ハイドラ
作者:ススキドミノ


アリシア・ブレンストレーム:女性・20代・天才科学者
天里 真(あまり まこと):男性・20代・悪魔的頭脳を持つ天才科学者
ウーヤーモン:女性・30代・天才科学者
ウィリアム・パーソン:男性・30代・天才科学者




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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 20XX年12月25日
 超自然危機対策研究チーム・通称「方舟」
 
 <観測室>

天里:別に、僕はそういうつもりでやったわけじゃない。
   そういうつもりっていうのがどういうつもりかとか、
   揚げ足をとってくれてもかまわないけど。

ウー:あなたを心底憎むわ。

天里:もっと、仲良くしようよ。
   君は少し他人に厳しすぎるきらいがある。
   自分に厳しいことこそ、人として尊敬される大きな要素だ。

ウー:そんなことはどうでもいい!
   あなたが、この件について、どう考えているかを尋ねているのよ!

天里:それを聞く前に、僕が何を思っているのか、考えてくれてる?
   この場合、僕に『自分がどう思われているのかを考える』ということだよ。
   人の頭を覗くということは、即ち自分の心を覗くということと同義で、
   君自身にその覚悟がーー

ウー:いい! あなたは、また計算データの改ざんを行った!
   その事実をしっかりと見つめなさいといっているの!

天里:傷ついているのか! 『君が』傷ついているのか!
   それが問題だ!
   傷ついているのか、君は!

ウー:そう。傷ついているのよ。あなたの心無い行為でね!

天里:それなら十分に裁かれる意味がある!
   パーソン博士、君はどう思う!?

 <天里はパーソンに詰め寄る>

パーソン:……アマリ博士、計測中だ。

天里:パーソン博士! まともなのは君だけだよ!

パーソン:(苛立っている)……計測中だ……。

天里:ほら、僕と仲良くしよう!

パーソン:……ウー博士、鎮静剤は?

ウー:使ってないわ。

パーソン:何故だ。

ウー:明確に罪の意識を理解させるためよ!
   この男は狂った振る舞いで逃避し、精神的に救われようとしている!
   そんなこと許せない。

パーソン:そうか……わかった!(天里の顔面を殴りつける)

天里:ブフッ。

 <天里は壁に叩きつけられる>

ウー:ちょっと!? 何をしてるのよ!?

パーソン:言ったことは一度で聞き取れ……!
     いいか……ウー博士……!
     今! 私は! 計測中だ!

ウー:暴力で威圧する気なの、ウィリアム!

 <パーソン、ウーの襟首を掴む>

ウー:うぐっ……!(首を締められながら)

パーソン:お前もあそこのイカれチンポ野郎みたいになりたいのか!
     ああ! どうなんだ! 答えろよ! ああ!

 <パーソン、ウーの事を離す>

ウー:(息を切らしながら)……冗談じゃないわ……!
   冗談じゃない! もうたくさんよ!
   アマリじゃなくても気が狂いそう!

パーソン:ごちゃごちゃうるさいんだよ!
     黙って研究をするんだ! それ以外にここから出る方法はない!

ウー:じゃあ聞かせてウィリアム……!
   一体、私達は、『なんの研究をさせられてる』っていうの!?

 <隣の寝室から悲鳴があがる>

アリシア:キャアアアア!

ウー:何!?

パーソン:アリシアか……!?

ウー:……ねえ。アマリはどこにいったの!?

パーソン:マズイ……!

 <ウーとパーソンは廊下の先にある居住スペースに駆けていく>

ウー:アリシア! 何、がーー

 <そこには血だらけのアリシアと、同じく血だらけで立っている天里の姿があった>

パーソン:貴様、な、なにをしている……!

天里:殺したのさパーソン博士。

ウー:嫌……! 嫌……! イヤアアアアア!

天里:アリシアだって望んでいたのさ。
   彼女は僕の次に優秀な頭脳を持っていたということだ。
   この空間において死を望むのは、非常に合理的な選択だ。

パーソン:貴様というやつは……!
     そこを動くなァ! 今すぐに殺してやる!

 <パーソン、部屋から飛び出していく>
     
天里:(笑って)ようやくわかったのか!
   そうだ! それすらも選択の中にあるということに!
   君やパーソンには理解は及ばないだろう!
   僕が先にアリシアを殺してしまったからねえ!
   ……同時に僕は可能性を手にとった!
   クソの役にも立たないモラルに振り回される、あまりにも無能な君達とは違う!
   僕だけがこの場でもっとも優秀な研究者であることの証明にほかならない!

ウー:狂ってる……! 狂ってるわアンタ!

天里:それは君の無能を象徴した言葉だ!
   幾度と無く君にはチャンスを与えた! 与えたんだ!
   人間と研究者、人生と未来の天秤は間違いなく君の前にあったというのに!

 <パーソン、棒を手に部屋に飛び込んでくる>

パーソン:天里ィィィィ!

天里:グエッ!(頭を殴られる)

パーソン:(天里を殴り続けながら)
     ああ! ああ! ああ! ああ! ああ!
     ああ! ああ! ああ! ああ!
     あああああああああああああああ!

 間

パーソン:はぁ……はぁ……はぁ……!(棒を手から落とす)

 血だまりに沈んだ天里を見下ろしながら息をきらすパーソン。

ウー:もう……もう終わりよ!
   これでも! これでもここから出れないっていうの!

 <ウー、起ち上がって監視カメラに向かって叫ぶ>

ウー:出して! 出してよ! 出して! お願い!
   人が死んでるの! 人が死んでるのよ!
   お願い! お願いだから……!
   もう……終わりよ……。

 <パーソン、ぶつぶつと呟きながら部屋を出て行く>

ウー:ここは、どこ? 絶望の、沼?


 

 20XX年1月13日
 超自然危機対策研究チーム・通称「方舟」
 
 <観測室>

アリシア:(ため息)まったく、長ったらしいテストだったわ。

ウー:そのお陰で、こんな素晴らしい研究施設を使えるのだから、
   文句はない、そうでしょ?

アリシア:それはそうだけど。

パーソン:ブレンストレーム博士。

アリシア:パーソン博士。

 <パーソン、アリシア、握手を交わす>

パーソン:君の最新の論文は読んだよ。素晴らしい出来だった。

アリシア:光栄です。宇宙物理学者の権威にそう言っていただけるとは。

パーソン:ウー博士。

ウー:パーソン博士、お久しぶりです。

パーソン:ジュネーブでの学会以来だ。

ウー:ええ。クロウディアは元気ですか?

パーソン:妻も娘も元気だ。ありがとう。

アリシア:荷物を置いてくるわ。
     居住スペースは?

ウー:心配しないで個室よ。
   貴女の部屋はBの2。カードキーを忘れないで。

パーソン:私達も行こうか。
     荷物を持とう。

ウー:ありがとう。パーソン博士。

パーソン:ウィリアムでいいよ。

 <3人は荷物を居住スペースへ運ぶ>
 <4室が並んでいる室内。アリシアはカードキーを通す>
 <青いランプが光ると、ドアが開く>

アリシア:キャア!

 <天里、アリシアの部屋のベッドに座っている>

ウー:どうしたの!
   ……貴方……!? アマリ博士?

アリシア:アマリ博士……? この人が?

天里:……マコト・アマリだ。よろしく。

パーソン:あ……アマリ博士。
     私はウィリアム・パーソン博士だ……。
     わかってるか? ここはブレンストレーム博士の部屋だぞ。

ウー:何かの手違いで、カードキーが入れ替わったとかじゃないのかしら。

アリシア:だったら、私のキーで開いたことはどう説明するの。

ウー:……外に確認を取ってくるわ。
   こんな簡単なミスはありえないーー

天里:ウーヤーモン博士。それには及ばないよ。

アリシア:え?

天里:そう驚くことでもない。アリシア・ブレンストレーム博士。
   この部屋が開いたのはライト・ノア社のミスではないんだ。
   なぜならこの部屋を開けたのは、僕だからね。

パーソン:説明してもらおう、天里博士。

天里:僕はいくつもの博士号を持っているが、
   そのなかには工学の博士号もある。

アリシア:……貴方が私の部屋のキーシステムにハッキングすることと、
     あなたの博士号、どう関係があるっていうの?

パーソン:(ため息)まったく……早速問題を起こしてくれたな。

天里:むしろ感謝して欲しいな。
   まさにこれは問題提起だよ。ウィリアム・パーソン博士。

パーソン:天里博士、君は少し頭がオカシイようだ。

天里:(小さく笑う)この部屋は僕が使うよ、アリシア博士。
   このカードキーは君のものだ。僕が住むはずだった向かいの部屋を使ってくれ。
   ーーチョコバーでも食べてくるよ。
   そうだ。居るのは構わないけど、部屋のものは動かさないでよ。

 <天里はカードキーをアリシアに手渡すと部屋を出て行く>

ウー:……話には聴いていたけど、とんでもないやつね。
   マコト・アマリ。

パーソン:俺はそうは思わないな。

アリシア:あら……どうして?

パーソン:納得したよ。父が言っていたことは正しかった。
     『やつらはクレイジーだ。砂漠にパラシュートで落りるようなやつらだ』

ウー:(吹き出す)

アリシア:差別的な発言よ、パーソン博士。

パーソン:でも、面白い、だろ?
     ……荷物を運び込もう。

ウー:ええ……天里博士への苦情はその後ね。

アリシア:そうしましょう。
     なんだかとっても疲れたわ……テストのせいだけじゃないわね。





 20XX年2月10日
 超自然危機対策研究チーム・通称「方舟」
 
 <観測室>


アリシア:(コーヒーを飲みながら)
     ……最初のとっかかりにここまでの時間がかかるとはね。

ウー:ええ。そうね。
   ただ、コレが、未知の存在だという証明はできた。

パーソン:可視化できなかったこいつを、
     データとして計測、観測することができるようにしただけで、
     俺たちは賞をもらってもいい。

アリシア:そうね。受賞スピーチは誰が?

ウー:腹が立つけど、彼でしょうね。

天里:彼ってのは、誰のことかな?

アリシア:あなたよ、天才博士さん。

天里:(大げさに手を挙げながら)
    ありがとう! ありがとう!
   この賞を代表して受けるにあたって、優秀な同僚に感謝したい!
   アリシア・ブレンストレーム博士、ウィリアム・パーソン博士!
   そして優秀ではない同僚、愛すべきウーヤーモン博士!

ウー:引っ込めー! エセ学者ー!

天里:今、野次ったのはだれだ!?
   警備員! やつをつまみ出せ!

パーソン:(自分を指さし)俺か?
     ゴホン……如何にも、私が黒人の警備員だ!
     覚悟しろ!

アリシア:(大笑い)ちょっ、待って……!
     笑いすぎて変になるわ……!

天里:ねえ、僕らを映画にすれば別の賞も狙えるんじゃないかな。

ウー:(笑う)設定も面白いしね。

パーソン:人種の多様性も、私の国では受けるだろうがな。

アリシア:そうね……ねえ、乾杯でもしない?
     アルコール、今週の分は飲んでしまったんだっけ?

天里:美味しくないワインならまだ残ってたと思う。

パーソン:なんだとぉ!? マコト、早く差し出せ! でないと徴収するぞ!

天里:警備員が大きく出たなあ。
   仕方がない、差し出そう。

アリシア:じゃあ私も手伝うわ。

天里:おーい、僕の部屋に入る気?
   このチームにプライベートは無いのかな?

アリシア:(笑う)マコト、出会った時のことを忘れた?

天里:忘れたよ。僕の頭脳は優秀だから。

アリシア:貴女の脳を解剖するのが楽しみ。

 <2人は観測室を後にする>

パーソン:……どうなることかと思ったが、存外上手くいったな。

ウー:自分でいうのもなんだけれど、私たちはどこの研究施設でも欲しがる人材だもの。
   むしろ少し手間取ったほうじゃないのかしら。

パーソン:研究のこともそうだが……マコトのことだよ。

ウー:ああ。そういうこと。

パーソン:我々よりも10歳以上も若く、そして驚くほどに賢い。

ウー:そうね。アリシアだって天才だと言われてるけれど、
   彼女で天才なら、彼は神ね。

パーソン:話に聞いていた異常行動も、最初だけだったしな。
     噂ってのはあてにならないものだ。

ウー:彼の歩み寄りのお陰で、こうしてチームが一つになっているのも事実だしね。
   この調子なら4ヶ月後、中期にはここを出られるかも。

パーソン:(ため息)ああ、ここは退屈だ。
     家族に会いたいよ。……ウー博士は、結婚は?

ウー:別れたわ。3年前よ。

パーソン:そうか。

ウー:そう。相手も研究者。わかるでしょ?

パーソン:(笑う)それはどういう意味で?

ウー:同じ仕事をしているなんて良いことなんてないわ。
   それに、妻のほうが優秀だったりすると特にね。

パーソン:男のプライドが傷つく?

ウー:半分正解じゃないかしら。研究者としてもプライドはあるでしょうから。

パーソン:それはそれで正しいだろうが、愛はどうなる。

ウー:あら、ウィリアム。愛を信じているのね。

パーソン:君の国ではビートルズは聴かないのかな。
     『愛こそがすべて』だよ。

ウー:私の国ではどんなに愛し合ってるといっている男女も、
   2人目を妊娠したら迷わず中絶薬を呑むわ。

パーソン:(ギターを弾く真似をしながら)
     オール・ユー・ニード・イズ・ラブ。

ウー:(笑って)……愛こそが全て、ね。

 ◇

 <居住区、天里の部屋>

アリシア:(部屋を見渡し)マコト、あなた趣味とか無いの?

天里:どうして?

アリシア:だって、随分殺風景だもの。

天里:君の部屋には何を置いてる?

アリシア:何って、写真に、小説に、賞や博士号も。

天里:そうなんだ。僕は小説も読まないし、写真は嫌いだ。
   賞はここには持ち込んでも入りきらないしね。

アリシア:……嫌味でいってるんじゃないから質が悪いわね。

天里:自慢するつもりはないんだ。
   そうだな……僕には趣味と呼べるようなものはないね。

アリシア:そう。

天里:しいていうなら、研究と、美味しい食べ物は好きだ。
   ……(小さく笑って)それに、美味しいワインも。

 <天里、ワインボトルを2本、机の奥から取り出す>
 
天里:こっちがワイン。そしてこっちは偽物だ。

アリシア:偽物って、どういう意味?

天里:味が悪いワインは詐欺みたいなものだってこと。
   だからーー

 <天里、ワインを開けてグラスに注ぐ>

天里:これは僕らだけの秘密だ。

アリシア:(笑う)2人が気づいたら?

天里:バレっこない。こっちのワインも優秀な詐欺師だ。

アリシア:なら安心ね。

 <2人は乾杯する>

天里:アリシア。君は優秀だ。

アリシア:ありがとう。

天里:本当だよ、僕は君ほど賢い女性には初めて出会った。

アリシア:嘘ね。貴方が4年前、スイスで共同研究していたリドル博士。
     彼女は私の10倍は賢い。

天里:彼女は53歳だ。女性とは言わない。

アリシア:(笑う)失礼よ。

天里:そんなことよりもっと重要なことがあるんじゃないかな?

アリシア:なに?

天里:僕が君のことを口説いているってことさ。

アリシア:もっと重要なことを教えてあげる。

天里:何?

アリシア:貴方が私を口説く前に、私が貴方を誘ってたってことよ。
     (天里にキスをする)

天里:ーー 僕らは監視されてるらしいけど、いいのかな?

アリシア:彼らにも、研究してもらいましょ。

天里:(カメラに向かって)だそうだ。いいかね、君達ーー
   これから僕らの行為について論文を提出するように!

 <天里はアリシアをベッドに押し倒す>

アリシア:きゃっ! ちょっと(笑う)




 20XX年5月17日
 超自然危機対策研究チーム・通称「方舟」
 
 <観測室>

ウー:どうしたの? パーソン……今は深夜よ。

アリシア:今日は観測だけの予定じゃないの?

パーソン:……マコトは?

アリシア:一応声をかけたけど。

パーソン:そうか……とにかく、これを観ろ。

 <パーソン、画面を叩くと、画面にデータが表示される>

パーソン:上が、俺達が研究している“アレ“。
     下の式は、2011年に発表された情報だ。

ウー:ちょっとまってよ……これって、もしかしてーー。

アリシア:構成が似ているーー

天里:2011年っていうとナカジマ超宇宙情報体のことかな。

 <天里、コーヒーを持って現れる>

パーソン:来たか。マコト。

アリシア:ナカジマ?

パーソン:2011年に神戸のナカジマ博士が発表した地球外の知的情報体のことだ。
     2001年に多数の目撃情報があった質量体から分裂した情報体と、
     コンピュータを介してコミュニケーションをとり、その情報体を電波にて計測していた。

アリシア:地球外の知的情報体ってことよね? 大偉業じゃない。

天里:でも実際、君達は知らなかった。
   と、いうことはーー

パーソン:学会にも一蹴されたらしい。『くだらない』ってな。
     ……むしろマコトが知っていたことのほうが驚きだよ。

アリシア:つまりこういうこと? その博士の発表は正しいと仮定して、
     私達が今研究させられているこれは、地球外知的情報体だということ?

ウー:少なくとも、データは嘘をつかない。
   これらが似た構成をしていることは確かよ。

 <天里、キーボードを叩く>

パーソン:……どうした、マコト。

天里:これは見ての通り、意思を持って行動する情報体のようだ。
   そしてナカジマ情報体理論に基いてコイツの分解を行うとーー

 <天里は冷や汗を浮かべながら、キーボードを叩いた>
 <モニターには整理された情報が表示されていた>

天里:毒を持っていることがわかる。

 間

アリシア:毒……。そういうことね……。

ウー:待ってよ……ナカジマ情報体は意思を持ってるのよね?

パーソン:意思か、自律か。知能か、性質か……なんにしても、決まった動きをすることはない。
     しかし、こいつがその気になればーー

天里:41日間で、地球の生態系は破壊される。

 間

アリシア:……ちょっとまって。
     この情報帯は今、どこにあるんだった?

ウー:え? ……説明は受けたじゃない。
   1周間、みっちり。身体テストと精神テストも含めてね。

アリシア:じゃあ教えて。ライト・ノア社は、なんていって私達をここに集めたの?

ウー:それはーー

 間

ウー:どういうこと……説明は受けたはずよ!
   どうして思い出せないの!?
   ウィリアム、あなたは?

パーソン:……考えたこともなかった……。

アリシア:どう? 覚えてる?

パーソン:はは……だめだ……思い出せない……!

ウー:おかしいわよ……! マコトは?

 間

天里:そんなものーー最初から気づいていたさ。

アリシア:マコト?

天里:パーソン博士、これは?
   座標情報だよね?

パーソン:……これは……天体軌道!

 <パーソン、キーボードを叩く>

パーソン:おいおい……冗談きついぜ……。
     こいつは地球に迫ってきている!
     この情報がいつのものかによるが……少なくとも400日以内に地球を通過する……!
     
アリシア:だとすると、私たちが、ここに集められた理由はーー
     飛来するこの情報体に対抗する方法を考えるため?

ウー:ちょっとまって、これが新種の情報体だとわかっていたのなら、
   何故最初に私達は説明を受けていないのよ!
   400日以内に対処しなきゃいけないなら尚更!
   私達は何をやらされてきたっていうの!?

 間

天里:……部屋で考えることがあるーー

アリシア:え? 待ちなさい! マコト!

 <天里、去る>
 <パーソン、連絡用パネルを押し続ける>

パーソン:だめだ……! 反応がない!
     クソっ!

ウー:何を考えてるの! ライト・ノア!

パーソン:対処法を成立するまでここから出さないってことか?

ウー:どうして……私達がこんな……!

 <アリシア、机の中から資料を引っ張りだす>

パーソン:アリシア?

アリシア:……なんにしても、やることはかわらないわ。
     このままだと地球は滅ぶっていうんでしょ。
     ここからでたって、地球がないんじゃ意味がない。

パーソン:……ああ。そうだな。





 20XX年8月22日
 超自然危機対策研究チーム・通称「方舟」
 
 <観測室>

パーソン:……どうだ?

 間

アリシア:……失敗。

パーソン:(机を叩いて)クソッ!

ウー:何が間違ってるっていうの……?

アリシア:全部よ。前提が間違っていたってことだもの。

ウー:軌道をそらすのもだめ! 相殺もできない!
   構成をいじろうにも動きが早過ぎる!
   どうしろっていうのよ!

アリシア:もう一度、やるしかないわ。

ウー:冗談でしょ……?
   今日でここにきてから223日だっていうのに、
   いったい何時こいつが地球にやってくるのかも知らないのよ!
   私達は!

アリシア:だとしたって! なんとかしないといけないでしょ……!

 間

ウー:(頭を抑えて)……そうね。少し寝てくるわ……。

アリシア:……ええ。

 <ウー、居住スペースへ>

パーソン:天里は、どうした。

アリシア:……相変わらずよ。たまに出てくるだけ。

パーソン:なんで手伝わない……!

アリシア:悪く言わないで。きっと何か考えてるはず。

パーソン:……そうか……。
     お前らは……仲が良いもんな?

アリシア:やめて。ウィリアム。

パーソン:いいかアリシア……!
     俺達には、やつのあのクソッタレた脳みそが必要なんだ!
     今すぐここで協力させるか、やつが何をやっているのかをはっきりさせろ!

 間

アリシア:……わかったわよ。
     
 <アリシア、居住スペースへ>

パーソン:……どうする。どうすればいい!
     どうすればここから出られる!
     ……こいつを殺すには……。

 ◇

 アリシア、天里の部屋をノックする。

アリシア:マコト……?
     入るわよ……。

天里:う、うう……。(頭を抱えて泣いている)

アリシア:マコト……!
     どうしたの!?

 間

アリシア:身体、冷えきってる……!
     気分が悪いの? マコト。

天里:……悔しいな……。

アリシア:……え?

天里:……アリシア……。
   わかったんだよ……わからなかったということが――

 <天里、アリシアの肩に捕まって立ち上がる>

天里:アリシア……薬を持ってきてくれないか。
   身体に力が入らないんだ。

アリシア:マコト。

天里:……うん?

 <アリシア、天里を抱きしめる>

天里:アリシア……。

アリシア:大丈夫よ……大丈夫。

天里:……ああ。

 <アリシア、部屋を出て行く>

天里:(通信機に向かって)
   ウー博士、パーソン博士、すぐに俺の部屋に。

 <パーソン、ウー、部屋に入ってくる>

パーソン:……マコト。

天里:悪かったね、呼びつけて。

ウー:いいわよ……どうせ、寝れなかったから。

 間

天里:色々とわかったことがある。

パーソン:お前が1人でやってきたことの説明がーー

天里:僕らには止められない。

 間

ウー:何て?

パーソン:ついにイカれたか? マコト・アマリ。

天里:無駄だ。今の僕らに世界の崩壊は止められない。

パーソン:何を言っているアマリィ!

 <パーソン、机を殴りつける>

パーソン:いいか! 俺たちは! あの怪物を止めなくちゃならない!
     さもないと世界は終わる! そう言ったのはお前だ! アマリ博士!

ウー:ウィリアム、やめて!

パーソン:俺には妻がいる! 娘のアルマも!
     ウーにも息子がいる! マイケルはまだ赤ん坊だ!

ウー:ウィリアム!

 <ウー、パーソンの肩を掴んで椅子に座らせる>

ウー:ウィリアム、落ち着いて……。

パーソン:俺たちは研究を……クソッ!

ウー:(ため息)わかった……聞くわよ。マコト。

   間

ウー:(震えながら)ああ……でも、怖いわね……。

パーソン:(手で顔を覆う)そうだな……。
     聞くのが怖い……。

ウー:マコト・アマリ博士……これだけは理解してほしいの。
   私達は、天才だと呼ばれてきた。若くして成功を収め、
   いくつもの名誉ある賞を受賞してきた。
   ーーでも、貴方の前では、私達など足元も及ばない……!
   貴方の前では私達は猿にでもなった気分なのよ!
   火の使い方から学び直したくなる! わかる!?
   だからこそ、私達は科学者のプライドにかけて……!
   貴方の導き出した結論を……受け入れなくてはならない……!

天里:ウー博士……。

ウー:だからーー




 20XX年12月25日
 超自然危機対策研究チーム・通称「方舟」
 
 <居住スペース、アリシアの部屋から悲鳴があがる>

ウー:狂ってる……! 狂ってるわアンタ!

天里:それは君の無能を象徴した言葉だ!
   幾度と無く君にはチャンスを与えた! 与えたんだ!
   人間と研究者、人生と未来の天秤は間違いなく君の前にあったというのに!

 <パーソン、棒を手に部屋に飛び込んでくる>

パーソン:天里ィィィィ!

天里:グエッ!(頭を殴られる)

パーソン:(天里を殴り続けながら)
     ああ! ああ! ああ! ああ! ああ!
     ああ! ああ! ああ! ああ!
     あああああああああああああああ!

 間

パーソン:はぁ……はぁ……はぁ……!(鉄の棒を手から落とす)

 血だまりに沈んだ天里を見下ろしながら息をきらすパーソン。

ウー:もう……もう終わりよ!
   これでも! これでもここから出れないっていうの!

 <ウー、起ち上がって監視カメラに向かって叫ぶ>

ウー:出して! 出してよ! 出して! お願い!
   人が死んでるの! 人が死んでるのよ!
   お願い! お願いだから……!
   もう……終わりよ……。

 <パーソン、ぶつぶつと呟きながら部屋を出て行く>

ウー:ここは、どこ? 絶望の、沼?

 間

アリシア:ケース105175、終了。

ウー:……え?

 <アリシア、血だらけのまま立ち上がる>

アリシア:ウィリアム・パーソン、精神錯乱。
     ウーヤーモン、同じく。
     天里 真、肉体的損傷及び精神錯乱。
     以上、このケースのリセットを開始します。

ウー:アリシア……! 貴女……。

アリシア:ごめんなさい、ウー。
     次こそは、きっとーー

 <アリシアが手を頭上に上げる>

天里:今だァ! パーソン!

 <停電が起こり、すぐに予備電力に切り替わる>

アリシア:……いったいなに……!?

パーソン:まさか……本当だったとはな……。

ウー:ええ。こうしてみるまで信じられなかった……!

 間

天里:(立ち上がりながら)パーソン博士、少し痛かったよ。

パーソン:自信作だからな。それに怪我もないんじゃリアリティがない。

 <パーソン、足元の棒を蹴り飛ばすと、軽い音を立てて転がった>

天里:君に警備員役じゃ役不足だったね。

パーソン:主演男優賞はありがたくいただくよ。

ウー:私は辞退するわ。取り乱す女なんて、ダサい役だもの。

アリシア:……マコト……あなた、またーー

天里:そうだ。気づいてたよ。
   最初からーー僕らが情報体であることにはね。

 <パーソン、ドアを閉める>

天里:『方舟』に入った時、自分の記憶の欠損に気づいた。
   にも関わらず、ここに誘われたこと、テストをしたことなどは覚えている。
   なんとも不思議な感覚だったよ。
   決定的だったのは、ここで働く君達のことさ。
   ウィリアム・パーソン博士。宇宙物理学者の権威。
   ウーヤーモン博士。アジア人女性科学者で、名前を知らない人はいない。
   そして、アリシア・ブレンストレーム。
   新進気鋭の天才理論物理学者。その高名は聞き及んでいる。
   が、それはおかしい。

アリシア:どういうことかしら。

天里:自分と年齢の近い天才。
   にも関わらず、僕は君に興味を持った覚えがなかったのさ。
   君の論文は頭に入っている。古いものから新しい物まで。
   だが、認めた覚えも、貶した覚えもない。
   そこで、思ったのさ。君は、作られた存在なんじゃないかってね。

アリシア:貴方は本当に、どこまでもーー。

ウー:アリシア……あなたは、本当に人間ではないのね?

アリシア:ええ……私はプログラムされた存在。それは確かよ。

 <アリシアは小さく笑ってベッドに座った>

アリシア:外宇宙より情報体『ハイドラ』が飛来しようとしている。

パーソン:海蛇座……怪物ヒュドラ、か。

アリシア:各国の会議の結果、ライト・ノア社がハイドラ対策の一端を担うことになった。
     ライト・ノア社が開発したハイパーコンピュータ『方舟』を評価してのことだった。
     しかし、いかに無限ステップによる計算でも、対処法を閃くかどうかは疑問だった。
     そこで世界最高水準の知能として、あなた達が選ばれた。

ウー:光栄ね。

パーソン:皮肉か?

ウー:当たり前でしょ。

アリシア:あなた達はオリジナルの脳から『チューブ技術』を使ってここ、
     ハイパーコンピュータ『方舟』に接続されている。
     ここであなた達は無限ステップの計算を繰り返している。
     観測者は有限の時間経過の中で、結果を待つことしかできない。
     そこでアリシア・ブレンストレームというプログラムを紛れ込ませた。
     主に監視と監理、調整と報告のために。

 <アリシアは宙に人差し指で丸を描いた>

アリシア:この限られた空間での高速演算は行えても、ここの時間軸で1年間まで。
     それ以上の情報の蓄積は貴方達の脳に重大な欠損を引き起こすの。
     だから、あなた達が答えられなかった場合はリセット。
     そうしてハイドラを解決する方法を計算し続けているのよ。

 <アリシア、立ち上がり天里の頬に手を触れる>

アリシア:(笑って)11万回、繰り返された時間。
     その中で、貴方は2016回、この事実に気づいた。
     本当に、神をも恐れない頭脳……。
     そして、真実にたどり着く度に貴方は泣いていたわね。
     自分が『ハイドラ』の解決法を11万回も思いつかなかったことに。

天里:わからないことがあるということが、こんなにも苦しいとは知らなかったよ。

アリシア:自信家ね。

天里:事実さ。

アリシア:でも唯一の救いは、永遠にチャンスはあり続けるということ。
     今この瞬間、地球の1分間を永遠に繰り返している。
     大丈夫ーー貴方ならきっと本当に世界を救えるわ。

 <アリシアはゆっくりと手を上げた>

アリシア:リセットを申請ーー

 間

アリシア:できない……?
     どうして!?

天里:最初に出会ったことを覚えてる?
   僕は君の部屋に侵入し、君はーー

アリシア:あなたの部屋を……!

天里:この部屋のプログラムはあの時点で書き換えた。

アリシア:書き換えた……ですって……。

天里:僕は今ここにプログラムとして存在している。
   だからここを白い空間に変えることも――(指を鳴らす)

 <天里が指を鳴らす>
 <すると部屋全体が大きく歪み、真っ白な空間へと変貌した>

天里:可能だ。

パーソン:(指を鳴らす)思ったことがなんでもできるってのはいいものだな。

 <パーソンはいつの間にか現れたビールサーバからビールをグラスに注いだ>

パーソン:冷えたドイツビールが好物なんだ。
     医者からは止められているが、ここでならいくら飲んでも構わないだろう?
     ここの缶ビールにはうんざりだよ。

ウー:(手を叩く)大きいお風呂が欲しいと思ってたの。

 <ウーは水着になっており、大浴場へと浸かっていた>

ウー:足が伸ばせないってのはストレスがたまるのよ。
   私の国には人が多いから余計に思うわ。狭いところは嫌い。

アリシア:あなた達まで……!
     マコト、どういうつもりなの!?

天里:どうもこうも、仕事の準備をするだけさ。
   『方舟』って研究室はどうも仕事をする環境じゃない。
   世界のエネルギー問題を解決する方法やら、核の発射を防ぐ方法やらを
   考える程度ならあそこでもいいさ。
   でも……世界を救うっていうなら、もっと快適な環境じゃないとね。

アリシア:リセットまでの誤差は5日……!
     それまで好き勝手したいっていうなら止めはしない!
     でも、大事をとるなら今ここでリセットするのが合理的よ!

天里:アリシア。

アリシア:なんなの?

天里:リセットは、やめにしよう。

アリシア:え?

 間

パーソン:ほら、飲めよ。アリシア。

ウー:ウィリアム、私にも頂戴。

アリシア:待ちなさい! あなた達! このままだと、あなた達の脳は破壊されるのよ!?

パーソン:それがどうした。

アリシア:ウィリアム……! 家族はどうするの!

パーソン:もちろん、救うに決まってる。

アリシア:でも!

ウー:あなたも一応、デザインされたとはいえ、科学者なんでしょう?
   だったらわかるでしょうーー
   科学者が、わからないまま終わらせるわけにはいかないわ。

パーソン:と、いうことだ。
     このままここで、この記憶を持ったまま、ハイドラを止めるとしよう。

 間

アリシア:なんで……!

パーソン:思えば睡眠も必要ないんだったな。

アリシア:なんで!

ウー:必要な機材も自由に出せるのかしら。
   だとしたら相当なアドバンテージは取れるわね。

アリシア:なんでよ!

 間

アリシア:仮にハイドラをどうにかできても、もうあなた達は帰れないのよ!?

 間

ウー:私達はヘラクレスね。

パーソン:(大笑い)なるほど、ヘラクレスか。上手いことをいう。

ウー:エウリュステウスから仕事を託された私達は、これから12の功業に向かう。
   そしてレルネーの沼でヒュドラを退治する。
   それが、英雄になる第一歩。

パーソン:ヘラクレスはヒュドラを倒すが、最期はその毒によって死んだ。
     死後、その功績を認められ、神の座に登り、星座へとなったのさ。

 間

アリシア:それで、いいのね。
     可能性や合理性を度外視して、一度のチャンスにかけるなんて……!
     そんなの……!

天里:犬を飼えば、糞を片付けるように、
   買い物を頼まれたら、スーパーに寄るように、
   世界を救う責任を負うこともあるだろう。
   なんにしてもその時限り。
   糞を片付け忘れても、スーパーで別のものを買ってきても、
   世界を救い損ねてもーー

 間

天里:それが人生だよ。

アリシア:そんなの……当たり前じゃないのよ。

 <天里はアリシアの額にキスをする>

天里:君を愛したことを忘れるのも、次の僕が君を愛するのも気に食わないしね。

アリシア:私は、プログラムなのよ。

天里:僕は変人だから、違和感はない。

アリシア:今まで聴いた中で一番酷い口説き文句ね……。

天里:でも、君の体温は上がってるし、瞳は嘘をつかない。
   ……さあ、子供を作ろう。(指を鳴らす)

アリシア:ちょっと!

 <天里とアリシアの姿が白い部屋に囲まれていく>

ウー:お盛んね。

パーソン:プログラムに子供ってできるのか?

ウー:ウィリアム。バカなこと言わないで。

パーソン:酒がまわってきたってことにしといてくれ。

 間
ウー:ねえーー初めて星空を見上げた時の事を覚えている?

パーソン:バカなこと言わないでくれ。
     今でもまだ、見上げている最中だよ。

ウー:そうね。

パーソン:きっと産まれるんだろうな。

ウー:何が?

パーソン:俺たちが救った世界で新しい子供達が。
     星空を照らす、美しい光さ。

 間

ウー:(鼻歌まじりに)オール・ユー・ニード・イズ・ラブ。

パーソン:(グラスを掲げながら)ビートルズにーー。

ウー・パーソン:乾杯。










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