デザートクローバーD
『才能』
作者:ススキドミノ
レイシー・ウォーカー:女性、18歳。『鉄戦士(ゼレゾニーク)』を目指す少女。父は世界的『鉄戦士(ゼレゾニーク)』の『ヴォルフ』
スコット・”ジャズ”・レノビリ:男性、24歳。デザートクローバーに拠点を置く『鉄戦士(ゼレゾニーク)』、戦士としての呼び名は『ジャズ』
ゼレット・”グリフィン”・ノース:女性、36歳。世界を又に掛ける最強の『鉄戦士(ゼレゾニーク)』、戦士としての呼び名は『グリフィン』
ビール・ヤング:男性、17歳。年若い『鉄戦士(ゼレゾニーク)』見習い。ゼレットの付き人をしている。
ムービー・パーキー:男性、24歳。デザートクローバーの鉄鋼所『ビットレイト』にて『ジャズ』の整備を担当している。
ジーク・ダラース:男性、51歳。工業区の酒場サンドローズの店主。デザートクローバーの伝説『ノービス』の元整備担当。
語り部:物語を見守っている。ジークと被り役。
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
【用語解説】
『鉄闘(スーヴォイ)』
・鉄でできた巨大な人型装甲「鉄戦士(ゼレゾニーク)」が、闘技場で一対一で戦う闘技。
平均的な競技時間は十数分。相手を無力化する(破壊する、行動不能にする、相手の戦意喪失など)か、審判員による判断により勝敗が決まる。
死と隣り合わせの危険な競技ながら、大陸各国が開催を認めており、市民や身分の高いものを問わず人気がある。
国によっては賭け等も認可されており、スーヴォイが主要な産業となっている都市も少なくない。
『簡易訳:おっきいロボットにのってたたかうのをみんなでみるよ! あぶないけどおもしろいとにんきだよ!』
『鉄戦士(ゼレゾニーク)』
・鉄製、全長は19~22フィートの鉄製装甲、列びにその装甲に乗り込み闘うパイロットのことを総称してゼレゾニークと呼ぶ。
コックピット内部は振動や光熱により常に過酷な環境であり、鉄の巨体を操るためにはパイロット自身の身体能力や精神力が大きく影響する。
当然、命の保証などなく、ゼレゾニークとなったものの半分以上が、スーヴォイが原因で命を落としている。
故に一試合で得られる富も多く、貧富の差が激しい大陸各国に置いて、ゼレゾニークになりたいと願うものは後を絶たない。
何度も勝利を収めている戦士には、パイロットの名前の他に『呼び名』を名乗ることが許される。
呼び名を持つゼレゾニークは、各国の都市に自由な立ち入りが許されており、各国の闘技場でスーヴォイをすることが許可されている。
『簡易訳:ロボットとそれにのるパイロット、どっちもゼレゾニークだよ! パイロットはたいへんだけど、おかねもちになれたり、にんきものになれるよ!』
『デザートクローバー』
・大陸の南西部にある砂漠地帯の都市。
鉄鋼業とスーヴォイが盛んであり、その過酷な環境はゼレゾニークにとって『砂鉄の街』と呼ばれ恐れられている。
サボテンをフレーバーした地酒、クローブエールが名産品。
『鉄鋼組合(ギルド)』
・鉄鋼業とスーヴォイを管理する組合。
デザートクローバーにおいては、仕事の斡旋や街の運営補助、国と都市との連絡役など、その役割は多岐に渡る。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
語り部:『ジャズ』と『グリフィン』による決闘まで数日。
砂漠の太陽に心の奥を熱しながら、両陣営は戦いの準備を進めていた。
◆
<第二訓練場>
<訓練機が二台、訓練場の中心に運び込まれている>
ジーク:ったく……ここに来るのは何年ぶりかねえ……。
ゼレット:ここが借りられて助かったよ。
前回は、やたらと綺麗な施設に通されて、随分と苦労したんだ。
ジーク:はは、悪いなァ。伝統ってやつだ。
『この街の代表が環境の悪い第二訓練場を使い、外から来たやつには綺麗な第一訓練施設を』ってな。
ゼレット:そうして慣れない砂だらけの闘技場での試合……調整が足りず、相手は自滅。
砂地獄のように絡め取る。
ジーク:外の奴らはこの暑さと砂に辟易してるからな。
ゼレット:付き合うつもりはないけれどね。
<ゼレットは腕を組むと訓練機を見つめる>
ジーク:それより、『訓練機(ダミー)』にはまだ乗らねえのか? 調整は済んでるぞ。
ゼレット:私はまだ乗るつもりはないよ。
……それよりも、彼の様子を見てやってくれ。
ジーク:彼っていうと……。
<ジークが目を向けると、訓練機に乗り込んでいるビールの姿が見える>
ビール:(深呼吸をする)よし……。
(ジークに)一度動かしてみても構いませんか!
ジーク:ああ! 好きにテストしろ!
間
ジーク:あのガキはどこで拾ったんだ?
ゼレット:どこで、とは……どういう意味かな?
ジーク:鉄に関する知識も、操作技術もある。
俺がアレくらいの時は、女の水浴びを覗くことばっかり考えてたもんだが……あいつはゾッとするほどに落ち着いてる。
ゼレット:別に拾ったわけじゃないし、私が彼に何かを教えたということもない。
私に着いてきていることを含めて、彼個人の努力だよ。
<ビールは訓練機の内部プログラムを操作する>
ビール:やっぱりラジエータの冷却温度が問題だ……。
砂の影響を考えて背後に排気口を回したけど……それだけで温度問題を解決したと考えるのは早計だったかもしれない。
一度動かしてみて……それでもダメならラジエータへの供給エネルギーを振り分けて――
ゼレット:(微笑んで)強烈な、努力さ。
ジーク:努力だけというわけもあるまい。
ゼレット:だが、確実に前に進むだけの原動力になる。
<ゼレットは訓練場に背を向ける>
ゼレット:才能というものは確かに存在する。全ての人間は平等に産まれてはいないからね。
だが……才能というのは、呪いなんだ。
ジーク:呪いってのは、どういう意味だ?
ゼレット:才能を持つ人間は、その才に触れた瞬間にわかる。
自分は『持っている』のだと。
そして周りか気付いた頃には、その才を磨かざるを得なくなる。
それが持つ者の使命であるかのように。
<ゼレットは腕を組む>
ゼレット:故に、才能を持つ人間は、凡人以上の努力を求められる。
到達できるであろう光景は、前人未到の遥か先に定められ、
それが見えるからこそ、それ以外のモノに目をくれている暇などない。
ジーク:それは、経験から言ってんのか?
ゼレット:さてね……。
ただ、ひたむきな努力ができないものには、そもそも「才能」がない。
私が彼に教えているのは、そんな当たり前の事実だけさ。
ジーク:『過程には景色がある。才能はその景色を美しいと思うことだ』
ゼレット:……それは?
ジーク:ノービスが出始めの頃、俺はあいつの才能に惚れ込んでてな。
俺があいつを褒める度、あいつはいつもそういって笑ってたよ。
ゼレット:……続きはないのか?
ジーク:続き?
ゼレット:その言葉の続きさ。
ジーク:さぁ、どうだったかねぇ。
だが……あいつは自分の考えを口にするほうではなかったからな。
余計に覚えてるのかもしれねえな。
ゼレット:……そうか。
ジーク:……ビールの坊主は、あんたに憧れてる。
ゼレット:それが?
ジーク:俺には、坊主にゼレットの教えが伝わってるようには見えねえな。
やつの努力が、才能から来るものなのかは疑問だ。
なんせ、小僧な見つめる先には、ゼレットしかいねえみてえだけだからな。
ゼレット:ああ。今のままなら、彼は……私の視界に入ることさえもできないだろうね。
ジーク:おいおい――
ゼレット:だからジーク。彼のことを見てやってくれ。
私は――走ってくる。
<ゼレットは駆け足で訓練場を後にする>
ジーク:ったく……ゼレゾニークってのは揃いも揃って勝手なやつらだぜ……。
◆
<デザートクローバー旧コロッセウム・中央サークルにて>
レイシーN:身体が……重い……。
喉が――全身が熱くて、燃えそうに……息苦しい。
スコット:『(通信機から)何をへばってる』
レイシーN:通信機から聞こえる声に顔を上げる。
モニターを必死に探すが、砂埃が舞い散るばかりで、なんの姿も見えない。
スコット:『レイシー、動いてみろ!』
レイシーN:私は訓練機のコックピットの中にいた。
デザートクローバーの旧コロッセウムの中で、私は今――ゼレゾニークに乗り込んでいる。
レイシー:(息切れをしながら)……どこに……いるの……。
スコット:『そのまま案山子(かかし)でいるつもりなら……歯を食いしばっとけよ』
レイシー:……え!?
レイシーN:砂の向こうで、赤いレーダーの灯りが瞬いた。
次の瞬間――私の機体は吹き飛ばされていた。
レイシー:ゥ、ァ……!
レイシーN:激しい衝撃に、一瞬息ができなくなる。
ようやく息を吸い込んで状況を確認すると、機体は完全に横たわり、モニターには砂埃が写っていた。
ムービー:『レイシー! 大丈夫か!』
レイシー:え、ええ……。平気……。
スコット:『(ため息)』
レイシー:ご、ごめんなさい……! スコットさん――
スコット:『機体はそのままでいいから、一度、降りてこい』
間
レイシー:……はい。
レイシーN:私は、ヘルメットを外すと、コックピットのハッチを開いた。
◆
<旧デザートクローバーコロッセウム・キャンプ>
<レイシーは水を飲み干す>
レイシー:ッ……はぁー……!
ムービー:レイシー、お疲れさん。
レイシー:……いえ……。
ムービー:身体は大丈夫かよ。
レイシー:ええ、それは、全然。ちょっと打っただけで――
<スコットは腕を組んでレイシーを見下ろしている>
スコット:お前。どうして動かなかった。
レイシー:……え?
スコット:訓練の時はもう少しまともに動けてるだろ。
何が原因か、自分の口から説明しろ。
レイシー:そ、それは……。
スコット:(ため息)別に……責めてるわけじゃねえよ。
昨日乗り始めたばかりのやつに、まともに戦えなんて言うつもりはない。
ムービー:へえー、スコットにしちゃあ常識的な意見だ。
スコット:……なんだよ。
ムービー:お前の初戦闘は、最初に鉄に乗ってから三日後だったろ。
<レイシーは水を吹き出す>
レイシー:み、三日で!?
スコット:き、汚えな……! 吹くんじゃねえよ……!
レイシー:そ、それって、私に置き換えたら……えっと……え!? 明日には戦ってたってこと!?
ムービー:ヴォルフのおやっさん――レイシーの親父さんはスパルタでなぁ!
最初に乗ってからすぐに、『スコットをプレウドに出す』って言ったんだ。
レイシー:『前哨戦(プレウド)』って……確か――
ムービー:スーヴォイのメインマッチの前に行われる、訓練機を使ったオープニング戦のことさ。
ただし、メインマッチとは違って、動力と重量にも制限があるし、武器にも殺傷能力が削られたものを使うのが決まりだ。
試合時間も設定されていて、勝敗は有効武器へのヒット数なんかで決定される。
所謂、模擬戦ってやつだな!
レイシー:若手のゼレゾニークが出る闘技……。
それに、三日目で……!
<スコットは、目を細めてレイシーを見つめる>
スコット:……ていうか、お前……。
レイシー:へ? なんですか……?
スコット:(呟く)見たこと……あるだろ。
レイシー:えっと、今、なんて?
スコット:だから……! 見たことあんだろって言ってんだ!
俺の……プレウド……。
レイシー:……え? っと……すみません、いつ……?
スコット:……もういい。
ムービー:はははははは! マジかよレイシー!
流石の俺様も今回ばかりはスコットに同情するぜ!
スコット:ムービー……! 余計なこと言うんじゃねえ!
レイシー:え!? えー!? どういうことですか!?
ムービー:レイシーは、クロデアでやってたヴォルフとグリフィンの都市防衛戦を見て、ゼレゾニークに憧れたんだろ?
レイシー:はい、そうですけど。
ムービー:その試合――クロデア側のプロウド・ゼレゾニークが、スコットだったんだ。
間
レイシー:ええええ!?
スコット:うるせえ……!
レイシー:だってだって! その頃ってことは……! え!?
スコットさんって何歳で試合に――
スコット:俺の話はもういい。
今回の試合にはプレウドはねえんだ。
……だから、お前がいつか戦うにしたってもっと先になんだろ。
レイシー:あ、え。は、はい……。
スコット:だから、落ち着け。
……お前が自分で考えて答えろ。
どうして動けなかった。
レイシー:……えっと……それは。
<レイシーは視線を落とす>
レイシー:……空気が、重くて。
身体もやけに熱くて……それで……。
力が、いつもみたいに入らなくって。
スコット:つまりは……どういうことなんだ。
レイシー:……呑まれてた。
緊張に、呑まれてました。
スコット:だろうな。相手がいるのといないのじゃ、全然違うんだ。
……こればっかりは慣れていくしかない。
レイシー:はい……すみません。
スコット:だが……機体のシステム調整は良いものを持ってる。
ムービー:ああ! それは確かに!
俺はスーパーだが、調整だけはどうにも苦手でさ。
その点! レイシーはかなり良いものを持ってるぜ。
スコット:ムービーはこんなんだが……こんな街にいなけりゃ引く手数多の、天才なんだよ。
一人で機体の精錬から調整までやっちまう鉄鋼匠なんて、イかれてんだろ。
ムービー:そいつは紛れもない事実ってやつだ。
イかれてる以上にイカしてるって意味でもなァ。
スコット:そんなやつだから、今まで何人もの鉄鋼匠候補をビットレートから追い出してんのを見てきた。
ムービーが認めて手伝わせたやつなんて、お前がはじめてなんだ。
レイシー:……はい。
そんなすごいムービーに認められてるってことは、自信を持てってことですよね。
ムービー:それにぃ、スコットにもな!
スコット:俺は、認めてない。マジで。
<スコットはレイシーの顔を指差す>
スコット:操作技術の覚えも悪い。瞬発力も想像力も足りない。メンタルも弱い。
ついでに胸も小さい。
レイシー:(胸を抑えて)む、胸は関係ないでしょう!?
スコット:このままなら、お前は良いエンジニアになるだろうさ。
だが、ゼレゾニークは――
レイシー:乗ります! すぐに!
<レイシーは急いで訓練機に向かう>
ムービー:ははは! なんだよ、あれ!
スコット:……本当、クロデア育ちだってのに、しとやかさの欠片もない。
まるで大猪くらいの単純さだ。
ムービー:やっぱり俺は好きだぜ。レイシーのこと。
スコット:は? お前もしかして――
ムービー:うっし! お前もそろそろ本気で動けよな。
相手がレイシーだとしても、休んでた分、動きがなまってるぞ。
スコット:(微笑んで)……ああ。わかってる。
◆
<第二訓練場>
<ビールは訓練機の内部コンピュータをいじりながら水を飲む>
ビール:……気をつける点は大体わかった……。
油圧シリンダーへのダメージの軽減と、各部冷却システムへのエネルギー供給。
バランサーに頼りすぎてもいけないから――
ジーク:おい、坊主。降りてこい。
ビール:いえ、もう少しだけ――
ジーク:俺の言うことが聞けねえなら、ここから追い出すぞ。
ビール:……わかりました。
<ビールは訓練機から降りてくる>
ビール:システムにロックは、掛けなくていいんですか。
ジーク:ああ。ギルドの監視員がついてる。
このままドックに搬入する手はずになってる。
お前の仕事は別にあるんだよ。
ビール:仕事って?
ジーク:俺の酒に付き合うことだ。
◆
<ジークの店の前・レイシーは呆然と佇んでいる>
レイシー:お、おやすみ……!?
臨時休業なんて……! ついてないよぉ……!
<レイシーの背後にジークとビールが立っている>
ジーク:おや……。
レイシー:あ! 店長さん!
ジーク:今日も飲みに来たのか。
レイシー:はい! 冷えたクローブエールが飲みたくて……!
ジーク:入んな。おら、坊主も。
ビール:……はい。
<三人はグラスを合わせる>
ジーク:ほら。飲みな。
レイシー:いただきますっ!(グラスを煽る)
<ジークはグラスを煽る>
ジーク:調子はどうだ。レイシー。
レイシー:あ、はは……! いや、それが……あまり上手くは。
ジーク:まあ、焦る必要はねえだろうよ。
<ジークは顎をなぞる>
ジーク:紹介がまだだったな。レイシー、こっちの坊主は――
ビール:……いい加減子供扱いはやめてください。
僕はビール・ヤングです。
レイシー:ビールさん、ですね。よろしくお願いします。
私はレイシー・ウォーカーです。
ジーク:丁度というか……お前たちには会って欲しかったんだ。
ビール:どういうことですか?
ジーク:レイシーは今、とあるゼレゾニークの元で見習いをしててな。
レイシー:み、見習いなんて……!
今はまだ、整備や調整の手伝いが精一杯というか……。
ジーク:気になるか?
ビール:……別に。
ジーク:そのゼレゾニークが、"ジャズ"だと言ったら?
間
ビール:それでも、関係ありません。
ジーク:おうおう、感じるぜ。気になるって顔に書いてやがる。
レイシー:ちょっと……! 店長さん……!
ジーク:レイシーはジャズのところで何を目指してるんだったか。
レイシー:もう……! やめてください……!
ジーク:ぜレゾニークを目指している、そうだよな。
<ビールは驚きに目を丸くした後、鼻を鳴らす>
ビール:(鼻で笑う)は。
ジーク:オイ。何だ、今のは。笑ったのか?
ビール:そういうわけじゃないですけど。
ジーク:じゃあどういうわけだ。
ビール:落ち着いてくださいよ。
僕は……"あの人"の付き人だ。
女性だからと笑うような馬鹿だとでも?
レイシー:あの人……。
ビール:ただ……ゼレゾニークを目指すという言葉が……。
<ビールはグラスに口をつける>
ビール:いえ……何でもありません。
とにかく、馬鹿にしたわけではないとだけ。
レイシー:ええと……あの、私、別に気にしてませんよ。
<レイシーは苦笑いをしながらエールを飲む>
レイシー:自分でも思います。
私のような小娘が、ゼレゾニークを目指してるなんて聞いたら……きっと、何言ってるんだって思うだろうって。
ジーク:ゼレゾニークってのはそういうもんだからな。
レイシー:ええ。だから、何度も止められましたし、今だってそうです。
ビール:それでも……目指す気持ちは変わらないと?
レイシー:はい。その気持ちは、少しも変わりません。
ビール:……どうしてそこまで拘るんですか。
<レイシーは少し考える>
レイシー:……自分でも、言葉にするのは難しいんです。
ただ……何ていうんでしょうか。
心が――黙っていられなかったんです。
<ビールは目を見開く>
レイシー:考えれば理由はたくさんあるんだと思います。
私はずっと、そうして理由を探しながら生きてきました。
ジークさんに初めて会った時に、『お嬢さん』って呼ばれましたけど……きっとそうやって生きてきた自分は間違いなくお嬢さんだったんだと思います。
でも……飛び出すように家を出て……この街を目指して……。
旅をしているうちに、気づいたんです。
私が今していることに、理由なんてない。
生き方を選ぶのに、理由なんて必要ないって。
ビール:……何だよ。そんなことか。
レイシー:え?
ビール:どれだけ考えても、どれだけのモノを捨てても、どれだけ覚悟を持っているつもりでも……それでも視界にすら入れない。
僕はそういう現実を嫌というほど味わってる。
自由な生き方として選ぶだなんて、そんな甘い世界じゃない。
<ビールはエールを煽る>
ビール:憧れのままに……流されるままに追い続けるだけで、ゼレゾニークになれるわけがないじゃないか。
レイシー:私は、なれると思ってますけど。
ビール:は?
レイシー:だって、ゼレゾニークはそういう存在でしょう?
<レイシーは困ったように笑う>
レイシー:高慢で、無責任で、冷徹な――鉄の巨人。
誰の言う事も聞かず、何にも縛られず、ただ戦う。
それが――ゼレゾニーク。
ビール:それは……!
レイシー:知ってますよ。私の父は、ゼレゾニークでしたから。
<ジークは思わず口を抑える>
ジーク:……レイシー……ウォーカー……?
……お前、もしかして。
レイシー:ゼレゾニークを目指すのに、理由なんて関係ない。
私は、ゼレゾニークになる。それだけです。
ビール:……なんだよ、それ……。
レイシー:あのー……。
<レイシーはグラスを酒樽に押し当てている>
レイシー:もう一杯頂いていいですか……? 喉乾いちゃって……!
ジーク:お、おう……! そりゃ構わねえけどよ……。
勝手に注ぎな。
レイシー:いただきますっ!
<レイシーは一気にエールを飲み干す>
レイシー:(一気飲みして)――ッくー!
<レイシーは顔を上げる>
レイシー:よし! 頭、冷えました。
すみません! 私、行きます!
ジーク:おいおい……! 急だな……!
レイシー:ごめんなさい。
涼しくなる前に、訓練機に乗り慣れておきたくて。
(硬貨を置く)これ! お代です!
<店を出ようとするレイシーにビールが声を掛ける>
ビール:ねえ!
レイシー:……はい?
ビール:あなたは、ジャズともう訓練を?
レイシー:ええ。今日からです。
まだ訓練といえるほど、動けたわけじゃないですけど。
ビール:そうか……乗れるんだね。
<レイシーは笑顔で手を振る>
レイシー:ジークさん、ご馳走様でした! ビールさんも! また今度、ゆっくりお話しましょうね!
<レイシーが酒場を出ていくと、ジークは困ったように頭を掻く>
ジーク:……ったく、忙しねえな。
ビール:クソッ……!
<ビールはグラスを思い切り煽る>
ビール:(飲み干して)……僕も、もう戻ります。
ジーク:ったく、お前もかよ……。
誰も老人に付き合わねえとは、嘆かわしいなァ……。
ビール:……では。
<ビールは足早に酒場を出ていく>
ジーク:(にやつく)……若い鉄が熱されて……ようやく熱くなってきたじゃねえか。
酒が進むねえ……なあ、ノービス。
◆
<ゼレットは砂漠を歩いている>
ゼレット:(息を切らす)……まいったな。
少し考えながら走るつもりが……。
<ゼレットはその場に座る>
ゼレット:……街は……どっちだったか……。
ここまで景色が同じとは……。
<ゼレットは周囲を見渡す>
ゼレット:ふふふ……ふはははは……!
考えなしにふらついて、砂漠で迷子とは……!
まるで小娘のようじゃないか……!
<ゼレットはその場に寝転がる>
ゼレット:……久しぶりだ。こういう失敗らしい失敗も……。
……こういうところをあなたにからかわれるのは……悪くない気分だった。
間
ゼレット:……いっそこのまま、ここで干からびるか……。
それはそれで……悪くないかもしれない……。
ここなら……あなたが迎えに来てくれるかもしれないしね……。
間
スコット:お前――何してんだ。んなところで。
<スコットは呆れた顔でゼレットの顔を覗き込んでいる>
ゼレット:(ぼーっと呟く)……ミカ……?
スコット:(舌打ち)
<スコットは水筒を取り出してゼレットの顔に水を掛ける>
ゼレット:ッ……!
スコット:頭は冷えたかよ。
ゼレット:ああ……大分いい。
スコット:飲めよ。死ぬぞ。
<スコットはゼレットの胸に水筒を押し付ける>
スコット:偶然センサーの確認をしてて助かったな……。
……何してんだ。
ゼレット:迷った。
スコット:冗談言うな。"磁道盤(ヴィアマグ)"は持ってんだろ。
ゼレット:(水を飲んで)……いや。考え事をしているうちにここまで来てしまったんだ。
スコット:マジで言ってんのか……? 世間知らず小娘かよ……!
お前……本当にグリフィンか?
ゼレット:ああ。
スコット:とことんふざけてやがる……。
<スコットは磁道盤をゼレットに投げ渡す>
スコット:このヴィアマグ使えよ。
……街の"磁気塔(タワー)"を記録してある。
針の指す方向に向かえば、すぐにデザートクローバーだ。
ゼレット:何から何まで申し訳ない。
街に戻ったら、すぐに代金を支払おう――
スコット:いらねえよ。あんたからは、試合に勝って金をいただくしな。
<スコットは踵を返す>
ゼレット:……一ついいかな。
スコット:……わかんねえか?
あんたとはこれ以上話す気も――
ゼレット:名前を、教えてくれ。
間
スコット:……ジャズ。
ゼレット:そうじゃない。君の名前だ。
"彼の息子"である、君の名前が知りたい。
<スコットは獰猛な笑みを浮かべてゼレットを見つめる>
スコット:……知りたきゃ、俺を殺して、墓石でも読めよ。
"最強"。
<スコットは歩き去る>
ゼレット:(呟く)ククク……随分ときつい皮肉を言うものだね。
そういうところは、似ていないのか……。
間
ゼレット:……私が彼を殺したら。
あなたは私に何と言って叱ってくれるかな? ……ミカ。
◆
<旧デザートクローバーコロッセウム・キャンプ>
ムービー:よぉし! そこまでだ! 降りてこい! レイシー!
<レイシーは訓練機から降りてくる>
レイシー:(息切れをしている)
ムービー:見違えたじゃねえか! それだよそれ!
駆動部のプログラムも最高だ!
そのままジャズにぶち込んだって良いくらいにな!
<レイシーは声が出ない>
レイシー:す、すみま……。
ムービー:初動エネルギー効率も三割ほど抑えられてる!
もう少しラジエーター周りを調整して、パワーを出せるようにすれば!
グリフィンの動きにもついていけるように――
レイシー:む、むーび……!
ムービー:ん? どうしたレイシー。
……あ。
<ムービーはレイシーに水筒を手渡す>
レイシー:(一気に水を飲む)
ムービー:悪い悪い! 喉がカラ焼けちまってたか。
レイシー:のど……痛い……!
ムービー:次からは"水兜(みずかぶと)の実"を噛みながら乗ったほうがいいぜ。
冷蔵層に入ってるのを好きに使え。
<レイシーはその場にしゃがみ込む>
レイシー:……本当に……足りない……。
体力も経験も……何もかも……。
ムービー:そいつは一朝一夕じゃどうにもならねえな。
むしろ、レイシーはよくやってるほうだ。
稀代の天才たる俺様が言うんだから間違いない。
レイシー:……ムービーは、どれくらいかかったの?
その……今こうして、一流の鉄鋼匠になるまで。
<ムービーは笑みを浮かべてレイシーの隣にしゃがむ>
ムービー:そりゃあ。産まれた瞬間から、だな。
レイシー:何よそれぇ……!
ムービー:冗談で言ってるんじゃないぜ?
技術ってのは筋肉と似てる。
繰り返し繰り返し、時間を掛けてついていくもんだ。
どれくらいの速度で身につくかどうかはそいつ次第。
技術の習得が早い人間のことを天才と呼ぶやつも居るが、俺に言わせればそいつは違う。
<ムービーは自分の胸を叩く>
ムービー:魂なんだ。
レイシー:形……?
ムービー:確かに俺も色々あったさ。
鉄を叩いていた時も、そうじゃない時もな。
でもどうだよ。俺はこうして、今も鉄を叩いてる。
誰に言われたわけでも、何に駆られたわけでもない。
ただ、どうしようもなく叩かざるを得ないんだ!
俺の血管には鉄が流れ、魂はハンマーで出来ていた!
だから俺は――産まれながらに鉄鋼匠なんだ!
<ムービーはレイシーの胸を指差す>
ムービー:お前はどうだ、レイシー。
レイシー:私は……。
ムービー:何事も答えは過去にはないんだ。
『今』がどうかなんだよ。
レイシー:今……。今は、私……。
<レイシーは輝く目で訓練機を見上げる>
レイシー:ゼレゾニークのこと以外、考えられない……!
ムービー:良く言った!
<ムービーは立ち上がる>
ムービー:この際だからはっきりさせとくぞ!
<ムービーは訓練機に触れる>
ムービー:ゼレゾニークは鉄を使って好き勝手する!
鉄の神に成るが如く、生きるも死ぬも掌握しようとする!
だからこそ、俺は奴らの勝手を許さねえ!
<ムービーは腕を組んで笑う>
ムービー:俺の鉄では誰ひとりとして殺させねえ!
乗ったやつでも! 相手でもだ!
こいつはゼレゾニークと俺との勝負なんだよ!
レイシー:……勝負……。
ムービー:今日、スコットとの訓練でビビってたろ?
こいつは俺様特性の鉄の揺り籠だ!
寝てたって死なせるつもりはねえよ!
だから――お前の魂ごと安心して乗っけろ!
<レイシーは、ムービーの気迫に当てられ、全身を震わせる>
レイシー:すごい……! すごいすごい!
ムービーって! 鉄鋼匠って、本当にカッコいい!
ムービー:そりゃあ当たり前に当たり前だ!
レイシー:いいんだよね! 私……思いっきりやっても!
勝負なんだから! だよね!
ムービー:そういうことだ! ひよっこ鉄乗りが遠慮なんてすんなよ!
レイシー:わかった! 私が死んだら、ムービーのせいだから!
ムービー:は、ははは! ちょーっとだけ、怖くなってきたぞ……!
少しは気をつけろよ……? 少しはな!
◆
<ホテルのスウィートルームに入ってくる>
ビール:ゼレット。
ゼレット:……ああ。君か。
ビール:体調が悪そうですね。
今日はずっと外で?
ゼレット:すまないが、君の相手をする気分じゃないんだ。
<ゼレットは上着を脱ぎ捨てる>
ゼレット:水を浴びてくる。
食事はいらない。
ビール:……ゼレット。
<ビールは机の上にタブレット端末を置く>
ビール:砂地の摩擦に合わせてバランサーを調節しました。
マニピュレータの伝達システムも、駆動部への到達効率が19パーセント向上。
他にも幾つか――ここにデータをまとめておきました。
ゼレット:……へえ。
<ゼレットは端末を手に取る>
ゼレット:オードスプリングも付け替えたのか。
ビール:ジーク氏の仕事です。
重量調整よりも、効率的だと。
ゼレット:この訓練機のタイム計測……。
君が出したんだね。
ビール:……はい。
ゼレット:見違えたね……。
調整だけではこうはいかない。何か、掴んだかな?
ビール:いえ。ただ少し……。
<ビールはバツが悪そうに視線を逸らす>
ビール:自分の感情に、任せただけです。
<ゼレットは気分が良さそうに微笑む>
ゼレット:気が変わったよ。
水浴びの前に、酒を飲もう。
<ゼレットは椅子に座る>
ゼレット:君も一緒に飲むといい。
今日の話を聞かせてくれ。
◆
<夕日の沈みかけた旧コロッセウム>
<ジャズの肩の上に座るスコットに、地上からムービーが声をかける>
ムービー:おい! スコット!
スコット:終わったか!
ムービー;ああ! アップロードは終わったけどな!
お前もしかして! 今からロードするつもりか!?
スコット:ああ! 先に街に帰ってろ!
ムービー:絶対シミュレータだけだぞ!
機体は動かすんじゃねえぞ! 事故っても助けらんねえからな!
スコット:わかってる!
<スコットはジャズの操縦席に乗り込む>
スコット:……起きろ、ジャズ。
<ジャズのプログラムが起動する>
スコット:シミュレーションモード実行。
戦闘データを呼び出せ。
数分前にアップロードされたやつだ。
<モニターにある機体のデータが映し出される>
スコット:……さて。
ご丁寧にデータを残してくれてたのには感謝してるよ。
あの最強に砂をかけたのがあんたしかいねえってんなら……ぜひ相手してもらおうじゃねえか、クソ親父。
<スコットは捜査用のトリガーに手を掛ける>
スコット:対戦シミュレート。
こちらは最新状態のジャズのデータを使う。
相手は――『ノービス』
続く
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