記憶泥棒
作者:domino


海道信一♂・・・主人公
西田麗子♀・・・信一の恋人

七原♂・・・信一と同じアパートに住む大学生
田島♂・・・医師
キリコ♀・・・ナース





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 (Mと付く台詞は総て独白)


信一M:違和感がある。
    お洒落だと評判のレストラン。愛しいフィアンセとの食事。
    今まで何日も見つめ続けてきた彼女の顔。
    しかしあることが俺の頭に引っかかっていた。


 レストラン。
 椅子に座り向かい食事をする麗子と向かい合っている信一。

麗子:本当、綺麗な内装ね! 信一にしてはセンスいいじゃない?

信一:内装だけじゃないぞ。前に会社の連中と来たんだが、料理の絶品だ。

麗子:そうなんだ。ところで、連中って誰?

信一:……言っておくが、女じゃないぞ。

麗子:当然よ。

信一:麗子、もしかして俺って信用ない?

麗子:貴方は信用してるわよ。ただ、会社の女子社員を信用してないだけ。
   知ってる? あの子達、完全に肉食よ。

信一:知ってるよ。うちの上司も、新入社員の……誰だっけ?

麗子:松野さん?

信一:そう、松野。彼女に夢中だからな。

麗子:信一だって人気あるんだからね。顔も悪くないし、紳士だし、気も利くし。
   何より出世頭だもんね。

信一:はいはい。

麗子:私はそんなモテモテのフィアンセを肉食獣から守るために、会社を辞めずに目を光らせてるってわけ。

信一:何度も言うが、会社、辞めたっていいんだぞ。

麗子:うふふ、私、まだ働いていたいの。
   それに、社内恋愛ってスリルがあっていいじゃない?

信一:そうか……気が変わったらいつでも言えよ。

麗子:気が変わるのを待たないで、強引に辞めさせたっていいのよ?
   方法は、ほら、わかるでしょ。

信一:……努力する。

麗子:私はいつでもいいんだけどなー。それより頼みましょうか! 

信一:そうだな。

麗子:今日は食べるわよー!
   あ、でも、こういうお店の料理って量が少ないイメージあるわよね……信一足りるかしら。

信一:うーん、そうだ。足りなかったら、この間のラーメン屋台、寄って帰るか。

麗子:……ラーメン屋台? 何処の?

信一:隣の駅の……ほら下の階の七原君に教えてもらって、一緒に食ったろ。

麗子:……いつ?

信一:いや、覚えてないならいい。それより、何食べる。

 麗子、はける。

信一M:違和感の正体はこれだ。先程のラーメン屋台の話。
    同じアパート住人に連れられ、彼女とそのラーメン屋で食事したのは、3日前の晩だ。
    麗子の物忘れが激しくなったのは――いや、物忘れという表現よりももっと似合う表現がある。
    『麗子の記憶が抜け落ちている』
    俺がそれに気づき始めたのは1ヶ月ほど前のことだった。
    仕事に真面目な彼女が会社の会議を無断で欠席した。
    理由を問い詰めると、彼女は『聞いていなかった』という言葉を繰り返した。
    前日の夜を俺と共に過ごした後、『明日は朝から会議があるから』といって帰宅したにもかかわらず、
    『会議のことは、聞いていなかった』と。
    幸いにも、それ以来会社の仕事に支障が出ることは無かったが、
    日常生活ではたまにその日一日の記憶をすっぽりと無くしたかのような言動が増えていった。
    彼女の行動には目を配っていたが、原因はわからないまま。
    そこで俺は少し離れた所にある医者に相談をすることにした。



 病院の診療室。白衣の田島と信一が向かい合って座っている。

田島:それで、ご本人は本日はご一緒ではないんですか?

信一:先ほども言いましたが、彼女は自分では全く気がついていないんです。

田島:ですが、本人がいらっしゃらないことにはどうにも。

信一:それはそうでしょうけど……何かの病気だったらと思うと。

田島:可能性は十分にあります。まぁ……貴方の気持ちもわからないでもありませんがね。
   大切にされているんでしょう、その方を。しかし、一番優先されるべきは彼女の身体です。
   記憶を司っているのは知っての通り、脳です。
   わかるでしょう、何かあるのならばそれは恐ろしいことだ。
   治療の発見が遅くなることで取り返しのつかないことになる場合もあります。

信一:帰ったら、直ぐに話します。

田島:それがいい。帰りに受け付けで予約を取っていってください。
   この時期は混みますから。

信一:わかりました。ありがとうございます。

田島:それじゃあ海道さん。次はご本人といらしてください。

信一:はい。失礼します。

田島:それでは、お大事に。

キリコ:……お大事に。

 信一、はける。

田島:それじゃ、次の患者を……キリコ君?

キリコ:あ、はい。

田島:どうしたね。

キリコ:今の患者さん……。

田島:……彼は患者じゃないよ。恋人の様子がおかしいらしい。

キリコ:そうですか。

田島:大丈夫かい?

キリコ:いえ、少し違和感があっただけです。

田島:違和感、か。



 信一の住むアパートの廊下。
 ドアの前でポケットから鍵を出そうとしている七原に、ビニール袋を持った麗子が声をかける。

麗子:やっほ。

七原:ん? 西田さん!

麗子:七原君、久しぶり。

 数秒の間。

七原:……どうも、お久しぶりです。

麗子:どう? 生活は。もう落ち着いた?

七原:はい。ようやく一昨日ダンボールが片付きました。

麗子:結構量あったもんね。

七原:ええ、一ヶ月かけてってのも、ちょっと時間かかりすぎな気もしますけど。
   買い物ですか?

麗子:そう! これ、今日の夕飯。
   信一には友達と食事に行くって言ってるんだけど、ちょっとしたサプライズ。

七原:へぇー、相変わらず仲良しですね。

麗子:七原くんはどうなの? 彼女とか。

七原:いるように見えます?

麗子:うーん、いないって雰囲気じゃないかな。社交的だし、爽やかじゃない?

七原:そうやって適当なこという……。

麗子:ごめんごめん! じゃあ手料理にも飢えてるんじゃない? 今度、料理おすそ分けしてあげるわよ。

七原:それはありがたいし嬉しいですけど、別に手料理に飢えてるわけじゃないですよ。
   ちゃんと自炊してるんですから。

麗子:それは失礼……得意料理とかあるの?

七原:ハンバーグです。

麗子:あはは! 何かイメージと違う!

七原:別にいいでしょう! 好きなんです!

 信一、静かに入ってくる。

麗子:へー! じゃあさ、今度ハンバーグ作ってくるから食べてみてよ。
   ハンバーグ好きの舌を唸らせられたら自信つくじゃない?

信一:自信持っていいぞ、お前の料理は絶品だ。

麗子:信一、おかえりなさい。

信一:まったく、何騒いでるかと思って聞いていれば、ハンバーグの話とはな。

七原:そんなに変ですか……? この歳で好きな食べ物がハンバーグって。

麗子:あれ? そういえば七原君って何歳だったっけ?

七原:……今年で22になります。

信一:……見えないな。

七原:人が気にしていることをさらっといわないでください!

麗子:っていうか信一、用事はもう済んだの?

信一:ああ、そのことなんだが。ちょっと……お前に話があるんだ。

七原:あ、じゃあ俺は失礼させて頂きますね。

信一:ん? 今から出かけるのか。

麗子:アルバイト?

七原:ええ、夜勤です。貧乏学生の辛い所ですね。

信一:大変だろうが、頑張れよ。

麗子:何か困ることでもあったら、いつでも相談しにきてね。

七原:はい! ありがとうございます! お2人もいい夜を。



 信一の部屋。暗い表情で向かい合って座る信一と麗子。

信一:で、どうだ……本当に心当たりはないのか?

麗子:……心当たりも何も……本当に記憶が抜け落ちているっていうなら、気づきようがないじゃない。

信一:それもそうか……。

麗子:ねぇ、信一……それ、勘違いじゃないのかしら?

信一:勘違いならそれにこしたことはないさ。ただもし……何かの病気だったら……。
   やっぱり一度病院で検査をした方がいい。会社には連絡してあるから、一緒に病院に行こう。

麗子:そう……。

 間。

麗子:ねぇ信一……私……怖いわ……。

信一:大丈夫、俺がついてる。

 間。

信一:そうだ……久しぶりに酒でも飲もうか。

麗子:え? ……ふふ、そう。わかった、お酌してあげるわ。

信一:ああ、頼む。


 舞台は病院の診療室。白衣の田島と麗子が向かい合って座っている。
 信一は麗子の後ろに立っている。

田島:それでは今日明日と検査入院していただくということで。

麗子:はい、よろしくお願いします。

田島:そんなに緊張しなくてもいいですよ。特に苦しい検査等はありませんから。
   ただ検査続きになりますからね、気を張っていたら疲れてしまいますし、肩の力を抜いておいてください。

麗子:そうですよね……はい、リラックスします。

田島:はは、協力的でありがたい。これなら心配はいらなそうだ。
   それでは海道さん、此方で検査させて頂きます。

信一:あ、はい!

麗子:ふふ、信一の方が酷い顔よ? 肩の力を抜きなさいよ。私は大丈夫だから。

信一:あ、ああ。じゃあ、お願いします。

 
 舞台は病院のロビー。信一はそのまま病院を出ようとするが、疲れた表情で待合室の椅子に座る。

信一:(溜め息)

 うなだれる信一にキリコがゆっくりと近づき声をかける。

キリコ:海道さん、ですよね。

信一:え? あー……貴方は……?

キリコ:少し、お時間よろしいですか?

信一:え、ええ。なんでしょう。

キリコ:今日から検査入院されたのが、先日お話されていた方ですよね。

 間。

信一:はい。

キリコ:似たような例があります。

信一:……記憶を失うという病気、ですか? それなら僕もいくつか知っていますが。

キリコ:そうですね。ただ私が知っている例というのは、病気ではない場合のものです。

信一:病気ではない?

キリコ:海道さんは、都市伝説等を信じる方ですか。

信一:は?

 間。

キリコ:突拍子もない話です。聞き流してくださってもかまいませんが。

信一:僕は今あまり余裕がないんです。だからその……わかりますか。
   そういう良くわからないお話をされても、まともに聞けないといいますか――

キリコ:もし検査で異常がみられなかった場合、

信一:……。

キリコ:この話が貴方の役に立つかもしれません。

 間。

キリコ:記憶泥棒。

信一:記憶……泥棒。

キリコ:記憶泥棒は人の記憶を盗む。そんな都市伝説があります。

信一:そ、そうですか。

キリコ:それでは、お大事に。

 キリコ、はける。

信一:……帰るか。


 病院の一室、田島の正面に並んで立つ信一と麗子。

信一:異常は……ない?

田島:ええ。もの忘れが立て続けに起きたことで、勘違いされたのかもしれませんね。
   とにかく、西田さんの脳は健康そのものです。
   記憶の検査の方も問題無し。一応、結果を精神科の方にも回しますが、特に問題はないと思います。

信一:そう、ですか。

田島:これで、今夜はぐっすり休めるんじゃないですか? お2人とも。

信一:え?

麗子:ふふ、信一、目の下すごい隈よ?

信一:な、お前こそ。肌が少し老けたんじゃないか?

麗子:ちょっと!

田島:ははは! 結構、続きはお家でどうぞ。お大事に。

麗子:はい、本当にお世話になりました。丁寧に検査して頂いて。

信一:ありがとうございます。

田島:いえいえ、それではこれを受付で渡してください。お疲れ様でした。

 麗子をともない出ていく信一。

田島:やれやれ、異常なし……か。

キリコ:ええ、安心しました。

田島:そうだな。人のああいう顔を見ると、医者をやっていて良かったと思える。

キリコ:そうですね。でも私の安心は別の意味です。

田島:別?

キリコ:私の違和感は、間違っていなかったということです。

田島:何のことかは知らないが……私には専門外だね。

キリコ:田島先生は名医ですよ。

田島:そんなことはない。私はただの医者で、一人の人間だよ。



 信一の部屋の中、一人椅子に座る信一。

信一M:違和感が消えない。

キリコ(声のみ):もし検査で異常がみられなかった場合、

信一M:彼女は健康だった。

キリコ(声のみ):この話が貴方の役に立つかもしれません。

信一M:だったら何故?

キリコ(声のみ):記憶泥棒。

信一M:麗子の記憶は何処へ行った?


 麗子、手に銀紙をかぶせた皿を持って入ってくる。

麗子:信一?お風呂、沸いたわよ?

信一:ん?……ああ。

麗子:まだ気にしてるの? 私の記憶のこと。

信一:いや! 別に気にしてなんか……。

麗子:気にしてるわよ、顔に出てるもの。

 間。

麗子:……ねぇ、私は病気じゃなかった。それでいいじゃない。

信一:それは……そうだけど。

麗子:別に信一の勘違いだったとしたって気にしない。
   私はそれだけ信一が私のことを想ってくれてるってわかって、とても嬉しかったわ。

信一:……勘違い。

麗子:お風呂、冷めちゃうから入っちゃって。

信一:ああ……そういえば、どこか出かけるのか?

麗子:ええ、ちょっと七原君のところに夕食のおすそ分けしてくるの。
   ほら、今日ご飯作りすぎちゃったでしょ?
   病院食があんまり食べられなかったから、お腹空いてると思ったんだけど……。
   やっぱり検査のストレスかしらね。

信一:悪いな、俺もあまり食欲なくて。

麗子:いいわよ、ちょっと行ってくるわね。

信一:ああ。

キリコ(声のみ):記憶泥棒は人の記憶を盗む。そんな都市伝説があります。

 はけようとする麗子を信一が呼び止める。

信一:なぁ! 七原君って、いつごろこのアパートに入居したか覚えてるか?

麗子:え? 確か……一ヶ月前くらいだったと思うけど。どうして?

信一:いや、なんでもない。気をつけて言ってこいよ。

麗子:心配症になっちゃったんじゃない? 下の階に行くだけなんだから、大丈夫よ。



 チャイム音。七原の部屋の玄関と廊下の境。
 ドアを開けた七原の前で、皿を持ってたつ麗子。

麗子:やっほ。

七原:西田さん。どうしたんですか?

麗子:久しぶりね。

 数秒の間。

七原:……お久しぶりです。

麗子:どう? 生活は。もう落ち着いた?

七原:はい。この間ようやくダンボールが片付きました。

麗子:結構量あったもんね。

七原:ええ、一ヶ月かけてってのも、ちょっと時間かかりすぎな気もしますけど。
   今日はどうしたんですか?

麗子:えっと、これ! 夕飯のおすそ分けしにきたの。
   今日ちょっと作りすぎちゃったから。

 間。

麗子:あ、もしかして彼女とか来てる? だったら持って帰るけど。

七原:はは、いるように見えますか?

麗子:うーん、いないって雰囲気じゃないかな。社交的だし、爽やかじゃない?

七原:そうやって適当なこという……。

麗子:ごめんごめん! じゃあ手料理にも飢えてるんじゃない? ナイスタイミング!

七原:それはありがたいし嬉しいですけど、別に手料理に飢えてるわけじゃないですよ。
   ちゃんと自炊してるんですから。

麗子:それは失礼……得意料理とかあるの?

七原:ハンバーグです。

麗子:あはは! 何かイメージと違う!

七原:別にいいでしょう! 好きなんです!

麗子:じゃあ丁度良かったわ、今日はハンバーグなの。約束通り、ちゃんと感想頂戴ね?

 間。

七原:え?

麗子:あれ? 約束……してなかった……?
   あれ、えっと……会うの久しぶりなのに、変ね。何時したんだったっけ。


 信一、急いで入ってくる。

信一:七原君、ちょっといいか。

七原:海道さん? どうしたんですか?

麗子:信一?どうしたの?こわい顔して……。

信一:麗子は部屋に帰っていてくれ。

麗子:え? どうして……。

信一:いいから!

麗子:……わかったわ。

 麗子、はける。

七原:……どうしたんですか? 海道さんらしくもない。

信一:……。

七原:此処で話すようなことじゃなさそうですね。
   色々散らかってますけど、どうぞ中に入ってください。

 
 七原の自室。

七原:恥ずかしいなー。実は、此処に越してから部屋に人を入れるの初めてなんですよ――

信一:簡潔に答えてくれ。

 間。

七原:何をですか?

信一:君は麗子の記憶のことを知っているな?

七原:……記憶?

信一:さっきの会話を聞いていたんだ。

七原:どうしたんですか、海道さん。本当に今日おかしいですよ?

信一:君は3日前に麗子と会っているよな。

七原:ええ。

信一:麗子はそのときのことを覚えていなかった。違うか。

七原:……そうでしたか?

信一:とぼけないでくれ。

 間。

信一:俺は3日前の会話も聞いていたんだよ。

七原:……怖いこといいますね。

信一:君は麗子に同じ返答をしていた。おかしいという疑問ももたずに、淡々と。異常だ。

七原:はっきり言いますけど、今の海道さんに異常といわれる筋合いはないです。

信一:もういい。まともぶるのはよせ!

 間。

信一:犯人は君なのか。

七原:犯人?

信一:麗子の記憶を盗んでいるのか!

七原:……落ち着いてくださいよ。

信一:君は一ヶ月前にこのアパートに入居してきた。それからだ、麗子の記憶が抜け落ちるようになったのは。

七原:……。
   
信一:麗子はああみえて人見知りをするんだ。人と深く関わりあいになろうとはしない。

七原:彼女と会話をするたびに聞き耳たてられるんじゃ、誰も寄ってこないでしょうね。

信一:ああ! 認めるよ、確かに俺は病的に麗子を愛している。

七原:はは……襲い掛かってくる気なら先にいってくださいよ。警察を呼びますから。
   それで、俺が西田さんに何をしているって?

信一:お前が記憶泥棒なのか。

 間。

信一:都市伝説だよ。人の記憶を盗むらしい。俺はそれを病院で教わった。
   あいつの脳に異常がないなら、この話が役に立つと。

七原:……なるほど……わかりました。わかりましたから。
   
 間。

七原:話してあげますよ、西田さんの記憶のこと。

信一:やっぱり……お前が!

七原:でも! 仮に西田さんの記憶を盗んでいる人がいるとしても、それは俺じゃない。

信一:じゃあ、誰だっていうんだ!

七原:貴方だ。

 間。

信一:何?

七原:記憶泥棒は貴方なんですよ。海道さん。

信一:……なんだと?

七原:貴方が彼女から記憶を奪っているんです。

信一:ちょっと……待て……。

七原:思い出してみてください、西田さんが忘れてきた記憶一つ一つを。

信一:待てといっているだろう!

七原:よく思い出してみてください。全て、無くした記憶には全て。俺が関わっているんです。
 
 間。

七原:どうです? この間屋台にいった時のこと、覚えてましたか?

信一:覚えて、いなかった。

七原:そういうことです。

信一:どういうことだ……やはりお前が原因としか考えられない!

七原:海道さん! 貴方は先程言いましたね、病的なほど西田さんを愛していると。

 間。

七原:貴方が西田さんに抱いている感情。
   『独占欲』それこそが引き金です。貴方はそうやって撃ち抜いた、俺に関する西田さんの記憶を。

信一:独占欲、だと……。

七原:貴方は不思議な力を持っていた……しかしそれは今まで使われることはなかった。
   それはそのときまで存在すらしなかった力だ。何故なら、必要がなかったから。
   そこに俺が現れた。貴方は怖かったんだ、僕という存在が。
   突然現れて、自分の恋人と打ち解けていく七原という男が。

信一:……。

七原:だから貴方は彼女から盗み取った、彼女の中にある僕との記憶を。
   もしかしたら僕だけじゃないのかもしれない。
   貴方はきっと撃っていますよ、他にも。彼女の記憶をね。

 間。

七原:このままだと、西田さん。貴方の事も忘れますよ。
   
 間。

信一:……嫌だ。

七原:嫌でも、忘れます。自分でもどうしたらいいのかわからないんでしょう?

信一:嫌だ! どうしたらいい!

七原:そんなに嫌なら何故、彼女を縛り付けるんですか!

信一:俺はそんなこと望んでいない! お前が、お前が現れたから仕方なく!

七原:違う! 俺が来る前から貴方は彼女を縛り付けてきた!
   ずっとその醜い感情を抱えてきたから、そんな力が目覚めたんだ!

信一:そんなことはない! 俺は良い恋人だったさ! こんなことさえなければな!

 間。

七原:何故、彼女と結婚をしないんですか?

信一:な、何故お前がそんなことを言う! 何も知らないくせに!

七原:知っていますよ。西田さんは貴方と結婚したがってる。
   貴方の為に生活を整え、貴方の帰りを待ち、貴方を暖かく迎えたいと思っている!

信一:麗子からきいたのか……あいつはお前にそんなことを相談したのか!

七原:だが貴方は結婚を渋っている、何故か。
   それは彼女を会社に……目の届くところに置いておきたいからだ。

信一:五月蝿いぞ! 黙れ!

七原:彼女はまだ働いていたいといいましたか? そんなもんは嘘だ!
   彼女は貴方にまだ結婚の準備がないのだと気を使って、そんな薄っぺらな嘘で貴方を包んでいるんだ!
   それを間に受けて、『会社をやめたっていい』などと中途半端な言葉で乗り切った気になっている貴方が、
   本当に良い恋人だというのか!
   
信一:なんで知っているんだよ……! なんでお前が知っているんだ!

七原:今、俺にそれを聞いてなんになるんですか。あんたは何もわかっちゃいない。

 間。

七原:気付かなきゃ駄目だよ。大切な記憶を盗まれたんだからさ。

信一:……あ、あああああ! 俺の、俺の、俺の記憶を盗んだのか!

七原:そうだよ、盗んだ。俺は貴方とは違う。使い方を知ってる。

信一:返せ……返してくれ! 頼む!

七原:……貴方はわかってないんだよ。何でこんな記憶を持っているのに、わからないんだよ。

麗子(声だけ):痛っ! やだ、切っちゃった! ま、でもこの方が頑張った感があっていいかな?
       信一に慰めてもらっちゃおーっと。

信一:これは……麗子?

七原:貴方が彼女から奪った記憶の声だ。       

麗子(声だけ):うわっ! いい夕焼け! 写真……は、いっか。
       どうせなら一緒に見たいし……電話してみようかな。

七原:これでも、俺が怖いのか?

麗子(声だけ):遅い! 何やってるのよ! 直ぐ抜けて連絡するっていってたのに!
       酔っ払ってたら承知しないぞ、もう!

七原:こんな素敵な記憶。俺は見たことがない。

麗子(声だけ):あーもう……早く、会いたいな……信一。

 間。

信一:あ、あああああ!! 俺は……俺は……!!

 間。

信一:俺は……愛されている……!

七原:貴方は、愛されている。

 間。

七原:さっき盗んだ記憶、全部返します。

信一:……俺は、これからどうしたらいいんだ……?

七原:知りませんよ、そんなこと。

信一:力の使い方を知っているんだろう!? 俺はもう、記憶を盗みたくない。

 間。

七原:これ、さっき西田さんからハンバーグ頂いたんですよ。
   話を聞いていたなら覚えてますよね?

信一:……え?

七原:約束。西田さん一瞬思い出してくれました。

信一:ハンバーグ……?

七原:西田さんの記憶、盗まなくなってきてるんですかね。

信一:ほ、本当なのか!?

七原:そもそも、貴方の心の闇から始まったんだ。
   貴方が彼女の愛を受け入れていれば、きっともうそんなことはないと思いますよ。

信一:……そうか……あれ?

七原:どうしたんですか? ふらついてますけど。

信一:あ……。

 糸が切れたように倒れる信一。

七原:お疲れ様です。



 病院の一室。書類を整理するキリコのもとに七原がやってくる。

七原:こんばんわ。

キリコ:診療時間外ですよ。

七原:貴方でしょう? 記憶泥棒なんて話彼に吹き込んだの。

キリコ:ええ。見ていられなかったので。

七原:勝手な事しないでくださいよ。

キリコ:貴方の悪趣味には付き合いきれませんから。

七原:ナースが随分と板についてきましたね。

キリコ:よければ点滴ぐらい打って差し上げますけど。

七原:遠慮しておきます。今日は久しぶりにお腹いっぱい食べたんで。

 田島が入ってくる。

田島:あれ、診療時間は終わってますが……なんだ、君か。

七原:お久しぶりです、田島先生。

田島:嘘をつくな。この間薬棚から一瓶薬を持っていっただろう。

七原:人聞きの悪い……ちゃんと先生に処方していただきましたよ。

田島:覚えていないのだから、盗んだのと同じだよ。

七原:上手いこと仰いますね。

キリコ:それで、海道信一さんはどうされたんですか?

田島:海道? ああ、あの恋人の記憶がどうとか……まさか、君の仕業だったのか?

七原:違いますよ。あれは本人の仕業です。
   本当はもう少し引き伸ばすつもりだったんですけど、
   偶然か必然か、田島先生にかかってしまったものですから。
   キリコさんにバラされてしまいました。

キリコ:まるで私が悪いというような言い方ですね。

七原:誤解ですよ。

田島:それで、彼のことはどうしたんだい?

七原:もう力が出ることは無いと信じたいですけど……まぁどうなるかはわかりません。
   人間ですから。

キリコ:満足は出来ましたか?

七原:はい。ちゃんと報酬は貰いましたから。

田島:……また、自分に関する記憶を根こそぎ盗んできたってわけか。

七原:ええ。

田島:どうにも私にはわからんね、君が。いや、わかりたくない……といった方が正しいな。

七原:ひどいこといいますね。

田島:だってそうだろう。人に残った自分の記憶、それを盗んで悦に浸る。
   まったく常人たる私には理解しかねるよ。

 間。

田島:……悲しくはないのかい?

七原:悲しい?

田島:記憶に残らないということは、誰も君の存在を証明できない。
   さっきもいったが、君は姿のない盗人。それだけだ。

 間。

七原:……それでも。

田島:それでも?

七原:俺は誰かの中に確かにいたんだって、一瞬でもそう思えますから。

田島:病気だよ……君は。キリコ君。

キリコ:はい。

田島:彼にいつもの薬を。

キリコ:……わかりました。

田島:さて、君と次に会うのは何時かな。

七原:直ぐに会いますよ。俺の頭の中で。

田島:薬が切れたらまた来なさい、多分、歓迎するだろうさ。
   お大事に。

キリコ:……お大事に。

七原:はい、さようなら。



 信一の部屋。立って料理をしている信一。
 寝巻きの麗子が目を擦りながら入ってくる。

信一:あ……すまん、起こしたか」

麗子:ん……おはよう。何? ご飯作ってくれるなんて、サービスいいじゃない。

信一:いや、妙に目覚めが良くて。すぐにできるから、座って待っててくれ。

麗子:ふふ、ありがとう。

 間。

麗子:あれ? 引越し?

信一:下の階な。引越しとはいっても、出て行く方みたいだな。

麗子:へぇー、この間入ったばっかりだったよね。変なの。

信一:隣とやらかしたのかもしれないぞ? 騒音とかで。

麗子:こわっ! ここも隣に人入ったら色々あるかもね。

信一:かもな。

 間。

信一:そうだ、近々もう一つ引越しがあるかもしれないな。

麗子:え? まさか隣!?

信一:いや、この部屋だ。

 間。

信一:麗子、一緒に住まないか?

 間。

信一:俺と結婚してくれ。


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