秦野の笑顔は渡さない
作者:ススキドミノ


バッドマキ:マキ・ウェイン。極悪非道なハーフ女子大生。
キラーユリエ:原田ゆりえ(はらだ ゆりえ)。冷酷無比な武闘派女子大生。
メゾン・ド・カトー:加藤妙(かとう たえ)。普通の女子大生。
魔王森永:森永星司(もりなが せいじ)。厳酷苛烈な美貌の男子大生。
人造人関:関祐一朗(せき ゆういちろう)。普通の男子大生。

秦野祐介(はたの ゆうすけ):この物語の中心に位置する男子学生。しかし、家で寝ているため登場はしない。





※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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マキ:オイ。

カトー:えっと、何かな。マキちゃん。

マキ:ユリエ。

ユリエ:……何?

マキ:私の名前を言ってみろ。

ユリエ:マキ・ウェイン。

マキ:違う! そうじゃない!

ユリエ:何がよ……。

マキ:この間言っただろうが!
   このプロジェクトにおける私の名を……!

ユリエ:知らない。

カトー:えっと……。

マキ:ん? なんだ? メゾン・ド――

カトー:加藤だよ……それ、やめてよ。
    大学近いからっていっつも家にたまるのもやめてほしいんだけど――

マキ:なんだって聞いてるんだが?
   メゾン・ド・カトー。

カトー:……もういいよ……それで。
    えっと、確か……バッド・マキ……だったっけ。

マキ:そう! そうだ!
   私はバッド・マキ!

ユリエ:うるさい。マキ・ウェイン。

マキ:シャラーップ! 

カトー:あの……! 本当にうち、壁が薄いから静かにして欲しいっていうかーー

マキ:わたしはねえ! このプロジェクトを立ち上げる時に誓ったわけ……。
   どれだけ悪(イーヴィル)だと言われようとも、必ず! 必ずやり遂げるってねえ。
   そのために、この美しき身体に刻み込んだタトゥー……!
   それが……コードネーム、バッドマキ……。
   極悪非道な美しきヴィラン……。

ユリエ:クソナルシストエセハーフ。

マキ:エセじゃない! マキのパパは列記としたアメリカ人だっての!

ユリエ:日系だろうが。

マキ:カンケーないね! ユリエ、あんた自分のステータスが貧相だからって嫉妬すんじゃないわよ。

ユリエ:……ウザ。

マキ:はーい! ボキャブラリー死んだ〜!

カトー:本当に! もう静かにしてって……!

ユリエ:そんで……私たちは何をどうすればいいんだっけ?

カトー:そう、それ! 私……全然わかってないんだけど。

マキ:あのさぁ……そんな調子で私の悲願を成就できると思ってるわけ?
   脳みそ『アイスの実』くらいのサイズしかないんじゃないの?

ユリエ:(机の上のボールペンを手にとって)
    うっし……刺し殺すか。

カトー:わー! ゆりえちゃん! やめて!
    そのボールペン、お気に入りなの!

マキ:それでこそキラーユリエだ。
   ボールペンで二人ヤレるくらいじゃなきゃね。

ユリエ:いいからとっとと話せっての。

マキ:ったく……! あのね、明日は我が大学の文化祭があるでしょ。

カトー:うん……そうだね。

マキ:我々の任務は! 私の……。

 <マキはもじもじしている>

カトー:……え? 何? どうしたの?

ユリエ:あー……思い出した。アレだ……。

カトー:え?

マキ:えっとねえ……うんとねえ……。

ユリエ:もじもじしてんなよ、キショイな。

マキ:うっさい! 乙女の恥じらいをありがたがれよ!

カトー:恥じらってたんだ……。

マキ:性能の悪い耳をかっぽじってよぉく聞きなさい!
   我々の任務というのは!
   私の――恋を成就させることだ!

 間

カトー:こ、い?

マキ:そう! 相手はあの! 最高に可愛らしくてカッコよくて性格もよくて、
   笑顔がキラキラしててもちろんどんな顔でもキラキラしてるんだけど、
   誰にでも親切で誰からも愛されてでも時折見せる孤独な瞳がたまらない、
   秦野祐介きゅん!

 間

カトー:はぁ……。

マキ:おい。反応薄すぎだろ。

カトー:いや、だって……ほら、マキって美人だし、告白すればーー

ユリエ:メゾン・ド・カトー、甘い。

カトー:あ、甘い?

ユリエ:あいつの性格は、顔面のアドバンテージをぶっちぎりで引き剥がし清々しいほどに――ゴミだ。

カトー:そ、それは言いすぎじゃ……。

マキ:ふふふ……秦野きゅ〜ん……。


 ◆


 <地域貢献サークル「ICO(イコ)」・部室>

森永:(背筋を震わせて)ん……?

関:……どうした、星司。

森永:いや……なんでもない。

 間

森永:いいや、やっぱりおかしい。

関:何が?

森永:この俺ともあろう者が、学祭前に風邪をひくわけがない。
   故に……さっきの寒気には必ず意味がある。

関:いいから、そっち持てよ。
  この看板、今日中に搬入しないと明日困るのは秦野だぞ。

森永:秦野! それだ! でかした人造人関(じんぞうにんせき)

関:その呼び方やめろ……!

森永:いいか。心優しき我が心の友『秦野祐介(はたのゆうすけ)』は今、家で休んでいる。

関:お前が無理やり休ましたんだろ……。
  連絡周りはあいつの担当だから、返したらこっちにシワ寄せくるのってのにさ。

森永:仕方ないだろ。目の下に隈つくっていたんだからな。

関:おい……俺も隈だらけなんだが?

森永:お前と秦野では、俺の中での重要度が月とミジンコくらい違う。

関:……いっそ清々しい物言いだな……。

森永:お前が何をどう思おうとどうでもいい。
   今、俺が感じた寒気は……ふむ。

 <森永はコンピュータをタイプする>

関:なんだよ。

森永:ここに入っているのは、俺が極秘に集めてきたファイル集だ。

関:だから、なんのだよ。

森永:ファイル名を見てみろ。

関:あん……? 『秦野祐介を中心とした食物連鎖を管理するための防衛資料』……。
  なんだこれ……新しい研究のレポートか?

森永:これには分不相応にも秦野を喰おうとしている構内の雌豚共の情報が事細かく書いてある。

 間

関:(ため息)俺、なんか具合悪くなってきたわ……。

森永:そう簡単にお前が壊れるか。人造人関(じんぞうにんせき)よ。

関:それやめろっつってんだろ馬鹿……!

森永:……この中にある要注意人物ファイルの中に確か……。そうだ……こいつだ。

関:……ん? ああ、なんか聞いたことあるわ。
  すげえ美人なんだってな。
  隣の学科でも評判の。

森永:こいつの名はマキ・ウェイン。父親は日系アメリカ人で航空エンジニアのブラッド・ウェイン。
   母親は元キャビンアテンダントの葉子・ウェイン、旧姓原田葉子(はらだようこ)
   姉のエミはアメリカ、コロラド州の学校に通っている。

関:……お前、これどうやってーー

森永:手段なぞ、大した問題ではない。

関:いや! 大した問題だろうが! なんだこれ!?
  ここまでの個人情報どうやって集めた!?

森永:関! ……大局を見ろ。

関:見てるからいってんだよ……!
  お前な、こういうのって後々バレたら大変だぞ!?
  今どきSNSやってるやつらなんかは、こういう話題が大好物なんだからな。

森永:なんだ、関……俺を心配してくれているのか?

関:んなわけあるか。お前はもう、お前として産まれてきた時点で終わってんだろうが。

森永:いってくれるな。

関:心配してんのは俺のことだよ……!
  同じサークル内にいて、しかもこいつを見せられちまった以上、責任が無いとは言えないだろ。

森永:だからお前は人造人関だというのだ。

関:はぁ?

森永:当たり前のことを当たり前にいえることは尊い。
   当たり前という感性は須(すべか)らく平均的なモラリズムの上に成り立つ。
   しかし、総ての人間は平均的ではない。
   平均的な人間など存在せず、故に当たり前とは『平均化された理想論』であるわけだ。

関:始まった……。

森永:しかしお前の意見は、当たり前のようであって当たり前ではない!
   お前の意見は、平均的なモラリズムを踏襲した出来の悪い模倣にすぎない!
   叩けば出てくるような埃のようにな!

関:あーうるせえうるせえ!
  (ため息)何するつもりだよ……。
  ってか、秦野がなんだって?

森永:話を戻そう。秦野は、こいつを中心とした肉食女子共に常に狙われている。
   理由は、秦野があまりに可憐で、純粋で、清純だからだ。

関:……ああ、そう。

森永:ちなみに俺の見立てでは、秦野は人間ではない。天使だ。

関:いや、普通に人間だけどな。

森永:昔から決まっているのだ!
   薄汚い心を持った人間共はこぞって清純なる天使の光に集まるのだ……!

関:ブーメランって知ってるか? 多分お前がその薄汚い人間とやらの代表格だぞ。
  ……っていうか、あいつそんなにモテるんだっけか?
  お前が秦野好きすぎて麻痺してるだけじゃねえ? あいつが女の子といる場面なんて見たことないけど。

森永:何を言っている。俺の目が黒いうちに、雌豚共を秦野に近づかせるわけがないだろう。

 間

関:……は?


 ◇


カトー:秦野先輩って……なんかカッコいいって聞いたことあるかな。二年の……あの慈善団体をやっているひとだよね?

ユリエ:慈善団体じゃない。地域貢献サークル「ICO(イコ)」ね。

カトー:地域貢献って、ボランティア活動、みたいなこと?

マキ:当然! ボランティアだけじゃなくて、地域で人手が必要な行事なんかにも積極的に参加するし、
   イベントなんかも共同開催してるの! それも、タダで!
   わかる!? 無償よ!? 無料! 無銭! タダ働き!
   これがどういうことかわかる!?

ユリエ:あんたがボランティアをタダ働きだと思ってること以外はわかんない。

マキ:つぅまりぃ! 秦野くんは崇高なる精神を持ってるってことなのよ!
   見返りもなくひとに手を差し伸べることができる聖人なの!

カトー:そ、そうなんだ。偉いひとなんだね。

マキ:偉いぃ!? メゾン・ド・カトー! そんな言葉で片づけんじゃないっての!
   アキレス腱ニッパーで斬られたいの!?

カトー:怖いよ……!

ユリエ:話を進めよう。で、恋がなんだって?

マキ:え? だから、私は秦野くんと付き合いたいの!

カトー:えっと……どうして?

マキ:それは!

 間

ユリエ:それは、何よ。

 間

カトー:マキちゃん?

マキ:(呟く)……好きだから。

カトー:へえ、そうなんだ。

マキ:恥ずかしいッ!

ユリエ:何今更乙女ぶってんのよ。

マキ:いやんっ!

ユリエ:キッモ……。

カトー:じゃあやっぱり、告白するしかないんじゃないかな。
    私達にお手伝いできることなんてーー

マキ:オイ、小娘。

カトー:お、同い年だよ……。

マキ:おだまり! いいか……私が簡単に近づけるものならすでにヤッてるわよ!

カトー:や、やるって……その、何を……?

マキ:は? 何って、既成事実作りに決まってるでしょ? カマトトぶってんじゃないわよ!

カトー:へ? あ、いや……それってつまり……。

ユリエ:あー大丈夫よ加藤。こいつ、こんなこと言ってるくせにバッキバキの処女だから。

マキ:シャラ―ップ! 何言ってくれてんのよ! そそそそれに!
   ど、どこでそんなこと聞いたわけ!?

ユリエ:え? あんたの中学時代の友達。

マキ:な、なんであんたが私の中学時代の友達を!?

カトー:それよりも……バッキバキの処女って、何……?

ユリエ:あのねえ。あんたみたいな危険人物の側にいるなら、それこそ個人情報引っこ抜くのなんて最初にやるに決まってるでしょ?

マキ:ふ、ふん! まあ? それくらいやれなきゃ、あんたを呼んだ意味はないわ! 合格ね!

ユリエ:開き直りやがって……。

カトー:あの……バッキバキの処女って――

マキ:だぁかぁら! 話戻すけど! 近づいて仲良くなれるならもうしてるっての!

ユリエ:まあ、そうなるわね。

カトー:っていうのは、つまりどういうことかな?

ユリエ:あんたも聞いたことない? 秦野の側には厄介な男がいるっての。

カトー:厄介な男……?


 ◇


関:も、もしかして星司……お前――

森永:なんだ?

関:秦野に近づく女を全員……!

森永:ああ。始末した。

関:始末しただぁ!?


 ◇


マキ:そう。憎き男の名は、森永星司。
   またの名を『魔王森永』という。

カトー:まおう……。

ユリエ:秦野に近づく女には容赦しないって話だ。

カトー:え、あの……何を――


 ◇


関:お前……! 一体何した!?

森永:そう喚くな。命を奪ったわけでもあるまいし……。
   どんな人間でも、調べれば埃の一つもでてくるというものだろ。

関:埃……ってのは、過去の過ち、みたいなもんか?

森永:できるだけ現在に近い方が効果は高いがな。
   どんな家庭に産まれ、どんな環境で育ち、どんな人間と付き合って来たか。
   それだけ一方的に把握すれな、ある程度人間の行動は支配できる。

関:おい……脅迫ってのは立派な犯罪なんだぞ……! わかってんのか!?

森永:別に俺は脅迫などした覚えはないぞ。
   ただ、少し知っていることを話しただけだ。雑談混じりにな。

関:それが脅迫だって言ってんだ!

森永:勘違いをするなよ! 俺は何も、秦野に近づくなといっているわけではない!

関:言ってるんだよなぁ、それ……!

森永:己の過去に責任も持てない人間など、秦野には相応しくない……!

関:お前なぁ……! (ため息)勝手に決めつけんなよ。


 ◇


カトー:な、なんか、怖いね。

ユリエ:ああ。噂では、教授もやつには頭が上がらないらしい。
    実際、森永は学部でもトップの成績を誇る天才だというのも関係しているだろうけど。

カトー:でも、なんでその……森永先輩は、秦野くんに女の子を近づかせたくないのかな……?

マキ:そんなの! 独り占めしたいからに決まってるからでしょ!

カトー:そ、そうなの?

マキ:決まってるわよ……! あの天使のような笑顔や、困ったような優しい笑顔……!
   そ、それに、文化祭の準備で少し疲れたようなあの笑顔を……! ひ、独り占めなんて……!
   許してなるものかぁああああ!


 ◇


森永:まただ……! この寒気……。やはり、動き出したか……。

関:もういいから……ほっとけって。

森永:いいや! 誰であろうと、女だけは秦野には近づけるわけにはいかん……。

関:なんでだよ! もういいから文化祭の準備するぞ!
  本当寝られなくなんだろ!?


 ◇


マキ:あいつを倒すにはひとりじゃ足りないのよ! 手を貸しなさい! ふたりとも!


 ◇


森永・マキ:あの笑顔は、渡さない。


 ◆


 <その日の夕方・文化棟・大ロビー>
 <一人で席に座っているカトー・電話口に向かって話している>

カトー:もしもしユリエちゃん? えっと……一応ロビーに着いたけど……。
    ここで勉強をしているフリをしてる、でいいんだったよね?

ユリエ:『(電話口で)ええ。ちゃんと見える』

カトー:え? ユリエちゃん、どこから見てるの?

ユリエ:『それは気にしなくていいわ』

マキ:『メゾン・ド・カトー! あくまでフリで良いの。それで、ここに怪しいものが持ち込まれたら報告なさい』

カトー:あの、怪しいものって、何?

マキ:『形については極秘になっていてわからないの。とにかく怪しいものよ!
    あ! それと、携帯はこのまま繋いでおきなさい! いいわね!』

カトー:え? あ、あの! ちょっと――嘘、ミュートにされた……。
    うーん……どうしよう。

 間

カトー:(ため息)まあいっか……フリって言ってたけど、普通に勉強しててもいいんだよね……?

 <しばらくその場で勉強していると、ふと周囲が気になる>

カトー:今日……人、少ないな……。

森永:……関心だな。こんな日にまで勉強とは。

カトー:え?

 <カトーの正面に森永が座っている>

カトー:あ、いや。あの……。

森永:文化祭の前日だからな。いつものようには賑わっていない。
   君のように勉強している生徒はそうはいないだろう。

カトー:は、はい。

森永:君は、うちの学部の新入生か?

カトー:は、はい!

森永:そうか。サークル活動はしていないのか?

カトー:そ、そうですね。まだ入ってないです。

森永:明日の文化祭では多くのサークルが気合を入れて出展する。
   その中で、君が入りたいと思うサークルがあるといいな。

カトー:……はい。

森永:邪魔をした。続けてくれ。

 間

カトー:……あの、実は。

森永:ん?

カトー:あ! いえ……その……。私も、ここの文化祭に来たことがあって。
    私の行っていた高校ではその……そういう形の文化祭はなかったので、憧れたというか。

森永:うちの文化祭は、全国的に有名だからな。

カトー:ただその……大学に入ってすぐでその……私、口下手だし、その、人見知りで……。

森永:……そうか。

カトー:だからその……サークルの勧誘にはその、何度も行ったんですけど……。
    中々、入れなくて……。それどころか、友達もあんまりというか……。

森永:出身は?

カトー:え? ……っと、岩手県、です。

森永:田舎なのか?

カトー:比較的、そうかもしれません。

森永:……だとしたら、十分に君はよくやっている。

カトー:そ、そうですか……?

森永:環境というものは、生き物の生態そのものにすら大きく影響する。
   魚が陸には住めないように、大きな環境の変化があれば、生きることさえ難しくなるだろう。

カトー:えっと……あはは。そう、ですよね。環境、すごく変わっちゃったから……。
    じゃあ、えと……。私も、魚なのかな……なんて……。

 間

森永:……魚かどうかはわからないが、少なくとも話せているな。

カトー:え?

森永:俺と君とは初対面だ。そんな俺相手に、自分のことを話せるんだ。君はきっと、自分で思っているよりも、人付き合いが上手い人間かもしれない。

カトー:そ、そんな! 私なんて、全然……。

森永:言葉には力が宿る。そんなことを口にしていると、本当にそういう人間になってしまう。
   それに、自分のことというのは、他人を通した方がより鮮明に映るという話だ。

カトー:他人を通したほうが……?

森永:自分では、自分のことは見れないものだからな。
   人から見た自分が、往々にして本質を捉えていたりするものだと思う。

カトー:確かに……そうなのかもしれないですね。

森永:……ああ。私の尊敬する教授の言葉に、『友人は自分を映す鏡だ』というものがある。
   君にも――少ないとはいえ、友達はいるんだろう?

カトー:友達……。

 間

カトー:はい……いると、思います。

森永:そうか。

 <講堂の入り口・関が巨大なベニヤ板を抱えて立っている>

関:おい星司! 何サボってやがる……!

森永:ああ。悪いな。

関:そこまで思ってない謝罪は初めてだなオイ……!
  いいから反対側持て!

森永:もう少し中に入れろ。俺が持つにはスペースが足りない。

関:あ!? なんでロビー通すんだよ!?
  正門の方に持ってくんだろ!?

森永:言ってなかったか? ここで待機すると。

関:言ってねえ! ってか――うおッ! 倒れる!?

森永:すまないな、新入生。話はまた今度。

カトー:あ、はい。

森永:来年はサークルで参加できるといいな。

カトー:……あの!

森永:ん? なんだ?

カトー:せ、先輩は! その、何のサークルに入ってらっしゃるんですか……?

森永:ああ、申し遅れてすまない。
   俺は、今年設立された『ICO』という地域貢献サークルに所属している。

カトー:『イコ』……どこかで。

森永:森永星司という者だ。

カトー:もりなが……せいじ先輩。

森永:もし君も興味があれば足を運んでくれ。
   君のような熱心な学生なら、大歓迎だ。

カトー:イコ……森永先輩……え? もしかして……!

森永:ん……? 君、何か――

関:おい星司! 看板、どうすんだ!

森永:まったく……一度端に寄せろ。

関:は? なんでだよ。

森永:もうすぐ時間だ。

関:だからなんのだ?

森永:今年の出し物のパンフレットは読んだか。

関:まあ、一応……。

森永:『すべて』目を通したか。

関:すべてって言われると……流し読み程度にだけどな。

森永:薬学科のサークル『魔術研』の出し物で気になるものがあった。

関:魔術研って……あれか。あの西本とかいう人がやってる変なとこ。

森永:阿呆。西本先輩は人格はさておき、薬学部の中でも秀でた存在だ。
   卒業前にして、国内外の大学から幾つも誘いを受けているほどにな。

関:そ、そうなのか。

森永:そんな魔術研だが……去年の出し物を覚えているか。

関:いや、なんだったっけな……。

森永:『臭気による人間の意識への刷り込みと、継続的に作用させることによる無意識への定着』

関:……やっぱ聞き覚えねえわ。

森永:臭いというものが、人間の記憶と強く結びついていることは既にわかりきっていることだが、
   西本先輩は、在る種の匂いを継続的かつ効果的に作用させることによって、人間の無意識に自在に印象を植え付けられると考えている。
   西本先輩が去年発表したのが――惚れ薬というやつだ。

関:惚れ薬……?

森永:ああ。

関:いや……んなもん、作れるわけねえだろ……。

森永:実際に、研究結果がある。
   先輩がその香料を香水に含ませて実験した結果、五十人の検体の内、約七十パーセントの人間が初対面での印象が良い方に修正されている。

関:印象がいいってだけなら、普通の香水でも変わんないんじゃないか?
  そりゃいい匂いがしたほうが印象がいいわけだし。

森永:そこが違う。なぜなら……その香料はほぼ無臭に近いからだ。

関:は? 無臭って、それ――

森永:在る種のフェロモンに近い。人間以外の動物は、多種多様なフェロモンにより異性を引き寄せる。
   人間にもフェロモンを感じる器官は備わっている。つまりはそういうことだ。

関:それ……マジならすげえことじゃねえか……?

森永:ああ。だからこそ、西本先輩は天才だと言っている。

関:お前が人をそこまで褒めるのも珍しいしな。

森永:そんな先輩の作った新作の惚れ薬が、今日このルートを通って輸送される。

関:……お前もしかして、その惚れ薬が輸送されるのを待ってるのか……?

森永:ああ。

関:どうして――

森永:ちょっと待て。

 <森永はカトーの机に歩み寄る>

カトー:え? あ、あの……なんですか?

森永:君……その携帯電話を見せてもらえるか。

カトー:え? あ、あの……それは――

森永:通話中……やはりか。

カトー:あ! あの、ちょっと!?

 <森永は携帯電話をスピーカーにする>

森永:もしもし。

 間

森永:……マキ・ウェインだな。

マキ:『流石は魔王。私が相手だってこともお見通しか』

森永:阿呆。通話相手の名前が表示されている。

マキ:『……あっそう』

森永:貴様……何を企んでいる。

マキ:『別に。半信半疑だったけど……あんたがベラベラと喋ってくれたから、自信から確信に変わったってことだけは言っとくわ』

森永:やはり、惚れ薬を狙ってきたか。

マキ:『狙ってる? ああそうか! 勘違いされているようね、魔王森永。
    既にアレは、私の手の内にあると言っても過言ではないわ』

森永:その程度のハッタリで俺を焦らせることができるとでも?

マキ:『私の部下に騙されて警戒を解いたくせに随分と言うわね!
    聞いてたのよ! なんかちょっといい感じのアドバイスとかしちゃって!
    いい人ぶってんじゃないわよこの人情派! 語るに落ちたとはこのことよ!』

カトー:え!? あ! いやあの……! 先輩!
    私は別に騙すとかそういうのじゃなくて勝手に……!

マキ:『ダァーッハッハ! ちょろいちょろい!
    所詮は人の子! 私のような完璧な知性と美貌を兼ね備えたスーパーヴィランにはかないっこないのよ!』

関:……なんつーか、半信半疑だったけど本当に変わった人なんだな……マキ・ウェイン。

マキ:『――と、時間稼ぎはこれで十分ね』

森永:ほう……まだ何かあると?

マキ:『外を御覧なさい!』

カトー:あ、あれって……!

関:魔術研の人たちが……! なんか覆面のやつに襲われてねえか!?

カトー:あれってもしかして――ユリエちゃん!?

マキ:『そのとおり! 我が配下のキラーユリエよ!』

関:なんかすげえ軽快な動きで攻撃を仕掛けてるぞ!?

カトー:でも魔術研の人たちも負けてない!

森永:魔術研の輸送部隊は、格闘技経験者で固めてある。
   実際に彼らは、去年も幾多のサークルから狙われ、それらをすべて撃退せしめている。

関:去年も襲われてんのかい! ……うちの大学って変なやつばっかな……!

カトー:ユリエちゃんの攻撃の方が――嘘……! まだ早くなるっていうの!?

関:こりゃあ、魔術研はもたないぜ……!

マキ:『キラーユリエは由緒ある武道家一家の出でね!
    幼子の折から、ひたすらに己の技を磨いてきた豪傑なのよ!』

森永:確かに……いち女子大生の戦闘能力を大きく逸脱している。
   何故そんな人間が貴様のような人間に力を貸すのだ。

マキ:『ふっふっふ……それはね。時代錯誤の家訓に縛られるユリエは、その家訓から外れることはできないからよ。
    家訓の中にこんな一文があるわ。受けた恩には、その力の総てを持って報いよ……ってね』

森永:恩、とは?

マキ:『ユリエは生来の脳筋でね。入学以降、あまりにも勉強がついていけなくて自我を失い発狂しかけていたのよ』

関:そりゃ、言いすぎだろ……!

カトー:でも実際、口から魂が抜けてるのは見たことあるかも……。

関:……マジで?

マキ:『遡ること前期テストの前――白目を向いてブツブツと宙に呟いていたユリエの前に、そっとノートのコピーを差し出す天使がいた……!
    あ! 天使じゃねえや! この私! 天使も恐れる美貌の女神! マキ・ウェイン様登場ってわけ!』

関:ブレねえなぁ……なんか。

マキ:『それ以来! 私への恩を返すために、ユリエは足りない脳みそと引き換えに、その血肉のすべてを私に捧げてるってわけ!
    ふーっはっはっはっは!』

カトー:あれ……? でも、そのノートって……。

マキ:『……え?』

カトー:前期テストの前だよね? それって、マキちゃんが私にノートのコピー三部ほど頼むわって言ってたやつじゃ……。

マキ:『……うにゅ? んー! マキちゃんむつかしいことはわからないにゃあ』

カトー:私のを自分のだって言って渡したんだね……。

関:うん。清々しいほどにクズだな……。

マキ:『お黙りこのチンチクリン共! 私がそうだって言ったらそうなのよ!
    それに! そんなことはもうどうでもいいの! 何故なら私の手元に例の薬が――』

 <通話にユリエが入ってくる>

ユリエ:『マキ?』

マキ:『ぴゃああああ! ユ、ユリエ!? どうしたの!? 薬は手に入った!?』

ユリエ:『いや、あいつらの持ってたアタッシュケースには何も入ってなかったわ』

マキ:『……え?』

森永:本当に……よく喋る女だ。

関:星司?

森永:全く……ここまで阿呆だと、相手をする気にもなれんな。

マキ:『……ま、まさか! 魔王あんた――』

森永:薬は、俺が預かっている。

マキ:『なッ! なんですって!?』

森永:はじめから狙われるとわかっているものを、去年と同じ方法で運搬すると思っているのか?
   俺は、西本先輩とは旧知の仲でな。先輩と話し合い、最初からすべて仕組んでいたのだ。

マキ:『クッソ! なんて陰険な! この陰湿根暗変態魔王!』

森永:なんとでも言え。ただし……お前らの起こした問題行動については、しっかりと大学側へ伝えさせてもらうからな。
   二度と……貴様のようなやつが、秦野に近づこうなどと思うな。
   お前自身、その方が幸せに暮らせるだろう。
   ……行くぞ、関。

関:お、おう。

 <森永が歩き去ろうとした矢先、森永に向かって何かが疾走してくる>

森永:ッ! 何!?

ユリエ:覚悟。森永――

関:あぶねえ!

 <ユリエの高速の回し蹴りを関が受け止める>

ユリエ:私の回し蹴りを……! あなた、何者。

関:お前! 急に人に蹴り入れようとするって……!
  正気か!? ここ大学だぞ!?

森永:君は……そうか。キラーユリエと呼ばれていた。

ユリエ:……あんたは行かせない。薬を置いて行け。

森永:断る。

ユリエ:なら――ここであんたには寝ていてもらう。
    はぁっ!

関:やめろって……!

 <ユリエの攻撃を関はすべて受け止めていく>

ユリエ:オラオラオラオラ!

関:ふんふんふんふん!

カトー:す、すごい! バトル漫画みたいに! なんだかよくわからないけど戦ってるみたいなやつだ!

森永:関は、周囲から人造人関(じんぞうにんせき)という異名で呼ばれている。

カトー:じんぞうにんせき?

森永:ああ。やつは生まれつき身体が丈夫でな。加えて身体能力も誰よりも強かった。
   故に、やつは多くの力自慢や喧嘩自慢、スポーツマンなどに狙われ続ける毎日を送ってきたらしい。
   そんな日々を乗り越え、ついにやつは誰にも打ち崩せない最強の人間兵器へと至ったのだ。

関:誰が人間兵器だッ! あとそれっぽい設定つけんな! んな事実はねえ!

ユリエ:手強い……! これほどの手練……我が一族でもいるかどうか……!

関:だから! そういうバトル漫画みたいなセリフやめろ!

ユリエ:こうなったら……一子相伝のあの技を使うしかないか……!

関:使うな! 一生封印しとけっての!

森永:ふむ……。キラーユリエとやら。

ユリエ:……何だ。

森永:お前に、ちょっとした話があるのだが。
   いや……話があるというのは、俺ではなく――これなんだがな。

 <森永は胸ポケットからボイスレコーダーを取り出す>

カトー:それは……ボイスレコーダー?

森永:これには、お前が従っているあの……マキ・ウェインがお前について語っている音声が入っている。

ユリエ:マキが? 何を……!

森永:曰く、頭の悪いお前を、如何にしてこき使っているかを語った音声だよ。

カトー:まさか……! さっきの会話を録音してたの!?

森永:加えて、お前を支配している盟約とやらも、マキ・ウェイン自身の力によるものではないとも。

ユリエ:……本当なの。

 間

ユリエ:本当なのか! 答えろ! マキ・ウェイン!

マキ:『……そ、それは……その……』

ユリエ:どうなんだって言ってんのよ歯切れ悪いわね! あんたらしくもない!
    どうせゴミクズみたいな音声入ってんでしょ! 言ってみなさいよ!

マキ:『……ええ、そうよ』

カトー:マキちゃん……。

マキ:『だって本当じゃない! 別に私のだなんて言ってないのに!?
    あんたが勝手にノート受け取って、私に恩感じてるだけだし!?
    知らないわよ! あんたが馬鹿なのが行けないんでしょ!』

カトー:マキちゃん! そんな言い方――

マキ:『知らない! 私悪くないもん! バーカバーカ!』

ユリエ:……あっそ。

森永:さて。聞くまでもなかったようだが……つまりはこういうことだ。
   君がマキ・ウェインのために行動していたというのなら、これでもう理由はないはず。
   幸い、君は覆面をしている。謎の人物がサークル発表の舞踊でも練習していたということにでもしておいてやる。
   大人しく引いてくれるな。

 間

森永:では、行こう。

関:……ああ。

ユリエ:待ちなさい。

マキ:『え……?』

 <ユリエは覆面を取る>

関:覆面を……外した?

森永:なんのつもりだ。

ユリエ:こいつはね。こういうやつなのよ。
    マキ・ウェインって女は、どうしようもないクズなわけ。

カトー:ユリエちゃん……。

ユリエ:知ってるっての。そんなこと。
    知らないと思ってんのは、それこそ電話の向こうの馬鹿女くらいのもんなのよ。
    おめでたいっていうかなんていうか……私が適当にでっち上げた話を真に受けて……。
    いつの時代にノート借りただけで手を貸すなんて馬鹿げた家訓守ってるやつがいるっての?

マキ:『……はぁ!? 嘘だったわけ!?』

ユリエ:ほらね。馬鹿でしょ?

森永:なら何故、その女に手を貸す。

ユリエ:友達だから。

 間

森永:友達……友達か。

ユリエ:ええ。友達だからに決まってるでしょ。

森永:笑わせるな……!

関:お、おい。星司。

森永:友達だというのなら……! 何故こんな馬鹿げたことに付き合う……!

ユリエ:馬鹿げてることだってやるもんでしょ、大学生なんて。
    あなた、友達居ないの?

森永:……言ってくれる……!

 <森永は鞄の中からファイルを取り出す>

森永:これはマキ・ウェインの出席記録だ。

関:なんでお前そんなもんを――いや……今更か……。

森永:これによると、マキ・ウェインは前期の講義に三度しか出席しておらず、大学側からの再三に渡る呼び出しも拒否している。
   後期からは完全に休学扱いになっているそうだな。

マキ:『ッ!』

森永:本分も果たせないのなら、軽々しく学生を名乗るな。

ユリエ:話をすり替えんじゃないわよ! そんなこと、あんたには関係ない!

森永:関係ないだと……?

ユリエ:確かにマキは大学に来れてないけど! だからって――

森永:マキ・ウェイン!

 間

マキ:『……何よ』

森永:お前は惚れ薬を手に入れて、どうする。

 間

森永:それを使って、誰と結ばれたい。

マキ:『それは――』

森永:秦野祐介か。

マキ:『ッ! ……どうして知ってるの……』

森永:やはりそうか……。

関:やっぱモテんだな……秦野。羨ましい……!

マキ:『どうして知ってるのって聞いてんのよ!』

森永:秦野を狙う女は多い。だがその女の多くは自己顕示欲が高い傾向にある。
   秦野祐介を好いていることを、何かしらのステータスかのように――SNSでペラペラと喋る。

カトー:SNS……!?

森永:マキ・ウェインのものと思われるアカウントでも投稿を確認した。
   『秦野くんの心は私がいただく』とな。

マキ:『そんな……! 美少女怪盗マキちゃんのアカウントがバレていたの……!?』

ユリエ:馬鹿……。

カトー:その投稿……私も見た。そういえば、私のアカウント、フォロー返されてないけど……。

関:っていうか星司……お前わざわざネット上でも探してるのかよ……!

マキ:『そ、そうよ! そんなもんインターネットストーカーじゃない!
    キモすぎ! 勝手に見んじゃないわよ変態!』

森永:誰でも見れるところで投稿しているのは自分だろう。
   好きなように、思ったように投稿できるという甘言に身を任せ、何も考えずに言葉を垂れ流しているのも自分だ。
   それを他人にどう取られようと、どう思われようと、それはお前の責任だ。

マキ:『くっ……! そんなわかりきったような正論、効かないっての!
    それで!? 私が秦野くんを好きだったら何なのよ! あんたに関係ないじゃない!』

森永:貴様はこの惚れ薬をどうするつもりだ。マキ・ウェイン。

マキ:『だから! それは……その、それがあれば秦野くんは――』

森永:秦野はお前を好きになり、お前は秦野と付き合う。
   二人仲良く大学にもこれて、万々歳……か?

 間

森永:いいだろう、薬をくれてやる。

 <森永はベニヤ板の裏からアタッシュケースを取り出す>

関:俺が運んでた荷物に入ってたのか……。

森永:……ほら。持っていけ。

 間

森永:どうした、いらないのか?

マキ:『……は? 何いってんの! いるに決まってるじゃない!
    ユリエかカトーが受け取って――』

森永:ダメだ。お前が取りに来い。

マキ:『……え?』

カトー:それは……! 先輩、マキちゃんは――

森永:どうした? いくらでも待っていてやる。大学の第三のロビーだ。
   今からならどれくらいで来れる?

マキ:『あ……いや……』

森永:……しょうもない。

 間

森永:しょうもないんだよ……!
   自分では何もできないのか! 何が秦野くんが好きだ!

関:星司!

 間

関:もう、いいだろ。やめようぜ。

ユリエ:……薬を渡して。

関:おい君ももう――

森永:どうしてそうなる……。どうしてお前らはそうなんだ……!

関:星司も! 落ち着けって!

森永:落ち着いていられるか!

 <森永はファイルを放り投げる>

森永:……気に食わない。何が惚れ薬だ。
   何故そんな考えになる……! なんでお前らの自分勝手な欲望の為に! 秦野が犠牲にならなくてはならない!

関:星司……。

森永:そんなもので相手を操ってなんになる! あいつを幸せにできるというのか!?
   俺は認めないッ! あいつは俺の――友達だ!
   お前らが友達という大義名分を掲げて、俺の友達を傷つけようとするなら!
   俺は、あいつを守るためになんだってする……!
   それが、俺の思う友達というものだからだ。

 間

森永:お前もわかってるんだろう……!
   友達だというのなら、間違っていることに。

 <森永はアタッシュケースを持って出口へ向かう>

関:星司。行くのか――

森永:来なくていい。……少し、ひとりになりたい。
   荷物はそこに置いておけ、後で俺が運ぶ。

 <森永はロビーを出ていく>

関:……あー、そういうことみたいだ。

 間

関:なんつーか……。あいつも、悪いやつじゃないんだが――

カトー:いえ……先輩たちは、悪くないです。

関:……そうか。

ユリエ:どうする。

 間

ユリエ:どうするの。マキ。

カトー:……ユリエちゃん……。

ユリエ:泣いてたってわかんねえだろ! マキ・ウェイン!

マキ:『うええええん! だってええええ!』

ユリエ:あんたは! 極悪非道な美しきヴィランなんだろ!? このままでいいっての!?

マキ:『えええええん! うえええええん!』

ユリエ:泣くな! バッド・マキ!

カトー:ねえ。

ユリエ:何よ――

 <カトーはユリエの頬を叩く>

ユリエ:いっつ……!

カトー:落ち着いて。いい?

ユリエ:ごめん……。

 間

カトー:ねえ。マキちゃん。聞こえる?

 間

カトー:ねえ……マキちゃんはどうして、学校来れないんだっけ?

マキ:『ぐすん……それは……』

カトー:うん。

マキ:『……怖いから……。人と話すの……怖い……。
    顔見て話すのも……見られるのも……怖い……』

カトー:うん。

マキ:『……最近は……少しだけ、良くなった……。
    だから、メゾン・ド・カトーまでは……行けるし……』

カトー:そうだね。じゃあさ……秦野先輩のことはどうして好きになったんだっけ?

マキ:『……大学……行った時……校門で動けなくなってたら……大丈夫って声かけてくれて……。
    ずっと、怖かった、けど……でも、秦野くんは……優しくて……怖く、なかった』

カトー:そっか。

 間

カトー:ねえ、マキちゃんはさ、気づいてるかな。

マキ:『何を……?』

カトー:秦野先輩は、マキちゃんと面と向かって話をしてくれたんだよ。
    だから、マキちゃんは好きになった。

マキ:『それが、何……?』

カトー:一度会っただけで、一度話しただけで、マキちゃんが秦野先輩を好きになったみたいにね。
    面と向かって話さないと、わからないことがあるんだよ。伝わらないことがあるんだよ。
    私だって今日、少しだけど……森永先輩と話してみてわかったことなんだけどね。

関:星司と……?

カトー:でも、ううん……きっとね、話してわかることなんて、そんな大したことじゃなくて……。
    目を見て話せばわかることは、きっとたくさんあるんじゃないかな――なんて。

 間

カトー:私、決めた。『ICO』に入る。

マキ:『え?』

関:は? うちに?

カトー:はい。『ICO』の代表って、森永先輩ですか?

関:ああ、一応そうだと思うけど――え? 何?

カトー:じゃあ、今から入るって伝えてきます。

マキ:『は? え!? ちょっと! 何!?』

カトー:私、先に行くね。マキちゃん。

 <カトーは走り去る>

関:……行っちまった。ったく……何がどうなってんだ?

ユリエ:(呟く)ふうん……そっか。あんたはそうするのね……。

マキ:『先に……行くって……。何よ……』

ユリエ:ねえ、マキ。

マキ:『……何』

ユリエ:あんたさ。ネットばっかやってるから、クソみたいな汚い語彙で話すし、ゴミみたいな性格してるけどさぁ。

マキ:『だから何……! 悪口ならやめてよ……今は聞きたくない』

ユリエ:でもね。いつだって前に進もうと這いずってるとこは、尊敬してんのよ。私も。
    だって私、大学に居場所ないもん。
    でも、そんな憂鬱とか、あんたは全部吹き飛ばすのよ。
    大学来るとか来ないとかじゃなく、ヴィランとか調子乗ってるあんたでもなく、
    そこにいる、マキ・ウェインって女の……そういう部分が私達を引き合わせたんだ。
    きっとカトーも、そんなあんたに憧れた。

マキ:『何よ……それ』

ユリエ:私は、少しでもあんたの進むきっかけになるんなら、惚れ薬でもなんでもぶんどってきてやるわよ。
    でもカトーは、前に進むことを選んだ。私達を置いてね。

マキ:『先に……行く』

ユリエ:悔しくないの? マキ。

マキ:『……別に……じゃあ何すればいいってのよ……』

ユリエ:ねえ、マキ。悔しくないの?
    ……あの魔王さ。きっと舐めてるよ? あんたの気持ち。

マキ:『……気持ちって?』

ユリエ:あんたが秦野って人を好きだって気持ち、舐めてんだよ。
    悔しくないの?

 間

ユリエ:あんたの好きなんて、しょうもないんだってさ。

マキ:『むかつく……』

ユリエ:どうせ大学にも来れない豆腐メンタルだし?

マキ:『むかつく……!』

ユリエ:俺様の友達には相応しくない、口だけクソゴミ処女だってさ。

関:……あいつもそこまでは言ってないけどな。

ユリエ:悔しくないのかよ! マキ・ウェイン!

マキ:『むかつくー!! むかつくむかつくむかつく!
    ちょっと顔と頭がいいだけの面白みもクソもない堅物ゴミ男のくせしやがって!
    この私の秦野きゅんへの愛はオンリーワンかつナンバーワンだっての!』

ユリエ:あんた。メゾン・ド・カトーにいんのよね?

マキ:『いるけど何よ! 言っとっけどクソゴミ処女って言ったの許さねえからな! この脳筋!』

ユリエ:じゃ、今から迎えに行くから。

 間

マキ:『は?』

ユリエ:その威勢のままでいなさいよ。はい通話終了っと。

マキ:『はあ!? おいこら! 待って――』

 <ユリエは携帯の電源を切る>

ユリエ:……さて、迎えに行きますか。

関:……そっか……なんつーか……まあ、何するにしろ、気をつけろよ。

ユリエ:は? 何いってんの?

関:ん?

ユリエ:一緒に来てよ。じんぞうにんせき。

関:……え。俺?


 ◆


 <第一講堂裏>
 <ベンチに座る森永に、加藤が走り寄る>

カトー:(走って)もりながせんぱーい!

森永:……ん?

カトー:(息切れ)……せ、せんぱい。

森永:ああ……君はさっきの。

カトー:あ、あの! 先程は、友人達がご迷惑をおかけしました!

 間

森永:ああ……そのことか。
   別に気にすることはない。それに……俺も少し感情的になりすぎたと思っていた。

カトー:あの、じゃあ、それはもういいんですけど……!

森永:は? そのことじゃないのか?

カトー:いえ! それはもうよくて!

森永:……惚れ薬なら、もう倉庫に――

カトー:それもいいんです!

森永:そ、それもいいのか? じゃあ――

カトー:私を! 先輩達のサークルに入れてください!

 間

森永:……え。

カトー:ダメ、ですか?

森永:い、いや……構わないが……。一体どういう話の――
   ッ! もしかして、君も秦野を狙っているのか!?

カトー:いえ違います。ああいう可愛い系の人って好みではないので。

森永:そ、そうか……。いや! 秦野のどこが不満だ!?
   あいつはただ可愛いだけではないぞ!? 天使のような――いや、俺は何を言っている……!
   というか……君もどうして急に?

カトー:あの! 加藤……妙。

森永:かとう、たえ?

カトー:私の名前です。すみません、申し遅れてしまって……!

森永:(吹き出して)……なんだ、君は。
   随分と会った時の印象と違うな。

カトー:そ、そうですか?

森永:ああ。口下手で人見知りなどと……とんだ食わせ者だったわけだ。

カトー:そんなことないです! 今もすごく、なんていうか……私らしくないってわかってます。
    でも、前に進まないと……何も変わらないかもって……。

森永:……そうか。

 間

森永:歓迎するよ。加藤妙さん。

カトー:え?

森永:君がどうしてそうしようと思ったかはわからないが……人間が行動するには、何かの理由があるはずだ。
   つまりそれは加藤さんにとって、大切なことなんだろう。
   我々、地域貢献サークル『ICO』は、君を歓迎する。

カトー:……はい!

森永:とはいっても、すぐに参加というのも難しいだろう。
   文化祭で俺達は活動をまとめた展示を行うことになっている。
   空いている時間でいいが、先ずはそこに顔を出して欲しい。

カトー:はい! わかりました!

森永:では、連絡先を教えてくれるか?

カトー:はい、わかりま――あれ……?

森永:どうした?

カトー:あ! いや……! さっきのロビーに、携帯置きっぱなしで……!

森永:そうか、あの時のは君の携帯だったな。
   ……俺も関を置いてきてしまった。一緒に取りに戻ろう。


 ◆


 <カトー宅前>

ユリエ:(ドアを叩いて)おいこら! いるのはわかってんだぞ! 出てきやがれ!

関:コラコラ! んな取り立て屋みたいなことしたら、変な噂立つから! やめろ!

ユリエ:え? でも、ここカトーの部屋だし。

関:だからそのカトーに迷惑かかんだよ!
  っていうか、合鍵もってないのか?

ユリエ:持ってるけど。三つ。

関:……なんで三つ?

ユリエ:勝手に合鍵作ったのバレるとカトーが取り上げるから、スペア。

関:本当カトー可哀想。誰か知らんけどマジ可哀想。

ユリエ:(ドアを叩いて)……ったく! いい加減観念しろって!

関:合鍵使え合鍵!

ユリエ:ダメなんだよ。

関:何が!?

ユリエ:自分で出てこないと、ダメなんだ。


 ◆


 <構内を歩く森永とカトー>

カトー:あの……先輩。

森永:なんだ。

カトー:いえ、あの……。

森永:どうした、言ってみろ。

カトー:あの……マキちゃんのことなんですけど。


 ◆


関:(ため息)……あのさぁ……その、マキさんはなんで大学来れなくなってるわけ。

ユリエ:それ……今聞く?

 間

ユリエ:(ため息)……両親が死んだんだよ。


 ◆


森永:……知っている。そのことは。

カトー:え……?

森永:当然だろう。


 ◆


ユリエ:どっちも。飛行機事故でね。
    一年と半年前くらいのことだった。フィジーに旅行中にさ、セスナが落ちたんだって。

関:それって……いや……気軽に聞いて、悪かった。

ユリエ:別に、私にいうことじゃないでしょ。それに……ニュースにだってなったし、調べればすぐでてくるよ。

関:見たよ。そのニュース……。そっか、彼女のご両親だったんだな。

ユリエ:それだけが原因じゃないんだってさ。……マキの母さん、日本人だったから。
    たくさんの人に囲まれてさ。ほら……マスコミとか。高校まで着いてきたらしいよ。

関:そっか。そういうもんか……。

ユリエ:あいつさ。両親いなくなって、寂しくないわけないのに、人前ではちゃんとしようって思ってたらしいんだよ。
    でもさ……女子高生だよ? 誰が考えたって無理だよ、そんなん。案の定無理しちゃってさ。記者会見っての?
    それの最中に気分悪くなって――それ以来、人がたくさんいると、息ができなくなるようになって。
    (間)
    それからは家に引きこもってんだよ。いろんな大人が手を回して、自宅受験みたいな形でうちの大学入って。
    あとは魔王が言ってた通り。ほぼ休学状態。


 ◆


カトー:知っていたんですね。

森永:……ならどうして、とでも言いたいのかな。

カトー:え? あ、いえ! そんなことはないです、全然……!

 間

森永:君は、どうして――
   

 ◆


関:どうして、その……彼女と友達になったんだ?
  大学――じゃないよな?

ユリエ:んー? いや、本当成り行きだよ。
    私もなんか大学馴染めなくてさ。あとはまあ……勉強も着いてけないし……。
    駅前のファミレスで勉強してたんだけど、本当向いてなくてさ。
    そしたら、なんか真っ黒い塊みたいなやつがノート差し出してきてさ――

 <ゆっくりとドアが開く>
 <マキは、真っ黒の毛布のようなものの隙間から二人を見ている>

ユリエ:(微笑んで)……ほら、あんな感じのやつ。

関:ひ、ひぃっ! なんだこれ!? 妖怪!?

ユリエ:おいマキ。とっとと行くぞ。

関:ま、まき!? この黒ずくめの物体が!?

マキ:だ、誰よ……! それ!

ユリエ:ん? じんぞうにんせき、だっけ?

関:それいうな……! あ、いや……二年の関だけど……。っていうか、君がマキさん?

マキ:……そうだけど……。ねえ……なんで知らない人がいんの……?

ユリエ:さっき戦ったんだけど、すげえ強いよ。結構気に入った。

関:だから、んな少年漫画のセリフみたいなこと言われたって嬉しくないんだって……。

マキ:……あのさ……行くって、どこに……?

ユリエ:大学に決まってんだろ。

マキ:は!? やだむり絶対行かない!
   だって明日文化祭でしょ!? 人多いし! 無理! あり得ない!

ユリエ:じゃあ、どうすんの。

マキ:大体! なんで私が行かなきゃいけないのよ!

ユリエ:魔王に、言われっぱなしでいいのかっていってんだよ。

マキ:魔王……? ああ……さっきの……。

 間

マキ:……でも、無理だよ……。今でも、人がたくさんいるところ……超怖いし……。
   ここにだって……人がいない深夜に来てるんだよ?

関:……深夜に押しかけてんのか……カトー、不憫すぎる……。
  ってか、その格好で来てんのか……?

ユリエ:んなこと言ってたら、あいつに負けちまうぞ!
    いいのかよ! それで!

 間

マキ:む、無理!

ユリエ:マキ……。

マキ:無理なもんは無理! だって……!
   (泣き出す)無理だよ……! 想像しただけで怖いもん!
   今だって、足、震えてるもん! 無理だもん! 頑張ってみたいけど!
   頑張って……みたいけど……! でも、私なんかには……無理……。

 間

関:あの、さ……。俺は君らとも今日あったばっかだし、今の状況も意味分かんないしさ。
  文化祭の準備も終わってないし、早く帰りたいんだけど――いやそれはいいか。
  なんつーかなぁ……! 俺は別に、特に困るでもなし、かといって特に目立つこともない、凡百な大学生だけどさ。

ユリエ:いや、あの強さは誇っていい。

関:んなことは誇りたくないっての……。あー……だから、何が言いたいかっていうとさ……。
  無理なことは、無理しなくていいと思うんだよ。俺は。
  誰にだって無理なことや、やりたくないこと、逃げ出したくなることってあるだろ?
  そういうときは、逃げたって誰も攻めやしないって。特に君の話は――いや、聞いただけだけど……。
  誰だって、君のことを責めたりはしないと思う。

マキ:……そんなの……別に……。

関:君はさ、頑張ってるんだろ? 頑張ってるなら……いいんじゃねえ?

 間

関:いや、だからさ……自分を責めるのは、やめてもいいんじゃねえのかな。

マキ:自分を……責める……? 

関:自分なんか――ってさっき言ってただろ?
  でも、頑張ってみたいとも言ってた。
  頑張ってみたい自分も、無理な自分も、どっちもあって自然なんじゃないか。
  ……どっちだって、マキさんの思ってることなんだと思うんだけど――……なんだよ、ジロジロと。

ユリエ:……いや、良いこというなーって。人造人間の癖に。

関:あのなぁ……! ずっと言いたかったんだが! 俺先輩なんだよなぁ!?
  しかも初対面だろ!? 君は一体どういう教育受けてんだ! 親御さん紹介してくんない!?

ユリエ:え? 何、両親に挨拶って……新手の告白?

関:するか!

マキ:ねえ。

 間

マキ:私……頑張りたい、かも。

ユリエ:……本当に言ってる?

マキ:うん。そこの脳筋っぽい人の言う通りかもしれない。

関:オイ。マジで一発殴っていいかな。脳筋らしくさぁ……!

マキ:どっちも私なら……! どうせ私なら……。
   カッコいい方が……カッコいい。

 間

ユリエ:……うし。じゃあ、あの魔王に一発かましてやろう。

マキ:うん! ぶちかます!

関:……そうか。いや、星司に何するつもりかは知らないけど、頑張れよ。
  じゃあ俺はここで――なんで俺の腕を掴むんだ、君は。

ユリエ:は? だって、これからがあんたの見せ場でしょ。

関:見せ場って……何?

ユリエ:乗せろ。

 間

関:……え? 俺?


 ◆


カトー:それで、ファミレスでバイトしてる時に、いつも黒ずくめで震えてるから声をかけたら、
    同じ大学だっていうので……。なんかよくわからないうちに、うちに来るようになって……。

森永:流されたわけか。

カトー:はい……まあ結果的には……。
    それからはいつもうちに来るようになって……ユリエちゃんもマキちゃんが連れてきて。
    ふたりともテンション高いし、部屋で暴れるし……食べ散らかすし飲み散らかすし……。
    賃貸なのにダーツとかするし……ゲーム機投げて壊すし……買い置きの食材とか勝手に食べるし……。
    あと、SNSに私の洋服勝手にファッションチェックとかいってあげたり……。

森永:……すまない。それは、本当にあった出来事なのか?

カトー:あはは。
    でも――すごく楽しいときもたくさんあって。
    東京に一人で出てきて、ずっと寂しくて……だから、二人といると飽きなくて……。
    私、思うんです。こんな風に、大学でも一緒に楽しくできたらいいなって。

 間

カトー:先輩は、秦野先輩と、お友達なんですよね?

森永:……あいつがどう思っているかは知らないが、少なくとも俺にとってはそうだ。

カトー:どうして先輩は、秦野先輩をその……守るんですか?
    女性から……えっと、遠ざけるって、聞いたので……。

 間

森永:俺はあいつとは中学来の付き合いでな。
   あいつはいつでもクラスの人気者だった。だが同時に純粋で――真っ直ぐすぎた。
   そんなやつだからな……高校の時だ。ひどい女に捕まってしまった。

カトー:ひどい、女の人……?

森永:学校では誰もが憧れるような女だった。顔もよく、人当たりもいい。
   誰もが羨むカップルだった。だが――そうじゃなかった。
   その女は、学外では他の男とも遊び回っていた。

カトー:そんな……。

森永:そこまでならよくある話だったんだ……。
   それを知ったあいつは女を問い詰めたんだ。すると女は保身の為にあいつに嘘を吹き込んだ。
   『私は脅されているんだ』とな。……子供だましのような陳腐な嘘だ。
   俺はあんな女とは別れろと言ったんだ。だが、あいつは――秦野は、どこまでも純粋で、真っ直ぐすぎた。
   (間)
   あいつは、浮気相手の男の部屋へ行った。そしてその日から――学校へ来なくなった。
   俺があいつの部屋に行くと……秦野の顔は傷だらけだった。顔だけじゃない、身体中、怪我をしていたんだ。

カトー:それって……もしかして――

森永:あいつは何も言わなかった。何度も何度も通った。
   そして傷が治ってからだ。秦野は、ようやく話した。
   男に暴力を振るわれたこと……そして、女も側にいたこと……。
   ……倒れる祐介の横で、そいつらがセックスをしたこと。

 間

森永:俺は怒ったよ。何故すぐに言わなかったのか。何故すぐに警察へ届けなかったのか。
   あいつは、笑ってたよ。あいつは――女も、その男も、許すって。
   俺がそのことを知ったら、徹底的にやる。あの女も、その男も、破滅させてやった。
   それを知ってて……あいつは怪我が治れば、証拠はないだろって……。
   信じられるか? 何故許せる? あいつはあんな目にあうようなことは何もしてないんだ……!
   何も悪いことなんてしてないのに……! 理不尽で、残酷で、しょうもない欲望のために、傷つけられて――   

カトー:(泣いている)……ひどい……。ひどすぎる……!

森永:すまない……こんな気分の悪い話を聞かせてしまって――

カトー:どうして! どうして許したんですか……! そんな人達のこと……。

森永:……そのときは。俺にもわからなかった
   でも、そのあとすぐにわかったよ。
   『だって、好きなんだ。昨日の今日で嫌いになれるくらいなら、好きになんてなってない』
   その言葉を聞いた瞬間に、力が抜けた。
   ……秦野祐介は、そういうやつなんだ。

カトー:す、き?

森永:……あいつは、その女のことが好きだったんだ。あんなことがあってもな。
   だから、許せてしまうんだ。イカれてる。あり得ない。狂気じみてる。
   でもそうだな……だから、あいつは秦野祐介なんだ。

カトー:……そんなの……残酷すぎます……。

森永:結局女は噂になるのを恐れて転校していったが――
   すまない……話が随分と逸れてしまったな。
   どうして俺が、秦野を守っているか――だったか。

カトー:……はい。そうでしたね。

森永:秦野は……重度の女性不信なんだ。

カトー:そんなことがあれば……そうなるような気がします。

森永:女性が近づいても、そのときは大丈夫なんだ。
   だが、しばらくすると――秦野はいつもトイレで吐く。
   女性の匂いを嗅ぐと、あのときのことがリフレインすると言っていた。
   あいつはそれを表に出さない。いや、出せないのかもしれないが……。
   誰にでも優しく、別け隔てなく、いつでも誰でも人の前では、笑っていてしまう。
   一見すると、あいつは昔と変わらず魅力的な男だ。女性が近づいていくことも多い。
   ……だから俺は、あいつに近づく女を――なんだ……その顔は。

カトー:え!? あ、いや……あの……殺すんですか?

森永:……俺はそんな危険人物に見えるか。

カトー:……いえ。見えません。

森永:(ため息)まあいい……俺は、秦野に近づく女の素性を調べている。
   あのときのやつような女じゃないかどうかをな。

 間

カトー:え? 調べて――え?

森永:なんだ?

カトー:調べて……脅す?

森永:ああ。噂のことか。……まあ、脅したことはない。今の所はだが。

カトー:それじゃあ、ただ調べるだけ、ですか?

森永:質問の答えになるが……俺は秦野を守ってなんかいない。
   あいつは、俺に守られるようなちゃちな男ではないからな。
   秦野は、ちゃんと自らの口で断っているよ。女性からのアプローチは、すべて。

カトー:でも、じゃあなんで魔王って……。

森永:秦野にフラれた女は総じてプライドが高いからな。あいつの悪評を流そうとする。
   俺は……まあ、そういう女と少し話し合いをすることはあるな……。

カトー:話し合いという名の……口封じ……。

森永:つまりは……魔王というのも、俺が意図的に流した噂だ。

カトー:どうして、ですか?

森永:秦野の女性不信を知られないためだ。俺のような人間がそばにいれば、あいつに近づきづらくなるだろう。

 間

カトー:(微笑んで)なんだ……ちゃんと守ってるじゃないですか。

森永:……これは勝手にやっていることだ。俺のエゴの押し付けにすぎないことは……わかっている。

 間

カトー:どうしてそこまで、秦野先輩のために……?
    自分を犠牲にしてまでというか……魔王なんて呼ばれてまでというか。
    あ、いや……お友達だからっていうのはわかっているんですけど……。

 間

森永:俺は――今でもそうだが……変わっているらしい。
   今ですら学内一の変人。冷酷な魔王なんて呼ばれているような男だ。閉鎖的な義務教育の空間に馴染めるはずもない。
   だがあいつは――あいつだけは、俺に気づいてくれたんだ。
   俺を、孤独から救ってくれた。
   なのに……俺はあの時、気づけなかった。あいつがあんな目に会っていることに、気づけなかった。

カトー:先輩……。

森永:色々と話しすぎてしまったな。今日知り合ったばかりだというのに。

カトー:いえ……! 不躾に色々と聞いてしまったのは、私ですから……。

森永:会ったばかりの君にこんなことを話すのは……謝罪というわけではないが……君の疑問に答えたいと思ったからだ。

カトー:謝罪、ですか?

 <森永は頭を下げる>

森永:加藤さん。君の友人を傷つけてしまって、すまなかった。

カトー:そんな……! 頭を上げてください!

森永:マキ・ウェインさんのことを知っていた上で、俺は……ひどいことを言ったと自覚している。
   自分でも、あそこまで感情的になるとは思わなかった。

カトー:先輩だって……! 秦野先輩のことを思ってのことです!
    それに……それにやっぱり、私達がやったのは、いけないことです。
    人の作った成果を……その、襲って奪うなんて……! 私は襲うなんて知らなかったけど……!
    でも――止められた、はず、なんです……。だから……。
    お願いです……頭を、上げて……。

 <森永は頭を上げる>

森永:加藤さん……君たちを見ていて……俺は気づいた。
 
カトー:……え?

森永:あの苛立ちは、俺自身へと向けるべきものだ。

 間

カトー:……そうか。そうですね。

森永:わかるか……。察しがいいな、加藤さん。

カトー:はい。先輩のお話を聞いた今なら、わかる気がします。
    ……私。マキちゃんが本当は、外に出たいってわかってました。
    大学に行きたい。もう一度やり直したいって……そうやって頑張ってるの、知ってました。
    だから、マキちゃんが変なこといっても……夜中にやってきても……なんでも協力しようって。
    それが、友達として、マキちゃんのためにできることなんだって。そう、思ってたんです。
    でも……最初は良くても、それだけじゃダメなんですね。

森永:俺は、秦野が毎日を少しでも楽に過ごせることばかりを考えていた。
   君たちを見ていて、自分の愚鈍さに反吐がでたよ。
   ……秦野はトイレで吐いてまで、なぜ女性と接しているのか。
   
 <森永は視線を伏せる>

森永:あいつは――戦っているんだ。
   またいつか……誰かを好きになるために。ずっと戦っているというのに……俺はまた、気づけなんだ。

 間

カトー:(笑う)ふふ……。先輩の言う通り、ですね。

森永:何がだ?

カトー:自分のことは自分ではわからない。
    人から見た自分が、本当の自分を映しているって……。

森永:……全く……知識だけではとんだ木偶の坊だ。
   自分の講義すら、自分で理解していないとはな……。

 <二人はロビーまで戻ってくる>

カトー:私は……マキちゃんの背中を押すことは、できないかもしれないです。
    でも、少し前を走って、手を引くことはできるかもしれないって、そう思ったんです。

森永:それで、うちのサークルか。

カトー:もちろん……それだけが理由じゃないですけど……。

森永:……もしかして、その理由とは――

カトー:え!? あ、えっと……それはですね……。

森永:……秦野か!

 間

カトー:……もういいです。
    あれ? みんなは?

森永:随分と時間が経ったからな……関は――荷物は置いたままか。
   加藤さん、携帯電話は?

カトー:あ! ありました! もうー……! こんなところに置きっぱにしないでほしいなぁ……!

森永:……いったいどこに行ったんだ。関に連絡してみるか……。

カトー:うわ! すごい数の通知が……! コレ全部、マキちゃん?

森永:俺の方にも、関の携帯から連絡が入っている……。
   『外を観てろクソ魔王。光の勇者、マキ・ウェインより』……なんだこれは。新手のスパムか……?

カトー:……いえ。そうじゃないですよ。

森永:……あれは……!


 ◆


 <道端を歩くユリエと関。関の背には、黒い塊が乗っている>

関:み、見てる……! 見られてる! 見ないでくれ! 頼む!
  くそおおお! なんでこんな恥ずかしいことに……!

ユリエ:はい、赤信号でーす。止まってくださ―い。

関:ぬああああ! ただでさえ早く終わらせてえのにいいい!

ユリエ:……マキ、大丈夫?

マキ:うん……目、瞑ってるから……いまんとこ、平気。

ユリエ:そうじゃなくて……匂いとか、大丈夫? その背中、臭くない?

マキ:うん……臭い。鼻の穴、塞げない。

関:車道に放り投げるぞコラァ!

ユリエ:んな小さいこというなよ。女一人背負えなくて、何が漢か!
    恥を知れッ!(関をビンタする)

関:いった! え! 何々!? なんで俺が殴られんの!?
  意味分かんない! 意味わかんなすぎて吐きそう!

ユリエ:チッ……効いてないか。やはり人造人関の名は伊達ではないな……。

関:お前……ぜってえ殴る……! マジで殴る! 女は殴るなって育てられてきたけど今その封印を解く!

ユリエ:ほう……まだ封印を隠していたとは……。やるな!

関:そのバトル漫画ノリやめろ!

ユリエ:はい青になりましたー。すすめ―。労働するのだ。我が主様のためにー。

関:ったく……! おい、渡るからな。

マキ:……すすめー。

関:お前らはほんっとブレねえなぁ……!

 間

関:あれ……? ていうかなんで俺はこんなことしてんだ……?

ユリエ:だって。いくら私と言えど大学までマキ背負うの無理だし。

マキ:だって。いくら私と言えど大学まで人混み歩くの無理だし。

関:……あっそう。そうでしたねそういえば……!
  なあ……マキさんが頑張るのはいいんだけどさ……。星司に会って何したいんだ?

ユリエ:そりゃあまあ……あれだろ? コロすんだよな。

マキ:うん。全ゴロし。

関:あのなぁ……冗談でもそういう事言うもんじゃねえぞ。
  それにあいつは――いや、なんでも無い……。

マキ:何? 行ってみてよ、ヘイタクシー。

関:料金とんぞ……! まあ……なんだ。
  あいつはいっつも悪者になるが――今回も悪者だっけか……。
  でも、あいつってさ……なんていうか、いいヤツなんだよ。基本的に。

マキ:魔王が……?

関:そういや、お前ら結構似てるかもしんねえな。あいつに。

ユリエ:……おえー。

マキ:ない。絶対ない。あり得ない。ハイパー心外。

関:なんつーかなぁ……不器用だろ。お前ら。
  あいつもそうなんだよ。他のことはなんでも人並み以上にできちまう。
  俺も、俺の人生で天才ってもんに出会うなんて思わなかったよ。実際、あいつに会うまではさ。
  でもさ、秦野のことになるとなんつーか……急に不器用になんだよな。

マキ:……やはりあの魔王は……男色!

ユリエ:へえ……それは中々悪くない趣味だな……。

関:あー違う違う。それは違うんだけどさ。
  ……なんてーのかなぁ……友達ってさ。もっとシンプルでいいだろ。

 間

関:困ってりゃ助けるし、迷ってりゃ一緒に悩むし、嬉しけりゃ喜ぶ――って……普通のことに聞こえるかもしんないけどさ。
  それって結構難しいのかなって、お前らとか、星司とか見てると思うよ。

マキ:友達……。

関:まあ、でもそんな不器用な奴らも、不器用なりに考えてんだよな。
  ……それに巻き込まれる方は溜まったもんじゃねえけどな。

 間

マキ:……ユリエ。

ユリエ:……なんだよ。

マキ:……あの……その、さ。ありが――

ユリエ:それは、後で言えよ。それこそ、カトーもいる前でさ。

関:おい。ついたぞ。門まで来たけど、このまま入るのか?

マキ:ッ! ……もう、着いたんだ。

ユリエ:……どうする? マキ。

 間

マキ:(深呼吸)


 ◆


カトー:……マキちゃん……!

森永:全く……関も一緒か。あいつ……。

カトー:先輩! 行きましょう!

森永:いや。ダメだ。

カトー:でも……!

森永:見ろ。あの……決意に満ちた顔――……ん? あれは……あれって顔か? 顔だよな?

カトー:えっと……! はい! 多分、あの黒い塊の隙間の……あれ、多分目です。多分……。

森永:……まあ、なんというか……。ゆっくりとだが、歩いている。

カトー:そうですね……。

森永:俺は、見ていろと言われた。ならばあの予告状通り、ここで見ている。

カトー:……はい。先輩はここで! 私、行ってきます!


 <マキは2人の元へと歩いている>

マキ:はあっ、はあっ……みんな……見てる……!

関:そりゃあその格好だもんな。

ユリエ:おい、マキ! 見えるか!

マキ:……ど、どれ……! 見えない……!

関:見えてなかったのかよ! ……ああもう……! ちょっとそのマフラーはずせ!

マキ:え? 嫌だ! 無理無理!

ユリエ:よし、そっち抑えろ。

関:ここまで来たんだ……! 自分の頑張りを、その目で観ろよ!

マキ:まぶしっ――

 <マキの顔面を覆っていたマフラーが外される>
 <マキの眼前には、文化祭の準備に追われる大学構内が広がっている>

マキ:……大学だ。

ユリエ:当たり前でしょ。

マキ:……私、大学にいる……!

関:おう。そうだな。

マキ:ね、ねえねえ! 見て! あそこ!
   前に来た時、あそこで気持ち悪くなって! 秦野くんが声をかけてくれたの!

ユリエ:あー、それはいいけど……魔王はどうすんの?

マキ:え? 魔王!? 魔王、どこだ!

関:星司ならあそこだぞ。さっきのこと一緒に立ってる。

マキ:え? カトーと? ……あ、カトーだ。
   で……魔王は?

ユリエ:だから、隣の。

 間

マキ:え、何? イケメンじゃない?

ユリエ:写真見たことあるでしょ。私が隠し撮りしたやつ。

関:お前ら……どれだけ罪名を重ねるつもりだ……。

マキ:うっそマジで!? ぜんっぜん思ってたよりもイケメン! 背高ッ! 顔ちっさ! 外人かよ!

ユリエ:あんた、ハーフじゃないの。

マキ:うちのパパは日系だし! ……何だよまじで! ってかもうあれだ! 写真映りわるっ! 写真映り悪男(わるお)!

ユリエ:流石バッドマキ。どんな角度からでも悪口を産み出す……!

関:最低な錬金術師いたよ。

マキ:うっ……やっぱ……みんな、見てる……。

ユリエ:周りは気にすんな。

マキ:でも……!

ユリエ:ほら行け! 極悪非道な美しきヴィラン! バッドマキ!(マキの背を叩く)

 間

マキ:(深呼吸をする)……うん!

 <マキはゆっくりと森永に近づく>

カトー:頑張れ……!

ユリエ:頑張れ……!

関:……頑張れー!

 <マキは胸を掴む。息は荒く、脂汗が額からにじむ>

マキ:(荒く息をつく)ふー……ふー……!


カトー:頑張れー! マキちゃん!


マキ:ふー……ふー……!


ユリエ:頑張れ! マキ!


マキ:ふー! ふー!


関:頑張れー!


カトー・ユリエ・関:頑張れえええ!


森永:これでは……俺が本当に魔王になったようでは――いや……そうか。俺は、魔王だったな。


 <マキはゆっくりとロビーに入ると、森永の前に立つ>


マキ:(息を吐く)

森永:……貴様は――

マキ:ちょ、ちょっとまって……! やば! 心臓あっつ……!

 間

森永:……水、飲むか?

マキ:え? 口つけたやつ……?

森永:……ああ。一応。

 間

マキ:……もらう。

森永:……もらうのか。

マキ:で、でも! これはノーカンなんだからね!? 勘違いしないでよね!
   イケメンだなんて思ってないんだからね!?

森永:……早く飲め。

 <マキは水を受け取ると一気に飲み干す>

マキ:ぷはあああああ!

森永:……落ち着いたか?

マキ:え? ああ、まあ……そこそこ……。

森永:……座るか?

マキ:……いや、いい。なんか、デートしてるって思われたら、恥ずかしい。

森永:自分の格好を見てないのか……。マリモの妖怪のようだぞ。

マキ:ッ! ああもう! そんなことどうでもいいの!

 間

マキ:あんた! むかつくのよ!

森永:……何の話だ。

マキ:あんた……! 言った! しょうもないって……!

 間

マキ:言った! しょうも、ないって……! 私が――
   (涙を堪える)私がぁ! 秦野くんを……! 好きだってこと!
   しょうもないって! 言った!

森永:ああ。言った。

マキ:私はッ! 私はッ……! 人前に……! 出れなくて……!

森永:ああ。知っている。

マキ:(涙があふれる)卑怯かもしれないけど! でもッ! 確かに……! ちょっぴり……!
   ちょっぴりだけクズっぽいとこもあるけど! でも! 可愛いし!
   あと……! あと! 可愛いし!

森永:……何が言いたいんだ。

マキ:私はァ! 可愛いの! パパとママが! そういってたの!
   そう言ってくれたの! だから……! 可愛いの!
   でも……! もうパパとママ……いないし……! お姉ちゃんは、海外だし!
   寂しいけど……! でも! 友達もいるの!
   だから偉いの! 頑張ってて偉いの! それで……! それで!

 間

マキ:それで……。

森永:はっきり喋れ!

マキ:ひっ!

森永:お前は誰の前に立っていると思っている! 俺様の……! 魔王の前にいるんだぞ!
   情けない顔で喋るな!

マキ:ま、おう……?

森永:最後まで聞いてやると言っている。だから、喋れ。

 間

マキ:(深呼吸)……私は、しょうもなく、ない。

森永:はっきり!

マキ:私は! しょうもなくない! 友達もしょうもなくない!
   それになにより! 私が……! 私が秦野くんを好きな気持ちは!
   ぜったいにしょうもなくなんかないんだ!
   運命なんだッ! ずっと頑張れなかったんだ! 大学なんてやめようと思ってたんだ……!
   でも……! あの人がいたから! また来ようと思えたんだ!
   好かれるためになんでも頑張れるって思えたんだ! だから! あんたなんかに負けない!
   絶対私は可愛いし! 絶対私は最強だし! 私はッ! だから……!
   (間)
   私は――秦野祐介が! 好きだああああ!

 間

マキ:ど、どうだ! まいったか!

 間

マキ:あの……。あ、あれ……?

森永:(微笑んで)……そうか。

マキ:そうか……って……それだけ?

森永:精々、大学にせっせと通って、その言葉をあいつに伝えてやるといい。

マキ:……は? あれ……魔王の妨害は……?

森永:ん? お前は光の勇者なんだろう? メールに書いてあったが。

マキ:メール? ……あ、ああ。それは……その。

 間

森永:(笑う)ふふ、はははは……。いや……そうだな。
   ……勇者に倒されたら、魔王は廃業するものだろう?

 間

マキ:ってことは……え! 公認で秦野くんと付き合えるってこと!?
   やったー! マキちゃん大勝利ー!

森永:……は? 何を言っている……! 誰が貴様のような女に秦野を渡すかッ!

マキ:えー? 何いってんのー? ぜんっぜん言ってることちがくなーい?

森永:違ってない! 阿呆か貴様は! 秦野に告白するのは自由だといっただけだ!
   秦野が貴様のような女になびくはずがあるかッ! この黒カビが!

マキ:あーら? 嫉妬? これは嫉妬ね! 私に秦野くんを取られる負け犬がなんか泣いてるわ!
   ほーほっほ!


関:……何やってんだ、あいつら。

カトー:ふふ。なんでしょう……でも。

関:ん? ああ……なんていうか。星司って、あんな顔で笑うんだな。

カトー:え? 先輩って、よく笑う人じゃありません?

関:は? いや、俺には鉄仮面に見えるんだけど。

カトー:んー……そうかなぁ。

関:ってかまずい……! そろそろ止めないと! マキさんが星司に噛み付いてる!

カトー:本当だ……! マキちゃん犬歯鋭いから早く止めないと!
    ユリエちゃん――あ。

 <ユリエは蹲って泣いている>

ユリエ:うぅ……! ううううう! うあああああ!

カトー:ユリエちゃん……。

ユリエ:良かったあああ……! 良かったよおおおお!
    マキぃぃいい! 頑張ったよおおおお!

カトー:うん……。そうだね、ユリエちゃん。

関:そっか……お前らも、頑張ったんだな。

ユリエ:うん……! 頑張っだあああ……!

関:よしよし……。なんだ……よくやったな。

ユリエ:(関のズボンに顔を押し付ける)うううううん!

関:あれ……? 今俺の……俺の買ったばっかのズボンで……。あれ? 鼻水拭いてる? 嘘。嘘だよね。

カトー:(笑って)ふふふ! ……そっか。

 間

カトー:……友達ってこんなにいいものなんだね。マキちゃん。


森永:おい! 噛むな貴様ァ! いた! いたたたた!?

マキ:ぐるるるるるる!


カトー:ああああもう! 先輩噛まないでえええ!


 ◆


 <それからひと月後・地域貢献サークルICOの作業部屋にて>

カトー:先輩。今度のイベントの打ち合わせって今日ですよね。

森永:ああ、そうだ。俺と秦野で行くから、加藤は皆と作業を進めておいてくれるか。

カトー:はい。それは――いいんですけど……。

森永:どうした? 何か問題か?

カトー:いえその……作業が、進むかどうか……。

 <部屋の隅で関とユリエが格闘している>

ユリエ:ほう……! この技も見切るか! 関ぃ!

関:いい加減にしろ馬鹿! お前はなんだ!? 辻斬りか!?

ユリエ:今日こそはこの我が家に伝わる妖刀ユカヲフクヤツの錆にしてくれる!

関:モップという単語も忘れたのか! 馬鹿だなあ! 馬鹿だなあ!

ユリエ:お命頂戴! オラオラオラオラ!

関:掃除用具をおもちゃにするな――ふんふんふんふん!


森永:……あれか。

カトー:あれです。

森永:あれは……もういい。

カトー:え……。でも、今日って他の先輩達もお休みだし、この書類の量、私だけじゃ――

森永:加藤。

カトー:は、はい。なんですか……?

森永:(耳元で)ここだけの話だが……。

カトー:ひゃ、ひゃい!

森永:(耳元で)この書類の下半分には、とある極秘資料が入っていてな……。
   君には、それらを黒いファイルにまとめてもらいたい。

カトー:は、はひゅ……!

森永:(耳元で)念を押すようだが……これは極秘で頼む。
   俺と加藤だけの秘密だ。いいな……。

カトー:ひ、ひみちゅ……! あ、あの、先輩……!
    ちなみに、中身は何なんですか……?

森永:(耳元で)……秦野に近づく雌豚共の個人情報だ。

 間

カトー:はい……?

森永:頼んだぞ。加藤。

カトー:え? あの! いやそれは犯罪――

森永:た・の・ん・だ・ぞ! 加藤……。

カトー:ひっ! わ、わかりました……魔王様……。

 <部屋のドアがガタガタと揺れる>

森永:ん……? 今日も来たのか。

カトー:あ。マキちゃ――

 <マキは白い布団に観を包まれた姿で部屋に入ってくる>

森永:布団か……。

カトー:布団で、す巻きになってますね……。

森永:どうやってドアを開けたんだ……。

マキ:こら! 森永星司!

森永:先輩をつけろ、この失敗餃子。

マキ:ぐっ……! こ、この程度の威嚇で……! 折れるか!

森永:折れるな豆腐メンタル……。

カトー:マキちゃんすごいよ! 三日連続は新記録更新だよ!

マキ:ふふん! 当たり前でしょ! 私を誰だと思ってるの!?
   最強無敵の美少女――

森永:加藤。あまり甘やかすな。

カトー:いえ、でも……褒めて伸ばす方がいいかなって……。

森永:無駄だ。やつに伸びしろはない。もう伸びきりおわってやぶれかけている。

カトー:そ、そんなことないですよ! マキちゃんはやれば出来る子なんです!

マキ:こおおおらああ! 私を放置してイチャイチャするなああ!

カトー:え!? い、いちゃいちゃなんて……。

マキ:ざけんな! なんだその子育て夫婦みたいな会話は!
   人をプレイにつかうんじゃねえ! この変態羞恥プレイヤーズ!

森永:いいから要件をいえ。ここはICOの関係者以外は立入禁止だ。

マキ:ぐっ……! わかってるわよこの早漏……!
   今言うに決まってるでしょ!

森永:……言ってみろ。

マキ:わ、私を……! このサークルに入れなさああい!

 間

森永:何を言うかと思えば……。ここ数日姿をあらわしてたのはそれが言いたかったからか……。

カトー:ま、まあまあ……でもあれ、本当は森永先輩に誘ってもらうの待ってたんですよ……?

森永:は? 誘うわけ無いじゃん。普通に。

カトー:うわ……先輩、口調が変わるくらい嫌なんだ……。

マキ:ほら! 言ったわよ! 言ったんだから早く入れなさいこのノロマ!
   グズは嫌いだよ!

森永:……お前は、誰にものを言っている。

マキ:はあ!? なんなのよ! ちゃんと言ったでしょ!? 何よ!
   まさか入れない気!? ここは善意の地域貢献サークルなのに職権乱用して選り好みするの!?
   ぼうくん、はんたーい! どくさいしゃー! じんかくはたんしゃー!

森永:(ため息)……喚くな。だから、お前は言う人間を間違えてると言っている。

マキ:……は!? だって、あんたがICOの代表でしょ……?

森永:何を勘違いしてるかしらないが……ICOの代表は、秦野だ。

関:え? うちの代表って秦野だったのか?

森永:お前までなんだ……。

ユリエ:まあ確かに、代表ヅラはしてるよね。

マキ:え? じゃあなに!? ユリエもカトーも秦野先輩に入れてもらったの!?

ユリエ:そうだけど。

カトー:うん。文化祭の時に。

マキ:え……じゃあなに……! 私がここに入るにはその……秦野先輩と、話さなきゃいけないってこと……!?

森永:……あ、秦野。

マキ:ひゃあ! あばばばばばば!

森永:嘘だ。あいつはトイレに言っている。

マキ:て、てめえ……! 卑怯だぞ!? 乙女の純情はふ菓子より繊細なんだぞ!

森永:まったく……。

 <森永はマキをにらみつける>

森永:マキ・ウェイン。

関:うわ……キレてる。

ユリエ:魔王モードだ。

カトー:……カッコいい……。

関:……え? あれが……?


森永:お前は秦野に思いを伝えるんじゃなかったのか。
   それとも! あのときの言葉は、その場しのぎの嘘か?

マキ:う、嘘じゃないもん!

森永:なら、自分で話すんだな。

マキ:だ、だって……。

森永:なんだ! また言い訳か?

マキ:違うよ! だって、だって今日はその……!

 間

マキ:前髪……! 決まってないんだもん……。

 間

カトー・ユリエ・森永・関:いや、まず布団でろよ!



「秦野の笑顔は渡さない」







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