デザートクローバーA
『鉄の女神』
作者:ススキドミノ



レイシー・ウォーカー:女性、18歳。『鉄戦士(ゼレゾニーク)』を目指す少女。父は世界的『鉄戦士(ゼレゾニーク)』の『ヴォルフ』

スコット・”ジャズ”・レノビリ:男性、24歳。デザートクローバーに拠点を置く『鉄戦士(ゼレゾニーク)』、戦士としての呼び名は『ジャズ』

ゼレット・”グリフィン”・ノース:女性、36歳。世界を又に掛ける最強の『鉄戦士(ゼレゾニーク)』、戦士としての呼び名は『グリフィン』

ビール・ヤング:男性、17歳。年若い『鉄戦士(ゼレゾニーク)』見習い。ゼレットの付き人をしている。

ムービー・パーキー:男性、24歳。デザートクローバーの鉄鋼所『ビットレイト』にて『ジャズ』の整備を担当している。

ジーク・ダラース:男性、51歳。工業区の酒場サンドローズの店主。デザートクローバーの伝説『ノービス』の元整備担当。


語り部:物語を見守っている。ジークと被り役。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




【用語解説】

『鉄闘(スーヴォイ)』
・鉄でできた巨大な人型装甲「鉄戦士(ゼレゾニーク)」が、闘技場で一対一で戦う闘技。
 平均的な競技時間は十数分。相手を無力化する(破壊する、行動不能にする、相手の戦意喪失など)か、審判員による判断により勝敗が決まる。
 死と隣り合わせの危険な競技ながら、大陸各国が開催を認めており、市民や身分の高いものを問わず人気がある。
 国によっては賭け等も認可されており、スーヴォイが主要な産業となっている都市も少なくない。

 『簡易訳:おっきいロボットにのってたたかうのをみんなでみるよ! あぶないけどおもしろいとにんきだよ!』


『鉄戦士(ゼレゾニーク)』
・鉄製、全長は19~22フィートの鉄製装甲、列びにその装甲に乗り込み闘うパイロットのことを総称してゼレゾニークと呼ぶ。
 コックピット内部は振動や光熱により常に過酷な環境であり、鉄の巨体を操るためにはパイロット自身の身体能力や精神力が大きく影響する。
 当然、命の保証などなく、ゼレゾニークとなったものの半分以上が、スーヴォイが原因で命を落としている。
 故に一試合で得られる富も多く、貧富の差が激しい大陸各国に置いて、ゼレゾニークになりたいと願うものは後を絶たない。
 何度も勝利を収めている戦士には、パイロットの名前の他に『呼び名』を名乗ることが許される。
 呼び名を持つゼレゾニークは、各国の都市に自由な立ち入りが許されており、各国の闘技場でスーヴォイをすることが許可されている。

 『簡易訳:ロボットとそれにのるパイロット、どっちもゼレゾニークだよ! パイロットはたいへんだけど、おかねもちになれたり、にんきものになれるよ!』


『デザートクローバー』
・大陸の南西部にある砂漠地帯の都市。
 鉄鋼業とスーヴォイが盛んであり、その過酷な環境はゼレゾニークにとって『砂鉄の街』と呼ばれ恐れられている。
 サボテンをフレーバーした地酒、クローブエールが名産品。


『鉄鋼組合(ギルド)』
・鉄鋼業とスーヴォイを管理する組合。
 デザートクローバーにおいては、仕事の斡旋や街の運営補助、国と都市との連絡役など、その役割は多岐に渡る。


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語り部:鉄の巨人を操り、闘技場で激しく闘い合う鉄の戦士『ゼレゾニーク』
    彼らだけが立つことのできる闘技、『鉄闘(スーヴォイ)』に魅せられた少女、レイシー。
    レイシーは大陸の南西に広がる過酷な砂漠の中心に位置する、鉄鋼の街『デザートクローバー』を訪れていた。
    その砂の街を象徴する――『ジャズ』と呼ばれるゼレゾニークを探すために。


 ◆


 <簡素な石造りの家の中は清潔に整っていた>

レイシー:広い……それに、綺麗。

スコット:じろじろみんな……。

レイシー:ごめんなさい。

スコット:別に……。あー、じゃあ水浴びてこい。

レイシー:……え?

スコット:は? 別になにもしやしねえよ……!
     んな砂だらけでうろつかれんのはこっちが嫌なんだ。

レイシー:いや、そういうことではなくて……。自宅に水浴び場があるんですか?

スコット:あん? なんかおかしいか?

レイシー:この町では、水も高いし……。

スコット:おいおい……。これでも俺は凄腕の『鉄戦士(ゼレゾニーク)』なんだぞ。
     この街にある酒瓶全部かき集めたって、使い切れないくらいの金は持ってんだよ。

レイシー:そう……そういうものなんですね。

スコット:とっとと洗ってこい。そっちの扉だ。

 <レイシーは浴室の扉をあけると、簡素だが確かに水浴び場があり、すでに水が溜めてあった>

レイシー:あの……服は、どうすればいいですか?

スコット:体と一緒に洗えよ。
     着るもんはそこにあるもん適当に着ろ。

レイシー:……女性もの……なんでこんなに……。


 ◆


 <スコットとレイシーはリビングの机越しに向かい合って座っていた>

スコット:……へえ。やっぱり小綺麗にすると美人だな。

レイシー:あ、あの……ありがとうございます。
     えっと……これは……?

 <レイシーの目の前にはコップが置かれていた>

スコット:コーヒーだ。好きに飲め。

レイシー:ありがとう、ございます。

 <レイシーはゆっくりとコーヒーに口をつける>

レイシー:……美味しい。

スコット:(ニヤついて)ああ。デザートキャットの糞を乾燥させたもんだ。

レイシー:んっ! (咳き込む)けほっ、ごほっ……!

スコット:おいおい、上物なんだぜ? デザートキャットは砂漠じゃ珍しい草食の獣でな。
     健康に良いって評判だ。それに――

 <スコットはレイシーのコーヒーに手を伸ばすと口をつける>

スコット:ここじゃこんな深い味はなかなか楽しめねえ。

レイシー:そ、そうなんですね。

スコット:……ま、知らねえだろうな。クロデア育ち、だろ?

レイシー:え? どうしてそれを?

スコット:肌が白いから。

レイシー:それだけでわかるものなんですね。

スコット:(吹き出して)冗談も通じないわけだ。
     肌の色だけで、出身がわかるもんかよ。
     ただ、世間知らずってことはすぐわかる。

レイシー:……世間知らずの自覚はありますが……いい気分ではありません。

スコット:育ちが悪いもんでな。
     ここじゃ、からかうのは挨拶みたいなもんなんだよ。

 <スコットは椅子に背を預ける>

スコット:昔、レインのおやっさん――あんたの親父さんが言ってたんだ。
     妻と娘がクロデアにいるってさ。

レイシー:あ……それでですか。

スコット:それで……おやっさんは、いつ。

 間

レイシー:ひと月前です。

スコット:そうか。どこで。

レイシー:大陸北のノースローグ領にある、ブロッケンドームで……。

 <スコットは真剣な眼差しでレイシーを見つめた>

スコット:……『鉄闘(スーヴォイ)』でか。

レイシー:え?

スコット:答えろ。戦いの中で死んだのか。

レイシー:い、いえ……。戦いでできた傷の療養中に、病気だと――

スコット:クソッ!

 <スコットは椅子を蹴飛ばした>

レイシー:キャッ……!

スコット:病気だぁ!? んだよ情けねえ!
     そんなんなら、酒樽に頭突っ込んでたって変わりゃしねえぞ!

レイシー:ッ! あの……!

スコット:ああ? なんだよ……!

 間

レイシー:……父は、情けなくなんか、ありません……!

 <レイシーは拳を握りしめていた>

レイシー:記憶にある父は、誰よりも強かったクロデアのチャンピオンでした!
     父は! 私は……一緒には居ることはできませんでしたが……!
     旅に出てからも、いつもどこかで父の闘いの噂を聞くたび、誇らしい気持ちになりました……!
     いつもお金と一緒に手紙を送ってくれて……! それで……!
     優しくて……! 強くて! 誰より尊敬できる人でした……! だから!

 間

レイシー:取り消して、ください。

 間

レイシー:取り消してください! 情けないっていったこと!

 <レイシーは涙を浮かべながらスコットを睨みつけていた>
 <スコットは呆然とその姿を見つめた後、視線を反らして頬をかいた>

スコット:取り消す……すまなかった。

 間

レイシー:あ……! い、いえ……! 私こそ……その、急に怒鳴って、すみませんでした。

 <スコットはゆっくりと頭を上げる>

スコット:……娘さんの前だっての忘れちまった。
     本当、悪かったよ。

 間

レイシー:……戦いで命を散らすのが、ゼレゾニークの誉れ……。

スコット:なんだよ……知ってんのか。

レイシー:はい。父から聞いたわけではありませんが、ムービーが教えてくれました。

 <スコットは椅子に座るとコーヒーに口をつける>

スコット:古臭え……錆びついた与太話さ。誇りだの魂だのって……。
     俺はな、んな考えクソほどしょうもないと思ってる。

レイシー:では、なぜ父のことを情けないと……?

スコット:そりゃあそうさ。おやっさんはいつも戦いの前に言ってやがった。
     『戦いの中で名誉ある死を』ってな。
     ……そもそも、自分に家族があるってのに、世界を飛び回ってスーヴォイなんてことやってんだぜ?
     そいつが、いつ死んだっていいなんて……自分勝手にもほどがあんだろ。

レイシー:それは――

スコット:わかってるよ。おやっさんにとって、それが命をかけるだけの価値があったことは。
     そいつは馬鹿にしちゃいない。もちろん、俺からすりゃ死ぬことに意味なんてねえけどな。
     だが、おやっさんにはそれがあったことは間違いねえ。
     ……だから、情けないって言ったのは。そんなおやっさんが戦いの中で死ねなかったことさ。

 <スコットは悲しげに笑った>

スコット:おやっさんは、選ばれなかったんだ。鉄の女神に。

レイシー:鉄の、女神……。

 間

スコット:……で、それを伝えにきただけか?

 <レイシーは机の下で拳を握りしめた>

レイシー:私、『鉄戦士(ゼレゾニーク)』になりたくて……!

スコット:……は?

レイシー:ジャズさんは、父の弟子として大陸を回って、そしてこの街に戻り、ゼレゾニークになったんですよね!
     だから、今度は私を弟子にしてほしくて――

スコット:(ため息)……断る。

 <スコットは立ち上がると肩を回した>

スコット:おやっさんのことは気の毒だった。
     だが、そいつはお断りだ。

レイシー:どうしてですか!?

スコット:は? どうしてって……当たり前だろ。

 <スコットはシャツを脱いだ>

スコット:見ろ。

レイシー:キャッ……な、何で脱いで――

スコット:昔のほうが未熟な分、傷は多かったが……今でも痕が残ってる。
     ああそうだ、肩口の刺し傷と……腰の火傷はこの間のやつだ。

 <スコットはシャツをおろした>

スコット:俺は幸い、鉄の女神とやらとは相性が悪くてな。
     まだ死んじゃいないが……それだって、数センチだ。
     数センチ分好かれてたら、死んじまってる。
     俺みたいに戦うしか能がないやつならともかく……。
     あんたみたいな若くていい女、幸せに生きる方法なんて――おい、なんだよジロジロと……!

レイシー:……かっこいい……!

スコット:は? なんだって?

レイシー:すごい! かっこいいですね……! この傷!

スコット:あ、あのなぁ……! そりゃあ女からみりゃそうかもしれねえけど――

レイシー:やっぱり……私……! 戦いたいです!

スコット:いや……だからさ……。

レイシー:それに……! 幸せに生きる方法なら、父が教えてくれました。
     自分のしたいように生きろって、そう手紙に書いてくれてましたから。

 <スコットはレイシーに詰め寄った>

スコット:母親や、他の家族はどうなる……!
     あんたがしてたような心配を、彼らにさせるつもりか! ああ!?

レイシー:母は、もういません。数年前に、病気で。

スコット:だからいいってか……! んなわけあるかよ!

レイシー:決めました。だから、教えてもらいます。

スコット:いいや。絶対に教えない。

レイシー:教わります!

スコット:ダメだ!

レイシー:だって! 父の言った通りの人でしたから。

 <レイシーは、快活な笑みを浮かべた>

レイシー:父が言ってました。『ジャズはお前とそう歳が変わらないが、優しくて強い男だ』って。
     今だって、私のことや、家族のことを引き合いに出してまで諦めさせようとしてくれました。

スコット:はあ!? 勘違いすんな……! んな馬鹿みたいな受け取り方があるか!?

レイシー:……あなたは、きっと人として尊敬できる人です。だから、私はあなたに教わりたい。

スコット:……俺はそんな人間じゃねえ……。
     クソ溜まりで死にたがってる、クソ野郎なんだよ……!

レイシー:あなたが教えてくれなければ、どちらにせよスーヴォイで私は死にます。

スコット:んだよその脅しになってねえ脅しは!
     んなもん知ったことか……! 勝手に死ね! 俺は面倒はごめんなんだ!

レイシー:私は、諦めません。絶対。

 間

 <スコットはため息をついて扉へ向かった>

スコット:ダメだ……クソだるい。寝る。

レイシー:いいってことですか?

スコット:んなわけあるか。明日は出てけ。

 <スコットはあくび混じりにつぶやく>

スコット:床が嫌ならそっちのソファを使え。
     ベッドがいいならそれでもいいが……俺は、抱かない女はベッドで寝かさない主義でな。
     来るなら覚悟してこい。

レイシー:そ、ソファでいいです。

スコット:(不敵に笑って)ふっ、だろうな。お前、経験なさそうだし。

レイシー:お前ではなくて……レイシーです。

スコット:知るかよ。名前なんて、どうせ明日までの付き合いだ。

 間

スコット:ああそうだ……それでいうと、俺もジャズって呼ばれるのは好きじゃないんだ。
     本名はスコット・レノビリ……明日までは覚えておけよ。

 <スコットが寝室に消えると、レイシーは温くなったコーヒーを飲み干した>

レイシー:うん……美味しい……。

 間

レイシー:(微笑んで)……ジャズさんは、言う通りのひとでしたよ。お父さん……。


 ◆


 <翌朝・スコットの寝室>

レイシー:スコットさん!

スコット:は!? なんだよ!

レイシー:晴れましたよ! 嵐、もういっちゃったみたいです!

スコット:んなことをわざわざ報告してくんな――

レイシー:この辺で、走れる場所ってありますか!?

スコット:走れる場所だぁ!?

レイシー:はい! ランニングが日課なんです!
     ついでに朝ごはんも買ってきますから!

スコット:い、いやいや! 何お前普通に居座る雰囲気出してんだよ! 出てけよ!

レイシー:ほら! どこがいいですか!
     ねえねえ!

スコット:うるせえええ! ああクソ……! わかったから黙れ……!
     あー……走るなら第四商業区の脇だ……。防砂壁があるし、石畳だから……。

レイシー:はい! いってきます!

 <出ていったレイシーの背中を見つめたあと、スコットはまくらに頭を埋めた>

スコット:……やばい……なんか知らねえけど……あいつは、やばいかもしんねえ……。


 ◆


 <レイシーは早朝のまだ薄暗い商業区の石畳を走っている>

レイシー:ふっ、ふっ、ふっ……。

 <反対側まで、凡そ三キロほど走ったところで息をつく>

レイシー:ふっ、ふっ、ふぅ……!
     朝は涼しくていいなあ……ここ……。

 <デザートクローバーの町並みを見つめながら歩いていると、後ろから声を掛けられる>

ゼレット:勤勉だな。

レイシー:え?

 <ゼレットは水の持ったボトルをレイシーに差し出していた>

ゼレット:水だ。飲むと良い。

レイシー:あ、いえでも……私、今持ち合わせがそんなに――

ゼレット:気にすることはないよ。

レイシー:でも、会ったばかりでそんな……。

ゼレット:毒も入っていないし。

レイシー:そういうことではなくて……。

ゼレット:(吹き出して)……奥ゆかしいな、君は。
     もしかして、この街の人間ではないのかい。

レイシー:え? ええ、昨日来たばかりです。

ゼレット:へえ……この街にはしばらく滞在を?

レイシー:は、はい。そのつもりですけど。

ゼレット:なら尚更、この水は受け取った方が良い。
     この街では、もらえるものはもらうくらいの図太さがなければやっていけない。
     それに、いかに涼しく感じたとしてもここは砂漠だ。
     乾燥した場所では、自分で感じている以上に水分を失うものなのだよ。

 <レイシーはゼレットの手からボトルを受け取ると、ぐいと飲む>

レイシー:……ありがとうございます。

ゼレット:構わないさ。

レイシー:ええと……あなたは、この街に住んで長いんですか?

ゼレット:私かい? 私も君と同じで、来たばかりさ。
     とはいっても、十数年前に訪れたことはあるんだがね。

レイシー:十数年前……旅かなにかで?

ゼレット:一つところに留まることができない性分でね。
     常に大陸中を移動しているんだ。

レイシー:大陸中を……!

ゼレット:ああ……しかし旅人というと少しロマンチックすぎる……。
     そうだな、私は『変わり者の流れ者』といったところだよ。

 <レイシーはゼレットの顔を見て目を輝かせる>

レイシー:……素敵です……!

ゼレット:素敵?

レイシー:はい! 私は――その……クロデア育ちで。

ゼレット:クロデアか……いい街だね。

レイシー:来たこと、ありますか?

ゼレット:もちろんさ。とても居心地が良くてね。
     自分でも珍しく、長い間滞在したのを覚えているよ。

 <ゼレットは顎に手を当てレイシーを見つめる>

ゼレット:だが君は……安全で健康なクロデアから離れて、この過酷な街に居る。

レイシー:あ。はい。そうですね。

 <レイシーは周囲を見渡す>

レイシー:はじめてなんです。自分の見知った街を離れて、こうして別の街へ来るの。
     とても不安で、今でもずっと心臓が痛いくらい。
     ずっと全力で走っているような、そんな感じです。
     だから……世界中を見て回るだなんて、素敵だなって……。
     あ、いや……もちろん大変な生活なんだろうとは思ってるんですけど。

 <ゼレットは目を丸くしたあと、吹き出す>

ゼレット:(吹き出す)ふ、ふふふふ……!

レイシー:あ、あの。すみません、私、世間知らずで……何か失礼を言ってしまっていたら――

ゼレット:レディ。

 <ゼレットは胸にかけたネックレスを取り出す>

レイシー:うわぁ……! 綺麗なネックレス……。

ゼレット:北の大地を訪れたときに、現地で『スノウイテール』と呼ばれている花に出会ったんだ。
     これはそのスノウイテールをモチーフに作らせたものでね。

レイシー:スノウイテール……雪の旅人、ですか。

ゼレット:もともとその花は、暖かい地域で咲いていたんだ。
     それが、大陸風に巻き上げられ長い時間をかけて北の地に飛ばされた。
     本来暖かいところでしか自生できないはずの花は、驚くべきことに極寒の地に根付いたんだ。
     スノウイテールは、自分の運命すらもその力で変えてみせた。

 <ゼレットはネックレスをしまう>

ゼレット:君も――綺麗な街で、美しく咲き続けることもできるだろう。
     だが、君が今感じている気持ちが変わりなく、どうにも抑えきれないとき……風に乗るといい。
     風に流され、様々な街を訪れ、たくさんの人生に触れ――君はそこで咲く花なのかもしれない。

レイシー:私が……風に……。

ゼレット:それと、レディ? もう一つ。

レイシー:は、はい。

ゼレット:もう少し肌を隠す布も居るだろう。
     せっかくの美しい肌が焼けてしまう。
     服も見繕うと良い。

レイシー:そうですね……。あの、何から何まで、ありがとうございます。

 <ゼレットは微笑むと周囲を見渡した>

ゼレット:私も走る場所を探していたんだが……君はここを走っていたのかい。

レイシー:はい。ここは壁沿いで砂も吹き付けないし、石畳だから走りやすいと聞いて。

ゼレット:それは重畳(ちょうじょう)……。教えていただいてありがとう。

レイシー:私もこれから反対に戻るところです、ご一緒にどうですか?

ゼレット:それは魅力的な申し出だが……そうだな。
     私は少々走るのが早くてね。自分のペースを崩すのはあまり得意ではないんだ。
     もし君が追いついてこれるようなら、一緒に走るのこともあるだろうが――

 <ゼレットはストレッチをする>

ゼレット:そのボトルはとっておきなさい。
     水を汲む時は使うと良い。私はいくつかもっているから。
     では……また会えることを祈っているよ。レディ。

 <ゼレットはふっと息を吐くと、走り始める>

レイシー:……あの人、早い。

 <レイシーはあっという間に速度を上げていくゼレットの背中を呆然と見送った>

レイシー:……風みたいだ。


 ◆


 <その日の昼・鉄工場”ピットレイト”>
 <スコットが息も絶え絶えに飛び込んでくる>

ムービー:ん? 

スコット:ムービー……!

ムービー:どうしたんだよスコット。お前がこんな時間に起きてるなんて――

スコット:頼む! 匿ってくれ!

ムービー:匿うって……まぁた人妻に手だしたのか?
     懲りないやつだなぁ、お前。

スコット:違う! そうじゃない!
     いや、女は女なんだが――

ムービー:なら断る寄りのパスだ!
     俺はそもそも、そういう人間関係が得意じゃないんだよ!
     確かに俺は凄腕だが、それは鉄との会話ってやつだけでな――

スコット:ぐあー! 来やがった!

 <レイシーが工場の入り口に立っている>

レイシー:あ! いましたね!

ムービー:あれ? レイシー嬢じゃん。

レイシー:こんにちは! ムービー!

ムービー:随分と明るくなったじゃないの! ソッチのほうが俺は好みよ!
     それにその服も似合って――

レイシー:スコットさん! もう逃しませんよ!

スコット:ひぃっ!

ムービー:え? 何々? 昨日あの後ヤっちゃったの?

スコット:もういい、お前は黙ってろ!

ムービー:そう言われても黙れないのがこのムービー・パーキーなんだよなぁ!
     あー、レイシー嬢、この男はそのへんの責任を取るという考えが欠如したやつで――

レイシー:責任! とってください!

スコット:なんのだ!

レイシー:だって! そんなのダメです!

スコット:だから! 俺にはなんの責任もねえだろ!

ムービー:ほらな? ヤっちまったら急にそっけなくなるタイプなんだよ。
     だから女の子に刺されちゃったりとかもあってだな。

レイシー:私は! もう決めたんです!

スコット:俺だって断るって決めたんだ!

レイシー:絶対諦めませんから!

ムービー:いやーでもな、スコットもいい年だろ?
     身を固めるなら彼女みたいに若くて美人で、押しの強い子がいいと思う――

スコット:だからぁ! そういうんじゃねえんだよ!


 ◇

 
 <数分後>

ムービー:”鉄戦士(ゼレゾニーク)”にねえ。

スコット:……俺は絶対ヤダ。

ムービー:まあ確かに、いいことはないぜ?
     男臭いし、傷だらけになるし、死ぬかもしれねえし。

スコット:そうだ……! 言ってやってくれ、ムービー!

ムービー:それに、一番は体力の部分だ。
     男と女じゃそもそも筋力が違うのも紛れもない事実だしな。

スコット:そうそう……。

レイシー:でも! ……世界最強のゼレゾニークは女性ですよね。

ムービー:世界最強ってもしかして、グリフィンのこと言ってる?

レイシー:はい、そうです!

 <スコットは目を見開いた後、不機嫌そうに視線を伏せる>

スコット:(舌打ち)……マジか。

レイシー:はい! 昔、父が戦っている試合を見たんです!
     とても早くて――強くて! 父は負けてしまったけど……あの大きな体が、飛ぶのを見て、私は――

スコット:あーはいはい。

 <スコットは冷めた目で製氷機から酒瓶を取り出した>

スコット:アレに憧れてんなら尚更。やめろよ。

ムービー:あー……地雷踏んだ。

レイシー:地雷……?

スコット:あんな芸当、どう考えたって普通の人間にできるもんじゃない。
     鉄の巨体を飛ばすなんて……そもそもまともな精神じゃ考えつかねえんだよ。
     仮に軽量機体で装甲組むとして、重力と重みで自壊しないほどの軽量なんて、一撃貰えばお陀仏だ。
     試合中絶対に攻撃をもらわず、そして飛び上がるだけの”溜め”を作り、実際に飛び上がった後の姿勢制御……。
     そして着地するためのブースト調整を完璧にする――どれか一つでもできるんなら……おめでとう、そいつは最強だ。

 <スコットは酒を呑む>

スコット:グリフィンは、別だ。男だとか、女だとか、そういう問題じゃない。
     正真正銘の生ける怪物なんだよ。

レイシー:そんなに……すごいんですね。

ムービー:まあ、そりゃあな。世界広しと言えど、最強なんて称号を掲げられるのは今んとこグリフィンだけさ。

スコット:あと……ひとつ大事なことを言っとく。

 <スコットは鋭い眼差しでレイシーを睨んだ>

スコット:傷を負うが怖くない、死ぬのが怖くないってんならそれでもいい。
     だが、”殺す”のはどうだ。

レイシー:……え?

スコット:当たり前だろ。『鉄戦士(ゼレゾニーク)』は死ぬ。
     死ぬってことは……殺す側が居るってことだ。
     お前は、殺せるのか。同じ志を持った相手――『鉄戦士(ゼレゾニーク)』をだ。
     俺達の世界を……舐めてんじゃねえぞ。

 <スコットは工場の入口へと歩いていく>

スコット:もういい加減にしてくれ。

ムービー:どこにいくんだよ。

スコット:ほっとけ。

 <スコットが去っていくのを、レイシーは黙って見送った>

レイシー:……殺す。そうか、そうなるんだ……。
     私……考えてなかったかもしれない……。

ムービー:当然。最近じゃ昔ほど死人は出ねえけど……それでもたまには起こることさ。
     『鉄の女神に愛される』、なんて言い方をするけどな。

レイシー:スコットさん、怒ってました。

ムービー:ああ、うん。あいつの前じゃ、禁句だぜ。
     グリフィンの名前は。

レイシー:どうしてですか?

ムービー:……そりゃあ、簡単さ。この街の人間なら誰でも知ってる。
     あいつの父親はノービスって名で通ってたゼレゾニークでよ。
     その……ノービスは鉄の女神に愛されちまったんだ。

レイシー:それって……!

ムービー:ノービスが死んだ試合の相手が、”グリフィン”だったんだよ。


 ◆


 <酒場サンドローズ>
 <ジークはノービスの試合を観ている>

ジーク:よぉし! それでこそよ!
    それが見たかったんだよ! やるじゃねえかよぉ!

 <ビールが入ってくる>

ビール:……あの、聞きたいことがあるんだが。

ジーク:あん? なんだぁ、坊主。ここはガキの来るところじゃねえぞ。

ビール:……まったくここでもか……。僕はもう成人してる。

ジーク:そうかい、成人の坊主。そもそもだ、ここは鉄関係以外お断りだぜ。

ビール:鉄関係……? ……ああ、そういうことか。
    それなら、僕は鉄関係だよ。その話で来た。

ジーク:は? ……本当か。

ビール:ライセンスを見せようか?
    僕は、ゼレゾニークの取り扱い免許を三つ持っていて――

ジーク:なんだそりゃ。んなもんここじゃなんの意味もねえよ。

ビール:だが、政府から許諾を得ているのは事実だ。
    それに……まだ戦ったことはないけど、ゼレゾニークの見習いだし……。

ジーク:ゼレゾニークの……見習い……?
    (吹き出して)ふ、ははははは! なんだそりゃ!
    おもしれえなぁ坊主!

ビール:馬鹿にしないでくれ……!

ジーク:あー、わかったわかった。
    ……座んな。鉄関係ってんなら、無下にはしねえよ。

ビール:あ、ああ。

 <ビールは椅子に座る>

ビール:すまない……聞きたいことが――

ジーク:(咳払い)……ああ? 何だって? きこえねえなぁ。

 間

ビール:と……とりあえず、一杯呑ませていただけますか。

ジーク:(笑顔で)わかってんじゃねえか。
    『情報の前に注文』だ。忘れんなよ。

 <ジークは酒樽からエールを汲むと、ビールの前に差し出した>

ビール:(エールをあおる)……冷えてる! 美味いな!

ジーク:はっはっは! そうだろうよ!

ビール:商業区の酒場はあんなにぬるかったのに……!

ジーク:そりゃそうよ! あっちじゃ満足に製氷機も揃えちゃいない。
    だが、ここいらは泣く子も黙る鉄工区画よ!
    酒樽の裏には、鉄鋼冷却用の冷水パイプが走ってるんだ。

ビール:なるほど……表を見るだけでは本質は見えない。
    それは街も同じことということか。

ジーク:まあ、そうさな。

 <ジークもエールをつぐと、そのままあおる>

ジーク:……それで、なんの用だった。

ビール:ああ、僕はとある”鉄戦士(ゼレゾニーク)”の付き人をしている。

ジーク:ほう……巡業か。

ビール:あ、ああ。まあ、それで……機体を整備してくれる鉄鋼所を探しているんだ。

ジーク:そうか。なら、うちで持ってやってもいいぞ。

ビール:……いや。気持ちはありがたいが、最高の腕を持っているところじゃないとダメなんだ。

 <ジークは不機嫌そうに腕をくむ>

ジーク:……ああ? 俺の腕を疑うってのか?

ビール:そうじゃない。でも、うちの人の機体は特別なんだ。
    だから、この街に常駐している最高のゼレゾニーク、ジャズの整備をしている鉄鋼匠に頼みたい。

ジーク:舐めてんじゃねえぞ……! 確かに”ジャズ”は今の街ん中じゃ最高の戦士かもしれねえが、俺も、他の鉄鋼所も、この街には凄腕しかいねえ!

ビール:でも、他のところは”ジャズ”じゃない。

ジーク:なんだと……!?

ビール:それは僕も譲れないよ……! 僕が使えている人は、”ジャズ”なんか目じゃないくらいの人なんだ。
    だから、本当は”ジャズ”のところだって疑わしいくらいなんだから。

ジーク:ふざけやがって……! 俺はなぁ!
    あの”ノービス”を修理してたんだぜ!

 <ジークはモニターで流れている試合を指差す>

ビール:”ノービス”を?

ジーク:ああそうだ! この街を救った英雄! 動きが鈍いのが玉に瑕だが、打たれ強さが自慢のスター”鉄戦士(ゼレゾニーク)”!

ビール:お言葉だが……随分古い映像に見えますけど?

ジーク:そりゃあ二十数年も前の録画だからなぁ!
    だがよぉ、これだって全部、西と東の大都市でも放送された世界放映戦だったんだぜ!?
    それまでこの街には観光収入なんぞなぁんも無かったが、”ノービス”を観に世界中からたくさんの人が訪れてなぁ!
    お陰で今もこの街があるようなもんなんだ! すげえだろ!

ビール:……”ノービス”は確かに有名さ。
    僕だって直接見たことはないけど、ビデオは何度も見て知ってる。
    正気じゃないくらい厚く重い装甲。特殊な機構や必殺の武器も持たずに、それでも的確に相手を倒すテクニックを持ったスター戦士だ。

ジーク:わかってんじゃねえか! ”ノービス”の良さがわかるってんならただの生意気なガキじゃねえな。

ビール:まあ……認めざるを得ないよ。
    それに、あなたや他のこの街の鉄鋼匠の腕を軽んじているわけじゃない。

 <ビールはエールをあおる>

ビール:失礼なことを言ってしまうのは自覚してる。
    でも……僕もあの人の機体を預ける所を選ぶのに、妥協はできないんだ。
    それだけ責任があるからね。

ジーク:ははは! あんたの雇い主は、そこまですげえ”鉄戦士(ゼレゾニーク)”なのかよ!
    だったら名前を言ってみろ! 中途半端なやつだったらただじゃおかねえぞ――

ビール:最強。

ジーク:あ?

ビール:だから……僕の仕える人は、最強なんだ。

ジーク:……だから、誰ーー
    (顔を上げる)いや……まさかッ……!

ビール:ああそうだ。僕の雇い主は――”グリフィン”さ。


 ◇


 <同時刻・鉄工場”ピットレイト”>
 <レイシーは防護用のマスクをつけたまま液状の鉄を掬う>

ムービー:よぉし上手いぞ!
     そこで熱を逃さないように――

レイシー:こっちに、ですよね……!

ムービー:そうそう! 固まらないように! だが迅速に!
     ここのバランスが難しいんだ!
     空気にできるだけ接さないように、ゆっくり――

レイシー:注ぐ……!

ムービー:オーケーわかったナイスな仕事だ! 悪くない!

レイシー:(マスクを外して)……ふぅ。

ムービー:なるほど。さっきの鉄鋼が扱えるって話、嘘じゃないみたいだな。

レイシー:ええ。小さい頃から、よく鉄鋼所で遊び回ってたんです。
     父は私が鉄鋼に興味を持ってるって言うと、すごく喜んでくれたし、私も鉄で遊ぶのは嫌いじゃなかったから。

 <ムービーは腰に手を当ててレイシーを眺める>

ムービー:しっかし……まさか、レイシー嬢が”ヴォルフ”の娘さんとはねえ。

レイシー:ムービーが父を知っているのにも驚きました。

ムービー:そりゃあな! ガキの頃に何度か会ったこともあるぜ!
     ジャズを連れてここに帰って来たとき会ったのが最後だったが……そっか死んじまったか。

レイシー:はい。そうですね。

ムービー:まあ、なんだ……”鉄戦士(ゼレゾニーク)”を父親に持つと、そういうこともあらぁな。

レイシー:戦士の……父親……。

 間

レイシー:……私、スコットさんにひどいことを言ってしまいました。

ムービー:そう気を落とすなよ。
     別に、ノービスを殺したのが”グリフィン”ってわけじゃねえんだ。
     ありゃあ不運な事故だった。

レイシー:確か試合は――

ムービー:序盤は”ノービス”が”グリフィン”を圧倒してた。
     あのころの”グリフィン”は出たてのルーキー、一方で”ノービス”はベテランの域に足を踏み入れてた。
     経験の差ってのは、そう簡単には埋まらない。
     ここは独特の地盤をしている上に、闘技場には常に砂が吹き込んでる。軽量戦士には戦い辛いってのもあった。


 ◇


 <ジークはエールを置いて椅子に深く腰掛ける>

ジーク:ノービスが圧倒しているなか、”グリフィン”は一撃必殺を狙っていたんだろうな。
    終盤、”グリフィン”は”ノービス”の右腕の振りに合わせて潜り込んだ。
    ノービスはそれを読んで左腕をひねりこんだ。
    グリフィンはそれすらも予想済みだった。
    グリフィンは得意の高機動ステップで左腕の追撃を躱して、ノービスの後部のジェネレーターを狙った――だが。


 ◇


ムービー:足を滑らせたのさ。

レイシー:足を……? あのグリフィンが、ですか?

ムービー:ああ。飛び砂の影響をいくら計算したって、慣れてないやつにとっちゃ、まるで氷の上さ。
     摩擦が少しでもなくなると、とたんに姿勢の制御を失っちまう。
     体勢を崩したグリフィンの身体は、ノービスの機体の下に滑り込んじまった。
     そのあとは――まあ……色々あってさ。

 <レイシーは立ち上がる>

レイシー:……スコットさんは、どこにいるんでしょう?

ムービー:探す気か? 辞めたほうがいい。デザートクローバーは入り組んでるし、この時間だ。
     だいぶ冷えるぜ?

レイシー:じゃあ、心当たりだけでもどこかありませんか! そこに居なければ諦めて戻ってきます!

ムービー:ったく……しょうがねえなぁ……。
     (微笑んで)本当、気に入っちまったぜ……レイシー嬢。



 続く


@「砂鉄の街」
B「最強」


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