高校生かも――

新村:んなわけあるか……! 大学出てんでしょ、もう……。

小野瀬:先輩はもう食べないんですか?

新村:あなたを見てたら腹膨れたわよ……。

小野瀬:あ、これもう一回食べよう。

新村:(ため息)……好きにしなさい。

 間

小野瀬:そういえば、ストロベリーライドって。

新村:な、何? 工事の話?

小野瀬:はい。なんか大きな穴が空いているとかで、一部作り直しになるって。
    もともと取り壊すところだったんですけど……。

新村:そ、そう。あー、見たわ。工事の書類。

小野瀬:不思議ですねえ、僕たち誰も知らなくて。
    あんな大きな穴が開いてるなんて……いつできたんですかね?

新村:さぁね。どっかの馬鹿が魔法でもぶっ放したんじゃない?

小野瀬:え? なんですって?

新村:なんでもなーい。

 間

新村:にしても……ほんと……変な感じ。

小野瀬:何がですか?

新村:ううん……。最近、昔のことばっか思い出すのよ。
   特に、小野瀬を見てると色々とね。

小野瀬:えっと……昔の恋人、とかですか? 照れますね。

新村:あーないない。あんたみたいなのタイプじゃないし。

小野瀬:えー、サービスしてくださいよ。
    僕はタイプですよ、先輩みたいな人。

新村:……え?

小野瀬:今のがサービスです。

新村:あんた……! しばくぞマジで!

小野瀬:冗談じゃないですか――って……先輩?

新村:何よ!

小野瀬:いや、なんか、光ってません? 胸の上の所。

新村:は?

 <新村が胸を見下ろすと、服の上から自分の身体が光っているのが見えた>

新村:ぐぬぬぬ……! ドキドキなんかしてないってのよ!

小野瀬:あの、なんですか、それ。

新村:あ、ああ! ペンダントしてんのよ! 中に。
   こう、太陽光を吸収するやつなんだけど、おかしいわね!
   なんか光ったみたい……!

小野瀬:へえーいいですねえ、それ。見せてもらってもいいですか?

新村:駄目! 駄目なのよ、ホラ。願いがね、叶わなくなっちゃうから。

小野瀬:ああ、ミサンガみたいな。
    なぁんだ、やっぱ先輩、可愛いとこありますね。ギャップ萌えです。

新村:ぐっ……! ま、まあ……そうね……そういうことで、いいわ。

小野瀬:……で、僕が誰に似てるって?

新村:え? ああ……そうね。
   なんていうか、小野瀬みたいに良く食べるやつがいてね。
   言うこともちょっと似てて……思い出すのよ。色々と。

小野瀬:そうなんですね。その人は、今は?

新村:……んー、ちょっとね。

 間

小野瀬:そうですか。すみません。

新村:あ、勘違いしないでよ! 別に、元気にやってるわよ。

小野瀬:そうなんですか? 安心しました。地雷踏んだかと思って。

新村:あんたって本当に思ったこと全部口に出すわよね……。

小野瀬:えっと……褒めてます?

新村:褒めてはない。

小野瀬:……でも、羨ましいですよ。

新村:んー?

小野瀬:その人、新村さんにこうして、思い出してもらえてるわけですよね。
    いつの頃の知り合いかはわからないですけど……でも、懐かしんでもらえるっていうのは、羨ましいです。

新村:別に……小野瀬だったら色んなところで噂されてるわよ。
   ぜーったい。だって、変だもの、あなた。

小野瀬:そうですかね? なら良いんですけど。

 間

新村:それに、近くにいるわよ。

小野瀬:え? 僕を知っている人、ですか?

新村:そう。小野瀬扇は、意外と計算高くて腹黒い――とかね。

小野瀬:あの……僕先輩になにかしました?

新村:さぁ、どうかなぁ?
   とりあえず! あなたは、マジカルエリアの職員なんだから……。
   そんなこと気にせずに笑顔で働けばいいのよ。でしょ?

 <小野瀬は目を丸くして新村を見つめている>

新村:現実は難しいわよ。残酷だったり、やるせないことも多い。
   でも、私達は夢の国の住人なんだから、そういう現実だって変えることができる。
   私は、信頼してるわよ。
   小野瀬扇っていう男は、マジカルエリアを体現しているから。
   それをわかってる私がいて……他に、なにかいる?
   過去なんて、どうでもいいじゃない。

 <新村は小野瀬に笑いかけるとおでこを指先で小突く>

新村:魔法は――ここに在るのよ。小野瀬。
   それに! イベント部に戻ってくれと懇願する郡司部長の屍を踏み越えて、私はマジカルエリアに残ったのよ!?
   私が残ったからには、うちのエリアをグッドワールドで一番にするって決めたんだから!
   あんたは私に付いてきなさい!
   いいわね! ……って、小野瀬? 聞いてる?

 間

小野瀬:先輩。

新村:な、何?

小野瀬:僕、先輩のこと好きみたいです。

 間

新村:……は?

小野瀬:すみません。でも、なんだか胸がドキドキして――

新村:ちょ、は!? ちょっとまって!? なんで今!?
   よりによって回転寿司屋で――いや場所とかじゃなくて!
   なんでそんな――

小野瀬:先輩!

新村:ひゃ!? な、何!?

小野瀬:あの! めっちゃ胸が!

新村:む、胸!? ななな何いってんのあんた!?

小野瀬:だから! 胸のネックレスが、めちゃくちゃ光ってます!

 <新村の胸元から溢れんばかりの光の魔素が漏れ出している>

新村:ぬああああ!? なんじゃこりゃあ!?

小野瀬:それ! やっぱり僕も欲しいです!

新村:お、小野瀬! ごめん! ちょっと私、行くわ!

小野瀬:え!?

新村:お金! とりあえずこれ置いてくから!
   お釣りはまた今度返して! それじゃあ!

小野瀬:ちょ、え!? 本当に帰るんですか!?
    先輩!

 <新村は店を駆け出ていく>

小野瀬:……行っちゃった。

 間

小野瀬:……あ。お金、ちょっと足りない。


 ◆


 <新村は店を出ると路地裏に駆け込む>

新村:(息切れをして)っはあああ! なんだってのよいきなり……!
   って……ドキドキしてるってのは認めるけど……! こんな急に魔素が暴れるなんて……!

藤原:あれーののこちゃん。

キュービック:お前、どうしたんだよその格好。

 <藤原とキュービックが頭上から声をかける>

藤原:もしかしてデート? やっぱり私服フリフリに戻したんだぁ!

キュービック:ケケケ! マジカルののこ完全復活ってやつかぁ?

新村:うっさい。趣味なんだからいいでしょ、別に。
   ……それで? なんでいるわけ?

藤原:ホール出現、だよ?

キュービック:お前も手伝え! フリフリ!

新村:ハッ、別にいいけど……あんた、どうせまた通れないわよ。
   小さいホールしかないし。

キュービック:通れるわ! 通れて、通れるわ! バカッ!

新村:悪口の語彙もっと増やしなさい。

藤原:ほらほらキューちゃん! せっかく太ってキュートなんだから、もっと自身持って!

新村:あんたもキュービックを返さないために肥やしてるわけね……。

キュービック:うるせえぞ魔法少女共! とっとと行かねえと、面倒だぞ!

藤原:うん! じゃあ、先に行くね、ののこちゃん!

 <藤原が飛んで行ったのを見届けると、新村は頭を掻く>

新村:ったく……どうしてまたこんなことしてんだか。
   (微笑んで)ま、そんなに嫌いじゃないのよね。こういう格好――

 <新村は手に杖を出現させる>

新村:マジカルストロベリーアーマー! ブート! へんしん!
   ちゃっちゃと終わらせるわよ!

 <魔装甲に着替えると、爆音を立てて、新村は空を飛んでいく>


 ◆


小野瀬:ふぅ……腹八分目ってやつだなぁ。
    ラーメンでも食べて帰ろうかな。


 <小野瀬は寿司屋をでると、空を見上げる>


小野瀬:先輩どこに――ん……?


 <遠くの空に向かって飛んでいく光がふと目に入る>


小野瀬:……魔法は、ここに在る。
    (微笑んで)いってらっしゃい。
    頑張ってくださいね、先輩。














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