ハンナ・イン・ザ・キーラサイドステイション
作者:ススキドミノ


ハンナ:逃げ回る少女。
悪霊:ハンナに憑く恐ろしき悪霊
ダーラ=カーマイ:ハンナを喰おうと付け狙う悪魔
キラーマン・ジャクソン:ハンナを殺そうとつけ狙うシリアルキラー



※作中に暴力的な表現や残酷な描写が含まれます。

※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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ハンナN:私は、逃げている。
     或いはそれは――いくつかの日を、いくつか生き伸びることである。
     数十度目のキーラサイド駅。
     地下鉄の集合地点であるこの場所には、否が応でも何度も訪れることになってしまう。
     私は深い緊張状態を維持しながら、電車の到着を待っていた。

悪霊:あと一歩前に。

ハンナN:頭の中で声が聴こえる。
     それは私の精神に融和するような暖かな声色。

悪霊:次の電車が来るまで後――数十秒。
   今ここで一歩前に足を出すだけで、君は楽になれる。

ハンナN:あなたのものになれる?

悪霊:そう。私のものになれる。
   苦しみもなく、ただただ素晴らしい夢を見せると約束しよう。

ハンナN:興味はないのよ。

悪霊:そうだ。君はとても価値がある人間だ。
   こうして私という強大な力をもつ悪霊に囁かれて尚、君は命を諦めない。
   そこが素晴らしい。そこに興味がある。
   ――こうして口説き続けているというのに、君は。

ハンナN:ええ。私には興味がない。
     だって、あなたのことが好きではないもの。

悪霊:好きかどうかがそんなに重要なことかい?
   君はわかっていないだけなんだ。
   死とは始まりに過ぎないというのに。

ハンナN:私がこの口うるさい悪霊に憑かれたのはいつだったか――そうだ。
     当時、ラッドソーンの北にある小さな教会に住んでいた私は、離れの地下墓地でこの悪霊に出会った。

悪霊:私を呼び出した者達の腐りきった死体を観ても、君は悲鳴ひとつあげなかった。
   それは何より君のそばに死がまとわりついている証拠。

ハンナN:簡単よ。私にとってははじめてではないの。

悪霊:はじめてではない?

ハンナN:私を殺したいと思ったのは、あなただけではないわ。

悪霊:それは――少し妬ける。


ハンナN:電車が到着し、電車に乗り込むと――一瞬周囲が暗くなり。
     そして明かりが点くと、周りには誰も居なくなっていた。


悪霊:ほう……南ジュルキアの邪神か。
   執念深いことだ。

ダーラ:ハァンナ……。

ハンナN:車両の反対側に、背の高い女性が立っていた。
     漆黒のドレスに、血のように赤い瞳――

ダーラ:ひどいわ。ひどいわ。私を置いていって、ひどいわ。

ハンナ:ダーラ。


ハンナ:古より封じられてきた、南ジュルキアの呪われし邪神――ダーラ=カーマイ。
    影の国よりい出て、対価を引き換えに死をもたらす者。
    ダーラは細く長い指先をゆっくりと私に向ける。


ダーラ:そう。ダーラよ、ダーラ。
    私はダーラ。あなたが私を呼んだのよ。

ハンナ:……確かに、私は貴方を呼んだわ。
    アレから逃れるために。

ダーラ:そうよ。そうよ。
    だのになぜ、私を置いていくの。ハァンナ……。

ハンナ:欲しい物ならあげたわ。
    髪を一房。蜂蜜壺に入った私の血を一瓶。

ダーラ:……足りないわ。足りないの。

ハンナ:約束よ。もう消えて。

ダーラ:させないわ。させないわハァンナ……。
    逃さない……逃さない!


ハンナN:ダーラの黒い腕が影のように伸びてくる。
     私はとっさに膝を曲げてそれを避けた。


ダーラ:食べる! 食べるわハァンナ!
    あなたのその身体を10日10晩抱きかかえながら!
    耳の奥の、耳の奥に舌を突っ込んで!

ハンナ:そんなこと、ごめんよ!

ダーラ:(首を伸ばす)ひゃああああ!


ハンナN:ダーラの首が回転しながら私に迫った瞬間――


ジャクソン:ミィつけた。

ハンナN:私の身体は――男に掴まれていた。

ジャクソン:ハンナ。随分逃げるのが上手だねぇ。

ハンナ:キラーマン――

ジャクソン:ジャクソンだ。そう呼んでくれといったじゃないか。

ダーラ:よこせ……ハァンナ! 寄越せ!

ジャクソン:なんだアレはァ。
      古典時代の化け物か?

ダーラ:お前ェ、邪魔をするなァ……!

ジャクソン:ヒヒヒ……まあ、そんなことはどうでもいい。
      考えたねェ、ハンナ。
      普通、狙われた人間というのは遠くに遠くに逃げようとする。
      それを君は、針の穴をすり抜けるように同じ街の中で僕を撒いてくれたね。
      居所を変えながらも、君は決して集中を切らさない。
      合理的で、大胆で――なんとも憎たらしく、愛おしい……。
      だからこそ僕は、君を待ち伏せた。
      このキーラサイドは、この街の地下鉄の出発点――君ならここを通ると思ったから――

悪霊:その手を離せ。人間。

ジャクソン:ッ!


ハンナN:私の身体は地面を転がった。


ジャクソン:今の声……。お前……誰だァ?

悪霊:ハンナは私のものだ。触れるな。

ジャクソン:ハンナじゃないなァ……。お前も、化け物か?

ダーラ:ハァンナ……ハァンナは、私のもの!

ジャクソン:やかましいんだよ怪物どもォ!
      ……生きてない人間が生きている人間に意見たれてんじゃねえ!

悪霊:貴様が人間。そうは見えん。

ジャクソン:ヒヒヒ。なんだよ、嫉妬してんのか?
      自分じゃハンナを抱けねえから。


ハンナN:数年に渡り、国内で若い女性を暴行――殺害し続け、未だに警察がその消息すら掴めていない狂気のシリアルキラー。
     ”キラーマン・ジャクソン”は胸元から大きなナイフを取り出して笑った。


ジャクソン:無理なんだよ。無理なの!
      生きてなきゃ無理なのよォ! お前らには手が届きやしない!
      どれだけハンナが特別でも! お前らには――ハンナを愛することは出来ない!

ダーラ:やめろォ!

 <ダーラが腕を振るう>

ジャクソン:おっと危ねえ! なんだよ黒いの……怒ったのか?
      それだって勘違いだ。お前らには、感情なんて、ない。
      だから! 怒らないし! 怒ってるふりしか! できない!
      ヒヒヒヒヒ!

ダーラ:違う。違う。私は。私だ――

ジャクソン:それも違うね! なぜなら、お前は――

悪霊:貴様の後ろに居るのは、一体誰だ。

ジャクソン:は?


ハンナN:次の瞬間、ジャクソンは首を押さえて地面に倒れ込んだ。


ジャクソン:ぐ、あ……おぃ……何が――

悪霊:貴様の背中――ああいや。全身に覆いかぶさるように。
   この苦しみの悲鳴は――さて……。
   これは貴様が殺した人間の魂だ。
   どうだ? 聞こえるだろう。
   私が彼らに力を貸してやったのだよ。

ジャクソン:んな……ふざ、け……。

悪霊:ふむ……死んだ人間が意見を垂れるな、だったか。
   まあ、一理ある。一理あるが……。
   私に言わせれば、「生きているだけで偉そうに」ということだ。小僧。

ジャクソン:(首を締められて)……ク……カ、ハ……。

悪霊:……さて。君はどうしようか。

ダーラ:契約は、契約。
    契約を守らないのなら、その身体は私のものだ。
    私とハァンナは繋がっている……その小さく震える鼓動の隅々までが私のものだ!

悪霊:ハンナは、正しく対価は支払ったと認識しているが。

ダーラ:対価は、変わった。
    私はハァンナの望みを叶え、その代わりに対価は膨れ上がった。
    だから、だから。足りないの。足りないのよ。

悪霊:ふむ。確かハンナがダーラと契約したのは――


ハンナN:私の命を狙っていた中国の妖怪を退けるため。


悪霊:中国の、そうか。

ダーラ:やつを倒すのに、私は腕を三本失った。失ったの。
    だから、ハンナは私に食べられる。食べさせて?
    食べるの。食べさせるのよ。

悪霊:あいにく……私もハンナの魂にようがあってね。
   肉体をどうしようと構わないが、君は魂まで食らってしまいそうだね。
   邪神ダーラ=カーマイ。

ダーラ:私は。私はね。私は構わない。
    オマエも一緒に、食べてしまう。
    お前のその半端なオーラごと、私が。
    呑み込んでやる。イマスグニ……。

悪霊:おや、私がどういう存在なのか……お気づきでないようだな。

ハンナ:……あ。


ハンナN:ふと、私の肩を、誰かが掴んだ。


ジャクソン:ハーン・ナァ。

ハンナ:……離して……。

ジャクソン:そんなこというなよ、ハンナァ……僕に殺されとこう? ね?
      もう君を殺したくて殺したくて僕はもうおかしくなっちまいそうなんだよ……!
      四六時中お前の白い首を締め、喉にナイフを突き込む事ばかり考えてる……!

悪霊:おや、君を縛っていた魂はどこへいった?

ジャクソン:……あ?
      ああ、殺した。

ハンナ:殺した……? もう死んで魂となっているのに……?

ジャクソン:ああ。頭の中で殺したよ。
      死んでたって関係ない、嬲って、殺して殺して、犯し尽くしてやった。
      当たり前だろぉ……? なあ?
      一度僕に殺されたんだから……あいつらは僕のモンだ。ヒヒヒ……。

悪霊:なるほど……つまりは、誰もハンナから手を引くつもりはないようだな。

ダーラ:当たり前。当たり前。
    ハァンナは、私のもの……。
    オマエラモ、全員喰ッテヤル……!
    ヒィィィィ!

ジャクソン:アア、うぜえうぜえ!
      ……邪魔すんなよ。殺すぞ。


悪霊:さて……気づいていないと思うのかい?

ハンナ:何が……?

悪霊:君がこの地下鉄の駅を選んだことだ。
   こうも邪悪な存在に好かれながらも、こうして生きているのは、ただ君が特別なだけじゃない。
   君は――狂っているね。ハンナ。


ハンナN:私は、逃げている。
     或いはそれは――いくつかの日を、いくつか生き伸びることである。
     数十度目のキーラサイド駅。
     地下鉄の集合地点であるこの場所には、否が応でも何度も訪れることになってしまう。
     それは、私を追う邪悪な存在同士を滅ぼし合わせるため。
     私を巡って、殺し合わせるための――


ハンナ:狂ってなきゃできないのよ。
    ふふふ……私はね、ハンナだから。
    ――さあ、私のために争って……?











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