ロックオンユアネーム
作者:ススキドミノ


東雲 シャロン(シノノメ シャロン):(17)女子高校生。HN【jerez21(ヘレスにじゅういち)】
幸村 遊(ユキムラ ユウ):(16)男子高校生。HN【yuu0514(ユウぜろごーいちよん)】
畑 雛美(ハタケ ヒナミ):(17)女子高校生。
西見 柚(ニシミ ユズ):(24)元女子プロゲーマー。遊の姉。HN【yuzuM9(ユズエムナイン)】
郡司 剛志(グンジ ゴウシ):(36)遊園地グッドワールド・アトラクション統括部長。
リック@実況:(年齢不詳)ゲームアナウンサー。
日比野 英樹(ひびの ひでき):(16)男子高校生。リックと兼ね役。




※2018年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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 <オンラインシューティングゲーム・ロックオンユアネーム公式生放送>

リック:『さぁ! 始まりました”ロックオンユアネーム”ジャパンサーバー、オンライン大会準々決勝!
    ルールはロックオンユアネームの基本ルールに従い、1on1の決闘形式!
    ステージはネオンロード! 武器は禁止武器となっているレールガン、ガトリングガンを除いた全て使用可能です!
    ただし! 一時期話題となったスナイパーライフルの貫通バグについては修正済みなのでご心配なく!』


 <東雲、自室のパソコンの前でヘッドセットをつけている>

東雲:よし……。


リック:『初めてロックオンユアネームをご覧になる皆さまにゲームの見どころをご紹介。
    ロックオンユアネームでは、試合開始後、アイテムが無作為にマップ上に設置されます。
    プレイヤーは同時にマップに入場し、設置されたアイテムを使用しながら、1対1で戦います。
    武器アイテムは近接武器のハリセンから、遠距離最強のロケットランチャーまで様々。
    武器を使用し相手プレイヤーを攻撃、相手の持っているポイントを減少させていきます。
    攻撃をあてた身体の部位によってポイントは変わります。例えば、手に当たると3ポイントですが、胸なら10ポイントといった具合ですね。
    攻撃によって相手ポイントを減少させ、削りきったプレイヤーがラウンドを勝利します。
    そしてここが重要! プレイヤーの名前が表示されている部分、お互いの目の位置にある”ネーム”に攻撃が当たれば必殺! ロックオンユアネーム! 一撃でラウンドをゲットできます!
    先にラウンドを2つ取ったプレイヤーが、試合の勝者となります!』


東雲:モニターは……オーケイ。マウスも……大丈夫。
   私は……? どう? いける?


リック:準々決勝に駒を進めたのは、日本サーバーランキング43位のjerez21(ヘレスにじゅういち)!
    大会前は名前を聞きませんでしたが、まさに大躍進!
    サブマシンガンとハンドガンを使った接近戦はまさに舞踏を踊るよう!
    ついた異名はダンサー! アバターは屈強な大男ですが、身のこなしは超一流!


東雲:……緊張してんじゃないっての……。
   しっかりしろ。私。


リック:対する相手は日本サーバーランキング5位のyuu0514(ユウぜろごーいちよん)!
    準決勝でランキング2位、ゴリラモドキ選手との制限時間いっぱいの死闘を制した超優勝候補!
    弘法(こうぼう)武器を選ばず! その正確無比なプレイから、対戦のリプレイ動画の再生回数は全プレイヤーでもダントツの有名人!
    BOT疑惑、チート疑惑もなんのその! 今回も公式プログラム監視のもと、実力であると証明されています!
    刮目せよ! これがユウだァ!


東雲:ユウ……。ユウぜろごーいちよん……。
   結局フレンドリーマッチでも、一度も勝てなかった……!
   でも――


リック:それでは! 選ばれしトッププレイヤー達の頂点が決まります!
    ”ロックオンユアネーム”ジャパンサーバー、オンライン大会準々決勝!
    あなたの瞳は私のもの! ロックオン――


東雲:(深呼吸)……今回は、勝つ。





「ロックオンユアネーム」





 <某高校の教室>

東雲:(ため息)

 間

東雲:(ため息)

畑:23回。

東雲:え?

畑:シィが今日、ため息ついた数。

東雲:数えないでよ、趣味悪い。

畑:別にィ、せっかく親友の私が目の前にいるのに、そーんなつまんなそうな顔されて、
  嫌味のひとつもいいたいところを、ため息の数を数えてあげてるくらいで許してあげてるなぁんて?言うつもりはないけど――

東雲:(吹き出して)はいはいわかった。ごめんなさい。

畑:それでー、どうしたの?
  月曜日からずーっとそんな調子だけど。

東雲:嘘、そんなに?

畑:ため息の合計回数をご所望かな?

東雲:いや、だって、そんなの自分じゃ気づかないじゃない……。

畑:そんなシィを観ていて、親友の私は気づいちゃったわけ。

東雲:何に?

畑:こう、ピピーンってね!

東雲:だから何に気づいたの。

畑:ズバリ! (小声で)恋煩いでしょ?

 間

東雲:(ため息)

畑:24回目ぇ……なぁに? その反応は〜。

東雲:どうした恋愛探偵。見当違いだぞ。

畑:うっそー! そうだと思ったんだけどなぁ。

東雲:その前に! そのトンデモ推理、誰かに吹き込んでたりしないでしょうね。

 間

畑:してないヨ。

東雲:……ちゃんと誤解といておいてよ。

畑:別に私が言わなくてもみんな言ってたもん。
  『シャロン姫様がため息を漏らしている! 相手は誰だ!』ってさ。

東雲:またそういうノリ?

畑:しょうがないじゃん。シィだもん。

東雲:ハーフってだけでこれなんだから……。

畑:ただハーフってだけじゃ騒がれてないよ。
  いいじゃん! 有名税有名税。

東雲:はいはい。

畑:ねえねえ。恋煩いじゃないんなら、何で悩んでるの?

東雲:ん? まあ、悩んでるわけじゃないんだけど。


リック:『おっとォ! ここでヘレスが拾ったのはサブマシンガン!
     速射型はヘレスの得意武器です! さあ対するユウはB地点からアサルトで覗き込む!


東雲:ちょっと……。


リック:『ヒットォ! 凄まじい反応! ヘレスの銃弾でユウはダウン寸前!
     ラストラウンドにもつれ込んだ熱い熱すぎる戦いも大詰め!
     ヘレスは――なんとここで詰める!? 完全な強(きょう)ポジを捨てても前へ!
     どうしてなんだヘレスゥ!? 前へ前へ詰める詰める!


東雲:ちょっとね……!


リック:『ユウはまだ気づいていないか、いや足音に気づいた、だがヘレスはすでに角を曲がって視界に捉える、
     ユウは振り向けるか、ヘレスは発砲、おっとォ!? なんだこれは!
     射線(しゃせん)を電柱のオブジェクトで塞いで!? 掠るが!? ユウが!? 詰めて!?
     これはハリセンか! 嘘だろユウ! ヘレスは弾切れ! リロードが間に合わない!
     やってくれたなユウ! ヘレスに接近! ハリセンで相手のネームを!?
     有り得ないことが! あり得ないことが起きているゥ! 勝ったのは――


畑:シィ。

東雲:ん、何?

畑:顔。めっちゃ変だよ。

東雲:元からそんな顔です。

畑:シィもさぁ、もったいないよぉ。女子高生ってのは期間限定の戦闘兵器なんだから。
  みんな生身なのに、モビルスーツに乗ってるみたいなもんでさぁ。

東雲:ロボットのアニメはわかんないって。

畑:それももったいない。すっごい面白いのに。

東雲:そこまでいうなら今度貸して――

畑:ダーメ! 自分で観ないと良さがわかんないじゃん。

東雲:ヒナはいろんなことにこだわり強いねえ。
   ……そういうところ、本当羨ましい。

畑:そうかな。
  あ! みてみて校庭! 幸村くんがいるー!

東雲:幸村くん?

畑:一年生の中でも一番女子に人気なんだって評判なんだ!
  顔がアイドル系っていうのもあるんだけど、気さくで話しやすいんだって!
  既に学年問わず10人以上に告白されてるんだよ! これ部活の後輩情報ね!

東雲:へえ。

畑:うわー、雰囲気ある!
  ほらほら! シィも見て!

東雲:えー? ……んー、なんか……。

畑:うんうん。

東雲:顔が良くて、気さくで話しやすいって、そりゃあモテると思うけど。

畑:うんうん!

東雲:苦手かな。

畑:えー!? なんでどうしてなにゆえに!?

東雲:周りに人が多そうだし、そういうのはちょっと。

畑:そうだった……シィは見た目と違って超根暗なんだった。

東雲:否定はしないけど……よく本人を目の前に言えるわね。

畑:幸村くんでもダメかぁ……。シィはさ、好みの男の子のタイプとかないの?

東雲:へ? いや、別に――

畑:はい! それなし! そんなわけないもん!
  女である限り、女子高生である限りホルモンには逆らえないのだ!
  さあ! 真実を話せ! さもなければ!

東雲:(ため息)……何する気?

畑:パンツをめくる。

 間

東雲:あのね、ヒナ――

畑:いいから! なんかあるでしょ?
  こう! 考えると胸がドキドキするような!

東雲:そんなこといっても……胸がドキドキ、ねえ。

 間

東雲:なんていうか……。

 間

東雲:どんなときでも冷静で……。こっちの考えを見通してきて。

畑:キャー! それでそれで!?

東雲:裏をかいてくるのよ。すきを見せたかと思えば誘い込まれてるっていうか。

畑:うわぁ! 誘い攻めなの!? そうなの!?

東雲:遠くからでもこっちを正確に狙ってて、正確無比な動きで、油断すると一発でやられちゃうの。

畑:理想じゃん! それは理想がすぎるよ!

東雲:わたしが近づいたら、とてつもない反応速度で気づいて、逃げ場のない場所に私を追い詰めて――

畑:うんうん!

東雲:思いっきり殴ってきやがるのよ。

 間

畑:(無表情で)……私、部活、行くね。

東雲:ん? ヒナ?

畑:また明日、学校で。

東雲:ヒナ!? なんか誤解してない!?

畑:ううん!
  ……私、親友だし。それに……。

 間

畑:(微笑んで)性癖って、自由だから。

東雲;だから違うんだって!


 ◆


 (遊園地グッドワールド・社員事務所)

郡司:どうも、おまたせしました。

西見:いえ。お気遣いありがとうございます。

郡司:すみません。応接室が今、臨時の控室になっておりまして。

西見:イベントですか?

郡司:ええ。うちの若手社員が、今年はかなりやる気になっていまして。
   毎週山のようにイベントが入ってくるものですから……おかげで人手も場所も足りないんですがね。

西見:お忙しい中、お時間をいただいて――

郡司:まいったな……そういう意味ではなかったんですが。
   すみません、ただの愚痴です。
   ええと、狭いところではございますが、どうぞ。

西見:ありがとうございます。
   (息を吸って)それでは早速。3ヶ月後のタイアップイベントについてですが。会場の変更に伴った確認を――

郡司:西見さん。

西見:……はい?

郡司:コーヒーと紅茶でしたら、どちらがよろしいですか?

西見:いや、そんな、わざわざ申し訳ないです。

郡司:(苦笑して)いえね。西見さん、本日いらしてからずっと、緊張していらっしゃるようですから。

西見:そう、見えますか。

郡司:鞄。

西見:え? か、鞄?

郡司:最初に名刺を出したときから、ずっと抱えたままですよ。

西見:ッ! すみません!

郡司:(笑って)いえいえ、とんでもない。

西見:あの! こちらに置かせていただいてもよろしいでしょうか!

郡司:だから、落ち着いてください。西見さん。
   ほら、深呼吸深呼吸。

西見:はい!
   (深呼吸をする)

郡司:(微笑んで)……そういえば、オンラインゲームというと、私の知る限りコンピュータを介してプレイするゲームという認識なんですが。
   今回のイベントは実際にお客様の目の前でプレイヤー同士が対戦する、ということですよね。

西見:え? あ、はい。当社が運営している”ロックオンユアネーム”はオンラインシューティングゲームというジャンルになります。
   基本的に、プレイヤーはインターネットを介して、1対1で対決をするゲームなんですが、
   7月中旬に予定されているアップデートで、タッグマッチ等新しいゲームモードが搭載されるので、それを大々的に紹介するためのイベントを企画することになりまして。

郡司:私もテレビゲームはやってきましたが……こうした興行に関われることになるとは思いもしませんでした。

西見:現代の対戦ゲームは、スポーツとして興行しているものも多いですから。
   プロとして活動しているプレイヤーもたくさんいますし、大会等も頻繁に行われていたりしますし。

郡司:……実は、西見さんの経歴についても、以前拝見させていただいたんですよ。

西見:え? ああ! えっと……私は、その、少し前までは……プロゲーマーをしていまして……。
   なので、運営側でこういった仕事につかせて頂いたのも、その……だからというわけではないんですが。
   慣れていないので……すみません。

郡司:誰にだって、初めてはあるものですよ。
   (机の上にコップを置いて)はい、実はどちらも淹れてたりします。お好きな方をどうぞ。

西見:あの、郡司部長。その……いろいろとお気遣いいただいてありがとうございます。
   (飲み物を飲んで)それに、ええと……会場の件もーーわざわざ用意して頂いたそうで。

郡司:はい。アトラクション”ファーミーポップ”は現在休止中の観覧型のアトラクションでして。
   内部のロボットや装飾はすでに撤収済みですが、中央のモニターも生きています。
   ステージの上手からも下手からも電源が取れて、椅子も備え付けのものが200席。
   安全上の問題も確認済みですので、今回のイベントにはぴったりかと思いまして、こちらからご提案させていただきました。

西見:資料上で確認させていただきました。こちらとしても、非常に助かります。
   ただ、仕様書に書いていなかったところを少し確認したくて。
   インターネットの接続環境についてですが、当日はインターネット配信も行いますし……それに、回線は我々の動脈ですから、そのーー

郡司:ええ。事前にご連絡をいただいていたので、技術担当を待機させています。
   このあと、実際に会場をご案内しますので、その際にご確認ください。

西見:ありがとうございます。

郡司:ただ、閉園までもう少し時間がありますので、もう少々こちらでお待ちいただくことになってしまいますが。

西見:いえ、私が約束よりずいぶん早く来てしまっただけなので。

郡司:そうだ。西見さんは、当園にはお越しになられたことはありますか?

西見:え? あ、はい。それはもちろん。

郡司:ちなみに、いつ頃いらしたんでしょう。

西見:中学校の遠足と、家族で何度か。
   最後は、高校一年生の頃だったと思います。

郡司:でしたら、今とは少し変わっているかもしれません。
   せっかくですから、園を見て回りましょう。

西見:え、あ、はい。

郡司:特別パスがあります。よろしければ雰囲気を体験してみてください。


 ◆


 <高校前・放課後>

日比野:遊、今日どうすんだ?

幸村:んー?

日比野:ほら、先輩がカラオケ行こうって。
    さっきも言ってただろ。

幸村:あー、いかないかな。

日比野:はぁ? なんでだよ。

幸村:用事があるんだよ。誰か他のやつ誘っていったらいいんじゃないの。

日比野:お流れだよお流れ。お前が来ないんじゃ。

幸村:(苦笑して)なんでそうなるかな。

日比野:あーあ、暇になっちまった。

幸村:ヒデ、今日部活だろ。 

日比野:んー? パスだな、パス。

幸村:大会近いんじゃないのか?

日比野:どうせ試合なんて出れねえしな。
    部活出たところで、一年は走り込みと雑用だけで名前も覚えてもらえやしねえし。

幸村:強豪なんだから最初はそんなもんだろ。

日比野:どうだかな……。とにかく今日はパス。
    お前、今日も歩きだろ? ランニングはじまって先輩に見つかると面倒だから、俺は先に帰るわ。

幸村:そうか。また明日な。

日比野:おう、また。


 ◆


 <駅前の書店>

幸村:……あった。

 <ゲーム雑誌・モードログインを手に取る>

幸村:モードログイン、ロックオンユアネーム特集……NeoNeetChang(ネオニートちゃん)優勝インタビュー……。
   白熱の決勝戦……か。


畑:えー! あのドラマ原作あったんだ!

東雲:ちょっと……声大きい。


幸村:ん? ああ……うちの学校の制服か。


畑:あ。

東雲:何……? ちょっと私雑誌の方にーー

畑:ねえねえシィ……! あそこにいるの、幸村くんだよ……!

東雲:え? ああ、さっき言ってた。

畑:幸村くん、なんの本読むのかな……! なにかなどれかな気になる気になりすぎるー……!

東雲:なんだっていいでしょ……っていうか、そういう騒ぎ方、本人にも周りにも迷惑だから。

畑:もぉ〜……ほんっとシィってさぁ。

東雲:っていうか、そんなに気になるなら話しかけたら?

畑:え? いや、ムリムリ! 私なんて無理に決まってるよぉ……!

東雲:後輩に話しかけるだけじゃん……。あ、こっち来た。

畑:え!? あああああ、どうしよう……!

幸村:(笑顔で)こんにちは。

東雲:あ、はい。こんにちは。

幸村:先輩方も買い物ですか。

畑:は、はひぃ。

幸村:そうですか。それでは、お先に失礼します。

 <幸村は頭を下げて歩き去る>

畑:ふああぁ……! やばい、腰抜けそう〜!

東雲:……今、持ってた本って。

畑:シィ……私ちょっとやばいよぅ……。

東雲:ヒナちょっとまって。(雑誌コーナーを覗き込んで)
   ……やっぱり、モードログインの新刊?

畑:ちょっと……近距離接近型幸村遊……攻撃力高すぎぃ……。

東雲:ユウ……幸村、遊……。

 間

畑:どうしたの? さすがのシィもやられた?

東雲:ん? いや、なんでもない。
   ちょっと私、雑誌買ってくるね。

畑:ファッション雑誌? 何買うの?

東雲:いや、ちょっと弟に頼まれもの。


 ◆


 <幸村、自室のベッドに座る>

幸村:(ため息)あー……。
疲れた……。

 <携帯電話が震える>

幸村:(電話をとって)……もしもし。ユウです。
   うん。今読んでたところ。……いや、別に、ただの実力不足だから。


 ◇


 <東雲、自室のベッドで雑誌を読んでいる>

東雲:準優勝、yuu0514……『準決勝まではイメージ通りに行きました……決勝ではネオニートちゃんさんのトリッキーな立ち回りに――』
   (雑誌を閉じて)ムカつく……。
   ムカつくムカつくムカつくー! 何がイメージ通りよ!? 私に! 追い詰められた! でしょうが!
   あんな接近戦なんてイメージにあるわけないじゃない!? この!

 間

東雲:……負けた……。クソ……。
   あんなに練習したのに……。

 <東雲は枕に顔を埋める>

東雲:(少し泣いている)……グス……。
   ムカつく……。

 <パソコンのメールが鳴る>

東雲:(鼻を啜って)……もう、やだ。

 <パソコンのメールソフトを立ち上げる>

東雲:……『ロックオンユアネーム』公式より……。
   大型アップデート”ツヴァイロード”開始記念、『ロックオンユアネーム』オフライン大会 in 遊園地グッドワールド。
   出演依頼……?


 ◇


幸村:(電話口に)うん。は? いや……しばらく大会は無いって聞いてたけど。
   え? ああ、賞金が出る大会は、父さんと母さんに相談しないといけないし。
   ……へえ、結局やるんだ。いや、ありがたいけど、未成年の顔出しにもいろいろと問題があるでしょ――
   だから……リベンジはしたいけど……今の俺じゃ正直、ネオニートちゃんには勝てないと思う。
   姉さんにならわかるだろ。卒業してからならわからないけど、学生で、それに練習時間も限られている今、
   俺がトッププロであるネオニートちゃんに勝てるビジョンは無い。


 ◇


東雲:――今回のアップデートの目玉、2on2(ツーオンツー)での対戦を予定しております。
   プロチームとランカーチームでの対戦において、jerez21(ヘレスにじゅういち)選手にはランカーチームでの参戦をお願いします。
   出演料はーー


 ◇


幸村:(電話口に)……2on2(ツーオンツー)なら余計に。チーム戦なんて、”ブレイキングショット”をやっていたとき以来だし。
   ……え? いや、どうしてそれを。あーもう! しつこいなあ!? 俺は出ないっていってるだろ!
   姉さんが相方ってんなら考えるけど! どうせ、もう出る気ないんだろ?
   ……今のは売り言葉に買い言葉ってやつ……でも、それこそ、姉さんみたいなプレイングの人がいでもしない限りはーー

 間

幸村:いや……ちょっと考え事。
   ……例えば! 例えば、だけど……。

 間

幸村:あの人が出てくれるなら、考えてもいいよ。


 ◇


東雲:『jeres21様とのパートナー希望者はーーyuu0514様です。

 間

東雲:ユウが……私と、タッグを組みたがってる……?


 ◆


 <数日後・畑の部屋で勉強をする東雲>

畑:シィ?

 間

畑:シィってば!

東雲:ん? 何?

畑:ここの問題、どうやって解くの……って、聞くようなテンションじゃなくてごめんだけどぉ。

東雲:ああ、ごめんね。ちょっと、考え事。

畑:(微笑んで)いいよん。わざわざ来てもらってるし。

東雲:ごめん! あー! ほんっと、ちゃんとしなきゃなー……。

畑:どうしたのー? やっぱり私には言えない系?

東雲:え? あ、いや……そういうのじゃないけど。
   そっか……前にも気にさせちゃってるもんね。

畑:別にぃー、シィが言いたくなったら言えばいいんだよ。
  私は別に、そういうことでシィに信用ないなんて思わないもん。親友だから。

東雲:(笑って)やっぱりカッコいいな―、ヒナ。

畑:でしょ〜。

東雲:……ねえ、ヒナ。ちょっとだけ、変な相談させてもらっていい?

畑:んー? いいよん。

東雲:あのさ……そうだな。
   例えばの話なんだけどね。

畑:うん。

東雲:一度も会ったことはないんだけど、ライバルだと思ってる人がいてさ。
   その人を倒すために、いろいろと頑張ってきたけど、やっぱり勝てなくって。
   ある日、その人と会えることになったとしてさ。

畑:ほうほう。それはまた、複雑だね。

東雲:それも、今まではそのひとと戦う側だったのが、相手が仲間としてチームを組みたいって言ってきてて。

 間

東雲:でも、それってさ! なんていうか、どうなんだろう、って。
   倒せないまま、相手とチームを組むのって……。

畑:うーん。そっか。

東雲:私はさ。本当にその人を倒したかったはずなのに……。

畑:ライバルとして見られてない気がしてる?

東雲:そう、なのかも。
   でも、わざわざ私を指名するってことはーーあ、いや! 仮の話なんだけど!

畑:(笑って)そんなのわかってるってー。シィ、隠し方下手すぎ!

東雲:いや! だから……!

畑:あのさ。でも、嬉しいとも思ってるんじゃない?

東雲:……それ、言わなきゃダメ?

畑:本当に隠し事できないねぇ。あのさ、ライバルとして見られてるかどうかって、そんなに重要かな。

東雲:重要、だと思う。少なくとも、そのひとを倒したくて、ずっと頑張ってきたんだから。

畑:うん。でもさ、戦う機会がもう無くなるってわけじゃないんでしょ?
  それに、一緒にチームを組んだらそのひとに勝つ方法もわかるかもよ。

東雲:……そっか、確かに。

畑:(笑って)ずっとさ、シィが学校外で何をしてるのかは知らなかったけど、
  ちょっと安心したよ。

東雲:ん? それってーー

畑:ううん。それはいいんだ。
  どうせ! シィのことだから、相手のこととか今になって調べたりしてるんでしょ!

東雲:……してない。

畑:ほー。こりゃあーー

東雲:してない。
   ……相談のってくれてありがとうだけど、勉強するよ。

畑:露骨に話変えたなぁ!

東雲:じゃあ、お喋り続ける?

畑:教えてください! 先生!

東雲:(微笑んで)ヒナ、そんなに成績まずいの?

畑:ん? まずいわけじゃないけどさぁ、部活に響くんだもん。

東雲:ヒナ、レギュラーだもんね。
   うちの女バス強いのにすごいよ。

畑:まぁね。腐っても中学県大会ベスト4のポイントガードだもん。ピース。

東雲:その地位を守るのも大変ってわけだ。

畑:合宿参加できなかったらそりゃあもう大変だからさ……。
  さー! 私に数学を教えなさい!

東雲:(笑って)それが教わる態度か。


 ◆


 <西見・自室にて電話をしている>

西見:(電話口に)ありがとうございます。改めてお話をさせていただきますので。
   その際にはこちらからご挨拶をーーええ。
   では、月曜日にーーええ。
   それではーーヘレスさん。お会いできるのを楽しみにしています。

 <携帯電話を切ると、別の番号をコールする>

西見:(電話口に)もしもし、遊?

幸村:『なに? 今、帰り道なんだけど。歩きながら携帯使うのダルい。

西見:大会の準備、始めなさい。

幸村:『は? どういうこと?

西見:だから、あんたには出てもらうってこと。

幸村:『いや、だから……俺はーー

 間

幸村:『おい、もしかして!

西見:(笑って)そのとーり! ヘレスさん、出てくれるって!

幸村:『……マジか。

西見:何よ、嬉しくないの?

幸村:『いや……だって、ヘレスって、本当にリアルの情報ないんだよ。
    一応今もフレンドにはいるけど、ゲーム内のチャットでしかやり取りしないし、
    正直、どんな人なのか想像もつかない。
    っていうか……てっきり断ると思ったんだけどな。

西見:じゃあ、断ってほしかった?

幸村:『……いや、それはない。

西見:(微笑んで)そう。良かったわね、一緒に組んでくれて。
   ちなみに姉さんはさっきちょっと電話でお話しました。
   月曜日、ヘレスさん、あんたに迎えに行ってもらうから。
   3人で顔合わせね。

幸村:『ちょっとまって!? いやいや! それはないだろ!
    せめて姉さんが行くべきだって!

西見:あ! それよりさぁ! この間の郡司部長の話ってしたっけ! ねえ!

幸村:『話を逸らすなって!

西見:したわよね! ねえ!

幸村:『あーもう! したよしたした!
    すげえ渋くて、優しくて、カッコいいんだろ!?

西見:そうなのー! グッドワールドをね! 案内してくれて!
   こっちをリラックスさせながら、リードしてくれる感じが本当に大人のオトコって感じでねー!

幸村:『あのさ……! 別にひとに懐くのは構わないけど、不倫だとかは勘弁してくれよ?
    ナオト兄さんだって単身赴任で頑張ってるし、ノリトだっているんだからーー

西見:あ、ノリトお風呂に入れなきゃ。
   じゃあ、ヘレスさんについてはまたメールするわね。

幸村:『あ! ちょっとまて! その件はーー

 <通話を切ると、エプロンのポケットに携帯を放り込む>

西見:ふふふーん。あ、そうだ、会社にも連絡いれないと。
   打ち合わせで、郡司部長に会えるかな〜。


 ◆


郡司:(くしゃみをする)……堂島くん!
   少し埃っぽいから、明日の空いた時間に、掃除しておいてもらってもいいかな。
   そういえば君、この間の定期掃除のとき、一人だけサボったよねーー
   

 ◆


 <月曜日の放課後、廊下を歩く幸村>

幸村:あの、先輩、少しお話、いいですか?

畑:んー?

 間

畑:へ? はひ!? へ!? 私、ですか!?

幸村:すみません、急に呼び止めてしまって。

畑:な、なんですか? 何か、ございますでしょうか!

幸村:あの……5組に、東雲シャロンさんって方、いらっしゃいますか。

畑:しの、しゃ、え?

 間

畑:え、えええええ! あああ、はい! いますいます! ちょっと待ってくださいね!

 <畑、教室の中を覗き込む>

東雲:(欠伸)ふああああああ……ねっむ……。

畑:あ、あの……でかい欠伸をしているのが、東雲シャロンです……。

東雲:ん……? 何、ヒナ。どうしたの?

幸村:あの。

東雲:はい? ……何か?

幸村:俺は、1年3組の幸村遊っていいます。

東雲:はあ。東雲です。

幸村:本日の放課後、お付き合いいただきたいんですけど。

畑:お、つッ!?

 間

東雲:えっと、嫌です。

畑:ちょ、シィ!?

東雲:だって、よく知らないし、目的もわからないし。

幸村:(呟く)そうだよな……知られたらお互い困るし、どうするか……。

東雲:……知られたら?

 <幸村は東雲の方に顔を寄せる>

畑:ふぁ!?

東雲:は!? なに……!?

幸村:俺の誕生日、5月14日です。

東雲:それがいったいーー

幸村:(笑顔で)帰り、裏門で待ってます。
   一緒に『ゲームセンター』行きましょう。

 <幸村は教室をあとにする>

畑:ご、強引……! ななななんて漫画みたいな!
  シィ!! とんでもないことだよ! これは!

 間

畑:シィ!? 放心しちゃった!? しちゃったよね!
  私なら心停止待った無しだよ!?

東雲:(呟く)誕生日……ゲームセンター……。

畑:やっぱりシィはすごいよ! あの幸村くんだってメロメロに――

東雲:幸村……遊……5月、14……ゲーム……。

 間

東雲:ああああああああああああああ!?

畑:な、何!? シィ!? シィってば!


 ◆


 <高校、裏門・東雲は眉にシワを寄せながら幸村に歩み寄る>

幸村:どうも、先輩。

東雲:……あのさ。

幸村:とりあえず歩きましょう。
   ここ、たくさんの人が見てますから。

 <2人は連れ立って歩き始める>

東雲:それで……その……。

 間

東雲:君が本当に……。

幸村:はい。
   俺が、yuu0514(ユウぜろごーいちよん)です。

東雲:……へえ。

 間

東雲:証拠は?

幸村:はぁ?

東雲:だから、証拠はあるのかって聞いてんの。

幸村:いや……証拠も何もーー

 間

幸村:(ため息)……8戦8勝。

東雲:ぐっ……!

幸村:ロックオンユアネームの公式戦では、8戦やって俺が全勝。
   ちなみに、フレンドリーマッチや非公式大会を含めると、50戦近くやって俺が全勝です。

東雲:そんなの、誰だって、調べれば……!

幸村:何が気に食わないっていうんですか。

東雲:別に! ……気に食わないとか、そういうのじゃない。

幸村:じゃあーー

東雲:だって! 急に今日、目の前に現れて……!
   それが、ユウだって言われて、混乱、するでしょ。

幸村:それは……俺だってそうですよ。

東雲:君は知ってたじゃない。

幸村:それだって昨日の夜です。
   まさか……同じ学校の先輩が、jerez21(ヘレスにじゅういち)だなんて思わなかったですよ。
   どんな確率ですか……これ。
   それに……俺だって混乱してるんです。
   ヘレスが本当に……その、東雲先輩みたいな人だなんて思わなかったから。

東雲:それ……どういう意味。

幸村:プレイスタイルだったり、アバターの印象です。
   屈強な男アバターで、スタイルは超攻撃的なインファイター。
   どんな狂犬のような人が現れるかと思ったら、東雲先輩みたいに綺麗なーー
   あー……すみません、他意はないです。

東雲:(ため息)別に、気にしてない。
   私も別に自覚がないわけじゃないから。
   ……一応いっとくけど、プレイスタイルとかアバターのほうね。
   ネットって、女を公言すると面倒なことも多いから。
   キャラ作ってたわけじゃないけど、多少は。

 間

幸村:どうしてですか。

東雲:どうして、って?

幸村:いえ……どうして、今回の大会のオファーを受けたんですか。

 間

幸村:まあ……今はいいか。(携帯を見て)……少し、待ち合わせ時間が遅れるみたいですね。

東雲:待ち合わせって、西見柚、さん?

幸村:ええ。そうです。
   合同で打ち合わせをするって……聞いてないんですか?

東雲:うん……今日、打ち合わせするとだけ。

幸村:まったくあの人は……!

東雲:あのさ。気づいてるかわからないけど、後ろ。

幸村:ええ……ついてきてますね、結構。
   仕方がない、撒きますか。

 <幸村、東雲の手を掴む>

東雲:は!? ちょっ……!

幸村:いいから! ついてきてください。


 ◆


 <西見の自宅・子供の手を引いてリビングに入ってくる西見>

西見:ごめんね! ちょっとノリトの迎えに行ってて!
   ヘレスさんも一緒にーー


 <2人はパソコンの前で言い争いをしている>

幸村:だから、そこが甘いんですよ!

東雲:はぁ!? 完全に武器運でしょ!

幸村:そういうこと言ってるから俺に勝てないんです。
   ドロップ率の平均頭に入ってますか?

東雲:ネオンロードならね!
   大体出たばっかりの新マップで偉そうに……!


西見:ノリト、ごめんね! おじちゃんたちとお仕事のお話があるからお部屋に行ってて!


幸村:せっかくの反射神経がもったいない。
   横で見ていてわかりました。リコイルコントロールが甘いんです。

東雲:あのねえ……! これは自分のマウスじゃないから!
   ボタン配置も違うしーー

幸村:言い訳がましいですね。

東雲:この……!

西見:ストップ! そこまで!

 <2人は振り向く>

東雲:(急いで椅子から立って)あ……すみません! お邪魔してます!

西見:えっと、ヘレスーーじゃなくて、東雲さんだったわね。

東雲:はい。東雲シャロンです。

幸村:姉さん、先輩に俺が迎えに行くって伝えてなかっただろ。

西見:今は仕事の顔合わせなんだから、姉さんはやめなさい。
   東雲さん、朝に連絡を入れたんだけど、東雲さんがお外で携帯電話を持ち歩かないっていうお話を失念していて……驚かせて本当にごめんなさいね……!

東雲:はい。それは、もう……気にしてないです。

幸村:……先輩。携帯、持ってないんですか?

東雲:持ってるけど、校則で禁止だからって、親が。

幸村:あの校則、あってないようなものだと思ってたけど、守ってる人いたんですね。

東雲:それよりも、西見さんがお姉さんって?

幸村:結婚して別姓にはなってますが、西見柚は俺の実の姉なんです。

西見:おーい、仲がいいのは結構だけど、少し状況を整理させて欲しいなーなんて。

幸村:別に仲良くはないですけど……何を整理するって?

西見:どうして私の部屋で待ち合わせになったの?

東雲:あの、なんていうか……追いかけられたので、やむにやまれずというか……。

幸村:俺と東雲先輩が一緒に帰る姿が、変に目立ってしまって。
   ここが一番近かったから逃げ込んだ。

西見:なるほど。遊の話はなんとなく聞いてるけど、そうか。
   東雲さんも目立ちそうだものね。

東雲:弟さんが9割9分です。一応。

幸村:もしかして、先輩、俺のこと嫌いですか?

東雲:幸村遊はそこそこ嫌いで、ユウは大嫌い。

幸村:自慢じゃないですけど、俺、そのセリフ言われたの初めてです。

東雲:うざ。

西見:(手を叩いて)さて。今回のイベントについては事前にお伝えした通りです。
   2人には、1ヶ月後に行われる”ロックオンユアネーム”のオフラインイベントで、今夏に実装される新機能『タッグマッチ』を、
   ランカーチームとしてプレイしてもらいます。
   場所は、遊園地グッドワールド内の特設ステージ。
   お客さんはスタンド込で600人は入れるつもりで動いています。

 <西見は鞄の中の資料を取り出す>

西見:あなた達の対戦相手はーーゲーム内ランキング元1位にして公式プロゲーマーの『NeoNeetChang(ネオニートちゃん)』選手。
   そして、現在の2位にして、プロとして活動することが決まった『Goriramodoki(ゴリラモドキ)』選手で構成されたプロチームです。

幸村:ゴリラモドキが? プロ契約したのか。

西見:一応これ、オフレコね。公式発表はまだだから。

東雲:それでーー

西見:ん?

東雲:練習場所は、用意していただけるんですよね。

西見:(微笑んで)ええ。
   プロチームには、最新版のロックオンユアネームがインストールされたPCを、事務所に送る手はずになってるわ。
   あなた達にも同様のものを用意するつもりだったんだけどーーなんの因果か、住んでいるところも近いから。少し考えたの。
   私がプロ時代にお世話になっていたチームから、場所を借りられることになったわ。
   GGG(トリプルゴッデス)というチームの合宿所。
   住所はーー


 ◆


 <後日放課後・プロFPSチーム『GGG(トリプルゴッデス)』合宿所>

幸村:先輩、ライトから来てます。

東雲:見えた! 詰める!

幸村:待ってください、相手がレールガンーー

東雲:ッ! 見えなかった……!

幸村:リスポーンまで退きます。


 ◆


 <学校帰り・ハンバーガーショップ>

幸村:ボット相手ですらあれじゃあ、プロ相手には歯が立ちませんよ。

東雲:……わかってる。

幸村:本当ですか? 馬鹿みたいに突っ込んでるだけに見えますけど。

東雲:君だって、後ろで地蔵みたいに戦況を見てるだけでしょ!

幸村:そうやってすぐ熱くなる。

東雲:わざと気に障る言い方してくるからでしょうが……!


 ◆


 <昼休み・幸村の教室>

日比野:なあ、遊。

幸村:ん? どうした?

日比野:いや……なんかお前、最近やなことでもあったか?

幸村:(笑顔で)そんなことないって。俺は全然いつもどおり。

日比野:そ、そうか。ならいいんだが……。

 間

幸村:なあ、ヒデ。

日比野:ん?

幸村:最近、新しくペットを飼い始めたんだけどさ。

日比野:ペット? なんだ、犬とか?

幸村:そのペットがさ、言うことを聞かなくてさ。
   それでイライラしてるかも、少し。

日比野:ふぅん……。
    でも、好きで買い始めたんだろ?

 間

日比野:なんだよ。違うのか?

幸村:いや……そうだな。そうだったかもしれない。

日比野:あ。そういや、お前最近、彼女できたって?

幸村:は?

日比野:2年のさ、ハーフの綺麗な先輩と付き合ってるって噂になってるけど、どうなんだよ。


 ◆


 <放課後・プロFPSチーム『GGG(トリプルゴッデス)』合宿所>

幸村:先輩、センター北寄り、倉庫脇にアサルト。

東雲:了解。あと、ゲーム中はヘレスでいい。

幸村:俺もユウでいい。

東雲:センター寄った!

幸村:カバー入る。

東雲:牽制の弾切れた! 出る!

幸村:あ、まだーーだっていったでしょ。

東雲:……手前のは切れてたし。

幸村:1対1の癖が抜けないですね。

東雲:自分だってそうじゃない。

幸村:俺のほうがマシです。

東雲:……リスポーンまでに飲み物取ってくる。

幸村:あ、先輩。

東雲:何よ。

幸村:俺たち、付き合ってるって噂になってるみたいです。

 間

東雲:は?


 ◆


 <昼休み・東雲の教室>

畑:あの、さ。シィ?

東雲:んー? 何?

畑:えっと、別に言えないとかだったらいいんだけどさ……。
  シィと、その……幸村くんって、さ。

東雲:うん。

畑:その……どうなのかなって……。

東雲:ヒナ。

畑:うん。

東雲:その……ヒナが彼のことを好きだったりとかだったら、本当に申し訳ないんだけど……。

畑:そ、それじゃあ……!

東雲:私ね……本当に……幸村遊が……。

畑:うん……。

東雲:嫌いなの……!

畑:うん……そっか。

 間

畑:うん……?

東雲:ヒナ……二度とそんな噂、真に受けないで。

畑:うん? うーん? うん?

東雲:(舌打ち)冗談じゃない……!

畑:うううーん! ヒナ、パニック!


 ◆


 <ハンバーガーショップ>

幸村:そこまでいいます?

東雲:(ハンバーガーを頬張りながら)むう。

幸村:行儀悪いな……本当に凶暴な犬みたいだ。

東雲:むうむうううう!?

幸村:(ため息)しかし、少し急ぎすぎてるかもしれないですね。

東雲:(飲み込んで)……何?

幸村:明日は休みにしましょう。
   ちょっと、頭を冷やしませんか、お互い。

東雲:ふぅん……いつでも冷静だと思ってたけど。
   掲示板でチート疑惑があったくらいだし?

幸村:冷静ですよ。ゲームをやっているときはね。

 間

幸村:むしろ、ゲームをやっていないと、落ち着けないんです。
   どうやら俺は、周囲に合わせてしまうタイプのようで。
   周りが騒いでいるときは一緒に騒いだり、こうしてくれ、ああしてくれっていうのを感じたら最後……そのとおりにしてしまうっていうか。
   疲れますよ、正直。
   でも。ゲームをやっているときだけはーーつまんないですね、こういうの。すみません。

 間

東雲:まあ、ちょっとわかる。

幸村:……冗談ですよね。先輩と冷静って、饅頭とパスタくらい遠いと思いますけど。

東雲:うざ。じゃなくて……私の場合はその……逆だけどってこと。
   普段は、室温なんて感じないくらい平熱って感じで、何にも熱くなれなくて。
   でも、ゲームをやってるときだけは……その、熱くなれるっていうか。

 間

幸村:確かに。先輩って普段暗いですもんね。

東雲:面と向かっていうな。

幸村:俺は、いいなーと思いますよ。

東雲:私は君のこと羨ましくないけど。

幸村:(吹き出して)先輩といると、楽でいいんですよね。

東雲:まあ。気は使わないかも、ね。

幸村:あの……俺のポテトを勝手に食べるのやめてくれませんか。

東雲:(ポテトを加えながら)ひいじゃん、へふもんじゃなひ(訳:いいじゃん、減るもんじゃなし)

幸村:あ! ナゲットは本当にダメです! 6個しかないんだから、重罪ですよ!
   あー! この泥棒犬……!


 ◆


 <翌日、放課後>

幸村:ヒデ。

日比野:ん? どうした。

幸村:今日、暇だったら遊びにいかないか。

日比野:(笑って)なんだよ。最近付き合い悪かった癖に。

幸村:用事が休みでさ。

日比野:ったく、幸村様は自由なこって。
    ……あいにくだが、部活があるんだよな。

幸村:最近行ってなかったんじゃなかったか?

日比野:ん。なんつーか、先輩に声かけられてさ。『部活、出てこい』ってさ。
    一応目つけられてるみたいだし、しつこく言われるのもダルいから出るようにしてんのよ。

幸村:へぇ、良かったな。

日比野:チームスポーツだからな。腐っててもしょうがねえし。
    それに、意外と団結してんのよ。一年もさ。
    ボール拾いでもこう、返し方を工夫したりしてさ。
    なんとかアピールしようっていうかな。

幸村:なんか、いいな。そういうの。

日比野:お。お前も入るか?

幸村:いや、俺にもやることあるし。部活はやらない。

日比野:そっか。ま、つーわけで今日はお前がお一人様な。
    女子にでも声かければ遊びたい放題だろ。

幸村:しねえよ。

日比野:本命がいるもんな。お前。

幸村:だから……先輩はそういうのじゃないんだって。

日比野:言ってろよ。じゃあな、また。

幸村:……なあ! ヒデ!

日比野:ん?

幸村:今日、見学いってもいいか。部活。


 ◆


 <プロFPSチーム『GGG(トリプルゴッデス)』事務所>

東雲:レフト! 脇から詰める!

幸村:了解。ヘレス、1秒待て。

東雲;ん……前進!

幸村:確認! 前進!

東雲:ファーストポイント制圧! センターマンション2!

幸村:了解。撃破。ラウンドゲット!

 間

東雲:ユウ。

幸村:なんですか。

東雲:いや……ナイスカバー……。

幸村:いえ……チームプレーを、少しだけその……学んできたので。


 ◆


 <数週間後・遊園地グッドワールド・”ファーミーポップステージ”>

西見:すみません、無理を通していただいて。

郡司:こちらとしても力を入れているイベントですから、当然ですよ。
   それよりもーー

西見:はい? あの、どこかおかしい、ですか?

郡司:い、いえ。なんというか、今日はおしゃれをされていらっしゃるものですから。

西見:一応カメラの写りも確認しなくてはならないので。
   似合ってますか?

郡司:(苦笑して)あ、あはは。はい、良くお似合いですよ。

リック:M9(えむないん)さーん、テストオーケーですって!

西見:リックさん! その呼び方!

リック:あはは、すんませんすんません!

西見:郡司部長、この方はリックさん。ゲームのアナウンスを担当してくださっている方です。

リック:リック@(あっと)実況という名前で活動させていただいてます。

郡司:今回のイベントのお手伝いをさせていただいております。遊園地グッドワールドのアトラクション統括部長兼企画運営部長の郡司と申します。
   よろしくお願いいたします。

リック:こちらこそ! よろしくお願いいたします。

郡司:アナウンサーさんということは、今日のテストでは音声のチェックもされるんですか?

西見:いえ、今日はゲームが正常に動くかというのと、スクリーンとカメラの切り替えテストが主になります。

郡司:なるほど、では実際にゲームをプレイしているのが見られるということですね。
   楽しみです。

リック:そこで、僕とM9さんの出番なんですよね!

西見:リックさんったら……!

郡司:M9さんというのは、西見さんの……?

リック:プロゲーマー時代のハンドルネームーーつまり、リングネームみたいなものですね。
    yuzuM9(ゆずエムナイン)と言えば、シューティングゲーム界では有名だったんですよ!

郡司:へえ。

西見:ちょっと、恥ずかしいからやめてください……!

リック:今日は久しぶりにM9さんと、しかも組めるとあって、僕もかなり気合い入れてきましたんで!

西見:あの、私達は今日はテストの為にタッグ組んでプレイするんです。
   対戦相手は実際に本番プレイする現役チームなので、勝負になるかはわかりませんが。

郡司:リックさんもプレイヤーとして参加されるんですね。ますます楽しみだ。

リック:ゲームの実況というのは、プレイヤーとしての経験が多い人間がやることがほとんどなんですよ!
    何分ゲームによってはスピードも早いので、細かなプレイングの説明が、知識だけだと追いつかないんすよね!

西見:視聴者さんが見たい目線を映すために、カメラの切り替えスタッフも、現役でゲームをプレイしている人間が担当しているんです。

郡司:勉強になります。

リック:さぁて挨拶も済みましたし! 少しエイムを暖めておきましょうか!

西見:リックさん! まだセッティング中です!

郡司:(笑う)


 ◆


 <ファーミーポップ、スタッフ用控室>


幸村:まさか、ファーミーポップが会場だとは思いませんでしたね。

東雲:うん。

幸村:俺、ジーダブの中でも好きなアトラクションなので、結構感動してます。
   っていうか、よくよく考えると、あれだけファンシーなアトラクションの会場で、武器を使った血みどろのシューティングゲームってのもすごい話ですよね。
   子供がみたら泣きますよ。これ。

 間

幸村:先輩?

 間

幸村:先輩!

東雲:な、何!?

幸村:……緊張してます?

東雲:し、してない。

 間

東雲:ちょっと……。

 間

東雲:してるわよ! 緊張! うるさいなあ!

幸村:何もいってないです。

東雲:悪かったわね……! 緊張しいなのよ……。

幸村:あー、確かに。公式戦のほうが動き硬いですもんね。

東雲:やっぱり!? やっぱり、そうなんだ……!

幸村:冗談です。本当に緊張してるんですね。

東雲:だって……自覚、あるもん。

幸村:大丈夫です。先輩、公式戦になると、フレンドリーより手強いですよ。

 間

幸村:本当です。俺は、ゲームに関しては正直ですよ。知ってると思いますけど。

東雲:そんなの……。

幸村:具体的に言うと、圧力、ですかね。
   前に出てくる力というか。予想外の動きというか。
   一瞬でもスキを見せたら打ち込まれるような……なんていうかな。

東雲:そういえば……。

幸村:え?

東雲:君。

幸村:な、なんですか?

東雲:私のこと、犬を扱うみたいな目で見るとき、あるでしょ。

 間

幸村:ほら。待たせるのもなんですし、行きますよー。

東雲:今も! コラ! ふざけんな!

幸村:(笑って)いいですか。相手は、”あのyuzuM9(ゆずエムナイン)”とトッププレイヤーのリックさんです。
   強敵も強敵――ですが、彼らに勝てなければ、プロには勝てない。

東雲:……わかってる。

幸村:じゃあ、行くよ。ヘレス。

東雲:うん。行こう。ユウ。


 ◆


 <ファーミーポップ・仮設ステージ>

幸村:ヘレス。センターからユズ。

東雲:確認。

幸村:15方向、スコープ、見える?

東雲:取れる! 前進!

 <ヘレスは武器のアタッチメントを掴むと、武器につける>

幸村:ライトからリック! 詰めてきてる!

東雲:了解! 一旦引く!

幸村:前進する! カバー!

 <ユウのライフルの弾がリックの足を貫く>

リック:被弾! ユウがライト後方!

西見:了解。センター、路地から詰める。

 <飛び出したユズの前方でヘレスが銃を構えている>

リック:ライトコンテナ影! ヘレスがサブマシンガン!

西見:リック、引いて!

 <リックがヘレスの持つサブマシンガンで撃ち抜かれる>

リック:ヘレスが! まずいッ! あー……! 取られた!

西見:クッソ、早いな……!


 ◇


郡司:2ラウンド連続で現役チームが勝利、ということは、現役チームの勝ちが決定、ですね。
   
リック:いやはや! 流石というかなんというか! 情けないですけど、手も足も出ませんねえ!

西見:リックさん。あと1ラウンドありますよ。

リック:わかってますって!

郡司:西見さん、リックさん、頑張ってください。

リック:がってん! 一矢報いてやりましょう!

西見:郡司さん……見ていてください! 私の本気を!


幸村:姉さん……! 恥ずかしいからやめてくれ……!

東雲:ユウ。西見さんって、既婚者じゃーー

幸村:わかってる……! わかってるんだけど、ああいう人なんだ……。


 <第3ラウンド>


幸村:ヘレス。開始からの速攻は効いてるけどけど。

東雲:わかってる。速攻、かける。

幸村:いや。なんだか嫌な予感がするんだよな……少し様子をーー

東雲:いくよ!

幸村:待て! ったく……!

 <街の中心を全力でヘレスは走っていく>

リック:センター! 来た!

西見:知ってたよーヘレスちゃん。

リック:作戦通り俺はレフト前方まで!

西見:任せて! センターは私が抑える!

 <ユズはヘレスの前方の建物の影に飛び込む>

東雲:サブマシンガン! 拾った!

幸村:センター奥! ユズがくる!

東雲:カバーに入る!

西見:昔の私に似てるわね、本当!
   でも、似てるってことはーー

 <ヘレスがサブマシンガンを構えた先で姿勢を低くしたユズが詰め寄ってくる>

東雲:ハンドガン……! エムナイン!??

 <ユズはハンドガンを構えてヘレスに肉薄する>

西見:有効射程よりも、前に!

 <ヘレスのサブマシンガンがユズの全身を襲う>

東雲:もらった!

幸村:ヘレス! ダメージを追うな!

西見:バーン!

 <ユズの放った弾丸がヘレスのネームを撃ち抜く>

東雲:ッ! ごめんユウ……! ネームが撃たれた……!

幸村:(深呼吸)落ちろ……エムナイン!

 <ユウのスナイパーライフルがユズを撃ち抜く>

西見:クッソ……! 我が弟ながら恐ろしいエイムだこと……!

リック:あらあら。じゃあ、予定通り。

西見:2人ともわかってないわねーーこれはチーム戦なの。

幸村:クソッ! 側面から、リック!?
   回避、間に合わない……!

 <リックがユウの横からアサルトライフルで射抜く>

リック:ズドドドドドー!

 間

幸村:ごめん……負けた。


 ◆


西見:郡司部長! どうでした!? 見ました!? 私の活躍!

郡司:は、はい。とても、カッコよかったですよ。

西見:リックさーん! 見てみて! 褒めてもらっちゃいましたー!

リック:はいはい、流石でした。

幸村:姉さん。

西見:ん? ああ! うん。どうだった?

幸村:遅延もないし、環境的には問題ない。
   あとはカメラのほうは俺たちにはわからない。

西見:プレイしていて問題なければいいの。
   ……で、どう。負けた気分は。

幸村:大人げないよ。マジで。

西見:うわ、これはマジで凹んでるわね。
   ……でも、冗談ではなくこういう戦術に対する戦略メタもあるってこと。
   プロチームに勝つつもりなら、しっかりと修正しなさい。

幸村:……行こう、先輩。

東雲:あ、うん。

 <2人は去る>

郡司:弟さん方、悔しそうでしたね。

西見:なんというか……お恥ずかしいところをお見せしました。
   その……いろいろと、ですけど。

郡司:弟さんとはいつもゲームを?

西見:え? ああ、いえ。私は小さいころから対戦ゲームに夢中で。
   8も歳が離れていると、私はその……弟では相手にならなくて。
   なので、結婚して現役を引退するまでは、弟とゲームをする機会なんてほとんどなくて。

郡司:それでも彼は、同じくゲームの世界にいるわけですね。

西見:ええ。どうしてだかは聞いたことはありませんけど。
   きっと、私の影響というより、弟もただ、好きなんだと思います。

郡司:なんというか……懐かしい気持ちになりますね。

西見:郡司部長も、ご兄弟が?

郡司:え? ああ、いいえ! 私は姉弟はいないんです。
   ……ただ、ここでたくさんの人間と仕事をしていると、そういう姉弟の話を耳にする機会も、ありましたから。


 ◆


 <ファーミーポップ・控室>

東雲:……あのさ。

 間

東雲:ごめん。

 間

東雲:もっと冷静に様子を見るべきだった……。
   西見さんのプレイ動画、ずっと見ていたから……その……。
   わかってたはずなのに……私ーー

幸村:謝らないでくださいよ。

 間

幸村:あー! 負けた負けた!

東雲:ユウ。

幸村:俺たちの負けです。
   ……先輩も、2ラウンドとったから勝ったとか、そういう考えじゃないですよね。

東雲:うん。3ラウンド、全て取れなきゃ、負け。

幸村:……それでいいんだ。俺たちは。

東雲:……うん。そうだ。

 間

幸村:先輩。

東雲:ん?

幸村:イベント用のパスもらったじゃないですか。

東雲:ああ、特別パスだっけ。

幸村:この後、ジーダブで遊びましょう。

 間

東雲:なにそれ。デートの誘いみたいで気色悪いーー

幸村:ダメですか。

 間

幸村:デート、しましょうよ。

東雲:……本気で言ってる?

幸村:先輩は、ゲームで負けたあとに、冗談言えますか。

 間

東雲:(ため息)

 間

東雲:まあ……いいけど。暇だし……。

幸村:うっす。

東雲:でも! ……デートじゃ、ないから。

幸村:先輩の中では、でしょ。

東雲:うざ……。


 ◆


 <数日後・早朝・電話をしながら歩く東雲>

東雲:(電話口に)……何?

幸村:『何って……。今日、予定どうですか?

東雲:今、学校に向かってるとこ。

幸村:『日曜に? どうして。

東雲:プリント忘れて……っていうか、別にいいでしょ。

幸村:『へぇ。……あれ? いや、ちょっとまってください。
    学校に携帯持っていってるんですか?

東雲:そうだけど、何。うるさい。ウザい。

幸村:『先取りやめてください。
    実は、俺も今学校いるんですよ。

東雲:は? どうして。

幸村:『友達の部活の助っ人っていうか、数合わせです。
    もうすぐ終わるので、昼飯食べてから事務所行きましょうよ。
    この間の動画ももらったんで、研究がてら。

東雲:(ため息)自分のプレイ見直すの、嫌なのよね。
   ……特に負け試合は。

幸村:『なるほど。じゃあ俺との試合は全部見てないってことか。
    だから俺に負けーー(通話を切る)


 ◆


 <学校・東雲の教室>

東雲:あれ? ヒナ。

畑:え? シィ?

 <ヒナは机を雑巾で拭いている>

東雲:……何してるの?

畑:え? ああー! これはね!
  ちょっと汚れちゃって! 拭いてるとこ!

東雲:それ、落書きでしょ。見せて。

畑:違うよぅ! ちょっと自分で書いちゃっただけでーー

東雲:いいから!

 間

東雲:悪口じゃん。これ。

畑:うん。そう。ちょっと、ヘマしちゃってさ。

東雲:ヒナ。違うじゃん。
   これ、私の机でしょ……! どうして、ヒナが私の机ーーっていうかこれ。

畑:シィ。

 間

畑:ねえ、シィ。どうして、嘘、つくの。

東雲:嘘?

畑:幸村くんと、付き合ってないって、言ってたじゃん。

東雲:幸村くんが……どうしてでてくるの……。

畑:金曜日。この間の振替休日さ。
  見たんだって。1年の女子が。ジーダブで。

東雲:……え。

 間

畑:ジーダブで。シィと幸村くん。デートしてたって。

東雲:ちがーー

畑:(涙を流しながら)違うの?

 間

畑:ねえ、シィ。違うの? 本当に?
  デートしてたんじゃないの?

東雲:……ヒナ。

畑:どうして? どうして嘘つくの?
  絶対違くないじゃん……! 毎日のように駅前で会ってるじゃん!
  一緒にどこか行ってるじゃん! 違くないじゃん!

東雲:違うの、ヒナ。

畑:違うっていわないでよ! 違くないじゃんか!
  ちがくないのに、違うっていうじゃんか……!
  そしたら、シィの机に……! 悪口いっぱい書かれてるじゃんか……!
  親友なのに! 何も知らなくて! そんなの! 友達と違うじゃんかぁああ!

 <東雲は畑を抱きしめる>

東雲:ごめんね……! ヒナ……ごめん……!

畑:シィはダメだよ! こういうことになったらダメなの!
  私の親友なのに! ダメなんだよ!

 <しばらくそうして落ち着かせていると、人が集まってくる>

東雲:ヒナ……人、いっぱい来ちゃったから、保険室、行こう。ね?

畑:シィ……私、もうわかんないよぅ……。

東雲:うん。ごめんね。私が悪いんだ。
   ちゃんと話すから。全部話す。
   だから、ね。立てる?

畑:うん……。

 <東雲は畑を連れて、教室を出ようとする>

東雲:……どいてくれますか。

日比野:え。あ、はい。
    おい。道開けろ。

 <廊下で、東雲は幸村とすれ違う>

幸村:先輩、何がーー

東雲:どいて。

 <東雲と畑は廊下の先に去っていく>

幸村:……通せよ。

日比野:あー、おい。遊。お前は見ないほうがーー

幸村:いいから。

 <幸村は、落書きだらけの東雲の机に歩み寄る>

幸村:「幸村くんに近づくなブス」

日比野:おい、遊。やめとけって。

幸村:「チョーシ乗んな」「エセハーフキモい」「日本から出てけ」

日比野:もういいだろ!

幸村:ははは……正気かよ。

 間

幸村:正気かよ!!
   これを……! 先輩に向けて書いたってのかよ!

 <幸村は机の上の雑巾を掴むと、机を拭き始める>

幸村:俺はいいんだよ! 好きなようにしろよ! 勝手に持ち上げて! 勝手に失望しろよ!
   でもなあ……! 先輩は違う……! 先輩に、こんな言葉向けやがって……!
   先輩がお前らに何したってんだ! なんにも知らないくせに!   

日比野:遊……。

幸村:俺はーー

 間

幸村:(呟く)俺は……どうして……。


 ◆


 <数日後・幸村・教室で一人座っている>

日比野:おう……遊。3日ぶりだな。

幸村:ああ……。

 間

日比野:なんかさ……。すまん。

幸村:なんでお前が謝るんだよ。

日比野:なんでだろうな……わかんねえけど。
    あー……あのさ。例の、その……先輩は、どうなったんだ。

幸村:会えなかった。っていうか、会ってもらえない。

日比野:そうか。学校には。

幸村:先生から聞いただけだけど、昔にも先輩、ハーフだからってことでいろいろあったらしいんだ。
   ご両親が、しばらく学校を休学させるって。学校側に。

日比野:……なんか、大変だな。
    なあ、お前は。大丈夫かよ。

幸村:大変なのは先輩だよ。俺はなんにも、ない。
   ……俺のせいだってのに。びっくりするくらい、なんにもないんだよ。

日比野:お前のせいじゃないだろ。

幸村:俺のせいだ。

日比野:遊。

幸村:(微笑んで)まあ……お前は、そういうよな。

日比野:……なんていうか、いろいろ早まるなよ。
    周りも、結構気にしてるからさ。

 間

幸村:(深呼吸)俺は、冷静だよ。


 ◆


 <東雲自室・ベッドに座る東雲>

東雲:ん……。

 <ドアをノックする音>

畑:入るよ―。

東雲:あ、うん。

畑:やっほー。シィ、起きてた?

東雲:うん。別に病気ってわけじゃないから。

畑:パパさんとママさんは病気かもしれないって慌ててるよー。
  ご飯もあんまり食べないしーってさ。

東雲:ずっと部屋に閉じ込められてるんだから、お腹なんて空かないわよ。

畑:あ、そうだ! 今日の授業のノートね!
  今日はねえ、古典が中々面白かったよ! だから4コマつき!

東雲:ありがとう、ヒナ。
   大丈夫? 負担じゃない?

畑:ううん! だって好きでやってるんだし!
  それにさ、いつもより集中して勉強しちゃってる感じだからね。
  これはもしかしたら新しい勉強法かも……!

東雲:(微笑んで)成績、上がるかもね。

畑:こないだはさんざんでござったからなぁ〜……コーチもカンカンでござるよぅ。

東雲:部活、出なくていいの?

畑:明日は出るよ、だいじょーぶ!
  周りも結構、気をつかってくれててさ。
  まあ……恥ずかしいっちゃ恥ずかしいんだけど。

 <東雲、畑を抱きしめる>

畑:んー? どしたーシィ。

東雲:んーん……なんでもない……。

畑:よしよーし。いいこでちゅねー。

東雲:……そういえば、さーー

畑:幸村くんのこと?

 間

畑:話したよ。今日。

東雲:え?

畑:わざわざ毎休み時間に来てさ。
  無視してたんだけど、根負けしてさ。放課後にちょっと話した。

東雲:……うん。

 間

畑:一応、合格かな。

東雲:え? 何が?

畑:私に、シィのこと聞いてこなかったから。
  シィ様子聞いてきたり、伝言頼んだりしてきたらぶっ飛ばしてやろうとーー
  ごめんちょっと無理かもイケメンはたたけん……!

東雲:いや、殴ってもいいんじゃない。

畑:(笑って)いうねえ。

 間

畑:……あのさぁ……幸村くんに連絡したくないの? シィは。

東雲:したいよ。

 間

畑:そっか。ご両親が幸村くんからの連絡、ストップしてるんだ。

東雲:うん。でも……両親も、すごく傷ついてたから、なんだか申し訳なくて。
   だけど……。

 間

畑:ねえシィ!

東雲:何?

畑:良かったらでいいからさ! 見せて。

東雲:えっと……何を?

畑:シィの、夢中になってる、ゲームをさ。


 ◆


 <西見自宅・パソコンに向かっている幸村を見ている西見>

西見:遊。私、ノリトの迎え行ってくるけど。

幸村:うん。

西見:……お父さんとお母さんには行ってるの。
   ここにいること。

幸村:言ってないよ。

西見:(ため息)……あっそう。
   今日あんた、マウスの握り方荒いわよ。

幸村:わかってる。でも、ダメなんだ。
   抑えが効かなくて。

西見:……一回止めなさい。

 間

幸村:わかった。

 <幸村、ゲームを終了する>

西見:遊。

幸村:何?

西見:こっち、向きなさい。

幸村:……だから、何。

 <西見は幸村の顔を両手で掴む>

西見:あんた、寝てないでしょ。

幸村:少しは寝てるよ。

西見:今日はうちでご飯を食べて、泊まっていきなさい。
   いいわね。

 間

西見:わかったの。

幸村:……わかった。

西見:(ため息)それじゃあ行ってくるわ。

 間

幸村:待って。姉さん。

西見:何?

幸村:俺さ。わからないんだ。

西見:……何が?

幸村:俺、先輩と話さなきゃと思って、何度も連絡したんだ。
   でも、先輩のご両親にお断りされて、それからは繋がらなくて。

西見:うん。

幸村:でもさ、姉さん。俺、わからないんだけどさ。
   ……少し、そのことにほっとしてるんだ。
   わからないんだよ。いざ先輩と話せたとして、なんて言えばいいのか。
   謝るところを想像しても、慰めることを想像しても、なんかさ、違うんだ。
   考えればわかったんだよ。今までだったら。
   俺が何をどうすればいいのか。どう動けばどうなるのか。

 <幸村は項垂れる>

幸村:わかんなすぎて。

西見:そうねぇ……難しいこというわね。あんた。

 間

西見:遊。どうして、ヘレスさんだったの?

幸村:……え?

西見:だって遊、今まで誰かと一緒にゲームしたいだなんて思ってなかったでしょ。
   チーム戦がとにかく嫌いで、他のプレイヤーとすぐ喧嘩になるっていってたわよね。

 間

西見:ヘレスさんと一緒ならーーっていうは、どうして?
   ……考えてみなさい。あんたは、ゲームをしているときは正直、でしょ。

 間

西見:悪いけど、時間ないのよ。行くわね。
   ーーあ、外に出るなら、鍵は閉めてね。いつ戻ってきてもいいから。


 ◆


 <東雲家・玄関>

畑:それじゃ! また電話するね!

東雲:うん。ありがとう、ヒナ。

畑:いいってことよ!

東雲:送らなくても大丈夫?

畑:ううん! 別にーー

 <畑、道の先に何かを見つける>

畑:いや、やっぱりちょっとだけ送って。
  ちょっとでいいから!

東雲:うん。いいよ、ちょっとまって。

 <東雲は靴を履いて玄関から出てくる>

東雲:駅まで?

畑:ううん。すぐそこ。

東雲:あ、そうだ。今日のゲームーー

 間

東雲:え?

 <街頭の下に幸村が立っている>

畑:それじゃ、送ってくれてありがとう。

 <畑は幸村とすれ違いざまに呟く>

畑:よろしくね。

幸村:はい。

 <しばらくその場に立ち尽くしている2人>

幸村:先輩。

東雲:……何。

幸村:その……どうしてました。

東雲:別に……ずっと、部屋にいた。

幸村:あの、俺ーー

東雲:私は。

 間

東雲:私はああいうの、慣れてるの。だから平気。
   それに……友達や両親を傷つけてしまったことも含めて、自分の責任だから。

 間

幸村:ねえ、先輩。俺を、倒したくないですか。

東雲:……は?

幸村:今なら、練習じゃなくて、”本気で”やってもいいですよ。

 間

東雲:何、いってんの……?

幸村:怖じ気付いてます?

東雲:……ひどい顔してる癖して。
   寝言は寝てからいいなさいよ。

幸村:ルールは1on1。ステージはネオンロード。

東雲:……禁止武器は最新版。2ラウンド先取。

幸村:制限時間は5分。ステージギミックはオフ。

東雲:で、どこでやるつもり?
   うちで通信でやるのは難しいわよ。ヒナとやっていたら注意されたから。

幸村:かといって別の場所でやろうにも、しばらくすれば先輩のご両親から畑先輩にーー最終的には俺の家族に連絡が入るでしょう。
   ”GGG(トリプルゴッデス)”の合宿所は使えなくなります。

東雲:他に場所はーーうわ、ママだ……!

 <玄関に東雲の母が立っている>

幸村:先輩。またこんどでもーー

東雲:ママ! ちょっと出かけてくるから!

幸村:え!? あの、いいんですか?

東雲:行くわよ!

 <東雲は幸村の手を掴んで駆け出す>


 ◆


 <閉園間近・グッドワールド事務所>

 <郡司の携帯が鳴る>

郡司:(電話をとって)はい。郡司です。
   ええ。そちらは私の担当ですが。ええ。
   ……はい。わかりました。すぐに向かいます。
   ええ。入り口の中に入れて、ゲート脇の待機所にお通ししてください。

 <携帯を切る>

郡司:……新村くん! ここの書類だけまとめておいてください!


 ◆


 <グッドワールド・ゲート前待機所>

郡司:……さて。

 <郡司の前には、東雲と幸村が座っている>

郡司:東雲さんに、幸村さん。

幸村:郡司部長さん。お忙しい中、大変もうしわけありません。

郡司:いえいえ。一体どうされましたか。

幸村:あの、折り入ってお願いがあって。

郡司:お聞きします。

幸村:ファーミーポップのステージを、使わせていただけませんか。

 間

幸村:30分。いえ、15分でいいんです。

郡司:それはまた……一体どうして。

幸村:それはーーその! 前回触ったときに少し機械に違和感があって。
   確かめておきたくて。

郡司:もしそうだとしたら、一度西見さんと……先ずは運営会社たるロックオンアーツさんに連絡をしなければ。
   わざわざご報告、ありがとうございます。

幸村:あ、いえ。そうじゃなくてーー

東雲:ユウ。

 間

東雲:嘘ついちゃ、ダメ。

郡司:嘘、とはどういうことですか。

 <東雲は頭を下げる>

東雲:すみません。私達、あのゲームを、どうしてもやりたいんです。

郡司:(ため息)どこでもできるのがウリだと聞いていますが……どうしてわざわざここへ?

東雲:他の場所ではできないんです。

郡司:私は、その理由を聞いています。

幸村:それは俺がーー

東雲:黙れバカ。

幸村:はぁ!?

東雲:君、邪魔だから……ちょっと出てって。

幸村:おい! それはーー

東雲:いいから。

 間

幸村:わかりました……。

 <幸村・部屋から出ていく>

東雲:すみません……何から何まで、勝手で。

郡司:良い判断ですね。
   彼は少し、冷静ではないようですから。

東雲:私も、冷静かといえばそうではないかもしれません。

郡司:ええ。わかっています。
   こんな行動、普通ではありえないことです。
   そして、普通ではありえない行動をするには、理由があるものです。
   私は、それが聞きたい。

東雲:(深呼吸)実はーー


 ◆


 <西見・自室の部屋で携帯電話を手に取る>

西見:え? あ……!
   (通話にでて)は、はい! 西見です!

郡司:『どうも。グッドワールドの郡司です。

西見:郡司部長! あ、あの! いえ!
   (咳払い)いったいどうされましたでしょうか!

郡司:『イベント用に用意されたパソコンを、少々使わせていただきますのでご連絡をと思いまして。

西見:あ、はーい! ご丁寧にありがとうございます!
   どこかに不具合でもありましたでしょうか。

郡司:『(苦笑して)えー……不具合といえばそうかもしれません。
    ただし、プレイヤーの方、ですが。

西見:え……? ええええ!? も、しかして……!

郡司:『どうしてもというものですから、勝手なことをして、もうしわけありません。

西見:ッ! すぐ、行きます!

郡司:『はい。お待ちしております。

 <西見・通話を切る>

西見:あの子らはぁ……!

 間

西見:やばい! 郡司部長がいるなら、メイクしなきゃ……!


 ◆


 <ファーミーポップのステージ>
 <郡司・パソコンにかけてあるカバーを剥がす>

郡司:これがバレたら始末書じゃ済まないですね。

幸村:すみません……!

郡司:ああ、いえいえ。いいんです。
   正直……最近忙しすぎて、辞めたいと思っていたので。

東雲:そんな……!

郡司:(笑って)冗談ですよ。こんなことでは何もありません。
   私もこうみえて、そこそこ偉いんです。
   ……ただし。若さにまかせて突っ走ることで、失敗することも大いにあります。
   今日みたいなことは、一度の冒険にしておいてくださいね。

 <郡司はステージ脇へ歩いていく>

郡司:電源は入るはずです。
   さあ、どうぞ。

幸村:ありがとうございます。

 <2人は向かい合ってパソコン前に座る>

幸村:……先輩。

東雲:……何。

幸村:俺、先輩と会って、何を話そうかって、ずっと考えてたんです。

 間

幸村:俺、先輩とどういう関係なのか、自分でもわかってなくて。
   でも、俺のせいで傷つけてしまって、なんて。
   そんな言葉は、先輩と、俺の間にははまらない。
   そうでしょう。

 間

幸村:……俺、先輩のこと、好きです。

 間

東雲:ねえーー

幸村:わかってます。
   俺たちはーー今は、敵同士ですから。
   だから、俺は……俺たちはここにいる。

 間

東雲:……小学校でも中学校でも、学校に居場所がなかった。
   私にとってゲームは、なんとなく見つけた暇つぶしだった。
   MMORPGや箱庭ゲームなんかをプレイしたけど、続かなくて。
   そんな中、初めてプレイしたシューティングゲームにすぐに夢中になった。
   他にも何個もプレイしていくうちに、中学校2年の頃、”ブレイキングショット”に出会った。

幸村:”ブレイキングショット”ーーチーム戦がメインの、バトルロイヤルシューティングの名作。
   誰しも通る道、か……。

東雲:……そこで初めて、ゲーム仲間ができた。
   私が必要だっていってくれて、私はチームに入れてもらった。
   ボイスチャットで雑談をしながら……いいことだけじゃなかったけど、わたしにとっては初めてできた居場所だった。
   一年もすると、私達は大会を意識するようになった。
   当時から有名だった日本のプロチーム『GGG(トリプルゴッデス)』に柚さん――yuzuM9が、女性として初めて加入したのも知ってーー
   私でも、私達のチームでも……私達でもプロになれるんじゃないかって、本気で思ってた。

 <東雲はデスクトップに置かれた、ゲームのアイコンをカーソルで撫でる>

東雲:初めて出た大会で、私達は、”百色(ひゃくしき)”というチームに一回戦で負けた。
   チームとしての練度が足りなかったという話になって、私達は練習を重ねた。
   次に出た大会。前回と同じく”百色”に当たって、三回戦で負けた。
   チームとしては対等以上に戦えたけれど、相手の1人のプレイヤーの個人技に引っくり返された。
   今度は個人の技術にも力を入れて、練習を重ねた。最初に買ったゲーミングマウスが壊れて、お小遣いを使って椅子や機器も新調したのもその頃。
   全力で臨んだ次の試合の5開戦ーーまた”百色”に当たった。
   前回と同じプレイヤーに、今度は手も足も出なかった。
   あっという間に全滅させられて、私達は、あっけなく敗退した。
   その敗戦を受け入れられなくて、チームメイトはログインしなくなっていった。
   しばらくすると、私達のチームは私一人になっていた。
   私も、もうやめようかと思っていたとき、最新大会の結果が発表された。
   ……今でも動画を覚えてる。
   優勝チームは”百色”。
   大会MVPは、私達を叩きのめしたプレイヤー。
   決勝戦で53キル0デスという圧倒的戦績を出したーーyuu0514。

 間

東雲:……優勝インタビューのユウのテキストコメント。
   『チーム戦は向かないので、もうやらないです』
   私達を倒したくせにって……めちゃくちゃ腹が立った。
   だから、絶対に倒してやるって思った。
   『ロックオンユアネーム』をユウがプレイしてるってきいて、すぐにダウンロードした。

 間

東雲:ねえ、ユウ……私のいたチーム、覚えてる。

 間

幸村:……正直、忘れてました。
   ”ロックオンユアネーム”で、jerez21の名前を見るまでは。
   ……”21世紀ソルジャーズ”。
   そこにヘレスってプレイヤーがいたなって。

東雲:本当に、覚えてたんだ。

幸村:解散したチームの名前をわざわざハンドルネームに入れるなんて、俺には理解できなかったから、余計に衝撃的でした。
   ヘレスは……ウザいプレイヤーなんですよ。
   テクニックはそこそこ。状況判断も甘いくせに、やたらとしつこくて。
   他のプレイヤーを分断して殲滅しようと動いたら、身を挺してでもすぐに俺を抑えにくる。
   仲間のために献身的に、キルにもこだわらず、自分を犠牲にしてくるなんて、俺からしたらナンセンスなんです。
   シューティングなんて、相手を先に撃てば勝ちなんですから。それでも勝てないやつらが、チームプレイなんてものに頼ってる。
   あの頃は……本気でそう思ってたんです。

 <幸村はゲームのクライアントを立ち上げる>

幸村:勝つのは、楽しいです。相手を倒すのも。勝ちを確信している敵を撃ち抜いたときなんて、声をあげて喜んでました。
   俺は上手くなったから。上手くなることが楽しくて、そうやってずっとプレイしてるうちに、周りには誰もいなくなってーー飽きてきてたんです。
   姉さんが熱心にやってるからどんなもんかと思ったら、こんなもんかって。
   ”ロックオンユアネーム”も、なんとなく続けようと思ってたくらいだったところで……ヘレスが僕にチャットを飛ばしてきたんです。
   『フレンドリーマッチ希望』って。

東雲:覚えてるよ。緊張したから。

幸村:相変わらずで笑いましたよ。
   ひたすら前進、フルオートベースの雑なエイム。
   立ち回りだけは目を瞠るものがありますけど、駆け引きに弱い直感形。
   でも、何度も何度も、こちらが落ちるというまで『再戦希望』のチャットが終わらなくて。
   何考えてるんだこの人って。
   ……ランキングを2桁台まであげてきたときには、素直に驚きました。
   しっかりと成長しているんです。俺にやられたことを、しっかりと覚えているんです。
   だから俺も、裏をかくような立ち回りを考えるようになりました。
   なぜだか、ヘレスに負けるわけにはいかないと思ったんです。

 <2人はゲーム内でフレンドリーマッチを立ち上げる>

幸村:(笑って)ほら、みてくださいよ。先輩。
   最後に先輩から送られてきているチャット。
   『再戦希望』

東雲:(笑顔で)君のチャットだって、『落ちます』だって。
   人のこといえない。

幸村:……本気で、ゲームを楽しんでいる姿が、ずっと羨ましかったです。
   本気で、俺に勝とうって、強くなっていくのが嫌いでした。

東雲:……いつだって冷静で、勝利の重圧にも平然と耐えているのが羨ましかった。
   どんな状況でも、ユウなら勝てるんじゃないかって、そう思わされてしまうところが、大嫌いだった。

幸村:ヘレスをパートナーに選んだのは、俺に足りないものを持っているからです。

東雲:ユウのパートナーになろうと思ったのは、私に足りないものを持っているから。

幸村:でもそれはーー

東雲:そんなものは総てーー

幸村:あなたをーー

東雲:君をーー

幸村・東雲:倒すためだ。


 ◆


 <西見・ファーミーポップステージの会場に駆け込んでくる>

西見:(息を切らして)すみませえん!

郡司:西見さん。どうも。

西見:(息を整えながら)あ……あの……!
   本当に、ご迷惑をーー

郡司:第一ラウンド、弟さんが取られたみたいですよ。

西見:え?



幸村:ぅッし!

東雲:ッ! やられたッ……!


西見:あの……これ、どういうことですか?

郡司:さあ。

西見:さあって……事情を聞いたんじゃ?

郡司:私が聞いたのは、理由だけです。

西見:あの……それで弟たちにこの場所を?

郡司:ええ。動くには、十分な理由でしたから。


 ◆


 <数分前・グッドワールドゲート前待機所>

郡司:では、改めて理由を聞きましょう。
   どうして、ここやる必要が?

東雲:(深呼吸)実は、ですね。

郡司:ええ。

東雲:事情があって彼とはしばらく会えないかもしれないんです。

 間

東雲:……だから、今日、告白したいんです。

 間

東雲:私、幸村遊がーー好きなんです。
   でも、私はまだ……私達はまだ……ずっと画面の向こうの戦場で、あの日からずっと戦ってるんです……!
   この気持ちを伝えるためには、終わらせなくちゃいけないんです!
   戦って……勝たないと!
   だからーー


 ◆


郡司:乙女は相手の眼を射抜く、ですか。



東雲:っしゃあああああ!

幸村:(舌打ち)

東雲:取ったわよ! 第2ラウンド!

幸村:……まだ、最後が残ってる。



郡司:さて……私達は外で待っていましょうか。

西見:……はい。お説教は決着の後で、ですね。

 <西見は目の前で手をもじもじと合わせる>

西見:それはそうと! ……あのぉ……郡司部長?

郡司:(苦笑して)はい。なんでしょう。

西見:今回のイベントが終わったらでいいんですけど……。
   一度お食事でもご一緒していただけませんか?
   いろいろとお話を聞きたくてぇ……。

郡司:ううん、そうですね……!

 <郡司は口元に手を当てる>



郡司:でしたら……僕の家で食事でもいかがでしょう。

西見:……えっ! それって!

郡司:(笑って)もちろん、西見さんの旦那様とお子様もご一緒に。
   『うちの妻』も西見さんのお話をしたら、お会いしたがっておりましたので。

西見:はぅ……!
   (呟く)スマートすぎる……! どうしたらうちの旦那がこうなってくれるのだ……!


 ◆


 <ロックオンユアネーム・第三ラウンド>

幸村:ヘレスは速効型……すぐに武器を拾ってセンターにーー

東雲:いくのはもう読まれてる。でも後方にいたら射線を通される。先にーー

 <ユウはライフルを構えて覗き込む>

幸村:センターにはいない。だとすると、レフトからーー

 <ヘレスの腕を銃弾が捉える>

東雲:やっぱり……! 大丈夫、まだ腕だけ……! 落ち着け!

幸村:詰めるか。いや、一度引いてプレッシャーをーー

 <ユウの右前方でグレネードが炸裂する>

東雲:グレネード、カスッたーー

幸村:ッ! やるなーーでも!

東雲:クッ、引かれた!

幸村:くらえッ!

東雲:そう簡単にくらうかっての!

幸村:(笑って)ああもう、楽しいなあ!

東雲:(笑って)本当……! ゲームって、楽しい!

幸村:絶対に……! 絶対に、勝つ!

東雲:私は! 絶対に、負けない!

 <幸村は武器を持ち替えて東雲の近くのオブジェクトを撃つ>

幸村:逃さないよ。

 <幸村の放った弾丸は、オブジェクトに当たって跳ね返り、東雲に命中する>

東雲:跳弾……!? ははは! すごいよユウ! すごすぎて笑える!

幸村:あとでリプレイ見返すのが楽しみだな!

東雲:負け試合でよければご自由に!

幸村:次の行動はーー前に出てくる。だろ!

 <物陰から飛び出したヘレスの胸を銃弾が貫く>

 <ヘレスは身をかがめる>

東雲:ずっとーーずっと見てきた。

幸村:終わりだ。

東雲:その名前。ずっと。ずっと! ずっと!
   追いかけてきた! ここまで、来たんだから!

幸村:俺の勝ちーー

 <ユウの銃弾が電柱のオブジェクトに当たって弾ける>

幸村:ッ! オブジェクトに、弾が吸われた!?

 <ヘレスはさらに踏み込む>

東雲:もう! 届く!

幸村:ヘレスッ!

東雲:ユウうううう!

 <ヘレスは手に持ったハリセンを振り上げる>

東雲:届け……! 届け! 届け!

幸村:マジか……!

東雲:届けええええエエエ!

 <ヘレスのハリセンがユウの眼前の名前を撃ち抜く>


 ◆


 <ファーミーポップ・ステージ上・黙って座っている2人>

幸村:……ロックオン、ユアネーム。

 間

幸村:……負けたのか……。

 <幸村は立ち上がる>

幸村:……先輩、俺ーー

 <東雲は幸村に抱きつく>

幸村:せん、ぱい……。

東雲:(泣いている)うう……! うううううう!
   ううううあああああ!

幸村:……先輩。

東雲:勝った! 勝った……! 勝ったんだよ!
   かった……! 私ぃ! ユウに、勝った……!

 間

幸村:はい。俺が、負けました。

東雲:本気でやって……! 勝った……!
   絶対ぜったい、誰にも文句がないくらい……!
   完璧に勝った!

幸村:わかってますよ。誰も文句なんていいませんって。

東雲:もっと悔しがれぇ!!

幸村:あーもう! はいはい! 悔しいっつってんでしょ!?
   大体! 一回勝ったくらいでいい気になるなってんですよ!
   こっちがいくつタイトル持ってると思ってーー

 <東雲は幸村にキスをする>

東雲:……遊。好きだよ。

幸村:あーもう……難しすぎますよ。こっちのゲームは……。

 間

東雲:まずは……。

幸村:はい。

東雲:うちのパパとママに会いに来て。

幸村:ハードル高いですね。

東雲:大会も、出る。説得して。

幸村:わかりました。

東雲:次に、学校でちゃんと、私と付き合っているって公言して。

幸村:はい。

東雲:私が嫌がらせされないように尽力して。

幸村:仰せのままに。

東雲:ゲームのことも、みんなに、言う。

幸村:はい。

東雲:忘れてた……練習も、したい。

幸村:もちろん。

東雲:それで、大会は、勝つ。

幸村:勝ちます。絶対。

東雲:あと……あと……これからはナゲットはくれる。

幸村:それはあげないです。

東雲:それからーー



 ◆

 ◆

 ◆



 <グッドワールド・ファーミーポップステージ>

 <”ツヴァイロード”開始記念『ロックオンユアネーム』オフライン大会 in 遊園地グッドワールド>

畑:うわぁ……! すっごい人……!

日比野:あ。すんません。

畑:え? ああ! 幸村くんのお友達!

日比野:うす。

畑:良かったよぅ〜!
  正直一人で見るのは緊張するよぉ〜!

日比野:いや……なんか、そうだろうなって、遊達が隣で席とってくれてたみたいで。

畑:ねえねえ! 君はーーえっと、名前、なんだっけ!

日比野:日比野です。……前に自己紹介しましたけどーー

畑:日比野くんはさ! 幸村くんのプレイって見たことある!?

日比野:あー、はい。あいつがクラスで言ってたんで。
    みんなでネットで見ました。

畑:あのさぁ! 幸村くんのエイミングってやっぱりすごいよね!吸い付くみたいでさ!
  実況の人もいってたけど、どんな武器でも完璧にリコイルコントロールするし!
  ほら! 特に最新のオンライン大会の決勝なんてすごかったよね!
  1ラウンドだって、1ミリずれてたらネームに当たってたって解説動画が上がってたし!

日比野:いや……! あのーー

畑:それでいうとさ! 今回の相手のゴリラモドキ選手って、プロになったんだよね!
  投げ物を使った視点誘導とか、立ち回りがうまかったけど、やっぱり掲示板とか見る限り、幸村くんのほうが上だって言われてるよね!
  てなるとさ! パートナーの話にもなると思うけど、ネオニートちゃん選手は本当に別次元っていうかさ!
  天才って言われてるけど本当にそのとおりでね! 信じられない動きをするから実況の人がいっつもーー

日比野:あの……いや、俺はそこまでちゃんと見てないっす……!

畑:あ、ほんと? ごめんねぇ、私、のめり込むタイプでさぁ。たくさん調べたんだー!
  じゃあじゃあ! 今から見どころ教えるね! んとねー、雑誌に乗ってたんだけどーー

日比野:あの! えっと! その、東雲先輩は!? どうなんですか!?
    ちょっと話したりしました!?

畑:ん? ああーシィは昨日電話でちょっと話したよ。

日比野:プレッシャーとか、大丈夫ですか?
    こんな広い会場で、しかも満員じゃないっすか。

畑:(笑って)シィは大丈夫だよ。
  だって、シィはーー私の親友だもん。


 ◆


リック:『さぁ始まりましたー!
     ”ツヴァイロード”配信記念『ロックオンユアネーム』オフライン大会 in 遊園地グッドワールド!
     みなさん! 本日はお集まりいただいてありがとうございます!
     総合司会は私! リック@実況がお送りさせていただきます!


 ◆


西見:ーー次! プロモーションビデオ入ります!

郡司:ゲームプロデューサーのフジノさん! CEOのブランドンさん! 舞台袖へ誘導お願いします!

西見:カメラ切り替え準備!


 ◆


リック『いよいよ! この時間がやってまいりました!
    本日は目の前にあるこちらのステージで! まさに本日実装されたばかりのタッグ戦を!
    トッププレイヤー達に対戦していただきます!
    何はなくとも選手入場していただかなければ話になりません!
    先ずはプロチームから! 天才! 最強! 日本が世界に誇るシューター! ネオニートちゃん!
    そして! ランクを食らい付くした男はついにキングコングへ! 先月プロ契約を発表されたばかり!
    ゴリラモドキの入場だぁ!


 ◆



東雲:遊。

 間

東雲:ねえ。

幸村:……なんですか。

東雲:緊張してるでしょ。

幸村:どうしてだか教えましょうか。
   ……先輩のお父さんが、「負けたら、わかってるね」って……。

東雲:パパ、若い時は海兵だったの。

幸村:その情報、本当にいらないです。

東雲:(笑って)大丈夫。
   ユウは、私が守ってあげる。

 <東雲は幸村の眼を指さす>

東雲:君の瞳はーー私が撃ち抜いたんだから。

幸村:(ため息)……頼もしいって言えばいいんですか?

東雲:負け犬の面倒は見てあげるから安心しなさい。

幸村:犬は先輩でしょう。黙って俺に飼われててください。

東雲:わんわんっ!

 間

幸村:……冗談でしょ。

東雲:何よ、サービスしたのに。

幸村:一気に緊張が冷めました。


リック『あなたの瞳は私のもの! ロックオンユアネーム! 
    対するランカーチームはこの2人ーー


<2人は笑顔でハイタッチをする>

東雲:よっし……いくよ。ユウ。

幸村:勝とう。ヘレス。

 間

東雲:(深呼吸)さぁ、ゲームの時間だ。







 完






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