デザートクローバーC
『心の鉄』
作者:ススキドミノ



レイシー・ウォーカー:女性、18歳。『鉄戦士(ゼレゾニーク)』を目指す少女。父は世界的『鉄戦士(ゼレゾニーク)』の『ヴォルフ』

スコット・”ジャズ”・レノビリ:男性、24歳。デザートクローバーに拠点を置く『鉄戦士(ゼレゾニーク)』、戦士としての呼び名は『ジャズ』

ゼレット・”グリフィン”・ノース:女性、36歳。世界を又に掛ける最強の『鉄戦士(ゼレゾニーク)』、戦士としての呼び名は『グリフィン』

ムービー・パーキー:男性、24歳。デザートクローバーの鉄鋼所『ビットレイト』にて『ジャズ』の整備を担当している。

ビール・ヤング:男性、17歳。年若い『鉄戦士(ゼレゾニーク)』見習い。ゼレットの付き人をしている。

ジーク・ダラース:男性、51歳。工業区の酒場サンドローズの店主。デザートクローバーの伝説『ノービス』の元整備担当。

ケイ・”ブロード”・ホーキング:女性、42歳。『ブロード』の名で呼ばれた元ゼレゾニーク。デザートクローバー『鉄鋼組合』の組合長(ギルドマスター)。


ギルド職員:苦労の絶えないケイの秘書。ビールと被り役。

語り部:物語を見守っている。ムービーと被り役。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




【用語解説】

『鉄闘(スーヴォイ)』
・鉄でできた巨大な人型装甲「鉄戦士(ゼレゾニーク)」が、闘技場で一対一で戦う闘技。
 平均的な競技時間は十数分。相手を無力化する(破壊する、行動不能にする、相手の戦意喪失など)か、審判員による判断により勝敗が決まる。
 死と隣り合わせの危険な競技ながら、大陸各国が開催を認めており、市民や身分の高いものを問わず人気がある。
 国によっては賭け等も認可されており、スーヴォイが主要な産業となっている都市も少なくない。

 『簡易訳:おっきいロボットにのってたたかうのをみんなでみるよ! あぶないけどおもしろいとにんきだよ!』


『鉄戦士(ゼレゾニーク)』
・鉄製、全長は19~22フィートの鉄製装甲、列びにその装甲に乗り込み闘うパイロットのことを総称してゼレゾニークと呼ぶ。
 コックピット内部は振動や光熱により常に過酷な環境であり、鉄の巨体を操るためにはパイロット自身の身体能力や精神力が大きく影響する。
 当然、命の保証などなく、ゼレゾニークとなったものの半分以上が、スーヴォイが原因で命を落としている。
 故に一試合で得られる富も多く、貧富の差が激しい大陸各国に置いて、ゼレゾニークになりたいと願うものは後を絶たない。
 何度も勝利を収めている戦士には、パイロットの名前の他に『呼び名』を名乗ることが許される。
 呼び名を持つゼレゾニークは、各国の都市に自由な立ち入りが許されており、各国の闘技場でスーヴォイをすることが許可されている。

 『簡易訳:ロボットとそれにのるパイロット、どっちもゼレゾニークだよ! パイロットはたいへんだけど、おかねもちになれたり、にんきものになれるよ!』


『デザートクローバー』
・大陸の南西部にある砂漠地帯の都市。
 鉄鋼業とスーヴォイが盛んであり、その過酷な環境はゼレゾニークにとって『砂鉄の街』と呼ばれ恐れられている。
 サボテンをフレーバーした地酒、クローブエールが名産品。


『鉄鋼組合(ギルド)』
・鉄鋼業とスーヴォイを管理する組合。
 デザートクローバーにおいては、仕事の斡旋や街の運営補助、国と都市との連絡役など、その役割は多岐に渡る。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−








語り部:砂漠の街『デザートクローバー』の闘技場にて。
    デザートクローバーの戦士『ジャズ』と、最強の戦士『グリフィン』は、十日後に『鉄闘(スーヴォイ)』を行うことになる。
    街を上げての祭りの準備と共に――『デザートクローバー』対『最強』の戦いは、既に始まっているのだった。


 ◆

 <酒場サンドローズ>

ビール:……今の放送は――『鉄闘(スーヴォイ)』……それも、グリフィンとジャズだって……!?

ジーク:くっくっく、はっはっは! こりゃあすげえことになった!
    おい坊主! お前は知ってたんじゃねえのか!?

ビール:知らないよ……! どうして、急にこんな――

ジーク:残念だが、店じまいだ! 祭りとなっちゃ、俺もうかうかしちゃいられねえ!
    しばらくは人手も増えるだろうからなぁ!

ビール:あ、いや、ちょっと―ー

 <サンドローズにゼレットが入ってくる>

ゼレット:失礼する。

ビール:あ、ゼレット……! さっきの放送は一体――

ゼレット:ん? 君も居たのか。早く私の機体を持ち出す準備をしたまえ。

ビール:いや、だから……! ここでは闘わずに次の街へ行くんじゃ――

 <ゼレットはビールの胸ぐらを掴む>

ビール:ひっ!

ゼレット:何をもたもたしている。君の仕事はなんだ?
     私の口から、一体何がどうしたのかを聞くことなのかな?

ビール:い、いえ……僕は――

 <ゼレットは手を離す>

ゼレット:だったら早くするんだ。宿もここの近くに変えてもらおう。

ビール:ここの、近くに……はい、わかりました……。
    あの、機体はどうしますか?

ゼレット:それはこれから交渉する。

 <ゼレットはジークに歩み寄る>

ジーク:……お前さんは……。
    いや、観間違えるはずがねえ……! 本当にグリフィンか……!

ゼレット:ああ、そうだよ。私はゼレット・”グリフィン”・ノース。
     貴方とは十数年ぶりだ。ジーク・ダラース氏。

ジーク:それで……俺になんの用だ?

 <ゼレットは胸に手を当て、頭を下げる>

ゼレット:貴方に、私の機体の整備を頼みたい。

ジーク:どうして俺に……?

ゼレット:冗談をいう。貴方以上の鉄工匠など、この街にはいない。そうだろう?

ジーク:そいつは嬉しいが……。
    まさかお前さんが俺に頼んでくるとは……。

 <ジークはじっとゼレットの身体を観察する>

ジーク:……変わったな。雰囲気が、随分と。

ゼレット:ああ、私はあの頃とは違う。
     小娘だった……あの頃とはね。

ジーク:そのようだな。

 <ジークは椅子に座る>

ジーク:俺は……老いぼれた。
    今じゃあ、酒びたりの酒場の店主だ。
    ノービスの鉄工匠だったころとは、随分と変わっちまったよ。
    昼間から酒を飲んで、あの頃の試合を見て懐かしんでるばかりだ。

 <ジークは寂しげに髭を撫で付けた>

ジーク:それにあんたが闘うのは、『ジャズ』だ。
    あいつはこの街全体の息子みてえなもんなんだ。
    そいつを叩きのめす機体を整備すんのも、気が進まねえよ。

ゼレット:……なるほど。街が相手というのもあながち間違いではなかったか。

ジーク:ケイか? まあ、言いそうなこったな……。

 間

ゼレット:……私は――『ノービス』を殺した。

 <ゼレットは顔を上げる>

ゼレット:だが貴方は、それを引き合いに出して断ることをしなかった。

ジーク:当たり前だ。『鉄闘(スーヴォイ)』での死を引きずるなんて、んなことするわけねえだろ。
    鉄の女神にツバ吐きかけるようなもんだ。
    それにあれは……あんたのせいじゃなかった。

ゼレット:(微笑んで)……”鉄闘(スーヴォイ)”の魂は、心の鉄に宿る。
     老いたというが、あなたの魂は死んではいない。

ジーク:魂……?

ゼレット:あなたの栄光は”ノービス”と共に鉄に還った。
     ……しかし、今一度その『魂の鉄』に、再び火を入れて欲しい。

 <ゼレットは机の上に大量の金貨が入った袋を置いた>

ジーク:こりゃ、大金だな……だが――

ゼレット:金貨では心の火は起こせない。わかっているよ。
     だが、これだけの金があればどんな上質な設備も整うだろう。
     あなたの腕を振るうのに、良いだけの環境を用意する。
     これは貴方の腕への敬意だ。

 <ゼレットは自分の胸を叩く>

ゼレット:如何に偉大な戦士だろうと、死すればいずれ風化していく。
     あなたと”ノービス”もそうだ。
     若者はその名前を忘れ、試合の映像は擦り切れ、やがて誰もその名を口にしなくなる。

 <ジークはその言葉に唇を噛む>

ジーク:……ああ……そうだ。
    そうだ……! 俺は……。俺ァ……それが悔しい……!
    だが! それが摂理だ……! 鉄を見てりゃあわかる……。
    どれだけ磨いて、どれだけに頑丈に叩いても、時が経てば錆びついていっちまうもんだ……!

ゼレット:だからだ、ジーク。
     だから私には、貴方の力が必要だと言っている。

ジーク:一体俺に何ができるっていうんだ……!

ゼレット:私はあの日、ノービスに負けてから――”最強”を守り続けてきた。

 <ゼレットは傷だらけの手のひらをジークに見せる>

ゼレット:つまりそれは、ノービスが最強だと証明してきたことでもある。

ジーク:ノービスが……最強……?

ゼレット:私は勝つ。今回だけではない――ずっと勝ち続ける。
     すると私の名は伝説になる。永遠に錆びつかない、『最強の鉄」として語り継がれる。
     そして私の伝説と共に……遺(のこ)るだろう。
     ノービスはそんな最強の鉄を唯一負かした鉄なのだと。

ジーク:……遺(のこ)る……ノービスの名が……。

ゼレット:あの日の借りは、いつか返さなくてはいけないと思っていた。
     もし……貴方と”ノービス”が受け取ってくれるというのなら、その借りを今、返したい。
     これからも私が、最強で居続けるために。

 <ジークはじっとゼレットの目を見つめた>

ジーク:……その言葉に嘘がないと証明しろ。
    俺は――俺は……いつだってあいつとここで酒を飲んでる。
    あいつが居なくなってからもずっと、ここで飲み明かしてんだ。
    俺はそれでもいいさ。俺の青春はもう、あそこにおいていったままだ。
    ……スコットは――ジャズは、良いゼレゾニークになった。
    だけどな……あいつは、まだ疑ってるんだよ……。
    『ノービス(あいつの親父)』がどうして闘っていたのか、その理由を……。

ゼレット:闘う、理由……?

ジーク:……だから――勝て!
    ジャズに勝って、教えてやってくれ……!
    スコットに、親父の背中ってやつを!

ゼレット:……ああ。約束する。

ジーク:……なら、契約成立だ。後悔はさせねえ。
    俺は――この街一番の鉄工匠だからな。

ゼレット:こちらこそ。その腕、ありがたく使わせていただく。

 <ゼレットとジークは固く握手をする>

ジーク:……うっし!
    坊主! 格納庫は店の裏だ! 従業員叩き起こして待ってるから、すぐに搬入しろ!

ビール:は、はい!

 <ゼレットは出口へ向かいながらビールの肩を叩いた>

ゼレット:宿をとったらここの店の店主に場所を伝えてくれるかな。

ビール:はい。ええと……ゼレット、この店は何の店ですか……?

ゼレット:娼館さ。この街のレディ達はとても美しい褐色の肌をしていてね。
     ……ああ、すぐにでも女を抱かなければ、この胸の猛りは……落ち着かない。

 <ゼレットは妖艶に笑って店を後にする>


 ◆


レイシーN:祭りを告げる号令から――まるで熱く燃える鉄のような日々が始まった。


 <レイシーは宿を飛び出す>

レイシー:大変……! 寝過ぎちゃった……!
     もう……! ここの宿、布団が気持ちよすぎるから……!

 <レイシーの前に、ゼレットが立っている>

ゼレット:おや……貴女は。

レイシー:あ! この間の……!

ゼレット:同じ宿に泊っていたとは、運命的だね。レディ。

レイシー:そうですね! あの……この間はお水、ありがとうございました!

ゼレット:いや、いいんだ。こうして君の元気な姿を見れただけで、十二分に元は取れているさ。

レイシー:そんな……! あの、じゃあ今度、お返しさせてください!

ゼレット:その必要はないが――

レイシー:実は、この街の特産のクローブエールという飲み物があって!
     すごく美味しいので、今度持って来ますね!

ゼレット:……そういうことなら、楽しみにしておくとしよう。

レイシー:はい!

ゼレット:今日も走るのかい?

レイシー:あ! いえ、今日は!
     というか、しばらくは仕事が忙しくて。

ゼレット:なるほど、この街では祭りがあるようだから、どこでもそんな様子だね。

レイシー:はい! 貴女も参加するんですか? お祭り。

 <レイシーは、口元に笑みを浮かべる>

ゼレット:ああ……もちろんだとも。

レイシー:そうですよね! あー、遅刻してしまうので! 今日はこのへんで!

ゼレット:あまり慌てて、怪我をしないように。

レイシー:はい、気をつけます! では、また!

 <駆け出したレイシーの後ろ姿にゼレットは声をかける>

ゼレット:レディ!

レイシー:はい!?

ゼレット:以前の長い髪も美しかったが……今の髪もとても似合っているよ。

レイシー:(笑って)……はい! 私も、気に入ってます!

 <レイシーの後ろ姿を見送ったあと、ゼレットは微笑んでゆっくりと足を伸ばす>

ゼレット:祭りか……果たして、そう楽しい催しになるかな……?

 <そしてゼレットは地面を蹴りつけた>


 ◇


 <鉄工所ビットレイト>
 <レイシーが急いで駆け込んでくる>

レイシー:すみません! 遅れました――

ムービー:遅い! とっとと着替えてこい!

レイシー:はい!

ムービー:着替えたらそこのセレクターに油差してから、隣から四番装甲運んでこい!

レイシー:はい! わかりました!

ムービー:時間がねえぞ! スコットが戻るまでに装甲の再調整だけでもしとかねえと!


 ◇


 <鉄工所サンドローズ>

ジーク:おい坊主! 第六ブロックの稼働プログラムはどうしたァ!

ビール:はい! 今、調整中です!

ジーク:終わったらすぐに第六機構に組み込むぞ!

ビール:はい! でも、シャフトの層が仕様よりも太くないですか!?

ジーク:んな繊細なシャフトが使えるか!

ビール:では、詳しく太さを教えてください! すぐにプログラムに修正をかけます!

ジーク:それより先に素材を確認してからだ!
    そっちの方にうちで使ってる部品の仕様書がある!

ビール:まったく……! どうしてこんな――

ジーク:口より手を動かせェ!

ビール:わかりましたよ!


 ◇


 <ビットレイトの裏手にあるジムで、スコットはトレーニングをしている>

レイシーN:鉄を叩きながら忙しく走り回る私達とは対照的に、
      スコットさんは、静かに、集中していた。


スコット:ふぅ……!
     (ぶつぶつと呟く)……怪我明けにしちゃ悪くねえ数値だ……。
     だが、ここで負荷を掛けすぎると元も子もねえ……。
     あー……低負荷で継続的なトレーニングを挟むか……。
     ついでにプログラムも――


レイシーN:日を追うごとに、誰も声を掛ける隙がないほど、研ぎ澄まされていっている様子だった。
      そんなスコットさんに食事を持っていくのは、私の役目なのだが――


スコット:用があるなら言え。

レイシー:は、はい! あの、食事を預かってきました!

スコット:わかった。置いておいてくれ……。
     それより、”訓練機(ダミー)”はどうだ。

レイシー:”ジャズ”の”訓練機(ダミー)”は整備は終わってます。
     起動プロトコルは以前のものをコピーして――

スコット:破棄だ。

レイシー:え?

スコット:プロトコルも、内部プログラムも全部デザインし直すから、お前らは触らなくていい。

レイシー:で、でも……! それじゃあ時間が――

スコット:一回で理解しろ。俺がやるといったらやる。
     ……もう一機の対グリフィン用の”訓練機(ダミー)”は?

レイシー:は、はい! もう組合の方から連絡があったので、『ビットレイト(うちの倉庫)』に搬入してあります!

スコット:そっちは……いいや、お前に任す。

レイシー:え……? でも、グリフィンのプログラムパターンなんて、私――

スコット:んなもん誰も求めちゃいねえよ。
     グリフィンと同じプログラムを組んだって、誰も乗りこなせやしないんだ。

レイシー:え? じゃあ――

スコット:いいか、一度しか言わねえぞ。
     その『訓練機(ダミー)』――お前が、この砂の街で最低限闘えるように設計してみろ。

 間

レイシー:……はい。わかりました。

スコット:じゃあ、行け。

レイシー:は、はい!


 ◇


 <鉄工ギルド内・ケイは大量の書類を処理している>

ケイ:まったく……また、労働組合の書類までこっちに入ってきてるじゃない……!

ギルド職員:回しておきましょうか。

ケイ:まとめてからでいいわよ……!
   それより、郵便ギルドに連絡しときなさい!
   これ以上間違えるようなら民間の配達員に任せたほうがマシだわ。

ギルド職員:民間の手も動員しているようですが――

ケイ:はぁ!? なら全員のケツぶっ叩いてやりなさい!

ギルド職員:そ、それは……自分には――

ケイ:もういいわ……! 時間の無駄……。
   で、さっきの入電は?

ギルド職員:それが、”鉄闘技場(コロッセウム)”からで……第二訓練場エリアで訓練機(ダミー)の使用許可をと。

ケイ:どっちの陣営から?

ギルド職員:”ジャズ”、”グリフィン”、両陣営からです。

ケイ:ま……そうなるわよね。

ギルド職員:どちらか第一訓練場に振り分けましょうか。

ケイ:ああ、無駄無駄。どうせ両陣営引きっこないんだから。

ギルド職員:第一訓練場のほうが施設自体も新しく、スペースは広い上に外壁も高いわけですから……そもそも文句自体でないのでは?

ケイ:だからよ。

 <ケイは資料を投げ捨てると腕を組む>

ケイ:第二訓練場のほうが『環境が劣悪であること』が重要なの。
   外壁が低く、砂が吹き込んでいるということはつまり――コロッセウムの環境に酷似しているということ。
   本番により近い環境で調整をしたいというのは当然でしょう。

ギルド職員:……では、いつも外部の”鉄闘士(ゼレゾニーク)”に、第一訓練場を貸し出しているのは――

 <ケイは不敵な笑みを浮かべる>

ケイ:より広く、快適な環境で準備をといえば、誰も断らないでしょう?
   ……これもまた、この街なりのおもてなしってやつなのよ。

ギルド職員:(苦笑いで)なるほど……。

ケイ:でも、”グリフィン”もそんなおもてなしはいらないみたい――まぁ、彼女だから当然といえば当然なのでしょうけど。

ギルド職員:では……どうなさいますか?

ケイ:……そうね――


 ◆


 <ビットレイト、格納庫>
 <ムービーは訓練機のプログラムをしているレイシーの隣で、入り口に立つケイに向かって怒鳴る>

ムービー:はぁ!? どういうことだよ!

ケイ:どうもこうも、第二訓練場はグリフィンに貸し出すことに決めたの。

ムービー:おい! 話が違うじゃねえか!

レイシー:……第二訓練場というのはそんなにいいところなんですか?

ムービー:は? 逆だ逆! 施設自体も古いし、吹きっさらしの廃墟みたいなもんさ!

レイシー:だったら――

 <レイシーは一瞬はっとした表情をして顔を上げる>

レイシー:あ、いや……そうか……!
     そのほうが、調整には向いているんだ。

ケイ:……へえ。
   お嬢さんは初めて見る顔だけど……ムービー。どこで捕まえてきたんだい?
   まさか、あんたの恋人ってわけじゃないだろう?

ムービー:だったら良かったんだけどねぇ。残念ながらそうじゃない。
     ま! 要領は良いから重宝してるがね!

ケイ:そうなの。……ああ、ご挨拶がまだだったわね。
   私はケイ・ホーキング。このデザートクローバーの『鉄鋼組合(アイアンギルド)』のギルドマスターをしてるわ。

 <レイシーは差し出された手を慌てて握る>

レイシー:す、すみません……! 油で汚れているんですけど……!

ケイ:あら。素敵じゃない?
   油と砂にまみれている女こそ美しいのよ。この街ではね。

レイシー:は、はあ。

ムービー:レイシー、気にすることはないぜ! そんなスーツを着て、偉い肩書を名乗っちゃいるが、
     ケイは元『鉄戦士(ゼレゾニーク)』だからな。

ケイ:ムービー、お黙り。

レイシー:ゼレゾニーク……! 本当なんですか!?

ケイ:ええ。そうよ。
   現役時代は『ブロード』なんて呼ばれてたわ。
   まあ、あまり戦績が良いとは言えなかったけど。

レイシー:すごい……! すごいです!

ケイ:そうかしら? 鉄戦士なんて珍しくはないでしょう。

ムービー:レイシーは女だてらに『鉄戦士(ゼレゾニーク)』を目指してるからなぁ!
     ケイみたいな女の戦士は憧れちまうんだろうさ。

ケイ:貴女……ゼレゾニーク志望なの?

レイシー:はい! 私は、ゼレゾニークになりたいんです!

ケイ:へえ。そうなの……。

レイシー:あ、いえ……でも今、スコットさんに弟子入りを志願中で……その……。

 <ケイは優しく笑うとレイシーの頭を軽く撫でた>

ケイ:自信のない顔をするのはよしなさい。

レイシー:……え?

ケイ:私は、笑わないわ。否定もしない。
   貴女がゼレゾニークになるというのなら、そうね……腕の良い戦士であることを祈ってる。

レイシー:は、はい!

ケイ:そして、腕の良いゼレゾニークになれたときは、うちのギルドを儲けさせて頂戴。
   ……その時のために、名前を聞いておいてもいいかしら。

レイシー:はい、私は……レイシー・ウォーカーです。

ケイ:レイシー……ウォーカー……。

レイシー:ええと……私の父も”鉄戦士(ゼレゾニーク)”でした。
     ですから、もしかしたらご存知だったりするかもしれません。

ケイ:そう、お父様のお名前はなんて――

レイシー:あ、スコットさん!

 <事務所からスコットが出てくる>

スコット:……ケイ。

ケイ:あら、スコット。しっかり休んでるの? ひどい顔よ。

 <スコットは酒樽に歩み寄ると、瓶に入った水を取り出す>

スコット:それで、どうした。

ケイ:第二訓練場をグリフィンに貸し出した。

スコット:……んだよ。そんなことか。

ケイ:そんなことじゃないわ。
   ……私は伝統を穢(けが)した。
   だから私が直接あなた達に説明に来たのよ。

スコット:伝統、ね……。

 <スコットは水を飲む>

ケイ:ええ。この街の代表には第二訓練場を割り当てるという伝統。

スコット:そんなにその伝統とやらが大事なら、なんでやつらに貸した。

 <ケイはスコットの手から水瓶を取り上げると、自分で一口飲む>

ケイ:……万全じゃなきゃ、倒す意味がないでしょ。

スコット:ただでさえ勝てるかわかんねえ最強と戦うのに、塩まで送ってちゃ世話ねえぜ……。

ケイ:それだけ、信頼してるのよ。あなたを。

スコット:俺だって信じてるさ。だが……これは街で買った喧嘩だ。
     卑怯だなんだいって、やれることもやらねえでいたら、本番はあっという間にやられちまうかもしんねえぞ。

ケイ:(微笑んで)そのときはそれよ。この街の評判ごと、一緒に砂の中に沈みましょう。

スコット:(微笑んで)そいつは……ごめんだな。

ケイ:代わりといったら何だけど……他に訓練場を用意してるわ。

ムービー:代わり? 第一訓練場は勘弁だぜ?
     あそこじゃ砂地の調整もできやしない。

ケイ:違うわ。ここから南に数キロ言ったところに、とある場所があるのよ。
   ……案内するわ。機体を運搬車両に積んだら、西出口の前に来なさい。


 ◆


 <スコット達は砂漠の中にある風化した闘技場跡の前に立っていた>

スコット:……ここは……。

ムービー:随分長いことデザートクローバーに住んでたが……こいつは知らなかったぜ。

レイシー:これって……闘技場……?

ケイ:ここは、百年以上前に使われていた、旧デザートクローバーコロセウム。
   今使われている街のコロセウムですら三代目だから、随分と昔のものよ。

 <ケイは砂嵐で削られた外壁を指で撫でた>

ケイ:『鉄闘(スーヴォイ)』が未だ違法だったころ、デザートクローバーでは闇興行が行われていたそうよ。
   スーヴォイが正式に国技として流布した後、街に闘技場を建設することになり……。
   みての通り、ここはそのまま放置されたというわけ。

レイシー:でも、すごいですね……風化しているとはいえ、形もそのまま残っているなんて。

ムービー:砂漠の建築技術ってのは元来丈夫なんだ。取り壊すのに金も人もどれだけかかるか……。
     まあ、ただ……『闇の鉄闘』なんて忌まわしい血の記憶……誰も好き好んで触れたいなんて思わなかったんだろうな。

レイシー:……血の記憶……。

スコット:……ケイ、ここを使えってことでいいのか?

ケイ:いいもなにも、ここの正式な持ち主はあなたなのよ。スコット。

スコット:……は?

ケイ:この建物は街の持ち物だったけれど、数十年前に所有権がオークションに出されたの。
   その時に所有権を買ったのが――あなたの父親よ。

ムービー:『ノービス』が……マジかよ……!?

 <スコットは目を細めて建物全体を睨みつける>

スコット:……そうかよ。そいつを聞いて安心した。

ムービー:安心? どういう意味だよ。

 <スコットは口元に獰猛な笑みを浮かべる>

スコット:親父の所有物だってんなら、思う存分に暴れられる。

 間

ムービー:……スコット……お前……。

スコット:……なんだよ。

ムービー:……いや……なんでもねえよ。

スコット:ケイ。すぐに使ってもいいんだな。

ケイ:……ええ。ギルドからも『鉄戦士(ゼレゾニーク)』の機動許可は出しているわ。

スコット:なら、すぐにでも始めるぞ。

ムービー:……よっしゃー! したら、早速運び込むか! レイシー!

レイシー:は、はい!

 <ムービーは運搬車両に乗り込む>

ムービー:よぉし! しっかり見とけよォ!
     横だけじゃない縦もだ! ぶつけでもしたら洒落になんないからなァ!

レイシー:は、はい! スペース、オールクリアーです!

ムービー:了解! ハッチを開くぞォ!

レイシー:大丈夫です!

ムービー:よぉし! 離れてろよォ!


レイシーN:巨大な運搬車両のハッチが開く。
      巻き上がる砂埃を浴びながら、巨人はじっと身を屈め、私のことを見下ろしている。
      感情もなく、冷たい鉄――でも私は、不思議と恐怖は感じなかった。
      むしろ――高揚していたのだ。


スコット:気分はどうだ。


レイシーN:流線型のフォルムによく映える青い塗装。
      オレンジの曲線で表現された砂漠に浮かぶ赤い太陽。
      その巨人は、デザートクローバーの――守護神。


スコット:おはよう、『ジャズ』


レイシーN:そうして、鋼鉄の戦士――ジャズは、砂漠に降り立った。





@「砂鉄の街」
A「鉄の女神」
B「最強」


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