カラーズバレンタイン
作者:ススキドミノ


ブライト・レッド:男性。28歳。シェンメイを攫った。元暗殺者。
シェンメイ・フロスト:女性、18歳。ヘイルストーン・カンパニーの社長令嬢。盲目。
ブルー:男性。27歳。現役暗殺者。




※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)




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 ◆


 <2月13日中華人民共和国・雲南省・昆明市>

 <小高い丘の上に立った屋敷・ブライトが部屋に入ってくる>

ブライト:お待たせ。

シェンメイ:……うん。

ブライト:……メイ。後数時間したら、ここを出るよ。

シェンメイ:……わかった。

ブライト:物わかりが良いね。
     まあ、僕としてはありがたいけど。

シェンメイ:ここに居るのも、どこに居るのも、変わらないもの。

 <シェンメイは窓に歩み寄ると、ガラスに手を触れる>

シェンメイ:……どこも一緒よ。
      屋敷にこもって、息を潜めているだけ。
      私の人生に意味なんてない。

ブライト:(苦笑する)……拗ねるなよ。
     それとも、僕を困らせたいのかい?

 <ブライトはシェンメイの肩を掴むと、窓のカーテンを閉める>

ブライト:深夜に発つ。ベトナム国境まで辿り着けば僕らの勝ちだ。

シェンメイ:勝ち、なんて……ブライトは一体誰と勝負してるの。

ブライト:さてね……誰だろう。

シェンメイ:私が、オリバー・フロストの娘だからでしょ。

 <シェンメイはソファに座る>

シェンメイ:……いつだってそうだわ。

ブライト:嘆いてばかりでは何も変わらないよ。
     これからはもう少し、主体性を持つんだ。
     君が生きる世界は、誰かに甘えていてはいられないんだからね。

シェンメイ:お説教……?

ブライト:説教されたくないなら、僕を安心させて。
     君はもう、子供じゃないんだから。

 <ブライトはシェンメイの頭を撫でる>

ブライト:メイ、時計に触って。

シェンメイ:……うん。

ブライト:日付が変わったら準備を始めるんだ。
     車でここを発つ。

シェンメイ:わかった……。

ブライト:持ち物は最低限、トイレは済ませて。

シェンメイ:子供じゃないって言ったのはあなたでしょう……。
      できるわ、それくらい。

ブライト:それもそうだ。

 <ブライトは笑って部屋の出口に向かう>

ブライト:それから、今からは絶対に窓に近づかないこと。

シェンメイ:……どうして?

 <ブライトは大きなバッグを机に置く>

ブライト:今回来る暗殺者は特に狙撃が得意なんだ。
     それに、かなりしつこくて面倒なやつでね。

シェンメイ:0時まで待つのは、その暗殺者を迎え撃つため?

ブライト:ラオカイまでは250マイル――逃げ切るのはまず不可能。
     この屋敷でなら対等に戦えるだろうから、誘い込む。

シェンメイ:……ブライトがそんなこと言うの、初めてきいた。

ブライト:ん?

シェンメイ:今まで、命を狙われたことなんて数え切れないくらいあったでしょう?
      でも……どんなときでもブライトは何も言わずに、当たり前みたいに全員倒してきた。

 <ブライトは机の上に刃物を並べていく>

ブライト:……相手が相手だからね。

シェンメイ:知り合いなの?

ブライト:うん、そうだよ。

シェンメイ:そう……。勝てる?

ブライト:もちろん。君を守る。

シェンメイ:……そう。

 <シェンメイは時計に触れる>

シェンメイ:「情人?(チンレンジエ)」

ブライト:……何?

シェンメイ:日付が変わったら。2月14日。

ブライト:そうか……バレンタイン・デー。

シェンメイ:恋人の日なのよ。

ブライト:……そうだね。

シェンメイ:ねえ、ブライト。

ブライト:なんだい。

シェンメイ:明日は、デートしましょう。

ブライト:(吹き出す)……それは、楽しみだな。


 ◆


 <屋敷から2マイル離れた丘の上>

ブルー:……変わんねぇなあ。

 <ブルーは双眼鏡を覗き込む>

ブルー:……屋敷自体の構造も作り変えてやがる。
    ヒデヨシ・トヨトミの一夜城(いちやじょう)かっての。

 <ブルーは隣の箱からスナイパーライフルを取り出す>

ブルー:久しぶりに会うんだ、ラブレターを送るところからはじめるか。

 <ブルーはライフルを組み立てる>

ブルー:それにしても……『ブライト』ねえ……?
    『輝き』とは……お前らしい皮肉だよ。
    ……お前の光を消さなきゃなんねえのが、残念だ。レッド。


 ◆


 <寝室>

シェンメイ:……ブライト。

ブライト:ん? どうした。

シェンメイ:……私、眠くなってきたわ。

ブライト:そうか……。それじゃあ、少し横になるといい。
     このヘッドホンをして。少し、うるさくなるから。

 <シェンメイはヘッドホンを受け取る>

シェンメイ:……ブライトは?

ブライト:僕は、戦ってくる。

シェンメイ:……そう。

 間

シェンメイ:……ブライト?

ブライト:なんだい。

シェンメイ:明日になったら、しばらくは時間ができる?

ブライト:そうだね。
     国境を超えたら、きっと色々と自由になる。
     外でランチを食べたり、公園を歩いたりできる。

シェンメイ:本当……? 嘘じゃない?

ブライト:うん。

 間

ブライト:それじゃあ、おやすみ。

シェンメイ:ちゃんと起こしてね。

ブライト:もちろん。おやすみ、僕のお嬢様。

シェンメイ:ふふふ……。それ、素敵……。

ブライト:おやすみ、シェンメイ。

シェンメイ:……ええ。おやすみ。

 <ブライトは部屋を出ると、机に置かれたライフルを手に取り、廊下に出る>

ブライト:……さて、そろそろ準備をしないと。
     一階のバリケードを――

 <窓から一発の弾丸がブライトの顔の前を通り抜ける>

ブライト:ッ!

 <ブライトは地面を転がる>

ブライト:狙撃……!? 三階だぞッ!
     南側のセンサーにも反応は――

 <ブライトは地面を匍匐する>

ブライト:次弾は……ない。
     一発だけ……。

 <ブライトはタブレットを操作する>

ブライト:……なるほど。今のは挨拶か……!
     2マイル近く離れた丘から……!?
     本当にふざけたやつだよ、ブルー……!


 ◇


 【回想・10年前】

 <イングランド・ランカシャー州・ブラックプール:暗殺組織『カラーズ』保養施設>

レッド:……あ。

ブルー:おう。レッド。

レッド:ブルー! 戻ってたのか。

ブルー:それ、俺のセリフなんだけど……。
    お前、なんかやばい仕事振られてなかった?

レッド:資料ほど大したことなかったよ。
    要人とは言え、ただの政治屋の暗殺だしね。

ブルー:政治屋っつっても、大統領候補だろ? 警備は?

レッド:仕事自体は楽だったよ。
    むしろ退路を塞いできた特殊部隊の方がよっぽど厄介だったな。
    予め用意してた脱出手段は全部抑えられてたから。

ブルー:どうやって巻いたんだ?

レッド:個人的に用意してた奥の手があってね。

ブルー:当ててみせる。『杖で魔法を使った』

レッド:残念。使ったのは新型のダイビングスーツとボンベ。
    後は、協力してくれる海軍の友人。

ブルー:正解はスパイ映画だったか。

レッド:そっちはどうだった。

ブルー:内部紛争に駆り出されてた。
    半年近く砂に囲まれてたお陰で、何回着替えても靴から砂が出てくる気分だ。

レッド:半年か。じゃあ、しばらくは?

ブルー:休暇だよ休暇。
    涼しい部屋で好きなだけ本読むんだ、俺は。

レッド:そこはビールと映画じゃないのかな。

ブルー:おい。俺は未成年だぞ。

レッド:暗殺者が言う事じゃないね。

ブルー:俺は健康で長く生きたいんだ。

レッド:だったら、この仕事は辞めるべきだ。

ブルー:は? やだよ。組織に殺されるじゃん。

レッド:うーん……。実際、どうだろう。
    辞めたら殺されるってのも、ただの噂だろ?
    僕らの先輩は、大抵仕事で死んじゃってるわけだし。

ブルー:普通に考えて、ただで辞めれると思うか?

レッド:……まあ、無いね。
    でも――ブルーなら逃げ切れるとは思うけど。

ブルー:いやいや、無理っしょ。

レッド:自信ない?

ブルー:ないね。
    俺が逃げたら、お前が送られて来るだろ。

レッド:ふふふ……かもね。

ブルー:お前相手じゃ、勝てねえよ。

レッド:うーん……真面目な話、距離にもよるんじゃない?

ブルー:お。大人しく狙撃戦してくれるわけ?

レッド:いいや。人混みで殺る。

ブルー:マジ性格悪いな、お前……。

レッド:リスペクトだよ。

 <レッドはブルーの肩を叩く>

レッド:話を戻すけど、ブルーはしばらく暇なんだよね?

ブルー:おい……レッド……! 俺は積んでる本を読むんだっていったよなぁ……!

レッド:本なら飛行機でも読めるよね。

ブルー:……ヤダ。

レッド:ブルー、旅行に行こうよ。

ブルー:やだ! 俺はゆっくり部屋でだらけるんだよ!

レッド:確か、貸しがあったよね。

ブルー:おいコラ! シリアの件は持ち出さないって約束したろ!?

レッド:あの時、僕が持ち込んだ抗生物質がなかったら――

ブルー:わーかったって! ……本当に今回だけだからな!
    もう貸し借り無しだぞ!


 ◆


 <現在:ブルーは屋敷を視界に捉える>

ブルー:……さぁて。どう入るか。

 <屋敷の周囲にライトが炊かれる>

ブライト:『(拡声器で)やあ、ブルー。

ブルー:……ああ?

ブライト:『居るんだろ? 無線は持ってきてるかい。

ブルー:……はいはい。付き合ってやるよ。

 <ブルーは無線の電源を入れる>

ブルー:よう。レッド。

ブライト:『ははは。本当に持ってた。

ブルー:久しぶりに声を聞きたくてさ。

ブライト:『それが理由かい?

ブルー:最後に聞く親友の声が死ぬ時のうめき声じゃあ、やりきれねえだろ。

ブライト:『そうか。それもそうだね。

ブルー:それで、ラブレターは受け取ったか?

ブライト:『ああ、危なかったよ。また腕を上げたみたいだ。

ブルー:まあな。お前と違って現役だし。

ブライト:『……君が残るとはね。

ブルー:こっちからしたら、お前が辞めたほうが驚きだ。

ブライト:『ふふふ。それでいうと、僕は一つだけ、カラーズを抜けて後悔してるんだ。

ブルー:何だよ。

ブライト:『僕が組織を抜けたって聞いた時の、君が驚く顔を見逃した。

ブルー:……マジでお前性格悪いぞ。

ブライト:『冗談はさておき。
      ……君には、事前に話そうと思ったんだ。

ブルー:嘘つけバーカ。

ブライト:『ひどいな。本当に思ったんだよ。

ブルー:違うだろ。
    お前……俺なら言わなくてもわかるって思ってたんじゃねえか。
    理由も。何もかも。

 間

ブライト:『うん。思ってた。

ブルー:……お前、マジうざい。

ブライト:『日本語使わないでよ。あんまり得意じゃないんだから。

ブルー:クソ野郎って言ったんだ。

ブライト:『中指立ててるだろ。見なくてもわかる。

ブルー:残念。立ててるのは銃身。これ、暗殺者ジョークな。

ブライト:『……じゃあ、殺るかい。親友。

ブルー:ああ。殺しに行ってやっから。待ってろ。


 ◆


 <シェンメイは目を開く>

シェンメイ:始まった……。

 間

シェンメイ:聞こえる……。銃弾の音……。

 間

シェンメイ:ブライトの……音。


 ◆



【回想・3年前】

 <とある屋敷の廊下>

シェンメイ:……ついてこないで。

ブライト:ついていくよ。

シェンメイ:トイレに? 変態。

ブライト:参ったな……。

シェンメイ:私がトイレから逃げるんじゃないかって思ってるの……?
      私は盲目なの。逃げっこないわ。

ブライト:別に逃げると思ってそばにいるわけじゃない。

シェンメイ:……じゃあ何?

ブライト:君が心配だから。

シェンメイ:人を誘拐したくせに、そんなこと信じられると思う?

ブライト:でも、君は生きてる。
     僕が君を攫ったからだ。
     それとも、あのままヘイルストーン・カンパニーの残党と共に、瓦礫の下に埋まりたかった?

 間

シェンメイ:(ため息)……名前、なんだっけ。

ブライト:……名前……名前か。

シェンメイ:まさか……名前がないの?

ブライト:……ブライト。うん、ブライトだ。

シェンメイ:ブライト……。あなた、怖いわ。

ブライト:何がかな。

シェンメイ:足音が、聞こえないの。
      だから、後ろに居られると……怖い。

ブライト:じゃあ、隣を歩くようにするよ。

シェンメイ:トイレには着いて来なくていい。

 <二人は廊下を歩いて行く>

シェンメイ:お父様は……。

ブライト:……うん。

シェンメイ:今は、どこにいるの……?

 間

シェンメイ:……まだ生きてるって、皆が言ってた――

ブライト:死んだよ。

 間

ブライト:君のお父さんは、死んだ。

シェンメイ:……どうして……?

ブライト:ヘイルストーン・カンパニーがしていたことは知ってる?

シェンメイ:……うん。

ブライト:君のお父さんは、たくさんの人を殺した。
     そのせいで、多くの人が君のお父さんを憎んだんだ。

シェンメイ:だから、殺された……。

ブライト:オリバー・フロストの死が公表されないのは、政治が働いているからさ。
     まだオリバー・フロストの生死が不明であれば、各国は攻撃する理由を得る。
     ヘイルストーン側も後釜が決まるまで内部の混乱を防ぐため、死んだことを公表できない。

シェンメイ:……何、それ……。

ブライト:人殺しは、死して尚――安らかには眠れない。

 <シェンメイはトイレの前で立ち止まる>

シェンメイ:……ブライト、家族は?

ブライト:いない。

シェンメイ:……一人も?

ブライト:記録上はわからないけど、そういった人間に会うことは生涯ないかな。

シェンメイ:……寂しい?

ブライト:いや。記憶にもないから。

シェンメイ:そう……。

ブライト:君は、寂しい?

シェンメイ:……え?

ブライト:家族が側にいないのは、寂しい?

シェンメイ:……わからない。あまり、側にいたことがないから。

 <シェンメイは俯く>

シェンメイ:でも……お父様が死んだってきいて、少しだけ……。
      ええ……そうね。悲しい。

ブライト:そうだね。
     でも、その痛みは……とても幸運なことかもしれない。

シェンメイ:幸運……?

ブライト:心の痛みは、生きるのに必要なことなんだって最近知ったんだ。
     痛みがあるからこそ、人は生きようと思えるんだって。

シェンメイ:……難しいことを言うのね。

ブライト:君は、生きていたいと思う?
     例えば、オリバー・フロストはたくさんの人間を殺した。
     そしてその数の何倍もの人間が、家族を失った。
     だから彼らは、オリバーに家族を差し出せと迫ってる。
     つまり、君をね。

シェンメイ:……うん。

ブライト:君の神がそう囁くのなら、その身をもってその罪を贖う方法だってあるかもしれない。
     だが君が背負わされているのは、そういう類のものでも、最も悪辣だ。
     それでも――君は、生きていたいと願うかい。

 間

シェンメイ:……できることなら、生きていたい。

ブライト:それは……何故?

シェンメイ:今の私には、何もないの。
      世間も知らないし、一人じゃ何もできないし。
      だからこそ……何もないまま死ぬんじゃ、本当になんの意味もなくなってしまう。
      お父様のことも……見に覚えのない罪だとは言わない。
      ……でも、今の私のままじゃ、償うことすらできないもの。

 <シェンメイは、じっとブライトを見つめる>

シェンメイ:私は生きる。
      生きて――知るの。私を。

 間

シェンメイ:ブライト……?

ブライト:……良かった。

シェンメイ:何が……?

ブライト:君が生きていたいと願ってくれて。

 <ブライトは胸に手を当てる>

ブライト:僕は、自分の意思を殺して生きてきたんだ。
     痛みも、苦しみもない人生は……とてもとても無価値に思えた。
     今、僕は――『シェンメイ・フロストが自由になるまで、その命を守る』という意思で生きてる。
     それは僕にとって、何よりも幸せなことなんだ。

シェンメイ:……変な人。

 <シェンメイは腕を組む>

シェンメイ:こういうこというの、どうかと思うけど……。
      私、頻繁に命を狙われるのよ。本当に、すごく危険なのよ。

ブライト:問題ないよ。僕は――とても強いからね。

シェンメイ:強いって言ったって――

ブライト:約束する。君の世界が輝くまで。
     自由に生きられるようになるまで、僕が君を守る。

 間

シェンメイ:……ねえ……トイレ。行きたい……。

ブライト:……中まで一緒して欲しい?

シェンメイ:ばか! あっちいって!


 ◆


 【現代】

 <屋敷の正面玄関>

 <ブルーは襲いかかるドローンをライフルで撃ち抜く>

ブルー:だああああもう! 面倒くせェえ!

ブライト:『ほら。次が行くよ。

ブルー:いい加減に――しろッ!

 <ブルーはドローンの放つ銃弾を避けると、ドローンを蹴り飛ばす>

ブルー:どんだけドローン出てきやがるんだ!

ブライト:『とはいえ、流石にこの程度じゃ君に傷を追わせるのも無理だろうね……でも。
      でも、僕の本命は――

 <ブルーはかすかな感触に気づく>

ブルー:ワイヤー……! しまッ――

ブライト:『爆発トラップ。

ブルー:クッ!

 <ブルーは爆発する壁に吹き飛ばされて転がる>

ブライト:――を避けた後の、この瞬間だ。

ブルー:まずッ!

 <階段の上からブライトがライフルを覗き込んでいる>

ブライト:死ね。ブルー。

ブルー:いーやッ!

 <ブルーは転がっているドローンのボディを蹴り上げる>

ブライト:クソッ……! 外した!

 <ブルーは柱に飛び込む>

ブルー:(息切れ)

ブライト:ドローンを使って、銃弾を防いだのか……!
     ふふふ……! ははは! 本当、君は面白いことを考える!
     でも……どこかには掠ってるんだろう?

ブルー:いーや!? マジで残機マックス!
    ほーんとどこも痛くねーし!

 <ブルーは手慣れたように傷口の止血をする>

ブライト:まあ、これだけで殺せるとも思っていなかったんだけどね。
     ……君を仕留めるには、ゆっくりだ。
     何度も何度も罠にかけて、最後は詰め切る。

ブルー:俺さぁ……お前のこと蜘蛛みたいだって言ったことある……!?

ブライト:何度か。

ブルー:改めて言っとく! お前、蜘蛛みたいなやつ……!

ブライト:コードネーム、レッド・スパイダー。どう? 似合うかな?

ブルー:うーわ。悔しいけど、超カッコいい。

ブライト:……止血は終わったかな。

ブルー:待っててくれたわけ? やさしいじゃーん。

ブライト:それじゃあ……殺ろうか。

ブルー:……屋根裏の蜘蛛退治だ。

ブライト:毒があるから、注意するんだよ。


 ◇


 【回想・10年前】

 <イタリア・カンパニア州・チレント:ロッジの裏庭>

 <レッドが絵を書いている横で、ブルーは本を読んでいる>

レッド:……どうかな? 結構上手く描けてると思うんだけど。

ブルー:んー。いいんじゃねぇ?

レッド:せめてこっちを見ながら言ってくれよ。

ブルー:……今いいところなんだよ。

レッド:日本の作家が書いたミステリー小説だっけ?

ブルー:ああ。新刊なんだ。3年前の。

レッド:新しいって意味を調べたほうがいいね。

ブルー:俺にとっては最新刊なの。
    この仕事してちゃ、取り寄せるのも一苦労なんだ。

レッド:小説の舞台は?

ブルー:箱根の温泉旅館。

レッド:ハコネ? 地名かい?

ブルー:いいや。植物の名前。

レッド:嘘だね? すぐつまらない嘘をつく。

ブルー:日本の保養地だよ。山の中にある。

レッド:そうなんだ。じゃあ、ここのロケーションと結構合うんじゃないか?

ブルー:箱根と南イタリアのロッジじゃ、流石におしゃれすぎてリンクしない。
    箱根はもっとこう……なんか、あれな感じだから。

レッド:よーしわかった。次の旅行は、箱根にしよう。

ブルー:おい……! 次の休暇もお前に付き合わされんのかよ……!

レッド:良いじゃないか、結構楽しいだろ?

 間

ブルー:あー……その絵。結構いいよ。

レッド:それも嘘かい?

ブルー:マジだ。

 <レッドは伸びをする>

レッド:……こうやってのんびりしてると、人生について考えてしまうな。

ブルー:普段は考えないのか?

レッド:あんまり。

ブルー:俺も。

レッド:どうしてかな? 時間は結構あるのに。

ブルー:諦めてんじゃね。

レッド:うん。そうかも。

ブルー:実際、人生詰んでるからな。
    暗殺者として人を殺すか、失敗して殺されるかの二択だろ?
    発展性がない。

レッド:だから、君は本を読むとか?
    空想に浸れるから。

ブルー:嫌な言い方するなよ……。
    昔から好きだったんだ。

レッド:僕には……それもないな。
    君みたいに、大切にしている趣味もないし。

ブルー:……かわいそーなやつー。

レッド:ちょっとは遠慮してよ。

 <ブルーは本を閉じる>

ブルー:……見つけられんのかな。

レッド:何が?

ブルー:こうやって色んな場所に行ってたらさ。
    俺らが欲しいと思えるようなものに。

 間

レッド:……意思がある人生。

ブルー:意思……?

レッド:そう。僕は……意思がある人生が欲しい。


 ◆


 【現代】

 <シェンメイは廊下を歩いて行く>

シェンメイ:……ブライト……?

 <ブライトは息を切らしながら廊下で武器を広げている>

ブライト:(息切れ)……メイ。

シェンメイ:……大丈夫?

ブライト:うん。大丈夫だよ。安心して待ってて。

シェンメイ:……暗殺者は?

ブライト:今は一階で足止めをしてる。
     トラップを解除するまでは、もう少し時間があるから、今のうちに準備を――

 <シェンメイはブライトの頭を抱きしめる>

ブライト:……メイ……?

シェンメイ:……ブライト。
      明日は、何をプレゼントしてくれるの?

ブライト:明日……バレンタイン・デーのプレゼントの話かい?

シェンメイ:私、薔薇が欲しい。

ブライト:薔薇で良いのかい? もっと――

シェンメイ:ううん。薔薇欲しいの。
      同じ年くらいの女の子は、もらったことがあるって。
      テレビで言ってた。

ブライト:……じゃあ。買ってこないと。

シェンメイ:後は……一緒にチョコレートを食べるの。
      甘いやつ。甘いのは、好き?

ブライト:好きだよ。でも、一緒にコーヒーも欲しいな。

シェンメイ:じゃあ、カフェで食べましょう。
      一緒に。

ブライト:……楽しみなんだね、バレンタイン・デー。

 <シェンメイはブライトの頭を撫でる>

シェンメイ:……もちろん楽しみ。
      だけど、それだけじゃないわ……。

ブライト:……え?

シェンメイ:ブライトが……どこかに行ってしまいそうで、不安なの。
      だから、明日の話がしたい。

 <ブライトは目を見開く>

シェンメイ:明日も、明後日も、その先の話も……したいの。

ブライト:……僕はここにいる。

シェンメイ:うん。

 <ブライトは武器を持って立ち上がる>

ブライト:それじゃあ……今度こそ、終わらせてくるよ。

シェンメイ:……強いの? 相手は。

ブライト:うん。強い。それに……親友なんだ。

シェンメイ:……そっか。怖いね。

ブライト:ああ……でも……。
     怖いと思えてることが、嬉しくもある。

 <ブライトは微笑む>

ブライト:初めてなんだ、こんな意思のある人生は。
     だから――勝つよ。


 ◆


【回想・4年前】

 <レッドとブルーは飛行機に乗っている>

ブルー:……到着まで、14時間だとよ。

 間

ブルー:……レッド。

レッド:……何。

ブルー:……気にしてんのか。

 間

レッド:あの手の仕事は、何度もやってきたろ。
    今回はたまたま子供が側にいた。それだけだ。

レッド:……わかってる。

ブルー:ヘイルストーン社はやりすぎたんだ。
    内戦への資金提供に、技術スパイの派遣……。
    彼らの金で、何万人も人が死んでる。

レッド:わかってるって言ってるだろ!

 間

ブルー:……なら、責任持て。
    俺らが殺した人間に失礼だっつってんだよ! 
    んな面すんじゃねえ!
    後悔なんて……! 俺達みたいなクズには許されてねえよ……!

 間

レッド:ブルー……。君は、暗殺者を辞めたほうがいい。

ブルー:はぁ!? 何が言いたい!

レッド:君は、優しい。

 間

ブルー:……慰めようとしたんじゃねえからな。

レッド:うん。

ブルー:お前が気持ち悪いからだ。

レッド:そうだね。

 間

レッド:……僕は、考えるんだ。
    自分のどうしようもなさについて。

ブルー:お前がどうしようもねえってことは、今まさに俺も考えてるとこだよ。

レッド:嘘つきなんだ。僕は。

 <レッドは窓の外を眺める>

レッド:自分のことも、いつも騙してる。
    その嘘が上手すぎて、いつだって騙されてる。

 間

レッド:ブルー……僕は――本当が欲しい。

ブルー:……そうか。

レッド:本当が、欲しいんだ……。


 ◆


 【現在】

 <屋敷の大階段・ブライトとブルーは向かい合っている>

 <ブルーは傷だらけで満身創痍に見える>

ブルー:……お前、ちょっと太った?

ブライト:ああ。以前より幸せだから。

ブルー:うわー、うぜえ。

ブライト:君の方は――随分とボロボロだね。

ブルー:お前、加害者意識ないタイプ?
    お前の罠のせいでこうなってるんだけど。

ブライト:僕はコードネーム、レッド・スパイダー。
     罠を張るのはお手の物さ。

ブルー:ごめん。やっぱダサいかも。

ブライト:(吹き出す)ふふふ、はははははは!
     本当……! 殺し合うって時でも、変わらないんだな……!

ブルー:お前も変わんねえよ。

ブライト:そうだね……! 僕らは。

 <ブルーは銃の弾倉を確認する>

ブルー:なあ、お前……マジで幸せなんだよな……?

ブライト:うん。幸せだ。

ブルー:即答ですか……。
    あーそう……。もうお前も『そっち側』に行っちゃったわけだ。

ブライト:僕に言わせれば、『まだそこ』に居るんだって感じだよ。

ブルー:かっちーん。はい、ころしまーす。

 <レッドは肩にかけたライフルを構える>

ブルー:罠は?

ブライト:品切れ。

ブルー:そっか。じゃあ、どっちか死ぬな。

ブライト:そうだね。どちらかが、死ぬ。

ブルー:……知ってるか?

ブライト:何を?

ブルー:蜘蛛を喰う、青い蜂がいる。

 <ブルーは拳銃の下にナイフを構える>

ブルー:お前がレッド・スパイダーなら、俺はコードネーム……『青いドロバチ(ブルー・マッド・ワスプ)』だ。

ブライト:長いよ。『青い蜂(ブルー・ワスプ)』くらいにしておきな。

ブルー:じゃ……喰われる覚悟はいいか?

ブライト:……喰わせない。僕は――守ると、決めた!

 <ブライトとブルーは同時に引き金を引く>


 ◇


 【回想・4年前】

 <ヘイルストーン・カンパニー:高層ビルの最上階>

 <多くの人が倒れる中、レッドとブルーは銃を構えて立っている>

ブルー:(息切れ)……おい。こいつが……?

レッド:(息切れ)……ああ。オリバー・フロストで間違いない。

ブルー:終わったな……。警察に囲まれる前に引くぞ。

レッド:ああ――

 <奥の部屋がゆっくりと開く>

ブルー:(小声で)おい。まだ誰か居る。

 <レッドは手で合図を出す>

シェンメイ:……お父様……?

ブルー:待て……! レッド……!

シェンメイ:もう、出てもいい……?

レッド:……女の子……?

ブルー:フロストの娘か……。

シェンメイ:……誰か、居るの?

レッド:……目が見えてないのか。

シェンメイ:あなた達、誰……?
      私、英語はわからないの……。

レッド:間違いない……ヘイルストーンカンパニーのCEO……オリバー・フロストの娘……。
    シェンメイ・フロスト……。

ブルー:どうしてこんなところに……。

シェンメイ:……怖い……! ねえ……! なにか言って……!

ブルー:……どうする、レッド。

 <ブルーは銃を構える>

ブルー:……殺すか。

 間

ブルー:……わかった。俺がやる。

レッド:待て。

ブルー:なんだ……。

レッド:待ってくれ。

ブルー:……いいか。
    この子はオリバー・フロストの娘だ。
    俺達がフロストを殺した時点で、泥沼の報復合戦がはじまる。
    この子だってこの先一生、狙われ続けるんだぞ……!
    もしここで生かしたとしても、いずれは殺される……!
    生きていても、ずっと死の恐怖に怯え続けながら生きることになる……!?
    今ここで、楽にしてやった方が――

レッド:連れ出そう。

ブルー:レッド……!

レッド:下に何人か生かしている警備員が居る。
    彼らに預ける。

 間

レッド:頼む。ブルー……。

 間

ブルー:急ぐぞ。時間がない。
    俺は痕跡を消していく。

レッド:借りだ。

ブルー:超でかい貸しだ……! 早くしろ……。

 <レッドはシェンメイに歩み寄ると、中国語で話しかける>

レッド:やあ……。君は、シェンメイだね。

シェンメイ:……うん。

レッド:僕の手を掴んで。
    君の知っている人のところへ連れて行ってあげるから。

シェンメイ:……あなた、誰?

レッド:僕は――

ブルー:おい! 急げ……!

レッド:僕は……君を守りたいんだ。
    だから、ほら。

 <シェンメイは恐る恐るレッドの手を掴む>


 ◆


 【現在】

 <シェンメイの部屋のドアが開く>

シェンメイ:……ブライト?

 間

シェンメイ:……ブライトなの……?

 間

シェンメイ:……あなた、誰?

 間

ブルー:ブライトが呼んでる。
    ……来るか?

 間

シェンメイ:……わかった。

 <二人は廊下を歩いて行く>

シェンメイ:ブライトと一緒ね。

ブルー:何が……?

シェンメイ:足音、しない。

ブルー:……そうかもな。

 間

シェンメイ:……あなたは、ブライトの友達?

ブルー:……ああ。

シェンメイ:どうして……ブライトと戦うの。

ブルー:……そういう仕事なんだ。

シェンメイ:……そう。

 間

ブルー:どうして……そんなに落ち着いてるんだ。

シェンメイ:……どうして?

ブルー:俺がここにいるってことは――

 間

ブルー:いや、なんでもねえ……。

 <二人は大階段へと歩みを進める>

ブライト:……やあ。メイ。

 <ブライトは、胸に刺さったナイフを抑えて座り込んでいる>

シェンメイ:……ブライト。大丈夫……?

ブライト:うん。

シェンメイ:……痛い?

ブライト:……ううん。
     そこの彼は、腕が良いんだ。
     だから、平気だよ。

 <シェンメイはブライトに寄り添う>

ブライト:こら……汚れちゃうよ。

シェンメイ:ブライトの血なら、平気。

ブライト:……そうか。

シェンメイ:……嘘つき。

ブライト:……うん。

シェンメイ:嘘つき。

ブライト:ごめん。

シェンメイ:嘘つき。

ブライト:ごめんね。メイ。

シェンメイ:明日は、デートするって、言った。

ブライト:ごめん。

シェンメイ:薔薇を買ってくれるって、言った。

ブライト:ごめん。

シェンメイ:ばか……。

 <シェンメイは優しくブライトを抱きしめる>

ブライト:僕は、嘘つきだけど……。
     君のお陰で、ひとつだけ正直になることができたんだ。

シェンメイ:何……?

ブライト:……君を守ること……。
     そして、君を自由にすること……。

 <ブライトは、ブルーを指差す>

ブライト:僕達はここで……彼に――ブルーに殺される。

ブルー:……おい、お前何を――

ブライト:激しく抵抗したけど、相手は凄腕の暗殺者だ。
     僕は――勝てなかった。

ブルー:ふざけんなよ、お前……!

ブライト:見つかった死体はひとつ。僕の死体だけ。
     シェンメイの死体は、離れた場所に埋めた。

ブルー:ふざけんじゃねぇって! 何勝手なこと言ってやがる!

ブライト:頼むよ、ブルー。シェンメイを、国境まで連れて行ってくれ。

ブルー:まさかお前……! そのつもりで俺を――

ブライト:本気で戦わなきゃ、僕が負けたなんて不自然すぎる。
     君以外、いなかったんだ。

 間

ブルー:……貸しが、嵩んでるぞ……! 死んでも返しきれんのかよ……!

ブライト:君が死んだら、地獄で返す。

ブルー:クソッ……! こんな仕事、受けるんじゃなかった……!

ブライト:外の車に資料は全部置いてある。
     出発は――バレンタイン・デーに、なった瞬間。

 <ブルーは、諦めたように肩をすくめる>

ブルー:……俺は、装備を回収してくる。

ブライト:……ありがとう。親友。

ブルー:アホか。降格だ、お前なんて。
    性格悪い知り合いだ。クソ野郎。

 <ブルーは歩き去る>

ブライト:……メイ。話そうか。

シェンメイ:……うん。

 <二人は手を繋ぐ>

ブライト:僕はレッドと呼ばれていた頃――暗殺者だった。
     本当の名前は知らない。気がついたら、『カラーズ』という暗殺組織にいたんだ。

シェンメイ:うん。

ブライト:彼――ブルーも同じ。僕達は年も近くて、仲が良かった。
     さっき、知り合いに降格してしまったけどね。

シェンメイ:……うん。

ブライト:僕と彼は、4年前にヘイルストーン本社に潜入した。
     そしてそこで――君の父親、オリバー・フロストを暗殺した。
     君の父を殺したのは、僕とブルーだ。

シェンメイ:……そう。

 間

シェンメイ:最低ね……あなた。

ブライト:うん……最低だろ。

シェンメイ:……教えて。

ブライト:何を……?

シェンメイ:……あの日、お父様に最後に会ったあの日……。
      私の手を掴んだのは、あなただった……。

ブライト:うん。あの時、君を連れ出したのは僕だ。

シェンメイ:どうしてあの時、私を殺さなかったの……。

 <シェンメイは、涙を流している>

シェンメイ:どうして私を攫ったの……! どうして私を守ったの!
      どうして……! あなたはそんな勝手をして……!
      死んでしまうの……!

 <ブライトはシェンメイの頬に触れる>

ブライト:……君を、愛しているから。

シェンメイ:……ブライト……!

ブライト:一目惚れだったって言ったら、信じてくれる……?

シェンメイ:そんなの……!

ブライト:ねえ、メイ。僕は嘘つきだった。
     君をずっと騙してきた。だから――

 <ブライトは微笑む>

ブライト:最後まで……騙されてくれるかな……?

 間

シェンメイ:……気づいてたの。全部……。
      あなたが死のうとしてることも……。

ブライト:……うん。

シェンメイ:あなたがいれば良かった……!
      一緒に逃げ続けて……二人でどこかの屋敷で……!
      毎日一緒にいて……! それだけで……! 私はそれが、幸せだって……!
      言いたかったのに……!

ブライト:……うん。

シェンメイ:でも、ダメだった……!
      あなたが本気で願ってることだって……! 知ってるもの……!

 <シェンメイはブライトを抱きしめる>

シェンメイ:あなたの――愛する人の願いを……叶えてあげたかったから……!

ブライト:……ごめん。ごめんね。メイ……。

シェンメイ:……ありがとう……私の光(ブライト)……。
      目が見えなくても……この光をいつも見てる……!

ブライト:うん……。生きて……自由に。

 <二人はじっと抱き合っている>

ブルー:……もう、いいか。

ブライト:……時間かい。

ブルー:ナイフを抜けば、終わりだ。
    直ぐに意識がなくなる。

ブライト:頼むよ……親友。

ブルー:……任せろ。

 <ブルーが伸ばした手に、シェンメイが触れる>

シェンメイ:私が、抜く。

ブルー:……やめとけ。忘れらんないぞ。

シェンメイ:忘れたくないの。

 間

ブルー:わかった。

 <ブルーはシェンメイにナイフを握らせる>

ブライト:ぐ……!

ブルー:真っ直ぐだ。一気に引き抜け。
    こいつを苦しませたくなければ。

シェンメイ:……わかった。

ブライト:ブルー……。本当は君が、一番ここに居るべきなんだってわかるかい。

ブルー:俺は……長生きすんだよ。

ブライト:わかってるんだろ。いいよ、ここは……。
     長生きなんて、君には勿体ない。
     誰より優しい君の――そこは、居場所じゃないんだ。

ブルー:死に際だからって、何言ったっていいと思うなよ。
    そういう伏線という名の呪いをかけようとすんな。

ブライト:どうかな……日本の女子高生に……恋、したり……。

ブルー:しない。俺は飲み会でも年齢確認を欠かさないタイプだ。

ブライト:ふ、ふふ……は。

ブルー:……他には。いっとくことは。

 <ブライトは力なく唇を動かす>

ブルー:……そうか。

 間

ブルー:こいつ、もう限界だ。抜け。

 <シェンメイは力を入れる>

シェンメイ:……ブライト。聞こえる……?

ブライト:メイ……赤い(レッド)……薔薇(ローズ)を……君に……。

シェンメイ:(耳元で)私も……こころから愛してるわ……。
      ――ハッピー・バレンタイン・デー……。

 <シェンメイはナイフを引き抜く>


 ◆


 <数分後・炎上する屋敷を背に、ブルーとシェンメイを乗せた車が走っていく>

シェンメイ:……ブルー。

ブルー:……なんだ。

シェンメイ:……ごめんなさい。

ブルー:……何のこと言ってんの。

 間

シェンメイ:私のせいで……あなたの親友を、あなたに殺させてしまった。

 間

ブルー:あのね。俺は暗殺者なんだぞ。そんな感傷があると思うか?

シェンメイ:……そう。

ブルー:それに、止めを刺したのは君だ。
    ……愛する女に看取ってもらえたんだ。あの色ボケも幸せだろうさ。

 間

ブルー:……これから自由になるんだろ。何かやりたいことはあんのか?

シェンメイ:そうね……。まずは、チョコレートを食べたい。
      コーヒーと一緒に。

ブルー:趣味も似てるのな、あいつと。

シェンメイ:彼が言ってたから。

 間

シェンメイ:ブルーは、暗殺者なのに、あまり怖くないのね。

ブルー:はぁ? あのなぁ……そんな如何にもおっかなくて危ないやつが暗殺者やってたら、誰も殺せねえだろ。
    ……っていうか、俺がどんな見た目か見えないでしょ、君。
    どうすんの? 俺がスキンヘッドの大柄なマッチョだったら。

シェンメイ:スキンヘッドだと、怖いの? 見たことがないからわからない。

ブルー:新しい返しされちゃったわ……。新鮮……。

シェンメイ:……でも私、暗殺者が側にいたら直ぐにわかるわ。
      特徴的だもの。

ブルー:へえ、そう……。
    後学のために教えてくんない。どうやって暗殺者を見抜くのかさ。

シェンメイ:足音。

ブルー:お。確かに。
    癖になってんだ。あの歩き方。

シェンメイ:後は……暗殺者って、嘘つき。

ブルー:は……何て?

シェンメイ:ブルーは、暗殺者に感傷は無いって言ったじゃない……。

 <シェンメイはブルーの顔を覗き込む>

シェンメイ:車に乗ってからずっと。泣いてる。

 間

ブルー:泣いてない。

シェンメイ:泣いてる。

ブルー:泣いてないって……!

シェンメイ:わかるの。音で。

ブルー:だーからッ!

 間

ブルー:目に……蜘蛛の巣が張っただけだ……。

 間

シェンメイ:ふぅん……。私だってもう、泣いてないのに。
      泣き虫なのね。

ブルー:いーや! 本来は君がここで泣くべきなんだ。
    こう……背中で愛する男を感じながら。
    それがラストシーンの定石なの。

シェンメイ:ねえ。お腹すいたわ。

ブルー:知るか。

シェンメイ:着いたら、なにか食べましょう。

ブルー:そういうドライな感じやめなさい。

シェンメイ:ブルーは、恋人はいる?

ブルー:うるさい、急いで泣け。今、この車が離れていくのをドローンカメラで取っていく雰囲気なんだから。

シェンメイ:バレンタイン・デーも殺ししかしないの?

ブルー:泣け! 早く! もう夜空に映像がパンしちゃうよ! 暗くなってエンディングテーマ流れちゃう!

シェンメイ:寂しい人。

ブルー:いいから泣けって! エンディングの後の特典映像みたいなの流れる前に――





 了



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