チルドラ
作者:ススキドミノ
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アルト:世界を救う旅をしている勇者様。
ユウ:勇者様になんとなく着いてきた魔法使い。日本から来た異世界人。
※2019年1月18日 台本使用規約改定(必読)
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<丘の上に座る勇者アルト>
アルト:……えーっと……。
……グリーンオークの巣は駆除したし……。
霊薬でエルフの呪いも解いた……。
次は……。
間
アルト:あー……次はどっちに向かえばいいんだったかな……?
<アルトは後ろへ倒れ込み、寝転がる>
アルト:……疲れた……。
<ユウがアルトの顔を覗き込む>
ユウ:ねえ。
アルト:……何?
ユウ:……アルト?
アルト:だから、何?
ユウ:次ってどうするか決まってる?
間
ユウ:え? 何々どした?
アルト:……別に。
ユウ:いやいや、今露骨に眉間にしわ寄ってたって。
絶対何かあるっしょ。
<アルトは体を横に向ける>
アルト:……いや、そういうのも今はいいよ。
ユウ:うわー、芋虫った。
アルト:少しの間、ひとりにしてくれないか。
ユウ:……ふーん……。
<ユウはアルトの隣に座る>
ユウ:どこでも芋虫になるもんなんだねぇ。
アルト:……どこでも?
ユウ:昔に住んでた国でも、疲れたときは布団にくるまって芋虫になるもんだったからさ。
アルト:そうか……。そもそも、なんで僕が疲れてるって?
ユウ:ほら。芋虫になってんじゃん。自分。
アルト:別にそうと決まってるわけじゃ――誰だって横に寝ることはあるだろ?
ユウ:ただ横に寝てる人は、ムキになって否定したりしてこないんだよね。はい、論破。
アルト:くっ……!
ユウ:ていうか、何で疲れてちゃいけないわけ?
アルトが勇者だから?
間
ユウ:まあ、たしかに勇者が芋虫ってたら結構嫌か。
アルト:……ひとりにしてくれっていってるだろう。
ユウ:まあ、そうしたいところではあるんだけど。
そうもいかないっていうかねぇ。
アルト:どうして?
ユウ:うーん、知ってるからかな。
そのデバフ状態のこと。
アルト:デバフ?
ユウ:状態異常だよ。
アルト:ああ……残念だけど、それは間違ってる。
僕には勇者の加護があって、すべての状態異常は効かないからね。
ユウ:伏せていた罠カードを発動!
アルト:罠カード?
ユウ:君にかかっているデバフは、君のスキルでは無効化できないのだ!
何故ならそれ! 多分、外的なデバフじゃないから。
アルト:(ため息)……ユウはよくわからないことばかり言うよね。
ユウ:まあ産まれが違うから、それは。
アルト:君は異世界から来たって言ってたっけ。
ユウ:信じてない?
アルト:いや……君が扱う見たこともない魔法や、先進的な考え方。
庶民だというわりに、礼節や教養を感じる言動。
それらが君を、異質たらしめている。
僕が導き出した答えは――
<ユウはぼーっと空を見ている>
アルト:……ねえ、聞いてるかい?
ユウ:ん? ああいや、何か難しそうだったから意識飛ばしてた。
アルト:まったく君というやつは……!
ユウ:まあまあ。実際異世界から来てようが、嘘ついてようがそんな関係ないっしょ。
アルト:共に世界を救う旅をする仲間のことは、知っておきたいと思うのが自然だろう。
ユウ:事実なんて大した意味ないよ、アルト。
例えば……映画を見る前に、先にウィキで映画の内容を見たとする。
アルト:ねえ、映画もわからないし、ウィキというのもわからないんだけど。
ユウ:ウィキで映画のオチや内容を知っただけのやつが、その映画のこと偉そーに語ってても、実際なーんも意味ない知ったかぶりで終わりでしょ?
意味がある語らいってのは、漫然とした事実よりも、その映画を見た瞬間の自分の感情を語ることなんよ。
アルト:だからその映画というのはなんなんだ? ウィキというのは魔法か何かかい?
ユウ:つまり! いくら『自分は異世界人だ』と主張した所で意味なんてなくて。
ようはアルトにとって、ユウという人間がどう見えるか。
共に過ごすことでしか知り得ないストーリーと、そこに産まれる感情こそが重要なのだ。
アルト:……要約すると、僕が君と過ごして、君のことを判断することが大切だ、ということかな。
ユウ:思うにね。
アルト:そうか……そうだね。
僕にはあまり得意とはいえないことだ。
ユウ:そうかな?
アルト:僕は勇者だ。
僕にとって、全ての人の言葉は信じるに値する。
<アルトは仰向けに寝転がる>
アルト:……覚えているかい。帝都のスラム街で、僕は飢えに喘いでいる者達の言葉を聞いた。
そして彼らの言葉を信じ、彼らに力を貸した。
ユウ:……うん。
アルト:結果は知っての通りだよ。
彼らは邪神教の団員で、僕を騙し、中位悪魔を召喚する手伝いをさせていた。
ユウ:でも君は、その悪魔を倒した。
アルト:それこそ事実だよ、ユウ。
ずっとそうなんだ。僕は……誰の言葉も精査しない。
ただその言葉を信じ、愚かに力を貸す。
ユウ:事実としてはそうかもしんないけどさ。
それって、それこそストーリーを知らない人間の物言いだよ。
アルト:僕は僕のストーリーを知っている。
わかってるんだ。自分が勇者という立場を盾にし、勇者の善を振りかざして進んでいるって。
ユウ:……まあ、君のウィキだけを見た多くの人は、エスエヌエスで書くだろうね。
『思考停止勇者乙』って。
アルト:また変な単語が出てきた……。
ユウ:ただ、こっちからするとさぁ。
こうして生き方に思い悩む勇者アルトを見ていて、そんなことを言うやつが居たとしたら……『センスねぇなあ』ってミュートするけどね。
アルト:ユウ……。
ユウ:あ。あとさぁ、自虐って最近流行んないよ。
自己犠牲も行き過ぎるとウザいって言われるしね。
<ユウは膝に肘をついて微笑む>
ユウ:っていうか……随分と嫌そうだけど、だったらどうして勇者やってんの?
アルト:……どうして?
<アルトは視線をユウに向ける>
アルト:僕は勇者をやっているんじゃないさ。
僕が『勇者』なんだ。
ユウ:……うっわ、カッコよ。
アルト:なんだよ、急に。
ユウ:……うん。やっぱ自分は庶民なんだって再認識したわ。
アルト:自虐は流行らないんだろう?
君は、特別な人だよ。勇者じゃなくてもね。
ユウ:本当、こういう言葉が嫌味っぽく聞こえないあたりもすごいんだよな……。
<アルトは自分の手を見つめる>
アルト:ユウ……僕は、強いよね。
ユウ:近代兵器でも太刀打ちできないくらい強いと思う。
アルト:僕が、助ける人間を選んでしまったら……その瞬間僕は、勇者ではなくなってしまうと思うんだ。
ユウ:……それって自分でそう思ってるってこと?
アルト:僕が勇者の理(ことわり)から外れて、自由に生きるようになってしまったら……。
それは強大な力を持った怪物が産まれたのと同義だ。
そうなれば、僕は選ぶことになる。
世界に幽閉されるか、世界に殺されるかをね。
<アルトは視線を伏せる>
アルト:僕は『勇者』だ。だから、生き方を選ぶことはできない。
騙されるとわかっても、助ける。
手の届くすべての人を、この力で助ける。
でも……そんなものはただの呪いだ。
力を持つ者が認められるための手段でしかない。
その手段ひとつで、この世界ではひとが死ぬ。
僕の腕の一振りで、多くの命が助かり、奪われる。
ユウ:アルト……。
アルト:でも、僕はそうするしかない。
愚かな勇者で居続けるしかないんだ。
でも……僕は自分が愚かな勇者だと知っている。
だから余計に、自らが醜く感じてしまうんだ。
こんな仮初の存在が、勇者などと呼ばれていいのかってね。
ユウ:……アルトは、思っていたよりもずっと……。
アルト:……何だい?
ユウ:怖いやつだ。
<アルトは目を丸くする>
アルト:……怖い?
ユウ:うん。超怖い。
だって、絶対このあとの展開次第で闇落ちしそうだもん。
アルト:ふ、ふふふ……あはははははは!
怖いだなんて……! 初めて言われたよ……!
ユウ:なんでそこで笑うし……。
アルト:ああ、おかしい……。そうか……僕は怖いか。
ユウ:そうそう。いつか自分と世界を天秤にかけて、世界を捨てそう。
アルト:考えたくはない物語だなぁ、それは。
ユウ:でも、それでもいいと思うんだよ。
アルト:それでもいい?
ユウ:自分が嫌いな勇者でいてもいいし、納得できない運命なら捨てたっていいと思う。
<アルトは寂しそうに笑う>
アルト:……そんなこと、言わないでくれよ。
ユウ:住んでた国ではね、みんな一生懸命に働くんだ。
休みなんて一週間に数日あるかないかで、朝から晩まで働くんだよ。
アルト:ユウの故郷は豊かな国だと聞いたけど。
ユウ:物は豊かさ。人も溢れてる。
でも、心ばかりは豊かとはいえない人もいるんだ。
それこそ……働くばかりで、命を落としてしまうひともたくさんいる。
アルト:……そんな……そんなこと、許されるのか?
ユウ:自己責任なんだ。何においてもさ。
実際、居たんだ。
毎日働いて、働いて働いて……そのうちに心が何も感じなくなってしまったやつが。
もうこんな人生、生きてる意味なんてないって……自ら命を断った大馬鹿者がね。
アルト:許さないよ。ユウ。
<アルトはユウをにらみつける>
アルト:……死んだ人間を、愚弄してはいけない。取り消すんだ。
ユウ:……まあ、そうだね。取り消しとく。
そいつは何の因果か、どこかの世界に転生して……今の話を聞いてるだろうし。
<ユウは寝転がる>
ユウ:その世界には勇者は居なかった。
もし君がそばにいたら、そいつになんて声をかける?
アルト:……それは……彼の仕事を手伝うさ。
ユウ:あのさぁ……声をかけるとしたらって言ったでしょ?
アルト:え……うん、そうだな。
その人は、生き方を自由に選べるのかい?
ユウ:まあ、とんでもない労力は居るだろうし、犠牲を払う必要もあるだろうけど……選ぶことはできるかもね。
アルト:だったら……「その仕事を辞めて、休んだほうがいい」と、声を掛けてあげたい。
その方が、自ら命を断つよりもずっといいと思うからね。
ユウ:はい。罠カード発動。
アルト:また罠カードか……今度はなんだい?
ユウ:つまりは、それってアルトにも言えることなんじゃないの?
アルト:……え。
ユウ:君が自らを殺して、世界に殺されることを選ぶくらいなら……。
その時は――勇者なんて辞めちゃいなよ。アルト。
<アルトはゆっくりと目を閉じる>
アルト:そうか……。
間
アルト:……君は、本当に魔法使いなんだね。
ユウ:異世界転生特典で、チート魔法はもらってるしね。
アルト:意味の分からないことばかり言うけど……でも、偉大な言葉の魔法使いだよ。
ユウ:……どう? ついでに、デバフも回復したんじゃない?
アルト:デバフ? ああ、僕にかかってた状態異常だっけ……。
<アルトは自分の身体を触ってみる>
アルト:……いや、特に変化があるようには見えないけど。
ユウ:いーや、ちゃんと回復してるね。
アルト:どうしてわかるんだ?
ユウ:アルトがかかっていた状態異常の名前を発表します!
アルト:な、なんなんだ?
<ユウはアルトの眼前に指を突きつける>
ユウ:君にかかっていたデバフは――『孤独』だよ。
アルト:……孤独……?
ユウ:そ。どんなに優秀な人間も、傍から見てメンタル強すぎマンも、ひとりで頑張ってたら滅入るもんっしょ。
アルト:……そうか……僕は……。
<ユウは笑顔でアルトの肩を叩く>
ユウ:きっとね、誰かとチルすることが必要なんだよ。
どんな話してもいいし、話さなくたっていいし。
ただ並んで空を見てたっていいんだしさ。
アルト:……チルすること。つまり……今僕たちは、チルするをしているんだね。
ユウ:……うん。なんかちょっと言い回し違うけどいいや。
ほら、寝転がろう。芋虫みたいに。
アルト:……わかった。
間
アルト:……ユウ。あっちの丘でもドラゴンが鱗(うろこ)干しをしてるよ。
ユウ:そーだねー……。
アルト:……こんな日常にも、気が付かなかったんだな……僕は……。
間
ユウ:……ねえ、アルト……。
アルト:なんだい。
ユウ:ドラゴンっていった……?
アルト:うん。
ユウ:近くない? 怖くない?
アルト:……ああ、あれはフォレストドラゴンだから。
みだりに人を害さないよ。
ユウ:あーそう。はー……焦ったぁ……。
間
ユウ:……ドラゴンでもチルするんだし。
アルト:……うん。
ユウ:……勇者がチルしてもいいってことで。
アルト:……そうだね。
これからは、チルするを正しく接種するようにするよ。
ユウ:……あとでちゃんとチルの意味教えてあげるね。
間
アルト:ねえ、ユウ。
ユウ:んー?
アルト:……もし、僕が勇者をやめる時は。
ユウ:……うん?
アルト:君も、着いてきて欲しいな。
ユウ:……マジ? 世界を敵にしようって誘ってる?
<アルトは不敵に微笑む>
アルト:その時の僕はきっと、欲しい物は全部手に入れたいって思ってるだろうから。
君のことは手放さないと思うけどね、ユウ。
ユウ:……あのさ、一応お願いなんだけど。
アルト:うん。
<ユウは腕で顔を覆う>
ユウ:闇落ちしそうな時は……絶対事前に知らせて……?
そうなる前に、一旦チルしよう。
完
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