或る王の話
作者:紫檀




アレン:アースシーの英雄。かつてアースシーを脅かした竜や異教徒を討ち倒し、王となった。誇り高く、気性が激しい。
テハヌー:英雄でありながら暴君でもあったアレンに対し、天神アイハルが遣わした対抗者。愚直なまでに真摯であるが、やや人間味に欠け、どこか掴みどころがない。



※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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 カルガドの丘

 荒れ果てた大地。激しい戦闘の跡が伺える。

アレン:この俺を相手によくぞここまで渡り合った。称賛に値するぞ、対抗者(たいこうしゃ)よ

テハヌー:こちらのセリフさ。武勇に優れると話に聞いていたが、まさかこれ程とは

 間

アレン:契約は覚えているな

テハヌー:ああ。君が勝てば、君をこのアースシーの王と認める。しかし僕が勝てば――

アレン:――貴様の願いを三つ聞きとどける、だったな

 間

テハヌー:……まだ続けるかい

アレン:いや、もはやこれ以上武を較(くら)べ合うというのも芸がない。双方相手の要求を呑み、一度手打ちとするのはどうだ

テハヌー:僕は構わないさ。けど、君はそれでいいのかい?

アレン:無論だ。産まれたばかりの人形に願望などあればの話だがな

テハヌー:そうだね……では一つ目の願いはこうしよう

 間

テハヌー:僕を臣下として、君の側(そば)において欲しい



 §



テハヌーN:或る王がいた

テハヌーN:王は神と人との合(あい)の子であった

テハヌーN:王は英雄として在ることを望んだ

テハヌーN:死を省みず、名声を求めた

テハヌーN:力は万人に優れ、ほしいままに権勢を振るった

テハヌーN:その暴政に民があえぎ苦しみ、天神に助けを求めたとき

テハヌーN:彼の前に、対抗者が現れた



 §



 神殿のような場所。階段をのぼった先にテハヌーが座っている。

テハヌー:(呟く)王と対抗者は激闘を繰り広げたが決着はつかなかった。やがて二人は互いの力を認め合い親友となった

テハヌー:二人は常に行動を共にし、冒険を繰り広げた。悪しき竜を討ち、襲い来る蛮族を退(しりぞ)け、友の助言のもと治世を敷(し)いた

テハヌー:王は昔日(せきじつ)の暴君とは異なる、賢君(けんくん)となった――

テハヌー:――はずだった……!

 足音とともに人影が近づく。

アレン:まったく、ずいぶんと辛気臭い場所に呼び出してくれたものだ

テハヌー:……やっと来たのかい。愚かな我が王よ

アレン:神官どもが騒ぎ立てるのでな

 陰からアレンが姿を現す。

アレン:城内はハチの巣でもつついたような有様だったぞ。『王の朋友(ほうゆう)が乱心あそばされた』とな

テハヌー:乱心したのは君のほうだろう

 テハヌー、立ち上がる

テハヌー:なぜだ。なぜ――

アレン:……

テハヌー:なぜ天神アイハルを裏切った

アレン:……裏切った? 違うなテハヌー。新たなる神殿を築き、地神オジオンを最高神として祀(まつ)り上げただけのこと

テハヌー:それを冒涜だといっている!

アレン:……

テハヌー:アレン、君は……自分が何をしようとしているか分かっているのか?

アレン:テハヌー、貴様こそ誰に向かって口を利(き)いている

テハヌー:答えろ! 人の王よ!

 間

アレン:……ならば神の従僕よ、心して聞くがいい。我が言辞(げんじ)は即ち、我がアースシーの総意にほかならない

 アレン、力強い視線でテハヌーを見据える

アレン:これより先の時代、もはや神が人を選ぶのではない。人が神を選び――世を築き上げる

テハヌー:……ッ!!

アレン:我が王朝をもって、神代の終わりを告げるのだ

 間

テハヌー:……残念だよ、アレン

アレン:……

テハヌー:どうやら僕は君を……殺さなければならない

アレン:(鼻で笑う)初めからそのつもりでなければ、こんな場所に招くこともあるまい

テハヌー: "こんな場所" じゃない!

 テハヌー、激昂する

テハヌー:ここは我が父アイハルを祀(まつ)る、絶対にして崇高なる聖域! 

アレン:……

テハヌー:あの日の契約は覚えているな……アレン!

アレン:無論だとも

テハヌー:ここに第二の願望を行使する。人の王よ、僕と闘え!

アレン:望むところだ神の従僕。あの日の決着、今ここでつけてくれる!



 §



テハヌー:はぁぁっ!

アレン:ぬうっ!

テハヌー:どうした人の王……!! こんなものか!!

アレン:うおっ!?

テハヌー:近頃はつまらない文官連中とのやり取りばかりで、身体が鈍(なま)ってるんじゃないのかい!?

アレン:たわけぇッ!

テハヌー:ぐはっ!

アレン:貴様こそ庭園内で花を相手に呆(ほう)けてばかりであろうが!! 暇なら少しは手伝わんか!!

テハヌー:くっ……! 僕は細かい事は苦手なんだ!!

 二人、獲物を撃ち合い拮抗する

アレン:ぬぅぅっ!!

テハヌー:くぅぅっ!!

 二人、お互い弾けるように下がり距離を取る

アレン:それともなんだ。放っておかれて侘(わび)さでも感じていたか

テハヌー:誰が……君なんかにぃっ!!

 テハヌー、アレンに飛びかかる

アレン:ぐぅっ!

テハヌー:(競り合いながら)君の方こそっ! たまに城ですれ違ったと思えば「なんだ会いに来たのか」なんて顔でニヤついてるじゃないか、この勘違いナルシストが!!

アレン:貴様っ! 勝手に人の表情に声を当てるなっ!!

テハヌー:事実だろ! 君の考えてることくらい! 簡単に読めるんだよ!

アレン:つけ上がるな! それは三回に一度程度しか考えておらぬわ!

 再びお互いを弾くように下がる二人

アレン:……(息が上がっている)

テハヌー:……(息が上がっている)

アレン:(ため息)……まったく、久々に打ち合ってみたが、貴様という奴は本当に――

テハヌー:……

アレン:良い宿敵だ

テハヌー:……

アレン:願わくば、悠久に剣を交えていたいと思うほどに

 間

アレン:良い友だ、テハヌー

テハヌー:黙れ!!

 間

テハヌー:何故だ……何故なんだ……

アレン:……

テハヌー:悠久なんて言葉を口にするなら、尚更……

 懇願するような目でアレンを見つめるテハヌー

テハヌー:何故そうまでして、前へ進もうとするんだ!

 間

アレン:ヒトには……心があるからだ

テハヌー:……こころ……?

アレン:そうだ。それが有るが故に、ヒトは停滞に踏みとどまらぬ

テハヌー:……

アレン:神の寵愛に従い、かりそめの永遠を享受することは出来よう。しかしその漫然なる先送りでは、積もり積もった汚泥の氾濫を防ぐことは出来ぬ

 間

アレン:人は自らの手で、自らの征(ゆ)く道を敷かねばならんのだ

 間

テハヌー:分からない……分からないんだ……

アレン:……

テハヌー:何故、君と打ち合うのは、こんなにも楽しいんだ

アレン:……

テハヌー:何故今になって、君と過ごした日々が脳裏に甦るんだ

アレン:……

テハヌー:何故僕は!! 君の言っていることの意味が ″分かる″ んだ!!

 テハヌー、アレンに飛びかかり、剣を振り下ろす

テハヌー:教えろぉぉおっ!! アレンっ!!

 一閃

 テハヌーの剣が宙を舞い、地面に突き刺さる

アレン:それが ″心″ だ。テハヌー

テハヌー:……

アレン:あの日俺に願いを伝えたその時から、貴様はもはや糸に繋がれた傀儡(くぐつ)ではなくなった

 間

アレン:こちらに来い。人として、俺と歩め、テハヌー

 間

テハヌー:(静かに笑い出す)くっくっく……ふふふ……はっはっはっはっはははは!!!

 笑いながらアレンを見据えたその両目からは、涙が流れ出ている

テハヌー:ありがとうアレン、教えてくれて。やっぱり――

 テハヌー、懐から黒く輝く杭のようなものを取り出す

テハヌー:僕らは、違うみたいだ

アレン:……それは……! テハヌー……貴様ァ!

 アレン、駆け出す

アレン:やめろォ!! テハヌー!!

 テハヌー、杭を振り上げる

テハヌーM:僕はただ、嵐であれば良かった

テハヌーM:大地を焼き照らす光であり、大地に打ち付ける雨であり、大地を削り取る風であれば良かった

テハヌーM:神の生み出した、人々に与えられる脅威と恩恵であれば、それで良かった

テハヌーM:……いつの間にか人の王にほだされ、心(よけいなもの)など身につける必要はなかった

テハヌーM:これを突き刺す事でそうなれると言うのならば

テハヌーM:そうあれかしと、神に祈ろう

テハヌー:……!

 テハヌー、自らの胸に杭を突き立てる

 爆風

アレン:ぬぅっ!!

テハヌー:アイハル=クリスプラス、素体コード「テルー」、第零号制御ユニット解放

 テハヌーの流した涙が赤く染まっていく

テハヌー:目標を撃滅する

アレン:ぐぉぉっ!?

 テハヌーの突進を受け、吹き飛ばされるアレン

テハヌー:目標の状態を検証。生存を確認。撃滅を継続する

アレン:お、のれぇ……

 噴煙の中から立ち上がるアレン

アレン:この愚か者めがっ!!

 アレン、テハヌーに飛びかかる

アレン:信仰のために心を投げ打つだと!? 人の心あってこその信仰であろうが!!

テハヌー:防御。蓄積された戦闘データと照合

アレン:貴様なんぞが! 傀儡(くぐつ)の型に入っただけの災害など! 思い違いも甚だしい!

テハヌー:防御。防御。防御。著しいパターンの変化は見られず。現行の武装で対応可能と断定

アレン:だいいち……! はじめに臣下にして欲しいなどとほざいたのは! 貴様であろうがっ……! このっ――

 アレン、剣を振り上げる

アレン:……!

 見遣ると、テハヌーの左腕がアレンの脇腹に突き刺さっている

アレン:……ごぼっ

 アレン、血の塊を吐き出す

テハヌー:目標への致命打を確認。右下腹部、即座の治癒は不可能と断定

アレン:お…の、れぇ…

テハヌー:行動の鈍化を確認。撃滅を継続する

 テハヌー、右手を構えアレンの心臓目掛けて突き入れる

 アレン、迫りくるトドメの一撃を虚ろな目で見つめる

アレンM:ああ……

アレンM:ここで終わるというのか……

アレンM:俺が間違っていたと、そう言うのか

アレンM:テハヌー……



 庭園

アレン:む……

テハヌー:おや、目覚めたかい

アレン:俺はいつから寝ていた

テハヌー:半刻(はんとき)ほど前からかな

アレン:……そうか

テハヌー:……随分と、うなされていたようだ。悪い夢でも見たのかい

 間

アレン:……テハヌーよ

テハヌー:なんだい

アレン:俺は、王としてやれているだろうか

テハヌー:君ともあろうものが、珍しく弱音かい

アレン:時々分からなくなる。王の在り方というものが

テハヌー:……君は随分と変わった

アレン:何?

テハヌー:出会った頃なんて「民のものは王(オレ)のもの、オレのものはオレのもの」と、当たり前のように吐き捨てる奴だったからね。それに比べたらかなり丸くなった

アレン:考えは変わっておらん。ただ、支配者たるには相応の責任が伴うのだ。民を正しく導けているのか、とな

テハヌー:つまり、君はいつの間にか知ってしまったんだ。その背に負ったものの重みをね

アレン:重み……

テハヌー:それは常人ならば耐え難い重圧かも知れない。でも……隣に立っているとよく分かるよ。背負うものの重みを知るほど、君の眼光は、言葉は、拳は、より重みを増していくんだ

アレン:……

テハヌー:それが君の王としての強さであり、僕では到底持ち得ないものだ

アレン:テハヌー……

テハヌー:だから……だからね、どうか何があっても

アレン:……

 テハヌー、優しくアレンに微笑みかける

テハヌー:折れてくれるなよ、我が王



アレン:……うぅぉぉぉおおおおァっ!!!

 アレン、迫り来るテハヌーの右手を強引に受け止める

アレン:ぬぅぅうっ!!

テハヌー:イレギュラーが発生。解析……不能な……膂力(りょりょく)を計測……

アレン:テハヌー……

 アレンの瞳が光を取り戻し、眼前のテハヌーを捉える

アレン:あの日であれば……貴様に殺されてやってもよかった……

テハヌー:データとの照合……不可能……

アレン:カルガドの丘で貴様と打ち合った……英雄たる俺ならば……貴様に殺されてやってもよかった

テハヌー:計測値……更に上昇……解析……照合……

アレン:だがもう駄目だ!! テハヌー!!

 テハヌーの右腕が軋んだ音を立ててひび割れる

アレン:これが貴様の言っていた……! 一国臣民を統べる王たるものの重みだ!!

 テハヌーの右腕が砕け散る

 テハヌー、アレンから左腕を引き抜き、後ろへ飛び退く

テハヌー:右上肢を損壊、修復不可能。近接戦闘での目標の撃滅は困難と判断。『神ノ図書館(アッシュールバニパル)』の解放を要請

アレン:そうさな……次で終わりにしよう。我が宿敵よ

テハヌー:要請を許可。完全詠唱の取得完了まで、三秒

アレン:『神ノ図書館(アッシュールバニパル)』……強制解放

 テハヌーの振り上げた左腕、アレンの構えた両腕の先に、それぞれ異なった形状の武具が生成されていく

テハヌー:「――開闢(かいびゃく)の時を語る

アレン:「――人の世の始まりを言祝(ことほ)ぐ

テハヌー:天に名もなく、地に名もなく

アレン:大海の水瓶(みずがめ)を反(かえ)されようと

テハヌー:混沌は神々の胎動(たいどう)を揺り動かし

アレン:大地を災火(さいか)で覆われようと

テハヌー:黎明(れいめい)は揺籃(ようらん)の地を照らす

アレン:民は滅びず、王は屈さず

テハヌー:創世前夜の破滅と知れ!

アレン:己(おの)が渡渉(としょう)を以って理想郷へ至ろう!

テハヌー:(同時に)『天地開闢ス裁断ノ狂飆(エヌマ・エリシュ)』!!!」

アレン:(同時に)『命脈繋留ス賢者ノ箱舟(アトラ・ハシス)』!!!」



 §



アレン:随分と、無様な姿になったものだ。テハヌー

テハヌー:……ア……レン……

アレン:まだ……口を開く程度の余力は残っているであろう

テハヌー:………

 間

アレン:……最期の機会だ。――願いを述べよ

テハヌー:っ……!

アレン:まだ一つ、残っている

 間

テハヌー:……それで僕が命乞いをしたら、君は助けてくれるのかい

アレン:無論だ

テハヌー:またキミに刃を向けるとしてもか

アレン:下らん。なれば再び、叩き伏せるのみだ

テハヌー:……

アレン:述べよ。契約を反故にすることは俺が許さん

テハヌー:……フフ……はははははっ……

 間

テハヌー:やはり君には……かなわない

 テハヌー、顔を上げ、アレンを見上げる

テハヌー:アレン……

アレン:………

テハヌー:どうか僕を、忘れないで……

 間

 アレン、身体を震わせる

アレン:テハヌー……貴様は、俺がただ一人認めた無二の友であった

テハヌー:………

アレン:貴様と共に歩んだ日々は、未だ格別のものとして俺の追憶に在る

 アレンの鋭い視線がテハヌーを見据えている

アレン:それを……それを貴様は……

テハヌー:………

アレン:契約などで縛らねば俺が忘れるとッ!! そう思うのか、痴れ者がッ!!





 長い間





 アレン、空を見上げる

アレン:この俺がこうまで言うたのだぞ。最後まで聞いて行かんか、馬鹿者が

 アレン、友の亡骸に背を向ける

アレン:その願い確かに聞き届けた。後顧の憂いなく逝け、友よ



 §



テハヌーN:或る王がいた

テハヌーN:王は神が差し向けた使徒を討ち、人の世を束ねた

テハヌーN:その後、王は果たして理想郷を築くことが出来たのか

テハヌーN:僕には知る由もない





或る王の話 終




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