世界の終わりで待ち合わせ
作者:domino









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 20XX年XX月 世界終了
 その危機に際し、先進各国は巨大な災害用シェルターを用意するも、収容人数は人口の半分にも達せず。
 国家の要請を受けてロード社、ノアライト社、他世界中の有力な企業が個人用のシェルターを開発した。
 死ぬか、生き残るか、流されるままにシェルターに潜る人間と、地上で自らの世界の終焉を見守る人間と。
 総てのものを照らす紅き光が空を覆う。

 そして、ラジオから声が流れた。
 「世界の終わりまで残り2時間と迫りました。この放送を聴いてくださっている方、どうぞ安らかにおやすみください。
  私は、――放送のアナウンサー阪上鳴海です。日本のアナウンサー坂上ーー」



 20XX年XX月02日


女:……やっぱり開かない。

男:簡単に人力で開くようなら、とっくに俺達は死んじまってるよ。

女:それはそうだけど。

男:望みないだろ、どう考えても。

女:そんなことない。

男:考えてみろ。

女:そんなこと。

男:あんたさ、まだ生きているつもりか。

女:……。

男:いっとくけど、生物的なこといってるわけじゃないぜ。

女:わかってるわよ……。私だって、考えてる。

男:それが良くないんだって……まいったな。

女:……なんで、あなたみたいなのと。

男:知るかよ。

女:チャンネルは、家族と繋いでた筈なのに。

男:そうやって文句垂れるのは女の特権だな。辟易するぜ。
  世界の終わりだってのに、女の小言が幻聴のように聴こえやがる。

女:黙って!

 
 間


男:落ち着いたか。

女:……え?

男:外。

女:ああ……そうね。

男:なんだかんだ、良い製品だったのかもな。
  こうして生きてるってことは。

女:このカプセルシェルターの生命維持の機能は……確か。

男:維持機能に何の問題もなければ、64日だったか。
  それまでにノアライト社が救助にくるって話しだったが……どうだかな。
  酸素が出ているうちは大丈夫だろうが……まぁ、今俺達の周りがどうなっているのかはわからないし。

女:やめて。

男:こういう話がしたいんじゃなかったのか?

女:違うわよ。

男:わかったろ、未来の話なんてする意味はない。
  俺達は……死んだんだ。一度な。

女:……あなたは、信じてたんだ。世界が終わるって。

男:あんたは、違うのか。てっきりカプセルに入っているもんだからそうだと思ってたぜ。

女:私はその逆。カプセルに入っているんだからあなたも生きていきたいのかと思った。

男:……。

女:何故、カプセルに入ったの? 終末信仰者の集いなんかもあったじゃない……。
  一番眺めのいい所で終わりを迎えるーーとか。
  私からしたら信じられなかったけど。あなた、そうなんでしょう?

男:……俺は終末信仰者じゃない。

女:じゃあ、半端者なわけね。

男:……。

女:そんな人に、『お前は死んだ』なんて言われたくないわ。

男:それは……悪かったな。

女:いいわよ。

 
 間


男:俺は、済ませてきたんだ。

女:え?

男:総て、清算した。

女:清算……。

男:家族や知り合い、街、自分という生命が存在してきた歴史。
  それらと一度向き合っちまった。
  そしたらどうだ、心の中が空っぽになっちまったんだ。


 間


男:死ぬってのは……そういうことだろ。
  あんたが天使っていう可能性もある。

女:やめてよ。仮に天使でも、あなたを迎えにいくのは私じゃない。

男:まだ1日そこらの付き合いだぜ? そんなに嫌ってくれるなよ。

女:声だけで嫌な気持ちになるってのは結構な才能ね。
  『生前』も、そうだったの?

男:……。

女:思い出話くらい良いでしょう、ロスタイムなんだから。
  それとも、現世に未練でも?

男:結構いい性格してるんだな。
  最初はピーピー泣いてたのに。

女:話をすり替えないで。

男:わかったよ、天使さん。
  その代わり、あんたも話す。いいな。

女:ええ、もちろんよ。いっても私は生きているんだから、自己紹介をするようなものだけど。

男:もう一つ、ルール、いいか。
  お互い、名前や年齢は伏せる。

女:それ、どういう意味?

男:想像力の邪魔になるからな。

女:自分で自分の言ってることわかってる?

男:実際のあんたがどういう人間だろうが、俺にとっては天使の声なのさ。
  だから頭の中で、怒鳴られたって興奮しちまうような、若くて、とびっきりの美人を想像してる。

女:ちょっと……セクハラする気?

男:おっと、別に喘ぎ声聴かせようってつもりはないんだぜ。
  もっとも、あんたがいいってんなら、想像セックスくらい――


 <通信切断>


 <通信接続>


女:……もしもし?

男:おかえり。

女:(ため息)

男:機嫌は治ったかな。

女:最悪よ……もしかしたら家族に繋がるかもって思ったのに。
  あなたの不快な声しか聴こえないんだもの。

男:そういわないで、あんたも想像してみろよ、自分好みの良い男と話してるってさ。
  例えば憧れてる俳優なんかでもいいさ。

女:あんたみたいな性格の人に憧れなんかしないわ。

男:はいはい……。

女:『死人に口無し』

男:ん?

女:あなた、死んでなんかいないわよ。
  悟ったふりしてるけど、お喋りで煩悩だらけのただの間抜けな男。

男:『死人に口無し』ってのはそういう意味じゃーー

女:ほら、口うるさい。

男:はいはい。





 20XX年XX月09日


 <通信接続>


女:おはよう。

男:……ああ?

女:寝起き。声が怖いって何度いったらわかるの。

男:知るか……毎朝同じ時間に通信してくんじゃねえよ。

女:そんなことより――

男:人の話を――

女:そんなことより!

男:あー! うるせえうるせえ! 耳がいてえ……。

女:昨日いってた話、あったじゃない?
  あなたが大学で、諸星さゆりさんにつけたあだ名。

男:ああ、「ゆな」だろ。それがどうかしたか。

女:それってもしかして、お湯に女で『ゆな』じゃないでしょうね。

男:おお……知ってたのか。なんだ、博識だな。
  実際いろんな男と温泉やらなんやら行ってたからな、あいつ。
  結婚してる教授なんかでもお構いなし、ついには友達の親父にまで手出してよ。
  変態だよ、変態。

女:確かにそれはすごいけど……意味、さゆりさんは知らなかったんでしょ?

男:ああ、喜んでたよ。『可愛いあだ名!』ってな。
  にしても、なんで急にあだ名なんだ。

女:昨日は、ほら、最後のほうは眠かったから。
  こう、思いついたら答え合わせしたいって思うでしょ?

男:眠かったからっていうか、人が話してるのに寝ちまったからな……。

女:仕方ないでしょ。飽きるのよ。

男:おい、そんなに話下手か、俺は。

女:そうはいってないけど……一週間、いままでの思い出話したり、教え合ったり、言葉遊びしたり……結構やり尽したじゃない。

男:じゃあ、想像セックス、するか。

女:お断り。

男:はいはい……。

女:で、何か次にすることないかしら。

男:することって、声で、だろ?

女:……じゃあ、旅行しない?

男:旅行?

女:どこか、他の国、行ったことあるでしょ。

男:知ってるだろ……高校の修学旅行で北京、大学の卒業旅行でアカプルコ、仕事では数年ドイツにいたが、
  個人的に旅行に行ったことはないんだよ。

女:うわー……そうだったわね。やっぱり暗いわ、あなた。

男:ほっとけ……。

女:じゃあ、私が行ったイギリスにしましょう。
  まずは前日の準備からね。

男:いかにも女が好きそうな行程だな……。

女:お気に入りのオレンジのキャリーバッグに服を詰めるの。
  イギリスは雨も多いし、気温も寒いから服は多いにこしたことないわね。
  靴は旅行だから歩きやすい方がいいかな。

男:はいはい……もう飛ばせよ。

女:うるさいわね。だからモテないのよ。
  まぁいいわ。玄関を出て大通りに向かうの。
  途中で『矢作(やはぎ)』さんっていう家の表札が目に入るわ。
  珍しい名字だからいつもつい目で追っちゃうのね。

男:……。

女:空港までは遠いけど、この荷物を持ったまま電車を乗り継いで目指すのは嫌。
  大通りでタクシーを止めて、東京駅まではそれで向かう。
  東京駅につくと、平日でも人がたくさんいるわ。
  スーツの人も多いから、自分が私服であることに優越感が湧くわね。
  もちろん、旅行前って言うのもあって気分は高揚してくる。

男:おい。

女:本当に……本当に……見慣れた風景だったはずなんだけどね……。
  ちょっとした特別で、とってもとっても綺麗に映るものなのよね――


  もう無くなってしまった世界で! もう居なくなった人達で!
  とても残酷で、悲しいはずなのに……! はずなのに……。
  その特別を、一番強く感じるのが、どうして今なの……。

  あなたとは、どこで待ち合わせする?

男:もう、やめろ。


 間


女:ごめんなさい。

男:もう、いい。

女:ごめんなさい。


 間


男:……待ち合わせは東京駅で、だ。

女:……え?

男:俺は、電車でいくよ。
  持っていく荷物もそうないし……タクシーなんぞに乗る金もない。

女:ふふ……ださい……。

男:いいだろ、あんたに無理矢理連れて行かれるわけだからな。
  ダサさも許容してもらうぞ。

女:へぇ……無理矢理?

男:そう。無理矢理連れ出されるんだ。
  俺は休みは家にいたいタイプだから断るんだが、あんたにはそんなことは関係ない。
  そうだろ?

女:そんな風に思ってたんだ。

男:忘れたとは言わせないぜ。
  中学の時に、国語の時間に聴いた朗読の時の声が良かったってだけで、文学少年の彼を遊園地に連れ出したろ。
  あんたはそういう女なんだよ。

女:見てきたように言わないでよ。

男:見ることになんの意味がある。
  この数日、この暗闇の中に観たものはなんだ。

女:……そっか……。

男:……旅行、プランは任せたぜ。


 間


女:今日は……通信、切るね。
  色々、考えたいから。

男:ああ。

女:……ありがとう。


 <通信切断>





 20XX年XX月21日


 <通信接続>



女:もしもし。

 男の荒い息が聴こえる。

女:……どうしたの?

男:い、や。なんでもない。

女:何。

男:なんだ、急だな。

女:そう? いつも通りでしょ。
  ……なんか、息荒くない?

男:……そうか?

女:……。

男:……。

女:……する?

男:は。

女:だから、する?

男:なんだ。

女:だから!

男:なんだよ。

女:あれよ……セックス。


 間


女:1人でするくらいだったら! その方がいいでしょ!

男:おい! 変な気遣いすんじゃねえよ!

女:もう、うるさい。するよ。

男:……マジか。

女:後ろむいててよ!

男:はあ!?

女:だから! 想像の中でも、脱がすなってこと!

男:こいつ……マジか……!





 20XX年XX月25日


 <通信接続>


男:おい……。

女:(寝息)

男:……寝てんのか。

女:……ん……。

男:いいや……起きてても寝てても良い……黙って聴いてろよ。


 間


男:生命維持装置が壊れた。


 間


男:酸素の減りが異常だ。
  何日持つかわからない。もってあと1週か……数日か……。

女:……。

男:だから、どうするか自分なりに考えた。
  あんたはゴチャゴチャといってくれたが、俺は多分本当に死んじまったんだろうな。
  足掻いて、嘆いて、悲観に暮れる。
  そんなくだらない感情は、前世で終わりにしたんだ。

女:……。

男:頼む。今のままで……。


 間


男:おやすみ。


 <通信切断>


 <通信接続>


女:……黙って聴いて。

男:……。

女:世界の終わり、なんて大層なことになって。
  お母さんとお父さんに電話して、友達ともいろいろ話して、
  ああ、これで終わるんだなんて、すました顔でカプセルに乗り込んで。
  泣いて、喚いて‥‥あなたの声が聴こえて‥‥

  どうすんのよ‥‥終わったはずの世界なのに‥‥
  こんな真っ暗で、何も見えなくて、それでも……。
  私には今までの世界よりも、もっともっともっともっと広く見えるの。
  綺麗で、鮮明で、暖かくて……!
  あなたの声と、私の声と、これだけで、これだけが、ずっと、続けばいい!


  最低だよ‥‥最低の気分! あんなに怖かった世界の終わりよりも、私には‥‥!
  この小さな暗闇が終わることが、怖い……。



女:愛してるわ……あなたを……。

男:ああ……愛してるよ……あんたを……。





 20XX年XX月30日


 男のシェルター内の酸素供給は限界に達している。
 すでに男は呼吸しづらくなっており、限界は近い。


女:おはよう。

男:……ああ。

女:苦しい?

男:……いや?

女:そう。

男:……悪いな。

女:何?

男:……旅行中に……体調不良になっちまって。

女:いいの。ホテルだって悪くない、でしょう?

男:……変わったな……。

女:あなただって! そんな気遣い、いつできるようになったのよ。

男:……はは……無理矢理だ……。

女:失礼ね。大分優しくなったと思うんだけど。

男:(激しく咳をする)

女:……しんどそうね。

男:……限界だ……通信……切るぞ。

女:ダメ!!
  絶対、絶対絶対ダメ、やめて!
  私、ダメなの、そんなの!

男:……わがまま女……。

女:わがままだっていいもの!
  ここは私たちの世界だもの。
  なんだって思い通りになる。 なんだって……
  なんで……


 間


男:(激しく咳をする)……世界の終わりで、待ってるぜ。

女:待って――


 <通信切断>







女:お気に入りのオレンジのキャリーバッグに服を詰める。
  入れる服は一週間前に選んだ。きっと旅行先でも浮きすぎたりはしないと思う。
  靴も何足か新調した。
  時刻は深夜だが、きっとあの面倒くさがりの男はろくな準備もしてこないだろうから、まだまだ準備は終わりそうにない。

男:押し入れから防腐剤臭い旅行鞄を取り出して顔をしかめる。
  これではあの口うるさい女に文句を言われるだろう。
  仕方がなく仕事用のトランクをひっくり返し、適当な服を詰めていく。
  長い飛行機で寝られるとも限らない。早めに布団に潜り込む。

女:玄関を出て大通りに向かう。
  途中でいつも通りの『矢作(やはぎ)』という家の表札になんとなく会釈をする。
  大通りにでて数分、タクシーを止めて、東京駅へ。

男:人の群れに紛れてのろのろと乗り換える。
  待ち合わせは東京駅、まだ随分と先だ。
  気が滅入る。

女:遅い!

男:…ああ。

女:旅行なんだから、もっと気分を盛り上げなさいよ。

男:…ああ。

女:次生返事したら殴る。

男:…はい!


 間


女:(吹き出す)

男:(吹き出す)

 2人の笑い声は東京駅に消えていく。
 駅の構内放送からアナウンスが流れる。
 「世界の終わりで、またお会いしましょう」


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