狂獣の檻(きょうじゅうのおり)
作者:たかはら たいし
榊 里菜(さかき りな) ♀
森 祐次(もり ゆうじ) ♂
※字幕やニュースについての表現方法等
その他描写など、ご自由に改変いただき結構です
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
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chapter.01 Prologe
※祐次と里菜が住むマンションの一室
部屋から出てくる里菜
リビングで、祐次がコーヒーを飲んでいる
里菜「買い物行ってくる」
祐次「出掛けるの?」
里菜「うん、なんかいる?」
祐次「大丈夫かな・・・」
里菜「あ、そう」
祐次「・・・あ、ちょっと待って」
里菜「ん?」
トイレに向かい、何かを確認して戻ってくる祐次
祐次「トイレットペーパー無かった」
里菜「じゃあ買ってくる」
祐次「頼んでいい?」
里菜「うん。あとは?」
祐次「大丈夫・・・だと思う」
里菜「ほんとに?お茶、まだあったっけ」
祐次「こないだ買ってきた」
里菜「じゃあいいか」
そそくさと外出の準備を始める里菜
部屋の端に溜まった私服を拾い上げる
里菜「これでいいかなー」
着替えを始める里菜
祐次「あ、里菜」
里菜「なにー?」
祐次「やっぱり一緒に行く」
里菜「あ、やっぱり」
祐次「何が?」
里菜「そう言うと思ってた」
祐次「え、マジ?」
里菜「マジマジ」
祐次「何か買い忘れてた気がする」
着替えを終えると祐次の話を聞き流しつつ
リビングの奥の、窓を開ける里菜
里菜「あ、外寒いな。上着取ってよ」
祐次「どれ?」
里菜「白いやつ」
祐次「どれ?」
里菜「もふもふしてるやつ」
祐次「はい」
身支度を終える二人、
白い上着を羽織り、玄関から出てくる里菜
少し遅れて厚着をした祐次が出てくる
里菜「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
祐次「(遮って)鍵は?」
里菜「はい」
祐次「ああ、寒い・・・」
里菜「今日アイス買うのやめようかな」
祐次「え。こんな寒いのにアイス食べるの?」
里菜「考え中・・・」
祐次「買いそう」
里菜「私も、そんな気がする」
里菜が祐次の手を取る
祐次が里菜の手を握る
歩き出す二人
祐次N「僕の彼女は、人殺しだ」
『-狂獣の檻-』
chapter.02 oneday_01
祐次と里菜が住むマンションの一室
起床したばかりの里菜が部屋から出てくる
祐次はリビングでテレビを見ている
里菜「おはよ・・・」
祐次「うん」
祐次の向かいにある椅子に腰掛け、欠伸をする里菜
里菜「ねっむい・・・」
祐次「コーヒー飲む?」
里菜「うん」
祐次が席から立ち上がり、コーヒーを手に戻ってくる。
里菜「ありがと」
祐次が淹れたコーヒーが机に置かれると、
里菜はコーヒーに大量の砂糖とミルクを入れる
傍らに置かれたテレビを尻目に
コーヒーを飲みながら、会話をする二人
祐次「今日は?」
里菜「休み。明日はお昼から」
祐次「昼からか」
里菜「早起きとか無理」
祐次「そういえば、こないだ遅刻した?」
里菜「してないよ」
祐次「ほんとに?」
里菜「してない」
祐次「鍵忘れて急いで戻ってきたじゃん」
里菜「あー、そんなこともありましたな」
祐次「遅刻するって言ってたじゃん」
里菜「一昨日だ」
祐次「うん」
里菜「鍵は鞄の中に入ってた」
祐次「あの時、間に合ったんだ」
里菜「1分前に着いた」
祐次「それ遅刻じゃない?」
里菜「間に合ったよ」
傍らに置かれたテレビには天気予報が映っている
ふと、祐次が今日の天気に視線をやっている
祐次「1分前とか遅刻になるんじゃないの?」
里菜「1分前にタイムカード切ったから、遅刻じゃないしお金はちゃんともらえます」
祐次「よかったね」
里菜「いやー、本当に危なかったんだよ、榊さんが」
祐次「他人事(ひとごと)じゃん」
里菜「そんな事ないよ」
祐次「あ、雨降るのか・・・」
里菜「洗濯出来ないね」
祐次「いいよ。明日起きたらやるよ」
里菜「今日この後私やるよ」
祐次「やらないでしょ」
里菜「やるやる」
祐次「今日のいつ?」
里菜「ゆったりしたあと」
祐次「夕方から雨だって」
里菜「やるやる、ちゃんとやっとく」
祐次「いいよ、明日仕事行く前にやるよ」
里菜「あれ、今日仕事だっけ」
祐次「8連勤中だって」
里菜「あ、そうでしたそうでした」
祐次「今日でやっと5勤だよ」
里菜「あと3日もあるのか」
祐次「俺が言いたいよ」
里菜「大変だね、かわいそう」
祐次「心無いよね」
里菜「そんな事ないよ」
祐次「じゃあ洗濯お願い」
里菜「任せて」
祐次「何時間後にやるの?」
里菜「夕方までにやる」
祐次「だから夕方から雨なんだよ」
里菜「干して乾けばいいんだから大丈夫だよ」
祐次「不安・・・」
里菜「超大丈夫」
立ち上がり、仕事の支度を始める祐次
その様子を見ながら、里菜が話しかける
祐次「あ・・・そろそろかな」
里菜「次休みいつ?」
祐次「土日。里菜は?」
里菜「これが休み一緒なんだなー」
祐次「あ、ほんと?」
里菜「土日休み」
祐次「今週休み一緒か」
里菜「あそこ行きたい」
祐次「どこ?」
里菜「トマトのカツレツのお店」
祐次「ああ、あっちの。反対側の方ね」
里菜「そう。小学校の裏んとこ」
祐次「じゃあ俺、オムライス食べよ」
里菜「食べたことないの?」
祐次「うん、どうだった?」
里菜「普通だった」
祐次「他は美味しいのに普通なの?」
里菜「うん。私でも作れそうな感じ。」
祐次「じゃあパスタにする・・・」
里菜「今日はどうする?」
祐次「あとでメールする」
里菜「わかった」
祐次「夕飯決めといて」
里菜「わかった」
祐次「じゃ、いってきます」
里菜「いってらっしゃい」
部屋から出ていく祐次
視線をやって、見送る里菜
chapter.03 interview_RINA_01
祐次の部屋 リビングの椅子に座っている里菜
字幕:お付き合いを始めて何年ですか?
里菜「4年、ぐらい?前のバイト辞める少し前だから・・・5年ぐらいですね」
字幕:どんな出会いでしたか?
少し考えてから、苦笑する里菜
里菜「前のバイト先で一緒に働いていて・・・そのバイト先の飲み会で、私具合悪くなっちゃって、終電も無くしちゃったんですよ。その時に祐次が、部屋に泊めてくれたんです」
字幕:その時の事は覚えてますか?
里菜「酔ってて殆ど覚えてないんですけど・・・、私がいきなり抱きついて、あとは成り行き的な展開だったと思います」
字幕:告白は里菜さんから?
里菜「あ、そうです。祐次の家に泊まった次の週に告白して。したら、そこを店長に見られて凄く恥ずかしかったです。それが原因でそこ辞めましたけど」
字幕:その時の祐次さんの反応は?
里菜「ちょっと考えさせて、ってメールが来てから返事が全然来なくて」
字幕:再度アプローチをかけたと?
里菜「いや、かけてないです。これはもう絶対ダメだなって思ってました。したら、ある日帰りにいきなり呼び出されて・・・ファミレスで話(はなし)して、付き合うことになりました」
字幕:嬉しかった?
里菜「すごく嬉しかったです」
chapter.04 oneday_02
祐次の部屋
リビングで夕食を終えて、テレビを眺めている二人
テーブルには無造作にお菓子が散らばっている
里菜「そういえばさ」
祐次「ん?」
里菜「最近お出かけしてないね」
祐次「そうだっけ?」
里菜「何か、変な絵見に行ったっきり」
祐次「変な絵?」
里菜「お風呂のタイルみたいなやつ」
祐次「ああ、近代美術展ね」
里菜「あとニワトリの顔した女の人のやつ」
祐次「ああー、あったあった。怖いって言ってたやつ」
里菜「なんでニワトリの顔してるのか意味がわからなかった」
祐次「なんか、殆ど眠そうに見てたよね」
里菜「近代美術は理解出来ない」
祐次「最後の方とか見てなかったもんな」
里菜「パンケーキは覚えてる」
祐次「そんな絵あったっけ?」
里菜「美術館のところで食べたやつ」
祐次「絵じゃないじゃん」
里菜「あれは美味しかった」
祐次「ああ、でもね・・・」
里菜「ん?」
祐次「正直、俺も途中でちょっと眠くなった」
里菜「そうなの?」
祐次「里菜が眠そうにしてたからだよ」
里菜「移っちゃったんだ」
祐次「そう」
テレビからガラス細工の展覧会に関するCMが流れる
里菜「あ、いいなぁ」
祐次「綺麗だね」
里菜「あ、これ。あそこでやってるんだ」
祐次「近いね」
里菜「これ行きたいなー」
祐次「また寝るんじゃないの?」
里菜「これなら大丈夫だよ」
祐次「ニワトリの顔した女の人のガラスがあったらどうする?」
里菜「そんなのないよ」
祐次「あるかもしれないよ」
里菜「そうかな?あったら嫌だな」
祐次「ここから3,4駅だっけ?」
里菜「3駅だね」
祐次「じゃあ行く?」
里菜「行く」
祐次「いつ?今月は無理だけど」
里菜「来月からって書いてあったよ」
祐次「あ、ほんと?じゃあ来月行こう」
里菜「行く」
祐次「休み合うといいな・・・」
里菜「私が祐次の休みに合わせればいいんじゃない?」
祐次「大丈夫?」
里菜「うん、来週シフト出すからその前に休み言ってくれれば」
祐次「じゃあ大丈夫かな」
里菜「あ。あと帰りに手羽のお店行きたい」
祐次「あー、隣駅の?」
里菜「そう。ガード下のとこ」
祐次「いいよ」
里菜「やった」
祐次「とりあえず明日、休みわかったらメールするよ」
里菜「うん」
祐次「でも、今回も寝そうだよね」
里菜「寝ない・・・」
祐次「ほんとに?」
里菜「・・・と、思う」
祐次「なんだよそれ」
chapter.05 interview_RINA_02
祐次の部屋
リビングの椅子に座っている里菜
字幕:里菜さんは自分自身をどういう人間だと思っていますか?
苦笑しながら、考え込む里菜
里菜「結構、マイペースかもしれないですね。急(せ)かされても、ゆったりしてる事が多いんじゃないかな」
字幕:どういう時に、自分がマイペースな人間だと思われますか?
里菜「え?どういう時?」
考え込む里菜 視線を上の方にやって、照れるような表情でゆっくりと考え込むと気まずそうに
里菜「今ですかね」
字幕:確かに。結構悩んでましたね。
里菜「はい。なんか思い浮かばなくて・・・」
字幕:視線が泳いでいました
里菜「恥ずかしい・・・。あ、でも祐次に何か頼まれたときに思うかも」
字幕:洗濯とか、家事を頼まれたときですか?
里菜「うん。私、自分でやろうって思った時にしか出来ないので」
字幕:結局、祐次さんがやる羽目になると?
里菜「祐次が私に見かねて先に始めて、私が手伝い始める感じですね。たまーに手伝う前に終わってて、申し訳ないなぁって思ってますけど」
字幕:祐次さんはどう思っているんでしょうかね。
里菜「呆れられてるかもしれません。もうしょうがないって」
字幕:ちなみに、祐次さんに怒られたことはありますか?
里菜「ああ・・・」
字幕の質問を考える里菜
テーブルの上に頬杖を付いて考え込む
里菜「ないですね、怒られたこと。祐次、優しいから。」
字幕:お付き合いを始めて4年になるそうですが、里菜さんは祐次さんのことは、わかってきましたか?
里菜「うん。長く一緒にいるから、ある程度は。祐次は多分、私のこと大体わかっているんだろうなって感じがしますけど。でも私は祐次のこと、未だに全然わからないところとか・・・ありますね」
chapter.06 NEWS
祐次の部屋
リビングで里菜が作った食事を食べている二人
その傍らに置かれたテレビからニュース番組が流れている
里菜「味濃すぎた」
祐次「そう?」
里菜「病気になる味」
祐次「いま食べてるんですけど」
里菜「榊さんは反省しているよ」
祐次「これも、こないだ見てた料理サイトのやつ?」
里菜「そう。載ってたレシピ通りにやったんだけどさ」
祐次「そうなの?」
里菜「だから私は悪くない。あのサイトが悪い」
祐次「全然反省してないじゃん」
里菜「やっぱり悪くなかった」
祐次「開き直った」
里菜「これはもう二度と作らない」
祐次「明日は味の薄い料理?」
里菜「味は薄ければ濃く出来るからね」
祐次「まぁ、そうだけど」
里菜「食べて美味しければいいのだよ」
祐次「俺は好きだけどね」
里菜「え?これ?」
祐次「うん、美味しい」
里菜「味濃くない?」
祐次「俺は丁度いいかな」
タイミングよく里菜が手本にして作った料理サイトのCMがテレビから流れている
里菜「あ、ほら。これだよこれ」
祐次「本とか出てるんだね」
里菜「定価じゃなかったら買う」
祐次「え、買うの?」
里菜「多分」
祐次「今さっき開き直ったばっかだよね」
里菜「古本屋に200円ぐらいで置いてたら買う」
祐次「買うんだ」
里菜「これはもう作らないけど」
祐次「いや、また作ってよ」
里菜「この味の濃さは病気になるよ」
祐次「里菜だって、結構食べてるじゃん」
里菜「決して嫌いじゃない」
祐次「なんだよそれ」
料理サイトのCM明けのニュース番組
下記内容のニュースが流れている
「A区のゴミ捨て場から21日、切断された下半身の遺体が発見された事件で
捜査本部は近辺の捜査を進めていますが、以前として手がかりは掴めていない状態です。
なお、去年6月8月にはB区で、今年9月11月にC区でも切断された下半身のみの遺体が発見されており、
警察は同一犯の犯行である可能性が高いと発表、捜査を進めています」
ニュースを見た祐次の顔付きが変わる
里菜の表情が曇っていく
祐次「里菜・・・」
里菜「・・・」
祐次「これ・・・ 」
里菜「・・・」
祐次「また、やったの?」
里菜「(頷く)・・・週末に、お腹痛くなって・・・、それで・・・」
祐次「生理来たの、次の週じゃなかった?」
里菜「あれは・・・」
祐次「・・・」
里菜「嘘、ついた・・・」
祐次「なんで?」
里菜「我慢、出来なかったから・・・」
祐次「・・・」
里菜「ごめん・・・」
祐次「・・・」
里菜「ごめんね・・・」
祐次「・・・もう」
里菜「ん?」
祐次「もう駄目だよ?」
里菜「駄目って?」
祐次「もうやっちゃ駄目だよ」
里菜「うん・・・、わかった」
2人とも食事を再開するが、会話は無い
祐次が先に完食し、席から立ち上がる
祐次「こないだのアイスさ」
里菜「・・・」
祐次「食べない?」
里菜「食べる」
chapter.07 oneday_03
祐次と里菜が住むマンションの一室
里菜の部屋 足の踏み場も無い程、床に物が散らばっている
里菜「ん・・・」
ベットの中、毛布を被っている里菜
枕元に置いたスマートフォンからアラームが鳴っている
里菜「・・・うっさいなァ・・・」
毛布から顔を出し、祐次からの着信である事に気づく里菜
里菜「もしもし・・・。おつかれさま。うん。もう食べた。うん、わかってる。ん?うん、うん。洗濯物も入れた。大丈夫。ああ、帰りにチョコレート買ってきて。うん、何でもいいから。うん、じゃあね」
祐次との通話を終えると、携帯を投げつける里菜
壁に当たった携帯が、床に落ちる
里菜「痛たた・・・」
再び毛布を被ると、うずくまった体勢になりながら
手を伸ばして、毛布の端を掴む
里菜「・・・」
里菜の呼吸音だけが、部屋に響いている
里菜「我慢しなきゃ・・・祐次に怒られちゃう・・・」
里菜の呼吸音が次第に荒くなっていく
里菜「あれ・・・?でも、今日我慢しても・・・きっとまた我慢できなくなるよね、私・・・」
毛布の端を掴んでいる里菜の手が血で滲んでいく
里菜「そうだ・・・祐次に怒られる・・・怒られちゃう・・・、見捨てられちゃう・・・、我慢しなきゃ・・・我慢・・・我慢・・・」
里菜の呼吸音だけがしばらく響く
里菜「あ、でも・・・、そうだ」
毛布の中から伸びる手が、毛布の端を離して力なく落ちる
里菜「次から、我慢すればいいんだ」
chapter.08 oneday_04
祐次と里菜が住むマンションの一室
仕事から帰ってくる祐次
祐次「ただいま」
リビングの電気を点ける
すると、自室から里菜が出てくる
里菜「あ・・・、おかえり」
祐次「うん。なんか食べた?」
リビングの椅子に腰かけると、首を横に振る里菜
祐次「調子悪い?」
頷く里菜
祐次「風邪?」
里菜「いや・・・、多分」
祐次「ああ」
里菜「そろそろかな・・・今月・・・」
祐次「そっか・・・。明日さ、休みにしたんだよ」
里菜「そうなの?」
祐次「うん」
里菜「ありがと・・・」
祐次「あと、これね」
鞄からチョコレートと一冊の本を取り出して机に置く
里菜「あ、これ・・・」
祐次「駅前のコンビニにあったよ」
里菜「定価で買ったの?」
祐次「買った」
里菜「わー、もったいない」
祐次「いいじゃん別に」
早速、本を読み出す里菜
祐次「普通に読んでるじゃん」
里菜「そりゃあね」
祐次「こないだ作ったやつ載ってたよ」
里菜「病気になる味の?」
祐次「そう」
里菜「あ。あった」
祐次「こんな感じだったっけ?」
里菜「あれ?」
スマートフォンを手に取り、サイトを見始める里菜
里菜「ねぇ、これサイトとレシピ違うんだけど!」
祐次「え、マジで」
里菜「ほら」
本とサイトを見比べる祐次
祐次「味濃かったんじゃない?」
里菜「あ、掲示板に「作ったけど味濃かったです」って書かれてる」
祐次「マジだ」
里菜「薄くしたんだ」
祐次「クレームついたんだね」
里菜「でもこれで私の無実が証明されたね」
祐次「いや、こないだの美味しかったよ」
里菜「あの後、お茶飲みまくってたじゃん」
祐次「まぁ喉渇くね」
里菜「お茶全部飲んで、水飲んでたしね」
祐次「夜中ね」
里菜「ねぇ、なんでいつもお風呂の水飲むの?」
祐次「俺、浴槽のお湯なんて飲まないよ」
里菜「違うよ。お風呂場の蛇口の水。なんで台所の飲まないの?」
祐次「冷たくて美味しい」
里菜「そうなの?」
祐次「比べてみたら?」
里菜「やだ。台所のでいいよ、私は」
祐次「ああ、そう」
里菜「うん」
祐次「でも、よかった」
里菜「ん?」
祐次「ちょっと元気になったみたいで」
里菜「あ、うん・・・」
祐次「明日休みでしょ?」
里菜「うん・・・」
祐次「俺、家にいるからさ」
里菜「ありがと」
祐次「明日は我慢出来そう?」
里菜「(頷く)祐次がいるなら、大丈夫かな・・・」
祐次「よかった」
里菜「・・・」
祐次「風呂入ってくるね」
祐次が浴室に入っていく
シャワーの音が部屋に漏れてくる
里菜「・・・どうしようかな」
料理本を捲りながら、頬杖を着く
里菜「また、嘘ついちゃったよ・・・」
トマトソースのパスタのページを開くと、溜め息をつく里菜
里菜「私、なんで我慢出来ないんだろ・・・」
chapter.09 interview_RINA03
祐次の部屋 リビングの椅子に座っている里菜
字幕:人をはじめて殺したのはいつですか?
里菜「中3の、夏です」
字幕:何人ぐらい?
里菜「覚えていません」
字幕:経緯を教えてください
俯いて考え込む里菜
里菜「殺したくなったんです」
字幕:里菜さんが人を殺す理由は?
里菜「気持ちいいから、ですかね」
字幕:気持ちいい、とは?
里菜「性的な意味でしょうね。私、生理酷くて。 だからって事じゃないのかもしれないけど。 生理来た日の一瞬だけ、私が私じゃなくなるっていうか」
字幕:別の自分のような?
里菜「そうですね。自分が自分がじゃなくなる感覚はするんですけど、 どう言えばいいかな・・・?水の中にいる感覚っていうのかな。それで、自分の表面部分が溶けていって、 少しずつ、少しずつ、人を殺すときの感覚がたまらなく好きな・・・、別の自分になっていく、そういう感じです」
字幕:今、教えてくれた別の自分を、里菜さんは見たことはありますか?
里菜「意識ははっきりしているので、その時の自分も知ってます。 人間じゃない、アニメに出てきそうな怪物みたいな姿でした。 全身真っ黒で、とても大きな口で、 頭から腰の辺りまで噛み付いて、食い千切るんです」
字幕:それは、比喩的な例えですか?
里菜「いえ、違います。実際の話です」
字幕:怪物のような別の自分が、怖かったりしないんですか?
里菜「しないです。別の自分になっている時は気持ちがいいんです、とても」
字幕:別の自分でいるとき、祐次さんを殺したいと思ったことはありますか?
里菜「ありません。どうしようもないって思われるんだろうけど、 私、祐次とするの凄く好きなんです。 だから、祐次を殺したいって思った事は一度もありませんね」
字幕:祐次さんはいつから知ってるんですか?
里菜「付き合う前、私が酔って祐次の部屋にはじめて行った日、 家に着く途中で私、一人やったみたいで。祐次はそれを見てたみたいです。 だから色々考える時間が欲しかったって、付き合う日にファミレスで言われました」
字幕:じゃあ最初から?
里菜「うん。最初から知ってたみたいです。 でも、好きって言ってくれました。 私のこと好きだから、その事も黙ってるって」
字幕:祐次さんは人を殺す事について、どう思ってらっしゃるんでしょう?
里菜「駄目だよ、って言われます」
字幕:人を殺す事をやめようとは思わない?
里菜「最近は思ってます。祐次も嫌だろうから」
字幕:でも、出来ないと?
里菜「最近は少しずつ我慢出来るようになってはいるんですけど・・・中々難しいですね」
字幕:今も人を殺す事が快感と思う、別の里菜さんがいる。
里菜「そうです。私、祐次にバレないようにやってる時もありますから。絶対に言えませんけど」
字幕:人を殺す事を辞めれると思いますか?
里菜「そう思いたいです」
字幕:その事で、不安を感じることはありますか?
里菜「なりますよ。祐次に捨てられないか、不安になります」
字幕:そこまで不安に感じていても、我慢出来ない?
里菜「我慢するんですけど、最終的にもういいやって。自分の欲求に流されてしまいますね。それで祐次に嘘ついて、更に不安になるから・・・悪循環ですよね・・・」
字幕:未だに祐次さんのことがわからないと言ってましたが、知ろうとは思わないんですか?
里菜「それは、自分でもよくわかってないんです。知ったら、全部崩れちゃうんじゃないかって不安が強いから。でも、ちゃんと私に言ってほしいって気持ちもあります。だから、祐次のそういう部分、全然わかんないから、きっと不安なんでしょうね・・・」
chapter.10 one day_05
深夜、ゆっくりと帰宅する里菜
リビングにはまだ祐次の姿があった
里菜「ただいま・・・」
祐次「おかえりー」
リビングに現れた里菜の白い衣服が、血で染まっている
祐次「里菜・・・」
里菜「ごめん」
祐次「なんで・・・?」
里菜「我慢出来なかった」
祐次「・・・」
里菜「やっちゃった・・・」
祐次「とりあえずさ、着替えなよ」
里菜「・・・我慢するって先月も、その前も、その前も言ったのにね」
部屋の片隅に干した里菜の服をハンガーから外す祐次
里菜「ごめんね・・・我慢できない。どうしても・・・」
祐次「・・・」
里菜「祐次さ・・・・」
祐次「ん?」
里菜「なんで、私といられるの?」
祐次「なに?」
里菜「約束、ちっとも守らないのに」
祐次「・・・」
里菜「嘘ばっかりなのに」
祐次「・・・」
里菜「なんでさ、いつも怒らないの・・・」
祐次「・・・」
里菜「わからなくなっちゃう」
祐次「・・・俺が?」
里菜「(頷く)不安なんだよ、私。凄く不安になる・・・、ダメだって・・・自分でね、ちゃんとわかってるんだよ?」
祐次「うん・・・」
里菜「でも、やっぱり無理なの・・・」
祐次「・・・ほら」
里菜の着替えを、そっと手渡す祐次
里菜は俯いて、泣く事を堪えている
里菜「駄目だよ、優しくするの。駄目」
祐次「・・・」
里菜「もうちょっと、厳しくした方がいいよ・・・」
祐次「そう?」
里菜「私、きっと怖いんだ・・・」
祐次「・・・俺が、何にも言わないから?」
里菜「付き合った頃からわかんなかった。今も祐次のこと、ちゃんとわからないもん」
祐次「・・・そうだったんだ」
里菜「私、可愛くないしさ。目細いし、肌荒れまくっててニキビの跡ばっかだし、頬骨出てるし、お腹たるんでるし・・・」
祐次「・・・」
里菜「人殺すし。何回言われても我慢出来ないし・・・」
祐次「うん・・・」
里菜「祐次に嘘つくし」
祐次「・・・」
里菜「でも祐次は何も言わないから。いつも優しく許してくれるから」
祐次「・・・」
里菜「だから、不安になる。いつか、祐次と別れて、一人きりになったとき、私どうなっちゃうんだろうって」
祐次「・・・」
里菜「怖くなるの・・・」
祐次「・・・」
里菜「祐次さ、なんで私と一緒にいるの?」
祐次「・・・」
里菜「嫌でしょ?もう別れたいでしょ?いいよ、もう無理しないで。言ってよ、嘘つきでどうしようもない奴だって私のこと思ってるんじゃ━━」
言葉を言い終えないうちに、祐次が里菜を抱き締める
祐次「・・・ごめんね」
里菜「・・・血、付いちゃうよ」
祐次「大丈夫・・・」
祐次の手がそっと、里菜の頭を優しく撫でる
里菜は祐次に顔を見せないように泣いている
里菜「・・・」
祐次「ごめんね」
里菜「なにが・・・?」
祐次「ちゃんと言えばよかったね」
里菜「なにを・・・?」
祐次「いや・・・、何考えてるか、わからなかったんでしょ?」
里菜「・・・どう思ってるの、わたしのこと」
祐次「うん・・・」
里菜「・・・」
祐次「言うの、恥ずかしい・・・」
里菜「おしえて・・・」
祐次「・・・」
里菜「祐次・・・」
祐次「好きだよ、全部」
里菜「・・・」
祐次「喋っててたまに適当に返事するとこも、洗濯サボるとこも、寝ながらお尻掻くとこも」
里菜「ちょっと・・・」
祐次「自分のこと、ちゃんと考えて悩んでるとこも」
里菜「うん・・・」
祐次「俺も、不安になるんだよ」
里菜「わたしのことで・・・?」
祐次「そりゃそうだよ、心配になる・・・」
里菜「警察に言おうとか、思ったことないの?」
祐次「ないかな」
里菜「なんで?」
祐次「楽しいから、じゃない?一緒にいて」
里菜「・・・」
祐次「好きなんだよ、全部」
里菜「うん・・・」
祐次「あ。嘘つかれるのは好きじゃない」
里菜「ごめん・・・」
祐次「もう、駄目だよ・・・?」
里菜「うん・・・」
祐次「よかった・・・」
里菜「祐次・・・」
祐次「ん?」
里菜「ありがとう」
chapter.11 interview_RINA04
字幕:祐次さんのこと、好きですか?
里菜「好きです」
字幕:どういうところが、好きですか?
里菜「どういうところ?」
考え込む里菜
里菜「なんかそう聞かれると、迷いますね。そこは祐次と一緒かもしれない」
字幕:全部、ですか?
里菜「うん、そうですね。全部・・・、好きなんだろうなー」
字幕:祐次さんと一緒ですね
里菜「うん。そうです」
字幕:話は変わりますが、あれから三ヶ月経ちましたがどうですか?
里菜「前より不安じゃなくなった、かな・・・」
字幕:今月も我慢出来ましたね
里菜「そうですね。でも今月は大変だったんですよ。祐次も飲み会でいなかったから危なかったです」
字幕:よく我慢できましたね
里菜「いや、玄関出るところで丁度、祐次から電話かかってきて「今どこ!?」って」
字幕:すごいタイミングですね
里菜「今、家に着いたところって言って慌てて引き返しました」
字幕:家に戻って大丈夫でしたか?
里菜「大丈夫でした。まぁ、辛かったですけど・・・」
字幕:里菜さんも少しずつ普通に戻れているという事でしょうか
里菜「そうですね・・・、そうだといいな」
字幕:最後に、もう一度聞かせてください。祐次さんのこと、好きですか?
里菜「大好きです」
字幕:ありがとうございました
chapter.12 Epilogue
祐次の部屋 リビングで外出の準備をしながら話す二人
里菜「どうしようね」
祐次「14時(にじ)からの回でいいんじゃない?」
里菜「お昼の回、間に合うでしょ」
祐次「このあと俺が一人で洗濯しないといけないから無理だね」
里菜「ぜんぜん信用されてないね、私」
祐次「いや、ガラス展のとき最悪だったから」
里菜「私、早起きしたじゃん」
祐次「そうだね。早起きして、すぐ二度寝したね」
里菜「そうだったっけ」
祐次「寝てる間に俺一人で全部、家事やったよ」
里菜「起きたら終わってたねー」
祐次「しかも、着いたら眠そうにしてるしさ」
里菜「早起きしたからね」
祐次「二度寝してたじゃん」
里菜「パフェのことしか覚えてない」
祐次「パフェ?」
里菜「うん、チョコレートの」
祐次「え、そんなのあった?」
里菜「上の喫茶店で食べたやつ」
祐次「ガラス展関係ないじゃん・・・ていうか、洗濯するわ」
里菜「私も手伝ったらお昼の回間に合うかな」
祐次「いや、普通に手伝ってよ」
洗濯物を終えた二人が、急いだ様子で玄関から出てくる
祐次「鍵ちょうだい」
里菜「私、持ってないよ」
祐次「あ、そうだ」
ポケットから鍵を取り出す祐次
里菜「わー、風つめたい」
祐次「ていうか、意外だった」
里菜「なにが?」
祐次「見に行く映画」
里菜「ホラーは嫌いじゃないよ」
祐次「ああ、そうじゃなくて」
里菜「ん?」
祐次「怪物の女の子が、恋した男を食べるって内容じゃん」
里菜「うん」
祐次「嫌じゃないの?」
里菜「全然。待望の続編だからね。超面白そう。」
祐次「・・・」
里菜「なにさ?」
祐次「いや、この前、同じこと言われたけど、俺は里菜の事がよくわからないわ」
里菜「そう?」
祐次「うん」
里菜「映画、見るの嫌?」
祐次「ううん、そんな事ない」
里菜「ふふ・・・、手貸して」
祐次「・・・」
里菜「行こ」
里菜の手をそっと握る祐次
歩き出す二人が、雑踏に消えていく
chapter.13 interview_YUJI
祐次の部屋 リビングで祐次が一人
椅子に腰かけている
字幕:今日はお忙しい中、ありがとうございます
祐次「いえ」
字幕:里菜さんから先にお話を伺いました
祐次「どうでしたか?」
字幕:本当に祐次さんの事を愛しているんだなあ、と感じました
祐次「そうですか」
字幕:祐次さんも里菜さんのことが好きですか?
祐次「いや・・・」
字幕:好きではない?
祐次「・・・はい、好きではありません」
字幕:では、祐次さんは何故、里菜さんの傍にいるのでしょうか?
黙って考え込む祐次
祐次「僕は、檻なんですよ」
字幕:檻、ですか?
祐次「うん。檻です」
字幕:それは、里菜さんの?
祐次「そうです、檻です」
字幕:では、祐次さんは里菜さんのことをどう思っているんでしょうか?
祐次「・・・怖いと思ってます」
字幕:里菜さんが?
祐次「はい」
字幕:人を殺すから?
祐次「それも含めて、全部です」
字幕:とても意外です。里菜さんは、祐次さんの事を愛していて祐次さんに見捨てられた時の事を考えるのが怖いと言っていました
祐次「そうでしたか。前に同じ事を彼女から言われました。僕が何も言わない事に不安を感じていたみたいですね」
字幕:存じております
祐次「あの時、自分に嫌悪感みたいなものを抱きました」
字幕:それは里菜さんを不安にさせたことに対しての嫌悪感ですか?
祐次「違います。あの時、彼女の話を聞きながら、必死で言葉を考えてて。思い付いた事を言いながら、心にも無いなって、自分で凄い嫌な気持ちになりました。でも、彼女の言ってた事は正しいと思います」
字幕:一緒にいて、嫌にならないんですか?
祐次「なりますよ、沢山。でもね、僕が彼女を見捨てたらどうなるのかって考えたときが一番怖い」
字幕:だから、離れられないと?
祐次「そうですね。だから僕は檻だって言ったんですよ。檻は、入ってくる物を選べませんし、それから離れることも出来ませんから」
字幕:檻に入ってきたのは、人殺しだったと?
祐次「そうです。そして、彼女はこの檻の中でしか生きられない。僕も、僕が彼女を見捨てたときどうなってしまうのか考えると、恐ろしくなります」
字幕:自分が殺されるという恐怖ですか?
祐次「それもありますけど。もし里菜との関わりが一切なくなったとしても、彼女の影に付き纏われて怯える・・・、そんな毎日になると思うんです」
字幕:見えない恐怖のような?
祐次「そうです。多分、里菜がいなくなっても、僕は彼女のことを考えてしまうと思います。彼女はきっと、僕の中から一生消えてくれない」
字幕:失礼な話かもしれませんが、お話を伺っていると個人的に、祐次さんは里菜さんのことを深く愛しているような印象を受けます
祐次「そうですか?そんな事はないですよ」
字幕:自己犠牲の愛に近しいものを感じるのですが
祐次「愛、ですか」
字幕:はい
祐次「僕自身は、全くそんな事思っていないんですけど、まぁ、他人にはそう映ることもあるって事でしょうね」
字幕:はい
祐次「よくわかりませんよね、愛って」
暗転
END
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