狂獣の檻 -帰結-
作者:たかはら たいし


榊 里菜(さかき りな) ♀
森 祐次(もり ゆうじ) ♂

※字幕やニュースについての表現方法等
 その他描写など、ご自由に改変いただき結構です。
 但し、改変を行った文章の無断転載・二次配布は固く禁じます。




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■chapter.01

祐次の部屋
リビングで祐次が一人、椅子に座ってスマホを見ている。

祐次「・・・」

仕事から帰宅した里菜がリビングに入ってくる。

里菜「・・・ただいまー」

祐次「おかえり」

里菜「はぁー、重かったー・・・」

里菜が両手に下げた買い物袋を椅子の傍に置く。

祐次「そんなに、何買ってきたの・・・?」

里菜「んー?・・・あ、ねぇねぇ、聞いてよ」

祐次「なに?」

里菜「今日お仕事から帰る時にね。思い切りドアに足ぶつけた」

祐次「大丈夫?」

里菜「痛かったー。ドンっていったよ、ドンって」

祐次「ご愁傷さま」

里菜「なに食べてんの?」

祐次「ポテチ」

里菜「ちょーだい」

机に置かれたポテトチップスを里菜が食べる。

里菜「・・・普通のやつ、久々に食べた気がする」

祐次「えっ、こないだも食べてたよ」

里菜「えっ、そうだっけ?」

祐次「うん。味薄いから直ぐ飽きるし、食べた気にならないって言ってた」

里菜「全然覚えてない。うすしおって物足りなくない?」

祐次「そう?俺はいつもこれ買ってるけど」

里菜「(祐次の台詞と被せて)あー、お腹痛い。気持ち悪い」

愚痴をこぼしながら、リビングの椅子に腰かける里菜。

祐次「大丈夫?」

里菜「辛いねー。実に辛い」

祐次「あんまり、そういう風には見えないけど」

里菜「(ため息)・・・それは大丈夫に見えるように我慢してるからだよ」

祐次「・・・ああ、そっか」

里菜「何が?」

祐次「いや・・・、そういう事かって思って」

里菜「女子って職業は大変なんだよ」

祐次「まぁ、職業ではないけど」

里菜「ここまで痛いと職業だよ。時給もらいたいぐらい」

祐次「・・・月イチで?」

里菜「月イチじゃなくて、月5日間ぐらい欲しい」

祐次「あ、そう・・・」



祐次「・・・まぁでも、最近はさ」

里菜「ん?」

祐次「・・・落ち着いたよね、前よりは」

里菜「そりゃあね」

里菜が再びポテトチップスを手に取る。

里菜「(ポテチを口にしながら)とても頑張ってるんですよ、おたくの里菜さんは。やれば出来る子なんです」

祐次「なんで学校の先生みたいに言うの?」

里菜「なんとなく。もう1枚ちょーだい」

祐次「うん」

里菜「(ポテチを口にしながら)・・・うーん。やっぱりなんか物足りないな。あ、だからうすしお味なのか、納得」

祐次「もうあげないよ」

里菜「(椅子から立ち上がる)ダメ、あとで食べる」

祐次「今日なに?」

里菜「カレー。・・・ていうか、私、買い過ぎたかな」

祐次「うん。4袋もあるし。それ、全部カレーの?」

里菜「そうだよ。まぁでも、カレーなら作り過ぎても大丈夫でしょ」

祐次「何日分作る気?」

里菜「わかんない。でも私は一週間ぐらいカレーでも別にいいかな」

祐次「・・・」

里菜「えっ、やだ?」

祐次「えっ?・・・いや、別に」

里菜「はぁー、お腹痛い。なんで私、お酒なんて買ってきたんだろ・・・」

愚痴をこぼしながら、里菜が台所の方に消えていく。



祐次が、ため息を溢す。

祐次N「里菜が人殺しをやめてから、もうすぐ3ヵ月が経とうとしていた。
あれから・・・、普通の、誰もが過ごしているだろう日常を、僕らは送っている」

祐次「・・・」

祐次が、机の上のポテトチップスを手に取り、口にする。



祐次「・・・物足りない、か」

■chapter.02

数週間後。
リビングで里菜が身支度を行う中、その横で祐次はコーヒーを口にしている。

里菜「えーっと、どれ着ていこうかなー」

祐次「そろそろ出れそう?」

里菜「ん?もうちょい」

祐次「災難だったね」

里菜「ほんとだよー。充電器も壊れるなら、壊れますよってちゃんと私に言ってほしい」

祐次「それは流石に無理あるかな」

里菜「なんでよー、携帯使えないの困るじゃん」

祐次「そういえば、どこで買うの?駅前のショップ行く?」

里菜「うーん・・・、そこでもいいんだけど。隣駅まで行きたい」

祐次「他に何か買うの?」

里菜「コテを見たいんだよね」

祐次「コテってなに?」

里菜「ヘアアイロン」

祐次「あれ壊れたの?」

里菜「ううん。前に頼んだやつ重いんだよね、腕が疲れる」

祐次「ああ、いつも使ってるやつ?」

里菜「そう。無駄におっきいやつ。もうちょい小さくて軽いやつ1個買っときたいんだよねー」

祐次「いつものやつは捨てちゃうの?」

里菜「使うよ。今日買うのは朝仕事行く時用」

祐次「へぇ・・・。あ、隣駅行くなら帰りにご飯食べてく?」

里菜「ん?何ー?・・・あ、準備出来たよ」

祐次「隣駅なら、ラーメン屋と、手羽のお店はまだちょっと早いか」

里菜「え・・・、夕飯作るけど」

祐次「え」

里菜「今日作る」

祐次「あ・・・、そう」

里菜「え?やだ?食べに行きたい?」

祐次「いや、ほら。今日休みだし・・・」

里菜「ああ、うん。別にいいよ、作りたいし」

祐次「・・・いいの?」

祐次と里菜がリビングから玄関に向かい、祐次がドアを開く。

里菜「うん。・・・お靴はー、どれ履いてこうかなー」

祐次「・・・そういえばさ」

里菜「ん?」

祐次「いや、最近。外食しなくなったよね」

里菜「ああー・・・、そういえばそうかも。節約ですよ、節約」

祐次「ヘアアイロン我慢したら?」

里菜「それはねー、生きていく為に必要な物だから買わないといけない」

祐次「・・・ていうか、それだと外寒くない?」

里菜「ちょっとだけ。でも、これぐらいなら大丈夫かなー。はい、鍵」

祐次「ありがと」

祐次が部屋の鍵をかけ終わると、里菜が祐次に手を差し出す。



祐次「え・・・、何?」

里菜「手」

祐次「・・・」

里菜「どうかした?」

祐次「ああ・・・、うん」

里菜「早く行こ」

里菜の手をそっと握る祐次。
嬉し気な表情を浮かべた里菜と、
どこか浮かない表情の祐次が、雑踏に消えていく。

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祐次N(タイトルコール)
「狂獣の檻」

里菜N(タイトルコール)
「帰結」

※「狂獣の檻」「狂獣の檻 -廻答-」と通しで使用される際は、ここのタイトルコールは省いて下さい。

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■chapter.03
祐次の部屋

祐次が仕事から帰ってくる。
里菜はリビングの椅子に腰掛けて爪の手入れをしている。

祐次「ただいま」

里菜「おかえりー」

祐次「里菜」

里菜「んー?なにー?」

祐次「洗濯機の前に置いてる下着、あれ洗濯したやつ?」

里菜「ううん、まだ。下着は後でやる」

祐次「え?あれ、まだ洗濯してないの?」

里菜「うん。後でやる」

祐次 「本当に?」

里菜 「やるよー、履くもの無くなっちゃうもん」

祐次 「本当かな」

里菜 「やるってー。下着洗わないと明日から生きてけないもん」

祐次 「わかった」

里菜 「あ。今日、夕飯どうしよ。今日は作る気力が無い」

祐次「じゃあ、どこか行く?」

里菜「うーん・・・」

祐次「食欲無い?」

里菜「ううん。なんか、食べに行く気分でも無いんだよねー」

祐次「えっ、じゃあ何か買いに行く?」

里菜「ねぇねぇ」

祐次「なに?」

里菜「出前は?」

祐次「うん。いいよ」

里菜「うん。なんか今日はそういう気分」

祐次「・・・この辺って何かあったっけ?」

里菜「スマホ取って」

祐次「うん」

里菜「えーと・・・」

スマホを操作し始める里菜。



祐次「何見てるの?」

里菜「え?知らない?住所入れると、この辺りで何の出前があるか見れるサイト」

祐次「へぇ、そんなのあるんだ」

里菜「うん。・・・えーと、あー、うーん・・・、お寿司かー・・・お寿司の気分では無いねー」

祐次「そうだね。俺もお寿司はちょっと・・・」

里菜「あとは、・・・カレーは、祐次イヤでしょ?」

祐次「うん。先月だっけ?数日間ずっとカレーだったからいいかな・・・」

里菜「榊さんカレー作り過ぎ事件のせいだね。・・・あっ、へえー、アジアン料理だって」

祐次「へー、そんなのあるんだ」

里菜「うん、はじめて見た」

祐次「でもアジアン料理って何があるの?」

里菜「えーとね・・・、・・・バターチキンカレー」

祐次「カレーじゃん」

里菜「あ、でもナンがあるよ、ナンが」

祐次「やだよ、カレーは当分食べなくない」

里菜「ていうか、アジアン料理カレーばっかじゃん。まぁ私はカレーでも別にいいけど」

祐次「他のがいい」

里菜「えーと、じゃあ・・・、ん?」

祐次「どうしたの?」

里菜「なんで出前なのに鍵の修理とか水道の修理が載ってるんだろ?」

祐次「・・・電話で頼めるからじゃない?」

里菜「私は今、鍵にも水道にも困ってないんだよ。夕飯に困っているのだ」

祐次「そうだね」

里菜「・・・あっ、ねぇ、ピザは?ピザ」

祐次「ああ、いいね」

里菜「じゃあピザ」

祐次「うん」

里菜「祐次はさ、ピザ生地なに派?」

祐次「生地?いや、特にこだわりは無いけど」

里菜「私は中にチーズが入ってる派」

祐次「それさ。ただでさえチーズが乗ってるのに、中にチーズ入れる必要ある?」

里菜「あるよ。私はチーズ星人だから生地の中にもチーズが入っていてほしい」

祐次「チーズ星人ってなに?」

里菜「ああー、何にしようかな。ピザ選ぶのって迷うよねー」



祐次「・・・里菜」

里菜「んー?」

祐次「あのさ、」

里菜「なに?」

祐次「先に、洗濯」

里菜「えー、後でやるよー」

祐次「ダメ。先に洗濯してから」

里菜「(ため息)はいはい。わかりましたよー」

■chapter.04

字幕:数か月前にご覧になられたホラー映画、どうでしたか?

里菜「とても良かったですよ。私、元々ホラー映画凄く好きで、
前作もDVD買って何度も見返したんですけど、今までのシリーズの中で、一番好きでした」

字幕:怪物の女の子が、恋した男を食べるという内容でしたが、抵抗はありませんでしたか?

里菜「見に行く時、祐次にも同じ事言われました。正直言えば、少し抵抗ありましたよ」

字幕:里菜さんと祐次さんの境遇に重なる部分があったせいですか?

里菜「そうですね。実際見に行ってダメだと思ったら途中で出ていこうって思っていました。
でも、全然そんな事なくて。私と祐次の境遇に重なってるから、すごく共感しましたね」

字幕:主人公の女性は最終的に、殺人衝動を堪え、彼と手を取り普通の日常を送っていくというラストシーンでしたね。

里菜「はい。私がこうなれたらいいなっていう理想そのものでした。
主人公が私と重なって見えてしまって、ボロ泣きしてしまいました。
そのせいで、近くに座ってたカップルの女の子に凄い目で見られましたけど」

字幕:祐次さんに怒られませんでしたか?

里菜「いえ。祐次、周囲の人に謝ってくれたんです。
多分ですけど、あの映画を見て、祐次も私の気持ち、わかってくれたんじゃないかなって、そう思ってます」

字幕:以前、里菜さんに、人を殺すことを辞められると思いますか?と、お聞きしました。

里菜「はい」

字幕:結果的に、里菜さんはようやく、人を殺す事を辞める事が出来ました。

里菜「はい」

字幕:これまでを振り返って、ご自身でどのように感じていますか?

里菜「そうですねー。その、私うまくは説明出来ませんけど、
祐次と出会わなければ私、人を殺す事を、辞められなかったと思うんです。
でも、祐次と出会って、私のことを本当に愛してくれる人と出会えた事で、
普通に生きられるようになったのかな?って、今はそう思ってます」

字幕:そうですか。人を殺したいと思う気持ちは、完全に消えましたか?

里菜「いえ、そういう気持ちが全く無くなったわけではないです。
今だって時折、人を殺したくて、別の自分になりたい時もあります。
振り返ってみると、私って結局、人を殺す事が好きでたまらなかったのかなー、とも思います」

字幕:怪物のような自分を犠牲にしてでも、今の、普通の生活を大事にしたいですか?

里菜「はい。祐次が喜んでくれるなら、私、きっと我慢出来ると思います」



里菜「・・・多分」

■chapter.05

里菜がテレビを見ていると、玄関からリビングに裕次が戻ってくる。

里菜「来た来た」

裕次がテーブルの上に、届いたピザを置く。

里菜「ピザ食べるのいつぶりだっけ?」

裕次「え?」

里菜「結構久々だよね」

裕次「え、ちょっと前に、隣駅で食べたじゃん」

里菜「あー・・・、違くて。お店のやつじゃなくて、宅配ピザ食べるの」

裕次「え、でもピザでしょ」

里菜「全然違うよ。お店のピザと宅配ピザはピザだけど同じじゃない」

裕次「ピザでしょ」

里菜「全然違う。焼きそばとカップ焼きそばぐらい違うよ」

裕次「よくわかんないけど」

里菜「似て非なるものだよ」

裕次「そうかな?・・・あ、お茶いる?」

里菜「え?ああ、私、お酒にする」

裕次「あれ、お酒なんてあった?」

里菜「冷蔵庫の奥の方にホワイトサワーがある。あったはず」

裕次「・・・あ、ほんとだ」

祐次の言葉を遮り、里菜が2、3度、くしゃみをする。

祐次「・・・風邪?」

里菜「ん、わかんない。あ、あとタバスコ取って」

裕次が缶のホワイトサワーとお茶とタバスコをテーブルに置くと、ピザの箱を開く。

里菜「食べよ食べよ」

裕次「うん、でもピザ頼むの久しぶりだね」

里菜「うん」

二人とも、皿に取ったピザを食べ始める。



里菜が瓶を手に取り、相当量のタバスコをピザにかける。

裕次「・・・タバスコ、そんなにかけるの?」

里菜「辛くないよ」

裕次「それ食べれるの?」

里菜「(ピザを食べながら)うん、おいしい。裕次もいる?」

二人が会話を続ける中、テレビから下記内容のニュースが流れている。

「昨日夜8時頃、D区の河川敷から24歳の女性の遺体が発見された事件で
女性の首筋に何らかの痕が残っており、警察は女性は絞殺された可能性が高いとして
周辺住民に情報提供などを求めるとして、捜査を続けています。続いてのニュースです。」

※上演中、上記ニュースを読まれる場合は二人の会話と被る形でお読み下さい。

二人は気にも留めず会話をそのまま続ける。

裕次「いや、俺はいいかな」

里菜「なんで?美味しいよ」

裕次「そんなにかけたら辛くて食べれないよ」

里菜「ふーん。・・・あ、ねぇねぇ。裕次、お酒飲まないの?」

裕次「あ、うん。明日5時起きだし」

里菜「(お酒を飲みながら)かわいそう」

裕次「お酒飲みながら言われてもね」

里菜「一口いる?」

裕次「いや、いい」

里菜「あ、ねぇ。そこのリモコン取って。録画しとかなきゃ」

裕次「あれ、今日なんかあったっけ?」

里菜「ん。アニメ」

裕次「珍しいね。アニメ殆ど見ないじゃん」

里菜「んー?見たいと思ってたやつやるんだ。妹の為に、お兄ちゃんが箒で空を飛ぶんだよ」

裕次「どういう事?」

里菜「だから・・・」



祐次「どうしたの?」

里菜が祐次の言葉を遮り、またくしゃみをする。

里菜「テイッシュ取って」

祐次「大丈夫?」

祐次が里菜へテイッシュを渡す。

里菜「うん」

テイッシュで鼻をかむ里菜。

里菜「・・・・何の話だったっけ?あ、お兄ちゃんが妹を箒に乗せて飛ぶんだって。録ったの見ればわかるよ。一緒に見よ?」

祐次「うん」

里菜「あ。ねぇ、裕次」

裕次「ん?」

里菜「一応だけど。今月さ、もうそろそろだと思うから」



裕次「・・・ああ、そっか」

里菜「でも、もう大丈夫だから。結構前に、見に行ったホラー映画あったじゃん」

祐次「え?」

里菜「祐次が好きな監督のやつ」

祐次「うん」

里菜「あの時の映画思い出して、私、ちゃんと我慢出来るようになったから」

裕次「・・・」

里菜「まぁ元々、榊さんは我慢出来る子だからね」



里菜「ああ、ごめん。ごめんってば。どの口が言うんだ?って思った?」

裕次「いや」

里菜「でも、私ようやく普通に戻れると思うから。今更だけど、今までいっぱい迷惑かけて、ごめんね」

裕次「・・・」

里菜「私、もう大丈夫だと思うから」



里菜「・・・祐次?」

裕次「・・・あのさ、里菜」

里菜「ん?」

裕次「本当に、」

里菜「え?なに?」



裕次「・・・人、もう本当に、殺さないの?」

■chapter.06

字幕:数か月前にご覧になられたホラー映画、どうでしたか?

祐次「・・・」



祐次「殆ど、印象に残っていませんね」

字幕:それは意外です。祐次さんがお好きな映画監督の作品だったと伺っていますが。

祐次「映画を見るような気分ではありませんでしたから。元々は・・・、一人で観に行くつもりだったんです、あの映画」

字幕:里菜さんと見に行く事になるとは、予想していませんでしたか?

祐次「勿論です。里菜が一緒に観に行くと言い出した時、反応に困りました。
・・・一人で観に行きたいと言えば良かったって、とても後悔しています」

字幕:里菜さんは、あの映画がご自身の境遇に重なる部分があったと話していました。

祐次「ええ」

字幕:祐次さんは、あの映画を見て、ご自身の境遇に重なる部分はありましたか?

祐次「全くありません。あの殺人鬼の恋人は、普通の生活を送りたいと願っていたので」

字幕:祐次さんとは、真逆の考え方だったと?

祐次「そうです。非日常の中を生きているのに、好き好んで普通に戻りたいという考え方は、僕には全く理解出来ません」

字幕:ですが、今の里菜さんは、あの映画のラストシーンのように、普通の日常を送っています。

祐次「ええ。ですから、彼女と見に行った事を後悔しています」

字幕:では、今の祐次さんは、里菜さんが人殺しに戻る事を望んでいるのでしょうか?



祐次「・・・ここ数ヵ月、物足りないんです。彼女といても」

自嘲した微笑みを溢す祐次。

祐次「今度は、僕が・・・、おかしくなってしまうかもしれません」

字幕:里菜さんの変化は、祐次さんにとって、ただ悪影響にしかならないという事ですか?

祐次「勿論です。・・・悪い意味で、僕も変わってしまっているのかもしれません」

字幕:それは、どういう変化でしょうか?



祐次「最近・・・、テレビやネットで、ニュース記事を見る事が増えました。
殺人事件のニュースばかり見ているんですよ。おかしいでしょう?
この犯人が、実は彼女だったらいいのにって、そう思ってる自分がいるんです。
・・・こんな事、以前は思わなかったのに。僕も、おかしくなっているんだと、・・・自覚してます」

■chapter.07

裕次の部屋。
テレビからアニメ映画が流れている中、裕次と里菜がリビングで夕飯を食べている。

里菜「(テレビを見ながら)この女の先輩がすっごくいい人でさ」

裕次「・・・うん」

里菜「実はこの先輩、この縛られてるお医者さんの妹なんだよ」

テレビを見ながら、裕次がコップに注がれたお茶を飲む。

裕次「・・・ねぇ」

里菜「ん?なに?」

裕次「ちょっと・・・、言い辛いんだけど」



里菜「え、なに?言ってよ、祐次・・・」

裕次「いや、あの。・・・今日のご飯。味付け失敗した?」

里菜「え?」

裕次「いや。・・・味、濃くない?」

里菜「え?そう?」

里菜が、皿の上の料理を口にする。

里菜「そう?普通だけど」

裕次「普通・・・、かな?」

里菜「うん、味濃いかな?」

裕次「・・・ここ最近、ずっとご飯作ってもらってて、こんな事言うの悪いんだけど。味、濃くなったよね」

里菜「え、ほんと?」

裕次「うん」

里菜「でも前にレシピ本に載ってたやつ、味濃いけど好きって言ってたじゃん」

裕次「いや、あれより全然濃いよ」

里菜「え、ほんとに?味覚障害?」

裕次「里菜が?」

里菜「え、裕次が。だって私、普通だよ」

裕次「え、ほんとに普通?」

里菜「うん。今日のはかなりいい出来だと思うんだけどなぁ」

裕次「・・・ずっと言おうと思ってたんだけど、」

里菜「うん」

裕次「最近さ、調味料無くなるの早くない?」

里菜「・・・そうかな?」

裕次「うん。先週買いに行って、こないだも買いに行ったでしょ」

里菜「・・・そう、だったっけ?」

祐次「うん。今日のも、結構使ったでしょ?」

里菜「あはは、どうだろ。いつも目分量でやるから実感無いな」

祐次「いつもレシピ本見てたじゃん」

里菜「・・・」



裕次「・・・ごめん。俺今日のはちょっとしょっぱくて食べれないや」

里菜「うん、いいよ」

祐次「ごめんね」

里菜「ううん、大丈夫だよ。気にしないで。あ、ねぇ。じゃあこれもらっていい?」

裕次「うん。ねぇ、里菜・・・、本当に“大丈夫?”」

里菜「えっ・・・?」

祐次「・・・」

里菜「何が?」

祐次「・・・いや、その、」



祐次「ごめん・・・ちょっと、下の自販機でお茶買ってくるね」

里菜「うん、じゃあテレビ一時停止しとく」

裕次「うん。直ぐ戻るから」

裕次がリビングから出ていく。
テレビに目をやりながら、里菜がため息を吐く。

里菜「ごめんね、裕次。・・・わかってるんだ、自分でも」

■chapter.08

祐次が里菜の部屋の扉をノックする。

祐次「ただいま」

里菜「ん・・・(目を覚ましながら)おかえり・・・・・」

部屋のベッドには、風邪をひいた里菜が寝ている。

祐次「大丈夫?」

里菜「うん・・・」

祐次が、里菜の額へ手をやる。



祐次「・・・まだちょっと熱いね」

里菜「うん」

祐次「なんか食べた?」

里菜「食べてない・・・、なんか、全然食欲無くて」

祐次「それは、相当調子悪いんだね」

里菜「そうだね。榊さんは、食べる事だけが人生の楽しみだからね」

祐次「そんな事ないでしょ」

里菜「そんな事無いけど、八割ぐらいはそうかも」

祐次「あとの二割は?」

里菜「(咳き込みながら)わかんない」

祐次「ほら、寝なきゃ」

里菜「うん」

祐次が、里菜のベットの毛布をかけ直す。

里菜「祐次・・・」

祐次「ん?」

里菜「寝るまで、傍にいてくれる?」

祐次「わかった」

里菜「うん、ありがとう」

祐次が、里菜の頭を撫でる。

里菜「おやすみ・・・」

祐次「うん、おやすみ」



やがて、里菜が寝息を立てて眠り始める。


沈黙


祐次「・・・お前の・・・、お前のせいで・・・・・俺は・・・・・!!」

里菜の寝顔を眺めていた祐次、その両手が里菜の首を絞める。
里菜の手が、祐次の手に触れる。

里菜「ん・・・・っ、んん・・・・・・」

祐次「━━━━━━ッッッ!!!━━━━━━ッッッッツ!!!!!」

里菜「(聞き取れない程の小さな声で)ゆう・・・じ・・・・・、ゆう・・・・じ・・・・・」

祐次「━━━━━━━━━━ッッッッツ!!!!!」



里菜の手が、力なく落ちる。
祐次の荒い呼吸だけが、部屋に響いている。

祐次「はぁッ・・・、はぁ・・・はぁ・・・・・・」



沈黙




祐次が目を開くと、里菜が眠っている。
部屋には、里菜の寝息だけが静かに響いている。

里菜「(寝言)・・・祐次・・・・・・」

祐次が静かに、小さくため息を付く。

祐次N「僕は、頭の中で、はじめて里菜をこの手で殺した。・・・自分が思っていた通りだった。
寝ている彼女を見ながら、沸き上がってくる罪悪感に一人、殺されそうになっていた」

部屋には依然と、里菜の寝息が響いている。

祐次「・・・・、何考えてるんだ、俺は」

里菜「(寝息を立てながら)祐次・・・・、祐次・・・」

祐次「里菜・・・・」

里菜「(寝息を立てながら)祐次・・・・・、(聞き取れないぐらいの声で)・・・・・んでよ・・・・・」

祐次「・・・・・え?」

里菜「━━━━━んでよ・・・、祐次・・・・・」

里菜の言葉に唖然とする祐次をよそに、里菜が穏やかな寝息を立てて眠っている。

■chapter.09

深夜、裕次の寝室。
裕次が寝返りを打った拍子に目を覚ます。

裕次「ん・・・」

朧げな意識の中、里菜が裕次のベットの前に佇んでいる。

裕次「・・・里菜?」

里菜「・・・」

裕次「里菜?」

里菜「・・・・・・あ、」

裕次「・・・」

里菜「ゆう、じ・・・?」

裕次「・・・どうかした?」

里菜「・・・・・」

裕次「ねぇ、里菜?」

里菜「━━━━えっ?あ、なんでもない。ちょっとボーっとしてたかも・・・」

裕次「大丈夫?」

里菜「うん、大丈夫、大丈夫」

裕次「本当に?」

里菜「うん。寝ぼけてたのかな、私・・・」

裕次がベットの端に置いたスマホを手に取る。

裕次「2時30分か」

里菜「ごめん。今日仕事なのに起こして」

裕次「いや。大丈夫だよ」

里菜「部屋戻るね。風邪うつしちゃったら悪いし」

裕次「あ、うん」

里菜「・・・おやすみ」

裕次「うん・・・、おやすみ」

裕次の寝室から出ていく里菜。
寝室の扉を閉めると、顔を覆って呟く。

里菜「わたし・・・、いま、裕次のこと・・・・・・」

■chapter.10

裕次の部屋。

裕次は、リビングでコーヒーを飲みながらテレビに目をやっている。
リビングの、台所に続くドアから里菜が顔を出す。

里菜「裕次ー、そろそろ出来るよ」

裕次「うん」

里菜「今日の榊さんは味付けにかなり気を配った」

裕次「うん。ありがとう」

里菜「テーブルの上、片づけといてねー」

裕次「うん。ていうか包丁置いてきなよ。危ないよ」

里菜「大丈夫だよ。はー、肉じゃがとか超久々に作った気がする。あっ、そうだ!!」

二人が会話している中、テレビからニュースが流れている。

祐次「・・・」

里菜「祐次。ねぇ、祐次ってば」

「今朝未明C市の私立高校の校舎裏からF市の会社員、高嶋 彩さんの遺体が見つかった事件で、
遺体は損傷が激しく、数か所に渡って全身を鈍器で殴打された痕があり、警察は殺人事件として依然、捜査を進めています」

※上演中、上記ニュースを読まれる場合は二人の会話と被る形でお読み下さい。

祐次「・・・」

里菜「祐次、ねぇってば」

裕次「ん?ああ・・・、なに?」

里菜「裕次って、キュウリ食べれたっけ?」

裕次「ああ、うん」

里菜「あ、そっか。食べれなかったのナスだ。ナスの漬物」

裕次「そうそう」

里菜「汁がダメなんでしょ」

裕次「うん。あれは無理」

里菜「ナスにしなくてよかった」

裕次「でも、珍しいよね」

里菜「なにが?」

裕次「和食」

里菜「そうだねー、普段作らないし」

裕次「そう考えると、うちって本当に洋食率、本当に高いね」

里菜「うん。洋食大好き」

裕次「でもさ、前のバイト先のときは、里菜が料理作れるって思ってもみなかった」

里菜「(無感情で)・・・うん」

裕次「思い出してみるとあの頃の里菜、仕事中に結構寝てたよね」

里菜「(無感情で)・・・覚えてない」

祐次「俺が寝てるの注意したときに店長がやって来て、何故か俺まで怒られたことあったじゃん」

里菜「・・・」

祐次「あの人、あんな感じだったから反論しても無駄だろうなって思って、
何も言い返さなかったけど、あの時里菜もなにか言ってくれれば・・・」

裕次が言葉の途中で、包丁を片手に、虚ろな目で自分を見ている里菜の様子に気付く。

裕次「・・・里菜?」

里菜「・・・」

祐次「ねぇ・・・」

里菜「・・・・・・」

裕次「里菜!」

里菜「・・・・・・あ、」

里菜が手にしていた包丁が、音を立てて床に落ちる。

裕次「あっ、大丈夫?」

里菜「うん・・・」

祐次「・・・どうしたの?」

里菜「ごめん・・・、ちょっと、ボーっとしちゃって・・・・」



裕次「・・・里菜、最近さ」

里菜「(祐次の言葉を遮って)大丈夫、大丈夫だって。
昨日、中々寝付けなくて、一瞬ボーっとしちゃっただけだから」

裕次「あと俺、やるよ」

里菜「いや、大丈夫だから」

裕次「いいよ。休んでなよ」

里菜「でも悪いし」

祐次「(遮って)いいから」

里菜「・・・うん。ありがとう。ちょっと、お外行ってくる」

裕次「え、もうご飯出来るんでしょ?何処行くの?」

里菜「ん?下で飲み物買ってくるだけだから、直ぐ戻る。ごめん・・・」

焦った様子で、里菜がリビングから足早に出ていく。

裕次「里菜・・・」

■chapter.11

字幕:異変は、いつからですか?

里菜「2、3ヵ月前からです。人殺しを一度やめてからですね」

字幕:一度、というのはどういう事でしょうか?

しばらく考え込む里菜。

里菜「私、前に、人殺しを辞める事ができましたねって言われた時、嘘言っちゃったんです。
ごめんなさい。・・・辞められなかったんです、人殺し。一か月ぐらいしか持ちませんでした。
全然、我慢出来なかった。でも、我慢してた時期から段々と、変わっていったんです」

字幕:変わったのは、どういった部分なのでしょう?

里菜「前までは生理が来たときだけ、人を殺したい感覚に襲われてたんですけど、
少し前から、生理じゃない時も、そういう感覚に見舞われるようになりました」

字幕:以前にお話されていた、水の中にいるような感覚ですか?

里菜「そうです。でも今は、前よりもっと深いところにいる感じです。
それに前までは、自分の、表面の部分が溶けていって、人を殺す時の私になってたんですけど。
最近はもう、そういう感覚が無いんです。気付いたら、いきなり深い水の中にいる感じがして・・・、
それに私、今まで・・・、男の人しか殺してなかったんです。最近は、同性の人もやるようになりました・・・」

字幕:里菜さんは以前に、人を殺す事をやめたいとおっしゃっていましたが、その考え方自体は変わっていませんか?

里菜「はい。そこは、変わってないんですけど・・・。もう駄目なんですよ、私。・・・血の味が、するんです」

字幕:血の味、ですか?

里菜「はい。2、3ヵ月前から何食べても、何飲んでも、もう血の味しかしないんです。
私、ご飯食べるの好きなんですけど、どれだけ味を濃くしても、もう血の味しかしないんです」



里菜「私、その・・・、いつも人殺してる時、飲んでるみたいなんですよ、血。
・・・ひょっとしたら、そのせいかもしれません。
今こうやって普通に話してますけど・・・、口の中で普通にしてますからね、血の味」

字幕:祐次さんは、里菜さんの異変に気付いていると思いますか?

少し考え込んだ様子で、苦笑を浮かべる里菜。

里菜「・・・頭いいですからね、祐次。私がおかしくなってる事はとっくに察してると思います。でも・・・」

再び、考え込む里菜。

里菜「さっき、最近はもっと深い水の中にいる感覚がするって言ったじゃないですか?」

字幕:はい。

里菜「その感覚。最近、祐次を見てると頻繁に起こるんです。しかも、そういう周期が短くなってきているの、自分でもわかってて・・・」



里菜「私、前に、祐次を殺したいって、一度も思ったこと無いって話しましたよね・・・?・・・けど、」



里菜「最近、祐次のこと殺しちゃうんじゃないかって・・・・、すごく不安なんです・・・、多分・・・、」



里菜「多分、私もう・・・、我慢出来ない・・・・・」

■chapter.12

祐次の部屋。

里菜「・・・・ただいま」

祐次「おかえり」

リビングの扉の前から、椅子に座っている祐次を見つめる里菜。
血まみれの白いダッフルコートを羽織った里菜の体は所々、異形と化している。

祐次「里菜・・・」

里菜「・・・祐次、ごめん。本当に、ごめんね・・・。私・・・、もう駄目だと思う・・・・」



祐次は少し怯えた様子で椅子から立ち上がると、
泣いている里菜へと歩み寄り、彼女を抱き締める。

祐次「里菜・・・」

里菜「祐次・・・、ねぇ、祐次・・・」

祐次「・・・なに?」

里菜「(小声で)━━━んでよ・・・祐次・・・・・・」

祐次「えっ?何?」

里菜「(小声で)━━━んでってば・・・」

祐次「え、なに?よく聞こえない・・・」



里菜「死んでよ・・・、祐次・・・・・」

次の瞬間、床に血が滴り落ちる。
祐次の喉元から、まるでシャワーのように血が噴き出ている。

祐次「ァ・・・・あッ・・・・・・」

喉元を両手で抑えながら、倒れた祐次が床の上でのたうち回る。
その様子を見た里菜が、笑い声を上げる。

祐次「(掠れた声で)りな・・・、りな・・・・・・・・」

里菜「ねぇ、祐次・・・、祐次・・・・・・!!!!!」

祐次「(声にならない声を上げる)」

倒れた祐次へ、里菜が覆いかぶさると、楽しそうな笑い声を上げながら、両手を、祐次へと何度も振り下ろす。

里菜「ねぇ祐次、大好き!!ねぇ祐次、愛してる!!ねぇ私、祐次とずっと一緒にいたい!!祐次のこと大好き!!祐次のこと愛してる!!愛してるの!!」

部屋に、里菜の笑い声だけ響いている。
しばらくして、動かなくなった祐次の様子に里菜が気付く。

里菜「あ・・・、」

ゆっくりと、祐次から後ずさっていく里菜。

里菜「嘘・・・、うそ・・・」

両手で髪を髪を掻き、肌荒れの酷い、両頬をかき毟る里菜。

里菜「うそ、うそ・・・嘘嘘嘘嘘!!!!!あああああああ、私、私なんでこんな━━━━━━!!!!!!」


沈黙


深夜、里菜の寝室。
悪夢を見た里菜が荒い呼吸を吐きながら目を覚ます。

里菜「え・・・、夢・・・?・・・・うッ・・・!!」

吐き気を催した里菜が、思わずベットにしがみつき泣き始める。

里菜「駄目・・・、駄目駄目駄目・・・・、駄目だって・・・・」

その表情は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。

里菜「(大きく呼吸しながら)駄目なんだってば・・・・やだ・・・やだやだやだやだ・・・・・やだ」

呼吸は次第に、激しさを増していく。

里菜「はぁ・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」

ベットの傍らに転がっているペットボトルの水を取り、口に含む。

里菜「━━━━━ッ!?」

激しく咳込みながら手にしたペットボトルを咄嗟に投げ捨て、這って部屋の隅に移動する。

里菜の呼吸が、更に激しくなる。

里菜「やっぱり、血の味がする・・・・、気持ち悪い、気持ち悪い・・・・ッ・・・・」

部屋の床でのたうち回りながら髪を掻き毟る里菜。

里菜「せっかくうまくやれてたのに・・・、裕次にもう心配かけないでいいと思ってたのに・・・なんで、なんでよ・・・・!!」

息も絶え絶えに声が漏れないようにベットのシーツを被る。

里菜「だからやだァ!!嫌なんだってば!!やだ!!絶対やだ!!やだやだやだやだ!!━━━━嫌ぁぁぁぁっ・・・・!!!!!!」

■chapter.13

字幕:里菜さんの異変に、いつから気付いていましたか?

裕次「2ヵ月ぐらい前です」

字幕:里菜さんの様子を見て、裕次さんは心配でしたか?

裕次「心配というより・・・、もっと、他の事を考えました」

字幕:例えば、どんな事を?

裕次「2、3ヵ月前に。里菜からもう人を殺さないでも大丈夫って言われたんです。
僕、思わず聞き返したんですよ。里菜に、もう本当に、人を殺さないのか?って。
里菜は大丈夫って言ってましたけど、僕は複雑だった。正直、彼女と別れたかった」

字幕:裕次さんが里菜さんを愛している理由が無くなってしまったから、ですか?

裕次「はい。きっと里菜は、僕の言葉を逆に捉えたんじゃないかって思います。
まさか彼女も、僕が、彼女に人殺しを続けてほしいなんて、思ってもみないでしょうから」

字幕:里菜さんへ、裕次さんの本心を伝える気は無いんですか?

裕次が自嘲するように微笑む。

裕次「言えると思います?普通、言えないでしょう。・・・言えないんですよ。
本当に、この数ヵ月は僕にとって、地獄のような生活でした。
彼女も、生活も、全部普通に変わってしまって、気がおかしくなりそうでした。
正直な話、里菜を殺そうと考えたりもしました。
・・・けれど、そう考えていた頃からです。里菜の様子が、おかしくなったのは」

字幕:祐次さんは、里菜さんの異変を、待っていたのではないでしょうか?

裕次「ええ・・・。でも、その以上に。彼女を我慢させて、ああなってしまった事に。
彼女へ、僕の思っている事を、何一つ伝えなかった事に対して罪悪感を抱きました」

字幕:先ほどもお伺いしましたが、これから先も裕次さんは里菜さんに、本心を伝える事は無いんですか?



裕次「・・・里菜の異変を見ていて、そう遠くない内に、伝えなければならないんだろうな、と、今は思ってます」

字幕:それは、どういった心境の変化でしょうか?

裕次「最近の、里菜を見ていて、わかったんですよ。里菜は、僕の事を・・・・・・」



祐次「━━━僕の事を、殺したいんだと思います」

■chapter.14

里菜の寝室。

部屋の中で、里菜の荒い呼吸音だけ響いている。



里菜「しょうがない・・・、もうしょうがないよね・・・」

ゆっくりと、里菜がその場から立ち上がる。

里菜「だって・・・、だってさ。もう誰でもいいんだもん。・・・誰でも、」

ゆっくりと、部屋のドアへと近づいていく。

里菜「誰か・・・、誰でもいいから殺さなきゃ・・・、そうしないと私・・・、きっと、祐次を殺しちゃうもん・・・・」

部屋の扉を前にして、里菜が俯く。

里菜「しょうがないよ。・・・だって、それで祐次を殺す事を我慢出来るなら、なんでもいい。・・・でも、」

部屋の扉を前に、ゆっくりと膝から崩れ落ちて、泣き始める里菜。

里菜「私・・・、私・・・・」



里菜「・・・私、なんでこんな風になっちゃったんだろう?なんでだろ?・・・なんでなんだろう?」

沈黙

里菜の泣き声が、急に止む。

里菜「・・・・・でも、もう駄目だ。我慢・・・、出来ないや」

ゆっくりと、無表情の里菜が立ち上がる。

里菜「・・・・・・もう、行かなきゃ」

里菜が、部屋のドアノブを回す。

■chapter.14

字幕:確かに以前、里菜さんは、祐次さんを殺そうと思った事は1度も無いとおっしゃっていました。

里菜「はい」

字幕:理由の一つとして里菜さんは、祐次さんとの性行為が好きだからと、お答えされていました。

里菜「あー・・・、はい。まぁ」

字幕:最近の異変は、里菜さんの、その価値観に影響があったからでしょうか?

里菜「・・・うーん。あ、いや、でも。祐次とエッチするのは好きですよ。
でも、私だけかもしれないなー、って、付き合った頃から思ってはいます」

字幕:祐次さんは、そうではないと?

里菜「うん。祐次って、なんていうんだろうなー・・・。すごく業務的なんですよね。
ああ、業務的っていうか・・・、なんか、やってる時、私じゃない物を見てる感じがするっていうか・・・。
まぁ、でも、私はそれでもいいって思ってますけど、向こうはどうなのかわかりません」



里菜「結局・・・、私、祐次の事、今でもよくわかって無いんだな、って最近思ってます」

字幕:お答えし辛い質問になると思います。里菜さんが祐次さんを、もし殺してしまったらどうしますか?

里菜、黙ってしばらく考え込む。

里菜「・・・そうなる前に、私、祐次に殺されたいです。うん、・・・でもなー」

里菜が困った様子で、苦笑を浮かべる。

里菜「私も正直、死にたくないですね。勿論、祐次にも死んでほしくない・・・」



里菜「だから・・・、だからもう。・・・もうどうしようも無いんです。
誰かを殺していないと、きっと、祐次を殺してしまうから。
もう、誰でもいいから・・・、誰かを殺していないと、私生きていけないんです」



里菜「・・・・・・私、出来る事なら、本当は誰も殺したくないんです。でも、もうこうするしか無いんですよ。私が生きていく為に、必要な事なんです・・・」

字幕:以前に、祐次さんへ。祐次さんが抱く里菜さんへの想いが自己犠牲の愛に見えると、話した事があります。

里菜「ああ。そうなんですね。祐次、何て言ってました?」

字幕:あまり、納得されていない様子でした。でも、他人にはそう映るのかもしれないと、話していました。

里菜「・・・そうですか」

字幕:今のお話を聞いていると、里菜さんに関しても、自己犠牲の愛を感じます。

沈黙

里菜「私も祐次と一緒で。そんな風に自分の事思っていませんよ。でも・・・、」



里菜「・・・そう映るのかもしれませんね。私、すごい自分勝手な人間だと思うけど」

字幕:そう映っていますよ。里菜さんも、祐次さんも。

里菜「そうだったら、すごく嬉しいんですけど・・・、嬉しいはずなんですけど・・・。何かもう・・・、素直に喜べないや・・・」

■chapter.15

殺人衝動を堪え切れず、部屋の扉を開き、荒い呼吸を吐きながら、外へ向かおうとする里菜。

里菜「(小さい声で)殺さなきゃ・・・、早く・・・・、誰か殺さなきゃ・・・・」

自分の寝室からリビングを抜けて、玄関の通路に差し掛かると、祐次がドアの前に佇んでいた。

祐次「・・・何処行くの?」

里菜「ゆう、じ・・・・・?」

祐次「里菜・・・」

里菜「ああ・・・、ちょっと、出掛けてくる・・・!!」

祐次「里菜。もう3時過ぎだよ?」

そのまま玄関前に立つ、祐次の横を通ろうとする里菜。
祐次が扉を塞ぐ。

里菜「何してるの?」

祐次「何処に行くの?」

里菜「・・・・・どいてよ」

祐次「何処行くの?」

里菜「いいから!!どいて!!そこどいてよ!!早く!!」

祐次「嫌だ」

里菜「━━━━ッ!!早く・・・!!早くどいてよッ・・・!!ねぇ、お願いだからどいてよ!!早く!!じゃないと、じゃないと私・・・、私・・・!!」

祐次「いいよ」

里菜「なにが!?」

祐次「殺しなよ」



里菜「・・・・え?」

祐次「殺していいよ、俺のこと」



里菜「(小声で)・・・ばか」

祐次「・・・」

里菜「祐次のばか!!ばか!!ばか!!」

祐次「・・・うん」

里菜「(両手で顔を覆いながら)できるわけないじゃん、そんなこと・・・」

祐次「・・・里菜に、ずっと言わなくちゃって思ってた」

里菜「なにを?」

祐次「嘘付かれるのは好きじゃないって、俺、里菜に言ったけど」



祐次「・・・嘘を付いていたのは、俺の方なんだ」

里菜「え?」

祐次「人を殺すの、やめないでほしかった」

唖然とする里菜。

祐次「俺は・・・、俺が好きだったのは・・・。里菜じゃなくて・・・、・・・里菜といる、普通じゃない日常だったんだよ・・・」



祐次「まるで、映画みたいだったんだ。・・・俺はあの日、本当の里菜と出会ってから、映画を見てるような日々だったんだ・・・」

里菜「・・・」

祐次「だから・・・、里菜の事を・・・・、里菜を愛していたわけじゃ・・・、ないんだ・・・・・」

里菜「祐次・・・、」

祐次「(里菜の台詞を遮って)ごめん。ずっと、ずっと言えなかった。
里菜が今、辛い思いしてるのも、俺が何も伝えなかったせいだ・・・」

里菜「・・・」

祐次「酷い、よね?・・・自分でもわかってる。だから、もう我慢しなくていいよ。
わかってた。里菜がおかしくなってた事も、俺の事を殺したいって思ってた事も気付いてた。
・・・ごめん。こんなにも我慢させた上に、何もせずに、お前にずっと嘘吐いてて。だから、もういいんだよ。
里菜が望んでるように、今ここで、俺のことを早く殺し━━━━━━━」

言葉を遮り、祐次を抱きしめる里菜。

祐次「里菜・・・?」

里菜「早く・・・」

祐次「えっ?」

里菜「もっと早く言ってよ・・・・!!」

祐次「里菜・・・」

里菜「私!!私そんなしょうもないことで、祐次のこと嫌いにならないし、殺さないよ!!!!!ばか!!!!!」

祐次「・・・」

里菜「・・・ばか」

祐次「・・・ごめん」

里菜「・・・・・もっと・・・、早く言ってよ・・・・・」

祐次「ごめん・・・」



祐次「・・・俺と一緒にいてさ、」

里菜「うん」

祐次「正直、退屈じゃない?俺、普通だろ・・・?」

里菜「・・・そこが好き」

祐次「・・・」

里菜「私は、そこも含めて、全部好きだよ。嘘付いてたところも全部、全部」

祐次「・・・でも、いま言ったけど・・・、俺は別に・・・、里菜の事が好きなわけじゃないんだよ?」

里菜「ううん・・・、祐次、私の事、大好きじゃん」

祐次「え?」

里菜「私といる時間が好きなんでしょ。一緒にいて、映画みたいだったんでしょ?・・・私の事、ちゃんと好きでいてくれてるじゃん」

祐次「・・・」

祐次が、里菜を抱きしめ返す。

里菜「・・・祐次?」

祐次「里菜・・・」

里菜「ん?」

祐次「今日さ。仕事休むから、映画、見に行かない?」

里菜「うん、いいよ。なに見に行く?」

祐次「なんでもいい。里菜と見れれば何でもいい。一緒に、映画見に行こう」

里菜「うん」

祐次「映画見終わったら、」

里菜「うん」

祐次「久々に駅の反対側にある、トマトのカツレツのお店に行こう」

里菜「うん。いいねえ、久々」

祐次「ご飯食べたら、駅前のコンビニでアイス買って帰ろう」

里菜「うん。私、イチゴのにする」

祐次「里菜」

里菜「なに?」

祐次「ありがとう」

里菜「うん。・・・祐次?」

祐次「・・・なに?」



里菜「私も、もうやめるね。嘘付くの」

■chapter.16

字幕:祐次さんの本心を知れて、気持ちの変化はありましたか?

里菜「あ、全然無いです」

字幕:祐次さんが里菜さんの好きな理由を知った上でも、ですか?

里菜「(笑いながら)うん、そうですね。もっと早く言ってくれれば良かったのになー、って思いましたけど」

字幕:この前の祐次さんの言葉が、嘘だと、まだ本心を隠していたらどうしますか?

里菜「え?待ちますよ。言ってくれるの。でも多分、こないだの言葉は嘘じゃないです」

字幕:何故、そう思うのでしょうか?

里菜「うーん。ていうか、こないだの言葉が嘘だとしても、私はいいんですけどね。
祐次、私のこと、本当に大切に考えてくれていたんだな、ってわかったので。
きっと、祐次も祐次で、私に伝えるまで大変だったと思うんですよ。
恋人に、人殺してる時の君が好きだよ、って普通言えないでしょ。言えます?」

字幕:いえ。普通は言えませんね。

里菜「ですよね〜。・・・でも、私だからいいんです。ありがとう、って素直に思いました」

字幕:里菜さんの、祐次さんに対するお気持ちは変わりませんか?

里菜「そうですね。全然変わりませんね。寧ろ、祐次のこと、もっと好きになれました」

言った後で少し考え込み、照れた様子を浮かべる里菜。

里菜「愛してます」

字幕:ありがとうございました

■chapter.17
翌日。
起床した祐次がリビングに現れる。
部屋の時計は10時前を差している。

祐次「里菜ー、里菜!」

祐次が呼びかけるも、返答は無い。
祐次は苦笑を浮かべながら、里菜の部屋をノックする。

祐次「里菜。そろそろ起きないと、お昼の回遅れちゃう。里菜、里菜?・・・ドア、開けるよ」

祐次がそっと、部屋のドアを開ける。そこに、里菜の姿は無い。

祐次「・・・里菜?」

里菜の部屋に入る祐次。
テーブルの上に置かれたメモに気付き、手に取る。

祐次「・・・里菜」

里菜N「おはよう、祐次。

昨日の夜、嘘付くのもう辞めるって言ったのに、嘘付いちゃった。
映画、一緒に見に行けなくてごめんね。

私、これ以上、祐次とは一緒にいれない。

実家に帰らせていただきますって意味じゃないよ。
そうじゃなくて、私、もう駄目なんだ。

昨日の夜、人を殺すのやめないでほしかったって言われたけど。
私も、嘘付いてた。やってたんだ。
ずっと、祐次にバレないように。約束破った事がバレないように。

だから昨日、祐次の考えてる事がわかって、正直ちょっと複雑だったけど。
でも、ホッとした。嬉しかった。ありがとう。

私ね。もう、本当に我慢出来ないの。
このまま一緒にいたら私、祐次の事を殺してしまうと思う。

祐次が私の一部分しか愛していなくても
私に思ってる事を言ってくれなくても
嘘を付き続けていたとしても私、祐次のこと、大好きだよ。

だから、祐次のことだけは、殺したくないの。

だから、祐次とお別れする事にしました。

今まで、ありがとうございました。」

祐次は里菜のメモを片手に一人、部屋で佇んでいた。

祐次「なんだよ、それ・・・」

■chapter.18
■祐次の部屋
リビングで祐次が一人、椅子に座っている。

字幕:里菜さんがいなくなって、一か月が経ちました。祐次さんの、現在の心境を教えて下さい。

祐次「・・・」

黙ったまま、俯く祐次。



祐次「・・・ずっと、思っていたんです。里菜が、僕の前からいなくなっても、里菜は僕の中から一生消えてくれないって」

字幕:今、祐次さんは里菜さんの影に付き纏われて、怯えているという事でしょうか?

祐次「・・・いえ。確かに、僕が前に言った通り、僕の中から里菜は消えていません。
それは・・・その・・・、以前お話ししたような意味じゃなくて。・
・・里菜の本心を聞けて、自分の本心を話した今なら、一人の女性として、好きになれたかもしれないと、そう思っています」

字幕:祐次さんの中に残っている里菜さんが、好意を持つ対象に変わったという事ですか?

祐次「そうです」

字幕:それはつまり、祐次さんが里菜さんの事を”普通”に愛しているという事でしょうか?

祐次「はい」

字幕:祐次さんは、あれだけ嫌悪していた”普通”を、受け入れられますか?

祐次「はい。・・・でも、そこだけです。僕の中で、そこだけは普通で構わないと、そう思っています」

字幕:恐らく今もどこかで、里菜さんは殺人衝動に駆られて、誰かを殺しています。

祐次「はい。だからこそ、なんですよ。
彼女は、この檻の中でしか生きられない。
僕だけしか、彼女を愛してあげられないんです」

字幕:里菜さんが、祐次さんを殺す事になっても、戻ってきてほしいと、思えますか?



祐次「今なら、そうなってもいい、と。素直に思えます。
僕のことを、・・・殺してくれてもいいから、彼女に戻ってきてほしいと、そう思ってます」

字幕:最後に、聞かせてください。里菜さんのこと、好きですか?

問い掛けに、祐次が寂しげな表情を浮かべる。

祐次「・・・いえ、」



祐次「愛しています」

字幕:ありがとうございました。

■last chapter

祐次の部屋。
リビングで祐次が一人、椅子に座っている。

祐次「・・・」

黙ったまま、俯く祐次。

「9時になりました、ニュースをお伝えします。
今朝未明、A区の路上で切断された下半身のみの遺体が発見された事件で、警察は遺体の身元調査を急ぐと共に、
一昨年6月から断続的に行われている猟奇殺人事件の同一犯の犯行と見て、捜査を進める意向を示しました。」

ニュースの途中で、祐次がテレビを消す。
テーブルに突っ伏しながら、里菜との生活を思い出し、思いつめた表情を浮かべる。

沈黙(30秒以上)

玄関のドアが閉まる音。

祐次「・・・?」

ゆっくりと、近づいてくる足音へと祐次が視線を向ける。

祐次「あ・・・」

リビングの扉の前に、里菜が立っている。
血まみれの白いダッフルコートを羽織った里菜の体は所々、異形と化していた。

里菜「・・・帰ってきちゃった」

祐次「・・・」

里菜「よくわかんないね、愛って・・・」



祐次は椅子から立ち上がると、里菜にゆっくりと歩み寄り、彼女の目の前に立つ。

祐次「里菜・・・」

祐次は、里菜の目の下に付いた血をそっと指で拭う。
里菜の黒い瞳に、涙を浮かべている自分の顔が映っている。

里菜「ただいま」

祐次は、里菜を抱き締めた。

祐次「・・・おかえり」

里菜「・・・」

里菜は、祐次を抱き締め返した。

-完-




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