デザートクローバー@
『砂鉄の街』
作者:ススキドミノ
レイシー・ウォーカー:女性、18歳。『鉄戦士(ゼレゾニーク)』を目指す少女。父は世界的『鉄戦士(ゼレゾニーク)』の『ヴォルフ』
スコット・”ジャズ”・レノビリ:男性、24歳。デザートクローバーに拠点を置く『鉄戦士(ゼレゾニーク)』、戦士としての呼び名は『ジャズ』
ゼレット・”グリフィン”・ノース:女性、36歳。世界を又に掛ける最強の『鉄戦士(ゼレゾニーク)』、戦士としての呼び名は『グリフィン』
ビール・ヤング:男性、17歳。年若い『鉄戦士(ゼレゾニーク)』見習い。ゼレットの付き人をしている。
ムービー・パーキー:男性、24歳。デザートクローバーの鉄鋼所『ビットレイト』にて『ジャズ』の整備を担当している。
ジーク・ダラース:男性、51歳。工業区の酒場サンドローズの店主。デザートクローバーの伝説『ノービス』の元整備担当。
実況:スタジアムの実況担当。ジークと被り役。
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
【用語解説】
『鉄闘(スーヴォイ)』
・鉄でできた巨大な人型装甲「鉄戦士(ゼレゾニーク)」が、闘技場で一対一で戦う闘技。
平均的な競技時間は十数分。相手を無力化する(破壊する、行動不能にする、相手の戦意喪失など)か、審判員による判断により勝敗が決まる。
死と隣り合わせの危険な競技ながら、大陸各国が開催を認めており、市民や身分の高いものを問わず人気がある。
国によっては賭け等も認可されており、スーヴォイが主要な産業となっている都市も少なくない。
『簡易訳:おっきいロボットにのってたたかうのをみんなでみるよ! あぶないけどおもしろいとにんきだよ!』
『鉄戦士(ゼレゾニーク)』
・鉄製、全長は19~22フィートの鉄製装甲、列びにその装甲に乗り込み闘うパイロットのことを総称してゼレゾニークと呼ぶ。
コックピット内部は振動や光熱により常に過酷な環境であり、鉄の巨体を操るためにはパイロット自身の身体能力や精神力が大きく影響する。
当然、命の保証などなく、ゼレゾニークとなったものの半分以上が、スーヴォイが原因で命を落としている。
故に一試合で得られる富も多く、貧富の差が激しい大陸各国に置いて、ゼレゾニークになりたいと願うものは後を絶たない。
何度も勝利を収めている戦士には、パイロットの名前の他に『呼び名』を名乗ることが許される。
呼び名を持つゼレゾニークは、各国の都市に自由な立ち入りが許されており、各国の闘技場でスーヴォイをすることが許可されている。
『簡易訳:ロボットとそれにのるパイロット、どっちもゼレゾニークだよ! パイロットはたいへんだけど、おかねもちになれたり、にんきものになれるよ!』
『デザートクローバー』
・大陸の南西部にある砂漠地帯の都市。
鉄鋼業とスーヴォイが盛んであり、その過酷な環境はゼレゾニークにとって『砂鉄の街』と呼ばれ恐れられている。
サボテンをフレーバーした地酒、クローブエールが名産品。
『鉄鋼組合(ギルド)』
・鉄鋼業とスーヴォイを管理する組合。
デザートクローバーにおいては、仕事の斡旋や街の運営補助、国と都市との連絡役など、その役割は多岐に渡る。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<薄汚い木材で作られた闘技場をレイシーは見つめている>
レイシーN:そこは――闘技場。
20フィートはゆうに超える巨大な機械兵士が、一対一で向かい合って戦っている。
半分吹きさらしの操作盤に乗っているのは、人間。
彼らこそ、死と隣合わせの巨人の決闘に挑む戦士――『鉄戦士(ゼレゾニーク)』
実況:突き刺さったぁ! チャレンジャーの拳が届く!
この試合初めて、チャンピオンがその巨体を仰け反らせる!
レイシーN:鉄の塊を着込んだ『鉄戦士(ゼレゾニーク)』同士が闘技場で戦う闘技――『鉄闘(スーヴォイ)』
当時幼かった私には、それはあまりにも壮絶な経験だった。
熱い。あまりの暑さに気を失いそうになる。
息を吸おうにも、熱気に喉を絡み取られる。
熱狂を超えた狂気と欲望の怒号と、重い音をたてる駆動音に、頭は割れそうだった。
まとわり付くようなオイルの匂いや、金属の灼ける匂いが脳に張り付いて離れなかった。
実況:最強のチャンピオンは体制を立て直すゥ!
右肘のチャージャーが弾けたァ! これは必殺のハードパンチを打つつもりか!
距離は十分! チャレンジャー、これは絶体絶命――
レイシーN:なんとか目に焼け付けようとしていた。
目の前の光景は、きっと私にとって忘れられない出来事だから。
実況:おっと! 既にチャレンジャー膝を曲げて――
なんだ! 背部のユニットを換装、じゃない! 捨てた!?
バッテリー機構を捨てた! 内部エネルギーだけでは稼働時間は数秒!
ここクロデアのチャンピオン『ヴォルフ』のターボ機構が唸った――チャレンジャーはどうする!
レイシーN:そして、音が止まった。
あんなにうるさかった闘技場が――その一瞬、止まったんだ。
レイシー:……飛んだ。
実況:あっという間の出来事! あっという間の幕切れ!
宙に飛び上がったチャレンジャーが、チャンピオンにカウンターを――
レイシーN:その空を飛ぶ戦士の名は――『グリフィン』
今尚――現代最強の『鉄戦士(ゼレゾニーク)』として知られている。
「デザートクローバー」
<砂漠の掃き溜め都市・デザートクローバー>
<労働者区画の外れにある酒場サンドローズにて、ジークは古ボケたモニターに向かって野次を飛ばす>
ジーク:(酔っぱらいながら)おいおい! んな簡単にぶっ倒れてくれんなよぉ!
下半身に何ポンド分のバランサー詰め込んでんだよぉ、情けない!
……あーこりゃダメだぁなぁ。こいつに賭けたやつの気が知れねえや。
<レイシーが入ってくる>
レイシー:……お邪魔します。
ジーク:あ?
レイシー:人を探しているんですが。
ジーク:……お嬢さん。
あんたみたいなお綺麗さんがこんな掃き溜めになんのようだよ。
レイシー:あの……人探しを。
ジーク:ああ? そいつは聞いてたってんだよ。
ハッ……! 酒も頼まず人探しときた……なんだ、俺たちが鉄工だからって舐めてやがんのか?
レイシー:そんなことは――
<店の奥から男の声が聞こえる>
スコット:おいジーク。んなチンピラみたいな口聞くんじゃね―よ。
ジーク:ああ!? 俺が悪いってのかよ……!
スコット:ああ悪い。反省しろ。
んで……アンタ。入りをミスったなァ。
レイシー:入り……?
スコット:悪いが、ここいらの連中は生粋の『鉄頭(アイロニア)』でな。
酒場に入るのに『お邪魔します』なんて言われんのに慣れてねえのさ。
レイシー:それは……知りませんでした。
スコット:だろうな。
あと、ここは一般的な酒場とはちょっと違うんだよ。
レイシー:どういう意味ですか。
スコット:ここサンドローズは、地元の鉄関係のやつらのたまり場なんだ。
よそ者は愚か、街のやつらも寄り付かねえような場所だよ。
情報収集なら、ふたブロック先の商業区を当たりな。
レイシー:……鉄関係、というと……『鉄戦士(ゼレゾニーク)』も、ですか?
間
ジーク:あー……そういうことだ。なんつーかまあ……言い方が乱暴で悪かったな。
とっとと帰りな。お嬢ちゃん。
レイシー:……『ジャズ』と呼ばれる『鉄戦士(ゼレゾニーク)』を探しています。
ジーク:おいおい。だから――
スコット:ジャズを探してる? あいつならもうこの街には居ないぜ。
レイシー:居ない……? どうしてですか。
スコット:二週間前、イーストロビーの領主、グランツ伯爵が、ここデザートクローバーにおいでになったのよ。
ジーク:そりゃあもう、大騒ぎだったぜ。
グランツ伯爵といやぁ、大のギャンブル好き。それも、『鉄闘(スーヴォイ)』には特に目がないって話だった。
砂漠まみれのこの街の主要産業は、なんといっても鉄鋼業とスーヴォイよぉ。
つまり、こっちとしちゃ稼ぎ時ってやつだ。
ついでにいや、グランツ伯爵は東大陸最強と呼ばれる鉄兵団を連れてやってきたもんでな。
付近の都市のやつらも集まってきてさ、まさにお祭り騒ぎよ。
で、そんな伯爵の興行の対戦相手として選ばれたのが――
レイシー:ジャズだった。
ジーク:そういうこった。
んでもってジャズは、そんな最強の傭兵達を一人で相手取った末に――ついには怪我しちまったってわけだ。
レイシー:怪我、ですか……?
スコット:その時の怪我を癒やすために、ジャズは今、旅行中だよ。
今頃、南ダ・ルマンのビーチで療養でもしてるんじゃねえかな?
レイシー:……そう、ですか。
わざわざ教えていただいてありがとうございました。
<レイシーは懐から銭貨を取り出すと、数枚机の上に置く>
レイシー:これ、情報料です。
ジーク:おいおい――
レイシー:受け取ってください。
……あなた方は鉄を扱う方々。知らなかったとはいえ、『情報を』なんて……失礼を働いたお詫びです。
ジーク:……そういうことなら、エールにでもかえるぜ。
レイシー:では、失礼します。
<レイシーは店を後にする>
ジーク:……おい、スコット。良いのかよ。
スコット:あん? 別にいいよ、お前がもらっとけ。
ジーク:そうじゃねえだろ。いいのか? あの嬢ちゃん――
スコット:余計なこと口にすんな。
<スコットはカウンターに身を起こす>
スコット:……あとジーク。その試合、何十年前の録画観てんだよ。
何回流しゃ気が済むんだ。
ジーク:『ノービス』といやこの街の英雄なんだよ。
いつまで経っても、何十年経ってもな。
スコット:はっ! 古くせえ大型の装甲しやがって……。
だから負けるんだよ。
ジーク:滅多なこと言うもんじゃねえよ。親父さん、向こうで泣いてるぞ。
スコット:知るか……死ぬくらいなら、鉄に乗んじゃねえって説教してやりてえよ。
◆
<商業区の酒場・デザートピース>
<賑わっている店内の隅で、ゼレットはエールを煽っている>
ゼレット:(エールを乗んで)……ん。ヌルいな。
ビール:そりゃあ、砂漠の都市ですからね。
ゼレット:だが、出てきたばかりのものくらいは冷えていて欲しいものだ。
ビール:言ったじゃないですか……ここじゃ製氷機も普及してないんです。
上流階級用の宿にならありますから、今からでも移動しても――
ゼレット:いや。ああいうところは好かない。
どこまでいっても私には庶民が身に染み付いているようだからね。
ビール:……ゼレット。あなたの経歴を考えれば、こんな安酒場なんて――
<ゼレットはビールの口に人差し指を当てる>
ゼレット:シッ……ビール。滅多なことを言うもんじゃない。
口煩く言っておいたろう。長生きしたければ、都市の営みに敬意を表することだ。
それに、労働力こそがその国を栄えさせている。
見給え、このエネルギーを。
ビール:す、すみません。
ゼレット:これこそが、国だ。
富や名声などは、この力に支えられているんだよ。
<ゼレットはエールもう一度煽る>
ゼレット:特に、私のような戦うことしか能の無い者は、彼らに支えられている。
それを思い出させてくれる……ここは、いい都市だよ。
ビール:はい……。そうですね。
特にスーヴォイに関してはこの街ほど熱狂的なところもないと聞きます。
街中でもこの酒場でも、スーヴォイに関する噂ばかりで。
こんな街は今まで見たことがありませんよ。
ゼレット:工業区は見たかい。
ビール:ええ。少しだけ。
鉄工業が盛んです。それに、腕もいいと聞きました。
ゼレット:ああ。あの、ノービスを作った都市だ。
私の装甲のメンテナンスも頼みたい。
ビール:はい。では、優秀な工場を手配します。
ゼレット:……それと、ノービスの息子は?
ビール:ジャズですか? ……残念ながら。
以前の試合で怪我を負ったようで。
ゼレット:試合なら動画で見たさ。
……あの傭兵部隊と三連戦。しかもメンテナンスの時間も無かった。
三戦目の時点でプレートの補強はほぼできていなかったようだし、
脚部と腕部のラジエーターなどは特に状態がひどかったはずだ。
ビール:はい。こんな砂地ですから、砂漠仕様であってもオーバーヒートするのは当然です。
それに、ジャズは高機動型のゼレゾニークですから、連戦には不向きです。
ゼレット:恐らく彼の怪我の中でもひどかったのは、内部熱による火傷さ。
……反吐がでる。あんなものは出来レースだ。
ビール:はい……。ですが、ゼレットなら勝てたはず。
ゼレット:(苦笑して)君は、私を神かなにかだと思っているのか?
ビール:あなたは、神ですよ。僕にとっては。
ですから、相手がジャズであろうとなかろうと、関係ありません。
ゼレット:そうかい……。
彼となら、戦ってもよかった。
ビール:そのつもり、だったんでしょう?
ですが……この街ではジャズの他にはゼレットと戦える戦士はいませんよ。
いいカードが組めないなら、メンテナンスをしたらすぐにでも、東へ向かいましょう。
ゼレット:エールも温いしな。だろ?
ビール:(笑って)そうですね。
ゼレット:ああ……それでいいさ。
<ゼレットは立ち上がると出口へ向かう>
ゼレット:少し外の風に当たってこよう。
ビール:はい。どうぞお気をつけて。
◆
<鉄工場『ピットレイト』>
<作業服姿のパーキーは鉄鋼炉の前で額の汗を拭った>
ムービー:かぁーっ! あっちーあっちー……!
どいつもこいつも手間がかかる……手間がかかる子ほど可愛いなんつって、ジョークは大概にしろっての!
扱いやすけりゃそれだけ可愛いさ! 素直な子供ならキスしてやったっていい!
<レイシーがムービーに声を掛ける>
レイシー:あの……。
<ムービーは振り向きもせずに、鉄を叩いている>
ムービー:ああはいはい! わかってるって!
右腕の第三関節はゴム材との接地面を平行にしなきゃなんないの!
この機体はただでさえ駆動箇所が多いから、このクソ熱い砂漠じゃあゴム材との摩擦を減らさないと、ちょっと駆動すりぁお陀仏だぜ!
レイシー:ええと、私は――
ムービー:いいか! 鉄は鉄鋼屋にってことわざ聞いたことないか!
鉄は熱いうちに打て!? 違う違う! 鉄は時間を掛けて熱せよ!
いいから素人は黙って待てってんのが――
レイシー:あの……!
ムービー:何だよ!
<ムービーはマスクを外して振り向いた>
ムービー:……あんた、誰?
レイシー:私は――
<レイシーは少し考え込んだ後、顔を上げた>
レイシー:ここ、ビットレイトですよね。
ムービー:あ?
レイシー:”ジャズ”を整備している鉄鋼匠(てっこうしょう)で間違いないですか。
ムービー:ああそうだ! 俺様はムービー・パーキー!
この街でも屈指の凄腕さ!
まあ、ちょーっとばかし仕事は慎重すぎると言われてはいるが――その分いいものを仕上げるって意味でな!?
確かに、デザートクローバーの鉄鋼匠は仕事の速さが命さ!
ここは環境が過酷だからな、精錬にも時間を掛けないのが売りだったりもするが――まあそれはいい!
だから他の鉄鋼屋の連中から色々言われたりもしてるが! 間違いない――俺は、凄腕だ。
レイシー:そう。凄腕なんですね。
ムービー:そうそうだ! その通り! それだけわかってりゃそれでいい!
あー……それで、あんたは誰だ?
レイシー:私は、レイシー。今朝、この街にきたばかりで……ジャズを探しているの。
ムービー:ジャズ?
<ムービーは熱した加工道具を水につけた>
ムービー:どうしてまたあいつを?
レイシー:彼に会って、話をしたくて。
ムービー:へえ、そうかい。
レイシー:彼がその……怪我をしたっていうのは本当?
ムービー:ああ本当さ! ありゃあひでえ試合だった。
いかに俺様の整備した機体が丈夫だとしても、あんな連戦は想定外。
それに試合の合間に整備を挟む時間も――まあ、俺はそもそも整備は得意じゃねえが、それにしたって短かった!
レイシー:伯爵の用意した傭兵団と戦ったんですよね。
怪我ってことは、コックピットも?
ムービー:とんでもない強さだった! だが、ジャズもやつらに負けるようなたまじゃない!
相手の二体目もぶっ倒し、残るは『紅蓮の騎士(レッドナイト)』だ!
……そうだ! レッドナイトだが……! 初めてみた機構が特徴的だったんだよ!
見た感じ、右腕の疑似筋肉もかなり細かいアクチュエータで動いてる!
バランスを維持するために下半身は鈍重だったが、あのぶっとい右腕はこっちにはないクールな一品だったんだけどな――
レイシー:ムービー……! それで?
ムービー:あー! 悪いな、俺はこう……おしゃべりなのもチャームポイントでさ。
こう呼ばれてる、『動画人間(ムービー・パーソン)』! いや、響きは気に入ってるよ。
レイシー:(頭を抱えて)ムービー……。
ムービー:(咳払い)レッドナイトがもつ一撃の必殺技『ハードパンチャー』は超強力。
おまけに起動機構や、アーツリジェクター周りはこれでもかってくらい頑丈に守られてる。
そんなわけで、正面からの殴り合いじゃ勝つのは難しい。
そこで! ジャズは短期決戦で決めようと、相手の右腕に飛び込んだ!
レッドナイトの動力部は右肩の裏にあるってしっかりわかってたんだよ!
まぁ見抜いたのは俺だが……やつはそれをちゃんと覚えてたんだ!
ハードパンチャーを避けて、腕の裏に潜り込むと、ジャズは右腕の『振動機構式剣(バイロブレイド)』でレッドナイトの動力部を斬り捨てた!
レイシー:え? じゃあ、勝負には――
ムービー:ああ! 勝負は間違いなく”ジャズ”の勝利さ!
だが、連戦を強制されていたせいで”ジャズ”のプレートはボロボロで、起動機構のほとんどが熱を上げてた!
オーバーヒートで動けなくなったところに、斬り落とした相手のパーツがコックピットへ落ちてきて――ズドン!
<ムービーは両手を上げる>
ムービー:コックピットの装甲を突き破って、ジャズの肩に破片が突き刺さった!
レイシー:そんな……!
ムービー:幸い軽症だったが、どっちかっていうと機関部のオーバーヒートの方が厄介だった。
そいつだって重症じゃあなかったが、軽くもない。コアが背後についてたもんだから、終わった後に助けだしたら、背中と腰は真っ赤に火傷してた。
レイシー:……そんなことが。
命があって、幸運でしたね。
ムービー:そいつがそうでもねえんだ、レイシー嬢。
ゼレゾニークってのは死と隣り合わせだ。死んだって文句言わねえようなやつしか乗らねえし、それがあいつらの誉れだって話だ。
レイシー:死ぬのが、誉れ……?
ムービー:ま、今となっちゃ古臭い考えだが……こんな貧乏な街じゃあ、命を掛けなきゃ生きていけないのが普通なんだ。
そんなかじゃ、あいつらゼレゾニークは大金を得れるだけ立派なもんだよ。
レイシー:……そうですか。じゃあ、ジャズはやっぱり療養を?
ムービー:ああ。試合に出れる状態じゃないからね。
そういや、レイシー嬢は、あいつのファンか何かかい?
レイシー:いえ――私は……。
<スコットが酒瓶を片手に工場に入って来る>
スコット:おい、ムービー。製氷機借りんぞ。
ムービー:あ! おい! 氷は外へ出して使えよ!
直接冷やすんじゃねえ!
スコット:はいよ。
ムービー:とにかく、あいつはしばらく試合はやらねえよ。残念だけど。
レイシー:……そうですか。やはり、南ダ・ルマンに行かないと会えないみたいですね。
ムービー:南ダ・ルマン? あの観光都市がなんだ?
レイシー:いえ。先程酒場でも話を伺ったのですが、ジャズは南ダ・ルマンのビーチで療養中だと。
ムービー:んなわけあるかよ。
レイシー:違うんですか?
ムービー:違うっていうか……ジャズならそこにいるぞ。
レイシー:え?
<ムービーの指差す先では、製氷機に酒瓶を突っ込んでいるスコットが居た>
スコット:……ん? 何?
◆
<工業区の中をスコットは早足で歩いていく>
<その後ろをレイシーが小走りでついて歩いていた>
スコット:……なあ。
レイシー:はい。
スコット:いい加減についてくるのやめてくれねえかな……!
レイシー:では、話を聞いてください。
スコット:嫌だ……!
レイシー:どうしてですか! 話くらいいいでしょう!?
スコット:嫌なもんはいやだ!
レイシー:酒場に居たんですよね!
スコット:さあな! 覚えてねえよ!
レイシー:嘘ついたんですから、話くらい聞く義務があると思いますけど!
スコット:んなルールはねえし! 大体!
言ってることもほとんど真実だろうが!
俺は怪我してて、療養中なんだ!
面倒事には関わりたくねえんだよ!
レイシー:別にスーヴォイについてだなんていってないでしょう!?
<スコットは石ハシゴに飛び乗ると、スルスルと上へと登っていく>
<レイシーが後について登っていくと、砂壁に這う巣箱のように建てられた、居住区画が姿を表した>
スコット:なら尚更関わりたくねえな!
レイシー:どうしてですか!
スコット:ジャズじゃねえ俺は、ジャズ以上にろくでなしだからだ!
んな俺に話があるなんて、それこそろくでもないことに決まってる!
レイシー:意味がわかりません!
スコット:わかんねえよ! あんたみたいないいとこのお嬢さんにはな!
レイシー:それ……! さっきから腹が立つんですけど!
あなたが私の何を――
スコット:じゃあな! お嬢さん。
<スコットはとある家に入るとその扉を締めた>
<レイシーはその扉を思い切り叩く>
レイシー:ちょっと! 開けてください!
スコット:嫌だね! とっととどっかいってくれ!
レイシー:お願いします! 話だけでも!
<レイシーは思い切り息を吸い込む>
レイシー:私は! レイシー・ウォーカーと言います!
間
レイシー:父……レイン・ウォーカーが、亡くなりました……!
間
レイシー:それで、父からあなたの話を聞いて……その……。
間
レイシー:話を、聞いて……!
スコット:知らねえよ。
間
スコット:帰れ。
<レイシーはしばらくその場で立ち尽くしていた>
<次第に風が強まり、レイシーは全身を襲う砂を手で防いでいた>
<そうしているうちに、外は次第に暗くなり、砂嵐は強くなっていく>
<夕日が傾いて来た頃、目の前のドアが開いた>
スコット:……おい。
レイシー:……はい。なんですか。
スコット:今日は嵐になるぞ。泊まる当てはあんのか。
レイシー:……いえ。特には、ないです。
間
スコット:……ったく。入れよ。
レイシー:……え?
スコット:その根性に免じて、話だけは聞いてやる。
<レイシーはゆっくりと部屋の中へと歩みを進めた>
続く
A「鉄の女神」
B「最強」
C「心の鉄」
D「才能」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
台本一覧